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日曜日だが、2023年度の最終日でもある。非正規雇用者として無事に仕事をこなしたが、いろんな意味で石が流れて木の葉が沈む世の中って実感が強まったのだ。 2日ぶりの亀有へ。 年始以来の「中華そば 敦」に入店。冬限定の味噌そばはすでに提供が終わったが、予定通りにチャーシューそば、味玉の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。敦は本ブログで結構頻繁に登場した一軒であるが、レギュラーの味は9ヶ月ぐらいぶりだった。 レギュラーは鶏煮干スープということだが、やはり煮干しの酸味がしっかり味わえた。醤油タレはスープとのバランスもよい。縮れ平打ち中太麺はスープとの絡めもいいしコシもある。小振りのチャーシューは少し低温調理で、味付けと歯切れが良い。穂先メンマと小振りのメンマも載せてある。 おいしかったね。最近麺の売り切れで昼の部で営業終了することが多いので、かなり繁盛しているようだ。とりあえずもっと頻繁に通おう。ご馳走様。
2024.03.31
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佐竹稲荷神社を参拝した後に、職場へ歩行でゴー。 聖橋は「ひじりばし」という発音で、湯島聖堂とニコライ堂を結ぶ橋という意味で多くの方に公募へ出されたという。聖橋から丸の内線、総武線、中央線の電車が交差するタイミングを狙って写真を撮ろうとする方も多いが、仕事が控えてあるので、このようなタイミングを待つ時間がない。 ただし、せっかくだから、湯島聖堂へ参拝。元々上野忍ヶ岡にあった幕府儒臣・林羅山の邸内に設けられた孔子廟を元禄3年(1690年)、五代将軍綱吉がここに移し、規模を拡大・整頓し、官学の府とした。この時から「聖堂」と呼ぶようになった。 一般見学なら正門は、仰高門となる。 楷樹。中国の曲阜にある孔子の墓所に植えられている木。大正4年(1915年)、林学博士白澤保美が曲阜から種子を持ち帰り、東京目黒の農商務省林業試験場で苗に仕立てた。そして苗は湯島聖堂をはじめ儒学に関係深い所で植えられたという。 世界最大と言われる孔子銅像。昭和50年(1975年)台湾台北市のライオンズ・クラブからの寄贈。 入徳門。宝永元年(1704)に建造。聖堂で唯一の木造建築という。聖橋から降りるなら仰高門ではなく、入徳門から直接に湯島聖堂への参拝ができる。ただし御朱印をもらうなら、仰高門の近くにあり、湯島聖堂を管理する斯文会の事務所へ行かなくてはならない。 大成殿。孔子廟の正殿ということ。中へ見学できるが、時間がないので参拝だけした。ここは現地に移転された時にも林家の学問所であったが、寛政9年(1797年)に、11代将軍徳川家斉の時の幕府による規模拡大で、幕府直轄の「昌平坂学問所」となった。この時の設計は、かつて中国の明王朝の遺臣である朱舜水が徳川光圀のために製作した孔子廟の模型を参考にしたという。構内に神農廟という施設もあるが、神農祭を行う11月23日にのみ見学できるという。なお、学問所は明治維新の後にも新政府に引き継がれ、のち創立された東京大学の系譜にもつながる。
2024.03.30
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「二代目 谷瀬家」を出た後に、すぐ小さい神社を見た。 佐竹稲荷神社という神社だ。紹介によると、寛永12年(1635年)に、鬼門除けのため、久保田藩2代目当主の佐竹義隆が、佐竹氏江戸上屋敷に勧請したことに始まるという。佐竹藩の上屋敷は、いわゆる「八百屋お七」による放火事件で下谷三味線堀、今の台東区小島二丁目あたりに移ったが、屋敷のあった界隈に住んでいる方々は稲荷神社を再建し、佐竹家の家紋「扇に日の丸」を社紋とした。関東大震災で被災した際に現地へ移転したが、東京大空襲で再び焼失された。1950年代で再興された。本務社は神田明神。
2024.03.30
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土曜日だが新年度が始まる前に作業をある程度まで完成させなくてはならないので、やはり土曜出勤。運動の時間がないだろうと思って、仕事の前に歩数を確保したくて、湯島から歩行で狙っているお店へゴー。 土曜日に営業していないようだ。 もう豚骨ラーメンを食おうという気持ちになってしまったので、神田の商店街に戻り、同じ久しぶりのわいずと「二代目 谷瀬家」の様子を見よう。同じ行列ができているが、仕事のこともあるので、比較的に行列が短い「二代目 谷瀬家」にしよう。チャーシューめん並、味玉、ほうれん草の食券を購入してから並ぶのだ。スタッフに食券を渡した際に、カタメ、コイメをお願いした。5分ほど待ったら着席。 しばらく待ったらご対麺。 タレコイメとは言え、やはり基本的に豚骨スープ、鶏ガラ、鶏油、タレのバランスをよく取れている家系の豚骨醤油スープだ。酒井製麺による平らなストレート中太麺は絡めもいいしコシもあり、スープと合う。チャーシューは薄手で、肩ロース、モモ肉という組み合わせになったが、いずれも味付けと歯切れがよい。ほうれん草も健康にいい。途中に大量なおろしニンニクを投入しなくてはならない。 おいしかったね。武蔵家系とは言え、店によって味が異なる。しかもいずれもレベルが高い。都内でハイレベルの味のお店を展開してきた武蔵家はやはりすごいね。もちろん、個人的には、吉村家系、本牧家系、六角家系のお店も都心へ展開してほしいと思う。ご馳走様。
2024.03.30
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無事に事務作業を5時に終了させたのでほっとした。 そのまま1ヵ月ぐらいぶりの亀有へ。前回と異なったパターンだが、目的は同じだ。 せっかく夜の亀有に来たので、夕食を食おう。9ヶ月ぐらいぶりの「らーめん 一辰」に入店。店の臨時休業もあり、なかなか来る時間が合わなかった。辛泡鶏白湯、味玉、ワンタン3個の食券を購入してから着席。スタッフから麺が選べると言われたので、いつものように手もみ太麺をお願いした。店主からすでに味玉半個が入っていることを教えてもらったが、大丈夫って返事。 しばらく待ったらご対麺。移転の時に新たに開発した泡系のラーメンがずっと気になる。ただし初めてなので、極ではなく、普通の泡にした。 鶏白湯は濃度と粘度がかなり高いわけではなく、泡の甘味とのバランスがよく取れたコクだ。ラー油もかけてあるが、量がやや少なめなので、カラシビに慣れているわしにとってあまり効き目がない。細麺がいいという書き込みも口コミで読んだが、やはり一辰の手もみ太麺はスープとの絡めもいいしコシもある。タマネギの酸味もスープと合う。レアの肩ロースチャーシューは歯切れと味付けがよい。鶏ワンタンは餡がちょっと小振りになったが、皮がもちもちして、餡の薬味の使い方もいい。 おいしかったね。一辰の泡鶏白湯が口コミで高い評価を得ている理由がわかった。これじゃ次回は極泡だね。ご馳走様。
2024.03.29
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母校での事務を終わったら、雨も少し弱まったため、歩数を確保したくて神楽坂界隈へ散歩。 途中に北野神社へ参拝。 創建の年代は不明だが、天神町というこの界隈の地名の由来である。境内社は、豊玉稲荷神社。ここの北野神社への参拝は2回目だった。本務社は東京メトロ神楽坂駅に近い赤城神社である。 赤城神社への参拝は去年の年始以来だった。あれ以来この辺までくる余裕がなかった。 主祭神は磐筒雄命(いわつつおのみこと)。相殿として赤城姫命(あかぎひめのみこと)を祀る。正安2年(1300年)、群馬県赤城山麓の大胡の豪族であった大胡彦太郎重治が牛込に移住した時、本国の鎮守であった赤城神社の御分霊を勧請した。寛正元年(1460年)に太田道潅が神社を牛込早稲田の田島村牛込台(今の牛込見付附近)に遷座させた。弘治元年(1555年)に、大胡彦太郎重治の後裔に当たる大胡宮内少輔(牛込氏)が神社を現地に遷座したという。明治維新まで赤城大明神や赤城明神社と呼ばれ、天和3年(1683年)、徳川幕府によって江戸大社の列に加えられ、「日枝神社」「神田明神」と共に、「江戸の三社」とされた。太平洋戦争で社殿が全焼されたが、1950年代にかけて復興。平成21年(2009年)から22年にかけて「赤城神社 再生プロジェクト」と銘する工事が行われた。デザイン監修は、地元神楽坂に在住し同神社の氏子でもある、建築家の隈研吾が担当したという。平成23年(2011年)10月に2011年度グッドデザイン賞(ビジネスソリューションのデザイン)まで受賞した。 境内社の蛍雪天神。元々境内社として横寺町の北野神社(朝日天満宮)は明治年間で遷座されたが、戦災で焼失された。現在においても日本唯一の定期刊行の大学受験専門誌『蛍雪時代』を出版する旺文社の寄付で天神社の復興ができた。受験生の合格を祈願するという願いで蛍雪天神と呼ぶことになった。 境内社の八耳神社、出世稲荷神社、東照宮。 境内にある観音様、俳人巻阿の碑。 「赤城山と大百足」という神像。「赤城と日光の戦い」、赤城山の伝説という日本の昔話で赤城山の神様のムカデのこと。武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらの感染拡大で氏子会長がこの像を寄進したという。
2024.03.29
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時間と労力の無駄だが、必要な書類のために出勤の前に母校へ。武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらの感染拡大でいろんな書類の申請はオンラインでできるようになったが、やはりできない書類がある。それでも対面ならオンラインで事前登録しなくてはならないのだ。 予約の時間まで結構余裕があるのでブランチを先に摂ろう。がんこ西早稲田を失った自分にはもはや13年ほどぶりのメルシーしかない。ほぼ満席。前回まで何回もやしそばを食ったが、今回は2009年11月末以来ぶりだったラーメンのコイカタを注文。 しばらく待ったらご対麺。 醤油タレも濃いめだがやはり煮干しの酸味とコクがしっかりしている。ストレート中太麺はスープとの絡めもいいし、コシもある。もやしとコーンも定番のトッピングだ。カタメのチャーシューは歯ごたえがよい。 おいしかったね。さすが母校周辺のソウルフードだ。しかし、あのメルシーのラーメンもついに500円を超えたと思えばやはりちょっと悲しくなった。ご馳走様。
2024.03.29
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禁断症状も出てきたし、武川店主のラーメンも恋しくなったので、湯島を降りた後に蔵前通りで台東区へゴー。 年始以来の「ラーメン天神下 大喜」に入店。ちょうど先客が店を後にしようとしたため、満席だがすぐ着席できるようになった。特製煮干しらーめんの食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。大喜の煮干しらーめんは、10か月ぐらいぶりだった。 記憶の中の味より煮干しのコクがさらに出てきたと味わえた。確かにスープの色もさらに深くなったが、魚粉ではなく、出汁によるコクだね。手もみ中太麺は絡めもいいしコシもある。鶏そぼろも多めだ。チャーシューは味付けと歯ごたえがいい。ワンタンは長くて細めのものになり、皮がもちもちで鶏肉による餡も大きくて味付けが良い。 おいしかったね。久しぶりだが、記憶の中の味よりもさらにレベルアップしたということだ。研究を重ねる武川店主こそできる技だ。次回は何を食おうかな。ご馳走様。
2024.03.28
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いろんな意味で今日は今年度で最終的な勤務日だが、これからは残業日がまだ続く。やはり疲れのせいで、少々体がだるく感じられる。 こうなったら体調管理を万全にしよう。「東京担々麺本舗 瀬佐味亭」に入店。少し考えたら、黒担担パーコーのスーパーホットを注文し、クーポンでほかほか煮込み茶玉子をお願いした。前回のようにパーコーも結構頼んでいるし、黒も結構頻繁に食っているのに、黒パーコーが去年の夏以来ぶりだった。 しばらく待ったらご対麺。値上げだが、パーコーだけではなく、チャーシュー1枚も載せることになった。スーパーホットなのにわしは慣れたせいか普通にいただいている。黒コマによる担担タレも香ばしくて濃密だ。茹で加減のカタメはストレート細麺はタレとの絡めもよい。パーコーは衣がパリパリで、肉が柔らかいという揚げ具合だ。 おいしかったね。体も何とか温まってきたようだ。いつまで耐えられるかわからんが、とりあえず自分の道を踏みしめるしかないね。また助けてください。ご馳走様。
2024.03.27
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天気が相変わらず悪いので、歩数を確保するために職場から距離のある所へブランチを摂ろう。湯島を降りた後に蔵前通りへゴー。 2週間ぐらいぶりの「麺屋 睡蓮」に入店。 今日の限定はカラシビつけめんだ。かつての麻辣つけめんと同じものかなと思うが、とりあえずカラシビが好きなので、味玉つけめん、和え玉の食券を購入し、現金でカラシビつけめん、辛増し、シビレ増しをお願いした。 しばらく待ったらご対麺。 カラシビに慣れてきたわしにとって辛さとシビレがある意味で普通だが、食べれば食べるほど汗がかなり出てきたので、やはり効いている。しかし、カラシビのに対し、やはり下支えする出汁の濃度が高いと味わえた。さすがだ。 やや細めのストレート中太麺は湯で加減が固めで、つけ汁との絡めと歯ごたえもいいし、コシもある。バラチャーシューも柔らかい。 次は和え玉。 煮干し味の和え玉は1年ほどぶりだった。 まずはかき混ぜ。タレも結構濃い。極細ストレート麺は茹で加減が固めで絡めと歯切れがよい。食べている途中に写真を撮るのを忘れたことに気付いたためこの感じの写真を撮るしかない。次はつけ麺のように麺でつけ汁を食うのだ。やはりつけ汁の出汁は鶏魚介ということで、和え玉の味とカラシビのつけ汁との相性が良いね。 そしてスープ割。少し濃度を調整してくれた。カラシビが弱まったものの、飲みやすいスープになった。 最後は残りの麺を丼にかけ、完食。やはり和え玉の細麺とスープの相性が良い。 おいしかったね。睡蓮の限定はいつもレベルが高いが、やはりレギュラーの味のレベルが高いのでそこから活かせたのだ。次回は久しぶりにレギュラーを食おうか。ご馳走様。
2024.03.26
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天気が結構悪いので、あまり遠い所へ行くことができそうもない。というわけで、職場の近所のお店でブランチを食うしかない。 半年ぐらいぶりの「長崎らーめん 琴海」に入店。これまでのように親子らーめんを食おうと思っていたが、ランチタイムの限定セットの方がお得みたいなので、焼きあご豚骨らーめん、特製唐揚げ3個付きのBセットを注文し、味玉を願いした。セットなら無料で味玉とからし高菜から選ぶってこと。 しばらく待ったらご対麺。唐揚げも同時にご登場。 豚骨魚介という分野のラーメンだが、魚粉ではなく、豚骨スープとアゴ出汁に合わせたスープで勝負するってこと。アゴ出汁はコクがあり、m甘味がかなり強調されたもののしつこくない。縮れ細麺はスープとの絡めと喉越しがよい。バラチャーシューは歯ごたえがよい。アオサ、青ネギ、タマネギもアクセント。途中に柚子胡椒酢を投入し、味の変化を楽しめた。 唐揚げはパリパリまで揚げられ、中身がジューシー。 おいしかったね。唐揚げが別皿だが、親子らーめんより200円ほど安くなるということでかなりお得だ。親子らーめんが好きだが、このご時世じゃランチタイムのセットのほうが今のわしにとってよいかな。ご馳走様。
2024.03.25
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日曜日だが、睡眠品質が悪いため早く目覚めてしまった。とりあえず予定通りに柏へ。 東口の大通りから裏道へ進んだら、「兎に角」の看板が見えた。「兎に角 柏高島屋ステーションモール店」は急に高島屋の改装で2月末に閉店した。ただし、東口に移転する形で「兎に角 柏店」は3月19日に新規オープンした。公式Xに掲載された情報を見る限り、店長も交代されたようだ。いろんな変化があったね。すでに満席で行列ができているが、高島屋のお店よりさらに席が多いので、5分も待たずに入店。つけ麺(普通)、チャーシュー1枚、くん玉の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。兎に角のつけ麺は4ヶ月ぐらいぶりだった。 魚粉で濃厚に仕立てた豚骨魚介スープによるつけ汁は相変わらずハイレベルで濃度と粘度が高いが、今日やや塩気が強いと味わえた。 平らなストレート中太麺は絡めもいいしコシもあり、つけ汁との相性がよい。さすが兎に角の自社製麺だ。大判の燻製チャーシューは歯ごたえと味付けがよい。値上げだが、一枚だけ追加してもお得な感じがしている。 最後はスープ割。最後までこってりした味だが、やはり今日の塩気がやや強いのだ。 おいしかったね。帰省してしばらく兎に角の柏のお店に来ていかったらいろんな変化があったみたい。とりあえず、柏の職場の仕事始めからさらに頻繁に通わなくてはならないので、また来よう。本店へも久しぶりに時間を作って行こうか。ご馳走様。
2024.03.24
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いつものように土曜出勤だが、遅くなるため、帰宅する前にできる限り歩きの歩数を確保したい。というわけで、湯島を降りた後に、歩行で神保町界隈へゴー。 閉店した眞久中の跡地にオープンした「拉麺・餃子 花秀」に入店。青森フレンチの名店「kashu」のオーナーシェフ花田秀樹氏が監修し、青森のラーメンを提供するお店だ。タッチパネル式の食券機で「青森ワンタン拉麺 白」の全粒粉入りストレート麺、柚子あり、味玉、青森餃子の食券を購入してから着席。わしの好みなら、平打ち中太もみ麺を選ぶが、レギュラーのものにした。 しばらく待ったらご対麺。 餃子も同時にご登場。元々味付けしているので、まずそのまま食べるってこと。 青森シャモロック、フランス三大地鶏のプレノワール、水のみ使用するスープというが、飲んだら意外と魚貝類の塩気も強く味わえた。告知を読んだら、ほたて、タラ、サバ煮干しなどの魚貝類も塩タレに使用することが分かった。ゆずもアクセント。レアチャーは結構大判で切れと味付けが良い。ワンタンは鶏肉を使用し、皮ももちもちした食感だ。玉子は黄身が半熟よりも汁の状態でなかなかいい。 にんにく餃子というわしをそそるメニューもあるが、やはりレギュラーの餃子にした。卓上にタレではなく酢だけおいたので、店は味付けにかなり自信があるってことだね。 おいしかったね。大学がある町にあえて高い値段のラーメンを提供するとは勇気のある決断だが、土曜日なのにほぼ満席とはすごい。黒の醤油味も食べに来ないとダメだね。ニンニク餃子も食いたい。ご馳走様。
2024.03.23
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年度末にも近付いているのに、仕事がなかなか進まないのに疲れだけ溜まっている。ちょうど、作業の関係で今日中に誰とも会わないので、ニンニクの補足ができる。 2年ぐらい放置してしまった「IEKEI_TOKYO 王道家直系」に入店。オープンからずっと大行列ができているが、この前に通りかかったら、タイミングさえよければすぐ食えるという感じになったようなので今日の状況次第参戦ってことにした。店内で行列ができているが待ち時間が短いだろう。チャーシューメン5枚、味玉、 青菜の食券を購入し、スタッフに渡した際に、カタメ、コイメをお願いした。 まずは青菜。ほうれん草と小松菜ってこと。別皿での提供とは王道家本店、王道乃印、宗八と違ったね。次はご対麺。 丼は王道家本店と一緒だね。 豚骨醤油スープは醤油タレが柏のお店に比べればやや薄めだが、出汁が濃厚なのに食べやすい。濃度が王道乃印と宗八の中間かなと思う。王道家の自社製麺の縮れ中太麺は絡めもいいし、コシもあり、スープとの相性が良い。直火焼燻製チャーシューは肩ロースで歯ごたえがよいし、香ばしい。青菜を少しずつ入れて食べるためスープを冷めることがない。もちろん途中に多めのニンニクも大量に投入。 おいしかったね。東南アジア系の店員が多いみたいだが、近所の秋葉原わいずも同じだ。両方はともにいい味を作っているし、関係もよいので、店員の国籍に関係なく、いい競争と協力関係になっているようだ。店を出たらすでに店外まで行列ができている。やはりタイミングがよくないと来れないね。ご馳走様。
2024.03.22
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何を食うか悩んだままで職場へ。ちょっと疲れるので、インパクトのある食べ物を食いたいね。 去年の11月末以来ぶりの「麺庵 利休」に入店。店の告知では、今日の限定がすごいようだ。しかし、いざという時やはり値段でためらってしまったので、味玉中華そば、200円の和え玉の食券を購入し、店主に渡した際に醤油をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。利休の醤油味は、初訪問以来ぶりだった。 煮干しの塩気とうま味がさらに強調されたかと思われるが、食べやすい。細ストレート麺はスープとの絡めもいいし適度のコシもある。薄切りだが、バラチャーシューは大判で歯切れと味付けが良い。味玉はやはり卵黄の濃さがすごい。 途中に和え玉をお願いした。200円の和え玉は鶏油ってこと。 サイコロチャーシューやネギというシンプルな感じ。 まずはかき混ぜ、和え麺、油そばのように食うのだ。ストレート細麺は茹で加減が固めで歯ごたえ、歯切れ、タレとの絡めもよい。鶏油も結構香ばしい。 次はつけ麺のより麺でスープを食うのだ、最後は残りの麺をスープにかけ、完食。 おいしかったね。値段がやや高いがレベルが高い。やはり珍しい食材を使う限定が気になるが、しばらくの間に手を出せないかな。ご馳走様。
2024.03.21
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やはり疲れが取れていないままで強行体制で仕事したらさらに疲れが溜まってしまったと自分でさえ感じられる。こうなったらニンニクを補足したいね。ちょうど今日人と接触することがなさそうなので、いいチャンスだ。 1年ほどぶりの「秋葉原ラーメン わいず」の前に来た。ここに来たらもう食べるメニューが決まっているので、チャーシューメン、半熟味玉の食券を購入してから入店。着席し、スタッフに食券を渡した際に、カタメ、コイメをお願いした。 しばらく待ったらご対麺。 濃度と粘度がかなり高い豚骨醤油スープだ。醤油タレだけではなく豚骨の味がかなり強調される豚骨醤油スープはインパクトが十分に高い。平打ちで縮れ中太麺は家系の御用麺の独特な弾力と違う感じだが、絡めもいいしコシもある。チャーシューは直火焼燻製チャーシューになったら一気にうまくなったが、少しレアの感じもあるので、オリジナリティが感じられるチャーシューだ。途中に当然大量なニンニクを投入。 おいしかったね。今日ほうれん草の増量ができないが、何とかニンニクの補足ができた。本店にもやはり時間を作って再訪しないとダメだね。ご馳走様。
2024.03.20
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昨日にし乃へ訪問したことで今日のブランチのお店を決めるわけではないが、にし乃を出た時に今日食いに行こうと考え始めたのは事実だ。 今月に新規オープンの本郷苑に来た。ぷれじでんとの跡地にできた新店だが、同じ小池グループのお店だ。ぷれじでんともいいお店だったが、スタッフが武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらに感染された後に臨時休業と発表したのにそのまま長期休業で閉店した。チャーシューワンタン麺の食券を購入。少し待ったら着席。 しばらく待ったらご対麺。 動物系出汁がメインの醤油スープには生姜の旨味が溢れている。油も効いているが、やはり出汁のコクと生姜の旨味がメインだね。ストレート中太麺はつるつるでスープとの絡めもよいし、量も結構ある。チャーハンと合うというコメントも口コミで読んだことがあるが、いまのわしじゃもう無理。チャーシューは少し燻製の味付けで、かなり大判で歯切れがよい。しかも少し薄切りだが量が結構多い。ワンタンは肉餡がかなり大きいし、皮ももちもちしている食感だ。 おいしかったね。やはり結構なお値段だがよいが、レベルが高い一杯だ。オペレーションが安定されれば、また再訪しよう。いずれにせよ、定着できればいいね。ご馳走様。
2024.03.19
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何を食うか全く決めていないままで出勤。とりあえずいろんな事務的な作業を済ませなくてはならないから、店の様子を見ながら考えよう。 ミシュランガイドにも掲載されていた「中華蕎麦 にし乃」の前に行列がないので自然に入店。このような形じゃこのような行列店に入れないね。 担担台湾まぜそば、皿ワンタン(肉2個、海老2個)の食券を購入してから着席。久しぶりなので、表記の仕方も変わった。 しばらく待ったらご対麺。皿ワンタンだが、ラーメンも別皿での提供 ニンニクが載せていない代わりにタマネギが多めに乗せてあるとはにし乃流だね。 辛さと痺れが控えめのタイプで、強いに言えばゴマタレの旨味を強調させるための辛さと痺れだ。台湾メンチとニラの量もやや少なめだ。そのため、辛さと痺れも感じられるが、やはり濃度と粘度が高いゴマタレの味が強く味わえた。四角い太麺はモチモチした食感でタレとの絡めもよい。並みは200gだが今のわしにとってちょうどよい。 肉ワンタンは肉餡が大きい。海老ワンタンは大きい海老が入っている。いずれも皮がもちもちしている。このワンタンは形として日本で珍しいが、わしは台湾でよくいろんな形状のワンタンを食っているので驚いていない。 最後は追い飯。ゴマタレの濃さが最後まで味わえた一杯だ。やはりこの味じゃ飯と合う。 おいしかったね。やはりレベルが高い担担台湾まぜそばだ。近くにこころの新しい支店ができたので、久しぶりに台湾まぜそばの専門店のものを食いたくなった。しかし、にし乃への次回の訪問はいつになるかな。ご馳走様。
2024.03.18
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日曜日だが、結構早く目覚めたので、予定通りに柏へ買い物。 もちろん、その前にブランチを摂ろう。すでに店を決めてあるので、駅から出た後にそのまま去年の年末以来ぶりのAKEBIへ。12時前だがわしが入店後に満席となった。ラッキー。特製中華そばの食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。AKEBIの特製中華そばは4ヶ月ぐらいぶりだった。 淡麗系のような外見だが鶏を中心とした鶏魚介醤油スープはかなりコクがあり、コイメの醤油タレ、出汁、油のバランスもよい。しなやかなストレート細麺はスープとの絡めと歯切れがよい。レア、肩ロース、バラチャーシューは味付けと歯ごたえもよい。 おいしかったね。こってり系の味と異なるがインパクトのある味だと毎回思っている。次回は何をしようかとちょっと悩もう。新年度でも助けていただければと思う。ご馳走様。
2024.03.17
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品川寺への参拝・見学が終わった後に、第一京浜経由で大井町へ向かうために青物横丁駅方向へゴー。しかし、せっかく18年ぐらいぶりの青物横丁界隈に来たので...。 3杯目まで食うことに迷っていたが、やはり18年ぐらいぶりの「家系ラーメン まこと家」に入店し、チャーシューメン、味付玉子、ほうれん草(国産)を注文。家系にはまったばかりの時、2chでまこと家およびまこと家出身のやややの濃度が最強と見たため、訪問。本牧家系の経験値が少なかったため何もわかっていなかったが、確かにまこと家とやややの濃度でびっくりした。18年ぐらいぶりだし、多いとは言えないもののすでに本牧家をはじめ何軒のお店に経験したので、どのような味と出会うかとも期待している。 しばらく待ったらご対麺。 久しぶりなので、あえて好みをすべて普通にした。吉村家系や武蔵家系のように醤油タレの濃さ、六角家系のように鶏ガラの味、武道家系のように豚骨スープの濃度と粘度やタレの濃さが強調された味ではなく、豚骨スープと鶏ガラ、タレ、鶏油のバランスがよく取れた本牧家系の味でありながら濃度が出てきたものだと味わえた。酒井製麺による真宏麺を使用するが、本牧家系を含め、都内で酒井製麺を扱う家系のお店の中でも珍しいタイプの麺だ。近藤家のような幅が広い麺ではないがほかの麺より短く、幅が広いって感じが強く、スープとの絡めがよいのだ。チャーシューは直系店のように直火焼で燻製のものでありながら、その効果がやや弱いが、結構香ばしいし、歯ごたえもよい。18年ぐらいぶりだったが、まこと家のラーメンはほうれん草に合わないという話に変わりはないとはなぜ?もちろん、途中に大量なおろしニンニクを投入。 おいしかったね。老舗の底力ってことだね。18年ぐらいぶりだがやはり濃度が高いスープだ。近所に大輝家の関連店ができた時、結構言われているようだ。しかし、同じ酒井製麺を扱う横浜家系の直系店とは言え、味の方向性がまったく異なったので、どっちがおいしいかは食べ手の好みによるものであろう。少なくともわしが食べた本牧家系のお店に限ってスープの濃度が最も高いほうだとわしは思っている。 ところで、厨房で指揮を執る方は麹町、岩本町、高田馬場にあったやややの店主のようだ。自信がなかったが、口コミで聞いたら、「大将から直談判で建て直しを請われ、まこと家に戻られたみたい」という情報を得た。千代作を失った時、やややが高田馬場へ移転してきたので、千代作に代わる存在になってくれるかと思ったら半年ぐらいで閉店した。やややのレベルじゃ半年間で高田馬場でしかやれないと思ったらかなりショックだった。今更だが、店主はまこと家に戻るため閉店したということを聞いたらほっとした。口コミでの反応からみれば、やややは今でもファンが多いようだ。とりあえず、また食べに来る。ご馳走様。
2024.03.16
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浜川砲台から旧東海道を経由し北上。 今日の最後の散歩のスポットである品川寺に到着。入口の前に大きい地蔵菩薩の像が設置されている。江戸六地蔵の一つという。 弘法大師空海が開山し、平安時代前期の大同年間(806 – 810年)に創建された。品川区で最も古い寺。本来の寺号は金華山大円寺であったが、戦乱により荒廃するが、承応元年(1652年)に弘尊上人により再興され、山号が海照山、院号が普門院となった。ご本尊は水月観音と聖観音。東海七福神の毘沙門天も本堂で祀られるが御開帳はやはり1月のみ。 入り口のすく近くにある薬師堂。御朱印はここで求める。薬師如来、不動明王を祀る。 指定文化財の神変大菩薩の像。 境内にある指定文化財である金生七福神の石像。布袋尊と大黒天。 恵比寿天と寿老人。 福禄寿。 毘沙門天と弁財天。 時間的に東海七福神を祀るすべての寺院に行けるが、野原しんのすけくんが呼んでいるびっくり腰というぎっくり腰からの回復が遅いため、品川神社の階段に登るのがたぶん無理であろうと思い、日を改めて来よう。もちろん、勉強し直してからもう一回品川寺へ来なくてはならない。
2024.03.16
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天祖・諏訪神社への参拝が終わった後に大通りである第一京浜へ戻るために立会川駅方向への商店街に沿ってゴー。 ところで、なんと、公園の前に立った坂本龍馬の像と出会った。嘉永7年(1854年)のペリー来航の時、坂本龍馬は土佐藩品川下屋敷の近くにある鮫洲抱屋敷に築かれた浜川砲台の警護にあたっていたという。この界隈は、坂本龍馬による亀山社中の成立や薩長同盟の斡旋など行われた地と言われる。もともと高知市より、桂浜にある龍馬のブロンズ像と同じ姿のものが寄贈された。今の像は2代目で、景品ロータリークラブより寄贈され、二十歳のころの龍馬の顔、姿を再現させたものである。履物もブーツではなく草履と全国的にも珍しいブロンズ像である。 解説を読んだら、浜川砲台まで歩いて5分ほどしかかからないことがわかったため、当然見学しに行かなきゃ。 ペリーが嘉永6年(1853年)に一回目の来航の後に、江戸幕府は、次回は戦争になると想定し、江戸湾の防衛に力を入れよとしたが、土佐藩は、鮫洲抱屋敷に浜川砲台を築く願いを出した。八門の大砲が設置されたが、復元されたのはこの六貫目ホーイッスル砲である。ほかの藩が実物ではなく、大砲の見せかけの偽物を設置したのに対し、土佐藩はきちんとした大砲を装備したため、江戸っ子から称賛されたという。そして、浜川砲台には、佐久間象山が砲術・兵学を教えるために1851年に開いた五月塾で学んだ坂本龍馬がいた。
2024.03.16
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大井の水神社を参拝した後に、そのまま第一京浜を経由し、立会川駅方向へゴー。 狭い道で歩きたばこをする奴を避けるためにちょっと遠回りしたが、無事に天祖諏訪神社のへの道を見つけた。 天祖神社は、建久年間(1190年 - 1199年)で神明社として存在したためそれ以前に創建されたと思われる。諏訪神社は、松平土佐守の下屋敷の海岸寄りにあり、寛永8年(1631年)以前のものと言われている。土佐藩の下屋敷は大井にあったということからみれば、この松平土佐守は、たぶん松平を下賜されており、土佐守と任官されていた土佐藩の山内家のことであろう。両社は昭和40年(1965年)に合祀され、天祖諏訪神社と称されるようになった。 主祭神は天照大御神、豊受大神、建御名方刀美神、小碓命。建御名方刀美神は、諏訪神とも呼ばれ、信州にある諏訪大社が総本社となる諏訪神社が祀る神様である。小碓命は日本武尊の幼名である。 境内社の厳島神社である。なお、天祖・諏訪神社が合祀された時、同時に南大井二丁目にあり、今天祖・諏訪神社が本務社となる浜川神社から東海七福神の福禄寿も移された。
2024.03.16
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鹿嶋神社への参拝が終わった後に、池上通りから第一京浜へ向かう。 途中に大井の水神社へ参拝。ここは鹿嶋神社の境外社である。正面の鳥居の隣に二宮金次郎の像も立てられる。 この台地から湧き出していた地下水はかつてこの界隈で飲み水、農業用の水として使われており、そばに柳の木があったので、柳の水と呼ばれた。貞享2年(1685年)、桜井伊兵衛と大野忠左衛門が願主となり、九頭龍権現を勧請して祀った。そのため、もともと、「九頭龍権現水神社」と呼ばれる。明治時代までは、水の恩恵に感謝する、あるいは日照りになる際に村人がここへ集まって雨乞いをしていたと伝えられている。湧水は「柳の清水」と呼ばれ、歯痛を止めるのにも利益があったという。 明治時代になると祭神は水葉乃女命に変わったという。昭和53年(1978年)に品川区指定史跡、昭和63年(1988年)に、しながわ百景として認定される。
2024.03.16
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大森不動尊から出た後に、池上通りに沿って北上。 途中に昭和63年(1988年)にしながわ百景として認定される鹿嶋神社へ参拝。 境内はかなり静かだ。正殿もかなり歴史のあるものだと感じられる。安和2年(969年)に常行三昧寺の住職であった尊栄法印が全国の鹿島神社の総本社である鹿島神宮から分霊を勧請したことが由来だという。現在の社殿は1931年(昭和6年)に竣工された。主祭神は武甕槌神。ご利益は勝利祈願・必勝祈願・縁結び・安産祈願。また、防人や武士が旅に出る前、道中の無事を祈願していたことから「鹿島立ち」という言葉が生まれたため、鹿島神宮と全国の鹿島神社は旅の安全を祈願する神社としても知られる。 旧社殿は文久2年(1862年)に築かれ、精巧を極めた鎌倉彫の彫刻が施されている。これを後世に伝えるため、三峰神社、金刀比羅神社、天祖神社、八幡神社、稲荷神社を合祀する境内末社として移設して現存してある。
2024.03.16
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「中華そば 円月」から出た後に、池上通りに沿って大井町方向へゴー。 途中に大森不動尊と呼ばれる成田山圓能寺へ参拝。 元亀2年(1571年)、祐仙和尚によって創建された。ご本尊は不動明王である。元々の山号は海光山、院号は明王院であったが、昭和27年(1952年)に成田山新勝寺の末寺となり、成田山圓能寺へ改めた。ご本尊の不動明王の尊像は、後北条氏、つまり 北条早雲から、北条氏直が豊臣秀吉に滅ぼされたまで小田原城を本拠地とした北条氏ゆかりのものと言われる。
2024.03.16
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磐井神社への参拝が終わった出に、八幡通りに沿って大森駅界隈へゴー。 せっかくこの界隈に来たので、もう一杯を食おう。そういえば、大森駅界隈で食事をするのは6年以上ぶりだった。しかも駅周辺に限って12年ぐらいぶりだった。JR大森駅の北口とほぼ直結の大森ララの地下1階にある「中華そば 円月」に入店。新橋にあった和食店、居酒屋「旧月(きゅうづき)」の職人が開いたお店だ。午後2時なのにほぼ満席とはすごい。最も基本の味玉入り蛤と鰹中華そば醤油の食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。 醤油スープはコクがあり、蛤による塩気が強調されたものの食べやすく、確かに店のコンセプトの通りで、蛤と鰹のバランスがよく取れている味だ。紫タマネギも薬味としていい。平打ち中細ストレート麺はスープとの絡めもいいしコシもある。ロースチャーシューがレアのに対しバラチャーシューは煮込みの肉という組み合わせ。ロースチャーシューは歯切れがよい。バラチャーシューは濃いめの味付けの煮込みだがちょうどいい固さなので歯ごたえもよい。 おいしかったね。魚貝類の中でも塩気が比較的にインパクトのある蛤をこのような上品な味にしたとはさすが和食の職人だってこと。次回なら塩味を食おう。ご馳走様。
2024.03.16
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大森神社への参拝が終わった後に、そのまま京浜第一に沿って大森海岸駅方面へゴー。 15分ぐらい歩いたら、磐井神社が見えた。 創建の年代は不詳で、第30代天皇の敏達天皇時代(572~585年)と言われる。貞観元年(859年)「武蔵国従五位磐井神社官社に列す」ということで、武蔵国の八幡社の総社に定め、鈴森八幡宮という別名とも呼ばれるという。磐井神社からJR大森駅への大通りは、八幡通りという名前である。八幡宮ということで、祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、姫大神、大己貴命である。 境内には「東海七福神」のうちの弁財天(笠島弁天社)が祀られる。 また、境内社に稲荷神社がある。 大正天皇が皇太子時代の明治43年(1909年)1月17日に大森方面へ行啓した際に、ここにも立ち寄った。氏子らがこれを記念するために大正4年(1915年)10月1日にこの碑を建立した。碑を書いたのは、当時正二位で、後備役の海軍大将の樺山資紀である。樺山資紀は海軍大臣、海軍軍令部長、初代台湾総督、内務大臣、文部大臣を歴任した大物の海軍軍人である。 社名の由来は大田区の指定文化財と指定される「磐井の井戸」である。かつて境内にあり、東海道往来の旅人に利用されていた。「この水を飲む時は、心正しければ清水。邪心があれば塩水になる」と言い伝えがあり、霊水・薬水とも呼ばれていたという。第一京浜国道の建設により、拡境域がせばめられたため、神社前の歩道上に残されることになった。書いたのは元子爵の立花種忠である。この界隈は1932年まで入新井町の一部である。立花種忠は入新井町の町長を務めていた。
2024.03.16
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大森浅間神社への参拝が終わった後に、そのまま環七に沿って第一京浜へ向かって、第一京浜に沿って北上。 途中に大森神社を見た。 主祭神は木の神・久久能智命(くくのちのみこと)。神社は寄來さまとも呼ばれる。天正年間で、海上に金色に光り輝く像が岸辺に流れ着いたが、村民達は畏れて像を沖に3度も押し流したものの、また元の場所によって来たということで、祠を建ててこの像を祀ったという起源らしい。明治元年に神祇伯の白川資訓王より大森神社の社号並びに額面をもらい、大森神社という呼称となった。東京大空襲により社殿が焼失され、昭和38年(1963年)に再建、平成17年(2005年)改修された。御朱印は社務所へ書いてもらうか、書置きをもらうということであるが、人がいないようでそのまま神社を後にした。
2024.03.16
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ラーメン大木戸から出た後に、すぐ職場に帰ろうと思ったが、せっかくだからやはりこの辺で少々散歩しようと決め、東邦医大通に沿って大森界隈へゴー。 途中に大森浅間神社へ参拝。 富士山本宮浅間大社は、富士山を神体山として祀る神社であり、日本全国の浅間神社の総本社である。大森浅間神社は、江戸時代において、富士浅間神社を東海道通路の要衝である大森に勧請したことで創建されたという。富士講の流行によって各地に作られた浅間神社の1つでもある。江戸幕府八代将軍徳川吉宗の時代で創建されたともいわれる。主祭神は、浅間大社と同じ、別称が浅間大神の木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)である。 火防・安産・子育て・縁結びの神という。境内社は稲荷神社である。なお、馬込浅間神社の兼務社でもある。
2024.03.16
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土曜出勤だが、土曜日の作業時間についての裁量権を持っている。このため、出勤の前に蒲田へ。 蒲田を降り、15分ぐらい歩いたら、梅屋敷の商店街に来た。狙いはもちろん、半年ほどぶりのラーメン大木戸だ。 今日から10周年限定のラーメンを提供する。よく思えば、5周年の限定も3月16日にいただいたのだ。。周年の限定を食いに来るのは、わしにとって大事な行事だ。おめでとう。入店し、渕上店主にお祝いの言葉を言ってから、限定と味玉の食券を購入。 しばらく待ったらご対麺。鹿、猪という素材は確かに10周年限定としてふさわしいが、ラーメンどころか、料理の素材としても珍しくて、くせのある素材だ。どのような味かな。 コクがある動物系スープだが意外と食べやすい。スープだけならコクが足りないかもしれぬため猪の油も使用するということ。とはいえ、まったく油っぽくない。縮れ中細麺はスープとの絡めもいいし、適度なコシも残っている。猪のもも、鹿のももとバラを使用するってこと。猪のももは甘辛く煮込まれ、柔らかい。鹿の肉は歯応えがよい。 おいしかったね。癖のある素材なのに渕上店主が食べやすく仕上げてくれた味だ。鹿が直前に入ったため、もし入れなければほかのものを猪に合わせることを考えているという。10周年に相応しい素材とはいえ、やはり渕上店主の腕前ではなければ生かせることができないと思う。20周年限定も期待している。ご馳走様。
2024.03.16
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金曜日だが、わしはあまり休みの前日って感じがなく、どのように仕事を済ませるかということしか考えていない。とりあえず、すでに今日のブランチのお店を決めたので、湯島を降りた後に蔵前通りへゴー。 去年の年末以来ぶりの「ラーメン 大至」に来た。 冬の限定である味噌ラーメン・辛味噌ラーメンの提供は16日までってことで再訪。11時半にもなっていないのにほぼ満席。近所の睡蓮が家族の行事で今日に臨時休業したことも影響かな。辛味噌ラーメン、ワンタンの食券を購入し、スタッフに渡した際に、現金で煮玉子をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。 白味噌スープは甘味が強調されたが、途中にハードマークの辛味噌を溶かすと、徐々に辛くなったもののマイルドの辛さで旨辛の味になった。辛さの増量もできるが、カラシビを求めるために大至の辛味噌を食うわけではないのでこのままでおいしくいただける。野菜の甘味も白味噌スープと合う。やや縮れの平打ち中太麺は茹で加減がカタメで、歯応えと絡めが良い。ひき肉はわしにとってやや量が足りないが、やはりワンタンを頼んだのは正解だ。肉がいっぱい詰まっていて、皮がもちもちしているワンタンはやはりいい。 おいしかったね。提供終了とは冬の終わりってことだが、わしはまだ冬休みあるいは春休みのような休みをしっかりとることができていないね。ご馳走様。
2024.03.15
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天気がよかったので、歩数を確保したくてちょっと距離のあるところへブランチを摂ろう。 去年の年末以来の「らーめん 藪づか」に入店。すでに三分の二以上の席が埋まっている。味玉チャーシュー醤油らーめんの食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。藪づかの醤油らーめんは2年以上ぶりだった。 濃い目の醤油タレと動物系を中心とした出汁のバランスが非常によい。出汁の旨味が醤油タレの濃さで突出させられたような味だ。しっかり味わえた。縮れ中太麺は絡めもよいしコシもあり、スープとの相性がよい。チャーシューは味付けが濃いめで、かなりトロトロで柔らかいが、適度な硬さが残っているので、肉の歯ごたえもよい。途中に自家製の香辛料をかけ味を変化させた。辛さと醤油スープとの相性が良い。 おいしかったね。いつも担担麺に取られてしまったので、醤油味にかなり久しぶりだった。ただし、夜の部のみ提供する汁なし担担麺のほうがさらに久しぶりだ。減量しているわしにとって悩むことだね。ご馳走様。
2024.03.14
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田中そば店から出た後に蔵前通り経由で出勤。 途中に圓満寺へ参拝。宝永7年(1710年)、室町幕府第13代将軍足利義輝の孫と言われる木食義高によって開山された。このため、木食寺とも呼ばれる。明治初期の火災、関東大震災、東京大空襲によってたびたび焼失されるが、そのたびに再建。旧本尊は七観音であったが、今のご本尊は不動明王。真言宗御室派総本山仁和寺の東京事務所でもある。 御府内八十八ヶ所霊場32番札所であるが、武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらの感染拡大で9階の御本堂へ参拝が中止となっている。ただし、御朱印の配布が行われている。ただの雑居ビルのように見えるが、アラームを鳴らさずにそのままビルに入り、エレベーターで8階に登れば、御朱印と賽銭箱が見える。
2024.03.13
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天気が少し回復してきたようだが、やはり寒い。3月中旬に突入したのに深夜に5度とは普通じゃないかな。 歩数の確保をしたいので、末広町に来た。いろんな選択肢があるが、「中華そば専門 田中そば店 秋葉原店」を覗いたら席があるので、山形辛味噌らーめん、味付玉子の食券を購入してから入店。スタッフに渡した際にこってりをお願いした。武漢ウィルスとやら新型コロナウィルスとやらの解禁によってインバウンドの客が戻ってきたため、ランチタイムに常に大行列できている。このため、わざと2年ぐらい放置したわけではなく、入店できなかったとは原因であった。 しばらく待ったらご対麺。 白味噌スープは甘味が強調され、結構優しいが、辛みそを溶かせば溶かせるほど、辛味と少し痺れの味が徐々に強まってきたと味わえた。背脂の甘味も白味噌スープと辛味噌との相性が良い。平打ち中細麺は茹で加減が柔らかめでスープとの絡めがよい。デフォにもバラチャーシューは3枚あるとは太っ腹。途中に卓上に置いた香唐をさらに投入。 おいしかったね。田中そば店を除けば、都心では山形辛味噌らーめんを提供するお店が極めて少ない。しかしチェーン店なのにこのような高いレベルを維持できているとはすごい。ご馳走様。
2024.03.13
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天気があんまりよくない日の出勤はやはりきつい。職場に到着する前にすでに疲れている。これじゃ体調管理を万全にしなくてはならないね。 「東京担々麺本舗 瀬佐味亭」に入店したら、去年の年末に接客を担当した美人のスタッフがいた。ラッキーと言いたいが、わしはラーメンを食うためにラーメン屋に来たのだ。パーコー担担麺のスーパーホットを注文し、クーポンでほかほか煮込み茶玉子をお願いした。 しばらく待ったらご対麺。レギュラーの担担麺は意外と半年ぐらいぶりだった。 疲れのせいかもしれぬが、スーパーホットの辛さなのに、かなり早いうちにスープを半分ぐらい飲んでしまった。細ストレート麺は茹で加減がやや固めでスープとの絡めと歯切れがよい。肩ロースチャーシューも1枚載せてあるとは嬉しい。パーコーは衣がパリパイ、肉が柔らかいといういい揚げ具合だ。ニラも少なくなった。 おいしかったね。体が何とか温まってきたような気がする。この値上げのラッシュでいろんな変化もあるが、やはりレベルが高い。また助けていただければと思う。ご馳走様。
2024.03.12
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あの日から13年に経ったか。合掌。 この日だから東北の味を食いたい。この行事、習慣はたぶん2016年頃に定着したかな。いろんな選択肢があるが、出勤しなくてはならないので、職場から歩行で往復できる「超多加水自家製手揉み麺 きたかた食堂」へ。仕事の関係で、3.11という日にほかのお店へも行きたいが、ここと系列店に来ることが多いね。肉そば、煮卵の食券を購入してから入店。11時から限定20食、15時から限定20食の極太手揉み麺もあるので、それをお願いした。肉もお任せということ。 しばらく待ったらご対麺。ここにも結構頻繁に来ているのに、レギュラーの味が5年ほどぶりだった。 すっきりした醤油スープはコクがあるが、鶏スープがメインなのに今日少し煮干しによる酸味が感じられた。極太手揉み麺はもはやうどんのように太さと厚みでかなり食べ応えがあり、スープとの絡めもよい。肉のお任せとは、肩ロース、豚バラ、豚モモ、豚ヒレ、鴨ロースをすべて乗せるってこと。豚バラはレギュラーで2枚ある。いずれも歯ごたえがよい。鴨ロースと豚ヒレの味付けも濃いめでスープと合う。 おいしかったね。自分にとって一番食べに来やすい喜多方ラーメンのお店と言えばここだ。チェーン店とはいえなかなかハイレベルな味だ。次回も限定に捕らわれずにレギュラーを食おう。ご馳走様。
2024.03.11
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日曜日なら少しゆっくりできそうなので、目覚めたら2ヵ月ぐらいぶりの柏へゴー。 狙いは去年の年末以来ぶりのAKEBIか、半年ぐらいぶりの「家系ラーメン 宗八」かということだ。まずAKEBIへ行ったら待ちができている。腹が減っていて、待ちたくないので、宗八へ行ったら席があるので入店。いつもと同じ、チャーシューメン(3枚)、味玉、ほうれん草の食券を購入し、スタッフに渡した際に、カタメ、コイメをお願いした。 しばらく待ったらご対麺。王道家系の味も実際に3ヶ月ぐらいぶりだった。 やはり近くの系列店より、宗八の豚骨醤油スープは出汁と醤油タレにずれも明らかに濃度が高いと味わえた。の王道家の自社製麺による縮れ中太麺は絡めもいいし、家系の麺にある独特な弾力もいい。王道家系の直火焼の燻製肩ロースチャーシューはちょっと薄くなったが味付けも濃いめで歯ごたえと歯切れが良い。ほうれん草多めは健康にいい。 おいしかったね。値上げなどの不本意な状況も遭っているものの、味のレベルを維持する努力も味わえた一杯だ。現時点ではある意味で千葉北西部でわしにとって一番レベルが高い家系ラーメンと言えばここのラーメンだってこと。ご馳走様。
2024.03.10
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猫祭神社への「参拝」をしてから、妻恋神社へ参拝し、ねこまつりの御朱印をいただいた。 そのまま蔵前通りに進み、本郷方面へ歩いたら、年始以来の「麺屋 睡蓮」に到着。 今日の狙いは限定の鶏白湯らぁめんだ。睡蓮のつけ汁は鶏白湯魚介出汁によるものだが、鶏白湯のみのラーメンを今まで提供したことがなかった。当然食べなくてはならない一杯だが、わしが帰省している間に始めた限定なので、そろそろ終売かと思って今日の訪問を決めたのだ。入店し、味玉濃厚鶏白湯らぁめんの限定Fの食券を購入し、月館店主に渡した際に、現金で大山鶏の和え玉を注文。 しばらく待ったらご対麺。 金黄色のスープはたぶん塩味かな。実際に飲んだら、睡蓮のレギュラーのつけ汁よりも濃度、粘度、塩気はいずれも高いと味わえた。甘味ではなく、塩気を強調する鶏白湯ラーメンも結構食っているが、睡蓮レギュラーの味が食べやすいとすれば、この鶏白湯はかなりインパクトがあるということでちょっと驚いた。インパクトのあるスープに合わせるのは、つけ麺で使うストレート中太麺だ。やはり力のある麺はこのスープと合う。バラチャーシューは通常のものだが柔らかいものではなく、やや硬く、歯ごたえのある感じで調理された。 途中に和え玉をお願いした。 大山鶏の匂いがかなり強く嗅いだ。 かき混ぜてから食ったら、大山鶏の旨味がしっかり味わえた。ストレート細麺は茹で加減が固めで、歯切れとタレとの絡めがよい。 途中につけ麺のより麺でスープを食うのだ。最後は残りの麺をスープにかけ、完食。 おいしかったね。レギュラーの味よりはるか超えた鶏白湯だと言える。たぶんもうすぐ終売かな。また提供してくれればいいね。ご馳走様。
2024.03.09
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土曜日だがやはり出勤。しかしブランチを摂る前にちょっと寄り道。 第18回ねこまつりの会場である猫祭神社に来た 湯島界隈の飲食店や雑貨店、保護猫カフェや本屋さんなど様々なお店が参加して、毎年2月と9月の約1か月に渡って開催している「ねこ」をテーマにした地域活動である。食事と買い物して押してもらったスタンプを揃えば、限定のTシャツももらえる。土曜日のみ「参拝」できる猫祭神社でねこまつりのキャラクターのサブちゃんのグッズもイベント開催中に売る。猫祭神社の御朱印だけではなく、サブちゃんが宮司として現場で捺印する御朱印も配布。近所の妻恋神社もこの活動に協力しており、ねこまつり限定の御朱印を配布。今回のねこまつりは明日までだが、猫祭神社の参拝は今日まで。
2024.03.09
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天気が良くないがやはり出勤。やはり雨だと、運動の時間が確保できないので、やや遠いが職場から歩行で往復できるところへ食事したいのだ。 3か月ほどぶりのこうや麺房に入店。出かけの時間がやや遅かったので、すでにランチタイムの混雑時間帯に突入した。このため相席となった。やはりワンタン麺、醤蛋を注文。 しばらく待ったらご対麺。 白醤油を使用する豚骨スープは濁った色でコクがあり塩気が強調されたものの食べやすい。縮れ細麺は茹で加減が柔らかめで絡めがいい。肉ワンタンは厚い皮がもちもちして、肉餡も大きい。青ネギも薬味としていい働きをしてくれる。ロールチャーシューは1枚で味付けも濃いめで歯ごたえもよい。 おいしかったね。毎回同じものを頼んでいるので、新しいコメントができなくなったが、やはり定期的に食いたい。営業時間も変更されたのでご注意を。ご馳走様。
2024.03.08
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疲れがたまったせいかもしれぬが、リズム調整ができず昼まで寝てしまった。そういえば、ニンニク系のラーメンも久しぶりだね。 1週間ぐらいぶりの亀有を降りた。 アリオ亀有方向へ向かうが、映画館へいくわけではない。いろんな店の変遷がある場所に、あの大輝家の直系店ができたのだ。ランチタイムの終焉時刻ともいえる12時50分なのに10人待ちとはすごい。先に食券を購入するシステムなので、燻製チャーシューメン、味玉、ほうれん草を購入してから行列に戻った。5分ぐらい待ったらようやく「大輝家直系家系ラーメン 大金家 亀有店」に入店し、食券をスタッフに渡し、カタメ、コイメを伝えてから着席。 しばらく待ったらご対麺。 やはり大輝家のラーメンを初めて食った時、もはや豚骨スープ、鶏ガラ、鶏油、醤油タレのバランスを取る本牧家、創家の面影がないって同じ感想である。タレもかなり濃い目で出汁もかなり濃度と粘度が高い。平打ち中太麺は縮れ麺ではないが、滑らかででスープとの絡めはもちろん、歯ごたえもよい。個人的に燻製チャーシューの印象が深い。燻製の匂いと味がかなり出ているが、スープの味を損なわない程度だ。しかも最後まで燻製の効果が強く感じられたのだ。ほうれん草多めは健康にいいね。もちろん、大量なおろしニンニクを投入。燻製チャーシューもニンニクの匂いに負けていないのだ。 おいしかったね。東葛地域なら王道家系、武蔵家系がメインだが、全く異なった系統かつハイレベルの直系店の参戦が非常にうれしく思う。これも食事時間帯で大行列ができている理由であろう。またタイミングを見て訪問しよう。ご馳走様。
2024.03.07
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雨の日だがやはり出勤。雨よりも金曜日に降るかもしれない雪のほうが嫌だと思っている。 まさか雅ノ屋が閉店したとは思わなかった。営業時間がわしの勤務時間とちょっと合わないので放置してしまったことも多いが、常に客が入っているようなのに…。 1年ほどぶりの「麺屋 鈴春」の前に行列がないので入店。この1年間で何回食べに来るつもりだったが大行列によって断念された。このような悪天候だから食べに来れるかな。特製醤油らーめんの食券を購入してから着席。 しばらく待ったらご対麺。 また値上げのようだが、仕様が変わっていない。多めの鶏油が張ってある清湯醤油スープは、鶏の旨味がこってりして、醤油タレとのバランスもよい。しなやかな細麺はスープとの絡め、歯ごたえもよい。量がやや少なめなので、ご飯を頼む客も多いようだが、わしにとって十分だ。味玉も黄身がかなり濃い目だ。鶏チャーシューと豚チャーシューは相変わらず厚くて大判で柔らかい。 おいしかったね。麺、スープ、トッピングの組み合わせがある意味でシンプルだが、いずれもレベルが高い。しかもパーテーションをはじめ引き続き厳しい感染症対策を徹底しているとは感心。やはり客を安心させて食事できるお店だね。ご馳走様。
2024.03.06
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今日から出勤。5月前半までかなりやばそうなので、神様に御加護していただくためにまず湯島天神へ参拝。 9か月ぐらいぶりの「広島式 汁なし担担麺 湯島ひよこ堂」に入店。もっと頻繁に通いたかったが、店主とお母さんは去年の9月から体調不良で店をずっと休業させていた。年始から少しずつ営業を再開している。今日に営業するってことで訪問を決めたのだ。汁なし担担麺(麺140g)セット(汁なし担々麺・温泉卵・白飯)の食券を購入し、店主に渡した際に、4.5辛でお願いした。 しばらく待ったらご対麺。細麺バージョンは1年ほどぶりだった。 レタス、青ネギ、ひき肉による肉味噌の盛り付けはやはり豪勢そうだ。 やはりストレート細麺は持ち上げやすい。ゴマタレもかなり濃そうだ。台湾帰省で辛さと痺れにも慣れたせいかもしれぬが、4.5なのになぜか辛さと痺れがもっと欲しいという感じで歯切れと辛めの良い麺を啜ってしまった。途中に途中にガーリックパウダーを大量に投入。さらに山椒も投入。 次は温玉の登場。 つけ麺のように温玉で麺を食う食べ方にもはまってしまった。 そしてご飯をお願いした。今日は並盛だが、長丁場なので中盛でもよかったかな。 飯をかき混ぜてから少し食ったら温玉を投入し、さらにかき混ぜたのだ。もちろん、食べている途中にガーリックパウダーと山椒をさらに投入。一気に完食。 おいしかったね。汁なし担担麺のみだが、さすがわしが勝手に挙げた都内でカラシビ系の担担麺の頂点のお店だ。早めに元気になって安定的に営業してくれればと思う。いずれにせよ、少なくとも今月中に週1回通えそうだ。ご馳走様。
2024.03.05
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愛宕神社から再び出世の石段を降りた後に、虎ノ門駅へ歩行し、銀座線で末広町を降りた。 去年の1月以来ぶりの神田明神へ参拝。 正面の随神門。文化財ではなく、昭和50年に昭和天皇即位50年の記念事業として新たに再建されたのである。長崎平和祈念像制作者である北村西望監修、松下幸之助氏奉納という。 正式の名前は神田神社である。天平2年創立。3柱を祭神とする。一ノ宮は大己貴命(オオナムチノミコト)、つまり大黒様、だいこく様)。天平2年(730年)鎮座。二ノ宮は少彦名命(スクナヒコナノミコト)、つまりえびす様。明治7年(1874年)に大洗磯前神社より奉祀。三ノ宮は平将門命(タイラノマサカドノミコト、まさかど様)。延慶2年(1309年)奉祀、明治7年(1874年)に構内の将門神社に遷座、昭和59年(1984年)に本殿に奉祀復帰。境内の末社もかなり多い。東京大空襲の時に境内に焼夷弾が落ちたのに本殿と拝殿は消失を免れた。 境内にも大黒天の尊像がある。 文化交流会館にえびす様の尊像も設置される。 神田と言えばやはり銭形平次であろう。銭形平次碑は、昭和45年12月、有志の作家と出版社なとか発起人となって明神下を見下ろす場所に建立されたものである。大映の映画「銭形平次捕物控シリーズ」を主演した長谷川一夫、フジテレビ系のドラマ「銭形平次」を主演した二代目大川橋蔵も発起人として名を連ねる。
2024.03.04
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笠間稲荷神社東京別社から出た後に、人形町から日比谷線で虎ノ門ヒルズを降りた。 あちこちで工事が行われているので、道がわからなくなったが、東京タワーを目印で無事に愛宕神社を見つけた。 京都の愛宕神社が総本社の愛宕神社は、1603年(慶長8年)に徳川家康の命によって創建され、東京都区部の天然の山として一番の高い25.7メートルの愛宕山にあるのだ。正面の男坂の階段は「出世の石段」と呼ばれ、86段で、約40度の傾斜である。実際に階段の高さも普通の階段よりやや半分ぐらい高いかと感じられる。ウォーキングで鍛えているのに一気に登ったもののやはりきつい。 ところで、「出世の石段」は、高松藩士の曲垣平九郎が江戸幕府三代将軍徳川家光の命で愛宕山上の梅花を折りに乗馬のまま石段を上下したことで、家光に「日本一の馬術の名人」と称賛され、全国で名を知られたという逸話が由来で、「寛永三馬術」という講談の元ともなったが、曲垣平九郎はのち結構大変な人生を送られたのだ。務めていた生駒家、その後に務めていた越前のお家も潰れたため、結局浪人となり生没年未詳。ネットでは彼が越前の徳川忠長に仕えたという情報もあったが、徳川忠長は生駒騒動の前にすでに死罪で亡くなったし、越前とも無関係であった。また、越前と言えば徳川家康の次男、結城秀康を家祖とする越前松平家、福井松平家だが、松平忠直の追放は二代将軍徳川秀忠時代だったし、不祥事として挙げられる松平光通の自害で福井藩が潰れたわけでもない。いずれにせよ、曲垣平九郎は出世どころか不運と言ってもよかろう。 出世の石段に登ったら石でできた一の鳥居と正殿が見える。 主祭神は火産霊命で火の神である。水の神様である罔象女命(みずはのめのみこと)、山の神様である大山祇命(おおやまづみのみこと)、武徳の神様である日本武尊、将軍地蔵尊・普賢大菩薩が配祀。 境内末社は、猿田彦神を祀る太郎坊神社、宇迦御魂神を祀る福寿稲荷神社、大國主命・事代主命を祀る恵比寿大黒社である。 鯉のいる池や、龍神様の滝が整備中のため、橋を渡って市杵島姫命を祀る弁財天舎へ参拝することができない。 境内にも猫が多いようだ。神社側も、可愛がってくださいという旨の告知を出している。御年で目が悪いらしいこの子に撫でることを許されたのだ。
2024.03.04
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薬研堀不動院から出た後に、電車で移動するために人形町駅へ。 途中に笠間稲荷神社の東京別社へ参拝。主祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)であるが、日本橋七福神の寿老神も祀る。いろんな説があるが、茨城県笠間市にある笠間稲荷神社は日本三大稲荷の一つとされ、白雉(はくち)2年(651年)に創建されたと言われる。江戸時代における歴代笠間藩主は笠間稲荷神社に崇敬が厚かった。徳川吉宗時代で京都所司代を務めた牧野貞通は笠間藩に転封した時、先祖で成貞系牧野家初代である牧野成貞が徳川綱吉から拝領した下屋敷だった土地に本社から分霊を勧請した。関東大震災、東京大空襲によって社殿が二度と焼失されたが、本社の協力で、1978年に今の社殿ができたのだ。末社の「寿老神社」は日本橋七福神の寿老神を祀る。本社も常陸七福神の大黒天を祀るのだ。
2024.03.04
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水天宮から出た後に、東日本橋界隈へ歩行でゴー。 薬研堀不動院へ参拝。ご本尊は不動明王。目黒不動、目白不動とともに江戸三大不動として知られている。不動明王の尊像は、保延3年(1137年)に、真言宗中興の祖・興教大師・覚鑁上人が紀州の根来寺に安置されたものである。天正13年(1585年)、豊臣秀吉の軍勢から尊像を守るために、根来寺の大印僧都が背負って関東へ、隅田川にたどり着いた。天正19年(1591年に堂宇が建立され、薬研堀不動院のはじまりという。いろんな変遷で、明治25年(1892年)に真言宗智山派大本山川崎大師平間寺の別院となった。 境内の聖徳太子碑は、昭和35年までここの住職であった宮原隆浩が書いたという。 境内の弘法大師像と順天堂発祥之地碑。薬研堀不動院は、順天堂の学祖である佐藤泰然が天保9年(1838年)に和蘭医学塾を開講した地に入っている。順天堂の申し出で不動院の境内に碑が建立されたという。 江戸講釈は、元禄時代で赤松清左衛門が浅草見附辺の町辻で太平記を講じたのが発祥であったという。「太平記場起原之碑」は安政5年(1858年)に建立され、その後不動院の境内に移された。碑は関東大震災の時に消滅されたが、弘法大師1150年御遂忌を記念して、新たに碑が建てられた。不動院のホールでも不定期に講談会が行われる。
2024.03.04
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しののめヌードルを出た後に、錦糸町に戻り、半蔵門線に乗り、次の場所へ移動。 水天宮前を降りた。この界隈を降りたのも、1年半ほどぶりだった。そのまま水天宮へ参拝。福岡県久留米市にある久留米水天宮の分社であり、子授かり、安産祈願で有名。2013年から改築されたが、2016年から今の社殿は開放された。正殿のすぐ近くに屋根があり、ベビーカーを置くための「駐車場」が設置された。まさに赤ちゃんを連れて参拝しに来る夫婦のためのものである。これから出産の家族のために参拝。 主祭神は、天御中主神、安徳天皇、高倉平中宮(建礼門院、平徳子)、二位の尼(平時子)である。天御中主神は、『古事記』では冒頭の記述において天地開闢の時に最初に現れた神であるという。水天宮は天御中主神を主祭神としている。二位の尼は、平清盛の継室であり、平氏が滅亡した壇ノ浦の戦いで安徳天皇を抱いて海に投身自害した。安徳天皇は、歴代の天皇の中で最も若くて崩御し、かつ戦乱で落命したことが記録されている唯一の天皇であるという。建礼門院は平清盛の娘で、安徳天皇の母であり、壇ノ浦の戦いで海に投身自害しようとしたが救助された、あるいは二位の尼から、平家一門の菩提を弔うために生きるよう命じられたという。いずれにせよ、罪を問われずに、のち出家して直如覚尼と名乗った。 境内の寳生辨財天(市杵島姫神社)は久留米藩の有馬家下屋敷に祀られていた辨財天を祀る。水天宮の辨財天は日本橋七福神の一つである。なお、ここでの有馬家は、有名なキリシタン大名の有馬晴信と関係なく、摂津有馬氏のことである。今の宮司有馬頼央は、有馬家の第17代当主であるという。 境内社の火風神社、秋葉神社、高尾神社。 子犬を見つめる母犬の像「子宝いぬ」を撫でると子宝のご利益があると言われる。 安産子育河童は、お母さんが赤ちゃんを抱えているカッパということである。
2024.03.04
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自分で設定した連休は今日が最終日。 湯島天神へよく参拝しているが、仕事の関係で「東宰府天満宮」と呼ばれる亀戸天神へ頻繁に参拝することができない。新年度が始まればたぶん亀戸へ来ることができなくなるので、余裕のある今日に参拝。 亀戸天神を出た後にブランチを摂ろう。しののめヌードルの前に先客1なので参戦。Tsurumen Tokyoというお店の元店長が店の跡地に独立して開いたお店だ。定刻開店。全部のせ塩らーめん(燻製たまご)の食券を購入してから指定された席に着席。 しばらく待ったらご対麺。 金黄色の塩スープは油も効いているが食べやすい塩気で旨味がしっかりしている。鶏を使用するというが、乾物も使用するかな。白ネギも薬味としていい働き。燻製たまごはかなり香ばしいが、スープの旨味に損なわないようなレベルの味だ。単品での注文がなく、特製でしか頼めない。卵だけのトッピング注文なら、塩たまごのみ。麺屋棣鄂による麺を扱うというが、意外と細麺ではなく、中太麺はやや縮れでモチモチ、シコシコした食感で、スープとの絡めもいい。見た目が少ないようだが、一本の麺の重みが結構ある。チャーシューは大判で歯切れと歯ごたえもいいし、味付けもスープと合う。鶏つくねは和歌山産のぶどう山椒を佃煮にして使用するってことで、香ばしいし、肉の旨味も出ている。 おいしかったね。亀戸から錦糸町までの界隈は都内でも随一の激戦区であるが、ここはもはやトップクラスではないかと言えよう。まぜそばも気になるが、提供中止中の醤油も気にある。ご馳走様。
2024.03.04
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