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「汐替節」はこの7月15日に開催された私たちの第八回定期演奏会で男声合唱曲「汐替節2012」として初めて演奏した曲である。この演奏会の目玉として鹿児島在住の作曲家・伊地知元子氏に編曲を委嘱した「五つの鹿児島民謡」の中の一曲で第三ステージの一曲目として演奏した。 しかしこの「汐替節」は鹿児島に生まれ育った私がこの歳に9なるまで知ることはなかった。初めての練習日にそれを聞いたときの印象は「なんと素晴らしい歌なんだろう。鹿児島にもこんな民謡があったのか」というほど強烈なものだった。それほどまでに感動したのは、果てしなく広がる海原の汐の匂いが伝わってくるような大きな歌だったし、それを予感させるピアノ前奏が17小節もつけられていたせいかもしれない。 「五つの鹿児島民謡」は「汐替節2012」「串木野さのさ2012」「三邦丸2012」「知覧節2012」「おはら2012」で構成されている。この中で「知覧節」は唯一無伴奏曲であるが、他の四曲はピアノ伴奏付きで、それぞれジャズ調あり、ロック調ありで歌っていても心躍る曲である。しかしおじさん合唱団にとっては、リズムを取るのに大変難しい曲でもある。 この「五つの鹿児島民謡」についてもそれまでの曲と同じように指揮者からその生い立ちや情景について、折に触れてレクチャーを受けて練習を進めるし、またこれらについて色々なことを調査・学習した団員がメーリングリストに流すなど、お互いに歌を知るようにして糧にしてきた。 そういうなかで「汐替節」についても私たちもさまざまなことを知ることができた。そして演奏会の興奮も覚めやらぬ7月27日の南日本新聞に上の「海耕記、原耕が鰹群(なぐら)に翔けた夢」-14ー 「汐替節」が掲載された。それには伏線があった。同じ新聞の2012、5,16にこの連載の第一回が掲載され「無限の宝庫」と題して書かれた中に「これらはすべて、大正時代に鹿児島で撮影された『無限の宝庫』-鹿児島県下に於ける鰹漁業の実況というサイレントフィルムに記録された映像だ。上映時間約50分。漁業を記録した映像としては、現存している中で最も旧い時期のものであろう。1923(大正12)~1925(大正14)年ごろの鰹漁の様子や鰹節製造の過程が、驚くほど克明に記録されている。」とあり、更に「映像は陸上からだけでなく、船上でも数日撮影されている」「トカラ列島の臥蛇島も映っているという」「フィルムには鰹産業の日常業務が、黙々と、そして淡々と映し出されている」とかいてあった。そこで私は随時掲載のこの記事をずっと読んできたのだが、ついにこの貴重な「汐替節」の記事にに行き当たったのだ。 わたしの拙いこれまでの知識と上記記事によると、鰹漁は藩政時代からのものを明治時代に受け継いで発展の一路をたどっていった。1890(明治23)年ごろには小さな帆船を操って沖縄県慶良間諸島付近の漁場で操業していた。帆船時代の鰹漁の餌には、キビナゴが使われた。捕獲したキビナゴは餌樽に入れられ4人一組で二人は海水を汲みいれ、あとの二人が海水を汲みだして樽内の汐を渦状に回転させて漁場まで運ぶのである。この汐替えは大変な重労働であり、夜を徹しての作業に睡魔をはらうためにも汐替節が生まれたという。上記記事によると、陸上でも同じことが行われたため、陸上でも歌われたそうだ。 鰹船の動力化とともに船には活魚槽が取り付けられ、餌もカタクチイワシなどが使用され汐替え作業はなくなった。しかし、帆船時代の重労働のなごりは「汐替節」によって現在に伝えられている。 同じ団員の中には、編曲こそ違え昔「汐替節」を歌った年代もあるようだが、改めてこの歌の良さにほれ込んだという。大事に歌っていきたい歌の一つである。
2012.07.27
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先日、当ブログに「何とも寂しい我が家のグリーン・カーテン」について書いたが、市の農業センターの菜園を借りていたときの、エッセイが出てきたのでここに書いてみたい。 ー真夏の畑ー (2009、8月記) 今朝は5時30分に起きて、妻と畑に向かった。畑といっても犬迫の都市農業センターの一角にある市民農園を借りている6、7坪のものだ。そこで野菜を作り始めてもう7年目になる。 真夏には涼しい時間に作業をするようにしている。夏の畑は作物の出来も速いが、草の伸びも速いので気が抜けない。その草取りのためにも、いくらかでも涼しい朝を狙って早朝から畑に出かけるのだ。 65歳を目前に退職後のことも考えて、かねて草花作りの好きな妻と野菜作りでもしてみようかと思ったのがきっかけだった。とはいえ、それまで野菜作りどころか草花の水やりしかしたことの無い私が、一念発起して農業の真似事ををしていると知った姉妹たちからは「何もしなかったあなたがよくそういうことをするようになったね」と冷やかされる。実態は、畑での種まき、植え込み、肥料入れ、棚作りなど主要な仕事は妻がやる。私は市備えつけのレストハウスから鍬や如露など必要な道具類を運搬し、耕し、草取りをするのが中心だ。その草が、肥料がよく効くのか野菜より成長が速く困ったものだ。その草は地中にしっかり根を張るものが多く一週間も放っておくと草畑になってしまう。 今朝も黙々と草取りに励んでいると、センター内の広場にグラウンドゴルフに行く人々が通りかかった。ここでは皆、心も解放されているので、知らない人とも気軽に挨拶をし、声を掛け合いあうのが通例となっている。私がその人たちに「おはようございます」と声をかけ、草茫々の照れ隠しもあって「私が草の種を撒いたので、こげんおえっつきもしたが」と言うと、その中のおじさんの一人が「あたいが我が家い良か草の苗を作っちょっで、あげもんそかい」と私の上をいく言葉を返してこられた。世の中には頓知の効いたことを言う人もいるものだと思い「あとでもろけ行っもんが」と私が答えて、居合わせた皆で大笑いになった。 畑を始めてからの楽しみは、収穫の喜びはもちろんのこと、それまで知らなかった野菜の成長度や、特徴などを自然に覚え、次の年から少しづつその知識を役立てることが出来るということだ。当然のことながら、手入れをすれば作物もそれに応えてくれるが、天候に左右されることも多く、広い田畑を耕作される本格農家のご苦労を身をもって知ることができる。 畑の向こう3軒両隣の方々とも仲良くなり、お互いに作っていない作物や苗のやりとりをするのも楽しみの一つである。 我が家のヒット作物は「四角豆」で南方系の豆のようだが、、天麩羅にして食べると天下一品である。これは沢山の人におすそ分けしたり、種をあげたりして皆さんに喜ばれた。そして最近はこれを植える人も多くなってきたようだ。 真夏の畑は暑い。今朝も2時間と少しの作業で8時過ぎには、キュウリ、大葉、ピーマンなどを収穫して畑を後にした。(完) 写真は当時の四角豆である。今年は種があったので、我が家の庭に種を十数粒撒いたところ四つが芽をだしたので、鉢植えしてある。はたして結果はどうなるか。楽しみである。鹿児島弁の会話を少し入れたが、わからない方はコメント欄におかきください。懇切丁寧に解説いたします。
2012.07.24
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上の写真は数日前に初めて実ったキュウリを撮影したものである。当ブログにに何回か書いたように、市の農業センターに市民農園を今年3月までで返上してしまった。ところが、何か寂しく、一石二鳥を狙って我が家の庭にささやかなグリーン・カーテンを作ることにした。だが、思い立ったのが遅くやっとキュウリ2株とニガゴリ(ゴーヤ)3株の苗を買ってきてを植えたのが、6月14日のことだった。しかもプラスチック製の長四角の鉢である。買った土、買った堆肥だが、昨年までと何等遜色は無いはずである。 毎日狭い庭に出ては、眺めて、水もたっぷり入れてやったのだが、昨年までの畑と違い、毎日見るせいもあり、なかなか育たない。そういう中でやっとキュウリのしゅうかくである。自然の土と、鉢植えの違いを痛感させられる毎日である。昨年、農園で植えた本数と大差のない本数だがこんなにも違うものか。 上の写真は今日大雨の後、庭に出て写したもの。この雨にたっぷり水をもらって、どうにか軒下まで延びてくれたようだ。2,3日うちに収穫できそうなキュウリが何本かぶらさがっている。これまでの経験からすれば、キュウリは次から次に実り、8月の初めにはもう実らなくなる。パッと実り、パッと終わってしまうのだ。これもミニ農業体験で身をもって学んだことである。これに比べて、ニガゴリはじっくりと実り、秋まで収穫出来る楽しみな野菜である。葉っぱもこんなさびしいものではなく、繁茂するはずである。ただ鉢植えなので果たして今年のニガゴリはどうなるのか楽しみに見守りたい。 鹿児島の梅雨明けも近そうだ。之までは雨に助けられてそう水やりもしなくて良かったが、これからは早朝蚊に刺されながらの水やりが、いよいよ日課となる。
2012.07.22
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昨日7月15日第八回定期演奏会が宝山ホール(鹿児島県文化ホール)に立ち見も出る満員の聴衆のもと開催された。なんとその数1500人以上の盛況である。 演奏曲目は下の写真のプログラムの通り。 このプログラムも私の写真技術のまずさで写りが悪いが、うっすらと写っておりなんとか許容範囲とした。黒服に団のシンボルカラーのグリーンのネクタイをつけて1、2ステージを歌う。地元鹿児島の70名に東京・福岡・長崎・熊本・宮崎各支部の30数名を加えて今日のステージは106名になった。団歌「輝く黎明」に始まり1、「ドイツ・オーストラリアの歌」4曲2、「思い出の男声合唱組曲から」の4曲 休憩 団員カラフルなシャツに着替え3、「五つの鹿児島民謡(委嘱作品)」5曲・・・この曲は鹿児島在住の作曲家伊地知元子 さんに編曲を委嘱したもので、全5曲はこの日が初演である。 歌もリズムなど難しく、大いに手こずった歌だが、スケールが大きく私は大好きな歌で ある。ピアノに習熟していない私が言うのも何だがピアノ伴奏もむつかしそう・・・。4.「青春の思い出」4曲・・・ポピュラー これまでの演奏会で初めて最終ステージにポピュラーをもってきた。 家に帰って周囲の声を聞くと、「秋桜(コスモス)」は「親娘並んで聴きながら涙が出 て仕方がなかった」とか「川の流れのように」とアンコールの「わが人生に悔いなし」 には 「自分に人生と重ねあわせて涙が止まらなかった」とかの反響があり嬉しい思い した。 全体を通じて、「大人数の男声合唱に圧倒された」という声が多い。 14日の4時間を越す練習と、15日のリハーサルと本番、終わってホテルでの130名を越す人数での祝賀パーティで、今日はさすがに疲れが出てきた。昔は「こういうことはなかったのに歳はとりたくないなあ・・・」と一人パソコンに向かっているおじさんでした。 (プログラムの桜島の写真は団員の一人が大隅半島の道の駅垂水から写したものです) 昨日近所の友人がこっそり写したという写真を届けてくれた。その中の全体写真を私のデジカメで写してみた。そのため少しボケてしまったが、雰囲気だけでも伝わればと思って追加アップしてみた。いかがでしょう。
2012.07.16
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6月に引き続き、昨日7月11日 福祉館において第3回目の「“男”クッキング教室」が開かれたので、いつものメンバーで参加した。ただ我が町内会のどんぐりの会の常連の内、2人は都合が悪く4人での参加となった。他の町内会からも2人の参加しかなくて、生徒6人のいささか寂しい教室となった。一方教えてくださる方は先生と助手2人という豪華メンバーである。 今日の料理はお盆も近いということで、「鹿児島の味」というテーマである。鹿児島のお盆には欠かせない「かいのこ汁」をメインに、これ又鹿児島ならではの「がね」、「地鶏の煮物」「さつまぼうろ」である。それに加えて今回も先生のご自宅で収穫されたキュウリを使った和え物、大きなアロエの刺身? まで加わって豪華な料理が出来上がった。 写真の上の真ん中は「がね」である。材料は、さつまいも、にんじん、ごぼう、にらの野菜類と卵、小麦粉、もち米粉、揚げ油である。それに砂糖、酒、塩、薄口醤油などを少量加える。いうなれば「てんぷら」であるが、鹿児島ではサツマイモをせん切りにしたものを中心にして大きな形で揚げるがその形が“蟹”に似ていることから、方言で「がね」と呼んでいる。「がね」は県内の惣菜屋や道の駅などでも売られており、おかずとしてもだが、おやつとして食べられることも多い。 写真の右下は「かいのこ汁」である。我が家では現在もお盆の8月14日と15日の朝は必ずこれを食べる。一言で言えば「具沢山の味噌汁」であるが、特徴としては大豆(3倍量の水に一晩つけておく)を沢山使うことである。そのほかの材料として、干し椎茸、昆布、ごぼう、こんにゃく、なす、油揚げ、かぼちゃ、さといも、みがしきなどを入れる。 「がね」も「かいのこ汁」も上記の材料は基本的なものであり、各家庭でいろいろアレンジされているようだ。 アロエは大きな葉の品種を使って、皮をむいて、醤油を少しかけて食べるのだが、ネバネバしていかにも身体に良さそうだった。 次回は9月に開かれるとのことで、楽しみである。(作ることよりも、食べることが!)
2012.07.12
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6月18日の当ブログに「演奏会まで一ヶ月」という記事を書いたが、7月15日の演奏会まで、あと11日となった今日、南日本新聞に上のような取材記事が掲載された。 演奏会の概要は新聞記事の通りだが、練習も8日の2時間、14日の4時間と当日のリハーサルを残すだけとなった。特に14日は演奏会前日で鹿児島勢の他、宮崎・熊本・福岡・佐賀・長崎・大分の九州勢、関西・東京勢も参加して100名を越える“男声合唱命”の野郎共が集まっての音合わせとなる。このような形で過去7回の演奏会も開催してきたので、不安はない。 特に今回は記事にある強化練習も、いつもより他県勢の参加も多く、回数も多くやってきたし、指揮者が福岡と東京に出かけての練習などさまざまな取り組みをしているので、いい演奏が出来ると思う。 新聞の写真は、私の写真技術の未熟さで薄く写ってしまったが、私自身は指揮者の陰に隠れて写っていないのでよかった(汗)
2012.07.04
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