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あと2日で平成が終わるが全然実感が湧いてこない。それどころかつい最近まで昭和だったような気持ちさえある。自分にとって昭和とは懐かしい時代、故郷で育った時代、平成は自営業やったりの激動時代だったが楽しかったな。令和が安らかで心にゆとりのある時代になって欲しい。4月20日に発売された雑誌「リバ」に掲載したエッセイは元号が変わるタイミングに合わせて執筆した。(筆じゃないけど) ⇒ 【新元号とロック】
2019年04月29日
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高校時代の同級生の池田タッちゃんが栄転だか左遷だか知らんが碧南市の美術館の副館長になったと聞いたので顔を見に行った。池田タッちゃんとは数年前に偶然コンビニで見かけて以来だ。その時のことは以前当ブログに書いたがおさらいということで。その時、僕がジュースを買いに立ち寄った店の雑誌コーナーでタッちゃんらしき人物がいるのを発見して声を掛けようとしたがかといって人違いだと恥ずかしいので横を通り過ぎる時に独り言のような小声で「タッちゃん...」と口にしたところ彼は振り向きざまに読んでいた雑誌を閉じて元に戻し「違う、違う」とワケの分からん言葉を発した。普通なら雑誌はそのままで「お!たつじん、久し振り!」だなんて再会を喜んでも良さそうなものを「違う違う」って何よ?それは「俺は池田タッちゃんじゃないよ」というニュアンスではなく「いや、今読んでた工口本は手に取ったらたまたま工口本だっただけで」「経済学の本を読もうとしてたら間違えて工口本を手にしちゃって...」そんなニュアンスの「違う違う」なのであった。まあどんな本だったかは確認しなかったので分からないが少なくともあの棚に経済学の本など並んでいないのは明らかである。さて、話を今日に戻そう。タッちゃんが副館長に就任した美術館は商工会議所跡地にあり碧南市ということで大した美術館じゃねえだろ、と思ってたが今月末から1ヶ月以上にわたって「魯山人展」を開催するそうで魯山人の作品を200点あまり公開するというのだ。しかも期間中、前期と後期に分けて作品の入れ替えもするらしく魯山人が好きな人は2回訪館すべきであろう。高校時代、美術が得意には思えなかったタッちゃんがまさかゲージュツ畑で仕事をするようになるとは。当ブログ仲間のverry氏やワタクシがその職になるなら分かるがタッちゃんは県内の名門大学を卒業した公務員的なヤツである。彼の今後が楽しみだ。30分程度の再会だったがタッちゃんは別れ際に魯山人展の無料招待券を2枚くれた。いやあ、オレって無料招待券をいただく機会が多いなあ。人徳というとそうでもなさそうで、たまたまそういう偉い人が偶然近くにいるということなんだろうなあ。そうだ、来月になって魯山人展を見に行く時にはタッちゃんにナニか差し入れでも持って行こうかな。お菓子にしようか飲み物にしようか、それとも工口雑誌にしようか。
2019年04月24日
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日曜日はスリランカ人のピアちゃんのアパート周辺でお祭りがあるので来ない?と誘われた。現在ピアちゃんのお母さんが初来日しているのでロハン、ピア、お母さんと一緒に町内を歩いた。ピアちゃんの会社の人達もお祭りに来ていて僕を見て「あら、ピアちゃんのお兄さん?」「あ、ボク日本人です」別の人からも「ピアちゃんのお友達?」「はい、そうです。」「スリランカの人よね?」「あ、ボク日本人です」なんで2回も「ボク日本人です」って言わんといかんの。(笑)そんな楽しいお祭りだったのにスリランカでは爆弾テロが起きた。しかもピアちゃんの故郷のニゴンボの教会で。ニゴンボはキリスト教の港町で教会がいくつもある。テロが起こった日はイースター祭りだった。ピアちゃんの親戚の子2人は「イースターのミサにはちゃんと行けよ」と親や親戚から言い渡されていたのだが、当日の朝はたまたま寝坊した。親は怒って「早く教会に行け!タクシーで行け!」と言われ、タクシーを呼んで自宅前で待っていた。まさにその時、教会で爆弾テロが起こったのだった。寝坊したお陰で命が助かったのである。ロハンやピアちゃんのスマホには続々と現地の友人から現場の動画だとか情報が送られて来ていた。日本では絶対公開されない死体だらけの教会内部の動画。もちろん友人がナマで撮っているからモザイクも無しだ。ピアちゃんのお母さんの知人も亡くなった。大変な1日だった。
2019年04月22日
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実家には年老いた父が独りで住んでいる。毎日数キロ離れた介護施設まで母に会いに行き昼過ぎには帰って来て退屈に過ごしている。そんな生活の親父が離れ座敷に久し振りに入ったら何だか空き巣が入っていたらしく荒らされていた。古い雛人形とか湯呑み茶碗程度しか入ってないのだが押し入れ引き戸が開いていて中の物が出ていたらしい。しかも見たことのない黒いビニール製ショルダーバッグとゴム部分がねちゃねちゃする程の古い女物のパンツが座敷の畳の上に放置されていたらしいのである。換金しようにも価値ある物などなく、当然盗まれた物はなかった。「終活処分中なので何でもいいから持って行って欲しかった」と空き巣に入られて何も盗まれなかったことを残念がっていたという何だかワケの分かんない我が家の実家であった。さて、親父がその座敷で古い切手アルバムと古銭を見つけ出した。切手は通称「菊切手」と呼ばれる古い物、これはネットで売れる。古銭の方は一銭とか十銭なのでほとんど価値なし。その中に天保ナントカという楕円形の小判のような硬貨もあった。これもそんなに高くは売れない。気になったのは妙な形のお金。お金か?コレ?古銭に詳しい人、コレは何か教えてくれませんか?
2019年04月14日
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夕方5時過ぎに行福寺に行ってきた。いつ来ても静かな寺である。西日を浴びた桜はまさに満開だった。時々ひらひらと蝶のように花びらが舞っていた。早くに咲いた花は既に今年の生涯を終えて地面にいた。それよりもここの椿は素晴らしい。散り方が儚く潔い。桜を仰ぎ見るよりも長い時間、この椿の木を見ていた。死生観がダイレクトに伝わってくる気がする。寺に咲くに相応しい花だ。
2019年04月09日
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今日はスリランカ人10人と岡崎城公園で花見をした。まずはお城の下にある社務所でおみくじをひいた。もちろん僕は予想通り「大吉」をひいた。先週初来日したピアのお母さんも挑戦して見事に大吉。ピアは半吉。うわ、半吉ってなんなの?小吉とか末吉をひいちゃうと何か煮え切らないけど半吉なんておみくじはもっとムカつく。初めて見たわ。そんな中途半端ならいっそ凶の方がいいや。おみくじの内容の意味を教えてあげた。「遠方より富士の裾見えし 空には田鶴舞ひ...」みたいな感じだ。「まあ、全てがクリアーで順調って書いてあるよ」「Mam、縁談もうまくいくって書いてある。出産も安産だってさ」もうすぐ70歳のお母さんは大笑いだ。桜は見事な満開で最高の天気だった。河川敷でみんなで座って屋台で食べ物買って楽しい夜だった。延々と続く出店屋台。
2019年04月08日
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先日、スリランカ人のピアちゃんのお母さんが来日した。僕が数年前にスリランカに招待された際、ピアちゃんの実家にも行ったのでお母さんにも会っている。一緒に買い物にも行ったのでよく覚えている。お母さんは60代後半だと思うのだが初めての来日だ。電話であらかじめ「日本は寒いよ」と伝えておいたらしいのに裸足にサンダル、ペラペラのジャケットという恰好で来たので「むちゃくちゃ寒いじゃん!」と驚いていたらしい。来日した日はちょうどピアちゃんの誕生日だったので桜とカーネーションがアレンジされた花束を買って行った。「僕はまた12月にスリランカに行きますよ」と言うとぜひニゴンボにもまたいらっしゃい、と言ってくれた。そうなのだ、僕は12月にスリランカに行くのである。そんな先の日程だがもうチケットも買ったのだ。行く目的は金環日食をスリランカ北部で見るためである。こんな感じで金環日食が見れるのだ。 ⇒ 【2019年12月26日の日食動画】3月20日発売の雑誌「リバ」のエッセイにこのネタを載せた。 ⇒ 【日食を見よう】
2019年04月05日
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陽が沈んだ時間に奥山田の枝垂れ桜を見に行った。本当は数日前にスリランカ人の友人を誘ってたんだが風が強くて寒かったので中止にしたのだった。今日がライトアップ最終日ということで独りで行って来た。小高い丘の上にあるので街の灯りもちらほら見える。だが喧騒はここまでは全く届かない。この時間帯の見物人は10人程度で静かなものだ。仰ぎ見れば樹齢1300年の枝垂れ桜は視野一杯に広がりデジカメの標準レンズでは収まり切らない。真っ暗になる前の紺色の空がきれいだった。ipadで動画を撮ってタイの友人にも転送。近くの田んぼにはもう水が張ってあった。田んぼ越しの遠景。1時間近くのんびりして帰路についた。素敵な時間を過ごせた。
2019年04月02日
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