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学級の中での特別支援教育をすすめるにあたって、特に個別に援助を必要な子は誰なのでしょう?次のような視点で学級の子ども達を見て、リストアップしてみましょう。(1)他の子ども達に迷惑をかける子ども、学級を乱す子ども○ちょっとしたことでカッとなり、友だちに暴言を吐く、暴力をふるう。○授業中に教室の中にいられない。立ち歩いてしまう。○休み時間など、気がつくと友だちとけんかになっていることがしばしばある。○自分勝手な言動で、友だちとのグループ活動を妨げる。(2)自分1人ではやるべきことができない子。○学習中すぐに気を散らしてしまう子。課題をほとんどやろうとしない子。○身のまわりのものの整理ができず、いつもまわりを散らかしている子。○ぼんやりとしていて、集団行動から遅れてしまう子。 だいたいここまでが、一般に「特別支援」のターゲットになる子でしょう。○極端にいじけていたり、被害妄想気味の子。いじめられやすい子。○親が放任過ぎたり厳しすぎたりなど、養育環境が片寄っている子。といった子も、リストに挙げておいた方がいいでしょう。 ここまでは、「先生が困る子」です。ここから先、「先生は困らないけど自分が困っている子」「目立たないけど援助を必要としている子」に焦点を当ててみてみましょう。(3)LDなど、目立たない問題を抱えている子○識字障害かもしれない子 知的に低いわけではないのに、視力が極端に低いわけでないのに、字を読んだり書いたりするのがひどく苦手な子がまれにいます。「どうしてもできない」ことが教師に理解されず、苦しんだという体験談がいくつも報告されています。原因として、〔1〕目から入った字の形を「意味のある記号」として変換する脳内の機能が弱い。〔2〕視覚的にごちゃごちゃ細かいものを識別していく機能に難がある。〔3〕文や漢字の部分部分をちょこちょこ脳内で記憶しておくことが難しい。などがあります。 連絡帳を書く時間は、こういった子どもの困難を発見する最大のチャンスです。いつも連絡帳を書くのが遅い子をマークして見てみましょう。中学年ぐらいになってもひと文字ひと文字黒板を見ながら書いている子は、〔3〕が疑われます。学習中の様子なども観察してみましょう。連絡帳の字を見ると、〔2〕が疑われる子も中にはいるようです。また、〔1〕は、音読が極端にへたな子、読書をいやがる子などの中にいるかもしれません。○算数学習で、分野によってできるできないの差が激しい子 算数の計算はできるけど、図形になるとまるっきりダメだという子。あるいはその逆、などなどできるできないが極端で、教師の方が首をかしげてしまう子がいます。図形認識の能力に問題があったり、筆算のタテをそろえて数字を読むことがうまくできない子などもいます。○極端に不器用、運動音痴○目立たないけど、どこかずれている まわりには害はなくても、3年後、5年後、10年後のことを考えると、気をつけてみてやる必要があるでしょう。(4)障害と言えるほどのものは感じないが、「なんとなく満たされていない子」たち 親の過干渉、受験のプレッシャー、落ち着かない家庭環境などで、なんとなく落ち着かない、不安定、満たされていないという子たちも、十分心にとめておく必要があります。学級内で特定の子が問題を起こしたときに、たいていこのグループの子が騒ぎを大きくします。また、教師が特定の子を個別に援助しようとすると、教師に文句を言ったり、その子をいじめたりすることもあります。このグループの中から、個別の援助が必要な子へと「昇格」する子も現れるかもしれません。 教師の心持ちとしては、 ○はっきり個別援助ニーズが見える子(1)(2)○じっくり見極めて、徐々に援助を考えていく子(3)○配慮が必要な援助予備軍(4)と、整理して考えていくといいのではないでしょうか。
2007.11.27
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前回まで、まずは子ども一人ひとりの自己肯定感を高めることについて考えました。 今回は、前回と重なる部分も多いのですが、「ステップ2 相互受容、相互援助のできる集団を作り出す」ということをテーマにして考えてみたいと思います。 やることは前回までとあまり変わらないかもしれません。 ただし、前回までは「個人」に焦点を当てていたのに、今回は、「集団」そのものをターゲットにします。受容的、親和的な集団の雰囲気ができると、子ども達相互の助け合いや気持ちのサポートが期待できます。 要するに、特別支援をやりやすい集団の雰囲気作りというわけです。また、そのアイディアをいくつか紹介します。 (1)子ども達の活動の中で「援助」場面を意識的に作ってみる 誰かに助けてもらう→「ありがとう」→自分が誰かを助けてあげる→「ありがとう」→うれしい気持ちになる・・・ こんな循環が起こると集団の雰囲気がとても良くなります。しかし実際は、こういった場面はまれです。(誰が叩いただのいやなことを言っただのといった言いつけで、悪い循環が起こってしまうことの方がはるかに多いです) 教師が意識的に、子ども達の援助の場面を作ってやってはどうでしょうか。例えば 体育のマットの時、グループ同士で教え合う 体育のサッカーで、チーム内で上手な子がみんなに教えてあげる 集会で使うプレゼントのカードの作り方を早くできた子が教えてあげる リコーダーテストで合格した子がまだの子に教えてあげる あるいは、給食で牛乳をこぼしたとき、床ふきを手伝ってくれるよう呼びかける あとで、教師が援助を行っていた子どもの名前を呼んで確認してあげるとよいです。 ただし、全員教を把握するのは無理です。それだけでもたいへんな労力を使ってしまいます。 そこで、「助けてもらった人、誰に助けてもらったか教えてください。」と、子ども達に聞いてみましょう。「○○ちゃんにやってもらいました。」名前を言ったこと言われた子のいい関係が期待できます。 学習や生活の場面でたまにみられるこのような場面を、教師の方で、意識的に、計画的に作ってみるのも効果的なのではないでしょうか。 (2)日常のちょっとした「プラス」を拾えるシステムを作る 普段の学級の中で、子ども達のちょっとしたよいことを教師がみんなに紹介します。「体育の見学の人が先に帰って給食の用意をしてくれていました!」とか。 ただし、ここで問題になるのが、担任教師は子どもの行動のよいところすべてに目が届かないことです。かえって先生の前でいい子をやっている子ばかりほめることになってしまうのではないかということです。 そこで、「なにかいいことしてる友だち見つけたら、どんどん先生に知らせてね」と、子ども達に呼びかけていくようにするといいです。子ども達のよいところも拾えるし、友だちのプラスの部分を見つけようというクラスのよい雰囲気にもつながります。 教師は、子どものよい行いを見つけたら、そばにある紙でもいいからちょこちょこメモしてみるといいでしょう。その紙をなくしてしまってもそれはそれでかまいません。先生が援助的行動に気を留めて書き留めてくれていると子どもが思うだけで、子どもは認められたという気になります。(3)「ふわふわことば」の活用(今回は説明省略) おそらく先生方独自でいろいろな工夫をされていることと思います。 集団の中でプラスの循環が起こることを目標にしたいものです。それができれば、特別な技を使わなくても教師のいろいろな指導、援助が功を奏してくることでしょう。 「子ども達個々の自己肯定感を高める」「学級集団の中でプラスの循環を作る」ことは、通常学級の特別支援での、必要不可欠な潤滑油と言えるでしょう。
2007.11.24
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メジャーリーグ、日本人選手がけっこう活躍してました。 なんだかんだ言って、野球はけっこう子どものころからなじみの深いスポーツでした。「日本とアメリカの野球は違うんだよ」ということをよく聞きました。その中でも子どもながらに「へえ」と思ったのは、「本場アメリカの野球では、ピッチャーがデッドボールを投げても、謝ったりしない」ということでした。 子どもながらに、なるほどそれが本場というものかと思いました。 投手が帽子を取って謝っている日本の野球は甘いんだろうなあと、自分を納得させていました。 「日本基準」と、「世界基準」とは違うものなのだろうと考えていました。 でも、わりと最近、「それは違う」ということに気づきました。 ボールをぶつけて謝らないのは、「世界基準」なのではなく、「アメリカ基準」なのですね。 サッカーでは、けっこう乱暴なプレー、きたないプレーも試合中にあります。審判に見えないように、相手にひじ打ち食らわせたり、ユニフォーム引っ張ったりよくやってます。 でも、サッカーの世界では、審判、ジャッジのレベルでは、それを行った者の気持ち(故意かどうか)次第では厳罰で臨もうという姿勢が常にあります。 とんでもなく古い話になりますが、1986年のワールドカップの試合で、スコットランドの中心選手ストラカン(今のセルティックの監督です)に対して、試合開始数分で、ウルグアイのディフェンダーが足払いをかませました。 倒れて苦しむストラカンのわきで、反則をしたウルグアイの選手がにやりと笑いました。それを見た主審はためらうことなくレッドカードを出しました。ウルグアイは80分以上10人で戦うことになってしまいました。 これが世界基準なのですよね。 ファウルをしてしまったら、形だけでも心配するポーズを取るし、相手の手を引いてたすけ起こします。手を広げて「故意じゃなかったんだ」と審判にアピールすることもしばしばあります。 相手にボールをぶつけて平気な顔をしているのはやっぱりおかしいと思います。「訴えてやる」「謝ったら負け」という訴訟社会アメリカの悪しき部分がそのまま出ている気がします。 乱闘に極端に寛容なのも野球の特異なところです。 自己主張と力でのゴリ押し、それをやるのがふつう、お互いそれで均衡を保っているから、やらなきゃ損する、馬鹿を見る。これはアメリカのフロンティア時代からの伝統なのでしょうね。 経済、外交、アメリカにはすべてでそんな姿勢が見えます。 新しい土地に移住して、力で自分たちの土地を奪い、力で守ってきたアメリカ人と、戦争を繰り返しながらも、結局はお互いどこかでなんとか折り合ってきたヨーロッパ、アジアなどの国の人々との伝統の違いが現れているように思います。 野球がもっと世界のスポーツになって、こういう「アメリカ基準」に、みんなで「No」を突きつけられるようになるといいですね。 デッドボールで謝らないような投手は、即退場、残りの試合は8人でやらせりゃいいと思います! とか言いながら、カントリーミュージックとか映画とか、僕はけっこうアメリカ文化は好きなんですけど・・
2007.11.17
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《前回からの続き》○よいとこプロフィールカード 写真を貼って、生まれ、好きなものなどを書いたプロフィールカードをよく学級掲示に使います。これに、その子のよいところ、特技などを加えてみると、自己肯定感を高める意味では大いに効果的です。 自分のよいところが書かれたカードが壁に貼ってあるというのは、子ども達にとって誇らしいものです。自分の長所を「自分の個性」「学級での自分の存在」として意識するようになります。 ただし、これは、簡単なようでなかなかに難しいものです。書ける子はいくらでも書けるけど、よいところがひとつも見つからないという子が、必ずいるのです。 そこでひとつのアイディアとして、宿題で、家族と自分のよいところはなにか話し合って来るというのもいい方法でしょう。親などに長所を言ってもらうと、自分に自信が持てるかもしれません。 また、学級の子ども達に、いろいろな友だちのよいところを書いてもらい、それを参考にするのもよいでしょう。 高学年などでは、自己観とフィットしないとかえっていやがる傾向があるので、本人と話し合いながら作成する方がいいかもしれません。○係活動の柔軟な活用 自己肯定感を高めるのは、必ずしも「よいところ」をあげることばかりではありません。自分が集団の中で役に立っていることを感じ、それを評価されることで大いに自分を認め、自信を持つことができます。 係活動を、「仕事をさせて便利に使う」という発想をおいといて、「子ども達の自己肯定感を高めるための活動」という性格のものにすることができます。 そのために、次のようなことに配慮しながら係を編成し、活動させます。・活動の内容をはっきり具体的にさせて、すすんで活動しやすくさせる。・できるだけ希望にそった係につけるようにし、「人気はないが必要」というものは、なるべく当 番の形にしていく。・常に係活動の評価を子どもに返すように心がける。 この中でも、特に評価が重要で、かつ難しいです。ともすれば教師側はやっていない係の叱責ばかりになってしまいがちです。やらない係はほっておいて、活動を行っている係をほめてあげたいものです。1日1度は係のことについてなにかコメントできれば理想的です。 帰りの会の中で(場合によっては1週間1度でもいいと思うのですが)がんばっていた係を子ども達にあげてもらうと、効果的に係の評価が行えます。このやり方では、当たり前に活動していてもそれを認めてもらえる良さがあります。○構成的グループエンカウンターの活用 構成的グループエンカウンターのエクササイズの中に、自己肯定感を高めるのに役立つものがたくさんあります。参考図書も多く出回っているので、さがしてみるのもいいと思います。 広く人間関係、グループ作りや自己表現など、学級指導・人間関係作りなどに大きな効果を期待できる手法なので、おすすめです。※近々てぃーたいむで紹介予定 いくつか例をあげてみましたが、先生方はすでにいろいろな方法を実践されていることと思います。これらで培われたものが、通常学級での特別支援教育のベースになっていきます。特別支援教育だけでなく、すべての子ども達を伸ばし育てていく活動の原動力になっていくのかもしれません。
2007.11.13
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通常学級での特別支援教育は、「まずは周りの子」に目を向けましょう。 授業中わからなくなってパニックになってしまった○子ちゃん、担任がしばらく○子ちゃんを落ち着かせるためにつきっきりになってしまいました。まわりの子ども達はどう思うでしょうか。「○子ちゃん、わからないときあったら私も教えてあげよう。」「○子ちゃん、かわいそう。早く気分なおればいいな。」「○子ちゃん、泣いちゃったから、先生付きっきりになるの、しょうがないよね。」あるいは、「○子ちゃん、すぐ泣くんだよね。そんなことで泣くなよ。バカ!」「○子ちゃんのおかげで、先生によく見てもらえなかったじゃないの。あたま来るな。」「私も泣いたら、先生私のことよく気にかけてくれるのかなあ?」 子ども達がどう感じるか、それは、子ども達の性格、環境などによって異なるでしょう。 ただし、総じて言えることは「自己肯定感の高い子は、他人に対して受容的で、やさしく、思いやりを持った働きかけをしやすい傾向がある」ということです。逆に「自分はいいとこなんかない」「僕はどうせダメなんだ」と思っている、自己肯定感の低い子は、「他人に対して不満を持ちやすく、ねたみ深く、意地悪で攻撃的になりやすい傾向がある」ということが言えます。 お腹がいっぱいの人は、食べ物を他の人に譲れるし、量の多い少ないに文句を言うこともないでしょう。逆に、空腹でつらい人は、意地汚くなるばかりか、不公平や他人のちょっとの不正にも過敏に反応し、火がついたようになじり、責め立てるものです。 学級の子ども達が、ハンディを持った子をじゃまにしたり、手をかけてもらうことをねたんだりしないようになってもらうために、まずは、一人ひとりを満たしましょう。「あなたはすばらしい子だし、それを先生もみんなもわかっています」ということを伝えることで、自分に安心感と自信を持たせましょう。言い換えるならば、「自己肯定感」を持たせることだといえます。 この、自己肯定感が、学級での特別支援教育のベースになります。 発達障害にくわしい先生などが、よく、「発達障害を抱えた子は自己肯定感が下がりがちなので、それを高めてあげる必要がある」ということを言います。 しかし、実際は、その子だけでなく、周りの子の自己肯定感をいかに高めるか-これが通常学級での特別支援の、重要な鍵になるのです。 《自己肯定感を高めるために》 学級経営の中で、子ども達の自己肯定感を高めていくための方法、ノウハウは、それぞれの先生が独自のものを持っていることと思います。「そんなの知ってるよ」だとは思いますが、子ども達の自己肯定感を高める方法を2,3紹介してみます。○よいとこさがし 一般によく行われていることと思います。(名前はいろいろでしょう)子ども達が帰りの会などで1日を振り返り、友だちのよい行いや、がんばっていたなどを発表するというものです。 学級の実態に応じてうまく機能するよう、いくつかバリエーションを紹介します。・「~をしてくれました。ありがとう」という形(直接の関係)にする。・紙に書いてはりだす。(長く残るのでよい。ただし、時間と場所が問題)・ひとつひとつ先生が復唱する。(発表に重みがでます)・よいとこさがしの始めに、先生が必ずひとつ発表するようにする。(出にくいクラスでは有効)・名簿チェックを使う(よいとこさがしで出された子を毎日名簿でチェックしていき、出されてい ない子は教師がなにか見つけて紹介してやる)
2007.11.10
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通常学級で担任(または担任と専科、TTなどの協力体制)がどのように特別支援教育をすすめていけるのか、特に学級集団というものを中心に据えて考えていきたいと思います。 指導は、きれいに順次に行われるという性質のものではありませんが、わかりやすく整理する意味で、次のような5つのステップに分けて考えてみたいと思います。(1) 学級の子ども達個々のの自己肯定感を高める まずは、学級のみんながやさしい子、許せる子になってもらいましょう。そのためには、個々の自己肯定感を高める必要があります。(2) 学級内に、日常的な相互受容、相互援助を作り出す 友だち同士で互いを許し合い、「親切」や「思いやり」の連鎖を作りましょう。(3) 学級の中のハンディを抱えた子を見立てる 子どものハンディの性質と程度をリストアップして、整理してみましょう。(4) クラスにあった学級経営、指導の手法を選ぶ 子ども達の実態をふまえて、学級全体でどんな指導が使えるのか、どこまでやると危険なのか、学級経営手法を考えて、組み立てましょう(5) ハンディを抱えた子、個別の対応 個別援助として何ができるのか、どんなことが有効なのかをふまえて個別対応をしていきましょう。また、周りの子を巻き込んでできることも考えてみましょう。 特別支援教育というと、上記の3番、5番のみを語られることが多く、それが指導の困難さを引き起こしています。個別の対応を一生懸命やっても、個々が満たされていないクラスでは、対応を行うほど、次々と、まわりの子ども達の不満など、新しい問題が出てきてしまうでしょう。 特に1番と2番が重要な鍵を握っているのではないでしょうか。
2007.11.07
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特別支援教育が、今年から正式にスタートしました。 ちょっと困った子どもについて担任が報告して、それを部会で話し合う。そして、発達障害が疑われる子については、親と話し合い、委員会に報告して、専門の先生に見てもらい、発達検査をする。その結果をもとに、通級をすすめをすすめたり、時には特別支援学級へ移ることをすすめる。そして、多くの場合、専門家の援助をもとに、担任が個別指導計画を作成し、それをもとにその子の個性、障害に応じた対応をしていく・・・といったものでしょう。 だいたいこれが本に出ている特別支援教育です。 頭で理解することはできますが、実際の学級、三十数人の子ども達と向き合ってみると、「この特別支援教育は、なにか重要なものが欠けているぞ」ということに気づきます。 まず、「個に応じた対応」といっても、担任はその子のことばかり見るわけではありません。その他の子ども達、学級集団のことについて、もう少し真剣に語られていいと思うのです。 例えば、学級にADHDの子がいたとします。授業中、離席することがよくあり、挙手せずに答えを言ってしまったりすることもあるとします。この子は、カッとして友だちとトラブルになることもよく見られます。 この子は「発達障害」を持っているのだから、この子なりの目標を持たせて、席について学習していられる時間を伸ばしていく、刺激になるような掲示物は外して、もしもカッとなった時には別室に連れて行って落ち着かせて・・・ ということを、マニュアル本は助言してくれますが・・・・他の子たちのことが頭から抜けていませんか? 「友だち」とか、「思いやり」とかいう言葉を使って周りの子たちに指導したとしても、他の子ども達ににしたら、がまんを求められているのはたしかです。「あの子は特別だから」という言葉に不満を持つ子が出るのは当然なことです。その子ほどではなくても、落ち着きがない子どもにとっては、その子だけ特別に対応する教師のやり方は、不条理と感じられるに違いありません。 また、このような学級集団を指導していく教師は、全体指導の中で、常に例外を想定しなければなりません。これは学級を指導していく上で、けっこうつらいです。上の例のように、離席してしまう子がいる学級では、「授業中はぜったいに席を立ってはいけません!」という徹底した指導はできないでしょう。 その他の日常的な指導、提出物、身のまわりの整理等、すべて同じことが言えます。 子ども同士に「競争」意識を持たせたり、子ども達の意識を方向づけて、みんなでひとつのことに取り組ませて達成感を味わわせたり、こんな集団での取り組みは、学級経営、学年経営では大事なな要素ですが・・・これも難しいです。 発達障害や被虐待などの子がいる集団では、こういった活動は、けんかやいじめなどに発展してしまうことがしばしばあります。でも、だからといって、競争、強制なしの、「個に応じた」だけを考えて学級経営するのがいいことなのでしょうか?(・・・・もちろんNoでしょう!) 今、すすめられている特別支援教育では、外部機関と連携を取る、個別指導計画を作るということばかりに目が行っていますが、「通常学級での、特別支援を行うための学級経営」というものが、実はとてもだいじなことなのではないかと思われます。 元特殊教育畑の先生が書いたたくさんのマニュアル本は、その辺の部分がすっぽり抜け落ちています。(それはしょうがないでしょう。わからないと思います) そこで、 学級集団の中での特別支援教育、 あるいは、 ハンディを持った子を支援できる学級経営 というテーマで、しばらく考えてみたいと思います。
2007.11.01
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