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何とか、年内に更新できそうなので年の終わりのご挨拶を兼ねて・・・今年は正直、メチャ忙しい年となりました。本当に本当に多くの方々から、ご支援頂いている事を実感できた年でもありました。頂くメールの中には「ひょっとして、アナタ、ひろりんって人のファンですか?」と思えるようなものも結構ありまして・・・^^;こーゆー場合、本当の私ではなく、全くの別人がどこかにいるような気がしてなりませんです。実際、私とお会いした方々は、あらま?想像と全くちがうんですけどぉ・・と思われたと思いますです。私がここで記す内容は、良い事も悪い事も全て本当のことで・・・・今年も多くの方との出会いがあり、そして別れもありました。こそばゆいほど誉めて頂いたり、ご自身が一番お辛いであろう方から励まされたり・・・泣いて、笑っての忙しい年は毎年のことですが、今年もそうでしたね。それと・・今年は「お見舞い」を、再び積極的に出来るようになった年でもありました。実はですね、しばらく行っていなかったんです。どれくらいかなぁ・・・以前は本当に良く行っていたんですけども。2005年11月にkazeさんが旅立ってから、怖くなりました。彼女がいなくなってから今は1年以上の時間が経ちましたが、それでも彼女は今も尚、私の応援団長で、同じ年の12月に旅立ったpeeちゃんが副団長だと思えるようになってから、再開出来るようになった・・と言いますか・・・上手く表現できませんけども、それが正直な思いです。それと、私と会ってみたいですというメールを沢山頂くようになったから・・・かな。まぁ、行けるのは近くの方ばかりなんですけども。そういう意味では、少し前進出来た年でもあったかな・・・なんてね。来年も宜しくお願い致しますm(_ _)m
2007年12月31日
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まずは毎度ながら、謝罪です~通常はメールを頂いて3日以内にお返事するようにしておりますが、この年末の雑事に追われ・・・PCに迎える時間が殆どなく、現在、頂いている方々へのお返事は5日以上お待ち頂いておりますm(_ _)m順次、対応しておりますので、今しばらくお待ち下さいませ先日の日記に書きました、団塊の世代のスキルス胃癌の患者さんと電話でお話しした時にですね、この患者さんはこんな事を言われました。お元気な頃の話です。今の病院に通っていても、決まった治療しかしてくれんだろうしねぇ・・・ましてや、米村先生のように情熱をかけて治療をしてくれてる訳でもないんでねぇ・・・ホントは米村先生のところへ行きたいんですでも、先生の病院はここから結構あるんですよ、電車で1時間半はかかるんです今の病院はすぐ近くですしね、急な対応にも応じてくれますしね治療は米村先生にお任せして、何かの時には今の病院で・・・なんて、患者側の余りにもの身勝手ですよねぇ・・・そして溜息・・・団塊の世代らしい、謙虚なお考えです。この患者さんは現在の医療が何たるか、この病気の再発が何たるかを熟知されていましたので、私はただ、頷くだけでした。ご本人の決断ただ待つしかないと思いました。奥様も、ご主人の決断に従うだけだと・・・おっしゃっていました。その間に、静脈血栓によるチアノーゼで約1ヶ月の緊急入院となったのです。救急車で運ぶような状態で、それこそ、この時は近くの病院で良かったと思われたかもしれません。退院してから間もなく、また入院せねばならない状況となり・・・この時は、米村先生の診察予約の日をずっと気にされていました。到底、行けそうもなかったけれど、キャンセルを入れたのは2日前・・・・それもキャンセルではなく、2週間の延期でした。ベッドの上で、ずっとずっと気にされていたのです。それが「希望」そのものだったから・・・ではないでしょうか。この延期はキャンセルとなりました。この方の訃報の手紙が届いた頃と時を同じくして、やはり1ヶ月前にご主人を腹膜偽粘液腫(疑い)で亡くした奥様から、メールが届いていました。この男性患者さんも、どうしても米村先生に手術して欲しいと、心から欲した患者さんです。手術中に死んでも構わないから、手術して欲しいとまで言われました。ですが、時は遅かったのです・・・・手術の希望がどうしても叶わなかったこの患者さんは、在宅で最後までの時を過ごしました。2週間くらいだったでしょうか・・・その2週間の間、緩和ケアで自宅に往診に来てくれた医師に未だ試していない薬や治療があるなら、試してみたい試しもしないうちに、諦めるのは嫌なんです試して死ぬのなら、それは構わない最後の最後まで悪あがきをして生きたいこんな言葉を言われたそうです。これまでも、多くの患者さんから聞いてきました「何故、手術してくれないんでしょう?」「手術中、死んでも良いんです、とにかく手術して欲しい」私の父ですら、手術を懇願しましたからね。手術も治療も選択出来る方は、悩みます。悩めない人は、手術や治療を心から欲します。そして、手術が望めない患者さんは、最後の最後まで治療を望みます。あれほど副作用が辛くてもう嫌だと言ったのに・・・「タキソールはもう使ってしまったけど、未だ使っていない同じタキサン系のタキソテールはダメでしょうか?」旅立つ、僅か前に届いた患者さんからの言葉です。手術も、治療も・・・手が届くうちに掴んで下さい。
2007年12月28日
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この間の患者さんとの楽しい一時を過ごして、帰宅したら手紙が届いていました。スキルス胃癌患者さんの訃報でした・・・団塊の世代と呼ばれる年代の男性患者さんです。この方の経歴は、ちょっと変わっています。過去にも書いた事がありますが、20年も昔に胃癌を患い・・・再度の胃癌がスキルス胃癌。手術を受けて、再発予防のTS-1を1年間服用。そして、それから約1年後に再発となりました。お会いしたのは、2年前。術後のお元気な頃でした。それから、時折メールでのお付き合いが始まりまして・・・○○療法はどうなんでしょう?等々・・・ご質問を受けました。腫瘍マーカーが上がり始めた頃から、奥様からも度々お電話を頂くようになりました。「再発」と確定して治療が変わり始めた頃から、患者さんご本人の様子が変わってきたと、奥様からご本人には内緒の電話がしばしばありました。どうも、鬱状態のようだと・・・・その頃、ご本人からもメールがあったり、電話でお話ししたりしました。メールには朝、目が覚めると、さぁ今日は何をしようか・・そんな事を思いますこんな内容が書かれていました。現役で仕事をされていましたが、休職中でもあり、男性にはありがちですが時間の使い方に苦慮している様子。毎朝、「する事」を考える生活というのも辛いもののようでした。好きな読書にもいまひとつ食指がわかない、旅行にも出かける気持ちにならない、そんな時、どうやって時間を使うものなのだろう・・・・そんな風でしたね。以前、「二度目の胃癌」と題して、この患者さんの事を書きましたが、その時に「年配」という言葉を使ったのです。そしたら、自分は年配ではありません!と、苦情?が届きましてねぇ・・^^少なくても、その時のパワフルな面影はこの頃は見えませんでした。そんな中でも、治療に対しては懸命に前向きでした。米村先生の元へ時折ご相談に来院されていて、希望にしていましたね。再手術を視野に入れての治療の提案に、心を動かされていました。自宅からの距離や、急な時の対応の心配・・・随分と長いこと悩んでいる間に、静脈に血栓が出来てチアノーゼを起こし、緊急入院となりまして・・・これは癌の進行とは、恐らく関係無いと思われます。この頃は仕事をされていて仕事柄、抗癌剤の副作用もあったかもしれませんが、エコノミー症候群のようなものではないか?と。一度、何かに躓くとなかなか軌道に乗れないもので、次から次へとアクシデントが起こり・・・アクシデントだけなら良いのですが、癌の進行も便乗。そして約1ヶ月前に旅立ったのだと、手紙にありました。奥様から頂いた手紙には感謝の文面が並んでいて・・・グッと胸が詰まりました。電話をしようか、メールにしようか・・・こんな時、私の声を聞いたら泣いてしまうと、以前、患者さんのご家族から言われた事があったので、電話は躊躇ったのですが、何度も電話を頂いていますし電話してみました。電話をかけてみると、奥様は以前同様の明るい声で淡々と経緯を話されました。精一杯の明るい声であるとわかりましたが、その声を聞いているうちに、私の方がたまらなくなってしまって、泣いているのを隠すのが一杯一杯となり・・・お役に立てなくて、すみませんでしたと、声を振り絞って伝えると・・何を言います、沢山役に立って頂きました主人も同じ思いです本当に米村先生と、ひろりんさんを頼りにしていましたから支えて頂いて、ありがとうございました沢山の方に頼りにされているのですから、お体には十分気をつけて下さいとの言葉・・・これ以上、言葉を発すると私が大泣きしてしまいそうで・・そうすれば、奥様も泣き出してしまうだろうと思って、これで電話を切りました。患者さんご本人は亡くなる数時間前まで前向きに生きたのだと、奥様がおっしゃっていました。きっと、自分には出来ないだろうと。すごい人でしたと。
2007年12月25日
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先日、何年かぶりに会った友達から貰った、高級チョコレートです多分、もう二度と食べられないだろうなぁ~と思って、写真を撮ってみました。昨日は、スキルス胃癌患者さんのお見舞いに行って来ました病気判明時に手術不可と診断された、50代の男性患者さんです。TS-1単剤による治療を数クール終えたところ。治療に通っている病院は、中規模の公立病院で主治医からはハッキリと「ここではガイドラインに添った治療しか出来ません」と言われています。奥様は泣きながらネットを彷徨ったそうで・・・そして、私の元へ辿り着いたのだそうです。PCが苦手で、メールを送るのも躊躇したそうですが。セカンドオピニオンを受け、ご本人にも辛い現状をありのままに理解して頂き、手術を目指した治療を受ける事を選択されました。ご本人にお会いしてみると・・・「若い!!」40ちょぼちょぼだとばかり思って話していましたが、枕元に書かれたプレートを見てびっくり実年齢より遥かに髪の毛がフサフサしているし、これで50代?ありえな~い!!奥様からは穴があったら入りたいくらいに、私のブログを誉めて頂きまして^^;励まされています、支えて貰ってます・・・等々・・・いやはや、これほど言われるとマジに恥ずかしい・・・もしかして、おだてるといくらでも木に登る性格だと、バレてる???楽しい一時を過ごしました長々とおしゃべりしている時に、ケータイメールを受信。あの「ひたむきな患者さん」とここで書いた、ジュンコさんから。もしかして、今日、病院に来てます?いますよ~と返事をしたら、間もなく彼女が登場。ついこの間、スキルス胃癌の癌友が欲しいと私にメールをくれたミユキさんに、このジュンコさんを紹介していたのですが、そのミユキさんも今日、この病院に定期的な治療のために入院をしていると言います。あらまっ!!奇遇だこと。このお二人、いつの間にか仲良しになってましたそれじゃ、一緒にミユキさんの病室に行きましょかぁ・・・という事になり、何の前ぶれもなくサチコさんの病室へ・・・ドアをトントンとノックしてひろりんで~す(←お笑い芸人の登場パターンだなこれは)と、厚かましくもお邪魔しましたら・・・ミユキさん、目を丸くして驚いて・・・その後嬉しい~と、見間違いじゃなければ涙ぐんでた??(これはオーバーか^^;)自分は勝手に孤独に陥っていて、意固地になっていたのだと言ってましたね。癌患者の気持ちなんて、癌患者じゃなきゃわからないって思ってて、私にメールするのも躊躇っていたけど、優しいメールをありがとうございます・・・と・・もう、ここでも穴を掘ろうか、それとも木を植えて登ろうかしらって思うほど私ごときが行ったくらいで、これほど喜んで頂けるとは!!ジュンコさんと、ミユキさんと、私とかしましい女3人集まって、病室(2人部屋を一人で使用してたので個室同然)で、盛り上がって参りましたメチャ、楽しかった日でした
2007年12月23日
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いつだったかなぁ・・・腹膜偽粘液腫の患者さんの息子さんからメールが届きましてね。お母様が患者さんのようで・・・お住まいの地が、米村先生の勤務地とは随分と離れているものの、先生の見解が聞きたいという内容。○○県にお住まいか・・・ん?確か、先生近々その近くに行くと言っていたような・・・で、先生に確認を取ると、数日後にやはり行くと言われるので、そこでセカンドオピニオンお願いできませんか?良いですよ~(←軽いノリ)じゃ、そーゆー事で連絡取っておきますで、何とか上手くお話が聞けたようです。良かった、良かったそれから、少しして患者さんご本人からお礼の手紙が届きました。手術をして頂けるようになりましたこれからは、前向きに過ごせそうですこれまで、ずっと下向きな思いで来られたそうで、それがようやく前を向けるのだと感謝の言葉と共に書かれていました。その患者さんが、先日手術を受けられまして・・・今度は息子さんから嬉しかったから、感謝の気持ちを込めてとの手紙が・・・なんだか、ウルウルと涙が溢れちゃいました。僅かな言葉に沢山思いがこもっているのが、感じられて。私こそ、元気を貰えました。ありがとう
2007年12月21日
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テレビCMで「頑張れ!若造!」ってコピーがありますよね。つい、こんな言葉を発したくなる患者さんがいます。「若造」って言葉はちょっと乱暴だから、「若人」にしておこうかな。直腸癌からの腹膜播種の20代の男性患者さんです。病気発覚後、すぐさま本人からメールが届きました。手術に臨んだものの、人工肛門を付けるのが精一杯の状態で癌が見つかりました。早々に抗癌剤治療を始めると言います。それもアバスチンを使用して。「ちょっと待った!」をかけて、セカンドオピニオンを受けるように伝えました。治療開始は急ぎたいところですが、数日やそこら遅れたからと言って、何が変わるものでもありません。可能性を探ってから、治療を開始しても良いだろうと思いました。すぐさま、データを揃えてセカンドオピニオンを受け・・・そして、彼は手術への可能性にかけての治療を選択しました。迷いは微塵もない様子です。FORFIRIからの開始となりました。これにはイリノテカンが含まれていますので、強い副作用が予想されます。最初からガツンと効かせていこうという事です。彼には、事前に副作用の話を伝えました。かなりきつい副作用が現れると思うけど、頑張って欲しい・・と。抗癌剤治療が何たるか・・・告知時に、これを知っている人はまずいません。ところが、彼は既に抗癌剤治療の経験者だったんです。それも幼い子供の頃に。子供の頃に、抗癌剤での吐き気や、脱毛、倦怠感・・・これは経験済みですこう、明るく返事が返ってきました。彼には、癌から生還した実績があったんです。今回の癌は再発ではありません。辛いけど、きついけど、これを乗り越えたら必ず生き延びられる・・・そんな信念を持って治療に臨む、そんな強い意志が含まれています。そして早々に治療が始まりました。初回投与は、かなりきつかった様子です。体調が落ち着いてからメールが届きましたけれど、副作用の内容があっけらかんと書かれていました。どれ一つ取っても、辛いわそりゃ・・と思える内容なのに。副作用で腎機能が低下して、2回目の治療はちょっと延期となりました。彼にとっては、副作用より「治療延期」の方が辛かったようです。じきに回復して、2回目の投与が始まり・・・今回はさほど辛くは無かったとのメール。そして・・どんな辛い治療にも耐えてみせます先生を信じて、ついていきます手術を受けて、治ってみせます・・治りたいですとも書かれていました。頑張れっ!!て言葉は、私は滅多に患者さんには使いません。私のもとに届く、患者さんからのメールには「精一杯の頑張り」が見えるから。敢えて言う必要なんてないから。でも、彼にはつい言ってしまいました。頑張れ!!ってね。
2007年12月20日
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最近は「スキルス胃癌サポート」の看板に偽りあり?と思うほど、大腸癌(虫垂癌、直腸癌、結腸癌含む)の患者さんからのメールが増えています。全て、腹膜播種の患者さんです。「腹膜播種」と言っても原発は色々なんですね。米村先生のお話によれば、肝臓癌からの腹膜播種もあるそうで・・・原発により、治療成績に違いがあるようです。他には子宮癌や卵巣癌からの腹膜播種の患者さんからもメールが届きますし、腹膜偽粘液腫の患者さんからも増えましたね~「腹膜の癌サポート」に名前を変えなきゃいけないかも??って感じです。大腸癌の患者さんの場合、癌が判明もしくは進行した時点で、選択出来る抗癌剤の中にアバスチンがあります。このアバスチンという薬は、「新生血管阻害薬」という分子標的薬で、簡単に言うと癌細胞に栄養を送る新生血管を遮断させる薬です。この薬を使用した場合と、そうではない場合では、明らかに使用した方が延命月数が伸びたというデータがあります。単剤での使用ではなく他の抗癌剤と併用してのデータです。アバスチンとは・・・と、うちの博士が語りだすと、VG抗体がどうのこうの・・・アンタ詳し過ぎ・・ちぃともわからんそのわからん頭で何とかかんとか、理解した内容をわかりやすく書いておりますこのアバスチン、とっても効果は期待出来る薬なんですが・・・この薬の特性として、使用すると副作用に「しばらく出血が止まりにくくなる」というのがあります。つまりアバスチンを使用すると、この時点で手術という選択肢が基本的には消えてしまう事になります。アバスチンの効用が完全に消えるまで、数ヶ月とも半年とも言われています。まだ、未知の部分がある薬なので、ハッキリとした事は言えませんし、患者さんによっても大差がある話ですけどね。米村先生から聞いた話では、海外ではアバスチンを使用してすぐに手術した症例もあるとか。この症例数は少ないので、何とも言えないとはおっしゃっていましたけどね。逆に半年経過してからの手術でも、後遺症が残る事もあったとか。ですので、大腸癌の患者さんに対してはアバスチンを使用する前に、本当に手術の可能性が無いのか、セカンドオピニオンを受けてみてはどうでしょうか?と伝えています。最初から手術を諦めることもないでしょうからね。そうそうこのアバスチン、先日デカデカと新聞の記事になってました。その記事によると月60万円程度の薬代だそうで、この3割負担となると18万円。高額医療還付で、実質負担額は人により差はありますが、月8万円程度だそうです。何度も書きますけども、胃癌患者さんに対しては保険適用外で、夢の薬です
2007年12月19日
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もう、何年も前の話です。ブログを始めるずっと前・・・あるスキルス胃癌の患者さん(30代女性)とお付き合いしていました。メールのやり取りをしたり、時に彼女から電話がきたり、お会いした事も何度かありました。術前化学療法を数クール経て手術。再発予防のTS-1を服用していました。ですが、彼女の場合は残念な事に僅か半年で再発してしまいました。再発後は抗癌剤治療を受けていましたが、どの抗癌剤もイマイチ効いてはくれず・・・それからしばらくして、ご主人から「妻が余命1ヶ月と言われました」というメールが届きました。何とか時間のやりくりをして、彼女に会いに行った時のことです。その時の彼女は、ベッドから自力で起き上がることが出来ずにいました。入院生活も半年を越えていて、数ヶ月前から個室に移ったと言います。入院してから、しばらくは退屈な入院生活であっても院内を歩き回れる「自由」がありました。食事の苦労はあったので、1日2本のIVHをして体力を維持していたようです。ところが、入院生活が長引くにつれ、病気の進行もありIVHが1日1本に減らされました。健康保険で認められている入院期間は3ヶ月です。3ヶ月を越えた入院費用は、健康保険からは出ません。3ヶ月を越えた場合、患者さんが負担するのは引き続き3割ですが、残り7割は病院の負担となります。つまり、病院側からみれば「赤字の患者」になります。それまで2本のIVHが1本に減った理由は、主治医の説明によれば、現状ではIVHをしても栄養として取り入れる事が出来ないのと、癌に栄養を行き渡らせてしまうから・・でした。この説明理由は真実です。ではありますが、「赤字の患者」である事も理由の一つではないか?という疑問は否定しきれないのではないかなぁ・・・というのは、考えすぎでしょうか。彼女の場合は個室に入っていましたので、差額ベッド代が生じます。抗癌剤治療こそは出来ない状態でしたが、消炎剤は使っていましたし、胆汁を抜く処置も行なっていました。これらの費用と差額ベッド代を天秤にかけると、どちらが重かったのか・・・混合診療は認められていないので、赤字分を患者サイドが埋める事はできません。本人が望むのだから抗癌剤治療だと思って、例え癌の進行を早める事になったとしても、無駄だとしても、IVHを増やして欲しい、そのためには自由診療でも構わないと言ったとしても、この公立病院では出来るはずもなく・・・ましてや、転院できる状態でもなく・・・まさに手詰まり状態。彼女はIVHを減らされてから、起き上がる体力が無くなったのだと何度も言いました。だから、また2本IVHをして欲しいと主治医に言ったそうです。その都度、上記の説明をなされたようです。そんな中で彼女は淡々と身の上話をしました。自分が育った家庭環境が複雑だった事、高校を卒業して早く親元を離れたくてこの地に進学した事。そして、ここで恋の花が咲き嫁ぐ事になった事・・・幼い子供がいるので、ご主人もお姑さんも子供の世話と仕事で大変な状態である事・・・そんな身の上話の中で、彼女は今とても寂しいのだと感じました。多くの時間を本当の意味で一人で過ごさねばならず、常に見上げるのは病室の天井だけ。身の回りの世話をしに、実母が来てくれてはいましたが、その母親に笑顔を見せる事を何故かとても嫌がっていました。死を身近に感じ取っているハズの彼女が、いつまでも心を許せない相手が、悲しい事に実の母親だったのです。一人では起き上がる事が出来ない彼女。寂しさを滲ませていた彼女。もし自分だったら・・・きっと早い死を望むのではないか・・・ふとそう思った時死にたくないなぁ・・・彼女は、こう呟きました。自分だったら・・と考え、死にたいと思うだろう・・そんな考えは私の傲慢でした。元気な人間が勝手に思う空想です。人は他人の生き様を見て、勝手気ままに思う事があります。治る保証も無いのに、その確率だって低いのに、辛くて痛い思いをして、そんな無茶な治療をしてどうする。残り時間が短いなら、辛い治療なんてせず、好きな事をして、好きな物を食べて過ごす事を考えた方がよほど良い・・なんて風にね。でも、それは他人が決める事じゃないです。そう思う人は、自分がそうなった時にそうすれば良いだけの事で、当事者に言うべきことじゃないのだと、強く思った瞬間でした。
2007年12月17日
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珍しく3日連日の更新です。私だってやれば出来るんだい!!・・って何自慢しているんだか患者さんご本人からのメールに、「スキルス胃癌の友達が欲しい」と書かれている事が時々あります。通院もしくは、入院している病院内で同病の患者さんがいないという事は珍しくない病気ですからね。単に「癌」というだけでは、分かり合えない部分もあるでしょう。治る事が約束されている「癌」もあれば、それが難しい「癌」もあるわけだから。例え同じ病気でも、性別や年齢、進行具合によっては「癌友」って訳にはいかない事も。また、その患者さんの状態によっては、時に元気一杯な患者さんは希望であると同時に、嫉妬のような感情を抱く事もありますから、実の所、真に求める「癌友」を見つけるのは難しいのではないかと思います。病気の進行が、どうしても心のゆとりを狭めてしまう・・・そんな、心境変化をこれまでも感じてきましたから。そんな中で、先日も「スキルス胃癌患者の友達が欲しい」というメールが届きましたので、ちょっと癌友になれそうな方をご紹介してみました。過去にも何度かこんな橋渡しをしています。(・・・て私、患者さんにとって、この「癌友」って良い言葉なのか、不快に感じる言葉なのか、ちょっとわからないんですが)年代も同じで、受けている治療も時差してますが、同じ。今後受ける予定の手術もほぼ同様の患者さんがいたので。これまで付き合ってきた友達とは、違う友達が絶対に必要だと思うのです。よくよく聞いてみたら、ナント、病院が同じ!って事まで判明しまして。あららら・・・という事は、病院の話題でも盛り上がれるんじゃないかしらん?そこの病院なら私も何度か足を運んでいるし、このお二人の患者さんブラス私で会う事も出来るかも~??・・・って、おいおい、私の方が楽しみにしていたりしていつか、スリーショットの写真撮りましょう
2007年12月15日
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医療関係のドラマにハマってます。「医龍」でしょ、「ER」でしょ、「グレイス・アナトミー」でしょ、ちょいと前まは、「ブラックジャックによろしく」でしょ、「白い巨塔」でしょ・・・昨夜は「医龍」です。坂口君が格好良い~って言うのもありますが^^;これは心臓外科医のドラマですけども。うちの博士、ここ数年心臓外科医とも懇意になっていて、心臓にも詳しくなり横で生解説付きで見てますわ。その昔は、肝臓外科医とも仲良かったし、消化器外科医は米村先生でしょ、ごく最近では脳外科医ともツテが出来たようで、そのうち外科医で体中回るんじゃないかしらん。そーゆー不思議なヒトです。昨夜のドラマでは、朝田先生が医師免許を賭けて9歳の男の子の手術に臨むまでの話でした。心臓移植が必要な男の子の状態が悪化し、肝硬変になってしまいます。止む無く生体肝移植を行なう事になったんだけど、その手術中に心臓のドナーが現れ、同時に行なおうとするところで昨夜は終わり。この手術を行う事は、医師免許剥奪にもなりかねない医療行為で、それを承知で行おうとする訳です。当然、倫理委員会で承認されるハズもない、無茶な手術なんですが・・・それでも、やろうとするんですよねぇ・・・このドラマの朝田医師は。この「医師免許をかけて手術をする」というのは、米村先生の口癖でもあります。電話で話すと、何故かこーゆー話に発展する事が度々ありまして・・・ちゃんとした用件がどこをどう反れてこうなるのか、いっつも不思議なんですが。まぁ、この手の話になると30分コースですわ^^;僕はねぇ、医師免許をかけてこんな変な手術(ご本人が言うんです)をしているんです。こんな変な手術(何度も書きますけど、ご本人がこう言っているんです)をしなきゃ、患者は助からんでしょうと、熱く語るんですよねぇ・・・んな事、ちゃんとわかってますってば。こうなるとなかなか止まらなくて、はい、はいと聞いております。僕は変わり者って思われてますからねぇそうですねぇ・・・・おっと、つい頷いてしまうところだった・・・私ってば正直者だから^^;それも、ちゃんとわかってますってば。こういう、先生の姿勢が皆さんに受け入れて頂いているんですよね。患者さんは、文字通りの「命がけ」ですけども、先生もある意味「命がけ」で治療に当たっています。僅かの可能性であっても、それはゼロじゃないですから。
2007年12月14日
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母と博士が風邪引いてまして・・・元気なのは私だけ母は鼻水、咳がいつまで経っても止まらず、ぐちゅんぐちゅんと、ゴホンゴホンしてるし・・・博士は頭痛と微熱が繰り返し起こる、パンチのないヤツで・・・タイプの違う風邪を同時にひくな!!つーのまぁ、母の方はわかり易いほどの風邪症状で、しつこいだけでじきに治るでしょ。ですが、博士の方は便に緑色が混ざってた~とか言い出しまして・・・そりゃ、胆汁やね~胆嚢炎だなぁ、しばらく絶食か・・・と言うわけでここ数日、殆ど食べていません。1日バナナ1本と少量のお菓子、あとはお茶だけで生きているって感じで、急激なダイエット状態ですわ。一目見て、痩せたというのがわかります。一応、会社の診療所の医師に電話で相談しアドバイスは頂いております。こういう場合は、特に避けねばならないのが高脂肪の食べ物。風邪っぽいって時に、この診療所でインフルエンザでは無い事は検査済み。その際に、抗生剤の処方を医師の方からお伺いをたてたけど、これくらいなら必要ないと断って来ました。多くの患者さんや、ご家族とお付き合いをしてきて、尚且つ今もしているのですが・・・それで感じる事は人は常に無い物が欲しくて、逆にそれがある時、それは悩みになる・・・という事です。手術が出来ないと言われた人は、どうにかして手術を受けたいと思うものですし、この治療を乗り越えたら手術という希望が現れるかもしれないという人にとっては、手術というのは選択肢の一つで、それは迷いと不安も生み出します。手術までの治療だってハンパなく辛い、それにしんどい。そもそも、手術を受ければ確実に治るという保証もなく、尚、再発率は高いときてる。そんな手術を受ける意味って何だろう・・QOLの低下は免れないだろうし・・・そういう状態で生きる意味って何?そう思う患者さんも多いです。でも、手術は無理だと断言された患者さんにとっては、可能性がゼロじゃないのならその可能性に賭けたい!って思う人もいるんですよね。何でも良から、手術して欲しいと心から願う患者さんも沢山いるんです。迷ったり、悩んだり出来るのは選択肢がある時だけです。迷うのも悩むのも、命がかかっているだけに、それはご本人にとっては辛いでしょう。それでも、選択出来るって幸せなことなんだと思ってます。悩んで、迷って、それから治療を放棄して緩和ケアを選択するのなら、その意志も尊重しています。それは逃げではありませんから。だけど、悩む事からは逃げてはいけないと思う。全ての人が出来る事じゃないかもしれないけれど、迷って悩んで、現実を受け止めて・・・選択肢が無くなっても尚、生きる事を望みながら旅立った患者さんの声を沢山聞いてきたから、悩める幸せにも気付いて・・そんな風に思ってしまいます。迷っている間に機を逸してしまった患者さんを何人か知っています。だから迷うにしても悩むにしても、時間ってそんなには無いもの・・・だから、出来れば「手術」を視野に入れた治療を受けながら、悩んで欲しいと思っています。そして、そんな時仲間を見つけて欲しいなぁとも思います。自分だけじゃないって、感じられたら随分と違うでしょうからね。
2007年12月13日
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昨日の見た新聞に、TS-1の「生みの親」が紹介されてました。この抗癌剤は、日本生まれで日本が誇る抗癌剤と言っても良いと思ってます。TS-1の「T」は、製薬メーカーの「T」だろうと思ってはいましたが、「S]は開発者の「S」だったんですねぇ。TS-1が動物実験を経て薬として出来上がったのが、1990年だとか。そして「抗癌剤」として世に出たのは、9年後の1999年。ちなみに、動物実験って大抵はマウスを使用する事は皆さんもご存知だと思います。このマウス、当然の事ながらそこいらにいるネズミって訳じゃなくて、何の病気も異常もないって事を検査済みのマウスですから、ちょっとお高い。1匹4~5千円程度とか。沢山、まとめて買えばもっと安くなるかも?ですが、何百匹もそんなに数は必要ないし、安いからってまとめて買っておいても、マウスの寿命なんて短いからそういう訳にもいかない。もっと高いマウスは、遺伝子レベルでニュートラルなマウスで3万円くらいするらしい。(これは、とある医療関係者談)話をもとに戻して・・・このTS-1が薬として出来た1990年に、製作者が自ら人体実験を行なったそうな。製作者は医師ではなく、研究者みたいですね。1週間、自分で飲んで血中濃度を1時間おきに測ったらしい。その時にもう一人、人体実験に協力者がいてそれが外科医だったというのが、ちょっと驚き。抗癌剤治療と言えば、内科医の範疇だし・・・・この癌では無い人間のTS-1服用、副作用はゼロに等しかったようです。1週間という短い期間の服用だったからかもしれないけれど。噂話で、癌ではない人がTS-1を服用しても副作用が出ないという話を聞いた事がありましたが、この製作者の話だったのかなぁ~と思ったりして。薬として形になったのが1990年なら、研究が始まったのは当然、もっと前ですよね。世の中に出たのが1999年。広まったのは2001年後半から2002年頃でしょう。父が服用を開始したのが、2001年11月。この当時、未だTS-1服用に反対する消化器専門医がいましたし、病院によっては処方できない病院もありました。薬購入にはまとめ買い、ロット買いというらしいですが、必要だったりして、滅多に使用しない薬を一人の患者さんだけの為に購入は出来ないという事情もあったようです。おまけに、重篤な副作用が出た患者さんが出たりして、今のようにファーストラインの抗癌剤に成長するには時間もかかりました。ですが、今のように広まると父の頃より薬価は下がったようです。薬一つが、脚光を浴びるまでにこれだけの時間がかかったんですねぇ・・・
2007年12月11日
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クリスマスツリーを出しました~私が飾り付け担当で、まわりのセッティングは博士ですお互い、良い歳して何してんだかぁ^^;ツリーの下にいるのは、このサンタ去年の今頃・・・病院のロビーに飾られた大きなクリスマスツリーをバックにピースサインの写メを送ってくれたpeeちゃんを思い出します。来年の約束をしようとしても、それに対しての返事はくれませんでした。最後のクリスマスだと誰よりも自分が知っていて、守れない約束はしたくなかったんでしょう。年を越す前に旅立ってしまいました・・・癌患者さんの思いを聞く度に、誰にも来年のことなんてわからなのだと思います。来年も再来年も自分には訪れるのだと勝手に思い込んでいるだけで、そんな保証なんてどこにも、誰にもないのに。せっかく四季がある日本に生まれ育って、そこで生きているのだから、それぞれの四季を楽しもうと決めました。だから面倒臭くても忙しくても、クリスマスにはツリーをこうやって飾っています大切な人を癌という病気で亡くした方から良く聞く言葉に「癌を治せる薬や治療が、早く確立する事を祈ります」というのがあります。これは、切に願う事ですよね。心からの叫びでもあると思います。ですが、医療とはそう簡単にはいきません。実際に効果がある薬が現存していても使えない物は多々あるし、治療法だって試したくても出来ない物もあります。何より新たな薬や治療法が確立するまでにかかる莫大な費用を思えば、それが即安価で手に入るはずもなく・・・開発する方も、莫大な資金が必要だし回収もせねばならないし・・・儲けが出なければ、次の研究資金だって出せない訳だし・・・億という金額がポンポン出て行くのが、開発ってヤツです。だから新たな治療や薬が、現存していてもそれは星より彼方遠くにあるようなもの。その星が降ってくるまでには、随分と時間がかかるもの。そもそも、病院経営自体がアップアップしている今の世の中で、どうやって新たな治療や薬が安価で広まるようになるのか・・・どこをどう考えても、分厚い壁ばかりなのが現状です。そんな現実の中で、右往左往しながら後悔のない選択をせねばならないのが、癌治療でしょう。出来る事しか出来ないけれど。
2007年12月08日
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何日か前、スキルス胃癌患者さんの奥様から電話がありました。ご主人が手術不可のスキルス胃癌と診断されて、抗癌剤治療が始まって数ヶ月が経過したところです。患者さんは、30代かなぁ・・・これまでの経過を懸命に話されるので、しばらく相槌だけでお話を聞いていました。こういうお話は、これまでも良く聞いてきましたから。症状や抗癌剤の名前、医師からの説明内容等で、おおよその見当がつきます。スキルス胃癌の患者さんとの交流は長いですし、沢山ありますから。懸命に話されるうちに、奥様の声が涙声に変わるのがわかりました。・・・って、私が苛めて泣かした訳じゃないですから奥様はちょっと前まで、お一人で辛い現状を受け止めていました。ご主人には病名も現状もちゃんと告げていましたが、それを聞いてもそれが何たるか・・なんて理解出来る人はまずいないでしょう。手術は出来ないけれど治療をしているのだし、とりあえずは心配なくて、ゆくゆくの事は治療にしても、その他の事にしても、ゆっくり考えれば良い・・・そんな風にご本人は受けて止めていたようです。それが、セカンドオピニオンを受けるに当たり、どうもそうはいかないようだ・・・と、思い始めたようです。それと同時に、現実を受け止める事にどれだけエネルギーが必要であるかも感じたようです。私は何度かこの場で、「選択肢がある時間は長くない」のだと書いています。この言葉を読んだ方々から、これは自分の事ではないのだろうか?と思ったとよく言われます。決して、誰かを特定して書いている訳ではありません。私の元に届くメールの多くが、もっと早くに・・・と思わざるを得ない方があまりにも多いのです。どれだけ医学が進歩しても、米村先生が手術のチャンスを探る医師でも限界があります。どうにもならない状況があります。かつて父は開腹して何も切除出来ずに閉じただけの手術の後、術後の痛みに耐え兼ねて、もう金輪際手術は嫌だと常々言っていました。抗癌剤治療の奏効如何で、再手術出来るかもしれないと希望を持って伝えたのに、絶対に嫌だと。あんな痛い思いは、もうしたくないと言い切りました。その父が、最後の最後に望んだのが「手術」でした。内科医の回診の際に、「先生、お願いですから切って下さい」と、自分の胃のあたりに十字を切るのです。もう手術を望むには遅すぎました・・・・
2007年12月07日
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まずは最初に・・・すみません、メールのお返事が滞っておりますです。えっ??またぁ??・・・という声が聞こえてきそうな・・何とか3日以内には返信致しますので、しばしお待ちを~m(_ _)m m(_ _)m以前からスキルス胃癌は胃癌の1割程度のレアな癌だと書いておりますが、何せ、ここは「スキルス胃癌」患者さんが沢山集う場で、本当にそんなレアな癌なのかなぁ・・と思っておりました。ですがここ最近、腹膜播種や他の腹膜の癌患者さんからもメールを頂くようになってきて、やはりスキルス胃癌って少ないかも?と思ったりしております。最近は、スキルス胃癌の患者さんからのメールより大腸癌からの患者さんの方が増えています。さて本題に・・・時節柄、喪中葉書が届くようになりました。殆どが母宛のものですが、私宛にもチラホラ・・・・その中に、遠方に住む友達のエマちゃんからの喪中葉書がありました。春から同居を始めた、お舅さんが82歳で夏に亡くなったようです。このお舅さん、私も何度となくお会いして言葉も交わしていますが、エマちゃんが苦手にしている気持ちがよぉ~くわかるお人柄^^;あれじゃ、エマちゃんが時にプチッと切れるのも、ストレスになるのも納得だわ・・等と、私も思っていました。このお舅さん、実は胃癌を患った経験の持ち主。そんな何十年も前の話ではありません。確か・・・私の父がスキルス胃癌だと話した時に、実はうちの舅も胃癌だったの・・ってエマちゃんが言ってたから、時期的には7~8年前くらいかなぁ、それとも10年くらいの前の話かなぁ・・・胃癌と言っても大人しいタイプの初期だったようで、術前化学療法も無ければ、術後化学療法もナシ。切ったらハイおしまい!!って感じの癌だったようです。ですから、胃癌は完治と言えたみたい。本当はこの時点で色々と聞きたかったんですが、普通はわかりませんよね。ボールマン何型?とか、印鑑細胞癌ではなかったの?とか聞かれても困るでしょうし・・・そのお舅さんに、この春になって肺癌が進行した状態で見つかりました。進行していた為に手術不可、高齢である事と、若干なりにも認知症の症状が出ていた事もあり、化学療法も行なわない方針となりました。認知症や寝たきりの人に対しては、癌治療は対象外になるのは理解できました。おまけに80歳を越えると、それだけで化学療法は行なわない方針の医師や病院も少なくありません。化学療法は副作用が付き物ですし、体力がどうしても必要です。逆効果になる可能性が、若い方より高いとも言えます。肺癌と言っても色々と種類はあるでしょうが、進行しているという話でしたし、治療は行なわないと決めているのに、あれやこれや聞いても始まりません。それに、肺癌は私のテリトリー外でもあるし・・・ただ静観する事にしました。年齢から、そうすぐにどうこうもならないだろうとも思っていました。ところが、春に判明した肺癌が真夏には命を奪う事になったようです。あまりにも早いので驚きました。もう既にあちこちに転移があったのか・・・・わかりませんが。この肺癌は胃癌からの転移、再発だったのだろうか、肺の原発だったのかも不明のまま。そもそも、胃癌の型は何だったのだろうとか・・・癌に関わっていると、気になる事だらけです。
2007年12月06日
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癌という輩を倒すには、やはり何と言っても切除がベストだと思っています。癌は残念ながら、薬では治りません。化学療法に頼るにしても、化学療法には薬剤耐性が付き物ですし、副作用で免疫力や気力をも低下させてしまう事もあります。ですから、癌は切除がベストだと思うのです。ではありますが・・・中にはしょーもない個所に出来たり、大きくなりすぎたりで、すぐさま切除出来ない物もあります。そーゆーヤツには前もって化学療法で癌を叩き、それから切除するという手法が現在は一般的です。それでも、開いてみたらやはり切除不可能だった・・・という場合も少なくありません。そういう輩に対しては一体どうすれば良いのか・・・??癌細胞ってヤツは、熱に弱い事がわかっています。42~43度で死滅するとも言われています。体温をこんな温度にしてしまっては、体内の正常細胞はもちろん、脳細胞まで死滅してしまう可能性がありますから、癌細胞にだけ熱を与える方法はないものか・・・??という事になります。癌細胞が一塊になっていれば、放射線で狙い撃ち!!という方法もありますが・・・腹膜播種には向きません。文字通り、癌が種のように無数にばら撒かれているからです。数がありすぎで狙い打つ事が出来ません。大きなグラウンドの草むしりを、たった一人でするようなもので、全ての草をむしり終える頃には最初の場所には、もう草が生えている・・・そんな感じになってしまいます。そんな時に思いついたのが、温熱療法です。開腹時に腹膜にだけ熱を与えるというもの・・・これが米村先生の手法でもあります。これに加えてですね・・・この間、うちの博士が工学系ならではの発想を先生に話しておりました。先生の手法は、開腹時の1度のみの熱での打撃です。これでも効果ありという症例がありますが、念には念を入れて、複数回出来るようにしてみてはどうか?という案を具体的な方法を上げて進言していました。と言っても何回も開腹するわけにはいきませんから、大きな開腹はせずに手軽に行なえる方法です。温熱療法と言っても、単に体外から与えるカイロのような熱では話になりません。癌細胞に行き届くまでには、かなり熱は下がりますから意味ないです。ただ、気持ち良い~だけ。うちの博士が提案した内容はさほど大した機械や、道具が必要でもなく、安価。おまけに、万が一の事故があったとしても体に悪影響は与えないという優れもの。とある液体を使用するのですが、これが工学系ならではの発想で、良くわかりもしない私が聞いても面白いと思うものでした。これどうでしょう?と。先生も興味深く聞いておられました。数年前に小さい癌は僕が切除するから、大きな癌をピンポイントで焼ける機械を考えてくれませんか?と言われた事があります。その頃から本業の傍らで、うちの博士なりにエネルギー計算やらしていまして、小さな試作品まで作った事もあります。先生が言われるには、医者には出来ない発想をするのが、うちの博士なんだそうな。今回の発想はピンポイントで癌細胞を焼くものではないけれど、熱で癌に打撃を与えられて、尚且つ、未分化の癌の特徴とも言える、免疫細胞に見逃され易いという特徴をも変える事が出来るかも??というもの。癌細胞ってヤツは自分が敵だとバレたと知ると、姿を変えてしまうという特徴があります。これを逆手に取った発想。伊達に海外の医療論文を読み漁ってないなぁと、たまに感心します。家にいると、アホや~この人と思う事はいっくらでもあるんですが^^;医療ネタは殆どがうちの博士からです。この人から聞く分にはタですからね医学と工学のコラボは今や常識。先生は腹膜播種にはどうかなぁ・・・とはおっしゃっていましたが、今回のこの発想、これが上手くいかないかなぁ・・・と私は内心思っています。そしたら、術後の再発予防にも一役買えるのではないかなぁと。切るのが一番、その後は再発させない事を考えねばなりませんからね。しょーもない話題の合間にも、こんなまともな話もしておりますです。
2007年12月03日
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今年は自宅の柿の木に沢山実がついて、収穫しました~毎週、10個くらいずつ赤みがさした実だけを収穫していましたが、すっかり葉が落ちてしまっ・・・はよ取らねば鳥に食べられてしまう~と思い、今日はどっさり取りました。博士と陸屋根に登って、せっせせっせ・・・その数、80個でっす!!">">ここ連日、患者さんご本人からお電話を頂いています。お一人は婦人科系の癌からの腹膜播種、もうお一人は虫垂癌からの腹膜播種の男性患者さん。この腹膜播種という状態は、胃癌はもちろん、大腸(虫垂も大腸の一部)、卵巣、子宮・・・原発は色々とあります。このブログは「スキルス胃癌」と銘打っていますが、最近は腹膜播種でもヒットするようになったのであれば、嬉しいです。腹膜播種と言えば米村先生なんですが、米村先生のお名前もテレビにご出演された事もご存知ない方からもメールが届くようになりましたからね。患者さんの中には、ご自身がお世話になっている病院の医師から米村先生のお名前を聞いた方もいますし、また、メールで相談した医師から米村先生を紹介されました・・・という方もいます。日本で唯一、腹膜播種科を立ち上げた医師が米村先生であり、腹膜播種科=米村医師ですからね。そういった事もあり、腹膜播種でメールを頂く事がとても多くなりました。ですから、原発も色々になってきました。この状態で病気が判明した方がとても多いですが、再発という形で判明した方も少なくありません。これまでスキルス胃癌の患者さん一辺倒でお付き合いして参りましたので、再発も腹膜播種の状態の患者さんも沢山知っています。患者さんの数だけ経緯があり、また、患者さんの思いも患者さんの数だけあるという事が良くわかります。どなたも本音も建前も理想もあるけれど、その中の中の本当の思いは、やっぱり「生きたい」というもの。愛するご家族のため・・・これも、もちろんあるけれど、やはり誰のためという事より何故だかわからないけど「生きたい」という思いを感じます。そして、「何故自分が、こんな目に・・・???」という思いも。どんな思いであれ、それぞれの思いをお一人で抱えることはありません。ここには同様の思いを抱えている患者さんが沢山集まりますから。
2007年12月02日
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