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今年最後の「トンネル越冬隊」ですが・・・ご承知のように忙しい・・・したがって「予約日記」になりますがあしからず。「17.トンネル越冬隊」「山鹿美子」という地元紙の記者を、男一人で住んでいるところによこす、新聞社の上司の神経も疑いますけど、本人もまったく気にしていない様子で、逆にどのように扱っていいのか、私自身困りました。「トンネルの取材って言われても、トンネルは男の仕事場ですからねえ・・・女性の立ち入りは禁止なんです」「だって、新幹線のトンネルだって道路のトンネルだって、出来上がれば女性だって入れるじゃないですか・・・・なんで工事中はだめなんですか?」「だめって言われてるのに無理やり入って、もし事故が起きたとしたら誰が責任を取るんですか?」朝食を取りながら、「トンネルの中の写真を撮りたい」と要求されましたが、私は昨日香織ちゃんたちが来て、トンネルに入ってみたいというのを松本君が断った理由を使って、うまく断ろうと思っていました。「工事中はだめ、って言う事なんでしょ?・・・・今は誰もいないんだから工事中じゃないし、それなら出来上がったトンネルを新幹線に乗ってくぐるのと同じじゃないですか!」当時、女性の大臣が大相撲の表彰式で土俵に上がれるのか・・・という問題が物議をかもしていて、トンネルの工事に女性記者の取材をさせるかどうかという問題もクローズアップされていました。(佐々木副所長も、こんな大問題を私に押し付けるだなんてどうかしてるよ)私はただのダイナマイト係であり、工事係です。ここでこの山鹿という女性記者の言いなりになったら、私は日本中のトンネル坑夫から、「あいつが最初にトンネルに女を入れたんだ」と一生言われ続ける事になるのです。彼女の狙いもきっとそこにあるのだと思います。「日本で最初にトンネル工事を取材した女性記者」これは彼女の記者人生においてはかなりの勲章になるに違いありません。「トンネルの写真なら、工事中の状況写真からそれぞれの工事種類ごとの写真、それぞれの寸法写真まで、工事の記録で取ってあります。・・・それを差し上げますから、このまま帰ってください」私は工事用のアルバムを開いて、好きな写真数枚なら持っていっていいと、その女性記者に譲歩したつもりです。ネガもきちんと整理されていますから、数枚の写真なら何とかなります。「あたし、佐々木副所長さんから許可をいただいてきてるんですよ?」「それなら私も言いますけど、私には、取材許可を出したという上司の電話を一本も受け取っていません」お互い押し問答を続け、疲れてしまいました。「とりあえずコーヒーでも飲んで落ち着きませんか?」朝食は、昨日寸胴をかけたままでしたのでまたうどんを食べたのですが、少ししょっぱめだったのと、今お互い口角泡を飛ばすような議論をしていたので、のどが渇いていたのです。休戦協定を結び・・・・しばらくはコーヒーの豆を挽いたときの匂いで少し落ち着いてきました。「杉田さんは何で留守番する事になったんですか?」違う方向から攻めてこようというのでしょうか・・・・・・彼女はそんな質問をしてきました。「私がダイナマイトの保安責任者だという事と、・・・・独身なんでねえ・・・家族もちよりも頼みやすかったんでしょうね」「ヘエ・・・独身なんだ・・・・・恋人は?」「いますよ・・・・来年の5月には結婚します。」「ねえ・・・あなたの写真一枚撮らせてくれない?」「いいですけど、何に使うんですか?」「あたし、今コーヒーの匂いをかいで、ちょっと冷静になって考えてみたの・・・あたしは行き倒れになってあなたに助けてもらったわ・・・・その命の恩人がこんなに嫌がってるのに、トンネルに入るっていうのは恩を仇で返すことになると思うの。・・・・・だからあきらめるけど・・・・どうだろう?”トンネル工事のお正月”って言うコラムを書いてみようかと思って・・・・・」「それなら・・・・・決してトンネルの中に入らないって約束してくれれば・・・・」彼女は約束してくれましたが、私は彼女に誓約書まで書いてもらいました。もし、トンネル内部の写真が新聞記事に載ったときは、約束を破ったという事で裁判になったときの証拠になるのではないかと思ったからです。「信用がないのねえ・・・・杉田さんて、まじめなんだ」彼女は少しからかい気味にそういいました。私の写真は、坑口で撮る事にしました。「工事関係者らしく、ちゃんとヘルメットをかぶってね・・」彼女の指示もあり、私はトンネル用のヘルメットをかぶりました。「あら、普通のヘルメットじゃないのね?可愛い・・・・・」普通の道路などの工事用ヘルメットを見る機会は皆さんにもあるでしょうが、トンネル工事用は普通のヘルメットの回り全部につばがついている、いわゆる麦藁帽子型のヘルメットです。頭の後ろの方にもつばがついていますから、雨が降っていても首筋を濡らすことがないようにできています。マア、それだけトンネル内はあちこち天井から水が滴り落ちているのです。ついでに豆知識として教えておきますが、トンネルは上り勾配と下り勾配とではどっちが掘りやすいかご存知でしょうか・・・・・そう・・・これは絶対上り勾配の方が掘りやすいのです。下り勾配のトンネルを「突っ込み」といいます。この突っ込みは、下りですから天井から滴る落ちてくる水が、全て切り羽に溜まるのです。酷いときは、1メートル近くも溜まり、腰まで水に浸かって作業しなければなりません。上り勾配の場合は、水が溜まることなく全て坑口から外に出てしまいますから、作業には影響ないのです。そんな話も、、私はこの女性記者に教えました。わたしの写真を撮り終え、そこへタッキーがやってくると、タッキーと私の2ショットの写真も撮ってくれました。「わたしも一緒に写っていいかな?」最後に、セルフタイマーを使って3人・・・・いや、2人と一匹で写真を撮ったのです。それも測量用の三脚を使ってうまく撮影できたようです。「これだけ素直に言う事を聞いてくれるんなら、しばらく泊まっててもらってもいいかな・・・」私は、やはりこの時からおかしかったんではないでしょうか・・・・・ 続く
2016.12.31
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大晦日ですね・・・今晩年越しをしたら、神社に一年間のお礼に伺おうと思ってます。そのあとはお寺に行って「三朝祈祷・初日」に行ってきます。お寺への新年の挨拶です。神社に行くのは今年中・・・お寺は新年と、ちょっとした時間のずれですけどね・・・神社への初詣は・・・朝になってから義勇組の門付の後に行きますよ。「16.トンネル越冬隊」危ない危ない!・・・タイトルを書くとき、危うく「トンネル探検隊」って書くところでした。探検なんかしません・・・・・越冬隊ですから・・・・・・ 火薬庫のそばで「拾った」女性は、昏々と眠り続けていました。本当なら救急車を呼ばなければならないんでしょうが、なぜかためらわれたんです。それは、もしニュースなんかになったら様々な憶測が飛び交い、マスコミの取材攻勢を受けるだろう事が容易に想像できたから・・・・・以前この現場で起きた「殺人未遂事件」の取材でも工事の邪魔をされ、後々工程の遅れを取り戻すのに大変だったことがあり、そのことが頭の片隅をかすめていました。「明日になってまだ、目を覚まさないようなら・・・その時は救急車を呼ぼう」その女性が死んだら・・・・なんてことは考えなかったんでしょうね。冷たい男だ・・・なんて思わないでください・・・・・この二日だけでも異常なことがあまりにも多すぎて、思考回路がショートしていたような気がします。しかし幸いなことに、彼女の顔にはだんだん赤みがさしてきて、寝息を立てて眠っているようです。「大丈夫だろうな」私は勝手にそう思い込むようにして、彼女の濡れた洋服を持ち、乾燥室に干しにいきました。事務所に戻るとき食堂を通ると、さっき掛けたままにしておいた出し汁の寸胴がそのままになっていました。「ああ、晩飯まだだったなあ・・・・・」もう11時を過ぎていたのですが、ガス代に火をつけ温めなおします。「おい、タッキー・・・飯だぞ」私は新聞紙を広げ、その上に鶏がらを置きました。タッキーはノソノソとやってきて、その鶏がらに喰らいつきます。半ば野生化した犬ですから、鳥を捕まえて食べることもあったでしょう・・・・器用に残された肉の部分は食べますが、小さな骨は齧ろうともしません。「そうか、骨が細かくて危ないからな・・・・そうだな・・・オジヤでも作ってやるか」まだ充分に温まっていない出し汁を小さなボウルに移し、そこへ冷凍したご飯のパックを入れてやると、ちょうどいい温度になったようです。まだご飯は固まったままでしたが、少し汁がしみて美味そうに食っていました。だし汁の中に、ちぎった「油揚げ」が少しだけ入っていました。タッキーはその油揚げも美味そうに食べます。「お前・・・変わった犬だなあ」その時、私の頭の中に何かが触れたように感じました。「そういえば、狐も狸も”イヌ科”だったよな・・・・人を化かすって言われてるのはイヌ科か・・・じゃあお前も人を化かすことができるかもな・・・・」初め、冗談のようにつぶやいた一言でしたが、その思いが徐々に増幅していくような気がします。この犬は、野良犬にしてはあまりにも賢すぎるような気がしました。夕飯を終え、彼女の寝姿をずっと見ていましたが、そのうち疲れていたのでしよう・・・・私も、自分の机に突っ伏すようにいつの間にか寝ていたのです。翌朝、私は女性の声で目がさめました。「あのう・・・・すみません・・・・起きてくれませんか?」何かに戸惑っているような声でした。無理もありません・・・・なにかの理由で、山道に迷い込み火薬庫のところで倒れこんでいて、気がついたら、この事務所に運ばれていたのです。「ああ、気がついたんですか」私は、椅子で寝込んでしまったことを思い出しましたが、いつの間にか、彼女のかけていた毛布が私の背中からかけられていました。「だいぶ前に気がつかれてたんですね・・・すぐに起こしてくれればよかったのに」私のジャージを着ていたので、少しだぶだぶの地味な服装でしたが、20代後半から30代くらいの美しい女性で、そんな地味さを感じさせない人でした。「あのう・・・私の洋服と荷物は?」「申し訳ないんですが、かなり濡れてたんで、脱がせて乾かしています。・・・スミマセンでした・・・・・でも、荷物は見なかったなあ?ジープのヘッドライトだけで彼女を見つけたのですから、周りまでちゃんと見ていませんでしたが、彼女の身元を確かめるために、ダウンジャケットやズボンのポケットを探しても、身元のわかるものどころか財布やハンカチなども入っていませんでした。「洋服はもう乾いていると思います・・・・向こうの乾燥室にあるから着替えていらっしゃい・・・・その間に、あなたを見つけたところをもう一度探して見ます」「すみません、小さな黄色のナップザックですから」そういうと、彼女は指示された乾燥室のほうへ行ってしまいましたが、なぜかタッキーも一緒についていってしまいました。「じゃあ、私、その荷物探しに行って見ますから」私は、彼女の向かった方向に大きな声でそういい残し、ジープに飛び乗ったのです。夕べは雪が降りませんでした。したがって、火薬庫のところにはジープの轍がくっきりと残り、彼女の倒れていたところもはっきりと特定できました。そこから1メートルぐらい離れていたところに、そのナップザックは落ちていましたが、そこはゆうべ、タッキーが私を先導してきたときに立ち止まったあたりです。「賢いといっても、ヤッパリ犬だな・・・・気が利く奴なら荷物も一緒に持ってくるはず」私はタッキーを人間扱いしていることに気づき、思わず笑っていました。荷物を開けて見ることはしませんでしたが、外からの感触で、大きな一眼レフカメラが入っているように思います。「ああ、カメラマンか・・・・冬山の写真でも撮りに着たんだろうな」勝手な解釈をしながら、私は事務所に戻りました。事務所では、既に彼女が着替え終え、しっかりとダウンジャケットまで着込んでいました。事務所に入って、私が荷物を手渡しますと、彼女はにっこり微笑み、「アア、見つかったんですね・・・大事な商売道具・・」そう言って受け取りました。「カメラマンさんだったんですね?」私が問いただすと、「アア、失礼しました・・・助けてもらったお礼も言わないで・・・・私こういうものです。」彼女は、ダウンジャケットのポケットから名刺入れを取り出し、私に名刺を一枚くれました。「津軽ディリー株式会社 記者 山鹿 美子」「津軽ディリー」は、現場事務所でも毎日、佐藤事務長が買ってきてくれる新聞で、名刺に書かれてある社名も、新聞の題字に使われてある書体で書かれていました。しかし、私は、なぜか違和感を覚えたのですが、その時はその何かがわかりませんでした。「ヤマガ ヨシコさんですか・・・・アア、申し送れましたが、私この工事現場の留守番してる・・・・」「杉田さん・・・・ですよね?」なぜか彼女は私の名前を知っていました。「実は佐々木副所長さんを知ってまして、トンネル工事のお正月休みを取材させてくださいって言ったら、杉田さんっていう人がいらっしゃるから、行ってみなさいって言われたんです。」佐々木副所長から電話があったのに、その時は何も言ってくれませんでしたが、もしかしたら、「こういう人が行く」ということを伝えるために電話をよこしたのかもしれません。「でも、この冬道を、歩いてくるだなんて無謀だなあ」私がそう言うと「いえ、途中まで運転してきたんですけど、ご存知かもしれませんが青森市はいま大雪になってまして・・・・途中から車が動かなくしまったんですよ。戻るにも戻れないし・・・地理的にこっちに来たほうが近いかなって思って・・・」歩いて現場事務所に向かったのだが途中行き倒れてしまったのだそうです。しかし、それも変な話です。この現場では、火薬庫での轍の跡がはっきりと残っているように、雪が降っていないのです。私は、テレビのスイッチを入れました。ちょうど、県内の情報番組の時間で、キャスターが青森市の大雪情報の話しをしていました。「そんなに、大雪になってるんだ・・・・・・」私は画面を見ながらつぶやいていました。その時、「グウ」という音が聞こえました。彼女の顔を見ると、真っ赤になっています・・・「私のおなかの音です」「アア、いまご飯の用意をします、ちょっと待っててくださいね」私はあわてて台所に立ちましたが・・・・「変な女の人だなあ・・・・俺が、濡れた洋服を脱がせて下着姿を見たことはわかっているくせに、そんなことより、おなかが鳴ったほうが恥ずかしいのか?」とにかく、不思議な出来事ばかりの山の生活になってきました。1週間、何もせずに、ただの留守番のはずだったのに・・・・・・ つづく
2016.12.31
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昨日・・・10年前の日記を読んでみました。すると・・・当時の青森県の「県民所得」は、東京都のそれの「53パーセント」開発途上国のものより低いんですよ。今だって・・・東京はオリンピック景気なんかで景気はいいんでしょうから・・・総理!!!青森県を何とかしてくださいよ。「15.トンネル越冬隊」犬を洗ってやりたい・・・その一心で風呂場に連れてきたもののまさか自分で浴槽に飛び込むとは思っても見ませんでした。私は自分が子供のころ飼っていた犬が、水を嫌ってなかなか洗わせてくれなかったことを思い出していました。兄弟3人で押さえつけ、無理やり洗ってやったものの、本当に汗だくになったものでした。「コリャしつけがいい家庭で飼われてたんだな・・・」という事は棄てられたものではなく、きっとなにかのきっかけで逃げ出したものかもしれません。綺麗になった犬を、バスタオルで拭いてやり、さて自分ももう一度風呂へ入ろうかと思いましたが、浴槽の水がかなり汚れていたし、とりあえず水を全て棄てて浴槽を洗わなくちゃなあ・・・・「働かないと飯も美味くないしな・・・・・」さっきの昼食が餅二枚でも多かったので、私はこの広い浴槽を洗い、少しでも体を動かそうと思っていました。浴槽のお湯を棄てて、ホースを使って水をかけます。スポンジに洗剤をつけて浴槽の内側をこすりましたが、さすがに銭湯ほどの浴槽なので時間がかかります。1時間ほどかかりましたが、犬は隣の乾燥室にいてじっと見守っていてくれたのでした。事務所に戻ったときも、まとわりつくこともなくあとをついてきました。私は冷蔵庫から牛乳を出し、ドンブリ1個にそれを注ぎ、犬の前におきます。「お前・・・ずっとここに住みつく勢いだな・・・・」そう言いながら頭をなでようとすると、犬はとがめるように頭を引っ込めます。さっきは体をくまなく洗ってやっても嫌がらずにいたのですが、頭をなでられるのは嫌なようでした。まるで、「お前の飼い犬ではない」とでもいうように・・・・・・「休みが終わって、そのあと俺が10日間もいなかったら、お前の面倒をみる奴はいないぞ・・・・」あの工事主任が、犬を現場で飼うなんて賛成するわけがありません。「マアあと5日間だけ・・・それで勘弁しろよ・・・・・東京から帰ってきたら、ばあちゃんと相談して、残飯の餌はもらってやるから」犬は「そんなことわかってる」とでも言いたげな表情になりました。そういえば、さっき昼飯に肉を与えたときも、尻尾を振って喜ぶという事はせず、「お前をカモシカから守ってやったんだ・・・・この肉は当然の報酬だ」とでも言いたげだったような気がします。「それにしても、あと5日・・・・仲間ってことでやっていこうや」私は声を出して、犬の同意を求めましたが、もちろんそんなことに返事をするわけがありません。「でも、名前がないと不便だよなあ・・・・・どうだいタッキーっていう名前は?」実はこのトンネル現場に一番近い集落は「滝沢」というところでした。その地名から「タッキー」という名前にしようかと考えたのです。しかし、「そんなことはどうでもいい、呼びたきゃ勝手に呼べ」とでもいうような表情を浮かべたように思います。しばらくの間、私とタッキーはテレビを見て過ごしました。年末特番が多く、お笑い芸人たちが面白いことをしていますが、私が声を出して笑った場面では、タッキーも顔を持ち上げ画面を見るのですが、すぐに「なんだつまらん」というような表情をし、顔を下げてしまいます。そのうち、一緒にテレビを見るのに飽きたのか、タッキーは急に立ち上がり、玄関の引き戸をがりがりと引っかき始めました。「え?外に出たいのか?・・・晩飯までには帰って来いよ」私は戸を開けてやりました。タッキーはその開けた戸の隙間からゆっくりと外へ出て行きました。私もテレビを見るのをやめ、晩飯の支度を始めます。雑煮の出し汁が大きな寸胴に作ってあり、それは雪室の中に入れてありました。今日はその出し汁を使い、鍋焼きうどんを作ろうと思いました。タッキーには、その出汁をとった鶏がらを準備してやりました。タッキーが戻ってきたのは6時をちょっと過ぎたころだったと思います。私は鍋焼きうどんをタッキーと一緒に食べようと思っていましたから、寸胴をガス台にかけたままでした。「おい、遅いぞ・・・俺は腹が減っちゃったよ」爪を器用に使って引き戸を開けたタッキーに、私は少し文句をいいましたが、タッキーがわたしのズボンの裾を引っ張るのです。「な、なんだ・・・どうしたんだ?」ズボンの裾を引っ張るのを辞めたタッキーは、今度はジープのドアに手を掛け、私にジープを運転しろと言っているようでした。私がエンジンをかけると、タッキーは「自分のあとをついて来い」とでも言うように、ジープの前に立ち、私を振り返ります。「なんだか知らんが、ついていけばいいんだな?」私がそう言うと、タッキーは先導するように走り出します。私もあわてて、彼を見失わないようにライトを上向きにして追いかけました。どうやら方向は火薬庫に向かっているようです。「ダイナマイト泥棒を見つけたんだろうか?」タッキーがダイナマイト泥棒に遭遇し、私に報告するための戻ってきたような気がしましたが、もし相手が武器を持っていたらどうしようか・・・などと考えてしまいました。しかし、タッキーが私に教えたかったのは泥棒ではありませんでした。火薬庫からさらに30メーターほど行ったところに、タッキーは立ち止まり、私のほうを見ていましたが、ジープのヘッドライトに照らされ浮かび上がったのは、赤いダウンジャケットを羽織って行き倒れている女性だったのです。「何でこんな山奥に?・・・・なぜ女性が?」しかし、降りて彼女の体に触れてみるともう冷え切っていて一刻を争うような状況だと判断できました。私は、その女性をジープの後部座席まで抱え上げて乗せましたが、まだジープ自体の温度が上がりきっていなかったので・・・急いで事務所に引き上げました。ジープから彼女を降ろし、事務所のストーブのそばにあるソファーに寝かせましたが、洋服はじっとりと濡れていました。若い女性でしたので躊躇いはありましたが、ダウンコートだけは脱がせる事にしました。それでも彼女の意識は戻らなかったのです。「「もしも~し・・・・生きてますか~」呼びかけましたが、返事はありません・・・・・・「濡れたままだとまずいな・・・・」私は思い切って彼女の洋服を、下着だけ残し全部脱がせました。そして、私が昨日洗濯して乾燥させていたジャージを着せたのです。それから部屋に行って毛布を取って来ると彼女をその毛布でおおったのです。ストーブの熱で、彼女の表面の体温はかなり熱くなってきたのですが、意識は戻らないまま・・・・・・私は、翌朝までまんじりともせずに、彼女の看病を続けたのです。 続く
2016.12.30
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今年も今日と明日・・・二日を残すのみとなりました。お正月は皆さんも「トンネル越冬隊」を読む時間もないでしょうから、1話ずつにします。今日は14話と15話・・・明日31日は16話と17話・・・あけて新年最初は「18話」になります。「14.トンネル越冬隊」ウインナーソーセージを食べ終えると、犬はどこかへ行ってしまいました。「きっとトンネルの中にでも戻ったんだろう」私はそう思うようにしました。いろんなことがありすぎて、これ以上疲れたくないという気持ちもあったのでしょう・・・・よけいなことを考えたくありません。「そうだ、一度しっかり火薬庫の残数の確認をしておこう」まだ日の明るいうちに、火薬庫にチェックに出かけると・・・火薬庫の周りには数頭のカモシカがいました。前にも書きましたが、カモシカはダイナマイトの匂いが大好きなんです。自分達が「天然記念物」であることを知っているかのように、人間が近づいても、決して逃げようとはしません。逃げもしませんが、悪さをすることもありませんので、私は火薬庫の鍵を開け中に入りました。ダイナマイト残数は「3号桐ダイナマイト」が7箱、1575本・・・そして「2号榎ダイナマイト」が2箱、450本・・・いや、一本使っているから、正確には449本残っているはずです。大きな箱に入っている分は数える必要がないので、私は、手をつけてある「2号榎」の本数を数えました。箱には25本ずつビニール袋に仕分けされたものが9包入っていましたから、手のついてある1袋の残数を数えればいいのです。24本数えればいいわけですから、簡単に終わるはずでした。しかし、気がつくと数頭のカモシカが火薬庫の入り口から中に入ってこようとしていました。若干の説明不足があるので話しておきますが、火薬庫の建物の周りには1メートルほどの距離を置いて周囲を金網で囲ってあり、その金網のドアにも鍵をかけておくといった、簡単な二重構造になっているのです。いま、カモシカが入ってこようとしている入り口は金網の入り口であり、私は思わず、火薬庫本体のドアを閉めて、カモシカの侵入だけは防ぐことができました。しかし、金網の中に侵入できた彼らは、その固い頭や角で、火薬庫本体にどんどんとぶつかってきます。ぶつかってきても簡単には壊されないだろうとは思っていますが、窓もなくどんな状況なのかまったくわからない私にとっては、恐怖を感じずにはいられませんでした。その時です。「ワン・・・ワンワン!」犬の鳴き声が聞こえ、金網の中からカモシカたちがどんどん逃げていくような音がしました。しばらくの間はドアを開けることができませんでしたが、気配が感じられなくなったころ、私は少しだけドアを開けてみました。金網の外には、1匹の犬が警備するかのように、しっぽをピンと立て、守っていてくれました。10メーターくらい離れたところにはカモシカの群れがいましたが、こちらに近寄って来ようとはしません。私は急いで火薬庫と金網のドアを閉め、ジープのドアを開けると、その犬が私の体とドアの隙間から車の中に乗り込んできました。犬はちゃっかりと助手席に座り、私がエンジンをかけるのを待ちます。「まあ・・・いいか・・・・」私は、その犬を乗せたまま、事務所に戻ります。車を降り、事務所のドアを開けたときも、その犬は私より先に事務所の中に入りました。まるで、私をガードする番犬にでもなったような雰囲気でした。「よだれを流してるわけでもなく、賢そうだし・・・狂犬病ってことはないな」外に出そうとしても、ストーブのそばに腹ばいになって動こうとしない犬を、私はあきらめてそのままにしておくことにしました。夕食は、昨日バーベキューをした残りが冷蔵庫に入っていましたので、その肉を生のまま犬にやりました。私はなんとなく食欲がなかったので、餅を2枚だけ焼き、しょうゆをつけて海苔を撒いただけのものを食べましたが、それでも多いくらい・・・・「別に体動かしてるわけじゃないものなあ」一生懸命肉に喰らいついてる犬を見て、私はそんなことを思っていました。「しかし、汚い犬だなあ」野良犬ですから、綺麗なわけはありません。「ようし、お湯で洗ってやろうか」私が風呂場に向かうと、犬も私にぴったりくっついてきました。私がなにを考えていたかわかったのでしょう・・・・犬は浴槽を見ると、私が何もしないのに、ひとりで浴槽に飛び込みましたが、少しぬるめのお湯だったので気持ちよさそうに浸かっていました。続く
2016.12.30
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明日からすべての会社が「正月休み」に入ります。いつもの年なら、商社部門も「集金業務」がありますから、31日まで出勤するんですが、今年の12月3日は土曜日ですから、それもありません。でも、年明けの仕事始めは「1月4日」から・・・皆さん、来年もよろしく。「13.トンネル越冬隊」佐々木副所長からの電話が終わると、テレビを見ていた第2トンネルの桜田さんが「ワア、すげぇ!」と叫びました。「テレビのニュースで、青森の積雪の話ししてるんですよ・・・見てください」テレビでは、大きなタイヤショベルが、国道4号線の除雪をしている映像でしたが、まだ暗いうちからの撮影で、国道脇にはかなりの雪が積み上げられていました。「おいおい、この前ふもとへ降りたときには、なんもなかったのになあ・・・」私は椅子に腰掛けながらその映像を見入ってしまいました。国道脇には人間の背丈の以上はありましたから2メートルくらい積み上げられていたのでしょうか・・・・一日の降雪量としては異常な高さです。「青森の雪ってすごいですねえ・・・」今年初めて青森に赴任してきたという桜田さんは驚いた様子でしたが、「イヤ、一日でこんなに降ることなんかないよ・・・それに、ふもとでこれだけ積もってるのに、なんでここがこんなに少ないんだ?」私も桜田さんも、頭を捻るばかりでした。優秀な大学を卒業したであろう桜田さんは、その頭脳をフル回転させ、論理的な説明をしようと心がけているようでしたが、なかなか回答が出てきませんでした。「ここは、ちょっとした谷あいになってますからねえ・・・それで雪が積もらなかっただけかもしれませんねえ」確かに谷あいだったとしても、今積もっている雪の量を見て20センチもありません。しかも、天候は春を思わせるような晴天です。「ここからふもとまで30分の距離だけどなあ・・・・局地的に降ったとしても、量が違いすぎるよなあ」「うちの現場でも心配して電話が入ってるかもしれません・・・私帰りますから」桜田さんは「ごちそう様」と言って自分の現場に帰ろうとしました。「アア、また来てくださいよ・・・今度はうまい雑煮でも用意してますから」「アア、また来ます・・・連絡してくださいね・・・・じゃあ」桜田さんは、人なつっこそうな笑顔を残し、玄関を出て行きました。それは一瞬のためらいでした。ちょうどお昼だなあ・・・昼飯も一緒に食わないかなあ・・・・そう思った私は、すぐに桜田さんを追いかけました。しかし、彼はもうかなり向こうまで歩いていて・・・・声をかけたのですが聞こえないようでした。「ずいぶん足が速いなあ・・」そう思って事務所に戻りドアを閉めてから、私はあることに気づきました。ここから、隣の第2トンネルの事務所までは雪の無い道路でも、車で20分はかかります。ましてや、いまは20センチの積雪があり、歩いたら何時間かかるかわかりません。信じられないことですが、私はすぐにジープに飛び乗り彼の後を追いかけていました。この怖がりの私が・・・・得体の知れないもののあとを追いかけている・・・・不思議なことがあまりにも多すぎて、感覚が麻痺してきていたのでしょうか?「もしかしたら、あのカーブを曲がったところで車が動かなくなり、そこから歩いてきたのかもしれない・・・」そんな風に思いたい自分がいました。そのカーブを曲がれば、狭い道路をすれ違うために拡幅された場所があります。その地点に着くと、・・・・・・ありました・・・・車をまわし、第2トンネルまで帰った車の轍が残されていたのです。ほっとした瞬間・・・私は体中の力が抜けていく感覚に襲われました。何分そこに留まっていたでしょうか・・・・ようやくの思いで車を回し、私は現場事務所への帰路につきました。まもなく事務所に到着しようかと思ったとき、私はまた凍りつくような思いをしたのです。事務所がそこに見えてきたときのことですが、ふと台所の当たりに目をやると、あの「犬」がこちらをにらんで立っていました。さっき朝食を作っていて失敗した、真っ黒になった「ベーコンエッグ」を食べているようでした。こちらを警戒しながら、ベーコンエッグを食べるさまは、普通の犬や、狸、狐と変わりありません。それにトンネルの中で見たときは、体格も大きく威風堂々としているように見えたのですが、この昼の明かりの中で見ると、本当は小さく、おどおどとした様子でした。「トンネルの中では、逃げ場がないから警戒のために虚勢を張って威風堂々に見えたんだろうな・・・きっと俺が怖がってたからだ・・・」姿が見えなくなったときも、私が一瞬視線を外した瞬間でしたから、その時にどこかに隠れたのでしょう。なんとなくそう思えてきた私は、車をおり、食堂に行って冷蔵庫から「ウィンナーソーセージ」を3本取り出し、まだ目玉焼きの残骸を食べていた犬に、窓を少しだけ開け、放り投げてやりました。「俺、この犬を餌付けしてやろうかな・・・・・」そんなことを考えていたのです。つづく
2016.12.29
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今日から建設会社も「正月休み」です。商社部門と生コン会社は明日まで・・・これは一般工務店さんの仕事も入ってるんでしょうがないんですよ。来年はいい年になればいいな。「12.トンネル越冬隊」香織ちゃんたちが来てくれたおかげで、寂しさを紛らす事はできたのですが、夕方にはトンネルの中で奇妙な音を聞き、犬が見えたり見えなかったり・・・・すっかり恐くなって、事務所の出入り口全部にしっかり鍵をかけ、テレビの音をガンガンに大きくしました。しかし、事務所ですから窓ガラスが前後左右にあり、そこから誰かに覗かれているような気がして恐かったんです。全ての窓にカーテンをかけました。そのとき突然電話が鳴り出しました。いやな予感がしましたが、電話は鳴り続けています。「はい・・・・・」「あ、こちら第二トンネル企業体ですけど・・・第一トンネルさんですよね?」私達の第一トンネルは、延長640メートルのトンネルで、比較的中規模のトンネルですから、大手ゼネコンと地元業者の企業体だったんですが、第二トンネルは3600メートルという大規模なトンネルでしたから、大手二社の企業体になっていました。「私第二トンネルの留守番してます、桜田って言います・・・よろしく・・・やあ。良かった・・・・昨日から一人で留守番してたんですけどね・・・・なんだかさびしくて・・・・そしたら、うちの所長から電話があって・・・・・第一トンネルにも留守番の人がいるようだから、連絡を取り合えって言われましてね」「ああ、あんたも留守番でしたか・・・・いやあ・・・それは心強い・・・もしなんかあったら連絡を取り合って助け合いましょう」「それでね・・・・明日9時ごろ、私火薬庫の点検に行きますから、その足でそちらへ向かいますよ。・・・ちょっと話しをしませんか?」もちろん私にとっては大歓迎です。「じゃあ、明日こっちで一緒に飯を食いましょう・・・餅ぐらいしかありませんけど、それでいいですか?」現場用の炊飯器ですから、一人分だけご飯を炊くことはできなかったので、私は餅を焼いて食べる事にしていました。「私もなんか持って行きますよ・・・じゃあ明日よろしく」声から想像するとずいぶん若そうな声でしたが、私もそうだったように、きっと独身で正月家にいてもどうにもならない奴が留守番させられているんでしょう。でも、明日も人間と話しする事ができる・・・・・・そう思うだけで、私はいくらか気が安らいできていました。翌朝・・・・天気は快晴でした。夕べはテレビをかけながら事務所のソファーに毛布一枚で寝てしまいましたが、ストーブが点けっぱなしにしてあったので寒くはありませんでした。点けっぱなしのテレビはちょうど朝の天気予報をやっていました。「青森県は、山沿いを中心に断続的に雪が降り続き、今後の積雪に注意が必要となるでしょう・・・・」今週一週間の天気予報では、雪が多いという話し・・・・ショベルローダーをトンネルから出してきておいて良かったなあ・・・と思ったのですが・・・「断続的に雪が降り続く?・・・だって今こんな快晴じゃないか・・・・」このまま春になっちゃうんじゃないかというくらい天気のいい朝でした。「天気予報も当てにならないからなあ」火薬庫の点検をしましたが、昨日と同じように、降り積もった雪にはカモシカの足跡ぐらいしかなく、今日も以上無しということで、作業日報には書くことになるでしょう。ただし、実際には昨日1本のダイナマイトと雷管2本使ってますから、数量は足らなくなっていますが、帳簿上では、昨日とまったく同じ数量です。事務所に戻り、自室に行って着替えをしようと思いましたが、着替えがありません・・・私は乾燥室に行き、自分の洗濯物を取り込みましたが、「そうだ・・・昨日風呂に入ってなかったんだ・・・・ついでにお湯をわかそう」ここの浴槽がでかいといっても、蛇口は大きなものを取り付けてあり、また湯沸し器も特殊なものをつけてありますから、すぐに風呂に入れるようになっています。夜中に風呂に入って恐い思いをするよりは、今のうちに入っておこうという気持ちだったのかもしれません。風呂から上がり、シャツとジーパンという格好になり、事務所に戻って、朝食の準備です。今朝はゆっくりとコーヒーミルで豆を挽き、部屋中をコーヒーの香り一杯にしてみました。こんな日はトーストにしようか・・・・そう思い冷凍された食パンを4枚取り出して皿の上に置きます。目玉焼きとベーコンを焼いていたときです。「こんにちは・・・第二トンネルの桜田ですが」事務所に回ってみると、若い作業服姿の男性が一人立っていました。「ああ、こんちは、杉田です・・・・どうも」挨拶程度の会話を交わし、私は彼を食堂に案内しました。「ああ。たいへんだ・・・・・」彼が来たことに気を取られ、私は目玉焼きを真っ黒にしてしまったのです。「コリャ食えないな・・・」私は、窓からその真っ黒焦げになった目玉焼きを放り投げました。「杉田さん、そりゃやめたほうがいいですよ・・・・動物が残飯アサリに来ますから、絶対やめたほうがいいですって」「アハ、そうだね・・・もう絶対しないよ」私は新しい卵とベーコンで、もう一度「ベーコンエッグ」を作りながら返事しましたよ。ようやく準備ができ、私達は向かい合って朝食を取りました。彼は彼で、食後のデザート用に、リンゴを5個ほど持ってきてくれていました。食事をしながら、私は夕べのトンネル内でであった出来事を話しました。「桜田さん。。。。実はね・・・・このトンネルの中に犬がいて・・・・・それが出たり消えたりするんですよ・・・・それとね団体が行進するような足音が聞こえたりして・・・・」「最初留守番をすると、そういうこともあるようですよ・・・・我々トンネル屋は、トンネルの神様が犬だってことを知ってますから、犬が見えるような気がするんでしょう・・・・・その団体行進の足音だって・・・・そうだ・・・・杉田さんも聞いてるんでしょ?・・・今市内に、映画”八甲田山”のロケ隊が来てるって・・・・私も先日呑みにふもとまで出かけたら、ロケ隊の撮影クルーと、名前はよく知らないけど脇役の俳優が飲みに来てましたから」その映画の話しを聞いていて、遭難した兵隊たちがその辺を行進しているような音を聞いたように錯覚したんだというのです。わが社の重機部の連中が、先日ロケの除雪の手伝いをしてきたという話を聞いたばかりでした。また、私の卒業した高校の敷地は、その八甲田山で遭難した「大日本帝国陸軍青森第五普通科連隊」があったところで、私が高校生のころにはまだその建物の一部が敷地の一角に残っていましたし、年に一度の校内マラソン大会の折り返し地点も、その遭難した兵士たちの眠る「旧陸軍墓地」でしたから・・・・もしかしたら、恐い怖いと思っているうちに夢でも見ていたのかもしれません。「一度一緒に切り羽まで行ってもらえませんか?」一人で行くのは怖かったのですが、2人なら行ける・・・・・そう思って彼を誘いました。大手ゼネコンに入社できるくらいだから、かなり優秀だと思われる桜田さんは、「勉強のため」に、私のトンネルに一緒に行ってくれることになりました。私が運転して・・・・ジープに乗って出かけました。切り羽で車を降り、周りを見回しましたが、もちろん何もいない・・・・・ジープをターンテーブルに乗せ反転させてみると、「ウィイイイイイーン」という音とともにジープが反転していったのですが、途中何かに引っかかったように「ガタン・・・ガタン・・・」という音がしました。「ああ、行進の音ってこれじゃないですか?・・・ギアになんか噛んじゃったような音」確かに定期的な音でしたが、私が昨日聞いたような音ではありませんでした。「それもやっぱり気のせいですよ・・・・これで安心しましたか?」そういわれれば、自分でも空耳だったような気がしてきました。私はその場で礼をいい、また2人で事務所まで戻ってきました。途中バックミラーで切り羽を見ましたが、もちろんそこには犬の姿も見えませんでした。事務所に戻ると、ちょうど電話の呼び出し音がしていました。「あ、もしもし、こちらみちのく第一トンネル共同企業体、杉田です。」「ああ、佐々木だ・・・・・杉田、そっちはすごい雪だろ?・・・市内もなあ大雪でたいへんだ」「いや、山はそれほどでもないですよ・・・・それにショベルローダーで毎日除雪してますから」「そうか?・・・てっきり山はもっとすごいだろうと思ってたんだがな・・・・でもショベルローダーで除雪か・・・なるほど、いいことを思い出したな・・・体もなまるから時々はスコップで除雪もしろよ・・・じゃあな」佐々木副所長の電話はそれで終わりました。つづく
2016.12.29
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前回・・・「トンネル越冬隊」のお話しの中に「若干のラブシーン」がございましたが、この主人公は私ではありません・・・しかも、創作のお話しですから、勘違いなさらないように・・・「11.トンネル越冬隊」雪が降り始めました。「そろそろ帰らないと、このまま杉田君とここに泊まらなきゃならなくなっちゃうから・・・」松本君が、少し冷たく言い放ちました。「ああそうだね・・・なんとなく今日はこのまま、降り続くような感じだし・・・そろそろ帰ったほうがいいね」私も強がりを言ってしまいました。少し雪も積もり始めていたので私は、ショベルローダーで雪をおしながら途中まで先導していく事にしました。私がショベルローダーに乗り込もうとすると、香織ちゃんが近づいてきて、何か耳打ちするように私の耳のそばに唇を近づけ、軽く耳を噛み、「毎日電話するからね」と話してからほっぺたにキスをしました。「ああ、電話はこっちからするよ・・・・電話代は現場もちだから・・・」私は松本君たちにも聞こえるように大きな声で伝えました。途中の橋の所まで先導して送り、ローダーを脇に寄せて彼らを広くなった道路へ誘導しました。「じゃあ、来年もよろしく~~」今年もあと4日・・・・もう人と会うことはなくなります。「車が見えなくなるまで手を振り・・・私は事務所に向けてローダーを走らせました。「おっと、そうだ・・・・さっき火薬庫の鍵閉めたっけかな?」ダイナマイト泥棒が来た気配はもちろんありませんが、ダイナマイトの匂いはカモシカが大好きだということを知りましたから、もし閉め忘れてたとしたら、カモシカがダイナマイトを食べに来てるかもしれません。あわてて、火薬庫に行ってみることにしました。「あ、大丈夫だったか・・・」鍵はしっかりと施錠され、足跡も、私と香織ちゃんの足跡しか残っていません。動物のそれは、さっきから降ってきた雪で覆い隠されています。事務所に戻り、ローダーのエンジンを切ると次は、ジープのエンジンをかけます。さっきの松本の話が気になっていました。トンネルの中にいた犬のことです。ローダーで切り羽に行くと、運転席はキャビン仕様になっていないので、犬に襲われても守りようがありませんが、ジープならドアをがっちり閉めておけば犬に襲われても大丈夫だし・・・・スピードだって出ますから逃げることは簡単です。ジープに乗ったまま、坑口から中を見ると、さっきはここから逃げるように出たので消していなかった明かりが、中をしっかりと照らしています。「あの犬・・・もういなくなったかな?」私は独り言をいってから、車のライトを上向きにして、ゆっくりとトンネルの中に車を進ませました。切り羽の方だけでなく、途中の支保鋼のかげやコンクリート打設用のセントルのかげの方までジックリと見たのですが、犬の姿はどこにも見えません・・・・切り羽につくと、私はジープを降り、その辺をくまなく探しましたが犬の姿はどこにもありませんでした。「なんだ・・・もう逃げたかな・・・・」ジープはちょうど、「ズリ搬出用ダンプのターンテーブル」の上に乗っていましたので、私は車をUターンさせる代わりに、ターンテーブルを回転させることにしてスイッチを入れました。ターンテーブルとは、タワー駐車場なんかで見られる、車を反転させる装置で、狭いトンネル内でダンプカーがUターンしなくても前進だけで戻ってこられるようにしたものです。「ウィイイイイーーーーン・・・・・・」ジープがゆっくり反転していきますが・・・・途中から変な音が聞こえてきました。「ザック、ザック、ザック・・・・・・・」「何の音だ?」工事作業中には聞いたことのないような音です・・・・「ターンテーブルの下に何かつまってるのか?」しかし、その音はターンテーブルの音ではありませんでした。「ザック、ザック、ザック、ザック・・・・・」その音は坑口から近づいてきてだんだん大きくなってきます。まるで、団体行進の足音のような・・・・・「ザック、ザック、ザック、ザック・・・・・・・・・」しかし、そのように行進してくる影どころか、何も見えないのです。ただ音だけが、ますます大きくなってきます。とうとうその行進の音は私を真ん中に挟んで、左右を足音が通っていくように聞こえます。そして、切り羽の中に吸い込まれていくように、急速に小さな音になっていきました。恐くなった私は、急いでジープに乗り、逃げ帰るようにスタートさせました。途中バックミラーを覗くと、さっきの犬が切り羽の中心に「お座り」の格好で座っていました。「ええー!」振り返っても犬の姿は見えませんでした。「あれはトンネルの神様なのか?」それにしても、このトンネルはどうなっているのでしょう・・・・犬の姿が見えたり、見えない行進の足音が聞こえたり・・・・・もしかしたら早くも、一人っきりにされたノイローゼが出てきたのでしょうか・・・・事務所に戻った私は、事務所の出入りできる場所に全て鍵をかけ、テレビの音をガンガンかけて恐さをまぎらしていました。続く「
2016.12.28
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昨晩は・・・長男も現れて、家族4人全員で「かさい」という居酒屋さんに食事に出かけました。札幌から帰省した大学一年生の次男坊のリクエストでね・・・友達とお酒を飲みに行ったりしてるようで、「自分もお酒が飲める」ってアピールしたかったんでしょう。でも、彼が飲んだのは「カシスサワー」・・・なんとなくジュースを飲んでるように見えましたよ。しかも、一杯飲むと真っ赤になって・・・酔っぱらっちまいやがった。ま、お酒の修業はこれからだろうね。「10.トンネル越冬隊」ドラム缶を半分に切ったものに、炭をいれ、火をおこしはじめました。もちろん外でやってたんですが、雪もやみ天気もよくなったんでちょうどいいくらい。ビールは売るほどあるし、ウィスキーも日本酒も豊富にあります。「松本君、呑んでいいよ・・・帰りはあたしが運転するから」優子ちゃんがそう言ったのですが、この山道を帰るのが心配だったんでしょう。松本君はコーラを飲んでガマンしています。「今日は杉田君を激励に来たんだから飲もうよ・・・」香織ちゃんはそういうのですが、まじめな松本君はジュースを飲むと言い張りました。代わりに、香織ちゃんと優子ちゃんがガンガン飲んでいます。しばらくしておなかが一杯になると女性陣2人は、トンネルがとても気になる様子・・・・・「ねえ・・・トンネル工事って興味があるの・・・中に入ってもいいでしょ?」香織ちゃんが言うと優子ちゃんも同調して、「ねえ・・お願い、・・・中にはいってっもいいでしょ?」でも、これには私も松本君も反対しました。「山の神様は女神様で・・・女性がトンネルに入るとやきもちを妬いて、良くない事が起こるっていうこと言われてるから・・・中に入るのは勘弁して!」「あら、あなた達、大学は工学部を出た技術者なのに・・・・そんな迷信信じてるの?」それをいったら、工事主任は大学院の修士課程を終わり、技術士の資格まで持ってるのに、迷信を信じてます。「どうしても入る」といって聞かない彼女たちに辟易していると、松本君が怒り出しました。「俺たちに万が一のことがあったとき、君たちは責任を取れるのか?・・・怪我をしたりしたとき、あの時トンネルに入ったからだっていう思いが残るんだぞ・・・とにかくトンネル技術者にとって、事故があってはならない・・・・山の神様が女性が入るとヤキモチを妬いて事故が起るっていわれてるのなら、絶対入れさせないし、トンネルの神様が犬神様だから、トンネルの中で口笛も吹かないし、金物を叩いて大きな音を出す事もしない」すごい剣幕で怒ったので、彼女たちもおとなしくなりました。え?「トンネルの神様」は「犬神」?私はさっきトンネルの中にいた、犬のことを思い出しました。「ワン」と吼える事もなく、うなり声ひとつ上げない・・・・・その姿も威風堂々としていて神々しささえ感じる犬・・・・(もしかしてさっきの犬・・・・・トンネルの神様?)まさかそんな・・・神様の姿を見たという話しは聞いた事がない・・・・と思い、すぐに打ち消しましたが、少し険悪な状況になってきたので話題をちょっとだけ変えるために、その犬の話をして見ました。「犬っていえばさあ・・・・さっきショベルローダーをトンネルの中に取りに行った時、中に野犬が迷い込んでてさあ・・・・・まだ中にいると思うんだけど・・・すごい恐そうな犬だったよ」香織ちゃんにしてみれば、やっぱりその険悪な雰囲気を打ち消そうと思ったんでしょう・・・「あ、そうなの?・・・山の中の野犬っていうのは狂犬病なんかあるかもね・・・危ないから入るのはやめよ・・ね優子?」優子ちゃんも、やっぱりそう思ったんでしょうね・・・トンネルに入りたいという話をしなくなりました。「そういえば、昨日、主任から電話があってさあ・・・・彼女連れ込んじゃだめだぞ・・・なんていうんだよ・・・・ほんとのこというと一人じゃさびしいから、香織ちゃんにここで一週間一緒にいてもらおうと思ったのにさ」即座に香織ちゃんが反応しました。「いやだよ・・・・こんな寂しいトコ・・・いくら杉田君が一緒だっていったって、真っ暗なトコ嫌いだもん」おやおや、私はそれほど香織ちゃんに愛されていないらしい・・・・・「それに、山の神様が女性にヤキモチ妬くっていうなら、あたしに何か起こるみたいだもん・・・」少しシラッとした空気が流れたようでした。「冗談だよ・・・香織ちゃんは都会が似合う女・・・・山は似合わないものねえ」ここもまた冗談という事にしてごまかさないと・・・雰囲気悪いよな・・・・そんな気分でそういっちゃいました。「あ、そうだ・・・・トンネルには入れないけど、杉田君はダイナマイトのプロだから、ここは一発、ダイナマイトで遊んでみないか?」松本君が急に言い出しました。「あ、見たい見たい!・・・・ダイナマイトとかの爆発するトコ、一回見てみたいよね・・・香織?」そこで、私は、火薬庫に一本だけダイナマイトを取りに行く事になりました。一本ぐらいの帳簿はごまかせるかな・・・・1月4日になれば、私は山を降りて休暇に入りますが、最初の工事再開のときのダイナマイト係は、正管理者代理の松本君になっていました。最初の帳簿を書くとき、一本だけ増やして書いておくよう頼んで、火薬庫にジープを走らせました。ジープには香織ちゃんも乗り、一緒に取りに行きます。ジープの中では、さっきの気まずい雰囲気を引きずっていたのか、香織ちゃんは無言でした。火薬庫に着くと私が先に降り鍵を開けます。鍵穴のところでガチャガチャしていると、後ろから香織ちゃんが声をかけてきました。「杉田君・・・さっきはゴメンね・・・・」私が振り向くと、香織ちゃんは私の胸元に真っ直ぐ飛び込んできます。私はその勢いにおされ、開いたばかりの火薬庫のドアのしきりに、腰掛けてしまいました。彼女は飛び込んできた姿のまま私の膝に腰掛けるような格好で・・・・彼女の甘い髪の匂いが私の鼻をくすぐり、思わず抱きしめてキスをしてしまったのです。そのままの状態で、20秒程だったでしょうか・・・・・唇を離し、香織ちゃんの顔を見ると少し涙ぐんでいるように見えます。きっとさっき、一緒にここで過ごすのはいやだといったことに反省をしていたのでしょうか。「でも、あたし、ここに住むのは怖いんだもの・・・・」「ああ、俺だってこんなさびしいトコはいやだもんなあ・・・でも俺の場合は仕事だからしょうがないけど、香織ちゃんは関係ないんだもの・・・・大丈夫だよ」私はもう一度彼女を強く抱きしめてキスをしました。もう何度も抱き合った香織ちゃんの体でしたが、今年はもう会えなくなるんだなあ・・・という感慨とともに彼女の体の柔かさと甘い匂いを確かめました。「ああ、そろそろ、戻らないと・・・・松本君たちが待っているから・・・・・」「大丈夫よ・・・あの子達も、あたしたちと同じことしてるでしょうから」それから10分ほど・・・・その火薬庫のそばに車を停めたまま、私達は、1月4日からの休暇の過ごし方を話しました。もう既に東京への切符やホテルは手配したという話し・・・・香織ちゃんは1月4日から7日まで仕事に行き・・・8日から有給休暇を取った事・・・・そんな話しをしてから事務所に戻りました。「おい、遅いぞ・・・・火薬庫でなにしてきたんだか?」松本君はそんないやみを言ったのですが、ニヤニヤと笑っています。「ダイナマイトの説明してたんだよ・・・・お前とは違うよ」私も、とりあえず言い返しました。「さあ、ダイナマイと鳴らしてみようか」私の手にはダイナマイト一本と、瞬発雷管2本がありました。「裏の川に仕掛けてみようか・・・・一本じゃ多いから、半ダイにして二回鳴らすぞ」女性達は、なにをするのか不思議そうな顔で見ていましたが、松本君はなにをしようとしているのかわかったようです。「面白いものが見られるぞ」もう既に発破機と鍵は用意されていました。半ダイとは、ダイナマイトを半分に折ったもの・・・という意味で、私はその半分のダイナマイトに瞬発雷管を取り付けました。それから川に持って行ってダイナマイトを沈め・・・・発破母線を40メーターほど延ばし発破機につなげました。「さあ、カウントダウンを始めるぞ・・・・危ないから頭を下げてろよ・・・10秒前・・9,8,7、・・・・・・0、点火!」実際の工事のときはカウントダウンなんかしません・・・・・実際は点火する前、サイレンを鳴らして警戒準備をするだけです。ドカーンと音がして、川に大きな水しぶきが上がりました。「さあ、川を見てごらん」そこには数匹の川魚が気絶したようにぷかりと浮き上がっています。私達はそれを二回繰り返し・・・・その魚をひろって焼いて食べる事にしました。香織ちゃんも優子ちゃんも少し興奮したような顔で見ていたことが今でも忘れられません。 続く
2016.12.28
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お正月が近いねえ・・・無事にお正月を迎えられるかな?「9.トンネル越冬隊」香織ちゃんたちが来ると予告した時間は、10時・・・・あと2時間ありました。「除雪でもしておこうかな・・・・・」普段の現場の除雪計画では、雪が積もったとき、我が社の重機部に連絡すればモーターグレーダーとタイヤショベルが直ちに派遣されて来ることになっていたのですが、正月休みは会社も休みだから来ないんです。でも、トンネルの切り羽に行けば、ダイナマイト爆破後、砕かれた岩石をダンプカーに積み込むための、小さなショベルローダーがありました。「あれで、事務所や宿舎前の除雪をしておけば、松本君の車も停めやすいよな」私はすぐにトンネルの坑口へ向かいました。トンネルの明かりをつけ、切り羽まで300メートルほど歩くんですが、いつもなら削岩機の音や、ダイナマイトの爆破音が響いているトンネルも、今日はまったく音がなく・・・・奇妙な感覚にとらわれました。これからの工事はカーブがずっと続くんですが、今まで掘った部分はずっと直線・・・・坑口からも切り羽の状態がよく見えました。「あれ?・・・・何か動いたぞ?」私はとっさに坑口付近においてあったスコップを手にとりました。この時期、寒さから身を守るため、カモシカなんかが誰もいないトンネルに入って暖をとるという話を聞いたこともあったので、もしそうなら、このスコップで追い払うつもりでした。ユックリ少しずつ・・・私は身構えながら近づきます。さっき動いた影は、ショベルローダーのかげに隠れているはずです。そのショベルローダーを大きく回りこみ、ひょいと見ると、さっき動いた影は、秋田犬のような犬でした。首輪もしていませんから、おそらく棄て犬だったのでしょうが、威風堂々としたその姿は神々しくさえ思えました。「俺は、棄て犬といっても、男一匹、この山の中でほかの動物と戦い抜いて生き残ってきたんだ」そんな意識を感じさせる犬でした。しっぽをピンと立て、いつでも臨戦態勢といった姿を見て、私はスコップを振り回すのをやめました。へたに飛び掛られたら野性の犬です・・・・狂犬病を持っているかもしれませんし、刺激を与えなければ何事も無いように思えました。ショベルローダーに乗り込み、エンジンをかけて・・・私はバックミラーを見ながら下がりました。その犬はとうとう最後まで「ワン」というどころか、唸り声ひとつあげません。その間、できるだけ犬の目を見続けましたが、バックミラーだけで下がるのは危険なため、一度だけ振り返りました。そしてすぐに、その犬の目を見返すと・・・・・犬がいない・・・・・・幅10メートルほどで、ほかに隠れるようなところも無いのに・・・・さっきの秋田犬のような犬が見えなくなっていたのです。隠れるとすれば、支保鋼の影・・・・・でも確かめに戻る勇気はありませんでした。ショベルローダー自体速く走るようにはできていないため、気ばかりあせりましたが、ようやく外へ出ることができました。機械を180度旋回させ、今度は前進で走ります。事務所の前につくとまた屋根の雪が落ちていて、玄関付近が山積みになっていました。そこをショベルローダーを使って先に除雪し、宿舎の前まで綺麗に片付けるまで、30分もかかったでしょうか。「屋根の下に車は置けないなあ・・・・」そのあと少し建物からはなれたあたりの除雪をしました。「ようし、終わったぞ・・・・」作業は終わりましたが、トンネルにショベルローダーを戻すのは辞めました。まだあの犬がいるかもしれないし、明日も除雪しなければならないかもしれない。そう思ってたった今除雪し終えた場所に、ジープとショベルローダー・・・そして私個人用の社用車「スバル レオーネ」の4輪駆動車を並べました。自家用車は、香織ちゃんの家に預けっぱなしで、私が休みでふもとに下りると、香織ちゃんがその車で迎えに来てくれるだけですから、ほとんど運転することはありません。3台並べ終えたところに、クラクションの音が鳴り、松本君の車が見えました。寒いのに、窓を全開にして香織ちゃんが身を乗り出して手をふっているのが見えます。私は、「ここへ停めろ」と松本君に手で合図をし誘導しました。車が停車すると真っ先に香織ちゃんが降りてきて、私に抱きつくような真似をしましたが、もちろん人前でそんなことをする女性ではありません。「なんで作業服なんか着てるの?」「アア、いま除雪してたんだよ・・・・昨日松本君たちが降りるまではそんなに雪も多くなかったんだけど、今朝起きたら、けっこうあったんでね」松本君と優子ちゃんも降りてきて「ああ、ショベルローダーで除雪したんだ・・・よく気がついたね」「うん、でも馬力が弱いし遅いから、ふもとまで行くのは無理だな・・・・凍え死んじゃうよ」「とにかく寒いから中に入ろう」彼らは、たくさんの食料を持って来てくれたようでした。「わあ・・・あったかい!」コートを脱いだ香織ちゃんと優子ちゃんは、山へ来るというのでいつものスカート姿ではなく、ジーパン姿でしたが、それぞれピンクと黄色のアンサンブルを着ていて、いつもの殺伐とした事務所は、一気に花開いたようでした。「今日はね・・・松本君に言われてお肉を買ってきたのよ・・・バーベキューしようよ」「アア、俺たち、毎日賄いのばあちゃんのご飯食べてるだろ・・・年寄りだから、肉なんかなかなかでてこないんだよ・・・きっと正月の料理だって肉なんかないからな・・・・」松本君はそういいましたが、昨日ばあちゃんが山を降りるとき、私にこっそり冷凍庫を開けて見せ・・・・「ここに分厚いビフテキの肉があるからさ・・・正月になったら焼いて食べな」そう言って、ほんとに厚さが2センチもあるような牛肉を見せてくれたのです。「そんなでもねえよ・・・・・けっこう肉も食ってるよ」なんとなくばあちゃんをかばう発言をしてしまいました。「そんなことより・・・現場のバーベキューのセットだそうよ」現場では、工事を急ぐあまり「青森ネブタ」のときもお休みではなく、坑夫から少し苦情が出て、それならば・・・と所長判断で、夏祭りを実施したのです。それは8月6日・・・・青森市ではネブタの真っ最中でしたが、坑夫たちは全国から家族を呼び、現場のトンネルの入り口でドラム缶を半分に切ったコンロで、炭火焼をし・・・・食べ放題飲み放題の大宴会をしたのです。そのあとはネブタをみんなで鑑賞し、うちの社長の経営するホテルに家族ごとに部屋を取るといった夏祭りプランでした。家族のいない独身者は、また現場の宿舎に戻ったんですけど・・・その前に残されたものたちで飲み屋に出かけ、先日話しをした殺人事件で保釈中のHさんの「あそこの周りに真珠がいっぱい」の話が聞けたわけです。おっと長くなりすぎたかな?続く
2016.12.27
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今日は挨拶回りに歩きます。「8.トンネル越冬隊」12月28日の朝は、仕事もないのに4時には目が覚めてしまいました。前の日、ウィスキーをロックで・・・といっても氷は「ツララ」でしたけどね・・・一気に3杯飲んじゃったんで、・・・それもでかいマグカップだったから・・・酔っ払ったんですね・・・・9時前には寝たと思います。4時に起きたってすることはないし、しばらく寝転がったまま、そこにあった週刊誌を読んでたんだけど、飽きてきたんで起きることにしたんです。いつもなら、24時間必ず誰かが起きてますから、ストーブもがんがんついてるんですけど・・・今日から私一人・・・・寝る前にストーブだけは消しましたから、事務所も寒いんです。だから先ず最初に事務所のストーブに点火し、それから事務所前に置いてあるジープのエンジンをかけました。部屋が暖まるまでには相当時間がかかります。だから車の中で暖をとろうとしたのですが、車もちょっと時間がかかりそうでした。「しょうがないなあ・・・・・もう一度布団に入るか・・・・」布団に戻るとまださっきまでのぬくもりが残っていて・・・・私は知らないうちにまた寝入っていました。「ガガガガーーーッ!」大地を揺るがす奇怪な音・・・・・・・・・ではありませんでした。屋根に積もった雪が、融けて落ちた音です。立派な建物ならこんな音はしないでしょうが、何しろ仮設のプレハブ・・・少しの雪が滑り落ちただけでも、こんな音がするのです。それにしても、そんな滑り落ちるだけの雪は、昨日寝る前にはありませんでした。ジャージのままで外に出るのは寒いなあ・・・そう思った私は、ジャージの上から作業服を着て、その上から上下の防寒着を着込んで外に出てみますと・・・やねには10センチほどの雪があったのです。一部落ちていましたから、さっきの音はそこの雪が落ちた音だったんでしょう。「まずいなあ・・・天気予報・・・どうなってたかな?」新聞を探しましたが、考えてみたら今日の新聞があるわけはありません。いつもなら、事務の佐藤さんが自宅から現場に来るとき、毎日持って来てくれていたのです。・・・地元紙と全国紙・・・それにスポーツ新聞・・・・「ああ、今週一週間は、一般庶民の暮らしはテレビとラジオでしか、わからないんだよな。。。」なんとなく仙人にでもなった気分で独り言をいってみました。「そういえば天気予報だった・・・・テレビではいってないかな?」ここは八甲田山の山の中・・・・普通ならテレビの電波の届かない場所なんですが、ここから歩いて40分ばかりの高いところに、テレビのアンテナを取り付けて、ケーブルを引っ張ってありますから、ここでもテレビは見られるのです。チャンネルは5つ・・・・NHKが二つと、民放が3局・・・・一番映りのいい日テレ系のチャンネルを見てみました。もう事務室の中は、裸になってもいいくらい熱くなっていましたから・・・私は防寒着を脱ぎ作業服姿です。「ズームイン朝」という報道番組が入っていましたが、そのうち地元の天気予報をやるはずです。「年の瀬を迎えた、ここ上野アメ横では・・・大勢の買い物客でごったがえしています。・・・・」年末の買い物客の様子が画面に映りました。その映し出された場所の中に、私が学生時代、実演販売のバイトをしていて、バナナのたたき売りをやった場所が映り、今年も威勢のいいお兄さんがバナナを売っていました。「アア、あのままプロになっていれば、今頃こんなさびしい場所で、ダイナマイトの子守なんかしてなくてよかったのになあ」もともと賑やかなところが好きで、田舎に戻ってくるつもりは無かったのですが、いろいろ事情があって、戻ってきたところを親父に、今の会社に放り込まれたのです。考えて見ると、今まで暮らしてきた中で、一日たりとも人に会わなかった日・・・誰ともしゃべらなかった日はありません。確かに電話は使え、香織ちゃんとも毎日話しは出来るのですが、直接相手の目を見て話しをするのはこの一週間ないのです。「イヤ、そういえば、今日香織ちゃんが来てくれるって言ってたっけ」昨日酔っ払ってはいましたが、電話でそう話していたのを思い出しました。「道路は走れるのかなあ・・・・」屋根に溜まった10センチの雪を思い出して、急に心配になってきました。「ちょっと様子を見に行ってみよう」私はエンジンをかけっぱなしにしていたジープに飛び乗りました。もちろんふもとまで行くつもりはありませんが、途中の橋の所までは行ってみようと思っていました。道路にも雪が積もり、道幅を表示する紅白のポールが無ければどこが道路だかわからないくらいでしたが、これくらいの雪なら大丈夫です。なれてない人が運転してくるなら、少し心配なところもあるのですが、あの松本君が運転してくる。・・・・しかも彼の車もジープタイプの4輪駆動で車高が高いから、少しの雪なら心配ありません。橋まで行くこともなく、私は途中でUターンして戻ってきました。「ついでに火薬庫も見て行くか・・・・」ダイナマイトも雷管も、火薬庫だけに残っていて、取扱所や火口所は見る必要がありません。もちろん火薬庫の周りにも雪が積もっていて、ところどころに、うさぎやカモシカの足跡が見えましたが、当然人間の足跡らしき物は見えません。「ア、火薬庫の鍵を持ってくるのを忘れたな」ここから見ても、火薬庫には丈夫な鍵で施錠されており、大丈夫と判断して事務所に戻りました。事務所に帰って、作業日報を書きます。「8時・・・火薬庫見回り・・・・ダイナマイト残数202.5キロ、雷管数、・・・・・」確かめてはいないのですが、昨日と同じだけの数量が残っているはず・・・適当に書いておけばいいんです。「ついでに、11時と15時と18時も書いとこう・・・・」それで今日の作業は終了です。時計を見るとちょうど8時になったところでした。 つづく
2016.12.27
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「7.トンネル越冬隊」「こんな、山の中にたった一人で一週間・・・それもダイナマイト2025本といっしょっていうのもなあ・・・・そうだ!、香織ちゃんを呼ぼう・・・新婚生活の予行演習っていうのも悪くないぞ」不埒な考えを持っていざ電話しようとしたとき、受話器をとる前に電話が鳴りました。「はい、こちら第一トンネル工事共同企業体・・・工事係の杉田です。」「アア、杉田君・・・ご苦労様!」電話の声の主は、あの工事主任でした。その声を聞いたとたん、私はその机の上にあったメモ帳に、工事主任の似顔絵を描き始めていました。「アア、まだ隣のトンネルのダイナマイト泥棒・・・捕まっていないんだから、監視はしっかり頼むよ」工事主任の顔は簡単です。三角おにぎりの形を描き、時代劇のちょんまげのように髪をサイドのほうだけ描くのだが、もちろんちょんまげは乗っけない。眉毛は普通だけど、目はパンダのような垂れ目にして・・・・鼻筋だけはかっこよく・・・唇はたらこを想像して描けば出来上がり!「おい、聞いてるのか?」「アア聞いてます・・・・火薬庫は時間を決めて監視します。」ちょんまげのように髪をサイド・・・って言うのはようするに、「おでこと頭の境がない」って事で・・・・髪の毛は横のほうだけあるんです。それも、上が無い分・・・横の髪の毛は長くしてましてね・・・整髪量で固めてるんですけど、風呂上りなんか、まるで「落ち武者」なんですよ。「アア、それと、現場に誰もいないからって、女を連れ込むんじゃないぞ!・・山の神様は女神様だ・・・ヤキモチ妬かれて罰が当たるから・・・・せっかく決まった結婚が破談になっちゃうからな」簡単な顔は出来上がって、ちょうど「ポコンと出たおなか」の部分を描いてるときにそういわれました。「神聖な職場に彼女は連れてきませんよ・・・大丈夫です」私はどこかに監視装置でもついるんじゃないかと、あちこちキョロキョロ見回してしまいました。もちろん、まだ「彼女を連れてこよう」って考えただけで、実際は一人ですけどね。「とにかく、4日の朝には戻るから、しっかりやっておいてくれよ」そこで電話は切れました。工事主任の声を聞いたおかげで、暇な時間は溜まっていた書類書きでもしようという気持ちだったのが、やる気が失せ・・・・「風呂でもはいるか!」私は立ち上がって浴室に向かいました。現場宿舎の風呂は、毎日二回、それぞれの班が仕事が終わった時間に沸かすんですが・・・・とにかく10人の坑夫がいっせいに入るわけですから浴槽が銭湯のように大きいんです。もちろん燃料代もかかるんですけど、佐々木副所長から「電気、ガス、水道、燃料、電話・・・・その他もろもろ、自由に使っていい」という許可ももらってたんで、いつでも好きなときに風呂に入れるようにしようと思ってました。浴室に行くと、途中洗濯場と乾燥室があります。昼番の人たちがドロドロになった作業服を毎日洗濯しても、乾かすのは夜中になるんで、乾燥室もあるんです。「ようし・・たまった洗濯も全部しよう」いったん自室に帰って、山のように溜まった洗濯物を持って来て3台の洗濯機をいっせいに回します。そうしておいて、自分は広い浴槽にユックリと身体を沈め・・・・・いろんなことを考えていました。香織ちゃんのこと・・・結婚式のこと・・・将来のことをいろいろ考えて・・・「ああ、明日から風呂に入るときは、お盆を浮かべてここで日本酒を・・・」そんなことも思っていました。風呂から上がり、素っ裸のまんまで洗濯物を干しましたが、乾燥室自体が暖かなので寒くもなんともありません。全部干し終えてから、ジャージに着替え、事務所に戻ろうと思いましたが・・・「待てよ?・・・暗いと寂しいからなあ・・・そうだ全部電気をつけっぱなしにしよう」浴室も洗濯場、乾燥室・・・電灯をつけっぱなしにして、宿舎も各部屋、電気を全部つけておくことにしました。ただひとつだけ・・・・・いくらばあちゃんでも、「女性の部屋には入れないなあ」そう思って、ばあちゃんの部屋だけはかまいませんでした。事務所に戻り、時計を見ると6時・・・・「晩飯でも食うか・・・・」朝、ばあちゃんが作ってくれたおかずがあったのでそれでご飯を食べようと冷蔵庫をあけたら、缶ビールが20本ほど冷えていました。「ようし、一人で宴会!」勝手に決めて、朝のおかずを肴に、缶ビールを一本グイッと飲みます。「フワーッ、うめぇ!」しかし、これから一週間・・・・どうして過ごそう・・・・」そう思ったとき、ふと変なことを思い出しました。「あれ?休みって、明日からだよな?」正月休みは「12月28日から1月3日まで」ちゃんと、黒板にも書いてありますが、今日は27日・・・・・・「なんだか1日ごまかされたような気がするな・・・・」確かに我が社の私以外の4人、それとばあちゃんは昼前までいましたが、なんとなく1日損したような気分になりました。「なんだか馬鹿らしくなってきたなあ・・・・・そうだ、最高級ウィスキーがあったんだ、あれを飲もう!」そのウィスキーは、ダイナマイトの製造メーカーが先日来たとき、お土産で持ってきたもの・・・・・ア、ここで皆さんに教えておきますけど、ダイナマイトの国内生産シェアー第一位は、皆さんもよく知ってるメーカーだったんです・・・当時は・・・。「A化成」って言う会社でね・・・主婦の皆さんには「ミ○ス」とか言う調味料なんかで知られてると思うんですけど、あそこでダイナマイトも作ってるんですよ。そこの営業マンが所長に面会を求めて来たんですけど、アポもとらないできてね・・・・所長はその時、役所との定例会議だったから、「ダイナマイト係」の私が対応したのです。その時、その営業マンがお土産を差し出し、「所長さんのお口に合いますかどうか・・・・」って置いていったのがこの「最高級ウィスキー」でした。実はそのころ私、耳が遠くなりましてねえ・・・・最初の「所長さんの・・」っていう部分が聞こえなかったんですよ。後半の「お口に合いますかどうか・・・」ってとこしか聞こえなくて、そのウィスキー・・・・ずっと私の机の中に入ってたんです。そのウィスキーを取り出しまして、ふだんコーヒーを飲んでる大きなマグカップに並々と注ぎましたねえ。今から考えると「高級ウィスキー」じゃなかったんですけどね・・・・ほんとはウィスキーの味なんかわからないんです。でも自分で「最高級」って思い込んでますから・・・ほんとに美味しく感じました。少しカップに隙間が出てきたんで、「氷を入れよう」って思ったんですけど、冷蔵庫まで取りに行くのが面倒で・・・・ひょいと窓の外を見ると、「ツララ」がぶら下がっていましてね。窓を開けてツララをとって、マグカップにぶち込みましたよ。少し冷気が入ってきたんだけど、風呂上りに缶ビールを飲んでますから、気持ちよかったですね。一杯目のウイスキーを一気に飲み干し、ツララが入ったまんま二杯目を作ろうかと思っているところにまた電話・・・・・「工事主任・・・しつこいなあ」そう思いながら受話器をとりました。「ア、杉田君?・・・・あたし、香織よ・・・わかる?」わかるも何も、さっきまでここに呼んで一週間、一緒に過ごそうとまで考えていた香織ちゃん・・・・・・「ア、ちょっと電話切ってくれ・・・・・こっちから掛けなおすから」することもないので長電話になるだろうと予想し、香織ちゃんの家の電話代をかけさせるより、こっちの現場から掛けたほうがただだったことを思い出して,こちらから掛け直しました。しばらく、くだらない話をして・・・・最後にひとことありました。「ア、明日ね・・・・松本君と優子ちゃんが、そこへ私を連れてってくれるって」私のことをかわいそうだと思った松本君が、香織ちゃんをここまで連れて来てくれると言ってくれたそうです。ちなみに優子ちゃんというのは、松本君の恋人・・・・・優子ちゃんと香織ちゃんはもともと友達だったんですが、うちの会社の若手とその仲良しグループが、ある居酒屋で、今で言うところの「合コン」をしたとき知り合いましてね。今でも、2組でいつも一緒に遊んでるんです。「明日は香織ちゃんが来てくれるんだ」すっかり工事主任の言葉を忘れ、喜んじゃいましたね。電話が終わり、ちょっとさびしい気分になりましたけど、明日が楽しみ・・・・その後、ウイスキーのストレートを2杯飲み、気持ちのよくなったところで、布団に入りましたよ。電気を全部つけっぱなしのままね・・・・・・・ 続く
2016.12.26
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今日はすべて予約日記だよ。師走って、先生だけじゃなく、私も忙しいんです。「6.トンネル越冬隊」八甲田山中のトンネル工事に春から参加して、半年が過ぎました。640メートルのトンネルも、上半断面の掘削が直線320メートルの部分ということでちょうど半分終わり、年内の工事もそろそろ予定に達してきたところです。正月明けからは「クロソイド・カーブ」にかかり、若干難しくなってくるんですけど、クリスマスも間近だということで、ウキウキしていました。特に大手ゼネコンから出向の職員達は、仕事以外の「殺人未遂事件」とか、「土砂崩れの警戒」・・・・「ダイナマイト盗難事件」・・・あ、これは隣のトンネル工事現場でダイナマイトが盗まれたんで、私の現場ではなかったんですけど・・・・いろいろ事件が重なって、半年家族の元に帰ってない人もいたんです。前に私は「ダイナマイト係」って言う風に説明しましたが、マアこれは、もしダイナマイトが盗まれたり事故があったりしたときに「逮捕」される係りって言うことで、実際は松本君と同じ工事係なんです。前の週は「私が夜番」で、通常は土曜日の朝仕事が終わり、そのまま休みになって月曜の朝に現場に戻ればよかったんですが、年末でいろいろな行事が重なり、その週も「夜番」をすることになっていました。だから、土曜の朝から月曜の夜まで「お休み」クリスマスには会えないから、彼女と土曜の昼から待ち合わせして、月曜の夕方まで一緒にいることができましてねえ・・・・そりゃもう、現場には笑顔で帰ってきましたよ。もちろん彼女も仕事を持ってましたけど、当時は土曜日が半ドン・・・日曜日はお休みで、・・・マア月曜日は夕方まで映画館にでも行って時間つぶそうと思ってたんですけどね。気がきく「恋人」でねえ・・・月曜日、有給とって休んでくれたんですよ。「年末なのに大丈夫か?」って聞くと、「どうせ来年寿退社だから、クビになったんてかまわないわよ」なんて言ってくれましてねえ。そうなんです。翌年、5月には結婚式をする予定になってたんです。だから「土」、「日」、「月」と有意義な3日間を過ごしました。どうせクリスマス当日は仕事でしたし、ホテルのレストランでフルコース食べましたねえ・・・・ボーナスも、お互い出てましたからリッチなお食事会でした。さて、そんな3日間を過ごして、ウキウキ気分で「トンネル工事現場」に戻りますと、所長が「お、今日は杉田・・・ずいぶん陽気だなあ・・・・あ、ちょっと用事があるから所長室に来てくれ」って言うんですよ。作業服に着替え所長室に行くと、副所長と工事主任も一緒にいまして・・・・いやな予感がしたんですよ。「実はなあ・・・・正月休みの件なんだけど相談があるんだ」所長がおもむろに声を出しまして・・・・・・・(え?正月休みは全員お休み・・・12月28日から1月3日まで、7日間休みのはずだろ?)そのあとを、うちの会社から出向している「佐々木副所長」が続けたんですよ。「ダイナマイトが9箱あまるんだよ・・・・使い切れなくて」その後を今度は大手の工事主任が「杉田君、君はダイナマイト係だよね・・・・それも正の保安責任者だ・・・現場で留守番してくれたまえ」これは相談じゃなくて「業務命令」でした。「火薬屋にいったん返せばいいんじゃないですか?」私だって休みたかったから、抵抗したんですけどね・・・・・・・「正月休み明け、すぐに仕事を再開する・・・・火薬屋の配達が遅れたりしたら、工事できないだろ」あの、鬼のような工事主任の顔・・・今でも忘れませんねえ・・・実は正月休み・・・・彼女の実家に行っていろんな準備をするつもりだったから計画もあったんですよ。所長室を出て、すぐに彼女に電話しましたねえ。「ア、もしもし、香織ちゃん?・・・うん俺!・・・あのねえ・・・」話しにくかったけど、正月休みがなくなったことを話しました。「ア、でもね・・・・その代わり、みんなが出勤してきたら、その後10日間の休暇がもらえることになったんだ。」そうなんです・・・私も粘りましたよ。「結婚式の準備もあってあちこち挨拶回りにも行かなきゃいけないし・・」みんなは7日間のお休み・・・で私は10日間のお休み・・・これはこれで結構魅力的な話でした。「じゃあ、あたしも有給休暇とるから・・・じゃあ一緒に東京にでも行こうか?」香織ちゃんも、まだかなり有給休暇を残してたみたいで、さばさばした返事が返ってきたんです。佐々木副所長に、承諾した旨を伝えました。「すまんなあ・・・杉田」佐々木さんは佐々木さんで、ダイナマイトを返納するつもりだったようで・・・・大手の所長と工事主任に押し切られたことが悔しかったようです。「イヤア、マア、今まで買いためた本でも読んで過ごしますよ。・・飯なんかもちゃんと作り置きしてくれてるんでしょ?」10日間の食事がどうなるのか気にはなってたんですが、「賄いのばあちゃん」が、雑煮の準備をしてくれて、そのほかにおせち料理も作ってくれるという話・・・・マア、現場には、夜中に小腹がすいたとき食べるためのインスタントラーメンから、酒のつまみの乾きもの・・・・そんなものもあるし、ご飯が食べたければ、米から缶詰から、何でもあるんで心配ないようでした。12月24日になり、今日はクリスマスイブ・・・・・このとき、まだ本当は作業をするはずだったのが、大手の職員もトンネルの坑夫も有給休暇をとったりして、仕事ができない状態になりました。ダイナマイトが予定の数量よりあまるとはこのことだったんです。作業員がいなくなれば、ダイナマイト作業ももちろん中止・・・・・・・ダイナマイトの使用量は1日支保坑4基を建て込むとして、およそ500本。27日まで仕事をするとして2000本のダイナマイトが必要になります。この分が丸々残ったのです。火薬庫に残ったダイナマイトは9箱だから2025本・・・・・・25本くらいならなんとか使い切ることもできます。何なら25本適当に空中爆破しちゃえば消えちゃう数量ですから。大手の連中、24日のクリスマスイブには、家族や恋人に会うためにもう有給休暇を使うつもりだったに違いありません。「アチャー・・・ヤラレター」・・・そんな気分でしたね。大手の職員は有給でみんないなくなり、残ったのは我が社の5人と賄いのばあちゃんだけ・・・・「ばあちゃん」は、私の正月用のごちそうを作ってくれるためまだ残ってくれてました。マア、昼はそれまで忙しくて整理できていなかった書類を作り、夜になると夜間作業がないため、ふもとに下りて香織ちゃんとデートできました。このときの「火薬庫」の管理は、正月休みがないという私の代りに、松本君が宿舎に泊まってくれましてねえ・・・ほんとありがたかったです。12月27日、今日のお昼で、みんな山を降りる事になりました。所長は既に休みを取ってますから、現場内の神棚や切り羽にお供えやお神酒を供え、佐々木副所長以下、5人で一年の無事を感謝して拝みました。それから事務所でみんなで乾杯をし・・・・ア、もちろんジュースでですよ・・・佐々木副所長がばあちゃんを載せて先に降り、ほかの3人も、「来年もよろしく」という言葉を残して去っていきました。とうとう一人になりました。今日から正月を挟んで一週間・・・・私はこの山の中にたった一人でいることになったのです。「まだ道路は走れるよな・・・・・香織をここへ呼んじゃって一週間・・・2人っきりで過ごすっていうのも悪くないかな?」不埒な考えも、ちょっとはありましたが・・・そこへ電話・・・ さあ、いよいよ、たった一人の生活が始まります。どうなるんでしょうね・・・・・・続きます
2016.12.26
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いろいろあって、今日も会社に出ています。明日はまた青森に行かなくちゃ。「5.トンネル越冬隊」今日、「下半断面の掘削、コンクリート打設」の話をすれば、工法の説明はほぼ終わります。せっかくですから、そこまでは説明したいんですよ。で、そのあと、いよいよ「トンネル越冬隊」の話しをしますからね。 トンネルの上半断面の施工に関しては終わっていますよね。コンクリートも上半断面については終わってますから、今度は、下半分の断面掘削に入るんですけど、上にもうアーチ型の上半が乗ってるわけですから、その乗ってる部分を残して、下半断面の真ん中を掘削します。形としては、「キノコ型」に、断面がなるわけですよ。上半のコンクリートは、横壁に乗っかってるような状態・・・・・で、横壁の部分ですけど、「脚付け」という作業に入ります。上半コンクリートは10mずつ打設しましたよね。その両端の端っこの部分、それぞれ120センチ分・・・・実際は隣のスパンも掘削しますから240センチ分掘削してそこにコンクリートを打設するんです。上のコンクリートは残った壁の上に乗っかってるんですよ・・・わかるかな?その10メーター分を例えるなら、4本の脚がついた動物のようになります。ア、両壁に脚付けしますからね・・・・・コンクリートが固まったら、今度は残った壁の部分を掘削します。そしてまた、今度は上半コンクリートを打設したのと同じように、「下半用のセントル」を使用し、両壁のコンクリートを打設します。、アア。わからなくても気にしないでください。皆さんには、5月にもしお目にかかれたら、その時、図解しますから・・・・で、その後「インバート」なんかの工事もあるんですけど、これは、普通の道路工事と同じようなんで説明を省略します。さあ、いよいよ、「トンネル越冬隊」のお話しをしますが、そこからでも読めるように、いったん、工事の説明を閉じさせていただきます。で、次から「物語」が始まるんですけどね・・・・・次から読んでも、わかるようにしておきますから・・・・・・・・じゃあ・・・・
2016.12.25
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4.「トンネル越冬隊」この次は下半断面の工法を説明しますけど、ちょっと間をおきましょう。そうしないと、なんとなく「トンネル工学」の教授にでもなっちゃったようで、お尻の辺りがむずむずします。前回お話した、「火薬庫」、「取扱所」、「火口所」の設置もさることながら、「事務所」と「宿舎」も作らないといけません。トンネルはどうせ暗い土の中をモグラのように掘り進めるから、当然24時間体制なんですよ。だから途中交代して、半分仕事してるときは、後の半分は寝るんです。この現場は、二交代制で朝の8時から17時までの班と、20時から、翌朝5時までの班がありまして・・・・10人ぐらいずつなんですよ。途中、昼食(夜番も0時に食事します。)をはさみますけど、そんなに忙しければ、8時間ずつの3交代にすればいいじゃないかと思うでしょ?ところがね・・・・トンネルの坑夫は、支保鋼一基建てこみ10万の請負制でね、・・・だいたい2基は建てるんですけど、時間がずれ込んでも3基建てようとするんです。一基10万で、3基30万・・・・10人編成の班ですから、一人3万になるんですよね。2基にするか3基にするかは、その班の班長が決定するんですけど、トンネルではこの班長を「斧指」と書いて「よきさし」と呼ぶんです。前に、支保鋼と支保鋼の間に「矢板」を天井のように張るっていいましたけど、木でできてますから、、斧を上手に使う指示者という意味なんでしょうか。その「斧指」の指示が間違うと時間オーバーになっちゃうんで、きっちり8時間ずつの3交代っていうわけには行かないんです。それに、その休憩の間を縫って、「トンネルの方向や高さが間違っていないかどうか」・・・・私達、職員が測量もしなければなりませんから、どうしても2交代が限度なんです。その宿舎なんですけど、だいたいが二人部屋でね・・・・昼夜一人ずつがペアになって、だからマア個室のように使えるわけです。風呂はいつでも入れるようにしてあります。また浴室の隣は洗濯乾燥室が併設されて夜中でも洗濯物が乾くようにしてあります。食堂は「まかないのばあちゃん」がひとりで作るんですけど、慣れているのかおいしいものを作ってくれました。宿舎に泊まるのは坑夫20人に、大手ゼネコンから出向の8人、わが社の5人のうち、松本君と私だけ泊まることになってて、あとの3人は家族もちだったから、毎日通いでした。それと「まかないのばあちゃん」を含めて31人がそこで生活したのです。もちろん、「仕事が終われば一杯」っていう人が多かったから、食堂には彼ら個人の「一升瓶のボトルキープ」があり、それぞれの名前の札を瓶に張っていました。あるときの事・・・・・一人の坑夫が「俺の酒の量が減ってる」と大騒ぎになったことがありました。彼は昼晩でしたから「きっと夜番の誰かが飲んだに違いない」ってことになりまして・・・・で中でも一番酒飲みの男が疑われちゃったんです。トンネルの坑夫さん達って、「命かけて仕事して」ますから、金とか物に対する執着は尋常じゃないんですよね。「あいつに違いない」って、台所から包丁持ち出して、「そいつを殺してくる」って出て行こうとするんです。みんなで押さえようとするんですけど・・・包丁持ってますしね・・・・それに日ごろ仕事で鍛えた肉体ですから、力も強いんですよ。我々一般人には押さえようもないんですが、こんなときはさすが「斧指」です。やおら近づいてって、ボディに一発、・・・屈みこんだところを膝蹴りで気絶させちゃった。相手がちょっと酔っ払ってたからできた・・・なんてあとでいいましたけどね・・私なら逆に酔っ払いだから近づけないと思うんです。「斧指」ってすごいなあ・・・って思いました。トンネルの坑夫のけんか・・・・けっこう多かったですね・・・全て金に絡んだけんかでしたけど、ダイナマイトの発破師が、私ともうひとりがまだ避難し終わらないうちに、点火しちゃったことがあるんですよ。「危ない」って誰かが叫んだんだけど、隠れるところもなくてね・・・・もう伏せるしかなかったんですけど、私のすぐそばを直径20センチくらいの岩がかすめ飛んで行きましたっけ。その発破師、私には恨みはないんだけど、もうひとりを殺すいいチャンスだった・・・なんてことを、そのあと警察に引き渡したときに「取調べ」で言ってたそうです。その電気発破機の鍵・・・・私まだ渡してなくて・・・・それでも彼は殺す機会をうかがって、合鍵を作っちゃったらしいんですよね。マア、簡単な鍵ですからいくらでも作れるんですけど・・・・・いろんな事件がありました。そうそう事件っていえばね・・・・・6月梅雨のころのお話・・・・・・長雨が続き、山が土砂崩れの危険あり・・・ってことになったんです。図面を開いてみると、もし土砂崩れがあると、その土砂は真っ直ぐ私達の事務所や宿舎になだれ込んでくるって言うんで、坑夫たちを避難させ、職員で見張りに立ったんですよ。見張りに立つと言っても、山のあちこちにセンサーを取り付け、少しでも山が動くと警報ブザーがなるようにして、一晩中山を事務所の窓から見張ってただけなんですけどね。山に残されたのは、前田さんと川口って言う大手の職員、それと松本君と私の4人だけ・・・・マア、独身4人組だから土砂崩れに巻き込まれても誰も泣かないだろう・・・ってことらしいんだけど、私だって彼女の一人や二人(二人はいないな)いましたから・・・・きっと泣く人もいたと思うんですけどね。デモね・・・・ずっと山だけ見てて、警報ブザーがなったら、すぐに逃げ出せるよう、ジープのエンジンかけっぱなしでいたんだけど・・・・・朝4時過ぎたら、もうどうしても眠くなって・・・・「土砂崩れに巻き込まれてもいい・・・寝る」4人とも布団に入っちゃいましたよ。ほんといろんな経験しましたね。あ、もうひとり、坑夫で面白い人がいたんだ・・・・・あまりない苗字だからね・・・イニシャルで言うとHさんて言う人だったけど、ほんとにまじめな人でお酒をまったく飲まないんですよ。ただ、変わってたのは、男性のあそこに・・・真珠を入れてたんですよね。一緒に風呂に入って驚いちゃった。何個入れてたのかなあ?でも、お酒はまったく飲まない人で、・・・それにひとなつっこい人でね・・・私のそばに来ては「監督さん、監督さん」っていってくれるんですよ。私も気分いいですからね・・・・一度、や澄のときに一緒に町へ降りて飲みにいったことhがあるんです。それでも彼は、コーラかなんか飲んでましてね。でも、飲み屋のお姉ちゃんの扱いには慣れてるようで、ひとりもてるんですよ。こっちはつまらないから「おい、H!、俺の酒を飲め・・・・俺の酒が飲めないのか?」なんて絡んじゃったんですけどね・・・・・・そしたらこっそり耳元で・・・「監督さん、俺、酒の上で人を殺して、今保釈中で・・・・・だから飲まないんですわ」なんてことをいうんです。ほんとかどうかわかりませんが、そのとき、一気に酔いが冷めましたね。おっと、眠くなってきたんで寝ますけど・・・・・明日は、下半断面の工法の説明をちょっとして、いよいよ「トンネル越冬隊」の話に移りたいと思います。じゃあ。つづく
2016.12.25
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12月23日・・・次男坊が帰省しました。北海道の天候が悪かった。朝、7時半に札幌発の特急に乗って苫小牧に・・・ところがかなりの遅れが出る。苫小牧着8時11分の予定なのに到着しない・・・間に合わないかな?って思っていたら8時40分に到着…何とか9時半初のフェリーに間に合った。八戸に到着予定は18時・・・時間はかかり過ぎるが欠航にはならない。その後順調で予定通り到着。夕飯時なので、「何が食べたい?」と聞くと「焼き肉」だそうだ。焼肉屋を探すと・・・「洋服の青◎」に「焼き肉食べ放題」の看板が・・・・ま、実際は「焼き肉キング」というお店だった。かなり痩せていた次男坊だが、「お腹が空いてる」というので好きなだけ食べなさい」と言った。すると・・・・食べる食べる!若いって素晴らしいね。「3.トンネル越冬隊」トンネルの工法については、支保鋼建て込みまでの説明をし、天井に矢板を差し込むとこまで説明をしました。ア、鉄の棒と鉄のパイプで、で山が押されても動かないようにするっていうのも言いましたよね。この鉄の棒とパイプを「タイロッド」といいます。で、「発破作業終了」から「支保鋼建て込み」から矢板、タイロッドの作業まで、およそ2時間以内で完了させなくてはいけません。それ以上の時間がかかると、ダイナマイトで緩んだ岩石が「土砂崩れ」となって空が見えることになることになるのです。「トンネル屋」にとって、空が見えるということはほんとに情けなくなります。私も一度経験しました。まもなく「トンネル貫通」っていうころだったんですけど、「貫通式」の準備なんかしてたのに、「山を落として」、貫通式どころか作業も長期中止になったんです。こうなるのは、通常、トンネルの出入り口付近で起こる事が多いんです。山の押す力が、支えるいちばん弱いところに向かってくるのでそうなるんですけど、その力を「偏圧」といいます。(なんとなく、トンネル工学の授業を思い出すなあ)その時、土砂崩れを食い止めるために「水ガラス」って言うので補強し、「後光梁」で支えて作業を再開したんですけど、この説明も面倒なので、皆さんにお目にかかってから説明しましょう。さて、ここで、私の専門である「ダイナマイト」についても説明しましょうか。皆さんが「ダイナマイト」に触れることはないと思いますけど、もしそういう機会があっても、「銀行強盗」に使わないような程度・・・悪用できない程度にお話します。ダイナマイトにもいろいろな種類がありまして、その種類は「号数」と「樹木の名前」で表します。トンネルの場合、換気の問題がありますから「後ガス」の少ないものを使用します。このトンネルの場合、「2号榎」と「3号桐」を使用しました。1本100グラムのダイナマイトで岩石の種類にもよりますが、およそ1トンの岩石をふっ飛ばします。上半断面(トンネルの上半分)を1メートル掘るのに120本ほど使いますね。削岩機で穴を開け、そこにダイナマイトを詰めるんですけど、120個の穴を開けるんではありません。一個の穴の雷管を仕込んだ「親ダイ」というものを一本いれ、そのあとに雷管のないダイナマイトを2本入れて誘爆させるんです。だから穴の数はおよそ60箇所。ダイナマイトを入れたその穴は、最後粘土でふたをします。ダイナマイトの爆発力っていうのは、「自由面」・・・つまり、押さえている力が弱いほうに爆発しようとしますから、岩石に直接力が加わるよう粘土でふたをするのです。雷管ですけど、「電気雷管」は爆発するスピードが10段階になっています。0.1秒ずつずれているんですよね。これは、皆さんも「ビル爆破」なんかで、少しずつ遅れて爆破するシーンを見ていると思いますので説明はいらないでしょう。で、このダイナマイトを取る扱うには、ひとつの現場に3人の「火薬類取り扱い保安責任者」という資格を持った人が、3人いなければなりません。「正責任者」「副責任者」・・・そして「正責任者代理人」です。ダイナマイトの管理ってほんとに厳しいんですよ。それと、ダイナマイト作業の時には3つの建物が必要になります。銃砲店なんかの火薬屋さんが、現場にダイナマイトの輸送を行います。これを先ず、「火薬庫」のいれて数量チェックします。一箱に225本・・・22.5キログラムのダイナマイトが入っていて、それが一度に20箱ほど搬入されます。電気雷管も一緒に運んできて入れるんですけどね。その後、その日使う量だけ、「取扱所」というところに運びます。このときは、ダイナマイトだけ「取扱所」に運び、電気雷管は「火口所」というところに運びます。そして今度は、その時間に使うだけのダイナマイトを「火口所」に運んで、電気雷管をダイナマイトに差し込みます。ダイナマイトは、昔よく使ったヘアーチックのような硬さで、形状も似てましたねえ。この、「火薬庫」、「取扱所」、「火口所」・・・3箇所とも明かり用の電気は着ていません。だから、トンネルの工事も昼はいいんですけど、「夜番」になると雷管の作業がしにくいんです。「火口所」で、雷管を取り付け、ダイナマイトは、今度は「切り羽」と呼ばれる、現場最前線に送られます。ここで、削岩機で開けられた穴に詰められるんですが、詰めてから「結線」をします。電気発破ですから、通電試験を行い・・・・線が結ばれていること、それと切り羽の状況を確認・・・・そして、トンネル坑夫の避難状況を確認してから「電気発破機」の鍵を、坑夫の中にいる「発破師」の資格を持ったものに渡し、爆破させるのです。それから、「ズリだし」に1時間、「支保鋼建て込み」に1時間・・・・こうしてようやく、トンネルは1メートルほど前進するのです。この作業を先進させておいて70メートルほど後ろから、今度は「上半コンクリート打設作業」が始まります。トンネルの上半分を、コンクリートでアーチ状に覆工してしまうんです。これは、「セントル」という、上半を全部隠せるアーチ状になった型枠で、10mの長さの物を使います。この「セントル」は、重量もありますから、線路と枕木を使い移動させるんですが、そのコンクリート打設位置につくと、油圧で所定の位置にセットされます。そしてコンクリートを「ポンプ圧送」して充填させ、「サラマンダー」とか「ジェットヒーター」で暖房し養生するのです。そしてコンクリートが固まったら、このセントルを移動・・・・そこには見事に、トンネルの上半分だけが出来上がっているのです。この状態で上半の作業は終了となります。とりあえず、なんとなくわかってもらえたでしょうか?イヤア、トンネル工事の人間ドラマを書こうと思ったんだけど、まさか、工事の説明からとは思わなかった。この次は、少し説明を省いて、ドラマ仕立てにしなくちゃね。疲れたんで・・・・つづく
2016.12.24
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あ、トンネルの話しを始めましたけどね・・・今と昔じゃ、トンネルの掘り方も全く違います。当時、私がやってた掘り方でご説明します。何度もお断りするようですが、この「小説もどき」は私の若干の経験と、ほとんどは創作ですからね。何があっても「ナイトは若い頃はあんなことしてたんだ?」なんて思わないでください。「まじめなトンネル技術者」だったんですから・・・「2.トンネル越冬隊」この「トンネル越冬隊」なんですけどね・・・・書き始めたら工事の最初のころから書いちゃったんで、不思議体験に行くまでかなり時間がかかりそうなんです。だから、「越冬隊」なのに、真夏の景色も出てきそうでね・・・まあ・・・いいか! 測量も無事終わり、基準点の移設も行い・・・・でも、工事にかかるにはまだまだ時間がかかるんです。測量した結果を役所に報告すると「設計変更」が行われるんです。コンサルタントの測量ミスがあったんで、用地買収なんかやり直すこともあるんですけど、今回は全部、県の土地だったからそれは無し・・・・・図面の書き直しだけだったんですよ。それができて、今度は「施工計画書」の作成に移りました。「この工事はこの計画でこのような工法でやりますよ」って言う計画書なんですけど、だいたい東京23区の電話帳2冊分くらい書かなくちゃいけないんですよね。「工程表」とか「実行予算書」・・・そのほか、「万が一の事故があったときの対処法」から、ダイナマイトなんかだとその「種類」・・・「ダイナマイトを仕掛ける位置の確認方法」全てが網羅される計画書でしてね・・・これを書いても役所の承認がもらえないとやり直し・・・なかなかOKが出なくて困りましたよ。私の場合、「ダイナマイト係り」でしたから、「切り羽の窄孔計画」と、「ダイナマイトの種類の選定計画、同じく雷管の使用計画」、それから「一回のダイナマイトの使用量制限」なんかと、「火薬庫、取扱所、加工所設置計画書」・・・まだまだありますけど、私一人だけでもかなりの量の計画書を提出しなきゃならないんです。全部説明すると何年かかるかわかりませんから、ダイナマイトのほんの一部を紹介しますとね・・・・このトンネルは「上半断面先進逆巻き工法」で掘るんですけど・・・ア、上半断面から説明しなきゃならないか・・・・・・・・・上半断面って言うのは、普通皆さんがトンネルを通るときの横の壁を見てもらえばわかるんですけど、上半分と下半分の型枠の跡の形が違っているのがわかると思うんです。その上半分を先行して掘っていって、支保鋼という、H型の鉄骨を少し反らせたものを二本組み合わせて建て込むんです。言葉だとちょっと難しいかな? その支保鋼と支保鋼の間に、矢板と呼ばれる木の板を天井代わりにはって一工程が終わるんですけど、これが「上半断面先進」ということ・・・・ここまでを復習しますよ!最初にこれから掘ろうという断面(切り羽という)に削岩機で穴を開けます。(ダイナマイトを入れる穴ですから計画的に・・・・)この穴に1番から10番までの雷管を詰めたダイナマイトを120本ほど挿入します。(通常の上半断面工法の本数)ダイナマイトを爆破します。崩れた岩石のを「ズリ」といいますが 、これをトンネルの外に運び出します。少しカーブのついた支保鋼を2つ拝むように建て込みます(これがトンネルのアーチ型になるんです)矢板(木の板)を天井代わりに支保鋼と支保鋼の間に差し込みます。また支保鋼と支保鋼の間は、鉄の棒と鉄のパイプ10本ほどで、山に押されて狭くならないようにしています。これがひとつの工程です。アア、けっこう疲れるなあ・・・説明も・・・・・・どうせ長くなりそうなんで、今回はこれまで!続く
2016.12.24
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「今度はなに書こうかな?」まだ次のテーマを考えていない私は、また悩んでいます。「夢の続き」はまだまだ残ってますけど、ちょっと違うものを書きたいなって考えていました。でも先日・・・私が若い頃掘ったトンネルを通る機会があったんです。「そういえば・・・あんなこともあったなあ、こんなことも・・・そうそう正月に一人でダイナマイトの火薬庫の番を一人でしたっけ。みんな休んじゃって・・・」そこで考えたタイトルが・・・「トンネル越冬隊」タイトルさえ決まれば何とかできるでしょう。・・・・・・・・いちおう、脚色してますからね。主人公は私じゃありませんから。「1.トンネル越冬隊」あれは今から数十年前だったかな・・・・・私がまだ20代のころの話です。信じる信じないは読んでる方の自由・・・・私そのころちょっとだけ不思議な体験しちゃったんですよ・・・・当時私は、建設会社の社員としてはまだペーペーで、始めて道路トンネルの工事に参加させられることになりました。それまでは道路工事を中心に、いろんな工事を担当してそれなりに実績を上げてきたんですけど、前の年に「火薬類取扱い保安責任者」っていう資格を取りまして・・・・簡単に言うと「ダイナマイト」のプロの資格なんですけど・・・・・そしたら、会社の上司から「今度、大手ゼネコンさんと企業体でトンネル工事を取ったから、お前、そこでダイナマイト係な」トンネル工事へ出向させられる事になったんです。うちの会社から、そのトンネル工事に出向になったのは5人。副所長の佐々木さんと、事務の佐藤さん・・・それに電気係の野村さんに私と同年代の工事係、松本史人君・・・そしてダイナマイト係りの私、杉田史の5人でした。あとは大手から出向の職員が8人ほど・・・・・総勢13名のスタートでしたが大手ゼネコンからの職員は、いわば「トンネル屋」と呼ばれる人たちで、入社以来「トンネル掘り」しかしたことのないっていうようなプロ集団でした。当社からの出向である佐々木さんと野村さんは昨年一昨年と、大手ゼネコンさんの企業体に出向になってて、そこでトンネル工事を経験してましたから、まったくの素人は、私と松本君の二人だけ・・・・・・見るもの聞くもの・・・まるでわけのわからないことばかりで・・・・・・いやあ・・・最初はどうなる事かと心配になりましたよ。松本君と私・・・最初は名前さえ覚えてもらえなくてね・・・・・「おい、素人その1、素人その2」なんて呼ばれてましたが、そのうち、松本君も私も、名前が「ふみと」っていうことで同じだと覚えられたんですけど・・・・松本君が「史人」で、私が「史」っていうことで、私の名前に「人」という字が入ってないんですよ。だから途中からみんな、私のことを「人でなしのふみと」なんて呼ぶようになりました。普通に、「松本」とか「杉田」って呼んでもらえると嬉しいんですけど・・・よりによって「人でなしのふみと」はないじゃないですか!マア、そんなことはいいんですけど、どっちにしろ、私と松本君は研修生あつかいでしたね。で、そんな私達に与えられた最初の仕事は「化粧木を探して来い!」っていう命令・・・・・・「化粧木?」・・・・いわれたって何の事だかさっぱりわからない・・・・そこで、トンネル工事はもう何本か経験しているという大手から出向の「前田さん」に聞いたんですよ。この人、私達と同年代なんですけど、トンネルの事はなんだって知ってる人で・・・・だから「さん付け」で呼んでたんですけど、・・・・「ああ、化粧木ね・・・トンネルの坑口のてっぺんに飾る”神社の鳥居”みたいな・・・・そうだな・・・ちょっと反り返った直径30センチくらいの太い木の幹の皮をはいだ奴だよ」そう言われてもわからなかったんで、写真を見せてもらいました。ここで説明するのもたいへんなんで、読者の皆さんも、今度トンネルの工事を見る機会があったら、で入り口のてっぺんに太い反り返った皮をはいだ木が飾ってありますから、見てみてください。この前田さんはちょっと変わった人でしてねえ・・・・大学時代柔道をやってた人で、私が好きな野球の話をすると「お前らそんな野蛮なスポーツの話しをするな・・・柔道の話しをしろ」って怒るんですよ。野球は「併殺」だとか「死球」・・・・死とか殺すなんて言葉が入ったスポーツだから野蛮なスポーツだって言うんですよ・・・まじめな顔でね。私らは影で・・「へそ曲がり前田」なんて呼んでましたけどね。マア、人のことはいいんです。「化粧木」は何とか見つけて、綺麗に皮をはいで、坑口のてっぺんに飾りました。その次に与えられた仕事は、「測量」でした。路線測量っていうやつでね・・・・・トランシットっていう角度を測れる測量機器でそのトンネルを掘る山を踏破して、角度が間違ってないかチェックする測量なんですが・・・トンネルの延長でいうと640メートルの長さだから簡単だと思うでしょ?でもこの測量って、「掘る前の事前調査」ですから、山の上を角度を確かめながら何日もかけて確認していく作業なんです。山といっても、、山の部分だけじゃない・・・・谷の部分もありますからね・・・・それにその山の上を工事するわけじゃないんで、密林地帯をトランシットを抱えて歩く作業ですから、生易しいものじゃないんですよ。それで、役所の設計どおりぴたっとあえばいいんですけど、もしあってないと、もう一度やり直し・・・・・でも、設計したコンサルタント会社の測量なんて、でたらめが多くって・・・・・・何度か繰り返して、どうしてもあわないときは、そのとき初めて「設計変更」ってことになるんです。おっと、不思議な体験の話をしようと思ったんだけど、工事の初めから話し始めちゃった。不思議なお話だけしようと思ったんですけど・・・どうです?このさいですから、ご一緒にトンネル堀を体験してみましょうか? ってことで、長くなりそうなんで、今日はこれまで!続く
2016.12.24
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じっさいのところこの文章は「予約日記」・・・したがって、まだむつにいて・・・北海道の状況やらフェリーの運航状況が気になって仕方ないんです。皆さんに読んでいただくころには・・・次男坊を車に乗せて、八戸からむつ市に帰ってくるころでしょうね?「5.一寸法師」(ナイト童話集)二階へと続く階段は60センチほどの狭いもので、上から人が降りてきたらすれ違うのは難しいような階段です。階段を登りきると、4メートルほどの廊下に左右2つずつドアがあり、一番手前の左側のドアの窓ガラスに「催眠カウンセラー吉野」の文字がありました。「カウンセラーの先生は吉野さんっていうのか・・・・」私はドアをノックすると・・・・「どうぞ・・」という女性の声・・・・・「失礼します・・・・」わたしがそういいながらドアを開けると、ベージュ色の壁の10坪ほどの部屋が目の前に現れました。部屋の窓際には高級そうな木製の机が置いてあり、その前には淡いグリーンのソファーセットがおいてあります。そのソファーセットの隣には、理髪店で見かけるような大きな茶色い椅子が、半分リクライニングされておいてありました。「ようこそいらっしゃいました。」木製机の向うに座っていた白衣の女性が、今までかけていたメガネをはずしながら立ち上がって挨拶をしました。「私が所長の吉野です。どうぞこちらへおかけください」立ち上がったその女性の白衣の下は、白地にグリーンとピンクの花柄をあしらったワンピースで、ちょっと古風な感じがしましたが、背の高い魅力的な若い女性です。わたしがソファアに腰掛けると、彼女は部屋の奥にある小さなキッチンから、コーヒーを入れて持ってきてくれました。「今、ちょうどコーヒーを飲もうと思ってましたのよ・・・・ご一緒にいかがですか?」ミントンのコーヒーカップに8分目ほど入ったコーヒーでしたが、砂糖もミルクもありません。「あなたはブラックで飲まれる方でしょ?・・・わたしもそう」彼女はちょっと大きめなマグカップを持って来て、私の正面のひとり用ソファアに腰掛けながらそういったのです。もうカウンセリングが始まったんでしょうか・・・・・・「ずいぶんお若い先生ですね。」私がそう言うと「心に悩みを持った患者さんなのに、ずいぶんお世辞がお上手ですわね」と微笑みました。「ところで今日はどんなご相談なのか、こちらのアンケート用紙にご記入いただけますか?」A4サイズの用紙には、氏名と住所、年齢などの記入欄と、症状やある程度の略歴を記入する欄がありました。「お名前は川村さんですね。・・・・・あら、平安京大学のご卒業ですのね・・・・市役所にお勤めですか・・・・お子様はお二人・・・奥様は教師をしてらっしゃるんですね」アンケートに書いたほかに、簡単な質問があり症状についても聞かれました。「ヘエ・・・鏡の中に老人が見えるんですね・・・・で、なにかを思い出して欲しいって言うんですか・・・・」私は話をしながらまた、昨日の老人の姿や声を思い出していました。「”打ち出の小槌”ってあの一寸法師のお話に出てくる、あのでんでん太鼓のようなもの?」絵本の一寸法師を見れば「打ち出の小槌」は、何か小さな楽器のように見えるかも知れません・・・・・この若い女性カウンセラーにはでんでん太鼓に思えたんでしょう。「小槌ですから、くいを叩いたりするトンカチのようなものですよ」「ああ、トンカチのようなものなんですか」あまり興味がなさそうに彼女は鸚鵡返しで答えました。「サア、では今度はこちらの椅子にかけてください・・・・・・」彼女に促され、私は半分リクライニング状になった茶色の椅子に腰かけますと、その椅子はさらに電動で動き、水平近くまで倒れます。「どうぞリラックスしてください・・・」寝心地のいいベッドのようで、ふだんの私なら、すぐにでも眠りにつくことができるような感じでしたが・・・・これから催眠術に掛けられるという不安もあり、なかなかリラックスするっていうことはできません。「ちょっと気になるでしょう?・・・でも催眠術って魔法じゃありませんからね・・・・これから、明るいライトを目の前でつけたり消したりしますが・・・・・これは速やかにあなたを催眠状態にしてくれます。」そう言うと目の前にライトをつきつけ、スイッチを入れました。そのライトはひとりでについたり消えたりする装置がついていて、女性カウンセラーがそばにいなくなっても、その状態を続けます。強烈なライトの明かりがついたり消えたり・・・・・それを繰り返すうちに・・・わたしはだんだん目が重くなってきました。そして、私は夢を見ているような状態になったのです。その夢の中で・・・・・・わたしは「一寸法師」でした。・・・・・・・・・・襲われた「お姫様」を鬼から救い出し、その鬼が忘れていった「打ち出の小槌」を「お姫様」がふると・・・わたしにはなにごとも起りませんでした。「一寸法師のお話は、打ち出の小槌で願いがかなうんじゃないのか?」「そうなんですよ・・・・打ち出の小槌は願いを叶える道具ではないのです。」その声は、あの老人の声!「サア、お起きなさい・・・・・あなたはもう全てを思い出したはず・・・・・」わたしが目を覚ますと、そこにはあの「女性カウンセラー」の姿はなく、例の老人がスーツ姿で立っていました。「あの打ち出の小槌は、あなたの願いを夢の中だけで叶えさせてくれる道具なんですよ」「わたしの本当の姿は一寸法師なのか?」「そうです・・・・あなたは一寸法師なのです。・・・・・もし願いがかなう道具であれば、あの鬼たちがなんで人間にならなかったのでしょうか?・・・・人にさげすまれ恐れられ・・・・そんな鬼の姿でいるよりも、人間になりたかったでしょうに・・・・」老人は続けます。「あなただって、3センチほどの人間でいるより、普通のサイズの人間になりたい、そして、お姫様と夫婦になりたい、普通の人間のように幸せになりたい・・・できれば出世もしたい・・・・そう思っていたはず・・・・・でも現実にはそのようなことは起らないのです。」全てを思い出したわたしは愕然としました。「特にあなたは一寸法師・・・・法師というからには妻帯は許されません。・・・・でもあなたは姫との結婚を夢見た・・・・そして家族を持つという夢も見た・・・・出世もしたいという夢を見た・・・・・それだけなんです。」老人の言葉を・・・・わたしは真実として受け止め始めました。「昨日と今日・・・2日で、あなたは姫と抱き合い、彼女との間にできた子供を可愛がって家族の幸せを感じ・・・出世もしました。・・・・夢の中での願いは全てかなったのです」「もう現実に目覚める時間なのですね・・・・・・・」夢は終わったんだという自覚が生まれ始めていました。そのとき老人は優しい声でこういいました。「あなたがもし望むなら、あなたがもしこの夢の中の住人でいいと思うなら・・・私はあなたをこのままにしておいてもいいと思っていますよ。」その老人の姿が少しづつ変化していきました。「わたしは、閻魔大王・・・・あの世とこの世を結びつける管理をしていますが、あの鬼たちはわたしの下僕・・・・あの鬼たちに、打ち出の小槌を返してくださらんか・・・・」「私は現実の世界に返らなくてもいいのですか?」「あちらの世に戻っても、あなたと姫が幸せになることはない・・・・お互い好きあっているのに、身分の違い、体格の違いがあって思うようには行かない・・・それならいっそ夢の世界を本物にしてあの世を棄てましょう。こちらの世界で夫婦として幸せに暮らすほうがよいと判断しましてのう・・・・今、この世界にいるうちに、打ち出の小槌をわたしの手元に返してくれれば、あなたは永遠にこちらの世界で暮らせますのじゃ」そのとき、部屋のドアが開き・・・・・・「お姫様」が「打ち出の小槌」を持って入ってきました。「あなた!。こんな小槌なんかいらないわ!。。。早く棄てて私達の幸せなこの世に住みましょう!」こうして、私達家族は、現実逃避といわれても、幸せなこの夢の世界の住人として今でも住んでいるのです。ただちょっと変わったのは・・・・妻が「身分が上」になったこと・・・・・もともと「お姫様」の妻で、私は「下僕」だったのですからしょうがない事ですけどね・・・・・でも家族4人、幸せに暮らしているんです。おしまい!
2016.12.23
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あまり評判がよろしくない「一寸法師」ですが、ヤッパリ、私には難しすぎたんですかね?その場の思いつきで書いてるもんですから、今すぐ辞めようと思えば辞められるんですが、急に辞めるとなると前回と同じになっちゃうんで、もう少し続けさせてください。しかし、文字で情景描写をするってほんと難しい・・・・「4.一寸法師」(ナイト童話集)ということで・・・・・・ 家族4人で過ごした日曜の午後・・・・・お昼ゴハンは「ファミレス」に行き、スーパーでは一週間分の食料や、必需品を買い・・・・ようやく家に戻ってきたのは夕方の5時でした。それからの夕飯の準備・・・・子供達は夕飯まで勉強をすることにして、私は妻と台所に入りました。今日は「すき焼き」にするつもりでしたから、材料を洗い適当な大きさに切るだけ・・・すぐに準備は終わるはずでした。「なあ・・・お母さん・・・俺、疲れてるんだろうか?」そう言って、妻に今日あった出来事を話しました。マクドナルドでの出来事・・・、家の洗面台でのこと・・・「ええ?、あたしも変なことがあったんだけど・・・・・・」妻は驚いたような声を上げました。「今日は雅楽鑑賞会だったでしょ?・・・・・一人、あなたと同じような服装をしたお爺さんが会場の体育館に来ていたのよ。」妻は、「父兄にしては見たこともないし、出演者でもないし・・・・いったい誰なんだろう?」と考えていると、その老人が近づいてきて・・・「なつかしい響きでしょう?」ちょうど舞台では「越天楽」の演奏が始まっており、妻自身もなつかしい音だなあと感じていたときでしたから「そうですね・・・・日本人の心のふるさとの音楽でしょうか」と答えたそうですが・・・・その老人はフッと消えてしまったそうです。あとで、ほかの教師に聞きましたが、その老人の姿を見た人は他にはおらず、夢を見ていたような気持ちになったそうです。「あなたが見たお年寄と同じ人だったのかしら?」妻には、「打ち出の小槌」の話しはしなかったようですが、あの小槌が関係しているのは確かなようです。「お母さん・・・ゴハンまだ?」息子が二階の自室から降りてきて催促しました。「アア、ごめんごめん・・・もう準備できたから手を洗いなさい」話を中断して、家族4人の「幸せな夕食」が始まりました。さて、その翌日の話し・・・・・・・・・役所に出勤した私は、朝一番から部長に呼ばれました。「川村君、君も3年後の国体のボート会場が、わが町になるって言う話は聞いてるだろ?・・・そこで”漕艇場”の整備をすることになったんだがね・・・・大学時代ボート部だった君に、その指揮を取ってもらうことになったよ」私がボート部?・・・・部長が何か勘違いをしているんだろうか?そう思って大学時代のことを思い出していました。ところが、クラブ活動どころか自分が受けた授業も思い出せないのです。確かに、「平安京大学」という京都の大学に通っていたはずなんですが、何も思い出せない・・・・・昨日の老人の件、タオルの件・・・・・私の身体に異変が起こっている・・・・そんなことを感じていました。「・・・そこで川村君・・・君には今日から課長職ということで国体対策課を立ち上げてもらう・・辞令交付式は明日の朝9時、市長室だ・・・・・がんばってくれよ川村課長」突然のの辞令交付・・・・しかも新設の課で課長・・・・出世ができてうれしくないわけがない。私は部長に礼をいって自分の席に戻りました。「おい、昇進おめでとう・・・私も推薦しておいたんだよ」課長は前もって聞いていたようで、すぐに私の席に飛んできて「祝いの言葉」をいってくれました。「ありがとうございます。お世話になりました。」「新設の課だからな・・・・場所は第3会議室になるそうだ・・机なんかはもう準備してあるそうだから、すぐに引越ししなさい」第3会議室は、いまいる「企画課」の隣にある会議室で、引越しといっても机の中の物を移動するだけ・・・・課長だから「方袖デスク」が「両袖」の物に変わり、容量も大きくなるので引越しといってもすぐに完了しました。「国体対策課」の職員は私を含め、10人・・・それに臨時の事務員を入れると12人体制になるようです。それぞれ、総務課、土木課、用地課、教育委員会などからのベテラン職員が配置され、工事の設計発注は昨年既になされており、当面の忙しい仕事はないようでした。顔見知りの職員が多く、それぞれが新しい仕事に燃えているようでした。「しかし、俺がボート部だったなんて・・・・」もしかしたら、精神的な病気でもあるんだろうか・・・・「辞令交付は明日だったな・・・・今日の午後は休暇をもらって病院にいってこよう」そう決めた私は部長に許可をもらいにいきました。許可はすぐに降り、私は昼食前に帰宅し総合病院に出かけました。「何科を受信すればいいんだろうか?・・・・精神科か内科?」なんとなく「精神科」という名前に抵抗があり、私は「内科」を受診することにしました。様々な検査をしましたが、結果はすぐに出ないといわれ、明日結果を聞きに来なさいということで思いのほか早く病院を出ました。「いまから役所に戻っても中途半端だしなあ・・・」しばらくの間、町をぶらぶらすることにしたのですが、昼の繁華街を歩くのは久しぶりでした。「アア、こんなとこに新しい喫茶店ができたんだなあ。。。。」コーヒーでも飲もうと、喫茶店に入ろうとしたら、喫茶店の横に一枚のドアがあり「催眠カウンセラー」の看板が目に入りました。そのドアはどうやら、喫茶店の二階に通じる階段があるようです。「病院で結果を聞く前に、カウンセリングを受けてみようか」私はそのドアを開け・・・予想通りの階段を二階に歩み始めました。つづく
2016.12.23
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最近・・・楽天ブログも「予約日記」っていうのが出来たんで、一か月先の日記も「文章保存」できるようになりました。今までは「下書き保存」を使ってたんですけど、そうすると・・・途中で書いた文章と順番が逆転することもあったんでね。だからもうすでに、「2017年元旦」のご挨拶も登録しましたよ。「3.一寸法師」(ナイト童話集) 「マクドナルド」のトイレの中でしゃがみ込んでしまい、立ち上がることも顔を上げることもできませんでしたが、心配してトイレに駆け込んできた息子に助け起こされ、ようやくのこと起き上がることができました。「お父さんどうしたの?」「イヤア、なんでもない・・・ちょっと気分が悪くなっただけだ・・・もう大丈夫だよ」そう言いながらも私は辺りを見回していました。「さっきのお爺さんはどうした?」「お爺さんなんていないよ?」店内に戻ってみると、日曜日のせいか親子連れの客が多く、ましてや住宅街の店だったので、スーツにネクタイ姿の客は、老人はおろか一人もおりませんでした。「気のせいだったのかなあ・・・・・」私は一人つぶやき、無理やり自分の気のせいにしてしまいました。子供達にうながされ、いったん家に戻った私は、すぐに洗面台の大きな鏡の前に立ちました。鏡の前には私一人だけ・・・・・「さっきのは、ヤッパリ気のせいだったな・・・・・」もう一度、「気のせい」だと独り言のようにつぶやき自分自身に言い聞かせながら、水道の蛇口を捻り、勢いよく出る冷たい水が直接当たるぐらいまでに近づき、両手で顔を洗いました。「アア、タオルの準備をしてなかったなあ・・・・」出勤前の洗顔なら、いつも手元にタオルの用意をしてから両手で水をすくい顔を洗う私ですが、なぜかタオルの用意もしないまま顔を洗ってしまいました。滴り落ちる水滴で目を開けておくことのできない私は、目をつぶったままタオル掛けのある方向を探りました。「タオルなら、ここにありますよ。」突然、私の左手にタオルを掛けられたような・・・・・そして、先ほどの老人の声がまた聞こえてきたのです。声のする方向を向く度胸がありませんでした・・・・私は顔を上げまっすぐに鏡に写る老人と私自身をを見つめたのです。「あなたは誰?・・・・どうしてここに?」しかし、老人はそれには答えず、「あなたはまだご自分の過去を思い出しておられませんか?・・・・」と、少しガッカリしたような言葉をつぶやくのでした。「思い出すってなにを?・・・・あなたと何処かで会ったっていうんですか?」「昨日”打ち出の小槌”をお送りしておいたので、もう思い出されてるものとばかり思っておりました。・・・私の考えが甘すぎたようですね。」「”打ち出の小槌”って・・・・あの宅配便で送られてきたのは”ローズ・ハウジング”の新築記念品じゃなくて、あなたのものなんですか?」老人はそれにも答えようとせず、「まだまだ、思い出すまでには時間がかかりそうですね・・・・・マア、じっくり時間をかけて思い出していただきましょう・・・・それまで”打ち出の小槌”は有効に使ってくださいね・・・・またおじゃましますから・・・・」そこまでいうと、老人の影は徐々に薄くなり・・・映画のフェードアウトのように消え去っていったのでした。「おい!待て!」私はわけもわからず、手をあちこち差し出して、老人を捕まえようとしましたが空しく空間を掴むだけでした。その差し出した左手には・・・・新築のときにもらっていつも使っている「ローズ・ハウジング」の白いタオルが残されていたのです。「お父さん、そろそろお母さんを迎えに行こうよ!」居間で私を呼ぶ娘の声で、私はハッと我にかえりました。「ア、アア・・・・今すぐ行く!、お前達は車に乗ってなさい!」まだ、顔から水が滴り落ちていることに気づき、私はそのタオルで顔をぬぐいました。「自分で、タオルの用意をしてたのに、忘れてたんだろうか?・・・・・」まだ、現実と思いたくない自分がそこにいました。車では二人の子供が、いつものように後部座席に乗り待っていました。「お父さん遅いよ・・・もうお母さんきっと待ちくたびれてるよ!」「学年行事」の「雅楽鑑賞会」終了の時間には、まだ間があるはずです。「大丈夫だって、・・・・お父さんの運転の腕を信じろ!」そういいながら、エンジンのスターターを回し、ユックリ車を前進させました。途中になんの支障もなく、妻の勤務する小学校に到着した時刻は、まだ予定の時間より10分ほど前でした。車を「教員用の駐車場」に停め、私達は校庭にある「鉄棒」で遊んで待つことにしました。妻は行事が終わっても、自分のクラスの子供達が無事帰るまではまだ家に帰ることは出来ませんが、今日は「親子で雅楽を鑑賞する会」でしたので、ほとんどの子供が親と一緒に帰宅することができるはずです。「それでも、あと1時間はかかるだろうなあ・・・・・」子供達にせかせられ、あせって早く出てきたことに、自分自身ちょっと腹を立てましたが、「マア、公園に子供達と遊びに来たと思えば・・・・・」そう思って、いっしょに遊び始めました。姉のほうは、「逆上がり」も上手にできるんですが、息子はちょっと苦手なような様子・・・・・「おい、もう少しおなかに鉄棒を近づけて・・・・そうそう。もっと足を上に上げて!」息子の鉄棒の補助をしながら、私は小さな幸せを感じていました。「チェ!うまくできないや・・・・ボク、運動神経ないのかな?」「そんなことはないよ・・・お父さんの子供だからな!」「じゃあ、お父さんは”逆上がり”できるの?」私が子供のころは今と違って「ゲーム」や「パソコン」のない時代・・・・友達と、公園で「「缶ケリ」や「鬼ごっこ」をした時代で、「鉄棒」も遊びのひとつでした。「もう鉄棒にはしばらく触れてないからなあ」できるかどうか、やって見なければわかりませんでしたが、私は鉄棒の前に立ち挑戦をして見ました。「わあ、お父さんできるんだ!」うまく廻ることができ、鉄棒の上から息子に向かって、「お前だってすぐできるさ・・・・お父さんの息子なんだもの」そう言って励ましましたが、正直なところ、運動不足がたたってできないかもしれないな・・・・なんて考えていたんです。子供達がまた一生懸命「鉄棒」にトライし始めました。私は、鉄棒の上に座り、学校の「児童玄関」を眺めていましたが・・・・そのうち、親に手をひかれた子供達が玄関から出て来はじめました。それから20分ほどして・・・・・妻が職員玄関からまっすぐこちらへ向かってきます。「ずいぶん早いじゃないか・・・・」「校長先生が、鉄棒のところにいるあなたたちを見て、早く帰っていいぞ・・・っておっしゃってくださったの」妻のクラスの子供は、全員、父兄と一緒だったので、子供の帰宅時間が早かったようです。「学年主任も、会議は明日しようっておっしゃったから、今日は早く帰れるの」その時、横のほうで息子が大きな声を出しました。「あ、できた!」見ると、鉄棒に腕を突っ張っておなかで支えてる息子の姿がありました。「お父さん見てくれた?」自慢げな息子に、もう一度見せてくれるように話すと「しょうがないな・・・」といいながら、もう一度、「逆上がり」をして見せてくれました。コツをのみ込んだようです・・・それから数度・・・彼は「逆上がり」をして見せました。「4人家族の小さな幸せ」のひと時でした。続く
2016.12.23
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実は・・この物語のつづきなんですけど・・・「R-15」指定の文章を入れちゃったんですが、ちょっとまずいだろうという事で・・・その部分をカットしました。昨日フェイスブックで、「官能小説もどき」を書こうと思ってたんですけどね・・・経験不足ですから書けそうもない・・・したがって、カットしたものと思ってください。「2.一寸法師」(ナイト童話集) 翌日の事、日曜日だというのに、私はいつもの時間より早く目覚めました。「こんなにさわやかに起きたのはひさしぶりだなあ・・・」隣のベッドを見ると、妻がまだこちら向きになって寝ていました。「今日は朝飯のしたくでもしてやるか・・・・・」妻を起こさないように、私は寝室を出て台所に行きました。コーヒーミルでコーヒーの豆を挽き、マグカップ3杯分のコーヒーを入れました。「あなた、早いわねえ」妻が起きてきて、わたしにそう声をかけました。「先週の仕事の疲れを、夕べ君の中に全部置いてきたからね・・・さわやかな目覚めさ!」 実は昨晩・・・久しぶりに妻と・・・「わたしは疲労回復剤?」妻は微笑みながらながら、私にキスを求めてきました。子供たちがまだ寝ているからできた事なんでしょうけど、これも新婚当時の朝の儀式として毎日のようにしていた事でした。「今朝は、何もかも新鮮に感じるわね・・・・」妻に言われるまでもなく・・・私もそう感じていたのです。トーストにコーヒー、それにベーコンエッグで朝食を済ませたころ、子供たち二人が起きてきました。「オハヨウ・・」私と妻に声をかけられ、子供たちも半分まだ眠い目をこすりながら、朝の挨拶をします。「お母さん、もう出かけるの?」「うん、いつもよりゆっくりでいいんだけど、雪が降ったからね・・・・自動車がスリップすると困るから、今日はスピード出さないように・・・・」妻は朝の支度をしながら、子供たちに言い聞かせていました。「おい、お前たちまだ朝ごはんはまだいいだろ?。。。。みんなでお母さんを送っていこうか?」この提案に、子供たちは賛成してくれました。「あらあら、お父さんも疲れてるんだからいいわよ」「今日は午前中に仕事も終わるんだろ?・・・・お昼、迎えにいって、また一緒に帰ってくればいいさ」「さんせい!!」という喚声に後押しをされ、私達家族4人はドライブがてら、出かけたのです。妻を勤務先の小学校におろすと、学年行事に参加するため集まってきた父兄たちが、妻に朝の挨拶をしています。私の車にもお辞儀をしてくれる父兄たちがいて、気恥ずかしいと感じながら、私達親子もお辞儀をしたんです。妻をおろして、帰り道・・・・「お父さん、”朝マック”していこうよ!」姉弟、二人に促されて、「じゃあ、食って行くか!」・・・・3人は「マクドナルド」による事にしました。私は朝食を済ませていたので、子供たちの分だけ注文をして座席で待ちましたがまもなく注文の商品が来て、子供たちが食べ始めたので、私はトイレに立ちました。トイレで用を足し、手を洗っていると、鏡に写った私の隣に一人の老人が立ちました。「川村・・・・さんですよね?」その老人は鏡越しに私の名前を呼びました。わたしも鏡越しに返事をします。「ハイ・・・そうですけど・・・・・あなたは?」そういいながら、私はその老人を観察しました。顔にしわがある・・・というより、しわの中に顔があるというほどの老人で、本当の年齢はもしかしたら100をとうに越えていても不思議ではないような老人でした。服装はというと、上品な仕立ての黒のスリーピースで、その中にグレーのベストがのぞき、ワイシャツはブルー系の無地でネクタイは更に濃い色のブルーでした。しかし、感じられる年齢にしては背筋が真っ直ぐに伸び、もしかして若いのだろうか?とも感じられる・・・・不思議な老人です。「昨日、お送りした”打ち出の小槌”の使い心地はどうでしたか?」「え、この老人が送ってよこしたのか?」私は横を向きましたが、そこにはその老人の姿は見えません。鏡を見返してみると,そこには確かにその老人が立っているのです。なにやらめまいがして、私はそこにしゃがみこんでしまいました。・・・・・・つづく
2016.12.22
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チョット変わったものが書きたくなりました。 ナイト童話集ですから、まともな童話じゃありません。 読んでみてください。 6話ぐらいで終わるはずです。 「1.一寸法師」(ナイト童話集) 夕方から降り始めた雪で、あたり一面の銀世界です。 室内の明かりに照らされて、窓から見える小さな庭の芝生も、先日「わら掛け」した木々も、ほとんど真っ白に見えます。 「明日の朝は、子供が雪ダルマをつくろうって騒ぐんだろうなあ・・・・」 私はそんなことを考えながら、庭を見ていました。 共稼ぎの夫婦で、私は地方公務員、妻は小学校の教師をしていますが、妻は「学年行事」の「雅楽鑑賞会」っていうのがあって、明日も出勤だとか・・・・ ゆっくり寝て過ごそうという目論見は崩れ、明日はきっと朝からテレビアニメの番組に付き合わされることになりそうです。 「今日だけはゆっくり、雪見酒でもいくか・・・・」 独り言をいいながら自分で台所に行き、一升瓶から酒をお銚子に移して、レンジで温めていました。 そんな時、玄関が開く音がして・・・・・「宅急便です!!」 元気いっぱいの若者の声が響きました。 「ハイご苦労様」・・・・・どうせ家内がいつも読んでる通販雑誌だろう・・・と思いながら彼からその荷物を受け取りましたが・・・・どうも雑誌のような形はしてません。 いつも受け取る「分厚い電話帳」のような形のものではなく、ボーリングのピンが一本そのまま入っていそうな小包でした。 「かみさん、通販雑誌でなにか買ったのかな?」 宛先は私自身の名前になっていましたが、差出人になっている会社名はまったく心当たりのないものでした。 「なんかの試供品でも送ってきたのかな?」 勝手にそう考えて小包をテーブルに置き、わたしはさっき用意したお銚子をレンジに取り出しに戻りました。 「アチッ!」・・・・・・いつもは妻が準備してくれる熱燗ですので、ちょうどいい人肌で出てくるのですが、今日はレンジのタイマーがよくわからず、触れることもできないほど熱くなっています。 「マア、いいさ・・・漬物でも出して、つまみの用意をしてるうちに冷めるだろ?」冷蔵庫の中には「べったら漬け」が袋のまんま入っていましたので、それを取り出し、切って小鉢に入れました。 「ただいま・・・あ~あ!明日の準備で疲れちゃった!」 帰ってきた妻は、荷物を放り出しソファーに身を投げ出しました。 「あなた、お酒飲むの?・・・あたしも付き合おうかな?」 体を起こし、テーブルに近づいてきた妻のために、私はお猪口を用意しました。 「あら?この小包なに?」 テーブルの上の小包を目ざとく見つけた妻は、わたしに問いかけました。 「知らないよ・・・・お前が通販で買ったんじゃないのか?」 「あたし知らないわよ・・・・それに宛先はあなただし・・・・」 お猪口の用意をし、妻のためにもうひとつ、かまぼこを切って戻ってきた私に、妻は包み紙を破りながらそういいました。 中からは、高級羊羹でも入っていそうな立派な紙の箱・・・・・ そして、箱の表書きには 「幸福を呼ぶ小槌」という文字が、りっぱな筆文字で書かれていました。 「ああ、これはあれよ!」・・・妻が思い出したように言いました。 「去年、ローズ・ハウジングの酒井さんが言ってた小槌よ!」 昨年無理をしてやっと建てたこの住宅は、ローズ・ハウジングという、大手ハウジングメーカーの酒井という営業マンが熱心に勧めてくれたものでしたが、 「地鎮祭」のとき、最初のくい打ちを施主に打たせるというセレモニーがあり、そのときの「槌」を工事終了後にプレゼントしてくれるという話しを・・・そういえばその営業の酒井という男がしていましたが、工事が終了して半年が過ぎても、その「槌」は届いていませんでした。 「でもこんなに小さかったかな?」 「あなたが使った道具は大きすぎるから、飾り用に削って小さくしたんじゃない?・・・だって縁起物ですもの」 もうとっくに忘れられていたものと思っていた妻は、その箱を開けてみました。 中には、りっぱな装飾が施された小槌がはいっていて、 「ほら、お飾り用にきれいな彫刻が入ってるじゃない?・・・削って小さくしたのよ」 妻はすっかり、ハウジングメーカーから贈られた物と信じたようです。 「そうか、瑕疵担保期間は1年・・・・それが終了して、工事完了ってことかな?」 そういえば家が出来上がったのは、去年の11月下旬・・・・・今日は12月2日・・・ 「もう1年たったのね・・・」 妻は、しみじみと思い出に浸りました。 「新築1年、おめでとう・・・・乾杯しよう」 妻にも酒を注いでやり、私達は乾杯をしました。 私達の声が聞こえたんでしょう・・・・・ 二階で勉強をしていた子供たちが、二人とも階下に降りてきました。 幸せな一家団欒のひと時・・・・・ 以下、つづく
2016.12.22
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「東海道五十三次・・・不思議旅」・・・いかがでしたか?おそらくご意見としては・・・「ナイトの書くものだものこんなものだろう・・・しかし五十三次と言いながら、まだ20か所ぐらいじゃなかったのかな?」とおっしゃる読者の皆さんが多いかと思います。そうなんですよ・・・実はまだ18宿しか歩いてないんですよ。お江戸日本橋を出て→品川宿→川崎宿→神奈川宿→保土ヶ谷宿→戸塚宿→藤沢宿→平塚宿→大磯宿→小田原宿→箱根宿→三島宿→沼津宿→原宿→吉原宿→蒲原宿→由比宿→沖津宿→江尻宿日本橋は宿場じゃないので除くとして・・・18の宿場しか歩いてないんですよ。この後・・・駿府城のある「府中宿」から「丸子宿」・・・って続いて行くんですけどね・・・なんとなく疲れちゃって・・・ちょっとお休みしようかと思ってます。
2016.12.22
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「東海道五十三次・・・不思議旅」・・・いかがでしたか?おそらくご意見としては・・・「ナイトの書くものだものこんなものだろう・・・しかし五十三次と言いながら、まだ20か所ぐらいじゃなかったのかな?」とおっしゃる読者の皆さんが多いかと思います。そうなんですよ・・・実はまだ18宿しか歩いてないんですよ。お江戸日本橋を出て→品川宿→川崎宿→神奈川宿→保土ヶ谷宿→戸塚宿→藤沢宿→平塚宿→大磯宿→小田原宿→箱根宿→三島宿→沼津宿→原宿→吉原宿→蒲原宿→由比宿→沖津宿→江尻宿日本橋は宿場じゃないので除くとして・・・18の宿場しか歩いてないんですよ。この後・・・駿府城のある「府中宿」から「丸子宿」・・・って続いて行くんですけどね・・・なんとなく疲れちゃって・・・ちょっとお休みしようかと思ってます。
2016.12.22
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この物語もそろそろ「大団円」・・・え?「東海道五十三次って言っておきながら、まだ20か所くらいじゃないの?」そうなんですよ・・・まだかなり遠いんですけどね・・・ここから「水戸のご老公」・・・かなりのオトシですからね。旅を続けさせるのもお気の毒で・・・でも・・・ 残りの旅も・・・資料を調べて書きましょうか。ただし、登場人物は変わりますよ。「東海道五十三次・・・不思議旅」その23 ( 江尻宿 )さて、「黄門様ご一行」は、今「江尻」に到着したばっかり!ここに、「三保の松原」があったんですよねえ・・・思い出していただきたいんですが、「与太郎」だった「私」が古道具のお店で、「あまの羽衣」を手に入れたんでしたよね。それが天女のもので、その羽衣を天女に返すために「三保の松原」を目指してたんです。ちょうど、駿府方面に向かう「水戸黄門」様と同行することになったんですけど、「天下を揺るがす一大事」のおかげで、すっかり忘れてましたよね。マア、ほんとのことをいうと、私の「夢日記」の中には、「天女に羽衣を返す」ことが中心でして、途中の事件のことなんか、ほんの少しだけしか書いてないんですよ。だけど書いてるうちに、その気になっちゃいましてねえ・・・・藤原一族の亡霊だとか、お七や義経さんの幽霊なんか出てきちゃって、だんだん収拾がつかなくなって着てたんですけど・・・・これで何とか終われそうな雰囲気になってきました。黄門様一行は江尻の宿で、弥七親分の用意した一軒家に隠れこみましてねえ、ここで作戦会議をすることになりました。「ご隠居、ここでのんびり敵の出方を待つより、早く駿府城に参りまして、徳川ゆかりの皆様に非難されるようお話しになられたほうがよろしゅうございませんか?」これは格さんのせりふです。「助さん」の本名は以前お話したとおり「佐々木助三郎」ですが、まだ「格さん」の本名を発表してませんでしたよね。テレビのドラマにはちゃんと役名として出てくるんですけど「渥美格之進」っていうんです。この格さんがまじめな人でしてねえ・・・・「早く駿府に行かねば!」って張り切ってるんですけど、私としては、それよりも早く「天女に羽衣を返したい」って言う気持ちのほうが大きいんですよ。「格さんや・・・・今ここで動けば、尾張相手の戦になろう・・・それよりわしに考えがある・・・ところで八兵衛さん、あんたにお願いしたいことがあるのじゃが・・・・」といって、私の耳元でコチョコチョ話したんですけどね・・・・中身は内緒ってことで・・・ところで、敵の大将はどこにいったんでしょうね?それは、飛び猿が答えてくれました。「実は、先ほど馬で江戸家老が江尻宿本陣に到着したんだ。おそらく、斉藤正三郎・・・いや藤原正衡は、本陣にいるはずだ・・・」大胆にも本陣に宿泊しているなんて・・・・「それでは私達も出かけましょうか?」黄門様はそういって立ち上がったんですけど、他の人たちはなにがなんだかさっぱりわからずに・・・それでも黄門様と一緒に立ち上がったのでした。さて、ここは「江尻宿本陣」・・・・・・本陣といっても江尻には本陣が二箇所あり、その西本陣のほうでした。江尻宿は本陣が2箇所、脇本陣が3箇所、旅籠が50軒、人口は6500人ほどの、大規模な宿場でした。従って、普通の旅籠のほうもけっこうな数の浪人や尾張藩士が泊まっていました。正式な大名行列は殿様と出立していて、今本陣にいるのは「殿様」を出迎える準備をしている役職のものたちでしたから、何も窮屈な「上司」と一緒にいなくても・・・・という感覚だったのでしょう。しかし、今、本陣にいるということは、この企みを充分に理解している尾張藩士ということになります。尾張藩士の中でも屈強な者たちであったことでしょう・・・・おりしも、本陣の大広間にて、藤原正衡を中心に会議の真っ最中!「正衡様、水戸光圀の殺害にはいまだ成功いたしておりませんが、この江尻宿に入ったという報告はまだ入っておりません・・・・さすれば、明後日に迫った駿府城のお茶会には先ず間に合わぬと思うが必定!・・・そうとなればわが殿、尾張公が謀反の企て、成就となりましょう。」「今、藤原四代の祖霊の皆様、駿府城にてさまざまな対処をされておられるじゃろう・・・」そのとき庭のほうから「カッカッカッカッ。。。。。。」、笑い声が聞こえました、「だれじゃ!」障子をガラッと開けた江戸家老、藤堂主膳が見たその姿は!「な、なんと!水戸のご老公!」「お主が江戸家老。藤堂主膳か?・・・・・おお、どこに行かれたかと思ったら、このようなところにおられたか・・・・・斉藤正三郎・・・・いや藤原正衡殿」「ええ!狼藉物じゃ皆の者出会え出会え!!!」ここで、おなじみのチャンバラが始まるのですが・・・・今日はテレビで見るのと様子がちょっと違うようです。今lここにいる仲間は12人と幽霊一人・・・・・人数が会わないでしょ?実は、私と「お七ちゃん」は、三保の松原にいたのです。そんなことはどうでもいいんですが・・・・・本陣での戦い・・・助さんも格さんも、飛び猿、弥七までもが、中で戦おうとせず、外へおびき出そうとしてるようでした。「正衡様、あなた様だけが藤原四代の祖霊様たちをお呼び出しできるのです。今、光圀を捕まえておけば企てはほぼ成就いたします。」藤堂主膳の声を聞き、「ウム!」と答えた「藤原正衡」は、目を閉じ神妙に祈り始めると、駿府の方向から4つの光が矢のように飛んできたのです。さて、光圀主従はどうしたのでしょうか?一行は敵を「三保の松原」方向に導いているようでした。敵が追いついたのは「羽衣の松」のある場所でした。「ようやく追い詰めたぞ!」尾張藩士たちに囲まれましたが、黄門様は少しもあわてませんでした。「八兵衛さん、準備はできましたかな?」「ハイ!、準備万端整いました。」そのとき、太平洋のかなたから徐々に光が広がりました。そして、神々しい声が響きました・・・・・・・・・「「藤原氏の亡霊たちよ。。。。。地に帰れ!」それは、心のそこまでずんと染み入るような声でした。その声を聞いたとたん、駿府の方向から飛んできた4つの光はその声に吸収されるように・・・・海のかなたへ吸い込まれていきました。そのあとは、なにが起こったのか?実は、藤原正衡と、藤堂主膳、そして斉藤外記の顔から、鋭さが消えたのです。「なぜ自分がこんなところに立っているのだろう?」・・・・そんな感じで3人ともきょろきょろしてるだけ・・・・まるで催眠術から解けたようでした。「おそらく”尾張公”も、この人たちと同じように、なにが起こったのかわからないような顔をしているでありましょうね」黄門様がそのように言いました。「おら、なんでこんなとこさ、いるだ?」藤原正衡は、哀れな様子でした。彼はもしかしたら本当に、藤原氏の末裔かもしれませんが、実際は奥州の田舎で百姓をしながら「自分の先祖が誰なのか?」なんて考える事もなく生活してきた男なんでしょう。それが亡霊たちに引っ張り出され、こんなところに連れてこられて放り出された感じになっちゃって・・・・・それからは、黄門様の手配でさまざまなことが行われました。先ず、尾張公ですが・・・「隠居」することになりました。藤堂主膳も、斉藤外記も「蟄居」を命ぜられましたが、二人とも、このたびのことを恥じて、切腹したようでした。藤原正衡は、「水戸家お預け」となり、ある時期まで「黄門様」の家で百姓をしていましたが、黄門様のお世話で「嫁」を貰い、水戸で末永く幸せに暮らしたそうです。さて、私がみんなと別れて三保の松原で何をしていたのかをお話ししましょう。実は、私は「天女」と交渉していたのです。「あまの羽衣を返す代わりに、あんたはなにをしてくれるんだい?」「何か願いをひとつ叶えましょう・・・・」「じゃあひとつ、お願いをしよう・・・・・・願いを5つにしてくれ!」「ええそんな子供じみたお願い!」でも、天女はその願いを聞いてくれたのです。箇条書きにするからそれを見てください。1.藤原四代の亡霊を退治してくれ。2.義経さんとお七を生き返らせてくれ。3.義経とお志津を結婚させてくれ。4.私とお七を結婚させてくれ。5.この二人に永遠の幸せと命をくれ。え?お願いひとつの中にいくつもの願いが入ってるって?そんなことはどうでもいいでしょう。その後私はどうなったかというと・・・・・今、ナイトサファリってなって現在に生きてるんですよ・・・・・え、お七?うちのかみさん、けっこうきついんですよ・・・・・そのころからちっとも変わってない!今でも、幸せに暮らしてますって!
2016.12.21
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「東海道五十三次・・・不思議旅」その22 (由比~沖津~江尻宿)昨日は「薩堙地蔵尊」の祠での格闘劇を省略しちゃって申し訳ない! 自分の頭の中では「助さんが見張りの浪人の後ろに廻り、口を押さえながら”道中脇差”でわき腹をえぐった」シーンとか「格さんが同じく背後に廻り、相手の首の骨を”ガギッ!”と折ってしまった」シーンなんか、出来上がってたんですけどね・・・・ 旅役者の座長なんて・・・・きれいな女形でね(坂東玉三郎並の・・・・)、それが、二人の浪人を、物陰から呼びましてね・・・二人の男が、花の下を長くして近づきますと渡し舟の渡し守が、近くの池に一人を引きずりこみ溺れさせ、小田原提灯屋が、提灯のタケ串を尖らせた物で、首の後ろから突き刺す・・・・・なんていうシーンもあったんですけど・・・かみさんから「買い物」頼まれましてねえ・・・省略しちゃいました。 そんなこんなで、「お狸さま」奪還に成功したんですけどね、そのまま、暗い中を「興津宿」まで進んだんですよ。 当時ですから、街灯なんてものもないんですが、案内するのが、「暗がりに慣れてる泥棒の手下」・・・それに小田原提灯もありましたから、けっこう早めに興津に着いたんですよ。 ここでも、旅籠に泊まるわけにはいかなかったんですけど、「風車の弥七親分」が「農家の納屋」を準備してくれてましてね、そこに着いたときはへとへとでした。 仮眠をして目覚めたときには、ほかの皆はもう起きていましたが、疲れ切った顔をしていましたね。 でも、誰が用意してくれたのか、「塩むすびとお茶」がありまして・・・・そのお茶の香りがとてもたまりませんでしたねえ。 さすが「遠州はお茶の国!」 おむすびをほお張り、お茶で落ち着いたところで周りを見回すと・・・「飛び猿」も「弥七親分」もいました。 興津と江尻の調査は終わったようです。 「ご老公のお見立てどおり、江尻宿には浪人ではなく、尾張藩士たちが大勢集まっております。この興津にも、それから駿府城のお膝元、府中にも・・・・かなりの藩士たちが集まっておりますなあ」 弥七親分が報告しました。 「やはりそうでしたか・・・・・・」、ご老公の顔が、少し曇りました。 「私の考えを、皆に話しておきましょう・・・・・」 意を決したように、「ご隠居」は私たちに話し始めました。・・・内容はこうです。 この事件の首謀者は、「奥州藤原氏の末裔・藤原正衡」ということになってましたよね。 そして、参謀は「江戸家老・藤堂主膳」と「斉藤外記」 こいつらを操っているのは、「奥州藤原四代の亡霊」だと・・・・・・ でも、「ご隠居」はおかしいというのです。 夕べ亡くなった「工藤立脇」は正直軽すぎる・・・あの軽い男が「お狸様」をそうそう簡単に盗みだせるわけがありません。 それと、当初「斉藤親子」は、江戸家老を首謀者として、「尾張公」に直訴するといってましたけど、実は仲間だということがわかって、逃げ出しちゃったじゃありませんか。 これは、はじめから「ご隠居」が「水戸光圀公」であるということを知ってて、近づくための手段だったんじゃないか・・・っていうんです。 でなければ、あの連判状・・・・「お家騒動」を画策している証拠としてはあまりにも希薄な証拠! 江戸屋敷を改装した絵図面も、実際は単純なリフォームでしたからね・・・・これだけの証拠では、江戸家老の「謀反」の証拠としては不十分だって言うことなんですよ。 一番引っかかったのは、義経さんのこと・・・・・ 「藤原秀衡が、義経を可愛がったのは、義経を源氏の頭領として、頼朝を倒して”奥州藤原氏”が天下の覇権を握るため」・・・その言葉だったそうなんです。 鎌倉幕府がそうだったように、婿である源頼朝を旗挙げさせ、その執権として勢力を振るった北条氏と同じやり方をしようとしたのではないかということらしいのですが、 そのやり方を踏襲させるには、「江戸家老・藤堂主膳」ではあまりにもお粗末・・・ 「藤原家の亡霊たち」が本当に首謀者として狙ったのは・・・・・・・ 「尾張公」だったのではないかというのです。 「尾張公を征夷大将軍として据え、その執権に藤原正衡を任ぜれば、それは亡霊たちの考えたとおりの筋書き・・・・・。」 「斉藤親子」が、「ご隠居」に近づいたのは「水戸黄門」を味方にするため、あるいは途中で出来れば「ご隠居」を亡き者とするためではなかったんだろうか? もし、しくじっても「謀反人」は「江戸家老と斉藤外記」に責任をかぶせればいいし・・・・ そんな説明をされたんですよ! 「このたびの、駿府城での徳川家康公の菩提を弔うお茶会にしても、最初の言いだしっぺは”尾張公”だったっていう話ですぜ!」 今度は「弥七親分」のせりふです。 「五代将軍綱吉公は代理じゃが、徳川御三家、ならびに松平家の主だったものが集まるからのう・・・・ここで尾張公謀反となれば、天下はまた戦乱の世となろう・・・・お狸様が信長公、秀吉公の霊を解き放てば、更に戦渦は拡大を見るは必定!」 「ご老公の眉間には更に深いしわが出るのでした。 しかし、ここでこのまま待っていてもしょうがありませんから、それぞれ分散して、次の江尻宿を目指します。 私と「ご隠居」と「助さんと格さん」が一緒、「お志津さんとお純さん」は鳥追い姿の三味線弾き姉妹としてそのあとを追います。 私たちの前には「飛び猿と弥七親分」が先発し、弥七親分の手下達は私達の回りをつかず離れずしてついてきます。 まもなく江尻というとき、なにやら数名の侍達に見咎められましたが、「ご隠居」の「越後の縮緬問屋・光衛門」という名前を信じたようで・・・・無事通過できましたが・・・・ 「しかし、あの言葉、駿府の役人ではないなあ・・・」 「尾張藩士が、取締りをしているようで不愉快でございますなあ・・・」 助さんと格さんが、ぶつぶつ文句を言っていましたね。 江尻は、巴川の下流「砂洲」上に出来た宿場町で・・・・・「川の尻」という意味で「江尻」と名付けられた町なんですよ。 この地にある有名なものというと、「久能寺」と「草薙神社」・・・・幕末になると「清水次郎長」なんていうのも出てきますけどね・・・・とりあえず有名なところというと、この二箇所ですかね。 「久能寺」はおよそ1300年前、推古天皇の時代に「久能山」に建立された古刹なんですけど、武田信玄が「久能山」に「久能城」を建てたとき、この地に移築されたんだそうです。 明治時代にその荒れた様子を見た「山岡鉄舟」が再建し「鉄舟寺」として呼ばれるようになるんですけど・・・・この時代はまだ、「久能寺」なんですね。 もうひとつの「草薙神社」・・・・ここはご存知、スマップの「草薙つよし」が・・・でてくるわけないですよねえ(非常にサブイ!!) 神話の時代、日本武尊がこの地で賊に襲われ炎に囲まれたときがあったんですけどね、その時少しもあわてず「天のむらくもの剣」を抜き、「遠かたや、しけきかもと、をやい鎌の」と唱えながら、草をなぎ払って延焼を防ぎ助かったんだそうです。 その時「天のむらくもの剣」から「草薙の剣」と呼ぶようになって、この地も「草薙」と呼ばれるようになったんですって。 そんな昔から、あった町なんですねえ・・・・・・ ア、そうそうもうひとつこの町で有名なものが・・・・・ 清水の海岸の方なんですけどね・・・・「はごろも伝説」で有名な、「三保の松原」があるんですよ・・・・ ええ!!!「三保の松原」!!!!!!・・・・あらら、もしかして・・・・・・私の目的地ってここじゃなかったんでしたっけ? 明日を待て・・・・・続く!
2016.12.21
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前にも載せたけど・・・神社の総代として今年の夏「田名部祭り」に参加した時の衣装です。昨日は我が町内の山車のご神体「猩々様」と「権現様」のお年取りでした。 「猩々様」は親孝行の伝説から取られた神様で・・・「養老乃瀧」伝説に似たお話しの主人公です。 「親孝行であれば・・・滝を流れる川の水がお酒になる」というお話しですよね。 もう一つの「権現様」というのは「熊野権現舞い」という獅子舞のようなもので・・・「権現様」というのは「仏の代わりを務めるもの」という意味。 よく神社の役職で「権禰宜」というものがありますけど、この「権」というのが「代理」とか「次の」とかいう意味なんだそうです。 つまり・・・「仏様の代理」という事ですから・・・神道というより仏教の方の神様になるんでしょうかね。 さて、だんだんこの物語も佳境に入って参りました。 私の「カミシモ姿」を思い出して、時代劇をご堪能ください。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その21 (由比)とうとう出ましたねえ! 「奥州藤原氏四代の亡霊」が・・・・・・ でも、この時期、幽霊や亡霊は「シーズン・オフ」だって叱られましたけど、いいじゃないですか! 最近果物だって「旬」がなくなってますからねえ・・・・「ビニール栽培の幽霊」だと考えてくれれば・・・・ さて、亡霊の言い分としては、「ヤマト民族と、ネーティブジャパニーズの怨念」の戦いってことなんですねえ。 由比のお寺の本堂での対決は一瞬の静寂が、まもなく始まる壮絶な戦いを暗示させるような・・・・とその時! 今まで黙っていた「義経」さんが言葉を発したのです。 「秀衡様、泰衡殿!・・・私はあなた方にとって、いったいなんだったのでございますか!」 血を振り絞るような声で、訴えるのです。 「子供のころから親のように慕い、兄弟のように育ったあなた方を、私は殺されても恨んではおりませんでした。」 「義経」はほろっと涙を流し続けます。 「私が兄、頼朝から疎まれ、追っ手を差し向けられ、・・・それでやむなく”泰衡殿”が私を討ったのはやむをえない事だと存じております。・・・私が抵抗いたしましたのは、何の罪もない家来どもを助けてやりたいと思ったがため・・私一人なら自害して果てるつもりでおりましたのに・・」 その時、どんよりとくぐもった声で「秀衡」が答えます。 「義経・・・お主を匿い、育てたのもわが領土を安んじるため、それが裏目に出たとき、わしは清衡公に顔向けできんかったわい!・・・・お主は”安宅関”で囚われればよかったのじゃ!」 そうすれば、「奥州藤原氏」は頼朝勢に攻められる事もなかった・・・というのです。 「あなた方は領土の安全をお望みであった。・・・ようやく戦乱の世も終わり、平和になった世の中に、災いの種をまくという事がどれだけ愚かしい事かよくご存知のはず!」 今度は「黄門様」がこういいました。 「虐げられたわが民族の誇りを、さらにズタズタに切り裂くヤマト民族・・・これが許されてよいわけがない!・・・・マアよいは・・・旗挙はまだじゃ・・・・・それまでお主たちは生かしておこう! 今日は囚われとなった”工藤立脇”を返してもらうために参った。・・・・」 そう言ったとたん!・・「ギャァーーーーーッ!」 一瞬のうちに、工藤立脇の体が「かまいたち」にでもあったように、切り刻まれたのです。 そのとたん、亡霊たちは姿を隠しましたが・・・・しばらくの間は私達も呆然として何も手につきませんでした。 こんな強い亡霊たちに、私達は勝てるのでしょうか? 少なくとも私は、もうあきらめかけていました。 でも、「黄門様」はあきらめてませんでしたねえ・・目の色が輝いていました。 「これから、薩堙峠に参りましょう!」 真夜中にこんなことを言うんですよ・・・・尋常じゃない! 私達は「工藤立脇の死骸」をきちんと弔い・・・その足で、薩堙峠に向かいました。 薩堙地蔵尊は、小さな祠の中にあり、その周りには10人ほどの浪人たちが警護してました。 「今日は、”飛び猿”も”弥七”もいませんからな・・・・この人数で作戦を立てねばなりませんな」 「お純」も「お志津」も忍者とはいえ、「くの一」ですからねえ・・・・ここは私が活躍しなきゃならんでしょ!・・・・ここで終わりかなと覚悟を決めたところに・・・「ちょっとお待ちを・・・・」と、「旅の一座の座長」がやってきました。 「私は風車の弥七親分の手下でございます。・・・そして他4名、ただいま参上仕りました」 「弥七親分」が手配してくれた手下・・・「旅の一座の座長」、「渡し舟の渡し守」、「小田原の提灯屋」、「三島大社の宮司」そして最後がなんと、「道具屋のおじさん」・・・・ 覚えてますか?このお話しの最初のころ・・・・私が「八兵衛」になる前は「与太郎」だったってこと・・そして、親戚のおじさんからいわれて「道具屋」になったってこと・・・・覚えてないだろうなあ・・・・ その最初に「道具屋」になったとき、いろいろお世話してくれたのが「このおじさん」だったんですよ。 このおじさんが「泥棒の手下」・・・・なるほど、盗んだものの中からどうしようもないものを売るには「道具屋」はいい商売かも知れませんね。 黄門様が立てた作戦はこうです・・・・ 「10人くらいの浪人なら、一気に行っちゃいましょう!」 作戦なんてものじゃない!・・・・とにかく、早くしないとまた亡霊が出てきちゃいますから、「助さんと格さん」が三人ずつ、弥七の手下のうち「おじさん」をのぞく四人で残りをやっつけちゃおう・・・そして「ご隠居」、「お志津」、「お純」そして私で「お狸様」を盗み出そうっていうだけのことなんです。 で、めんどくさいので、盗み出しに成功して、その足でこんどは「興津宿」に向かいました。 ってとこで興津宿の説明をちょっと・・・・・・・・ 興津宿のは東海道屈指の名刹「清見寺」があったことで有名な宿場町です。 これは「白鳳時代」に建立されたもので「清見関」が作られたさい、その守護のために仏堂が建てられたんだけど、「徳川家康」が「今川義元」の人質だったとき、よく遊びに着てたという。 その後、敵の武田軍の陣地になることを恐れ、焼き払われるが・・・江戸時代になってから再興された。 おっと、時間だ!・・・・・・今日はこれまで!
2016.12.20
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ジュニアのブログですけど、皆さんに見てもらっててかなりうれしいらしいです。一生懸命、返事を書いてました。「みんな、お父さんのお友達なんでしょ?」返事を書きながら、ジュニアが聞いてきました。「・・・ってことは、お父さんとボクのお友達は一緒なんだね?」同じくらいの子供が、すぐに訪問してくれると思ってたらしく、それはそれでちょっぴり不満そうなんだけど、「お父さんの友達がボクの友達」っていう、これもまた棄てきれない感情が、彼の気持ちの中に生まれてるんですよね。「オヤジ」としても、「息子と一緒に酒を酌み交わして」いるような感覚で、ちょっとだけ「幸せ」を感じています。ちなみに、ほんとに「息子と酒を酌み交わす」っていうのは、長男が今年大学に入ったんで、まだ成人式前なんだけど「横浜」の「居酒屋」で経験させてもらいました。次男のジュニアとほんとに酒を飲めるのは、あと10年・・・・まだまだがんばらなくっちゃ!ここまでは「10年前のコピー」です。だから長男も28歳・・・次男も19歳になってます。子供の成長も早いですね。「東海道五十三次・・・不思議旅」その20 (由比宿2)さて、由比宿のお寺の本堂で、「旅芸人一座」といっしょに泊まる事となった「黄門様一行」は明日からの予定を話し合いました。「このまま行くと、明日には江尻宿に到着しますなあ・・・・・」「由比」から「興津」、そして「江尻」までの道のりは15キロほど・・・・ほんのひとまたぎなんですけど、「薩堙峠」という難所があり、やっぱり丸一日かかりそうです。「しかし、なぜ浪人たちはこの由比に集まってるんでしょう?・・・・この小さな宿場町だから40人の浪人者は目立つんで、これが江尻や府中なら、人の数も多いですからなあ・・・どうしてもこの宿場町に集結している理由がわかりませんのじゃ・・・」そのとき「お志津」が、ひとつのアイディアを出したんです。「さっき、ここへ来る途中”お狸様”を斉藤親子に手渡した”工藤立脇”が小料理屋に入ってくとこ見かけました、。。。。首領でないにしても幹部には違いありません・・・・こいつを捕まえて・・・・」誘拐して口を割らせようってことらしんですけど・・・・・ さて、由比の町で、大勢の浪人がうろうろしてるんですけどね、その狙いがわからない・・・ その狙いを知るために、浪人たちの幹部である「工藤立脇」を捕まえようってことになったんですけどこれがまた、一人で出歩かないんですねえ・・・・ いつも数人で出歩くんですよね。 「こいつを一人にするためにはどうしたらいいんですかねえ?」 いろいろ考えた結果、ナイトがすぐ引っかかる方法・・・・つまり、「美人のお誘い作戦」がいいってことになったんです。 「あそこのお店で10時前に待ってるから・・・・一人で来て・・・」なんて言われた日にゃ! もう単純ですから、友人をまいてでも独りになりますよね。 その役割は、やっぱり「お純」さんですか・・・・ だって「お志津」さんは顔を知られてますからね、ちょっと無理でしょう・・・ で、男って単純ですからねえ・・・・・やっぱり一人で来ちゃうんですよ! そこを捕まえるのは簡単ですよねえ・・・・ で、捕まえた工藤立脇・・・・お寺に連れてきましてね、ちょっと脅かしたら、ペラペラ何でも話しましたねえ。 「殿が駿府城に入るのはあと一週間後、、その前日この地で旗揚げする予定だった」って言うんですよ。 「この地を旗揚げの地と選んだわけは?」って聞くと・・薩堙峠の由来から話しはじめました。 それによると、鎌倉時代、由比倉沢の海中から網にかかって引き上げられた「薩堙地蔵」を、この山に祭ったんだそうで・・・・で、この山の昔の名前が「岩城山」 奥州藤原氏の領土のなかに、「陸奥国津軽」というところがあって、そこにある山の名前が「岩木山」・・・・ なにやら関係がありそうじゃないですか! マア、津軽の話しをしますと、奥州藤原氏は「中尊寺の金色堂」で知られるように「黄金で彩られた文化」が発展した地域なんですけど、この「黄金」が、今の青森県の「津軽市・市浦地区」にあったといわれる「十三湊」っていうところから、荷揚げされたんですねえ。 この「十三湊」っていう貿易港がわが国の貿易港としても大きなものだった事は有名ですが、津軽民謡「十三(とさ)の砂山」っていうのに残ってます。 近江商人の「北前船」での交易もそうですけど、中国やロシアとの交易も盛んでかなり栄えた港町だったようです。 その「十三湊」を守っている山が「岩木山」なんだそうです。 だから、この「薩堙地蔵」に「お狸様」をささげ、この「お狸様」を破壊して「信長と秀吉」の亡霊を解放して徳川家に仇をなし、世を戦乱の世に戻して「奥州藤原氏」の覇権を手に入れようというものらしいんです。 もちろん首領は、「藤原正衡」・・・斉藤親子の息子のほう・・・・斉藤正三郎なんです。 そしてその参謀役が、江戸家老「藤堂主膳」、「斉藤外記」そして「工藤立脇」・・・・・ 工藤立脇も最初は無理だと思ったそうです。 でも、「藤原四代」の亡霊が姿を現し、信じてしまった・・・というか「催眠術」にかかったように、ここまでのことをしてしまった・・・って話しました。 そこまで聞いたときに・・・・・「お七」が・・「ああ~~~~~~!」って悲鳴をあげたんです! 幽霊が悲鳴ですよ! 幽霊が恐がるほどの怖いもの・・・・それはもっと恐い亡霊! でたんですよ・・・・いよいよ!「藤原清衡・基衡・秀衡そして泰衡」の亡霊が現れたのです。 旅の一座の女芸人たちは、たちまちのうちに失神してしまいました。 さすがに座長だけはしっかりとしておりましたが、動けるものは黄門一行とその座長、そして工藤立脇だけでしたねえ。 「お前たちは藤原家の恨みを、身に受けるがよい!・・・・・ヤマト民族が奥州まで攻め上り我々の民族を攻め滅ぼした・・・・坂上田村麻呂の”蝦夷退治”という名目でな・・・・・しかし、蝦夷と呼ばれたわが民族は、もともとこの国に住んでいたもの・・・・あとから、乗り込んできたヤマト民族がわが国を蹂躙し、最後に残された我々も頼朝によって滅ぼされた。・・・・この恨み・・・はらさでおくべきか!」 「奥州藤原氏」はもともと「十三湊」の領主であった「安部一族」の出てあった。 大和朝廷は安部一族に内紛を起こさせ、一族同士で殺しあうように仕向けた。 最後に残された「奥州藤原氏」も頼朝により、「義経を匿った」罪を負わされ、滅ぼされてしまったのだ。 今現在、わずかに残されたのは北海道に渡った、あるいは住んでいた「アイヌ民族」などが、その血を残しているだけであろう。 なんとも恐ろしい事が起こりそうな予感(また予感かい!)・・・・・ 明日はどうなる運命なのか・・・水戸黄門一行! 明日を待て!・・・・続く
2016.12.19
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年も押し詰まって・・・今日は12月19日。 会社の会議があって夜になると・・・小川町集会所で「猩々様・権現様のお年取り」となります。 なんだかんだで忙しいんですよね。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その19 (由比宿) 私の「夢日記」ではね、最後悪人は捕まるんですけど・・・・「黄門様」も老衰で・・・・ってな結末だったんですよ。シリアスなドラマだとあるんでしょうけど、「勧善懲悪」の時代劇で、「主人公」が死んじゃうのってなかなかないですからね・・・・・・だから書き始めた当初、この結末だけが頭にあって、「そういうのがあってもおかしくないよな?」・・・なんて考えてたんだけど、書いてるうちに話がどんどん膨らんできちゃって、例えば「八兵衛とお七の恋の行くえは・・・・」とか、「義経とお志津はどうなるの?」とか、考えなければならなくなっちゃったんですよ。へんに登場人物を増やさなきゃよかった・・・・でもきっとナントカなるでしょ?・・・・いままでもナントカなってきたんだから・・・ってことで、「黄門様一行」は、浪人者がたくさん集結している「由比宿」へと入ってくるんですねえ。旅芸人の一座に紛れ込んでますから、普通の旅籠に泊まりません。興行主が準備した宿泊所は、お寺の本堂なんですよ・・・・一座の宿泊料金になると、とんでもない金額になるんでね、お寺の本堂に仮の住まい・・・興行の行われる「江尻宿」まで行っちゃうと、もう興行主が小屋がけをしてありますから、そこに寝ることになるんですけどね。でも、これが「黄門様一行」に幸いしました。由比宿には本陣、脇本陣がそれぞれひとつずつ、普通の旅籠は32軒あったようですから、一軒ずつ見張られてたんですよね。集結した浪人の数は40人弱らしいってことは、先乗りしていた「風車の弥七」親分が調べてくださってたんでね・・・でも40人くらいならナントカなるでしょう・・・・私はそう思ってたんです。だってコッチには、私と「黄門様」は役に立たないかもしれないけど、「助さんに格さん」、「飛び猿」に「弥七親分」・・・それに「くの一」の「お純とお志津」あとは、幽霊の「お七と義経」さんがいるんですからね・・・・この8人ならナントカなりますよね!でも、「ご隠居」、変なことを言い出すんですよ「ここは、私たちだけで大丈夫ですから・・・”弥七”と”飛び猿”は江尻に先乗りしてくださらんか・・・ここでもちょっと調べてもらいたいことがあるんでな」40人の敵に8人だから安心してたのに、有力な二人を手放すだなんて、「ご隠居」、おかしくなったと思いませんか?その二人だけにコソコソと耳打ちしたかと思うと。。。。「へぇ、わかりやした!」「弥七親分と飛び猿」はすぐ出かけようとするんです。「ちょちょちょちょ!ちょっと待っておくんなせぇ・・・ご隠居はあんなこといいますけどねえ・・残った人数で40人相手できるんですか?」その時、「風車の弥七親分」、少しもあわてずニコッと笑った流し目で、こう言うんですよ。「前に小田原宿で絵図面をおいらが取りに行くことになってたじゃねえか、・・・あの時な、”ご隠居”のことが心配で、小田原に住まわしてある子分に、江戸まで走らせて図面を取って来らせたんだよ・・・ついでに、江戸にいる子分を5人ほど、連れてこらせたから、ここは大丈夫だよ!」このせりふを言ったときの「風車の弥七親分」・・・・・今なら、「マツケン」か、「スギリョウ」ってな感じの流し目でねえ・・・・イヤア、惚れ惚れするねえ!ってことは6人に、5人の助っ人・・・それに役に立たない私とご隠居・・・13人という数に、(ヤソ教でもないのに)なんとなく不安を感じたんですけどね。マアなんとかなるだろう・・・ッてんで二人を送り出しましたねえ。さっき、「ご隠居」が耳打ちしたことはじゃっかん気になりましたけど・・・・それよりさっき、「弥七親分」が言ってたこと・・・・・「アッ!、ジャア絵図面が手に入ったんですね?」「アア、私のところに届いているさ」「ちょっと見せてくださいよ!」「ご隠居」は、ご自分の荷物の中から図面を取り出し、そこに広げました。ところがその図面は、何の変哲もない普通の「リフォーム用」の図面でしてね・・・・これなら盗むまでもない図面なんですよ。「これ、なにか仕掛けがしてあるんですか?」「いいや、何にもない・・・・・ただの図面だ」あらら、期待してたのに、なんのからくりもない図面・・・・つまんないなあ・・・マア、そんなにそんなに、いろんなことがあるなんて、実際にはありえないでしょうから・・・・こういうこともあるんですよね。「アア、なんだかおなかが空いてきましたねえ・・・」そこへタイミングよく、夕飯のお膳が・・・・・ここは「サクラ海老」の本場、漁獲高日本一の港ですから、とっても美味しい夕飯でした。事件はその翌日に・・・・・・で続くことにしましょう
2016.12.19
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今日は夕食が「スキヤキ」の予定。でもね・・・カミさんと二人っきりでスキヤキっていうのもね・・・「鍋」の時同様・・・緊張しますね。「東海道五十三次・・・不思議旅」その18 (吉原宿)10年前これを書いてた当時・・・9歳の次男が・・・ 「ねえ、お父さん!ボクのブログで小説書かして?」 ほんとはこれが言いたくて、玄関まで飛び出してきたんだけど、マアそれでも出迎えてくれるだけ可愛いじゃないですか! 昨日ね、私が「教育長との懇談会」があったんで、自分ひとりで書いてみたらしいんですよ・・・でも、登録ボタンを押し間違えてきえちゃった。 だから、今日は「お父さんに手伝って欲しい」ってことらしいんでね。 夕飯を食べて、お風呂に入って・・・それから次男のブログを開いたんですけど、一昨日書いた文に「恵さん」と「京ともさん」のコメントがあったらね・・・・大はしゃぎですよ! 小説より先に一生懸命お返事を書いてましたね。 「ありがとうございました」って言うだけの簡単な言葉なんだけど、ついこないだ、「ローマ字」を習ったばっかりなんでね、けっこう時間がかかるんですよ! ましてや本文・・・・・「1000文字」くらいなんだけど1時間はかかったねえ! しかしながら、このお話しは、「銀玉」って言う漫画をモチーフにしたお話しなんだけど・・・・・・ 時代劇風なのに、「大江戸マートの自動ドアの前」で、新選組が出てきてチャンバラが始まったり、その戦いのさなかでも「スキヤキ」の材料を守ったり・・・まったくわけのわからない物語でね、 だけど迫力は満点なんですよ。!!!(親ばかっていうな!!) ちょっとでも興味を持ってくれたら・・・・次男(ナイト・ジュニア)のブログ 「ナイト・ジュニア・コンボイ」 を読んでください・・・そして「お気に入り」の登録もよろしく! 息子のブログの宣伝も終わった事だし・・・こちらの「水戸黄門」も、そろそろ取り掛かりますか! 今日は吉原に到着したところからでしたね。 この地は「左冨士」が有名な事、そして水が綺麗なんで「製紙工場」が適してたってことは前回お話しましたが、もうひとつ有名な事件があったんですよ。 「富士川の合戦」って知ってますか? 平清盛が亡くなった後、源氏が旗揚げをし、この地で源平が対峙したときがあったんですよ。 でもね、「水鳥が羽ばたく音」に驚いた平家軍が、総崩れし、退却を余儀なくされたってことで有名になりましてね・・・「平安貴族」のような生活に慣れきった平家の凋落振りを、如実に現した事件といわれたもんですわ。 今晩はこの吉原に泊まる事にしたんですが、この旅籠で「お志津」と合流しました。 「飛び猿」は、旅を急ぐ「斉藤親子」を見かけて跡をつけて行ったんですが、途中「由比宿」に多数の浪人者たちが集結しているという噂を耳にし、報告のために吉原まで「お志津」をよこしたのです。 「義経さん」は、「飛び猿」を助けるために一緒について行ったとか・・・・・ そういえば、「風車の弥七」もそういう噂があるって言ってましたよね。 弥七も調査のため、さきを急いで由比宿に向かいましたから、今頃は「弥七」と「飛び猿」、二人で一緒になって必死の探索をしていることでしょう。 翌朝、蒲原に向かって出立しましたが、途中「鶴の茶屋」という茶店があるんですけどここからの眺めが最高でねえ。。。。 富士山の中腹に芝生のように見えてるところがあって、そこが「鶴が舞う」姿に見えることから「鶴の茶屋」って呼ばれるようになったそうなんです。 それはそれは見事なもんでしたよ! 蒲原に着きましたが、ここは渡し舟で渡るために「川止め」で潤った町なんですけどね、水害と戦った宿場町とも言われてます。 1699年の大津波の時には宿場の人、旅人60人も流されたそうです。 私達が、この渡し場で船を待っていますと、旅芸人の一座がやってまいりましてね・・・・ 話を聞きますと、最近「江尻宿」のあたりでなにやら吉兆が現れているということで、その見物客でごった返しているという話し・・・・・ 由比、興津、江尻・・・・このあたりでいったいなにが待ち受けているやら・・・不安と期待がごちゃまぜになってきました。 「ご隠居」は、この旅の一座が大いにお気に入りになりましてね・・・マア、一緒に旅してる仲間も「お純」「お志津」ともに、もとをただせば「くの一」ですから、曲芸の一つや二つできたりしまして、一座と一緒に旅をすることになったんですよ。 船で渡り終え、一座の荷車を押しながら、座長の話を聞きましたらね、江尻の吉兆って言うのは「夜になると海岸の一部が昼のように明るく輝いて見える」ってことらしくってね、 そんなことが本当にあるのかどうか、眉唾物なんですけど、この見物客を逃すのがもったいないと一座は急いでるんだそうですよ。 この分だと、由比宿につくのもずいぶん早く着きそうだなあと思ってましたら、途中「御殿場道」っていうところがありましてね。 「ご隠居」から聞きましたら、この付近に「蒲原御殿」って言うのがあったそうなんですよ。 その昔、徳川家康が、竹田氏を攻めて帰る織田信長を慰労するため建てた「蒲原御殿」でしてねえ、ここから下る道を「御殿道」って呼ぶんだそうです。 サア、まもなく、由比宿・・・・・今までが平穏な旅だっただけに、明日はなにかが起こりそうな予感がします。 ってことで、今日は早く寝ようかな!ジャアおやすみ・・・・・・・・続く
2016.12.18
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昨日は風邪ですっかり寝込んじゃいました。ま、土曜日だったんで、出勤する必要もなかったんですけどね・・・だから今日は少し調子がいいんです。「東海道五十三次・・・不思議旅」その17 (三島)水戸黄門一行は、三島にいよいよ入りました。無理した「箱根越え」だったから、皆疲れちゃってね・・・誰も口をききたくない。そこでお時間をちょいと拝借して、「ノーエ節」なんか歌っちゃおうかな!「三島女郎衆はノ~~エ、三島女郎衆はノ~~エ~~ 三島サイサイ、女郎衆は~お化粧が長い!♪」こんな歌詞でしたかね?・・・・・・でも、ここでミニ知識!「三島に女郎衆はいなかった!衝撃の真実!」・・・(東スポ風にしてみました)いないのに、歌ができちゃったんですねえ・・・・・不思議だなあまあそんなことはどうでもいいんだけど・・・(どうでもいいことが多すぎるなあ)夕食の時間になると、ある程度元気を取り戻し、おしゃべりが始まりましたねえ「箱根の峠からのくだり道・・・いやあ楽でしたねえ!」「そそ、三島大社まですんなり降りてこられましたからなあ・・」みんな笑いあって話してたんだけど・・・「斉藤親子」はクスリとも笑いませんでしたね。もしかしたら、浪人者たちが途中襲ってくる手はずになっていたのかも・・・・・・だけれど、浪人たちは皆捕まってますから、誰一人現れない「斉藤親子」はあわててたのかもしれませんねえ。翌日目を覚ますと、「斉藤親子」の姿が見えません・・・・・・・「あのお二人なら、先に出られましたよ?」旅籠の女中がそんな風に話してくれました。「もうばれましたかな?・・・カッカッカッカッカッ・・・・・・・」天真爛漫の笑い声で、まるで逃げるのを予想してたみたいでしたねえ「もうばれちゃいましたか・・・カッカッカッカッ・・・・・」って黄門様が笑っちゃったんだけど、これは、箱根峠で浪人たちが襲ってこなかったから、「斉藤親子が自分達の仕業だとばれた」ってことで逃げ出したからなんですよ。「頭脳明晰、度胸満点」の黄門様を騙しとおせるもんじゃない・・・・って「にせ親子」が逃げたんですけど・・・・逃げることも、黄門様にはお見通しだったんですね。そのまま、三島から沼津へと向かいます。沼津はこの当時から、「伊豆の魚介類を江戸に運ぶ」という港町で、漁船も30艘あったといいますから、漁師町でもあったんですよね。「鯛やひらめ」なんていうのが採れたそうです。先を急いで・・・・今度は「原宿」へ向かうんですけどね・・・・狩野川には橋が架かってなかったんで渡し舟に乗ることになります。船の来るのを待って、茶店でお茶を飲んでますとね・・・・「風車の弥七」と「お純」が現れるんです。そしらぬふりをして茶店に入いり、小さな声で「ご隠居様」に言ってるのを聞いていますと、「この先、原、吉原、蒲原辺りまでは順調に旅は続けられそうですが。。。その先由比でちょっとしたことが起こりそうなんです。」聞いてみますと、浪人者たちがこの「由比宿」にかなりの数、集結しているということ。。。。。そういえば「由比宿」・・・・・・神奈川宿での事件、覚えていますか?そそ、あの「浦島太郎の寺」の住職が「由比宿」の出身で、あのときの代官も「由比宿」の役所に勤務してたんですよ。この町は、「由比正雪」が生まれた町としても有名でね・・・・紺屋の生まれだと聞いてますけど、そのお店が平成の今でもあるんですよね。その屋号も「正雪紺屋」というらしいんですけど、慶安事件の首謀者のお店がその名前をつけたまま、残ってるっていうのも不思議な話ですよね。ともかく、渡し舟が来たんで、そのまま原宿・・・吉原宿まで足を伸ばします。原宿は平坦な道のりで14キロほど続きますが、土地が悪く、畑には適さないようで漁業で生計を立てている町なんですけど・・・ここは通り過ぎましょう・・・・続いて吉原宿・・・・アア、原宿から吉原宿までの道のりが、実は「富士山」を見るのには最高の場所って言われてることをお伝えしつつも・・・・今日の泊まりは「吉原宿」ときめてました。吉原は「大津波」がこのあとあって、今歩いてるよりずっと北側に路線変更するんです。だからここも「左冨士」が有名なんですね。また後年、水がきれいなことから、ここには製紙工場ができ栄えた町なんです。さて、今日の泊まりは「吉原」どまり・・・・明日は蒲原とおって由比の町へ入ります。続く
2016.12.18
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世間話で「禁煙問題」が話題になった。「法律で決まっちゃうと、スナックなんかも禁煙になっちゃうんだってな?」え?スナックでタバコが吸えない?そうなったらもう飲みに行かないだろうな・・・カラオケの機械でも買うかな?あ、お酒は必要ないから・・・カラオケの機械さえあればいいんです。「東海道五十三次・・・不思議旅」その16 (そろそろ三嶋に行くよ)さて、昨日の皆さんのコメントに「登場人物が多すぎる」なんて書かれちゃいましてね・・・・いまさら突然消すわけにも行かないので、ちょっと整理しましょうかね東海道を駿府に向かって歩いてる水戸黄門の一行は9人(「黄門様」、「助さん」、「格さん」、「飛び猿」、「風車の弥七」、「お純」、幽霊の「お七」に「義経」それに、私「八兵衛」)あることから武家の親子連れ(斉藤外記、正三郎親子)と知り合いになります。聞けば、「尾張藩士」で、御家の内紛を、殿様に報告するために来たとか・・・・・それを襲って「浪人者の一団」があり、それとは別に「公儀隠密」の「お志津」が来たり・・・・てんやわんやになるのですが、あるとき、お志津が浪人者たちに誘拐されちゃうんです。で、幽霊の義経公が、浪人者たちの会話を耳にしたところ、「奥州藤原氏の亡霊」が関係あるって事、「尾張藩の秘宝、お狸様」が「信長と秀吉の霊」を押さえつけているって事、斉藤親子が敵か仲間か・・・などを話すんですよ。「黄門様」に報告して、「お志津」を助け出したあと、今度はお志津からも意外なことが話されて、・・・・それは斉藤親子が実の親子ではなく、息子「正三郎」が・・・・・ってとこで終わってますよね・・・いいですか?ここまで?じゃあ続けますよ!「それじゃあ、いったい正三郎の正体は?」私は、「ご隠居」に勢い込んで質問しました。「おそらくは奥州藤原家の末裔・・・・・この連判状の最後に名前の記してある”藤原正衡”という男であろう・・・・・」「それじゃあ、幽霊は関係ないんですね?ただの末裔・・・・・・」「いや、あの男は子供のころから、”藤原の天下取り”を叩き込まれているであろうし、さっきの幽霊の催眠術の話を聞けば、どうやら藤原四代の亡霊が取り付いているであろう」「じゃあ、”お狸様”はどうなってるんです?」「神奈川の宿で出会ったという”工藤何某”という男から手渡されたもの、おそらくそれがお狸様・・・・」「信長、秀吉の霊はもう、この世に現れて暴れまわってるってこってすか?」「それはまだであろう・・・・・尾張から持ち出されたとしても、まだ壊されてはいないはず!」だんだん、なぞが解けてきましたねえ・・・・・「皆さん、明日は早出を致しましょう。」「斉藤親子はどうします?」「今のところ気づいてはいない様子・・・・そのまま連れとして一緒に行きましょう・・・飛び猿はお志津さんと一緒に別に行動しなさい・・・・そうじゃな、・・・義経さんも一緒のほうがよかろう」その夜の内に、飛び猿、お志津、義経は旅立ちました。翌朝、斉藤親子に「急がねば、浪人者にまた襲われる」という理屈をつけて、一緒に旅立ったのは言うまでもありません。箱根の峠越えには草鞋10足必要だったっていうような話しもあるくらいで、かなりきつい山越えになりましたが何とか、「箱根の関所」までたどり着きました。「入り鉄砲に出女」ってくらいですから、男は簡単に出られたのですが、「お純」はかなり長い間調べられてました。先に行った「お志津」も調べられたんでしょうかねえ・・・・・実は「お志津」達は、関所を通らず「関所破り」をして山越えをしたんですよ。「箱根の関所」って明治まであったんだそうですけど、実際「関所破り」で死罪になったのは5人ほどだったそうです。それ以外の「関所破り」は、捕まっても役人の責任となるので、「道に迷った」ということにして軽い刑で済んだって事を聞きました。じゃあ、なぜ「お純」はそうしなかったのかって?もちろん、「斉藤親子」をごまかすためですよ。ナントカ無事関所を通過して、一行は三島の宿に入りました。この地は北条氏の「山中城」があったことで有名ですけど堅牢な城だったようです。また、この三島は「三島大社」で有名で・・・・旅の安全を守る神様として有名なんだけど、実は「源頼朝が源氏再興」を祈願した神社なんですよ・・・・・ここに義経さんがいたら、ずいぶん複雑な思いだったでしょうね・・・・・・・無理やり「箱根越え」をして疲れたので今日はここで一泊するんですけどね・・・・今日はちょっと忙しいので・・・このあと続く!
2016.12.17
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今朝はクルマの屋根の上に、10センチほどの雪が積もってましたね。この分じゃ12月24日は「ホワイト地蔵講」になりそうですね。え?「ホワイトクリスマスじゃないのか?」って・・・仏教徒の私は「地蔵講」がメインです。「東海道五十三次・・・不思議旅」その15 (箱根から三島宿)斉藤正三郎・・・・・こんな名前の武士は「尾張藩」にはいないなんて考えもしませんでしたよねえ。でも、公儀隠密のお志津がそう言ってるんだから・・・・探索結果がそうなんだから・・・・まず間違いはないんだろう・・・ジャア、あの「斉藤親子」の息子正三郎っていったい誰なんだろう?助さんだって、「江戸の道場で見たことがある」って言ってたし、「尾張藩士だと聞いている」っていうことも言ってたでしょ?その辺の事を助さんに聞くと・・・・「そう思ったんだがなあ・・・自信がなくなった」なんていうんですよ。その時、お七が「あっ!」なんて小さな声を出しました。「どうしたんだ?」「あの、あたしたち幽霊は・・・・脅かす相手を催眠術にかけるなんて簡単なのよ」「催眠術?」その時、「ご隠居」が私に「どうしたんだ?」と訊ねました。「お七ちゃん」の声は私にしか聞こえてないんだから、それは仕方ない事で、「お七ちゃん」のいったことを伝えると、「催眠術のう・・・・幽霊が催眠術・・・・・・」なんてまた考え込んじゃうんですよ。助さんが・・・剣術の達人、あの助さんが催眠術にかかっちゃう?そんなことはないだろうって思うんだけど、「お七ちゃん」がいうには、同じ幽霊でも、その存在を隠して催眠術が掛けられるのはよほど強い怨霊じゃあないかって言うんですよね。それじゃなきゃ、「お七ちゃん」や「義経さん」が気づくらしいんです。「かなり強い怨念という事じゃな。。。。」ご老公はそこまで言って、天を仰ぎました。「しかし、義経さん・・・・あなたは心当たりがおありじゃろう?」「義経さん」は心なしか青ざめた顔で(幽霊だからもともと青ざめてるんだけど)、「ハイ」と答えるんですよ。これを機に、義経さんはその姿を現し、お七ちゃんも一緒に姿を現します。「光圀殿のおっしゃる意味はわかります。」「ほう、あなたもやはり藤原氏の怨念と・・・・・・」「ハイ、もともと奥州藤原氏の祖、清衡殿は源氏とは敵同士・・・・源義家公にその父を討たれ、怨んでこそすれ、私を匿うなにものもなかった家なのです。たまたま、お家の騒動があり、そのとき源氏に助けを求めたのですが、それはあくまでも苦し紛れ・・・根流には”源氏憎し”という想いがあったことでしょう。それから三代・・・秀衡公は私を可愛がってくれたように思っておりましたが、おそらく将来、頼朝殿と私を競わせ、私が勝ったあかつきには、この私を利用し、藤原の天下を願ったはず・・・・私はもともと頭目には向かない性格でございましたから、きっとそうなったはずでございます。」かなりのショックを受けながらの発言だったでしょう。「この連判状・・・・・江戸家老”藤堂 主膳”、それに江戸詰の藩士”斉藤 外記”、・・・国表の藩士”工藤 立脇”・・・・いずれも”藤”の字が使われている苗字・・・・そのほか、安部何某、九条何某という名前も見える・・・・いずれも藤原一族・・・・・・」「ご隠居」は、そういう風に私達に教えてくれました。この連判状そのものが、奥州藤原氏の怨念のこもった「請願祈祷」の文書になっており、「藤原一族」が天下統一する・・という望みの文書でした。「しかし、秀衡様のご子息、泰衡殿に私は討たれました!」血を吐くような声で義経は吼えました。「藤原氏の願いは天下を取ること・・・・・あなたを討つことは目的ではありません。」たしなめるように「ご隠居」は言葉を続けます。「頼朝殿からあなたを討つよう、再三の申し入れ・・・またしても源氏の命令を受けなければならないのかという悔しさの中、泰衡どのはあなたを討ちました。それなのに、頼朝殿は藤原氏を・・・・平泉を攻め滅ぼすのです。このことから奥州藤原四代の怨念となり・・・・奥州藤原氏の末裔がこのような事件を起こしたのでしょう・・・・・この連判状最後の名前を御覧なさい!」「ご隠居」が指差したその名前・・・・・連判状の最後に、書かれた名前は「藤原正衡」この男こそが、奥州藤原氏の末裔、そして奥州藤原四代の志を受け継ぎ、「清衡」、「基衡」、「秀衡」、「泰衡」の霊に守られ続ける男、・・・そしてあの「斉藤正三郎」、その人だったのです。まだまだ説明は長くなりそうなので・・・今日はここまで!
2016.12.16
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昨日の青森市からの帰り・・・平内町の「ボンネット」っていう喫茶店でコーヒーを飲みました。 このお店はむつ市大畑町にある「艮珈琲店」という焙煎屋さんからコーヒーを通販で取り寄せているんですけど、なかなか美味しいコーヒーでね・・・ 我が家ではこの「ボンネット」で教えてもらって、カミさんの実家がある「大畑」で買ってきてもらうんですよ。 あ、「通販専門」の「艮珈琲店」ですけど、「大畑町」のお客様には届けてもらえるんですよ。 でね・・・昨日は雪が降ってたでしょ? 「雪が降ってるとお客さんの数が少ないんですよ。・・・ナイトさん、チーズケーキ食べません?」 どうやら売れ残ると捨てなきゃならないから、捨てるくらいなら食べてくれ。・・・ってことらしいんですけどね。 美味しくいただきました。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その14 (箱根・・・) 前回で、かなりのヒントを出しちゃったけど、もう「先読み」をした人には、おうよその結末が見えてきましたよね。 ほんとなら、浪人たちのお頭が、子分どもにそんな重要なことを教えるはずもないんですけど、浪人たちの会話を読んで見ると、かなりの部分を教えてる・・・・ 「奥州藤原の里、お狸様、信長と秀吉の霊、尾張、そして斉藤親子」私が「お頭」なら、絶対話しませんよね! それを聞いた「義経」が悩んだように・・・・もちろん「元・与太郎」の私「八兵衛」も悩むんですけど、「義経」さんの判らない物を、私に判るわけがなく、もちろん「ご隠居様」に相談するわけですよ。 [なるほど・・・奥州の藤原一族が関係ありましたか・・・・・尾張をお狸様が霊を鎮守して・・・斉藤親子にも”藤”の字がありますからなあ・・・・」 わけのわからない独り言を言うんですよ・・・・「ご隠居」 最近ボケが出てきたんですかねえ・・・・なにしろお年ですから・・・・・ 「このことは、斉藤親子には内緒ですよ」 最後に、声をひそめてそう言ってから、「飛び猿」を呼びました。 「お前さんには、”義経”さんから聞いたお堂に行ってもらい”お志津”さんを助け出してもらいましょうか・・・・・・一人では大変でしょうから、”八兵衛”さんから手伝ってもらい”義経さん”お七さん”にもお出ましを願って浪人どもを一網打尽にしましょう!」 私に助けろって言うんじゃなく、空中にそう言いましたから、私を守ってくれてる「義経公」と「お七ちゃん」に手伝ってくれといわんばかりですよね。・・まあいいけど・・・ 張り切ったのは「義経」さん・・・大好きな「お志津」さんを助けに行くんですから、「お七ちゃん」に風の起こし方とか脅かし方なんて教えてもらいましてね・・・・現場の「お堂」に到着。 ここは「軍略になれている義経公」が作戦を立てます。 「最初は、お七さんが入って脅かしましょう・・・・外に逃げてきたら今度は私が前方、お七さんが後方にいて挟み撃ちで脅かす。・・・その間に飛び猿さんがお志津さんを助け出す。」 たいした作戦じゃないですけどね・・・・・私も聞いたんですけど・・・・ 「おいらはどうすればいいんだい?」 「八兵衛さんは、総大将だから、その草葉の陰に・・・・・・」 草葉の陰にいなきゃならないのはあんたでしょうに!・・・・・でも、ちょっと怖かったんでそうさせてもらいました。 なんだかんだで立ち回りがあり~の、予定通り「お志津さん」を助け出しまして、浪人たちを縛り上げ手お堂の中に押し込めました。 「どうしてあたしがここにいる事がわかったんだい?」 どうやら、お志津さんには幽霊の姿が見えなかったようです。 実はこれこれしかじかで・・・・・・説明をしましたところ、半信半疑ですけど信じてもらえたらしく、 「義経さん、お七さん・・・ありがとう」 天に向かって手を合わせて見せました。 その足で、すぐぬ「ご隠居」の元へ向かったんですけど、お志津さんはいつもの伝法なしゃべり方ではなく、武家屋敷づとめのような口調で語り始めました。 「私はご公儀の隠密でございます。水戸のご老公様には大変ご無礼を致しましたこと、お詫び申し上げます・・・・・」 「お志津さん、私にはあなたの素性はわかっておりましたよ。それにあなたの狙いもね・・・・・。」 そこで話を聞いているのは、私と飛び猿、助さんに格さん・・・それと幽霊だけ・・・・ 斉藤親子は呼んでいませんでした。 ここから、ちょっと長いですけど、「お志津」の説明が始まります。 「御公儀では、”尾張藩に不穏な動きあり”という探索結果が入り、調べましたところ、”お家転覆”を狙う尾張藩の江戸家老、藤堂 主膳のたくらみが発覚いたしました。 はじめは連判状を作り、尾張公のお命を奪い、次の殿様を主膳の娘”お須磨の方様”のお子であらせられる”桐千代君”に跡目相続させるだけのことかと思っておりましたところ、そこへ”お狸様”盗難の報告・・・・これは何かあると思い、探索を進めておりました。 ある日、主膳の屋敷から斉藤親子が出てまいりましたが、なにやらの旅仕度・・・どこへ参るのかつけてまいりましたところ、神奈川の宿で国表の侍、工藤 立脇という男から何かを受け取った様子・・・・これはあの”お狸様”ではないかと考えました・・・・・。」 「ちょっとお待ちなさい・・・・あなたはあの親子の名前を助さんたちに尋ねたではありませんか?」 「すべての藩士の顔を知っているわけではありません・・・・しかし、父親の斉藤外記の顔は存じておりましが息子の名前が確認できておりませんでした。・・・・そこで助さんに近づき、名前の確認をしたのでございます。。。。それに・・・」 お志津は更に声を秘めました。 「もし、斉藤親子の連判状がございましたら見ていただきたいのですが・・・・・」 「ご隠居」は、斉藤親子から受け取った連判状をひろげました。 最初気がつきませんでしたが・・・・・「義経さん」があっと声を出しました。 もちろん聴こえたのは私だけなんですけどね・・・・・・・ 「源平藤橘・・・・・・」 私は耳に聞こえたそのままを皆に話しました。 「源平藤橘。。。。って義経さんが話してますけど?」 「ご隠居」は・・「なるほど!」と膝を打ちながら答えました。 「この連判状、わが国の四大姓の源氏、平氏、藤原氏、橘氏のうち、藤原氏の姓ばかり!」 ここで、説明をすると「藤」と苗字のどこかについてるのは、もともとは「藤原氏」の出身だということ・・・・・つまり連判状に名前の載ってるのはほとんどが「藤原氏」の出身のものばかりということです。 そこには「斉藤外記」の名前も連ねておりましたが、以前聞いたときには「江戸家老をたぶらかす為」に、連判状に名前を連ねたということでしたが、ここで不思議なことに、息子の「斉藤正三郎」の名前がありません。 「私達の調べでは、斉藤外記には正三郎という子供はおりません。」 お志津が衝撃的な発言を!・・・・・・・ 今日はこの辺にしとこうかな? じゃあまたあとで・・・続く
2016.12.16
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一昨日青森市に行って一泊・・・昨日帰ってきまして、今日は日帰りで青森市往復でした。 疲れました。 年内もう青森市はありません。 あとは来年一月・・・仙台の新年会と、青森市での新年会があります。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その13 (入浴シーン)さて、昨日は尾張藩の宝物の話しが出てきましたよね。でも、その宝物を盗ったといわれてる「斉藤親子」は、そのものがなにか知らない様子!「敵の頭目」と思われてた「お志津」は、その敵である浪人者たちに誘拐されちゃうし・・・この先どうなるのか、作者である私にもわからない!とりあえず、「お志津」が連れ込まれた、お堂にでも行ってみましょうか?お堂の中では、数人の浪人たちが酒を酌み交わしながらおしゃべりしてましてねえ・・・「うちのお頭はなにを考えてるんだか?」「まったくだ!奥州藤原の郷に天下の覇権を・・・なんぞという世迷言!・・・わしらにはまったく理解できん!」「奥州藤原の郷」・・・・・・その言葉を聞いて反応したのは、もちろん「お志津」を追いかけてきた「源義経」だった。(私が命を落とした奥州平泉・・・・・あれから既に400年か・・・・・・)義経にとって「平泉」は、第二の故郷でもあり、そして裏切られ絶命した終焉の地でもあった。浪人たちの話は続いていた。「マアどっちにしろ、戦乱の世にならなければ我々武士は存在する価値のないものになってしまう・・・ましてや我ら浪人は仕官する道を閉ざされたも同然!」「だから、徳川家から内紛を起こさせ、世の中を”関が原以前”に戻すというておられたが・・・それと奥州とどんな関係があったのやら・・まったくわからん!」「なぜ”尾張”なんじゃ?」「なんでもなあ・・・尾張徳川家には織田信長と豊臣秀吉の霊を押さえつける”お狸様”という像があってな・・・・それを徳川家から取り上げれば、信長、秀吉の霊が暴れだし、たちまち戦乱の世に舞い戻る・・・といっておられたが・・・・・・」「しかし、なんで斉藤親子を襲わせたんじゃ?・・・それがわからん!」義経の頭も混乱してきているに違いない・・・・・頭の中を整理しようと必死に考える・・・マア必死といっても・・・もう既に死んではいるのだけれど・・・・・(奥州藤原の郷、お狸様、信長と秀吉の霊、尾張、そして斉藤親子・・・)このばらばらの文字の羅列が・・・どこでどう繋がるんでしょう?義経の頭はますます混乱してきてんですけど・・・・・とりあえず「お志津」の命は別状無いようだし、いったん旅籠に帰り、「八兵衛殿と相談して参ろう!」「義経」って生きている間は、「奇襲の名人・軍略の天才」とか言われてたんだけど、政治とかにはまったくついていけず、だからこそ何にも考えずに「法皇様」に騙されて、官位を貰い・・・・・それが「兄・頼朝」から疎まれる原因になったんだけど・・・・もう少し自分の頭で考えて行動してれば、殺される事もなかったんじゃないですかね?「人に命令される事だけやってれば、楽だもんなあ」・・・・・マア小さいころから親と引き離され、鞍馬の僧侶や、平泉の藤原ひでひらに命令されながら生きるすべを探っていった義経ですから、ちょっと「Mッ気」もあったんでしょうね?幽霊ですから一瞬のうちに旅籠へ戻り、八兵衛である私に、今まで見聞きした事を全て話しました。あ、ごめんね・・・眠くなっちゃった・・・・ヒントがだいぶ出揃ってきたんで・・・・今日は寝るよ・・・おやすみ
2016.12.16
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あ、そうそう・・・言い忘れてましたけど・・・ この物語を書いてた時にね・・・実は「ナイト喜び組」っていうのを作ってたんですよ。 間違ってでもなんでも・・・このブログの中身を一文字読んだ女性は、「無条件にナイト喜び組に入会となる。」という規則がありましてね? それはまだ消滅してるわけじゃないので、今読んでる人も・・・もう入会してるんです。 「いやだ?」っていうのは認められません。 フェイスブックの方で「ショッカー軍団むつ・下北支部」に入隊している女性も・・・こちらの方へも入っていただきますんでよろしく。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その12 (お純の入浴シーン) あ、お純が着物を脱いだとこまで書いたのに、ちょっと時間をおいたら、もう湯船に入ってました。 惜しいなあ・・・・ちょうどその肌の白さときめの細かさ・・・贅肉がない・・・といってもそれなりに出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでるちょっとふくよかなスタイルの描写ができませんでした。 マア、そのうち、また風呂に入るでしょう・・・・湯船に入ってるとこだけでも見ていましょうか! そこへ・・・・もう一人、誰か入ってきました・・・・誰だろ? ああ!こっちも顔を確認しようと思ってたら、スタイルがわかりませんでした! 「あなた、お純さんだよね?」 その声は「お志津」の声でした。 二人は湯船で 、背中合わせに座りながら、だけれどもお互い微塵のすきもなく・・・・・ 会話を始めました。 「あたしのことはある程度知ってるんだろ?」 「あなたが、八兵衛さんがいってた”お志津”さんでしょ?」 「やっぱり知ってたかい!・・・そうさ、あたしがお志津だよ・・・」 「なんであのお武家さんたちを追いかけてるんだい?・・・・ただ国へ帰ろうとしてるだけなのにサア」 「四国に帰るっていうんだろ?・・・なんで四国なんだろうねえ?」 お志津も、「斉藤親子」が尾張の藩士だってことを知ってるようでした。 「浪人物まで使って、あの人たちのじゃまをしようとするって、あの人たちがなんなのさ?」 お純さんはカマをカケたみたいです。 「浪人?あたしゃ知らないねえ・・・きっと尾張から来た刺客じゃないのかい?・・・あの親子は藩の大事な品物を持ってでたからねえ・・・・・」 「大事なもの?・・・そりゃ聞いてなかったねえ・・・・それってなんなのさ?」 「サア、なんでしょうかねえ?・・それがなきゃ、尾張の殿様も”ただの人”ってなもんさ!」 お純はそこで一瞬考えました(連判状の事じゃない!・・・連判状がなくたって殿様がただの人ってことはないじゃないか!) そこでお純は、質問を重ねました。 「あの浪人者たちも、それを狙ってたっていうのかい?」 「そりゃ、殿様が殿様じゃなくなる品物だからねえ・・・・侍たちは躍起となって取り返そうとするだろうよ?」 (これは確実に連判状の事じゃない)・・って、お純は確信しましたねえ。 「で、あんたが何でそんなもの狙うんだい?・・・・あたしたちがそんな物もったって、殿様になれるわけじゃなし・・・・」 お純がそう言いかけたとき、浴場の戸が開き、数人の女性泊り客が、がやがやと入ってきたのです。 そしていつの間にか、お志津の姿はそこにありませんでした。 「やっぱりあの子、ただの芸人じゃない・・・・いづれにしても忍者・・・・」 お純は、そうつぶやくような独り言をもらしました。 でもね・・・・・雲のように消えたように見えたんですけど・・・・このお志津の姿を追いかけてるものもいるんですよ。 そう・・・幽霊の「源義経」さんが、お風呂場の一部始終を見てたんですよね。 お志津が、この旅籠の入り込んだとき、その気配を感じたんでしょう・・・・それでその気配を追いかけていったら女風呂にそれが感じられたから入っていった・・・ってことです! けして、どこかの誰かのように「覗き」のために「女風呂」に入ったんじゃありません。 だって、覗こうと思えばいつだってどこだって・・・入り込める幽霊なんですから・・・・・ それではしばらくの間、お志津と義経のあとを追いかけてみましょうか? 「女風呂」から抜け出したお志津・・・実はお純には10畳間ぐらいに見えた浴室ですが、実際は十二畳ほどの広さがあったんです。 内装のさらに内側が、お芝居の「カキワリ」っていうか映画撮影のセットのようになってまして・・・つまり、お純が「壁」だと思ってたところはただの「ついたて」で、お志津がその裏に隠れたというだけの事なんですよ・・・・・ そして、お純や他の客が風呂から上がって、各自の部屋に戻るころ、そこから抜け出しただけなんですけどね。 「ああ、すっかり冷えちゃったよ・・・・もう一度、暖まってくりゃよかったな・・・」 そう独り言をいいながら歩いていますと・・・・バラバラっと数人の浪人物が現れました。 「お前がお志津だな?」 そういうなり、彼女のみぞおちに当身を一発! 「う・・・・ん」と倒れこむ「お志津」を、一人の男が担いで・・・・・ 義経はその「誘拐」を黙ってみてたのかって? そうなんですよ・・・・もちろん幽霊ですから助けようと思えば「お七」のように風を吹かせて助けられるんですけど、あっと言う瞬間でしたからね・・・・それにまだ幽霊としての活動に不慣れで、また自分自身、どんなワザを持ってるのかも把握してなかったんでしょう。 そのあと「お志津」が小さな「お堂」び連れ込まれるまで、「義経公」はただ後を突いてくだけでした。 一方、女風呂から出たお純。。。。。 あっ、風呂上りでの着替えシーンをいれるのも忘れちゃった。 マアいいけど・・・さっそく「ご隠居」に報告! 「彼らが狙ってるのは連判状ではないようなんです、なにか殿様の大事なものを持ってないんですか?」 斉藤親子も頭をひねるばかりで・・・・その品物ってなんなんでしょうね。。。。? 続きます。
2016.12.15
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今日はこれから出張・・・ だから明日の分までコピーします。 どこまで書けるかな? 「東海道五十三次・・・不思議旅」その11 (小田原宿から箱根)さて、「水戸黄門」ですけど・・・いよいよ佳境にはいってきましたね! 小田原の旅籠で、「尾張徳川家」の藩士親子から、「主君暗殺の陰謀」を聞いた水戸黄門主従は、その証拠となる連判状を見ました。 「しかし、連判状が本物である・・・という証拠はないなあ」 「もっと具体的な証拠となるものがあれば・・・・」 「しからば、このようなものはどうでしょうか?」 斉藤外記(父親のほう)が言うには、参勤交代で江戸に出仕する「殿様」のために、江戸の上屋敷が、何か普請をしたということ・・・・ しかも、それは内密のうちに工事が終わり、江戸家老(藤堂主膳)だけが中身を知っているらしいという話しで・・・いかにも怪しい! 「なんとか絵図面でも手に入れる方法は・・・・・・・」 絵図面が手に入れば、屋敷の普請にどのような改造が加えられたかを知ることができます。 「お屋敷出入りの大工の棟梁が絵図面を持っている」 早速、「風車の弥八」親分が、江戸に立ち戻り、その絵図面を貰う、あるいは盗んでくるという手筈を整えましたけど、お茶会の席までに間に合うかどうか!・・・・・・・ それと、私と助さんが「あの女・お志津」の動向を探る・・・・・「飛び猿」と「お純」は、朝方「斉藤親子」を襲った浪人者たちの素性を探りだす・・・ということになったんですけど・・・ ここで私質問したんですよ! 「あのお志津っていう女が、浪人者たちを動かしたんじゃないんですかい?」 その質問に「ご隠居」は 「おそらく違うであろうなあ・・・・もし、その女が黒幕なれば、”斉藤親子”の名前を聞いたり、行く先を尋ねたりはしないでしょう?」 なるほど・・・襲った浪人者たちは、斉藤親子のことを知っていて襲った形跡があるし、駿府に到着する前に連判状を取り戻したいという行動に違いない・・・そう思えるんですよねえ。 ところで・・・小田原城は1495年、「北条早雲」がここに住むようになり、城下町として栄えたんですけど、秀吉の北条攻めで、「北条氏」が滅び、その後「大久保」「安部」「稲葉」が城主を勤めるんですが、明治に取り壊されるまで、290年間、その威容を誇ったそうです。 この地は、「二宮金次郎」の生まれ故郷としても有名ですけど・・・まだ、この当時は生まれてませんねえ・・・・ それと、ここには「新田義貞」の首塚っていうのもあるんですけど、これ以上幽霊を増やしたくないんで、ここは飛ばしていきましょう 名物は「かまぼこ」に「ういろう」・・・・でもこの当時はまだ作られてないかな? ああ、「ういろう」は、もうあったみたいです。 それも、「京都から持ち込まれた伝統的な製法」で作られてるのもあるそうで、当時「医薬品」として食べられたそうですけど、この「平成」の時代でも、「医薬品」として作られてる商品があるそうです。 さて、今日はちょっと急ぎの旅だったんで、疲れてたんですけど・・・「お七」の様子がちょっと変でしたから、私は彼女を誘って外にでてみました。 もちろん、(義経以外の)他の人には見えない「お七」チャンですから、こっそり連れ出したんですけどね・・・・川っぷちにいって、「どうしたんだい?」って聞いたんですよ。 「ここはね・・・・・私が”火あぶり”にあったあと、吉三郎さんが、私の菩提を弔うために、青銅のお地蔵様を建ててくれるとこなのよ」 吉三郎とは、「八百屋お七がこの男に会いたいがために火付けをしたっていわれる人」で、吉祥寺の小姓「吉三郎」のことででしょう。 彼が「お七」の菩提を弔うために、5メートルもの「青銅製地蔵尊」を建立したっていう場所は、小田原ではなく、「箱根の賽の河原」らしいんですけど・・・・私らにとっては、まだ生まれてもない男のことですから、特に感慨もない・・・・・・でも、こうしてシュンとしてる「お七」を見ると、抱きしめたくなってきました。 「おいらじゃ、代わりは勤まんないのかなあ・・・・・・・?」 「ううん・・・吉三郎さんは、あたしの事、好きでもなんでもなかったわ・・・・ただ私がかわいそうだから、お地蔵様を建てるのよね」 「ジャア、おいらでもいいのかい?」 「バカねえ・・・あたし、アンタが似てるからっていうより、ほんとに好きになったのよ!・・・だからもう死んでも放さないつもりよ!」 おいおい、アンタはもう死んでるって!・・・・って口まででかかったんだけど、たとえ相手が幽霊ででも、私のことを好きになってくれる人なんか、今後出てくるわけがないし、ほんと一緒になってもいいかなって思い始めてました。 旅籠に帰ると、もう一人の幽霊・・「源義経」さんも、物思いにふけってました。 きっと、あの怪しい女「お志津」のことを思ってたんでしょうねえ。 翌朝、早々に箱根に向かって出発した我々一行! いつもの4人に、今日は「飛び猿」「お純」それに、「斉藤親子」の8人連れで歩く事にしました。 それは、もし浪人者たちに襲われたら・・・っていうことも考えましたんで、いつもは姿を隠してる2人も同行したんですが・・・・・いやあ、初めてあって話しするようなもんですから、ちょっとは新鮮な気分でしたねえ。 もちろん、このほかに「お七」と「義経」も一緒だったから総勢10人ですか・・・・ 今日は明日の「箱根越え」を考えて、箱根に泊まる予定ですけどそれでも17キロくらい歩くんですよね、 でも、当時の箱根って何にもないんですよ・・・・・宿場だってあったかどうかわからない でも、こっちは「夢の世界」のお話しですからねえ あってもなくても、そろそろ、「お純」の入浴シーンがなくっちゃ! 箱根の宿に入ると、あちこちから湯煙が昇っていました・・・・ 日本人って温泉大好きですからねえ・・・・みんな早速お風呂に入ろうってことになりました。 で、せっかくですから今日は、普段入ることのない「女風呂潜入ルポ」! といっても一行に女性は「お純」だけですからね・・・・(あ、お七は幽霊で足がどの辺からないのかわからないので、ここは”お純”に頑張ってもらいましょう) お純がするするっと着物の帯を解きました。 ってとこで、また続く
2016.12.15
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10年前のこれを書いた日に・・・「千島沖地震」っていうのがありましてね・・・ これくらいの地震なら・・・下北半島に被害はないだろうと思ってましたら、役所からはパトロールして報告しろという指示が・・・忙しかったのを思い出しました。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その10 (平塚・大磯・小田原) 帰ってから、「さて、続きを書こうか」・・なんて考えてるときに、テレビで「千島列島沖地震」のニュース!・・・ それでも、津波は青森まで来ないだろうと、ノンビリしてたらね、役所から「パトロール」に出かけるようにという指示があり、そのまま出かけて、戻ったのが2時半・・・ もう書けませんよ! 朝、次男から「続きが書きたかったなあ」って言われたんだけど、この「水戸黄門」も「孫悟空」も、自然には勝てませんねえ。 さて、水戸黄門のほうなんですけど、私は「お七」と「義経」の幽霊を引き連れまして、旅籠に戻りましたが、「いまから出発する」って言われましてね・・・・「話が違うじゃねえか」って怒ったんですけど、「ワガママな年寄り」ですから、「こうと決めたら」頑固です。 あわてて支度したんですけどねえ、今日は「平塚」から「大磯」まで・・・・いや「小田原」まで行っちゃうのかな? 道すがら、私、「幽霊が二人になっちゃった」こと、「ご隠居」に話したんですよ。 「お七の幽霊」は「黄門様」も一度は姿を見てますからねえ、信じてもらえるんだけど、「よろい武者の源義経」については信じちゃもらえない・・・・って思ったんですよ。 でもね・・・すんなり信じてくれましたね。 「頼朝公に、”鎌倉にはいることを止められた”っていう思いがありますからなあ・・・奥州で討ち死にされたとは言え、首だけでも鎌倉へ入れる・・・・それが、幽霊となってこの地に現れたんでしょう」 詳しいことはわかりませんが、マアとりあえず信じてもらったんですけど、それより、「ご隠居」は、今朝別れた「斉藤親子」のことが心配な様子でした。 さっき、「お純」が「「飛び猿」からの手紙を託されて、戻ってきたんですけどね、「平塚」に入る手前で、あの「親子」、数人の浪人者に襲われたんだそうです。 マア、けがはなかったらしいんですけど、「飛び猿」が通りがかりを装って助けに入ったら、浪人たちは逃げ出して、・・・でもあの親子・・・「礼」もそこそこに、すたすた行っちゃったんだそうです。 「平塚」で「お純」に出会ったので手紙を託し、「飛び猿」はあの親子を追い続けてる・・・ってことなんですけど・・・・ヤッパリ小田原まで行きそうだなあ 「平塚」に着いたのはお昼ごろでした。 ここは、後々「安藤広重」が「南湖の左冨士」を描いたほどの風光明媚なとこなんですけど、ユックリしてはいられません!そのまま通過して、お昼の休憩は「大磯」に決めました。 ここもなにやら、「幽霊」が出そうなとこなんですけどね・・・・・これ以上、増えても困りますから、早めに通過したほうがいいでしょう。 (注;ここには番町皿屋敷の”お菊の墓”があるんだけど、この時点で、まだ事件が発生してないから墓もない) 「平塚」から「大磯」までは3キロほど・・・・すぐ着いたんですけど、ここも「お昼の休憩」だけですぐ出発しましたね。 大磯はその後、「湘南」という地名の発祥の地になるくらいのきれいなとこなんですけど、この由来は「中国湖南省にある洞庭湖のほとり、湘江の南側を湘南」って呼んでて、そこに景色が似てたから「湘南」って言われるようになった・・・ということは「水戸黄門様」でもご存じない! で、「大磯」から「小田原」まで16キロ・・・・・着いたのはずいぶん遅くなってからでしたねえ。 小田原に着くと、すぐに「飛び猿」が現れました。「弥七」も一緒だったんですけどね・・・・ 「この先の、つるみ屋という旅籠に宿をとりました」 私達の宿ではなく、「斉藤親子」が泊まってるってことなんですけどね・・・・・ 「私達もそこへ泊まりましょう」ってことで同じ宿へ・・・・・・ 到着すると、直ちに「斉藤親子」の部屋を訪れたんです。 「私は、あなた方のあとを追いかけてまいりました・・・・・」 「黄門様」・・・正直に言っちゃうんですよね ところが「斉藤親子」。驚きもしないんですよ。。。。。 「もしや、あなた様は・・・・”水戸のご老公様”・・・・・」 ばれてる! 「神奈川の宿で、水戸のご老公様が、悪人退治をされたというお噂をお聞きしまして、もしや・・・と存じておりました。」 そりゃそうだ・・・・いまでいうなら、当時の自民党の重鎮・・・「塩爺・・・こと塩川元財務大臣」が直接、悪人退治をしたということだからねえ・・・噂だって大きく広まるさ! 「私は、尾張徳川家の江戸詰め・・・斉藤外記にございます。水戸のご老公様には隠し事を致しましてもせんないこと・・・すべて包み隠さず申し上げます。」 普通なら、いくら「黄門様」でも隠すべきところは隠すんでしょうけどね・・・この斉藤さん・・全てを「黄門様」の判断に任せる覚悟のようです。 「実は、我が殿にあらせられましては、ただいま、参勤交代の旅の途中!・・・・このたびは、駿府城におかれまして、”神君家康公”をお偲びしての”お茶会”が催されるよし、その会に出席されますわが殿に進言を致したく急いでおりました。」 会話文だと、めんどくさいので、かいつまんで話しますとね・・・・・ 尾張の江戸家老が、殿様の暗殺を企ててるって言うんですよ・・・・・それで、江戸に入るのを待ってくれるよう、殿様にお願いしに来たって言うんですけどね・・・・・でも、言葉だけじゃ信じてもらえないだろうから、その悪巧みに加担する「連判状」が手に入ったので持参した・・ってことなんですよ。 昼に襲われたのも、実はその連判状を狙われたらしくってね いよいよ、大事件勃発ですかな? おっと忙しくなってきたので、今日はこれまで! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ついでに次男の小説もどきのつづき 地獄で悟空とジャネンバが戦っています。ドガ!バギッ!!・・・キンコンカンキン!悟空が、ぶっ飛ばされながら言いました・・・・「ジャネンバ!・・・こいつほんとにツエ~!」「ハハーッ!、おれさまの針山地獄を見たか!・・・お前は、もう終わりだ!」ビシッビシッ!!「ベジータ!フュージョンしてくれ!」「わかったぞ、カカロット!・・・・・・フュージョン、ハッ!」「グルルルルルルルルルルッ!」べジータと悟空は、合体しました。「これが、スーパーゴジータ様だ!」「グルルルルルルルルッ(なに?)」カシャーンカシャーン!(剣の音)・・・バギッボギッ(殴り合い)戦いはまだまだ続く・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2016.12.13
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昨日、次男坊から電話が着まして・・・ 「お父さん、23日に帰るから迎えに来て?」 なんでも・・・札幌から苫小牧までバスで来て、そこからフェリーで八戸まで・・・クルマで八戸まで迎えに行きます。 23日は祝日ですから・・・もちろん迎えに行きますよ。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その9 (藤沢宿2) 次男が突然「ボクも、インターネットでなにか書きたい!」って言い出したのが、夜の九時・・・この当時・・・次男は9歳でした。 ちょうど、私も「水戸黄門」を書き終わったところだったので、「ようし、じゃあ水戸黄門”むつ市の巻”書くか?」って言ったら、「そうじゃなくて、孫悟空のこと書くんだ!」っていうんですよ。 それはいいんですけど・・・「ボクも、読んでる人からメールをもらいたい」って言うもんですから、登録させたんですけどね・・・・・ 「私の水戸黄門」が、「次男君の孫悟空」に負けちゃいましたね・・・・・・ いまのところ、コメント数・・・「トリプル・スコア」の大差!(最終的には次男380対父親105) 気を取り直して、書き始める「ナイトサファリ」です。 昨日は、前日、居酒屋で絡んできた女が、散歩中に井戸で水を飲もうとしてた私に声をかけてきたところでしたね。 そして振り返ったところ、その女の後ろに二人の幽霊が立っていた、ってところまでお話ししました。 この「夢」、なぜか幽霊が多いですよね・・・・「お七の幽霊」に「よろい武者の幽霊」・・・・ 「いや、その女も幽霊なんだろ?」って・・・ それがね・・・違ったみたいなんですよ。 でも確かに・・・幽霊が多いかもしれない。 まるで、スイスアルプスにでも行ったみたいに・・・・ 「ユ~レ~ヒィ~♪」(そりゃヨーデルだ)・・そそ、幽霊がヨーデル! (たまに、親父ギャグを入れてみたんですけど、いかがでしょう?) 私は、「生きてる女」より、「お七チャン」達のほうに視線を向けてたようです。 「ねえ、あんた、どっちを向いてるのよ?」 「生きてる女」は、私の見ている方向を振り返りました。 でも、どうやら、その女には「お七とよろい武者」が見えないようです。 ここで、「幽霊が見える」って話しても、どうせ信じてもらえないんだろうから、 「い、いや・・・なんでもない」 私は、その女に視線を戻して答えました。 「ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけどサア・・・・」 その女は、私により近づいてきて肩にしな垂れかかりながら、そういうのです。 「私の名前は”お志津”・・・アア、あんたの名前は夕べ聞いたから知ってるよ、”八兵衛さん”だろ?」 ヤッパリ、盗み聞きしてやがった! 「夕べ話してた、侍二人組み・・今朝は早や立ちしたんだろ?・・名前教えてくんないかなあ?」 「名前を聞いてどうすんだい?」 「いえね、あたしの妹分が、あのわかい男に騙されたらしくってねえ」 それで名前も知らないのか?・・・って言いたかったけど黙ってました。 「名前は聞いてないなあ・・・・・四国に行くっては言ってたけど」 名前は聞いてたけど本名かどうか・・・それにこの女に教える義務はない。 「四国・・・・・・」 その女は、ちょっと考え込んでいましたけど・・・・ 「ああ、ありがとね・・・・また今度あったら、お酒でもおごるから!」 そのまま行っちゃいました。 それより、「お七ちゃん」です。・・・・・・・私は彼らに一歩近づき尋ねました。 「誰だよ、その男は?」 「ああら、焼きもち妬いてるの?」・・・お七はからかうように答えました。 「あんたこの井戸のこと知ってる?・・・・これはね”義経首洗いの井戸”っていうんだよ」 「源義経」が「奥州藤原の里」で討ち死にをし、その首が「鎌倉」の「源頼朝」の元に届けられたとき、この井戸で「首」を洗って届けたんだそうです。 「じゃあ、この人が”義経”さん?」 「うん、この人も好きな人と引き裂かれ、殺されちゃったでしょ?だから、私に同情して応援してくれるんだって!」 でも、そのよろい武者は、さっきの「生きてる女」が去った方向を見つめながらつぶやくのです。 「お志津・・・・・・・」 そう言えば、義経の恋人は「静御前」・・・・ 私は二人を引き連れて、旅籠に戻りました。 「おい、どこに行ってたんだ!」・・・格さんに叱られました。 「どこって?することもないから、町をあちこち歩いてきたんだよ!」 「ご隠居様が出立なさるといっておられる!・・・すぐに支度をせい!」 なんだよ・・・今日はノンビリするんだっていってたクセに・・・・ あわただしい中、出立したのがお昼前・・・・ 今日中に「平塚」を通って「大磯」・・・いや[小田原]まで行けるのかなあ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 臨時ニュースです。 この場は、うちの次男が「孫悟空 対 ジャネンバ」っていうの小説で書くというので、お付き合いください。 ジャア、次男くん・・・どうぞ!!! 地獄で孫悟空とジャネンバが戦っていました。 「おめぇはだれだ」 「ぐるるるるるるるるう。」 「もしかして、ジャネンバか?」 「ぐるるるるるるる(当たりだ)」 「ジャア、勝負しようぜ」 「ぐるるるる(いつでもいいぞ。)」 「よーしかーめーはーめーはー。」 「ぐるるるる(いたくないぞ)」 「ならじゃんけん・・・・・ぐー」 「ぐるるるる(ぐあーっ、)」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうです!!この地獄の戦いの臨場感!!さすが、うちの「次男くん」!!・・・・・・・・天才だなあ!!(親バカ!!)さてこの続きは?(続くのかなあ?????)
2016.12.13
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どうも日曜日が中に入ると・・・このお話しがうまく続きませんね。 ところで10年前・・・ちょうど今日のお話しを書いてる最中に、次男坊が・・・たしか、ちょうど9歳でしたけど・・・ 「中村先生が・・・(お父さんの東海道のお話し、面白いね)って言ってたけど・・・」 どうやら学校の先生も読んでくれていたようです。 へたなことは書けませんね。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その8 (藤沢宿) さて、「藤沢」に着いた私達ですが、夕食が物足りないので、私と「助さん」、居酒屋に呑みにいったんですよ。 今日は、途中一緒になった親子連れのお武家様をずっと背負ってたんでね、だいぶ疲れたんですけど、「ご隠居様」から、「明日はもう一泊しよう」っていわれてたんで、気が楽なんですよ。 ああ、一緒になった親子連れは、明日朝早く出立するって言ってましたから、もう会うこともないでしょうけどね。 「あのお武家様たち、四国へ向かうっていってましたけど、ほんとですかね?」 私、お酒のつまみに、そんな質問を「助さん」にしました。 「ほう、お前もそう思ってたのか?」 「え?助さんもそう思ってたんですか・・・・だってね、四国の藩士っていうのに、四国の訛りがまったくないんですぜ!・・・それで変だと思ったんだけど・・・・助さんも言葉で?」 「江戸屋敷で生まれた四国の藩士もいるからな・・・それだけで違うとは言い切れないが、実は・・・あの若い男、見たことがあるんだよ・・・・・江戸の道場でな」 優男ですが、この「助さん」・・・まこと本名は「佐々木助三郎」っていいまして、柳生晋陰流の達人なんですよ。 黄門様のお供をして歩いてますから、めだたないように免状までは戴いてないんですけどね。 「確かに、尾張徳川家の家臣のはず・・・・だから、行き先は名古屋・・・・・」 「なんで隠すんですかねえ?・・・名古屋なら名古屋っていえばいいのに?」 「急ぎの旅といっておったからなあ・・・何か秘密の事でも・・・・・」 その時、二人の間を割ってちょっと伝法な感じの酔っ払った女が割り込んできたんです。 「あらあら、ここはお酒を飲んで楽しむ場所ですよ・・・そんなに難しい顔をしてお酒を飲んじゃ、お酒に失礼ですよ!・・・・サアサ、どうぞ一杯!」 「おっとすまねえ!いやあ、姐さんのようにきれいな人から、お酒を注いでもらうと、つまみもいらねえや!」 そういったとたん、店の中ですよ! 突然風が吹いて、店の明かりがみんな消えちゃったんですよ。 (やきもち妬きのお七ちゃんだ!) すぐに明かりはつけられましたけどねえ・・・あの女がいないんですよ 「あらら、お連れさんどっかに行っちゃいましたねえ」 店の女将は、あの女が連れだと思ったらしく、落ち着いてそう言ってたんですけど、私らがあの女の、飲み代まで支払う事になっちゃいました。 そのまま、旅籠へ戻りましたけどね、「助さん」が変なことを言うんです。 「あの女・・・・私達の話を聞いていたな・・・・・」 そういえば、あんなに酔っ払って見えたのに、「あの女の飲み代」はお銚子一本だけ! 女将が連れと思ったのは、同じ時刻に居酒屋に入ってきたからでしょう。 あの女は何者? 旅籠に帰ると、「ご隠居様」はまだ起きてらっしゃいました。 「今、居酒屋でこれこれこういうことがありました。」 「助さん」は、何事も「ご隠居様」に報告するんですよね。 私の会社でも、「報告・連絡・相談」っていうやつをやってますけど、なかなかうまく機能してませんねえ でも、会社の「会長」出張に、「秘書」が24時間、付きっ切りでお世話するなんていうのは、ストレスが溜まりそうなんだけど、助さんと格さん・・・・大丈夫なんでしょうか? さて、カラスカーで夜が明けまして、私達はもう一泊する事にしてましたけど、あのお武家様方が出立するっていうんで、「ご隠居」だけ朝の見送りに出るっていうんでね・・・・ほんとは寝ててもいいんだけど、助さんも格さんも起きちゃうし・・・・だから私も起きました。 「昨日は本当にお世話になりました。」 「いえいえ、旅先でのご病気はたいへんですから、助け合いませんとな」 「拙者は、斉藤外記と申すもの、倅は正三郎と申します。ゆえあって主家の名は申し上げられませんが、今度お目にかかりましたら、きっとお礼仕ります。・・・それではゴメン!」 二人は出立を致しましたが、なにやら黒い影が、そのあとを追っているようです。 「あの二人、大丈夫ですかねえ?」 私はまた具合が悪くなって、倒れないかと心配して言ったのですが、ご隠居」がこう言ったのです。 「大丈夫、”飛び猿”が、あとを追いかけていきましたからな・・・・・」 (ええ!、なんか事件でも起りそうな気配!) いつもならこの辺で、「また明日」ってことになるんですが、今日はもう少し・・・・・・・ 朝飯を食って、寝直ししようと思ったんですけど、「飛び猿」が追いかけて言ったって言う言葉が気になりましてねえ、寝付けないんですよ。 そこで私だけ、朝のお散歩にでました。 あちこち見て回りましてねえ・・・・時宗総本山「遊行寺」では、「南無阿弥陀仏」と手を併せて、ぶじに天女に「あまの羽衣」が返せるようにお願いしました。 そのから、あちこち歩いたんですけど・・・・のどが渇きましてねえ・・・・・・・ ちょうどそこに井戸があったから、水を汲んで飲もうと思ったら、 「ちょいと、昨日の様子のいいお兄さん!!」 声を掛けてきた女がいるんですよ・・・(あ、昨日の”飲み逃げ女!) 顔を上げると昨日の女がいたんですけどね・・・・私ギョッとしたんですよ。 イヤイヤ、その女の事じゃないんです。 その女の後ろに、二人立ってましてねえ・・・・・・一人は「お七ちゃん」なんですよ。 でもう一人が変わった格好で・・・・・鎧兜を身にまとい・・・って言うか戦国武将の格好なんですよ。 「関が原の合戦」もとうに終わり、平和になってからだいぶ立ちますから、いまどき鎧兜なんて・・・・ でも、「幽霊のお七ちゃん」と並んで立ってるという事は・・・・こいつも「幽霊」?? まだ箱根の山も越してないのに・・・・幽霊の知り合いが増えちゃったなあ・・・ ジャアそういうことで、また明日!
2016.12.12
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「東海道五十三次・・・不思議旅」その7 (保土ヶ谷宿・戸塚宿・藤沢宿)神奈川宿での「浦島太郎騒動」・・・・ハチャメチャのうちに終わってしまいました。 もっと中身の濃いもののはずだったんですけどねえ・・・・書きたいことが多すぎて、失敗です。 もっと整理をしてから書かないといけませんね。 さて、神奈川を出た水戸黄門一行、ほどなく保土ヶ谷に到着します。 普通ですと、この宿場で一泊するんですけどね・・・・というのはこの先、まもなくのところに「東海道最初の難所」と呼ばれる「権太坂」があるんです。 この坂が意外と長く、だらだら続く坂道ですんで、気持ちも萎えてしまうほどなんです。 でも、神奈川でけっこう時間かかったでしょ? だから今回は一気に「権太坂」を登りきろうと考えています・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イヤアごめんごめん さっき書いてる途中で急用ができちゃってね、登録したつもりじゃなかったんだけど「登録ボタン」押しちゃったんです。 だから、登録されてるのを見て、自分でもビックリ! お詫びを申し上げまして、改めて書き直させていただきます。 神奈川を出て、保土ヶ谷にやってまいりましたが、実はこの先、「権太坂」って言う「東海道最初の難所」が待ち受けてるんですよ。 だから普通は、神奈川で泊まらずに保土ヶ谷で一泊して、休養を取ってから「権太坂」を登るんですけどね、このたびは、一気に登ろうということになりました。 ほんとに急な坂でしてねえ、途中「投げ込み塚」っていうのがあったんですけど、「格さん」に聞いたら、この坂で行き倒れになる人ってけっこうあったそうで、そういう人の亡骸を葬った塚なんですって! うちらは「年寄り」一人かかえてますからねえ、途中休み休み登りましたよ。 2度目の休憩をして、歩き始めたころでしょうか? さっきわたしたちを追い越して行った「侍二人連れ」のうちの一人が、しゃがみ込んでいて、もう一人が、その背中をさすっておりました。 しゃがみ込んでるほうは、うちのご隠居と同じくらいの年恰好、もう一人は若くって、私と同じくらいですかねえ。(注;夢を見た当時、私、高校生ですからね!) よけいなお世話ですけど、うちの「年寄り」・・・声をかけたんです。 「どうなさいましたかな?」 「父が急に、苦しみだしまして!」・・・・・(ああ、親子だったか) 「アア、ここは難所といわれる”権太坂”ですからなあ・・心の臓が苦しくなられたんでしょう。・・・ちょうど薬を持ち合わせております、どうぞお飲みくださいまし。」 なんの薬なんでしょうかねえ・・・「宇津救命丸」かもしれない・・・・・・・ 薬を飲ませ、しばらく木陰で休息をさせまして、息子さんと世間話を始めます。 「これからどちらへ向かわれるご予定ですか?」 「私達は、四国まで参ります・・・・少々いそぎ旅でございましたので、保土ヶ谷で休息もせずにこの坂を登ってしまいました。」 はてな?・・・・・言葉を聞いても、四国のほうの訛りがありません。 先日の神奈川での出来事、・・・・・私が「住職は神奈川宿の人じゃない」っていうのを聞いて、「飛び猿」は、はっと思ったんだそうです。 「あの住職の言葉は、駿府辺りの訛りがある・・・・」 で、先回りしていた「風車の矢七」と「お純」、3人で手分けして、「住職」の正体を見破ったんだそうです。 そんな話を聞いていたので、この侍の言葉が「四国訛り」ではないって思ったんです。 でも、余計なことを言うと、また叱られますから黙って聞いていました。 「しかし、これほど苦しんでおられるなら、次の戸塚でお泊りになられたほうがよろしゅうございますな?」 その時、木陰で休んでいた老人が。。。。 「いや、少しでも前に進みたい・・・・今日は藤沢まで到着しなければ」 苦しい中なのに、そんなこと言うんです。 「わかりました・・・・ご病人を抱えて大変でございましょう。。。。私達は先日、神奈川泊まりでしたから、今日は藤沢まで足を伸ばす予定でございました。・・・お供いたします。」 マア、旅は人数の多いほうが楽しいんでしょうけど、なにやらいやな予感が! 「八兵衛さん、お前さん、そのお武家様を背負って差し上げなさい」 ほら、やっぱり!・・・おいらこう見えても、「色男」だから「金も力もない」んだけどなあ・・・・ 「権太坂」のてっぺんまで背負っていきましたけど、イヤア、けっこうきつかった! そういえばこの「権太坂」の由来なんですけどねえ・・・・この急な坂道を歩いていた人が、あまりにも急なんで、近くを通りかかった老人に・・・ 「この坂はなんという坂ですか?」って聞いたんですが、その老人が耳が遠くって、自分の名前を聞かれたと思ったらしいんですよ。 で、「権太だが、なにか?」 それが「権太坂」の由来だそうで・・・・「豆知識」です! 戸塚宿に着きまして、ここに泊まったらって何度も言ったんですが、どうしても「藤沢まで」ってこだわるんですよ。 ところでこの「戸塚」ですけど・・・・皆さんは、「参勤交代」ってご存知ですよねえ。 そそ、各藩の大名が、江戸まで大名行列で来る・・・・って言うあれですけどね、国を出るときから「大名行列」でくるわけじゃないんですよ。 この戸塚までくると「隊列を整えて」ここから江戸まで「きらびやかな」大名行列になるんですねえ・・・・「天皇家」などの「使者」の出迎えも、この戸塚だったそうです。 ここへ着くまでは、だらだらとした行列だったでしょうなあ・・・・・ 戸塚を出ると、今度は「大坂」っていう坂道になるんですけど・・・・コッチは下り坂ですからねえ、ちょっとは楽になりました。 デモなんでこんな山の頂上のようなところに、宿場を作ったんでしょう・・・・ もっと楽な道もあったと思うんですけど・・「鎌倉」への分岐点っていうこともあったんでしょうか。 「大坂」を下って、まもなく「藤沢宿」に到着です。 イヤア疲れました。 この藤沢ですけど、一遍上人が開いた「時宗」の総本山「遊行寺」の門前町として栄えるんですが、「江ノ島弁才天」参拝のお客さんも多くって、ほんとに賑やかな宿場町でした。 旅籠には、かなり遅い時間につきましたけど、そりゃそうですよ・・・・「年寄り二人」の「連れ」ですからねえ・・・・こうなるんじゃねえかと思ってました。 晩飯だけは用意してもらったんですけど、物足らないんで・・・・・飲み屋に出かけることにしたんです。・・・・「助さん」と二人でね! 「ひさご屋」っていう居酒屋さんでしたけど。。。。女将さんがきれいな人でね・・・ついつい飲みすぎて・・・そこで! ア、お出かけしなくっちゃ.....また明日だな?
2016.12.11
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先日テレビを視てたら「石田三成」のことを描いたドラマをやってたんですよ。 「関が原の合戦」で敗れた「石田三成」が捕らえられ、「六条河原」で打ち首になるところがメインでね・・・他の用事を早めに済ませ、テレビの前で待ってたんです。 前にも話しましたけど、「石田三成」って、私の「ご先祖様」らしいって言う噂もあって・・・ それで気になって見たんですけど、詳しくはまた話します。 でも「石田三成の子孫」と噂されてる私が、「徳川家康の孫」である「水戸黄門」の話を書いてるのって、なんとなく複雑な心境なんですが 考えて見ると、「家康」が子どもたちの命をとらなかったおかげで、今の私がいるんですからねえ・・・・・ 「東海道五十三次・・・不思議旅」その6 (まだ神奈川宿3) さて、昨日は、私が「運慶寺」境内で、地回り相手に起こした「奇跡」のおかげで、命を狙われそうになってるとこまで書きました。 しょうがなく、私は旅籠を出て、「飛び猿」と一緒に隠れることになりました。 「運慶寺」では「浦島太郎」が何もないところから翡翠の玉を出し、その翡翠の玉の占いによって、「失せ物」を発見するという、神通力を見せ始めているという噂・・・・・・・ 「そんなことができるわけねえ!」 私がそういうと、「飛び猿」は 「そんなことはわけなくできることさ!」・・・・・・・こともなげに言うんですよ。 「お前が、相手の体に触れずに、地回りたちをふっ飛ばしたから、あいつらも躍起になってるだけ・・・・」 そういうんですよねえ。・・・・・それはさておき・・・・・ 私も、ただ黙って隠れてるのは、いらいらするんで、「飛び猿」と一緒に、ご隠居の調べものをすることにしたんです。 「住職は、もともと神奈川の人間ではない」ってこと、「10年前に運慶寺の先代住職の養子になった」こと、そして、「その先代住職がまもなく亡くなった」こと等・・・いろいろ調べたんですよ。 その夜、「飛び猿」にそのことを話しますと・・・「飛び猿」は、ちょっと調べてくると言い残し、どこかに行っちゃいましてねえ・・・・ 帰ってくるなり、「ご隠居に報告に行こう」って一緒に旅籠まで行ったんですけどねえ、私は忍者じゃありませんから「旅籠の屋根に飛び上がる」なんて真似はできないんで、しばらくじっと、旅籠の裏で待っていました。 小半時ほど待ったでしょうか・・・・・裏木戸から「ご隠居」が現れました。 「お前の調べてくれたことは”飛び猿”から聞いた。・・・・そこでな、お前さんにちょっと頼みたいことがある。・・・・明日朝、わたしが用意する衣装を着て、”運慶寺”に行って貰いたいのじゃ。・・・その時は例の”あまの羽衣”も持参してもらいたい!」 そしたら今度は「ご隠居」・・・・・・天を仰いでこういうんですよ。 「お七さんは、私の考えがわかるじゃろうなあ?・・・よろしく頼みますよ!」 そしたら、爽やかな風がサアーッと流れましたねえ。 翌朝、私は「飛び猿」にたたき起こされましてねえ・・・・「これに着替えろ!」って渡されましたのが、大昔の「漁師の衣装」・・・・・ 腰蓑をつけた、「絵草子」の「浦島太郎」の衣装って言えばわかりますかねえ? しょうがなくその衣装に着替えて、「運慶寺」まで出かけました。 山門に着くと、そこには「ご隠居様」に「助さん」、「格さん」・・・・それに「巫女さん」の格好をした見慣れない女の人が一人いるんですよ。 「ああ、この女は”お純”と申してな、・・・・私達の仲間じゃ!」 どうやら、いつものドラマでは「入浴シーン」担当の女性らしいんですが・・・ 「八兵衛、お前さん。”あまの羽衣”を持参いたしたであろうな?」 「ああ、忘れないようにって”飛び猿”が腰に結わえ付けてくれましたよ」 山門をくぐるとあんのじょう、「地回り」たちが集まってきて、わたし達を取り囲みます。 「おうおう!よくぞ、ここへ来られたもんだなあ!!」 「地回り」の兄貴分が凄んで見せましたが、ご隠居、少しもあわてず・・・・・ 「先日の騒ぎのことですかな?・・・・・うかがったところ、私どものこの男が、あなた方を体に触れもせず倒したことで、神通力ではないかと評判になっておるそうで!・・・してみると、お前様方の浦島太郎様より、私どものこの男のほうが神通力は上のようですなあ・・カッカッカッカッカア・・・・・・・・」 その時、本堂のほうから「住職」と「代官」そして「浦島太郎」がやってきました。 「たまたま吹いたつむじ風・・・・・それを神通力とは片腹痛いわ!」 「なるほどそうかも知れませんなあ・・・・・・しかし、たまたま吹いたにせよ、あなた方の浦島様は、いまだに神通力をお見せにならない!・・・・それをどのようにご説明なさるのかな?」 「だまらっしゃい!・・・・浦島様は翡翠の玉をどこからともなく取り出し、その玉の占いで失せ物を見つけておるわ」 「ほう、それが神通力ですか・・・・・」 ご隠居様は、にこにこ笑っておいででしたね。 (サア、ここで翡翠の玉のたねあかしをしてくれ!) そう思っていたのですが、 「では、神通力は互角ということで・・・・・・」 (ええ!あいつらの神通力はまやかしだけれど、おいらの神通力は”お七の力”で行った”正真正銘”の神通力じゃねえか!) ご隠居様はあっさり引き下がったんですよねえ。 「それではどうです?本物の浦島太郎ならば、数百年も竜宮城に住んでおられた・・・・・・その竜宮城の絵を正確に描いてもらおうじゃありませんじゃ?」 自慢じゃないけどおいらの絵は、何を描いても「台風の後か?」って言われるくらいの絵で、とてもじゃないが人様に見せられるような腕じゃない! 相手の浦島太郎も、最初は困惑してましたが、わたしに絵心がないと判断したのか・・・・すらすらっと絵を描き始めました 見たものを見たまま描くのもできないのに、まったく見たこともないものを描くことなんかできません。 相手は既に書き終えて余裕の顔を浮かべていましたが、私は一筆すら動かしていません。 「では見せていただきますかな?」 ご隠居はそういうと、相手の絵を見始めました。 「ほほう・・・中華風の見事なお城が描けましたなあ!!」 相手の絵を褒めてどうするんだよ! 「それでは、こちらの男の絵を見てもらいましょうか!」 もちろん何にも描いてはいません・・・・これじゃ負けに来たようなもんじゃねえか! 「ハハハハハ・・・偽者に竜宮城の絵は描けませんなあ」 「住職」は大声で笑います。 それにあわせるように、周りの「地回り」や「参拝客」も大声で笑いました。 「そちらの浦島太郎さんは、なるほど上手に竜宮城を描かれましたなあ・・・・・しかし!」 「むかしから浦島太郎のわらべ歌に竜宮城は、”絵にもかけない美しさ”・・・・と申しますぞ!」 相手も怒りましたねえ・・・ 「なにを戯言を!!!」 それでもにこにこして「ご隠居様」は続けるのです。 「戯言は、あなた方のほうでしょう・・・・・翡翠の玉をどこからか取り出し失せ物を探し出す・・・こういう手妻はむかしからよくありましてなあ」 この種明かしは、時間がないので、後ほど「魔法の木マスター」にお願いするとしまして・・・・・ 「この男の神通力、もう一つお目にかけましょうかな?」 「ご隠居様」はそういって私と「お純」を手招きするのです。 「この男がもっているのは”あまの羽衣”!・・・・・この女に着せますと、この女が宙に浮かびます。」 羽衣は、天女が着るから空に浮かび上がることができるんじゃないのか? でも、もう後戻りはできません・・・・・ 「儘よ!」・・・・私は「お純」に羽衣を着せ掛けました。 その時です! 大風が、「お純」の体にだけ吹き付けますと、お純の体は、宙に舞い上がったのです! 「「ええぃ!こいつらこそまやかしを使う妖術使いじゃ!怪しい奴!ひっとらえるのじゃ!・・・皆の者出会え、出会え!!」 その叫び声を合図に、たくさんの「捕り方」たちや「地回り」が出てくるんですよねえ。 「助さんや、格さんや・・・・・ちょっと懲らしめてやりなさい」 「助さん」は相手から刀を奪い、峰打ちで相手を倒します。 「格さん」はその鍛えた体で「柔術」を使い相手をなぎ倒していくのです。 私はというと・・・・危ない目にはあうのですが、いつの間にか相手が吹っ飛んでいる・・・・そう「お七チャン」が守ってくれてます。 しばらくの間、チャンチャンバラバラ!・・・・・・・そのときです! 本堂わきから・・・「ダアーーーーーン!」・・・一発の銃声が轟きました。 敵も味方も一斉にそちらを見たのですが、そこには銃を落とし、手首を押さえている代官の姿と、風車を持った一人の旅人姿の男が・・・・・・・・ 「静まれ静まれーーーーッ!!静まらんかーーーっ!」 一瞬の静寂のあと、「助さん」の声が響きました。 「静まれーーーっ!このお方をどなたと心得る!先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!一同のもの頭が高ーーーーい!控えおろーーーー!」 今度は「格さん」がフトコロから、「葵の紋所」がついた印籠を取り出しながら叫ぶのです。 印籠をみた一同は一瞬唖然とするのですが、はじかれたように膝まずき、ひれ伏しちゃうんですよ。 「”運慶寺住職、由比正残”・・・おぬしは、由比宿にある実家の寺の次男として生まれたにもかかわらず、修行もせず、博打遊興三昧にふけり、あまつさえそれに意見した実の父親を殺害し逃亡したことは明白である。 この神奈川宿まで流れ、かねて知り合いの運慶寺先代住職に取り入り、養子縁組が終わるや否や殺害した事実も突き止めておる。観念いたせ!! また”代官、黒橘鯨九郎”・・・・おぬしは、10年ほど前まで”由比代官所”与力として、勤めておったが正残が父親殺害の折、正残をわざと取り逃がしておる・・・・・ わずかな金子に目がくらんで、正残を取り逃がし、3年ほど前この神奈川代官所に代官として着任するや否や”あのときの正残が運慶寺住職におさまっておる事をよいことに、悪巧みを画し、”浦島太郎伝説”で一儲けたくらんだことは明白! 以前より、罪を見逃していたスリの手妻師”ましらの三次”が、浦島太郎の似顔絵に生き写しであることをよいことに、彼の者を”浦島太郎”に仕立て上げ、参拝の善男善女をたぶらかした罪は、断じて許しがたし!・・・・きっとご沙汰を待て! なお、その他のもの・・・・一人一人の罪業も明白である!」 罪人達が引っ立てられたあと、黄門様は私にこういうんですよ・・・・ 「今まで、私の素性を隠しておいてすまなんだな・・・・・まだまだ旅は続くが今までどおり、”越後の縮緬問屋の隠居”として付き合ってくれよ・・・」 そう言うんですがねえ・・・・・正直な話・・・・ 「水戸光圀公」ってだれ? だって、今まで偉い人なんかと付き合ったことがないし・・・・急に「水戸のご老公様」って言われても、何の事だか、さっぱりわからない八兵衛でした。
2016.12.11
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いつも「水戸黄門」のテレビを視てるとね・・・けっこう急ぐ旅なのに、事件解決するまでそこにとどまるんですよ。 早く出発すればいいのに・・・と思いつつも、今回は「神奈川宿」にとどまります。 なぜって?・・・だって私の好きな「横浜DeNAベイスターズ」の本拠地ですよ? 本来なら、三浦大輔番長とか筒香選手を登場させたいんですけどね・・・10年前のコピーですから無理ですもんね。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その5 (神奈川宿2) 今日は、ご隠居様が「にわかの腹痛」ってことで、神奈川の旅籠からでることができません。 助さんはご隠居の看病・・・格さんはご隠居から指示を受けてどこかに出かけてしまいました。 私はというと、昨日の「浦島太郎」が気になってたんで、もう一度「運慶寺」まで出かけてみたんですが、スゴクごった返してましたねえ。 境内にはたくさんの露天商が出ていましてねえ・・・・いつの間に準備したんでしょうか、「金魚掬い」の代わりの「亀掬い」なんかも出てました。 本堂脇には、たくさんの箱が積み重ねられてまして、「玉手箱饅頭」という名前で売られてたんだけど、どう見ても普通の菓子折りの箱なんですよ。 昨日の今日なんで、箱にまで手が回らなかったんでしょうけど、「これで玉手箱」はひどいんじゃないですか? 本堂の中では「ご神体(?)」である、例の「浦島太郎」が真ん中に座り、その横で和尚が参拝客に、なにやら「お札」を渡していました。 お札を受け取ると、参拝客は「浦島太郎」を拝み・・・最後に小僧の待つところで「お賽銭」を上げるのです。 その額も「一律1分」・・・1両が10万円ですから、1分は25000円ですよね。 これだけ高価なお札なのに、行列は途切れることなく続いてましてねえ、コリャどれくらいもかる事やら・・・・ そこへ、地回りのやくざがやってきました。 「ははあ・・・お前だな!、”浦島太郎様”のにせものは?!」 「にせものって、おいら、浦島太郎だなんて言った事もないや!」 「とにかく、この辺でうろうろするんじゃねえ!」 地回りたちは、私の襟首を掴んで、裏のほうへ連れて行こうとするんですよ。 でも、そのときですよ! 私の周りだけ大風が吹くんですよね! でも私の立ってるとこだけは、「台風の目」のように、そよっとも風が吹いてなくて・・・・ 私を捕まえようとすると、風で吹き飛ばされるやくざたち・・・・ 「こっちへくるのよ」 誰かの声に導かれて、私は寺の外に逃げ出しました。 どこをどう逃げたのかわかりませんが、気がつくと海岸にいたんです。 「危なかったわねえ・・・」 お七の声でした。 「助けてくれたんだねえ」 「そりゃそうよ・・・あなたを助けるためについてきたんですもの」 「アンタにとって、俺ってそんなに大事なのかい?」 「あたしは、こうと思ったら、その通りにしないと気がすまないの」 好き嫌いはともかく、いったん助けると決めたらとことん助けるってことみたいでした。 私は、そのまま、旅籠に帰ると・・・・助さんからお小言です。 「なんで一人で運慶寺まで行ったんだ!」 「あいつの様子が知りたくて・・・・・・」 そこへ陰の声が・・・・・・・ 「おかげであんたは狙われることになりそうだ」 境内で地回りとのやり取りを見ていた参詣客が 「さっきの浦島太郎のソックリな人が、地回り相手の立ち回りで、神様がついてなければできないようなワザを使った」 と騒いだんですって。 今、地回りや代官所が、私のことを探し始めてるという事で・・・・ なるほど、何もできない浦島太郎より・・・・幽霊が守ってくれてる私のほうが、神通力が強そうに見えますもんね。 影が姿を現し、・・・・「お前はこれから俺と一緒に別なところに隠れよう」 私を連れ出すんですよ。さてこの続きは!・・・・・またね
2016.12.10
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前回書いたものの中に、カリフォルニア在住の「Hirokochann」さんって方からのコメントがありましたが、皆さん・・・これは10年前のコメントですからね? 今でも、ブログ友達のおひとりで・・・時々辛口のコメントをいただきますけれど・・・ 旦那様が「グレッグ」さんという画家の方で、私・・・この旦那様の「港」の絵が好きなんですよ。 ふつうはメキシコ人の方たちの絵が多いように思いますが、私は港の工事をしてるんで、港の絵が欲しいと思ってるんですけどね・・・ そのうち、貯金して買いたいと思ってます。 そういうわけで、「千夜一夜物語」のように書けるかな?なんて思ってたら・・・いつのまにか3700夜くらい書いちゃいましたね。 面白いかつまらないかって言ったら、つまらないでしょうけど・・・・ 「東海道五十三次・・・不思議旅」その4 (川崎宿から神奈川宿・・・) ここで、皆さんに、お話ししておきたい事があります。 それは何かというと、実はこのお話の「夢日記」・・・・・落語「道具屋」の夢の続きだってことはご存知ですよねえ。 ってことは、この東海道の旅も、「夢日記」のメモには、そんなに詳しく書いてないんです。 詳しくって言うよりも・・・・・「アメ横」のあと、すぐに三保の松原に来ちゃった・・・って言う感じなんですよ。 メモには途中の旅の状況なんか書いちゃいないんです。 「八百屋お七の幽霊」も「浦島太郎伝説」も・・・今この場でこしらえてるっていうのが事実です(ただし10年前のコピーですから、その時の急ごしらえですけどね) だから、「このあと、どうなるんですか?」って聞かれると、「どうなるんでしょうねえ?」って返事するしかないんです。 我ながら、いい加減な奴だなあって、反省してます。 でも、書いちゃったものは仕方ない!・・・何とかしますからね! さて、「運慶寺」の和尚から、「浦島太郎」の似顔絵にソックリ!って言われちゃったんですけど・・・、そのあと、もっと吃驚することが起っちゃうんです。 それは運慶寺の境内で、和尚と話をしている間に起っちゃうんですけどね。 それは突然始まりました。 「似顔絵に似てる」って大騒ぎをしてましたから、私らの周りは人だかりができていたんですが、 その人だかりが「ウオーッツ!!」という喚声とともに割れたんです。 なにが起こったのかさっぱりわかりませんでしたが、その人だかりが割れたところから、なにやら「見たことのある」人が現れたのです。 ご隠居様も、助さんも、格さんも・・・・・驚いたような顔をしていました。 「誰ですか?この人?・・・・どっかであった人なんだけど?」 私が訊ねますと、ご隠居様が・・・・・・ 「・・・・・・・・おまえだ・・・・・・・・・」、って目を丸くしたまま答えたのです。 目の前に立ってた男は、確かに私なんですけど・・・じゃあこの私は誰? その時、相手の男はわたしに向かって、 「お前は誰だ!・・・・・私の偽者か?」 「お前こそ誰だ!・・・俺の偽者のくせしやがって!!」 そう答えたものの、自分が偽者じゃないって言う自信もなくなりかけましたねえ。 「まあまあ・・・・・」 ご隠居が間に入って、取っ組み合いになりそうなところを停めました。 「こちらの男は、浦島太郎の似顔絵にソックリじゃが、私の連れの”八兵衛”に間違いない!、しかし、そちらのお前さんはいったいどなたじゃな?」 「私こそ、浦島太郎!!!」 その声を聞いた参詣の善男善女から、「ドーッ!!」とまた喚声が上がりました。 そして、「本物(?)の浦島太郎」を担いで、本堂のほうに向かいました。 さっきまで話をしていた和尚さんも群集と一緒に本堂へ行っちゃいました。 「なんだいなんだい!さっきまで”あなたが浦島太郎”だっていってたくせに」 「カッカッカッカッ・・・・お前さん自身が”浦島太郎”ではないと知っておるではないか?」 こんな会話をしながら、旅籠に帰る「黄門様ご一行」 道すがら、「運慶寺」に向かう群集がどんどん増えていきました。 「本物なんでしょうかねえ?」 「サア、どうなんでしょうか・・・・でも、本物で、この地域いったいを幸せにして下さるというのなら、それもまたよし・・・・・しかし、去年の似顔絵紛失が、ちょっと気にかかるところではありますなあ・・・」 なにやら考え込んでいた黄門様・・・・・ 突然、あらぬ方向の声をかけるのです。 「これ、飛び猿はおるか?・・・・おるならちょっと調べてもらいたい事がある。」 その時、ご隠居の足元に黒い影が現れ・・・・・・ 「ははあ・・・!」 「あの”浦島太郎”・・・・どこに宿をとっておったか調べてくれ!・・・それとな・・・・昨年”寺宝”の似顔絵・・・本堂に掛けてあったのが無くなったのに、役人が調べていない・・・・というのが少し気になりますなあ・・・・」 その言葉を聴くと、「影」は一瞬で消えてしまいました。 「い、今のはいったいなんなんですか?!!」 「ああ、あれか・・・アレはわたしを影で見守ってくれる・・・・・飛び猿と申す男じゃ」 「いったいいつから!!」 今度は助さんが答えました。・・・・・ 「水戸藩下屋敷のときもおったし、アメ横でも、日本橋でも・・・・・さすがに鈴が森の幽霊のときはどうにもできなかっただろうが、いつでも私達の影になっている。」 (ほう・・・4人だけじゃなかったんだな?) 「他にも仲間はいるのかい?」 「ああ、あと”風車の矢七”という元盗人と、”お純”という女芸人が私達より先に出発して、いろいろ調べ物をしている」 この前まで、違う女の人が一緒に旅をしていたのだが、この旅からは、どうしてもついて来たいと言う女芸人を連れてきたのだそうだ。(これでいいかなあ・・・JUN太さん)※JUN太さんもブログ友達の今は・・・「壽蛇」さんです。 「ほう、そんなに仲間がいるなら、”お七”チャンはいなくてもいいんじゃないのかな?」 その時、突然の大風が、私一人に吹いてきて・・・私だけ飛ばされてしまいました。 「カッカッカッカッカッ・・・・・お七ちゃんは、気性の荒い性格とみえる。。。。八兵衛、言葉には気をつけなさいよ」 その夜、みんなが寝静まったころ・・・・ひとつの影が私達の寝ている部屋に現れました。 「ご隠居様、ご報告に参りました。・・・・」 さっきの黒い影・・・・飛び猿とかいう男です。 「あの浦島太郎は宿を取っておりません・・・・・どうやら漁師小屋に寝泊りしている様子・・・今日からは運慶寺に寝泊りしておりますが、それがちょっと様子がおかしいのです。」 「ほほう・・・・・どうしたのかな?」 「今日アレから、代官所の取調べがございました。・・当地の代官 ”黒橘 鯨九郎”が取り調べに参ったのですが、調べた事は名前と年齢のみ・・・あとは、和尚が用意した、酒と女を・・・・・ それにあの和尚もおかしなところがございます。・・・・浦島太郎を本物と思うならば、あの寺で一番りっぱな部屋を与えるはずでございましょう? あの和尚が浦島太郎に与えた部屋は、奥の6畳ひと間・・・・ここはもともと布団部屋として使っていた部屋でございます。 あの寺にとって浦島太郎は”ご本尊”とも言うべきものを・・・・」 「なるほど、それでは次はあの和尚の昔のことを調べてきなさい」 黒い影はたちまち消え、周りはまた静寂に戻ったのでした。 翌朝早くに出立予定のところ・・・・ご隠居がにわかの腹痛・・・・・しばらくの間、この旅籠に逗留する事になりました。 「なんだかねえ・・・・この旅はおかしな事ばかり起こりやがる!・・・だってそうでしょ?・・幽霊は出てくるし、浦島太郎は出てくる!・・・・4人連れの旅のはずなのに本当は7人だとか・・・箱根の山の向うには化け物が住んでるっていう話は聞いた事があるけど、まだ箱根の山を越してねえのに!」 (この隠居と一緒にいると、まだまだおかしなことが起こりそうだなあ・・・)なんて思いましたね。 ここに何日逗留するんだろう?
2016.12.09
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私もちょっと慣れませんけど・・・旅が始まりました。 「日本橋」を出て「品川宿」・・・ここで着替えを町人姿に戻して鈴ヶ森の刑場のそばを通ります。 ここで、「八百屋お七」の幽霊と出くわすんですが・・・「八兵衛」の私が、この「お七」に惚れられまして・・・ずっとついてくることになったんですけどね・・・ ふだん全くモテない私ですから、夢の中だけでもモテてみたいってことなんでしょうね。 「東海道五十三次・・・不思議旅」その3 (川崎宿から神奈川宿) カリフォルニアの在住のブログ友達・・・「hirokochan」のコメントに、 「次から次へとマア・・・アラビアンナイト・・」っていうのがありましたけど、私だって、そんなに「ネタ」の多いほうじゃないですよ! だいいち、「アラビアンナイト」って、「千一夜物語」じゃないですか! 私なんてまだ「94日目」・・・・・あと907夜、書かないと追いつきませんし、書いたとしても、皆さんを満足させられるものじゃありませんしねえ そういう意味ではやっぱり、「権威ある」物語は、違うなあって思います。 でも、目標に置くには「アラビアンナイト」・・・いいかも! さて、昨日は「鈴が森刑場」で「八百屋お七の幽霊」に出会い、その霊を慰めるために、「川崎大師」にお参りにいったとこまで書きました。 ついでといってはなんですけどね、「お七」から「この旅で、災難にあう」って言われましたんでね・・・・・お賽銭を「1朱」あげて、「厄除け」もお大師様にお願いしました。 お参りを済ませ、今日の泊まりの予定は、隣の「神奈川宿」 「神奈川宿」は、今でこそ「横浜」という大都市ですが、当時も「景勝地・袖ヶ浦」への観光客が多くってね、にぎわう宿場でした。 思ったより早く、旅籠に着いたもんですから、「この宿場で、なんか珍しいとこはないかい?」って、旅籠の主人に尋ねたんですよ。 「そうですねえ・・・・浦島太郎の伝説の残る”運慶寺”なんかどうです?」 「浦島太郎」の伝説は、日本各地にあるって聞いてましたけど、「花のお江戸からこんなに近いとこに、「「浦島太郎」の伝説があるなんて・・・・・・ あの物知りの「ご隠居様」も知らなかったようなので、みんなで見に行く事になりました。 宿屋の主人から、しっかり道順を聞いてきたつもりだったんだけど、ちょっと迷いましてねえ・・・ ちょうど通りかかった人に聞いたんですよ。 「あのう・・・運慶寺って近くですか?」 「ああ、浦島太郎の運慶寺ね・・・・それならこの道を真っ直ぐ・・・それから・・・」 と、指を刺しながら私の顔を見た・・・・と思ってください。 突然その人は、私の顔を凝視しながら、固まっちゃったんですよ・・・・・しばらく黙って、私の顔を見つめてましたね。 「ああ、ゴメンなさい・・・・この道を真っ直ぐ行って、最初の角を右に曲がってください」 ちょっとした時間をおいて、その男は私に答えました。 (俺の顔に何かついてんのかい!)・・・・そう思いましたけど、「ありがとう」って言いましたね。 でもねえ・・・・・お寺が近づくにつれて・・・道行く人がなぜか皆・・・私の顔を見て囁いてるのがわかるんですねえ・・・・・ 「ああ、ここだここだ!ご隠居!”運慶寺”につきましたよ!」 お寺の山門をくぐると、そこに立て札が立っていました。 「助さん」が読んでくれたんですけど、この「寺の縁起」が書かれてるらしいんですね。 それによりますと、昔、相州三浦の住人で「浦島太夫」という人が、丹後の国に移り住みまして、そこで「太郎」が生まれたんですけど、太郎20歳のころ、「澄の江の浦」から「竜宮城」へ至り、、そこで「乙姫様」と「鯛や平目の舞い踊り」を見ながら3年暮らすんですよ。 ある日突然、「望郷の念」にかられましてね、「澄の江の浦」に舞い戻るんですが、知ってる人はだれもおらず、やむを得ず相州三浦まで、両親に会いに戻ってくるんですけど・・・・・ このとき両親が300年前亡くなってることを知らされるんですよね。 落胆した「浦島太郎」は三浦の人たちに・・・・ 「私は、これから”竜宮城”に戻ります・・・・でも、そのうちにこの一帯を幸せにできる自信がついたら戻ってきます。」 そういい残して、神奈川の海岸から亀の背中に乗り、「竜宮城」に行ってしまい、それ以来戻ってきていないという伝説なんだそうです。 でもこの話しは、この寺のものではなく、「観福寺」という寺の「縁起」で・・・・その寺が廃寺になったので、さまざまな「寺宝」が、縁のあったこの「運慶寺」に移されたものでした。 立て看板を、そこまで読んだとき・・・・・この寺の和尚が、泳ぐように私達のところにやってきました。 「もし!あなたは・・・・本当に”浦島太郎”様では?!!!」 私の顔を、まじまじと見ながら、その和尚はそういうのです。 「なぜそのような・・・・・・?」 ご隠居様が聞きました。 「実は10年に一度しかご開帳してなかったのですが、この寺の”寺宝”に”浦島太郎様”ご直筆の”似顔絵”がございまして・・・・・・その”似顔へ”と、そちらの方がソックリ!・・・・・・・・・」 昨日は「八百屋お七の恋人」・・・・・そして今日は「浦島太郎」ですか? 「で、その似顔絵はどこに?」 「それが・・・・・・いつもご本堂にお飾りしてありましたが、昨年の今頃、ある日忽然とお姿をお隠しになりました。」 「誰かに盗まれたのですかな?」 「それがまったくわかりませぬ・・・・ご自身でお隠れになったのではという噂がございまして・・・・それならば近いうちに、この地にお姿を現し、この地域一帯を幸せにしていただけるのではないかと・・・・・・」 「なるほど・・・それで先ほどから、道行く人々が、この男の顔を見て、なにやら囁きあっておったのですな?」 「先ほどから私のほうに”浦島太郎様”のお姿をお見かけした・・・という話が持ち込まれており、まさかとは存じましたが・・・・・・」 ここに見に着たらソックリだったというお話でした。 さてこのあとはどうなるのか?
2016.12.09
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前回改題しましたけど・・・中身については「落語…道具屋」のつづきなんですよね。「東海道五十三次・・・不思議旅」 (日本橋→品川そしてちょっと先まで)今回から、「今、どの辺を歩いてるのかな?」ってことまでタイトルに含ませていただきます。じっくり時間をかけて、「私も旅を楽しんでみたいなあ」なんて思ったもんですからね・・・そういえば、最近、仕事以外で旅行に行くという事がなくなっています。若いころはあんなに旅行したのに・・・・・・・・さて、早朝「品川宿」を出立しましたが、私自身はたいへん楽な姿になりました。昨日は侍姿だったんですけど、今日からは「古着屋」で町人の衣装を買い揃え、シャッチョコばって歩く必要がなくなりましたんでね、「肩の荷をおろした」っていうか、気持ちも晴れやかでした。通行手形も、私の分を「助さん」が用意してくれてましたが、どうも「水戸藩士 宇津狩八兵衛」のものではなく、「縮緬問屋手代 八兵衛」っていうものだったようです。マアどっちにしても、「偽造手形」には違いないんですけどすごく精巧にできてますからね、先ず「ばれる」心配のないものです。私にとっては、初の旅ですからとってもはしゃぎたい気分だったんですけど、他の3人がまじめな人だったから、我慢しておとなしく歩き始めました。一時間ほど歩いたでしょうか・・・・庚申塚の祠の前に、一人の女の子がしゃがみこんでいたんです。たった一人で、こんなさびしいところに・・・・・「変だなあ」とは思ったんですが、誰でもいいからおしゃべりがして見たいって思ってた私でしたから、その子の所へ駆け出していました。「ねえねえ・・・どうしたんだい、こんな寂しいところで?」その時、「格さん」が、何かに気づいたように叫びました。「八兵衛!近づくんじゃない!」その声にはじかれたように、その子は立ち上がり、私のほうへ近づいてきました。それも真っ赤な炎に包まれながら!!!!!!!!あまりに突然の事でしたから、私にはなにが起こったのかとっさには判断できませんでした。私の背中から、道中脇差をぬいた「助さん」が、気合もろとも、その炎を切り付けました。その瞬間、その炎は消えたのです。・・・・・・・・・・・・そしてどこからともなく、寂しそうな少女の声が響くのでした。「ここは鈴が森の刑場でございます。・・・私の名前はお七・・・・ここで、処刑されたものでございます。・・・・・・・・・」「ゆ・・ゆ・・・幽霊!!!」私は腰を抜かしてしまいましたねえ。でも少し変です・・・・・・・だってこの「鈴が森刑場」は最近できたもの・・・・・ここで、こんな若い女性が「処刑」されたとは一度も聞いた事がありません・・・・・・・「ウ、嘘だ!・・・お前は狐か狸だろ!」「そう思われても致し方ございません・・・・・実は私は数十年後、この場所で火あぶりにされるものでございます。・・・・・恋しい方にお目にかかりたいがばっかりに、「付け火」をしてしまいました。・・・・・それが思わぬ方向に風が広がり・・・・”振袖火事”と呼ばれる大火となり、それがために処刑となったのでございます・・・・・」「それがなんで、私達を驚かせるのじゃ?」優しそうな声で、「縮緬問屋の隠居」は訊ねるのでした。「私は、処刑されて以来、この場を動けなくなってしまいました。・・・・・でも、恋しい方にお目にかかりたいという思いがつのり・・・時間を飛び越える事ができるようになったのでございます。」つまり、場所の移動はできないけれど、時間の壁は飛び越えられる。・・・だから、子供のころの「あの方」・・・・、でなければお年寄りになった「あの方」に・・・もしかしたら会えるかもしれない・・・・という思いで、そこにしゃがみこんでいたというのです。「そこへ、優しい言葉をかけてくださった”あの方”・・・・お顔立ちといい、お声といい・・・ソックリだったのでございます。・・・」私が、その「色男」にソックリだったから、「呪縛」が解け、移動する事ができ、想いがとげられたので「成仏」できるようになったというのです。「それじゃあ、あなたはこのまま成仏なさい・・・・南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・・」「ありがとうございます・・・・・・・でも・・・・・・」お七の幽霊は続けます・・・・・「この旅で、何か、この方によくないことが起りそう・・・・・・・この旅の目的が成就されるまで私はこの方をお守りいたします・・・・・・・」あらら、幽霊が私を守ってくれるんだって!そのまま・・・・お七の声は聞こえなくなってしまいました。薄暗かった空が、急に明るさを取り戻し、今起った事は夢だったのか?(夢だってば!)・・・4人は無言のまま・・・・・東海道三大橋のひとつ、関が原の戦いのときに完成された「六郷橋」まで差し掛かりました。長さ200メートル、幅7メートルというりっぱな橋まで来ると、ご隠居様が、私に声をかけたのです。「八兵衛さん、体はなんともありませんかな?」「ええ、さっきまで・・・ちょっと疲れたなあって思ってたんですけど、肩が凄く軽くなったような・・・」「それならば良い・・・本当にお前さんを守ってくれるんじゃろう・・カッカッカッカッ・・・」ご隠居様独特の笑い声で、笑われたのでございます。「六郷橋」を渡ればまもなく「川崎宿」・・・・・今日は「神奈川宿」で泊まる予定でしたから、川崎は通り過ぎるだけの予定、でも、「お七の霊を弔ってあげましょう」というご隠居の言葉で「川崎大師」にお参りに行く4人でした。
2016.12.08
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前回・・・「続く」って書きましたけど・・・今日から「タイトル」を改題します。 っていうのはね・・・今日から「東海道五十三次」をテクテクと歩き始めるんで・・・ 皆さんも「東海道五十三次」って知ってると思いますけど、どんな宿場町があるか知らないでしょ? そこで、それぞれの宿場町の名所旧跡や名物を書き添えながら進めてみようという・・・ そんな「旅のお話し」を書こうと思いまして・・・ でも、ご存知の通り・・・とりあえずは静岡県辺りまで・・・ だって、目的地は「三保の松原」なんですから・・・ 宿場の数にして20か所ぐらいですね・・・ 社会科の勉強と思って読んでください。 (夢のつづきシリーズ)「落語」その11改め・・・「東海道五十三次・・・不思議旅」「アメ横」で「黄門様ご一行」と合流した私が、自分の名前を秘すため「八兵衛」と名乗ったことまでお話しましたね。 でも、旅にでる場合は「通行手形」が必要となってくるわけですよ。 いったん家に帰って、母親に旅にでることを言うのですが、母親はびっくりしますよね。 それでも、「天女」に羽衣を渡してくるってことは、「神信心」で行くんだからと、許可してくれるわけですよ。 皆さんにも、言っときますけど、「神信心」で旅にでることを留めるってことは、よくないこととされてますからね。 で、今度は、町役人に、通行手形の「発行」をお願いするんですけど・・・・・偽名での旅になりますからねえ・・・・・ちょっと無理みたいでした。「ああ、手形がないならなくてもいいよ!」・・・のんびりしたもんで・・・ 親に旅の支度をしてもらってるとこへ「八兵衛様」宛ての「水戸藩」からの手紙が着ます。 「誰なんだい?八兵衛様って・・・・・?」 母親は、何も知りませんけど、与太郎、改め「八兵衛」は、思いつくのです。 (そういえば、あのお屋敷・・・・・水戸藩の下屋敷だったなあ・・・) 字が読めませんから、例の道具屋のおじさんに来てもらって読んでもらいますとね。 「何々?・・・ほう、お前を水戸藩でお召抱えになるって書いてある・・・・お前、侍になったぞ!」 親子さっぱり意味がわかりません・・・・・・・ 「で、明日7つ・・・・日本橋に来れば、極秘の旅に出発するから、くれぐれも遅れないように」 こうなると、家族・近所一同大騒ぎですわ! 「侍になったお祝い」ってことで、近所からは「鯛の尾頭付き」が届くし、酒屋からは菰樽が届きます。 道具屋のおじさんからは、「侍道具一式」が来るんですけど・・・・・「道具屋」の商品で余ったものを寄せ集めたもので・・・・・「紋付」なんだけど、左右の紋が違ってる「羽織」とか、どうせ使うことはないだろうと、「竹光の刀」・・・・そんなものが来るんですよね。 「極秘の旅」も何もあったもんじゃない! 町内中でドンちゃん騒ぎをし、そろそろ時間だということで、「侍の旅したく」をしてイザ、「日本橋」へ! 町内中が、「日の丸の小旗」をもってお見送りに来ちゃうわけですよ。 待っていたのは、「水戸黄門様ご一行」 大騒ぎの行列を見て、驚いちゃいますよね・・・・・・ でも、「黄門様ご一行」にも、水戸藩の江戸家老あたりがお見送りに来てますから、「黄門様達」は隠れ、その江戸家老が対応に当たりました。 「八兵衛と申すのはその方か?」 「ハハア!!!!!」・・・・普段、あまり偉い人と口をきいたことのない「長屋の連中」ですからみないっせいに土下座をして、お辞儀しちゃうんですよ。 「ああ、そこまでする必要はない・・・立て、立つんじゃ!!」 「おい、みんな!立てってよ!」 先頭にいた男がこういうと、みなが一斉に立ち上がる・・・・・ まるで、「北朝鮮のマスゲーム」のような騒ぎです。 「八兵衛というのはその方か?」 そう言われたんですけど、「八兵衛」・・・・昨日まで「与太郎」でしたから、気がつかない! しばらくして、ようやく気がついて・・・・「アア、ウッカリだ!」 「オオ、名前だけ八兵衛と伺っておったが、姓は”宇津狩”殿であったか!」 衣装だけは、「出来損ないの七五三」のようだったから、「武士」に見えたんでしょう。 苗字が初めっからあったように思ったらしく、こうして・・・・・ 「水戸藩士 宇津狩八兵衛」が誕生したのであります。 みなの、「バンザイ」の声に見送られ、日本橋を出発したのが「七つ」・・・ 「♪お江戸日本橋、七つ立ち~~~初登り・・・・」と歌われるように、このころ東海道を登る時間は7つ・・・・今なら朝の5時~6時ぐらいの出発になりました。 ちなみに、その当時の首都は「京都」・・・・・ だから、東海道を京都方面に向かうから「登り」ですよね。 この大勢のお見送りでどうにもならないんで、「ご家老様」は「ハ兵衛」と一緒に出発し、「黄門様達」は、まったく関係ない顔をしながら、あとを追うのでした。 途中、「見送り隊」が見えなくなると、「ご家老様」が怒りましたねえ! 「極秘の旅、と申したではないか?・・・なぜあのように大勢で・・・!!」 そこへ黄門様がやってきまして・・・・・「マアよいではないか」って言うんですよ。 「この者は、わたし達が、町人に化けるための隠れ蓑じゃ、・・・・このままの格好ではまずいのう・・・・品川で新しい衣装をそろえよう」 日本橋を出て、いくらも歩かないうちに、今日の泊まりは「品川の宿」と決まりました。 品川なんて、東京駅からいくらも行かないうちに着いちゃうんですけど、賑やかな場所だったらしいですねえ! 公的に許された「遊郭」は、江戸では浅草裏の「吉原」だけだったんですけど、公的でない場所も必ずできましてねえ・・・・品川にもあったらしいですねえ。 「遊女3000人」というくらい、賑わった吉原ですが・・・・・品川は「遊女」とは呼べないんですよ。(公的な場所じゃないから・・・・・) こちらは正式には「飯盛り女」・・・・・宿に泊まった人に、お給仕する係りってことなんですけど、なにをお給仕したものやら・・・・まじめな「ナイトサファリ」にはわかりませんけど・・・・・ その人数も定かではありませんが、かなりの賑わいだったらしいですよ。 翌日、朝早くに一行は出発します。 目指すは「三保の松原」・・・・・・急に言われてどこにあったか思い出せない方もいらっしゃると思いますけど・・・・・静岡県の静岡市清水区(江尻宿)にあるんですよねえ・・・・・ で、黄門様たちが行こうとしてたのは、「駿府の御城下」・・・・・・・・・今の静岡市(府中宿)ですね。 もともとは「今川義元」の居城であり、徳川家康公が子供のころ「人質」としてとらわれていた城・・・・・「駿府城」 よく、「徳川家康は静岡県の人」って思われがちなんですけど、これは「江戸幕府」を開き、そのまま「2代将軍 秀忠」に家督を譲ると、この駿府城に隠居してしまったからなんです。 「まだ息子には任せられない」ってことで、ここで「大御所政治」っていうのをやっちゃうわけですから、「影の政府」(シャドーキャビネット)として有名になってしまったんですね。 「シャドーキャビネット」・・・・・現在も「どこぞの党」でそういうの作ってますけど、発言もあいまいで無責任なのが多いですよね・・・・・もう一方もでたらめですけど・・・・・・・・ ってどうでもいいことを挟んじゃいましたが・・・・・・ あ、徳川家康の出生地!・・・・・・正解は、愛知県の岡崎市です。 ってことは、「織田信長」、「豊臣秀吉」、「徳川家康」・・・・・皆、「愛知県出身」でしたか!!! 明治以降は、長州・・・・「山口県」が多いらしい(今のアベ総理もそうか)ですけど、一人ぐらい、「青森県出身」ってでないかなあ・・・・・ 私、横道にそれすぎですねえ・・・・・ まだ東京を出ないうちに・・・・・・・・・明日へ続く
2016.12.08
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カテゴリ:カテゴリ未分類その頃ブログの友達だった恵さんから、「前回の奴は、日光の手前(イマイチ?)だね」と言われてたのが、昨日は「日光に届いたよ(日光けっこう大和観光ってCMあったよね?)」っていうコメント! いやあ、ほんとうれしかったなあ!!! でも、ここで引き締めないと・・・・・ 東北道をずっと下っていくと、「秋田(飽きた)」まで行っちゃいますからね。 「落語」その10 さて、昨日は見事10両せしめた私ですけど、これを元手にもっと稼ごうってことで「上野アメ横」にやってくるわけですよ。 「アメ横」は、修学旅行のとき、「スキー板」を探しに行きましたんでね、ぼんやりですけど覚えてて・・・・・・・・ でも、この時代に「アメ横」があるわけがないんですよ。 でも、そこはそれ・・・「夢」の世界ですから、時空を飛び越えちゃったんですよね。 しばらく歩いてると、一軒の古道具屋さんが目に留まりました。 (なんかありそうだなあ・・・)・・・・・ピンと来た私は、このお店に入りました。 「ごめんよ!」 暖簾をくぐり、ふと、店主の顔を見ると、これがまた怪しそうな・・・・・ 「へい、いらっしゃいまし!」 揉み手をしながら、私の頭の先からつま先まで見おろしながら、値踏みをするように出てくるんですよ。 「なんか、珍しいものあるかい?」 私はちょっと引き気味に尋ねました。 「いっぱいございますけど・・・・・いかがです?このしゃれこうべ!・・・・・征夷大将軍”源頼朝公”3歳のみぎりのしゃれこうべと言われておりますが・・・・」 「ウ~ン、しゃれこうべはいらないなあ!」 「では、こちら・・・・奥州南部藩・・・遠野という集落で発見されました”かっぱの頭の皿”!よそではナカナカ手に入りませんよ?」 「おじさん、この皿、”伊万里謹製”って書いてあるんだけど?」 「ああ、佐賀鍋島藩で”化け猫騒動”があったとき、こりゃあここにはいられないってんで、出稼ぎに行った”かっぱ”なんでしょうなあ・・・・・」 「佐賀から岩手までかい?・・・・ずいぶん長旅だねえ・・・・・」 「この”かっぱ”・・・その昔は中国で孫悟空と天竺まで行った”かっぱ”ですから、長旅は慣れてたんでしょう」 ああいえば、こういう・・・まるで、実演販売のときの私のよう・・・・・・ 「アメ横の実演販売」で思い出しましたけどね、学生時代の実演販売のバイトで、年末に「アメ横のバナナの叩き売り」、頼まれたことがありましてね。 一回きりだったんですけど・・・・・・・ きんちゃん、この実演販売の口上が好きなんですよ・・・・「実演販売の巻」のとき、リクエストされたんだけど、書かなかったんでね、今日はちょっとだけ! 「さあ、奥さん!今日はバナナを買ってもらうよ! バナナ、バナナと言っても、奥さんが普段食べてるバナナとバナナが違うんだ! 奥さんが普段食べてるバナナは、大きいけど味が大味! 南米はエクアドルあたりのバナナだよねえ? 今日、あたしがもってきたバナナ・・・・・さあ見てちょうだい! 色艶が違うだろ? まだ青っぽい南米バナナと違って、今日私がもってきたのは台湾産のバナナ! 美味しそうだろ? 南米産と台湾産!どこが違うかと言うと・・・・・さあ見て、見て、見て、見て! 大きいけどボテーッとした感じの南米産に比べて・・・どうだい! ちょっと小ぶりだけど、どこか、お宅の旦那にも似た、この反り具合! あ、奥さん、夕べのことを思い出しちゃいやよ! 味のよさは天下一品! これは食べてみなくても、奥さん形でわかるよね?・・・・・・・」 これを、純情な大学生の私がやってたんですからねえ・・・・・・ちょっとだけ自己嫌悪! あ、おふざけが過ぎたようで・・・無駄なことしちゃいましたねえ・・・・・・ 「頼朝3歳の頭蓋骨」とか「伊万里のカッパの頭の皿」とか・・・・ひどいものを売りつけるお店があったもんで・・・・ でもねえ・・・お店の奥のほうに・・・・・・キラリ光るものが! 「おじさん、あれ見せてよ?」 「エ?あれ?・・・・ああ、あれはだめだめ!・・・あれは”あまの羽衣”といって、とてもあんたには手が出せるようなもんじゃない!」 人の人相、風体から判断したようです。 「いくらなの?」・・・・訊ねてみますと・・・・ 「3両・・・いや、4両は頂かなくちゃなあ・・・・」 その時、私の頭の中で、声が響くんですよねえ・・・・・・ 「”あまの羽衣”を私に返してください・・・・・・・」 鈴をころがすような声っていうか・・・・・「デパートの放送係りの女性」が身をよじって案内してる声っていうか・・・・はたまた、うぐいすが「南天のど飴」をなめたような声でね・・・・ 思わず買っちゃうんですよ。 あっけにとられてる店主の手に4両を乗せ、ひったくるようにして「あまの羽衣」を買ってきたんですが・・・・・ 「返して下さいって、一体どこに持ってけばいいのかな?」 悩んじゃいました。 そこへね・・・・さっき武家屋敷の前で別れた、「越後の縮緬問屋の隠居ご一行様」と出くわすんですよ。 「アア、先ほどはありがとうございました。・・・・・おかげさまでこの爺も、面目が保てました。」 「ああ、さっきの、おじいさん・・・・・・」 (この爺さんなら、なんか知ってるな?)・・・そう思った私は、この爺さんに聞くんです。 「”あまの羽衣”って知ってるかい?」 「ああ、遠州”三保の松原”の伝説がございますなあ?」 「それって遠いのかい?」 「アア、かなり遠くにございますが・・・・私たちはこれから、そちらのほうに旅にでます。・・・・よろしければご一緒にいかれますか?」 こうして、一緒に行くことになったんですけどねえ・・・・・・ 「ところでお名前は?」 聞かれたときに、おっかさんに言われたことを思い出しました。 「知らない人と、口きくんじゃないよ!名前なんか教えちゃだめだよ」 アラら・・・・どうしようかな・・・なんて考えまして、正直に言わないで隣の魚屋のおじさんの名前を、出すことにしました。 落語によく出てくる名前ですけど、「大工の熊五郎」で「熊さん」、「魚屋の八五郎」で「八っぁん」 で、そのままじゃ悪いなあってことで・・・・「八兵衛です!」 ここで、「与太郎」が「うっかり八兵衛」に変わった瞬間でした。 いよいよ、「水戸黄門漫遊記」はじまりはじまり~~~~! え?「道具屋」はどこに行った?
2016.12.07
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「落語」その9 前のとこでは、「道具屋」の話しなのに、水戸黄門が出てきましたね。 もっとも、主人公の与太郎さんである私は、知らないことになってますけど・・・・・ で、私がひろったものを7両2分で買おうって持ち掛けられるんですけど、私は断りました。 なぜって、・・・・・バカだけど欲が深いんですよ・・・私 (越後の金持ち商人が、7両2分っていうなら、きっと10両にはなるな!)なんて考えるんですよ。 「いや、お屋敷に返すんならともかく、あんたたちが盗賊の一味じゃないっていう証拠もないし、これはお奉行様に差し出したほうがいいと思うなあ・・・・」 助さんがカッとして立ち上がりましたが、ご隠居はそれを制して・・・・ 「まあまあ、そうおっしゃらずに・・・・・実はねえ、その品物にはいわく因縁がありましてな?」 説明を始めちゃうわけですよ・・・・・ 「そもそも畏れ多きことながら、徳川初代家康公が徳川御三家の所領を、尾張、紀州、水戸に定められた理由をご存知かな?」 そんなこと、私に聞かれても・・・でもそういえば、中途半端な場所だなあ・・・・・・なんて思いませんか? 私なら、九州・四国・中国ブロックで一箇所! 関西・東海・中部ブロックで一箇所! 北海道・東北・北陸ブロックで一箇所! そして、関東は徳川総本家が守っていけばいいんじゃないかと思うんですけどねえ。 紀州と尾張なら、近いから一人でも統治できそうだし、水戸がそんな重要な地域にも思えないし・・・(そこにお住まいの方、失礼しました。) 「どうやって決めたんです?」 私も興味があったから聞いちゃいました。 「実はのう、伊勢神宮のご託宣があって・・・・・サイコロでお決めになられたのじゃ!」 なんで伊勢神宮なのか?なんでサイコロなのか?って聞かないでくださいよ! すべて、私の「夢」の世界のお話しなんですから・・・・・・ 「サイコロをどのように使われたかは、家康公と伊勢神宮の神官だけしかご存じないことで、今現在でも伊勢神宮の秘儀中の秘儀とされておる。」 「で、あたしが拾ったこの品物と、どんな関係があるんですか?」 「まだ気がつかんかのう・・・その品物こそが、その東照神君家康公がお使いなされた”サイコロ”なんじゃよ」 「エエーッ!」・・・あたしゃ思わず、ふところの品物を取り出しましたねえ・・・・ もう磨り減っちゃって、ただの小さくて白い「石つぶて」くらいにしか見えませんけど、確かに「1」のしるしのあとには朱色が入ってましたね。 「このサイコロが霊験あらたかなる事は、5代将軍綱吉様の御世になっても、国内は安定し、民百姓も平和に暮らしておることでわかるじゃろう」越後の縮緬問屋の隠居がそういうんですよ。 「ジャア、おじさん、7両2分じゃだめだよ10両にしようよ」 この私、10両以上のお金があることを知らない。(それ以上は数えられないから・・・) もし本当なら「国宝級」なのにね でも私は、この「サイコロ」を10両で売ることにしたんです。 あ、ここでいっときますけど、この「伊勢神宮の秘儀」と「サイコロ」の話し、絶対他の人に話しちゃだめですからね! 「徳川御三家の所領はこうして決めたんだ!」・・・・なんていったら絶対!・・・・・・ 「お前は、アホか?」って言われますから! 実際のところ、いまだに私は理由がわからないんですけどね、想像してみると・・・・・・ 「紀州」は熊野信仰の本家本元だってことが関係あるんでしょうか? 「尾張」は、織田家、豊臣家の発祥の地ですからねえ・・・どうもそのへんが? 「水戸」は、有力大名の「伊達藩」「上杉藩」牽制のためじゃないかと思ってます。 話は続くんですが・・・・・・この次は、その10両を元手に、何かいいものを買おうと思って、私、上野の「アメ横」近辺をうろつき始めます。 当時、「アメ横」なんてあるわけはないんですけど・・・・そこはそれ・・・・「夢」の世界ですから時間も空間も自由自在なんですよね。 この続きは明日にしますけど、明日はメルヘンチックな世界に・・・貴女を・・・ 男はどうするんだって? 私、男性には興味ないですから・・・・・・・・
2016.12.07
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「落語」その8 「道具屋」のようなもの・・・ 10年前のこれを書いた前日・・・、低気圧の通過にともない、深夜まで工事現場のパトロールをしていました。 数週間前に、低気圧に津軽海峡沿いの工事現場がやられ、3日前に完成した工事が全滅しちゃって、総被害額87億円だったんですよ。 何十年かかって作ったものが、一瞬ですからね・・・・・1600トンのコンクリートの塊が、数十個・・・全部ひっくり返ったんですから!(沖にある防波堤ですけど) マア、パトロールしたって、自然の力には勝てませんけど、心配になっちゃってねえ・・・・・ そういうわけで、昨日の深夜は、続きを書けませんでした。 幸い、私のとこは被害はなかったんですけど・・・・北海道は大変でしたね(竜巻) たくさんの被害が出ちゃったんです。 で、今日は「道具屋」の続きなんですけど・・・・・ きのう書いたとこは、落語の本編そのままなんですよね。 だから、「夢」の中といっても、自分の知ってる落語をそのまま書いちゃってます。 あまり考えもしないで、会話文だけで書いちゃいましたから、つまんなくなっちゃってますねえ。 恵さんてブログ友達が、「日光の手前」っていうのも無理はない・・・(「いまいち」って町があるんでそのことでしょ?) これで、皆さんが「落語」を嫌いになられると、私が「日本の伝統文化」をつぶした・・・ってことになりますからねえ。 ナントカ汚名挽回をしたいと思います。 でも、ここからは、「道具屋」のあらすじの次の部分・・・・つまり、私が「夢」の中で創作した部分ですからねえ・・・・ 古典落語っていうのは、名人上手といわれた「師匠」たちが、徐々に完成させたものでしょ? その続きを、高校生だった私が「夢」の中で作ったものですから、もっとつまんないでしょうね。 と、先に言訳しつつ・・・・話しをつづけます。 誰にも何にも買ってもらえない「道具屋」の私こと「与太郎」さんは、売れない理由を、自分のせいではなく、「売ってる商品」にあると思っちゃうんですよね。(ポジティブかな?) 「おじさん、ちょっと店番してておくれよ、ちょっくら仕入れしてくる!」 隣の道具屋さんに頼んで、出かけちゃいまして・・・・・・ ここで、この落語に出てくる「符丁」(業界用語?)についてお話ししときますが、 お客様が何も買わないで行っちゃうことを、「ションベンされる」って言ってます。 この語源については、ほんとかどうか知りませんけど、二つの説がありまして・・・・・・ 一つ目は、「蛙のツラにションベン」なんていう表現があるでしょ?あれらしいんですよ。・・・・「買わずに行く」→「かわずに行く」→「蛙に行く」→「蛙のツラにションベンかけに行く」・・・そこから、ションベンが「買わずに行く」ことになったという説と、 二つ目、「買わずに行く」が「厠(カワヤ)に行く」・・・・つまり、「トイレに行く」になまって、ションベンが 「買わずに行く」という意味になったという説があるそうです。 これ、私が実演販売してたときの豆知識ですけど・・・・・・・ でねえ・・・話しは元に戻しますが、どこに行くったって、アテがあるわけじゃないんで、とりあえず武家屋敷、大名屋敷がある方面に行くわけですよ。 あらかじめご説明をしますとね、「道具屋」は、今の「フリーマーケット」のようなものですから、元手をかけないんです。 家にあった不用品とか、知り合いの家の不用品をただでもらってきたり、ひどいのは「ゴミ箱アサリ」して拾ってきたものを売るんですよ。 だから、「競売」にかけられた美術品や骨董品を競り落として売ったり、金持ちの家と交渉してそんな商品を仕入れる「古道具屋」さんと、「道具屋」はちょっと違うんですけどね・・・・「夢」の中ですからゴッチャになってるんですね。 ある武家屋敷の前を通りかかりますとね、中がちょっと騒がしい・・・・ 門番に、なにがあったか尋ねるんですけど、そんなことに答えるわけがなく、追い払われてまたトボトボと歩くんですけど・・・・「いて!」・・・何かが頭に落ちて来たんです。 どうやら、お屋敷の塀の向こうから飛んできたらしいんですけど、私、子供のころから「縁起かつぎ」するほうでしてね・・・・「当たった物は大事にしよう」っていうんでフトコロに入れちゃうんですよ。 今でもそうなんですけど、「宝くじ」なんか買うとお財布に入れておくんですけどね、抽選が終わって外れたのがわかっても、一枚だけは財布に入れておくんですよ。 これは「交通事故にあわない御守り」・・・・・当たってないクジですから、「自動車」にも当たらない・・・・っていうことなんですけどね。 しばらく歩いてると、「アアちょっとお前さん」・・・・誰かが声をかけるんですよ。 振り返ると、旅姿の商人二人組み・・・・ 「さっき、お屋敷から飛んできたもの見なかったかい?」 「ああ、頭にぶつかったから拾っておいたよ」 「それをちょっと見せてくれないかなあ?」 私、「バカの与太郎さん」だから、素直に見せちゃうんですよね。 「ああ、これだこれだ!」 その商人の一人が懐にしまおうっていうのを、あわてて取り返すんですよ。 「お前たち、泥棒か?」 「ア、いや、これは悪かった、・・・・実はこの品物はな、当家の主人が大事にしておったもので、先ほど、屋敷の中で騒ぎがあったとき、盗んだ盗賊一味があわてて放り出したものなんだ。」 「当家の屋敷ったって、あんたたち、お武家さんじゃないでしょ?・・・・どう見たって、越後あたりの”縮緬問屋”の手代みたいじゃないか?」 そこへ・・・「カッカッカッカッカーッ!」・・・変な笑い声のおじいさんが現れるわけですよ。 ここまでいうと皆さん、おわかりでしょうが、なぜか「水戸黄門」が現れるんです。 「夢日記」のメモにそう書いてあるからしかたがない! でも、この「黄門様」、初代の「東野栄次郎」さんか、映画で見た「月形龍之介」さんか、よくわからなかったんですけど・・・・・いまイメージにあるのは東野栄次郎さんです。 でも、この時点では、私はこの人が誰であるか知らないことになってまして・・・・・ 「おじさん、誰なんだい?」 「いや、これは失礼・・・・私はあんたが今言ったように、越後の縮緬問屋の隠居で・・・光衛門というもんでしてな・・・・これは、うちの手代、助さんに格さんというものです。」 「この屋敷の人が取りに来るならわかるけど、何で越後の商人がこの品物を欲しがるんだ?」 「イヤイヤ、このお屋敷のお侍様方は、体面がございまして、ここに受け取りに参ることができませんのじゃ・・・・・どうですかな?7両2分で譲ってもらうわけには参りませんでしょうかな?」 この7両2分という金額、今の金額に換算するといくらになるのか知りませんが、簡単にいうと、人間一人当たりの金額ということになってまして・・・・・・よく、お芝居や落語に出てくる数字なんですよ。 この時代の貨幣単位ですけど「両・分・朱」って言う順番なんですけどね。 「4進法」になってまして「1両は4分、1分は4朱」ですから、7両2分を小数点を付けて「10進法」に直しますと、7.5両ってことになりますよね この他に、「銭とか文」いうのがありまして、4000文で1両換算なんです。 屋台のかけそばの代金が、「ニ八そば」っていうくらいで16文ですから、1両で250杯のかけそば・・・・一杯400円として・・・・・1両10万円ですよね ってことは7.5両(7両2分)は75万円ですか! 人間一人当たりのお値段、75万円也!・・・・・安いもんですねえ!! あ、よけいな計算しちゃった・・・・明日へと続く!
2016.12.06
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