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◇木曜日:旧暦五月二十三日 甲申(きのえ さる) 下限の月(但し東京は厚い雲が垂れ込めて見えず)雨乞いの術をお持ちの「教授さん」に対抗するわけではないけれど、僕は空が飛べる。それに気付いたのは実はかなり前の事だ。昔も昔、僕が小学校2年生の五月のある日のことだから、計算するのも厭になるほどの昔といっていい。それにしても、こういう「隠れた技術・才能」は誰にでもあると思う。だから空を飛ぶなんて、ごく当たり前のことなのかもしれない。空を飛べるといっても、両腕をバタバタやって飛んでいくのではない。自分が立っている地面の約20センチ「上空」に、踏めば硬く変化する層があって、そこに足を乗せて踏ん張るとその位置で立てるのである。但しこれは正確にその位置に足を持っていかないと駄目なのだ。それよりちょっとでも低くても高くても、持ち上げた足はただ「空を切る」だけである。だから、「踏めば硬くなる層」に足を合わせるには相当気持ちを集中しなければならない。そうして最初の位置を見つけると、後はいい加減に足を持ち上げても、そこは硬くなってくれるから、その後は容易に高みに登って行ける。登って行く途中で、「こんな筈はない。こんなの物理法則に反する。」などと吾に返ってしまうと、途端に透明な空気の階段は消滅してしまうから、どうかすると足を挫いたり腰を打ったりすることになる。その点だけは注意する必要がある。まぁ、つまり云うならば「飛ぶ」のではなく「歩いて階段を登って行く」訳だ。そうやって登った高みから見下ろす下界は中々の見ものだ。気分も大いに爽快で宜しい。人間の目線は普段はせいぜい1メートル数十センチの高さにしかないから、「自前で」稼いだ高度から見下ろすのは、それが10メートルや20メートル程度の高さであっても、その眺めも気分も本当に新鮮なのだ。でも、あくまでも歩いているわけだから、水平距離の移動はほんのわずかしか出来ない。鳥のように軽やかに飛び回るというわけには行かないのだ。一人の人間が妙な位置に覚束なげにぶら下がっているのは、見ようによってはみっともない。だから余り人樣に自慢したり威張ったり出来ないのが辛いところだ。子供の頃は頻繁に、ごく当たり前にやっていたことだがこのところ繁忙を極めている仕事や、一時も気を許せない資金繰りの心配でトンと忘れていた。考えてみれば、大学の研究室を出て就職してからは一度も飛んだことがなかったような気がする。先ほど「教授さん」のブログを拝見して、空梅雨の名古屋に今日雨を降らせたと言う雨乞いの術に触発され、さっき社員の目を盗んで会議室の隅でやってみたら、未だちゃんと出来た。嬉しかった。でも、未だ至って小さな会社だから、いつ社員が会議室に入ってくるかもしれない。それで三段くらい登ったところで止めておいた。だって、天井近くに社長が宙吊りになってモゾモゾしているのを社員に見られてしまったら、体は空中に有っても社長の沽券の方は地に落ちるでしょう。飛んだのは本当にほんとうに久しぶりの事だ。久しぶりに昔を思い出させてもらった気分で、「教授さん」には感謝である。もうちょっと練習すればひょっとしたら水平飛行も出来るようになるかもしれない。子供の頃にもそういう気がしていた。ただ真剣に試してみなかっただけの事だ。目先の問題が一段楽して、どこか山間の温泉にでも行けるような暇が出来たら、是非水平飛行もトライしてみようと思う。
2005.06.29
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◇旧暦五月二十一日:壬午(みずのえ うま)今ここに積載量過多で後暫くで確実に沈んでしまう船が、よたよたと航海している。見ていると今にも沈みそうな船である。船長とクルーの一団は、何とか手遅れになる前に手を打とうと考えている。船には、乗船する時に手荷物や預けた荷物の明細のチェックを受けた人たちの他に、自己申告だけで済ませた人達も乗っている。他は、上記の乗客たちの同伴者、それに元々荷物など持っていない人たちも乗っている。この人たちは船賃も払っていない。船を軽くするには、積んでいるものを捨てるより他はない。荷物を積み込んだ人たちはそれなりの立場にあり、力もある人たちである。何より船賃を払って乗っている。だから、荷物も持たずタダで乗船した「お気楽な人たち」に降りてもらえばいいのだが、生憎近くに港はないし、まさかこの人たちを船から捨てる事も出来ない。そうなると、一番有効な対策は持ち込んだ荷物のある一定量を皆がそれぞれに捨てる事なのだ。しかし、いきなりそれを言い出すと猛烈な反論が巻き起こって、下手をすると叛乱が起きるかもしれない。先々代の船長の時にも乗船客全員に一律の割合で荷物を捨てさせたことがあった。ところがこの時船は沈没よりも進路を誤って座礁する危機に陥った。その後遺症は長く尾を引いて、今でも全員の痛みとして残っている。そこで船長は一計を巡らし、荷物明細を把握している一団に向かって、「乗船客の中で、ちゃんと真摯に船賃を払い、荷物の明細まで知らせてくれているのはあなた方です。本当に信頼できるし感謝しています。この船を救えるのはあなた方だけです。ここは一つ、船全体の事を考えて協力してください。ついては。これこれこれだけの荷物を捨ててくれませんか?」と頼み込んだのである。この一団は過去からずっと、同じような目に会いながら「協力」させられてきている。だから馴れているといえば馴れているのだが、今回は捨てろと言われた荷物の量が余りに多い。「何故自己申告だけで済ませている連中は、同じように捨てろとは云われないのか?」「何故いつも我々なのか?」「船のため船のためと言うけれど、どうして船長やクルーは予め分かっていたはずの危機にもっと早く対処してこなかったのか?」などなど、批判や不満が募り、反対の声はいよいよ高くなるばかりである。そういう不穏な動きを一通り見極めた上で船長はやおら、「それでは、やはり乗船客全員が一律に荷物を捨てることにましょう。それなら公平だから皆さんも異論はないでしょう。但し、今回はこれだけの量を捨ててもらいます。」と宣言したのである。しかし、予め過酷な要求を突きつけられていた「明細把握され済みの一団」には最早反対の声も小さく、結局これは船長の思い通りに実行されたのである。ところで、後で分かった事だが、船長とそのクルーたちは、全体量では大した事がないものの、一人あたりにすれば断突に沢山の荷物を積んでいたのだ。そして、彼らの荷物は、色々な口実を設けては捨てられる事を免れたのである。
2005.06.27
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◇木曜日;旧暦五月十七日 戊寅(つちのえ とら)沖縄慰霊の日 オリンピックデー「ねぇねぇ君、例のあれだけど、重さはどれ位だっけ?」『…黄色です。』「え?……だから?」『だから、前にも云ったじゃないですか。ボール紙です。』「………だから?」←だんだんイライラしてくる。『単位質量は1グラムです。』「…だから、結論はどうなんだよ?」『形は高さ5センチで底面が10センチ四方の四角です。』「…そりゃ、直方体って云うんだろうが。それで中はどうなっているの?」『ですから、えーと・・・・(電卓を取りに行く)』「そんなの電卓使うかよ!ブツブツ・・・・」『えーと、500グラムです!』「だから、中はどうなってるの。中もボール紙が詰まってるの?」『えっ!?そこまでは調べてません。』「それじゃぁ、分からないじゃないか!!!何やってるんだよ。」『調べます。』・・・・・・・・・・・・それから暫く経って・・・・・・・・・・・・「おい、例の件どうなった?」『メール送りましたが、返事が来ません』「電話は?」『電話ですかぁ?してません。』「もういい!自分でやる!!」こういう世界で日常を過ごすことに貴方は耐えられますか?
2005.06.23
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◇土曜日:旧暦五月十二日 癸酉(みずのと とり) 海外移住の日ムシムシするし、仕事の澱をちょっとビールで流して行こうと立ち寄った会社の傍の飲み屋で、比較的落ち着いた服装のOLらしき三人連れが、「熊野古道が世界遺産に登録されて…」となにやら話し込んでいた。へぇ、若いのにおちゃらけてないで、熊野古道なんてなかなかじゃないの。そう思ったら、今度遊びに行くための観光地の品定めの相談だった。でも、熊野古道なんてシブくていいね。そしたら、そのうちの一人が「ヤクショウカクの遺跡が・・・」などと何度も言うものだから、そんなものがあったのか知らんと他所ごとながら悩んでいたら、なんの事はない「役小角」だった。あぁ、もう力が抜けた。日本の歴史を訪ねる旅の相談に、ちょっとは好印象を持った自分が悔しい。もうこのテはPKOでもなんでもいいから海外へ放逐しろ。……18日が「海外移住の日」というのは、明治41年(1908年)のこの日に、我が国初の海外移住団781人がブラジルのサントス港に到着したのを記念してのことだという。約二ヶ月間の航海の末の事だというから、彼らが神戸港を笠戸丸で出向したのは桜の花盛りの時期だったのだろう。新天地を求めての希望の船出だったのか、それとも政府の棄民政策に乗せられての蒼茫の民の旅路だったのか・・・・役小角だったら、雲に乗って一っ飛びの所を、狭い船腹に押し込められての二ヶ月間だ。さぞやご苦労であったと思う。
2005.06.18
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◇木曜日:旧暦五月十日 辛未(かのと ひつじ) 柏崎閻魔市第一次産業革命の賜物は鉄道ネットワークで、第二次産業革命の賜物は自動車道路ネットワークだといえる。このネットワークによって人間の移動は圧倒的に早くできるようになった。でも、生身の人間が動くのだから、どんなに早く移動しても、同時に別々の二ヶ所にいられるわけはない。だからこの辺を利用して西村京太郎さんや山村美沙さんは、謎解きのお話をお書きになり、結構な生活をしていらっしゃる。一方同じネットワークでもインターネットの世界では特定の誰かが何処にいるかは分からない。巷間インターネットの「匿名性」と言う事がいわれるが、名前だけではないむしろ「匿所性」とでも言う面が、従来のネットワークと較べてインターネットの最も際立って異なるところだと思う。場所を特定できないという事は、何処にでも存在するという事である。だから、ノートパソコンとウェブメールを持っていれば、「どこでも人間」になれる。ドラエモンの「どこでもドア」も凄いけれど、あれはやっぱり人間自身が物理的に移動するのだから、物理的な場所などに関係しないこっちの方がもっと凄い。実際やろうと思えば、出張したフリをして家で寝ている事も、温泉でのんびりしている事だって可能なのだ。尤もあまりひなびた温泉に行ってしまうとインターネットに接続できなくて慌てる事になるからちょっと注意が必要だ。これはインターネットでは、形象とコンテンツを完全に分離できてしまうからだ。コンテンツと言うのは、「言いたい事、伝えたいメッセージ」という意味である。こうして確率波と化した人間には、出張のフリして温泉に行く以外に、どんな事が出来るだろう。随分いろいろなことが出来るように思う。又そういう確率波同士の相互作用からはどんな新しい現象が出てくるだろう。これも、今までの常識では考えられないようなことが一杯起こるように思う。今後インターネットが個人や社会に及ぼすインパクトを考え、新しいビジネスモデルを講じていく際には、インターネットの世界を量子力学的に考察する方法論が重要な役割を果たすような気がする。
2005.06.16
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◇火曜日:旧暦五月八日 己巳(つちのと み) 大阪住吉大社お田植神事18世紀に石炭を燃料として軽工業が興り、蒸気機関が実用化されたのを第一次産業革命という。又、19世紀になって石油を燃料にした内燃機関が実用化され、重工業が興ったのを第二次産業革命という。この辺は学校で教わったとおりの話だが、僕は本当の意義はその後にあると最近思っている。蒸気機関が実用化され、これを移動の手段に利用すれば遠いところまで速やかに移動できる。それはさぞかし便利だろうと、線路が敷設された。内燃機関が実用化され、今まで徒歩や馬で移動していた道を拡幅し整備すれば、陸続きならもうありとあらゆる場所に自由に素早く移動できる。これは又楽しそうだと言うので、自動車道が整備された。そうして、多くの人々が今までとは比較にならないスピードで自由に往来を始めた。そして行く先々で様々な交流や交易が飛躍的に活発になっていった。それが「革命」なんだろうと思う。つまり、石炭も石油も、蒸気機関も内燃機関も、それ自体は革命が起こり得る環境を用意しただけのことに過ぎない。インターネットもそうだ。共通の約束事であるIPが出来たということは、石炭や石油の発見と同じだ。電話網から専用線網、ブロードバンド、光ファイバーは、線路の敷設と道路の整備だ。そうして、それによって、多くの人々が活発に交流をはじめ、以前には思いもつかなかった新しい生活習慣や文化・情報交流、そして新しいビジネスが陸続と興ってきた。我が国でいえば、NTTや孫さんは、鉄道を敷設し、高速道路網を整備してくれた、インフラの恩人である。三木谷さんやホリエモンは、発展してきたインフラの上での商売人だ。いうならば、前者は高速道路を作った人で、後者はその高速道路の方々のサービスエリアでお店を開いたり、イベントを開いたりして商売をしている人だ。「ITビジネスの成功者」として一くくりにされてしまう事が多い方々だが、そこが大いに違うところだな。
2005.06.14
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◇日曜日;旧暦五月六日 丁卯(ひのと う)東京鳥越神社例大祭五月末のこのブログで靖国問題に関して適当なことを書きなぐった。その際「同じ団塊の世代にもかかわらず、学生時代は敢然右翼として…」と評した我が畏友から苦言をいただいた。曰く「右翼じゃない、オレは道理をわきまえたリベラルだ」とかなんとか。本当のところはどうなんだか、学校がお互いに違うから良く知らない。ご本人としては、「右翼」という言葉にまつわる守旧的な雰囲気に違和感をお持ちなのかもしれない。自ら露悪的に自分のことを右翼と言うのは良いけれど、他人に同じ呼称で呼ばれると微妙に抵抗がある。ま、そんなところかな?周知のように、右翼とか左翼というのは革命後のフランス議会での着席位置による。当時のフランス議会(正しくは国民公会という)では、議長席から見て右側にジロンド党が着席し、左側にジャコバン党が席を占めた。ジャコバン党は人も知る急進的な革命派で、対するジロンド党は保守派であった。18世紀末の頃である。以来、殆どの国がこれを模倣し、保守・守旧派を「右翼」、急進・革新派を「左翼」と言うようになった。そうなるとリベラルは、どうしても(やや)左翼寄りにポジショニングされるような感じになるな。天皇制護持というと、これは保守・守旧派ということになるが、わが国には元々共和国制という思想そのものが長期にわたって国論の一部を占めるという状況が無かった。右翼・左翼といったって、国の制度の原点まで戻ってお互いに相克するような勢力であったことがない。幕末の勤皇と佐幕という対立構図にしても、天皇を上に戴くことを前提として、その上で政治の実権をどうマッピングするかということでしかなかった。これに「攘夷」と「開国」が、順列組み合わせ的に絡んで変動したから何かとややこしいのだ。何れにしても左翼・右翼の対立のような明瞭性はない。又、明治以降現代までのわが国の歴史を見ても、革命的左翼集団が長期にわたって国論の重要な一角を占めたことはない。(短期では活発な運動をしたことは何度かある)つまりは、わが国には民心の底から湧き上がるほどの「右翼・左翼」といった思想は無いといえる。何しろ「喉もと過ぎれば熱さを忘れ」、「人の噂も75日」程度でどこかに飛んでいってしまう。師走になったら、まずは今上天皇のお誕生日を言祝ぎ、翌日には耶蘇教教祖の生誕祝賀会だ。一週間もしないうちに、仏様にお願いして百八つの煩悩の帳消しを願い、明けて翌日には神社に出向いてかしわ手を打つ。我々は実におおらかな宗教的胃袋を持つ、集団健忘症的民族である。だから元来が黒白をつけるような考え方は苦手なのだ。そういう中で無理やり黒白をはっきりさせようとする人種・集団は、左であれ右であれ、狭量で狂信的な面を持つものであり、早い話が頭が悪い。第一、こういう方々は粋でも洒脱でもないのだ。そうなると我が畏友は確かに右翼じゃないな。でも、彼がリベラルかどうかは少しばかり疑問が残るような、そうでもないような…「右翼」には、別に「本命」とか「最有力」と言う意味も有る。そういう点では、彼は確かにバリバリの右翼なのだが…
2005.06.12
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◇土曜日;旧暦五月五日 丙寅(ひのえ とら) 雑節の入梅 チャグチャグ馬コ律儀なもので雑節で入梅と決められた今日、東海地方を含む広範囲の地域で入梅が宣言された。関東地方は、一日だけ早く、気象庁は昨日入梅宣言をなさった。これから一ヶ月余りの長きにわたって日本列島は雨模様の日が続く。梅雨に入ると、空はいつも鈍色(「にびいろ」と読んでくださいね)に雲が垂れ込め、周囲の風景もモノトーンに近くなる。湿度も高く、むしむしジメジメとメリハリのつかないこと夥しい。こう云う時には、せめて食事くらいは色鮮やかにしてみたい。そこで、例えばクラムチャウダーである。クラムチャウダーには、ニューイングランド風とマンハッタン風の二種類あって、マンハッタン風では、ニューイングランド風のクリームの替わりに、トマトソースを使う。僕は、若い頃初めて出張した時にボストン郊外のレキシントンという町で初めてこのクラムチャウダーに遭遇した。その時の感動と美味しさが未だに脳裏に残っているせいで、クラムチャウダーと言えばやはり、ニューイングランド風である。作り方はどうということもない。というより、チャウダーは元来「洋風けんちん汁」のようなもので、クラム(Clam=二枚貝)さえ入れれば、後必須なのは牛乳(か生クリーム)だけ。基本は塩コショウ味。それだけである。ニューイングランドでは、家毎にそれぞれの味がある。そこで、レシピのほんの一例を書いてみよう。これは、僕の好きな作り方である。量はすべて適量。料理というものには計量カップや、秤などは元来要らないのだ。1.今盛りのアサリを茹で、冷めたら身を外しておく。茹で汁は、無論チャウダーのベースになる。2.みじん切りにした玉ねぎとベーコンを、オリーブ油かバターで炒める。この時絶対焦がさないこと。ニューイングランド風は、真っ白なスープが命。3.1センチ角程度のさいの目に切った人参とジャガイモを(2)に加えて更に炒め、胡椒を振って、適当なところでアサリの茹で汁を合わせる。アサリの剥き身も入れる。4.固形スープを一カケ入れ、塩で味を調整する。基本は薄味!水の量もこの時点で調整する。アクは随時取りながら。5.好みではあるが、サワークリームを少量入れるとコクがでる。6.牛乳を入れてもいいが、ホワイトソースか、固形クリームシチューのルゥを入れても良い。後者のほうが少しとろみがつくから、僕としては好みである。これで余り煮過ぎないこと。野菜にちゃんと角が残る程度の方が美味しいと思う。最後に、やはり今旬のグリーンピースを入れ、一回沸騰する程度で火を止め、生クリームを入れて少し蒸らす感じにする。以上!純白のスープに、人参のオレンジ色、グリーンピースの緑が映えて、見た目にも美しい。チャウダーだけでは寂しいから、パスタを茹でてイカスミのソースで和え、皮をむいたトマトを乱切りにしてオリーブ油をまぶしたのをパスタの中央に盛り付ける。どうです。想像するだけで綺麗な彩りでしょう。パスタの黒とトマトの赤。そしてチャウダーの白とグリーンピースの緑。人参のオレンジ色……!ところで、イカスミパスタを召し上がった翌朝は、トイレで通便検査をくれぐれもお忘れなきように。ちょっとした驚きで、二度楽しめること請け合い。
2005.06.11
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◇金曜日:旧暦五月四日 乙丑(きのと うし) 時の記念日今年の時の記念日は東京では午後になって本格的な、梅雨模様の雨となった。本邦最初の本格的な歴史書「日本書紀」には、斉明天皇が息子の中大兄皇子(後の天智天皇)の進言によって宮中に漏刻を創設したのが、我が国での公式時計の始まりとされる。ところが、この日付が日本書紀には記録されていない。天智天皇の治世になって改めて漏刻が設置されたが、この日付はちゃんと記録されていて、天智十年四月二十五日である。現在の暦に換算するとこれが六月十日になるので、この日を時の記念日としたのだ。大正九年のことである。制定したのが、東京天文台と生活改善同盟という物々しい名前の団体だ。なにやら如何にも「時間も守らない旧態依然、原始的な民草の蒙を啓いて、欧米先進国のようにしてあげよう」という、上つ方から下を見下ろす姿勢が露骨に見えるお節介集団だったようだ。漏刻というのは、要するに水時計だ。木組みの水路をやぐらのように組上げ、途中に小さな「貯水池」を作る。てっぺんに置かれた「水源」から流れ出た水は、最初の貯水池に水を貯め、やがてある水位を超えると、次の水路へと流れ出る。そういう仕組みだったようだ。これを常時お守りする役目の人(漏刻博士)がいて、漏刻を監視していた。そして水が所定の目印に至ると、鐘や太鼓を鳴らして時を報せたのである。このお役目、居眠りなどは出来ないしから、単調で退屈な仕事だったろうな。退屈を紛らすために本などを読んだりしたら、ついのめりこんで目印を見逃す恐れがある。文字通り気の抜けない不寝番だったろう。鐘や太鼓の時報といっても、報せる範囲は宮中に限られており、民草は時刻などに煩わされたりせかされたりすることもなく、のどかに暮らしていたようではある。>・・・・・・・・・・・・さてさて、今の時期街を歩いているとモミジの木に実がついているのに気が付く。花の形からは想像も出来ないスマートな形をしている。これは自然のグライダーなのだ。秋になって実が熟すると、枝から離れ、気流に乗って滑空しながら根を降ろす場所まで飛んでいく。最新型の無尾翼機のような洗練されたデザインで、如何にも軽やかに飛びそうだ。バルサ材を使って、自分でもこの姿を真似たグライダーを作ってみたい気になる。果たしてうまく飛ぶだろうか?
2005.06.10
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◇水曜日 旧暦五月二日 癸亥(みずのと い)昨日七日が朔(新月)で、旧暦も五月になった。「五月雨」とか「五月蝿い(うるさい)」などという言葉は、旧暦の五月だと思えば合点が行く。一方「五月晴れ」の方は新暦での季節感覚だ。わが列島も今週の末頃から方々で入梅の報せが届きそうだ。今日のニュ-スで、ペンギンの同性愛のことが報じられていた。北海道の登別にある水族館、「登別パークニクス」でのことだそうだ。『同館のキングペンギンは98年の飼育開始以来、雄の数が雌を上回る状態が続いており、現在は雄8羽、雌3羽、性別不明1羽の計12羽を飼育している。03年に初めて雄同士が交尾をした形跡が見つかり、昨年は雌2羽がいつもペアで行動するようになった。今年は雄同士のペアがさらに1組誕生し、計3組が同性ペアとなった。』-毎日新聞こういうことは野生の状態、つまり雌雄が適当数自由に交じり合っている状態では見られない現象だと言う。なるほど。人間の世界でも古来似たようなことは見られる。地中海の女人の島、レスボス島が「レスビアン」の語源になっているのは有名な話だが、♀同士の閉鎖社会と言うものが少なかったせいか、他には余り聞いた事はない。♂同士のほうは、枚挙に暇がない。我が国だけの話をしても、仏教寺院や宮廷などでは「お稚児さん」は古来当たり前の風習だった。信長の森蘭丸が「お小姓」として信長の寵愛を受けた事も有名な話だ。歌舞伎の世界には「陰間(かげま)」という言葉がある。これは未だ舞台にのぼれない少年俳優を呼ぶ言葉だ。いずれも、単に上役や主君のお傍に侍って、色々な庶務を担当するという、本来の役割以上のお仕事をなさっていたようだ。昔のヨーロッパにおいても同様な事例は沢山ある。仏教も、宮廷の官僚機構も、歌舞伎も全て元来が男社会であった。こういう野生の状態でない、「人工的に作られた集団」の中では、元来が種族保存に向かうはずの♂♀間のヘテロジニアスな関係よりも、周辺のお馴染みさんに性的になびく、ホモジニアスな関係が成立しがちなのは、動物として共通の本能の一つなのかもしれない。登別水族館のホモペンギン君たちも、同様の状況だと思う。今とは違って、昔は「歴史に残り易い人口集団」は圧倒的に男性優先であったから、♂に偏った事例が残っているのだろう。宝塚や女子学園での状況がどうなっているか、いささかの興味があるが、何も立ち入って調べてみたいと言うほどの勇気はない。因みに江戸時代に繁盛した「陰間茶屋」と言うのは、今流に言えば要するに「おかまバー」のことで、現代の東京ならば「新宿二丁目」となろうが、江戸時代は、葭町(今の日本橋人形町)、湯島界隈、京都の宮川町、浪花の道頓堀などが、メッカだったようだ。さらに元々は「陰間」というのは「景政」の当て字である。景政は、鎌倉権五郎の別称で、彼は隻眼の「ホモ」だったのだそうだ。隻眼だからつまり「片目」。これから「目欠け」に転じ「めかけ」となって「妾」の字を当てたと言う説もある。源は♂色をひさぐ意味であったが、「めかけ」になってちょっと意味は特殊化したという訳だ。
2005.06.08
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古くからの友(といっても僕よりは7歳ほども歳下だけど)から、喜びのメールが届いた。僕が岐阜の町で高校生だった頃、彼の一家はお隣に引っ越してきた。彼はその後東京に戻り、IT系の企業で赫々たる実績を上げ、我が国の「日本語パソコン」の黎明期を拓いたエンジニアの一人に挙げられるほどになった。その後彼は小説家を志した。ジャンルはミステリーである。いわば40歳を過ぎて、小説の世界でベンチャー起業家となったわけだ。以来七年間、何度か大賞候補に上げられたものの、出版までには至らなかった。しかし、このたび認められて、秋(10月)に彼の小説が出版の運びになったのだと言う。本当に良かった。彼のメールの末尾に『いま、目に見えるものすべてが輝いています。 うれしい、ほんとうに。』という言葉が晴れがましく踊っていた。分野は違うけど、会社が順調に回りだす時にはこういう気持ちがするんだろうな。僕も早々にあやかりたい。それで嬉しいついでに彼のホームページをご紹介させていただく。http://www.asahi-net.or.jp/~dr4t-ogw/10月に彼の本が出版されたら、少しでも多くの人が手にしてくれますよう。
2005.06.03
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◇金曜日;旧暦四月二十七日 戊午(つちのえ うま) 広島とうかさん大祭今日は広島のとうかさん祭だ。代わった名前のお祭で、平かなで書く。何でも、神仏習合で市内のお寺の境内に祭られた稲荷大明神を「とうかだいみょうじん」→「とうかさん」と呼んだのが始まりなのだと言う。訓読みではなく音読みであるのが面白い。広島ではこのお祭が終わると、女性の浴衣姿が増えるのだそうで、とうかさん祭は浴衣の着初めのお祭でもあるのだそうだ。さて、もうほぼ三週間ほど前だが、道沿いに咲く白い花を見つけた。濃録色の葉は、葉脈が葉の中央を走る主脈に向かって、平行に深い切れ込みをなして集まる。これはシロヤマブキ(白山吹)といって、山吹と同じバラ科だが、山吹の花が五弁であるのに対してこちらは四弁と、種は異なる。花弁が四枚であるせいでもなかろうが、秋になると黒い実を四つつける。この実は枝にしがみついて中々落ちないので、生け花にも良く使われる。因みに、山吹とは「山振り」からの転訛だそうだ。山から吹く風に枝や花を振りそよがせる様からだという。
2005.06.03
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「夢見るペチャ」さんのブログにアスパラの話が載っていたので、自称アスパラの権威としては一言。春になってアスパラガスを喜ぶのは普通ドイツ人だと思われていますが、実はドイツ人と同じくらい喜んで春のアスパラを食べるのはベルギー人です。ベルギーに赴任していた某メーカーの友人が、そう教えてくれました。但し、このアスパラは、緑のものではなく、ホワイトアスパラガスなのですね。中部~北ヨーロッパの冬は暗ぁーく、長ぁーいのです。この時期訪れたり滞在したりしたことがある人は皆ご存知でしょう。午後三時を過ぎるともうあたりは夕闇に閉ざされ、街灯が灯るのです。しかも殆ど毎日どんよりした雲が垂れ込めるようなお天気が続きます。だから、やっと春になって出てくるアスパラガスは、彼らにとってウキウキするほど嬉しい野菜なのでしょう。ホワイトアスパラガスは、地上に出てきたアスパラガスに土をかけ、陽が当たらないようにして作ります。要するに美白栽培ですね。レモンを絞ったお湯で茹でて、茹で上がりをそのまま塩やバターで食べても美味しいし、ベーコンとソテーしても美味しい。「夢見るペチャ」さんがお書きのように、アスパラガスはにょきにょきとものすごいスピードで伸びて行きます。筍と較べても堂々たる成長率です。静かなところで耳を澄ましていると「ニョキッニョキッ」と音がします…ウソ。アスパラの成長点は穂先にありますから、横に寝かせておくと穂先だけが天に向かって立ち上がってきます。本来すっと伸びた姿が美しいアスパラが、曲がってしまうことになります。だから、料理するまで暫く置いておくなら、コップなどに立てて真っ直ぐにしておきましょう。いずれにしても、長く置いておくと、成長にエネルギー(つまり栄養や旨み)が使われてしまいます。アスパラは本当に採り立てこそが美味しいのです。グリーンアスパラを茹でる時には、ホワイトアスパラの時とは異なり、お湯にサラダオイルを少し入れるのがコツです。こうすると茹で湯に栄養が溶け出すのを防げます。アスパラは根元の方の皮が固いというので、皮を削いだりする人がいますが、新鮮なアスパラで、茹で方をちゃんとすれば皮を削ぐ必要などありません。美味しい茹で方は;まず、根元から2センチほどは、やはりどうしても固いので切り落とします。油を入れた多量のお湯(海水程度のしょっぱさになるよう塩を入れると、美味しく且つ鮮やかな緑に茹で上がります)を充分に沸騰させます。両手で束ねて揃えたアスパラを持ち、根元の5センチほどだけがお湯に浸かるようにして10秒、その後全身をお湯に入れて50秒。都合1分。これだけです。後は好みに応じて料理すればよろしい。無論そのまま齧るだけでも、野生的なアスパラの香りと味を堪能できます。ちょっと変っていて気に入っている食べ方をご参考に供します。量はすべて適当に。自分で好みの分量を見つけてください。味噌(赤出しより、信州味噌の濾してあるのが合うようです)適当量にマヨネーズを混ぜて練り、ペースト状にしておきます。茹で上がったアスパラを三等分くらいに切り、耐熱皿の上に揃えて並べ、先のペーストを表面に薄く塗ります。これを予め熱しておいたオーブンで、ペーストに少し焦げ目がつく程度まで焼く。それだけです。ペーストには山椒の粉を振ったり、胡麻を混ぜても美味しいでしょう。ビールに良く合います!アスパラにはその名の通りアスパラギン酸が多く含まれて居ます。あれだけの速度で成長するのだから、如何にも元気をくれそうでしょう。今が旬の真っ只中。美味しく茹でたアスパラを存分にいただいて、獰猛な緑の香りとコリコリした独特の食感を楽しみましょう。
2005.06.02
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◇木曜日:旧暦四月二十六日 丁巳(ひのと み) 横浜開港記念日今日はなんだか梅雨が近いのを思わせるような天気だ。梅雨は温帯モンスーン地帯に住む我々にとっては、毎年盛夏に至る通過儀礼のようなものだ。こういう時に天気予報で照会されるのがアメダス情報だ。ウェブでは、http://weather.metocean.co.jp/amedas/amedas0.htmで時々刻々のアメダス合成画像を見ることが出来る。これは気象衛星を使っての情報ではなく、全国約1300箇所に配置された無人観測所からの情報を総合した結果である。昭和四十年代後半に公衆電話網を利用してデータ伝送ができる技術がが確立されて作られたシステムで、もうその歴史は30年ほどにもなる。正式には「地域気象観測システム」という。それにしても、どうしてアメダスか。気象庁の関西系のお役人が、洒落で「雨ダス!」と名付けた……ウソ!?Automated MEteorological Data Acquisition System (自動気象データ収集システム)の頭文字を取った名前なんだそうだ。それを「雨情報を出す」と引っ掛けてアメダス。…これが「公式見解」だそうだ。でも、良く製品名を考えたり、語呂合わせをうまく作って馴染みやすい略称を工夫したりもした経験から言えば、やっぱりそうじゃないだろうな、と思う。事実はやはり、関西系のおっちゃんが、「オモロイから、雨ダスと名前付けたろやないか。ほなら、そうなるように英語の名前考えたろやんけ。」だったろうと思う。
2005.06.02
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◇水曜日;旧暦四月二十五日 丙辰(ひのえ たつ) 電波の日、〒連合加盟記念日、写真の日、気象記念日我が家の玄関先の猫のまぶた(額より狭い)程度の花壇には、ひとしきり賑わい咲いたバラが終わった後、マツバギクが満開である。硬質の細い花弁が何枚も何枚も放射状に広がって陽光を反射して輝く様は、まるで造花のようにも見える。葉が太めの松葉のような形をしているところからこの名前がついたようだ。葉だけを見れば別名をサボテンギクともいうのに頷ける。日本ではいつの頃からか動植物の名前をカタカナ表記するようになっている。これは甚だ愚であると常々思う。漢字の特長は、字源に発する意味を直裁にパターン認識によって理解できるところにある。アルファベットやカナのような表音文字に較べて、表意文字、象形文字の優れたところはそこだ。松葉菊或は仙人掌菊と書けば、自ずとその姿かたちが目に浮かぼうというものだ。アジサイでは紫陽花に較べれば、名前の持つ描写力は如何にも貧困である。それでも里や野辺に咲く馴染み深い草花ならまだいいが、高山植物や日頃余りお目にかからない花だと、カタカナでは何の想像も沸いてこない。コマクサでは駒草か独楽草か分からないし、ミヤマキンバイなどというと、深山幽谷を腐肉を求めてブンブン飛んでいる蝿をすら連想して、風情の無い事夥しい。動植物のカタカナ表記は、何も法律で決まっているのではなく、学会の慣例なのだそうだ。町名改正などといって、由緒ある町の名が中央一丁目などといった、木で鼻をくくったような名前に「改正」され、生活の中からどんどん歴史が失われていくのと同じである。但し、町名に関しては、昔からの由緒ある名前を残そうという機運がかなり高まってきているそうだ。この際、動植物の名前に関しても、こういう悪い慣例は早々にやめていただきたいと思うのである。さて、松葉菊。名前に関わらず菊の仲間ではなく、ツルナ科に属する。繁殖力が強く、僕の猫のまぶたの花壇にも溢れんばかりに咲き敷いている。寒冷にも相当強い常緑の多年草だが、原産地は南アフリカなのだそうだ。
2005.06.01
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