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友だちとトラブルが多いTちゃん。友だちとすぐけんかになって、相手を激しくなじります。Tちゃんのことはいつも気になっています。 4月はじめに書いたプロフィールには、「特技はロックギター、将来の夢はロックスターになること」とありました。 小学校低学年でこんなことを書く子は初めてですね。 ロックの好きな両親の影響らしいです。ご両親、どちらかというと子どもに合わせてあげるというよりは、子どもに自分たちの趣味にあわせさせているような印象です。 家庭訪問では、お母さんとはTちゃんの学校での問題よりも、むしろロックの話で盛り上がりました。「すごい数のCDですね。どんなの聴くんですか。」「私は60年代のが好きで、ビーチボーイズとか・・・」「そうですか、ぼくは高校の時からニールヤングが大好きで。」「ああ、バッファロースプリングフィールドの・・・」なんてお話を長々しました。 先日、ロックギターを学校に持っていって、Tちゃんにちょっと弾かせてあげました。まだ弾けるってほどじゃないけど、いっしょにいろんな音出して遊びました。「先生、好きなの知ってるよ。きのう、”Hey Hey My My”っていうの聴いちゃったよ。」「そうかー、あのイントロのグア~ンっていうギター最高だろう!」「Tねえ、好きなのはねえ、クラッシュと、ラモーンズと・・・」「ふーん、そうかあ、クラッシュ好きなんだあ。」 客観的にみるなら、40なかば過ぎのオッサンと、7歳の女の子がロックの話で盛り上がってるのって、かなりへんな光景だと思います。 でも、Tちゃんとの「ロックつながり」大事にしていきたいと思っています。かなり難しい子ですから。 Tちゃんは、ここ最近いい表情してます。自分と、お父さん、お母さんと先生が共通の趣味持ってるのって、きっとうれしいもんですよね。それがいい感じに作用してるかも。今度お楽しみ会があったらみんなの前でギター披露させたいなと思ってます。
2007.05.25
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きのうは頭痛でダウン、1日休みをもらいました。 休みたくなかったです。まだ学級作りの「途中」だから。 今日、学校に行って、昨日のお世話になった先生方にお礼を言いました。学年の先生から、「だいぶうるさかったみたい」「内科検診の時、うるさくてたいへんだったんだよ。実は。」といった、予想通りのコメント。 教室で子ども達にも聞いてみました。 けっこうふざけたりおしゃべりをしたりで補教の先生をこまらせていたよう。 ああ、やっぱりね。 昨日算数の授業をやってくださったTTの先生からは、「授業を受ける態度についてじっくり指導してから授業をやりました。」と、力の入ったご報告をいただきました。この先生、前から授業中「このクラスは特別ひどい」とか、手厳しかったです。 4月始まって以来、「締めないで」ここまでやってきました。 締めれば子ども達の不満、緊張が、一番だめな子、一番だらしない子、一番態度のとがった子への攻撃となって表れるからです。このクラスは最初からそういう集団の構造がありました。 だから、毎日毎日宝物さがし、ひたすら子ども達の自己肯定感、友達が自分をプラスに見てくれるという安心感を培うことだけに努めてきました。うるさいの、だらしないのに目をつぶって。 こっちは考えがあってやってます。 最近、学級の変化に手応えを感じています。 「言いつけ」が減ったし、明らかに子ども達の言葉が「ふわふわ言葉」になってきました。ようやく「友だち同士で注意し合おうよ!」という指導ができるようになりました。 学習態度とか注意しても、M君、O君、Tさんとか気を使う子たちもぜんぜんめげてないし、友だちと楽しそうにして、いい笑顔を見せているし。 がまんがまんを続けて、これから学級作りなんでい!ちくしょー!いや、失礼しました。興奮してしまいました。 自分でわかっていてやっていても、やっぱりまわりから冷ややかな目で見られると辛いものですね。 たまに、ほんとに自分はだめなのかなあなんて気になって来ちゃうもときもあります。 あと1ヶ月たったら、すごーくいいクラスになってます。きっと! ・・・たぶん!
2007.05.22
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教師のちょっとした言葉や、学校行事等の保護者の負担、学校の配布文書、施設利用など、教師の側からすると、「どうしてそんなことにまでいちいち文句をつけてくるんだろう」という保護者の方がいらっしゃいます。 学校のやること、というよりは学校というものに反感を持っているという感じの方もいらっしゃるようです。 こういう方をどう理解したらいいのでしょうか。 ある児童館のボランティアで、子ども達を集めてのキャンプを企画したときがありました。その中の大学生の人が、参加する子ども達に、好きなときにお菓子を自由に食べさせたいということを強く主張していました。プログラム上の不都合や後始末、その他キャンプの意義まで考え合わせて、食べる場を制限した方がいいのではないかとの意見が出ました。その時、その大学生は、学校の修学旅行や林間学校はいかに自由がなく、押しつけられたものであるか、そして、自分たちは学校ができない自由で楽しいキャンプを企画するのだと激しい調子で主張し、お菓子自由を断固譲りませんでした。その、あまりに攻撃的な口調にみんな口をつぐんでしまいました。 「ははあ、この人は学校生活への適応で傷ついたんだな。それを今も引きずっているんだろうな」と思いました。 学校に対してやたら攻撃的になる親御さんと、このボランティアの大学生と、共通したものがあるように思います。「学校」というものに対するやや特殊な「思い」です。 反抗期の子ども達は、学校への反発、校則への反発、押さえつける教師への反抗など、誰でも多かれ少なかれ経験するものです。これは思春期ほとんど避けて通れないプロセスですが、ほとんどの人は、やがて乗り越えるものです。あとになって思えば、あの頃なんであんなに反抗したんだろうかとか、こわかったけど叱ってくれた先生を懐かしく思い出したりとかするものです。 ところが、中にはその反抗期をすんなり乗り越えられないまま大人になってしまった人もいます。 あまりにも強く抑え込まれたりして、思いっきり反抗できなかったり、学校に抑えつけられたという思いを持ったまま、そのままの気持ちで大人になってしまった場合は、学校に反抗したり、なんでも学校にケチをつけたくなってしまう方もいるようです。 いかにも元ヤンキーで、学校を小馬鹿にしたような態度を露骨にする保護者の方もたまに見られますが、もしかしたら、かつて、ぐれて、非行に走って学校に逆らったけど、結局は学校の強い力の前に歯が立たなかったという思いをお持ちなのかもしれません。または、学校で授業について行けなかった、どうしようもない劣等感、自己否定の日々が、心に残した傷を未だに消せずにいるのかもしれません。 じゃあ、こういう人にはどう対応したらいいのか? 実は、誰か知っていたら教えてほしいというのが実際のところです。 まあ、カウンセリング的な発想ならば、その親御さんの思いをていねいに聞いてあげればいいのかもしれませんね。きっと効果はあると思うのです。でも、このタイプの親御さんの話をがまんづよく聞くのは、相当しんどいと思います。自分が過去に傷ついたということを素直に語るよりは、学校そのものの批判に「カモフラージュ」されて語られることが多いでしょうから。 こういう風に対応するとうまくいくというのはないですが、「特性」として知っておくと、精神的に、少しは楽かもしれません。また、頭に来ることも少しは少なくなるかもしれません。
2007.05.19
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R君は、お父さんばかりでなく、お母さんもばりばりのビジネスウーマン、会社でも重要なポストを任され、帰りが遅く、連絡帳なども目を通してくれないことが多い・・・授業参観などもなかなか出席できません。 R君は、忘れ物がやや目立ち、何よりも、就寝時間等の生活の乱れが目立ちます。 担任は、いつも、「ああ、親が手をかけてあげないから・・」と、批判的な目で見ていました。 この親御さんは、R君のことで、なにかことあるごとに、肩身の狭そうな、すまなそうな顔で「申し訳ありません」と平謝りします。 ところが、R君が友だちをいじめたということで、担任が連絡を取ったところ、この親御さんは、突如逆ギレ、担任、それに相手のお子さん、親御さんを激しくなじりました。あまりに突然のことに、担任もびっくりしてしまいました。 このR君のお母さんは、「自分が忙しくて子どもにしてやることを十分できていない」という負い目を持っています。だから、子どもがだらしないのも自分のせい、子どもが態度が悪いのも自分のせいだと、ふだんから自分を責めています。だから、何かあっても自分が責めを負い、がまんすることで収めようとします。 同時に、子どもに十分手をかけてやれていなくてかわいそうという気持ちもあり、お小遣いや生活面でのしつけの面では、甘くなりがちです。 慢性的に自分を責めながら、がまんをしてストレスをため、思うようにしつけができていないという不全感を抱えているお母さんは、相当無理をしているのです。 がまんがまんの鬱屈した気持ちは、バネを押し縮めているのと同じで、怒り、攻撃のエネルギーをため込んでいるのです。 こういう「がまん」のお母さん(やはり社会的な役割期待からか、圧倒的にお父さんよりお母さんが多いです)は、卑屈とも言える自罰的態度、それがいきなり激しい攻撃的態度に変わるということがあります。 この攻撃が、自分の子どもに向かうこともあります。子どもへの暴力となって表れる場合も見られます。 仕事が忙しい親御さんの他に、集団適応に問題を抱えた子の親御さんも、「がまん」をしていることが多いです。自分の子どもが障害を持っていたり、極端におとなしい、友だちづきあいがへた、いじめられっ子などの場合、親御さんは、自分の子に問題があるのだからと「がまん」の態度を取ることがあります。やはり、こういうがまんも限界があるものです。 この、慢性的ながまん、プレッシャーに最初から耐えられない方は、開き直って横柄な態度になったり、他人に対してやたら攻撃を向けたりすることもあります。 事情はいろいろですが、何はともあれ、親御さんに過剰ながまんを強いるのはよくないです。 それでも子どものために親御さんにがんばってもらいたい場合はどうしたらいいでしょうか。 物理的には無理でも、せめて精神的に、親御さんの負担を軽くしてあげましょう。 教師が親御さんの辛さを理解して、人一倍たいへんだということをわかっているということを伝えましょう。 「連絡帳をちゃんと見てあげてください。」ということを伝えるにも、「お仕事お忙しくてたいへんだと思います。」という一言を付け加えるだけでもちがうでしょう。個人面談などでも、人一倍たいへんな思いをしている、苦労しているということを親御さんが語る場を作って聞いてあげることができると、親御さんはだいぶ気が楽になるようです。「たいへんなのはよくわかっていますよ。がんばっているんですよね。」というメッセージを送った上で、子どものことを話し合った方が、親御さんもリラックスして心を開けるし、素直な気持ちで子どもについて考えることができるでしょう。
2007.05.14
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今日も日記です。 昨日の昼休みは、仕事に追われて外にも出られず、子ども達のノートを見ていました。 そうしたら、教室に残る女の子達が数人いて、どうせだからこの子達の様子をじっくり見てやろうと思いました。教師の机のまわりでわやわやうるさい子ども達。 仕事が終わったので、教室の中で、「ロープずもうをやろうよ」といって、この子達と遊びました。この中に、ふだんから気になっていたTちゃんもいたこともあって・・・ 入りたがらないかと思われたTちゃんも、友だちが楽しそうに遊んでいるのを見て入ってきました。Tちゃんの楽しそうに遊ぶ様子を見ていたら、これは収穫と内心ほくそ笑んでいました。 子ども達だけで楽しそうに遊んでいるので、ちょっと廊下の掲示物を直しに行き、教室をのぞいてみると、あれ?Tちゃんがいない 遊んでいる子に、「Tちゃんは?」と聞くと、どっか行っちゃったということ。ちょっとがっかり。 昼休みが終わり、掃除の時間。女の子数人が「Tちゃんが悪口言ってくる」と訴えに来ました。 放課後、Tちゃんを呼んで、少し話を聞いてみました。 Tちゃんは、「ロープずもうをやめてつなひきやろうよ」と提案したのだそうです。ところが、まわりのみんなはその意見には取り合わなかったとのこと。その後、女子のリーダー的存在Uちゃんが「つなひきをやろう」と言ったら、みんなそれにのったのがおもしろくなかったのだそうです。それで、Uちゃんや、それに賛同したAちゃんに、バカとかアホとか悪口を言ったのだそうです。「そうか、自分が言ったら賛成しないくせに、ゆうちゃんが言ったらみんな賛成するからくやしかったんだ。」 気持ちに共感してやるとこっくりとうなずきました。 Tちゃんの気持ちも落ち着いたからもうだいじょうぶだろう・・・と思ったら大間違い。 今日の休み時間、Uちゃん、AちゃんとTちゃんで話をしようと呼んだら、Tちゃんはいきなり口撃全開「私はUちゃんだいっきらい。だって先生の前ではいい子みたいにしてるのに、みんなの前では勝手だから。」「みんな、Uちゃんのいうことばっかりきくからバカなんだよ。」と。 お互いに悪かったことを謝ってチョンにしたかったんだけど、まったくだめですね。 Tちゃんは4月にも一度友だちに悪口を言って折り紙を破ってトラブルになり、「お互いに仲良くやろうよ」と持っていくまで相当時間をかけました。 家庭訪問では、お母さんは「すごい夫婦げんかをするので、それでそれを見ているTちゃんも口が悪くなってしまうんだと思います」とおっしゃっていました。 その場では言いませんでしたが、Tちゃんの過激な言動、友だちへの敵意の裏にあるのは「疎外感」と「不安」なのだろうなと思いました。 家庭訪問で見た家は、仕事と趣味に没頭する大人の生活の場という雰囲気。雑然として、子どもが大切にかわいがられている感じはしませんでした。仕事と趣味にに忙しいお母さん、お父さん、かわいがってもらうためには、親の趣味や生活に自分を合わせるしかないでしょう。ちょっとひねた表情で、ふだんあまりものをはっきり言わないTちゃん、でも、どこか「私を見て!」というサインを感じるのですが。 Tちゃんは、「私は悪い子でいい。お父さんも悪い子でもいいって言ってたから。」と、最後まで突っ張っていました。 負けるもんかと「先生さあ、けっこう悪い子が好きなんだ。」と、言い返しました。 ほんとに悪い子が好きかどうかわからないけど、自分を「悪い子」と呼ぶ子に共感する自分はなんなんだろう?などと、あとで思ったりしましたが・・・
2007.05.11
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今日は教育相談だよりとは関係のない愚痴をひとつ 教師が子どもに指導するとき、忘れ物、かたづけ、学習態度、提出物、時間を守ること掃除のやり方、当番活動など、学校での活動について指導していく、今、学級の中で、そんなことがとてつもなくむずかしいことのように感じられています。「例外を認めず徹底する」ことができたらどんなにいいでしょうか。 でも、今のクラスでそれをしたら、M君は間違いなくいつも「それができない」子になってしまうでしょう。おそらく発達障害を持っているであろうM君に、他の子と同じレベルを要求するのは相当厳しいでしょう。 M君だけを例外にする これもむずかしい。M君ほど顕著じゃないけどそれに近いO君は? M君とO君は厳しくしないとしたら、ただだらしないだけのK君は? 結局一部の子の例外を認めるというのはむずかしいのです。今の状況での締め付けは、必ず子ども集団の中での軽蔑や差別の気持ち、攻撃や排斥の行動を引き起こします。 自分の行動が締め付けられると、それができないものに対する攻撃行動は起こりやすくなりますね。 M君のまわりはいつもポロポロ落とし物だらけ、ゴミだらけだけど、「M君、まわりに落ちているものをひろいなさい」と、何度も何度も声かけをしていくしかないのでしょう。他の子についても個別に指導していくしかないですね。 はっきり言ってもぐらたたきです。「一切例外は認めないぞ!」と断固たる態度で指導さえすれば、楽なんです。 ただたいへんだというだけでなく、自分自身の中で、なんともしれんもやもやした不全感みたいなものが残るのが不愉快です。 軽度発達障害の子を教室の中に抱えるむずかしさ これって特別支援教育「ブーム」の中で、忘れられている部分ですよね。 障害についての知識はさかんに広めてるようだけど、その子を包み込む「学級経営」が大きな鍵なはずです。そんなことをふと考えてしまいました。 明日も、もぐらたたき、がんばるぞ!
2007.05.10
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大人になりきれていない親御さんとの対応について考えてみましょう。 子どもに接するとき、子どもを伸ばす、子どもをその気にさせて育てる声かけ、それをそのまま親御さんにも向けてみるといい結果を生むことが多いようです。 要するに、ほめて、おだててあげるのです。親御さん自身を。 子どもをほめれば親御さんは当然満足するもののように我々教師は感じています。でも、やや未熟な面を残す親御さんに対しては、子どもだけでなく、子育てをする親御さん本人もほめてあげることが大切であるように思います。 子育てをいっしょうけんめいしていること、親としてがんばっていること、子どものことを考えてあげていること、がまんしてやっていること、なんでも、親御さんのいいところがあったら、「いやあ、えらいですねえ。感心しましたよ。」とか、「がんばってらっしゃいますよね。」とか、親の子育てそのものをほめてあげるといいようです。 子どもに接するとまったく同じ方法で親御さんと接していくと有効だというわけですね。 親御さんになにか要求するときや、子どもの学校での問題行動を報告するときのために、ふだんから、親御さんをほめるネタをさがしておくようにするといいでしょう。 ○お仕事している中で、お子さんのためにがんばっていますよね○お子さんのこと、いっしょうけんめい考えてあげているんですよね。○お子さん、かわいがってらっしゃるんですね。○・・・君、学校でよく発表してますよ。そういう面、ご家庭で育てられたんでしょうね。○・・・君、学校で活発で元気ですよ。お母さん、上手にのびのび育てられてるんですね。とか、さがせば何かあると思うのですが。「やれやれ、子どもに気を使うのならともかく、親にまで気を使って行かなくちゃいけないのか・・・」と嘆く先生もいるかもしれません。でも、しかたないです。親はすべてをなげうって子どものために尽くすはずだから、子どものためといって要求すればなんでも聞いてくれるだろう・・・というのは幻想ですね。親御さんも、子どもの延長線上にある存在なのですから。 親御さんでもそうですが、先生方の中にもけっこう「もうちょっと大人になってくれよ・・・・」という方もいますね。
2007.05.06
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2,まだ大人になりきれていない親御さん 前、急な買い物に、深夜に「ドンキホーテ」に行ったことがありました。そこで驚かされたのは、親御さんに連れられた幼児がけっこうたくさんいたことです。深夜に子どもを連れ歩く親、いくらその家庭の生活サイクルがあるとはいえ、小さい子をこんな時間に連れ歩くのは・・・?! 親であること、子供を産んで、育てるということは、ある程度、自分をがまんすることだと言えると思います。 自分が遊びたいこと、やりたいこと、好み等いろいろあっても、子どもを産んだからには、ある程度それをこらえて子どもの可能な程度、ペースに合わせてやる、それが「親としての行動」だと言っていいと思います。 小さい子のいるうちは、カレーの辛さも抑えめにするでしょう。生活時間も子どもに合わせます。テレビ番組なんかも、見たいものをだいぶがまんして、子ども向けをけっこう見せてやります。子どもが寝ないなら、見たくてもテレビを消して寝るように言います。 家の中も、子どもに合わせてかわいらしい絵やキャラクターのシールなどを貼ることもあります。本当は家をきれいにしていたい人も、小さい子がいるからと、汚れ、散らかりもがまんします。 でも、それができない親御さんもけっこういらっしゃいます。冒頭であげた、夜、子どもを連れ歩くなどというのもその一例ですが、低俗とも言えるようなバラエティー番組をいっしょに子どもに見せたり、マージャンやパチンコなど、自分の趣味に子どもを同行させるなどもあります。大人のお色気を子どもにやらせて喜んでいるのなども、内面の幼さ、大人になりきれていない未熟さの表れと言っていいと思います。 学校で友達の気を惹こうと、エロネタをやたら振りかざす低・中学年の子たちは、親がエロビデオやエロ本を、子どものおもちゃの隣にポンと置いておくような、そんな配慮のない環境である場合も少なくありません。ふつう、大人になれている人は、そんなことをしないよう気をつけることができますが。 大人になりきれていない親御さんの、もう一つの特徴は、担任や他の保護者、自分の子どもに対して、激しい感情的な反応をしやすいことです。 子どもの「悪い」行動に接したとき、「親」はその「悪い行動」を修正するために、子どもを注意し、叱ります。ところが、大人になりきれていない親御さんは、子どもの行動をどう修正するかということよりも、自分の中の怒りをそのまま子どもにぶつけてしまうことが多いです。 子どもが悪いことをすると、火のように怒り、すごい声で子どもを怒鳴ります。かなりのケースでは、子どもの頭やほお、手やおしりなどを叩きます。 ある子どもが、学校で友達に悪口を言ったことでトラブルになったけど、ちゃんと反省したということを親御さんに知らせました。その後、その親御さんは激怒し、子どもを激しく怒鳴り、殴ってしまいました。ふだんからトラブルが多い子が、素直に反省できたことに感心し、それを親に伝えようとした担任はびっくりしてしまいました。 困ったことに、このタイプの親御さんは、自分の未熟さゆえ、自分の中の怒りを子どもにぶつけているという自覚がなく、暴力をふるうこと自体に、「自分はわが子をしっかり厳しくしつけているんだ」と思っている方が多いのです。 こういう方は、担任やまわりの人のことを配慮しないわがままな言動も多く見られるかもしれません。こうなると、当然ながら、担任や周囲の親御さんともトラブルも多くなりがちです。 こういった親御さんと、どう上手に付き合っていけばいいでしょうか。
2007.05.03
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