全11件 (11件中 1-11件目)
1
暑さもあって、最近は体調がイマイチです体重が減ると、必ずだるくなります。胃癌患者さんが、倦怠感を訴える事は多々有りますけども、これって、単に抗癌剤の副作用だけじゃないんじゃないかなぁ。。。痩せると確実に体力落ちますし、とにかく、だる~ってなりますもん。私は暑くてもへーきで、食べる方なんですけども、うちの博士はまるっきりダメ。冷たい物と、サッパリしたもの・・・なんてモンばかり。。。合わせていると、私まで痩せていく~そもそも、こんなモンばかり食べていると、胃が重くなるし、胃痛まで出てくる始末胃癌患者さん相手のブログで、自慢になりませんけども、痩せるのは簡単、太るのは大変です。うちの博士は良いですよ、痩せても余裕あるから。アタシには、無いちゅーねん今のところ、何とかキープできてますけどね先日の、話の続編を。今日は、ヒゲさんの娘の話です。ヒゲさんは、奥さん(40代前半)がスキルス胃癌と判明した時に、二人の娘に事実を話しました。当時、娘は中1と小5でした。 お母さんは胃癌で、長くは生きられない でも、お父さんはお母さんの病気が治るように、 少しでも長く生きられるように全力を つくすから、 お前達も協力して欲しいこう言ったそうです。中1の娘はその場で泣き出し、小5の娘は黙って話を聞いていたそうです。小5の娘は、何故、泣かなかったのかというと、後で本人が言ったそうですが、 「泣いたら負けだと思った」 からだそうです。だから、歯をくいしばって泣くのを耐えた・・・という事みたいでした。ヒゲさんは、子供でも家族の一員なんだから、助け合わなければいけないと言ってました。実際、助けられたとも言ってました。少し話が反れますが、ヒゲさんの奥さんの病気が判明した時、当時の主治医は 「何をやっても助からないけど、手術しますか?」 そんな風に言ったと聞いています。この言葉にカチンときたヒゲさんは、それこそ、ペンギンの喧嘩じゃないけど、胸を突き出してこの医師に迫ったと言ってました。素人考えながら、癌は切らないより切った方が良いに決まっていると思い、出来るだけ切って下さいと、後になって頭を下げたようです。胃は全摘し、手術自体は上手くいったハズなんですが、どうしてか、術後いつまで経っても食事が摂れない。それどころか、吐き気に襲われる毎日。腸閉塞でも無いのに・・・水すら飲めず、在宅IVHで2年以上過ごすこととなります。(術後、この病院と医師に見切りをつけ、米村先生の元へ行ったんです)遠路の通院と、在宅IVHと、週1回の訪問看護を受ける日々になりました。そんな中でも、お元気でしたよ。旅行もしてましたしね。話は戻って・・・二人の娘が、母親の胃癌の告知を受けた時の様子は、ヒゲさん本人から聞いた話でした。まさか、同じ光景をこの目で見るとは思いませんでしたね。奥さんが他界して7年目、ヒゲさん自身が膵臓癌で末期を迎えました。主治医から、本人がいない所で、週単位の命だと告げられたのが、昨年の秋の事です。この時、私は同席してました。二十歳になった長女は、その場で俯いてポロポロと大粒の涙をこぼしました。18歳になった次女は、黙って主治医の目を見て、話を聞いていました。まさに、母親の胃癌の告知を受けた時と同じ光景です。二十歳が中1でも、18歳が小5でも、受ける衝撃は同じなんです。癌となった親が、父親でも母親でも同じです。大きすぎる衝撃を二人で受け止め、その後の話は、以前、ヒゲさんの闘病記として書いた通りです。二人は、諦めることなく、時間を無駄にしないように、踏ん張ってました。泣くのは、何時だってできますからね。父親が生きている間は、泣くなんて勿体ない時間だと自分に言い聞かせ、時間を使いました。私は、この二人を中3と中1の頃から見てます。実に逞しく、実に礼儀正しく、実に義理堅く、育っています。付け加えるならば、美人にも育ってますわ^^この二人の中に、ヒゲさんとヒゲさんの奥さんの人柄が、時折顔を出します。あっ、美人の遺伝子は母親からだけですけどね。ヒゲさんも奥さんも、まさしく、この二人の中に生き続けてます。
2009年07月31日
コメント(5)
辛い話が続いてしまって、誠に恐縮です元気な患者さんもちゃんといますけども、一つしか無い命ですからね、「良い話」 「悪い話」 両方の真実を知って頂いて、患者さんもご家族も、後悔の少ない選択をして頂きたいと願っております。こんな活動をするようになってから、実に、30代、40代の癌患者さんが多いことを知りました。本当に沢山います。30代、40代の患者さん方は 「なんで、こんなに若くて癌になんかなったのだろう??」 と思われている方が殆どだと思います。ネットの世界を駆け巡れば、同様の人が沢山いて、自分だけじゃないんだって思えるでしょうけど、いざ、ネットから離れて見回したら、やっぱり自分だけ・・・なんて事も多いと思います。そういった意味でも、この場を、それぞれの方々の 「窓」 にして頂けたらと思っております。今日は、ちょっと視点を変えて。。。若い患者さんは、大抵、幼いお子さんがいます。子供に辛い思いはさせたくない・・・こんな親心から、自分が癌であることを伏せている患者さんが少なくありません。ここでシリーズ化してご紹介してきた、そりゃないよさん(スキルス胃癌・30代・男性・先月他界)の4歳の娘さんのその後を。(過去の日記・そりゃないよシリーズを参照)過去の日記をご覧頂くとわかりますが、この4歳の娘のマイちゃんは、大好きなお父さんが癌だってこと、教えて貰いました。小さい子供だって、家の空気が変わって、お爺ちゃんや、お婆ちゃんや、ママの神経がピンピン、キンキンすれば、大変な事態だってことくらい、わかります。大好きなパパの具合が悪くて、グッタリしたら、不安になります。なんで、パパは具合が悪いの?それは、癌という病気だから。。。どうしたら、パパが元気になるの?それは、パパが治療を頑張る、そして、自分が良い子にしている。。。じゃ、その為にはどうしたら良いの?それは、パパに優しくしてあげる、自分がだだをこねずに保育園に行く。。。どうやら、マイちゃんは自分の中で色々考え、そして、自分の中で答えを見つけ出していたように思います。実際にマイちゃんは、具合の悪いパパに「さっき、無理してポテチなんて食べたからだよ」なんて、言ったり・・・熱を出したパパに、「コーセーザイを使えば、良くなるよ」なんて、言ったりしたんですよ。マイちゃんなりに、パパを懸命に励まし、元気付けていたんです。そんだけ頑張ったけど、大好きなパパは逝ってしまいました。それでも、頑張って生き抜いたパパを、ずっと側で見ていたから、マイちゃんなりに理解と、納得をしている様子です。マイちゃんなりに、精一杯のことをしましたからね。マイちゃんだって、本当に頑張りました。パパが亡くなってから、一時、傍目から見ても、おかしな時期があったそうです。でも、今では、保育園に行く前に仏壇に手を合わせたり、一番大きなブドウを自分で見つけて供えたり。。。そうそう、写経までしたんですってマイちゃんにも、パパはもう、見えなくなっちゃったそうです。亡くなったばかりの頃は、見えていたようなんですけども・・・でも、パパは仏壇に居るんだって言って、仏壇のパパを大事にしてる様子です。ママが言ってました、「4歳だけど、マイもパパと一緒に癌と闘ったんです」って。。。パパの生き方が、マイちゃんの本質に根付いていくことは、間違いないと思います。成長に連れ、パパの記憶が薄らいでいっても、マイちゃんの中には、パパから感じ取ったことが、いずれ、マイちゃんの人格の核となるのではないでしょうか。。。人から教わったことは、直ぐに忘れてしまうけれど、マイちゃんの場合は、パパに教えられたというよりも、自分で感じて学んでいったんです。これは、絶対に忘れません。そうやって、ずっとパパは、マイちゃんの中に生き続けます。
2009年07月28日
コメント(0)
先日書きました、「大泣き電話」 の話を。この患者さん(60代・女性)は2005年に胃癌で手術を受けています。3年が経過する頃に、腎臓が腫れ、膀胱壁が厚くなっている事がわかり、再発が確認されました。この場合、腹膜播種と診断するのが一般的です。腎臓が腫れる原因として、一番考えられるのは、尿管狭窄です。尿管が狭くなっているか、もしくは、詰まっているかで、尿が逆戻りしているから、「腫れている」と考えられます。この尿管狭窄、もしくは閉塞は、腹膜播種が原因であり、要は尿管の外側に癌がこびり付いている、もしくは、腫瘍で押し潰されていると推測するのが、これまた、一般的です。この患者さんの場合、膀胱壁も厚くなっていることから、膀胱にも癌が浸潤している可能性が考えられた訳です。厳しい余命が告げられ、それから、私に相談メールが届きました。2008年9月下旬から、腹腔内化学療法が始まりました。この患者さんの場合、未だ、尿管狭窄が片方だけだったのが、幸いだったと思います。実際、両方の尿管狭窄の患者さん、腸閉塞まで起こしていた方が、この腹腔内化学療法で、1年3ヶ月存命された男性患者さんがいます。(手術せず)この男性の場合は、再発ではないという点が違いましたが、上手くすれば、この男性患者さん以上に存命できるのではないかと期待しました。本来なら、この治療法を経て2ヶ月程度で手術となるのですが、この女性患者さんの場合は、違いました。手術を行っても、癌が切除しきれないことが予測されます。恐らく、尿管周りには手が付けられない状態であろうと・・・こんな懸念もあり、しばらく抗癌剤で様子を見ていました。ですが、抗癌剤治療には必ず、限界が訪れてしまします。この女性患者さんにも、その限界が垣間見れ、大博打ではありますが、手術に踏み切ることにしたのです。今年の2月のことでした。開腹してみると、卵巣に転移が見られ、片方の尿管は完全に詰まっていました。尿管には、癌は目視できないものの、癌があるものと思われます。尿管以外の癌を全て切除し、その後も抗癌剤治療が行われました。術後の経過は順調で、2週間で退院。ですがその後、癌との関連は無いと思いますが、カルシウム不足による全身硬直という症状が出ました。こんな症状が出た患者さんは、実に初耳です。硬直の原因だけは判明しているので、カルシウムを点滴すると直ぐに治まりましたけどね。一体、これは何なんでしょう???術後の治療も予定通りに始まったものの、2ヶ月経つ頃には腹水が認められるようになりました。3ヶ月経つ頃には、胸水までもが認められるようになってしまいました。この頃から、体調は目まぐるしく変わり、娘さんからは頻繁にメールが届きました。状態を察した私は、地元病院の確保を薦めました。栄養点滴に通える病院、もしくは、在宅でお願い出来るクリニックを探してくださいと。。。抗癌剤治療は中断となっていました。運良く、24時間対応してくれる在宅医療機関を見つけ、お願いできました。定期的に自宅に来て頂き、栄養点滴を受けていました。そんな中・・・ 「母の体調が心配ですが、来週末に、岩盤浴に行くことにしました 少し遠いのですが、母が今から楽しみにしているので、行って来ようとおもいます」というメールが届きました。 「患者さんには気晴らしと、楽しみが必要だから、多少の無理をしても行って来てください」と返しました。恐らく、これが最後の旅行になるだろうと、嫌なことにわかってしまう自分がいました。この楽しみにしていた 「岩盤浴旅行」 から帰って来て、2日後に旅立ったようです。患者さん本人は、 「しんどいけど、明日の米村先生の外来には行くから」と、旅立だった日の朝に言ったそうです。疲れて眠っているものとばかり思っていて、いつもの往診に来た医師が、異変に気付いたようです。あまりにも穏やかな逝き方で、側にいるご家族さえも気付かなかった。。。再発当初に言われた、厳しい余命より遥かに長く生きました。娘さんからは、本当によくメールが届きました。心の揺れは、手に取る様に伝わってきて、時にこちらが苦しくなるほど。細かに患者さんの状態も聞いていたので、希望を持ってもらいつつ、現実も知って貰わねばと、特に気を遣った患者さんでもありました。時に励まし、時に叱るような言葉さえも遣い、昨年の秋からずっとお付き合いしてきました。そして、旅立った日の午後に、泣きながら 「ありがとうございました」の電話があったのです。
2009年07月26日
コメント(0)
術後早期再発患者さん(スキルス胃癌)のお話をもう一人・・・と思っていたところに、昨日、訃報を知らせる電話がありました。この患者さんも、スキルス胃癌の術後早期再発の患者さんです。娘さんからの電話でした。大泣きしながらの 「ありがとうございました」 の言葉は、胸に沁みました。。。この患者さんの経過も、次回、ご紹介致します。今日書く患者さんは、50代の女性患者さんで、スキルス胃癌と判明した時には、腹水が認められ、腹膜播種・手術不可でした。今年の1月のことです。米村先生の元へ来られたのは、2月です。早々にTS-1服用と、腹腔内化学療法が開始されたのですが、これまた早々に、酷い副作用が出ました。何が何でも生き延びる、どんな辛い治療だって我慢してみせる!!こんな気負いのあった患者さんでしたが、見ると聞くでは大違いで、即、弱音モードに変わりました。こんな様子をご子息から聞いた私は、治療の選択権は患者さん本人にあること、ご本人が止めたいという気持ちであれば、それも止むを得ないこと、患者さんの命は患者さん本人のものであること・・・だから、患者さんの意思を何より尊重すべきであると、長々と返事をした記憶があります。その上で、未だ、治療が始まったばかりでもあるし、出来ればもう少しだけ頑張って頂きたいと思いますとも、書き加えました。その後、連絡が届かなかったので、経緯はわからないまま、数日前に、訃報連絡が届いたのです。術後、早々に再発してしまったこと、本人はそれでも前向きで、治療に意欲をもっていたこと、治るつもりでいたこと・・・淡々と書かれていました。そして、家族として、精一杯のことが出来ました、悔いはないですとも書かれていました。「旅立ってしまったけれど、負けたなんて思っていません このHPに出会えたからこそ、闘う術を知りました 出会えなければ、闘わずして終わっていたと思います」こんな風に書かれていました。どうせ助からないなら、辛い抗癌剤治療も、痛い手術もしなければ良かったのに・・・と思われる方もいるでしょう。元気な方は、皆さんそう言います。癌患者さんでも、ご自分に治療の選択権がある間は、そう言います。ですが、医療側から治療を拒否された時、体がどうしても死を予感させてしまう時、誰しもが辛くても治療を望みます。治療自体が、希望なんです。。。
2009年07月23日
コメント(0)
更新をサボりまして、誠にすみませんm(_ _)mメールの対応は、サボってませんですから、更新してない時は手が回らないのだと思って下さいね。また、多くの激励のコメントをありがとうございます胸が熱くなりました。本当にありがとうございます先日、半年前にスキルス胃癌でご主人(50代)を亡くされた方と、電話でお話しする機会がありました。私とお付き合いがあった方は、患者さんの娘さんでしたので、言わば、この患者さんの奥さんとは、初めての交流でした。私が名乗ると突然、電話口で涙ぐまれましてねぇ・・・驚きました。「主人のことは、寿命だと思う事にしました。それでも、もっと早く貴女に出会えていたら、違っていたかもしれません。貴女がいてくれて、どれだけありがたかったか、助かったか知れません」と、兎に角、こちらがどうして良いやらわからないほどのお言葉を頂きました。お話を聞いているうちに、私まで貰い泣きです。。。こんな風に思って下さる方が、いてくれるんだなぁ・・・実は今月は、いつもより多くの訃報が届いています。ご遺族となられた方から、ご報告のメールを頂いております。患者さんご本人の気持は、今となってはわかりませんが、ずっと側で見てきたご家族には、それぞれの思いが残されます。ごく最近届いた、お二人の患者さん(お二人共、スキルス胃癌・腹膜播種)のご遺族の思いが、ある意味、対照的でしたので書いておこうと思います。残念ながら、このお二人の患者さんは、術後早期で再発でした。術後数ヶ月~半年で再発してしまうことは、珍しくないのです。お一人の方は、治療の選択肢を広げて貰ったことには、感謝するものの、もし、自分がこの病気になったら、きっと、抗癌剤治療も手術も受けないと思います・・・というものでした。抗癌剤治療の副作用で辛い思いをする家族を側で見てきて、尚且つ、親族からは、そんな辛い思いをさせてどうするんだと、非難を受けたと言います。挙句の果てに、亡くなってしまった。。。非難した親族には、申し開きも立ちません。誤解されると困るのですが、このご遺族は、決して治療を否定するものではありません。患者さんが余りにも辛い思いをされ、頑張ったにも関わらず、旅立ってしまわれました。それ自体は、覚悟していたと言います。抗癌剤治療にしても、手術にしても、拒否すればしたで、必ず後悔したこともわかっていますと、書かれていました。どちらを選択しても、後悔するだろうということは、手術を選択した時からわかっていたんですと。重い思いが綴られていたメールには、 「ありがとうございました」 の感謝の言葉と、結果はどうであっても、米村先生のようなお医者さまは必要だと思いますし、増えて欲しいと思いますと、書かれていました。「もし自分なら・・・」こんな思いは、これまでも沢山聞いて参りました。ただ一つ言える事は、患者さん本人にとって、 「治療をしない」 「治療してくれない」 ということは、死刑宣告とも言えます。何もしないことが、どれほど心細く、不安なことか・・・患者さんの状態によっては、治療しない方より延命に繋がる場合も、実際にあります。抗癌剤は毒薬ですから。ですから、今は治療しない方が良いと思いますよ、その方がずっと延命できると思いますよ。こう、患者さんや、ご家族にこう言う事もあります。事実を知っていただいた上で、選択して頂かねばならないと思うからです。ですが、患者さん本人にとって、これほど残酷なことは無いんです。他の患者さんはどうあれ、自分は違うと思いたいし、実際、思っておられます。治療をしないことが、生きる時間を延ばすことになるかもしれませんが、患者さんご本人は、それでは生き延びていることにはならない・・・そう感じます。もうお一人の方の話は次回
2009年07月21日
コメント(0)
毎日、これでもメールの対応をしておりますけども、どうにも、お返事お待たせ状態が続いております。皆様方には大変ご迷惑をおかけし、そして尚且つ、更新のサボりでご心配?頂くこともあるかと思います。本当にすみませんm(_ _)m思えば、ブログを始めて3年以上が過ぎました。この間、多くの方々に暖かく見守られ、支えて頂いているお陰で続けてこれたと思っております。とは言え、時にはキツ~イコメントを頂くこともあり、へこむこともありましたねぇ・・・中には、的確と思えるご指摘を頂くこともありますけども、言葉がキツクて、温かみが感じられず、これまた、グサッときたりねぇ・・・私みたいな存在が、どうにも面白くない方もいるのだと、実感せざるを得ない事もあります。私としては、こー言ってはナンですけども、お金儲けは一切しておらず、時間と心を砕いて、言わば、これでも誠意100%のつもりなんです。誠意が人を傷つけないとは限らず、内容が内容だけに厳しい現実、医療の現状・・・避けて通れば、単なる夢物語、フィクションになります。そんな現実を知って頂いた上で、迷いや不安を払拭して頂いたり、また、ご自身の選択の材料にして頂ければと思っております。時折届く、キツイコメントは、ボディブローのように少しずつ効いてきて、何時の日か私も潰されていく運命なのかなぁ・・・このブログも消えていく運命なのかなぁ・・・などという、漠然とした思いは常に持っております。良い気になってる・・・とか、思われちゃうのかなぁ?生前、susuさんがここに書かれたドギツイコメントを見て、「あんなコメント、直ぐに削除しちゃえば良いんです あんな言葉で、ひろりんさんが傷つく方が心配です」ってメールをくれた事がありました。同じ経験があるから、わかるみたいでね。嬉しかったなぁ。。。まっ、潰されるようであれば、私もそれだけの人間ってことで、その時は潔く認めて去りますわ^^立ち直りは早いし、案外タフなんで、結構いけると思っておりますけどもねなんか、愚痴めいてしまいましたね、すみません。題目にある、術後1年経過の嬉しいメールが届いておりますこの患者さんは、早期胃癌の方なんですが、印環細胞癌なので、スキルスと分類しても良いかな?っていう女性患者さんです。昨年、胃癌の告知を受け、とにかく早く手術を!!という思いから、告知を受けた病院とは違う病院に飛び込み、告知後2週間での手術を受けました。術後の病理で、印環細胞癌が判明したものの、癌は粘膜で止まり、24個切除したリンパからも、転移みつからずで、術後の抗癌剤治療は不要との診断から、1年が経過しました。久しぶりのメールで、実に1年ぶりに届いたメールは、元気で明るいものでした。胃癌告知を受けたばかりで、右往左往されていた時にメールを頂き、ほんの数回メールを返しただけなのですが、 「私達、スキルス胃癌患者のために、いつもありがとうございます」との言葉がありまして、じわっ~ってしちゃいました。メールを頂いた時に、すぐさま、米村先生に手術を・・・とも思ったのですが、当時、米村先生の手術日程はビッシリ埋まっていましてね。これは今もなんですが・・・即手術!!を希望される患者さんには、現実問題として、どうにもならないんです。どんなに早くても、1ヶ月は先になってしまいます。結局、地元の大学病院での飛び込み手術となりました。術後1年経過、それも、早期発見でリンパ転移も無いとなれば、このままずっと行ける可能性は高いと思います。再発の不安は、つきまとうと思いますけども、きっと大丈夫!って思って癌なんて忘れちゃって下さい。暖かくて、明るいメールをありがとうございます。また、たまには近況をお知らせくださいね、カオリさん
2009年07月16日
コメント(7)
この間、このブログ欄で呼びかけた、ミハルさんから電話ありました~この患者さんは、胃癌(スキルスではない)・部分切除後、2年半で残胃がスキルス胃癌と判明した患者さんです。30代という年齢でもあり、小さなお子さんの母親でもあり、絶対に死ねませんというメールが届いたのは、何時だったかなぁ・・・今年に入ってからだと思います。残胃がスキルス胃癌と判明した時点で、少量ながら腹水が認められ、腹膜播種であろうとの診断でした。その後、米村先生の元へ来られたんです。抗癌剤治療を経て、今年の2月に手術を受けました。胃全摘、胆嚢、脾臓は摘出しました。いつもなら、転移する可能性の高い子宮、卵巣をも切除するのが、先生の手法ですが、この患者さんには、敢えてせずでした。と言いますのも、大動脈周りのリンパに癌の浸潤が認められていて、手術では癌は取りきる事が出来ないと判断されたからのようです。食事は早々に摂れるようになりました。胃癌の治療では、スタンダードではありませんけど、放射線を取り入れての治療が、術後に開始されました。放射線は、リンパに当てたものと思われます。「食事が摂れなくなってきました」というメールは以前に、届いていました。それが、いよいよ水を飲むこともできなくなってしまった様子で、入院となったようでした。そこで、電話があったという訳です。米村先生からは、バイパス手術の提案があったそうで、そのリスクを考えると怖いって言ってました。何とか食べさせてあげたいという先生のお気持と、何とか食べられるようになりたいという患者さんの気持ちから、過去にも同様の状態で腸切除の手術を試みた患者さんが何人かいます。一時だけ、食べられるようになった方もいれば、しばらく・・・数ヶ月も食べることが出来ずにいて、諦めかけたときに、何故か普通に食べられるようになった方もいます。これは不思議なんですが・・・ですが、傷口が必ずしも塞がるとは限らず、ドレナージ処置がずっと続くというハンデがありました。それでも、 「食べる」 ことの意味って、健康な人には想像がつかない程のことなんですね。ドレーンを付けたままの状態でも、 「食べる」 ことの幸せをかみ締めて、「幸せ」 って言える時間を過ごしてました。健康な人から見たら、拒絶反応さえするような状態でも、患者さんにとっては、すごく幸せなこともあるんです。で、話は戻って、先生からリスクを話されたようで、それで迷っての電話だったんです。この方の場合は、腸切除ではなくバイパス手術のようですけどね。手術自体は怖くないけど、傷口が塞がらないかもしれない・・・というのが、怖いって。未だいましばらく、迷いは続きそうでした。
2009年07月13日
コメント(0)
うちの博士は、 「免疫とは何ぞや?」 と思えば、免疫学の大家に、 「遺伝子とは何ぞや?」と思えば、遺伝子学の大家に教えを請う輩です。大抵、こーゆー大家の先生は国立大学の先生と相場は決まっています。うちの博士も国立大学出身。言わば、国立大学って大学の全国チェーンみたいなもの。出身大学と、自分の身分を明かすと、どの先生も快く教えてくれるから、国立大学つながりって凄いですわ余談ですけども、米村先生も国立大学出身で、うちの博士と大学受験の時代の話になると、面白いですよ~普通に考えると、国立大学に入る人っていうのは、まぁ、賢いと世間の皆さんは思ってます。ところが、この二人の会話を聞いていると、共通しているのが 「私立大学なんて、志望大学に考えた事もなかった」 と言うんですけども、内容がですね、経済的な問題は二人共無いながら、私立大学に入れなかったから(←受験してないから当たり前)、仕方なく国立大学に入った・・・みたいに聞こえるから笑えます話がそれました。で、私はうちの博士から、免疫やら遺伝子やらの話を、噛み砕きまくって聞くんですけども。。。人の遺伝子は、3本の酵素からなる、ねじれの糸というか線と言うか・・・(表現が難しい)で、出来ている。この、ねじれ糸は一定期間を経て、順番に半分に短くなっていく。これが、いわゆる新陳代謝。半分、そしてその半分、そして又、その半分・・・これを繰り返していくうちに、どんどん短くなっていき、ついに終わりがきた時が寿命ということになる。この新陳代謝を繰り返すことにより、人は成長し、そして老いていく。けれど、癌細胞はこれをしない。増殖を続けていくだけ。死なない細胞と言われる所以です。死なない細胞が、次から、次へと死んでは生まれ変わる細胞の、命を脅かす存在になるのだから、皮肉なものです。
2009年07月10日
コメント(2)
術後、半年を迎えた患者さんのご家族から、久しぶりにご連絡を頂きました。この患者さん(60代・女性)は、2005年にステージ1の胃癌で手術を受けています。(今年、初めの頃のブログにも書いたと記憶してます)このステージで胃を全摘されたとの事ですから、癌のタイプは印環細胞癌だったのかしらん?と、これは勝手な私の推測です。初回の手術の病院が、癌専門病院であったことから、単に私がこう思うだけで、この頃のデータはよくわかりません。ステージ1という事から、当然、リンパにも転移は無かった筈で・・・これは、あくまでも検査上でのことであり、検査って万能じゃありませんから、もしかしたら、どこかにもぐりこんでいたのかも??しれません。ステージ1と診断を受けた患者さんは、再発予防の抗癌剤治療なんて、普通はしません。ですから、この患者さんも当然のごとく、術後は抗癌剤はナシでした。まぁ、どんなタイプの癌であったにせよ、残念ながら、2008年を迎える頃になるとダンピングの症状を繰り返すようになってしまい・・・この年の秋には、腹膜転移での再発が判明して・・・というより、確定してしまったんです。腹膜に転移した時点で、癌のタイプが何であるか?という事は問題外となります。問題にしても、意味ないです。で、昨年の秋にメールでご相談を頂いたんです。この時のことは、今年初めの頃の日記にも書きましたけども、ケータイに嵐のごとく、メールがポンポンと届きまして^^;丁度、外出していたこともあり、他数人の方からも、ケータイにメールが届いていたこともあり、何度かのやり取りの後に、「もう、指が痛くなりました 」と、ギブアップ しちゃいましたその後、米村先生の元で、昨年11月から手術に向けての治療が開始されましてね、そのご報告は受けていたんですが、それからは、連絡が届かなくなり・・・数ヵ月後になって、 「手術が終わりました」 との連絡が届きました。腹膜にあった癌が綺麗に消えていたとの内容でした。米村先生の話では、腹腔内化学療法で、腹膜の癌が綺麗に消えるという症例が増えてきたとは、聞いていましたが、どうやら、この患者さんもその中の一人だったようです。癌というヤツは、抗癌剤で消えてもまた、復活してしまいます。腫瘍の縮小は、延命とは比例しないことも、近年わかってきました。「抗癌剤で癌は治らない」 これは、外科も内科も認めている事実です。ですので、切除はせねばなりません。話は戻りますが、この患者さんからは、それからずっと連絡が無く・・・どうしておられるのやら??と思っていたら、術後、半年経って元気にしているとの近況が届きました術後早々は、術後の抗癌剤治療に、患者さんは元気を無くしているようなことが書かれていましたが、先日の話では、 「おかげさまで、元気にしています!!」 と明るい内容でした
2009年07月07日
コメント(3)
癌治療って、幸せをもたらすものなのか、それとも不幸をもたらすものなのか・・って時々思うことがあります。治療が上手くいっている間は、誰もが間違いなく 「幸せ」 を実感していますけど、上手くいかなくなった患者さん本人から、ごくたまにではありますが、 「死にたい」 と言う言葉を聞く時、私の中で疑問符が出てくるのです。癌治療とは、必ずしも 「元気」 になる治療ではなく、 極端な表現をするならば、どんな状態であれ 「生きる」 為にする治療です。これは癌治療に関わらず、医療であれば、どれも同じですが・・・患者さんが、例えば超一流のアスリートであっても、生きる為に、足を切断せねばならない事もあるのと同じです。何もせねば、数ヶ月~半年後には死んでしまうと言われれば、後先考えずに 「生きる」 事を人は優先するものです。その結果、思うような状態になれないこともあります。これは、あくまでも結果論で、治療に当たる側すら予測がつかない事もしばしば起こります。その結果、命だけは延ばせたけれど、皮肉な事に延ばせた時間が、当の本人を苦しめ、絶望させてしまう事もあります。医療側からみれば、命を延ばせたのですから、この治療は成功なのですが、本人にとってはそうは言えない部分もあります。そして、 「死にたい」 と言葉にするようになることも。。。4年前に亡くなった、スキルス胃癌の患者さん(40代・女性)からも、この言葉を聞きました。全ての治療法をやり尽くし、もう治療法は無く、また治療を受けるだけの体力もなく、自由が少しずつ無くなっていく闘病生活の中で、こんな風に心情を吐露したのです。「もう、神に召されたい」と。。。自宅で何とか過ごせてはいましたけど、 「毎日、自分の所に尋ねてきてくれる野良の猫ちゃんだけが、私の友達・・・」そんな事も言ってました。そんな彼女が、 「死にたい」 と実際に言葉に現した数日後、病状が急変し、本当に死の淵を彷徨って返って来たことがありました。目が覚めると、未だ生きていることがわかり、死にたいなんて言ってしまった、だからこんな目にあたったのかもしれないと思うと、ドキドキしました・・・って言ってました。この言葉の中には、死ねなかったという思いと、未だ、生きられたという思いの両方が含まれていたように感じました。間違いなく言える事は、死ねなかった事を残念には思っていなかったことです。死にたいと言いながら、実際に死の淵を彷徨って返って来てしまった彼女は、この時を境に、天寿をまっとうする事を決心したように思います。これからは、自分の為に生きるのでななく、生きていて欲しいと願ってくれる、子供達のため、夫のため、健在な両親のため、姉のために最後まで生き抜いてみせますと、断言してくれました。この中には、私の名前も含まれていました。そして、実際に彼女は天寿をまっとうしました。ご本人にとっては、辛い日々でしたが、その生き様が、多くの人を生かしてくれているように思います。彼女は、自分の天寿をまっとうすることで、多くの人の心の中で生き続けることを選んだように思います。私自身が、今も尚、彼女に支えられて生きています。
2009年07月05日
コメント(0)
ちょいと前のことですけども、 「手術が無事に終わりました」 と、患者さん(スキルスタイプの胃癌・50代・女性)の娘さんから連絡がありました。この患者さんの経緯ですが、今年の4月に地元病院で胃癌手術を受けています。ですが、いざ開腹してみると腹膜播種!で、そのまま閉腹となりました。地元主治医の推薦で、米村先生の元へ来られました。腹腔内にポートを埋め込み、TS-1服用との併用療法が、早々に開始されました。手術に至るまでは、全然楽じゃなかったんです。病院近くのマンスリーマンションを借りての、通院治療となりましたが、副作用?それとも、病気の進行?とも捉えられる症状が顕著に現れましてね。心配したご家族からは、私へ電話やPCメール、ケータイへのメールが頻繁にきました^^;特に治療の合間に、自宅に帰った時に変調が出た時は、かなり慌てた電話があったように記憶しています。やはり、この状態で自宅に帰るのは不安で仕方ないと、直ぐにマンスリーマンションに戻ったりしましてね。戻ったは良いけれど、とにかく 「母がどうにも辛そうです」 という連絡は、それからもちょくちょく届きました。ですが、この 「辛さ」 は米村先生が診ると、「大したことじゃない」 らしく・・・癌患者さんの治療経過としては、 「普通」 だったみたいでしたけどね^^;ある時、腹腔内に埋め込んだポートから、腹水が滲み出てきたとの連絡が。。。この場合の腹水は、腹腔内投与が原因の場合もありえますので、病気の進行とは断定できません。その証拠?に、この腹水を検査してみると陰性でした。また、同時に腹痛も訴えられましてね。食事が摂れない、吐き気がある、実際に吐いてしまう・・・となれば、先ず疑うのが腸閉塞なんですが・・・ですから、もしや腸閉塞??と、私も案じたものですが、これまた違いました。どうやら、抗癌剤の副作用だったようです。で、術前に6回の腹腔内投与を予定していましたが、5回で切り上げての手術となりました。栄養不良での手術では、体力の心配やら、縫合不全の心配やらがありますから。手術結果ですけども、腹膜には明らかにここに癌があった痕があったそうです。腹膜には白い点々があり、それを調べてみたけれど、癌はどこからも検出されず・・・間違いなく、ここに癌があったという痕だけは残っていたようです。そもそも、目視出来る癌って 「白」 なんですが、必ずしもこれって癌じゃありません。どうやら、腹腔内化学療法が効果を奏してくれたようでした。ただ、転移は腹膜だけではなく、子宮や卵巣にもあったようです。これらの癌は未だ、表面にだけで浸潤はなし。ですので、子宮、卵巣も切除となりました。そうそう、一時は腸閉塞を疑った腹痛ですが、腸閉塞の兆しは全くなかったようです。ご本人には、辛い辛い術前の治療となってしまいましたが、見返りは充分あったようです。娘さんから、こんな報告が届いて、私も心底安堵いたしました^0^新たなスタートラインに立った・・・というより、立てたってところです。
2009年07月01日
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1


