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しつこいようだが、またまた「自粛」ネタだ(苦笑)。これほどまでに私がこだわるのは、大袈裟に言えばこの「自粛」という行動ひとつに、現代社会の様々な要素が散りばめられているようで、とても興味深いからなのだ。今秋公開予定の映画に『のぼうの城』というのがあった。「あった」と過去形になっているのは、これが東日本大震災の影響を受けて、公開が丸1年延期されたからだ。詳しくはリンクを見ていただければと思うが、要は城を「水攻め」にするシーンが津波を連想させ、時節柄ふさわしくない、というのがその理由だ。そして私も数ヶ月前に観たクリント・イーストウッド監督の『ヒアアフター』も、上映自粛となった。こちらは物語の冒頭で、主役級の内の一人の女性が、津波に巻き込まれて九死に一生を得る、というまさに“そのまんま”のシーンがあるからだ。で、このニュースが報道されると、早速ネット上では反論が巻き起こった。要は、世間が「自粛ムード」の中で沈滞しているのは経済活動を鈍化させてよくないから、この程度のことで自粛なんかしちゃいけない、ということらしい。まあ何と勝手なことか、と呆れてしまう。昨今の「自粛なんかするな」というのは、いわゆる「空気」だと思う。そしておそらく、その前の段階としては「こんな時だから自粛しろ」というのが空気だったと思う。そしてその場その場の「空気を読むこと」に振り回されているのが、今の日本の現状だろう。私個人的には、今回の映画会社の判断を尊重したいと思っている。『のぼうの城』はもちろん観てないが、少なくとも私の観た『ヒアアフター』の冒頭の津波シーンは、今回の大震災を鑑みるとあまりにも痛々しく映る。これは花見やスポーツイベントの自粛とは、あまりに次元の違う話だ。しかし世間では「自粛」という言葉の下に、同列に捉えようとしてはいないだろうか?そもそも「自粛」という行動は、それ自体に「正解」も「間違い」もなく、各々の判断で決めればいいことで、それに対して他人がとやかく言うことではない。もっとも一時の「自粛しないで経済を回しましょう」的なキャンペーンは、その時の状況がともすれば自粛せざるを得ないような空気だったことから、そういう呼びかけは必要だったと思う。しかしその言葉だけが独り歩きし始めてしまっているようだ。あるひとつの事柄を「自粛」することについて、それがあくまでも周囲の空気に流されず、当事者自身が判断した結果ならば、周りはそれを尊重しなければいけない。「自粛する自由」は保障されなければいけない。そういえば今、メディアでよく流されているのに、「ひとつになろう」というスローガンがある。言いたいことは分かる、何かを為す時には力を合わせた方が、物理的にはやりやすいし上手くいくことも多い。しかし頭の中まで「ひとつになって」しまってはいけない。
2011年04月30日
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今回も統一地方選挙が終わった。統一地方選挙は国政選挙と違い、私たちのごく身近な舞台で行なわれるから、私たちの生活や仕事にも何かと影響がある。今はもうそんなことはないが、県議・市議の選挙というのは、かつては私たちの商売にとっては、これ以上ない稼ぎ時だった。選挙事務所を開設すれば「祝・事務所開き」、告示日には「祈・必勝」、当選が決まれば「祝・御当選」.....という具合に、それぞれの節目にそういったのし紙を掛けたお酒(だいたい一升瓶2本)を大量に売り捌いたものだ。こういうときには銘柄が特に問われることはなく、だいたいは酒屋サイドに任されるので、特に縁起の悪い名前でなければ何でもオーケー、自分の売りたい銘柄を売ることが出来た。中には地酒メーカーで、「必勝」と大書した包装紙にあらかじめ巻いてあるお酒を出荷するところもあり、結構いい商売をしていたみたいだ。もちろん今ではそういった需要は、ほとんどと言っていいほど無くなってしまった。公職選挙法だったか政治資金規正法だったか、今はもう忘れてしまったが、その手の法律の改正がキッカケだったようにも思うが、候補者の方でもクリーンさを演出する手段の一つとして、そういったものを受け取らない、ということを明言する人もいた。ただこういうお酒の提供が本当に法に触れるのかどうか、というのが、実際のところ私にもよく分からない。以前ネットでいろいろと調べてみたことがあったが、これがまた解釈がずいぶんバラバラに分かれていた。陣中見舞はダメだが、当選後の御祝は良い、とか、現金ならOK(もちろん収支報告所に記帳の義務アリ)だが、お酒はダメ、とか、いろいろと言われているが、とりあえずヤバそうなことなら止めておいた方が無難、ということなのだろう、みなさん自粛しているようだ。もっとも「昔は良かったなあ」というノスタルジックな気持ちで、これを書いているわけではない。確かに商売としてはかなりの旨みがあったが、お酒にとっては不幸なことだったと、今にしてみれば思う。日本酒離れが加速していたにもかかわらず、こういうときのツールは相変わらず日本酒で、誰もビールなどを贈ろうとはしない。要するに“楽しむための”酒ではなく、単なる“モノ”でしかないのだ。その結果、誰にも飲んでもらえないほどの量の日本酒が、市中に溢れかえることになる。それらがその後どうなったか分からないが、受け取った候補者が有権者にバラまくと違法なので、酒屋や飲食店に安価で引き取ってもらっていた、などという話も聞いたことがある。なんとも可愛そうなお酒たちではないか。量的に見ると一時よりもずっと日本酒の販売量は減っているが、今は皆さん、自分で楽しむためのお酒を納得の上でおカネを出して購入されている。かつてに比べればはるかに健全な状況だと思う。
2011年04月26日
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「東北地方のお酒を飲んで、復興に協力しよう!」という気運が、このところ全国的に広がっている。私自身も基本的に賛同して、そういう理念に添った販売方法も考えている。ただそういった掛け声や、お客さんの側の盛り上がりだけでは、万事うまくいかないのが難しいところ。昨日、とあるお酒の卸問屋の営業マンと話をしていた時のこと。この問屋さんは、自分のところの取扱い銘柄の中から、東北の蔵元の商品をピックアップし、「ガンバレ、東北!」とばかりに売り込みを掛けているところだ。で、その営業マンが言うには、一部の蔵元で注文が殺到し、パンク状態になっているとのこと。なるほど東北の蔵元といっても、その大半はごくごく小さいところで、自分の身の丈に合った生産能力しか有していないところがほとんどだろう。しかもそういうところが被災してたりすると、生産能力はさらに落ちる。そんな状態だからしょうがないじゃん、と割り切ってもらえばいいが、せっかく皆さんに応援してもらってるのに、品切れじゃ申し訳ない、などと気にしてもらっては本末転倒だ。今のこの「東北の酒を!」という気運、ある意味「ブーム」と言えなくもない、そんな気もする。もちろん皆さん、純粋な気持ちで東北を応援しようとしておられる、それは痛いほど分かる。ただ、それならば、これから10年間、東北のお酒ばかりを飲めるかどうか?少々意地悪い質問になってしまったかもしれない。しかし東北地方の復興というのは、2~3年くらいで何とかなるものではなく、おそらく10年以上の長いスパンで考えなければいけないことだ。それが成るまで、東北を支えていかなければいけない、そういうことだ。しかしながら世の常として、ブームというものは短期的に収束する。今から2~3年経った時には、誰も東北のお酒なんて言わなくなっているよ、なんてこともあり得る。しかしそれではいけないのだ。長く支えていくためには、たとえ細くとも「続けていく」ことが大事だ。設備投資など端から考えない中小の酒蔵にとって、本当に必要なのは瞬間爆発的なニーズではなく、長期に安定したニーズだと思う。一時のブームのように東北のお酒に群がるのではなく、10年以上の長いスパンで東北のお酒を飲み続けられるよう、今はそれ以外にもあれこれ幅広く楽しんでてもいいんじゃないだろうか?
2011年04月21日
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昨日は学生時代の友人を訪ね、彼の地元でランチを共にした。彼が選んでくれた店は、地元で何十年も続いている老舗の洋食屋さんだった。それは街道から少々奥に入った住宅街の中に、ひっそりと立っていた。これだけ悪い立地でも結構お客さんが入るとのことなので、料理人としての腕は確かで、地元の人たちに必要とされているんだな、ということは充分に見て取れる。ランチのセットメニューをオーダーしたが、そこいらのこじゃれたレストランのような気取った盛り付けなどではなく、見た目は極めて素朴なのだが、しっかりした味だ。単純に「美味しい」というのではなく、「しっかりした味」というところに、私の言わんとするニュアンスを感じ取っていただければと思う。お値段も手頃で、いたく満足して店を出た。こういう「個人の」「普通の」店で食事をすることが、どんどんなくなってきているように思う。例えば先週、滋賀県まで行ってきたが、その際にも昼時になって何か食べたいと思ったとき、走りながら街道沿いの左右にずっと目を配っても、そこで目に付くのはどこにでもあるような、いわゆるナショナルチェーンの店ばかりだったりする。わざわざ街道を外れて個人の店を探す余裕もないから、結局そういう類の店で済ませてしまうことになる。個人の店が良くて、ナショナルチェーンがダメ、などという短絡的な結論で片付けるつもりはない。単に私自身が個人店のオーナーだということで、同じ境遇の店にシンパシーを感じるまでのことだ。例えば友人との飲み会のとき。たいてい仕事の都合でひとり遅れて合流することの多い私であるが、同行者から事前に「どこに行こうか?」という相談を受けることがよくある。そんなときに私の答えはいつも決まっている。「どこでもいいけど、チェーン店でないところ」(笑)ちょっとエラそうに書いてしまうと、個人経営の店はそれだけで「文化」だと思う。だから多種多様な個人経営の店が、それぞれ充分に潤いながら永く続けていられるところは、それだけで文化度が高いと言ってもいいと思う。文化は守り育てていかなければいけないのと同じく、個人経営のお店もそこへ通うことで支えていかなければいけない、と思う。とこんなことを書いても、結局は消費者の選択の問題であって、個人経営であろうがなんであろうが、良い店は続くし、そうでない店は淘汰される。これは厳然とした事実だから、店側ももちろん甘えるわけにはいかない。ただ地域の中で、ここはぜひ残って欲しい、という店があれば、それは地域の人々の手で支えていってやって欲しいと思うのだ。よく、どこそこの老舗の飲食店が廃業するということが明らかになると、閉店の日まで別れを惜しむお客がワンサカと詰め掛けて、口々に「やめないで欲しい」とのたまう光景が紹介されることがある。でもそう思うんだったら普段から来てればよかったじゃないか、と、そういうのを見ながら私はいつも思う。赤字ローカル線にも共通するハナシだな。しかしここまで書いて、これはひょっとしたら私が自分の店を正当化するために書いたと思われるんじゃないか、ということが心配になった。もちろんこれはあくまでも一般論であって、私自身はお客さんに甘えるつもりはない。しかし必要とされる店になりたい、ということは常に考えている。今日び、酒を買う場所なんていくらでもあるんだから、お客さんに必要とされなければ、我々が存在している意味などない、ということは自分たちが一番よく分かっているつもりだから。
2011年04月18日
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しつこいようだが、また「自粛」のことについて書く。このブログを以前からお読みいただいている方には、私が「酒を悪者にしないでほしい」というフレーズをよく使っていることをご記憶かと思う。酒にまつわる犯罪・事件・事故などがあったときに、つい槍玉に挙げられるのが悲しいからである。何でこんなことを書いているかというと、今この状況下で、まさに「花見」が悪者にされているかのような印象を受けるからだ。東京都が花見の自粛を呼びかけたとこは記憶に新しい。このことに対して私も異を唱えたが、その趣旨自体は全く理解できないものでもない。ただ、単に「花見を自粛せよ」というだけでは言葉足らずだ。どうせなら、「東日本大震災に鑑み、お花見に乗じての常軌を逸した騒乱、泥酔・嘔吐などの迷惑行為は、自粛していただくようお願い致します」とでもすればよかったのだ。要は言いたいことはその辺りなのだろうから。しかし「花見」を「自粛」と言うが、そういう言い方になると、「花見」自体がなんだか悪いことをしているような、ネガティブなイメージに取られてしまう。しかし「花見」はあくまで「花見」、ただ花を眺めて愛でる、それ以外の何物でもない。そう考えれば、少なくともそれを「自粛」するなどという発想は出てくるはずがない。ひょっとしたら一般大衆の持つイメージも、夜桜の下でドンチャン騒ぎをやるようなイメージが支配的になっているかもしれない。それはそれとしても、行政の側までもが明らかに同じイメージで固定してしまっているかのような言い方をするのはいかがなものか、と思うのだ。「花見」は「自粛」を気にしながら、後ろめたくやるようなものではないはずだ。
2011年04月14日
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三重県と滋賀県を結ぶ国道421号線、この道の県境には「石槫(いしぐれ)峠」というのがある。この道を通ったことのある方ならご存知だろうが、これがまた凄まじい所なのだ。私がまだ若い頃、特に当てもなく滋賀県までドライブしたことがある。往きは国道1号線で鈴鹿峠を越えて、滋賀県内をブラブラしたあと、421号線で三重県に戻ってくる、というように漠然と考えていた。そして帰途、いざ三重県に戻るべく、421号線を東に向かってクルマを走らせた。鈴鹿山脈に向かってだんだんと道は山の中に分け入って行き、道は細く、カーブもきつくなってくる。もうかなり上ってきたかな、というところで、どうやら峠のてっぺんらしい、少々開けた場所に出た。そこで私が見たものは、信じられない光景だった。三重県側に下っていく道の降り口のところに、コンクリートブロックがゲートさながらに、左右にデンと据えられているのだ。しかもその間隔はきわめて狭い。私のクルマ(店で自家用兼用に使っていたファミリアバン)でそこをすり抜けるのは無理だ、と直感した。なんてこった、ここは通行止めだったのか......。それならもう一度麓まで戻って、別のルートを選択するより他ない。かなりの遠回りになるから、時間的には相当のロスだが、致し方ないだろう。そんなことを考えながらクルマに乗り込み、反転するべくクルマを切り返そうとしようとしたとき、またもや信じられない光景に出くわした。滋賀県側から登ってきた大型車(たぶんクラウンだったと思う)が、私のクルマの脇をすり抜けて、何事もないかのようにゲートを抜けて、三重県側に姿を消したのだ。えっ!?何コレ、通行止めじゃないんだ!しかもあのクルマが抜けられるんなら、自分のクルマだって抜けられるはず!初心者マークこそ張っていないものの、まだまだ運転に関して絶対の自信があったわけではない頃の私ではあったが、もうこれは行くしかなかった。まずは恐る恐るコンクリートブロックのゲートを通過、そして下り坂に入る。気のせいかもしれないが、これが滋賀県側よりも数段キツイ勾配、しかも道はクルマ1台通るのがやっと、というような極細の道だ。この時、あのコンクリートブロックのゲートの意味がようやく解った。あそこを抜けられないクルマがこんな道を走れるわけないのだ。しかし私のようなクルマでも、もし対向車が来たらどうしよう......という心配は走り始めてからずっと頭の中にあったが、幸いこの区間が終わるまでに対向車は1台も無かった。もし対向車があったりしたら......と考えると、今でもゾッとする。峠を下り始めてから数分くらい走ると、前方にまたもやコンクリートブロックのゲートが現れた。これが出口のようだ。そこをまた恐る恐る抜けて、ようやく緊張から解き放たれた心地がした。ずいぶんあとになって、カーナビが普及し出してくると、カーナビに騙されて(?)この峠まで連れて来られ、エライ目に遭った、などという体験談をいろんなところで見聞きし、その度に自分の体験を思い出しては、クスリと声に出ない笑いを口元に湛えたものだ。「酷道」などと揶揄され出したのも、その頃からではなかったかと思う。そしてこの時以来、この区間を再び通ることが無いまま「酷道421号線」は、2008年の集中豪雨で相当な打撃を被り、通行止めとなってしまった。そして今年の3月、この峠のずっと下をぶち抜く「石槫トンネル」が新たに開通した。実は昨日、そこを通って滋賀まで行ってきた。約4キロメートルのトンネルを、たった4分足らずで何事もなくくぐり向けた。トンネル内を走りながら、その頭上のコンクリートゲートにビビッたのが、ついこの間のようでもあり、遠い昔のようにも感じられた。この「酷道」区間を詳細にレポートしたブログを見つけたので、私の文章だけで分かりづらい方はこちらを見ていただいた方がいいかと思う。また通行止めになった後に、その区間を車載カメラで撮影しながら通ったツワモノもいたようで、その模様がYouTubeにアップされている。これは道が被ったダメージの具合がよく分かる、貴重な映像だ(もっともその行為は、決して誉められたことではないが)。そしてこちらが新しい「石槫トンネル」だ。
2011年04月11日
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東北地方太平洋沖地震の発生以降、何かと「自粛」の動きが目立つ。そしてまたそういった動きに対して、異議を唱える向きもある。片や、「こんな状況下で○○などしている場合だろうか!?」と思えば、一方では、「こんな時だからこそ平常でいることが大事だ」と言う。それぞれの言わんとすることは理解できるが、私個人的には、後者の方の立場に近い。しかし結局は、当時者の判断に委ねるしかないし、それについてあまりとやかく言うべきでは無い。問題は、これがあくまでも“自発的な”自粛であれば構わないのだが、たいていの場合、「自粛せざるを得ない雰囲気に追い込まれてしまう」、言ってみれば“他粛”であることだ。実際にそれを堂々と公言した、某知事もいたしね。自分たちの行動すら、自分たちの頭で判断して決めることが出来ない人間が蔓延している――――いや、ひょっとするとそれを許さない――――社会になってしまっていることに、言いようのない気味悪さを覚えてしまう。
2011年04月07日
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