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Danjoseの花歳時記:外国編ーサンティアゴ巡礼街道(2)1日20~30キロを歩く巡礼の野道。その3日目はリオハ。スペインで一番良質なワインができる葡萄の産地。葡萄やオリーブ畑の丘陵地が続きます。 (リオハの葡萄畑)じりじり照りつける炎天の道。ほとんど木立のない麦畑の野道。ただひたすら歩く、歩く野道。巡礼街道。 (リオハの野に咲く花)そんな野道の清涼剤は、菜の花とケシとエニシダの咲き乱れる野。鮮やかな紫のアザミの群生。照りつける炎天で荒々しく野に群れて咲く。(鮮やかな紫、アザミの群生。写真状態が悪く、紫色がきれいに出ていないのが残念!)薊(アザミ)の花は干されて、その昔、布を毛羽たてるのに使われた。「ラシャかきぐさ」の名をもっていたりする。そして又、15世紀の建造物の柱頭の飾りにもなったアザミの葉。スコットランドとイングランドの戦いの時、スコットランドを勝利に導いたという伝説のアザミ。スコットランドの国の花、アザミ。ヨーロッパの昔の人々の暮らしのなかで共に生活し生き続けてきたアザミ、今に、そのいのちをバトンタッチして世界から集まってくる人々の行き交う巡礼街道で、人々の目を奪い、心をなごませて、炎天のスペインの空に咲く。 (炎天に咲くアザミとケシ) 花の名一口メモ : 薊(アザミ)アザミの仲間は、地中海沿岸、北アメリカおよび東アジアなど暖帯から寒帯まで広く分布し、約250種ある。日本には60~70種も日本各地に生育している。初夏に咲くのは「ノアザミ」だけで、大部分は夏から秋にかけて咲く。アザミの名は万葉集には見当たらず、10世紀初頭の「新撰字鏡」に「阿佐弥(あさみ)」と出る。語源には諸説があるが、葉のギサギサの切れ込み「キザ」から「ガサ」がおこり、さらに「アサミ」に転じたもの。「ミ」は実のことであろう。アザミの葉は食用として、塩茹でにして水にさらし和え物や炒め物に、ゴボウのように香りのよい根はキンピラなどに美味しい。生薬として根を水洗いして天日に乾草させたものは、「薊(ケイ)」と呼ばれ、血圧降下作用、利尿、解毒、止血に、強壮剤としては月経不順、子宮筋腫、鼻血、などに用いられている。ヨーロッパの「薊の歴史」はフランスの「Grand Larousse」から引用しました。写真のスペインのアザミもフランスのノアザミ(chardon des champs)と同じではないかと思いますが、特定は避け「アザミ」としておきます。間違いあらばご指摘ください。いずれにしても、鋭いたくさんのトゲが葉や茎にあり、近寄りがたいアザミですが、色々な効用があるのには驚きました。長い歴史のなかをたくましく生き抜いてきたアザミだとわかりちょっと感動。私は生け花の花としてのアザミが好きですが。秋のサンティアゴのアザミは枯れて野に立つ。
2006.06.30
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「思い出づくり」の子育てや教育は、どんな子どもを作り出しているか。 私が、この数年耳にする言葉でとても違和感を持っているのが、若い世代が頻繁に使う「思い出」という言葉である。「楽しい思い出になった」とか「思い出づくりの修学旅行」とか「留学を楽しい思い出に」とか枚挙に事欠かないのである。 (ネム木の花)1昨年、中日ドラゴンズが落合新監督の下、世間の予想に反して、セリーグ優勝をしたことがあった。その時のテレビニュースの街頭インタビューで、今風の身なりで、バカっぽい女子高校生が「とてもよい思い出がつくれました。」と答えていた。「えっ、思い出?自分が優勝したのでもないのに。たかが観戦者のひとりじゃない。しかもこの子ども、野球のことどれだけ知ってる。」この時以来、私は若者たちが「思い出」と言う言葉をどのように使っているのか注目してきた。 最近、わが家に回って来た回覧板のなかに、この地域の小学校(わが家の子供たちも通った学校)の「絆」という通信のようなものが入っていた。その「絆」には5月に行われた5年生の野外活動の記事が掲載されている。この通信の「記事」を読んでとても驚いた。「思い出」という言葉の連発である。その一部を原文のまま紹介してみることにしよう。野外活動 5月16日・17日誓いの言葉 (児童代表) : この2日間、みんなで力をあわせて、楽しく思い出に残るキャンプにすることを誓います。お礼の言葉 (児童代表) : 昨日、今日といろいろお世話になりました。この野外活動センターでいろんな思い出がつくれました。みんなで協力してカレーを作ったり、夜にはテントでみんなと寝たり、体験活動をしたり、みんなと協力し合ったことや楽しかったことがきっと小学生活の立派な思い出になることと思います。この2日間いろいろありがとうございます。このキャンプで学んだことをこれからの生活にいかしていきたいとと思います。これらの短い「誓いの言葉」と「お礼の言葉」の中で、3回「思い出」という言葉を子どもは使っている。「誓いの言葉」の「思い出」と言う言葉は文脈的に自然であり、違和観はない。ごく枕詞的に使っているとも考えられる。しかし、「お礼の言葉」の「思い出がつくれました。」とか「立派な思い出になると思います」というのには驚かされる。10歳余りの幼い子どもが「思い出」づくりのためにキャンプをしているのだろうか。この事実は、今の教育のありよう、子育てのあり方の本質的な部分で何が起きているか、何が問題なのかを浮き彫りにしてはいないだろうか。 広辞苑では「思い出」の意味を《1.前にあった事柄で深く心に残っていることが思い出されること。また、その事柄、また、そのきっかけになるもの。2.後々まで思い出して楽しくなること。また、そのさま。》と定義している。 私自身の60年余りの人生を振りかえってみて「心に深く残ったこと」を思い描いてみれば、小学校時代の修学旅行や野外活動など、一生懸命思い出そうとしてもあまり「思い出」としては蘇ってこない。「生きる」ことには、それ以上に面白いことがあり、苦しいことがあり、悲しいことがあり、楽しい事がありで、今から振り返れば、この面白い人生の大人の時代には、こぼれんばかりの「思い出」がある。 幼い時代の思い出といえば、「毎日、毎日、退屈なスローに流れる時間のなかで、草花や虫や川と親しんだ日々」が思いだされる。しかし、このようなものは「思い出」として残っているわけではない。無理やり思い出しているだけだ。この幼い無自覚の日々は、後の大人へと成長していくときの土台になっている事は確かであるが、それ以上のものではない。思い出などというものではない。 そもそも「思い出」などというものは、後になって、振り返って気づくもの。「思い出」づくりの為に行ったことのある場所や、おこなった事柄などは、長い人生のなかで消えうせてしまう代物ではないか。 思い出のために生きる人生、しかも幼い子どもが思い出を意識して行動する「活動」で、ほんとうに子どもは成長できるのだろうか。見せ掛けの、格好だけをとりつくろう、それは人生にしかならないのではないか。「思い出」などを作ろうとしなくとも、その人が懸命に自分と闘い、学び、現実を切り拓こうと真摯に生きているなら、「思い出」は溢れんばかりに、その人のなかに詰まっていくもの。しかも、「思い出」を振り返るのは「死の間際」で十分だ。 「思い出作り」のために「結婚」をして、「思い出作り」のために「子どもを作り」、「思い出作り」のために「家族旅行」をして、あげくのはてに「子どもはいつまでも親のスネカジリ、いわゆる無業者」親も「どこまでも子供にくついて生きていく。」その結末が、親が子を殺す、子が親を殺す、それでThe End 。これが「思い出づくり」の教育、子育ての行きつく先ではないのだろうか。 サッカーワールドカップのサポーターとかいう若者の狂騒と一指乱れぬ統制の応援も、思い出作りのため?日本国中が、たかがサッカーのために大騒ぎ、サッカーのこと知らぬ人間もお祭り騒ぎのひとりとなって、負けはどうみても確実なのに、テレビの解説者まで「奇跡が起こる事信じる、勝ちあるのみ」などと国民をあおっている。これって、戦局は負けとわかっているのに、「お国のため、天皇のため」と戦争に駆り立て、物言う国民を非国民としたあの時代とどこか似ている。テレビのすべての局がサッカーを騒ぎ立てる。マスメヂアが思想動員している。若者にとっての、これも思い出作りの片棒かつぎの役を担っている。ドイツまで応援に行ったサポーターの若い娘が、テレビのインタビューで「負けて残念ですけれど、でも選手は良く頑張りました」と答えていた。これには開いた口が塞がらない。恐れ入る。自分をジーコ監督と錯覚しているのか。こういう若者を作り出しているんのが「思い出つくり」の教育ではないのか。その間に、国民の生活を狂わせるような重大な状況が影で進行している。ほくそ笑んでいるものがいる。浮かれているのは、貧しい民人ばかりとならぬように。「思い出作り」に浮かれている場合ではない。「思い出作り」は生きるとは無縁のことだ。
2006.06.28
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Danjoseの花の歳時記・外国編ーサンティアゴ巡礼街道(1)キリスト教文明が最も栄え、花ひらいた中世ヨーロッパ。サンティアゴ・デ・コンホステラ(Santiago de Compostela)、スペイン北西部・ガリシア地方にあるこの宗教都市は、11世紀以来ヨーロッパ中の巡礼者の集まる一大巡礼聖地として栄え発展した。千年を経た今も尚、この都市には、ヨーロッパは勿論のこと、世界中から巡礼街道を徒歩で、自転車で、数百キロメートルの道を旅して巡礼者たちが集まってくる。Danjoseの歩いた巡礼街道、パンプローナからコンポステラ420キロメートル。その道々で出あった花々をシリーズで掲載します。先ず1日目、パンプローナから巡礼の旅は始まりました。青々と広がる麦畑、その一画にケシの花が混じりあいはてしなく広い空間に青と赤の絶妙なコントラストとなる。(ウテルガ;麦とケシの続く丘)雨が降ればぬかるみ、風がふけば土埃が舞う野道歩く足にやさしい弾力のある土の道現代の都会が、そして農村さえも失くしてしまった泥の道旅する人がそれぞれの思いを抱いて日照りの道を、嵐の道を、雨降る道を踏みしめて、今日も歩き続ける(リオハの野道:Riojaはスペイン一のぶどう酒の産地、日本のへの輸入もこの産地のものがほとんどである)(リオハの野道:ケシの花咲き乱れる道)(菜の花と芥子)菜の花と芥子が共演して咲き乱れる野、5月の巡礼の道。千年の古の巡礼者たちもこの花々をみていたか。ケシは千年のいのちを今日に受け繋ぎ咲き誇っているのか。花の名一口メモ : ケシ(芥子)芥子(ケシ)の原産地はトルコなど地中海沿岸地方。新石器時代のスイスの湖上住居遺跡から、食用にされたらしいケシの果実と種子が出土している。ギリシャ時代には、すでに果実の催眠性が知られていた。ケシの名は「芥子(かいし)」から由来したが、中国の本来の芥子はカラシナの種子である。日本には平安時代にもたらされ、ケシの種子を焚いてその香りを衣服に移したことが「源氏物語」に載っている。江戸時代には観賞以外に、若菜を野菜として、種子を炒って食用とした。現在日本はその栽培が観賞用としても禁止されており、庭でも勝手に個人が栽培できない。
2006.06.26
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与党「改定案」について小論(その2)6/20のブログで1)自民・公明党の「教育基本法改定案」の改正の論拠は何か、について考えてみた。今回から具体的な条文を検討することで、改定案が目指しているものは何かを考えたい。2)与党の「教育基本法改定案」の前文は何を削り落としたか。現在の教育基本法は全11条で、きわめて簡潔で明快である。現行の「教育基本法」前文と与党の「改定案」前文は次のようである。現行の『教育基本法』前文: われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざす教育の普及徹底しなければならない。 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。与党『改定案』の前文: 我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家をさらに発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。 我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。 日本国憲法の精神にのっとり、わが国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。 この二つの前文は一見して余り違いはないように見えるかもしれない。しかし、日本の近代史のなかでこの前文をつぶさに読んでみるならば、180度回転した世界観がそこには垣間見えるのである。すなわち、現行の教育基本法の前文が、冒頭に日本国憲法のめざす理想、理念の実現をめざして、教育は行われることを願い、その理想の実現は、根本において教育の力に待つべきものと言い切っている。力強い決意がみなぎっている。新しい教育の基本を創造していくことへの希望に満ちている。与党「改定案」は、現行のこの冒頭部分、「日本国憲法の理想の実現は教育の実現に待つべき」という部分を削除した。この憲法との絶縁が「改定案」全体の基調である。この部分の削除は何を意味するか。子ども観の根本的な転換である。 今回の教基法の改訂の先頭にたってきた森善郎前首相は、5月11日の朝日新聞紙上のインタビューで、現行の教育基本法のもとでは《…こどもたちに心の大切さを教えられないことが問題だ。教組はそういうことが書いていないと現行法を逆手にとり教えてこなかった。改正案には「道徳心」や「公共の精神」が盛り込まれた。規範が入ることで、国旗掲揚とか国家斉唱の時の立ち居振る舞いを含め、先生は子どもの心身の発達過程に応じて教え込んでいけるようになる。》と述べている。 あからさまの言えば与党の改定案の「公共の精神」とは、子供たちは無知で馬鹿な存在なので、大人(教師・親)が「道徳心」を教え込まなければ、子どもはまともな大人になれない。だから「国家」が掲げる「道徳」をこどもの身体に浸み込ませるべく学校はつべこべ言うな。国の云う通りにやることが「公共の精神」に素直なよい教師、よい生徒ということなのだ。 学校や親たちが「よい子」とレッテルを貼っている子供たちが、どんな子どもに育っているか。どんな大人に成長しているか、すでに実証ずみの部分も多々ある。「よい子」が悲惨な事件を起している。「よい子」が思春期や青年期に「乗り越えられないほどの」危機的な状況に追い込まれている。これは、森善郎前首相たちが推奨する、教基法を形骸化して、国家が目指す教育の中で作り出してきた子供たちなのだ。このような子供たちをさらに従順なロボットに仕上げていくのが「改定案」の基本的な教育の姿勢である。子どもは「学ぶ」ことを通して、自らの心を育て成長していく。知性を豊かに育てることが「心」を育てること。そのためにも子どもは教育を受ける権利を生まれながらにして持っている。そのような「学び」を否定し、上から一方的に知識を注入することを学校に担わせるのが与党の「改定案」である。では「改定案」はどのような子ども像を、教育の目標にしているか。次回は、「改定案」の第1章第1条;教育の目的。第2条;教育の目標を通して、具体的に読み解いていきたい。《この記事を書いている最中に、奈良県田原市で、両親が医師の家庭の高1の息子が、自宅を放火して、母親と兄弟2人を殺害したという、家庭内殺人事件が起きた。この事件は「学ぶ」とは何か、勉強するとはどうあることかという点で色々教訓に富んでいる事件である。この息子は、有名な中高一貫校に通っているという。その学校がこの事件のことを学校放送を通して生徒に知らせた様子が報道されていた。校長が報道内容をそのまま伝え、その上で「学習リズムを崩さないで頑張って欲しい」と生徒に呼びかけたという。この校長の生徒への呼びかけが、この学校の存在理由をすべて物語っている。これが今、権力の側にある人々が推し進めている教育「勉強する」ことの姿なのだ。学ぶことが『心』の涵養には結びつかない学び。余りにお粗末。ひどすぎる。多感な青年期の生徒たちに学校教育の長が言う言葉がこれであるとは、恐ろしい。寂しい限りだ。このような生徒や教師に国歌を斉唱させ、国旗に敬礼させることで、真に民主的で文化的な国ができるというのか。真に郷土を愛する大人が育つと言うのか。お題目をとなえさせれば、生徒の人としての心が育つと言うのか》
2006.06.25
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千葉県松戸市にある本土寺の紫陽花と花菖蒲が、今、見事に咲き誇っています。(あじさい寺とも言われる・本土寺の御堂と紫陽花)本土寺のHPには、本土寺の住職;河上日順貫頭の法話が掲載されています。明治の廃仏毀釈、戦争、戦後の経済至上主義のなかで、本土寺は極度に荒廃した寺であった。その荒れ果てた寺を、時代の流れに抗して、復興再建され、寺を花の浄土にしようと苦闘されてきた貫頭の法話が掲載されております。(花菖蒲が咲き誇る庭)今日のこの紫陽花や花菖蒲のみごとな楽園は、そのような長い苦闘の歴史のなかで創り上げられてものだと知り私はとても感動いたしました。(紫陽花と花菖蒲の共演する境内)いのちを受け継ぎ生きることの意味をその花々の楽園は静かに私たちに語りかけています。そして、平和であることの意味、その大切さを思い巡らす時間を与えて下さいました。(紫陽花の見事な群生)(写真の背景の竹林は、寺が宅地開発から守り、現在の見事な景観を保存したもの)本土寺の境内は春は桜、秋は紅葉と四季おりおりの自然がみごとな美を織り成して、人々のこころを和ませ、生きる力を与えてくれことでしょう。その自然を日夜守り育てている人々がいることを忘れないでいよう。
2006.06.22
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ハンゲショウ(半夏生) 今日は夏至この地方は太平洋高気圧に覆われ真夏をおもわせる日。気温はぐんぐん上昇中。天気予報は午後には30度を超えるだろうと報じている。夏至から11日目にあたる日を「半夏生」という。半夏生の頃に咲く花「ハンゲショウ」 (上部に半分白くなっている葉がみえる。この白が群がってとても涼しげ)曲がりくねった坂道で、突然に視野が開けた。その向こうに、「ハンゲショウ」がその白い葉っぱをじりじり照りつける太陽に向けて群生していた。とても涼しげで、「おやっ」という意外な感が、小さな驚きとなる。 (花の名一口メモ)ハンゲショウ(半夏生): 夏至から11日目の半夏生の頃に咲くためこの名がある。上部の葉が半分白くなる。別名、片白草ともいう。白くなった葉は昆虫の誘引効果がある。群生しているハンゲショウは白い葉っぱで上部が覆われているようで、涼しげである。花はドクダミと同じくシンプルで、雄シベと雌しべだけで花びらやガク片はない。雄しべ3本と雌しべ1本が基本単位となり、この単位の繰り返しで花序となる。この花は「ハンゲショウ型の花」といわれ、被子植物の花の進化を解き明かす鍵になっている。ドクダミ: 花びらのように見える4枚の白いものは総苞片(そうほうへん)で、花弁はなく、塔状に重なり合う雄しべと雌しべがセットになって小さい花を形成する。花は、ハンゲショウと似たつくりであり、植物の進化の上で生きた化石と言われている。 (ドクダミの花序・白い4枚のものは花びらでない)
2006.06.21
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通常国会が閉会となり、与党が提出した「教育基本法改正案」は秋の臨時国会への継続審議となった。教育基本法が変えられてしまったら、日本の教育や子供たちの未来はどうなるか。そもそも、何故、今、教育基本法を変えなければいけないのか。教育基本法改正問題の本質は何かを3回連載で考えてみたい。[1] 自民・公明党の「教育基本法改正案」の論拠は何か。公明党は、教育基本法改正の理由を公明新聞(5月12日)で次のように述べている。「1947年の施行以来一度も改正さておらず、60年経って、高校や大学などの進学率が飛躍的に上昇、不登校や学級崩壊、児童虐待、ニート、フリーターの増加など青少年を取り巻く社会環境や教育現場が大きく変ったから改正が必要である」自民党は「自由民主」(2003年2月25日号)で、このように述べている。「これまで一度も改正されていない。この間、核家族化・少子化の進行など、社会状況は大きく変化し、高校・大学進学率の著しい上昇など、教育のあり方も変容しており、時代に適応しきれていない。」「自分さえよければという自己中心的な子どもが増え、国民での間の自己喪失、モラル低下、青少年による凶悪犯罪の増加、学力の問題も懸念され、教育現場では、いじめ、不登校、学級崩壊など、深刻な危機に直面している」だから法改正が必要である、なのである。この自民・公明党の改正の論拠は、現代日本をとりまく社会環境の変容により、子供たちの問題は、現在の教育基本法による教育では解決できなくなっている。学校が現行法で運営されることで混乱に直面している。だから法改正が必要である、とまとめていいであろう。本当にそうであるか。学校が直面している問題が解決できないのは、現行の教育基本法に問題があるのか。教育基本法の精神が学校教育の実践のなかで、過去、現在にわたって、本当に実現されてきたであろうか。ほんとうに実現する為に教師たちは、日夜、苦闘しているだろうか。その上で、現代の子供たちの問題が発生しているだろうか。上に見る自民・公明の論拠は、この点から何らの検証もしていない。ただ、現実の日本の問題状況を羅列して、これは教育基本法に問題があったから、子供たちはこうなっているのですよ、と無知な国民をだます乱暴な論理である。そして、この詭弁的な論法は多く市民の共感を得ているから恐ろしい。教育基本法を読んだこともないし、学校でどんな教育がなされているか全く無知な人々の共感を得るに好都合な論法なのである。現代の学校が教育基本法を真摯に懸命に実践しているなら、子供たちはもう少し知的で倫理性がある子供たちが育っているのではないか。教師たちが日々教育基本法の精神の実現を目指し、苦闘しているとはとうてい思えない。日々の授業のなかで、生活指導のなかで、部活動のなかで、憲法の精神や、教育基本法の精神を血肉化して、子供たちを育ている、或いは教育実践している教師や親たちが、この今の日本にどれだけいるだろうか。大人たちの多くは、それと無縁の戦後日本が遮二無二ひた走ってきた消費文化の浪費と退廃のなかにいる。その影響をもろに受けているのが子供たちだ。子供たちが人として育たず、さまざまな問題かかえて苦しんでいるのは、教育基本法に基づいて行われている日本の学校に原因があるなどという論理を、教師や親たちは、本当に信じているのだろうか。日本の戦後の学校の歴史は、どうしたら教育基本法の理念を骨抜きにして空洞化できるかということに明け暮れ、そのために次々に方針を打ち出し、現場を指導監督し、強制してきたのが旧文部省だ。教育基本法の定める男女が人間らしく豊かに生きていくための教育の実現をなしくずしにし空洞化させてきた現代日本の学校が、今、目の前に存在しているのだ。その中で育ち、学校教育を受けているのが今の子供たちである。今の子供たちが自己中心的で堕落しているというのなら、むしろその原因は、教育基本法の実現を阻止し、形骸化してきたことにある。要するに法改正を実行しようと望んでいる勢力自体の倫理性の退廃や低さが、今の子供たちを作り出している。彼らの云う法改正とは、自分たちが推し進めた教育基本法の精神を骨抜きにしてきた戦後教育を、合法化するためである。自民党や財界が、時代の寵児ともてはやし、失意の若者たちの絶大な人気となったホリエモンや村上某は、教育基本法の理念が実現している学校教育が作り出したものか。断じてそうではない。教育基本法とは全く反対の思想から生まれた教育、子育ての産物だ。悲惨な労働条件で非人間的な屈辱を日々味わっていても何とも感じない、ただその瞬間、気楽に楽しく暮らせれば満足する大量の若者を作り出している現在の学校。村的な偏狭と保守のなかで満足している爺クサイ若者を大量に作り出している今の学校。彼らは、今、社会の底辺で淀み始めている。このような層が暴走して社会が混乱するのを恐れている人たちがいる。(それぐらいのエネルギーを持って欲しいのだが)このような人間像は、教育基本法の実現をめざす教育とは『全く無縁』な青年像である。このような若者は、戦後の文部省が推し進めた「教育基本法」を空洞化する学校から大量に作り出されたものだ。このような子供たちに困った支配者たちは、お説教で儒教的な道徳を身にまとわせ、自分たちの更に従順なロボットになるような教育をしなければ社会が立ち行かないことを敏感に感じ取っている。軍隊で鍛えるには軟弱過ぎて使い物にならない。この若者たちの根性を、儒教的なお説教で叩きなおさなければ自分たちの支配が危機的な状態に陥ると感じている人々がいる。現在、日本が直面している子供たちの育ちの危機は、自民・公明党が述べているような現在ある「教育基本法の改正」によって真に解決できるようなものではない。このような論理は、真面目に子どものことを考え苦悩して、日々教育や子育てにいそしんでいる人たちならすぐに分かることである。では、改正の「本当の目的」は何か。以下のように2回に分けて考えてみたい。次回、[2]教育基本法改正案の前文はどのように変更されているか。 この改正案の変更点は何を意図しているか。次々回[3]教育基本法改正案;第1章・第1条の教育の目的の意味するものは何か。 結論:未来をひらく教育とは。乞うご期待と言いたいところですが、、、さて。
2006.06.20
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空き地や道路わき何処にでもはびこって咲く花、ヒメジョオン。たくましい雑草、姫女苑. (Photo by Danjose)それでいて、初夏の涼しげな風に、頼り無げに揺れて咲くヒメジョオン。日本の明治の女のような姫女苑。 (Photo by fujiko)(川面に涼しげ揺れるヒメジョオン。この撮影の翌日には伐採されて跡形もなくなった) 私の散歩小道の至る所に、けなげに可憐に初夏を告げて咲いていたヒメジョオンが、草刈機で一網打尽になぎ倒され、刈り取られた。初夏の涼しげな風が吹き抜けていたヒメジョオンの野原は、今朝はなく、梅雨空の曇天から、むんむんする光がこぼれ、むき出しの地面から熱気がたちこめる。タケニグサ(竹煮草) 山を切り崩した巨大な宅地開発の、新しく作られた道路の街路樹の脇に、いち早く入り込んで根を張り、成長し始めると、根元からばっさりと刈取られてしまう運命のこのタケニグサ。厄介者のタケニグサ。去年も今年も、もう1週間したら、花が見ごろになるのでと写真を撮ろう、その前に、必ずばっさりなぎ倒されるタケニグサ。そう、今は草刈の季節なのだ。一網打尽に草刈機で、草のいのちは抹殺される。悪条件の中、何度も何度も芽をだし、懸命に伸びようとも抹殺される。人間の暮らしには邪魔だというただそれだけの理由で、人間の暮らしに快適でないというただそれだけの理由で、それでもタケニグサよ、また来年もこの場所に懲りずに芽をだせ。 (辛うじて伐採から逃れた一枝のタケニグサのつぼみ. ) (Photo by fujiko) 吹く風の葉裏へばかり竹煮草 井沢正江(なぎ倒されたタケニグサの葉っぱ) (花の名一口メモ)ヒメジョオン(姫女苑) : 明治時代の初期に、原産地、北米からの帰化植物。旺盛な繁殖力によって、都会の空き地や道路わき、中部山岳地帯1500メートルの車道沿いにまでみられる。可愛らしい名前に似ずたくましい雑草である。タケニグサ(竹煮草、竹似草) : タケニグサは崩壊した斜面などにいち早く入り込む先駆植物(パイオニア)の一つ。日本の自生種。夏の山道などでは、竹のように真っ直ぐ伸びて林立する巨大なタケニグサに出会う。葉や茎をちぎるとオレンジ色の有毒な乳液がでる。この液はタムシなどの民間薬として利用された。
2006.06.16
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ぐんぐんと梅雨空に伸びるタチアオイ(立葵) むくむくと立ち上る入道雲の真夏の空に真っ直ぐに立つ真っ赤なタチアオイ夏の強烈なエネルギーを 空に伸びる力に秘めて夏の庭を彩る立葵 (立葵のある景色) 日の道や 葵傾く さ月あめ 芭蕉立葵は入梅のころに、花を咲かせ始めて、てっぺんに花が行き着く頃に、梅雨が明ける。ぎらぎらと輝く夏の陽光を浴びてまっすぐに咲く。夏空に伸びて咲く。 立葵 咲き終りたる 高さかな 高野素十 ゼニアオイ(銭葵)銭葵 垣より伸びて 貸家あり 高浜虚子 (花の名一口メモ)アオイと言えば、古くは薬草として植えられたフユアオイを指したが今日では、タチアオイあるいはゼニアオイのことである。タチアオイ: 小アジア原産。古くに中国から渡来した。『枕草子』に「からあおい(唐葵・蜀葵)」の名がみえる。英語名;ホリホック。ホリホックはホリーホック聖地の略で、かって十字軍がシリアから持ち帰ったという説がある。学名 Althaea rosea;バラの花を咲かせる薬草という意味からきていると思われる。 ゼニアオイ: ヨーロッパ原産。江戸時代にすでに渡来している。
2006.06.15
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梅雨どきの静かな雨に長いオシベを濡らして咲く、ビヨウヤナギ(未央柳)。梅雨空には、花びらの明るい黄色とその長く繊細なおしべの束は、ひときわ浮き立ち美しい。人のこころを思わず明るくさせてくれる。 (Photo by Danjose)今、キンシバイ(金糸梅)が満開となっている。公園や散歩小道の植栽に、家々の庭からも、こぼれるように咲いている。灰色の空を背にして、明るい黄色があふれ、緑の葉っぱには朝露がころころときらめいていた今朝の散歩道 (Photo by Danjose)しなやかに垂れ下がり、群生してたわわに咲く金糸梅。人の背丈ほどにも伸びて、道行く人が一輪そっと手折り、ポケットに挿し入れて散歩する朝。 (背丈の高い金糸梅) (Photo by Danjose)「おはよう」という声に振り向けば、黄色の花の簪(かんざし)となって、長い繊細なおしべを朝の風ふるわせていた。朝の眠気から目覚めを呼び起こすヒペリクム。 (グランドに這うような背丈の西洋版ビヨウヤナギ・ヒペリクム) (Photo by fujiko)ヒペリクム・カリシナム馴染みのない名前。西洋版ビヨウヤナギと言うべきか。公園や街路樹のグランドカバー として、あちこちで今咲いている花。梅雨空に、地面に這いつくばって明るく咲き、みんなの心をなごませてくれる。(Photo by fujiko) (花の名前一口メモ) 未央柳(ビヨウヤナギ):中国原産で、江戸時代前期の貝原益軒の『花譜』(1694年)には「金糸桃」(びようのやなぎ)と記されている。この頃に渡来したと思われる。金糸とは、おしべが長く黄色いことによる。美容柳とも書かれる。 金糸梅(キンシバイ):中国原産で、江戸時代中期の宝暦10(1760年)年に渡来したという記録がある。中国では岩場や礫地にはえる。ビヨウヤナギとは同じ仲間であるが、オシベは花弁から余り飛び出さない。花は小型である。名は黄色いオシベが花の中央にまとまってつき、ウメに似た5弁花であることにちなむという。 ヒペリクム・カリシナム:原産地ヨーロッパ東部、小アジア。花はビヨウヤナギとよく似ているが、花弁はやや広い。放任しても背丈は、キンシバイやビヨウヤナギより高くならない。背丈は50センチメートルぐらい。近年日本ではグランドカバー植物として、広く利用されている。 このブログの掲載写真は、さて、この3種のどの花でしょうか。最近は園芸種として、品種改良でつくられた似たような花が多く、どれなのかよく未だに分かりません。ダンホセさんと冨士子婆が色々悩み、あれこれ調べましたが、調べるほどに迷路に入り込み、今、巷に咲いているものは、金糸梅のような花、ビヨウヤナギのような花に落ち着きました。散歩道や公園や皆さんのお家の庭に咲いているのは、さてどの花でしょう。
2006.06.14
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梅雨どきになると、アジサイの花が咲きこぼれていた生家の庭が、幼い日の思い出と共に蘇る。うっとしい梅雨空を背景に、淡い黄やピンクやブルーの大振りの紫陽花が群生する庭。いつもは日陰で目立たなかった庭の片隅が、梅雨どきになるとにわかに華やぐ。そこだけがぱっと明るい。雨にぬれた鮮やかな緑の葉っぱに、アマガエルがさらに緑になって、じっと止まっていたっけ。クリーム色から、ピンクへとそして淡いブルーにへと変幻するアジサイの色に、不思議の感に打たれていたあの幼い日。ゆっくりと雨の中でまわていた時間。やさしい懐かしい思い出が蘇る。アジサイ一口メモ(草木花・歳時記、朝日文庫より) (ガクアジサイ)ガクアジサイはアジサイの原種 で、房総半島、三浦半島、伊豆半島、伊豆諸島に自生しているのが確認されている。愛知県の伊良湖岬、高知県の足摺岬など海岸近くの暖地に野生状態のものがあると言われている。枝から均質の髄がとれ、かっては灯心に使われたので、ズイノキという地方もある。アジサイはこのガクアジサイと山アジサイの2種を親としてできあがっている。アジサイは日本原産の植物。アジサイの語源は『あづ(集める)さい(真の藍)』紫陽花と書くのは当て字で、白楽天の詩「招賢寺に山花一樹あり 人その名を知るものなし 色は紫色に花は香気を宿し(略) よりて紫陽花と名づく」によっている。最近、私の散歩道でよく見かけるこの白い豪華な花は「カシワバアジサイ(柏葉アジサイ)」という名前だそうです。今が見ごろと咲いています。(別名;ハイドランジア。Hydroはギリシア語の水に由来。西洋アジサイの一種なのでしょうか.珍しいので載せてみました。この写真:fujiko撮影)
2006.06.13
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2004年6月10日「9条の会」が日本国憲法9条「改正」の動きに警鐘を鳴らし、「改憲」のくわだてを阻むために一人ひとりのの努力をよびかけたアピールを発して発足した。 (アンネのバラ:花フェスタ記念公園にて)そのアピールを発した9人とは、1920年~30年代にお生まれで、少年期や青年期に戦争を体験され、その体験から現代の危機を世に問い続けておられる人たちである。(もし、神様がわたしを長生きさせてくださるなら、…わたしは世界と人類の為に働きます。アンネの日記より。多感な青春時代を息苦しい暗澹たる世界に閉じ込め、聡明で繊細な少女に、このように言わせた戦争とは何だったのだ) それぞれのお方が、その残されたいのちを、後世の我々や子どもたちや孫たちに何を残しておかなければならないか、何を受け継いで行くことが歴史の歯車を逆走させないことかを、深い思索と高い知性で、静かに私たちに語りかけて下さっている。 戦争を知らない私たち以下の世代は、今一度、明治時代以降の日本近代の歴史を学びなおし、日本憲法の持つ意味を考え直す必要がある。 この9人の方々の「日本国憲法」の前文と9条に象徴される理念についての解釈の深さには深い感銘を覚える。人生に裏づけられた血肉化されたの言葉がもつ重さを知るにつけ、憲法を生活のなかで活かして行くとは、このようなことなのだと気付かされる。憲法の言葉は単なる抽象的な概念の羅列ではないのだ。人々が生活の中で、具体化し、膨らまし、発展させていくもの。そんなことを改めて、はっと気付かせてくれる。世界に類を見ない第9条の1項と2項。それ以前の歴史が犯した人間の悲惨を苦悩を、どのように解決すべきかを明文化した歴史で初めての憲法。ある意味では人類の叡智の結晶でもある。しかし、日本の改憲論者たちは、このように誇れる憲法を世界外交の武器として掲げて、世界のなかでの日本の位置を主張するのでなく、戦争を自ら仕掛ける側の集団に奴隷のように成り下る道を選ぼうとしている。アメリカの軍の肩代わりを要求され、その要求のままに、どんどん軍事力を強化し、世界のどの地域でも戦争が出来るように憲法を変えようとしている。日本は9条に縛られて、第二次世界大戦以後、まだどの国の誰をも軍隊が殺戮を行っていない。アメリカはどうか。朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして現在のイラク戦争(益々泥沼。宣戦布告の動機は嘘だとさえ判明)、次々に全く罪もない女、子供まで殺戮しても、何の罪も問われない戦争をしている。そのアメリカの集団に加わる事は、今後、日本も同じような戦争を行う当事者になることを意味している。戦争を行うためには、国民の格差、貧乏人を大量に作り出すことが必要になってくる。現在進行中の負け組みを大量に作り出す政策は、将来の国民皆兵制度の布石であるとは考えすぎだろうか。(考えすぎであることを祈るばかりである)そういう貧乏な階層が社会にたむろしなければ戦争は行えない。(化学兵器の戦争とはいえ)日本のおこなった明治以降の数々の戦争も、貧しい農民の子弟が大量にいたからできた戦争だ。現在のアメリカのイラクでの戦争も、貧しいアメリカ人が戦争の最前線にいる。一方では、戦争でぼろ儲けしている人々がいる。影でほくそ笑んでいる人々がいる。このような一握りのために、私たちの息子や孫たちが戦場に行ってもいいか。大人たちは、自分の子孫に行かせたいのか。国土が焦土と化し、肉親が悲惨な状態に貶められてもいいのか。自国から出て行って行う戦争に、自衛の戦争などありえない。アメリカのやっている戦争は自衛のための戦争でない。民主と自由を輸出する為の戦争などで決してない。そんな事は自国の民が決めること。アメリカに一々口出しされることではない。それこそ主権の侵害だ。このようなアメリカの軍事同盟に参加する事は、何を国民にもたらすか。それだけではない、もうすでに「改憲」に異議を唱える者を「国を愛していないもの」として、排除しようとする方向に日本はある。恐ろしいことである。これはいつか来た道である。先週の金曜日から3夜連続で、5月に合意した在日米軍再編について、「日米軍事同盟のゆくえ」というような番組をNHKでやっていた。この番組で、日本の自衛隊がいかに深くアメリカ軍と結びついているか、在日アメリカ軍は、日本に自国の力で東アジアの防衛をすることを、いかに強く切望しているか、が映しだされ、私はショックを受けた。国民の知らぬ間にここまで来ていたのだ、という思いである。そして、この番組で、アメリカの軍事関係者が「日本の国民が、あとは選択するだけ」と言っていた。アメリカに日本の国の進路をこのように強要される国って、真の独立国家といえるか。改憲論者の主張に「占領下で出来た憲法は押し付けられたもので、日本のものでない」といのがあるが、現在の日米安全保障条約のなかの日本軍のほうがもっと押し付けられた、アメリカの利害の為に行動する奴隷の軍隊ではないのか。日本には選択する権利は与えられていない。自国の憲法の優位性、世界に誇るその理念、戦後日本が世界のなかで果たしてきた平和への貢献など、堂々と主張することこそ日本の利害だ。アジアの平和に貢献することだ。それをしない、出来ない日本の自衛隊って、一体何か。これこそ売国的行為ではないのか。(アンネのバラ:花フェスタ記念公園にて)アメリカの軍関係者に言われるまでもなく、日本の国民は選択する岐路に立たされている。だが、日本には、今、「9条の会」のメンバーが呼びかけた訴えが、国の奥深い所でふつふつと声を上げ始めている。そのメンバーの最高齢は、1917年うまれ、現在89歳の三木睦子氏である。元首相三木武雄氏の夫人である。このお年で、元気に、各地で平和への訴えをされているのには、頭が下がるばかりである。他のメンバーもすべて70歳後半から80歳前半である。井上ひさし(劇作家) 梅原猛(哲学者) 大江健三郎(作家) 奥平康広(憲法学者)小田実(作家、市民運動家) 加藤周一(評論家) 澤地久枝(作家) 鶴見俊輔(評論家、哲学者) 三木睦子(三木武夫記念館館長)という9人の日本を代表する作家や思想家の面々である。そのアピールから満二年、益々「改憲」は現実のものとなり、急を告げている。「9条の会」発足2周年」となる10日、同会としてはじめての全国交流会が東京で開催された。10日朝までに全国で、5174の「会」が誕生したことを報じている。地域や職場は勿論のこと、一家5人で旗揚げした「会」、同好会や趣味のサークルなど、さまざまな階層の人々が「憲法を自分のものとして、選びなおし、学ん」で「9条の会」のアピールに賛同の意思表示をしている。9条を語る言葉の力が日本の各地で試されている。人々の心の奥深くに届く言葉で9条を語る力が試されている。一人でも多くの人がこの会を知り、日本国憲法を、テレビや新聞の情報ではなく、自分の集めた本で、資料で学ぶことが今こそ必要ではないか。私も、6月3日にわが町の「9条の会」が主催した講演会に参加した。そこでの高校生の憲法の「群読」、これには感動した。憲法を若い世代に分かりやすいように、今風の言葉に翻訳しなおしての「群読」であった。憲法記念日の日に、このブログで紹介した本「やさしい言葉で日本国憲法」池田香代子訳(マガジンハウス)この本の訳者の池田香代子さんが「イマジン」を歌うように憲法を口ずさむ訳を心がけたといっておられた。私のはこの訳はどうも馴染めないと思ったけれど、やっぱり今時の高校生や中学生に、ふさわしい言葉にした「憲法」が必用なのだと改めて納得した。さらにこの会の目玉(?)は、「9条の会」の事務局長であり、東大教授である小森陽一氏の「憲法を守る運動の到達点と今後の課題」と題する講演である。この講演は、現在の憲法と改憲憲法がどのように違うか。国際連合憲章と日本の憲法。今国会で審議中の教育基本法の改正は、憲法の改正とどのような関係であるかなど。具体的に資料を駆使して1時間30分ほど話された。この講演は、とても学ぶところ多かった。憲法をさらに深く学習する必要を痛感した。憲法の問題については、このブログでもこれから、具体的に論じて行きたいと思っている。私の残された人生、唯一、子どもや孫に誇れるような行動であったと思えるように出来ればよいのだが。(内容を温めているのですが、なかなか文章に出来ないで今日に至っています。力不足です。)「9条の会」オフィシャルサイトを覗いて見て下さい。9人のメンバーの「講演」などを聴くことも出来ます。以下のブックレットには、9人のメンバーの講演の全文が載っています。岩波ブックレットNO.639 憲法9条、今こそ旬岩波ブックレットNO.664 憲法9条、未来をひらく写真のバラは、6月4日花フェスタ記念公園(岐阜県可児市)のバラ園を見学した時、撮影したアンネのバラです。バラは散りはじめており、初々しい美しさは過ぎていましたが。平和であってこそ、バラの美しさを愛でることも出来ることを私たちは肝に銘じなければ。 (花フェスタ記念公園の世界一のばら園:田園風景の広がる大自然の中にある) 白ばらが延々と続く水辺で、冷たい水と戯れ大喜びのコトネ。コトネが20歳になったとき、日本が世界の各地で戦争に参加している国になっていないように。そのためにも憲法9条のもつ意味は重い。
2006.06.12
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村上世彰と堀江貴文を育てた教育とは何であるか。今、私たちに問われているものは何か。5日、いわゆる村上ファンドの代表、村上世彰(よしあき)が、ついに証券取引法違反(インサイダー取引)で東京地検特捜部に逮捕された。村上世彰のやり口には2つの手口がある。その一つ、大量の株式を秘かに買占めた後、適当な買収者に大量の株を買わせ、売り抜けて儲けるいわゆる「仕手筋」(楽天のTBS株買い占めをけしかけて、高値になった時に、自分は売り抜けるなど。ライブドアの日本放送株など)もう一つは、大量の株を買い占めて、相手企業を脅して株を高値で買い取らせる手口。(阪神株の買占めによって、阪神の経営陣を脅して、株価を高値につり上げるなど)これらの手法そのものは、昔からある総会屋、乗っ取り屋のそれであり、ことさら新しいものではない。(時代の革命児ともてはやすほどのものでもない)違うのは、小泉自民党のすすめた規制緩和の政策に乗って、白昼に堂々とスマートにやっただけのこと。そして、その背後に巨大なアメリカの金融資本の巨額な資金があるということである。かっては、影でこそこそやっていたことを、小泉のすすめた規制緩和政策によって、合法的にやっただけのこと。「カネ儲けすることが何が悪い」と村上は言っている。(まさに、小泉自民党の本音)それなのに、ここに来て小泉自民党は、あまりに身勝手な金儲け、むき出しの金銭欲を国民にさらけだすのは、自民党が国民に強要したいと願っている「愛国心教育」に不利と思ってか、村上世彰を規制緩和策の具体的な推進者として、国民に投資をあおる広告塔として、さんざん利用してきたのに、「法令順守。ルールを守らないものは、悪者」と、村上世彰を見放した。(冷酷ですなぁ)ライブドアや村上ファンドは、小泉内閣の構造改革とその実行者である竹中大臣の側面支援なくしては、この世に市民権を得ることがなかった代物である。村上世彰が運営した「村上ファンド」は、新聞広告などで不特定多数から投資を募る「公募ファンド」ではなく、少数の投資家からだけ資金を受けて運用する「私募ファンド」である。このような仕組みで運用されるファンドは、1998年施行の金融システム改革関連法で設立できるようになったものである。この規制緩和を政府に提言したのは、政府の行政改革推進本部に設置された規制緩和委員会。その委員長を務めていたのがオリックス現会長の宮内義彦氏である。その後この規制緩和委員会は現在の「規制改革・民間開放推進会議」と発展し、その中心的人物として活躍してきたのが、この宮内義彦なる人物である。この宮内義彦氏なる人物率いる大手リース「オリックス」は、「村上ファンド」とは、役員「ヒト」、会社「モノ」、資本「カネ」において深く結びついており、まさに宮内なる人物率いる「規制緩和・民間開放推進」の実働部隊なのである。カネにおいても村上ファンドの運用の元手として、3億円を出資。その投資資金は100億円を超えるまでに膨らんだと報じられている。規制緩和、民間開放により、何が起こるのかを、具体的に示したこれは好例である。小泉の掲げる「貯蓄から投資へ」のスローガンのもと、今日本の社会に起きている事例なのである。我々庶民がそれによって、なにか豊かになったわけではない。経済的にはもちろんのこと、精神的に豊かな文化へと前進できたわけではない。オリックスは5月12日、村上ファンドからの出資金引き上げを表明し、実質役員を辞任している。要するに利用するだけ利用したら、ハイさようなら、なのである。自らの責任を、「村上世彰」個人の法令違反として、問題の本質を国民の目から隠そうとしている。規制緩和、民間開放のなんでもありの「お金」至上主義をの本質を国民の目から覆い隠そうとしているのである。この「問題のすり替え」に国民は騙されてはいけない。ホリエモンや村上世彰両人には、恐ろしいほどの人間としての共通性がある。幼児性を備えたまま大人になったという共通項である。彼らは、ビデオゲームの世界で、マネーゲームをやって遊んでいるだけである。それを実社会で生きている仕事と錯覚して、世間から、ちやほやとおだてられ、自己陶酔しているだけである。何の罪の意識などないし、悪いこともしていない。ただ世間から嫌われたぐらいにしか認識できない人間なのである。勤勉に日夜苦闘している人々の痛みなどもっと分からない。ゲームの世界では分かる必要もないし、自分に不都合なれば、セットしなおして、初めからやればよいこと。これらは、中学生か小学生高学年の思考レベルである。この人物たちの受けてきた家庭や学校の教育のレベルがこの程度だということではないか。そして、このようなレベルの人間を大量に製造したがっているのが今の日本ではないか。村上世彰なる人物の話し方やその内容の独りよがりは、偏差値上位の鼻持ちならぬ中学生のそれと全く同じもの。知たり顔で、得意げに、子ども大人した口ぶりで話す中学生のあれである。傲慢で独りよがりの子どもである。勉強の出来る子として、周囲から甘やかされている。何をしても、見逃されている。自分は、何をしようと大人は許すと、大人をなめている。要するに村上なる人物は子供時代から何も成長していないのではないか。ライブドアの堀江貴文もその点では全く同じである。この人物は、自分の生い立ちが貧しいために、もっと露骨に現れている。日本の国や学校が教育している小学、中学、高校時代のいわゆる勉強のできる子どもとは、このような人物を製造することである。幼い時、優秀という評価をうけている人物の到達した一つのタイプなのである。日本の学校が進めている、暗記さえ得意であれば高得点が取れるペーパーテスト。しかもそれを日本中で競争させ、出来ないとその学校や教師はダメとされる。全員が同じ方向で競争に駆り立てられる。そのなかで高得点者が優秀とほめそやされる。親もそのような意味での競争に子供を駆り立てている。そして、拝金主義。これは子どものこころの中に深く根をはり、成長すると共に肥大化して、カネの奴隷とさえなっている若者が多い。堀江貴文と村上世彰は、このような風潮のなかに咲いているあだ花なのである。だからこそ、時の権力は利用価値をこの二人に見出した。まさに利用するには、うってつけの人物である。利用しがいのある優秀な人物である。無用になれば捨てるだけの事。何も痛みは伴わない。叩かれても痛みを感じない人格に育っている子ども大人なのである。学ぶとは何か。どのような学びをする事が、子どもに生きる力をつけさせることなのか。これは、私がこのブログで追求し続けているテーマでもある。このテーマに、この二人の人物は、反面教師的な意味においても見事な典型となっている。真の学びの大切さを、この二人の人物は、私たちに教えてくれている。学びの本質を見失っている、今の教育のありように、この二人の人物像は、警鐘をならしてくれている。
2006.06.09
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6日の日記に「出産率1.25の社会」を書いた。その補足として、諸外国の事情を見て見たい。出生率の低下は、先進諸国共通の現象で、いかなる対策をうっても、高い出生率は期待できないという声をよく聞く。しかし欧州の国々では、落ち込んだ出生率を引き上げた国もある。例えばドイツ、出生率が過去最低だった1.24(1994年)から、1.36(2004年)に回復した。ドイツは、女性に多くの負担を強いてきた子育ての現状を変えようと、保育所の拡充と育児休業手当ての引き上げを打ち出した。育児休業手当てを現行の定額(約6万6千円)から、収入の67%(上限は約26万円)保障して、育児休業の取得率が5%と余りにも低い父親の、育児参加を促そうと具体的に政策化している。出生率が1990年代の1.6台から2005年には1.94に回復したフランスでは、出産後も働く女性が多く、男女とも労働時間が短く、手厚くきめ細かい家族手当がなされている。これらの国々の施策は、子どもを産みやすく育てやすい社会にしていこうとする姿勢があり、それを具体的な政策として実施している。日本は、制度だけは以前に比べればかなり整えられて来た。でも、それを実行するための、具体的な支援を国や企業がなさないばかりか(本気でやろうとしていない)、逆に、労働法制の規制緩和による働くルールの破壊、子育て世代への増税や負担増、保育料の値上げや保育サービスの後退など、ことごとく子育てをやりづらいものにするような方向へと政治が先導している。更に、オーストラリアでは、2日に統計局が発表した統計によると、2005年には、1992年以来最も多い赤ちゃんが生まれたという。まさにベビーブームが起きているという。オーストラリア政府の取り組みは、2004年には新生児一人うまれるごとに両親に3千豪ドル(25万2千円)を給付する「赤ちゃんボーナス」を導入し、この金額は、今年7月からは4千豪ドル(33万6千円)に引き上げるという。又、育児休暇のための税法上の優遇措置やさまざまな特別手当制度も導入しているという。これらの国々の取り組み方は半端ではない。何とかしようとする真剣な意気込みがある。日本では、子供を産み育てる働く女性への差別は依然として厳しい。益々その厳しさはましている。厚生労働省の発表した2005年版の「働く女性の実情」によれば、女性の賃金は男性の賃金の65.5%しかなく、男女の賃金格差は縮まるどころか開いている。女性管理職の比率も減っている。更に正規雇用と非正規雇用の待遇格差など、益々劣悪な状態なのである。パートも含めた働く女性の現金給与総額は、男性の半分にも届かない49,5%であるという。職場によっては、たとえパートであっても、働く内容や働きぶりは男たちよりも優れているところが多くあるはずなのに。これじゃ同一労働同一賃金など夢のまた夢。こんな現実になぜ女たちは怒りの声をあげないのだろう。それはさておき、このような現実では、若い女たちはますます子どもを産むことを選択しないであろう。出来ないのである。少子化に歯止めをかけるためには、社会の働き方を根底のところで変革していく施策を、本気で打ち出さない限り、子どもを産み育てる青年層の心を揺さぶる事は出来ない。
2006.06.08
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天候不順で雨が多かった5月。6月に入ると、一転しては珍しく好天の日々が続いている。日差しは夏。頬をなでる風はさわやかな初夏。早朝の散歩道は、もう6月だというのに、遅れてやってきたサツキの花が今盛りにと、初夏の日差しを浴びている。一面が、赤、白、のグランドカバー。 (道端に可憐に咲くドクダミの花)そして、初夏に可愛らしい花をひっそりと咲かせるドクダミの白い花々。今年の6月はドクダミの群生が道端に勢いよく茂り、盛んに花を咲かせている。さらに、山を削り取り作られた人工のため池の散歩小道のグランドカバーに植えられているキンシバイ(金糸梅)に似たヒペリクムが、その繊細な長いオシベを涼やかな初夏の風にふるわせている。その花弁のあざやかな黄色が、来るべき夏の暑さを予感させる。 (ヒペリクムの繊細可憐な花糸)爽やかな朝の風にのって、かぐわしい快い香りが満ちる散歩道。削り取られた山肌にあっという間に、はびこり、大きな木になるニセアカシア。その木々の芳しい香りが満ちる朝。 (かぐわしい香りを放つアカシアの花)山ツツジやユズリハやソよゴやマツの木々を縫うようにして根を伸ばして、その旺盛な繁殖力と、早い成長力で山肌をあっという間に覆いつくすアカシヤ。花の咲くこの時期は、大きな蜂が群がる山肌となる。養蜂家にとっては、重要なハチミツ採集の樹木だというこのアカシア。その木がこれほど厚かましく、従来の雑木林を、瞬く間に駆逐する樹木とは。生態系をあっという間に破壊する樹木であるとは。 (山の斜面を覆いつくし繁茂するアカシアの木)そして、遠くからは、まだ朝だというのに、山肌を削るブルドーザーの音が聞こえる。雑木林を根こそぎなぎ倒し、一夜にして一つの山をなくしてしまう巨大な重機の音が聞こえる。そして、わずか50坪たらずの建売の、こみあった街があっという間に誕生する。これを好景気というニッポン。高度経済成長をめざして遮二無二に日本列島を破壊したあの時代と変らないニッポン。どこかアカシアの木と似たニッポン
2006.06.07
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豊かな母性を育てることの出来る社会でこそ子供たちが育つ。年金制度維持のために、子どもを産むのではない。厚生労働省は1日、日本女性が産む子どもの平均数を示す05年度の合計特殊出生率が、1.25で過去最低を記録したと発表した。過去最低を更新するのは01年以降5年連続で、低下傾向に歯止めがかからなかった。合計特殊出生率は、厚生省が数字を取り始めた1947年は4.54であったが、第二次ベビーブーム(71~74年)の73年から一貫して低下している。長期的に人口を維持できる水準は2.07とされている。ちなみに諸外国では、韓国がこの5月、過去最低の1.08となった。米国;2.04(03年) スウェーデン;1.71(同) フランス;1.89(同) ドイツ;1.34(同)小泉首相は、02年、就任後初の施政方針で「近年急速に進行している少子化に的確に対応していく」と強調し、児童手当の支給対象年齢を小6年生まで引き上げたほか、昨秋には、小泉チルドレンの猪口氏を専任の少子化担当相に任命した。しかし、である。これらの成果はまるで無い。それどころか、少子化には歯止めすらかからず、坂をころげ落ち続けている。財源をしっかり確保した乳幼児の財政支援の案に消極的な小泉首相。人気取りのために、申し訳程度のお金を、場あたり的にばら撒く政策(公明党の子育て支援まさにこれ)。厚生省が一般財源から多額の支出は難しいと判断し、検討した「雇用保険財源転用案」にも小泉は一蹴した。要するに、現在の少子化は、どこに起因するか、何処をどのように変革していけば、子どもを産み育てる人びとが増加するかを真剣に考え、対策を取ろうしているようには見えないのである。子どもを産み育てたいと考えている人々に、躊躇させる政策や制度ばかりを気休めに出している。そんなことよりも、大企業やいかさま師に金儲けさせる方が先なのである。若い人々の雇用状態は極めて不安定のままであり、若年失業率は9%台のままであるし、雇用されても、派遣などの不安定な雇用のままなのである。さらに、正規の雇用者は、過酷な長時間労働にさらされており、とくに青年層は月100時間を越える残業さえしており、成果主義の職場はその残業さえ過少に申告している。これでは、結婚したくともするチャンスやゆとりがない。更に、若い夫婦が、子育てに時間をかけることを、一応、最近は、制度としては保障されるようになってきた。(保障されていない職場もまだあるが)それを実行することが大部分の職場では、やりづらい。男性が育児休暇を取るなどは例外中の例外。変人とさえ見られている。育児のための短時間勤務や就業時間の変更などが、実情に合わせて気兼ねなく、自由に取れる職場の実現など、政治の強力な力で実現することだけでも、出生率は好転するはずだ。子育ての時間を支援する方が、育児支援の名目で、月額数千円をばら撒くよりは効果がある。そして、そのことが、人間らしい暮らし方、人間性のふくらみにもつながるはずだ。新たな社会の発展にも繋がる可能性がある。しかし、特別な例外をのぞいて、そのような暮らしぶりは、社会や企業の金儲けに邪魔な考えだと退けられている。攻撃さえかけられている。差別さえされている。これでは、将来、親になるべき若者たちが、困難を乗り切るための気力やエネルギーを失ってしまうのも仕方が無いこと。ごく普通の勤勉なで優秀な若者たちが希望を見出せなくなっている。未来に見切りをつけている。さらに、子どもを育てるには多額の費用が追い討ちをかける。今の公教育は、社会に出るために必用が学力を、子どもに身に付けることさえ保障してくれていない。今の子供たちおは何が問題で、どのような学力の付け方をさせるべきかまで踏み込んだ勉強は、あまりなされていない。現場の今の子供たちの現状分析を深くした上での公教育がなされていない。今、国会で審議されている教育基本法の改正の理念が、今の子供たちの教育、子育ての前進に役立つと本気で考えている教育者や親がいるとしたら、錯誤もはなはだしい。このような徳目を子どもに教えることで今の子供たちの問題は解決されない。現代社会の問題点を浅く表面的にしか捕らえていない。これでは、公教育を全面的に信頼して、子どもを育てる事は出来ないのである。要するに、教育費に膨大なお金を、親だけの力で捻出しないと、子どもを育てられないのである。ここから生じる格差は、将来とても大きくなり、埋まることは無いと思う。(アメリカの今をみれば歴然)このような現実を生み出している社会を、根本のところで変革する政策なしに、少子化などは、絶対に止めることはできない。このままでは、年金の維持ができない、崩壊するなどという理由から、少子化に歯止めがかからないことにショックを受けている社会の風潮がある。政治家たちがいる。冗談じゃないといいたい。年金を維持するために、産めよ増やせよ強要されるのなら、女たちは、子どもを益々産まないであろう。子どもを産み育てた事のある人なら、或いは、現在子育て中の若い家族なら、子育ての苦しさや、楽しさ、充実や空虚など、様々な人間として生きる感性を、その子育てや仕事の両立の中で味わっているはずだ。生きる事は「そんなに棄てたものじゃないな」と感じているはずだ。このような人々が、まずその思いを実現して、複数の子どものがいる家族を実現するだけでも、少子化への歯止めがかかるはずだ。子どもは女が育てるもの。子どもは個人の所有物。そういう考え方で、女性だけに子育てを押し付けてきた高度経済成長期の資本主義社会のひずみやつけが今回ってきているだけだ。このことへの反省なしに、さらに金儲の為には、他のこと(子育てや、教育)は犠牲にして当然という今の小泉政権の構造改革型では、絶対に「少子化」は止まらない。益々、少子化は進むだけだ。そのような社会の中では、母性を育てることはできない。豊かに母性を育てることの出来ない社会では、子どもは育たない。子どもを産めばそだつものではないのだ。子育ては、社会全体の壮大な協働の作業でもある。
2006.06.06
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若者を子どもから大人へと成長させるためには、どんな子育てが必要か。瀧雅良先生の生きざまから学ぶもの。昨夜のNHKのドキュメンタリー番組「プロフェショナル・仕事の流儀」に、静岡清水商業高校・サッカー部監督であり、「商業」の先生である大瀧雅良先生が登場した。大滝雅良先生は、日本代表のサッカー選手を13人も世に送り出した。小野伸二選手や川口能活選手も大瀧先生の教え子たちである。大瀧雅良は、どうしてこれほどの名選手を数々世に送り出す事が出来たのか。熱血教師として、赴任した当初は、教えることに夢中になるあまり、紅白戦すら出来ない状態に部員を激減させてしまったという。そんな時、風間八宏という、自分の能力よりはるか優れた才能のある生徒が入ってきた。この選手を生かしたチームづくりを全くしていないことに気付いた大瀧先生は、指導の仕方を根本的に改めざるを得ないことに気付く。そして試行錯誤の日々が始まった。そして、その指導の中で、到達した数々の教訓とは、「勝つことより大切なことがある。まず、教師として、子供たちを大人にしていくこと。そのためには、常に直面している問題点を子ども自身が、自分の問題として自分で直視して、それと立ち向かっていける子どもをサッカーを通して鍛えていくこと。衝突を恐れずに、真剣にぶつかっていく時にだけ、子どもは大きく成長する。自分で見つけた答えだけが、自分のものとなる。又、教師の仕事は教えることではなく、子どもに考えさせることである」と言っておられた。そして、カメラは、中学時代「天才」といわれ、抜群の才能を持った中心的選手「カズキ」が、壁にぶつかり潰れそうになっている場面を、大瀧雅良がどのような指導を貫いて、「カズキ」を成長させようとしているかを、現場の練習のなかで追っていた。カズキが「自分の心の中にある虚飾のプライドをどう受け止め、それを乗り越えて、自分の技能を発展させることができるか。選手として、真の実力を付けていく為に、何が今必要か」大瀧先生は、カズキの悩み苦しむ姿をじっと粘り強く見守っている。要所、要所で、カズキ、自らが、今の自分の姿を認識できるようなアドバイスはしているが、「お説教」や「技術上の指導」などはしていない。じゆっくり悩ませている。考えさせている。カズキは「学校を辞めようか」という所まで追い込まれている。それでも、じっと我慢して、大瀧先生は、彼が自分で答えを見付け出すことを待っている。この忍耐力には脱帽。すごい。天才的と騒がれた一人の高校生に、このようなやり方で問題点を指摘し、成長を促そうとしている。一歩、大人への階段を自らの足で、昇らせようとしている。中学の時代のスポーツ「天才」は、9割がたが、挫折したまま、惨めな青年期を過ごし、社会の底辺にたむろする大人になる選手が多い日本の社会で、このような指導者がいるとは感動的である。数多くの名選手を生み出す秘密は、このような指導にあったのだ。人間が大人へと成長していく過程で、人生の先輩としての濃密な質の高い指導が必要な高校生の時期に、このような指導者に出会った若者は幸せである。実際、日本の大部の高校生は、放任され、退廃的な消費オンリーの社会に投げ出されたままである。親さえも、人生の先輩として、わが息子や娘に要所要所で、適切なアドバイスはしていない。まさに、その意味では、大瀧雅良先生は、父親なのである。父親の妥協を許さぬ厳しさを、日々の練習の中で貫き、子どもを大人へと成長させようとしている。「口うるさく、人生を子供たちに語っている」「子供たちを、とことん追い詰めて、苦しみ悩ませて、答えをださせ、前を向かって立ちあがる勇気や、生きて行くためのるエネルギーを子供たちの心の中に引き出させている。」この流儀は、日本の母や父が学ばなければならぬ子育ての流儀ではないか。日本の教師たちが学ばねばならぬ生き方ではないか。まさに大瀧先生の「仕事の流儀」は今、日本の若者たちが求めているものではないか。
2006.06.02
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