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◇旧三月二十二日 甲申(きのえ さる)仕事上の都合で(それと金銭上の都合もあるけれど)連休は「暦通り」だ。「暦通りだ」なんて情けない。特に今年は二日間休暇をとれば十連休になるのだ。「何も混んでいる中を混んでるところにわざわざ出かけて行かなくっても」とか、「周りが休んでいるから落ち着いて仕事が出来る」なんていっても、もうこれはやせ我慢以外の何ものでもない。本当は温泉にでも行きたい!大地の底で温められた地下水が、色んなミネラルを溶かし込んで地表まで上ってくる。それに浸かってぼぉーっとしていることさえ出来れば、どんなに幸せなことか。僕は以前から仕事に疲れ切ると「雲隠れ温泉」と称して、温泉に逃避する癖がある。しかし、「プロ」ではないから、そんなにレアなところには行かない。多少なりとも土地勘のある信州か飛騨の温泉である。長野自動車道を松本I.C.で降りて松本市街とは反対の上高地の方に向かう。松本平から北アルプスに向けて地面がうねりながら徐々に高くなっていく。その取っ掛かりの辺りに室山という、其処だけ周りとは無関係のように独立した小高い丘がある。ダイダラボッチ伝説のあるこの山の地下には、昔の防空施設があって、今では地元の大学の宇宙船観測施設になっている。其処に温泉が湧き出て、これを地元の第三セクターが利用した「ファインビュー室山」という宿泊施設が室山の頂に出来ている。Fine Viewというだけに、その眺めは素晴らしい。立ち寄り湯にやって来る地元の人と一緒に入る露天風呂は、背後の北アルプスは見えないが、目の前に松本平が一望でき、美ヶ原から富士山まで遠望できる。夕日に染まって徐々に暗赤色に変わっていく山の姿を眺めながら露天風呂に浸かるのは、この上なく嬉しい。夕食時の最後供される地元産の三郷蕎麦は、この宿に勤める人が自慢するだけの事はある。お湯も、低伸張性アルカリ温泉で、宿泊客専用のジャグジー式内風呂に浸かっているといつの間にか肌はツルツルしっとりだ。あぁ、もう少しするとニセアカシヤの花と、りんごの花が競うように咲くことだろう。それに今頃安曇野は萌え出す新緑が綺麗だろうなぁ。
2005.04.30
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◇旧三月二十一日 癸未(みずのと ひつじ) 米沢上杉祭り春に雨が降るときには、気圧配置では梅雨時のような前線が出来ることが多い。そうすると何日か雨が続きがちになる。この頃しとしとと降る雨を菜種梅雨と呼ぶのはそのせいである。こうして前線が出来たりする気象の変わり目には、体調も崩れがちである。気象の変動には、どうも女性の方々のほうが敏感でいらしゃるようで、長野県では「女が騒ぐと天気が悪い」、鹿児島では「女が頭痛になると雨が近い」などという巷説がある。こういうのを天気痛とか気象病という。僕などは少しくらいの気圧の変動では何ぁんにも感じないけれど、男でも癇症で気象の変化に敏感な人も居るようだ。かの浅野内頭匠蔵助が江戸城の松の廊下で刃傷沙汰に及んだのは元禄十四年(1701年)三月十四日のこと。今の暦では四月の下旬である。 彼なども気象病だったのかもしれない。気象とか天気は英語ではWeatherだ。この言葉の源はWind、つまり風だ。それも元々は暴風のことを言った。だからWeatherを動詞で使うときには、「なんとか切り抜ける」、「困難を乗り切る」という意味で、weather through the crisisなどという。春の雨は「催花雨」ともいう。一雨毎に新しい花が開花するからである。今、そこいらは確かに百花繚乱で晴れた日には眩しいくらいである。
2005.04.29
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◇旧三月二十日 壬午 (みずのえ うま)川崎身代わり不動尊虫封じ僕が通勤に利用する西武線でも、連休明けの9日から女性専用車が出来るのだそうだ。朝7時半頃から9時半頃までの間に、都心のターミナルに到着する電車に女性専用車を一両設定するのだ。池袋駅に着く電車は最後部の一両、西武新宿駅に着く電車は最前部の一両がそうなるという。今回の関西での惨事では、前方車両の被害が特に大きかった。又、西武新宿駅の改札は最前部の方が近いから、西武新宿線の方が女性を優遇しているといえるのかもしれない。それにしても「男女7~9時台の間は席を同じゅうせず」だ。これは一種のSet backだな。先の戦争が終わって、日本に進駐してきた米軍は、「日本国民は概ね六歳の子供と同程度である!」とほざき、そこいら中にDDTを撒き散らす以外にも色々お節介をしてくれた。「富と権力が一部に集中しているからいけない」と、財閥を解体した。「田畑が少数の人間に握られているからいけない」と、農地を解放した。「産軍を束ねた少数者が権力を濫用したのがいけない」と、疑わしき連中を公職追放にした。「女性が不当に低く扱われているのがいけない」と婦人参政権を推進した。そして、「男女七歳にして席を同じゅうせずなど怪しからん」と、男女共学にした。要するに、それまで「上下・左右に分けられていた」ものを「混ぜる」ことで、六歳の我が国民を啓蒙し開化させようとしたのである。それが此処へ来て、「混ぜる」から「分ける」に傾向が変化した。今回の女性車両だけの事ではない。タバコもそうだ。女性専用車両出現の背景には、チカン対策が主にある。又、「チカン濡れ衣」防止対策も有るようだ。これは分かる。最近、そういう誣告を敢えてする女性が結構増えているらしい。女性専用車両の設置は、全国規模の動きだ。でもこれが遍く普及するとどうなるか。1.鏡屋が儲かる今でも、衆人環視の中で平気で化粧をする女性が多いのだ。やがて、ニ六時中女性専用車両が走るようになると、「パウダールームを作れ」とか「姿見を設置しろ」とかいう要求が出てくる。女性の要求たるや飽くなきものである。その要求貫徹の精神も堅い。だから、女性専用車両には大きな鏡を設置するのが常識になる。2.女性の車掌が増える。考えてもごろうじろ、女性だけが集まってムンムンする車両に、男の車掌が入っていけるものか。乗っている方からしたって、女湯に男の三助が闖入したような具合だろう。だから女性専用車両には女性車掌が必須になる。どこも人件費は押さえたいから、つまりは男性車掌はリストラの憂き目に会う。3.女スリ軍団の流入が盛んになる。女性方は何人か集まれば会話に興じて注意が疎かになる。傍見するに、如何にも無防備で心配になる。バッグの口があくびをして、中から財布が覗いていようが一向に構わない。これが、専用車になってオトコの不躾な視線を気にしなくてすむようになれば、更に輪をかけて無防備におなりだろう。はしっこいスリ軍団が目を付けない筈は無い。但しスリ軍団は全員女性であるべきである。4.新潟県警が増員になる。某国が拉致を狙うのなら、女性車両を丸ごと攻撃して略取すれば、効率のいいこと夥しい。こういう場合は概ね新潟の海岸から送り出されるようだから、県警には不断の警備警戒が求められる。関越自動車道の高速料金収入も増えるかもしれない。・・・とか何とか云っても、大元は無理やり混ぜたからだ。人間には基本的に「少数派になりたくない」、「大勢の赴くところに従いたい」、「有名なるものを正しいと考える」という、それぞれ根本では同じ源に発する考え方が染み付いている。コンピュータのプログラム上で、多数の白い点と黒い点をランダムにばら撒く。この時は白も黒も均等に混じり合って、遠目には灰色に見えますね。そして、「どの点も周辺の中で極めて少数派にはなりたくない」という条件を与えて、シミュレーションしてみる。そうすると、白は白同士、黒は黒同士固まるようになって、いつのまにか豹柄のような斑模様になってしまう。だから戦後の米軍による教育的指導にも関わらず、今では、富も権力も再び局在化するようになってしまっている。金持ちはどんどん金持ちになるし、貧乏人はどんどん貧乏になる。有名になった商品は更に売れてもっと有名になり、大きなウェブサイトはどんどん巨大化する。今回の女性専用車両の登場と普及推進の勢いは、女性への富と権力の集中に向けての第一歩なのだとしたらどうする!だって、どう考えても「男性専用車両」なんてできっこないものなぁ。それにしても女性専用車両からチカンの現行犯(無論女性)がでたら・・・一体どうするんだろう?
2005.04.28
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◇旧三月十九日 辛巳(かのと み) 長崎港祭り胡瓜と同じくらい嫌いなのは、「言葉に鈍感な人間」である。前にも書いたが、僕はほぼ二週間おきに「二十四気便り」と題した随想を、ネット上の友人知人に送り出している。直接には数百人、ある会社のHPにも掲載されているからそれを入れるとどれほどの数の方がお読みになっているか。殆どの皆さんは、義理でお付き合いくださっているのだろう。「面白かった」と律儀に感想を送ってくださる方も何人かいらっしゃるが、折りに触れて色々聞いて見ると、どうも圧倒的多数に共通する評は、「言い回しが難しい」、「漢字が読めない」である。てやんでぇ!まともな日本人ならこれくらい読めなくてどうする!内心でそう思っても、それじゃぁ実も蓋も無いから、暫らく前からちょっと馴染みが無かろうと思う漢字には全てルビをふる事にした。それでも、相変わらず「難しい」と云われる。我が拙文の読者の脳裏には、どうもそれが最早先入主として刷り込まれてしまったものらしい。日本の教育の不備が色々云われているが、数学や理科ならともかくも、我らが国語だぜ。日本語能力の低下には、国を滅ぼしかねない危険があるでしょうに。漢字が読めなきゃ辞書を引きなさい。先ず何よりももっと本を読みなさい。こう声高に申し上げたい気持ちが一杯である。先の大戦中、ドイツ軍に占領されたフランスのアルザス地方では、フランス語の使用を禁止された。それでも愛国の情止みがたく、「国を守るためには母国語たるフランス語を守ろう」と、厳しい監視下をくぐって密かにフランス語の授業を続けた、というのは、学生時代どこかで教わった話だ。国語というものはそういうものなのだ。そういうものに鈍感だと、同じく先の大戦中に満州や朝鮮で現地の人々に銃剣を以って日本語の使用を強制した事がどれほどの悪感情を醸成したかなど、金輪際分かりはしない。そしたら昨日優秀な(と誤解していた)我が部下が、「煩瑣って漢字が読めなかったので、読み易いように煩雑に直しておきました。」だと。何ということか!煩瑣と煩雑じゃ、意味が全然違うでしょうに!人の書いた文章を、読めないバカさ加減を棚に上げて勝手に変えるな!オノマトペ(Onomatopoeia)という言葉がある。これは「擬音語」といって、「犬がワンワン吠える。」とか、「ボチャンと水に落ちる」のカタカナの部分のように、音を表す言葉である。大体こういう言葉は言語能力の発展過程では初期に習得するものである。つまりは言葉としては甚だ幼稚なのだ。ところが、最近の所謂「新造語」として流行るのは、オノマトペそのものではないが、殆どそれに近いものばかりだ。「チョー」とか「マジ」などの発想はオノマトペの水準である。それだけでも僕などにとっては耳障りなのに、最近はe-メールでの絵文字の氾濫だ。笑顔や汗かき顔、お辞儀など、文字というよりはもう立派な言葉になっている。ASCII文字を使ってよくもこう色々発想できるものだ、と感心してしまうが、これも一種のオノマトペ的造語法だと思う。そしたら最近のケータイメールでは、本来の漢字をタテヨコに分割して、同様にした前後の漢字との連携で別の字に読んだり、意味を変えたりとか、まるで判じ物の如く手が込んできた。これはもう一種の暗号の領域になる。これは文章だけでなく例示したいが、オジサンとしてはとても覚えられないから無理だ。どちらにしても、表意文字の背景に意味を汲み取るという日本語本来の発想とは全く逆で、擬音語ではなく「擬気分語」とか、「擬光景語」とも云うべき造語法である。こういうものが蔓延していくと、日本語の語感なんてものは死語になってしまう。オノマトペの類の符牒ばっかりが飛び交う事になる。そういう言葉を平気で駆使する連中は、最早日本人ではなくエイリアンだ。亡国の輩だ。そんなものは不倶戴天の敵だ。胡瓜よりはるかに嫌いになりそうではある。
2005.04.27
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◇旧三月十八日 庚辰(かのえ たつ)僕は何が嫌いといって胡瓜が嫌いである。胡瓜ばかりではない、真桑瓜、南瓜、西瓜、冬瓜、苦瓜・・・みんな嫌いである。無論論理的整合性を保つために、メロンの類も嫌いである。だから、披露宴やパーティなどで、僕の隣に座る人には思わぬ功徳を施す事になる。何が嫌いだといって、瓜類に共通するあの独特の青臭さである。あの臭いは食べた後も粘りつくように口中に残留する。それに瓜類は水分と繊維のみで、いささかの栄養も含まれていない。何のご利益も無い臭い水を飲むなど、好きな人の気が知れない。こういうことを云うと概ね九割以上の人が怪訝な顔をなさる。「え、胡瓜に匂い(彼らにとっては「匂い」。僕にとっては「臭い」だ)なんてありましたっけ?」とか、「子供時代に何かトラウマになるような事があったんじゃないの?」とかおっしゃる。そして、まるで変人扱いをされる。トラウマなんか無いし、自分でも理由がわからないから、「あのね、大体インテリや出世する人間は胡瓜なんか嫌いなんだよ!」と言い捨てる事にしている。実際僕の周囲に関する限りこれは正しい。僕の義理の父親は胡瓜が嫌いで、一部上場企業の副社長にまでなった。かつて上司だった理論物理のPh.D.の毛唐も「オレはCucumberなんか好かん!」といって、学位を取った。他にも、瓜類に敵対する我が同志たちは押しなべてインテリだし、社会的な地位も高い。フン、どうだ!と、いっても、瓜類を憎悪する事が、インテリや出世の必要条件ではないから、相変わらず初めて食事をする相手には、奇異な顔をされてしまうマイノリティである。でもそのお蔭で、一見さんで訪れた食べ物屋さんでも、「胡瓜を嫌いな○■△さん」として顔も名前も覚えられやすいから、たいした出費も苦労も無く「常連さん」になれる。やっぱり瓜類なんて嫌いな方が得をするんだ。
2005.04.26
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◇旧暦三月十七日 己卯(つちのと う)奈良興福寺文殊会僕の祖先は父母両系共に「世が世であれば」組で、早く言えば没落家系である。百歳の天寿を全うした父方の祖母は中部地方の有力な家の出で、中央官庁の高級官僚だった祖父が健在の頃までは、随分優雅な暮らしをなさっていた。その後亭主が重篤な病を得て、ついに療養先の岐阜の地で早世した後は、7人の子供を抱えて大いに苦労なさったらしい。無論僕など影も形も未だ無いころのことである。孫の我々が「花沢町(岐阜市にある)のおばあちゃん」の家に遊びに行くようになった頃は、さすがに生活の修羅場も遠くに去り、本来の気位高くも大らかな「おばあちゃん」におなりになっていた。その頃、節句の日や、正月といったハレの日には、おん手づから料理を用意して、孫の到来をお待ちになっていたのである。おばあちゃんの料理は、その性格に似て、メリハリのある味がしていた。「おシゲ揚げ」とは、おばあちゃんの名前を戴いた僕の勝手な命名である。材料は、蓮根、上新粉、卵、小女子、焼き海苔、そして揚げ油である。分量は全て適当。わざわざ計った事が無いから分からない。1.蓮根はおろし金でおろし、軽く絞って余分な水気を取り去る。2.(1)に卵黄を入れ、上新粉も入れて混ぜる。上新粉は少量にしておく。3.(2)に小女子を入れて混ぜる。これはシラスだと柔らかすぎて歯ごたえが無い。小女子も大きすぎると、おばあちゃんに「下品だ!」と叱られる。俗に「カチリ」と呼ばれる小ぶりのものがよい。4.焼き海苔は、名刺の一回り小さいくらいの大きさに折り割いておく。規定サイズの海苔を順番に折っていけばいずれこの大きさになる。5.揚げ油を180°に熱する。6.(3)を(4)の海苔の裏面に7ミリほどの厚さに貼り付け、海苔の面を下にして滑らせるように油に入れる。7.暫らくして(3)の周辺が狐色になってきたら、裏返しにして2分ほど(均等に狐色になる程度)揚げる。8.揚ったら、よく油を切る。後はいただくだけ。蓮根のシャリシャリした中に、小女子が混合し。それに焼き海苔の香ばしさが絡み合う。食感といい、味といい、ビールに実に良く合う。小女子の塩味が付くため、そのまま食べるのが美味しい。あまり上げ時間を長くすると苦味が出る。蓮根のパテの部分は外側が狐色でかりっとしていて、噛むと中は蓮根の白さのままふわっとしているというのが最高の揚げ方ですね。とにかくこれは簡単に出来て美味しい。幾らでも食べられるから、我が家では大きな蓮根を買ってきて、しこたま拵える。「美味しそうだ」と思われたらお試しあれ。
2005.04.25
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◇三月小の月十六日 戊寅→今日は満月!(正確には19時6分)デ・ブリーフィング(Debriefing)というのがある。「事情聴取」などと訳すけれど、ちゃんと意味を言えば「簡潔な報告(Briefing)を、批判的に問い質す(否定のDe)」ということだ。元々は米国の情報部門で、帰還した情報員と面接して、色々情報を引き出すことを云った。戦争の現場から戻ってきたパイロットや指揮官に対しても、戦闘中の状況や戦闘行動の遵法性を精査するために、このデ・ブリーフィングが行なわれる。※人を殺す行動の「遵法性」なんておかしな話だけど、「近代国家」同士の殺し合いの現場には厳密な規則が適用される。ROE(Rules of Engagement)と言って「交戦規則」などと訳される。「相手が攻めてきて、実際に一発撃つまでは、こっちは撃っちゃだめよ。」というようなものだ。これは、近代以降の戦争はあくまでも外交上の優位を確保するための手段だと位置付けられている所為だ。・・・・それにしても。結局殺し合いであることには変わりはないな。※誰でも、どんな場合でもそうだけど、「現場」に身を置いて居る時には多少ハイになっている。そこで見聞きしたことを口頭や文章で人に説明しようとすると、多少誇張したり、私見を入れたり、「見たつもり」になってしまったりするのは、これは人情というものだ。「現場の実情」を話している内に、自分で施した脚色をやがて自分自身でも信じてしまったりもする。ところが、Back Officeでは「情報員が何をどのように見たか」などというのはむしろどうでも良い。「山の向こうに茶碗くらいの大きさの戦車がうようよ居て怖かった!」などと云われても困る。情報員が大したことではないと思っている細部に、非常に重要な意味が隠れている場合もある。だから、根掘り葉掘りしつこく問い質す。それが実際に見たものなのか、言葉として聞いたものか。誰が話したのか。その時相手はどんな表情だったか。周りに誰が居たのか・・・時に、実際に見聞きしていても忘れてしまったことを、潜在意識から発掘することもある。つまりは、情報員の考えではなく、耳や目を通してして脳に焼きついた「写真」を再現して、それを様々に異なる視点や専門知識で分析し総合して、作戦や政策に役立てようというのである。このデ・ブリーフィング、何も戦争やスパイの世界だけではなく、ガイシケーの企業では当たり前に行われる。僕は以前にガイシケーの企業に居たから、随分何度もデ・ブリーフィングの洗礼を受けている。毛唐の連中はどこかでこういうものの専門教育も受けているらしくて、質問は実に多角的で鋭く、いい加減なことは金輪際言えない雰囲気になる。俎板の鯉とは、まさにああいう状況を言う。鯉ならば観念して為されるがままに寝ていればいいけれど、デ・ブリーフィングではこちらが答えなければならないから、実は鯉君よりもはるかに大変なのだ。これは、自分自身が全ての現場に行って、自ら観察したり、行動したりすることなど実際上出来ないのだから、実は非常に重要なことだ。だから、僕自身も今は会社で同じことをやっている。ところが、我々日本人はこういうことをされると、どうにも落ち着かなくなり、愉快ではなくなる。色々質問されている内に、だんだん「何で其処まで聞くんだよ。さっき云った通りじゃないか。」、「ボスはオレを信じてないのか?」、「そんなら自分で調べりゃいいじゃないか。」、「あぁ、傷ついた。」などと言う顔つきになってくる。つまりは、自分の無能力をあからさまに暴露されているような気分になってくるらしい。要するに我々は、こういう「シンタクス」的なぶつかり合いには慣れていない。語尾をぼかして相手に目配せをして、「そこはそれ、アンタと僕の間柄じゃない。云わなくても分かってよ。ね。」と言う世界には、ディベート同様デ・ブリーフィングも馴染まない。同じ理由で我々はブレーン・ストーミングというヤツも下手糞ですねぇ。「忌憚なくアイデアを出し合って、生産的な議論をしましょう。」と始めても、やがて「ンナ物ぁ駄目だよ。出来っこないに決まってるじゃん!」と非難の応酬になる。或いは、「ハイハイそうですねぇ。君は何をバカ言ってるんだ。社長のおっしゃる通りじゃないか!」となる。いずれにしても皆不機嫌に白けてお開きになるのがオチだ。日本での教育は、明治以降シンタクスでなく「セマンティクス論理学」に則って行われてきたと言うのがその原因だ、と最近ある本で読んだけれどもそれだけだかどうだか。周囲を海に囲まれて暮らしてきた、同質・同属の民族の歴史に固有の性質のような気が、なんだかするのだけれど。僕自身、そういう阿吽の呼吸みたいなものは正直言って好きなのだけれど、会社をちゃんとやって行くためには、ブゥたれた鯉君ばかりでは正直言って困るのだ。※これを書いている最中にソフトバンクの孫君のインタビューをテレビでやっていた。ITの将来を聞かれて、彼は「20年30年先を考えるのはむしろ易しい。難しいのは2年3年先を間違えずに予測することだ。」と言っていた。本当にその通り。商売というのは(なんて、口幅ったいけれど)、中気長期のビジョンを持ちながらも、明日か明後日どうなるかを見極めて、今日のオアシを稼がせていただくことなんですね。それがこの上なく難しいのだ。だけど、・・・・勝者になれば何とでも云えるわナ。※・・・一応ちゃんと毎日書いてやろうと始めたものだから、今まで日付を遡って書いていたけれど、これでやっと日付に追いついた!
2005.04.24
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◇三月小の月十五日(丁丑=ひのとうし)←みどりの週間始まる。・・・・どうも未だこの ブログというものの勘所がハラに落ちていない。ITの世界に身をおいていながら、色々な新語や新規のアイデアについていくのは大変である。第一「ブログ」という言葉自体が、つい二年ほど前に買った電子辞書の「IT辞書」にも載っていない。インターネットで調べたらやっと分かった。何のことはない「Web Log」を、アメリカのオタク連中が縮めて「Blog」と呼ぶようになったのだと。如何にも「アイツラらしい」造語法だ。造語と言うより「省略」とか「短縮」と言った方がいい。何の工夫も感じないのは、如何にも短兵急なこの世界の言葉だ。だけど、こういうのは、調べて分かってもちっとも楽しくない。「なんだ!そうか」と思うばかりだ。要するに大して新しい概念でもないのに、言葉だけが新規性がある。云ってみれば「ギョーカイ用語」を教えてもらっているわけで、何か新しい発見があるなどと言うものではない。ITの世界は、要するに外国語を覚えるように入っていけばいいのだ。耳慣れない用語さえ覚えてしまえば、背後にある本質的な概念は皆が知っているものか、フツーの世界で議論したり考えたりしているものと変わりはない。ITの世界は、ギョーカイ用語を喋々して、排他的なサークルを構成している層と、そんなものに関係なく「人間」の側から色々考えている層とが明瞭に二分している。どちらに組するかは好きにすればいい。古代世界は、街道が四通発達することで一変した。近代も鉄道網が張り巡らされたことで社会の大変革が起こった。ITの世界でのインターネットの普及は同じほどの意義がある。しかし、街道も鉄道もコミュニケーションのためのインフラであって、本当に社会を変えたのはそのインフラを利用して方々に移動する人であった。街道を作った労務者でも、機関車を開発し走らせたエンジニアでもない。当時機関車を開発したり転轍機のしくみを知っている技術者たちは、最先端の技術を持ったエリートと看做されて、みなの憧れであったろう。だけどそれだけのことだ。やがて蒸気機関車はディーゼルになり、更には電気機関車になりして、どんどん技術は盛衰を繰り返し、進化し、代替わりして行った。でもこれを利用して「コミュニケーション」をする人は変わらない。利便性が増したのと、高速化による質的な転換はあったけれど、それはインフラの具体的なあれこれには関係ない。どっちにしても、ITのことは、ネットで調べないと分からない!
2005.04.23
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明治のご一新の後、日本の桜までもがソメイヨシノに席巻されてしまったせいで、わが国の花見頃はパッと始まってスッと終わってしまう。桜が終わった後の今頃美しいのはハナミズキだ。通勤の車窓や、会社近くの街路樹に、白や薄紅の折り紙で折った風車ような四弁の花が、皆で揃って律儀に上を向いて一斉に咲いているのは、なんだかいじらしい。街角や公園で見かけるハナミズキは移民の子孫だ。明治になってわが国からワシントンDCにプレゼントしたソメイヨシノのお返しに、1915年、アメリカから東京市にお興し入れなさったのをご先祖様とする。ご先祖の記念樹は日比谷公園の一角に未だ健在でいらっしゃる。花びらのように見えるのは実は総苞片で、本当の花は総苞片の真ん中に固まって押しくらまんじゅうしている。良く見るとそれぞれがちゃんと四弁の花弁と雄蕊を持って頑張っている。ハナミズキの木は、老成すると枝が垂れる。しかし垂れた枝も先の方は一生懸命上を向く。上を向いた枝先に「花」が咲くから、老木の春はまるで豪華な燭台の用に見えて壮観である。ハナミズキは花水木。別名をアメリカ山法師という。日本固有種のヤマボウシは、相対的に総苞片が大きく、色は白のみに限られている。又ハナミズキと違って、葉が出てから「花」が咲く。だから緑の葉群れの上に白い十文字の花が沢山咲き上がっていく様子は、本当に坊さんの群れが緑濃い山路を歩いていくように見える。下の写真は、去年の五月末に穂高町の碌山美術館の庭で撮ったものだ。
2005.04.22
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ローマ法王がドイツ出身の枢機卿に決まった。今度の法王は保守派とのことで、避妊とか中絶には絶対非寛容なのだそうだ。既にリベラル派や、人口爆発に悩むアフリカ方面のカトリック教会からは、色々ジャブが出ているようだ。新しい法王は中々の戦略家で、前法王の存命中から色々多数派工作をやってきたそうだ。神に仕える身とはいえ、10億人もの人間を束ねる立場だから、其処には当然俗な「政治」というのは無視できないだろうとは容易に想像できる。法王の選出の過程でも、最初からトップを走っていたようで、リベラル派も教会内の内紛に至るのを避けるために、途中でギブアップしたのだと言う。ホリエモンと同じで「力の論理」はカトリックでも働く。法王を選ぶプロセスは、「コンクラーベ」という。法王の選挙なんて滅多にあるもんじゃないから、普段は誰も知らないが、今回の一件では随分この言葉は有名になったことだろう。日本人としては、直ぐ「根競べ」だと聞き換えて、「何だカトリック教会でも日本語使ってる!」とか、「そりゃ10億人の代表を選ぶんだから、ややこしくも長い手続きで、候補者同士も大変なんだろうなぁ。」と思う。Conclaveはラテン語→古いフランス語で、Com (一緒に)+ Clavis(鍵)だ。昔は、鍵のかかった密室に有権者と次期法王の候補者が缶詰になって、それこそ根競べをした。(今では、皆年寄りが多いから、毎日「バス通勤」するんだそうだ)このClavisと同源の言葉に、クラブサン(フランス語)、クラヴィールがあって、これはどちらも今のピアノの先祖の楽器である。だからピアノのことは日本語でも鍵盤楽器といって、ちゃんと鍵の字がついてる!それにしても大昔から隠然たる権威を代表して、俗世でも大きな政治力を持ってきた法王を選挙で選ぶのは面白い。ヨーロッパはギリシャヘレニズムの時代から、時の権力者を選挙で選ぶという伝統があって、ローマの皇帝も戦争の勝者ではなく、選挙で選ばれていた。わが国では、世襲か或いは戦争、又は時の権力者の任命によって、宗教の世界も政治の世界も指導者が決まってきたことと較べれば、この辺にも彼我の違いを理解するClavisがあるのかもしれない。
2005.04.21
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数年前から「二十四気便り」と題して、雑文を書いてはネット上のお知り合いにお送りしてきた。(普通には「二十四節気」と言われているけれど、あれは正しくない。本当は「二十四気」というのが正しいのです。)二十四気だから、概ね二週間おきにそれぞれの「気」は律儀にやってくる。やってくるが、こちらの文章は律儀には中々書けない。因みに今日20日は「穀雨」であるが、やっぱり未だ書いてない。小さな会社を初めて自分で立ち上げて、小さいながらも海外と取引もしたりしていると、これでも結構大変で、小さな大脳皮質は加熱し、小さなお金の流れを眺めながら小さな胸を痛めていると、随筆を書くための脳細胞なんて働かないのですね。それでも、定期と不定期の半ばくらいで続けているうちに、二十四気便りを直接お送りする方は数百名にまで増え、最近はある会社のホームページでも紹介されるようになって、合計すると読者は千名を越えてしまっているようだ。さて、そうなってくると、余り放埓なことも書けない気分になってくる。出張の飛行機の中で隣り合った人がパソコンをいじっているので覗きこんでみたら「二十四気便り」を読んでいた。などと言う嘘みたいな話を聞くと、緊張してしまいますよねぇ。どうも受取った知り合いが又転送したりもしていただいているらしい。そうしたら、暫く前に昔の部下が「ブログで書いたらいいですよ。」と教えてくれた。ブログなんて名前だけは知っていたけれど、どうせネットの世界の怪しげなナントカだろうぐらいに思っていた。それでも思い立って調べてみたら、結構面白そうだ。もともと、インターネットが出始めの頃に、こういう「草の根型」のコミュニケーション・ネットワークは、人間の生活を一新するだろうと、大いに興奮したものだが、ブログはそういう性質を良く体現しているようにも見える。「二十四気便り」には、自ら定めた倫理規定で、「仕事とセックスは持ち込まない」ことにしている。強烈な批判や、愚痴や怒りや泣き言も、突いて崩してかき回して、斜めにしたり逆さにしたりし、発酵させて、更にちゃんと包装して、リボンを掛けた上でしか書かない。一応書き上げた上で、その後文章を散々練りこむ。数千人もの方にちゃんとお目にかけるのだから、それなりに構えないと失礼だろうと思うのだ。それに人前で話したり、文章で発表することは、思わざる敵を作ることを覚悟することでもある。小心者の僕は、それに大いに緊張する。そうなると、もっと気楽に書き散らせる場が欲しくなる。伝統的な日記と言うものもあるが、あれは自慢じゃないが本当に三日しか続いたことがない。多分僕には日記は「自閉的」に過ぎるのだと思う。ちょっと外に漏れ出す部分がないと、なんだかつまらない。どうも始末に終えない性格だが、これは本当だからしょうがない。数千人が読むから緊張するったって、ブログだって大勢の、それも不特定多数の人の目に触れるじゃないか。それはそうだが、何となくブログは、ちゃんとしたスピーチではなく、つぶやきに似ているような気がする。トイレで鼻歌を唄っていたら、隣の小部屋に座っている人が居たようなものだろう。だからこうして始めてみた。かつて高校生だった頃、「文弊録」(フヘイロクと読む)として、色々書いていた(当時は大学ノートだったけれど)のを思い出して、同じタイトルにしてみた。これは、生の僕の心に近い。内容も何でも有りである。(ま、多少はお化粧したりお澄まししたりするけれど)そう思って今週始めに登録したけれど、もはや最初からサボっていた。そうすると、ご親切にも「今日の日記を書け」というお節介メールが飛んでくる。だから、まぁともかくデビューだけはしておこうと、妙な時間に目が覚めてしまったのを機会に、こうして書いてみた。・・・さて、これからどう続くか。
2005.04.20
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