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この気持ちを、何とか今年中に書き記しておきたくて、更新致します。今年は・・・と言うよりも、今年も色々とあった年でした。沢山の癌患者さんや、そのご家族と交流をもつと、泣き笑いが絶えません。特に、訃報に接すると、ご遺族のお気持ちに涙したり、また、ぐっと堪えたり。。。つい先日のこと。。。今年の5月に、術後約1ヶ月で合併症による感染症で他界した大腸癌の男性患者さんがいました。まだ、40代の働き盛りで、未成年のお子さんが2人います。術前も、術後も奥さんとは頻繁な交流がありました。病状が急変した際にも、何度も連絡がありました。急変連絡があった翌朝、 主人は亡くなりましたと短いメールが届いたきりだったんです。ずっと気にしていました。手術を後悔されたのではないか・・・と。もしかしたら、私、恨まれているかもしれない。憎まれているかもしれない。それは致し方ないけれど、どうか、残された奥さんが周囲の方に責められたりしていませんように。そう思っていました。だから心の底には、時折疼く痛みがありました。あれから7ヶ月。。。まだまだ悲しみに暮れる心情の中、この患者さんの奥さんからメールが届いたのです。 ひろりんさんが気にしているのではないかと、 ずっと気になりながら、 泣いてばかりで、ご連絡も出来ずにいました 手術を選択したことを、 私達が後悔しているんじゃないか と思っておられるのではないでしょうか そうではない事を伝えねばと、 ずっと思っていました とありました。米村先生にも、私にも感謝していますとも書かれていました。結果はこのような形になってしまったけれど、最後の最後まで前を向いて生きられましたと。前進しながら倒れたのです。米村先生とひろりんさんに出会えて良かったとありました。大切な方を亡くされ、大きく傷つきながらも、この暖かいお心遣いに、どうにも堪えきれない思いがこみ上げてきて、ただ、ただ、涙です。結果が出ないと、時に100本の矢が飛んでくる事があります。正常心ではない異常事態とは言え、思いのたけをぶつけるだけぶつけてきて即、着信拒否。。。という事もありました。さすがに堪えます。誠意100%でも、結果次第ではそれが一瞬で砕け散るのが医療であり、この活動なのだと、痛みを伴いながら感じています。辛いし、苦しい。。。辛い、苦しいを覆い隠しながら、茶化したり、明るくとぼけながら癌を語っていたりします。でも。。。。時に、患者さんにはお見通しのようで。。。私の方が慰められる事が多いですけども。今、私はこの奥さんの心根に本当に救われる思いです。来年への大きな力を頂きました。涙ぼろぼろです。ひろりんをご支援下さる方々、今年も本当にありがとうございました。良いお年を。また、来年
2014年12月29日
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このところ、風邪をひいて出足が遅れたもんで、朝から動き回っているうちに夜になる。。。って感じでございます。更新もままならず・・にも拘らず、多くの方々のご訪問をありがとうございます。今年は、あと1回くらいは更新したいと思っておりますが、どうなるコトやら。。。また年内に更新できればするつもりですけど、先に、今年のお礼を言っておきます。今年も色々とありました。訃報も少なからず届きました。そんな中で新たな出会いも沢山ありました。どこぞで、私の悪口が書かれているのも目にしました。でも、それを怒ってくれている方が必ずいる事も知りました。また、どこかの誰かが、このブログを広めようとして下さっている事も知りました。私を遠くから、見守って下さっている方が少なくない事を感じています。総合すると。。。沢山、愛情を頂いた1年でした。本当に本当に、ありがとうございます。ある患者さんが ひろりんさんの置かれている環境は、苛酷だと思います 開放して差し上げたいとも思います だけど。。。 できたら、もう少し一緒に歩いて欲しいですって言ってくれました。だから、私、皆さんと、まだまだ一緒に歩いて行こうと思います。まとわりついちゃおうかしらんで本題に戻って、今日は10月5日に書いた患者さんの近況です。来月で、術後2年を迎えるスキルス胃癌・腹膜播種の60代の男性患者さんです。最初は、米村先生の治療など受ける気などサラサラなく、娘が泣いて頼むから、仕方なしにセカンドオピニオンだけ受けてきます、治療はここでしますからって、地元の主治医に宣言して出てきたんですよ。それが、米村先生との出会いで気が変わり、手術を受ける気持ちになりました。術後は、腹腔内で化膿が起きて、高熱にうなされたり、一過性だとは思うけど、鬱じゃないだろうか・・・?と思える表情の写真が届いたり・・・決して、順風満帆ではなかったんですが、その後、元気を取戻しました。今は、ホンモノの元気です。先日も、ご家族でイルミネーションを見に行った時の写真が届きました。患者さんは、実に良い笑顔お孫ちゃんは、患者さんの病気発覚時にはお腹の中でしたから、お孫ちゃんの年齢は、正しく、患者さんの癌年齢。娘さんとのツーショット写真もありましたよ。娘さんも、お綺麗な方です。んイルミネーション効果で綺麗に見えるのかしらんと目をこすって見ましたけど、はい、ちゃんとお綺麗ですスキルス胃癌・腹膜播種、術後2年、日常生活にも何の支障もなく、ごくごく普通の生活をお元気に送っておられま~す
2014年12月26日
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年末が近づいて来たと言うのに、天気や体調に大きく左右されちゃって、遅々として進まず。。。何とか、風邪の方はもうちょっとって感じです。先日お話した、7年来のお付き合いの患者さんの奥さんが、 今年の風邪は長引くんですよ~ ウチも、主人から孫までみ~んなやられましたって言ってましたけど、本当ですねぇ。。。1週間経つのに、抜け切ってないですもん。ところで、今日は弟の話です。先月も書いてますんで、弟っていうのが 「でぇくさん」 だってこと、おわかりですよね病気が発覚したのは、2011年の7月。腸閉塞で手術を受けたら、虫垂癌が判明したんです。当時、下のやんちゃ坊主・・・じゃなかったご子息は2歳。その7ヶ月後の2012年2月に、腫瘍マーカーがグングン上昇して、PET CT で腹膜播種が確認されました。2012年夏に米村先生の元へ来て、同年11月に手術。800を越えていた腫瘍マーカーでしたが、術後は正常値に。今年は、極度の脱水症状やら、胆管狭窄で大変な夏でした。それがようやっと落ち着いて、日常生活を取戻し、先月は、あのご子息の七五三を迎えました。上のお姫様と、奥さんと、でぇくさんの七五三の家族写真を送ってくれました癌宣告時に、2歳だった子供が、5歳のお祝いを迎えたこと。。。これはやはり、感無量ってところでしょう。普段はですねぇ、「弟」 ですし、彼の事はふざけて、茶化して、お調子こいて書いてますけど、こういう、特別な日の写真っていうのは、私としてもですねぇ、何って言ったら良いんでしょうねぇ。。ジンとするものがあるんです。だってですよ、腹膜播種で腫瘍マーカーが物凄く高くて、不安と心配と焦りの塊だったハズの時に、ご本人から電話がありましたからねぇ。。。あの時、縁起でもない話で恐縮ですけども、たまたま、ご近所に不幸があって、葬儀のお手伝いに行ってる最中だったんですよ。受付やってましてね。そんな時の電話だったんです。だから、色んな思いが私にも乗っかっていて、凄く、記憶に残っているんです。あれから2年と5ヶ月。。。今年は、大変な年になってしまったし、今回届いた近況も、酷い便秘による腹痛の話なんて書いてあったし、心配は心配なんですけども、何とか、落ち着いたようだし、ホッとしているところです。そうそう、腫瘍マーカーはCA19-9 は術後ずっと正常値。800もあったんですけどね。CEA の方は1312と微減ながらも、まだ高目。こちらは、手術前はずっと正常値だったんですけどねぇ。まぁ、術後10年を越えた、今も元気な患者さんで、過去、CEAが20まで上がった人もいるからなぁ。。。経過みているうちに、正常値に戻りましたけど。あっ、言っておきますけどもぉ、私が茶化してブログに書いていること、弟は、面白がってくれてます。ひろりん の 「ノリ」 をよく理解してくれているようです。やっぱり、弟だな。
2014年12月20日
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ご心配とご迷惑をおかけしました。何とか、まだ声がちょっと鼻声ではありますが、復活致しましたお見舞いコメント、ありがとうございます風邪薬が効いてくれるまでは、ホント、酷くてですねぇ。。。夜中に38度の発熱汗びっしょり頭痛と咳で連夜、眠れなかったです。最初、漢方薬を飲んだんです。たまたま博士が病院処方の物を1日分だけ持っていたんで。割とイイ感じだったから、同じメーカーの物をドラッグストアで買いました。ですが、市販用って成分量が全然少ないんですねぇ。2時間しかもたない。発作のような咳に酷すぎる頭痛、発熱で一気に悪化。どうにも辛くて夜中の2時に、常備薬の風邪薬 「後藤散」 を飲んだら、朝までぐっすり。。。その後3日続けて飲んでますが、ずっと朝まで目が覚めません。この風邪薬は、関東圏では売ってませんけど福岡にいた頃は、どこの薬局でも売っていました。福岡に行く度、買って帰ります。始めからこれ飲めば良かったまぁ、あんなこんなで寝込んでしまいましたけど、皆さん、命がかかった大変な病気の方々、私ごときの体調で、ご迷惑はかけられません。やれるだけの対応はしておりました。中にはですねぇ、患者さんご本人から、体調を急に崩し、急遽入院となってしまい、セカンドをドタキャンせざるを得ない事を詫びるメールが届いたり。。。また、ご主人が急な病で大変な状況ながらも、私にお気遣いされ、お礼のメールが届いたり。。。お気持ちに余裕など全くないハズの方々なのに、何と言いましょうか。。。私の中で、グッとくるものがありました。(寝込んでる場合じゃないな・・・)ところで、今日はかれこれ7年来になるのかなぁ。。。長いお付き合いのある患者さんの近況です。過去の日記を探してみたら、2012年2月に何度かに分けて書いてました。大腸癌・腹膜播種の男性患者さんです。病気が判明したのは2007年で、手術した時に腹膜播種と肺への転移が見つかったんです。5年生存率は20%と言われました。術後の治療は、腹膜播種があるし、肺の転移もあるし、やってもやらなくても、あまり変わらない。そんなノリでした。まぁ、敢えてやるなら FOLFOX。最近(2007年当時)のデータでは、これで24ヶ月延命できた人がいる。こんな説明があったんです。5年生存率20%どころか、2年生存の話へと話が具体化していき・・・それで慌ててて米村先生の元へ駆け込んで来たんです。当時、肺転移という触れ込みでした。だから、肺の手術を先にしましょうとなって、肺の手術をしました。肺は呼吸に直結する臓器です。つまり表現は上手くないけれど、「命」 を考えた場合、腹膜よりも、肺の方が命には近い臓器だから、こちらが優先された・・・ってとこです。でも、実は肺転移ではなくて、肺癌だったんです。全くの別物。つまり、大腸癌との重複癌だったんです。大腸癌・腹膜播種、それに加えて肺転移だと思われていたので、肺癌はそのまま放っておかれるところでした。その後、数年後だったかな。。。もう片方の肺に、肺癌が再発。また切りました。この間ずっと大腸癌の腹膜播種対策は、抗癌剤だけ。肺の様子をずっとみているうちに、腹膜の方は特に問題も起こらず、ずっと落ち着いていましてね。で、不思議な事に今に至ります。今は、抗癌剤治療も止めてみました。まだ、止めて数ヶ月なんですが、変化と言えば、便秘が治ったとか、目の病気の進行が止まったとか、酷かった、かかとのひび割れが治ったとか、良い事が続いています。逆に言うと、これらは抗癌剤が悪さしていたって事なんでしょう。本人はですねぇ、旅行したりゴルフしたり、何でも美味しく食べたり、趣味が増えて、友達との交流が増えたり、心も体も元気そのものなんですけどね。あの時、米村先生が、「じゃ、肺の癌を先に切って貰いましょ」って言わなければ、今頃、肺の癌はどうなっていたのか。。。お付き合いが長くなったもんだから、この患者さんの奥さんとは、もう、普通におばちゃん同志の会話でよく盛り上がります
2014年12月17日
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風邪による酷い頭痛と咳、鼻水で寝込んでしまいました。一時的に、メールのお返事は、お急ぎのみ、それも簡単な対応とさせて頂いております。折角、お友達になったばかりのジュンちゃんや、なみちゃんに気の利いたお返事ができてなくてごめんなさい。復活したら、ちゃんとお返事しますんで待っててくださいね。あたまがぐぁんぐぁんします
2014年12月14日
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うちの博士、今、酷い風邪をひいてまして。。。私、マスク着用とか、頻繁にうがいとか・・・必死に防御体制を取っておりますが、昨日あたりから、ちょっとノドの痛みを感じておりまして、内心、ビビっております今、すごく流行っているんですってね、風邪やインフルエンザが。もう4~5年くらい前の話ですけど、患者さんのご家族に、「私、速読が得意なんです」って方がいて、私のブログを短期で全部読んだんだそうです。その感想の第一声が、 ひろりんさん、風邪ひきすぎじゃないですかでしてねぇ。。。えっそこ確かに、しょっちゅう風邪ひいてました。それがここ数年、殆ど風邪もひかない。なんで・・・かと考えてみると、体重が2~3Kg増えました。私の場合、体重=免疫力みたいな感じです。ところで、今日はあの 「思いがけず」の患者さんの経過です。腹水多量での状態で、今年の3月にスキルス胃癌が判明した60代の男性患者さんです。 (※11月14日の日記参照)この患者さんの経過は、単に病状だけで捉えて欲しくないと思います。ステージ4の癌患者さんなら、ご本人もご家族も、誰もが経験しているんじゃないでしょうか。隠された(もしくは隠した)真実に翻弄されてしまうという現実を。ご本人もご家族も「真実」を持て余してしまう。そんなところから始まります。この患者さんも、まさしくそうでした。その後の事は過去日記をご覧ください。8月に手術にこぎつけ、4ヶ月が経過しました。春の頃は、TS-1 + シスプラチン の治療を受けていましたが、効果は出ませんでした。腹水は消えないし、減りもしない。ちっとも良くならないのに、治療を変えるでもない。主治医に治療の意欲を感じない。何より、それが不満だったようです。だから米村先生の元へ来る気持ちになったんですが、厳しいスタートラインでしたからねぇ・・・私も先は読めませんでした。当初の私の予測では、術後4ヶ月では未だ、殆ど自宅のベッドの上。家の中は自由に動けるけど、外出まではいかないだろう。。。ましてや、外出が楽しめるようになるのは、早くて半年後くらい。それも、ごくごくたっま~にだろう。。。そう思っていたんです。だから回復までは、ご家族から不安メールや心配メールがよく届くだろうから、「それ普通」「それ一般的な経過」って説明しようと思っていたんです。ところが。。。この間届いたメールでは、ご本人が1時間半くらい車を運転して、お孫ちゃん2人を連れて、リゾート地に遊びに行って来たそうで・・・食事はなかなか思うようにいかないようですが、全く駄目な訳じゃなく、食べることが出来たり、ちょっと一口、二口でキブアップしたりだそうですけどね。私ね、思うですよね。先のことは誰にもわからないけど、少なくても、今現在の状態は凄い事です。今の「凄い」は、単にご本人の努力や忍耐と、手術はしないがセオリーの病状ながら手術をした米村先生の気合と、医療の進歩の結果だけじゃないと思うんです。この患者さんにとっては、やはりお孫ちゃんの存在が与える力が、一番大きいんじゃないかと。お孫ちゃんの存在があるから、真実を知っても怯まなかったんだと思うんです。手術前はポロリと弱音を口にする事もあったから、ご家族は、真実が言えなかった。言ってしまったら、どうなるのか・・・想像すると、悪い予想しかできなくて怖かったんです。だけど、本当は違ってました。真実を知った時のこの患者さんは、まるでスーパーヒーローのように逞しかったんです。このスーパーヒーロー、体重は激減しましたけど、逞しさは倍増です
2014年12月11日
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今日は、8月24日に書いた虫垂癌の患者さん(40代・男性)の近況です。久しぶりにね、ご本人からメールが届いたんです過去の日記を読んで頂くと詳細がわかりますけども、腹膜播種で米村先生の手術を受けるも、術後2年程度で腸閉塞で再発してしまったのは、今年の梅雨の時期でした。この時、食事はおろか水すら飲む事ができない状態でね。地元病院では、入院でイレウス管を入れて、ただ経過を見守るだけ・・・こんな時間が2ヶ月近く続いていてました。そんな辛い状況で、病床から私にSOSが届いたんです。地元病院では、手術の話も出るには出たんですが、よくよく調べてみると、腸の狭窄箇所は幾つもあって、ここでは切除することは無理、緩和ケアなら可。それ以外を望まれるなら、執刀病院にご相談を・・・という話に流れていったようです。これ、実はごくごく普通の一般的な対応です。どこの病院でも殆ど同じです。お困りのご様子だったので、詳細を米村先生に伝えたんです。どうするかは、米村先生のご判断にゆだねるしかありませんからね。そしたら、米村先生が直ぐに動いて下さいまして、イレウス管を入れたまま、この患者さん、新幹線に乗りまして・・・それで手術退院食事ばくばく食べるという奇跡を辿ったという話を過去に書きました。 (この患者さん、私にすごく恩を感じて下さっているんですけども、 私じゃないですよ、米村先生が全てやって下さったんです) こんな風に書くと、地獄のような日々があっと言う間で、あまりにもあっけらかんとしていますけど、ご本人は、完全に死を意識していました。米村先生の元へ行けても、生きて帰ることはできないかもしれないって本気で考えていました。思い浮かぶのは身辺生理とか、葬儀とか、そんな事ばかりです。直ぐそばまで死はやってきていて、もう避けられない、もう逃げられないと思い込んでいたようです。そして、今、退院して4ヶ月。寝たり起きたりの日々のようですが、ありがたいことに、普通に食事が摂れています。避けられなかったストマにも、慣れてきました。ご本人、 順調に回復していますと回復を実感されています。4ヶ月経ってもまだそんなものなんて思うなかれ1年かけて、術前の体にもっていく方もおられます。何より。。。嘘偽りなく、死の崖っぷちを体と心で経験されたこの患者さんにとって、今はありがたい感謝の日々なんです。 焦らず、回復していきますとありました。ゆっくりでいいんです、少しずつでいいんです。元気に笑う時間が増えればね
2014年12月08日
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今日は、お友達紹介です。私、患者さんのお友達、沢山いるんですよご紹介するのは、けいこママ(30代・女性・大腸癌)です。病気が発覚したのは、2012年12月。S状結腸癌でステージは3でした。術後、半年間、抗癌剤治療はしましたけど、術後1年で卵巣に再発してしまいました。この時、卵巣の切除は行うも腹膜播種であることがわかりました。その後、相談メールがご本人から私に届きました。そして米村先生の元へ来る事となり、はるばる飛行機に乗って、寒~い土地から大阪へ。そして、今年の春に米村先生の手術を受けました。腹膜切除、胆嚢切除、子宮、脾臓切除、そして術中温熱療法です。術後の経過は、すこぶる順調で2週間で退院。さぁ、帰ろうとした時に少し不正出血があって、本人、かなりビビったんですけども、これ、直ぐに治まりましてね。無事に、ご帰還となりました自宅に帰って、地元の病院で術後治療として、FOLFIRI が始まりました。これが、副作用が強くて辛い、辛いこの中に含まれる、イリノテカン(別名、トポテシン、カンプト)は胃癌でも有名な抗癌剤ですが、一番、副作用が強い抗癌剤と言われていました。米村先生なんかは、「最後の砦」 と呼んでいた時期があり、できるだけ使わないようにしていた時もあったほどです。これが使い方次第だと概念が変わり、元気な時に使えば、さほど強い副作用は出ないこともある。。。だけど、けいこママには強いのが出ちゃったんですよねぇ。。。尚且つ、治療で訪れた病院で血栓が見つかってしまって緊急入院場所が肺に近かったんです。肺で詰まったら、肺梗塞を起してしまいます。急いでフィルターかけて、詰まらないようにして、ワーファリンで血栓を溶かして・・そう、癌という病気になると、癌にばかり目がいきますけども、心配なのは癌だけじゃないです。30代で血栓って、一般的にはあまりないです。ですが、体質的なもの、妊娠したりの体調によるもの、抗癌剤の影響等々から、30代、40代でもこんな事が起こります。私が知る限りですけども、女性の方が男性より断然多いです。その昔、飛行機のエコノミークラスで、長時間、同じ姿勢でいる事から、血栓ができて心臓で詰まり、心不全で亡くなった乗客のニュースが話題になって、エコノミー症候群なんて名称ができましたよね。ですから、ワーファリン等の血栓治療の薬剤を処方されていない方、納豆が嫌いじゃない方、日頃、納豆を食べる事をお薦めします。この中のナットウキナーゼという成分が、血栓を溶かしてくれます。話は戻って、けいこさん、無事に血栓治療を終えて退院。ワーファリンが処方されちゃったんで、大好きな納豆が食べられなくなってしまいました。で、副作用の強さから抗癌剤は、TS-1 に変更となりました。米村先生の診断では、酷い腹膜播種じゃなかったし、完全に切除できたし、術後の治療は必要ないかもしれん。そんな手応えだったようなんです。米村先生的には、完璧な手術だったらいしんですが、正直のところ、わからないんですよねぇ。。。だから、石橋叩いて渡ろか。。。ってな感じでの治療です。もちろん、けいこママ、今、普通にお元気ですよ。米村先生の定期外来も、異常なしとパスしています。そして、術後8ヶ月が経過して、けいこママが、応援団の写真を送ってくれました。可愛い男の子が2人、写ってましたよ 可愛いでしょ~・・・ってけいこママ、それ、私が言うとこですからママが遠くの病院で手術に入院となった時も泣かずに我慢して、応援してくれた小さいけど大きな大きな応援団です。
2014年12月06日
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先日の日記では言うならば 「諦めない」 を推奨した感があります。「覚悟が足りない」 患者さんの場合は、癌と言う病気を通して、米村先生との出会いがご本人のお人柄さえも、病気共々向上させた気がします。人との出会いが、何かを変える・・・そんな事もあるってもんでしょう。ステージ4だって、腹膜播種だって、手術適応外だって、余命宣告受けたって、そこから、治療が奏功して復活した患者さんを何人も知ってます。だけど、誰にも彼にも 「諦めない」 の提案をしている訳じゃないです。癌と言ってもタイプは色々ありますし、病状も様々です。それまでの経過によっても、薦められる方と薦められない方がいます。敢えて薦められないなぁ。。。と思った方でも、想定外で治療が上手くいって、何年も元気にしている方もいますがそういう事はなかなか少ないのも現実です。単に腹膜播種だけじゃ、「諦めない」 がモットーですけどね。ちょっと前の事です。敢えて病状等は伏せますが、治療を薦めなかった方がいました。聞けば、患者さんは未だお若いと言える年齢の男性で、体調不良を感じて、病院に出向くも原因がわからぬまま経過観察。癌だとわかった時は、もう末期の症状が出ていました。奥さんから相談メールが届いたのですが、この時、入院中のご主人は、とても動かせそうもありませんでした。それでも、何とか転院させて米村先生の治療を受けさせいというお気持ちが痛いほど伝わって参りました。お若い年齢であること、まだ幼いお子さんがいること、あまりにも早い癌の進行であること、病院に行っていたにも関わらず、癌がみつからなかったこと、治療もさほど受けていないこと。。。全てにおいて、お気の毒に感じました。諦められる訳などないと思いました。だから、何とかならないかと案じました。だけど。。。書かれていた病状から、もう、どうにもならないと思いました。癌とわかってから、あまりにも時間が短く、現実を受け止めるには、時間が少なすぎていました。だけど、本人や家族の気持ちなど無視して時は流れます。病状は進行します。私は 「お薦め致しません」 と返事をしました。納得など無理でしょうし、慰めにもならないと思いましたが、その理由を細かく記しました。それでも、納得されたいというお気持ちが大きいのであれば、ご家族の代理受診という形で承ることはできますと返事しました。きっと、これを読んだら、この方は落ち込まれるだろう、大きく傷つかれるだろうとは思いましたが、今、無理に何かをすれば、あまりにも貴重な時間が取り返しのつかない事になると思ったんです。だから、薦めないと返事をしたんです。こういうお返事を書いた後は、大抵、胃が痛みます。しばらく胃痛に悩まされ、コーヒーはブラック党の私ですが、クリープ入れて飲んでました。こんな返事をした数日後、この奥さんからメールが届きました。私からのメールを読んで、動揺したとありました。そして、メールが届いて間もなくご主人の容態が急変したこと、今、危篤であることが書かれていました。メールに書かれていた事は、本当だったのだとわかりました・・・今は、側にずっと付き添っていますと書かれていました。こんな、どうにもやりきれない切ない事もあります。
2014年12月03日
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