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(前回からの続きです) 虐待を受けた子、または虐待的な雰囲気がふだんから家庭にある子どもは、粗暴です。「家でやられているから仕返しをしているんだね」とか、「家でストレスがたまっているから学校で発散しているみたい」と解釈する先生が多いと思うのですが、ちょっぴりニュアンスが違うように感じます。 学校での友達関係で、または教師との関係の中でも、暴力的であったり傷つけたり傷つけられたりという「雰囲気」を作ろうとしていると考えた方がいいようです。 親となにかのやりとりがあると、結局最後は殴られて終わる。 結局最後は暴力で痛い目に遭うのだ。 と心の中で信じ込んでいる被虐待児は、暴力のないやさしい関係は、「気味が悪い」のです。 こんなのウソに決まってる、そのうちいつかひどい目に遭わされると思うと不安で不安で、かえって先に暴力的雰囲気を作ってしまおうとしてしまうのです。 それはちょうど、自分が批判されそうだと思うと、先に自分を卑下してダメだと言ってしまう心理に似ています。 被虐待児は、弱い者をいじめたり、先生や友だちのいやがることをわざわざしたりします。 このような子に対しては、しつこく善悪を説いたり「何度言ってもわからないのか!」と教師側が切れてもだめです。 これでは被虐待児の思うつぼです。「こういう子なんだからしかたないんだなあ」という気持ちでねばり強く指導していくことが大事だと思います。その子と教師の間で「力と脅威でない人間関係」を、時間をかけて、なんとか確立することに努めたいものです。(3)親とコミュニケーションを取る方法をいつも探っていく 児童相談所の職員の方がこんなことをおっしゃっていました。「学校の先生に被虐待児の話を聞くと、その親についてぼろくそに言うことが多いですね。きっと子どもの立場に立ちすぎてしまうから、虐待やネグレクトなどする親を、ひどい親だと怒り、憎んでしまうのでしょうね。」ということでした。 しかし、「結局、親を悪く言うだけでは子どもを援助することはできないんですよ。」と結んでいました。しょうがない親であっても、けしからん親であっても、それを非難したり叱ったりするのでなく、うまく親とつき合っていくこと、子どものためを考えるとそれが最も重要なことだと言えるでしょう。 以前に比べ、精神的に未成熟な親が目立つように思われます。今後、虐待は今後ますます深刻な問題となっていくでしょう。児童保護などについての法律も頻繁に改正されています。教室での子どもたち、それに社会的動向両方にも注意して見ていってください。
2007.07.23
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児童虐待は、なかなか外からわかりにくいものです。どんなにひどい虐待にあっていても、ほとんどの子どもはそのことを決して先生にはさとられないようにしようとします。どんなにひどい親であっても、子どもにとってその親を失うほど恐ろしいことはないのです。 虐待を受けてきている子どもの特徴の第一は、「扱いにくい」子どもだと言っていいと思います。 よく弱い者いじめをします。大人をわざと怒らせるようなことをします。または、友達の神経を逆なでするようなことを平気で言います。友達や先生とトラブルがたえません。虐待的な人間関係を学校で「再現」しようとします。単に、親にやられたから友達にやり返しているというのとはちょっと意味が違います。 特徴の第二は、感情表現が適切に出来ないということです。口で言えばいい場面ですぐにキレて殴りかかったり、または逆に言うべきことを全く言わずにぐっと押し黙ってしまう子もいます。親との感情表出のやりとりがうまくできてこなかったからです。 特徴の第三としては、自尊感情が低く、常に自己否定的です。「自分はどうせだめなんだ」「いつも悪いのは自分なんだ」という感覚が染みついてしまっています。親に虐待されるのは自分が悪いからなんだと自分にくり返し言い聞かせて育ってきているのです。 こう虐待児の顕著な特徴をあげてみると、けっこうどの学級にもちょっぴり当てはまりそうな子はいるのではないでしょうか。 そのような子みんなが虐待を受けているとは限りません。でも、「もしかしたら」という気持ちで一応注意して見守ってあげることは必要だと思います。 担任として、「やや被虐待気味かな?」と思われる子どもに対応するにはどんなことに注意したらいいのでしょうか。考えられるものをいくつかあげてみます。(1)その子どものおしゃべりの中から親子関係を「感じ取る」 何気ない会話の中で、親のことを普通に話題に出せるか、親に大事にされている感じを持っているかなど、注意してみることがまずは必要でしょう。(2)「注意」の仕方に注意する 被虐待が疑われる子に対しては、「怒りを込めずに」きちんと注意をすること。教師自身が頭に来て怒鳴ってしまったら、「被虐待児のペース」にはまってしまうかもしれません。 ※今考えると、「巨人の星」の親子関係は、虐待だったかも・・・
2007.07.20
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今回からはテーマを変えて、虐待について扱っていきたいと思います。 年に何件かは虐待によって子どもを死なせてしまうという痛ましい事件が起こります。そのたびに児童相談所や学校の対応についてマスコミがいろいろと書き立てています。これを前向きに取るならば、社会が学校や児童相談所に対して、虐待の防止への大きな期待を寄せているといえるでしょう。 しかし、虐待への対応は大変に難しいもので、長年児童相談所で虐待問題に取り組んできた専門家でも頭を痛めているといいます。 その難しさは、まず、虐待の発見です。 学校は、虐待が疑われる場合はすぐに児童相談所に通報する法的な義務がありますが、最近の読売新聞の記事によると、ほぼ半数は通報をためらっているということでした。虐待を行っている親はもちろんそれを隠そうとしますが、親ばかりでなく、被害者である」子どもまでが虐待されている事実をかたくなに隠し通そうとするのです。われわれが考えるとちょっと理解に苦しむようなことですが、実際にそうなのです。 今、現に起こっているかもしれない虐待問題に対して我々教師になにができるか、ということについて考えてみたいと思います。 児童虐待の実態 児童虐待は次の4通りの形態があるといわれています。○身体的な虐待 殴る、ける、投げ落とす、熱湯をかける、たばこの火を押しつけるなどの、はっきりと形になった暴力。○心理的な虐待 子どもに対する言葉による脅し、無視、拒否的な態度などで心に深い傷を負わせる行為。「おまえなんか産まなければよかった」と言ったり、兄弟で著しく差別するなどの行為も含まれます。○性的虐待 子どもに性的な行為やいたずらをすること。父親が娘に対して行うことがもっとも多く、兄が妹に対してというケースもあります。○ネグレクト 子どもが必要とする養育行為を行わない「放置」食事を与えない、衣服などを長期間不潔なままにする、重大な病気になっても病院に連れていかないなど、養育者としての役割をしようとしない状態を指します。今、このタイプの虐待が増加しているということです。 全体としてみると、身体的虐待がもっとも多く、虐待者は、実母が全体の約6割を占めています。ただし、父親による虐待は重症で、危険なケースが多いということです。 出現率としては1000人に0.7人(平成13年東京都福祉局による)と、決して高くはありませんが、表にあらわれないものやごく軽度なものをを含めると、実際にはもっと高い数字になると思われます。 虐待につながりやすい家庭の状況として、「経済的な困難」「親族、近隣、友人からの孤立」ということが挙げられます。三世代家族では虐待が起こる比率が少なく、反対に片親の家庭は比率的に高い数字が出ています。 子どもへの虐待を指摘されても「しつけ」だと主張する親が多く、ほとんどの場合は虐待を認めようとしないのが親側の実態です。 虐待を受けた子どもは不安やおびえ、うつ状態など、情緒的・心理的問題を示すことが多いそうです。虐待を受けて保護された子どもでも、多くは虐待をした親との同居を望むということです。 虐待は「連鎖」なのだろうか よく「虐待の連鎖」ということがいわれます。子どもの頃に虐待を受けて育った親が子どもを虐待するという意味です。実際はどうなのでしょうか。 東京都福祉局の報告書によると、「必ずしもそうとは言えない」ということでした。しかし、この報告書が「連鎖」を完全に否定できるかというと、逆にそれもちがう気がします。虐待を行った親が、自分の虐待された過去を語る例は数多く報告されているのは事実です。また、被虐待経験者は、自分の被虐待体験を認めず、否定しようとする傾向があるということもいわれています。 虐待においても不登校と同様、「いろいろなタイプ、いろいろなケースが存在する」と考えるのが妥当なのではないでしょうか。 次回は、虐待を受けた子どもの行動に表れる変化やサインについてしょうかいします。
2007.07.15
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先日、「不祥事防止のために」という小冊子が配られました。 その中で、体罰について、細かい事例が載せられていました。 中学校での修学旅行でのこと。男子生徒Aが、就寝時間を過ぎても寝ようとせず、女子の部屋に遊びに行っていた。引率教師がそれを見つけ、厳しく指導した。しかし、その後、Aはまた女子の部屋に入りびたっていた。それをまた教師が見つけ、注意したが、反省の態度はなく、鼻で笑ってまじめに聞こうとしなかった。その態度に怒った教師はAの腹にけりを加えた。 といったものです。事例は多少実際の様子とは変えてあります。 この小冊子では、この教師が生徒に暴力をふるった原因を、次のようにまとめています。○暴力容認の気持ちが教師、同僚の中にあったのではないか。○教師が、自分の内的な怒りの感情を、体罰という形でぶつけてしまった。○生徒を力で抑えつけようとする指導姿勢があった。 生徒に体罰をした教師の心理の分析は、おおかた以上の通りです。「体罰が起こるのは単に教師個人の資質と意識に問題があるからだ。教師が体罰はぜったいいけないという意識を持ち、ちゃんとがまんできれば、体罰は根絶できる」といっているかのように感じられます。 ここで忘れられていることがありますね。 子どもに手を上げてしまう教師、その多くは、「追いつめられている」ということです。 どうにか子どもを指導しなければならない。子どもにわからせなければならない。子どもの行動をたださなければならない。とにかくなんとかしなければならない。 それなのに、自分には子どもを導くことができない。説得、指導の言葉が子どもに受け入れられない、子どもに対応する手段を持っていない・・・ 今、ここで、どうにかしなければならないのに、どうすることもできない そんな状況で、ふだん、暴力的でない先生が子どもに手を上げてしまうことがあります。 こんな時、教師の心の中にあるのは、「無力感」です。 子どもが宿題をやってきません。 「だめじゃないか。次はちゃんとやってこいよ。」 と言います。 次の日またやってきません。 「昨日も今日も、宿題をやらないと勉強にもついて行けなくなるぞ・・・」 しおらしい顔をしながらも、次の日にはノートをわすれただのなんのと理由をつけてやってきません。 親御さんに連絡を取っても、逆ギレしそうな微妙な感じ。 「自分のためなんだろ。何度言ったらわかるんだ!」 これほど言ってもわからないのかという気持ち。 そしてまた次の日も・・・ どうしていいかわからないですね。こういう時って。 「ふざけんな!バカやロー!」 暴力こそふるわないけど、思いっきり、子どもを傷つけるような言葉「言葉の暴力」を子どもにぶつけてしまったことはありますね。 心の奥底では、おれもうだめだ!ギブアップといってます。 こんな時、心は、怒り、そして、自分が何もできない無力感でいっぱいです。 たかが宿題わすれなのに。 なんとかやらしなきゃならないっていう義務感に責めさいなまれてしまっているのですよね。「まあ、いいや。」と言えればいいのに。 企業の経営で成功したえらい社長さんを校長にでもして、学校に、教師に、厳しい管理とノルマを課していったら、子どもに手を上げて、退職に追い込まれる教師は激増すると思います。また、同時に、神経症で休職する教師も激増するでしょう。 まあ、学校は、適当にゆるいこともまた必要だと思います。
2007.07.05
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