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トカットの木版ハンドプリント「タシュ・バスク」にはいくつかのテクニックがあります。その1つ目としてあげられるのが「カラカレム」。基本的なテクニックです。トルコ語で「カラ」は「黒」、「カレム」は「筆」の意味です。つまり黒一色で仕上がるバスクのこと。カラカレムは、さらに白地に押すものと、染めた色布に押すものに分かれますが、ここでは白地に押すカラカレム・テクニックをご紹介します。カラカレム向けに作った木版を、テクネと呼ばれる大きなスタンプ台につけて、コットンやシルクの白地の布に押すものです。押したスタンプは白地の布の上で、最初は薄い緑色として残ります。これをアンモニア部屋と呼ばれるところに4~5時間吊るして放置すると、薄い緑は黒に変化して、上の写真のような状態になります。化学反応を利用した染色方法ということです。ここで使用される染料の作り方について簡単に説明しましょう。1.トルコ語で「キトレ・パトゥ」と呼ばれる植物、トラガカントの根を乾燥させたものを用意します。一般的にはゲベン・バル(ゲンゲ属の植物の密)として知られる黄色味がかった白っぽい透明なものです。1kgのキトレの根を1日水に浸けて戻します。途中、3時間ごとにかきまぜて、最後に袋に詰め、水を切ります。→ A2.「シヤ・ノルス」とバスクの職人さんたちの間で言われる染料を作ります。アニリン1500g、ギョズタシュ500g、ギュヘルチレ400gです。アニリンはアニリンですね。現物の見た目も含めて私が理解した範囲で、ギョズタシュは硫酸銅、ギュヘルチレは硝酸カリウムだと思います。この3つの材料を水の中で混ぜると「シヤ・ノルス」になります。 → B3.Aのキトレ1カップに対して、Bのシヤ・ノルスを2カップ加えます。これは重量でなく容量で計量します。これで染料が出来上がりました。 → CこのCの染料をフェルト状のものに乗せ、スタンプ台を作ります。木版をスタンプ台に乗せ、染料がまんべんなく着くようにし、何度か乗せなおします。このとき、力を入れてスタンプ台に押し付けないようにします。あくまで木版を「置く」感覚です。白い布に木版を押します。この時、モチーフは薄い緑色として現れます。木版を押し終わったら布を24時間かけて乾かします。24時間経ったら、アモンヤック・オダスと呼ばれるアンモニア部屋に移動させます。この部屋には1カップのアンモニアが置かれており、4~5時間すると、薄い緑色のモチーフが黒に変わって、作品は完成します。・・・とここまできて、注意深く、観察されていた方は「あれっ!?」と思われることでしょう。薄い緑色の染料・・・って、最初から黒いじゃん!!ですよね。これは最近はわざわざこのお金も手間暇もかかる染料を用意することなく、合成染料である「アクレミン」と呼ばれる黒の染料をそのまま使っているからです。だから最初から黒色です。この薄い緑色の染料を使用していたのはいつまでのことでしょう。1996年に来たときには木版を押した後の布には薄い緑色のモチーフがありましたので、その頃までは確実に使われていたということですね。ですから、私が日本で販売した白にカラカレム・テクニックのバスク布は昔の方法で作られた染料を使っていた時代のものと言うことです。現在ではカラカレム作品は全てアクレミンが使われいますので、もし当時の白地にカラカレムのバスクをお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ大切にしてください。(続く)--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 29, 2018

トカットは紀元前3世紀頃から人類が住み始めてから約5000年の歴史がある古い都市です。ビザンスの支配を経て、11世紀にはセルチュクが統治し、その後14世紀にはオスマン帝国に組み込まれました。シルクロードのキャラバン路の東西、南北のちょうど交差する位置にあり、交易地として繁栄したそうです。(トカットは黒海地方、中央より少し東よりにあります。赤☆マークのところです)特に16世紀から17世紀にかけては約7000人だった人口が20000人まで増え、人が増えるということはつまり町が大きくなりそれだけ腕に職を持つ人の数も増加するということであり、18世紀に入ってシルクロード交易が衰退するまで、職人たちによる各種手工芸関連の製造が盛んに行われました。そのため、現在でも様々な手工芸の職人の町としてトカットは知られていますが、中でも「ヤズマジュルック」はトカットの歴史上、重要な産業だったと言えます。「ヤズマジュルック」とは「ヤズマ」の製造・販売業の意味です。「ヤズマ」はオヤスカーフでお馴染みのモチーフがプリントされたコットン、またはシルクのスカーフのこと。この時代のヤズマは木版のハンドプリント技術である「タシュ・バスク」によって作られていました。トカットにはオスマン帝国時代に大きなヤズマジュルックのハン(商業ビルのようなもの)が幾つもあり、その中で多数の職人さんが働いていました。当時、代々のスルタンの生母である「ワーリデ・スルタン」の収入源とするために、トカットで作られたヤズマに税が課せられていました。13世紀から19世紀初頭の間には、一部の職人はヤズマの税の徴収を不服とし、トカットの外で不法に商売をするようになりました。それを知った政府はワーリデ・スルタンの収入源が減るのを防ぐため、トカット市外に逃れた職人たちを1820年頃までには呼び戻し、その後ヤズマジュルックに必要なバスクの技術と職人の流出を厳しく禁止したのです。こうしてバスクはトカットの門外不出の技術となったわけですが、一部の職人によってイスタンブルでは17~18世紀にかけてヤズマジュルックが開業されたり(現在見つかる年代もののヤズマやバスク作品の多くはイスタンブルの工房製)、オスマン帝国の終焉とともに各地方でもヤズマジュルックが行われるようになりました。でも、それも今は昔の話。工房のほとんどは時代の流れとともに廃業し、残った工房も、トカットの一部を除けばバスクやシルクスクリーンの手作業から、機械プリントへと移行しています。さて、トカットのヤズマジュルックに話を戻します。大きなハンとしては35-40年前までは5つのハンがあり、稼働していたそうです。その1つ「ガージオール・ハン」は町の中心部にあり、私が1996年にトカットに行ったときは、確かに中で職人さんたちが作業をしていました。そこも何年だったかは明確ではありませんが、その次に行ったときには閉鎖されていました。トカットに2018年現在、唯一残ったハンがガージオール・ハンの閉鎖後に作られた「ヤズマジュラル・ハン」。ヤズマ屋さんたちのハンの意味です。石造りの建物に上の階は木造でできています。染めの後にたっぷりの水で洗い、脱水後に2階の干し竿に布を下げて乾かします。ここで気が付いたかもしれませんが、バスクのテクニックは1つではありません。いくつかの技術に分かれ、さらに彩色の方法なども異なります。(続く)--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 27, 2018

古いイーネオヤのスカーフを収集しているうちに、興味を持ったのが「バスク」です。「バスク」とはトルコ語で「印刷、プリント」のこと。印刷物全般を含めてそういいます。ここでお話するのはその中でも、木版によるハンドプリント。トルコ語では「タシュ・バスク」と言います。「石のバスク」の意味ですが、木版なのに、なぜ石?これは1996年にバスクの故郷「トカット」の工房を訪ねた際に、職人さんたちが使う木版を見た時にも不思議に思った点です。わかりにくいですよね。そのためなのか、最近は「タシュ・バスク」と言わずに「タフタ・バスク」、つまり「木板のバスク」、もしくは「アフシャップ・バスク」こと「木材のバスク」という表記が増えています。話が横にそれましたが、イーネオヤのスカーフには無地のシルク地の「クレープ」と、コットン生地に絵柄がある「ヤズマ」の2種があります。現代のヤズマは普通の機械印刷ですが、何十年か前までは手作業のシルクスクリーン、さらに古く1950年代頃までは木版を使ったハンドプリントが行われていました。木版のハンドプリントはトルコに限らず、アジア、中東、ヨーロッパ・・・と世界各国で見られる技法ですが、色版の微妙なズレ加減や均一でないモチーフの配置、つまり厳密には世界で1枚だけの存在であり、ワビサビに美を見出す日本人の心を擽る伝統芸術のひとつだと思います。私もそんな木版ハンドプリントに魅かれて、古いものを収集している一人です。古いヤズマにも木版ハンドプリントを見つけることができますが、他にもボフチャと呼ばれる風呂敷、チャルシャフと呼ばれる女性たちが被る布、ナマズルック、またはセッジャーデと言うお祈り用のキルトマット、衣装の生地などにも使用されています。そしてこれら木版ハンドプリントが黒海沿いの地方都市「トカット」で600年の歴史を育み、オスマン帝国時代には門外不出の技術であり、それが後にイスタンブル、ブルサ、ベイパザル、ビレジッキ、バルケシール、イズミール、エラズーなどに伝わり、特異な広がりを見せていきました。木版ハンドプリントは、イーネオヤのスカーフを例にとっても「主役」ではなく、あくまで「脇役」的な存在です。でも、その陰に手間暇かかる作業と、熟練した職人さんでなければ作ることができなかった特殊な技術が隠されています。イーネオヤは女性の手芸でしたが、木版ハンドプリント「タシュ・バスク」は、木版を特殊な道具で彫る作業から始まりますので、男性にも興味を持っていただけるのではないかと想像します。歴史的、技術的背景、現地での職人さんの作業風景などを交えながら、その魅力を、少しずつですが、改めてご紹介していけたらいいなと思います。--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 25, 2018

日本ヴォーグ社さんの「てのこと」。愛読されている方も多いと思いますが、改めてご紹介。ハンドメイドに関する人、モノ、文化など、それぞれを素敵な写真と文章で紹介する読み物サイトです。今回、イーネオヤについて「世界手芸紀行」から抜粋してご紹介いただいています。ナウルハンのイーネオヤの画像がいっぱいです。トルコ語のイーネは「針」、オヤは「繊細な」。イーネオヤロード、過去から現在へ 『世界手芸紀行vol.6 トルコ』最近、いろんなことに気が散ってしまっていますが、今の私とイーネオヤは切っても切り離せない。9月下旬にはブルサの博物館で開催されるイーネオヤフェスティバルではコレクション展示をすることですし、また新たな気持ちでトルコのイーネオヤと向き合いたいと思います。トルコ語のイーネは「針」、オヤは「繊細な」。イーネオヤロード、過去から現在へ 『世界手芸紀行vol.6 トルコ』のページの1枚目の画像の下、タイトルの右の♡マーク、もしくは「てのこと」のページの下の方にある画像リストの右上に♡マークがあります。(イーネオヤにでも私にでも)愛を感じたらぜひ♡をぽちっとお願いいたします。--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 20, 2018

7月のオヤツアー、もうすぐですね。何度目かの方もいらっしゃれば参加は初めての方もいらっしゃるかと思います。過去のオヤツアーの事前のご案内などご覧いただけると様子などがわかるかなと思いますが、念のためにいくつか追加しておきます。1.7月のトルコは暑いです。各地とも外は日中30後半から40度ぐらいだと思ってください(← ここ訂正:最高30度前後、最低20度前後、今年の夏は今のところ涼しいです)。ただ標高の高いところばかりなので、室内はそれほどでもなかったり、日が陰ると気温が下がる場所もあります。またクルマの中やホテルもエアコンが効いていますので、脱ぎ着できるとにかくラクな服装でいらしてください。モスクに入る以外は服装の制限ありませんので、ノースリーブ、素足全開で構いません。2.レッスン会場は基本的にはエアコンなどがありません。帽子、サングラス、日焼け止め、熱中症対策グッズ、水分、塩分補給には十分お気をつけください。3.ホテルでは無料wifiが繋げます。4.両替は日本円でお持ちになって、イスタンブールの空港の両替所(待ち合わせ場所)でされるのがレートが良い方法です。わからない場合は空港でお出迎えの日本語ガイドさんにお尋ねください。オデミシュ、タウシャンルでは日本円の両替はできません。ブルサでは場所が離れていますので事前に連絡しておけば出張両替になりますが可能です。現在、過去に例がないほどのリラ安外貨高になっています。1リラが約23円。(1リラで何が買えるかというとペットボトルの水、オヤ糸など)今、日本円でトルコに来られる方にはとってもお得です。私は1リラ100円弱で両替していた時期もありますので単純に比較すると4倍もお得!お買い物も日本円に換算すると、普段以上にお得感がありますのでオヤでも材料でも心ゆくまでお買い物をお楽しみください。5.旅行保険には必ず入ってきてください。また具合が悪くなったり、怪我をした場合は早めに申し出てください。病院は各都市にあり、救急、夜間診察など安心です。6.新聞、テレビの取材が入る場合があります。イーネオヤへの関心を深めるために(あと記念に)、ご理解とご協力をお願いいたします。7.オデミシュ、タウシャンル、ブルサとも自分で撚って使うシルク糸でレッスンを行います。それは今回ツアーで訪れる現地の女性たちが普段から昔ながらの伝統的な方法でイーネオヤを作っているため、使用糸はシルク糸で、ポリや人工シルクなどのオヤ糸は使い慣れていないか、全く使ったことがないためです。タウシャンル仕様のシルク糸(オヤ用でも刺繍用でも使いやすいものを)をお持ちの方はそれを。お持ちでない方は、私も手持ち分を持っていきますのでお買い求めていただいてもいいですし、現地の方から少しだけいただいて使わせてもらうなど対処しますのでご安心ください。またタウシャンルのチティオヤで、ワイヤーとテグスが必要になりますのでお持ちください。8.他にもどんなことでも質問などがございましたら旅工房さん、または私までメールください。では、現地でお会いできることを楽しみにお待ちしておりまーす!!--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 19, 2018

9月26日前夜祭 27日―30日にブルサのテキスタイル博物館で開催される「第1回国際イーネオヤフェスティバル」海外のイーネオヤ関係者、研究者、コレクター含めてトルコ国内の各地からもそれぞれの土地独特のイーネオヤが集結する過去最大規模のイーネオヤの祭典(になる予定です)。数量もそうですが、これだけの濃い内容で古今東西のイーネオヤを一度に見る機会は、(アンタルヤのミフリに来る以外は)二度とないことかと思います。コレクターによる各地域のオリジナルの古いイーネオヤの展示をはじめ、各種ワークショップ、研究者による講演会、トルコ各地のイーネオヤを作る女性たちとの交流会、ブルサ県内のイーネオヤで有名ないくつかの村を訪問するバスツアーなど、トルコのオヤ好きが待ち望んでいた(って私が待ち望んでいた内容の)イベントがぎっしりの5日間です。実は内容の詳細についてはまだまだ検討中で、具体的にお話ができないのに、告知を急いだのには理由があります。それは日本人が作るイーネオヤ作品の展示コーナーをいただいたのですが、そこに出展するみなさまの作品を大募集中だからです。かなり広いスペースを確保しておりますので、博物館展示に相応しい作品がたくさん欲しいです。トルコのイーネオヤ、手芸関係の女性たち、国内外のコレクターさん、研究者さんたちが注目しています。主催の博物館やブルサ市の人も、もしかしたら日本人がこんなにすごい「トルコのイーネオヤ作品」を作っているなんて想像すらしていないかもしれません。また博物館がイベントのカタログも制作中ですので、間に合う場合は展示作品と作者の紹介も載せたいと言う希望があるそうです。どれぐらいのページをいただけるかわかりませんが、二度とあるかないかの機会ですので、我はと思う方は奮ってご応募ください。(締め切りの都合上、またはページのスペースの都合上により全作品が掲載できない場合もあります。なるべく掲載してもらえるように頑張りますが、ご了承ください)詳細がまだ決まっていないため、わかりにくい告知で申し訳ありませんが、日にちがあまりないため、また準備を進めていただくためにどうぞご理解くださいますようお願い申し上げます。内容は会議で決定次第、ブログやtwitter、Facebookのページ「トルコキリムとイーネオヤの店ミフリ&アクチェ」で告知していきますので、(fecebookで野中幾美とお友達になっている方はそちらでも確認できます)どうぞ見逃さないようにお願いいたします。作品は額装、ケース、骨董品のオブジェ等との組み合わせなど、作品として完成した状態でご用意くださると助かります。作品の出展は何点でも無料です。9月26日の午前中までに会場に持ち込むか、どなたかいらっしゃれる方に委託してください。また7月のオヤツアー、オットマン刺繍ツアーに参加される方はブルサ到着時に私に預けてくだされば、当日まで大切に保管いたします。作品を出展希望される方は、必ず事前にお申込みをお願いいたします。その際に作品が完成していれば、作品タイトル、画像、作者名(作家名で結構です)、素材の種類とメーカーなどをお知らせください。作品を9月に持ち込まれる場合はとりあえず予定の作品点数とお名前だけで結構です。作品が完成した時点でデータと画像をお送りください。作品タイトル、作家名などを記したカードを制作するために必要です。シルクの町ブルサでの開催のため、シルクがテーマのオヤフェスですので「シルク糸使用が推奨」ですが、絶対ではありませんので、ナイロン、ポリ、人工シルク作品でも構いません。また作品は出さないけれど、イベントに参加したいという方も事前にご連絡ください。ワークショップ、講演会、交流会をはじめ、無料のバスツアーに参加できるようにリストにお名前を記載させていただきます。それからまだ確定ではないのであくまで予定としてのお話で申し訳ありませんが、会場に販売コーナーを設置することも可能です。イーネオヤに関する著書、キット、作品などを手数料なしで販売していただけます。こちらも価格表示のことなどがありますので事前に内容とおおよその点数、価格、できれば画像のリストをお送りください。ブルサの会場へは慣れている方なら自力で来れないこともありませんが、9月26日の早朝着のトルコ航空に合わせて、アタチュルク空港からツアー会社に送迎バスを手配する予定でいます。ブルサの会場には9時前には到着する予定です。面倒な乗り換えや待ち時間もなく、荷物ごと時間の無駄なくスムーズに来れますので、ぜひご利用ください。1台の料金を利用者数で頭割りしますので人数が増えるほどお安くなります。こちらもご希望の方はご連絡ください。また26日着以外のフライトでトルコ入りをされる方で、26日以外に送迎を希望される方もご相談ください。26日にオープニングとカクテルパーティ―があります。(時間帯が未定です)主要ゲストもお招きしていますので、ぜひ交流の機会にご利用ください。日数に余裕があって自力で来たい方には、ルートの詳細をお教えいたしますが、運行スケジュール、チケットの手配などはご自分でお願いいたします。ご招待客のホテルは定員に達しましたので、ご利用いただけませんが、ブルサのホテルの手配やご紹介も可能ですので、ホテルが必要な方もご連絡ください。※すでにメールやメッセージなどでご連絡いただいている方は私が把握している分に関しては改めてのお申込み不要です。確認のためのご連絡は歓迎です。--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 18, 2018

先々週の話ですが、トルコの身内に不幸がありました。昨年末には日本の身内にも不幸がありました。日本のお葬式には行けませんでしたが、トルコのお葬式でそれぞれを思い、それぞれの魂が天国で安らかに眠れるようにお祈りしました。無宗教者なので自分なりの方法で、ですけど。宗教や習慣が違ったとしても、残された者の悲しみや亡くなった人への祈りはきっと人間である限り、変わりないものだと思っています。私的感情はとりあえず置いておいて、今回のトルコのイスラム式お葬式を身内の側からご紹介します。きっとトルコ国内でも地域や家庭によって異なるのだと思いますが、アンタルヤは市が全て無償でやってくれますので、その指示通りに動いただけ・・・ともいえます。死亡が確認されると家族に死亡証明書が渡されます。今回は病院で亡くなったので病院が出してくれました。市の墓地に連絡し、埋葬日を相談します。遺体を病院から墓地内にある霊安室(冷蔵庫)に移送します。場合によっては家だったり、病院の霊安室にそのまま置かれることもあります。その間の霊安室、霊柩車は市の管轄で全て無償です。市に連絡を入れた直後に、家に大きなテントと、テーブルとイス、チャイマシン、紙コップなどがトラックで届けられました。弔問客のために必要なものです。さらにご近所さん、お友達が大鍋に料理を作ってどんどん運んできます。なんでも故人の家族は3日間は家では料理を作ってはいけないそうです。何か理由があってというより、悲しみと忙しさの中、せめて食べるものぐらいは周囲の人たちで支えようじゃないかという考えなのだと想像します。市からも肉入りピデとアイランが箱に入って届きました。おかげで弔問客に振舞ったり、家族・親族でいただいても十分な量で助かりました。ただし、家族は悲しむ暇もないぐらい忙しかったです。弔問客が深夜1時2時までは当たり前、ちょうど断食月の真っ最中ですので、そのまま3時頃に食事を取りますので1週間は家に帰れるのは4時とか5時でした。埋葬の当日、まず、墓地に所属する洗浄専門のイスラムのお坊さんにより遺体が清められます。洗浄する前に近親者や友達が最後のお別れをします。妻を亡くした男性の場合、これが故人の顔を見ることができる最後の機会になります。ただし夫を亡くした妻の場合は、洗浄後も顔を見ることができます。これについては後ほど説明します。洗浄には身内から代表者が1人立ち会います。立ち会う人は身体を清めて部屋に入ります。ホースの水で故人の身体を洗浄し、バラ水で香りをつけたそうです。肛門に綿を詰めます。終了すると、洗浄部屋で身内による身体に水をかける儀式があります。布を1枚かけただけの身体に、ホースで首から下と足先まで水をかけましたが、これには洗浄を手伝ったとか、故人を送る意味があるのだと思います。今はホースですが、以前は水がめや桶などを使ったのだと思います。この時、水をかけるのは子供や孫たち、血縁関係のあるもので(嫁も希望すればOK)、妻を亡くした男性の場合、妻が亡くなった瞬間に婚姻関係がなくなるので、妻でない裸の女性を見ることはできないそうです。宗教上の理由ですがそのまま慣習となっています。逆に夫を亡くした妻は中に入れるそうです。というのも宗教上、夫が亡くなっても女性は4か月と10日間は婚姻関係が続くそうです。だから夫である男性の裸は見てもいいそうです。故人は布に包まれた上で、棺桶にいれられて、いわゆる葬式が行われるモスクに移送されます。モスクではお棺をモスク内に安置し、参列者はモスクの外でお坊さんのお祈りに合わせてお祈りをします。前方で参列できるのは男性で、女性は後方で祈るか見守ります。モスクのお坊さんへのお礼などはしません。お給料で働く公務員だからです。心付けを渡す場合もありますが、基本的にはお金を介入させてはいけない教えです。その後、再度墓地に移送します。墓地は市町村により異なりますが、アンタルヤのような都市になると場所が限られるため、なかなか確保が難しいです。ちなみに自分の近い将来のことを考えて管理所に聞くと、空きがあれば2人分のファミリー墓地スペースが22500TL(現在のレートで約57万円、現在のトルコの最低賃金が1635TL=約4万円)。数年前のレートから考えると200万円台の感覚なので、都市部では日本でお墓を買うのと金額的に変わりありません。土葬ですからお墓が1つあればいいというわけではないので大変です。もし本人が希望して、遺産相続人の反対が1人もなければ、10年以上経過した墓の上にもう1体埋葬することは可能だそうです。墓地を購入する費用がない人には、埋葬のための場所を市が提供するそうです。墓地には異教徒用、無縁仏の区画もありました。また以前は異教徒は埋葬場所が別で、たとえ夫婦でも並んで永眠できませんでした。外国人の妻のことを考えて同じ場所に埋葬できるようにファミリー墓地スペースを購入していたトルコ人の男性。いざとなったらムスリマンでないという理由で奥さんの埋葬許可がおりず泣く泣く異教徒用の場所に埋葬したという出来事がありましたが、今はファミリー墓地であれば、異教徒でもイスラム教徒と並んで埋葬できるそうです。義父の墓は以前に一族で購入しておいた48人分の場所がありましたので、そこを掘ってもらいました。穴掘り料金は墓地の管理所に150TL(現在のレートで約3750円)支払います。霊柩車が墓地に着くと、一緒に移動してきた参列者の男性たちによってお棺が運ばれます。お祈りを唱える墓地所属のお坊さんが待機していて、お棺から故人を出し、掘った穴に身内が運びます。顔の部分にあたるところには大きな石で土がかぶさらないように屋根を作り、故人を寝かせたら、その上にも空間を作った状態で石のプレートを被せます。穴の中に石棺を作ったような状態です。身内から始まって、参列者の男性たちが順番にスコップで土をかけていきます。最後に盛り土をし、周囲を石で囲んで、石碑の代わりの木の板に書いた個人の名前と生まれた日、亡くなった日をマジックで書いて上に刺します。頭の方の木の札には白い布を巻きます。墓石は6か月から2年以内に建てるそうです。埋葬が終わると男性たちは後方に下がるか帰っていきます。そのあとに遠くで見守っていた女性たちが墓の周囲に集まり、それぞれに祈りを捧げます。翌日から数日間、家族はお墓参りをしに墓地まで出かけます。盛り土の上に緑を植えたり、水をかけたり。代表者が、または個々にお祈りをします。翌週からは週に1度、金曜日にお墓参りに行きます。さらには毎年、亡くなった日、バイラムの日などにお墓参りに行くそうです。そうしてゆっくりゆっくり故人とお別れしていくのです。1週間後をメドに故人の名において食事を振舞う会が行われる場合もあります。家の前の道路を閉鎖してテーブルとイスを並べ、大鍋で300人~分の料理を振舞ったり、ピデなどを配ったりします。地方での場合は少し安くなりますが、300人分のデリバリー(煮込み料理、ピラフ、ヨーグルト、サラダ、チャイ)を頼んで3000~5000TL(約7万5000円~12万5000円)が相場です。ピデとアイランなら300人分で約2万円ほどの出費です。テーブルや椅子や日除けテントは、葬式の時同様、市が無償で提供、運んできてくれます。お葬式などが終わって落ち着く間もなく、実務的な手続きに入ります。死亡届は病院から直接戸籍課に送られます。他の人の書類と一緒にまとめて送られるため1週間から10日間ほどかかるそうです。死亡届が受理されると戸籍に死亡の文字が入ります。その通知が入ったら、公証役場に行き、オンラインで戸籍を出してもらった上で財産相続人の連名で死亡の告知をします。それを元に銀行の預金、借金の内容請求、水道や電気、電話の名義変更、年金の受取人変更、財産分与などが行われます。もし故人が生前に公式な遺書を残していた場合、弁護士ではなく公証役場で保管されますが、財産相続人が確定された状態ではありませんので死亡告知ができません。その旨を裁判所に申請し、遺書を元に財産分与などは裁判の決定を待ちます。また故人に家族の知らない隠し子がいた場合なども同様のようです。家族内の審議だけだと、女性の立場が弱かったり、知識がないまま不利な状態に陥ったりするのを防ぐために司法が家族の財産分与に強制的に介入するのだと思いますが、なかなかシビアです。お葬式に関する一連の行事は終わりましたが、本当に大変なのはこれからです。いろいろな手続き、簡単なようで細かいことがたくさんあります。公務員のお休みは、親の場合、亡くなった日を含めて1週間ですが、死亡届が戸籍課に受理されるのにそれ以上かかるので、実際はさらにお休みを延長して手続きに奔走です。たくさんのお悔やみの言葉をいただきました。大変遅くなりましたが、この場をかりてお礼を申し上げます。ありがとうございました。タイトルの「メキャヌ・ジェンネット・オースン」はトルコ語のお悔やみの言葉の一部で、故人の行く場所が天国でありますように(天国で安らかにお眠りください)の意味です。--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 8, 2018

9月26日~30日にブルサのテキスタイル博物館で開催される国際イーネオヤフェスティバル(オヤフェス)トルコ国内の大学、博物館、大使館へはもちろんですが、海外のイーネオヤコレクター、研究者などにも声をかけていますので、国際の名にふさわしいイベントになるかと思っています。そこでガツンと日本人のイーネオヤ魂と愛を表現したいと思います!?各種ワークショップ、専門家による講演会、もしかしたら販売スタンドもあるかな?個人的に、もしくは仕入れに、わざわざ情報の不確かな各地まで行って探さなくても、1か所でいろいろ買えちゃうかもしれません。逆に販売スタンド出したい人は出店可能です。(もし販売スタンドが立つ場合ですが・・・。)当日、博物館内の日本人のオヤ作品展コーナーに、作品展示のために、もしくは、たくさんのイーネオヤに会いに現地に来たいなあ・・・・という方がいましたら、ご招待客リストに入れますので、ぜひご連絡ください。市が提供してくれるホテルの確保に必要になります。(既にご連絡済みの方は必要ありません)オヤ作品はイーネオヤ本来の素材であり、シルクの町ブルサにちなんで「シルク」推奨ですが、絶対シルクじゃなきゃいけないってことはありませんよー。なんとなく私の中で、トルコで失われてしまったたシルクへの回帰を願って、ほらっ、日本人もシルク使ってんだよ~、って刺激を受けてもらえたらなあ・・・って気持ちがないわけじゃないのですが。持参される方、お預けになる方は、額装、またはケースなどを含めて、どんなオブジェとしてでも構いませんが、そのまま展示できる感じで用意していただけると助かります。作品として完成した形の方がよりトルコの人たちに伝わりやすいかと思います。返却に関しましては、お持ち帰りになれない場合は、送料は負担していただいた上でこちらから日本へ発送できますのでご安心ください。その他、作品はないけど、見に行きたいとか、お手伝いしたいとか(あんまりやることはありませんが・・・)、5日間(私と一緒に?)ずっといたいとか、ついでにブルサ観光もしたいとか、何かありましたらどんなことでも結構です。ご相談メールをお待ちしております。でも可能な限り、作品出してくださいねー。またお教室や有志でグループ参加も大歓迎です。ホテルの部屋数などに限りがありますので、リスト入りはお早目にどうぞ。※現在、オヤフェス参加ご希望の方が多数いらっしゃいますので、場合によっては団体で航空券と、イスタンブルの空港からブルサの会場までの送迎を含めた手配も考えています。イスタンブルのアタチュルク空港からブルサの会場まで自力で来れないこともありませんが、地下鉄ー長距離バスー市内バスなどが行先、発着時間、チケット購入などが慣れていないと難しいかと思いますので、荷物ごと会場まで連れてきてもらっちゃうのが時間のロスも少なく一番簡単かな・・・・。いや、自分で来る! と言う方で、展示作品を提出される方は遅くとも26日の朝までに着いてくださいね。ホテルは26日チェックイン、30日(もしくは10月1日)チェックアウトまでの何晩でも提供させていただきます。事前に招待客リストへの登録が必要です。他、どんなことでも、なんでもメールにてご相談、お問合せください。野中幾美メール → ★--------------------------------------------------------------------10月21日ー27日のトカット滞在のイーネオヤ&バスクツアーにもぜひご参加ください。トカットツアーのお問合せは旅工房さんの秘境専門デスク TEL 03-5956-3148 まで。オヤフェスのお問合せ・出展参加お申込みは私まで → ★よろしくお願いいたします。-------------------------------ミフリのショッピングサイトはコチラ↓ミフリ&アクチェにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 その他・全般ランキング
June 3, 2018
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