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男性は社会が階層的であるのは、明らかに自然な秩序に沿っていると考える。女性も、階層構造とステータスの差については人生の事実として認めており、「法と秩序」の観点から理解しようとする。だが女性の社会的な関係で、特に身近な人たちの間では、階層的な区別やランク別の表現は不快で、望ましくなく、強調するよりは控え目に扱うべきと考え、できるだけ出さないようにする。男性が持つ世界観では、他の人々との関係は「より高い/より低い、より速い/より遅い、1番目/2番目、より大きい/より小さい、より多く/より少なく」など、比較関係で組織化される。女性の見解には比較はなく、「同様に/異なって、彼女を知っている/彼女を知らない、遠い/近い」など、関係性から出来上がる。男性は、人々が垂直に積み重なっていると表現する。それが女性では、人々は輪になって、それも望ましくは、人々が手をつないだ様子をイメージする。【男性の見方】男性は身近にいる他の男性と比較した自分の立場を、担当地域の広さや家のサイズ、会社の格付けや他の身近な男性と比べた成功の度合いなど、全てについて推量し評価しながらいつも意識している。男性達の人生の目標とは、「尊敬される」、「優れたものとして誉められる」、「ピラミッドの頂点を極めたエリート集団の一員」「ごく僅かの、限られた人になれた誇り」などである。誰かが人に「成功しなさい」と口にする時、そこに隠されるのは「他者を追い越しなさい」という意図である。そう口にはしながらも、自分が他者を追い越せる勝ち目は多くないため、現在もそこに留まっているのだろうか?あなたが最高クラスの社会ランクに達することができたと仮定すると、ピラミッドの頂点にいる人生には多くの利点があると分かる。最も明白なのは、究極の報償として、多くの自由を得ることである。社会的なランクが高くなればなるほど、最早、他人の言うことは聞かないで済む。第二に、明確な高ランクのおかげで、他人を命令で動かすことができ、逆に闘争は抑えられる。スムーズに機能する階層構造では、下位にいる人達はあることについて議論する代わりに、言われたことを実行する。その仕組みから、命令と統制のシステムは物事をかなり速く動かし続けることを可能にしている。最終的に勝者は、いいものをより多く手に入れられ、そして他人とそれを共有する必要もない。アメリカの自動車のバンパーに多く貼られてあるように、「最も多くのおもちゃを楽しんで死ねる奴こそ人生の勝利者さ」、というステッカーから学ぶことはその点だろう。【女性の見方】女性は、「全ての人間は等しく創造された」と信じている。これに、人々は人生の中で最も重要であり面白い要素、という見解が結み合わされて、人の面倒を見ることや考慮するのが優先順位の高い価値となる。相手に合わせて過ごす良い時間と考え、WIN-WIN方式で他の人と付き合う、このためピラミッドの頂点に達することにはほとんど関心を持たない。トップに立つことは孤独なことである。女性は、皆が一緒に成功するのを好む、ただ一緒に前方へ動いていくのであって、他の誰かの前に進み出ることを指すのではないことに注意が必要である。彼女達のモットーは「もっと頑張れば、もっと陽気な気分になれる」である。女性は、他から軽蔑されたくない気持ちの方を、特に尊敬されるよりも望む。女性の世界で、理想的な対人関係とは横に一緒に並ぶ位置関係にある。この本で繰り返し述べているように、女性に作用する感情の原則は、「嫉妬」ではなくて、「他人に共感する力」である。広告では、長年にわたり当然の事のように、消費者は他の人と同じになるために、はしごの段を昇ることが動機付けとなって、この渇望が動機付け要因の基本と見なされてきた。それは男性については、確かに機能したようだ。「この製品が手に入れば、他の男性達は皆、すごく口惜しがることだろう!」ということを前提とし、それに基づいて制作された広告をいくつ見てきたことか。男性は進化論的にプログラムされているため、実際、他人に勝るスタイタスの獲得に関係したことが、欲するものとなる。これが女性では、他の人々に嫉妬心を抱かせるようなことをするのは些細な事で、相手の心の器量が狭いと考える。そして、「そうね、私の人生と似ているわ」といった前提により、関係付けしていく。「あの製品が彼女にとって役立つのなら、たぶん私にとっても同様に役立つだろう。」女性が並列型の関係性を築くことで得られるベネフィットは、男性のピラミッド・パワー型の関係性と同じくらいに、明白なことである。女性には、いつも話したり、一緒に考えをふくらませたり、また経験を共にできる誰かがいるものだ。女性のグループには、才能とリソースをプールさせながら、皆からべネフィットが得られるため、一人が方向性を決めれば、後は皆から助力が得られるので、皆がグループの成功に関係していける。この方法の問題点は、交渉するのに時間がかかること、他の人の支援を求めることに対するためらいの気持ちが生じること、などである。しばしば女性は、自分が一種の「服従の円」の中にいることに気付く。「私はイタリア料理が好きだけど、あなたはギリシャ料理が好きだから、ギリシャ・レストランヘ行きましょう」と、彼女達は話すだろう。「いいえ、いいの。イタリア料理がいいから、イタリア料理の店に行きましょう。あなたの提案でいいわよ」「そんな、いいのよ。私こそ本当に、あなたの好みに合わせるから」この点は、男性からは実りがなくて非生産的と指摘されるが、これについては女性側も認めざるを得ないだろう。結論として言えることは、女性の考える世界はちょうど1つの大きな支持グループによって包まれているため、同輩グループの一部にいる時には、誰からも見捨てられて孤独を感じることはない。人々を助けたことで幸福を感じ、また、助けを受けたことで幸福を感じられる。では、実際のマーケティングと販売への展開に関して、男女が他人から助けを求めたり、受け入れたりする際に、異なった考え方をする重要な兆候をどう探っていくか?男性は他人に助けを求めることを好まない。男性としては、こうした行動は他の男達よりも「1点負ける」ことのイメージを抱き、さらに困ったことに、なぜそうするのか聞いてくる。「なぜ、僕にはそうするんだ?」(心理学者は、男性はだから、道を聞きたがらないと言う。)男性は、自分たちを状況における「マスター」として認められたがる。それに対し、女性は自分たちを「学生」と見ているようである。女性は何か知らないことがあれば、そのことを自分で認めて、他の人々から助けを求め、歓迎することへの抵抗もなく、コミュニケーションにより関係することで、自分たちのことを「生涯学習者」として特徴付ける。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.31
前にも書いたように、女性は人々と適応して育児に励むように進化論的にプログラムされているのに対し、男性は競争的に生きるように進化論的にプログラムされている。それは、ホルモンの働きによるものである。【男性の見方】 男性は競争について面白いと思う。競争は彼らがどう働き、どう遊び、そしてどうコミュニケートするかのべ一スになっている。小さな少年時代から、反対チームに対抗して自ら組織化し、その中にはリーダーがいて、数人の将校クラスは命令を下す命令権限を持つ。こうした組織の目的は闘争することではない。そこに目標や賞品があって、それを獲得できた男性は、誰でも勝者になれる。逆に獲得できないと、誰もが敗者になってしまう。勝者の側には、激しく議論して、解決して、受け入れる多くのルールが存在していて、それに多くの自慢、ほらふき、威張りが加わる。通常、敗者は、こうしたことがあってもひどく思い悩まない。「いくつかは勝ち、いくつかは負ける」、その結果にかかわりなく、全体の経験として友情と楽しい感覚が強められていく。男性にとって、競争は良いことと思っている。それがあるため、人々はベストを尽くし、最も良い解決策を引き出すことができる。他にある代替案も挑戦して試みることから、より良いものはさらに強化でき、弱い点については除去することができる。男性個人としての対人関係は、それが専門的な分野であっても個人的な分野であっても、人生のあらゆる遭遇が競争であることに専門家は同意する。そして、あらゆる競争は「ゼロサム・ゲーム」(片方のプラス・スコアが、もう片方のマイナス・スコアになる)として展開される。物の見方としては、勝つか負けるかしかない。「自分が欲しいものを必ず手に入れる。そのためには、相手が欲しがるものを決して相手に渡してはならない」「最も優れた男性が、必ず最後には勝つのだ」当然ながら、こうした見方は男性が形作る個人的な関係のタイプにも影響を及ぼしている。彼らが持つ友情さえも競争をべ一スにしているため、相互関係も挑戦と攻撃性の言葉の上に展開されることから、他の者が自分と同じレベルの資質を備える場合は十分に用心してかからねばならない。どんな欠点であっても、その男性の弱点のサインとして認識されるため、欠点を見せないようにするべきである。何かを間違ったり、知らなかったりする時は、他の者に気付かれないようにすべきである。前に観察したように、男性の精神状態は「隠すこと」に基づき、これに対し女性のものは「外に明らかにすること」に基づいている。あまりにも簡単に、他人を頭から信じ込まない方が良い。やはり、ある程度は疑いの心と距離を保っていた方がより安全である。男性文化では、いくつかの理由から「規則(ルール)」が非常に重要である。最初に、規則は競争行動の境界域を明示することから、そこに巻き込まれる個人や組織の破壊をもたらさないで済む、異なるレベルの攻撃展開という仕組みを提供する。そのため、手に負えなくならないように、対立関係は調整されている。2番目に規則があることによって、ゲームがいつ終わったのか、また最も重要な事柄である「誰が勝者になったのか」を知ることができる。男性達が元の仕事に戻るためにも、この点が明確化されるよう要求する。男性社会における規則の役割は、しばしば男性は「原則論」にこだわって、これによって融通がきかなくなる傾向がある、と心理学者の観察は説明する。これとは違い、女性は「それぞれの場合による」と考える傾向があり、関わった状況や人々に合わせて変化することが容認できる。【女性の見方】女性は競争を2つのコア要素から区別して、「相互作用」は楽しいが「闘争」は好まないと考えている。「プレイする」ことは誰かと一緒に楽しめるが、「敗北する」ことは誰かの気持ちを傷つけるのでよくない。男性の場合は、「僕はゲームが好きだ」と言うだろう。「僕は、勝つためにプレイする。スコアはどうだった?」対して、女性はこう言うだろう。「自分がプレイしていることが好き」「私はプレイしたいからプレイしている。次は誰の番?」著者の隣家の主婦の8歳になる娘と数人の女友達が、お遊びのサッカーをするのを見ていた様子がこのことについての例証を与えてくれた。約20分間サッカーのゲームが行われている中、その子の父親が帰宅した。そこで父親はその子に、「どっちが何点差で勝っているの?」と唐突に尋ねた。投げかけられた質問に少女達は関心を示さず、全く気にかけなかった。父親はすっかり面くらって言った。「点を付けずにプレイして、一体何が得られるって言うんだい?」少女は、小集団か二人きりで遊び、各自が順番に出番が回ってくるように十分気を使う。「ままごと遊び」のように、多くの遊びには勝者や敗者が存在していない。(この違いにはショックを感じる!)自慢することはそれほど多くなく、また巧みに他の人より良い状況を得るために画策しない。事実、自分の達成を見せびらかす少女には、回りの多くの同輩から「彼女はうぬぼれが強過ぎる!」とか、「自慢する子は誰も好きじゃない!」とか言われて、こうした行動を止めるよう圧力を受けることになる。競争について女性は、これが人々に最良の状態を生んで、ベストな結果をもたらすようには見ていない。研究者は二つの競争心を区別し、内部に向ける競争心は個人の素晴らしさを求める動機付けとして、外部に向ける競争心は「誰かを、地面に倒したい願望」と表現している。自分の内部に向けられる競争心の強さをテストしてみると、女性も男性と同じくらい高い、しかし女性が他人を征服しようとする動機付けはそれほど強くない。女性グループの中に外部に向けた競争心が起きた場合、女性はそれを最も無意味で最悪な、完全に逆効果しか生まないものと見る。職場環境では、例えば職場での仲間同士の競争が現れることについて、それを「何も意味がない、声と激怒に溢れた」ものと、多くが不快に思い、無用な闘争で、うんざりする時間とエネルギーの浪費と考える。代って、女性の関心はチーム・ワークにある。女性の視点では、本当の「素晴らしい成果」は、各々が自己ベストを発揮して、多くの才能が合体することで生まれるものと考える。あらゆる人との遭遇(例えば販売交渉)は、相互にとって利得が得られる機会であり、全ての人々は潜在的な同盟関係にある。その中の交渉からは、皆にとって「WIN-WIN」の結果が導けると考えている。「自分が欲しいものを手に入れるし、あなたも同じように欲しいものを手に入れる」と女性は言う。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.30
男性は独奏家である。男性個人としては、自分を人生ショーの中の立て役者と感じたい傾向があり、他の男性も女性も皆が同じように自分自身のことを見ていると考える。女性達は、他の人達も含めて合奏団の一員と考えていて、個人的に傑出した実績より、その中で大きく光るのは相互作用や相性によるものである。【男性の見方】男性は個人的な観点から世間を見る。男性の中核に存在するのは「私」という意識である。そして、他の男性達が持つ「私」を認識し、自分の「私」はそれらとは違って特別な意味を持つもの、と考えるところがある。男性は独立して、自分で決められることを自慢する。そして世界は、次のような言葉で表現される生き方によって動かされるべきと考えている・「自分自身の生きる道を得て、なすことは報酬に値する」・「自分自身の事に気をかけて自分で道を開き、 他人の助けは期待しないし、欲しもしない。 そして、他の男達もこれと同じ生き方をしてくべきだ」英語の諺にある通り「すべての男性は、自分だけ」。ヤンケロビッチが行った社会調査によると、「誰も私に与えてくれない時は、自分にできるのなら、自分の力で獲得しなければならないと感じる」、という考えに合意するか尋ねたところ、男性の多く(57%)は同意したが、女性では半分未満(45%)しか同意しなかった。定義上で最も望ましい結果は、「私」として「私」が欲しいものを手に入れることである。それ以外に何があるだろうか?それとも、これはトリックな質問なのか?自主自立を得て自由になることが、男性にとっての最も高い価値の1つである。他人から、その中でも母親があれこれしなさいといわれた記憶もあって、特に女性からの影響にほとんど反動的な態度を示してしまう。そのため、一生の終わりに当たって、男性が自分の墓石に刻みたい文章は「私は世界に自分の足跡を残した」になるのであろう。【女性の見方】女性はグループの観点から世間を見る。その中核価値は「我々」(2人しかいなくても)であり、世界一良い感じは、色々なことで共通性が高い人々と一緒にいられることから得られる。彼女達は、自分の世話好き・思慮深さ・忠誠心や、ある方法を非公式な仲間である家族、隣人、友人や同僚のために探し出す能力を自慢する。彼女らは、誰かが知って気にかけるだろう関連事項にいつも意識する「周辺認識」を維持しながら、頻繁に提案を投げかけたり援助したりする。問題のテーマが、彼女の夫の健康でも、同僚の旅行計画でも、また友人の息子の大学選択であっても、女性はそうしたことを絶えず「スキャン」できるモードの中にいる。彼女の一族は、いつも彼女の頭の中に声として留まっている。今までに、多くの女性達は他の人々の幸福を彼女らの成功の定義に挙げている「他の人々を幸福にすることで私が成功できた時、最も幸福に感じられる」という意見に対しては、男性では僅か15%が同意したに過ぎなかったが、女性からは50%の同意が得られている。女性の最も高い価値の1つは、ある人と密接な関係になり、親近感が強く感じられることである。女性に関する限り、2人が本当に近しい時、彼女らは互いに関してすべてを知りたがる。彼女らはもう一人の夢や疑問、失望したことなどを知りたがる。例えば、好きな食物や、お気に入りの靴店や休暇で行く場所。それに薬療法や、ほくろの悩み、マニキュア師からマカロニの料理法に至るまでなんでも。彼女らは昨日立腹した話や、明日の請負業者とのミーティングについてまで、何でも知りたがり、そこには平凡過ぎるとか、個人的過ぎるといった境界はない。(そうした時、男性達は、話が伝染するといけないと感じて、後退りしてそこから少し離れて立ちすくんでいるように思える時がある。)もっとも、女性にはそれが個人的な関係になるポイントだと分かる。だから女性にとっては良いことだ。女性には、他の人々のことが自分のことと同じくらいに重要であり、「我々」と言う時は、その参加メンバーは等しく考慮されるに値すると信じる。それは、我々の一人一人が他の人々に対して、そして、自分自身に責任を持つことを意味する。だから最も良い成果は、最も多くの人数が集まった時に最も大きな利益が生じることになる。世界を動かすために働いている(そして働くべき)考え方として「協力と相互サポート」がある。それは、「全ては一人のために、そして一人は全てのために」の考え方にこめられている。「私にとっての強さの元は、他の人々にあり、私がもたれられる肩である」この考えに沿うように、誰でも時として他人の助けを必要とするが、歌にあるように「人々を必要としている人々は、世界一幸運な人々」であるから、その考えのままでいってもいいだろう。【文化の守護者】どこかのところで、女性には「文化の守護者」の口実が与えられる。一般的に、利他主義的なもの、例えば地球や芸術、不幸、道徳や精神性、文化や文明、その他についても、女性がすべて担当することに同意して、そうした委員会の一員になっている。より多くの時間と、男性に比較して多くのお金を拠出することからして、女性はより博愛的な生き物である。国家の問題で、男性が最も強調すべきとして、女性の2倍も強く考えるのは予算問題であり、支出削減策である。それに対し女性では、年代や収入、人種や社会的階層を超えて、教育やヘルスケア、保育、貧困、失業問題、環境、世界飢餓、それに国連問題など、社会的なプログラムとサービスをより支持する傾向がある。そして男女についての研究によると、女性はそれほど嘘をつかず、責任感があり、仕事でもより正直、さらに信じることができる、道徳的に優れる点が「強調されて」述べられていた。グレイ広告社の素晴らしく洞察力に満ちた調査によると、女性が抱いている利他主義的な達成目標への確約へは、非常に強い調子をもって指摘する。その中でも、報告書の言葉を借りるなら、彼女らの「幻想」は、「世界をより良い場所にすること」が何と第一番目にきていて、「自分の子供が本当に成功したと分かった時」が二番目になっている。ここで、「世界をより良い場所になるように助けた」と「世界に私の足跡を残した」を比較してみよう。ざっと聞けば、ほとんど同じことをいっているようだが、良く聞けば男女の人生に対する見解の違いが分かってくる。ここに、女性の願望リストがあるので、それを見てみよう。 ■女性の願望リスト 切望すること: 世界をより良い場所にしたい 85% 子供が本当に成功した姿を見たい 83% したいことができるだけの時間を持ちたい 82% より多くの旅行をしたい 72% 金持ちになりたい 62% もっと魅力的になりたい 53% 仕事のキャリアで本当に成功したい 48% 切望しないこと: 若くいたい 27% 有名になりたい 7% 映画スターのような生活がしたい 5% (出典:グレイ広告会社 Grey Matter Alter、1995年秋季)トップ2の願望とそれ以外の「富や魅力」、そして「キャリアの成功」との間には20~30ポイントもの隔たりがある。それに対して、「より若いままでいる」、「有名になる」、または「映画スターのような生活」などの願望は低く留まっていて、話題の中心に出ていない。ここで視点を変えて、注意深くこのリストを見ながら、女性を対象とする広告の大部分が、実際に女性の本当の価値を反映しているかどうか考えてもらいたい。女性客を対象視聴者とするほとんどの広告では、女性は成功して、楽しそうで、嬉しそうにして、素適に見えて(つまりどれも、より若く見えることを意味する)、そして家庭の仕事をこなす。これでは、そうした広告は、本当に重要なメッセージを逃しているため、全く事実に関連していないと指摘されてもしょうがない。このことこそ、前に説明したように、ほとんどの女性は、広告主は彼女らを理解していないと感じている。さらに悪いことには、こうした広告は消費者にアピールするというよりは、実際には女性を大いにいらだたせる方法で女性を描写している。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.29

異女差トレンドの星型モデルは4つのポイント(男女差のあるモノの見方、男女差のある時間配分、男女差のある状況判断力、および男女差文化のコミュニケーションの鍵)から、女性文化が男性文化と物質的に、相応的に異なる4つの次元を表す。 まず、このそれぞれの星型モデルのポイントについて説明し、次いで、マーケティング・プログラムを作成する際に考慮するべき重要な女性の価値観のリストを抜粋し、結論付けていく。【星型モデル ポイント1:男女差のあるモノの見方】女性は人のことが、先にも後にも一番大事著者個人として、「女性は関係性に生きている生き物」と書かれている記事を読むと、気が詰まりそうになる。「関係性」と言う言葉は、「柔らかな」言葉のように聞こえる。1つの意味は「べたついた柔らかさ」だろう。女性はまるで、他の女性達から良くしてもらえるよう、絶望的に誰かを探して歩き回るように聞こえてしまう。もう一つの意味は、「暖味な柔らかさ」だろう。劣るものによく使用される言葉として、配偶者や親友とのつながりから、仕事仲間やデパートの販売員とのつながりに至るまで、全ての状況をカバーしている。関係性に関する「ぬかるみ」の中に陥れるつもりはないので、男性よりも、「女性は人々に関する事柄を、人生の中で最も重要で面白い要素と思う」と言い表すのが正しい。彼女らがその中に一旦入れば、そこにあるのは人々に関することであるのは明白である。このことは女性の進化のプログラムに直結していると言い切ってもいい。他方男性については、人のことが大事なものの、最近の出来事や新しいアイデアであるコンピュータ・アニメーションや、または何か物質的な自動車やカメラのようなものの方が重要で、より面白いと感じる視点を持つ。有名なコメデイアン、ジェフ・フォックスは歌の中でこう述べる、「男性は人間関係のアドバイスは受けるけれど、わざわざ人間関係についての雑誌記事なんて読まない」。そう、彼の言う通りだ。そうした違いを知るために、販売されている雑誌を開いて見よう。女性誌は、有名人の記事、一緒に住む家族内の力関係、個人的問題についてのアドバイス欄や、より多く人生を楽しむことや癌患者の人生を動機付ける話など、自助的な話題にあふれて、彼を幸福にするアドバイスまでついている。これに対して男性は、ニュース、スポーツ、ビジネス、コンピュータ、フィットネス、ハンティング、魚釣り、その他の活動に関する雑誌を読むことを好む。しかし男性が、人々の心の動きに関する記事を読んだ後は、我に戻ると決まって「うんざりした態度」を示す傾向がある。次に、個々には分かれたテーマだが、互いに密接に重なり合っていた3つの話題を示すことで、そこから「人々に対する男女の違い」を広げていきたいと思う。1.男性は独奏家、女性は合奏家。2.男性は仲間の中で「勝者になること」を切望するが、 女性は「仲間とより暖かみのある関係でいること」を望む。3.男性はピラミッド型組織を好むが、女性は同輩グループ型社会を好む。これらの話題から、女性の価値観が男性とどう異なっているかについて明らかにする。そして、それぞれの話題が、マーケティングにおける豊富なヒントを提供する。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.28

男女差トレンド・マーケティング・モデルの究極の目標は、より多くの女性消費者に対して、特定の製品やサービスを買うように動機付けることである。マーケットの学習をし、戦略を練り、特定の展開を試みるが、全ては「女性消費者の購入決定に影響を及ぼす」ことを目的としてなされている。【星型モデル】これまでに、甚だしい男女の差が存在することを知った。そのことは、今後のマーケティング計画を立てる際には十分考慮に入れられるべきである。星型モデルの存在価値は、これらの違いを理解しやすい枠組みとして組織化し、統合することである。女性の男女差文化を表す星型ポイントは、男女差のあるモノの見方、男女差のある時間配分、物事を組み合わせてしまう習性、およびコミュニケーションの仕方、の4つに定義できる。この4つのポイントは、女性客が購入決定する際に、かなりの影響を持つと考える。その詳細については、後で詳しく検討する。 【円型モデル】星型モデルでは女性客が問題にするものを捉えたのに対して、円型モデルでは企業が問題にすることを扱う。下の図の中で、円型モデルを囲む箱は、広告、販売促進、広報など、マーケティング・ミックスの12要素を表している。実際の状況では、個々のマーケターは、必ずしも12要素すべてのマーケティング要素を使わないこともある。例えば、計画の中にイベント・マーケティングは含まないケースも考えられる。円型モデルは、どのマーケティング要素を使用するかに関わらず、女性客はこうした個々の要素に対して、男性とは明らかに異なった反応を示す。星型モデルと組み合わせると、円型モデルはマーケティング・アプローチの計画を助けると共に、男女の異なる反応について、考えをまとめる際のフレーム・ワークを提供している。 【コンパス型モデル】男女差トレンドの中で、コンパス型モデルは、女性客の男女差文化における星型モデルの4ポイントが、マーケテイング・ミックスの12のマーケティング要素に対して、どのような潜在的なインパクトを発揮するか、その様子をイメージするのを助けている。例えば、星型モデルの第1ポイント(女性客の異なった男女差のあるモノの見方)で考えれば、これがマーケティング計画で検討するマーケティング・ミックスである、広告、ウェブサイト、親近感マーケティングなどについての開発方針について、大幅に内容変更させるだけの影響力を有している。観点を変えて言えば、広告を開発する時には、例えば、星型モデルのすべての4ポイント(女性の男女差のあるモノの見方、男女差のある時間配分、物事を男女差のある状況判断力、および男女差文化のコミュニケーションの鍵)を関連付けながら検討するべきである。円型モデルの中で星型モデルの方を回転させて、適切なマーケティング要素に星型モデルのポイントを合わせることで、男女差に関する豊富な知見を現実の消費者市場に適用するシステマチックな方法があみ出せる。 【らせん状の購入プロセス・モデル】男女差トレンド・マーケティング・モデルの3番目の構成要素の「らせん状モデル」は、消費者の購入決定プロセスを表す。どんな消費者の購入決定の過程でも、始動・指名・調査と決め込み・継承(口コミ)の4つの段階に簡素化して考えることができる。後で、これらの段階について定義し、女性の購入プロセスが男性とは異なる男女差の要素について言及する。現時点では、2つのことについて注意すれば十分であろう。1.男性の購入プロセスは直線型に描かれるが、女性の場合は 「らせん状プロセス・モデル」として表せる。2.男女差トレンドのコンパス型モデルは、女性客の購入プロセスの すべての段階について、消費者と一緒に動いていく。このことは、男女の文化の違いとマーケティングの主な要素との間で相互作用が働くことを知る見解が持てれば、購入決定プロセスの中でのあらゆる段階で適用できることになる。男女差トレンド・モデルの特徴は、男女差に関する専門的な能力とマーケティング経験の両方を一緒に結びつけるところにある。有効なマーケティング・プログラム作成には、この両方を必要とする。男女差についての専門的な能力なしに、有効な動機付けができるマーケティング・コミュニケーションを作成する上で必要となる、完全な消費者理解の達成はありえない。作成されるマーケティング・プログラムが以前と同様で、すべてにおいてこれまでと似かよっているならば、結局は、巨大な規模で成長し収益性も高い、女性客市場でのシェア獲得は不可能だろう。また、マーケティング経験が不足していれば、市場で実践的な知識によって女性客を動機付けたり市場で実施するマーケティング・プログラムを開発する知識は保持できないだろう。 このマーケティング・モデルの価値は、非常に複雑なコンセプトを簡素化し、どう相互作用しているか考えてまとめる際の助けになる。また、男女差の文化について数多くの表現を成分化することによって、こうした文化の差が女性客の購入プロセスの各段階で、どのようにマーケティング・ミックスの各要素に対して影響を及ぼすか明らかにできる。またモデルは、何が女性客を動機付けるかにフォーカスして、有効な戦術を選んで実施し、説得するコミュニケーションを作成するための消費者理解を助けてくれる。以上で述べた内容をどう思っただろうか?そして、このやり方を始める準備はできただろうか?(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.27
【高所からの視点】これから、世界で最も大きい市場である女性についての理解を共有し、理解の向上に役立てる、系統的で簡単なツールである男女差トレンド・マーケテイング・モデルの説明を行う。このモデルは以下の3つの内容で構成される。1.男女差文化における、男女差の複雑な構造について2.男女差文化と、マーケティング・ミックスの中にある12の要素 との相互作用について3.消費者の購入プロセスの4つのステージから導かれる 洞察の適用についてこの導入部については、男女差トレンド・マーケテイング・モデルの大まかなアウトラインの提供を目的とするため、読んだ直後は理解できなくても構わない。なぜなら、これだけで理解できるとは考えていないからである。この段階では、モデルの構成要素に慣れてもらうことと、それらが互いにどう関連しているかを示す。(これらの具体的な特徴については、後で詳しく説明する。)まず、モデルのキーになるポイントから見てみよう。それは「女性の意思決定」についてである。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.26
どうだろう、面白いと思えただろうか?だがマーケティングを実施していく上で、どの部分に役に立つのかと、疑問に思うかもしれない。それに対する答えは簡単で、「全てについて使える」。その通り、「全てに」。この後、どのようにして男女差トレンドを導入するかについて、ここまで書いたあらゆるポイントに関連するマーケティング・モデルとして、明確にすることができるだろう。誰かが、「女性は理解できない」と言うのを聞いたことがあると思う。多分そうなのだろう。これまでに、その混乱を醸成している「違い」について話してきた。ここからは、それに応える形で、女性の男女差の文化について、女性客への注意を促し、女性客ビジネスで勝つために必要とされる消費者理解を深める速成コースを始めたい。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.25
ここで、女性が得意とせず関心も薄い「変化」の領域について、特に男性の能力と好みについても話しておきたい。なぜ、これについて話しておくべきなのか?それを知ることにより、今後のマーケティング・アプローチから「その話題を除外すること」に役立つからだ。男性は、進化論的な研究結果から見ても、女性が注目する「人々に関すること」についてはそれほど興味を示さない傾向がある。男性が魅力を感じ、重要と考える領域に関しては、ある研究者が「モノと定理」と題してまとめている。その中で、「モノ」については機械的な技能と空間的な能力を、「定理」については数学的素質と抽象的な原則について検討する。【数学的な素質】数学の成績でトップ10%以内にいる男子学生と女子学生の比率は3:1である。これをトップ1%に絞ると、この比率は13:1まで開く。極端に上位の事例ではなく、一般学生の数学の成績について観察して見ると、学校に通う期間を通して女子学生は全般的に、より高い成績を得ている。この成績結果は、適性検査で一貫して男子学生が示す数学への高い適正を考慮すれば、女子学生のより長い勉強時間が影響すると考えられる。数学を得意とする女子学生の数が多い結果をみて、著者を含め、研究者は驚いた。少なくとも、日本、米国、タイ、中国におけるテスト結果では、女子学生の計算能力は男子学生のそれよりも高く評価されている。そこで男子学生の適正優位性が寄与しているものは、問題推理と問題解決に関する高い才能になる。【抽象的な原則】研究者の観察から、男性の方が女性よりも抽象的な原則に従って多く考えることが分かっている。抽象的な原則と考えられるものには、異なった多くの種類があり、中には全く測定できないものもある。男性が持つ戦略的志向の強さを示す指標は、男女共にプレイするチェス・ゲームから観察できる。ここで偉大なマスター称号の資格を得たのは、男性が450人に対して、女性は6人だった。これをコミュニケーション領域に絞った観察で、「規則的な制約」と「個人的な自由」を男女に二者択一させると、男性は法則や規則、抽象化を重んじ、女性は特定の状況では他人との同調を重視する傾向があった。心理学者の分析によると、個人間の複雑な状況を解決する際、男性は、善悪や正義、フェアプレーや義務の理想に絡めて考える。それに対して女性は、これに近い事例と個人的な経験に基づいて考える傾向がある。男性が「これは正しいことだ」、「ルールに従っている」と言うのに対して、女性は「答えは状況によって違う」と述べる。【空間的な鋭さ】男性の利点の中でも最も強く明確な差を示す領域は、三次元について知覚し、想像して行動する能力である。標的を捉えるのに必要な、距離・動き・速度を即座に判断してこれを正確に目と手に調和させる能力については、男性がずば抜けている。また、複雑な形を異なった角度から回転させながら似たものを想像する能力を測るテストでは、少年と成人男性が一貫して、少女と成人女性よりも優れている。他にも、「迷宮パズル」でトップ得点を挙げた92%は男性である。槍を遠くに投げたり、ボールをキャッチしたり、または二重駐車のトラックの後ろにいてどちらの車が動くか判断することなどについては、一般的に男性の方が確実に女性よりも手際がよい。ビジネスヘの面白い現実的な展開例として、地図を見る時に多くの女性が進行方向に向けて地図を傾けて見ると言う観察から、1998年にジョン・アッシュリー・シムズ社は男性向け/女性向けと題したイギリス地図を発売した。表面は、上が北、右が東など従来通りにレイアウトされた地図が印刷されているが、その裏面には、南が上側にくるように上下を逆さにして、文字は南に合わせて印刷されていた。この地図に対してシムズ社が受けた男性市場からの注文は僅かで不成功に見えた。しかし、この地図は男女の空間的な違いを立証するかのように、女性客からは1万5千部もの注文がきた。【機械的な技能】機械に関する技術について述べる際、ほとんどの人は自然と男性を念頭におきながら話すが、多くの場合それは正しいことである。現に機械に対する適性検査では、少年がトップ3%を占める。事実、そのトップ・エリート集団に少女は一人もいなかった。空間的特性や機械的特性が要求される職業への女性進出については、物凄い努力とサポートが行われてきた。それにもかかわらず、女性が多く進出した法律やビジネス、薬学と比べると、この分野へは殆んど進出実績が上がっていない。今日に至っても、建築家の80%と技術者の90%は男性が占めている。操作上の機械的素質を測定するためにイェール大学で調査がなされた。大学生を対象にして、書かれたマニュアルを読んだ後、ビデオデッキをプログラムする能力をテストした。結果として、男子学生は何と68%もの高率で、一回目でプログラムが組めている。びっくりするほど高い。これが女子学生では、16%だけである。この結果から、ビデオデッキのプログラムが組めないのは著者だけでないことが分かってよかった。もし、夫が外出していてビデオデッキの調整ができないとしたら、ただ自宅のビデオデッキはいつも12時を示しているだけだから。ここでの主な所見は、最新のハイテク開発がいくら恰好良いと思っていても、発売する新しい製品の取扱がどれほど簡単であるかは、殆んど重要ではないということだ。「皆」がよい設計と褒め称えて、広告に自動車の設計図を見せたがっても、それが重要でないのは自明の理である。ほとんどの女性はそうしたことは全く気にかけないし、時として彼女達はそうした絵柄は本当に嫌いなことがある。また、これまでにカバーした4つの領域に加えて、多分その他のものについても、こうした女性客の一般的概念は有効であると心に留めておくべきだ。まとめとして、読者が記憶に残すべき要点は、この本を通じて知ることになった女性客の男女差文化の原則に従い、顧客に十分適応しているかどうかを確実にしてから、自社のマーケティング・アプローチやコミュニケーション・キャンペーンを動かすことだ。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.24
【超能カ】モノを見るとき、男女では文字通り異なった見方をしていると言うのを信じられるか?どれくらいその傾向は強いのか?男性の見方は集中していて、「スポット・ライト」のような、鋭いビジョンがより得意である。それに対して女性は、「投光照明」のような、より周囲を広く見渡せるようなビジョンを持つ。4つある感覚器官すべてについて、女性の反応はより鋭敏で、ごく微妙なレベルであっても探知できる。聞くことについて女性は、男性が好む音のおよそ半分くらいの音量で不快になる。匂いと芳香について整っている女性の嗅覚は、事実、匂いだけで自分の新生児を見分けるほど敏感である。また味についても同様に、女性は男性よりも味覚の4つの領域(苦い、甘い、塩辛い、酸っぱい)を感知することに優れている。その中でも最も劇的な男女差が現れるのは触覚の部分である。事実、テストの結果、最も敏感な男性の皮膚接触と皮膚感覚であっても、これは最も敏感でない女性のレベルに達していない。【感情的な方法】女性は、自分達が持つ強い感情を駆使して市場独占しようなどと図ってはいない。女性がそうしたなら、男性によって築かれた偉大な詩や音楽、その他の芸術についてどう説明できるだろう?しかし、女性が感情的な生き物であることについては、誰もが合意するだろう。それについては3つの主要因が影響する。1番目は、色々な場面を経験する際、女性は平均的に男性と比べて、より強い感情と感情の起伏を経験すると考えられる。2番目に女性文化として、自分の感情をそのまま外に表わすことはよく受け入れられていて、女性はそうしたものと思われている。これに対して男性では、自分の感情を表面に表さず抑えられることを、実際に誇っている。そして3番目は女性の脳が持つ、より大きな接続性によって、脳の感情センターと言語センターの間に強い接続性が働くため、女性は自分の感情をより上手に明確に表現できる。【注意カと絞込み】以前、多くの人々が「女性は詳細についてこだわる傾向がある」と言うのを聞いて、本当にうんざりした。要は、この表現を使って本当に伝えたかったのは、「男性は大きくて重要なものが得意で、女性はあまり重要でない小さなものが得意」だったのだろう。現在、著者はこれについて異なった見解を持っている。多くの研究から分かった点は、「男性よりは女性の方が、物事の詳細とニュアンスを良く思い出せる」。別の研究で、しばらく居続けた部屋から出して、その部屋の中にあったものを思い出させるテストを行った。そこで、女性が思い出せた物の数と物についての表現の具体性で、明らかに男性のそれを超えた。同様に、男女がカップルで旅行に出かけた後、初めて行った都市や、休暇スポットなど訪問した場所についても、女性が男性よりも詳細に話すことができる。シカゴ大学のジョーン・マイヤーズ・レビー博士は、記憶したことに気付き、思い起こせる能力の一部は、女性が多く持つ「より小さなニュアンスについての高い感性」から引き起こされるのではないかと考えて、この資質を「帯域幅」と名付けた。彼女の研究で、男女の被験者に対して、自分で知覚できたどんな類似性によってもいいから、カードを似た分類に分けて積み重ねた山を作るように依頼した。女性では、一つの山ごとにより少なめのカードを配分することで、より多くの山を作ったことから、女性はより厳密な区分によってカード分類する傾向があると分かった。即ち、全部で50枚のカードがあったとすれば、10ヶ所の山には5枚ずつカードが配分されていた。これが男性の場合には、より少ない山しか作らずに作業を終えていて、一つの山ごとにより多くのカードが積まれた。概念的には、5ヶ所の山に10枚ずつカードが積まれていた。男性では、細かく分かれた詳細については認識できなかったのか、または女性と同じくらい多くの違いは感じられなかったのだろう。違った点から、女性はまた、対人関係のニュアンスである、声のトーンや顔の表現、その他の詳細についてもより敏感であると分かっている。「話題」についてジュディス・ホール博士が行った50件以上の調査研究から、「社会的な認識」については、女性の方が男性よりも得意なことが分かった。著者が描く展望の変化は、女性が備えたすべての詳細部分をバランスよく知覚できることに関する、より深い理解から生まれている。【状況的な考え方】心理学者の報告によると、女性はいつも状況をより文脈的に、そしてより全体観的に考える傾向があり、互いに関連する要素をそこに並べたり、「全体」を大きな絵として統合する。例えば、それぞれ異なった形のインクの染みを含んだ多くのカードを対象者に見せる、ロールシャッハ・テストがある。対象者は、そのインクの染みが何に見えるか答えていく。例えば、自動車、幸せ、大きな口をした魚や、それ以外でも自分の頭に浮かんだ内容を述べるよう依頼される。研究者の観察から、男性はインクの染みを様々な要素に分けて別々に話す傾向があるが、女性では全体としてイメージを理解しようとする。逆に、文脈や背景情報から別のものを考え出す、「取り出し作業」と呼ばれる反対の仕事については、女性ははるかに難しい時間を過ごすことになる。男女で異なるポイントを道理に適った方法で簡素化すれば、男性はものを離れて見る「分析者」として、そして女性は「組み立て者」として表わすことができる。【人々によって動かされる傾向】女性は男性よりも適応が上手で、「やり始める」ことを得意とする。生後3日もたっていない女の赤ん坊は、同じ条件の男の赤ん坊よりも2倍長く大人達とのアイコンタクトを保てる。生後4ヶ月くらいの早い時期に、女の赤ん坊は知っている人と知らない人の写真から顔の特徴を区別して見分けるが、男の赤ん坊にはそれができない。年を重ねていっても、こうした男女の傾向は随所に残っている。2つの異なった絵を左右で見られるヘッド・セットを付けさせて、同時に一組のイメージをひらめかせる実験を行った。片目側では「物」の絵を、もう一方の片目側では「人」の絵を見せた。この装置を通じて目が見た内容を認識して決めるのは脳の働きである。この実験から、少女ではより頻繁に「人を見た」と、それに対して少年では「物を見た」と報告されている。男女の傾向の違いは、知覚や焦点の領域を超えて、行動といった外部領域まで達する。大学のカフェテリアにビデオカメラを設置して行われた観察調査では、女子学生の会話のほとんどは人生の中で、出会った人々に関する話であったのに対して、男子学生の話の内容はスポーツ、政治、試験や授業に関するものであった。女性が他の人に対する傾向を見ようとするなら、彼女が書くものを見ればいい。女性の文章では、数字や前置詞、疑問符や代名詞が使用される頻度は、男性よりも少ない。中でも自己代名詞の「私」は、特に少ない。女性の気持ちは、他の人々や家庭に向けられていて、その他では感覚や感情、アイデアに関連する言葉が多かった。それに対して、男性では「体」に関連する多くの単語や、スポーツやテレビ、お金に関する単語が多く用いられていた。【言葉に頼る傾向】最近では、女性が男性よりも話して伝える能力が熟達していることは、一般的に広く受け入れられているため、著者がそれを立証するために長々とスペースを費やす必要はない。少女は少年よりも早い時期から話し始めて、読み書きも同様にできているといえば十分だろう。それに少女は、文法やスペル、それに単語を覚える技能でも優れている。その上、話す技能でのトップの成績をとるグループには2倍の高さで少女がいたが、反対に最も成績が低いグループには2倍の高さで少年がいた。ここで男性と比べて、女性にとっての他人との会話の大切な役割について少し述べておきたい。女性は、何しろ話すのが好きである。男性は同じことを一緒にすることで親しくなるが、女性では一緒に話すことによって親しくなる。男性は仲間と楽しい時間を過ごす時は、一緒に球技に興じたり、釣りに行ったり、スポーツ観戦に出かけたりする。他方、女性の第一の関心は、皆で話すために集まることにある。そこにはある種の背景となる活動として、買い物に行ったり、子供を連れて公園に行ったり、散歩したりもするが、要するに、そうした状況の中で十分な時間をかけて互いにおしゃべりできることが大切である。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.23
男女差文化のゲームは染色体によってスタートが切られたが、働きを知れば知るほど、ホルモンこそこのゲームのスター・プレーヤーであることがより明らかになる。【男性ホルモン】科学者は男性ホルモン(テストステロン)の頭文字のTを取って「BigT」と呼ぶが、これこそ男性の個性を示す特性である、「攻撃性や、自己主張、他人支配、競争性、リスクを冒す、スリルを求める」など、「男らしい」行動を起こす際に強い影響を与える。科学者は競争的な人々と同じ様に、競争状況について男性ホルモンとの間に直接的な相関関係があるかどうかを測定した。その結果、公判弁護士や運動選手など過酷な状況にいて攻撃的な仕事をする人々の方が、教師や職業カウンセラーなどの対人関係の仕事についている人と比べて、男女にかかわらず、より高いT-レベル(男性ホルモン)にあることが分かった。男性の場合は、競争状況に入る前と最中に、(テニスのように勝者が一人だけ存在する種目では、試合後にも)男性ホルモンが増加する。女性のT-レベルについてもまた、競争状況に応じて増加するが、面白いねじれ現象が見られる。女性の試合後のT-レベルは、彼女が勝ったかどうかより、彼女が上手くプレーできたかどうかという感情に相関する。ある研究で、母親の症状に合わせて妊娠中に男性ホルモンを処方された少年と少女を調べた。その結果、男性ホルモンを投薬されていた少年と少女はその兄弟姉妹と比べ、自己充実、自己満足、独立性、それと個人主義のスコアが高く出た。それは、少女では50%高く、少年では100%も高くなった。これとは逆に、妊娠中の母親が症状緩和のため、出産前に女性ホルモンの投与を受けていたケースでは、少女と少年の多くはグループで活動するのをより好むことが確認された。兄弟姉妹と比べても、男女両方のグループで他の者に対して厚い信頼を示していた。(これは一般的に女性の特性と考えられる。)こうした性ホルモンは少しの量であっても、胎児が子宮内で接することで、その人の一生における個性全体を変えるほどの強力な影響を及ぼす。男性であっても、女性と同様にホルモン・サイクルの変化が見られる。BigTのレベルの変化としては、一日の中では早朝に最も高くなり、年間を通しては秋に最も高くなる。女性の毎月のホルモン・サイクルを理由に、女性スタッフを政治組織や軍事部門の地位に配することについて懸念を示す発言をする人達がいる。これに従えば、男性ホルモンが攻撃性に最も関連しているホルモンであり、それが男性には女性の10倍も多く存在することからすれば、毎年9月から数ヶ月間は司令官達に仕事から退くよう要望すべき、とつい考えてしまう。男性に関するこの点は、未だに変だと思う。多くの人は、男性ホルモンが競争的や断定的な態度、それに独立性と関連することを良く理解している。だが、個人の素質と思われている様々な特性が、生化学からより直接的な影響を受けると理解する人はほとんどいない。例えば、雌ネズミに男性ホルモンを注射すると、雄ネズミと同じくらい速く迷路の中を走るようになる。この逆に、雄ネズミの男性ホルモン・レベルを制限すると、走るスピードは減速して、元気も失せてしまう。そして、行動についての指示を求める意欲も持たなくなる。男女の個人を対象にして、空間的能力、機械的能力と数学能力の測定テストをすると、男性ホルモンのレベルが高い時に、より高い得点が得られる。【女性ホルモン】卵胞ホルモン(第一の女性ホルモン)には、2つの役割がある。(1)高レベルの卵胞ホルモンは、家庭と家族メンバーの世話をすることに 深い満足を与えて、「巣作り」と「養育」についての強い気持ちを形成する。(2)また、このホルモンは、女性に発生する男性ホルモンを抑制する効果がある。以上のことから、卵胞ホルモンが低く抑えられた状態では(その結果、男性ホルモンに行動の自由が生まれる)、女性にはより高い競争力が生じて、数学と空間的な技能が向上して、まさしく男性のように攻撃的な振る舞いをするようになる。黄体ホルモン(もう一つの女性のホルモン)は「親になりたい、子供の世話をしたい衝動」を促進して、自分の子供かどうかに関わりなく、赤ん坊を見る時にホルモンが放出される。また事実として、女性は、短くて太い腕や脚、丸い小肥りな胴、特大サイズの頭部、それに大きな目、など様々な「なごみ系の形状」を見る時、黄体ホルモンが放出され、それと共に子育て本能が呼び覚まされる。黄体ホルモンがいつ放出さるか、その正確な瞬間を言い当てることができる。それは部屋の中のすべての女性が小声で「まあ、なんてかわいいの」と声を揃えて感嘆した時だ。まさにその時に、黄体ホルモンも放出されている。オキシトシンは、「子供を世話したいと言うパートナー・シップと衝動の感覚」を促進するホルモンで、女性が労働や出産、などのストレスが強くてつらい経験をしている時に、体内に溢れ出る。数年前に科学者は、ストレス刺激に対する第一番目の体の反応としてアドレナリンを確認して、その超エネルギッシュな効果を指して「戦うか飛び立つか」症候群と名付けた。だがこの研究の回答者の中で女性が約25%しか含まれなかったことを、最近まで誰も知らなかった。そこで新しい研究から、女性にストレスがかかった時、女性は(アドレナリンよりは)オキシトシンを放出して、その結果、相互的な対人関係に助けを求める流れを明らかにした。これは、ある女性の1日が全くついていない時、まず女友達に電話して、その愚痴を話す行為に似ている。科学者は、この女性のストレスヘの応答の仕方を「世話をやいて・助ける」シンドロームと名付けた。女性は、「私ちょうど、このことについて話さなきゃならないんだけど、いい?」と、相手の女性に尋ねる。卵胞ホルモン、黄体ホルモン、オキシトシンの三つに加え、セロトニンも危険に賭ける振る舞いに対して逆方向から関係しているホルモンである。男性ホルモンが引き起こすスリルを求める衝動や、自己顕示欲の強い男性的な振る舞いを抑えるため、女性にはより多くのセロトニンが分泌され、また脳の中にはより多くのセロトニン受容体サイトが存在している。男性は、女性のようにラッキーな仕掛けを、また、それをどう見るかといった感情の抑制も持たない。そこから、男性が興奮と冒険を求める行動や、退屈さに対する耐性のなさが説明できる。対照的に、女性が持つより高いセロトニン・レベルからは、何も付けずに飛行機から飛び降りるような、身に危険が迫る行為を抑止する。(「できるだけ長く、そこで頑張り続けなさい」という考えは、仕事の場面の進歩的なドライブになるだろう)だが、女性の毎日の振る舞いが皆揃って、「リスク大嫌い」のような状態になるのは、そんなに変だろうか?果たして「リスク大嫌い」は悪いことだろうか?(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.22
【フィクションから事実まで】ここに、しばしば上がる二つの質問がある。最初に、男女間の違いは本物か?本当に、それらは人間に固有のものであるか、または文化的・社会的な結果から生じたものか?ニ番目に、男女のどちら側がより良いのか?男性かそれとも女性か?まず最初の、「男女間の違いは本物か?」これは、「人間が本来生まれ持つもの」と「その後の育ちの中で体得するもの」を対比さて、問うものである。人々は、ほとんどの場合、ピンク色の毛布にくるまれた赤ん坊と、青色の毛布でくるまれた赤ん坊とでは、無意識のうちに違った扱い方をするという。そのことは、男女差についてのほんの始まりにしか過ぎない。少年と少女は、学校や遊び、テレビ画面などを通じ、その生涯を通して、それぞれの「正常なこと」に関して、異なったメッセージを受け取っていく。ここで質問してみたい。「少年と少女は、扱われ方が異なるために、異なった存在になるのか?」または、「彼らは元々異なるため、異なって扱われるのか?」この分野に関しては、多くの科学者が「生まれ」と「育ち」について研究すればするほど、それまで分かっていた以上に、「生まれ」の部分から、男女間の違いが明確になっていると考えられている。そして「育ち」の違いについては、文化的・社会的な、親の習慣および地域の慣習の違いの特徴からは、大きな違いは生じないと考えられる。同じ性別なら、インドネシアの狩猟民であれ米国郊外の住民であれ、同じような男女差を示すことから、この違いは文化の違いに由来すると説明できる。いくつかの研究から、男女差は人間のみならず、異なった種の猿やネズミまで同様に、一貫していると明らかになった。そうした中で、異なった文化について考えてみたい。男女差のいくつかは簡単明瞭で、物理的な事実に関係している。例えば、同じ精神的な仕事を続けている男女をCTスキャン検査を行うと、男性の脳は一つの領域が明るく光り、女性では別の領域が光る。その他、男女差として特定できる反応としては、血中から直接測定できるホルモン量と相関する。脳の機能とホルモン量については、文化的な影響による変化はない。研究によると、未だ文化的な影響にさらされる前の生後三日後の赤ん坊からも、男女差は測定できている。男女差に関するこうした多くの発見は、従来からの一般的な物の見方を一変させている。このように、「男女間の違いは本物」であることが理解されるだろう。【男女差の判断】先にあげた第2番目の質問は、本当により優れているのは、男性か女性か?マーケティングや経営管理、また他の業務であっても、男女差について明快な原則を開発していく初期段階では、男女差の文化が組織に馴染んでいないことと、これまでの常識と逆行していることが障害となる。誰かが指摘するまでは認めないだろうが、この話題には、これまでの判断に頼ってアプローチしがちである。その初期段階における傾向は、自分と同性の行動は当然ながら、「まともな」、「より良い」または「より論理的な」と評価しながらも、他の性が自分達の基準を超えて行動する部分については拒絶するか、または捨て去っていた。ほとんどの人達は男女差文化の多くの違いが、毎日の生活の中でどのように表われるか気付いていない。我々は同じ隣人や兄弟として、同じ家庭の中で成長してきたため、基本的には同質の文化を持っていると思ってしまう。また、与えられた状況から与えられた動作が起きる様子は、全ての人にとってほとんど同じ意味を持つものと決めてかかる。従って、ある性の人間が別の性の人間に対して、同様の状況の下で、反応すると期待した通りに振る舞ったり反応しない時は、もう一方の性の人間からは「明らかに正しくない方法」で行動していると考えてしまう。そのような時は、正しく行う能力がないと見られるか、あるいは、正しくないことをする動機でもあるかのように考えてしまう。ここでは、ただ結論を急いで判断しているだけではない。しばしば、もう一方の性は、それが何であったとしても、男女間の行動パターンが違うことから、わざと間違えているような容疑を相手に抱かせて、すごくいらつかせる。例えば、彼女は、ビデオデッキを操作できない振りをしているだけなのか?彼はただ、私の話を聞かない振りをしているだけなのか?こうした状況は、とても馴染み深いもののように思える。男女差の文化の概念は、何かについて判断をする際に、既成概念を捨て去ることに役に立つ。米国ではシャワーを浴びる時は、たいてい1人でゆったりと過ごす。だが日本では、共同風呂は全く珍しくない。フランスでは、挨拶に3回キスするのが普通である。このような違いは、他の文化の慣習と認められる。こうした時、自分の文化の基準で、異なる国の文化の意味を解釈してはならないことは理解できている。実際、ビジネス・トップの立場にある人が、ある国でビジネスをしたいのならば、その国の習慣をよく理解して、できる限り多くの言語を習得する努力を払うことだろう。同様に、男性文化からは、女性の好みである賛辞や個人的な話を交換しあう「多重な役割」は、男性の好みに合わないため受け入れられない。だが、男性でも、この非常に有利な市場の「女性の」住人とビジネス取引をしたいなら、男性も女性文化を素早く理解して、ありのままを受容するべきだろう。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.21
女性客マーケテイングからは、同じ予算を全ての男性客ターゲットに使うことに比べると、収益面ではより高い利益が達成できる。【高収益が期待できる顧客】女性客の購入プロセスにおける「ロイヤルティと友人紹介」の二つの特徴から、長期的には男性客よりも高い収益が期待できる顧客となる。第一に、女性客があるカテゴリーで初回購入する際は、詳細に渡って手厳しくチェックするが、その後の購入サイクルでは一旦選んだブランドに留まる高いロイヤルティを示す傾向があり、初回に使った時間投資を埋め合わせている。2つ目は、女性客では口コミ発生がごく普通であるため、本質的に「良い」と感銘を受けたブランドや販売員については、他の多くの人達に広く推奨してくれる。その結果、最も強力な種類のマーケティングが無料で得られることになる。【高い顧客満足を男性客にも与える】有効に女性客を対象にしていくと、結果的に、女性客と男性客の両方に対してより高い顧客満足を与えることに結び付く。BMW、ウィンダム・ホテル、メリル・リンチなどの幅広い企業で女性客を対象としたブランド・アピール強化のためのマーケティング及びサービス改善を行ったところ、その事が男性客にも素晴らしい顧客満足をもたらしたことが分かった。それはあらゆる点で、女性客は男性客と同じモノを要求すると共に、その次のステップとして、更に良いモノを要求する傾向があるためである。女性客のより高い期待を満たしていく中で、多くの場合、同時に男性客の要求も実現させている。一つのコストで二種類の顧客満足が達成できたことを知れば、今後、どちら側の市場に焦点を絞るべきか明白だろう。【マーケティング投資に対する高い回収率】女性客マーケティングから、より高い「新規顧客の獲得」と、より大きな「既存顧客の維持」の両方が実現するため、マーケティング投資に対して、より良い投資回収率が期待できる。多くのカテゴリーでは、伝統的な男性客ターゲットの市場は飽和状態にあるが、対応する女性客セグメントは未開発状態にあり、市場競争はほとんど見られない。その上、女性は長期的にブランドとの関係を築く傾向があるため、高められたブランド・ロイヤルティは、女性顧客を獲得するために投下されたマーケティング経費から、より高くて包括的な「顧客歩留まり率」が誘発されることを意味する。誰でも同じお金を投下するなら、より高い市場インパクトが確実に得られる場所に大きなフォーカスを当てるのは当然だろう。過ぎ去った時代においては、「パパは何でも知っている」が普通で、愛情深い夫は妻の誕生日に真新しい洗濯機を買ってプレゼントしたり、または夫が新モデルの自動車を家に初めて持ち帰ったのを、一家して驚き喜んだような日々があった。高額商品産業のマーケター達も女性客にシフトしていることは認識できているものの、(1)女性客がどのように購入決定するか、(2)何が女性客の購入動機付けとなるか、(3)男性客と比べると女性客は、マーケティングに対してどのように 異なった反応を示すか、など、女性客に関して新たに経験豊富な知識を得たいと思うマーケターはごく僅かしかいない。あなたが、新しい市場を探している既存のマーケット・リーダー企業であっても、新しいアイデアで繁栄する革新的な創業型企業であっても、女性客市場は、どの企業の収益性について大きな変化をもたらす「ビッグ・アイデア」の類に属するものである。(さらに、言うまでもなく、マーケティング・リーダーとして企業の存在を世の中の注視の対象に引き上げる。)ところで、「どこに、拡大している市場があるのか?」「女性客は、既に自動車やコンピュータなど様々な商品を買っているのに、 今さら、女性客マーケティングによってビジネスを拡大することが できるのか?」などと疑問を持つ人もいるだろう。それに対する答えはこうである・・・「確かにその通り。 でも、女性客が買っているのが、競争相手のものの代わりに、 あなたの会社のブランドを買ってくれた方がいいでしょう。」世界最大、かつ最速で成長する市場がそこに待っている。世界を通じて、女性客が消費支出をコントロールする。これは歴史上でも先例を見ない、収入と投資資産の蓄積にある。そして、女性は大企業・中小企業を問わず、自分達の意思決定の幅を確実に広げつつある。大きなビジネス・チャンスがすぐそこにある。そこで真に求められる質問は、「それでは、女性客市場は、どこに存在するのか?」ということである。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.20
女性客の市場が大きな力を発揮する4つの方法が存在する。その中で、最初の2つは女性客がどのくらい収入を得て、どのくらい所有するかについて見解を提供する。後の2つは、女性客がどう消費するかについて明らかにする。1)収入力 ‐ 財布にお金が詰まっているか1970年代以降をみると、それ以前と比べ、女性は平均的に非常に多額の収入を得ている。事実上、米国中の家庭は生活水準の安定した成長について、女性の収入力に感謝するべきだ。現在においてそれは事実であり、これからもさらにこの傾向は強まる。今後の20年間、これまで二世代で築いた莫大な資産が、ベビー・ブーマー世代の女性の手中にますます集中していくと見られる。それが意味する点は、既存市場と共に、これから大きく発展する見込市場が存在するということである。現在と将来の両面から、女性客市場の変化の要因について見てみよう。・高い昇給 男性収入の中央値は過去の30年間でほとんど動かなかった (インフレ調整後で+0.6%)が、女性収入は上昇した(+63%)。・狭まる賃金ギャップ 年間雇用され常時勤務する同じ仕事の男性従業員と比べると、 女性は平均的に晃性が1ドル得るのに対して76セントを得ているが、 事実として、この男女の賃金ギャップは急速に狭まっている。 1998年には、25~34歳の女性は男性が1ドル受け取る のに対して83セントを得ていた。 より若い19~24歳の女性では89セントを得ていた。・さらに収入が上がる 1999年の時点で、働く女性の30%は、夫よりも多くの給料を もらっている。 1997年では25%、1987年が17%だったことを考えると、 この傾向は急速に高まっている。 女性の高い収入傾向は、直接的に高等教育と相関している。 大学を卒業して働く妻の約半分については、夫以上の収入を得ている。 【夫以上に収入がある妻の教育レベル(1998年)】 ・高校在籍 24.4% ・高校卒業 22.8% ・大学在籍 29.3% ・大学卒業 35.5% ・大学院修了 43.5% 出典:「一家の稼ぎ頭の妻は結婚の方程式を変える」 ワシントン・ポスト 2000年2月27日・家庭収入の半分以上を得る 米国家庭の大部分では、女性が世帯収入の半分かそれ以上の収入 を稼ぎ出している。・賃金の高い職業 ほとんどの女性は従来からの伝統的な女性の職業である、 秘書、教師、看護婦として働いているが、伝統的な女性の職業と 思われなかった、高い賃金が取れる他の職業分野で働く女性の 労働人口は実質的な数として増えている。・財務的な感覚の鋭さ 従来の一般認識として、「女性に数字は苦手」と思われてきた にもかかわらず、1985年から1995年にかけて、女性は 財務担当幹部、会計士、監査役、それにエコノミストの仕事で 半数以上を占めるに至った。2)究極の資産所有者 - 高い資産を持つ女性 既に、富裕層の女性が米国内の金融資産について、大多数を コントロールしている事実を知り、ほとんどの人が驚く。 例えば、次のような事実が既に起きている。・事業成功者 「フォーチュン500社」で副社長以上の地位を持つ既婚女性 の経営者について見ると、平均では世帯収入の68%を得ており、 何と75%の女性経営者は夫以上の収入を得ている。・蓄財 50万ドル以上の個人資産を保有する人口の中で、 女性は47%を占める。・金持ちの女性 米国内の個人的な富について、51.3%は女性がコントロールする。・最富裕層 1995年の最も多い資産所有グループの中で、女性所有の平均の 純資産額は男性所有の資産額より高い138万ドルであり、 しかも女性側が持つ負債額は男性側よりも少なかった。・数の増加 1996年から1998年の間に、米国で50万ドル以上の投資資産 を所有している金持ちの女性の数は68%成長したが、対して 男性の数は36%の成長に留まった。 以上述べた情報については、まさに氷山のほんの一角を示しているに 過ぎない。 ベビー・ブーマー世代が両親から遺産相続をした段階で、 歴史上から見て、最も大きな富の移転が起きることになるだろう。 順番から行っても、女性は夫よりも一般的に長生きするため、 家族資産はベビー・ブーマー世代の女性の手中に集中していくだろう。 平均的に見れば、こうした女性は67歳で未亡人になり、 夫よりも15年~18年間は長く生きる。 それに、男女の平均余命の違いはわずか7年に過ぎないものの、 女性の多くはかなり年上の男性と結婚する傾向もある。 未亡人になった以降の彼女達は家族資産を自分の考えで コントロールできるようになるだろう。 まだ誰も分からないが、そうした状況が出てくればどんな新しい種類の 消費パターンが生まれるのだろうか。 これを従来からの退職者グループと比べて確実にいえることは、 彼女達はこれまでの中で最も若々しい、最も健康、最も裕福、 最もよく教育された、そして最も意欲満々のグループである。 退職プランの会社や資産運用会社・不動産業・旅行会社・高級車メーカー、 その他の産業についても、こうした女性客を決定的に重要な 消費者セグメントとして考えて接近を試みるべきである。 そうしない場合、重要な見込み客の女性達が競争企業に奪われて いくのを、指をくわえて見るだけになる。 女性客がどれほど多くの現金を所有しているか考えるのは、 話の一部にしかすぎない。 これと同じくらい重要なのは、女性客がどのくらいの現金を 支出するかという点にある。3)家庭内消費における最高購入責任者としての消費者パワー・家庭用製品 これまで家庭で必要な「細かいもの」を買うのは、もっぱら 女性の仕事であった。 家庭では妻として、母として、女性の仕事の一部には、家族を健康で、 暖かく、よく栄養が足りるように維持することがある。 家族揃っての食事から子供の健康管理まで、それに夫のシャツから 子供の靴まで、このようなモノの購入選択は、多分、女性が 担っている。 事実上、小売業と消費財メーカーでは以前から、第一の購入者が 女性客であるのを知っている。 多くのマーケターが、未だ女性客について真剣に取り組み始めないうちに、 女性の消費パワーは従来からの靴ひもやシャツを超えて、 遥か彼方に向かって広がっている。・高額な買い物 過去においては、自動車、保険証書、それに主な電気器具のような 高額品については歴史的に男性が購入してきたため、男性に向けた マーケティングが展開されてきた。 だが事態はすっかり変貌した。 近頃では女性が他の多くの高額品の中から自分自身が乗る自動車や コンピュータ、それに携帯電話や、自分自身のための投資勘定の開設 までを必要とするようになったため、企業側としても全く新しい 市場状況と遭遇することになった。・独身女性 米国世帯の27%の家庭では、独身女性が家主である事実を しっかり理解する必要がある。 つまり、米国全家庭の4世帯のうちの1世帯と言うことだ。 このことは、例えば自動車、コンピュータや携帯電話などの市場の かなりの部分について、女性は家庭における唯一の意思決定者である ということだ。・既婚女性 結婚している家庭(米国世帯の55%)を見ると、事実として、 妻は彼女自身の給料だけでなく夫の給料も使って、多くのものを購入する。 妻は依然として、家庭内のすべての支出を握っている。 それが高額品の購入となると、独身女性のように自分自身だけで 製品を買う単独決定者とは異なるものの、自動車や投資勘定、 それに家族休暇などに関しては、夫と一緒に購入決定をするにしても、 妻の方が圧倒的な発言権を有する。4)会社の会計も管理 余り気付かないことかもしれないが、ビジネス購買の分野では、 女性の担当者が重要な役割を果たしている。 読者の企業が大企業向けの市場か、または中小企業向けの市場を 対象としているかどうか関係なく、女性客に対するマーケティングと 販売についての習熟は、無視できない理由が存在する。・女性は企業組織の階段をかけ昇る 今や大企業の事務所の廊下や会議室の中に、女性社員を見かけることは もはや全く珍しいことではない。 事実、今日ではすべてのプロ的な職種や経営レベルにいる社員の内の 49%は女性で占められる。 大手企業に原材料を販売するビジネスでは、さらに興味深い事実として、 購買マネジャーと購買担当者の内の51%は女性である。 金融サービスの提供会社を決める際に主要な役割を果たす、 人材リソース担当役員については大部分が女性である。 また、会社の物資とサービスを提供する事業者を選ぶ、 オフィス管理マネジャーについても、ほとんどが女性である。 そして、会社のマーケテイングや広告、PRの遂行目的ために 広告制作や広告メデイア・サービスを買う立場にいる ビジネス・コミュニケーション・リーダーもほとんどの場合、 女性である。 あなたの顧客を知るのが、有効に販売するための鍵となるのならば、 BtoB領域にいる多くの会社でも、女性がどうモノを買うのか 学び始めた方がいいだろう。・新しい企業家精神を持った女性が活躍する中小企業市場 女性が最低69%の所有権を有していて「女性オーナー企業」 とビジネス定義される会社が、米国すべての会社の40%を 構成する事実を、ほとんどの人々は気付いていない。 そして、これら「女性オーナー企業」は米国だけでも、 「フォーチュン500社」にリストされる大手企業が世界中で雇用 するより、35%多くの人々を雇っている現実を知って驚くだろう。 1987年から1999年までの12年間で、「女性オーナー企業」 は米国全体で103%の成長を遂げたが、これは全国平均と比べると 1.5倍の増加であった。 その上、雇用レベルでは320%も成長した。 特に、収入面では436%も伸びている。 そして、最も速い成長を遂げたのは、「女性オーナー企業」の ビジネスの中でも、100人以上従業員がいる規模の大きな会社であった。 中小企業市場を対象にして新規取引の開設を考える会社は、 過去10年間でのすべての会社創業の中で「女性オーナー企業」が 70%もの高い比率を占めている事実について、注意して 見ることが必要だ。 さらに、「女性オーナー企業」が不確実で未熟な経営をする会社 といった悪い印象が持たれないように、「女性オーナー企業」の 65%が5周年の創業記念日を迎えているが、この比率は男性が 経営している同規模の会社では58%だったことを記しておきたい。 中小企業経営者向けに販売活動を試みるマーケターにとっては、 女性に向けて明確に焦点を合わせていくことに多くの意義が存在している。 バイヤーについては、小企業/家庭内オフィス(SOHO)、設備、 資材供給・コミュニケーション技術・旅行業、銀行業、商用サービス分野で、 これからますます女性の顔が増えていくだろう。ここで議論した4つの要素の一つ一つがマーケターに対して、強い警告を発している。しかし、これ以上に重要なことがある。女性客は大きい市場を構成するだけでなく、女性客はより高い収益性が見込める顧客グループでもあるということだ。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.19
財布について、「大きな分厚い札入れ」と聞けば、最初に頭に浮かぶのは「良い兆候」であろう。ある個人の女性は十分な札束を持っていないかもしれないが、集団としての「彼女」達はまとまった現金を所持する。女性は今日の現金を稼ぐだけでなく、数年先の将来にわたっても、それ以上の現金を稼ぎ出す力を付けてきている。マーケターにとっては、家庭内で必要とされるすべてのモノの第一の購入者として女性は重要であり、女性は夫の給料も含めた収入から金を支出している。そして女性の購入権限は、伝統的に女性の購入対象と思われてきた衣服、備品、食品を越えている。最近では、女性は自動車、コンピュータ、カーペットの購入と共に、損害保険、株式投資、家の改修などの分野についても、自ら現金を支払っている。マーケターとしての最重要な関心事は、誰がこうした現金を獲得できるかということである。そして、あなたの会社が獲得できる確実な方法を教えてあげることができる。だがその前に、まず女性客市場について、これまで世間からあまり知られていない事実を満たすことから始めていきたい。【男女の均衡が塗リ書えられた】大きく著しい変貌は、いわゆる「静かな世代」(1925年~1942年の間に生まれた世代の人々を多くの人口統計学者はそう呼ぶ)の女性から始まった。皮肉なことに、この世代の女性は静かに黙ってはいなかった。この世代は、今までどんな歴史にも見られない広範な大変革を引き起こし、その結果これまでの社会に存在した「男女の均衡」を根本的に塗り替えてしまった。過去の35年~40年間にわたって起きた物凄い変化は、現実的にいかなる分野のマーケティング・グループや人々を問わず、その影響から逃れることはできない形で起った。最初、「静かな世代」の女性は「ミセス」の資格を得るために大学へ行っていたかもしれない。ともかく彼女達は大学へ行った。男性達が戦争へ行っている間に立ち上がって、国家に対する義務的な感覚から作業場所に入っていった。しかし、そこで一度、彼女達は、金銭面での独立を得ると共に、自分達でも仕事ができ、職業貢献と仕事の達成感が素晴らしいものであることを自覚した。母親が離婚した後に送った空しい生活の経験から、その娘世代(ベビー・ブーマー)では特にその傾向が強い。しかし、経済的な自立願望を持つ傾向が現れ、仕事場では進んで高いキャリア目標を目指すようになった。男性は、女性の職場進出により、男性が必要とされる仕事から排除されることに対する昔からの心配は弱まった。多くの家庭では、1980年代後半から1990年代前半にかけて起きた大規模な一時解雇によって、多くの夫が仕事を失った時には、それまで家庭の追加収入くらいに考えられていた妻の二番目の収入をありがたく感じた。1990年代後半になり、経済が回復するに従って、雇用主側も女性従業員から学んだ「人材の質の良さ」の有難味を知っていた。その学習効果として、仕事場は以前よりも女性に対して開放された。そして、以前からの信条を曲げない男性側からは、時として不平と抵抗があるにもかかわらず、全体的に見ればどの仕事レベルの職場へも女性が進出できる権利は、地殻変動的な変革を経て実現した。【現代女性は高度な教育を受けてさらにパワフルになった】過去の15年間で、女性は男性よりもかなり多くの数(全体の57%)の大学学位を取得するようになった。女性に開かれた雇用機会は、情報社会に向けてのトレンドが続くことから、求人市場は成長し続けるだろう。高等教育を受けた女性に就業可能な仕事が爆発的に増加する中、多分これまでは壊せなかったガラス天井も突き破る勢いで、女性管理職の収入は幾何級数的な率で上昇していくだろう。大学院レベルの学位取得は、女性の職業機会を飛躍的に上昇させる。大学院での専攻分野での仕事の機会が開くと同時に、さらに高い収入を得られる関連職務に就業するのを可能にする。例えば今、法学部の卒業生の50%は女性によって占められる。それに法学部での学位取得から、法律に関連したはるかに多くの仕事、例えば弁護士事務所の共同経営者、裁判官や高級官僚などが、女性に対しても道を開いている。同様に、ビジネス・スクールでもかなりの数の女性の卒業生を送り出す。今日、MBA学位を得て卒業する学生の内、約40%は女性である。別の、収入面でトップを行く職業では、医学部を卒業する学生の46%は女性である。その他の分野であっても、バイオ・テクノロジーから経済学、会計学から監査、それに経営学からマーケティングに至るすべての職業分野で、女性がより大きな役割を演じつつある状況は見てとれる。職場での変化が続くことによる明白な結果の一つは、女性が現在の収入を確実に増加させていることである。夫婦で「ダブル収入」の世帯では、より多くの消費財を求めて需要を引き上げる結果となっている。共働き世帯は収入が多いだけでなく、例えば2台の自動車、2台のコンピュータ、2つの退職年金プランといったように、ニ一ズそのものも増加する。そして、「ダブル収入」世帯の家庭内勢力図として、家庭内の大きな買い物についても女性の参加する機会を高めている。女性にとっては、自分で稼いだ現金でもあるので、その金がどう使われるか発言することは当たり前になった。女性が収入力を伸ばしたことにより、別の重要な結果として、結婚の考え方がこれまでの経済的な必要性よりは、むしろ個人的な選択として見ることに変えた。その事が影響して、世帯総数は増加することから、多くの住居・多くの装備品・多くの消費を誘発する。現在、明快な事実として女性は職場に深く定着していて、平均的に男性より高い教育レベルにあり、収入面でも男性と比べて同じくらいか、または、より多くの収入を得ている。この収入の多さの結果から、女性には財力パワーがもたらされている。要約すると、・女性は、これまで記録された歴史上のどんな時代よりも、 多くの現金を稼ぎ出していると共に、多くの現金を所有する。 さらに、女性の財力パワーは今後も加速傾向にある。・収入か所有権かは別にして、女性は家庭内での支出の大部分を コントロールしている。 家庭の全支出の80%にあたる部分が、女性の購入パワー予測値 として一般に認められている。・女性客は、マーケティングに投資する経費の中でもより高い収益を生み、 一顧客当たりでもより高い収益性が見込める。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.18
バレッタから本書を見せられた時、私の記憶は1996年12月のボストンヘと引き戻された。その時、私は30名の女性オーナー社長、女性作家、女性企業家とのミーティングに出席していた。その席で、私は期せずして女性消費者について大きなビジネス機会が存在することを身近に知った。今考え直しても、私はその存在を知らないことにただ驚いただけではなく、そんな重要なことを、今まで何も認識だにしなかった自分に唖然としていた。その余りに巨額な経済機会に対面して、改めて唖然とさせられたのだ。結論から述べれば、「女性消費者を取り上げた関連領域」こそは、私の意見として、「紛れもなくビジネス機会の第一優先順位に上げられるべき最重要分野」である(そのすぐ後に続くような、経済的優先性をもった存在は見出たらない。)女性消費者に関する統計的な数字も圧倒している。すべての消費者購入の内、83%は女性消費者が購入する。室内家具装飾の94%。旅行計画の92%。家の新築計画の91%。家庭電化品の51%。自動車では購入の60%、かなりの購入影響を及ぼすのは90%。サービス分野でも同様だ。新しい銀行□座の選択は89%が女性消費者による。健康管理に関しては80%を、それに健康関連の全支出の内の2/3以上を実際に支出している。女性消費者は家族に対する消費財の購入代理者の役割に加えて、企業や政府機関においても女性は購買担当者として重要な責任を担っている。事実、米国女性が主導する経済活動の規模は、米国GDPの半分にも当たる、約5兆ドルに達する。この状況を解説すれば、地球の中で最大の経済単位を形作る主体は、米国内にいる女性消費者ということである。事実、アメリカ人の女性の市場は世界一大きく、国家規模に当たるほどの経済支配を行っていることになる。その規模は、日本国全体の経済規模より大きい。私が説明する、女性が占める経済機会は、世界中について考えれば、米国以外の地域が付け加わることで、際限なく高い経済レベルに達する。その経済規模は、インターネット全体の経済スケールより、さらに大きい。私はかつて、これほど巨大サイズのビジネス機会には、一度も巡り会ったことがない。では、この巨大マーケットはどのようにすれば実際のビジネス機会とすることができるだろうか?男女は異なっているという明瞭な事実。それも、両者は劇的に異なっている。現在のところ、未だほとんど誰も「それを獲得していない」状況にある。確認しておきたいこととして「男女は同等」である。(少なくともそうあるべきである)しかし、私自身としては、「男女差を認める男女同権論者」と呼ばれることに恥ずかしさを感じない。私自身は、「男女は異なっている」という点に関して、全く疑問を持たない。こうした考え方をビジネスに関連させてみれば、新商品開発からマーケティング、そして物流戦略に至るまで、実際に異なっているではないか。以下について考えた時、果たして誰が異論を唱えるだろうか?「男性客とは、小売店の通路をさっさと歩いて、より速く移動していく。ショッピングで男性客は商品を見定める時は、少ない時間しかかけない。男性客は、探している商品がどこにあるか店員に尋ねないのが一般的。男性客は小売店に入るやいなや、忙しげに彼が欲しいセクションヘ直行して、欲しい商品をつかんだときには、既に買うことを決めている。男性客にとって、値札を無視する振る舞いは、ほとんど男らしさのサインと思っている。」これらの結果は、面白いことになる。こうした所見を応用できる対象は、無限にあるだろう。そうした機会を示す確証は、きめ細かい消費者の店内購入行動の調査から、パコ・アンダーヒル(訳注:『なぜこの店で買ってしまうのか』の著者)がここ数十年間にわたって世界で最も名高い顧客企業を獲得できている結果からもうなずける。別の状況で、女性客と男性の投資アドバイザーの例を見てみよう。女性客としては、慎重に考え抜かれた投資プランを出してもらいたい。それに、客が言うことによく耳を傾けて聞いて欲しいし、客の言うことを真剣に受け止めてもらいたい。アドバイザーには材料をよく読んで話して聞かせてもらいたいし、投資内容についてよく考え抜いたアドバイスをもらいたい。女性客は、決して(男性客に対するような)押し付けがましい販売アプローチは好んでいない。こうした議論を始める時はいつも、未だに1996年12月に開催されたミーティング会場の声が私の耳の中にこだましてくる。会場で私は、経営で高い権限と地位を持つ程の女性幹部であってさえ例外なく、男性の銀行員や医師、自動車営業マンやコンピュータ営業マンからは無視されたり、相手にされなかったり、愚か者扱いを受けた数々の状況について、経験談を聞かされた。ある時、私が「女性客に対するマーケットの扱い」をテーマにした講演会の後、成功している金融サービスの経営者で何十万ドルも年収を得ている女性が近づいてきて、彼女自身が受けた経験を話してくれた。数日前の昼食後のこと、彼女は車を買おうと意を決して、メルセデス販売店に出かけて行った。その時、店内にいた3名の男性営業マンは全員、自分のブースの中に座ってサンドイッチを食べていた。彼女がショールームに進み入っても、営業マンは誰も彼女の方向に歩み寄ろうとはしなかった。ようやく、サンドイッチを食べ終えた一人の営業マンが彼女の所にやって来た。その彼の口から出た最初の言葉は、「やあお姐さん、高級車を見るにあたって、買うためのお金はあるのかい?」この経験談を聞いた何人かの男性は、「そんなばかな。彼女はきっと作り話をしているか、誇張をして話している」と反応してくる。ところが、これを読んだ女性からは誰一人として、男性が述べたようなコメントが発せられることはない。何年もかけて、こうした状況を聞き取り、調査を重ねて、私はこうした実態を把握してきた。女性客が感じた不快な体験談は、金融サービス会社、病院、ホテル、コンピュータ会社についても、何百何千と同じような話しが聞こえている。その中で、永遠にぼやけたままの存在と言われている自動車産業も同様に、女性客は常にないがしろにされている。結論としては、金融サービス業界は女性客の重要性を理解していない。ホテル業界でも理解していない。また、従業員の2/3を女性が占めている健康サービス業界であっても理解できていない。米国内では5000億ドルものディーラー売上が女性客からもたらされている自動車会社であっても、女性客の重要性は理解できていない。この状況を、まじめに取り組んでいく方向性からは莫大なビジネスを意味する。それ自体は、至って簡単な戦略内容である。それでいて大変に微妙な内容を含んでいる。しかし、そこからもたらされる結果は明白なものである。そうしたことから、現在まで、このことは経済活動の世界において「最大の極秘事項」であった。そして遂に、この問題について具体的にどう対処すれば良いか、詳しく教えてくれる本が手に入ることになった。著者マーサ・バレッタは、女性客に関する素晴らしいビジネス機会を獲得してくれた。彼女は女性客を獲得し、彼女らをあなたのブランドに連れて来て、彼女らをブランドに長く留める方法を伝授してくれる。彼女がマーケティング原則にまつわる、広告、ダイレクト・マーケティング、販売促進、イベント・マーケティングやそれ以外の領域に至るまでを、何年にもわたる実務的な経験に裏打ちされた知識をもって読者に提供している。彼女が述べている男女差に関するすべての話については、慎重な調査によって裏付けられている。そして、この本で最も重要な点は、彼女が費用対効果に優れて実施可能な、「本当の女性客に対するマーケティング戦略」を策定するために、男女差を乗り越える方法を示していることだ。その戦略実施により、企業の売上高は右肩上がりで上昇させることができ、利益も売上に伴って右肩上がりで伸張させられる。女性客の数の多さは明白である。それに、今後とも男女差は打ち消し難いまま。そのため、ここから生まれる新たなビジネス機会は確実なものがある。そしてこの市場は巨大な規模を持つ。その市場における競争優位性は約束されたものとなる。米国だけでも、何兆ドルもの売上高があるビジネス機会が、すぐそこに待っている。本書の後半で、著者は企業のCEO(最高経営責任者)に向けたアドバイスの要約を提言している。そのリストにある「このすべて」とは、女性だけの「専門マーケティング・グループ」や、ある種の「女性のイニシアチブ」に関するだけを指すものではない。「このすべて」とは、企業の精神とブランドの本質を貫くために費やされる、多くの企業努力に関わってくるあらゆる活動を指している。この対象となるのは、少なく見れば消費財を扱う企業から始まって、コンピュータや財務サービスにまで至るだろう。要するに、企業が持ちうる、女性客にシフトしていく戦略展開の大胆さと、大幅なコミットメントによってのみ、二度とは訪れないこの空前絶後のビジネス機会を手中に収めることができるだろう。是非、このチャンスに向けて挑戦して頂きたいが、挑戦される際には、「あなたの企業は大きなパレードを先導できる、まれな機会の中にいること」を片時も忘れてはならない。(「男の常識をくつがえす新マーケティング」マーサ・バレッタ著より)
2004.03.17
「男の常識をくつがえす新マーケティング」 -「これ買うわ」と言わせる11の提言- (マーサ・バレッタ著)■トム・ピーターズも納得の3ポイント(1)女性客市場は紛れもなくビジネス機会の第一優先順位に上げられる。 -消費財を扱う企業にはじまり、コンピュータや財務サービス にまでいたる。(2)男女は劇的に異なっている事実。 しかもそれを誰もビジネスに関連させていない。(3)女性客にシフトしていく戦略展開の大胆さが空前絶後の ビジネス機会を手中に収める。今日から、この本の抜粋を少しづつ書いていきます。ただ、この本は翻訳が分かりづらく、誤字も多いのが難点。
2004.03.16
本書の題名は、出版局の本間氏がつけたものである。別に数題、私も候補をあげたのだが、これが一番売れると押し切られてしまった。私には、読者から「カネ回りがよい」だけではなく、おカネが回ってきても通り過ぎずに「カネが残る」経営も大事ではないかという声も聞こえてくる。昔から江戸ではお金のことを「オアシ」と言ったが、おカネは持ち主の意向も聞かずに、自分に足がはえているかのように世の中を勝手に渡り歩くというわけである。「金は天下の回りもの」とも言われているが、回るだけで残らずに通り過ぎていくだけでは確かに人生の味がない。一方「カネが仇のこの世の中で早く仇に出会いたい」といった戯れ歌もある。私は金の不足した若い時に、有名な俳句の後に「それにつけても金の欲しさよ」と付け加えていた。たとえば「古池や蛙飛び込む水の音」「それにつけても金の欲しさよ」とか、「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」「それにつけても金の欲しさよ」というように。おカネが残らなくても、せめて回ってきて欲しいというのが一般庶民の切なる願いだろう。しかし庶民といえども、借金しておカネをもっても、カネ回りがよいとか、ましてカネが残るとは、誰も考えない。ところが「経営者たるもの大借金もしないで男と言えるか、経営者と言えるか」と、実際に言った社長に、これまで大勢お目にかかった。大借金は、返済に7年、いや10年、15年かかってしまう。その社長に15年先まで読めるものなのだろうか?私には7年先ですらどうなるか読めない。大借金をしたから男になり、大経営者になれるものではない。計画通りに収益をあげ、借りたものを返していくから、経営者としての人生を全うできるのである。「小さなおカネを速く回して大きく稼ぐ」高回転経営は、世の中がデフレであろうがインフレであろうが、好況であろうが不況だろうが、いつの時代にも経営の要諦なのである。読者の皆さんに著者の真意をご理解頂き、本書が中小企業経営者のお役に立てばと念じて筆をおきます。 (了)(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.15
年商が30億円以下の中小企業の社長というのは、孤独な存在である。一方で、号令をかければ右にも左にも自由にできる楽しさもまた、ある。これまで経営数字の話を中心に申しあげてきたが、自社の収益状況の良否も、資産バランスの良し悪しも、振り返って反省してみると皆、トップが発した「決定」によってスタートしている。「独裁は地獄の道を舖装する」という言葉があるが、慎重に考えないで決めてしまうことは本当に恐ろしい。この日もまた、私の知っている企業の倒産情報が新聞紙上で踊っている。不況で売上が落ちたことが要因だと報じている。しかし、その業界のどの企業も売上は落ちている。それなのになぜ倒産したかといえば、借入金が多く、銀行がもうそれ以上の融資に応じなかったからである。売上が落ちたのであれば、変動費を下げ、経営者自ら給料をカットし、経費の削減を行ってバランスさせればいいのである。しかし、B/S上の資産の部(ストック)はそう簡単には削減でき得ない。売れると思って仕入れた海外からの在庫商品は不良資産化し、良い得意先と思って受け取った受取手形が不渡りになる。せめて80%は稼働すると思って建てた不動産物件は低稼働のままなのに、すべて借金によって調達しており、返済は待ったなしに近づいてくる。欧米の経営者たちのグローバルスタンダードは、今も昔も同じである。インフレもデフレも関係なく、(1)収益性(儲けたか)(2)安定性(無理はしていないか、無駄はないか、ゆとりはあるか)(3)商品力(粗利益率は高いか)(4)成長性(伸びているか)(5)生産性(効率は良いか)(6)金融力(資金調達余力があるか)と決まっているのである。ストック(資産)で稼ぐのを投資というが、一歩考え方を間違えれば投機になってしまう。私は、投資を考える仕事をしているが、これまで一度たりとも、投機を考えたり、勧めたりしたことはない。投資は企業理念、企業使命感から発するものだ。すなわち顧客に喜ばれ、自らの事業の存在価値を認めてもらうために投資をする。決して金儲けだけでもなく、稼ぐことだけでもない。理念を忘れた金儲けは、投機であり亡者のすることである。天国に行けず、孫をはじめとする子孫に災いを残してしまうのである。デフレであろうとインフレであろうと、身のほど知らずに多大な借金をいとも簡単にしてしまうのは、経営者に投機の気持ちが強いからではないかと思うのである。もし経営者がしっかりした理念や使命感に基づいていれば、金儲けだけの投機には走らないはずである。社長自身の金銭欲をコントロールできなければ、会社のおカネのコントロールもままならない。結局、経営者が事業におけるおカネの扱い方に長けるためには、おカネの非情さをわきまえて、いかにご自身の欲をコントロールできるかにかかっているのかもしれない。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より) 追伸 投資と投機の他に、浪費というのもあるように思う。(笑)
2004.03.14
前にご登場頂いたポンプメーカーN社の成功要因のひとつは、従来の代理店方式による販売からホームセンター直販への切り替えにあると述べた。ここでその際に触れなかったことを紹介しておこう。私はN社長にこう質問した。「どの事業でも、直販に切り替えなければという場合がある。しかし従来の販売店の抵抗が強くそう簡単にいかない。どうやって代理店や問屋の抵抗を切り抜けたられたのか?」「思いの強さですよ。経営者の何が何でもやらなければという思いの強さですよ」「しかし世間ではいかに社長が思っても、新規得意先だけで従来の売上をカバーできない。営業は新規ルート開拓の必要性は理解できても、実際には従来ルートからの反発をおそれて、まず動かないですがねえ」「いや先生、実はその通りなんです。私も営業幹部を集めて会議で言い続けました。従来の得意先がゼロになっても責任は問わない、新チャネルのホームセンターを攻めろと私の思いを言い続けたのです」私は、N社の20年前を知っているからこう言った。「社長、あなたが自分の思いを言い続けたのは確かです。しかし、あの時それまでの得意先がゼロになってもかまわないと言えたのは、会社が無借金を実現しえていたからですよ。もしあの時、借金があったら決して言えなかったはずです」と。読者のみなさん、思い切った戦略転換の時に必要なのは「おカネ」なのである。必要な軍資金があり、資金繰りの心配がないことが、トップの思い切った決断の大きな裏付けとなる。ここが肝心なのだ。なぜ社長の給与は高いのか?なぜ社長はいろいろと節税策を考えるのか?いざという時に先立っものは「おカネ」であり、それをひねり出すのが社長だからである。中小企業の経営者は、個人保証している限り、おカネから逃げられない。まさかの時、思い切った戦略転換の時の資金繰り、それは社長がドラえもんのようにポケットから個人のおカネを出すことなのだ。もしくは借金が一銭もない会社にしているかのどちらかなのである。世の中の多くの社長にお会いしてきたが、「おカネの工面を考え、借金することばかり考えている社長」「借りたおカネの重さを感じ、返すことばかり考えている社長」「いかにすれば借りないで済むかを考えている社長」「借りたことなんかすっかり忘れてしまう社長」とさまざまである。本書をここまで読んで頂いた方は、どのタイプの社長がカネ回りの良い素晴らしい会社を築くのか、どのタイプの社長が会社を潰すのか、お分かり頂けよう。自主自律の経営とは、まさかの時でも動じない経営、すなわち無借金経営である。借金で奈落の底へ落ちていく。どうか、この事を肝に銘じておいて頂きたい。 (後略)(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.13
1996年8月10日、N製パンの荒山営業部長が会議の休憩時に私の耳元でささやいた。「ヤオハンの夏の賞与がまだ出ていないのです。昨夜も深夜の3時まで団体交渉をやってまとまらなかったと、労働組合の委員長から留守電が入ってたんです」「なんでそんなことが君の留守電に入ってくるんや」「高校時代の友人なんです。この会議が終わったら彼に会う予定です」この荒山営業部長は、地元沼津の出身で小・中・高校の同窓生がヤオハンの中堅幹部に何人かいた。N製パンもヤオハンとの取引で成長してきたから、ヤオハンの多くの幹部とは商売取引以上の親しさが通っている。私は荒山部長に、ヤオハンの労組委員長と会う時の心得を話した。「午前の会議でヤオハンとの取引は縮小しろと言ったが、今の話を聞いたらゼロにしなさい」「委員長に会うんだったら、こう言っておいてくれ。うちに入っている井上という経営コンサルタントが、深夜の3時まで団体交渉などして体力を消耗するな。ヤオハンさんの役員だって絶対賞与を払いたいと思っているのになぜ払えないのか?理由は簡単、金庫に金が全くないからだよ」と。さらに、「君は仕入部長にも会って、こうはっきりと言ってください。わが社も今Sコンビニチェーンから別会社に切り換えると通告されて、20億円の売上がとんでしまい一大危機を迎えている。共倒れしないように、お互い黒字化の努力を必死にしよう。もしどちらかが生き残ったら、相手の骨を拾おう。それが真の友情だ」と。N製パンも危ないという噂が出ていることは、ヤオハンの仕入部長も知っているはずだ。お互いの友情は大切にすべきだが、商売は別。情で絡めるな。もしヤオハンが潰れてわが社が残ったら荒山部長、君が彼の骨を拾ってあげよ。わが社が潰れてヤオハンが残れば、君の骨は彼に拾ってもらえ。それが真の友情だ。もちろんどちらも残るように、それこそ必死の努力をお互いにする。仕事は合理性で考え、決して情で行かないようにと。そしてN製パンはかろうじて生き残り、ヤオハンは倒産してしまったのである。荒山部長から仕事先の私に電話があった。営業部長「とうとうヤオハンさんが倒れました。わが社は先生のアドバイス通り実行しましたので被害は免れました。ありがとうございました」私「今君はどうしている?」営業部長「どうしているとおっしゃると?」私「倒産前に納品をストップしたのは良いが、今は商品を持って行ってるのか?」営業部長「先方は倒産したんですよ」私「店は開いているだろう。棚にはパンがないはず、現金払いですぐ持っていって並べてやれ、喜ぶぞ」もちろんこの営業部長はすぐにパンを持って行き、仕入部長や売場責任者から喜ばれたことはいうまでもない。しかし、パンの売れ行きが悪い。なぜか聞けば牛乳の納品が全てストップしたためだという。私は「君のところで牛乳も仕入れて他社へ売っているだろう。ヤオハン分も君の所で仕入れて売場に並べてやれ」とアドバイスした。その後のヤオハンは、ジャスコが再建を引き受け黒字化し、再生なったヤオハンは、はえ抜きの社員が社長に就任している。そしてN製パンとも再び良好な取引関係が復活しているのである。私は、「情」なしの人生などないと思っている。だからこそ「情」の扱い方に人一倍注意している。ビジネスの世界ではなおさらだ。悪しきシガラミにこだわって死神に抱きつかれ、倒産する会社と運命を共にしないことである。それは神にただ祈ることではなく、常に合理的に冷静に考える、情で経済合理性を曲げない。過去の「しがらみ」を断ち切る経済合理にあった行動を取れるかどうかだ。経営者は、「情のかけどころ」と「情の捨てどころ」を間違わないことである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.12
■しがらみを断ち切る「先生よくもそんな非情なことがいえますね」気色ばんで服装小物卸のFエンタプライズ社長のQ氏が私の顔を睨みつけた。Q社長「わが社の長年の取引先である福○産業の山口社長と専務の山上氏は、 井上先生も良くご存知じゃないですか。 国内や海外も一緒に旅したじっこんの間柄、あのいい人たちとの 取引を切れというんですか?」私「そうです、私は切りなさいと申しあげている。 あと6ヶ月以内に国内取引をやめなさいと。 見てごらんなさい、ライバルは、釜山、マニラ、ホーチミン、大連、 上海、アモイの業者と取引して、福○産業と同じ商品が半値以下で 入っている。 それが現実だ」Q社長「確かにそうですが為替、時間、事故を考えた時は果たして 海外品がいいかどうか」私「もちろんどちらの場合も利点と欠点はあります」社長は、長年の取引先を変えることによって収益の改善が確実にできると思っても、情に忍びず、なかなか決断できないものである。断つに断ち切れない、それを「しがらみ」という。長年の取引先の福○産業の2人の役員は人柄も信用性、信頼性においても確かに素晴らしい。しかし悲しいかなこの時代、時流に乗り遅れて企業規模・資金内容を考えた場合、いまさら福○産業が海外に出て行って調達することは不可能であり、もちろん本人たちにその気もなく期待もできない。その現実が、私を睨みつける社長にも痛いほどわかっているはずである。ここで「情」を優先すれば、ライバル会社の倍以上の価格で同じようなものを仕入れなければならない。それでは、割高なものを売りつけることによって、長年Fエンタプライズと友好的な取引関係にあった小売店との人間関係はどうなるのであろうか?長年一所懸命に働いてくれた社員たちに給料を十分に払えなくなったら、社長の「情」はどうなるのか?中国の有名な故事に「泣いて馬謖を切る」とある。数々の戦功をあげ忠誠度も申し分のなかった武将の馬謖が、命令違反で自軍に大損害を与えてしまった。命令を出した名参謀の諸葛孔明は、私情を抑え馬謖を切ったが、涙まで抑えることはできなかった。それを見ていた他の武将たちは、孔明の心情を思いやり一層奮起したという。経営者は、経済的合理性の追求に非情にならなければならない。それはもし利益を出し損なえば、より多くの人たちを不幸にするからだ。浪花節も結構だが、ここは「泣いて福○産業を切る」でなければならない。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.11
大学のOB会で大先輩の方々が、「なんでこんなに銀行金利が安いんだ。 老後、収入のない俺たちにとっては雀の涙にもならん金利では 食っていかれんよ」「もっと現役の君たちが頑張って、景気を良くして金利を上げてくれよ」と嘆いている。酒席で理屈を振りまわす気はなかったが、「先輩、預金を5億円もお持ちなんですか、すごいですね」と言うと、「なんで俺が5億円持っていると言うんだ、持っているわけない じゃないか」「だって金利で食っていこうと思えば、今は5億円以上の預金が ないと・・・」「あるわけないだろう」「それじゃあ、収入は年金ですか?」「そうだよ」「だったら年金生活者にとってはデフレ時代は大歓迎なはずですよ。 物価が下がる分だけ年金の値打ちが上がるんだから。 これがインフレにでもなったら年金生活者は生きていけませんよ。 ロシアを見られてお分かりのはず。」と思わず大人げなく先輩をたしなめてしまった。世の中には理屈に合わないことを、さも正しい主張のように言い張ることが多い。どうも熊さん、八っさんもインテリのご隠居も、自分が正義の側にあり正直者でバカを見ているといって、世の中を嘆くことが好きなのだろう。デフレ環境ってそんなに悪いことばかりなのだろうか?禅の言葉に「超二元」という言葉がある。生と死・寒い暑い・上る下る・男と女・景気と不景気、世の中の相対する二つの「元」に執着するなという教えである。「人間になぜ宗教が必要か?」という問いを、私は生意気にも臨済宗東福寺派管長の福島慶道老師にぶつけてみたことがある。師は答えて日く「人間はエゴであるから」とお答えになった。禅宗では「無の自分」「無我の自由」を取り戻しなさいと教える。インフレとデフレの「二元」を考えるとき、「インフレ」の時は「インフレ」を嘆き、「デフレ」の時は「デフレ」を嘆く、なぜそんなに嘆くのかと申しあげたいのだ。私は、前に経営者として大事な精神として「しつづける執念」ということを申し上げたが、一つの事にこだわることが大事というのは、「超二元」と矛盾するのではないかと思われるかもしれない。私は「真理は常に中間にあり」と思っている。私は解脱した高僧ではない。凡俗の私にはこの二つの元を超えることはできないが、軸をその中間におき「キープバランス」、つまり次のように、いつでも相対するものの間を行ったり来たりするバランス感覚が必要であろうと考えているのである。 『価値判断とバランス感覚』 未来 ⇔ 現在 社会性 ⇔ 効率性 個人尊重 ⇔ 組織尊重 総合 ⇔ 専門 好況 ⇔ 不況 積極 ⇔ 消極 楽観 ⇔ 悲観 投資 ⇔ 回収 社員の気持ち ⇔ 資本家の気持ち 過程 ⇔ 結果 保守 ⇔ 革新 アクセル ⇔ ブレーキ 分散 ⇔ 集中 継続 ⇔ 破壊 感性 ⇔ 理性 インフレ ⇔ デフレ「超二元」とは両極に自由に対応することであり、覚悟すればその一方へ徹していけばよいのである。「無寒暑」つまり夏が来れば暑くなり、冬が来れば寒くなるということである。どうせ夏に寒くなることはない、暑さを回避などするな。覚悟して暑さに集中せよ。夏は「夏三昧」「暑三昧」逃げずに対処し、冬は「冬三昧」「寒三昧」を楽しめということである。デフレにはデフレの良さも悪さもあり、インフレにはインフレの良さも悪さもある。経営者ならデフレを嘆くことなかれ、インフレを待望することなかれ。デフレの悪さに自社が飲み込まれないように落ち着いて対処し、一方良さも認めることである。インフレもまた、望まなくてもいずれやってくる。インフレになればなったで、金利が高くなり、仕入が高くなり、とてもじゃないが経営ができない、難しいと嘆かないことである。経営者は、常にこの二つの元の片側にとらわれたり、こだわったり、執着しないで自由な生き方をしたいものだ。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.10
まだ今に至っても会社に借入金があるのに、一方では会社の現金・預金資産について少しでも有利な投資物件や貯蓄商品を探している経営者がいらっしゃる。さて銀行の定期は一年もので0.03%、普通は0.001%、当座預金はゼロ%である。一方、借入金利は実質2.5%程度だろう。仮に普通預金口座に1億円預けていれば、金利は年1,000円、定期預金でも30,000円である。逆に1億円借り入れると、金利が2.5%であれば、金利支払いは年250万円だ。その差をお考え頂きたい。従ってデフレ時代の会社のおカネを取り扱う鉄則は、これまでの復習にもなるが、(1)借入金は徹底して返し、担保を空け個人保証を外す(2)資産はデフレ下では価格低下で目減りをするから極力持たない。 上がるまで買わない(3)含み損の資産は売却して特別損を出し、税金負担を減らす(4)売上を無理して上げるより原材料、人件費、販売費、管理費、 金利手数料を減らして経常利益を上げる (減収・増益を狙え)、ということになる。私は、経営者個人の資産(財産)運用やおカネの使い方は、それぞれの価値観でおやりになればいいと思っている。しかし経営者は、個人資産(財産)を会社の借入金の担保として提供していることも多いから、企業資産とのつながりから留意点を述べる。経営者個人としてのデフレ時代のおカネの使い方の鉄則は、ものの値段が先にいくほど下がり、ゲンナマの価値がそれだけ上がっていくのであるから、(1)個人のローンを繰り上げ返済する(2)自社株移動は評価低い今がチャンス (税引後利益出ず配当なく類似業種が皆低い)(3)経営者は自社に小規模私募債を発行させ、それを買う (銀行の有利子負債を返せ)(4)自宅等の大目減りした財産は売却する。 売却損は確定申告で源泉徴収された所得税還付で補填し、 新たに自宅を購入する(5)固定資産投資は当分しない。 現金に近いもので投資を行う(6)金利の低さを嘆かない (インフレ期は金利も上がるが物価もそれ以上に上がる)ということである。同時に、会社としても個人としても「デフレの良さ」に目をつけることも大切である。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.09

■緊張が解けてすべてが変わった1989年(平成元年)1月、昭和天皇が崩御されたあの週末の土曜日に、街のネオンが一斉に消され街は暗く沈んだ。あの平成の年の始まりの異様な雰囲気は、私の頭の中に今も消えない。この年に米国大統領ブッシュ氏とソ連大統領ゴルバチョフ氏が、マルタ島で二大国の冷戦に終止符を打ったのである。デタント(緊張緩和)という聞きなれない言葉がにわかに使われだし、評論家がボーダレス、国境のない経済社会が出現し、グローバル(世界)化に進むと言い出した。聞きなれない言葉が相次いで、中小企業の経営者は目をシロクロさせるばかりであったが、時はバブル経済の頂点にあり、日本の企業は国内のみならず世界の不動産を買いあさったのであった。ところがこの二大国の緊張緩和によって、これまでの経済の仕組みが根本から崩れだしたのである。以下第74図を眺めながらお読みいただきたい。 まず1989年12月をピークに株式バブルが崩れ、次いで土地バブルが崩壊する。土地は輸入できないといった土地神話はもろくも崩れ、土地の暴落も起こった。東南アジアわけても中国の安い労働力で作られた原材料や製品が日本に雪崩を打って入りだし、93年からものの値段を急激に押し下げた。日本の生産拠点も安い労働力を求めて海外に出てしまい、空洞化が叫ばれるようになる。すなわちデフレーションの始まりである。時を同じくして、アメリカの価値観に基づくデファクトスタンダード(競争の結果、最も普及しているやり方を事実上の世界標準とする)を世界標準としておしつけられ、「金融ビッグバン」はじめ島国農耕民族にさまざまな規制緩和(デレグレーション)を求め、日本の経済に大混乱と大停滞をもたらしたのである。もっともデタントによる経済混乱は、ソビエト連邦が崩壊したロシアでも起こり、統一ドイツでも起こり、韓国や東南アジア、中南米にも広く及んだ。何も日本だけに大変なことではなかったと思っている。25億人もの旧社会主義体制の人達が、その安い労働力や設備や材料で、資本主義経済に一気になだれ込んできた。デタントが過去の秩序を世界的に破壊したわけであるから、過去の成功体験を持っている企業に広く混乱と停滞を招いたのも当然であったろう。私はいち早く、日本の経営者に「これからの企業経営のグローバルスタンダードはアメリカ標準になる」と警鐘をならした。すなわち、『自由(個)、公正(フェア)、自己責任、専門、結果大切、現金第一主義など』が重要になり、これまでの日本の「農耕社会標準」である、『連帯、公平、共同責任、総合、過程大切、信用第一主義など』は、悲しいことだが潰されていくと断言したのである。そこで私は、「たたむ・削る・変える」の実践をやらずしてこれからは儲けは出てこないと申しあげた。そして、これから利益を稼ぐ「売りもの」づくりは、価格競争を当たり前としてコストを徹底的に下げることを推し進め、さらに少しでも高く売るための「されどづくり」を加えて、前著『稼ぐ商品・サービスづくり』を上梓した。これからの経営者が取るべき態度は、『情を抑えて経済合理主義に徹する』ことである。少なくとも週5日間の仕事をしている時間中は、「情」の世界ではなく、両手にソロバンとコンピュータをもった「理」の世界に存在して頂きたい。特におカネの世界では、日本社会の「浪花節だよ人生は」ではなく、人とのシガラミをドライに断ち切り、ソロバンに徹する覚悟が必要なのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.08
30年お付き合いをさせて頂いているG社の創業者O氏から苦言をもらった。同社は最近、創業55周年を迎えたばかりである。「井上先生は、銀行も仕入先の一つであるとドライに割り切られているが、銀行との関係は仕入先のそれとは決して一緒ではないと思います」と。創業者のおっしゃるには、中小企業の社長の場合、取引銀行の支店長とは部下任せすることなく自らが常に付き合うべきだという。・「日頃の銀行との付き合いは大切なことである。 社長自ら銀行に出向き、自社の経営状況を報告する。 支店長、次長が異動しても、その人柄、能力を観察し、 パワーのある人とはその後もちゃんとしたお付き合いを続けて いくべきです。 資金調達は社長の重要な仕事です」・「銀行さんとはお互いギブアンドテイク、平素のお付き合いの中で、 時には無理も聞いてあげ銀行に協力する。 そういった関係を築くことにより、当方にもまさかの時があれば、 日頃のお付き合いが効いてくる」 「今日まで自分は銀行に対して誠実(うそ偽りがない)誠意(尽くす) の態度で長年接してきました。 それによって信頼を得たと思っています」 とおっしゃるのである。同感である。私は、何ら反論することもないし、黙って聞いているのみであった。30年もの長い付き合いで、私は十分O氏が誠実、誠意の人物であり、信用も絶大であると思っている。そしてこの方が銀行だけではなく、仕入先に対しても得意先に対しても誠意誠実の行動をとってこられたことも知っている。しかし、この誠意・誠実・信用だけで、今の素晴らしい企業を築きえたとは思えない。選んだ業種、業態が時流に乗って、常に経営を革新され効率的な手を打ってこられた。つまりO氏の経営能力が秀でていたからだと思っている。さらに言わせて頂ければ、主力銀行との順調なお付き合いが続けられたのも、O氏が経営されているG社の業績が順調であったからだと思っている。世の中は「無常」、常なることがない。「技術革新であっという間に市場が消えた」「親会社は発注していた仕事をすべて中国にもっていった」「代理店で食べてきたのにメーカーが合併して販売代理権がなくなった」というように、急に目の前から「売るものや」「顧客」が消える時代であり、そのスピードは、いやはやまったく速い。世の中「蝶よ花よ」といわれる間はすべてが善循環、すべてうまくいき、仕入先も販売先も銀行も従業員も、すべてが社長についてきてくれる。しかし、いったん逆回転しだすと、そうはいかなくなってくる。特に銀行は、経営数値を把握しているだけに隠しようがなく、衰退の兆候をいち早くつかんで、掌を返してくる。銀行の打つ手はとてつもなく速く、しかも冷酷で、自行が損失を被らないように、あの手この手で資金の回収をはかってくる。そうなると、昔の懇意なお付き合いは忘れましたといわんばかりに慇懃にしかし無礼に接してくるのである。「いざ」という時に頼りになるはずの銀行の協力には、厳しい限度がある。この非情の現実をこの目で直接見たり、体験している経営コンサルタントの私にとって、O氏が信じているように、銀行が「情」にからむことは絶対にありえないと思っている。しかも金融機関の姿勢と行動は、21世紀が始まった2000年から全く異なっている。・金融機関それ自体の経営が厳しく、自社の建て直しに必死で 顧客をも殺しかねない・支店長決裁権限は狭められ、全ての決裁が本店本部になる・行員の待遇が下がり、レベル低下し行員の質が悪くなり、 ますますサラリーマン化する・全てシステム化が進み人間性が欠如してくる (この企業を育成しよう、などという志はなくなる)・取引先は全てコンピューターがランク付けを実行し、 B/SとP/Lの内容が良くならない限り、格付けは上がらない・リスクのある中小零細はますます相手にされなくなるという時代に入っていると、私は考えている。このような時代になっていても、創業者O氏が言うように銀行を味方につけ、信用を得る行動をとること自体に文句をいう気はさらさらない。しかし、これは銀行だけでなく、仕入先、得意先にも同じことで、誠実誠意な行動は、商人として「信用」を得る基本だろう。阪急の創立者小林一三氏の言葉だが、「銀行にはうそ言うな。しかし本当の事を言うな」という名言を私は心に刻んでいる。 (後略)(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.07
これまでの経験から税務調査官が主に何を問題にするのか、あげてみよう。(1)交際費、寄付金、役員賞与として認定し損金参入させない経費があるか 広告宣伝費、販売促進費、会議会合費、値引販売、交通費、調査費、 福利厚生費、寄付金、使途不明金の経費をすべて洗い出して、 交際費等にもってこようとする。 「この会議会合費の460万円の内訳を見ると、宴会費用がほとんどですね。 これは費用じゃなくて交際費でしょう」、 まあこのようなことは皆さんも何度か経験されているだろう。(2)資産に関連する費用を損金と認めず資産勘定へ持ってゆきたい たとえば、 ・備品購入費を消耗品として落としている ・修繕が発生し損金扱いにしている ・不良債権・貸し倒れが発生し売上から除外している ・不良在庫が発生し在庫から落としている などのように、本来は資産であるべきものを費用で落としていないか チェックする。(3)決算締切月と次期スタート月の売上、経費の入り繰りを見つけたい 決算月に発生している売上を次月にもってゆき、 次期に発生している経費を決算期に入れ込んでないかチェックする。 先に決算してみたら利益が思ったより出たために 「頭隠して尻隠さず」的な場当たり処理が多いことを申しあげたが、 これらは決算月前後に集中する。 調査官がこれを見逃すわけはない。 これを調査官から指摘されて、「おみやげ」として認めたなどというのは、 見苦しいだけだ。なお調査官としては、巧妙に処理された架空仕入や架空経費、架空人件費などの脱税行為、裏に隠している出金(政治家、団体)を見つけようと必死なのであろうが、実際にやっている会社はまれにしかないはずである。もし私がこのようなブラックな脱税行為を相談されたら、断固反対してやめさせる。法律に反しているからだけではなく、経営そのものをおかしくするからである。さてここで、税務調査で一番出てくるだろう「諸経費の交際費認定」について、対応の仕方を述べておく。高級レストラン・割烹での食事代、銀座のクラブの飲み代、送迎のハイヤー代などのかなりの部分は、その会社にとって営業のために必要な経費だったとしても、調査官から「交際費」だと認定されることが多いようである。いわゆる「見解の相違」である。しかし、調査官に「確かにこれは経費だ」と認めさせることもできる。そのためには、平素よりしっかりした信憑性のある書類を添付しておくことである。たとえば営業部長が取引先のお客様と食事したケースで、食事は有名ホテルのレストランで接待したら、後日旅行代理店から会議費代で請求書をもらう。二次会に銀座のクラブヘいったら、請求書・領収証は▲▲商事会社名義のものでもらう。(所在地は台東区が望ましいが)お客様の手土産は、金券ショップで買った商品券にする。領収証は、やはり◎◎商事株式会社。お客様送迎はハイヤー、自分はタクシーでご帰還したら、領収証は銀座-自宅ではなく、新橋-自宅近くの駅の但し書きを加えてもらう。要はマメに領収証等すべてに配慮して、すべて納品書、領収証、メモ書きを密にして1年後や2年後に問われても、そこにしっかり説明されていればいいのである。それでも後で税務調査の折、「見解の相違」でもめるわけだが、多くを経費として認めさせることができる。もちろん程度問題ということがあるから、社長の個人的な遊びまでを多額に経費として計上することは論外だ。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.06
税務調査に正しく対応するためには、まず、ハウツーものの節税対策の本が本屋の棚には数多く並んでいるので、個人用、会社用も含めて乱読することをお薦めしたい。世に売られている本の中に節税の妙手はほとんど書いていないが、ひと通り基礎だけは身につけることができる。ちなみに私は市販の本も目を通すが、税理士事務所から送付されてくる月会報に書かれている交際費の考え方や償却のいろいろな手法を読み、わからないことがあれば事務所の先生に電話して教えて頂くことで、税務知識に強くなった。個人の確定申告は、会社に年末調整してもらうより、面倒でも自分で確定申告されることをお勧めする。医療控除とか他収入、損金合算とかで節税できることも多く、会社の節税の勉強にもなる。慣れてしまえば、何でこんな簡単なことを他人に任せていたのかと思うだろう。こうして税務について少しでも研究しておけば、税務調査をいたずらに恐れる必要などない。税務署の仕事は、正しい納税を指導するのが目的のはずだ。収入の全部を持っていくことなどありえない。また国税局が税務署より恐ろしいなどということも絶対にありえない。よく、税務調査にせっかく来て頂いたので「おみやげ」がわりに、故意に「小さな過ち」を作って、税務官の手柄を認めてあげたなどという話を聞くが、もっての外である。そこで税務調査を受ける心得として、次の10ヶ条を上げておく。(1)調査官が要求する資料のコピーは2部とる 調査官は必ず領収証等のコピーをお願いしてくる。 この時、必ずコピーを2部とって1部はこちら(税理士)の控えにする。 それを見ると調査官が何を問題にしているのか、何を調べようと しているのか良く理解できるからだ。 余談だが、調査官にそのコピー代の実費を請求したり、 コピー屋さんは表通りの3軒目にありますからご自由にコピー してきて下さいと言うと、調査官によってコピー機を持参する方も いらっしゃる。 調査官は、経費のかかる要求についてはちゃんと心得て いらっしゃるわけである。(2)調査官の質問に即答する必要なし 不安な場合は、とりあえず「調べてみます」「確認してみます」 と答えるにとどめる。(3)沈黙は金なり 「余計なことは語さない」「余計なものは見せない」を肝に銘じ、 質問事項には的確に最小限の返答をする。(4)対決するよりも相談する 会社を好くしたいという前向きな会社には、調査官も好意的に 協力してくれることがある。 調査だからといって、ケンカ腰にならずに、経験豊富な調査官に 今後の経理の改善点や資料の作成について相談してみるとよい。 自社の問題点が浮彫になったり、経営のヒントが得られることもある。(5)協カ的な姿勢が利を生む 会社が協力することで、早期に調査が終了したり、駆け引きで 有利になることがある。(6)毅然とした対応 調査官の威圧的な態度には、毅然と対応すること。 強制捜査でないかぎり、会社の同意に基づく任意調査なのだから、 時には税理士と相談して抗議することも必要である。(7)安易に妥協しない 納得できない点は安易に妥協しないこと。 調査を早く終わらせることと安易に修正申告に応じることは、 まったくの別問題である。(8)私物は自宅に 机の引き出しやロッカーに個人の通帳などがあると、 調査官からあらぬ詮索を受けることがある。(9)調査官を会議室に閉じ込める ウロウロと社内を動き回り、調査のとっかかりを探す調査官もいる。 会議室や応接室などの調査官専用の個室を用意すること。 別にどこをどう調べてもらっても結構ですというのはいいが、 社員が落ち着かず仕事の邪魔になる。(10)数的に有利な状況をつくる 意外な盲点となるのが、応対者の数である。 複数の調査官が来た場合は、数的に有利な状況をつくること。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.05
世界中の企業経営者は税金を払いたくない。なぜだろうか?・未来の業績に何の保証もなく、5年先に会社が在るか分からない という不安・源泉所得税、資産税、ガソリン税、酒税、消費税等々で、 もう十分に払っている・「親方日の丸」、税金の使われ方に非常に疑問がある・「汗水たらして稼いだ利益を取っていかれる」という被害者意識・利益が出ているというが、税金を支払う現金がないという 資金繰りのつらさなどの理由があるからだろう。企業をいつまでも活力ある企業体にしておきたい。そのためには稼いだ金を無闇に祉外流出させず、会社の中に貯めておきたい。そのための防衛行動をとるのは当然でもあろう。しかし願うだけで、行動が伴わない社長が多いのもまた、現実である。決算までは経理と税理士任せで、利益が確定して支払う税金額を知った時点で、急に慌てる。目の色を変えて、税理士に頼み込むのが常だ。「先生なんとかしてくださいよ」「今となっては何ともなりません」「○○したいのですが」「それはできまません」「無茶をしてはいけません」と言われ諦めてしまう社長が多い。頼まれる方の税理士さんにしたって、決算期日が終わって1ヶ月もたって、「利益が思ったより多く出ているから、どうにかしてくれ」と言われても手の打ちようがない。こういう社長は、日頃から営業利益や経常利益の高さや率ばかりに目がゆき、後は税理士さんに全くお任せだ。社長たるもの、もっともっと税務を研究してほしいのである。「経常利益」の後に「税引前利益」、それに課税されて「税引後利益」がくる。決算が出てから、あるいは決算直前になって慌てるというのでは、あまりにお粗末すぎる。無理矢理では「頭かくして尻かくさず」ぐらいの稚拙な手しか打たれない。そこで、どうするか?まずは、決算前に今期の利益をある程度予測できるようにすることである。毎月次決算を行っていれば、決算前3ヶ月にもなれば、今期の経常利益を推定できるはずだ。年計(12ヶ月前から累計計算)で管理していれば、月次ごとにその月からさかのぼって12ヶ月間つまり1年間の売上高・利益高累計をとらえることができるから、半年前でも予測は立つはずである。期間に余裕があればあるほど、場当たり的でない、あくまでもクリアな節税対応がとれることになるのは当然である。次に社長が税務を研究していると、税理士の先生と一歩突っ込んだ話し合いができることになる。たとえば「役員の給与は、利益調整のために上げたり下げたりはでき得ません」と、税理士先生はおっしゃる。しかし本当にそうだろうか?いま仮に、3月決算の会社があるとする。3月に締めて5月末までに税務申告しなければならないし、本来は6月までに株主総会を開き、役員報酬の了承を得なくてはいけない。そこで、(1)3月決算で赤字が出た→翌期の報酬を下げる(2)3月決算で大いなる黒字が出た→翌期の報酬を上げるということを検討して決定する。これだけならごく当たり前のことだ。翌期の報酬を上げる場合に、翌期も大幅な黒字が約束されていれば、ためらうことがない。しかしその保証がないから、一度上げた報酬は期中で変更できないということで、儲かったら役員賞与や配当で対処するという会社が多い。しかし上場会社でもなければ、役員賞与や配当を行うのは愚の骨頂でやるべきでない。なぜなら株式評価がやたらと高くなり、相続税がばか高くなるからである。業績が悪くなったからといって報酬を下げられないと、税理士の先生の多くが指導する。しかしそれは間違いである。役員報酬の年間総支給額を上げたり下げたりさせるのは当然であり、「大義名分」と「一定のルール」にのっとって、正々堂々とやればいい。たとえば、業績悪化の責任をとってもらうかたちで報酬を下げる場合、(1)4月にさかのぼり下げる(2)5月から下げる(税務申告後)(3)6月から下げる(株主総会後)(4)半期の9月から下げる(切り月として)の中から、自社に合うように役員会で決議して議事録に残した上で、実施すればいいことである。それでは、いつまで下げるのかといえば、A 6ヶ月B 3月末決算までC 業績の回復まで期日は定めない(見込みとして6ヶ月以上)というように決めて、議事録に残せばいいことだ。3ヶ月・4ヶ月ごとに上がったり下がったりするのはいけないが、上記のようなルールに沿うならばしごく自然で、役員報酬を期中で上げたり下げたりしても、税務当局から利益調整だと指摘されることはない。また経常利益が確定してから、特別損失、特別利益を計上し「税引前利益」が確定することも、社長として忘れてはいけない大事なポイントである。資産の売却損、売却益、役員退職金等の特別損失がいつ発生するかは、経営者の頭の中にしかない。だからこれらをいつ計上するかは、社長でなければ決められない。業績が悪いのに大幅な評価損を表に出せないだろうし、大幅黒字の時に特別利益も出しにくいわけである。従って、社長として常に自社の業績予測を先行思考して、資金の社外流出を押さえる策をとることは、脱税でも節税でもなく経営そのものであり、大きな意味での資金繰りなのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.04
■脱税で犯罪者呼ぱわりされてある日のことであった。「1億5000万円脱税容疑の商社を告発!束京国税局」と新聞に報ぜられている。TVニュースでその会社のビルが写し出されている。有名アパレルブランドの商社F社が、、3年間に計5億2000万円の法人所得を隠し、法人税1億5000万円を免れたとして、東京国税局は会社と社長を東京地検に、脱税容疑で告発したという。新聞記事を読んだ人は、「毎年1億円以上の利益を計上した上に、さらにウラで1億7000万円の利益を隠していたのか?ボロ儲けしていたんだ」と思うかもしれない。会社内を特別査察され、徹底的に調査をされて脱税で告発され、新聞・テレビに書き立てられ、社長は悪人・犯罪者呼ばわりされ、重加算税を課せられる。嫌というほど恥ずかしい思いをし、会社の信用を損なってまでなぜ脱税を行うのか?F社の社長をひょんな事から存じ上げているので申しあげるが、決して社会常識のない方でもなく、不真面目な経営者でもない。我々と同じく経営を真剣に考え、創造力に富み、事業欲に富んだすごい人物である。しかし国税局が入るということは、過去にも修正申告が何度かあり、当局のブラックリストに載っていたのだろう。もはや修正申告ではなく更正決定であり、125%にもなる重加算税で現金を取り上げられてしまうのである。実際のところF社の内情は、普通の会社より多額の銀行借入金をもち、含み損の固定資産を持っており、重加算税はずっしりこたえるはずだ。節税はすべきだが、脱税は絶対にしてはならない。申告法人数は全国に270万社あるといい、黒字会社は30%台に過ぎない。そのうち年間14万社ほどが税務調査の対象になり調査率は5%といわれている。黒字会社20社に1社しか税務調査されないと、たかをくくっていたわけでもないだろうが、なぜキッチリ税務調査対策が打てなかったのか。このF社のやり方に疑問が残る。F社の社長は、デザイナー出身や芸術家肌の経営者に多く見られるように、感性に優れていらっしゃる。しかも一つの商品がバカ当たりしても、来年も再来年も商品がヒットするわけでないと覚めた考えが頭の片隅にある。自分の感性に酔うよりも、得た利益を来年、再来年のために先送りしたいと願う。ファッションデザイナー、芸能人皆しかりである。いや、すべての経営者がそう思うはずだ。このためこの社長は、バブルの時に貸しビルを安定収入源として会社の資産として購入している。(それが借入金の多さにつながっているのだが)ここで借金してビルを買ったことがどうのこうのではなく、感性の経営者は財務知識・法人税知識に弱い人が多いことを問題視しているのである。私は、税務にブラック(脱税)とクリア(節税)の間に、グレー部分があると考えている。税法上でいつももめるのは、クリアな節税を意図していながら、税務当局がクリアと認めないグレーの部分にある場合である。それをクリアの部分に入れるためには、経営者にとって最低限必要な法人税の知識が必要だ。それも場当たりに対処するのでなく、税務当局が認めざるをえないような証拠資料にしておくことが大事だ。そのためには議事録・顛末書・始末書・報告書・写真をコマメ・筆まめに残しておかなければいけない。このマメさがないとクリアな節税はできえない。では経営者に最低限必要な法人税知識とは、どのようなものか次に7つあげておこう。(1)経費と損金は違う 役員賞与、税金、交際費、寄付金は経費になっても損金にはならない。(2)発生主義 未請求・未入金でも納品すれば売上計上しなければならない。 逆に未払いでも納品書・請求書があれば経費計上できる。(3)会社は、独立した人格を持っている 会社は子会社、関連会社を含め、独立した法人格をもつ。 会社の100%の株式を所有していたとしても社長個人とは別人格である。(4)時価主義 同族間での時価決定は難しい。 しかし正確に何円と決まっているものではなく、幅のあるゾーン価格である。 なお第三者取引はいくらで売っても買っても認められる。(5)役員報酬と非常勤役員の報酬には限界がある(6)法人税の実効税率 法人税所得が800万円以下は31.34%、それ以上は41%である。(7)個人で年間所得2000万円以上の場合、所得税率の方が法人税率より高くなる 個人が太るか会社が太るか、どちらで残すか、社長の個人的な費用を 会社の経費として落とす場合に 「税金は社会という海を航行するコストであり必要経費」 と考えられないのか。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.03
先ごろ年商8億円、経常利益4000万円上げているコンクリートニ次製品メーカーのD社にお邪魔した時のことである。私「えっ、御社では顧問契約されている税理士さんはいらっしゃらないのですか?」社長「はい、いませんが」いまさら「税務申告をどうしていらっしゃるのか」と聞き直すまでもない。社長は、「申告書類はすべて自社記入できるし、調査が入ったとしても私どもでは実にクリアーにやっているのでこれまで問題が起こったこともありません。毎日毎日基本通りに経理処理をし、その一年分を申告するのですから我々のコンピューターで十分にやっていけます。別に税理士事務所の印なしで通ります」とおっしゃる。それほど多くはないが、D社のように顧問税理士や会計士と契約していない会社がある。F社は、年商180億円、経常利益4億円の事業規模であるが、顧問税理士がいない。わがICOコンサルタントも、税理士事務所に月次の顧問料を支払ったことは事務所開設以来20数年たつが一度もない。わからないことがあると、知り合いの税理士や公認会計士にあっちこっち電話で質問して解決してきた。税務署から何か言われたこともない。中堅・中小・零細という規模にかかわらず税に関しては日本国中同じなのである。月々の決算処理を粛々と進めるならば、税務申告も今やパソコンで十分やれ、まして役員たちの個人の確定申告も税理士の手助けなしで十分できる時代である。難しいことがあれば税務署に出向いて聞けば親切に教えてもらえる。また税理士事務所や会計士事務所に、その時だけアドバイスをもらえばすむことである。考えてほしいのである。顧問弁護士、顧問司法書士は、わが社にとって常時必要なのかと。かかりつけの医者に毎月毎月顧問料を払っていないはずだ。必要な時、必要な事を聞き、その時々に料金をお支払いすればよい。任せっぱなしにするから、いつまでも税知識が身につかない。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.02
私は、会社の規模、業容が大きくなってくると、それにふさわしい税理士さんに変えていくべきと日頃から思っている。だから「税理士さんをお変えになったら」とよくアドバイスするが、多くの経営者は、これまでの税理士さんを変えることはなかなか難しいと思っていらっしゃる。なぜ変えられないのか、本音の部分を社長に聞いてみると、「だって、どんな会社でも叩けば挨が出ますでしょう。どこを叩けば埃が出るかは長年の顧問税理士さんが一番わかっているはず。怖くってそんな事できませんよ」「大会社みたいに2階建、3階建(2~3人雇う)はできませんよ」とおっしゃる。これは大変な誤解だ。(1)税理士法では職務上知り得た顧問先の秘密を他に漏らす行為は 法律違反である。(2)新たな税理士に前任者のミスを発見されると損害賠償責任が発生する。 変えられることを一番怖がっているのは税理士の方である。(3)長引く不況で税理士の顧問先が減少している事実があり、 単価も落ちている。(4)税理士法が変わり広告宣伝もOKとなり、顧問先獲得競争が始まっている。長い間の関係であっても、弱い税理士と強い税理士では、10~20年で莫大な納税額の差が出る。先述の税理士事務所のチェックリストからいっても、会社の業容・内容からいっても、変えたいと決定すれば断じて実行すべきなのだ。それではわが社にとってふさわしい税理士さんがどこにいるのか?どうして探すのか?どう行動するのか?どう判断するのか?ということになってくる。このような場合に、私はよくこういう質問をする。「社長、顧問弁護士がいないのに急遽必要になった時、あなたはどうするのですか?」と。社長はおそらく友人・知人の経営者に相談して、誰かいい弁護士を知らないかと聞くだろう。税理士探しもそれと同じだ。信頼できる経営者の数人にあたれば、必ず「この人がいい」と推薦してくれるものである。皆さん「セカンドオピニオン」という言葉をご存知だろうか。難病にかかった時、平素のかかりつけの医者だけでなく、3人の権威ある医者をはしごして、病気の「見たて」を聞いて誤診から逃れよといわれている。2人目3人目の、別の意見を「セカンドオピニオン」という。仕事上で、民事の裁判沙汰に出くわす事がある。幸いにも友人・知人に懇意な弁護士が4人いるので、それぞれの意見を聞くことにしている。すると4人の弁護士が、いつも同じ意見とは限らない。それぞれの専門が違うこともあるのだろうが、決して全く同じ意見にならないのである。時には見解が大きく分かれることもある。だから異なる4つの意見を頭に入れておくと、幅の広い対応と間違いのない決断ができることになる。それと同じで、経営者は顧問税理士以外に、地域の知人・友人から力のある評判の税理士の名前を調べておいて、それぞれの課題について「ちょっとご相談」といって、2人~3人の税理士の意見を聞きにいけばよい。経営者は、そのぐらい「したたか」でないといけない。力のある税理士さんも広告してまで顧問先の獲得に必死なのである。広告宣伝活動の一つとして、無料相談に積極的な先生もいらっしゃる。もちろん無料の場合でも、2~3万円包んで相談にのってもらい、力量と社長との相性をはかればよいのである。ただ税理士さん側にも言い分がある。頭から税務署の言いなりと決めつけ、不信感をむき出しにして脱税まがいの処理を強要する経営者もいらっしゃる。このようなタイプの経営者に対しては、税理士さんも親身に対応してくれないのは当然である。勉強熱心で、常に企業側に立って考えてくれると定評のある税理士さんに、「先生の腕で税金を安くしろ」としか言わない経営者をどう思われるか率直に聞いてみた。「そういう経営者は決して少なくないが、こちらも商売としてそこそこの対応で済ますしかありません。ご自身の会社の財務をしっかりした素晴らしいものにしたいと夢を語り、私たちをパートナーとして信頼いただける経営者とでは、知恵の出し方も違ってきますよ」と答えてくれた。本音だろう。経営者と税理士に信頼関係がないと、一歩突っ込んだ対策など生まれようがない。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.03.01
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