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今と同じような過去の所業が同書で明らかになっており、今に始まったことではない、この社には悪辣な新聞商売の悪癖が沁みついているのかと確信してしまう。
著者は、これらを分析した上で、「新聞は人々の心を安心より不安へ、満足よりもあくなき欲望へ、許し合うことより敵意と憎悪をかきたてる方向に導くのに、しごく熱心であるかのごとく見えるのである。」と評していた。この評は、今日でも、原発事故に対応した人々を命令に背いて逃げたと貶める虚報をしたりしており、当時のまま、更には、悪質さを増してきていると思えてくる。
中国については、当時、日本の新聞は、中国共産党との間で、特派員駐在のかわりに中国敵視政策をとらず、ふたつの中国にのらず、日中正常化の妨害をしないとの密約をしたそうで、1972年に、ロサンジェルス・タイムズの社説で「身売りする日本の新聞」と評される始末であったそうだ。
それによるものかもしれないが、朝日は、1975年の杭州事件については黙殺報道、1976年の周恩来の死については、論評せず外国紙の論評を紹介する責任転嫁の報道、続く毛沢東の死については四人組を評価して路線ゆるがずとの日和見報道、同年10月の四人組失脚後は文革に人民はついていけなかったと事大主義まるだしの変節報道を続け、朝日の報道とは、当時から中国共産党に媚びる邪な記事の数々であったようだ。
韓国については、32年間にわたり虚偽の慰安婦報道をはじめたのは、この本から四年後の1982年からだが、朝日は、今でも曖昧な訂正で済まそうとし、国際的に虚偽が流布したままでいるのは明白だ。左翼の主張に偏った報道姿勢から、1976年の金大中の民主救国宣言には、支援する大量の報道を行い、北朝鮮や中国の抑圧には全く触れず、朴正煕の批判を繰り返したとのことだ。
著者は、こうした新聞の現実について、「新聞の腐敗と思い上がり」と評していた。その典型が、1976年の日本新聞協会の代表標語で、新聞のジャーナリズムにとって大問題であると指弾していた。
「新聞で育つ世論が政治を正す」
辺野古、豊洲、籠池、前川等々、数々の報道で、この狂暴性と偽善性は、今でも猛威を振るい、害毒を撒き散らしているようだ。
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