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体調に何も問題のない時、腹の調子が悪かった時、一度寝たが目が覚めて目が冴えて眠れなくなった時。一冊の本を読んでいる間体調が三段階変わった。そうすると感じ方も変わっていった、気がする。本の内容が違っていっただけかもしれない。 まだ腹がゴロゴロいってる。「やはり深沢七郎の文体は好きだなあ、不器用だけど誠実さが滲み出ていて」「少しその誠実なところが嫌味に見えてきて、本人にその気はなかったとしてもなんだか皮肉に読めるな」「いくら何でも素直に肯んじることが難しい、なんだかおじいちゃんの繰り言みたいになってきたな」と変化。発表時期が載っていないが、大体発表順なのではないだろうか。最後の章「世の中はつまらないことについて」にまとめられている文章が時事問題や少年の非行などを扱っているからそう見えるだけかもしれないが。 ショウペンハウエルの言う通り、他人の文体を模倣して書かれた文章はあまり面白くない。それが巧くても、巧いからこそ、かえって魅力を無くしているように見える。それはその人にとっては本当の文章ではないと思えるから。しかしどうしても、濃い文体を持っている人、個性の強い人、つまり模倣しやすい人の文章を読んだ後はその影響を受けやすい。露骨にその人風の文章を書きがちである。そうして書かれたものは自分でも良いと思えない。だからと言って、何者にも影響を受けていない状態、一度まっさらな状態に自分を置いてから書く文章も、あまりいいものは出来上がらない。私には自分の文体というものがない。見えない。 深沢七郎が深沢七郎の文体である理由は、よく分かる気がする。まさに彼の生き方から湧き出ている文章である。それはとても自然で、書いてある内容がどうであれ、淀みがない。途中で放り出した野坂昭如「オペレーション・ノア」は、資料を駆使し過ぎているせいか、野坂独特の文体が削られ、文体と強烈な経験を下敷きにしているのが魅力の野坂昭如という作家の美点をことごとく潰しているように見えた。大江健三郎の新作「憂い顔の童子」を楽しみにしているのも、「取り替え子」の続編ならば「大いなる緑の木」や「宙返り」のようなものではないだろうというのが一つ、あの文体で作られた文章の森に入り込んで行きたいのが一つ。物語は二の次としているふしがある。 いわゆるミステリー系の作品に私が魅力をあまり感じないのも、そちら系の作家は文体に重きを置いていないように思えるから。SFもそう。そんなことを気にさせない力を持っている作品ならいいが、そうでない場合にはどうしても物足りなさを感じてしまう。不快感を感じるところまで行き過ぎてしまったものでも、やはり個性的な文体というのは魅力的である。笙野頼子など、好きな作品は少ないのにもかかわらず、時々無性に読みたくなる。逆に多和田葉子は好きな作品が多いのに、気分によっては全く受け付けない時期があるので、まだまだ読んでいない作品は多いのに急いで手に取りたいとは思わない。 眠れないからダラダラと書いてきて何も見えない。深沢七郎「人間滅亡の唄」(新潮文庫 この本は現在お取り扱いできません) 読んだのは徳間書店発行の単行本。
2002/09/28
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昔、ショーン・ペンとジョー・ペシを混同していた時期があった。ショーン・ペンはマドンナの夫であると聞いて、あの、背が小さい、頭髪が薄い、少々ふくよかな、三拍子揃った名優とよくくっついたもんだ、と妙な感心をしていた。「カリートの道」での印象が強くて、というより、ショーン・ペンの出ている映画をあまり観てないと思うので、「カリートの道」での印象しかなく、モジャモジャサングラスしか浮かんでこないのが申し訳ない。 しばらく映画から遠ざかっていた私がようやく観たいと思った映画が、このショーン・ペン監督、ジャック・ニコルソン主演の「プレッジ」だが、そういえばもう公開しているのか、と少し検索して調べるうちに、観る気が少し萎んできた。テレビの前で一時間じっとしているのが苦痛な今の私に映画館で二時間以上坐っていられるかどうか。ようするに、面倒だ。ビデオに録画した映画ばかり溜まっていく。映画を録画したビデオばかり増えていく。「ショウペン」ハウエルで思い出しただけで。 このおっさんはくどい。そもそも「意志と表象としての世界」の付録と補遺という意味を持つ題名を冠した「パレルガ・ウント・パラリーポメナ」の一部である本著にしてから、何度も飽きもせず同じようなことを繰り返し書いているのであるから、手にとる気はないが本編といえる「意志と~」については、それはもう、暑苦しいものであろう。 しかしそのくどさゆえ、名前から浮かぶイメージとはほど遠く、分かりやすいことを分かりやすく言っているだけなので、おっさんとの距離は割と近く感じられる。「現代の我々にとって驚くほど新鮮」(表紙解説文より)などではなく、おっさんは当たり前のことを書いているだけである。ドイツ人ではなく、当時に生きていたわけではないことを差し引いても、大部分はわざわざ指摘されるまでもなく、ほとんど自明のことばかりである。少なくとも私にとってはそうであった。この本を読んで「目を開かれた」と言う人には「既に自分の中にこれらの欠片も持っていなかったのですか?」と聞きたいほどだ。再発見ではなく、確かめるだけ。 数量がいかに豊かでも、整理がついていなければ蔵書の効用はおぼつかなく、数量は乏しくても整理の完璧な蔵書であればすぐれた効果をおさめるが、知識のばあいも事情はまったく同様である。いかに多量にかき集めても、自分で考えぬいた知識でなければその価値は疑問で、量では断然見劣りしても、いくども考えぬいた知識であればその価値ははるかに高い。「思索」1より 文体は精神のもつ顔つきである。それは肉体に備わる顔つき以上に、間違いようのない確かなものである。他人の文体を模倣するのは、仮面をつけるに等しい。仮面はいかに美しくても、たちまちそのつまらなさにやりきれなくなる。生気が通じていないためである。だから醜悪この上ない顔でも、生きてさえいればその方がまだましということになる。「著作と文体」11より 読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどるようなものである。だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。自分で思索する仕事をやめて読書に移る時、ほっとした気持ちになるのも、そのためである。だが読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。そのため、時にはぼんやりと時間をつぶすことがあっても、ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失って行く。つねに乗り物を使えば、ついには歩くことを忘れる。「読書について」2より その他いろいろ。私がいつも感じていたこと──作家の作品や人生を論じた文章が作品以上に面白いことは、ほとんどあり得ない。だからいつまで経ってもそういう文章に魅力を感じないので、あまり読む気になれない──自分では拙劣な感想を書いておきながら常々思っていたことを、正当化してくれたように思えることも書いてあった。 だが忘れてはいけないのは、おっさんの言うことを素直に受け取ってはいけない、同時代人のほとんどを貶し倒しているような文章は、「もっとましなもの、そして本当に素晴らしいものをいつか書いてくれ」と、鼓舞しているものであろうことを。どこにも書いてはいないが、そう感じた。 この種の教唆的文章を真に受け続けていたら、それこそ本当に自分の頭でものを考えることをしなくなってしまう。 良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力には限りがあるからである。「読書について」6より これはこのまま受け取ればいい。ショウペンハウエル「読書について 他2篇」(岩波文庫 お取り寄せ)斎藤 忍随 訳
2002/09/26
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吉野大夫というからには、吉野という大夫が主人公の小説だとか、とりあえず吉野大夫という人が出てくる話だとか、いろいろ想像は出来るが、冒頭が「『吉野大夫』という題で小説を書いてみようと思う』」で始まり作者が後藤明生であれば、大方の予想通り、吉野大夫を題材とした小説を書こうとしてその周辺をうろつきまわりあげく関係ないことに飛び火してそもそも物語が始まらない、という話となる。ならない方が珍しい。 読書感想文で、本の感想を大まじめに書いてあるものよりも、その本を選ぶに至った理由、買うまでの道のり、家に帰ってから本を開くまでの長い時間、そういうことを書いたものの方が受けていたように、おそらく本当に吉野大夫を題材にして小説にしたものより、こちらの方が面白い。 実際、さっきから何通りかの年表と首っぴきで、目玉の位置がどうにも定まらない。加うるに、近視と乱視と老眼である。したがって、小説としては、電話に立って行った酒場のママに早くもとの席へ戻ってもらいたいわけだ。そうすれば何とか次の場面に移ることが出来るのであるが、かといって、いまいきなりここへ戻って来られても収拾がつかなくなるおそれがある。 自分から脱線させておいて、困ると登場人物に愚痴り出しておきながら、その話を書いているのも作者である。極めつけは第4章、初出は他の章とは違う雑誌に載せた「吉野太夫・注」と作者が後記で言っている部分。手紙の書き出しで始まるので、吉野大夫についての情報を作者に何か報せてきた手紙を載せているのカナ、いやこれは作者自身が誰かにあてた手紙という体裁らしい。そしてそこで書かれている大半のことは、後藤明生が書こうと思い立った吉野大夫のことではない、西鶴「好色一代男」に出てくる吉野大夫、最初の章から脱線して語られているその別の吉野大夫に対しての考証であり、どんどん当初の目的から離れてしまっているばかりか、手紙の文章と思い読んでいたらいつの間にか小説的になっていたりして、頭がごちゃごちゃしてきたので、大きな音を立ててホームに入ってきたはずの電車に気付かず乗り過ごすところだった。 ~太夫と聞いて私がすぐに思い浮べるのは、山田風太郎「踏絵の軍師」の主人公地獄太夫。あれはとても好きだ。後藤明生「吉野大夫」(ファラオ企画 お取り寄せ)
2002/09/24
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あまり肌に合わないと思っていた開高健。特に理由もなくたまたま手にとって読み出すとすんなりと読めた。どうやら古井由吉を読むようになって以来、読めるものの間口が少々広がったらしい。それがいいことかどうかは知らない。 付箋を貼った場所を確認してみると、豆知識的なことが書かれた箇所がほとんどだ。すると、文章に酔っていたというわけでもない。宝石の輝きから思い起こされた色についての記憶、それらはとても良い。三編目「一滴の光」での男女の情交シーンは、それまでの二編の静謐な雰囲気から見れば蛇足に見えてくる。しかし「掌の中の海」「玩物喪志」には文句のつけようもない。だが何処がよいのだろう。 私は宝石には魅力を感じない。良いものを近くに置いたことがないだけで、素晴らしいものに出会えばコロリと態度は変わるかもしれないが、この作者が愛でるようには石を愛したことはない。私には分からないが、何かに取り憑かれたように魅入ってしまった人の話は、それだけで楽しいということかもしれない。藤枝静男の骨董、森内俊雄の小筆、古井由吉は・・・・・・競馬? 絶筆だから良い、というわけでもあるまい。いいものを書き終えたから死んだわけでもあるまい。出会い方も読み方も、それが開高健だったから出会い、読んだというわけでもない。こういう場合、他の開高作品も次々に手を出したくなるような、繋がりはあまり起こらない。開高健「珠玉」(文春文庫)
2002/09/21
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どこの誰だよ、と思いつつ。しかしかなり良かった。 フセヴォロード・ミハーイロヴィチ・ガルシン(1855~88)。詳しい解説は人任せ。 病院の五階から飛び降りて死ぬ夢を見た。うまく頭を下に向けたので助かる気遣いはない。目を瞑り落下しながら「痛みを感じる瞬間にまだ生きていたとしても、それは一瞬のものだ。それぐらいなら大したことはない」と思った。夢の中での死には馴れている。熊の爪で引き裂かれたり、銃や刀で殺されたり。飛び降りにしろそれらにしろ、その手の痛みは味わったことがないにもかかわらず、「死ぬ時の痛さ」を僅かに感じることもある。 自己の死に関しては死んだことがないのでやっぱりその瞬間まではどのような姿勢を作るかまだ考えていないが、人の死は嫌だ。数多くある嫌な死の中でも、戦場の前線で、ある程度死ぬことを前提として立てられた作戦で死んでいく人達の死を想うと、とてもつらい。「プライベート・ライアン」再観以来映画から遠ざかっているのもそのため。時代劇の合戦シーンでも、先頭で突っ込む足軽は、生きて帰る方が不思議なんだろう。その為敵側から吸収した兵士を使ったりしてるのかもしれないが。しかし士気の低い兵士に先頭は・・・とにかく、戦争はなければないに越したことはないが、そうもいかないのが人間、「あらかじめある程度死ぬことを前提とした作戦」で、その「ある程度」に入って死にたくないのが私。他の死ならばまあ嫌々ながら納得も出来よう。 ガルシン自身も体験した戦争での、足を撃たれて、自分が殺した敵兵の傍で水だけで過ごした兵士の体験談を元に書かれた「四日間」を読みながらそんなことを思いつつ。 チェーホフの「六号病室」にはあまり深く感じ入ることはなかった。併録されていた「退屈な話」を読んだ後の痛みはまだ尾を引いているけれど。その点ガルシンの「赤い花」は作者が実際狂っていた時の話を元にしているから、迫力がある。祖父のことを思いだした。 病院の中庭へ祖父を連れ出すと、花壇の土を食べようとした。ゆらゆらとしか動いてない、動けないとばかり思っていたため、その俊敏さに驚き、止めるのが遅れ、口周辺に土がついた。掴んだ手は酷く細く、骨、と感じた。その時中庭のベンチに置いてあったCDラジカセからは音が飛び続けるどこかの民謡が流れていた。ふわふわした大きなボールの投げ合いが出来る老人達もいた。外の景色が見える隅の方まで祖父について歩いた。病院の駐車場や近くの林を指差して祖父は何か言った。何を言っているのか分からなかった。こちらから何を話しかけても小さく何度もウンウンと頷くばかりで、何も聞いていないようだった。何も聞こえていないようだった。その後祖父は倒れ、あのような形で見舞いに行くことはもうない。癲狂院と痴呆老人を集めた病院の違いはあるが、私の見た、一周するので終わることのない廊下を歩き続ける、矛盾な言い回しだが、虚無に満ちた目を持たざるをえなくなってしまった老人達の集団と似た風景の中にガルシンもいたかもしれない。あのような場所は、死に向かう為にあるものだ。 でも一番好きなのは下手すれば無意味なほのぼのにしか見えないこともない「従卒と士官」。ガルシン「ガルシン短篇集」中村融 訳(福武文庫 在庫切れ)
2002/09/20
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駅のホームへ向かう階段を降りていると、赤く光りながら飛び回るものを見た。明滅する携帯ストラップの類かと思ったが、それはフラフラと飛び回り、おそらく線路に落ちた。「え、何今の、幻覚?」と騒いでいる女性が一人いた。それは不思議な光景であった、にもかかわらず、線路をちらと見ただけで、私はホームのいつもいる場所へと歩き出した。「虫に火でもついたのだろう」と、どうすればそうなるかの過程はともかく理屈で割り切りながら。時間のことも考え、少し疲れていた頭はいつもと同じ行動を選択していた。やはりあれは不思議なことだったな、今日一日あれについて考えてみるか、と思ったことを思い出したのは復路の駅で階段を降り始めた時だった。気にもとめて、とめられていなかった。 で、何だったんだろう。虫に火が付くような虫除けを設置するはずはないし。「ネバー・エンディング・ストーリー」という映画は、馬が沼に沈むところと、竜に少年が乗って飛び回っているところを覚えている。 何から書こう。 私はこの物語が好きだ。先日触れたように、児童文学に親しんでこなかった私にとって、「ほんとうに感動出来るか」は疑問だった。たとえそれがどれほど素晴らしい話であっても、だ。疑っていたのは自分の感性、歳を「とってしまった」自分への不信だった。が、感性は鈍っていなかったというより、物語の力強さに、実にはっきりと感動出来た。もっと早く読んでいれば良かったとは思わない。今だからくみ取れることもある。 誉め言葉はつまらないな。 バスチアンが傍観者から一歩踏み出してファンタージエンに入り込んだところで、きっと読む気が半減するだろうと思ったが、そうはならなかった。半ば悪役までこなしてくれるバスチアンに比べると、どこまでもいい子でありすぎたアトレーユは少し魅力に欠ける。だがもっと好きなのは、人狼グモルク、色のある死グラオーグラーマンの二人(二匹)。 文章がどんどん小学生の読書感想文になっていってる。 「いっしょに死ぬんだな。」アトレーユがいった。「そりゃそうだがね、」グモルクは答えた。「死に方がまったくちがってんだ、ばかのおちびさんよ。だってな、おれは虚無がここに押しよせてくる前に死ぬ。だがおまえはそれに呑みこまれるんだからな。これは大ちがいだぜ。その前に死にはてりゃ、そいつの話はそこで終わりになるが、おまえのはずっとはてしなくつづくんだぜ、虚偽(いつわり)としてよ。」 完結していない物語というものは、不幸ながら永遠の生命を持った、持ってしまったもので、登場人物たちは作られた世界の中である時点から前へ進めないで足掻いている。「はてしない物語」にはそういった物語達にも救いが示されているが、ただ一時の気分から放り出された物語たちは、数え切れないほど、あらゆるところに転がっている。夢なら無意識だ。ファンタージエンには人間がそれまで見た夢が絵となって貯まっている場所がある。夢なら責任はない。しかし自分で始めてしまった物語は自分で決着をつけなければならず、やむなく放り出した物語も背負いつつ生きていかなければならない。 誰のことだか。 「おや?」バスチアンはつかえながらいった。「ぼく、──ぼく、おまえは石になってしまったと思ったのに。」「そのとおりです。」ライオンは答えた。「毎晩夜になると死に、朝になると蘇るのです。」「ぼく、もう永久にそのままかと思った。」バスチアンはいった。「そのたびに、永久なのです。」グラオーグラマーンは謎めいた答をした。 これだけ虚構に没頭出来る物語を書いておきながら、虚構に没頭することの危険をも書いているのは、読んでいる最中は「そりゃないよ」と思うが、まあ当然のことを言っているまで。竜の出てくる話を楽しむことは出来るが、実際に竜に乗ることは出来ない。しかし、竜の出てくる夢を見ることや、竜の出てくる物語を自分で創り出すことは出来る。実際、夢の質が多少変わったのか、昨日の夢でクジラに噛まれた。手の甲から少し血が出ただけだった。「見渡す限り全部海という場所で水中にいる何か巨大な生物の背のようなものの上を歩きながらすぐ脇でシャチやクジラが飛び跳ねるのを見ている」という風な夢はこれまであまり見た覚えはない。私は夢をかなり覚えている方だ。少し危ないが結構楽しいので一時的な変化ではないことを望む。 つまり、この本は今の私にとってかなり重要な一冊であり、そして、好きだ。 読んでる最中はもっともっと多くの文章になるはずのことを、思っていたはずなのに。ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」上田 真而子 佐藤 真理子 訳(岩波書店)「はてしない物語(上)」(岩波少年文庫)同(下)
2002/09/18
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時間の花の欠片で作った葉巻を落とすだけで消滅してしまう灰色の時間泥棒達の方に気持ちがいってしまう。 失われた子供時代を取り戻したいわけではない。子供の頃さまざまな児童文学に触れる黄金時代というものを持っていない私には、いくつかの作品は、読もうと思えばいつでも読めるのに、それを読むべき時期はとうに過ぎ去ってしまっている、今読んでも受ける印象、芽生える何かは完全に違うものとなってしまっている・・・何を書いてるか分からない、とにかく、憧れであり、また、きっと読まないままでいた方が幸せなんだろうと思えるものであり、「読みたい!」と強い欲求に駆られることの少ない、そういうものであった。 でも読んでみた。先に読み始めた同じエンデの「鏡のなかの鏡」がとても良いとは言えないので、有名なこちらの方ならきっともっと良いはずだと、あまり誉められたことではない動機から。 子供の頃から物語に出てくる中では悪役ばかりが好きだった。やたらと正義を振りかざしたり、意味不明の強さを持った主人公側の人物に感情移入するのは難しかった。その為、マイスター・ホラの元に辿り着いた後のモモは好きではない。円形劇場後で想像力を武器として無限に遊びを創造していた頃のモモは好きだ。 時間泥棒達が人々から時間を巻き上げるとみんなせかせかと、いわゆる「現代人風」な大人たちになってしまうというのは、その手の意味がありすぎて嫌いだ。教訓も寓意もありすぎると嫌味になる。だから後半は時間泥棒達の哀れな姿に浸ることが、私にとっては大事だった。 世界を時間泥棒の手から取り返しても、物語の語り手として既に有名になってしまったジジはモモやベッポと同じようには、元に戻れない。子供でもなく、老人でもないから。「これできみにもわかっただろう──ぼくがどんなになってしまったか。自嘲するように彼はちょっと笑い声を立てました。「もどりたくても、もうもどれない。ぼくはもうおしまいだ。おぼえているかい、(ジジはいつまでもジジだ!)、ぼくはそう言ってたね。でもジジはジジじゃなくなっちゃったんだ。モモ、ひとつだけきみに言っておくけどね、人生でいちばん危険なことは、かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ。いずれにせよ、ぼくのような場合はそうなんだ。ぼくにはもう夢がのこっていない。きみたちみんなのところに帰っても、もう夢はとり返せないだろうよ。もうすっかりうんざりしちゃったんだ」 さぼってて、読み終えた随分後になって感想を書きだしたものだから、その時には気にもかけてなかったジジのことに、気付いてしまった。ミヒャエル・エンデ「モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語」大島かおり 訳(岩波書店)
2002/09/14
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いつも鼻歌歌って店番をしてるおばちゃんのいる古本屋で題名に惹かれて購入。帯には「古本世界を語る達意のエッセイ」とあるが、どこまで本当かは疑わしい。ちょっと出来すぎの話もある。「狂聖・葦原将軍探索行」に出てくる人物も怪しい。しかし唐十郎「佐川君からの手紙」のように読んだ後放り投げたくなるようなものでもない。大体は本当のことなんだろう。 客側なのでそう頻繁ではないが、私も変わった客に会ったことはある。一本のアダルトビデオを売りに来た中年男性。「うちは今そういうのは扱ってない」と店主。食い下がる客。○○市からはるばる来た。タクシーで来た。今金に困っている。これは金になると思った。「買い取るとしてもせいぜい50円」驚く客。この女優がいかに素晴らしい人であるか、若く美しい人であるか説明し始める客。本棚を時間かけて眺める私。「安う買ってその何倍もの値段で売るくせに」と客の言葉に今度は店主が怒り出した。「それを言ったら話にならん。これはそういう商売や。売るところなら他にもあるやろ」結局強引に客に200円渡してビデオは受け取らず追っ払っていた。 何を買い取ってくれるか、突然売りに行く前に確認の電話は入れた方がいい。 その電話の話。「ウチでは、というより古本屋の原則として、高い物しか買わないってのがあるんですよ。ええ。家から大量の本が出てきた。そうですか。じゃあ買います、というのじゃないんです。100年200年と年をとって資料として価値のあるものや、稀覯本、そこまでいかなくてもそれなりの値段になる物なら買いもします。しかし大抵の場合、値段を付けるなら300円や500円、そういうものが多い。いくらでもあるわけです。その類のものばかり買っていたら、売り手も『あの店はこういうのをいくらでも買ってくれるぞ』と思い、あまり売れない、それでいて全く無価値というほどでもない本が集まり、棚を占領する。そうなると客に笑われる古本屋になってしまう。ですから、ちょっとその手の本はウチでは、いやどこでも同じとは思うんですけど・・・」 相手が売りたいのがどういう本の群かは分からなかったが、電話してるのを聞いたのをまとめるとこんなところ。もっと専門用語も出てきたが忘れた。 芦原将軍といえば筒井康隆「将軍が目醒めた時」私の中では有名だが、1985年発刊単行本書き下ろしの「狂聖・芦原将軍探索行」にはこれには触れていない。宮武外骨が芦原将軍について何か書いていたらしいということには触れていて、私もそんな気がしたのだが、手元にある外骨本滑稽漫画館には見当たらなかった。しかし芦原将軍については「将軍が~」以外にもどこかで詳しく書かれたのを読んだ気がする。だから私にとっては充分メジャーなこの人が、「今では知る人も少ない」というような扱いをされてるのが不思議だった。一連のことがあったのが古い話というだけなのかもしれない。しかし今の感覚では外骨の書いたものはあまり面白いと感じない。 よく泣く老犬を飼っている古本屋が一週間くらい閉まっていたので心配したが、潰れずにあり、犬も生きていた。私にとって大事なのは本に書かれている古本屋ではない。 別につまらなかったわけでもないのに、あまり本の内容に触れてない。こういうことはよくある。出久根 達郎「古本綺譚」(中公文庫 お取り寄せ)
2002/09/06
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本名般若豊に今更驚く。 何度かこれまでにも書いた「ある種の偶然」は無意識下に記録された僅かな情報をもとに、「自然に手が伸びた」ように見せかけて実はしっかりと、近い時期に読むと良いものを選んでいるのではないかと思う今日この頃。埴谷雄高「影絵の時代」が藤枝静男「落第免状」に似ていると感じたように、「影絵の世界」と「或る年の夏 或る年の冬」は瓜二つと言っていい。それには私が二者の作品を適当に手に取った偶然とは違い、理由もある。そしてそのことを、私は知らなかった。 1908年藤枝静男誕生 1909年埴谷雄高誕生 1993年藤枝静男死去 85歳 1997年埴谷雄高死去 87歳 意外と最近に埴谷雄高は亡くなっている。先日書いた、私の中にいつの間にか焼き付いたいくつかの印象はこの時訃報記事でも読んだからであろう。その頃なら私にも物心はついていた。 藤枝静男はほぼポーズだけの左翼運動参加態度でありながらも留置場に入れられることになったが、埴谷雄高のそれははっきりと意識しての活動の結果刑務所で年月を過ごすことになったのであるから戦時下で大袈裟な扱いをされたとはいえそれなりのものである。だが両者とも、政治活動よりのめりこめること、文学活動に従事することに、藤枝静男のデビューは39歳と遅まきながら、なる。 君の『人間の羊』も、モーパッサンの『脂肪の塊』も、俗流解説をすれば、反米小説あるいは反ソ小説になるかもしれない。しかし、短編小説の強さは、実にすき間なく、つながっているように見えた日常を、毛の抜けた鶏のように変えてしまうことにある。だから、保守的な政治家にとってと動揺、進歩的な政治家にとっても、短編小説はたえず危険視され恐れられる可能性があるわけだ。その危険性こそ、短編小説の生命なのだから、短編小説に対する無制限な寛容性こそ、政治のなし得る唯一の文学への参加ではないか。文学の政治参加は簡単だけれども、政治が真剣に文学に参加してこそ、はじめて政治も生きたものになることができるような気がする。安部公房対談集 大江健三郎との対談「短編小説の可能性」より、安部公房の言葉 今の時代では正気を疑われるようなこのような発言も、昔それはこのような形であり得た。不思議なことではなかった。戦時下政治を疑いながら生き延び、文筆を生業とするようになったものにとっては、それは自然なことであった。今とは違う。 私は政治にも当時の左翼活動にもあまり興味はないが、烈しい時代に生きた人の記録はたしかに面白い。「死霊」にもそれは滑稽味を帯びて生きている。 もともとロシア・ソビエト文学全集の月報として連載されたものをまとめた「影絵の世界」冒頭は、日本人がロシア文学に対する他とは違った愛情、親近感のことから始まる。埴谷雄高ほど多くのロシア文学作品に触れたわけではない私も、そういった思い入れはある。ドストエフスキーとチェーホフを輩出したというだけでも、他国と分けて想うことは当然と感じる。 〔社会的・政治的問題への関心〕異民族タタールによる支配、イワン雷帝(4世)からピョートル大帝、そしてスターリンに至る専制、弾圧、粛清のもとであえぎ、社会の後進性、立ち後れた制度、農奴制という近代における奴隷制、階級間の隔絶といった社会的矛盾に苦しむという歴史的状況とロシア文学の特色とは切り離して考えることはできない。またロシアでは議会のような社会的発言の演壇がなく、言論の自由も検閲によって制限されていて、社会評論・政治的発言の場がなかったから、文学が唯一のであった。これがロシア文学が深い思想性・政治性をもたざるをえなくなった外的条件の一つである。文学は政治的・社会的意見をほとんど発表できないような反動的な時期でも人々に何らかの視野を提供してくれた。このような状況から、作家を実存の謎を解き明かしてくれるかもしれない賢人と見、つねに真実の探求にはげむ賢者と見なすロシア的伝統が生まれる。ロシア文学は伝統的にアンガージュマン(社会・政治参加)の文学であった。文学批評は文学作品を解説し、検閲の目をかすめて政治的・社会的発言をその中にしのびこませるという方法によって、社会評論の代役を果たすことになった。国家の側も文学の重要性、社会的役割を認識しており、指導・監視の目を怠らなかった。検閲体制の厳しさ、作家と国家の緊張関係は、旧ロシア時代、ソビエト時代を通じてこの国の文学を特徴づけている。追放、流刑、処刑、亡命という運命がこの国の作家の上にはしばしばふりかかった。このような迫害によって、作家の側の求道者的・殉教者的態度もいっそうラディカルになってくる。「ロシア・ソ連を知る事典(平凡社)」から「文学」の項より抜粋 図書館の放出本でなんとなくもらっておいた本でもごくごくたまに役に立つことはある。しかし政治と関係が深いことだけで作品が長く生きるわけではない。弾圧下だからこそ生まれた熱を、政治的なことだけでなくあらゆるものを強く焼き付けたものだからこそ迫力があり、力を持ったのだろう。だからといって素晴らしい作品を生む土壌を作るためにドストエフスキーが生きた時代のような社会体制になればいいとは思わない。 埴谷雄高と藤枝静男とロシア文学と政治の関係について書こうとは思った。思っただけになってしまった。「或る年の冬 或る年の夏」と同じように「影絵の世界」は面白かった。それだけで、もういい。 しかし埴谷雄高は、評論に手を出すときりがなくなるので、この二つと死霊の残り、後は短篇集くらいで止めておかないと、疲れ切ってしまいそうだ。出会う前に思い込んでいたほど恐ろしく難解でとっつきにくいものというわけではなかったけれど。 それにしても「文学」って言葉はいつ使ってもあまり気分のいいものではない。埴谷雄高「影絵の世界」(平凡社ライブラリー埴谷雄高全集〈第6巻〉影絵の世界(講談社)
2002/09/03
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