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1
人類社会が出現してから今まで、すでに数十万年を経ている。この間に、社会形態つまり経済的社会構成体は、4つの類型を順を追って経てきた。即ち、原始共同体社会(原始共産制)、奴隷制社会、封建制社会、資本制社会である。共産主義者は、その次は社会主義社会だと信じていたが、頼みにしていたソ連社会主義は自壊してしまった。何故か?それは、経済の合理性が無かったからである。では、何故たとえ一時的にせよソ連・中国・ベトナムに社会主義政権が出来たのであろうか?それは、封建主義や植民地的支配を脱するという政治的合理性があったからである。当時の国内・国際情勢においては、それらの国では社会主義運動しか方法が無かったからである。そして今では、帝国主義的資本主義は、生産力が革命的に上昇した結果、植民地を必要としない市場創造型の新資本主義に質的に発展し、労働者も肉体労働から解放されて知識労働者に変わっているからである。その間、資本主義は原始資本主義・帝国主義的資本主義・新資本主義と3回も生まれ変わり、まさに資本主義自体の「永久革命」を続けており、生産力が高くなるにつれて、社会主義・共産主義のようなものになってしまうのではないかと思われるくらいである。以上、4段階を経て歴史は発展したのであるが、その発展の根本原理である生産力と生産関係について説明しよう。■生産力。人間が自然を征服し生産活動を進めて行き、物質的な財貨を生産するには、空手では駄目で生産用具に依らねばならない。それがなければ、どんな生産も出来ない。しかし、生産用具があるだけでは駄目で、生産用具を使いこなす人間がいなければならない。こうして初めて人類社会は物が生産出来るようになる。こういう力を生産力というのである。■生産関係。この生産活動を行っていくには、人間関係が出て来る。それには団体を単位として行い、私達の生産は全て社会的な生産であって、完全に独立した個人の生産などという物は無い。このように社会的生産であれば、互いに共同して活動を行い、その結果を交換しあうので、お互いに一定のつながりが生ずる。このようにして生産関係というものが出来てくる。生産力が増大するにつれて、人間関係(生産関係)も高度で複雑になって行く。その段階が歴史の発展の段階であり、生産力が生産関係と上手く釣り合っているうちは良いが、生産力が上がってしまうと生産関係とのバランスが崩れ、新しい生産関係が結ばれ、即ち、新しい段階に入り、新しく出来た生産関係(段階)は生産力をさらに引き上げて行く。これが、歴史発展の根本法則なのである。以下順次、その法則を考察してみよう。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.31
この人間の歴史に法則性が有ることを発見したのは、マルクスとエンゲルスであった。マルクス(独、1818~83)は、国際共産主義の祖として有名で、当時の労働者農民階級にとっては救世主のように迎えられた人であり、主著に「資本論」がある。エンゲルス(独、1820~95)は、社会主義哲学者でマルクスと共著の「共産党宣言」があり、思想的にまるで一卵性双生児のように全く一致していた。その著書に「家族、私有財産及び国家の起源」という論文があり、ここで人間の歴史の法則性を明らかにした。ヘーゲルの思想は個人の思想であるので彼一代限りで終わったが、エンゲルスの言った歴史の法則はエンゲルスの思想を述べたものではなく、歴史そのものを一個の自然科学的対象として分析したものであるので、エンゲルス以降もさらに詳細に深まっている。前に「人間の誕生」で述べた事は、エンゲルスやその他の研究を交えたものである。ここでは、「人間の誕生」の所で書いた事の後を説明する。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.30
古事記、史記を見ても、また2900年前のホメロスの名高い叙事詩トロイの包囲戦や、2100年前の歴史家ペルタークの英雄伝を読んでも、全て英雄豪傑の治乱興亡の足跡、即ち、個人の歴史である。ところが、へーゲルという観念論哲学者がドイツに現れて、(1770~1831)世界史を哲学的に考察し、彼はこう言った。「歴史哲学とは、世界史を理性の歩みとして明らかにするものである」と、へーゲルは自信に満ちた調子でそのように断言している。「事実を見たまま、聞いたままに書き記す歴史とも、また一定の距離をとって過去の事実を眺め、これに様々な角度から反省を加える歴史とも違って、哲学的な歴史は、歴史の中に自由を透視し、理性を洞察しなければならぬ。否、必ずや自由を透視し、理性を洞察できる筈だ」と、へーゲルは自信を持って言い切っている。その自信はどこから来るのか?それは、ヨーロッパ近代の過去と現在と未来に対する確乎として抜くべからずの信頼が、その自信の源であると言う事が出来る。へーゲルの歴史哲学はヨーロッパの近代にしっかり根を下ろすことによって、初めて成立するものだったのだ。へーゲルは、太古から人類の歴史を一歩一歩たどる中で歴史の理性を発見したのではない。中国・インド・ペルシャ・エジプト・ギリシャ・ローマとユーラシア大陸を東から西へと辿って行くうちに、自由の発展の様を目の当たりにしたのでもない。年表を古い時代から順に一頁ずつ追っていくような、あるいはまた、世界地図を右から左へ眺め渡して行くような、そういう目配りによってへーゲルの歴史観は作られたものでもない。そうではなくて、へーゲルの目の前に見えていたのは、ヨーロッパ近代という同時代の社会の動向であった。その近代化を代表する大事件として宗教改革と啓蒙思想(一切を理性の光りに照らして見ることで旧弊を打破し、公正な社会を作ろうとした、主として18世紀に展開した知的運動)とフランス革命の3つが取り上げられるが、そうした事件に底流する自由と理性の胎動こそが、へーゲルの目に世界の本質として迫って来るものであった。個人の自由と人権を確立し、理性的な国家を建設することがヨーロッパ近代の歴史的課題であり、その課題をゆるぎなく実現してみせたのが、ヨーロッパ近代の歴史である。歴史を支配するのは理性であり、歴史の流れは自由の発展過程であるという歴史観は、ヨーロッパ近代のただ中でヨーロッパ近代を正面きって肯定するところに生まれた歴史観であった。そうした自信に満ちた歴史観を携えて、近代以前の歴史をさかのぼる。自由と理性の足音は、どの時代にまでさかのぼって聞き取ることが出来るのか?そうした問題意識がへーゲルの歴史哲学の基本的なきっかけであった。見方を変えて言えば、それはヨーロッパ近代の奥深さを過去に向かって確かめていく作業であった。過去の世界の動きが、どのような形で近代に流れ込んで来るのか。そういう、いわば時間の厚みとして近代を捕らえる事であった。とはいえ、歴史上のあらゆる動きが、ヨーロッパ近代に流れ込むとは無論言えなかった。人類の歴史の一切が、近代を肯定する史実に満たされているという訳にはいかなかった。人類の歴史には、自由や理性とは全く無縁の世界や、自由や理性を抑圧する動きも決して少なくはない。そういう非自由、反理性の動きにぶつかって、これを巧みにさばきつつ、あくまで自由と理性の光りを掲げ続けるのがへーゲルの歴史哲学である。という訳で、へーゲルの歴史観には全く客観性が無く、へーゲルの考えた「自由と理性」に、あらゆる歴史的現象を歪曲して押し込めてしまうというやり方で、今の人から見ると主観的で未熟な青年のような発想である。「自由と理性」という近代的な思想を全ての時代に当てはめようとするのは、歴史を学ぶ者の態度ではない。昔の現実は、それはそれとして認め、その現実がどのような理由で変化し発展して来たかと考えるのが本当である。「自由と理性」という軸をたて、そこから全てを判断するのは、形而上学的、即ち、歴史を発展しないものと考える事である。「自由と理性」という近代思想の前には、キリスト教世界観があり、それによって歴史は1000年も動いて来たのである。このように、弁証法哲学者ヘーゲルにはあるまじき誤りをしているが、それは観念論から来るもので仕方のない事であった。それよりドイツ観念論が近代の建設に絶大の功績があり、キリスト教的呪縛から人間を解放したものであることは後で詳論するが、ここでは今までの歴史書とは全く異なる歴史そのものに法則性が有ることに、ヘーゲルは気が付いたということを指摘したい。結論は、今で言えばナンセンスなものであるが、歴史の法則性を指摘したことは、歴史学上ヘーゲルが初めてである。それまでは、誰も法則性があるなどとは考えたことがないのに、それを言い出したへーゲルの歴史観は発展して、マルクスとエンゲルスの唯物史観となるのである。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.29
藍田(えんでん)原人、北京原人など、いわゆる原人が中国の大地で暮らしていたのは、60万年昔の事である。原人は古人となり、新人となり、やがて新石器文化を生み、4000年前に農耕社会を形成して行く。3600年前の殷王朝の存在は沢山の甲骨文の発掘によって明らかになったが、その前の夏王朝やそれ以前の5人の帝王については、まだ伝説の段階である。殷王朝は500年間続いたが「ちゆう王」の時、余りにも悪政を強いたので、周人、武王によって滅ぼされたという事になっているが、今日の研究では、直接の原因は、「ちゆう王」が東方の異民族に対し奴隷狩りのための遠征を行った留守に、周が付け込んだのだという人もいる。しかし、勝者が自らを正当化し、敗者を悪く言うのは一種の公式となっていて、これはその一例であると言える。しかし、一国が滅びるというのは、それだけの必然的な理由があるからで、やはり悪政が原因だったとしか考えられない。その理由には、とてつもない宮殿の建設とか、大勢の人間を神への犠牲にしたとか、ひどい刑罰をしたとかが言われている。中国においては、文字が作られて以来、王家の歴史は「お抱え史官」がいて記録を付けていた。だから、どうしても王家の都合の良いように記録するのは止むを得なかったが、それに反対したのは、彼の孔子であった。彼は、魯国の歴史を公正な物に書き改めた。それを「呂氏春秋」といい、後世「春秋の筆法を持ってすれば」という正義を主張する時の代名詞となった。ともかく春秋時代の80ヶ国には全部史官がいて、それぞれ王国の記録をつけていたのである。また、今から約2150年前の漢の武帝の時、司馬遷という史官がいたが、非常に正義感の強い人で、武帝の怒りに触れたある武将を弁護したため宮刑に処されてしまったが、それでも意志は曲げなかった。武帝はその後、とうとう自分の判断の間違いを認めると同時に、司馬遷に宮中において重要な仕事を任せるようになった。その司馬遷が書いた後世「史記」と呼ばれる歴史書がある。これは非常な大著で、王朝の歴史は勿論のこと、帝王をめぐる諸侯の家の記録、英雄豪族から、商人、侠客にいたる伝記、それから法制度、経済、憲法、音楽、治水工事、それに年表まで世の中を立体的に記録したものである。そして、これはその後、中国の歴史書のモデルになった。しかし、史記はその後の歴史書とは基本的態度において全く違っていた。既製の形式や概念に捕らわれず、聖賢を取り扱う態度も商人、侠客も同じであった。司馬遷の目は複眼で、物事を個別の物と見ず、常に全体との関連において捕らえる。「史記」に登場する個々の人間は、全て他者との関連においてとらえられ、弁証法的筆法である。これがため、今にいたるも面白く読まれているのである。我が国の天照大神に相当する人が中国では黄帝であり、それに続く4人の帝王がいたが、これは世襲制ではなく、一人一人その当時の最高の人格者が帝位に就いた。(実際は、権力争いが激しかったという人もある。)それ以降、帝位に就いた人は全部徳によって人々を教化し、全土に平和を招来した理想的な為政者である。徳による政治こそ「史記」の理想であり、中国の理想であり続けた。そして、歴代の支配者は常に徳治の看板を掲げてきた。ただし、理想の帝王たちの徳治は、今の日本のように武力を否定するのではなく、必ず強力な武力の背景を持っている。教化を拒む者には討伐が待っていた。理想を達成するためにである。黄帝以後の支配者の座は、親から子への世襲ではないが、全て黄帝の血筋を受け継いでいる。黄帝の血を受けた者が黄帝の徳治を引き継いで、中国を支配するのである。黄帝は政治の領域だけでなく、中国の民族と文化を象徴する人物として、人々に意識されてきた。今日でも中国の多くの人々が、あるいは海外の移住者たちが「黄帝の子孫」であると自称して、おのれの民族的存在を確認し、心に活力を呼びさましている。これは、日本の農家などの床の間に「天照大神」の掛け軸がかけてあるのと似ている。日本人の心の支えは「天照大神」、中国人は「黄帝」であるが、日本の場合は「万世一系の天皇家」の臣下として尊ぶのであるが、中国の場合は同じ血筋であると信ずる所は全く異なる。中国と日本との歴史の相違である。中国の場合は、多民族が政権を争ったのであるが、日本は島国のため、それが無かったからである。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.28
我が国の代表的な歴史書は、何と言っても古事記である。古事記は、712年(和銅5年)元明天皇の時に出来上がった。稗田阿礼(ひえだのあれ)という語り部が暗記していた事を、太安万侶という人が、元明天皇の指示により古事記という歴史書に編纂したものである。これを見ると、まず古代日本人の宇宙創造に関する字宙観、地上にある人間も含めた自然観が出ている。そして天照大神以降、農耕が始まった事が分かる。そして、最も象徴的な事は出雲の国の併合である。何故、高天が原から出雲かというと、実は出雲の国の砂鉄が天孫民族にとって最大の魅力だった。その利権を無理なく吸収合併するには須佐之男命(すさのうのみこと)以降の伏線が必要だったのである。日本の歴史は、明らかに青銅の時代と鉄の時代とは違う。青銅の時代は古事記には抹殺されていて、「まつろわぬ神々」の言葉で片付けられている。今、日本各地で銅鐸や「倭奴国王印」などが発見されているが、銅鐸は地中にわざわざ埋められていたもので、金印に至っては明らかに離れ小島に隠したものである。これらについては古事記は何も語ってはいないが、それは、日本統一を目指した天孫民族と、それまでの人間の生活の主体であった村落共同体との争いがあり、それに敗れた共同体は、天孫民族の目から地中にそれらを隠したのである。また、出雲で銅剣が30数本地中から発見されたのも、それで一気に青銅時代は終わったことを示している。新しく鉄器時代を作ったのは、北九州の筑後川上流にいた一氏族であった。そこでは砂鉄が採れたので、鉄製の武器を作った。そのため周辺の氏族は皆、戦いに敗れた。到底青銅器の武器は新兵器の鉄器にはかなわなかったのである。その部族は、北九州を平定して強大になったが、なお強くなるべく出雲の砂鉄に目をつけた。そして、それを手中に収めてから鉄製の農具による農業生産力の増大と相俟って、専門の戦士を常備することが出来、「プロ」の兵士によって神武天皇は、遅れた農業の氏族の統一が出来たのである。古事記は、天皇制の正統性を主張するもので、天皇中心になるのは当然である。今、考古学会で「卑弥呼」北九州説と畿内説とに別れているが、畿内説を言う人は、古事記に書かれている神武東征を何と解釈するのか?全然無視している。「鏡が何枚、何処から出てきたから、卑弥呼は畿内にいた」などというのは、全く子供っぽい理屈で、物事は総合的に判断しなければならない。この他、古事記と同じような物に、漢文で書かれた日本書記があり、官撰史書には六国史という日本紀、続日本紀、日本後紀、続日本後紀、文徳実録、日本三代実録などがある。また、ずっと後代の徳川時代には水戸光圀によって編纂された大日本史がある。これらは全て天皇を中心とした歴史である。従って、天皇にとって都合の悪い事は書いてないのは止むを得ない。しかし、今の歴史書は天孫民族以外に100余りの国があったことも分かっており、その中で一番大きかった「奴国」を天孫民族は滅ぼしたことも分かっている。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.27
歴史といっても、私たちは歴史そのものを知ることは出来ず、ただ書いてある物を読むだけである。だから、当然の事として書く人、書かせる人の主観が入るのは止むを得ない。だからといって主観そのものでは歴史ではなく小説である。最大限度に客観的な事実が記録されていなければならない。しかし、この「客観的事実」という事が問題だ。文献にはあるけれども、考古学上の証拠がないということがある。例えば、今から二千年以上前中国に史記という歴史を書いた司馬遷という漢の国の史官がいたが、その中に古代王国として夏という国や殷という国が出てくる。しかし、二つとも考古学上の証拠が無かったために長い間その存在が疑われて来た。ところが最近になり地下から殷の国の実在を証明する事物が続々と現れて二千年ぶりに司馬遷の正当性が証明された。しかし、まだ夏の国の物的証拠はあまり出ていない。しかし、最近夏国の存在を証明するような遺跡が発掘されつつあるようだ。西洋に例をとれば、二千年前のホメロスという歴史家がトロイ戦争の事を書いていた。しかし、これも物的証拠が無く、長い間本当に実在したのかどうか疑われていた。ところが、最近になりトロイ戦争跡の土地が地下から発掘されて、ホメロスは名誉を回復した。これは、歴史上の事をただ単に考古学だけで見るのは間違いであるということだ。そのような事実があったかどうかは、口碑、即ち言い伝えからも調べなければならないということだ。その言い伝えが何を意味するのかも考えねばならない。歴史上の事も色々な角度から見て判断する必要がある。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.26
このように一つの思想というものは、一つの集団の利益に奉仕し、他の集団の利益は無視するものであるが、アメリカから生まれた「自由と民主主義」という思想は、今や地球全体の思想となりつつある。それというのも、アメリカを大発展させた「自由と民主主義」の思想は、世界経済の発展につれ、アメリカだけではなく、他の国も同じ思想にならなければ、アメリカもこれ以上の発展は望めなくなった。日本のように膨大な経済力を持ちながら「規制主義」を続けられるとアメリカだけでなく、他の国も困るようになった。橋本元首相のように「内政干渉」だなどと言っていると、「日本発の世界恐慌」も起こり得るのである。だから、今の日本の政治の在り方をアメリカもハラハラして見ている。また、中国においても人権に対するアメリカの発言は、「内政干渉」だなどと言っていると、世界の貿易が困ることになる。インドネシアのスハルト元大統領のように、憲法にまで「家族主義」を言われると、経済援助をしたくても他の国は出来なくなってしまう。しかし、インドネシア経済がおかしくなっても仕様がないと、他の国が黙って見ているというわけにはいかない。今や一国の経済の発展は世界の発展につながり、一国の没落は世界の衰微につながっている。即ち、世界の経済は一蓮托生、死ぬも生きるも一緒になったのである。どの国の経済も発展しなければならない新資本主義に変わって来たのだ。その原動力の思想が「自由と民主主義」であり、この思想の持つ便宜性は今や世界共通のものとなったばかりでなく、永久に通用するものとなるだろう。そして、世界は何時の日か名実共に一つになる。国連の動きも、EU(ヨーロッパ連合)の通貨統合もIMF(国際通貨基金)の仕事も、そのための準備が始まったのだ。国によって勝手な思想を持つことは、世界の経済が許さなくなりつつある。一国の財政の在り方も間違っているものは、公然と訂正を求められる時代になった。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.25
古い時代においては、思想はどのように便宜的に使われたのであろうか?最も古い人類は自然教であり、原始宗教とも言い、今日の日本ではアイヌ人の物の考え方に典型的に残っている。即ち、自然の個々のものは、全て神(カムイ)であり、人間はその力で生かされている。全ての食物は神が与えてくれたものであり、熊を食べるには神に感謝し、熊の霊を慰めた。これは自然の力の強大さに、ただただ恐れおののいていた頃の宗教である。そこには中心となる神は無く、それぞれ独立した存在であった。■組合的一神教しかし、農耕が発達してくると変わって来た。この事を我が国に例をとると、食物採取の縄文時代より弥生時代、即ち農耕時代になった。ここに古代史を研究する学者に共通した誤りがある。それは、今まで食物採取の時代が、ある年突然に農耕時代に変わったと考えていることである。だから、「食物採取の縄文時代でも、三内丸山遺跡の発掘により農耕跡が見つかった事により、縄文時代の歴史も書き改めなければならない」などと言い出した。しかしそうではない。一万年以上あった縄文時代にも初めの頃には丸っきり食物採取をしていた時期があり、中期以降、徐々に自然にある栗の木を植えたり、粟やひえを作ったりして農耕時代が始まって行ったのだ。しかしそれでは30人か40人の部族を養うのに精一杯だったが、三内丸山遺跡は何百人かの人が住めるほどの地形に恵まれていた。それも徐々に形作られて行ったのだ。ところが、海流によって水田稲作が中国南部より導入されるに及んで、一気に農耕時代即ち弥生時代に突入し、農業生産物が爆発的に発展し余剰な生産物が出来るようになった。その中で人間の社会制度、思想もまた変わって来た。『物事が変わるときには、ある日突然変わるのではなく、徐々に変わり始め、一定の段階になると、一気に変わるものだ。』丁度、水を熱すると初めは温かくなって行くだけだが、百度を越すと一気に水という液体が蒸気という気体に形を変えてしまうように、人間が食うに精一杯だった農耕は、それまで徐々の発達だった。余剰農産物を作り出す稲作が始まると、一気に社会制度や宗教即ち思想までも変えてしまったのである。それまでは自然によって生かして貰うにすぎなかった人間が、水田稲作をすることによって余剰が出来て、人間自身の力で生きられるようになった。だから、縄文時代一万年間には、わずか人口3000人から20万人にすぎなかったのに、農耕時代が始まって1500年経った奈良時代には人口700万人もが生きられるようになった。これは当時の世界でも7番目の人口だと言われる。ちなみに中国は3000万人であった。このように食料については、神から独立したのである。その代わり農耕をやるためには、氏族の長を中心とする生産体制も組まなければならなかったし、余剰農産物が出来たため、他の氏族の侵入も防がなければならなくなり、そのため「環濠集落」という要塞に住まなければならなくなった。そうしてその当時全国に百以上あったと言われる氏族は互いに相争うようになった。元はと言えば余剰生産物のせいである。そうかと言って縄文時代のように飢えと戦うのはなお嫌だ。ちなみに縄文時代の平均寿命は30歳であったという。このような経済の発展をバックに、従来のアイヌのような自然教も変わって来た。即ち、自然に対する恐れはそのまま残っていたものの、食物に対する心配は無くなったため人間の主体性が出来て来た。これを古事記神話で見ると、まず日本人の祖先としてアメノミナカヌシノカミという中心の神が現れ、イザナギノミコト、イザナミノミコトという男女二神が日本列島を創り、そこに万物の自然を作ったが、最後にイザナミノミコトの命は火を生んだため焼け死んだ。そして、日本列島は代々その子孫即ち天孫民族が統治したという思想である。しかし、これとは別に八百万神という存在があって、毎年11月になると出雲の国に集まって何事であれ相談したという二重構造であったので、統治上の矛盾があった。そこに、神武天皇が全国を統一したとはいえ、地方豪族の力も依然として存在していたのである。従って、妥協した組合のような国家経営にならざるをえず、それを反映して組合的一神教が出来ていった。■統一宗教としての仏教用明天皇や聖徳太子の頃になると、朝鮮や中国との間に国際的な緊張関係が強まり、日本は統一国家として行動せざるを得なくなった。そのため八百万神のような独自の存在を許すことが出来なくなった。その思想的統一に役立ったのが仏教である。仏教は、自然教のような多神教ではなく、キリスト教、イスラム教のような一神教である。一寸見ると多数の仏様がいるので多神教のように見えるが、実は大日如来という一人の仏が、いろいろな仏の姿となって衆生の済度をして、それを化身という。だから、一つの仏なのである。それに引き替え、自然教は一人一人別な神格を持った別々の神である。従って、多神教では国論を統一出来ないのは明らかである。それでは日本民族が危ないということになるのは当然で、それで仏教が国教となったのである。しかし、多神教が神道として今もあるのは、島国である日本には他民族のように民族の命運をかけるような事がなかったので、神仏の二重構造が出来上がったのである。多神教の神道は、村落共同体の運営には欠かせない思想であったので、対外的には一神教、対内的には多神教が必要だった。このようにして、世界にも珍しい多神教と一神教の共存共栄の国が出来たのである。他の一神教の成立の場合、西アジアでは放牧氏族を統一するためには、アラーの神という一人の神が必要であったし、ローマ帝国を強固なものにするためには、それまで弾圧していた一神教であるキリスト教を国の教えとしなければならなくなった。このように宗教というものは経済の発展につれて、それに都合の良いように変わって来たのである。そのため、当時の日本において、依然として「神ながらの道」を主張する物部氏より、仏教の方が良いとする蘇我氏の方が理論的に優れているからそうなったのではなく、仏教の方が国際情勢に合っていたからである。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.24
冒頭述べたように思想とはある物事に対して持つまとまった考えで、生活や行動の仕方を決めるものである。そして、何よりも一番大切なことは、人間集団が生きてゆくために良い考え方であることである。従って「より良く生きる」ということを人間の戦略とすれば、「そのために役立つ思想」と言うものは、戦術の関係にある。思想はその目的遂行のためには、状況に応じて変わって行かねばならない。例をあげてその間の事情を見てみよう。例えば、かの悪名高いナチス、国家社会主義ドイツ労働者党の思想がドイツ国民から共感を得た最大の理由は、第一次世界大戦に敗れたドイツに連合国より課せられた天文学的な賠償金にあり、それに断固として反対した姿勢にあったのである。真面目に応じたのでは、ドイツが立ち直れない事は、ドイツ国民全てに分かっていたからである。そして、負けたドイツの復興は大変であった。そこに「公益は私益に優先する」という全体主義思想が無理なくドイツ国民より支持され、その遂行のためにヒットラーに独裁権を与えたのである。だから、ドイツの思想が良いとか悪いとか言うのではなく、敗戦国ドイツには必要であったのである。しかしその結果、第二次世界大戦を引き起こし、ドイツ国民も不幸にした事はご存じの通りである。一番の敵が連合国にあり、故にドイツ国民は資本家も労働者も農民も一般市民もなく、一致団緒した。またロシアにおいては、封建的なツァー(皇帝)の力が強く、人民は極度に貧しい生活をしていて、ツァー打倒の動きが早くからあり、トルストイ、ゴーリキー、ツルゲーネフ、ドストエフスキー等の文学者達は、その作品において革命を暗に唱導していた。第一次世界大戦に連合国側についたツァーも、戦争が余りにも長期化したため、財政的に行き詰まってしまったことと、戦争に反対だった労働者や農民兵士の反乱によって社会主義政権を打ち立てた。人民はただ平和と生活の安定を望んでいたのであるが、それを指導したボルシェヴィキは、国内の反封建主義と国外の帝国主義に反対する戦略を採用し、国内が余りにも貧しいため国民にパンを与えるために社会主義を採用した。その戦術は当時のロシアの情勢には正しかったのであるが、経済の合理性が無いため70年間続いただけで自壊してしまった。即ち、社会主義思想が正しいから採用したというのではなく、その当時のロシアの窮状を打開するには、それしか無かったのである。そこへゆくと極めてしたたかなのは、中華人民共和国である。毛沢東の時代は、帝国主義勢力と戦うこと、即ち、植民地から脱することが一番重要なことであり、次いで、国外帝国主義勢力と手を結んでいる国内の封建勢力を打倒することが、中国民衆のためになることであった。だから、その当時は「反帝反封建」の戦略を掲げた。しかし、毛沢東の死後、とう小平は「社会主義的市場原理」という全然別な意味の違うことを一つにした言葉を作って、国内の市場を作り、「黒い猫だろうと白い猫だろうと、鼠を一番捕る猫が一番良い猫だ」と、暗に「社会主義だろうと資本主義だろうと、中国人民に貢献する社会体制が 一番良い」と公言した。そして、国有企業を株式会社にし、市場を公認し郷鎮企業(ベンチャー企業)を推奨し、経済特区を設け外国企業を誘致し、そこで試験に合格した中国人を働かせて資本主義の訓練をしている。また、今では中国では兵制もそっくりアメリカ型にしようとしている。そのうちに「社会主義的資本主義」と言う出すに違いない。要するに、思想とはその時の人民のために良いものであれば、論理の一貫性なんかいらないのである。決してソ連70年の歴史のように硬直化すべきものではない。おそらく中国は、戦術をスムーズに転換している例としては、世界でも初めてではないだろうか。革命には「弾圧下の革命」と「開かれた革命」といろいろあり、日本は連合国による「開かれた革命」即ち、「平和革命」をやったが、中国は「自己革命」をするかもしれない。軍国主義によって建国した日本は、初めのうちこそある程度の言論の自由を許していたが、軍国主義のもつ矛盾が極まると露骨に言論を弾圧し、皇道主義思想を国民に押し付けた。皇道主義は、正しいとか正しくないとかいうことではなくて、軍部にとって真に都合のよい便宜的なものだったのである。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.23
私は、幼児の頃、「人間は、木の股から生まれたんだ」などと大人から教えられ、何とも不思議な思いがしたものだ。それでも大人が嘘を教えたり、冗談を言うものだということを知らなかったので、真剣に考えたがどうしても分からなかった。少し大きくなって「こうのとり」が運んで来ると教えられた時には、もう「そんなことはない」と分かっていた。私の認識が進んでいたからである。人間の知識も最近になって急速に進んだ。私の旧制中学の頃は60万年前の北京原人が一番古い人間であった。最近日本でも50万年前の石器が発見されている。これは、放射線を測定すると分かるようになったからである。ところが今では、類人猿から分かれて猿人というものが500万年前にアフリカにいたと言うことが分かっている。今のアフリカは、人類発生の地だなんてとても思えないが、その頃は今と違って緑豊かで、動物が最も住みやすい土地であった。そこに類人猿の一団が居たが、どうした訳か樹上の生活から草原に出なくてはならなくなった。森林の木の上に住んでいれば、他の猛獣から生命を狙われることもないので安心して生活できるのに、どうして危険な草原に出たのか?これは私の推測であるが、森林の中にいた類人猿はあまり生活が楽なので数が増え過ぎたのではないかと思う。そこで森林は類人猿で一杯になり、得られる食物の限界に達したので、その一部が「植民地」を草原に開拓したのではないかと思う。「植民地」に出るには直立歩行しなければならない。森林の中にいるように手足を使って木の上を渡る訳にはいかない。直立歩行をすると今まで出来なかったことが出来るようになってきた。(1)まず、色々な声が出せるようになった。 四つ足で歩いていると喉が圧迫されているので余り多くの音声を 出すことは出来ないが、立っていると楽に出る。 全ての動物は音声を出すが、その一番大きな役目は危険を 仲間に知らせることである。 鶯の声は美しいと私達は思うけれど、あれは絶えず雌に 危険の有無の情報伝達をしている声なのである。 犬や馬、牛など全ての動物の泣き声というのは、 実は彼らの言葉なのである。 人間だって生まれたばかりには、様々な泣き声によって 自分の意志をアピールする。 そして人間の場合は、直立歩行の結果、言葉という複雑な音声が 出せるようになった。 その間増え続けた言葉の数は、直接その時の人間の生活を豊かに しただけでなく獲得した知識を言葉として後世に残せるようになり、 それがため人間には他の動物と違って知識の集積が出来るようになった。 そして人間は、それを学ぶことによって自分が経験したことで なくても経験したと同じように行動できるようになった。 狩りの仕方、食物採取の仕方、農業の仕方等、段々と 高次元の方法に進んだのである。 なお、民族によって主語述語に大きくは4通りの言葉があり、 それがまた民族毎に細分されていて何百かあり、 方言まで数えると数が分からなくなるくらいにある。 言語学者の説によると同じ言葉を話す民族でも五千年間連絡のない 別の土地に住むと言葉が全然別なものになり、意志の疎通は 出来なくなるという。 だから、交通がなかった古代において一地域に住む民族毎に 言葉が違う訳である。(2)直立歩行の結果は、人間の脳髄を大きくするのに役立った。 他の動物は四つ足で歩いているので現在以上に頭が大きくなったら 身体のバランスが崩れて生きて行くのに極めて危険になる。 しかし、人間は直立しているので頭が大きくなっても バランスを失うようなことはない。 初め猿人は、猿のように額が狭く歩くのにも腰をかがめていたが、 原人の段階になると額が広く頭も大きくなって来ている。 従って人間は、言葉を出して相互に連絡し、共同作業が出来るように なっただけでなく、そうすることによって脳髄の発達は促され、 発達した脳髄はまた、共同作業を高度なものにしていった。 かくして猿人は、原人、古人、新人の段階を経て現代人になった のである。(3)直立歩行という事は、手と足とが別々に動かせるようになった という事である。 足は歩く専門、手は作業専門となったため、手に棒を絶えず 持って歩けるようになった。 棒は離れた食物を手元に引き寄せるにも役立つし、高い所の物を 叩き落とすにも、微細な所の物をたぐるにも役立つ。 これは今の類人猿でもやっていることであるが、人間が作った 重いこん棒を振り回すことは、直立歩行していないと出来ない。 人間がこん棒を使うと遠心力によって物凄い力が出る。 人間の力だけでは、人間より強い他の動物を殺す事は出来ないが、 こん棒を使うことによって可能となる。 また、長い棒は先端を鋭くすることにより、人力だけでは不可能な 殺傷力を出せる。 共同作業によって、マンモスのような巨体を倒すことが 出来るようにもなった。 それまで自然の力以外には敵の居なかったマンモスも、 類人猿が立って話すようになり、頭が発達し手足が分業した結果、 棒という物を持ち、高度な集団行動が取れるようになったので、 人間から追われる身となったのである。 例えば日本人の先祖が、まだ日本列島が大陸と地続きであった頃、 この土地にやってきたのは、食料であるナウマン象や大角鹿を 追い求めて大陸から来たのである。 また、手と足との分業は、火を使えるようになった。 木を擦れば火が起こるという原理は、まだ分からなかったが、 初めは自然におきた山火事の火を大事に使っていたが、 何十万年か前には擦れば火が起きるということが分かって来た。 それを使うようになってからは、人間の生活範囲は革命的に拡がった。 だから神道で、木の棒と板から火を起こす事を、 神聖な「神ながらの行事」とするのもよく分かる。 第一に、火によって今まで食べられなかった物が食べられる ようになっただけでなく、消化吸収が良くなったため、 同じ食料でより多くの人間が生きられるようになった。 第二に、アフリカに居なければ寒さによって生きられなかった 熱帯の動物であった人間も、火から暖がとれるようになったので 地球上どこにでも住めるようになった。 そして、熱帯の太陽の下では、身体を黒色にしなければ 生きられなかったが、温帯に移動した人間の肌は褐色に、 寒帯では白色になることにより、より良く生きられることになった。 だから、黄色人種、白色人種といっても、 元はと言えば黒人であったのである。 インド人は、ヨーロッパ人の白人が熱いインドに移り住んだため、 また肌が黒くなったのである。 だから、いわゆる黒人とは顔・形が違いヨーロッパ的である。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.22
今から36億年前に地球上に生命が発生した。どのようにして発生したかについて、今までの一番多い考え方は、「神様がお創りになった」というのである。しかし、これは宗教で言うことであって、現代の自然科学においてではない。宗教と自然科学の根本的な違いは、信ずることと、確かめることの差である。そう信じている者にそれ以上の議論は出来ない。確かめると言うのなら、即ち、実証すると言うのなら様々な意見が出て、科学の発達につれて、だんだんと真実に近づいて行く。今現在、科学的に分かっていることを説明しよう。太陽から飛び出した地球も初めは熱かったが、だんだんと冷えてきて、地球には生命を創り出す条件が揃ってきた。まず、生命体を創るのに必要な元素およびその化合物があったし、適当な温度や湿度が出来てきた。そうすると、高度な蛋白質の合成も行われるようになった。「それは、神様の力だ」なんて言ってはいけない。何故なら、物質には一定の条件さえ揃えば何にでもなるという性質があるのだ。例えば、ニュートンが万有引力の法則を発見したことは素晴らしいことであったが、太陽系の運動がどういう原因で始まったのかという事については分からなかった。今の自然科学者なら、もし解明されていなければ、「その点は、今のところ解かっていない」と言うところであるが、250年前には、まだ自然科学があまり進歩していなかったので、「最初の衝撃は、神が与えたのである」と結論し、宗教で話を片付けてしまい、科学であることを放棄した。その点、アインシュタインは相対性原理によって問題の核心を突いたのであるが、やはり最後は神を持ち出してしまった。何故二人共神を持ち出さざるを得なかったのであろうか?それは、当時は「物質は自己運動をする」という事が分からなかったからである。物質というものを卑しいものと見る見方が普通であって、物質が自己運動するなんて考えられなかった。ところが、マルクスという人が約150年前に活躍し、物質の自己運動の性質を言い始めた。今では、それは自然科学上公認になっている。ただし、マルクスやエンゲルスの理論が正しいことが分かったからと言うのではなく、自然科学者が徹底的に物質というものと取り組んだ結果、それが分かったのである。従ってその学者達は、物質というものが弁証法的唯物論的に動いているので期せずして同じ結論になったのである。この世の中は、正しい意見がストレートに公認されるものではない。かのガリレオが発表した天文学・物理学の論文は、今では中学校で教えているが、ローマ教会がそれを認めたのは1993年であるから、死後347年経っていた。コぺルニクスの地動説に至っては456年経っており、その間、何億人かのカトリック教徒も天動説だったことになる。いくら真理であっても、その真理に対して利害関係があり、体制は遅れた理論の上に作られているものであるので、大衆の考えも遅れてくる。その中で、より正しいことを言うのは大変なことである。しかし、歴史はその先駆者である小人数の言った通りに動いて来た。それから、私が弁証法的唯物論を言うのは、もし自然科学者がこの哲学を知っていたら、もっと自然現象に対して理解が速く出来ると思うし、発見もやり易くなると思うからである。この物質については、別に章を設けて詳論したい。という訳で、物質が生命体を創りだすのに必要な諸条件が36億年前に出来たのである。かくして合成された有機体は自己増殖を始めた。それは、諸条件が一番揃っていた海中からであった。一番初めは、植物プランクトンであったが、それらが自己増殖してくると、それを餌とする動物プランクトンも現れた。その内に、海草は陸上に進出したが、はじめの内は羊歯類(シダ類)であった。というのは、温度が一年中暖かく、湿度が十分にあったからである。羊歯類は一年中枯れることもなく胞子によって増殖出来たのでみるみる地上に繁茂した。それが今日、石炭層となっているが、それから見ても如何にその繁殖力が旺盛であったかが想像できる。一方、海中動物も海草のあとを追って陸上へと進出し始めた。その初めは、河口付近でまず塩水から真水に適応することであり、次に水中でも陸上でも生きられる山椒魚のような両棲類になることであり、その次に陸上だけで生きられるように肺が発達してきた。そして、餌は羊歯類が一年中繁茂しており、近くに食べても食べきれない程あった。そこで移動する必要がないので体長20メートルもあるような巨大な草食恐竜が出現した。そうすると、それを餌とする肉食恐竜が現れた。そして、気侯が良かったので、今の海亀のようにただ卵を生みさえすれば子孫が増えるようになった。そうすると自然とは良くしたもので、その卵を餌とする小さくてすばしこい恐竜も今度は現れて自然界のバランスを採るようになった。以上は、現代の自然科学で分かっていることであるが、恐竜が一気に絶滅した理由については意見が別れている。一番有力なのは、無数の大隕石の衝突であるらしいが、私はこれには反対で気侯急変説を採りたい。衝突説はこれによって餌が無くなったので絶滅したというが、それだけの大隕石が衝突したならば、事実メキシコのユカタン半島沖に衝突したという痕跡は残っているが、気侯は根本的には変わっていないのであるから、恐竜期は復活する筈だ。何故なら、その餌である羊歯類だって一年中暖かい湿度の多い気候なら再び繁茂するはずだ。その条件下では、今ある普通の植物は羊歯類に負けてしまうからだ。それが気侯の急激な変化により羊歯類のように胞子による増殖は出来なくなり、今の植物のように春夏秋冬の気候の中では、花を咲かせて実をつくり、その実が春が来るまで冬眠するというサイクルでなければ生命を維持することが出来なくなった。そうすると、恐竜のように大食でノロマな巨体をもった動物では気侯の変化についてゆけなくなり、絶滅したのだと思う。昔の都々逸に「土方(土木作業員)殺すに刃物はいらぬ。雨の10日も降ればよい」というのがあるが、まさにこれで恐竜も糧道は一気に絶たれたのだと思う。これは私の推理推測であるが、より正しい推理は人間の物の認識の最高形態であり、これについては本文の最後に詳論したい。気侯の変化は、単に恐竜の糧道を絶っただけでなく繁殖の方法も変えざるを得なくなった。海亀のように暖かい海岸に生み放せばよいという訳にいかなくなった。そこで同じ地中に卵を生むにしてもワニのように生んだ卵を始終監視し艀化したら水の中に誘導するものさえ現れた。鳥類はそれより進んだ形である。それが一段と進んで牝のお腹のなかで艀化してある程度にしてから生む、即ち、胎生動物になった。ここで、明確に自覚しなければならないことは、生物はこの36億年の間に進化してきたが、今現在を基準として「良くなった」と言うことではない。何時の時代においても与えられた環境を最大限に生かして、その条件においては最も「良かった」のである。例えば、恐竜時代にもし突然突入したとするならば、人間は生きられない。今だからこそ生きられるのだ。やはり、恐竜のようにならなければならない。だから、「生物の進化」というのではなくて、「環境の変化への適応」と言うべきで、進化と見られるのは生物を取り巻く環境が変化したのである。だから、何時の時代のものも肯定的に認めると同時に、時代という客観条件は絶えず変わってゆくので、新時代の産物もまた肯定し、前の時代のものを否定しなければいけないということである。そして、今現在地上には、それこそ様々な植物や動物がいる。ということは、自然は非常に変化に富んだものであり、しかも、自然の環境から生まれ出て来た生物が、相互に食ったり食われたりする。まして、自分の持った能力を最高に活かしているものが絶対に強いというものではない。ライオンに食べられてしまうのは、年老いた獣かまたは病獣か幼い獣である。幼獣は、一寸私達の目からすると可哀想な感じがするが、もし幼獣が全部育ったりしたら、バッタの異常発生のように大変なことになる。また、ライオンが強いからといって他の動物を片っ端から食べてしまったらライオンは大発生するだろうが、しかし食べ物が無くなって絶滅してしまう。そこにライオンが足の速さにおいて他よりも劣っているので、そのような事は起きない原因がある。このように、全ての生物には絶対の勝者というのはなく、このような相互作用が自然界にあるのである。このように、全てのものは単独に存在しているものではなく、必ず相互に関連していて相互に影響しあっているものである。この例は、これからも度々でてくる。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.21
「われは北斗の星にして、千歳変らぬものなるに、君が心の天つ日や、 朝は東、夕西」これは、私が旧制中学五年の時に読んだ三体詩という中国の詩集の中にあったもので、意味は、「私の心は少しも変らないのに、貴方の心は絶えずあちこちの女性に 動いているのね」という恋歌である。その時、私は「成る程、北極星はいつも変わらないんだな」と感心し、その乙女の恋情をあわれと同情した。今を去る60年の昔のことである。しかし、今となるとその乙女のたとえは変えなければならない。というのは、最近私は、銀河系宇宙は絶えず膨張しており、最後、北極星はおろか太陽もこの地球も爆発してガス状の星雲になってしまい、次にまた、新しい宇宙が出来るのだということを知ったからである。その時の乙女は今度はどういうたとえをするのだろうか?実は、変わらないものはないのだ。だから、乙女は「私の心は変わりません」と訴える以外に方法はない、ということが分かった。これは、天体望遠鏡の発達により現代人が、今現在確認している銀河系宇宙のような宇宙の数は何千何万とあり、この他にまた宇宙集団があり、その数は無限である事が分かった。そして、その中には爆発最中のものや、星雲になったもの、再び宇宙を創っているものがある。そして、銀河系宇宙の中の太陽系が出来てから150億年、我が地球が出来てから45億年、生物が発生してから36億年。しかし、人間は誕生してからまだ500万年、農耕が始まってから6千年、わが日本は2千年しか経っていない。しかも、470年前にコぺルニクスが、「この地上は、丸くて地球といい、それが太陽の回りを廻っているのだ」と言い出すまでは、人々は「この地上は、テーブルのようになっていて、この地の果ては断崖絶壁で、 その下には魔物がいる」と思っていた。だから、コぺルニクスの言うことは余りにも突飛すぎて誰ひとり問題にもしなかった。そしてやはり太陽は、テーブル状の地面の東方から地上に出て来て、また、沈んでいくものだと思っていた。それから、約百年経ってまたぽつんとガリレオという天文学者が現れて、自分が考案した天体望遠鏡で精密に観測したところ、コぺルニクスの言っていることは正しいということを確認した。二人の説は全く一致して、しかもその意見を本にして出したものだから、今度はローマ法王も黙ってはいられなくなり、ガリレオを宗教裁判にかけ、終身禁固刑にしてしまったが、ある有力者が現れてその刑を軽くしてもらい、自宅軟禁としたが、その後、失明して亡くなった。ローマ法王にしてみれば、宇宙の中心は神であり、その神に仕える中心は自分だと思っているのに、ガリレオなんていうとんでもない奴が出て来て、太陽が中心だなどと言い出すものだから、その口を封じたくなるのもよく分かる。これは、今から350年位前のことで、日本でいえば戦国時代の終わりの頃の事である。その後、また百年経った今から250年前にニュートンが現れて万有引力説を発表して天文学を進め、さらに百年後にアインシュタインが現れて、その説をさらに進めて相対性原理を発表し、太陽は太古の昔からあったものではないと訂正した。現代の天文学は格段に発展したが、これは、わずかこの500年間の出来事であった。人間が物事を認識する力は飛躍的に発展し、大きなものは宇宙、小さなものは素粒子に至るまで、この先どこまで行くのか分からない。宇宙の場合も人間の作った人工衛星による天体望遠鏡とコンピューターの発達のお陰であって、別に人間の視力が良くなった訳ではない。そして、まだまだ観測機器は良くなるので、人間の宇宙観もますます深くなっていき、漢然としていた宇宙の実体がはっきりと人間の頭脳に反映されていき、今、その過程を続けている。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.20
思想とは、人間がある物事に対して持つ考え方で、生活や行動の仕方を決めるものである。従って、精神分裂症の病人でもない限りは、誰でも思想は持っており、しかもその思想は十人十色で、しかも一人一人が「正しい」と思っている。しかし、それはその人だけがそう思っている考え、即ち主観であって、周囲の人は必ずしもそうは思わないかも知れない。では、周囲の大勢の人の考えていることが、正しいのだろうか?それもそうとは限らない。例えば、天皇が主権を持っていることに反対した10人足らずの思想犯が、網走の監獄に入れられ、終身禁固刑を受けていたのは、今から50年一寸前の話である。古今東西「思想犯」の罪は重かった。これを見ても「正しい考え方」というのは、選挙のように数では決らない。歴史が決定するのである。「歴史の決定」とは何か?例えば、今の政治のように圧倒的な多数、与野党一致しての政策であっても、日本の経済は一日毎に悪くなっている。それは「規制の緩和」を誰も真面目に考えてはいないからだ。確かに「お題目」にはある。しかし、これをやることは革命なのである。だから、誰も怖くて手がつけられず、その問題を避けている。又、国民もそれに気がつかないだけでなく、規制体制に安住しようとする人も多い。即ち、一億二千万の国民の思想も間違っているので、景気は良くならないのだ。では、どういう思想が正しいのか?それは、事実の経過によって多数の意見が行き詰まり、小数の新しい意見が出てくるようになるのである。ソ連解体などは、正に「歴史の決定」であった。しかし、事実の経過を見なくても、事前にそのことを洞察をするのが正しい哲学なのである。又、思想は今現在だけでなく、歴史的に見ても全く違う。封建時代の人間は身分制度に縛りつけられていて、思想に自由はなかったことは、ご存知の通りであるが、今から約二千年前、倭の奴国は、後漢の光武帝に初めて朝貢した時に、土産物として奴隷160人を献上した。又、邪馬台国の女王卑弥呼も、魏に奴隷を献上している。今から考えると「人間をお使い物にする」なんてとても想像もつかないが、それは日本のことだけではなく、中国でもヨーロッパでも、当時は世界中の常識、即ち「正しい思想」だったのである。このように過去においても、現在においても、何故思想というものが、人によって、時代によって、こうも違っているのか?それをこの小論では第一部で説明し、ではこれからの世界は、どのように考えねばならないかを第二部で論じる。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.19
はしがき今や我が国の経済は、「底無し沼」に沈むように悪化の一途を辿っている。政府は、予算の大盤振舞をしさえすれば、景気は立ち直ると言い、もう10年以上も赤字国債を垂れ流し続けている。それでいて景気が良いのは政府要人の口先だけで、多くの国民は白けきっている。また、国際的評価は、真面目な論評の域を越えて、ただただ日本政府の無能ぶりにあきれかえり、かつ世界経済に及ぼす悪い影響を心配している。国内企業は、前途に望みを持っていないだけでなく、何時倒産するかと脅えている。従ってそこで働く者も、何時職を失うかと不安で一杯である。国中、皆、暗い前途にどうしてよいか分からない。どうしてこうなったのか?結論的に言えば、物の考え方が「形而上学的観念論」であるからだ。事態の解決には「弁証法的唯物論」しか、方法はないのだ。では、この二つの哲学はどう違うのか?それを説明したのが、この小論である。私が哲学の道を志したのは、20才前の戦時中であった。この時代は今と全く逆で、それこそ「鬼畜米英」を「撃ちてし、止まん」と「一億一心火の玉」となって「死の行進」をしていた時であった。国民の考え方は「全て、天皇陛下に帰一」し、そこから全てが発想されており、それを疑う者は誰一人いなかった。その時に、その時代の風潮に深刻な疑問を感じていた私は、独り真理の道の探求を始めた。そして、発見した真理を世の中の人に伝えることに非常な使命感を持ったのであった。しかし、戦後、私の求めていた真理とは、「自由と民主主義」であることが分かり、もうそれで良いと思い、私の使命は終わったと考えていた。ところが、この10年来の日本の経済は、深刻な様相を呈してきた。私は、事業から引退してつくづくと私の70有余年の人生を振り返る余裕が出来、この不況の原因は、日本国民全体の考え方、即ち哲学が形而上学的観念論で間違っているからだと気がついた。やはり、戦時中と同じく「死の行進」をしているのである。私の得た弁証法的唯物論は、私の事業のバックボーンになったものであり、この哲学によって政治経済を予測判断して間違いはなく、言わば私の人生の羅針盤になったものである。長い間の私の人生において実証済みの哲学である。そこで、どうしてもこの哲学を知って貰いたいと思った。ご覧のように、この小論は長く、一寸見ただけでは尻込みをされるかもしれない。実は、この小論は二つのことをやったために長くなったのである。一つは、この弁証法哲学が150年前に出来るまでの人類の思想・世界観・宗教・哲学の歴史を述べ、その結果、弁証法的唯物論に到達したことを説明したからである。二つ目は、この小論は「例えば、」という例証が非常に多い。というのは、哲学は抽象的な理論であり、それだけ読むと一寸分かり難い。そこで、具体的な実例を数多く上げれば、「そういうことか。」と分かって頂けると思った。しかし、このように実例を上げることが出来る哲学は、実は弁証法的唯物論しかないのである。形而上学的観念論は「実在するものは人間の観念だけで、この世界にあるものは人間の観念が作り出したものである」と言っているので、観念論哲学者によって、その「作品」は違うので、客観的な例証は出来ないし、またその必要がないのである。そこに、「哲学は難しい」と言われる理由がある。しかし、哲学が難しいのではなくて、「観念論哲学は難しい」のである。例えば、近世哲学の祖と言われるデカルト・カント・へーゲルのような哲学者達の論文にも分からない所には「神」が出てくる。「神」とは、人知の及ばないものの総称であり、それを理解しろと言ったって、土台無理だ。一方、弁証法的唯物論は、人間を含む天地自然の原理を述べたものであるので、「神」はなく、哲学というより科学に近い。この区別は、本論で説明する。では、どうして形而上学的観念論のような哲学が世に出たのであろうか?それは、その前にあったキリスト教スコラ哲学が1千年もの間、ヨーロッパを支配し、「神」が全ての中心であった事に原因がある。丁度、戦前の日本が「現人神(あらひとかみ)」が中心で、絶対であったのと同じで、誰も反抗は許されなかった。形而上学的観念論は、それとの戦いに人類が作り出した当時の最高の思想であった。「神」ではなく、「自由と理性」を主張する観念論は、人間を中心として近世を開き、初期資本主義のバックボーンとなったのである。しかし、時代(生産力)は更に進み、人間の観念だけではなく、天地自然・人間社会とは何か?どういう具合に出来ているのか?その原理を知らなくては、何も出来ないようになった。そこで、客観的実在(実際にあるもの)は、人間の観念ではなく、天地自然・人間社会にあるのだという弁証法的唯物論が出来たのである。従って、この哲学を理解されればされる程、この世の中がはっきりと見え、「目から鱗が落ちた」ようになる。先に出版した「これから」や「経営学の基礎」をお読みになって、そういう感想を持たれる方が多いのは、実は弁証法的唯物論の実例だからである。なお、弁証法的唯物論と社会主義とは、全然別なものであることも説明した。今の時代を生き抜くためにも、また低迷する日本を救うためにも、この小論はきっと貴方の役に立つと思う。(「哲学の奨め」曽我達夫著より)
2004.10.18
「一人でも役立ててもらえれば、それでいい・・・」この本を書き終わった、今の正直な感想だ。別に格好をつけて、言っているわけでもない。最初にこの本を書き始めた時には、違ったのだ。「たくさん売れて欲しい」「何万部も何十万部も売れたら、どんなにか嬉しいか」でも、本を書き進めるうちに、そんな気持ちは消えてなくなっていった。書き終えた今は、一人でも、たった一人でも役立ててもらえれば、それでいい。なぜか?なぜ変わったのか?最初にこの本を書き始めた時は、こんな「経営全般」を扱う本にするつもりがなかったからだ。最初はどんな本になるのかイメージが湧いていなかったのである。「たくさん売れる本にしよう」そんな程度しか考えずに執筆は始まった。ところが、私のノートパソコンの中に保存されている原稿を見ると10回以上書き直していることが分かる。最初の頃の原稿を読み返してみると、何を言いたいのかサッパリ分からない。だからなのか、最初の3回ほどは、内容がどんどんと変化していった。そうやって内容を変化させていくうちに、自分でも「えらい大きなテーマになってきたな・・・」とは思っていたが、ここまで経営全般を扱うことになるとは思ってもいなかった。でも、どうせ経営のことを書くのだから、より本質的なものにしたい。そうやって、ついつい深く追求していった結果、中身が変化していったのである。苦労して書いただけに、終わってみれば、内容についてはある程度の満足が得られるものにできた気がする。部分的にはもう少し加筆して事例などを加えたいところもあったりはする。でも、どこかで区切りをつけなければならない。また、ぺージ数と執筆期限によって、ようやく区切りをつけたものの、それでも、やはり本の限界は超えられないのを思い知らされる。それは、あなた個人の事情にピッタリと沿った内容にすることができないということだ。本というのは、不特定多数の人が読むのを前提にしている。だから、話が抽象的にならざるを得ない部分もある。その部分については、読者であるあなたの力を貸して頂くのをご容赦頂きたい。やはり現場での実践によってしか、知識は知恵に変えられないのだ。経営プロセスについて本を執筆している時、私の頭の中にはイメージが駆けめぐる。様々な経営の現場のイメージだ。実際のビジネスの現場というのは、小説や映画とは違った生々しさ、迫力、緊張感がある。本当にダイナミズムに溢れ、魅力的なのである。だからこそ、ビジネスの世界とめぐり合うことができて、私は本当に感謝している。なぜなら、私にとってこれほど生きがいを感じる世界はないからだ。私はかつて、「自分は、いったい何が大好きなのか?」が分からなかった。例えば、釣りに人生を賭けるほど熱中している人を見てうらやましかった。星の観察に、眼をキラキラさせている人がうらやましかった。音楽に命を燃やしているミュージシャンが格好良く見えた。「全身全霊を賭けてみたい」と思えるものが、私には見つからなかった。「金儲けだけが人生じゃない」とは、よく言われる言葉だ。もちろんだ。それが正しい。例えば、生きているという実感を「スポーツ」に感じる人もいるだろう。芸術に感じる人も、きのこ採りや山菜採りに感じる人もいるだろう。旅行に感じる人もいるだろう。そうした人には、金儲けなんて意味のないことなのかもしれない。それを否定する気はない。サラサラない。むしろ、生きているという実感が見つかった人は幸せだと思う。私はどうしても見つけることができなかった。しかし今は違う。私はビジネスの世界と出合った。私にとって、この世界こそ求めていたものだった。あなたはどうだろうか?私と同じように、別に趣味もない、燃えるような情熱を感じるものを趣味では見つけられない、完全燃焼できるような何かが見つかる予感もしないだろうか?でも、このまま一生を何となく過ごしていくのは、何かが違うような気がしているはずだ。もし私と同じように、その答えをビジネスの世界に見つけたのだとしたら、胸を張って、夢を追いかけて欲しい。最後にひと言。あなたの夢に、この本が少しでも役立つことができるのなら、これ以上に嬉しいことはない。あなたの幸運を祈る。 (終)(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.17
会社を経営するっていうことは、本当に大変なことだ。自分が持てる力のすべてを出して取り組む。体力も使う。知力も使う。運も必要だ。努力も必要。ありとあらゆることを総動員で挑む。私はこれまで、数多くの経営者を見てきて、「それが経営なのだな」と理解できるようになった。しかも、経営には金が絡んでくるから、余計に複雑だ。いろんな出来事と一緒になって、嬉しさ、怒り、悲しみ、恐怖、痛み、愛情など多くの感情が飛び交うことだろう。気分が滅入ってくる時もあるだろう。しんどさを感じることも多いのかもしれない。だからこそ言っておく。あなただけが疲れているのではない。あなただけが悲しいのではない。あなたが「忙しいからなかなかできない」なんて言い訳している間にも、必死で頑張り続けている人がいる。あなただけが忙しいのではない。あなただけが苦しいのではない。誰でも疲れている。眼を赤くして寝ずに頑張っている。誰でも苦しんでいる。人一倍頑張っているのは、決してあなただけじゃない。大切なのは、「あと一歩」なのだ。他人よりも成長していく人に共通しているのは、「あと一歩」なのである。そこに理論なんてない。だって、高熱で倒れそうなのに、「あと一歩」を頑張る姿は、他人が見れば頭が壊れているとしか見えないからだ。でも、私にはその気持ちが痛いほどよく分かる。自分でも経営をしてきたからこそ、自分で自分を制御できなくなるような気持ちが分かるのだ。私が経営者になりたての頃、お金がなくてゴミ拾いと草むしりをやった経験がある。夜中に粗大ゴミの収集場から、石油ファンヒーターをもらって帰ったこともある。朝7時から夜の2時まで仕事をし続けた。寝ないで仕事をする日も、何日もあった。成功者と言われている私のクライアントは、私と出会った時、タクシー運転代行のアルバイトをしていた。負けん気の強い頑張り屋の女性経営者は、チラシを印刷するのに精一杯で、新聞に折込むお金がもったいなくて自分でポスティングしていた。何百枚も何百枚も・・・。ある居酒屋の店主は、鳥インフルエンザの影響で売上が激減したことに動揺して、無駄な広告で体力を消耗しようとしていた。私は「オタオタするな!」と突きはなした。10歳以上も年の離れた若造に言われて辛かったことだろうと思う。あの時は申し訳ない気持ちで一杯だった。でも彼らは、どんどん成長していくだろう。いつも「あと一歩」を頑張るからだ。きっと「誇りと優しさ」を持つようになる。そしてとても良い笑顔に変わっていく。誰でも「あと一歩」を踏ん張る時というのは、なりふり構っていられないはずだ。だから、必死でもがき、泥まみれになって頑張る姿は、格好悪いと言われるかもしれない。でも、そんなの放っておけばいい。遮二無二頑張る姿こそが誇らしい。誰が何と言おうと絶対に誇らしい。私はあなたの涙を拭いてはあげられない。飛び上がって一緒に喜んであげることもできない。恐れるあなたを励ましてあげることもできない。コンサルタントなんてそんな程度だ。だけど、信じて欲しい。必死で頑張るあなたなら、大切なものは絶対に見つけることができる。最後まであきらめずに「あと一歩」を進み続ければ、絶対に答えは見つかる。全身全霊を賭けて挑んで欲しい。それが格好悪くたって何だって、他人の知ったことじゃない。納得できるまでやるしかない。もし、そんな必死で頑張るあなたの悪口を言うヤツがいるのなら、私はそいつを許さない。自分に負けるな。 負けたら勝つまでやり抜け!(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.16

あなたの迷いに対して、私があなたに提供したいのが心理モデルを活用することである。それは、『対立概念の重カモデル』である。このモデルを知るだけで、あなたの迷いがなくなるわけではない。しかし、常に冷静に的確な判断をすることができる判断力につながるはずだ。人は対立概念の鏡の中に生きている対立概念とは何だろうか?簡単に言えば、善か悪か、成功か失敗か、可能か不可能か、美しいか醜いか、正しいか間違っているか、金持ちか貧乏か、幸せかそれとも不幸か・・・。一つの概念には、相反する概念が存在する。それが対立概念だ。あなたもご存じの通り、こうした対立概念は世の中に無限にある。そして人間というのは、この対立概念の中で悩み苦しみ、一喜一憂する。良いとか悪いとかではなく、人とはそうしたものなのである。対立概念に出合うと、ほぼ自動的に反応してしまう心理メカニズムを持っている生き物なのだ。だが、冷静に事実を見つめてみて頂きたい。ほとんどの場合、対立概念の鏡の世界は、現実ではないことが99%なのである。善か悪か、世の中はそう簡単に切り分けられるものではない。善の中に悪が潜む。凶悪な殺人犯の中にも良心が宿る。成功の中にも失敗は必ず存在している。醜さの中にも美しい部分は必ずある。ほとんどの対立概念が現実ではないにもかかわらず、人は対立概念の世界で翻弄される。私は「対立概念の心理モデル」を図で示すことにした。これが「対立概念の重力モデル」である。さて、この図を説明しよう。まず、縦軸がポジティブ・プラス概念。横軸がネガティブ・マイナス概念である。人の心理は、本来その中心にいるのが安定した穏やかな状況である。しかし、「成功したいですか? 失敗したいですか?」という質問をされた途端に、冷静さを失い、あなたの心のプログラムが誤作動してしまうのだ。例えば、ビジネスで大成功を収めた経営者の話を聞く。成功の話を聞いているうちに、あなたの冷静さは失われていく。現実には、その経営者が語らなかった「成功の裏側」の存在があるのを冷静に見抜くことができなくなるからだ。そうなれば、ポジティブ方向にどんどん近づこうとしてしまう。ところが、この図には重力が存在する。それはGの矢印の方向への重力なのだ。成功へと突き進めば突き進もうとすればするほど、失敗を恐れるようになる。成功すればするほど、その位置にしがみつこうとする。華やかに光が当たれば当たるほど、自分の闇の部分を隠そうとする。すると、不思議なもので重力が作用し始めるのだ。成功者はある日、突然に重力の作用によって引きずり落とされる。しかも、ここは重力場である。慣性の法則によって、そのスピードはそのまま失敗へと、本人を突き動かしていく。高い位置の成功にしがみついていればいるほど、大きな失敗へと直行するわけだ。「大成功を収める。 だから俺は偉い。 だから俺は金持ちだ」この言葉を口から発している間は、対立概念モデルの中で生きている証拠だ。こういう言い方をする人は、言い方を変えれば、「失敗したヤツがいる。 だからダメだ。 だから貧乏なんだ」と言っているのと同じことなのである。ある人が大好きになる。 好きで好きでたまらなくなる。そうなると、嫌いな部分など見えなくなる。ところが、ある出来事がキッカケとなり、重力の作用によって大嫌いになるという場合もあるだろう。そんな時は、心の動き方を変えれば良いのである。次の図を見て欲しい。図の太い矢印のように自分の意識をコントロールするのである。 自分の意識をコントロールして、Gの対角線上の太い矢印の方向へ進めばいいのだ。難しく考える必要はない。まずは論理的に理解するだけでよい。知的に理解するだけでいいのだ。もちろん、論理的に理解しているのと、自分の気持ちがコントロールできるのは違う。でも論理的に理解しているだけでいいのである。確かに、頭で分かっているのと、できるのとは違う。でも理解していなければ、絶対にコントロールすることはできない。まずは、自分がこの「対立概念の重力モデル」の中で翻弄されているのを知的に理解するのだ。それでも行動は伴わないが、まずはそれでいい。ただ、自分で気付いたときだけでもいいから、瞬間だけでも重力モデルから逃れてみるのである。例えば、成功と失敗という対立概念に出合い、頭が支配されたとする。それはしようがない。でも、一瞬でも自分の状態に気付いたら、「あぁー、支配されてるなぁ。 しようがないなぁ。 冷静になろう」と思ってみるだけで良いのだ。支配されているという意識を持ち、常に逃れようと繰り返しているうちに、冷静な考え方が身についてくる。しかし私自身も、まだ支配される瞬間がある。ずいぶんと少なくはなったが、それでも対立概念に支配される自分に気付く。その度に軌道修正をするようにしている。私はそれで良いと思っている。完璧な人などいないからだ。でも、この「対立概念の重力モデル」を論理的に理解するようになってからというもの、様々な場面で迷うことは少なくなったのを実感している。いかがだろうか?これが「対立概念の重力モデル」の概略だ。知っているだけでも、ずいぶんと心理的に自然体になれるはずだ。 (後略)(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.15
会社を興す。自分のビジネスを持つというのは、自分の好き勝手を通すということだ。自分のビジネスなのだから、自分の好き勝手にやれる。それが社長というものだ。でも、誰にも何も文句を言われない代わりに、頼りになるのは自分だけだ。だからこそ経営者が何かに迷うときには、本当に孤独感や不安感となって襲ってくる。「こんなビジネスをしたい。でも怖い。 楽しみ。でも不安だ。 成功できるかもしれない。でも失敗したらどうしよう・・・」「広告を出したい。でも失敗したらお金がもったいない」「ここでお客さんに契約を迫りたい。でもボツになったら嫌だ」「新しい手法をやってみたい。でも忙しくて面倒臭い」悩みは尽きることはない。結局、毎日が自分との戦いだ。「やってみたい。でも忙しい」「人を雇いたい。でも嫌な人だったらどうしよう」「勉強したい。でも役に立たなかったら嫌だなぁ」「本を出したい。でも売れなかったら嫌だなぁ」「返金保証をしたい。でも返金依頼されたら嫌だなぁ。 損しちゃうなぁ・・・」攻めるべきか、引くべきか。あなたのビジネスの成長が早ければ早いほど、毎日が選択と決定の繰り返しになる。しかも、チャンスの女神は待ってくれない。さらに死神は、あなたの判断ミスに「待った」を許してはくれない。人は弱い生き物だという人もいる。人は自分が思っている以上に強いという人もいる。謙虚で生きよという人もいる。傲慢に徹しろという人もいる。まさに、勉強すればするほど、その答えは霧の中に隠されていくような感じさえするのかもしれない。だから、問題の困難度合いを見抜こうと努力するのである。目の前のリスクに関して、どんな困難さや可能性があるのかを予想して、ありったけの情報を集めて、勉強をしていくわけである。同時に、乗り越える手立て、方法をイメージしようとする。でもやはり、「リスク」は消えてはくれない。最終的には、どうすればいいのかさえ分からなくなる。投げ出したくなる。それでも結果は迫ってくる。目の前の現実から逃避したくなる。逆に、成功すればしたで迷いは消えるわけではない。いけないと感じながらも天狗になってしまうこともある。成功者として崇めたてられて神様気分になることもあるだろう。危機感を感じながらもお金に溺れてしまうこともある。迷いは、これほどまでに「勇気」を邪魔しようとするのである。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.14
どれだけ経営スキルが身についても、どれだけ理論的にビジネスを考えられるようになっても、ダメなときがある。まるで機械のように正確に考え、そして素晴らしいスキルを持ってしても、経営がうまくいかないことがある。何が足らないのだろうか?それは「勇気」である。どれだけ勉強しても、どれだけ理論的に考えても、「リスク」は絶対にゼロにはならない。リスクを承知の上で挑むことができるのは、「勇気」があるからなのだ。それを、スピリッツと呼ぶ人もいる。精神、内なる心、想い・・・いろんな言葉で語られることもあるだろう。あなたの胸の奥、海よりも深いあなたの心の奥底から湧き出る「勇気」は、素晴らしいことを成し遂げてみせてくれる。誰もが不可能だと信じて疑わないようなことを達成してしまう。乗り切れないほどの困難でも、驚異的な力で突破してしまう。あなた自身が驚くほどの底力を、あなたも持っているのだ。不可能を可能にするのが、「勇気」の力なのである。あなたも感じているかもしれない。「勇気」の魂が、今でもあなたの心の奥底で、無限のパワーを爆発させようと、そのタイミングをじっと待っている。でも、「勇気」を邪魔するものは様々なものがある。なかでも、最も大きなもの。 それは【迷い】である。実際に会社を経営するのは、ロボットではなく人間だ。あなたは人間であるからこそ、感情を持っている。しかも、感情は湧いてくるものだからコントロールが効かない。つまり、あなたが何かを実践するとき、いくら論理的に頭で理解をしても、気持ちや感情が邪魔をしてしまうのである。その代表例が、【迷い】なのだ。迷いは、様々なものに姿を変えて邪魔をする。「やりたいとは思っているが、何となく・・・」「これをやるのが正しいのか? それとも間違っているのか?」「Aが良いのか? Bが良いのか?」そうなのだ。迷いは尽きることがない。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.13
これまで、「マルチフォーカス全体思考法」をするための経営項目リストを、他の用途で活用する方法についてお話した。簡単に言ってみれば、今あなたが身につけているスキルを冷静にチェックをしながら、新規事業へと活かしていく。それは、致命的な失敗を避けてステップアップしていくことにほかならない。私がそうしたリスクを避ける方法を書いたのには理由がある。新規ビジネスに参入するというのは、未知であり経験したことのないことばかりだろう。その結果、非常に高リスクなのが常である。だからこそ私は、リスクを避けるためにもスキルチェックを提案したのである。しかしながら、ただリスクを避けさえすれば良いのか?と言えば、そうではない。いつの世にも冒険家は存在するからだ。どれだけ高いリスクがあろうと、それに挑む冒険家は存在する。私は彼らを否定するつもりはない。むしろ、あなたがそうした冒険家であるのなら、私は止めない。冒険家は、リスクを犯して未開拓なところへと飛び込む。そこには危険が伴うことだろう。冒険家は誰も登ったことのないところへと足を向ける。そこへと向かう。リスクを承知の上で挑む。だからこそ何人もの冒険家が、大望を果たすことなく倒れていくのだ。そして、何人もの失敗した冒険家の屍を乗り越えていくことで、やっと最後の冒険家が登山を成功させる。一人の英雄の後ろには、それまでの何百人もの英雄の存在がある。だから、失敗するのを恐れない冒険家を、私は止めるつもりも否定するつもりもない。あなたが数多の屍を乗り越えた、最後の成功者かもしれないからだ。また、賢い冒険家もいる。一人の冒険家が世界初登頂を果たす。それを見た賢い登山家は、「世界最年長」という肩書きで同じように世界初を成し遂げる。もちろん本当に世界最初ではない。その賢い冒険家は、若い冒険家が世界で初めて登山に成功したからこそ、違う切り口で有名になることができたのである。しかし、それも成功だ。賢い追従者もマスコミは成功者として取り上げる。その「世界最年長」の記事を見て、少しでも勇気付けられる人々がいるのなら、彼は成功者だと思うのだ。私は、それも良しと思っている。しかし、これだけは言っておく。冒険家であれ、追従者であれ、そのどちらもやらないで成功することはない。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.12

スキルチェックを怠ったために、しなくても良い苦労をする人が本当に多い。やはりニュービジネスを始めることは難しいのか?ちょっと先の例に戻って考えてみよう。ソフトウェアエンジニアは起業するのは無理なのか?お茶の通販はできないのか?いいや、そんなことは言っていない。それを「スキルマトリックス」からお話ししよう。まずは、Z軸(「マルチフォーカス全体思考法」の11個の要素)とX軸(ニュービジネスのHOWTO、事例、ツール)で、今のあなたに身についているスキルをチェックする。この二軸のスキルを考えずに、ソフトエンジニアがいきなりお茶の通販に転用しようとするから苦労するのだ。しかし、お茶の通販は無理でも、CD-ROMの通販ならば、まだエンジニアから近いところにあるだろう。(下の図のC面)それならB面で8割のOKを出すことができるかもしれないからだ。 そうである。まずは勝手の分かった業界でビジネスをスタートするのである。すると、このスキルマトリックスの第三の軸が出来上がるのが分かる。A面からC面へと移行するのは簡単だ。同じように、C面からB面へも抵抗がないはずなのである。たとえ今の仕事とほとんど同じような分野で新規ビジネスを立ち上げたとしても、扱っている商品・サービスが少しでも違えば、新たなスキルを必要とされる。そうやって、徐々に本当に参入したい分野へと進んでいくのが失敗を避けるコツなのである。先のソフトウェアエンジニアにしてみれば、いきなりお茶通販を始めるよりも、ずっと成功する可能性は高くなっているはずなのである。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.11

具体的な実例をお話ししよう。実名は伏せるが、外資系コンピューター大企業に勤めるソフトウェアエンジニアが起業を目指していた。彼はお茶の通販をやりたいと言い出すわけだ。確かに当時は、健康茶の通販は成長ビジネスであった。しかし、お茶のクオリティチェックは誰がやるのか?薬事法上の確認はどこに協力してもらえば良いのか?デリバリーはどこを使うのか?仕入はどこからやるのか?通常、こうしたことに詳しくないサラリーマンが起業をする場合、試行錯誤の末にお茶の生産メーカーと提携をしたがることだろう。もしくは中国などから輸入しているメーカーを頼りにするのだろう。しかし、お茶の仕入先をどうやって探せというのか?茶業界でその仕入先がベストであると、どうして言えるのだろうか?結局、ビジネスアイデアは良いのかもしれないが、実行するためには、各経営要素のHOWTO、事例、ツールが揃っていなければ実践することはできないのである。経験は経営者が新たなビジネスを考える際も同様なのであるが、それを冷静に考えることができる人というのは、本当に少ない。そこで役立ててもらいたいツールがある。それが、「スキルマトリックスの回転モデル」である。次の図をご覧頂きたい。 これがスキルマトリックスである。X軸には、「今のあなたが身につけているHOWTO、事例、ツール」を書き込む。Y軸は、これから参入しようとするビジネスのHOWTO、事例、ツールである。Z軸は、「マルチフォーカス全体思考法」の各要素を11個並べていく。さて、Z軸とX軸で作られる平面A。そのAの面に書かれた内容を、そのままB面に展開できそうだろうか?実際の経験則上は、このB面の8割型がOKでないと、相当苦労をする。今あなたが身につけているスキルが、新ビジネスでは通用しないからだ。そうなると新規ビジネスを軌道に乗せていくために苦労する。新しいスキルを身につけながら試行錯誤を繰り返すことになるからだ。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.10
これまでトルネード経営理論のすべてをお話ししてきた。それは、あなたのビジネスを、どんどん成長させてスパイラルを上昇していくために必要な思考法である。ところが、実を言うと、このトルネード経営理論は別の使い方がある。それは、新しいビジネスを成功させる方法についてである。今売っている商品・サービスをもっとたくさん売りたい。そうした課題へのアドバイスを求められることは本当に多い。しかし、それと同じぐらいに多いのが次の質問である。「○○というビジネスをやろうと思うんですが、どうでしょうか?」「新しく、○○という商売を始めようと思うんですけど、 うまくいきますかね?」サラリーマンの方が起業したいという場合もあるし、すでに会社を経営している経営者からの多角化経営の場合もある。実を言うと、こうした悩みを解消するのは簡単なのである。今までお話してきた「マルチフォーカス全体思考法」やトルネードツリーの成長戦略などを活用していくと極めて簡単に解決することができるからだ。ただ、先の質問の裏側には、それぞれ別の意味が隠れていることが多い。一つは、「○○という商売は儲かりそうかどうか?」というもの。もう一つは、「儲かりそうだとして、どのようなやり方が効果的か?」というものである。順に話をしていこう。まずは、一つ目の「○○という商売は儲かりそうかどうか?」をチェックする方法からお話ししよう。ただ、どんなビジネスが「当たる」のかについては、さらに一冊の本が必要とされるほどのノウハウがあるのも事実だ。だからここでは代表的な二つに絞ってお話ししよう。次の二つが代表的なものである。・既存の成熟ビジネスの中の隠れている成長部分へと参入する方法(二種類)・二つの既存ビジネスをミックスして新たな商品・サービスを作り出す方法どんな成熟商品でも、成長部分を持っているものである。その金脈を見つけた者は、大成功を収めて当然だ。だが、既存の成熟ビジネスに残された金脈というのは、いくつかの発見パターンがあるのも事実である。既存のビジネスの中に隠されている成長部分へと参入することでさらに二つ。一つ目は「商品・サービスの性能面で強化する」という方法だ。例えば、今までの商品よりも効果の高い育毛剤とか、効能が非常に高いアガリクスとか、業績アップする確率が極めて高まったコンサルティングサービスとか、まあ様々である。言ってみれば王道である。二つ目は、「専門化」するという方法だ。経営コンサルタントという既存業界の中に、マーケティング専門コンサルタントになる。ラーメン店専門のコンサルタントになる。二世帯住宅への建替え専門の工務店になる。朝専用の缶コーヒーを作る。おにぎり専用の日本茶ぺットボトルを作るなど、市場をどんどん細分化していく流れは止められないのだから、それに乗ればいいのである。いずれにしても、既存ビジネスというものの中で、隠れた成長部分という金脈を探り当てる方法はまだまだある。それを探すのはそれほど難しいことではない。次が、「二つの既存ビジネスをミックスして新たな商品・サービスを作り出す」方法だ。これも比較的簡単な方法である。チョコレートの中にフィギアを入れる。そもそもチョコレートとフィギアは別のビジネスだ。アロマテラピーと温泉が一緒になると、新ビジネスが出来上がる。合宿型の社員教育と沖縄旅行がセットになると「企業向け旅行カタログ」が一冊出来上がる。結婚式の二次会を盛り上げるネタ情報と飲食店選びサービスが合体すると、新ビジネスが出来上がる。こうしたものについても挙げ出せばキリがない。ほかにも単純に成長業界へと参入する方法や、本当に過去に例のないニュービジネスへ参入する方法など、「○○という商売は儲かりそうかどうか?」をチェックする方法論をお話しするだけでも、もう一冊の本が出来上がってしまうほどである。このような「このビジネスは儲かりそうか?」というチェックについては、私がここで深くお話しするまでもなく、あなたも熟考した上のことだろう。だが、ほとんどの人が、もう一つの大きな問題を見落とすのである。本当に大切なチェック項目を見落とすのだ。それは、あなたがやろうとしているビジネスを、本当にスムーズに軌道に乗せていけるかどうかのチェックである。新事業や多角化について、私がここで書こうと思ったのは、「もう一つのチェック」をしないで失敗する人が後を絶たないからだ。ただ「儲かりそうだ」という理由だけで、その業界経験もないのに参入して、皆、同じ失敗を犯すのである。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.09
さて、ここまでいくつかの切り口で、業績アップヘの突破口を開くアプローチ方法をご紹介してきた。いかがだっただろうか?ただ、前にも話をしたが、業績をアップさせる突破口は、マーケティングだけに求められるものではない。会社ごとに、置かれている環境も違えば、社長の性格も違う。売っている商品の利益率も違う。社員数も違う。すべての人がそれぞれ異なるビジネスを実施している。だからこそ、解決策も100人いれば100様なのである。さて、今のあなたはどんな感じがしているのだろうか?「安定って幻想だったのか・・・」「常にスパイラルを登り続ける努力か・・・ つかの間の休息もないのか・・・」もしあなたがこんな残念な気持ちになっているとしたら、それは間違っている。なぜなら、常に張り詰める気持ちこそが「危機感」であるからだ。常に一流であるためにはそうした危機感が非常に重要なのだ。もちろん、いつか気力の限界がやってくるかもしれない。その時には「引退」するための「HOWTO」「事例」「ツール」を求めるのかもしれない。でも、そうした時がやってくるまでは、全力でスパイラルを駆け上って欲しい。私は、あなたをがっかりさせるためにこの本を書いたのではない。しっかりと未来を見据えて、安心して駆け抜けて欲しいと心から願っているのだ。こうした思考法ができるようになれば、一歩先を予測しながら経営をすることができる。そのための第一歩として、経営要素をリスト化する。そして、「HOWTO」「事例」「ツール」を書き出して、コピーして机の上に貼る、手帳に貼るなどして活用して欲しい。いつも目の前にあるだけでもいい効果が生まれるからだ。まずはそこからがスタートである。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.08
お客が商品を買うのを迷うのは何故だろうか?それは「間違った買い物をしようとしているのではないか?」というリスクを感じているからだ。であれば、あなたが提供してあげられるのは簡単なことだ。お客の感じているリスクを、あなたが肩代わりしてあげること。それだけである。例えば、「もしご購入頂いて満足いかない場合には、どうぞご返品下さい。 全額ご返金致します」このようなリスク保証の約束をするのだ。「もしこ購入頂いて満足いかない場合には、どうぞこ返品ください。 ○ヶ月以内であれぱ、こ使用後でも結構です。 全額返金します。 さらにお気に召さなかった部分を何らかの用紙にこ記入頂ければ、 全額返金と共に○○を無料進呈させて頂きます。 今後の経営に参考にさせて頂きます」こんな広告にするとさらに状況は好転するだろう。「えーっ? そりゃ、勇気いるなあ。だって・・・」そうだ。商品を買ってもらって気に入らなかったら、全額返金しなければならないわけだから、えらいことになるかもしれない。でも本当だろうか?例えば、私は教材ビデオを販売している。もちろん気に入らなければ、全額返金保証付きである。しかし、返品されてくるのはほぼ1~4%の間である。しかも、売上は全額返金保証をしないのに比べて約25%程度アップする。つまり、返金保証していなければ5万円×100=500万円。返金保証をすると、5万円×125=625万円だが、4%が返品されるとすれば、625万円×0.04=25万円が引かれる。さらに在庫がムダになるので、1万円×5=5万円。差し引き30万円の損をする。結局差し引き625万円-30万円=595万円だ。ただ返品保証を付けるだけで、95万円も増えるのである。やらない手はない。しかし、こういう話をすると、「そりゃあなたのビジネスだからだよ。 うちは○○っていう商品を売っていて・・・」とか、「うちは住宅売ってるんだよ。 返金保証なんてしようもんなら、倒産しちゃうよ」こう言う人もいる。違う違う。そうではないのだ。誰も住宅を買って返金保証をして欲しい人なんていない。もし家を建ててから気に入らなかったら返品して返金して欲しいという人がいたら、それは最初から返金を狙ってる人だ。表面的な「全額返金保証」というものをマネするのではなく、「お客の感じているリスクを肩代わりしてあげる」というコンセプトをマネして欲しいのである。例えば、注文住宅であれば、「業者に見積依頼をすると、しっこく営業されるのではないか?」というリスクを感じている。「弊社に見積のこ依頼をして頂いても、その後電話や訪問セールス などをすることは一切ありません。 お約束します。 見積書をこ覧頂いて買うのをやめるのもご自由です。 さらに買うのを辞めた理由を何らかの用紙にこ記入頂ければ、 ○○を無料で進呈いたします。 今後の経営に大きなヒントを頂けるからです」こうした文面が広告に掲載されていたとしたらどうだろうか?これは文字通り、お客のリスクをあなたが肩代わりしてあげることにはならないだろうか?(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.07
ズバリ言おう。世界一の巨大企業から、個人事業者まで、すべての経営者はマスコミの活用をもっと重視すべきである。マスコミが取材したくなる企画を考えて、そのニュースをマスコミ各社へプレスリリースする。あなたが製作して、あなたがファックスすればいいのだ。そのほかにもマスコミに掲載してもらえれば、1.マスコミスパイラルが起きる。 取材履歴を見た他のマスコミがまた取材を申し込んでくるからだ2.広告は誰も信用しないが、マスコミに取材されると信用される3.マスコミに掲載されたことで顧客が増えなくても、 その掲載履歴は営業活動の時にコピーして使うことで信用が得られる。 もちろん事前に確認しておけば、名刺の裏側に書くのもOK4.取り上げられ方によっては、3年分ほどの顧客が殺到する5.自分が勤めている会社がマスコミに取り上げられるのは、 社員の誇りになるただ、こう言われても、ほとんどの人はピンとこないはずだ。なぜなら、私も同じだったからである。しかも、「まさか、私の会社がマスコミに取材される理由がないじゃないか」と思ってしまうのである。「マスコミが俺なんて取材してくれるはずがない」そう思い込んでいる人が多いのかもしれない。そうではない。マスコミが掲載したくなるような企画を考えるのである。マスコミにも様々なものがある。だから、あなたが取材されたいマスコミを徹底的に研究するのはもちろんだ。ただ、マスコミのお客は一般の読者であり視聴者である。それを念頭に置いた上で、どのような企画をしていけば良いのかを考えるのだ。マスコミに掲載される方法は、主に2種類ある。全国媒体に掲載されるのを狙う方法。地元新聞などのメディアを狙い撃ちして掲載してもらう方法。例えば、あなたが地域密着型のビジネスを展開しているとしよう。だとすれば全国新聞に掲載されても意味がない。ましてや東京の人が、読売新聞の九州版に掲載されても仕方がない。その場合には、ある特定のマスコミを狙い撃ちすることになる。また、全国がターゲットである場合には、媒体を選ぶ意味がない。どんなマスコミメディアでも全国媒体であればいいからだ。マスコミに掲載されるための具体的な方法は、様々な本が出ているはずだ。それを参考にすればいい。ただ、私から補足しておくとすれば、次の4点である。1.あなたが取材されたい新聞なりテレビなりがあるのなら、 少なくともその新聞でどのような記事が掲載されているのか? 記事になりやすい出来事や切り口というのを研究しておくこと2.何もしないのにマスコミに掲載されるはずがない。 マスコミが掲載したくなるようなことがなければ企画すること。 例えば、社会貢献的な活動をする、独自のアンケートをしてみる。 もしくは「初」と付くことをする。 日本初、○○地域初、業界初、何でも構わないはずだ3.定期的にマスコミへのアプローチをする。 一度ダメでも記事にならないというわけではない。 取材する側も、そのタイミングで特ダネがあれば あなたの記事はあきらめる。 しかし、暇になれば記事になるかもしれない。 一度ダメでも最低3度はチャレンジしてみて欲しい。 それ以降はもう少し切り口や企画を変更してみるのも一案であるこうしてマスコミへのアプローチをしていくのである。もちろん、マスコミといっても、地元の新聞に「こんなニューサービスが地元で生まれた」という紹介のされ方もあるし、「こんなタイプの新しいお店ができた」だとか、「こんな人がいる」という紹介のされ方もある。いろんな紹介のされ方、取材のされ方はあるが、数多くの経営者にお会いすると、やはり成功していく過程では、みんな何らかの形でマスコミに紹介されていることが多い。テレビ番組、雑誌、新聞などの各種マスコミが取り上げたくなるようなプレスリリースをどうやってやるか?そのHOWTO、事例、ツールについては、参考にできる書籍もいくつか出ている。巻末に掲載しているので参考にして頂きたい。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.06
どのような業界でもある一定の成功を収める方法がある。それは、お客様の使用感想の声・推薦の声を活用するという手法である。もちろん、会社を始めたばかりの人にはお客がいない。その場合には、知り合いなどをたどって、推薦の声を書いてもらうのも良いだろう。まず実際に推薦の声を頂きたい方に、あなたの事業について詳細に説明する。そして推薦の声を書いてもらう。それを販促資料やホームページで活用するのだ。推薦の声は、先生と呼ばれている肩書きの人が効果的である。医者、政治、学校の先生、校長先生、各種コンサルタント、弁護士などの資格保有者、お茶の先生・・・そうした方々に推薦をもらうのが非常に効果が高い。そんなお客はいない?そんな先生知らないって?厳しいことを言うようであるが、もしあなたが必死になっても、お客さまの声一つ、推薦の声一つ獲得することができないのであれば、そのビジネスはやめておいたほうが賢明だ。なぜなら、商品・サービスを販売するわけでもなく、ただ単に説明して声を書いてもらうという行為さえ不可能な商品・サービスが、どうして見ず知らずの人に売れるだろうか?例えばお医者様。同じ手術の技術力でも、「うちの手術は確実で良いですよ」と医者本人が言うのは信用できないが、「あのお医者さんは非常に真面目で確かな技術を持っている。安心して推薦したい」という声をあるお茶の先生が書いていたとする。そのほうが余程説得力がある。なぜ、こうしたお客の声というのが説得に効果的かというと、人は自分で考えたくないのである。面倒臭いのだ。できることなら考えなくて済む方法を取りたいのである。それはすなわち、「安全に同調したい」という欲求なのである。お客さんからの声はとにかく沢山あったほうがいい。推薦の声は、とにかく沢山あったほうがいいのである。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.05
100人の法則は、今あなたに必要な経営課題の解決のヒントを与えてくれる。私の例では、こんなエピソードがあるので紹介しよう。●飛び込み営業のコツを教えてもらう私は経営1年目に、売上がなくて困っていた。だから、営業手法について上手になりたい。それを何かあるごとに言っていたのである。すると、ある時、喫茶店で作業服を着た人と相席になった。「いいですか? ここ・・・」「ああ、いいっすよ」たったそれだけの会話で、二人とも漫画を読んでいた。すると、彼が地図を取り出して何かを確認し始めたのである。それはここら辺の地域の住宅地図であった。私はすぐにピンときた。この人は訪問販売の営業マンだ。そこで私は質問してみた。「何かの営業をされてるんですか?」「ええぇ、まあ」「何の?」「太陽熱温水器」「売れます?」「なかなか売れないよ」「なんか良い方法ないですかね」「あんた何やってるの?」「リフォームです。 飛び込み営業のやり方が分からないんですよ。 教えてくれませんか?」「数だよ。 数」「なるほど。 やっぱり数ですか」「なかなか門扉を開けてくれないですよね」「そんなもん。 門扉なんて自分で開けて入って行くんだよ。 そんなところでインターホン押したらダメ。 ほとんどダメ」「セールスお断りも多いですよね」「それが狙い目なんだよ。 セールスお断りってのは、訪販に弱いってことだからね。 あと俺らは、屋根の上に温水器乗ってる家に行くんだよ」「えーっ? だってもう乗ってるのに?」「温水器乗ってるってことは、訪販にやられたんだよ。 そういう家は、訪販に弱いんだよ。 だから、二台目を乗せさせるんだよ」「はぁ・・・」やってることは滅茶苦茶だが、セールスについては理にかなったことも言っている。私は良いところだけをマネしてみることにした。すると、今まではなかなか会うことさえできなかった奥さんたちに、結構な確率で会うことができるようになってきたの。実を言うと、飛び込み営業のノウハウについて質問したのは、この人が初めてではなかった。100人に言っていると、それだけでこんな生きた知恵がどこからか得られてくるのである。私がそうやって得られた知識は、次のようなものであった。・門のインターホンを押さないで、先に玄関まで行ってしまうこと。 そうじゃないと会ってくれない・「猛犬注意」「セールスマンお断り」というシールを貼っている家は 逆に狙い目。 どうしてかと言うと、そういうトラップにかかってしまうかもしれない という弱さを感じているから、シールを貼って牽制しているということ・玄関ドアの覗き穴を人差し指で押さえてピンポンと鳴らすと 人が出てくる可能性が高まる。 なぜか? それは人差し指で押さえると、中から見ると真っ赤に見えるからだ。 だから不思議がって出てきてしまう。 私は面白いからしょっちゅうやっていたもちろん、この通りやっても肝心の契約はなかなか取れない。また、試行錯誤の始まりである。●広告の作り方を教えてもらうそこで、私はまたいろいろな人に言って回った。するとある建材屋さんの社長さんから、業界新聞を紹介してもらえた。その中に本の広告が掲載されていたのである。私は書店に行き、その本を手に取った。本を買うだけのお金がない。もったいないのである。だから、本屋さんで立ち読みすることにした。必死で読んだ本の中に、住宅リフォーム会社の成功事例が掲載されていた。私はその会社の電話番号を調べた。そして電話をして、また100人のお願いをしたのである。「なるほどね。 一回おいで。 いいよ」私は会ってくれる社長にお礼を言って、訪問することにした。すると、その社長は「こういうチラシをこういうふうに撒くとうまくいく」みたいな話をしてくれる。正直言って「本当か?」と疑いたくなるような話だった。しかし、私は言われるがままにマネさせてもらったのである。早く言えば、パクったわけである。当時の彼は2500枚で1件ぐらいの電話が鳴ると言ってくれた。しかし、私のほうは7000枚で1件程度である。当時はチラシの印刷コストも高かった。枚数を印刷しないので割高になるのである。一枚のチラシを印刷して折込むのに、印刷代が3円。折込代が2.5円。合計で5.5円である。3万8500円かけて1件の電話。しかし、電話が鳴るだけで契約ではない。単なる見積依頼である。契約できるのは7割。計算上は、1件の契約をいただくのに5万5000円近くのコストがかかるわけだ。当時、私の1件あたりの単価は35万円程度。利益率は3割程度だったから、10万円ぐらいが手元に残る。販促コストを差し引けば、5万円程度が残る計算だ。しかし、それでは人を雇用することができない。うまくいかない理由が分からない。私は、不思議だった。なぜあの社長だとうまくいって、私だとうまくいかないのか?そこで私は電話をしてくる客に1件1件、電話口で質問をしていった。「ところで、チラシのどこが良くてお電話頂けたんですか? たくさんチラシはあるでしょ?」すると、顧客はいろいろなことを教えてくれた。それらをすべてチラシに反映した。また同時に、「チラシには、ほかにも○○っていう工事も載ってますけど、 どうしてそれは興味ないのです? 結構安いと思うんですけど・・・」という質問に対しても、顧客はいろいろなことを教えてくれる。私は、それらもすべてチラシヘと反映させていった。気が付くと、もともと社長から教えてもらったチラシの原型はほとんど残っていなかった。でも、チラシの反応は2500枚で1件になっていたのである。私がこれらの成功を収めることができたのは、突き詰めていけば「100人の法則」である。念ずるだけではいけない。話すのである。もしくは、具体的に質問するのだ。日本では、以心伝心という言葉がある。男は黙って云々という考え方もある。ともすると、ペラペラ話す人間は軽んじられる傾向もある。自分の思いを主張しないのが美徳とさえ言われる。私はそうは思わない。恥ずべきことなど世の中には存在しない。必要なのは素直さなのである。素直な心ですべての人々に教えを請う。知りたいことを具体的に質問するスキルこそが、大切なのだ。適切な質問は、適切な答えにつながるからだ。コンサルタントという仕事をやっていながら、こうしたことを言うのは自分の首を絞めることでもあるが、あえて言おう。コンサルタント一人の頭の中よりも、世の中に教えを請うほうが余程得られるものは大きいのだ。素直さを持って100人に教えを請う。お願いをする。ストレートに心から。黙っていても相手にはなかなか伝わらない。もちろんお願いをするわけだから、「ありがとう」の気持ちを忘れてはならない。感謝の気持ちを持たなければならない。持ちながら、それでもお願いするのである。素直さと感謝の気持ちは必ず相手に届くと思うのである。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.04
「100人の法則」とか仰々しいネーミングを付けているが、ご容赦頂きたい。目次で100人の法則とか書いてある方が、読みたくなるでしょ?これも工夫だ。なんてことはない。100人に話をしていると、何でも夢がかなうという法則だ。そんなバカなと言われるかもしれない。でもこれは本当なのである。実際には、ただそれだけなので、こんな簡単なことを、さも価値あるような言い方をしていいのか?そんなふうに感じてしまう。それぐらい私にとっては、当たり前のやり方なのである。でも、100人の法則の話をすると、多くの人が納得するのだ。次々と実践して結果を出してくれる。私としても、これほど面白いことはない。もちろんあなたにもお話ししよう。それは、自分の思いを100人に言うということである。簡単にその手順を説明しよう。1.何を望むのか? できるだけ具体的に5W2Hで書き出す2.それを100人に伝える以上である。簡単でしょ?例えば私がテレビに取材されたいとしよう。であれば、5W2Hを明確にする。・いつ? → いつでもいい・どこで? → 日本中であればどこへでも行く・誰が? → 私・誰と? → 誰でも構わない・何を? → 業績アッブについての専門家としてなら何でも話す・何を? → なぜ儲かるのか? なぜ儲からないのか? についてであれば、誰よりも的確にコメントできる・なぜ? → 有名になりたいから・どうやって? → 分からない・いくらで? → お金は一切いらない。無料で。交通費も自分で出すここまで明確にしたら十分だ。それについて100人に伝えまくる。100人? 誰かって?誰でも構わない。そんなところで人を選んでいたら、それこそ100人なんて達成できない。ところ構わず、誰でも構わない。とにかく100人にあなたの思いを伝えるのである。私であれば、セミナーで出会った人、新幹線で一緒になった人、久しぶりに会った友人、仕事仲間、スタッフ、出版社の人、クライアントさん・・・。メールでも構わないが、メールだと100人では済まなくなるだろう。こうしてテレビに出たい出たいと言っていると、そのうち、ワンパターンの回答が得られる時がある。それは次のような反応である。「テレビって、例えばどんな?」とかいう反応だ。ほとんどは「テレビ出たいんだ。ふーん。俺はちょっと知らないなあ」というものである。それでも良いのである。その人の頭の中にちょっとでも残れば良いからである。そうやって100人の中に、あなたがテレビに出たいという記憶が残ると、100人が何らかのキッカケでそうした関係の人にチャンスなりを目の当たりにした時に、あなたの顔が思い浮かぶわけだ。通常、私や私のクライアントさんの経験から100人までいかないうちに、何らかの情報が得られるものなのである。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.03
世の中の会社は、【自分が何を売っているのか】をしっかりと理解しようとしない。その証拠に「あなたが売っているのは、いったい何だろうか?」という質問に答えてみて欲しいのである。あなただけは、深く考えて欲しい。そうすると、世の中のほとんどの売り手は、「お客は、商品・サービスを買ってくれている」と答える。しかし、大いなる勘違いなのである。実際には違うのである。ハッキリ言おう。お客は、商品やサービスにお金を払っているのではない。「自分の欲求を満たしてくれる手段」を手に入れようとしているに過ぎないのである。つまり、商品・サービスではなく、それを手に入れることで得られる便益にお金を払ってくれるのだ。例えば化粧品。お客は「化粧品の液体」にお金を払っているのではない。化粧品を使って「綺麗になる。精麗になったねと言われる」という可能性にお金を払っているのだ。同じようにDVDソフトならば、プラスティック円盤にお金を払うわけではない。DVDを使って「楽しい時間を過ごせる」というメリットにお金を払う。住宅にお金を払っているのではない。住宅を手に入れることで得られるさまざまなメリットにお金を払うのである。きっと驚くはずである。あなたの商品・サービスについて、一度だけでも考えてみて欲しい。お客が望んでいるものというのが、どれだけ多いことか!だからこそ、商品・サービスを販売するだけでなく、お客が望む「HOWTO」を付加するのである。例えば、二世帯家族に対して、「気兼ねなく友達が呼べる二世帯住宅の間取りの取り方」というHOWTOをくっつけて売ってはどうだろうか?同じように、スーパーは食材という商品を売るだけではなく、HOWTOを付加することも可能なはずである。より安心して食べてもらうために、産地や生産者の声、流通過程の紹介をするのは今や当然。それ以上に「HOWTOを付加する」のである。◆普通の調味料でできる! ピーマン嫌いの子供が美味しく食べるレシピのA4チラシを、 ピーマンとセットで売る◆サプリメントよりもこの一枚! 目的別の野菜ジュースの作り方チラシを店頭に置く。 それと一緒に野菜と果物と調味料を売る もちろん、チラシだけ持ち帰られないように、 うまくパッケージングする工夫も大切だ。何か売れそうな気がしてくるはずだ。その通り!商品そのものだけを売るのではない。こうして「HOWTO」を付加していくという方法論を実践すると、ビジネスがジェットコースターのように加速し始めることは本当に多い。もちろん、こうした突破口を実践すると、商品棚のレイアウトが変化することだろう。レジを打つパートの教育も必要になってくるだろう。結局、一つの突破口が見つかると、トルネードツリーのスパイラルを登ることになり、経営要素がすべて変化していかざるを得なくなる。しかし、そうした苦労も突破口さえ見つかれば、苦にならないのではないだろうか?繰り返す。「お客様は、あなたの商品・サービスにお金を払うことで、何を望んでいるのだろうか?」業績を伸ばす突破口は、この質問に深く答えていくところにある。 (後略)(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.02
これまでは、トルネードツリーという成長スパイラルを登りながら、「マルチフォーカス全体思考法」を実践していくことについて話をしてきた。これからは、トルネードツリーを登っていくときの効果的なアプローチ法について述べていこうと思う。私は、コンサルタントという仕事柄、本当に数多くの経営を見てきている。トルネードツリーの成長スパイラルを登ることができずに、同じところをグルグル回っていた会社が、急速に成長し始めるところを数多く見てきた。スパイラルを下降しつつある会社が、何とか息を吹き返していく姿も見てきた。もちろん、業績をアップしていく突破口というのは一つではない。マーケティングの取り組みによって、それが突破口になって会社全体が変化を始めることもある。社員の評価基準を見直すことで士気が上がり、それが突破口になって会社全体が変化していくこともある。借入金の返済方法を見直すリスケジュールをすることで財務状況が改善し、それが突破口となって会社が変化をしていくこともある。それこそ、突破口はマーケティングだけに求められるものでもない。なぜなら、会社ごとに、置かれている環境も違えば社長の性格も違う。売っている商品の利益率も違う。社員数も違う。すべての人がそれぞれ異なるビジネスを実施している。だからこそ、解決策も100人いれば100様なのである。ただ、私はマーケティング・コンサルタントである。だからこそ、ここでは私なりの突破口の開き方をご紹介していく。マーケティング・コンサルタントとして、「このアプローチ法を実践すると、相当な高確率で突破口が開く」という手法があるのも事実だからだ。以下に、マーケティング・コンサルタントならではの切り口で、そうした突破口を開くアプローチ方法についてお話していこう。(『会社を成長させるために絶対に必要なこと』佐藤昌弘著より)
2004.10.01
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