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日本から国際電話がかかると、何年か前までは、モニターに電話番号はでないまでも「JAPAN」と出た記憶があるが、最近では、「UNKNOWN NUMBER」としか出てこない。それと同じで、カナダから日本に電話をかけると、時々「通常番号非通知」の扱いになるのではないかと思われる節がある。例えば今日も、日本のある方に電話をかけたら、電話局のアナウンスがでて「おかけになりました番号には、この番号ではおつなぎすることができません。電話番号のはじめに186をつけておかけ直しください」と言うではないか。・・・186ということは、「通常番号非通知」扱いを一時的に解いて番号を通知して知らせるという扱いである。では、国際電話の場合、どこに186を入れたらよいのだろう?とりあえず国番号の後に186を入れて、それから頭の0を抜いた番号を普通に入れてかけてみたが、それでも同じメッセージがでる。しかし、他によい方法も考えつかないので、何回かためしたら、三回目になんの加減か、電話が繋がって用を果たすことができたのだか・・・・なんの加減でつながったのやら・・???そばで、見るとはなしに見ていた電話嫌いの夫が、「番号非通知の電話が繋がらないような手続きをしている人は、いろいろとめんどうな電話はうけたくないという意思表示をしているんだよ。外国からの電話がかからなくなる程度の不便さは差し引きして考えた上でそういう設定をしているのだから、そーっとしておいてあげなさい」と忠告してくれた。「それももっともだとは思うのだけれど、・・・でも、用事があったから・・・」と言ったら、「だって、それはお前の都合だろ。電話はいつもかけるほうの都合でかかってくるのだから、かけられるほうだって、それなりの自衛策を講じても当然だよ」とのこと。まあね・・・。 しかし、私が日本語がわかるから、アナウンスが聞き取れるし、多少は日本の事情を知っているから、186が何を意味しているかもわかるけれども、もし、相手の国の言葉がわからないところにかけたとしたら、「おたくには、いくらかけてもかかりませんでした。」みたいなことになるのだろう。そういえば、以前、ブルガリアの友人(日本人)のところに電話をかけたら、私の分からない言葉でアナウンスが入って、面食らったこともあった。電話一本とはいえ、なかなか難しいものである。
July 31, 2008
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九十歳の女(をみな)らつどひ語りをり老後をいかに過さむかなど(伊藤一彦『微笑の空』)この九十歳の女性たちの意識では、「老後」は未来のことだ。元気な女性たちが集って、「老後は・・」などと話し合っていらっしゃるのを想像すると、その意識が頼もしいとともに、ほほえましい。作者も、にっこりとして一首を詠まれたのだと思う。私は、どちらかというと「くよくよ」する方だから、こういう境涯にはなりえないとは思うけれども、思えば私の父が、「そろそろ老後のことも考えはじめなくてはいかん」と言い始めたのは、すでに80歳をすぎた頃であった。娘としてはちょっとおかしく、「えー?今が老後じゃないの?」などと思わないではなかったが、父親がそういう風であってくれたのは、うれしかった。考え方によっては、老後の過ごし方などは、90歳を過ぎて考えるので充分かもしれない。だいたい、そこまで生きられるかどうかもわからないのだし。(経済的な老後の計画は別としての話ですけれども)
July 30, 2008
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パソコンの画面周りに増えてゆく獅子のたてがみのやうな付箋が(田村元 短歌五月号)そうなんですよ、ついつい・・・・でも、「獅子のたてがみ」と表現すると、なんだかそれらの付箋が有意義で建設的なような気がして、気休めになる・・・となると、反省しないから、ますます増える・・・なんだか、空に目をつけた人が、私の作業場を覗いて詠んだ一首みたいだ。(増えていくのは、付箋ばかりではありません。お金以外のものはどんどん増えています。)
July 30, 2008
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次男夫婦がテキサスから来ているので、この週末に、ウイスラーに皆で行こうかという提案があって、大賛成の人や小賛成の人や、気の進まない人やらの調整に入っていたところ・・・突然、今朝のニュースで、ウイスラーとバンクーバーを結ぶハイウエイでかなりの落石があったと報じていた。21日に主人がゴルフに行って通ったばかりの道だ。夜中のことで、交通量が少なく、命からがらひたすら走り続けたミニバスが一台、窓ガラスが割れたり、車体がぼこぼこになったりして通り抜けたほかは、人的被害はなく、まあ、不幸中の幸いであったのだが、ウイスラーへの道は当分通じないことになった。別の道を通ると、たいへんな遠回りになって10時間とかかかるらしいし、ヘリコプターもあることはあるのだが、日本への往復格安航空券と同じくらいの費用がかかるらしい。家族旅行の話は当然、「中止または目的地変更」ということになるのだが、どこでどう災難が起きるか、また、どこでどう災難を避けられるのかわからないものである。http://www.canada.com/theprovince/index.htmlhttp://www.canada.com/theprovince/photogalleries/largetemplate.html?topic=99rockslideなどのウェブサイトに掲載されている復旧作業の写真を見ると、改めて、オソロシイ。
July 29, 2008
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パスポートの押印五十なんとまあ〈歌〉に熱(ほめ)きて通ひし故国(渡辺南央子 コスモス八月号)まあ、マレイシアの渡辺さんも!(そういえば、8月号に報告がでている55周年記念大会でも、一日目の席は渡辺さんのお隣だった。)私も「用事がある」ような顔をして日本に通っているけれども、そして本当に「用事」はあるのだけれども、よーく正直に考えてみると、どうしても自分で行かなくてはできない「用事」は、さて、何割あるだろうか・・・。押印の数は数えたことはないけれども、べたべたとたくさんあることは確かだ。渡辺さんの場合は、それだけの結果を出していらっしゃるから、それでよいけれども私はちょっとなあ・・・・だいたい「熱(ほめ)きて」という言葉だって、今回初めて知ったくらいだし、今月の掲載歌も三首だったし。ところで、「コスモス」8月号、(昨日とどいた「桟橋」もそうだったが)15日消印のSAL便なのに、航空便より数日遅れるくらいの超スピードで届いた。先月といい、今月といい、日本の郵便局とカナダの郵便局の連携がよいらしくて、ありがたいことだ。発送もきちんとしているし、郵便局もちゃんとやってくれているのに、まだ先月号を読み終わっていない自分が申し訳けない。・・・どうしましょ。
July 26, 2008
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7月11日の「事故」で傷ついた車、やっと今日修理に出す手筈となった。いろいろ未解決のことが多いが、とにかく一日も早く車の傷を治して、気分をさっぱりさせたかったので、第一関門突破だと思っている。修理に出している間、車がないと動きがとれない(そこが、東京と大きく違うとことだ)ので、代替車を出してもらう。「どんな車が借りられるのかなあ。ボディーショップの名前が大きく書かれたりしてるのかな」と、実は気になっていたのだけれども、行ってみると、ボディーショップのならびにあるAVISのレンタカー屋さんに案内されて、「好きな車を選びなさい」と言ってもらえた。ちらりと見たところ、どれも2008年型。こんなチャンスはあまりないので、その中で、扱い勝手がよさそうな印象のNISSANのVERSEを選んで貸してもらってきた。運転してみると、まあ、やはり新しい車は、すばらしい。第一、エンジン音が違う!!私の車は、TOYOTAのCAMRY2000年型。8年経ってはいるけれども、走行距離もそう多いほうではなく、まだまだ気持よく走り気に入っている車だが、比較にもならない。毎日乗っていると、エンジン音が高くなっているのにも気がつかなかったけれども、齢は争えないとみえる。同じ悩みを持つ車と運転手。同病相哀れんで、せいぜい大事に乗ることにしよう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「代替車」と書きたき我にワープロが「抱いた医者」など呼び出して来る「だいたいしゃ」を「抱いた医者」へと変換しワープロソフト知らぬ顔なり
July 23, 2008
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母許といふ涼しさのありにけり 坂本祥子今朝のNHK俳句(選者:正木ゆう子、ゲスト:いるか)で放送された作品のひとつ。「母許」と書いて、「ははがり」と読むのも初めて知ったが、選者から、「ははがり」という古風な言い方が生きていて、母のもとにいる安堵感、季節感が感じられる。よい母子関係が短い言葉に表現されていると褒められていたし、ゲストもこの句を一番好きな句として選んでいた。ある程度若い方の句だろうと思いながら、私の母も(亡くなってから多少美化された部分を割り引くと少々心もとないものの)、いざとなればこんな風だったような気がする。私のどこかに精神的な甘えがあったのは確かだ。さて翻って、子供たちが私を思うとき、私は「母許」が「涼しさ」になるような母になれているだろうか・・・・と考えると、これはもう、自信をもって「自信がない」。でも、ダラスにいる息子よ、東京にいる娘よ、気象学的温度だけからいえば、今、「母許」はそこより涼しいよ。今日の最高気温は23度、最低気温は12度だと、さきほどの天気予報で言っていた。
July 22, 2008
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息子の妻が「トロントにいる伯母さんが弱っているので、子連れでお見舞いに行きたい」という。なんでも、その伯母さんは、101歳なのだそうだ。その話を聞いていた孫のマーク(4歳児)が「One hundred years old? She must be a GIANT!!! 」と目を丸くして言う。「???」とママさんも私も一瞬何のことかわからなかったけれども・・・・ちょっと考えたら、思い当たった。保育園に通っている4歳児にとって、周りを見回せば1歳児よりも2歳児が、2歳児よりも3歳児が、3歳児よりも4歳児が大きく、まして先生たちは、もっと年齢も大きく、身体も大きい。だから、マークとしては、101歳まで生きていたら、どーんなに大きくなるのか想像してびっくりしたのだ。(101という数字をきちんと理解しているかどうかは分からないけれども、とてつもない大きな数だくらいには分かっているらしい。)「ちがうんだよ、マーク。15歳とか16歳くらいになると、それからあとは、人はそんなに大きくはならないのよ。」と、ママと二人で説明したけれども、納得がいったのかどうか。でも、こういうことを言ったからと、大人がふたりで大笑いしたら傷つくだろうと、ママさんも私も一生懸命、真面目な顔をしていた。もっとも、私なんか、少し背が縮み始める日だって、そう遠くはないかから、気安く大笑いをしてはいられないという事情もある。
July 21, 2008
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もうじき北京のオリンピック。車の通行を、ナンバープレートによってコントロールするなど、中国も一生懸命らしい。まだそこまでは時間が迫ってはいないけれども、2010年の冬季オリンピック開催地のバンクーバーも、それなりに頑張っている。ウイスラーとバンクーバーをつなぐ、一つしかない幹線道路を広くしたり、空港と町の中心部を結ぶ電車をひいたり、スケート場を建設したり・・・・写真は、私の住むリッチモンド市に建築中の、大きなスケート場。ここでは、スピード・スケートが行われるという。苦心して上げたという評判の屋根も、今度は大丈夫らしい。だいぶ前のことになるが、カルガリーの冬期オリンピックに行ったときのことなど、なにかと思い出される。
July 20, 2008
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近所の漁港のスタンドで、フィッシュバーガーが今日のディナー。たまに、揃って外食しようと思っても、ちいさな子供がいると、夜入れるレストランがあまりないので、いっそのこと、ほんとうの「外食」。 赤い靴はいてる男の子ママさんにつれられて大いそぎ(写真が小さすぎて、男の子の赤い靴が見えないけれども。) たくさんの漁船が今日の漁を終えて休んでいた。
July 19, 2008
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住んでいるところがマンションで、東と北の空しか見えないので、近くのDYKE(堤防)まで、久しぶりに日没を見に行った。堤防から海まで続く湿地帯は、雑草やら、流木やらが、夕陽を受けて華やいでいる。草の間からは、しきりとチチチチ、ピピピピというような鳥の鳴き声が聞える。 堤防の上から、ゴルフ場にある白頭鷲の巣を眺めていて、ふと気がついたら、自分たちの影が土手に落ちていた。老夫婦の影でも、影になってしまうと年齢不詳・・・ですよね。 よく晴れた一日の終わりは、海への美しいサンセット。 太陽が隠れても、まだ空には夕焼け。 日本の夏だったら、ひぐらしが聞えるころだが、バンクーバーには蝉はいない。夕陽を堪能して家に帰ると、東からは満月が出るところだった。
July 18, 2008
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葬の日の君の庭さきねむの木はいまだ芽吹かず雨にぬれをり(T.I)7月のバンクーバー短歌会で、2番目に多くの人気があつまった歌。5月になくなられた松山晨子さんのご葬儀のときのお宅の様子を歌われて、想いの深さがよく表現されていると、私も感動した。晨子さんの母上もコスモス会員で、戦前は北朝鮮で合歓を咲かせていらした由。コスモスに入られてから、宮柊二の昼間みし合歓のあかき花の色をあこがれの如くよゆ憶ひをり(『群鶏』)にひとしお感動され、バンクーバーのあちこちで合歓を見て楽しんでいらしたが、その母上のために、晨子さんがそのお庭に苗を植えられた合歓の木である。90歳までお元気だった母上がごらんになるのに間に合うようには花をつけなかったが、数年後から花を咲かせるようになり、晨子さんは母上を偲んで眺めていられたのである。* ねむの木に焦点をあてて、作者の気持を詠っていてよい。* 濡れている合歓の木をとりあげて挽歌を詠まれたのはすばらしい。などと褒め言葉がでたあとで*「庭さき」は「庭先」の方がよいのではないかとの意見がでて (葬の日の君の庭先ねむの木はいまだ芽吹かず雨にぬれをり)それにたいして、* 「庭さき」はそのままにして、「ねむ」を「合歓」にしたらよいのではないか (葬の日の君の庭さき合歓の木はいまだ芽吹かず雨にぬれをり)との意見も出た。そのことがまだ頭にあった折も折、月曜日のNHK歌壇で高野公彦氏が表記について出来るところはひらがな表記の方がよい。漢字は意味はわかりやすくなるが、言葉の音楽性がわからなくなる。ひらがなだと、漢字よりもゆっくり読むことになり、音楽性が味わえる。と話された。たしかに、その通りだと思うし、この時引かれた例もよくわかった。で、さて、この歌についてはどうだろう。作者の発表された形が一番ひらがなが多いわけだけれども・・・・。先生に見ていただいたら、この一首君の庭のねむの木いまだ芽吹かずに雨にぬれをり葬儀の朝をまたは君の庭のねむの木いまだ芽吹かずに雨にぬれをり葬儀の午後をとお化粧直しをして帰ってきた。なるほど・・・平仮名・漢字以前のところで、解決がついている。平仮名・漢字という視点にこだわって、そこしか見えなくなっていた。
July 17, 2008
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バンクーバー短歌会会員作品「題詠・・・海とさす(刺す、差す、指す、射す)の二つを読み込む。」差す潮にぐらりと揺れて流木は砂地を離れまた海に向く(あき)相傘を喪服の肩に差しかけて冷たき雨の石段上がる(粟)棹さして浅瀬のコンブ刈り上げる漁師の小舟海にたゆたふ(唐)春の蛇わかき蛇なりほそほそと道を逃れて草地へ行けり(梢)帰省する子に食べさせむ手巻きずし刺身に海苔をパリッと巻いて(沙羅)部屋に差す日に煌めける鎧の金飾りし古き五月人形(すみえ)青き傘差し出しくるる人のいて四月の長雨はつか明るむ(希)朝早く地引網引く掛け声に海へ飛び出し小魚拾ふ(とみこ)潮差して海がぐんぐん迫り来るどうにもできぬ我の小ささ(友)僅かづつ潮の差し来て海面より飛び立ちて来る白雁の群れ(奈津)チャイルドケア・ミニストリーが差し伸べる小さき愛を富知らぬ子へ(虹)青海波の図案三列刺し終へて紺の半纏仕立てにかかる(のりこ)うすべにの海棠の花咲き充ちてかすかにゆるる木漏れ日の中(ふみ)深き海おもはす藍に一目づつ白に描(か)きゆく刺し子の暖簾(みき)吸差しの煙草を海へ投げ捨てて老爺は舵取り漁りに立ちぬ(よしこ) 初めての海の広さにおどろく子砂に無数の足跡つける(みちこ)遅き春人人人の人の海目指すは何処花一匁(茜)
July 16, 2008
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浮草も寂しかりしや相寄りぬ(カナダ リッチモンド市 今田博子)NHK俳句(選者安原葉、ゲスト佐田玲子)を見ていてであった一句。(あ、またご近所の今田さん、特選だわ。)自由で、孤独に強いように見える浮き草が、「相寄りぬ」。私だけではなく、浮草も寂しかったのだろうか・・・ 作者は今さびしくて、浮き草の近寄っているのを、うらやましく見ているのか、あるいは、作者も昔は寂しかったこともあったが、今は心を寄せる人と一緒でしあわせだと感じているのか、そのあたりは私にはわからないけれども、どこか暖かい感じがする味わいのある一句だと思った。ゲストの佐田さんは、「作者がカナダ、リッチモンド市に住んでいる方と知ると、郷愁も感じられる」という批評をされていたが、外国に住む日本人が詠んだ作品というと、とかく郷愁と結びつける見方は、私はあまり好きではない。
July 15, 2008
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ただ共鳴してほしいだけそれなのにいつでも君は解釈したがる(新保弥代枝 NHK短歌)NHK短歌 (講師 高野公彦、ゲスト 渡 英子) を見ていて出会った一首。講師も「この花がきれいだねえ」といわれると、男はいっしょに感心していればよいのに、とかく、「これはXXで・・・」と理屈で説明したくなって」と苦笑されていた。わかるなあ・・・この一首。 うちでもこのとおり。単なる会話で終わるべきものが、妙にこんがらかったりする。疲れるし面倒だから夫婦喧嘩などはしないけれども、私が夫に対してむっとするのはたいていこういうときだし、夫がわたしにいらいらしているのは、そういうことに原因があることが多い。たとえば、さむいねと話しかければさむいねと答える人のいるあたたかさ(俵 万智)このときの俵万智 は、(そして私も、たぶん作者の新保さんも)、共鳴して一緒に寒がってくれたら、それで心が温かい。「さむい」ことにはいろいろの解釈も、あるいは対策もいろいろあるけれども、とにかく「共鳴」してもらえれば、女は孤独感もなくなる。ずっと以前に読んだ「Men are from Mars, Women are from Venus」(John Gray)に、女性は、ただそのことを話すだけでストレス解消になるのだけれども、男性はそれを言われたことで、自分が解決だの説明だのを求められたと思い、それが、説明なり解決なりの出来ることであれば問題がないのだけれども、そうでないと、その「出来ない」ことがストレスになり、不機嫌になったり腹をたてたりする。と書いてあったのを思い出す。その点、説明とか解決とかを言わずに、表現を一歩手前で留めておくのがよいとされる短歌は、女性のストレス解消には適しているのかもしれない。あ、これは少し脱線かな?(ついでに言えば、次々話題が脱線するのも、女性の特徴だと上記の本に書いてあった。)・・・・・と、ここまで書いて掲出歌を読み直してみたら、「君」とは詠まれているけれども、その「君」が男性であるとも、まして夫であるとも言われていない。 早合点しての勝手に決め付けて解釈してしまったらしいけれども、さて、本当はどうなのだろう。
July 14, 2008
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奈良に旅行した義妹からのメールに、薬師寺の蓮の写真が添付されていた。奈良よりの便りと共に届きたり紅はなやげる蓮の写真が心がしーんと静まるような美しい色の大きな花が、空に向かって、光を受け止めるように咲いている姿だ。背景の伽藍との調和もよく、昔の仏師たちが、これを仏像の台座のデザインに用いたのも、本当にもっともだと思わせらる。膝少し緩めるやうに立ちませり想ひ深げな日光菩薩開蓮花の台座の上に立ちましてややに猫背の日光菩薩薬師寺の伽藍と塔を背景に紅穏やかな蓮の花咲くもし、極楽というものが本当にあるのなら、やはりそこに咲いているにはこのような蓮の花が似合う。蓮池をめぐりて歩みゐし釈迦の絵本を想ふ花の写真に極楽は人の心の中にあり今日の夫は極楽トンボ (あらら、ちょっと滑りました。) 折しも、7月13日は父の命日。「平常心」を座右の銘にしていた父からのメッセージのようにも思える。・・・・などと書きたくなるのは、やはりトシかな?「平常心」と書きて机の前に貼り「むずかしいよ」と父は言ひゐき「平常心だ。ふつうでよいよ。」と言ひながら父に「普通」は縁薄かりき ・・・・・・・・・ うちの菩提寺である文京区の大円寺にも、蓮が2鉢あって、今、花がさいているそうだ。1963年の吉展ちゃん事件のご両親が寄贈された鉢である由。
July 13, 2008
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18歳で運転免許を取得してから(途中、ペーパードライバーだった時期もあったが)初めて、交通事故に遭った。大事故ではない。前のバンパーに擦過傷がついて、ペンキがはがれたというだけで、二人の同乗者も私も、相手の運転手にも怪我はなかった。だから普通に考えると、何でもないことなのだが、実にばかばかしい事故だった。現場は、ごく静かな片側一車線ずつの道。対向車線のトラックからなにやらピカーッ光の矢のようなものが道路の中心に向かってひらめき、「あれ?」と思うまに長くなってくる。なんだかわからないまま、できるだけ端によって、「避けられたか?」と思ったとたんに、どうもその先端と車が触れ合った気配。停車して外に出ると、相手の運転手も、道の真中に車をとめたままこちらにやってきて、"Sorry" とは言わないけれども、「前のバンパーだよ」とあたった場所を指差した。で、その「光の矢」が何だったのかと思って、相手のトラックに目をやると、荷台の運転手側の外側に結びつけた、植木屋さんの使う、大きなアルミの三脚のサポート部分の柱が、トラックから垂れ下がって、道の真中に向かって引きずられている。 「あ、あれだ!」と思ったまま、呆れてしまった。はやい話が、相手のトラックは梯子をちゃんと車にしばらないまま走っていたのだ。相手が、ICBCに連絡するようにと、すぐ免許証を差し出したので、その番号を控えて、ブログ用にいつも持ち歩いているデジカメで撮影。車もプレートナンバーも入れて撮影。保険証書も撮影。「私のせいです」みたいな文書を書いてサインしてもらって・・・さて、あと何をしてよいかわからないし、記録当番をしている短歌会も気になったので、そのまま分かれた。頭が動転して、保険会社(州営でICBCーInsurance Corporation of BCーという)に届けることしか考えていなかったので、午後、家に落ち着いてから、手続きの手順をしらべて、クレイムの電話をかける。事情があまりばかばかしいので、わかってくれていないようなもどかしさもあったが、まあ、とにかく、クレイム番号をボディーショップに連絡しておくから、それを持って修理に行くようにと言われて、これで落着かと思ったら、そこまで進んだ上で、ICBCの人は、「相手が自分がこういう事故に責任があると電話をしてくるまでは、この修理費用はあなたの保険から引きます」と言うではないか!なになに! 相手の運転手は英語もやっと通じるくらいだったのに、自分に被害もなかった事故をわざわざ報告するものですか!「もし電話がかからなかったら?」と思わず聞き返したら、「2週間連絡がなければICBCから手紙が行きます。それを3度くらい出してまだ何の連絡がなかったら、電話をかけて、次の段階です」と言う。せっかくとった写真も、その「次の段階」とやらでやっと役立つということだ。今回の修理代はたいしたことがないと思うので、それを保険で払ってもらってしまって、来年から保険のプレミアムが数年にわたって高くなることを考えると、自分が現金で払ってしまったほうがよほど簡単だ。でも、もうクレイムを出してしまったので、それを取り下げたら、まるで、私の方が悪いと認めたようなことになり、「うそのクレイムをした」ということにでもされたら、また150ドルの罰金!他に方法も思いつかなかったので、免許証に出ていた住所に「ICBCに電話してください。コレコレシカジカ・・・」と手紙を出した。考えれば考えるほどばかばかしい。今後こういうことがあったら、その場で、相手がまだいるうちに、ケイタイでICBCに電話をして、加害者にも電話に出てもらいクレイムをするか、もう少し大きい事故だったら、すぐに警察に来てもらうようにしよう。次の予定に遅れることなどは気にせずに、その場で処理をしなくてはいけない。また、今後への用心として、当事者以外に目撃者も目撃車もいないような、さびしい道はなるべく避けよう。(もっとも、さびしい道だったからこそ、車を止めても追突されずに済んだのだから、これには多少の疑問は残るが)私の運転の先生であった父は、「どんなに相手が悪くても、まったく避けられない事故というものはない」と常に言っていたが、今回はまったく天災に近い事故だった。一つ間違って、梯子がそのまま落ちてきたらこれだけではすまなかったろうし、もし、同乗者がいなくて、私一人で、相手の運転手と交渉するようなことになったら、かなり心細かっただろうと思う。まだ面倒なことがいくつもありそうだが、よい勉強ではあった。「ICBCの言うことは、ひどいなあ」と最初は思ったのだけれども、逆に考えたら納得がいった。たとえば、悪意の誰かが私の車のプレートナンバーと免許証ナンバーを知っていて、「こういう人に車に傷をつけられました」と、事実無根のクレイムをして、それを保険会社がそのまま認めてしまって、知らない間に私の保険からその修理代がひかれているというようなことがおこり、それはもう私にとって、とんでもない話だから。
July 11, 2008
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今の季節、昼顔が、垣根や木に蔓をからませたりしながら、白い花をたくさん咲かせている。一緒に歩いていた日系二世の60代の男性Kさんに「アノ花ハ、ナンテイウナマエ?」と聞かれたので、日本語名を聞かれたのかと解釈して「ひるがおです」と答えた。Kさん「ア、ソウネ・・Morning glory ノafternoon editionミタイナ、ヨビカタヤネエ」私「まあね。英語ではなんと言う名前ですか?」Kさん「サア、ナンヤロ。ヨク見ルケド、ナマエハ知ランナア」早速、バッグから電子辞書を出して、ジーニアス和英を引く。私 「あ、convolvulus っていうみたいですよ」Kさん「ナンダカムズカシソウナ名前ダネエ。キイタコトガナイ。There must be shorter version, I think.」私「たしかに言いにくいし、聞いたことがないですねえ.., may be latin origin.]Kさん「Afternoon glory ジャナイノ? ヤッパリ。」夫「昼顔はヒルガオ科だけど、朝顔は何科かな? まるっきり違う植物じゃないのか? 昼顔は藪枯らしと同じで、どんどん絡んでいくし、冬になって枯れない多年草だよ。」今度は電子辞書の広辞苑をひいて私「アサガオもヒルガオもヒルガオ科らしいですよ」Kさん「フーン、アンタイツモソンナモン持ッテ歩イトンノン?」夫「My wife carries the whole house just like a snail does.」まあ、その傾向は認めねばなるまい。たとえば、菊は英語ではCrysanthemum で、和英にはこれしか出ていないけれども、カナダではMUMと簡単に言わることが多い。きっとconvolvulus にも、もっと簡単な呼び方がありそうな気がしてきた。
July 10, 2008
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最近、日本では(カナダでもだけれども)、物価の値上がりが目立つようで、TVジャパンを見ても、インターネットの日本の新聞を見ても、さまざまに論じられている。そんな折、地元のPROVINCEという新聞を読んでいたら、「日本経済はデフレ・スパイラルと抜け出した」という見出しの記事にであった。そういえば、数年前までは日本はデフレスパイラルを問題としていた。(年金も物価にスライドされて、下げられたのを記憶している。)たしかに、デフレ傾向は今は見られないわけだけれども、日本に住んで、実際に日々の食料などを買っていたら、生活実感として、インフレ傾向に問題点が移ってしまって不安が募り、生活者としては「デフレスパイラルを脱した」と喜んでは居られない。第三者が、数字だけから生活実感なしに、学問的に見るのと、その中に身をおいた生活者の観察では、目の行くところが違うものだと改めて感心した。
July 9, 2008
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雀のあたたかさを握る はなしてやる(尾崎方哉)今日届いた書の課題。字のことは、また別に悩むとして、握るのが「つかまえた雀そのもの」ではなく、「あたたかさ」であるところに実感があって好きだ。一字おいての「はなしてやる」にも、その「あき」に心の推移が現れていて、人間味を感じる。私には俳句の素養はないから主観的な感想なのだけれども、さすがに味のあるよい句だと思った。しかし、これをよいと思う一方で、自由律・無季の俳句とは、どういうものなのだろうとも考えた。 あちこちで考えつくされたことだろうけれども・・・・。鑑賞はともかく、実作する立場になったら、律があり季節があれば、詠む手がかりになるから取り付きやすいけれども、その「たが」をはずして、自由に詠み、それでも「俳句だ」と言えるものをよむには、相当の実力と勇気が要りそうでこわい。ジャズからコードをはずしてしまったような怖さ・・・かな?短歌に自由律がなくて、助かりましたっ!(と、私が思うのは、57577に則ってさえいれば「短歌です」と安心していることの表れかもしれない。気をつけなくては。)
July 8, 2008
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「NHK短歌」(講師 栗木京子氏)を見た。本日の選者の一首は、藤棚の下ほの暗し我もまた戦争を知らぬ老い人とならむ(栗木京子)「戦争を知らない子供たち」といわれたのは昔の話。戦争のない時代が続いたので、戦後生まれも60代になった。戦争を直接体験しないで来られたのはもちろんとてもありがたいことなのだが・・・危機意識がなさすぎて、身の回りしか見なくなってしまうことも、否定できない。そういえば・・・・ちょっと古い話になるけれども、カナダに来たばかりのころ、一年ばかり移民のための講座に通った時の話。当時は、ペルーで政変があったり、ベトナム戦争が終わって日が浅かったり、中国やヨーロッパの共産圏の諸事情が厳しかったりした時代だったので、クラスで、政治的な話がでると、いろいろな国から自由を求めてきた人たちの間で、とても議論が活発に交わされ、私のほかにも二人ほどいた日本人は、ちょっと圧倒された感じで無口になったことを思い出す。「世界情勢」を身近にひきよせて考える必要に迫られなかったせいか、どうも理論ばかりになったり、本や新聞の受け売り的な話になったりするのは、私たち日本人だった。(私が自分が本当に社会的な考え方にかけているのを実感したのも、その時だった。)しかも、たとえば、親の危篤のときに、お金さえあれば親元にかけつけられるのは、日本人。(もっとも、当時は、生活費にたいして航空運賃がたかくて、「移民したらまず、親の葬式に帰れるだけの飛行機代3000ドルを貯金せよ」という言葉が、日本人社会ではよく言われていた。今では、一般の物価は何倍にもなっているが、飛行機代は三分の一になっている。)でも、それを目にしたチェコの人や、ベトナムの人が「私たちなんか、帰ったら殺されちゃうよねえ」と、冗談とも本気ともつかない様子で、言っていたのが忘れられない。作者の栗木さんは、「戦争をしらない老い人」という言葉にどういう意味を込められたのかは、いろいろに解釈できるだろうが、今日の講座の中では、「自分は戦争を知らないで老人になるのだろうけれども、それだけに、残された資料から戦争の時代のことを勉強して、語り継いでいかなくてはいけないと思っている」と話された。で、今月の特選に栗木さんが選ばれたのは、矢のささる鴨助けんとボート出す平和な国に我ら住まいて(山下和子)優しい話だけれども、どこか平和ぼけに対する批判の目を感じさせるこの一首を選ばれたのが、作者の「戦争を知らない老人」についての考え方の一端を語っているように感じた。戦争を知らぬ老いらのはればれとグランドゴルフにうつつぬかせり(仲宗角 コスモス7月号)も、「治に居て乱を忘れてしまった」老人たちへの、歯がゆさとみた。
July 7, 2008
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老いてなほ艶とよぶべきものありや 花は始めも終りもよろし(斉藤史)時々、「どれどれ」という感じで私の短歌を見てくださる書道の先生に、コスモス6月号と7月号に掲載された短歌をお見せした。今回の批評は、「少々、理に就いているところがあって、もう少し艶が欲しいような気がしました。」アイタタタタ、やっぱり! 読み返すと、自分でも〈偽り〉を時には〈人〉の〈為〉に言ふ「春になつたら元気がでるよ」堅香子をdogtooth violet(犬の歯すみれ)と呼ぶ英語 情緒なけれど具体的比喩字余りの初句のごとくに賑々しチャイナタウンの赤き正門の三首などは、「理屈だなあ」と思う。私は、ちょっと油断をすると、そういうことになってしまう傾向があるので、気をつけなくては!! (でも、これは努力をすれば、多少はなんとか出来そうな気がする。)しかし、問題は、もう一つの「艶」。「艶」には「縁」がないなどと、喜んでいる場合ではないのはわかっているが・・・さて、どうしたらよいのやら。
July 3, 2008
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女の鹿は驚きやすし吾もかは(多佳子)について考えたことを、6月19日の日記に書いた。そんなことが頭にあったときに、新聞のクロスワードパズルをみていたら、「female deerで横4字をうめる」場面に出会った。同じところで始まる縦が Hard hat で6字だったから、これはHELMETで決まり・・だとすると、Hで始まる言葉ということになる。female deer で私がすぐ思い浮かべたのは、Sound of Music のドレミの歌のはじめの部分。♪Doe, a deer, a female deer," で、Doe。でも、Dで始まる3字ではクロスワードにならない。プログレッシブ和英中辞典でも、a doe しかでていなかったが、ジーニアス和英辞典を引いたら、「雌鹿は red deerではhind, fallow deerではdoe」とでていた。あ、HINDか・・・。 誰かの詩で読んだことがあるような、遠いかすかな記憶が蘇る。字数4、頭の文字Hの条件を満たすのはHINDだから、ここはもうHINDで決まり。でも、fallow deer は初耳だったので、また辞書のお世話になったが、まあわかったようなわからないような。ここはやはり、改めて写真の出ているウィキペディアのお世話になり、写真でイメージを掴んでからその分布図を見ると、Sound of Music の背景だったオーストリアのあたりは、NATIVEの色分けになっている。まあ、クロスワード一つでも勉強になること!考えてみれば、回答のページを先に見て、英英か英和でみれば、もっと簡単だったのだけれども、そこに「日本語」を挟みたくなるあたり、翻訳屋の職業病かもしれない。HINDをすぐ思いつかない程度では、翻訳屋などと大きな顔もできないし、この文章自体、自分で自分の営業妨害をしているようなものだ・・・。
July 2, 2008
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Happy Canada Day! 7月1日は、カナダ・デー。カナダがドミニオンとして成立した記念日である。あちこちでいろいろな催しがあり、私も以前は、地元のサーモンフェスティバルに行ったり、花火を見にいったりしたこともあったが、この数年というものは、朝は、オタワで政府主催の式典をテレビで見て、午後は、ゴルフ場で、みんなで Happy Canada Day! と声をかけあう日になってしまっている。普段から国旗の好きなカナダ人だが、今日はひときわ国旗が多い。 家々の軒先にも駐車場の車にも、町を行く車にもメープルの国旗。ゴルファーの服装は、もちろん赤と白。木の間に見え隠れする赤白もなかなか華やか日傘のてっぺんに国旗をつけているグループもいるスカートのすその赤いのは、国旗のマークのアップリケ白を持っていない人も、とりあえず、シャツは赤。
July 1, 2008
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