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とあるテレビの歌番組でKAT-TUNなるアイドルグループが出演していました。とはいえ、私ももう三十路半ばのオッサンですから、誰が誰で、タッキー?翼?なんとも見分けはつきません。 さておき、その歌番組の中でのお話が、「売れるアイドルグループに必要な5つのC」があると言う事、、、セクC(セクシー)たくまC(たくましい)MC(エムシー=リーダー)いやC(癒し)ナルC(ナルシスト)ほほぉ~なるほど。スマップや、当のKAT-TUNのメンバーには各々にそれぞれの秘められた役割があるのだとか。そう言えば、ドリフターズもそうに違い無い。さしずめ高木ブーは「いやC」か、、、ところで、フランス料理にも古くから、「食後の時間を豊かにする5つのC」があると言われています。 フランスにおけるレストランの文化のひとつなのですが、それぞれの単語の先頭の文字が「C」であることからこの様に言われるようになりました。 ひとつめはカフェCafeの「C」です。カフェは食後のお茶の代名詞でもちろん紅茶も含まれます。コーヒー、紅茶に含まれる成分、カフェインは脳を活性化させると言います。食事中はワインで料理を楽しみますので、デザートからはコーヒーや紅茶の出番です。 ふたつめはショコラChocolat.ショコラとはご存知チョコレートのこと。 チョコレートで言い表されていますが、お茶と共に楽しむ小菓子全般を指すとしても間違い無いでしょう。ショコラやプティフール。「プティフール」とは、直訳すると「小さなかまど」と言う意味です。お料理をした後に余熱の残るかまど(オーブン)、夜のうちにそこで、小さなクッキーや焼き菓子の生地放り込んで焼いておき、翌日の午後のお茶の時間に食べると言うのが始まりだとか。 続いて食後酒、コニャックCognacの「C」です。日本人はもともとアルコールを分解する酵素が弱いと言われていることから、多くのレストランで食後酒はまだまだ馴染みのない習慣かも知れません。食前酒としてシャンパンやシェリーを楽しむように、食後にはコニャックなどのちょっと強いお酒が好まれます。食後酒は総称して「ディジェスティフ」。主な種類はコニャックやアルマニャック、また、かす取りブランデーはフランスでは「マール」、イタリアでは「グラッパ」と呼ばれるお酒です。 また、ポルト酒や貴腐ワインのような甘口ワインも好まれます。いづれにしても、食中に楽しんで頂いたワインよりも、濃くて深い味わいを感じさせるものが、食後酒の部類です。 そして葉巻・シガーCigar。 ことシガーに関しては昨今の嫌煙ブームもあってこちらは更に馴染みのないアイテムです。 ところが、この「葉巻」は1500年代に新大陸、いわゆるアメリカ大陸の発見と共にヨーロッパへもたらされたわけですが、当初より貴族やジェントルマンと呼ばれる高位の人々の嗜好品でもありました。 葉巻は紙煙草の様に肺まで吸いこんでニコチンの成分を体内に吸収するだけが目的では無く、そのふくよかな薫りを楽しむものでもあります。葉巻の薫りは大変強いので、正直に言うと吸える環境や周囲への配慮が必要とされるのですが、このマナーを守ったうえで嗜むことを出来ることが「ジェントルマン」の証とされているのです。 さて最後のひとつ、5つめは「会話・コンベルサシオンConversaccion」です。 テーブルのマナーと称されるもの。ナイフフォークの使い方に始まり、立居振るまいなどなどありますが、その「マナー」のひとつに、「みんなが食卓で楽しめる話題をひとつ何か用意していく」というものもあるのです。 美味しい食事を終えたあとのひとときを最も豊かにしてくれるのは,友人たち、あるいは恋人どおしのおしゃべりの時間に他なりません。なにより、ついつい時間を忘れてお話に熱中されるのは、レストランという空間が快適であることで、私どもにとっても誇りであるのです。 私はよくレストランをお芝居の「舞台」に例えます。主役はお客様であり、また最前列のオーディエンス(観客)のように。 ちょっとした緊張感の中、幕が上がり、緻密に構成されたお料理の品々が登場します。メインディッシュはクライマックス。チーズ、デザートと興奮の波が押し寄せ、カーテンコールが響く中でじっくり余韻を楽しんで頂く。 そんな想いでレストランを利用して頂くのもまた新しい楽しみが見出せます。
Feb 28, 2006
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BSEの騒動以来、フランス食材に限らず、内臓類は一部口にする事が出来なくなってしまいました。 フランス料理においても内臓関係の食材は、アバ(abats)と呼ばれ様々な部位が使用されます。舌、胃、肝臓、鶏のトサカというのも含まれます。また、脳髄、骨の芯を通る骨髄などもありましたが、こちらは特にBSEの影響が懸念されるので近年は使用される事が無くなってしまいました。 フランス料理で使用される独特の食材に「Ris de veau(リ・ド・ヴォ-)」があります。この「Ris de veau」、仔牛の胸腺肉と日本語で訳されます。「veau(ヴォ-)」が仔牛のことですから、「Ris(リ)」が「胸腺」という意味です。と、いうことですから、この食材についてのお話は明日にしようと思います。なぜなら「胸腺」きょうせん!今日、せん、、、、 そんな小ネタはさておき。 この胸腺とは何かというと、成長すると無くなってしまうことから、仔牛が母親からミルクを飲むための筋肉であるとも言われていました。 しかし、実はこの胸腺正しくは「外界からの病原菌に対する抗体があらかじめ入った袋」なのです。筋肉というより、内臓の一部です。 胸腺という器官は人間の赤ちゃんにもちゃんとあるのですが、その大きさは小指の先程で生後間もなく無くなってしまいます。牛や馬、羊などは生後何時間か後には立ちあがる様子が見られるように、運動器官は充分に発達して生まれてきますが、その分内臓器官等の発達は遅く、身体の外部からの病原菌等に対する抵抗を持たずに生まれるのです。 そのため母牛のミルクは仔牛が摂取する際に胸腺を通り、体に備わっていなかった抗体と共に胃で吸収され、身体に外界からの病原菌に対する抵抗力を持たせるようになるのです。 Ris de veauは、仔牛の体から取りだした後、大小2つの部分に分けられます。大きいほうを「noix(ノワ)」小さいほうを「gorge(ゴルジュ)」と呼び、料理に使用されるのは大きい葉、noixの部分です。 Ris de veauはまず8時間程流水にさらし(degorgerデゴルジェ)、丁寧に余分な薄皮を取り除きます(denerverデネルヴェ)、水から火に掛けて湯がいた(blanchirブランシール)後にブレゼ、ソテーなどの調理をされるわけですが、ちょうどよい焼き加減(just cuitジュスト・キュイ)に仕上げるには経験が頼りになることからそのレストランの仕事の力量が測られる食材ともいえます。 と、言うのも以前、「グルマン」なる冊子が発行されていました。現在では無くなったのですが、ヌーベル・キュイジーヌ華やかなりし頃、フランスのミシュランに倣って、東京、関西のレストランを星の数で表したガイドブックでした。 当時、編集にあたられた著名なフランス料理評論家の方が、お店に見えられるとやはりこの、「リ・ド・ヴォー」を食されたものでした。ミシュランのような覆面審査ではありませんから、レストランで食事に来られた際には調理場もホールも見事なまでに緊張がみなぎってました。 そう言えばもう、20年近く前のお話になるのですね。月日の経つのは早いものです。
Feb 25, 2006
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我々のような職種は特に「身だしなみ」が問われるところが大きいのです。ホテルのマニュアルなどを見ると、「清潔で、華美でなく、上品な」印象を与えられるようにとあります。「身なりで人を判断すんじぇねえよ!」ザ・クレージーライダー横浜銀蝿ローリング・スペシャルの世代は中高生のころによくこう叫んでました。10代のナウいヤングなら、そんなことも考えるでしょうし、むしろ大人になる前にはそういった問題を本気で考える時間も無くてはならないとも思います。しかし…はっきりいって、人は身なりで判断されるのです。「接客」を仕事として考えるなら、第一印象の重要性に気づかなくてはいけません。とあるバーの、男性のバーテンダーの方。非常に人当たりはよく丁寧なのですが、一部のお客様には非常にウケが悪い方がいらっしゃいます。なぜならば、耳に光るピアス昨今ではいわゆる「茶髪」は最早多くの方がしていますから、程度が問われることとなります。某大手航空会社では、チャートを用意して、ここまでならOK。これ以上はダメという規定を設けているようです。レストランや飲食店といわれる場所において、口に入るものを提供するわけですから、清潔感は必須です。また、ある程度高級感を売りにするようなお店では、それ相応の「見た目」も必要になってきます。それさえ、店のクオリティを語る上で商品の一部だからです。「中身」そうたいして変わらないのであれば、「外見」が自然体であればあるほど、多様なお客様に相対することが出来るからなのです。お店にご来店されるお客さまの多くは、大抵のスタッフよりも年齢が上で、また、社会的な地位もある人も多いのです。年齢が上というだけで、美意識や価値観は違ってきます。そういった方々に好感をもたれるように勤める姿勢こそが、「失礼の無い」身だしなみにあたると思うのです。例えば、自らが結婚をしようと思うお相手のご両親と会う時、また尊敬する人が亡くなられてお葬式に出席せねばならないとき、そういった場所においては自ら襟を正し、相応しい姿であろうと思うのではないでしょうか?また、お客様だけにとってあるものではありません。お店が、会社としてあるのであれば、30歳も過ぎれば自然に部下も出来てきます。部下のスタッフの父母から「人」を預かるわけですから、上司の立場として「この人の下で働くのなら安心」といってもらえる上司でないといけません。誰しも、レストランの面接の折は、髪を整え、派手な化粧は避け、ピアスも指輪も外してきますが、その後に対峙する「お客様」という存在は、社内の面接官以下の存在では無いのです。自分の姿がお客様にどの様に映るか想像できないことは、お客様を想わない、ホスピタリティの気持ちが足りないのと同じことなのです。(続く…続くかなぁ?)
Feb 24, 2006
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この1週間ほど、少々忙しかったのです。また1週間ほどブログを更新して無かったのですが、ちょとちょこと書きためていたり、他所に掲載していたコラムがありましたので、 あらためて日を遡って記事を書き上げてしまいました。 どうもこの楽天ブログには、管理ページに「日記記入率」なるものがあって、あんまり下がり過ぎると癪に触る(笑)ので、何かと書いていきたいと思っています。 良かったらまた覗いてみて下さい、 さて、当ブログを愛読(?)してくれている知人から、「プロフィールに使われている画像は何?」という質問がありました。…そういえば、なんだか分からないそうです。地図の様にも見えますし、ただの模様のような、、、フォトショップのソフトを使って加工してあるのですが、アレは「サモトラケのニケ像」なんです。 「サモトラケのニケ」をご存知でしょうか?ルーブル美術館所蔵のこの像はギリシャのサモトラケ島で発見されました。「ニケ」をローマ字で書くとNIKE、英語読みのナイキはいつの間にかシューズメーカーとしての名前の方がすっかり有名になってしまいました。 ニケは「戦いの女神」とされています。ギリシア神話に登場する女神で、 ローマ神話ではウィクトリア(ヴィクトゥ-リア、Victoria)とその名を変えます。ギリシア神話ではアテナに仕える随神として、一般には翼のある女性像として表されます。 私が初めてフランスを訪れた10何年か前の事。私にとっては初めてのフランス旅行、観光で一週間ほどパリに赴きました。エッフェル塔、凱旋門、ルーヴル美術館とひととおりの観光地をめぐりました。 当時はまだ、ルーブル美術館がグランルーブルでなく、片翼だけで展示を行なっていた頃です。 ルーヴルはオデオンとサリュウと呼ばれる、長廊下と回廊の2箇所に分かれていました、ひととおりの知識はガイドブックで仕入れて来ました。「モナ=リザ」「ミロのヴィーナス」、ドラクロワ、、、ルーヴルの長い廊下を進むと、突然、それは現われました。階段の踊り場にあたる場所に「サモトラケのニケ」の像が。息を飲む、神々しさでした。背後から差し込む陽光が、翼に映えてあまりにも美しかったのです。「真理の美は不完全なものの中にある」 ニケ像は、胴体と翼のみの像で、頭部も腕もありません。しかし不完全な石像であったが為に、「人間の想像力」がさらに美しいものを生みだすのです。想像力を膨らませる余地があってこそ、真に完成されたものが生まれるということでしょう。頭部を失っても、両腕を失っても、羽ばたく為の翼を無くさなかったその姿に私は心を打たれたのです。(↓写真は私の手許にある「ニケ」の石こう像です。同僚のSくんがフランスにいった時に買って来てくれたものです。)
Feb 21, 2006
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私の勤め先は現在神戸市内にあり、場所柄、「こちらで使ってるお肉は『神戸牛』ですか?」と度々尋ねられます。「ハイ、お客様。こちらのお肉は神戸市内の精肉店にて購入しておりますので、オージービーフでも『神戸で買った牛』です。」…とは、口が裂けても言えまへんなぁ(^^;) 私のネタはさておき、牛にも沢山の品種があります。参考までにフランスでは、オーブラック、リムジーヌ、ピエ・ルージュ、などなど。日本でも主に牛乳を採るために飼育されているのが白黒のぶち模様のある「ホルスタイン」、全身茶色の牛は「ジャージー」です。 食肉用になる「和牛」と呼ばれるのは4種類、黒毛和種、褐毛和種、無角和種、黒毛短角種ですが、国内で流通している9割方は黒毛和種が締めています。 古来から日本にいた牛の原種は現在でも山口県の見島(みしま)で飼われている「見島牛」と言われています。この牛は通常見かける和牛が500~600キロあるのに対してふた回り程小さく、300キロあまりしかありません。後に品種改良が進み和牛どうしの選別、ヨーロッパ種との交配を経て現在の和牛になりました。 この「和牛」において各地で独自の生産方法を確立したのがいわゆるブランド牛、産地銘柄牛と呼ばれています。 つまり、神戸牛、松坂牛、近江牛などです。 そもそも外国に開かれた港のあった神戸では、外国人の居住者も多く、もともと食肉の需要は多かったことから、日本でもいち早く食肉文化が定着しました。初代内閣総理大臣、伊藤博文が兵庫県知事であった頃、伊藤が好んだこともあって神戸牛の発展が盛んになったいきさつがあります。 神戸牛は血統の優れた黒毛和牛で、かつ兵庫県但馬近辺にて飼育されている「但馬牛」を親牛とするものです。この「但馬牛」は非常に品質がよくて、全国から買い付けがあったため、現在日本各地の多くのブランド牛のルーツとなっています。 実は、「但馬牛」とは生きている牛そのものの名称で、お肉になると「神戸牛」と名前を変えるのです。
Feb 19, 2006
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写真はフランス料理のコックが被る帽子。名称をトック(Toque)と言います。実物の写真を撮ろうと思ったのですが、無かったので、とある業務器機のカタログの表紙になっていた物を写しました。 この「トック」フレンチのシェフのシンボルとも言える存在になっており、国際的なシェフ同士の会もあり、名称は「ラ・トック・ブランシュ」 この帽子を最初に発明(?)したと言われるのが、「アントナン・フランソワーズ・カレーム(Antonin Francoise Careme)」という人物です。 カレーム(Careme)という名詞には本来、キリスト教で言うところの“肉を断つ四句節”の意味がありました。皮肉かどうか、この名前を戴いたアントナン・フランソワ-ズ・カレームは、フランス料理の古典においてエスコフィエと並ぶ偉大な料理人と言われています。 フランス革命の勃発した1779年当時、カレームは5歳。貧しい石工の16番目の子として生まれたカレームは、ある夜父親に路上に置き去りにされました。たまたま、その晩扉を叩いたのがパリの小料理屋だったといいます。これが、大工や靴職人の扉であったら、現代に至るフランス料理の歴史は変わっていたかも知れません。ついで彼はパリ一番の菓子屋に職を替えます。 この「バイィの菓子店」での仕事の傍ら、読み書きと製図の技法を学びます。古代エジプト、ギリシア、イタリアの建築物の傑作に触れ、建築家への夢をみますが、貧しい懐では断念せざるを得ません。この情熱は装飾用の菓子の製作に向けられます。そしてこれは後に「ピエスモンテ」と呼ばれて、旧時代の宴会には欠かせないものでした。 カレームは古代建築を学び、長い時間を掛けて綿密な設計図を引きました。カレームの作品は旧時代のものから余分なものは削り落し、さらに豪華さでは1点の引けもとらないものでした。はかない寿命しか持たないテーブルデコレーションではあっても調和と秩序を原則とする美学の原則が貫かれることを意味しています。 カレームが生涯をかけた料理の探求はこうした合理性の追求に他なりません。数々の形状の鍋、道具、お菓子の絞り袋(ポンシュ)を考案したのもカレームでした。 後にカレームは当時の宰相タレ-ランに仕えるようになり、ナポレオン後のウィーン会議においてもその腕を振るいました。カレームが惚れこんだ建築学の原則である均整と秩序が、古典料理に及ぼした影響は大きく、フランス料理はよりロジカル(論理的)なものへと確立されていきました。後に現代フランス料理の礎となったエスコフィエにその精神は引き継がれ現在へと続いています。
Feb 18, 2006
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ナチュラルチーズはその製法などから、大まかに7種類程に分類されています。 カマンベールチーズに代表される表面に 白いカビの生えた「白カビチーズ」。ロックフォールで有名ですが、青カビが中に入った「ブルーチーズ」。 昔、といっても30年程前までの日本のデパートなどでは、「青カビ」と言うと売れないので、フランスで呼ばれている「pate persiler」を直訳して、「パセリ入りチーズ」などと称して販売していたと言うこともあったそうです。 また、ヨーグルトとチーズの中間的な味わいで、比較的お召し上がりやすい「フレッシュタイプ」。 コンテ、グリュイエールなどの「ハードタイプ」ハードとやや製法の違う、軟らかめの「セミハード」。 この2つのカテゴリーは日本のプロセスチーズにも似ています。 と言うのも当然の事で、日本の「プロセスチーズ」とは世界各国からこのハード系のチーズを輸入して、粉砕し、過熱し溶かして、もう一度固めたものですから、味わいが似ては来ます。昨今は海外からのこのナチュラルチーズの値段が昂騰している事もあって、プロセスチーズの内容量を減らしたりして「値上げ」を行っている事がニュースで取り上げられたりもしているのです。 そのミルクの風味の違いから「シェ-ブル」と 呼ばれる山羊乳のチーズ、私がお店で説明する時は、「独特の酸味とハーブの様な香りが特徴」とお話します。 そしてお酒や塩水で表面を洗う「ウォッシュタイプ」。 塩水や、白ワイン、ブランデーなどでチーズの表面を洗う事から「ウオッシュ」チーズと呼ばれます。このウォッシュチーズは、使用されるアルコールなどの種類によってそれぞれに個性的な強めの醗酵臭が特徴的で、ドリフターズの故いかりや長介さんも好みだったそうです、、、「うぉっ~しゅ!8時だよ!…」 ウソです。 チーズは日本でいう「お漬物』みたいなもの。そういえば懐石料理などでも、 最期にごはんとお漬物が出てきますよね。もう少し食べたいな、とか、お酒が少々残っている時などに一緒に食べたり、、、 胃の活性化にも有益だそうです。地方性が豊かなところも共通点があります、納豆のようにモノによっては香りの強い タイプもあったり。 日本では野菜を保存するのにお漬物にしました。西洋ではミルクを保存しておくために、チーズを完成させたのです。
Feb 17, 2006
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「シェフ!新しいお菓子を開発しました!日本人の感覚に合わせた画期的な菓子です!」「うん?どれどれ、、、臭っ!なんじゃぁこのチーズみたいな臭いは!」「はっ。日本人が古くから好んで食する『温泉饅頭』。温泉に対抗できるのは『風呂』です、、、『風呂饅頭!』」フロマンジュウ、、、フロマージュ、、、 フロマージュと言えば「チーズ」の事。フランス料理店のコースにおいてはメインディッシュの後に供されるこのチーズ、 いかんせん馴染みの無いその香りが苦手だと思われる方も多いのではないでしょうか? 「チーズって腐ってるんとちゃうの?」というお声も時々聞くのですが、チーズは腐敗しているのでは無くて、 発酵しているのです。 では「腐敗」と「発酵」の違いはと言うと、、、実は人間が食べられるものを「発酵」 食べられないものを「腐敗」と呼び、微生物が及ぼす作用はほぼ同じなのです。 ところで、18世紀の美食家ブリア=サヴァランはその著書の中で、「チーズの無い食事は片目の無い美人のようなものだ」と、 例えました。 チーズはことフランスにおいては各村にひとつづつ名産のチーズがあり、その数はゆうに500種は越えています。 チーズCheeseは英語ですが、フランス語ではフロマ-ジュFromageと呼びます。 Fromeフルムとは、固める、固めたものという意味で、牛や山羊などの乳を固めたものが、 フロマ-ジュ。テリ-ヌやゼリー寄せの料理にも「~のフロマ-ジュ仕立て」という名前を付けることもあります。 フロマージュの歴史はかなり古く、古代エジプトの民が仔牛の胃袋で作った水筒に山羊のミルクを入れて旅をしていました。ある日そのミルクを飲もうとすると水筒の中で固まっている。おそるおそる食べてみると意外にも美味しかったとか。 これがチーズのはじまりと言われています。 一方、奈良時代には日本にもチーズはバターと共に大陸から入ってきています。 バターを当時の言葉で「酪(らく)」チーズは「蘇(そ)」と呼ばれていました。 この「蘇」を十分に熟成させたものが「醍醐(だいご)」です。すなわち現代でも使われている 「醍醐味」とは、熟成したチーズの味の事だったのです。
Feb 16, 2006
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このブログも10000アクセスを超えました。 なんだか、10000アクセスの前後から日々のアクセス数が随分増えてきたように感じます。 そもそも、私のこの「メートル・ド・テル徒然草」はそもそもフランス料理店のサービスのテキストをいづれ作成する時が来そうなので、文書で残して置こうと言うのが始まりでした。 某Yah○o!にて、検索を掛けると、「メートル・ド・テル」または「メートルドテル」のキーワードでトップに表示されるまでになりました。残念ながら「メートル・ドテル」のキーワード(それぞれ「・」の入る位置が違ってます)はブログの中で使わなかったせいもあって、このキーワードではなかなかヒットしませんね(^^;) …でも、これってなんか活かせないものなんですかねぇ。私はアフェリエイトとかよく分かりませんし、ブログ上で商品を販売(?)する事もしてませんから、それで10000アクセスとかあるのって上出来は上出来だとは思っているのですが、、、 さて、歴史上で一番有名な「メートル・ドテル」と言えば、「フランソワ・ヴァテル(Francois VATEL)」が挙げられます。今から、4~5年前になるでしょうか、フランスでこの人の映画も作られました。フランスでの原題は「Maitre d'Hotel VATEL」(メートル・ドテル ヴァテル)だったのですが、日本で公開された時は「料理人 ヴァテル」という題名に意訳されました。 歴史上有名といっても、従来よりサービスマンは陰の存在ですから、あまり歴史の表舞台には登場しません。大体が、当時の貴族やもちろん王様に仕える職種ですから、取り上げられるのはやはり主である王や貴族ということになりがちです。 ちなみに当時、「国王に仕えていた官吏の最高責任者」は「グラン・メートル・ド・ラ・メゾン・デュ・ロワ」であり、現代の日本で言うと「皇室の儀典長」という役職がこれにあたるのだと思います。 メートル・ドテル ヴァテル(1631~1671)はコンデ公に仕えた人物です。コンデ公はフランスブルボン王朝の支流にあたり、当時はルイ14世の時代。コンデ公はルイ14世を城に招く際、ヴァテルに宴席を任せました。この時、ヴァテルは生クリームに砂糖を混ぜて泡立ててムース状に仕上げた物を考案し、国王を驚かせました。 後に、このクリームはこの宴席の行われた城、「シャンティイ城」の名をとって、「クレーム・シャンティイ」と名付けられます。現代でもショートケーキなどに添えられるホイップクリームの事です。 後に、シャンティイ城は大改装を行います。再び、コンデ公は国王を自らの城へ招待する事になり、宴席の一切をヴァテルに任せます。 しかし、宴席の開催をヴァテルが知らされたのは、わずか2週間前。情報も交通も発達していない時代ですから準備に疲労困憊します。案の定、ローストした肉が列席者の数より足りないという失態も犯してしまいます。 落ち込んだヴァテルをさらに困惑させたのが、翌日の昼の宴席用に用意された魚の荷馬車でした。城に到着した荷馬車の積み荷の魚は明らかに数が足りません。ヴァテルは「これがすべてか?」と尋ねました。 「これがすべてです。」荷馬車の男は不用意にも、自分の運んできたのはこれがすべてだ。という意味で言ったのですが、悲観にくれたヴァテルは自室で自らの命を断ってしまいます。 ヴァテルが息絶えたその時、魚を満載した次の荷馬車が城の門に到着していたところでした、、、
Feb 14, 2006
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さて、明日というか、今日2月14日は「バレンタイン・デー」 レストランでも「バレンタイン企画」が登場します。コースメニューのデザートがチョコレート菓子だったり、レストランに限らず、百貨店の食品売り場はチョコレートが華盛りですね。というわけで、「レストランで使えるバレンタインネタ」を少し、、、さて、バレンタインと言えば日本の暦で言うと、「啓蟄」にあたる頃になります。ヨーロッパでもちょうどこの日は寒い冬が終わりを告げ、春の訪れが感じられる時期とも重なり、小鳥たちが求愛行動を始める日とも言われています。 この「バレンタイン」とはもともと人の名前であったことは良く知られています。SaintValentin、キリスト教における聖人の名前です。聖バレンタインは紀元3世紀ごろの人物で当時のローマ帝国内に実在した教会の司祭でした。当時の皇帝は若者が戦争に行きたがらない理由を家族の存在と考え、乱暴なことに若者が結婚することを禁じてしまいました。このとき秘密裏に結婚の儀式を執り行っていたのがイタリアの牧師、バレンタイン司祭。この行為がのちに皇帝に発見され、キリスト教への迫害もあって、投獄された後処刑されてしまいます。このバレンタイン司祭の命日となったのが2月14日。以来この日が、バレンタインの名と共に後世の人々の間に「聖なる愛」を伝える日となったのです。 チョコレートを贈るのは日本だけの習慣です。チョコレートを贈るのは日本のお菓子会社が1950年代後半にキャンペーンとして東京のデパートにて催したのがはじまりで以降全国に広まっていきました。 お菓子会社の広告戦略として始められたチョコレートを贈る習慣ですが、実はチョコレートには惚れ薬としての効果があるのです。覚醒効果と、緊張感を高めたり気分を高揚させる働きがあります チョコレートは古代アステカ文明の時代よりアステカ王に愛飲されていました。このアステカの王様は毎夜チョコレ-トを飲んでから女性のもとへ通うのが日課だったそうです。「飲んで」とあるのはチョコレートは最初はカカオ豆を挽いた粉を湯に溶かして飲むショコラトルという飲み物で、16世紀にスペイン人のエルナン=コルテスが現在のメキシコを征服した後ヨーロッパに持ちかえりましたが、ヨーロッパにおいても当初は飲み物として普及していったのです。
Feb 13, 2006
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名古屋市でシェフを勤めている先輩から、久しぶりに電話がありました。何ごとかと思って出てみると、「…ところでな、誰か人おらんかなぁ?キッチンもサービスも全然足らんのやけど、、、」「そうなんですかぁ。そやけど、神戸も大阪もあちこちの店から、人を頼まれるんですけどねぇ、、、なかなかいてませんねぇ。」 何処も人材不足は顕著なようです。ましてや、名古屋近辺の知人といってもほんの数人しかおりませんから、ネットワークを活用してもなかなか紹介出来るかどうか。 人は「モノ」ではありませんから、右から左というわけにもいきません。お店にあう人材なのかどうか、紹介される人が学びたい事がそこにあるのかどうか、もちろん働きに見合う報酬も考慮せねばなりません。 だからこそ、当のシェフは無理を承知で私の所に尋ねて来られるのでしょうが。 人材不足という問題にもいろいろと要因はあります。それは、単純に若いスタッフに「根性が無い」とか「夢が無い」とかで片付けられるものでも無さそうです。 雇う側、お店の方の責任としては、やはりあまりにも即戦力を欲しがる傾向が強くなっている事にもあります。 過去、十数年前なら毎年々々新入社員が入ってきたもので、年ごとに先輩後輩の関係が出来ていたのですが、お店そのものが増えてきて、少人数で対応するようになると、なかなか教育として一から教える余力がありませんから、新入を受け入れにくくなってきてしまいました。 と、なるととにかく2、3年どこかで経験してきた人を雇いたがるので、じゃぁ、何処のお店が社会人一年生を育てるのか、という事になりがちです。 働く側、スタッフの方にとっては、少なからず時代背景というものが見えかくれします。私ぐらいの年代のものが、この業界に入った頃はまだバブル経済華やかな頃で、将来に対して夢とか、野心とかあったのですが、すぐ後の世代の人たちは、その「バブル経済」の崩壊からその後を目の当たりにしているワケですから、「努力したってなぁ、、、」「やりたい事が見つからない」という雰囲気があって、これは今現在の「大人」の人が反面教師になっちゃってしまってる部分が大きいんじゃァないかとも思うのです。 「世界にひとつだけの花」という歌があって、随分流行りました。 歌詞の内容はすごくいいと思います。しかし、「じゃあ、俺はニートでいいんだ。」「やりたい事を探すんです。」というのが「オンリーワン」の尊さだと勝手な解釈をしてしまいがちです。「花」は自分の為だけに咲いているのではありません。咲いてもすぐに散ります。 「花」は植物にとっての身体の一部に過ぎません。しっかりした根と豊かな葉を備えてこそ「花」は咲くのです、 「花」は蜜を求めてやって来る生き物に、ここにある、という目印なのです。また、後々に繋がる「種」を残すための準備段階なのです。いくら花が咲き乱れても「種」が残らなければ生命の意味が無いのです。 飲食業界に限らず、社会の様々な場所でこういった風潮は見られます。 これから社会に来る人たちに、「将来」を考える機会を与えねばなりません。そのときに、「ああなりたい。」「こんな風になりたい。」と思える大人がどれほどいるのでしょうか。「大きくなったら何になりたい?」子供の頃から、散々問われてきました。しかし、残念なことに我々はすっかり「大きくなってしまった」のです。
Feb 10, 2006
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ウチのお店ではミルクティーのミルクは温めて提供しています。ミルクピッチャーに注いだものを、スチーマーで加熱して、紅茶に添えるワケですが、お客様には喜ばれています。「あら、わざわざ温めてくださってるのね~」とは言って頂けるのですが、正直、ちょっと微妙なのです。というのも、ミルクティーの本来の目的から言うと、ミルクは温めない方が良いのです。 とは言え、冷蔵庫から出した直後では、ミルクティーが冷めてしまいますので、ほぼ常温に近い温度のものが良いといわれます。 紅茶にミルクを加えるのは、紅茶の渋味成分タンニンを、ミルクのタンパク質で包んでまろやかにする目的があるのですが、あらかじめ加熱してしまうと、例えばミルクを鍋に入れて温め続けると表面に膜が張ることからも明らかなように、タンパク質は固まってしまうのです。そのため本来の目的であった「ミルクのタンパク質で紅茶のタンニン分を包む」という効果は薄れてしまいます。 フランスのパリ、三ツ星レストランの「アルページュ」シェフのアラン・パッサールが毎朝飲むミルクティーの作り方はきっちりと決められているそうです。 まず、常温のミルクをカップに注ぎ、角砂糖をひとつ加える。丁寧に砂糖をスプーンで潰しながらミルクに溶かしていき、溶けきったら初めてそこに紅茶を注ぎこむとのこと。ぬるくならないの?と考えるのも日本人独特のようです。 もう何年も昔ののニュースですが、アメリカのマクドナルドのコーヒーが熱すぎて火傷をした、との訴訟の話題がありました。訴訟を起こした「お客様」側の勝訴に終り、以降80何度か以上を越えないようにマニュアルで定められたそうです。現代でも旅行や仕事で欧米を訪れる方から良く聞くのは、「西洋人は猫舌が多い」という話。 そもそもヨーロッパの人々は熱いものを口に運ぶという習慣がありませんでした。これは手づかみの習慣が長かった以上、手で掴める温度以上に熱いものは口に運ぶことが無かったからです。 ティーカップが、常にソーサーとセットになっているのは、もともと紅茶は一旦皿の上にこぼして、冷ましてから皿から口に運んでいたからなのです。 器を手で掴んで、箸で口に運ぶという仕草、あるいは、あつあつの飲食物を器の縁からすする、という行為は日本を含む東洋の一部の得意な習慣だったのです。
Feb 8, 2006
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昨夜のテレビ番組、仕事が終わって何気なくつけたテレビなのですが画面に登場しているのは歌舞伎役者の「中村雁治郎」さん。 実は何年も前に勤めていたお店にお客様としてご来店頂いたことがあった方なのですが、この度「坂田藤十郎」を襲名されてたとの話題でした。で、「坂田藤十郎」とは上方歌舞伎の創始者です。歌舞伎には江戸で栄えた「江戸歌舞伎」と大阪・上方で栄えた「上方歌舞伎」があったんですね。 そもそも「歌舞伎」とは天正元年(1573年)頃に生まれたとされる、「出雲のお国」が始めたとされる当時の風俗演劇です。江戸歌舞伎と上方歌舞伎は日本の東西の中心地である江戸と大阪を中心に演出や型の違いを持ちながらそれぞれに発展してきました。江戸は当時、徳川幕府が切り開いたばかりの新興都市でした。やはり武士を中心とした町ですので、歌舞伎にかけられる題材も喧嘩や勧善懲悪の話が多く、一方の上方は町人が中心のあきんどの町、色恋の話や心中物が人気を集めた様子です。 それぞれの町の嗜好の違いを背景に江戸の「荒事(あらごと)」、上方の「和事(わごと)」というまったく異なった演出・型が形成されていきました。 「荒事」芸は、凛とした正義の味方が悪人どもをやっつけると言うのが、大方の筋書きです。赤い隈取りのメイクやド派手な衣装、大見得を切る仕草と言うのは「江戸歌舞伎」の仕様です。これに対して、「上方歌舞伎」の特徴は義理や金・色恋が絡んだ心中物がほとんどだそうで、その底に流れているのは「おかしみ」つまり「笑い」のひとつの形態だそうです。 それで、この番組を見ていて思ったのですが、我々の業界でも「江戸文化」と「上方文化」の違いってあるんですよね。 他の業種を詳しく知っているわけでは無いので、乱暴な比較かもしませんが、「東京のメートル・ド・テル(サーヴィスマン)」と「大阪のメートル・ド・テル(サーヴィスマン)」や「東京のソムリエ」と「大阪のソムリエ」とは雰囲気が全然違うんですよね。思い出すだけでも、あの人と、あの人と。あの人…名前は出せませんが、少なくとも私は「上方歌舞伎」系。「江戸歌舞伎」系の東京のサーヴィスマンとかシュッとしててかっこいいなぁ、、、と思いながら、でも、オモロないわぁ、、と思ったり。 お客さまの気質によって、求められるサーヴィスマンの像も違って来る。それも、まぁ文化じゃ無いかと。 私は常々、雑誌なんかに取上げて頂く度「レストランのホールはサーヴィスマンにとって『舞台』なんですよ~。」とか訴えたりしてるわけなんですけれども、こういった日本の東西の文化の違いって歌舞伎の始まった何百年も前からあったんじゃないかと深く考えてしまいました。そんな事考えてるのって、私だけでしょうかね~
Feb 7, 2006
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ホリ○モンが逮捕されて以来、連日「株」というより、「株式投資」に関するニュースが取り沙汰されています。昨日のニュースでも「ホリエモンショック。中高生投資家にも波紋」の文字が、、、 知りませんでしたが、中高生、果ては小学生でも株って買えるんですね。 これが国営のギャンブルなら20歳越えていても、大学生は馬券買っちゃいけませんよね。 株式投資とギャンブルは違うという、まっとうな理屈があるのかも知れませんが、株式を買った小中学生が経営に参画するとは思えません。将来の夢が「投資家」とは、、、 若いうちから投資の芽を育むということなのでしょうが、とある高校生などは授業中にも株価の変動が気になって仕方が無くなってしまっているのだとか。 将来にわたって、仕事で報酬を得ることは当然良いことだとは思います。しかし、そもそも「お金」は自らの能力と働きを時間を費やすことによって得た「結果」であり「結果」だけを求め、お金を生みだす「プロセス」が問われないことに疑問が残ります。 お金がお金を生みだす株式投資では、1日のうちに何万円、何十万円もの損得があるそうです。 一方、我々のような職種、飲食業と呼ばれる職種は非常に生産性が低いのです。大企業と言われる「日本マクドナルド」でさえ、1店舗あたりの利益率は0、05パーセントといわれていますから、1000万円商品を売ってやっと5万円の儲けということです。 個人個人のレベルで言っても、レストランに新卒で入れば通常、給料は手取りで10万円あまりでしょう。現実的に拘束時間は1日15時間に及ぶ時もあります。時給で換算すると、いったいいくら?っていう話です。皿洗いのアルバイトに入って1時間立ちっぱなしでお皿を洗いつづけても800円そこらです。 ホールサービスにおいても、一人前になるには何年もの年数が必要です。 何よりも様々なお客様に対応するための「心」を養うには喜びも悲しみも伴った様々な社会経験をしておかなければいけないからです。 こういった様子ですから、「時価総額=成功」といった現代の風潮では飲食業界に人材が足りなくなってくるのはあたりまえです。 日本が戦後、経済において急成長を成しえたのは、海外に通用する品質の高い「モノ」が売れた事によります。車や電気製品はその代表でしょう。しかし、その「モノ」を生みだしてきたのは他ならぬ「ヒト」でした。「カネ」は結果です「カネ」を生みだしたのは高い水準を誇った日本の「モノ」であったはずです。「モノ」を生みだしたのは他ならぬ「ヒト」の技術であり、知恵であったはずなのです。いつの間にか、「人が物を作り、物がお金になって返ってくる。」というプロセスが省かれて「お金がお金を生みだす。」という結果だけを追い求めてすっかり「ヒトづくり」がおざなりにされてしまいました。 メジャーリーグで活躍するイチロー選手に次のような言葉がありました。「結果とプロセスは両方ともに大事です。結果を出せないとこの世界では生きていけない。プロセスは野球選手としてではなく、人間を作るために必要。」と。 我々が携わる「レストラン・サービス」も「商品=モノ」なのです。 お客様に喜んで頂ける「品質の優れた」サービスを提供するためには先ず、レストランで「ヒトづくり」から行なわねばならないのかも知れません。
Feb 6, 2006
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いやぁ~ホンマすいません。長いことブログをお休みしてしまいました。昨日の夕方には38.7の熱が、、、39.0を越えたらシェフに言おうかな。。。と、思いながら今日は熱も下がってまいりました。ご覧頂いている皆様!ハゲ増しのお言葉ありがとうございます。私も36才。昨年は年男であったのですが、年々額の髪の毛が後退するばかりか、毛そのものが細くなっていくような、、、…違ーーーーうっ!「ハゲ・増し」やなくて、「励まし!」ホンマすいません。本当に皆様には感謝しております。というわけで、「レストランで使える季節の食材ネタ」です。 常々私はJRを利用して通勤しているのですが、三ノ宮駅などに国内旅行のポスターなどが貼られているのをよく見かけます。冬といえば、美味しそうに真っ赤に茹であがった「蟹」の写真。♪とれとれピチピチカニ料理~ 代表的な「蟹」といえば「ズワイガニ」や「タラバガニ」。高級品としても知られていますが、フランス料理店でもよく用いられ、まさにこの季節の味覚といえます。 ズワイガニは5対10本の脚を持った「カニ」の種類で、獲れる地方によって「松葉ガニ」「越前ガニ」「間人(←たいざ、と読むんですって。知りませんでした。)ガニ」などと名前を変えて流通しています。 一方のタラバガニ。「タラバ」とは漢字で書くと「鱈場」。魚のタラがたくさん獲れる漁場のことで、タラの獲れるところに多くいることから「タラバガニ」の名がついたそうです。あまり聞きなれませんが、鱈の漁場でよく獲れる、「タラバエビ」なる種類もおります。 さて、このタラバガニよく見ると、脚はハサミを入れて4対8本です。他の「カニ」の種類には脚が10本のモノがいますよね。・・・まさか!今話題の偽装建築!? 実は「カニ」には脚が10本のものと、8本のモノがいます。正確には8本脚のものの5対目は「ふんどし」と呼ばれる腹側の甲羅の中に隠れているのです。その形状から両方とも「カニ」と呼ばれていますが、生き物の種としては少しかけ離れた種類でもあるのです。 味の方は、ズワイガニやワタリガニなど10本脚の種類は甲羅の中身が美味しいと言われ、タラバガニなどの8本脚のカニは数少ない脚の方が美味しく食べられると言います。自然の摂理とは上手く出来た物です。 10本脚の種は「カニ」科のもので、8本のモノは実は「ヤドカリ」の種類に含まれ、進化をずーっと辿っていくと、地上の蜘蛛と枝分かれして海に棲むようになったものなのだそうです。 だから、タランチュラなどを毛嫌いするのも考えものなのです。 さて、今回「カニ」を取上げるにあたって、食材の写真を用意しようと思ったのですが、店に入荷されたカニは全て下処理をしてしまった後でした。↓仕方が無いので、作ってみました。(材料;オードブルフォーク、スープスプーン、ディナープレート)
Feb 5, 2006
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すでに一週間、このブログをお休みしてしまいました。 10000アクセスも突破して、ああ、それなのに、、、 書かないと気持ちがわるいのですが、 体調がすぐれません! いろいろと疲れる出来事もあったのですが、トドメはコタツで寝入ってしまった事にあるのかと。 こうしている今も39度近くの熱があります。 あ、仕事は行っています。しかし、今日は一日パントリーに引っ込んだまま。 とりあえず、 2、3日中には復活しますので、よろしくね。
Feb 4, 2006
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