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ひところに比べると、テレビCMも自粛を解禁する企業が増えてきたが、ホントにテレビは一時、「ACジャパン」の啓蒙的CMのヘビーローテーション状態だった。ACジャパンには悪いが、あれだけ同じモノを続けざまに見せられると、さすがに「お腹いっぱい」になる。もっとも、だからといって、それを「苦情」としてACジャパンに突きつけるというのは、さすがにいかがなものかと思う。中には仁科亜希子さん母娘にまで、直接クレームを寄せた人もいたそうだが、そこまでいくとその人間性を疑わざるを得ない。話が横道にそれてしまった、こんなことが言いたいのではない。ACのCMに「お腹いっぱい」となっていた中でも、このCMだけは例外だった。いわずと知れた「ポポポポ~ン♪」だ。正式には「あいさつの魔法」というタイトルがつけられている。これは震災前の平常時にも、ラジオの方で何度か耳にしたことがあった。しかし音声だけでは何を言っているのかサッパリ分からず、今回テレビで映像を見て、初めてその内容を正しく理解した次第だ。で、この「あいさつの魔法」だが、他のACのCMと違って、何度見ても見飽きることがない。それどころか、一般企業CMが復活するにつれて「あいさつの魔法」のオンエア回数が減ってくると、何となく物足りなくなってきたくらいだ。そこでユーチューブで検索してみると.....あるわあるわ、いろんなのが出てきた。60秒バージョンというのもあって、今はそれを「お気に入り」に登録して、仕事の合間に見たりしている。もうここまでいくと、「中毒」だな(笑)もちろん子供たちもこれが大好きで、日常会話でも普通に「おはよウナギ」などと言っているし、勝手に替え歌を作って楽しんでいる。しかし子供たちはともかく、大のオトナであるこの私が、どうしてまたこんなものにハマってしまったのだろう?それは単にオマエの精神年齢が低いからだ、などという短絡的な論理で片付けないで頂きたい(笑)私の考えるところこのCMの魅力は、「脱力感たっぷりのユルさ」だと思う。出てくるキャラクターはみんな、ヘンにとんがったりしていなくて、「ゆるキャラ」っぽさがある。音楽もほのぼのとしていて、全体的に暗めの雰囲気の物が多い他のACのCMの中でも、ある意味異彩を放っている。それゆえに、震災報道一色でテレビ全体のトーンが暗~くなっていたときに、この無邪気な明るさが図らずも「癒し」の効果を与えたのではないだろうか?まあ理屈などはこの際どうでもよい、ACジャパンの本来意図するところとはズレているかもしれないが、完全に私は「中毒」状態に陥ってしまっている。
2011年03月30日
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この1週間は本当に忙しかった。というのも、あらゆるジャンルで商品の供給がままならなくなってきて、その対応に四苦八苦していたからだ。よく報道でも取り上げられるミネラルウォーターもそうだが、そのあおりもあってか、お茶系を筆頭に清涼飲料全般が品薄だ。そしてビール、こちらは缶ビールがかなり厳しい。というのも、ビール工場が被災や計画停電などで生産能力が落ちている、ということ以上に、缶を作っている工場が結構被災していることが原因なのだ。そんなこんなでわが業界の物流は大混乱、何が有って何が無い、いずれ入って来るのか来ないのか、そのあたりの状況が刻々と変わるので、誰も把握できない状態なのだ。そんなこんなで私たちとしては、もはや「なるようにしかならない」という状況下での販売となる。そしてここへ来て今度はタバコが一定期間、出荷停止という通達があった。しかも午前中にその話を聞き、その日の午後3時半までに最終のオーダーを流さなければ、当分商品が入ってこないというギリギリの状況だ。慌ててオーダーしようにも、通常オーダーに使用しているインターネットシステムは、完全に相手側のサーバーがパンク状態で全く繋がらず、結果的に全く注文が出来なかった。ビールにしてもタバコにしても清涼飲料にしても、おそらくしばらくの間は、商品の種類を絞って主要銘柄のみの販売となることだろう。いつまで続くか分からないが、それは受け入れなければいけないことだ。普通に商売が出来る環境にいられることだけでも、どれほど有り難いことか。
2011年03月28日
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最近視界がぼやけてきている、という義母が以前眼科で診断を受けたところ、白内障の手術を受けた方が良いということになった。現在義母は、私たちから遠く離れた関東で、ひとり暮らしをしている。手術はほんの数十分で終わるらしいのだが、診察を受けたその病院では、術後数日間は毎日通わなくてはいけないということだ。自宅からは程近い病院とはいえ、一人ではさすがに危なっかしい。そういうわけで、しばらく妻が付き添うことになった。5日間の里帰りである。当初、中学校と小学校をそれぞれ卒業した2人のムスメを伴う予定だったのだが、そこへ降って湧いたように起こった先日の地震。義母の家は被災はしていないものの、折から計画停電の真っ只中だ。そんな非常時のところにゾロゾロ行くのもいかがなものか、ということで今回は、妻ひとりで行くことになった。ムスメ達も楽しみにしていたようだったが、時節柄致し方ない。というわけで私は、5日間のシングルファーザーだ。もっとも子供たちもこれくらい大きくなれば、ほとんど手が掛からないので、そんなに大変なことではないが。
2011年03月22日
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「苦しい時にこそ、必死にプレーする姿を見せることが我々の責務」....加藤良三コミッショナー「野球を通じて利益を上げ、それを社会に還元したり、義援金を被災地に届けたりできる。自粛するより行動する方を選んだ」....巨人・清武球団代表「被災された方、今も安否不明の方、避難所で生活されている方のことを思うと、本当に開幕していいのかというのが、選手会の総意」....選手会・新井会長(阪神)「被災者を勇気づけるため、というのは思い上がりの面がある」....選手会・宮本前会長(ヤクルト)みんな悩んでいる。しかし悩んだ末の結論は、ひとつの方向ではなかった。パ・リーグが開幕延期を決めた一方で、セ・リーグは選手会側の反発にもかかわらず、予定通りの開幕を強行することになった。私はこういう状況下でのイベントや興業は、基本的に中止しない方がいい、という立場だ。「不謹慎」などという人もいるが、当事者が、というよりは、無関係の部外者が得体の知れないマイナスオーラを醸し出しているのが現実だと思うし、それに安易に流されてしまうというのは危険だ、と思うからだ。ただしあえて開催するには、当然ながら条件がある。社会に対して迷惑を掛けない、ということだ。今回の場合は、明らかにその条件に引っ掛かる。電力供給が決定的に不足している関東圏で、莫大な電力を使用するプロ野球の試合を行うということが、そこに暮らす人々が普段使う電力をどれだけ圧迫することか。デーゲームにすればいい、という意見もあろう。確かに電気の使用は極端に減る(東京ドームは別だ)だろうが、それでも別の問題がある。試合を開催するためには大勢の観客を呼ばなければいけない。しかしそれだけのボリュームの人々は、おそらくみんな電車で球場までやって来る。ただでさえ計画停電下において、電車の本数が間引きされて、通常の利用者が皆苦しい思いで利用しているときに、混雑をさらに激しくさせることで、不快感を助長させはしないだろうか?だいたい開催支持派の某氏が「戦争に負けた後3カ月で選手、監督から試合をやりたい、と声があがり、プロ野球を始めた歴史もある」と発言していること自体、時代錯誤もはなはだしい。今は、他に娯楽が少なく、プロ野球が絶対的な地位を占めていた時代ではなく、テレビの視聴率も10%台にしかならない時代だ、国民がそこまで野球に餓えているとはいえない。逆にプロ野球ファン以外の人々に、「試合を止めてくれれば何世帯分かの電気が賄えるのに」などと反感を買うのがオチではないか。彼はファンをダシにして、自らの利益を確保しようとしているだけとしか思えない。またその他に終戦当時と違う点を挙げるならば、今回は選手会も強行開催を望んでいない、という点だ。ということはもはや、利益確保のみに躍起になる一部球団の経営陣のワガママでしかない、ということだ。これは選手諸君、ストライキに打って出るということを、真剣に考えてもいい状況ではないか?
2011年03月18日
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以前から何度となく触れてきた、真ん中のムスメの高校受験だが、今日が本命の公立高校の発表だった。長男のときの辛い記憶が今も生々しく残るだけに、けっこう模試などでは比較的良い成績を取っていたとはいえ、やっぱり結果を聞くまでは安心できない。ムスメが家を出てから30分ちょっと、妻の携帯が鳴った。明るい声で「番号あったよ!」妻はその瞬間、ドッと肩の力が抜けたそうだ。また嬉しいことに、同じ中学からその高校を受験した者(9名)全員が合格していた。落ちた子がいると、手放しでは喜べないからね。かくして娘の受験は終わった。それにしても試験日が10日(木)で、発表が今日、もし震災が同じタイミングでこの辺りを襲っていたら、今日という日はどうなっていたことだろう?もしかしたら東北各県でも、試験から発表までの間に、震災に見舞われたところがあったのかもしれない。そんなところはどうしてるんだろうか?中には答案用紙が津波で流されてしまったところなどもあったかもしれない。身内のささやかな慶事に、何事もなく日常を送れる幸せを、図らずも噛みしめた今日だった。
2011年03月17日
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昨夜は夜遅く帰宅したあと、テレビを観ていた。もちろん震災報道だ。そして今朝はいつもより遅く目覚めた。実は出かける予定でいたのだが、昨日のうちにそれは止めることにした。別に誰かとの約束でも、どうしてもという用事でもなかったからだ。自粛かといえばそれほどたいそうなものでもなく、ただその気が失せてしまったのだ。で結局、夕方に店を開けるまで、ずっと家にいた。しかし家にいても、何もする気が起こらない。店に出ている限りは、何かとやることがあって、モチベーションも上がるのだろうが、家ではなかなかそんな雰囲気に無い。本を開いても頭に入っていかない。音楽でも聴こうと思っても、CD棚まで手が伸びない。録画してあるテレビでも見ようとスイッチをひねると、結局そのまま震災報道のテレビを観ることになる。何度も繰り返し見たはずの映像が流れるのだが、つい何度でも見てしまう。自然の大きな力の前で、なんと非力な人間。なんでもない日常が突然、一瞬のうちに散ってしまう儚さ。それらの映像を見せ付けられて、無力感に苛まれてしまう。もちろんそのままで良いわけはないのだが、かといって今具体的に自分に何ができるのか?とりあえずは店頭で義援金を募っている。節電の一環として、営業時間の短縮も考えている。でも今一番大事なのは、日常を全うする、という、至極単純なことではないか。被災された方々のことを思えば、私たちが普通に日常生活を送れること自体、大変ありがたいことだ。その日常をかなぐり捨てて何かをする、ということが、真に被災者のためになるのであればその価値はあるかもしれないが、そんな単純なことでもない。一人一人が日常を全うすることで、この国の経済活動と社会を支え、その中から生まれるわずかな余裕で以って、少しずつでも被災者のために出来ることをする、そんな日常を大事にしたいと思う。なんだかとりとめの無い文章になってしまったが、何度も書き直しているうちにこうなってしまった。要は自分の心の中の空虚感を表現しようと思っただけなのだが。それでも明日になればまた新しい1週間が始まり、否応なく震災とは直接関係の無い仕事に忙殺されてしまう。そんな中でも震災のことが頭から離れることもあろうから、偉そうな事を言ったところでただの偽善にしかならない。それでも震災から背を向けることはできない。そんな中でこれからも淡々と日常を全うする、これが基本なんだろう。うまく言えないが、これが今自分に出来ること。
2011年03月13日
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いよいよ明日がムスメの高校受験日だ。今日はさすがに前日ということで、いささかのんびりした様子だ。もっとも日頃からコツコツと頑張っていたのは分かっているから、私も必要以上に心配はしていない。ただ心配があるとすると、過去の模試でもしょっちゅうあったことだが、数学の時間配分を誤って、肝心なところで取れる点を失ってしまうことくらいか。たまたま昨日、解らない問題を訊いてきたときに、少々会話をした。「試験会場で緊張したらどうする?」ということを聞いてみた。ちょっと戸惑うムスメに私は、「『落ちてもいいや』って思えばいいんだ」と答えた。よく、競争に勝つためには、想いの強いほうが勝つ、ということが言われるから、ある意味私の言ったことは暴論かもしれない。ただ、「受かりたい」という気持ちが強ければ強いほど、同じように「失敗できない」という気持ちも強くなり、それが余計な緊張感を生んだりしかねない。少なくともそうなるとロクなことが無いわがムスメには、気持ちを楽に持つ方向でのアドバイスの方が良い、と判断したのだ。まあ私の思うところは分かってくれたようなので、まあ大丈夫だろう。そこで蛇足ではあるが、もうひとつ大事なことを付け加えておいた。..........「Yahoo知恵袋には頼るなよ!」(笑)
2011年03月09日
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一般的に「責任を取る」、あるいは「ペナルティを課す」というとき、その方法にはいろんな選択肢があるはずだが、どうも日本人というのは、「辞める」、「辞めさせる」というのが好きみたいだ。もちろんそれが最適という場合もあるだろうが、時と場合によっては、それが例えば国益や公益を損なう、というようなこともありえるだろう。自らの尻拭いも含めて最後まで責任を全うさせる、というのも、ある意味一つの責任の取り方と思うが、どうだろう?しかもそれを「無給」ででもやらせれば、格好のペナルティとなるんじゃないかな。
2011年03月07日
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直近の三作品、『チェンジリング』、『グラントリノ』、『インビクタス』のいずれもが私を打ちのめしたクリント・イーストウッド“監督”。彼の最新作とあっては、これは観に行かないわけにはいかない。それがこの『ヒアアフター』だ。結論から言うと、過去の三作品とは明らかにテイストが違っていた。三作品はいずれもメッセージ性が強く、言ってみれば「直球勝負」という映画だったが、今回のは比較的「ふんわりと」している印象だ。だから前三作に比べると、明らかにインパクトは弱い。「ヒアアフター」とは「来世」という意味だが、ここでは「あの世」と訳した方がしっくりくる。ざっくり言うと「霊媒師」の話だが、その肝心の「あの世」の様子が曖昧模糊として、今ひとつハッキリしない。もちろん「あの世」だからハッキリしないのは当たり前だが、ここはイーストウッドなりの「あの世観」とでも言うものでも示してくれれば、と思わないでもない。しかし、まったく異なる3つの物語が終盤に向かって次第に収斂されていく様は、ある意味ベタだけど、それなりに心の躍動を抑えられずにはいられない。その後の展開については、あまり書いてしまうとネタバレになるので避けるが、あくまでも静かに、穏やかに進んでいく。このあたりは音楽的効果も見逃せないところだ。確かにインパクトは弱いが、だからといって内容的につまらないということでもない。前三作が「しぼりたて無濾過生原酒」のようにガツーンと来る作品なら、この『ヒアアフター』はさしずめ、熟成した純米酒をヌル燗で飲んでいるようなものだろうか。あとからジワジワ~っと効いてくる味わい深さが、今までにないこの作品のテイストだ。
2011年03月03日
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