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民主党の代表選で野田佳彦氏が当選し、首班指名選挙を経て新しい総理大臣となった。そうなるとマスコミ各社は、まず就任直後の支持率を調査し、発表するだろう。ご祝儀相場というわけでもないだろうが、新総理就任直後は概ね高めの数字が出る。これは“根拠のない、ぼんやりとした”「期待感」の賜物だろう。ところが根拠がないだけに、ちょっとした失点があると、「こんなはずじゃなかったのに」なんてことになる。歴代の首相を見ても、2回目以降はだんだん下がっていくのが恒例だ。そりゃそうだ、最初に実態以上の高い評価を与えられたのだから、普通の素顔が見えてくることによって数字が落ち着いてくるのは、当然といえば当然だ。ところがそれは不幸なことに、「数字のダウン」=「実力のマイナス評価」として喧伝され、国民の目にも悪く映ってしまう。そしていつしか、実際の実力以下の評価しか与えられなくなってしまう。何のことは無い、すべてはマスコミの手の中で踊らされているだけなのかもしれない。小泉以降の各首相が短命なのは、この「実力以下の評価」によるところが大きいのではないだろうか。政権に決定的なダメージを負わせたという事例は、あまり記憶に無い。だいたいが、「この人じゃダメだ。誰か分からないが、他の人に替えたほうが良いような気がする」という程度のことではないだろうか。そして現首相を追い落としたい勢力が、マスコミの支持率調査をうまい具合に利用して退陣を迫る。こんなことを繰り返していては、あたかも年中行事のように首相が替わるという事態に、ピリオドが打たれることは無いだろう。外交面から言っても、一国の代表が1年単位でコロコロと替わるなどということは、その国の信頼を失くすには充分な要素だ。それを防ぐためには、とにもかくにもマスコミの定期的な「支持率調査」を即座にやめていただきたい。特に就任直後などという、何の結果も成果も出してないタイミングで調査するのは、まったく無意味ではないか。だいたい「支持率調査」なんて、いったい何の役に立つというのだろう。我々が首相なり内閣を見る上で必要だとも思えないし、かえって変にバイアスがかかってしまうことが恐かったりもする国民はそんな支持率調査に振り回されるほどバカではない、と声を大にして言いたい。
2011年08月30日
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先日ある宴席で、皆の共通の知り合いの子がたまたま週刊誌に載ったということが分かり、それを知らない私を含め数人がその週刊誌を見てみたい、ということになった。ただその週刊誌は、宴席の日の時点でもう次の号が発売されているので、当該号は店頭で購入することが出来ない。一計を案じた私は、知り合いにコンビニ店主がいるのを思い出し、返本する前のが残っているかもしれないから一度当たってみる、と提案し、その場で5人分の依頼を受けた。しかしあとでコンビニ店主に問い合わせたところ、無情にも数日前に返本した後だった。多少の責任感も感じていた私は、次の一手としてネットで取寄せる方法を考えた。アマゾンとかフジサンといったサイトにアクセスしてみたが、いざオーダーしようと思ったら「在庫無し」と出たりして、一向に埒が明かない。もうほとんど諦めかけていたところ、ダメモトで出版者に聞いてみようと思いつき、ネットで番号を調べてダイヤルした。電話口に出た女性に、「週刊○○」の○月○日号5冊ありますか、と単刀直入に訊いてみたところ、「はいありますよ、郵便振込で代金を送っていただければ、すぐにお送り致します」。大きな会社だからあちらこちらたらいまわしにされたり、ややこしい手続きを要求されたり、ということを想定していたので、あまりにあっさりとした対応に拍子抜けした。しかしもっと私を唖然とさせたのは、「バックナンバーは送料込みで1冊200円です」のひとことだった。ちなみにこの雑誌の定価は350円、もちろんアマゾンやフジサンでも350円の値が付いていた。最初からこうすればよかったんだ。後になって考えてみたら、出版社が半値近くの値段で売るのももっともなことだ。流通段階では売れなければ返本できるが、出版社に残っている在庫は売れなければただの紙くずになるだけだから、どんなに安くてもとにかく「売ってしまう」ことが先決なのだろう。おそらく書店を通して取寄せても350円だったはずだ。専門雑誌などはバックナンバーにもそれなりの価値があるが、たかだか週刊誌で過去の号を求めるなどまず無いことなので、出版元から直接買うなどという発想はなかった。なかなかいい勉強になった。
2011年08月27日
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島田紳助が突然芸能界を引退した。私は彼のことは別に好きでも嫌いでもないから、はっきり言ってどうでもいいのだが、テレビ界に与える影響はさぞ大きいことだろう。何せ週に6本のレギュラー番組を持ち、そのいずれもが高視聴率を維持し、その局の看板と言ってもいいような番組もある。それが一瞬にしておじゃんになってしまったのだから、各局編成部は大変なことだろう。賛否両論はあろうが、間違いなく彼は才能豊かなタレントだとは思う。ただ今まで彼が仕切っていた番組は、タレントを大勢スタジオに集め、彼らをいじりながら笑いを取っていくという手法が多かったようにも思う。それはそれまでの、芸人が芸を見せるというスタイルから、トークの中で各々の個性を前面に出す、というスタイルに移行していく中で、急激に幅を利かせてきたものだ。そしてそれが当たると、各局とも同じようなテイストの番組を次々と作り出し、紳助は紳助で司会者として引っ張りだこの存在となる。いつのまにかテレビ業界に“紳助頼み”みたいな空気が出来たようにも思える。今回の一件はあくまでも、紳助のプライベートでの行動に起因するものであって、彼のタレントとしての資質には何ら関係はない。それを承知であえて言うのだが、今回こういう形で彼がテレビ界から姿を消すというのは、なんだか非常に象徴的な出来事に思えるのだ。彼が携わった番組がこれからどうなっていくのか分からないが、存続させるにせよ別番組に差し替えるにせよ、すっかりついてしまった“紳助色”をあえてそのままにするか、あるいは思い切って払拭するか、テレビマンとしては思案のしどころではないかと思う。一視聴者として、興味を持って見守りたいと思うが、個人的には今までと何ら変わらないのなら、あえてテレビを観る機会が増えることもないだろう。
2011年08月25日
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前回に続いてまたまた甲子園ネタだ(汗)。皆さんすでにご承知のとおり、今日の決勝戦を日大三高が制し、今年の甲子園大会も無事終了した。ただ私なりにいろいろと感じたことはあった。私もかつてはこのブログで、「現状の甲子園大会のあり方が、かえって高校野球をダメにしている」と批判をぶち上げたことがある。その時に幾つか記した提言は、今でも想いとしては変わらないものの、如何せんあまりにドラスティックなことなので、短期的に実現させるということなどは端から期待してない。ただ今回ここに書くことは、一刻も早く改善して欲しいことだ。1)コールドゲームの適用別に全試合で、というわけではなく、例えば準々決勝以降はなし、ということでもいいと思う。地方大会にはあるのに甲子園にはない、というのがそもそも不自然だ。確かに地方大会はチーム間の力の差が激しいから、という理由付けがされるが、甲子園大会でもないわけではあるまい。現に大差の試合はいくつか目にする。「最後まで諦めない気持ちを」といった教育的思想も理解できないわけではないが、真夏の炎天下に、まるでサンドバックの如く一方的にボコスコ打ち負かされているチームにとっては、あるいは「拷問」にも等しいかもしれない。選手の健康面を考えれば、ある程度のところでタオルを投げる勇気も必要ではないだろうか?2)一塁へのヘッドスライディングの禁止これは“百害あって一利なし”だ。それは野球をしている人なら常識のはず。ではなぜ無くならないのか。誰かがする、それを見て自分も「カッコイイ」と思う、あるいはその行為を「気迫あふれる」みたいな美辞麗句で飾り立てるマスコミがいる.......そういった諸々の状況の中で、気が付いたら頭から滑っていた、ということではないだろうか?それならヘッドスライディングをしないように、高野連が厳しく取り締まれば良い。「プレイの自由を奪われる」と懸念する人もいるかもしれないが、どっちみち有効な手段ではないのだから、特に問題にはならないのではないか?3)早い時間の開催今年は大震災に伴う電力不足という特殊要因があったためこのような措置となったが、これは来年以降もぜひ継続して欲しい。何も一番暑い時間帯に集中させることはないだろう。観戦に来るのにあまり早い時間では困る、という方も居られるかもしれないが、甲子園は高校のクラブ活動の延長であって、決してファンのためのものではないということを確認しておきたい。いずれも球児たちを守るためには、重要なことかと思う。地方大会に行くと、よく球場近くに救急車が出動してきてるのに出くわす。この暑さにあれだけの運動量だ、ぶっ倒れる選手がいても何ら不思議ではない。おそらく甲子園でも状況は同じではないかと推察されるが、ただそういう光景をテレビが映すことがないため、視聴者に情報として伝わらないだけかもしれない。しかしいつの日か、高校球児がグラウンドで突然ぶっ倒れてそのまま帰らぬ人に......などということが起こらないとも限らない。そうなってからでは遅いのだ。奇しくも今日の決勝戦が終わった直後、NHKの中継アナが日大三高を称えて、「朝5時から深夜にまで及ぶ練習は、嘘をつきませんでした!」と誇らしげに語っていた。どこがどんな練習をしようが勝手だが、私に言わせれば、それはもう高校の部活動ではない。しかしNHKがそういう持ち上げ方をすることで、あたかも長時間練習が当たり前、という風潮に拍車が掛かるようでもいけないと思う。
2011年08月20日
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甲子園の「ラガーさん」のことを皆さんはご存知だろうか?テレビ中継を見ていたら、いともたやすく発見することが出来るのだが、バックネット裏の席の球審の真後ろやや右、そのポジションにいつも蛍光イエローの野球帽をかぶったオジサンが陣取っているのだ。で、そのオジサン、いつもラガーシャツを着ているのだが、その配色が試合毎に異なるということで、ネットで話題になったというわけだ。この「ラガーさん」、実は東京の印刷会社で働いているらしいが、春と夏の甲子園にはずっと泊り込みで通い続けているというから、その情熱たるやハンパではない。まあこのラガーさんほどではないが、私も今年の甲子園は、ちょっと違った観点で観ていた。やはり現役高校球児であるムスコと同学年の子達が出ているわけだから、どうしても目の前のムスコと比較してしまう。一番の違いはやはり「体格」だ。どういうトレーニングをしているのか知らないが、押しなべて皆さん体格は良い。確かに体格だけで勝てるというほど高校野球は甘くはないが、ひとつの有利な要素であることは間違いない。あとそのほかにも、プレイの精度とか相違点はいろいろあるわけで、今まで間近で見てきたムスコたちの野球と比較すると、なんだかノンプロの大会のようにも思えてくる。しかしプレイの中に垣間見える彼らのハートは、ムスコたちのそれと何ら変わりはない。そんなこんなであれこれ考えながら観てきたが、もうあと2日で終わってしまう。甲子園の終わりは、夏の終わりを予感させるから、いつもちょっとセンチになってしまうのだ。
2011年08月18日
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明日からウチの店も三連休だ。いや正確に言えば、最後の1日は配達だけ休んで店は開けるつもりだから、実質二連休となる。そしてそのまた片方も、仕事の用事である酒蔵を訪問することになっているので、何のことはない、結局丸々休みになるのは1日だけなのである。もっとも私も休みだからといって、家で寝っ転がってボケーっとしてることはないだろうから、何かしら予定が入っていても別に差し支えはない。恒例の妻の実家行きは、今回は女性陣(妻+ムスメ×2)だけだ。ムスコは受験を控えているので。私と一緒に居残りだ。だからといってその間みっちりと勉強するかといえば、おそらくそうでもないだろうが、居残りを二つ返事で承諾したのも、もはや家族と同一行動を取ること拒否しているのだろう。まあそれはそれでいい、男の子だもの、私もそういう過程があったから。しかし女どもの居ない3日間、男2人のむさくるしい生活はどういう感じになるだろうか。ちなみに2人とも、家事はからきしダメだ(笑)。
2011年08月13日
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前回の予告どおり(?)、昨日の日曜日、『12人の怒れる男』を観に行った。これも言わずと知れた名作だが、もちろん私は初見だ。内容をご存知の方も多いと思うが、まだ観ていない方にはネタバレになるかもしれないので、知りたくないという方はここから先はご遠慮いただいた方がいいかと思う。--------------------------------------------------------いわゆる“密室劇”として有名だ。冒頭の数分と最後の1分程度、それ以外の時間にして100分くらいは、ず~っとひと部屋の中で物語が展開する。退屈かと思いきや、まったくそんなことはなく、あっという間に100分が過ぎてしまった。ある殺人事件について、被告である18歳の少年に出された死刑求刑に対し、陪審員会議で「そりゃ、当然!」とばかりに満場一致で有罪が決まろうかという時、ひとりの男が毅然として無罪を主張。残りの11人の「何考えてんだよ、テメェ」的な視線の中、理路整然と持論を展開、裁判自体が思い込みと偏見に満ちているものであることを指摘する。するとひとり、またひとり、と次第に「無罪派」が増えていき、最終的に「有罪派」は一人になった......。描き方によっては「茶番」になってしまいかねないような展開だが、そうなってないのはひとえに、練りに練られたであろう脚本と、12人の登場人物のキャラクタライズだと思う。ラストシーンでは、12人の陪審員たちが三々五々法廷を後にするとき、「申し遅れたが.....」と自己紹介し合う二人の姿が描かれている。それを見た瞬間私は、12人の登場人物に役名が無かったことに、ラストに至って初めて気が付いた。そんな映画なんて、後にも先にも聞いたことがない。しかしそれでも12人の陪審員たちの性格や人柄は、それなりに頭の中に印象として残っている。そのあたりが実に見事だと思った。
2011年08月08日
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もうかれこれ4ヶ月くらい経つのだが、春頃から声が出ないのだ。出ないと言うと大袈裟だが、声が妙にかすれるのだ。さらに正確に言うと、大声を出したりくしゃみをしたりすると、余計にひどくなる。他人には風邪を引いているかのような印象を与えているようだが、かといってノドが痛かったり苦しかったりということはまったくない。しかしこんなガラガラのハスキーボイスは、歌を歌うにはいいかもしれないが、私のような接客業にはマイナスだ。そういうわけでしばらく前に、耳鼻咽喉科の町医者を受診した。その結果、「声帯結節」との診断を下された。「声帯結節」....聞きなれない名前だが、要は声帯にちょこんとしたイボのようなものができていて、本来声帯が締まるべきときに隙間が空いてしまうので、それが原因で声がかすれる、というのだ。ちなみにこれがもっとひどくなった状態が、いわゆる「ポリープ」なのだそうだ。さてその町医者の診断によると、これはそう深刻なものではなく、無理をしなければ自然と無くなっていくものだ、ということで、飲み薬とうがい薬、そしてトローチを処方された。しばらくそれを使っていたわけだが、ところがこれが一向に改善しない。無理をしないように、と思っても、仕事柄お客さんと話はしなきゃいけないし、どうしてもお客さんを前にするとテンションが上がってしまうのだ。しかも持病の鼻炎も治りきってないから、くしゃみも頻繁に出てしまう。何とか改善策はないものか、ということで昨日、市内にある総合病院の門を叩いた。鼻の穴から内視鏡を通され、ゲホゲホと苦しい思いをさせられながらも、結局は同じく「声帯結節」との診断だった。完全に取ろうと思うと手術しか方法がないが、そうなると術後1~2週間はノドを安静にしていないといけないらしい。しゃべってはいけないとなると、「筆談ホステス」ならぬ、「筆談リカーマン」だ(笑)。もっともイボ自体は悪性のモノでもないし、日常生活に支障をきたすというレベルでもないから、手術するくらいならこのまま様子を見よう、ということに落ち着いた。たとえ一時的とはいえ、筆談リカーマンなんてまっぴらゴメンだからね。そういうわけで昨日から、意識してヒソヒソ声で話している。
2011年08月04日
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