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■数字アレルギーの経営者私は、経営者とは人並み以上に「損得計算」に優れた人種だと思っている。しかし「あなたは数字に強いですか?」と問いかけて、すぐさま「ハイ!」と返事ができる人は100人いて5人もいないのではないかとも思う。著者白身も、「数字に強いか」と聞かれれば「いいえ! 弱いです」と答えざるをえない。暗算で何桁もある数字を自在に足したり割ったりする人を見ると、感心するばかりだ。私の子供の頃、どうしてもソロバン一級が取れなかった。暗算していると頭の中でソロバンのタマがいつも途中で消えてしまったからだ。私の秘書に半ば命令のように持たされた自分の携帯電話の番号も覚えられずに、秘書からあきれられているのである。もっとも皆さんも私ほどではないにしても、似たり寄ったりの方が多いのではないだろうか。ところが世の中には、・いろいろな数字をたちどころに記憶できる人 =他人の電話番号や、誕生日や、車両番号の数字を正確に覚えて いられる人や、・暗算ができる人 =割勘の一人負担分をさっと暗算したり、海外の土産屋で外貨を 日本円に換算したり、パーセンテージを暗算で答える人が必ずいる。そんな人たちを目の当たりにすると、へえっ!と驚くと共に「俺にはその才能はない」「脳の構造が違うようだ」とつくづく感じさせられてしまう。そして「俺は数字が弱い」という思いがいつのまにか頭に染み込んでしまう。どうも経営者の多くには、独特の数字アレルギーがあるように思えてならない。日本の教育制度の欠陥だと大げさに言うつもりはないが、幼い頃から数字の羅列をいやいや暗記させられ、記憶力や計算の確かさを○×試験で競わされてきたことがトラウマ(心の古きず)になっているのだろうか。そこまでなら社会生活に順応するための義務としての最低知識レベルなのだろうが、さらに微分積分だ確率だと高度な数学のお勉強になると、苦手な人も出ようというものである。人間には向き不向きがある。失礼だが、経営者になるような人は、子供の頃に○×試験でいつも優秀な成績を上げていたガリ勉の優等生タイプ、算数とか数学でいつも満点をとっていたようなタイプは少ないのではないだろうか。だから人から「数字に強いか」と聞かれれば、頭をかきながら「弱い」と答えざるを得ないと思っている。しかし企業経営にとって、先に挙げたような人が数字に強いといえるだろうか?ノーである。単に記憶力がいい、計算が速くできるだけのことである。経営者にとって、数値を記憶したり、いかに早く正確に計算するかはどうでもいいことだ。経営者は、『その数値をみて良い、悪い、普通と「質的な価値判断」ができる』『また数値をみて多い、少ない、普通と「量的な価値判断」ができる』ことが肝心なのである。たとえば当月の売上高が多いのか少ないのか、粗利率が良いのか悪いのか、経営数値の価値判断が正しくできることが肝心だ。この場合は、「数字に強い」というより「数字に明るい」と言うべきかもしれない。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.31
「苦界の女郎」といっても、若い方はおわかりにならないだろうが、昔は花街に前借金で売られてきた女性たちがいた。彼女たちは年季奉公が明けると自由になれる約束であった。それまでは色香を売って稼ぎ、借金を返して自由の身になることを夢みて働かされた。しかし、それを商売にしている雇い主はその娘たちに衣服、かんざし、履き物、化粧品などとその時代の先端の高級品を見せては、さらに借金させて、身につけるように差し向けた。前借りがその都度追加されるから、借金を返しているようで遅々として返済が進まず、年季明けは一向に訪れない。これは実は大昔の話ではなく、もしかしたら今も東京の銀座や大阪の新地の高級クラブで、美女たちが前借りを続け一向に減らない借金返済のために働き続けているかもしれない。そして借金不感症になっている社長をみると、誠に失礼ながら、私は借金づけの苦界の女郎と変わらないのではないかと思ってしまう。禅寺で参禅の折、食事の前にお経を唱えるが、四つ目に「正に良薬を事とするは形枯を療ぜんがためなり」という言葉がある。「今いただくお食事は自分の肉体が枯れていかない分だけ、体が枯れないためにいただきます」という意味で、過食を戒めている。私は経営者の皆さんに改めてお聞きしたい。借金してまで何をしたいのですかと。土地や建物や売上を飾り物にしてはいけない。華美は絶対にいけない。もちろん見栄っ張りな会社、社長が一番困る。しっかりした事業計画があっての上で借りるのでしょうねと。あなたは次にあげるどちらのタイプの社長であろうか。--------------------見栄っ張り、甘々社長 ●銀行や外部(取引先)の目を気にして、利益を出したい ●税務署にクチクチ、クチクチ言われるのが嫌で利益を出す ●高額所得ランキングの上位として地方誌に出たい ●業界団体の長を引き受ける ●外車や運転手付き車両に乗りたい ●社員にはいい善人社長だと見られたい--------------------ドケチ、ケチケチ社長 ●販売先、親会社、地域から儲けていると見られたくない、利益は極力抑えたい ●税金を取られるのが大嫌いで、常日頃、節税ばかり頭にある ●高額所得者の名簿には会社も個人も出したくない ●業界団体には極力出ない ●国産車でよい、自分で運転する方が気楽だ ●厳しい社長だと見られて結構--------------------先に記したように現預金が通帳にいくらあっても、もし借入金があれば、それは会社の金ではなく、貸してくれた銀行のものだ。これがわからずに、ご自身の夢の実現も人生の充実もままならず、結局は銀行のために、一生あくせく働くアホな経営者がいっぱいいらっしゃる。本当に残念なことだと思う。借りたものは返す。約束通り、計画を立てて返済していく。借金がなくなれば個人も会社も本当に自由で、真の安心がある。そうでなければ、いかに見かけは立派でも、借金の多い会社は、実は「弱い会社」にすぎない。このような厳しい時期に資金繰りでつまずかないためには、利益の出ているうちに自社の資産の中から、利益を稼いでいないムダな使途を取り除いて、その分の調達資金をB/Sの右側の有利子負債である他人資本から確実に減らしていくことである。増収増益はいつまでも続かない。「まさか」という売上低下の時が必ず訪れる。そのためにはまず経営の最高責任者である社長が「わが社をカタ太り体質にする」と決意することだ。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.30
近年、大手都市銀行が政府系の住宅金融公庫より安い金利の個人向け住宅ローンを企画して販売攻勢をかけている、と新聞やテレビが報じている。35年前、私が住宅ローンを都市銀行で組んだとき「個人貸付は手間がかかって、決して歓迎していませんがね」と嫌味を言われた頃とは大違いだ。なぜ大手銀行でも個人向けの融資に熱心になってきたのか、その理由をご存知だろうか?答えは簡単。大企業や中堅の優良企業がどんどん借入金を返済しているからなのである。なぜ借入金を返済するのか理由は二つ。第一に、グローバルスタンダード下、企業の格付けを少しでも上げて、世界各国からスムーズに資金調達したいからである。そのためには収益性を示す世界共通の指標であるROA(Return on Assets=総資本利益率)の数値をあげなければならない。そこで自己資本比率を高めようと借入金をどんどん返している。第二に、企業財務がキャッシュフロー(使える生きたカネ)中心になったことがあげられる。会社の資産として「預貯金」がたとえば10億円あったとしても、負債である「借入金」と両建てになっており、その大部分は取り崩して使うことができない会社が実に多い。そのために投資有価証券を売り、遊休資産を売却し、流動資産を圧縮してキャッシュフローを生み出して借入金を返していく。したがって銀行には、個人の預金と優良企業の返済金でカネが余っている。銀行は預り金がいくらあっても、どこかへ貸して金利を稼がないと商売にならない。だから焦げつく心配のない会社には、すり寄りこそすれ、決して「借入金を返せ」とは言わない。もちろん銀行自体も、自己資本比率の改善が迫られているから、「貸し渋り」「貸し剥がし」などが話題にされているが、優良企業から金を返されると困るのが実状なのだ。それなのに、「大手銀行から、お宅なら必要資金をご用立てしますと言われてね」とまんざらでもない顔をされる社長が多いのには困ったものである。若い創業の時代には、担保もなく資金調達に苦しんだ経験を誰もがお持ちだろう。だから使い道がなくても、とりあえず借入してしまうのではないか。「金利が低いから借りておく」という社長は、トラウマ(昔被った心のキズ)にとらわれているとしか考えられない。「借金も会社の実力のうち」といまだにお考えの社長はさすがに減ってきたと思うが、それでもなお事業経営に借金は不可欠と考える社長が大半だと思う。そういう経営者には、前に紹介した事例をもう一度読み返して頂きたいのである。もしあなたの会社を儲け続ける「強い会社」にしたければ、「借金はないほうがよい」「もし借りても借りたカネはできるだけ早く返す」のが常識でなければならない。インフレ時代は「カネ」を「モノ」に換え、「モノ」で貯蓄する。デフレ時代は「モノ」を「カネ」に換金し、「カネ」で貯蓄する。これは経済の鉄則である。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.29
私「社長、御社は借入金の多い会社ですね」社長「ええ、まあ多いかもしれませんね。 地元の金融機関がいろいろとわが社に目をかけてくれましてね、 おつき合いということもありますし」私「しかし社長、借入総額は長短合わせてこの近年少しも 減っている傾向がないんですが・・・」社長「日本全国こういった景気環境ですから、いつなんどき 借入しないといけないかもしれません。 銀行も今ひとつ頼りないので、安全のためにちょっと多めに 借りています」私「しかし短期借入金の方が多く、単名ころがしてやっていらっしゃる のでしょう? すぐに返済というか切り替えが来るのでは?」社長「お言葉ですが、このごろの借入金利は空前の安さではありませんか。 短期で借りた方が絶対得ではありませんか?」このところご相談にみえる社長と私とで、会社の借入金について、このような問答が繰り返されることが多い。そして多くの社長に共通している考え方は、「銀行が日参して借りろというから惜りた」「急に言っても貸してくれないので、今のうちに借りておく」「担保も書類作成もいらないから単名手形を銀行に差し入れて借りている」「短期借入は金利が安いから長期借入より得だ」「金融機関とのつき合い」、また「支店長がいい人で顔をたてて借りた」「現金は預貯金にして銀行においておけば安心だしいつでも使える」等々である。皆さんはどうお考えだろうか。私は「強い会社」にするために、いかに会社の借入金を減らそうかと努力する。しかし、先ほどの会社の社長をはじめとして銀行から借りることばかり考えて、返すことを本心から真剣に考えている社長が少ないのにはほとほと困り果てる。では会社の借金ではなく、個人の借金ならどうであろうか?同じ社長に「個人の借金は返さなくてもいいのか?」と尋ねると、ほとんど例外なく「それは少しでも早く返すべきだ」とおっしゃる。会社の借入金が年を追って増えていく、また増えなくても一向に減らない会社の社長は、個人の借金はできるだけ早く返すべきだが、会社の借金はむしろ返さない方がよいと、お考えになっているのだろう。これはおかしなことではないか。会社の借入金については「借金不感症」という自覚症状の出にくいやっかいな病気になっているというしかない。私の友人で建築写真家の村田義彦氏は川柳作家でもあるが、「血糖値、下がる量だけ酒を飲む」と詠んでいる。それを頂いて、私の句「借入金返した分量また借りる」(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.28
私は、「財産」という言葉と「資産」という言葉を意図して使い分けている。ところが世間では両者を混同し、そのために経営者の中にはとんでもない失敗をしでかす人が出てくる。私は「財産」と「資産」を次のように使い分けている。■財産 個人が蓄え、実所有している現預金・有価証券・不動産の類■資産 会社が経営活動のために準備した現預金・商品・土地・建物設備の類そして「財産」という言葉は、個人に対して使うべきだと私は考えている。個人の財産とは、就業等の個人の収入の中から蓄えた現預金、それらを不動産や有価証券等に形を変えて保全・所有したものを言う。たとえ信用で個人用の家屋や土地を新たに購入して、それらを銀行借入に頼ったとしても、毎月、毎年の返済でそれをゼロにすべく努力していくものである。にわか成り金やぽっと出のタレントが高級車をローンで乗り、豪邸を賃貸で借りている人を財産家とは世間で本来言わない。財産家といえば、全ての財産が銀行の担保に入らず、急激に評価の下がらない物財や現金で持っている人をいう。一方、資産は、企業が利益をあげるためにその手段として持っているものだ。工場とか物流センターとか店舗等の固定資産が商売上必要となり、また、その企業活動の中で商品在庫、売掛金等の流動資産が必要となり所有し、それらを資産という。これらの資産は、信用調達(仕入業者や納入業者に支払猶予期間を頂き待って頂く)や金融調達(銀行等からの借入)をして、まかなっているのがほとんどで、本当に自己調達しているかどうかは、立派な建物や工場を外から見てもわからない。本社ビルも工場も銀行の借入でまかない、返済もまだほとんど終えていなければ、実質の所有者は銀行といえなくはない。よしんば本社ビルも工場も借金することなく自己資金で購入し、あちこちに広大な土地を自前の資金で所有していたとしても、資産をたくさん所有して素晴らしい会社だとはいえない。資産はあくまで事業をして儲ける手段として持っている。ここが大事なところである。個人の財産は多い方がよいと思うが、企業の資産は多い少ないではなく、儲けるための手段であればよく、それらの資産を使っていくら稼いだかに意味がある。つまり企業経営にとって肝心なことは、総資本(資産)利益率であって、総資産の多い少ないではないということを、本当にご理解頂きたいのである。 (後略)(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.27
筆者の私事で恐縮であるが、創業の頃のことである。私は1984年2月に、資本金1000万円で独立開業した。今の事務所を借りるには600万円の保証金がまず必要であった。そして事務所の内装、事務備品、電話などでたちまちお金が出ていき、預金は100万円を切る有様であった。コンサルタント会社にサラリーマンとして勤務をしている時には、ペンも消しゴムもセロテープもクリップもあらゆる事務備品はもちろん、目の前にあるものは会社経費で用意されていた。ところが独立してみると消しゴムひとつでも自分で購入せねばならず、創業経営者ならおわかり頂けると思うが、手許の現金がその都度減っていくことは、それはそれは心細いものであった。しかしそうはいっても、仕事は大きな設備も在庫も要るわけでなく、他の業種からみれば恵まれているとは思っていたのだが。そんなとき私の第一号のクライアント(依頼人)のM社長から電話が入った。「指導料の請求書は前月の20日までにくださいね」私は一瞬その意昧がわからなかった。「独立された時はお金が必要でしょう。今月の指導料は今月の末日には欲しいでしょう。それには前月の20日までに請求書が入ってないと、わが社ではお支払いできないんですよ」そのときのM社長のご配慮が身に染みて嬉しかったことを今でも忘れていない。サラリーマン本部長であった時は、指導売上を考えても回収などは考えていなかった。しかし独立してみると、社員に払う給料日がなぜこんなに早くくるのかとつい思ってしまう。サラリーマン時代には、なぜ給料日がこんなに遅いのかとしか考えられなかったのに。立場が変わればこうも価値観が変わるのかと驚いたものである。月末に入る予定のものが入らないと、給料を払ってしまっていいのかと、つい考えてしまうのだ。そこで私は「よし売掛金のない会社にしてやろう」と思い、全てのクライアントに締切日と支払日を聞き、請求書を早く出し料金は全て当月までに頂くというルールにした。おかげでわが社の決算書には創業以来、売掛金と棚卸在庫が存在しない。要は経営者が「思うこと」がなければ始まらない。そこからスタートして、そして考えて、工夫することである。朝市のおばさんも夜店のおっさんもラーメン屋台のお兄ちゃんも、資産がないと商売できないなどと考えない。在庫が「あっても」仕入れたモノはできるだけ早く売り切って、「ない」ようにしている。その日の商売が終わって在庫なし、あるいは月末に在庫ゼロにすればよいのである。そして現金売り、回収期間もゼロである。多くの固定資産を持たず、売りものを早くゲンナマに変える回転発想、これは事業の原点といえるものなのだ。いかなる景況でも、どんなに消費者が変わっても、確実な利益を出し続ける経営ができるかどうかは、このことを社長が理解できるかどうかにかかっている。 (後略)(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.26
現金商売・即日完売で元手の回転を早くすると、次の3つの利益が出てくる。①利益が複利になるたとえば粗利3割の商品を、一日で完売し現金回収する場合と、一週間分まとめて仕入れて完売した場合を考えていただきたい。どちらも完売したのだから、儲けは同じ3割だろうか?厳密に、言えば、一日ごとに得た利益は一週間分の帳尻とでは複利分増えることになる。②在庫経費がゼロそんな複利分の増益など、一週間分まとめて仕入値を安くできたら、どうでもよい額ではないか?と思われるかもしれない。しかし6日の余分な在庫をもつには、それだけおカネを寝かせなければならない。そのおカネの金利分だけロスが発生し、儲けを食うことになる。もし仕入代金を借金するなら金利はさらに大きくなる。また在庫を野ざらしにして保管するわけにはいかないから、しかるべく保管場所が必要になり、その家賃分がロスになる。もし火事で焼けたら大変だと保険をかけたらそれも経費だ。さらにこの在庫を管理する人手を考えると経費はどんどん膨らみ、その分、儲けを圧迫することになる。その日に売り切る分だけの仕入なら、こうした経費は全くいらないのである。③在庫ロスが発生しない予測には必ず見込み違いがつきものだ。売れるはずだと仕入れても売れ残ったり、思ったより鮮度が下がって売り物にならなくなったりして、必ず在庫ロスが発生する。もちろん一日だけの仕入でもロスはある程度発生するが、一週間分まとめた仕入のロスとは比べものにならない。つまり、元手の回転を速くするということは、「利益をより高め、経費をより低める」分だけ儲けが増える。もし商売の元手が10億円、100億円であれば、この収益差はとんでもない大きな額になるのである。この朝市のおばさんの商法を、なぜ学ぼうとしないのか?ここで読者の声が聞こえてくる。「おっしゃることはわかるが、いかにもウス商いの屋台のおばさんでは、とてもじゃないが私たちの参考にならない」と。ではトヨタ自動車なら参考になるのか?実は、この朝市のおばさんの高回転商法を、もっともよく経営にとり入れたのがトヨタ自動車とユダヤ商人だと申しあげたら、まさかと思われるかも知れない。トヨタ自動車は売上28兆円、利益1.5兆円(2003年度、連結)の世界的な巨大企業にして超がつく高収益企業だ。もちろん朝市のおばさんの小商いとはケタが違いすぎる。しかしその高収益の根底には、「おカネをモノに変えたら寝かせることなく即座に売っておカネを回収する」高回転経営、「稼がない資産にはビタ一文使わない」総資産(総資本)利益率のあくなき追求がある。よく知られているトヨタの「ジャストインタイム」「カンバン方式生産」にしても、その根本をたどれば、元手であるおカネの高回転経営であり、その原点は朝市のおばさん商法にたどりつくのである。後で述べるが、商売上手として世界的に知られるユダヤ商人や華僑も、実は、「現金第一主義で、少ない元手を効率的に回して稼ぐ朝市のおばさん」と同じ考え方を貫いているのだ。「朝市のおばさん商法畏るべし」である。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.25

一週間ばかりアメリカに行っていましたが、テロもなく、無事帰国しました。一番面白かったのは、砂漠でバギー。(ハマル)気に入った店はココ http://www.kingsseafood.com
2004.01.24
輪島の朝市をはじめとして、私は露店が並ぶ市が好きで、縁日の夜店でイカ焼きをほお張るのも好きである。ところで朝市のおばさんであろうが、イカ焼きのおっさんであろうが、商品を仕入れてお客に売って利益を稼いでいるのだから経営者の一人である。あるとき、朝市でおばさんたちの商売のやり方をずっと眺めながら考えていた。朝市のおばさんの固定資産は、リヤカーと商品陳列に使う段ボール箱や木箱ぐらいのものだ。B/Sにのせるにしても限りなくゼロに近い。地域の一等地の道路で商いをやるわげだが、権利金や地代は払わないだろう。商品は前日の夜もしくば、当日の早朝に仕入れてきて路上に並べている。仕入代金は買掛にしたのか、現金で仕入れたのか?売るのはどうみても現金取引で、売掛金も受取手形もなし。野菜も魚も漬け物もお餅も花も、仕入れた商品はその日の昼までに全部売り切ってしまう。突然雨が降ったり風が強くてお客の出足が悪いと、どうしても売れ残りが出る。人出がまばらになってくると、残り物は仕入値を割ってでも売り切ってしまう。とにかく完売、売れ残りは出さない。つまり流動資産もない。利益も出ないで安売りするくらいなら次の日に売ればよいのにと思うが、おばさんたちは売り切ってしまうのである。鮮度の落ちた商品は、観光客は騙せても地元顧客は騙せない。プロとして地元の人たちに新鮮な商品しか売れないのである。だから昼までには在庫がゼロになる。経営的にみると、おばさんたちは売上利益率よりも元手の回転率が第一優先なのだ。一日の現金売上から仕入金額を引けば、たとえ薄利であっても明快に当日の利益がわかり、翌日の仕入の元手も現金で確保している。商売は現金のやりとりでしかも固定資産がないので、資産回転は無限大、つまり「高回転経営」そのものなのである。朝市のおばさんは、わずか一日分の仕入をするときでも、値引きなしで完売できるように、翌朝の天候を見定めて売れ行きを予測し、仕入量の調整をおこたらない。もちろん少しでも稼ぎをよくしようと、季節に合った品揃えや前を通るお客への声かけの工夫をおこたらない。よく買ってくれるお客には、おばさんなりのサービスをしてお客の固定化を狙う。そして常連客が増え、売上も利益も伸びても、おばさんたちの「仕入れた商品を即日に現金で売り切る」商法は変わらない。一週間分、一ヶ月分の販売予測をして、見込みで仕入れるということは絶対にやらない。モノにして寝かせておく現金の余裕がないし、借金すれば利息で儲けが少なくなる。しかも少しでも予測とずれたらその儲けも吹っ飛んでしまう。売上も儲けも大した額ではないかも知れないが、すべて現金でその日に完売。儲けが少なければその日の夕食代を削って対応する。要するに小さな元手でも一日で回転させ、確実に利益を手にしてその範囲で生活していく。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.23
売上が全盛期の半分に急減し大幅赤字決算となるまでに、すでに従来型チャネルの販売不振によって返品在庫をかかえ、資金繰りがすでに相当悪くなっていた。おまけに得意先の要望に応えるべく、流通センターへの資金調達のための多額の惜金を抱えていたのである。それなのに間違った対応を繰り返したから、「大きく体力を消耗させる結果となり」非常事態をむかえてしまった。資金調達のために打った手を順を追ってあげてみると、大幅な赤字が予測され資金不足が明らかとなって、①金融機関に返済繰延(リスケ)を要請②それから3ヶ月後、手形割引の前倒しで決済資金の帳尻を合わせ③それから1ヶ月後、メイン銀行に月中の決済不足資金を借入④さらに不足分を子会社、社長個人、二人の役員の個人資金より調達⑤それでも不足するので東京支店の土地・建物の売却を決意するも、 間に合わず自己破産ということになる。①のリスケを銀行に認めてもらうためには、L社としても血を流さなければならなかったはずだ。それが「物流の統合と年末に向けてのリストラの実施」であったろう。しかし返品と在庫増は、さらに資金を圧迫していく。②から④は、まさにバタバタである。身につまされるような窮状だ。融資対策のために、急遽、コンサルタント会社に中期経営計画をつくってもらったというが、まるで見当はずれの計画では実現性に欠け、融資を受けられるはずもない。こうなる前に、東京支店をなぜ売却しなかったのかと思われる方もいるだろう。しかし銀行に担保されている不動産を売却すると信用に差し支えると、最後の最後まで抱え込むものである。自己破産を目前に何が信用だとは、第三者だから言えるのかもしれない。私は、日頃から「粗利の低い卸売業が土地や建物などの固定資産を持ってはいけない。それも借金してまで所有するなどもっての外」と指導している。ところが多くの社長が、万一の時に売れば資金の余裕となると反論される。実際はL社の例でもわかるように、いざという時になっても売るに売れないのである。L社長の資金対策は常に後手を踏んで、手遅れになっていたのだ。L社長の文面には、前々年に「在庫の評価損を計上した」とある。どの程度の不良在庫を捨てたのかはわからないが、そこで反省せずに、減った分だけ新商品を仕入れている。ところが売れないので返品されて、不良在庫をさらに膨らました結果、急に資金繰りが悪くなったという。そこから浮かび上がってくることは、L社長は典型的な損益計算書(P/L)発想の経営者だということである。目先の売上増と利益増だけを追って在庫増大には関心がない。利益額を追求するだけで、実際に使えるおカネ、つまりキャッシュフローがいくらあるのかには関心が及ばない。そして販売不振が続いたり不渡りをつかまされたりすると、すぐに資金不足に陥って万事窮してしまうことになりかねないのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.22
先の手紙で、「資金繰りが厳しくなって、チャネル別に新商品・新ブランドを積極的に投入し攻めの展開を図った」とある。ところがやってみると売れない。そこで「補完商品の調達を増やし、それがかえって仕入増、返品増、在庫増の繰り返しとなり大きく体力を消耗させる結果となった」と述べている。補完商品とは、自社の主力商品が売れないので、メインの周辺商品を他社から仕入れて品揃えを増やし、売上減を補うということだろう。その結果、得意先の売場に自社のオリジナル商品と、それに良く似た他社商品がならぶことになる。多くの社長がとる売上回復策は、「商品アイテムの拡大」つまり商品のラインを増やし、価格帯の幅を広げることだ。これまでよく売れていた商品があると、その廉価版、普及品を増やす。逆に高級品を出す。また色変わりのバリエーションを増やす。大・中・小と大きさのバリエーションを揃える。大人に売れていたら若者用、女性に受けていたら男性用。とにかく扱い商品の幅と価格帯を拡げることから手をつける。また小売店は新店舗を増やし、レストランではメニューの拡充を図る。L社長も述べておられるが「攻めの展開」という、耳に聞きやすい一見景気の良い拡大策をとることが圧倒的に多い。しかしこの多くは間違いで、期待とは全く逆の結果になりがちである。前著『稼ぐ商品・サービスづくり』の中で、デフレ時代の商品強化策を詳しく述べているが、商品の魅力を引き出す根本は、自社の商品アイテムの削減、つまり自社の売りものの徹底した絞り込みにあると、多くの事例から実証している。つまり自社の商品やサービスを「たたみ・削り・変える」ことをやらずに、やたらに増やしていくと、総体的な商品力は間違いなく弱くなると指摘した。あれもある、これもあるという品揃えを、たたみ削る方向で見直すことから始めなければならないのである。すなわち「スクラップが先でビルドは後」なのだ。得意先やチャネルを回って、これまでもっとも長く売れている商品やサービスを絞り込んで「自社の強み」と「お役立ち原点」を見つけ出し、それを徹底的に磨いていくことでなければ、商品力の強化には結びつかない。そのためには、広がりすぎた扱い商品やサービスを大幅に絞り込み、切り捨てる。つまりスクラップが最初の手順なのである。ところが多くは、これまでの売れてもいない商品や顧客に歓迎されていないサービスをスクラップしようとしない。「攻め」という言葉の勢いだけで、次々に「新商品」や「新サービス」をビルドし続けるのである。その結果はL社長が述べているとおり「オリジナル商品の企画力の低下と市場対応力の弱体化を実感」することになり、「さらに赤字増、在庫増から決済資金に不足を生じる」ことになる。売上減をカバーしようと、L社長はさらに悪手を打ってしまう。「補完商品の調達を増やし」それがさらに仕入増・在庫増になったというのである。とにかく思いつくのは「商品アイテムの拡大」しかない。自社企画では間に合わないからあわてて他社のものを仕入れる。ところが売れないから返品され在庫がさらに増える結果となる。まさに悪循環である。L社は、10年程前まで160億円の売上があったものが、倒産直前には半分の約80億円にまで落としていた。その大きな要因は、得意先である百貨店や大型家具店の業績不振、とくに倒産を避けるために他社に吸収合併されたそごうデパートやマイカルに偏っていたことにあった。L社がまずやるべきは従来の販売チャネルの見直しであり、得意先のスクラップ・ビルドとそれにあった商品の徹底した絞り込みであった。L社の「攻めの展開」がいかに見当はずれであったか、おわかりいただけよう。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.21
お手伝い先の社長から、「先生、この会社とは古いおつき合いなんですが、先日、自己破産して株主におくられてきた子紙です。このご時勢では他人事とは思えないですよ」と言いながら一通の手書きコピーの詫び状を見せられた。ざっと目を通すと、業績の悪い会社の社長の典型的な考え方がその文面によく表れている。そこで多くの経営者の反面教師になると考え、失礼をかえりみず次に紹介させていただく。*************************株主の皆様へ前略この度、株式会社Lは、皆様方の温かいご支援にもかかわらず、力及ばず自己破産の宣告を受けることになりました。×月×日開催の株主総会からさほどの間もないこの時期に突然の破産宣告となり、株主の皆様には事前に何の通知もなく、この事態に至りましたことを誠に申し訳なく心より深くお詫び申し上げます。昨年度の決算はご報告の通り、2億5000万円という大幅な赤字を計上し、一昨年決算におきます在庫の評価損の計上にもかかわらず在庫が積み上がり、昨年×月あたりから資金繰りが厳しくなっておりました。一昨年の(在庫)評価減を受けて昨年度はチャネル別に新商品新ブランドを積極的に投入し、攻めの展開を図っておりました。しかしながらそれらが市場で十分に機能せず、L社オリジナル品の企画力の低下と市場対応力の弱体化を実感いたしました。それを補うために、補完商品の調達を増やし、それがかえって仕入増、返品増、在庫増のくり返しとなり、大きく体力を消耗させる結果となりました。上期が終了し大幅な赤字が予測される事態となったため、経営ご指導をお願いしてましたSコンサルタントのご協力をいただき、急遽「中期経営計画」を策定し、銀行に持ち込みました。メインバンクのB銀行より来年度の資金繰りにまわすため×月以降返済の繰延(リスケ)、の提案がなされ、C銀行も協調して実行していただきました。下期も業績が回復せず、×月には物流の統合を行い、年末に向けてリストラも実行いたしました。そのような内部要因もあってか、翌月から売上が前年比80%水準にまで低下し、赤字増と在庫の積み上がりにより更に資金計画に狂いが生じていました。(中略)回収見通しを見直した結果、更に大きな不足が生じることがわかり、子会社にて調達していた退職金充当金、社員の給与の3分の1の遅配要請、子会社の余剰資金、私個人の資金、役員の個人資金から計7000万円を調達いたしました。さらに月末に東西で売り出しを行いましたが、それだけの対策を行っても1600万円不足となり、愕然といたしました。(中略)急遽、東京店の売却を計画し、銀行の了解をいただきました。これにより翌月に余剰資金をつくりだす計画で、ほぼ見通しもついておりました。しかし弁護士と再生の道を検討いたしましたが、①本業不振で、中核として残すべき事業がない②生命力の源泉であるLブランド商品が前年70%とマーケット力を 失っている③スポンサー企業を見つけるには時間切れであること等々の理由から、自己破産でのぞむという方針が決定されました。(後略)*************************L社は、県内の有カデパートや大型家具店に、寝装品やトイレタリー用品を卸して、最盛期には160億円の年商をあげていた老舗企業だという。今は経営者受難の時代で、万策尽きて自己破産を迎えざるをえなかったL社長は本当にお気の毒だと思う。しかしL社長の文面の中に、多くの社長が陥りやすい業績回復への間違った対応があまりにも典型的に見られるのである。L社長は、業績の悪化を回復させるために、不良在庫の整理もし、経営計画を策定し銀行にリスケを了承してもらい、物流の統合やリストラも実施。さらには子会社から資金を調達し、社長や役員の個人資金も提供し、給料の遅配をしてまで会社を守ろうとした。それなのに会社の体力を急に失って、応援してくれる人たちにこれ以上の迷惑はかけられないと、事業そのものを整理するしかないところまで追い込まれてしまったのである。なぜそうなったのか?対応策のどこが間違っていたのであろうか?ここで読者の皆さんが、ご自分の立場ならどう経営決断されていたか?すぐに本項の先へ進まずに、L社長の文面を今一度読み返していただき、是非「わがこと」としてお考えいただきたいのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.20
では、この企業体力指数をあげていくためにどうすればよいのか。先ずは自社の収益性を高めることだ。経営者は、毎日利益が出たか、儲かったかで頭が一杯のはずである。たまたま商品が当たる、新商法が顧客に受け入れられて売上が急増するということがある。仕入れても仕入れても、造っても造っても売れてしまって注文に追いつかない。売上が急激に増え、「この勢いでは前年比の倍になりそうだ。儲かるぞっ!」と思う。こんな時の経営者は、事業が楽しくてたまらないだろう。しかしその儲けをどう捉えるかで、「おカネに強い会社」と「弱い会社」に分れてしまうから怖い。経営者にとって、利益といえば大体が「経常利益」「税引前利益」であり、利益率といえば、「売上の30%、35%」というように「売上高総利益率」、いわゆる「粗利益率」で表現される方がほとんどではないだろうか。これは私の言う「P/L発想」の経営者だ。収益性を示すもっと大事な指標が、すでに述べた「総資本利益率=ROA」なのである。「ROAくらい知っている」と軽く受け流さないでいただきたい。この指標を体で理解されていないから、企業の大小にかかわらず倒産という悲劇が起こるのだ。社長なら、ROAの数値を毎年出して比較されるだけで、経営発想が必ず違ってくるはずである。それでは、「どうしたらROAが良くなるか?」と皆さんに質問したらどう答えられるだろうか?私のセミナーで参加者に同じことを問うと、まず「経常利益高を上げることです」と返ってくる。「正解、しかしそれだけですか?」「ほんとうにそれしかないのか」とさらに問うと、「うーん、総資産を減らすことでしょうか」と恐る恐る答える人がいる。「そうですよ、総資産を減らすことも正解」と言うと、必ず参加者の中から、「先生、財産を減らすより増えた方がいいのではないでしょうか?」「資産が減るということは、会社が大きくなっていない、成長していないことではないか」という小さな声があちこちから聞こえる。声に出さなくても、そう顔に書いてある。とくに戦前生まれの社長はもちろん、まあ1964年生まれ迄の社長の、「資産を減らすことがなぜ良いのか」という素朴な疑問を解消するのは、本当に大変なのだ。「先生は、実際に経営というものをおやりになってないから、そういう極端なことをおっしゃる」とハナから耳に入れようとしない方もいらっしゃる。この10年やっとデフレ時代になって、ぜい肉太りとカタ太りの違いを理解していただけるようになったが、しかし昭和20年以前生まれの人の中には理解できない人がまだまだ多いのである。「資産を減らすという消極的な発想は経営者の発想ではない」と。そういう方も、我慢して次をお読み願いたい。総資本(資産)利益率の算式でもう一度確認する。数値を上げるには、・分子の経常利益を増やす・分母の総資産を減らすの二つである。そして、この方程式は次のように展開できる。 総資本利益率の展開 経常利益 経常利益 売上高 ――――――― = ――――― × ―――――― 総資本(資産) 売上高 総資産(経常利益)を(売上高)で割るという算式は、「経常利益率」であり、当期いくら売っていくらの経常利益を出したかを表すことは、ほとんどの人が理解できるだろう。それでは、どのようにすれば経常利益率が良くなるのか。答えは当然だが、まず経常利益を伸ばすことである。そのためには売上をあげ、原価を抑え、付加価値のある商品を売り、人件費、販売費等のコストを小さくすることである。私は「それだけか?」と質問する。「えっ、まさか売上を削るなんて話じゃないですよね」と声があがる。「そうですよ! 利益を無視してまで売上を伸ばすな」と私は申し上げるのである。「もし赤字の売上なら、それを減らせば経常利益は増え、売上高は減るから、経常利益率は改善されますよね」と。私は「薄利多売」という手法はあまりお勧めしない。逆に「厚利少売」が好きだ。利益率の多い売り方が好きなのである。事業の利益は「売上さえ増えればよい」というものではないということは、実際に事業をされたらきっとわかるはずなのだ。(売上高)を(総資産)で割った数値は通常「総資産回転率」という。分母に総資本をおけば「総資本回転率」になるが、同じものである。仮に1年間に10億円の売上を上げるのに、元手を10億円要したら、総資産回転率は1.0ということになるわけである。ここで利益を上げる、もうひとつの重要な着眼点がみえてくる。売上を上げろ、上げろとハッパをかけて、そのために在庫が増え、売掛金や受取手形が多くなると、そのための資金調達が必要になり、借入金が膨らんだり、支払手形が増える。さらには新規出店で土地や建物、設備も膨らんでくるものである。要するに売上高が伸びても、総資産も膨らんでいく。つまり総資産回転率がどんどん悪くなりがちである。その結果、儲からなくなる。元手の回転が悪くなるから儲からなくなるのである。そしておカネが回らなくなってくる。この単純な理屈がいつの間にかきれいに忘れ去られて、逆に儲けを出しようがない悪手が打たれるから問題なのだ。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)※私見 井上和弘氏の著書を読んでいると、つくづく大竹愼一氏と 会社を見る視点が似ていると思う。 (有能な経営者=有能な投資家)
2004.01.19
情緒的に「強い会社」を語るよりも、理性的に申しあげる。すでに「強い会社とは、商売をすればするほどキャッシュが残っていく会社」だと述べた。これを数値的にとらえるのが「企業体カ指数」である。すなわち企業体力があるということは、【よく儲けている = 収益性】【その儲けが蓄えられている = 安定性】この二つの要素しかないと、私は考えている。「商品力」も「販売力」も「生産性」もすぐさま「収益性」に反映される。よく企業の伸び率や成長性にこだわる向きがあるが、一時のブームや勢いで成長しても10年も20年も続く保証なぞない。「金融力」などは企業の安定性と収益性がよければ、断っても断っても惜りてくださいと銀行から、言ってくるものである。また企業体力があれば借金(輸血)なぞする必要はなく、企業自身でおカネを運用(造血)する方にまわるのである。そこで企業体力を測定するために、私は次の算式を提唱している。企業体力指数(体力)=総資本利益率(収益性)×自己資本比率(安定性)そして、企業体力の目安として、「合格数値」と「目標数値」を次のようにおいている。 合格体カ指数 300(%)=10(%)×30(%) 目標体カ指数 420(%)=12(%)×35(%) 超優良企業 1000(%)=20(%)×50(%)大変な経済環境下で本当に頼れるのは、・自分たちの「儲けるカ量」と・自分たちの「カネ」だけなのである。ここで儲ける力量、すなわち「収益性」を示す指標は、総資本(総資産)に対して当期経常利益がいくらあったかをみる「総資本(総資産)利益率=ROA(Return on Assets)」である。この数値は、自己資金に借金や買掛・未払金などで資金調達をして、それらを流動資産と固定資産に運用して、乱暴に言えば「なんぼの元手でいくら儲けたか」つまり「元手の利回りはいくらか」ということを表しているわけである。今仮に、この厳しい時期に同じ1億円の経常利益をだしたA社とB社の2社があるとする。しかし単純に「同じ1億円の利益をだしたから両社共に同じように儲けた会社だ」とは言えない。調べてみると、1億円を稼ぐために要した元手(総資本)が、・A社は、総資本40億円で経常利益1億円・B社は、総資本10億円で経常利益1億円であったとする。両社の総資本利益率すなわち元手に対する利回りは、・A社 2.5%・B社 10.0%となる。私は、総資本利益率10%は欲しいと考えている。自分の元手だけではなく他人からも資金を調達しているのだから、利回り10%目標は当然ではないだろうか。A社のように2%ちょっとでは胸を張って事業をしているとは言えないだろう。企業経営における「収益性」とは、儲けの絶対額の多い少ないではなくて、「いかに小さな元手で大きく儲けることができるか」なのである。「総資本」とは、ご承知のとおりB/Sの右側、純資産(自己資本)と総負債(遅かれ早かれ返済しなければならない他人資本)の合計であり、同時にB/Sの左側の流動資産と固定資産の合計でもある。つまりB/Sの右側が当期事業の元手であり、左側は、その元手で運用した総資産を表しているから左右同額になり、バランスシートと言うわけである。この総資本利益率(Return on Assets)は英文の頭文字をとってROAと呼ばれ、Assetsは資産のことであるから「総資産利益率」とも呼ばれるが同じものである。ROAは、今や世界標準(グローバルスタンダード)となり、これからの企業の収益性がこの指標で判断されることを経営者として肝に銘じておきたい。さて自前の元手がいくらあるか、「安定性」を示す指標は、「自己資本比率」である。この指標は、事業に使った元手を、いかに借入金や業者からの買掛金などの他人資本に頼らず、自己調達で運用しているかを示している。それらの総資本のうち、少なくとも買掛金・未払金・前受金その他で3分の1、長短借入金等で3分の1、そして自己資本で3分の1程度は調達したいと、私は指導している。すなわち自己資本比率の最低の目安は、33.3%ということになる。先に、企業体力指数の合格ラインを300%と申しあげた。それは総資本利益率10%、自己資本比率30%として算出したものである。多くの企業を診断してきたが、自己資本比率33.3%に到底いたらないところがたくさんある。だからこの30%は、せめて3割の大台を超えていただくという合格の最低ラインとして考えていただきたい。目標とすべきは先に指摘したように35%であり、他社を圧倒するような「強い会社」ならば、50%を目指していただきたいものだ。さて皆さんの会社の体力指数はいくらになるのだろうか。もし300以上なら、体力は合格である。しかし「強い会社」とは言えない。420以上なら文字どおり「強い会社」である。ここで実際に、自社の数値を算出していただこう。体力指数は少なくても直近3年間分を出してみることである。できれば5年前、10年前の数値も算出して、どう変化しているのか、現在の体力指数と比べていただきたい。自社の今の体力指数と過去からの変化の傾向を知れば、これから私が本書で述べることに、より一層真剣に、取り組めるのではないかと思うからである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.18
昔は「健康優良児」を全国から選んで表彰していた。ところが今若い人に「健康優良児」の話をしても知らない人が多い。それもそのはず、近年、食生活が豊かになり栄養が行き届いて、どの子供も昔に比べるとはるかに健康優良だから、表彰制度は20年以上前に役割を終えている。しかし私の年代や40代以上の方には、健康優良児といえば、背が高くぽちゃっとしたアンコ型の体型の記憶が残っているはずだ。私の記憶が確かなら、健康優良児の表彰はグリコの創業者江崎利一氏が社会奉仕事業のひとつとして、栄養の行き届いた満5歳の幼児を選んで表彰したのがはじまりだと思う。昔は貧しい食生活であったから子供も痩せていて、丸々太った子供は「優良」と評価されたのだろう。私が言う「カタ太り」とは、この「健康優良児」の体型とは似て非なるものだ。あるときテレビの番組で、シドニーオリンピックマラソンの金メダルをとった高橋尚子さんがインタビュアーに、ユニホームをめくって彼女の腹筋を見せていた。見てびっくり、筋肉が洗濯板のように盛り上がって、とてもじゃないが乙女のお腹ではない。彼女が痩せて見えるのは、ムダな肉がすこしもなく、すべての筋肉が長時間走るためだけに鍛え上げられているからなのだった。「カタ太り」とは、ぜい肉を削ぎ落とし、長期間にわたってイキイキと活動できる身体にしているということである。今はあっという間に夏から真冬になる時代である。どんなに予想もしない事件や天候異変、病気が発生しようとも、生き残ろうと思えば対策はただ一つ。カタ太り体質にして、「まさか」という状況もはねのけ、長期に戦える体カをつけておけと申しあげているのである。では「カタ太り」とは一体、企業の何を示して言うのかといえば、・会社の資産の中に含まれるムダを取り除いて、・財務の体質すなわちB/S(貸借対照表)をカタ太りに強くせよ、ということである。同時に、・B/Sには表れない「人」という資産についても、ぜい肉のない カタ太り体質にすることである。つまりカタ太り体質というのは、自分の会社の「ヒト」「モノ」「カネ」という資産の中にムダなものが一つもなく、すべてが企業活動のための活きた資産であり、この資産が最大限に機能し利益を上げてくれるということである。それは同時に、次に述べる「企業体力」を高めることでもある。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)追伸 今日から一週間旅行のため、次回の更新は帰国後になると思います。
2004.01.17
自社の売りものが急に売れ出し、お客様から「早く商品をくれ」といわれ、経常利益も予想よりも高額になり、やっと長い間の努力が報われたかとホッとする。片腕となって働いてくれた幹部の顔が輝いて見え、忙しくても疲れを感じず、何か活力がみなぎり「これだから事業はやめられない」という至福の気分になる。世間では貸し渋りが話題になっているのに、金融機関も「必要資金はいつでも協力させて頂きます」といってくる。ここで経営者が忘れてはならないことは、売上が増大し、調子にのって在庫や設備を増やすと、売上減の時のカネ回りが急激に悪くなるということである。売上が急増し、売る商品がいつも欠品になる。生産設備の増強、外注か新設機械の導入か、いっそこの機会に工場拡張しようか、敷地の手当などいろいろ投資しなければと、さらに増収を狙った積極策が社長の頭の中をよぎる。貢献してくれた社員には賞与の増額、給与アップもしてやらなければ、人材のスカウトもしなければと人の面でもあれこれ思い描く。なにしろ売れまくっているのであるから、在庫の増大も売掛金の増大も受取手形の増大もさして気にならない。むしろ機会損失がこわいから、欠品だけは避けようと考える。こうして社長の考えのほとんどすべてが、会社の資産を増やす手だてにいきやすい。しかし、・量販店の定番から外れた・ブームが終わり別の枝術革新の波に飲まれ、需要がゼロになった・特需が去る・人気・流行商品がお客様から飽きられた・ライバル会社は倒れたが他の大都市から大きいライバルが出現した・天候、規制が変わったこの世は、売上急増の要因を打ち消すようなことが次々におこるものである。いつまでも売上が伸びつづくなら幸せこの上ないが、2年、5年という年月がアッという間に過ぎ、やがて売上下降状況に入ってくる。その時にはっと気がつくのである。固定資産は大きく膨らみ、償却年度は15年から35年計算で、まだまだ償却残がある。投資の回収は終わっていない。在庫スペースは広くなり、返品を含め在庫が山になり、回収サイトは昔と何ら変わっておらず、金融機関からの借入金はむしろ増えている。「売りの怖さを知れ」とは昔の名経営者の言葉であるが、「売れる」ということはカネ回りをよくもしてくれるが、悪くもしてくれることを知るべきなのである。「急に売れ出しカネ回りがよくなる」この時にしっかりと現状認識することである。建物設備がいる、機械がいる、土地がいる、人がいる。「いる」からといって自前ですぐ揃えるべきか?在庫が発生する、在庫スペースがいる、売掛金が発生する、受取手形が発生する。「発生する」からといって、それを当たり前と思って、発生させるままにするのか?「好事魔多し」とは、昔の人はうまいことを言ったものである。売れている、儲かっているから、つい「必要だ」「発生してもしょうがない」と信じ込みやすくなり、「カネ回り悪化の原因」を発生させてしまうのである。■売上を落としてもカネ回りのよい経営前に「カネ回りがよくなった会社の8割は売上が伸びている」と申しあげた。それではカネ回りのよくなった残りの2割はどうなのか?売上がさほど伸びない、いや下がっても、それでもカネ回りがよくなるのだろうか?そう、そういう経営があるのだ。・借入金を返済し終り、返済金、支払金利がゼロになった・利益を稼がしてくれない横暴顧客から手を引き、不良商品を スクラップした・短期借入金を減らし支払サイトを延ばしたり、長期借入金に 変えてしまった・会社用地が都市計画道路にひっかかり売却した・役員三名が退職し、保険が返り、月々の給与がゼロになる未曾有の不況、カネ詰まりの経済環境などどんな状況でも、カネ回りのよい経営を続けるにはどうすればよいのか。それが本書の主眼なのである。「経営とはカネ回りである」と念仏のように唱えていた名経営コンサルタントの先輩がいらっしゃった。このことは確かに言えると思うのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.16
急にカネ回りがよくなった会社の8割は、「売上」が急増している。しかし「売上が増えたからカネ回りがよくなる」というのは現象面にしかすぎない。経営者は、「売上とカネ回り」について、次の二つのことを肝に銘じておくべきだ。①利益をともなわない売上増は、カネ回りを窮屈にする②資産が多いと、ちょっとした売上減でもカネが回らなくなる何を当たり前のこととおっしゃらないでいただきたい。全ての経営者がこのことに通じていたなら、世の中に倒産など起こらないのである。企業が資金で詰まる多くは、結局この単純な要因のどちらかなのだ。売上が急に増えるケースとは、たとえば、・チョットした改良、開発により扱い商品が人気流行商品となり、 取引先から急に注文が増え出した・扱い商品が量販店等で定番採用され、その商品が大ブレイクした・技術革新等でブームが発生し、ニッチ市場での高いシェアを持つ 自社の製品が採用され、供給が追いつかないほど注文が舞い込む・ライバル会社が倒産し、地域における商品供給を自社がほとんど 占めるようになってしまった・大天災、大事故が発生し特需が発生した・天候、貿易問題、法的規制等から商品の品不足が発生し、 売る量は少なくなり価格が上昇したというケースなどが考えられる。しかし近年のように不況が長引くときには、・先方に泣きついて、大幅に値引きして在庫を大量に引き取ってもらった・決算前の予算の帳尻を合わすために、営業マンが商品を無理に押し込んだなどという場合も、一時的に売上が急増することがある。ここで「カネ回りと売上」について、よく考えていただきたい。忘れてはならないことは、「カネ回りがよくなる売上」は、利益をともなう売上でなければならないことである。売上が急増しても「カネ回りがよくなる」場合と「カネ回りが悪くなる」場合がある。要するに「売れても、儲からなけれぱ、カネ回りが悪くなる」ということである。売上高の伸び率より経常利益高の伸び率が高い会社がカネ回りがいいのであって、売上高の伸び率がいくら高くっても、経常利益高の伸びが低い会社は、カネ回りが決してよくないのである。ところが、現金商売で日銭が入ってくるような業種の経営者の中には、「カネ回りのよい会社」とは「売上が伸びる会社」と信じている方がいらっしゃるが、大いなる錯覚である。カネ回りが悪くなった会社は、売上が減ったからカネ回りが悪くなったと思って、営業マンの尻をひっぱたたいて売上を取りに走らす。しかし、カネ回りのよい会社とは、お客様がわが社を追いかけてくる会社であって、お客様を追いかける会社ではないのである。「売れて儲かる営業」とは、販売支配権、価格支配権が、お客様側ではなくこちら側にある。お客様の方から「売ってくれ」「品物を回せ」「価格は任す」とやいのやいのといってきて、それが売上急増になり、さらにそれを上回る利益の増大になっているのである。お客のニーズにマッチし、提供する「商品力」「売りもの」の力が輝きだし、価値を認められたから、より儲かり、カネ回りがよくなるのである。強引に売り込んでも、価格支配権がなければ買い叩かれるだけである。提供する「売りもの」がどこでも、いつでも誰でも買えるものであれば、価格は下がり、粗利益はとれず赤字販売になって、売上は増えれどもカネ回りは悪くなってしまうのである。経営者は、「売上増がカネ回りをよくする」という錯覚に陥ってはならない。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.15
下請けで工賃加工を頂くだけの事業では儲からないと、多くの経営者が思っているだろう。しかし本当に儲からないのか?発注先が材料を持ち込んでくるから、原材料の在庫はない。できあがったらすぐ納品するから商品の在庫も原則としてない。工賃の支払いはだいたいが早い。中には3分の1は前払いという場合もある。B/S上からみると、他の事業にない強みがみえてくる。従って下請け加工業は、もし社長がキャッシュフローの強化を強く意識したら、確実に儲かる会社に変えることができるのである。S社長は、私のセミナーに参加して自分のやってきたことに間違いがなかったと自信を得て、資産のスリム化をさらに徹底させている。いくらかつき合いで借入したカネも返済してしまい、繊維メーカーからの原糸在庫をIT技術で管理し大幅に圧縮、総資産をさらに10億円減らして企業体力を一層強化しているのである。「先生そろそろ、中国での生産も考えています。まあ3億円までなら捨ててもいいので、トライしてみようと思います」「財務体質の強化も大事だが、今こそ人づくりにカネをかけるべきだと考えています」とS社長はおっしゃる。私は「まったく異存なし、賛成」と申し上げた。世の中の多くの会社がリストラで人を削ろうとやっきになっているときに、人づくりにカネをかけようというのだから、まさに総資産の3割をゲンナマでもっている余裕からくる発想だろう。世の中では漠然と良い会社・悪い会社という言い方をするが、私は「おカネに強い会社」と「おカネに弱い会社」とに分けるべきだと考えている。そして、強い会社とは、商売をすればするほどキャッシュが残る会社だと考えている。必要なカネを借りなくても使える余裕があると、社長はわが社の将来を落ちついて展望できるようになる。S社長は「繊維という衰退業界の中で苦労してきましたが、儲かる業種と損する業種という分け方は本当ではありません。この世の中には、儲かる人と損する人がいるだけだと思います」と語ってくれた。私はさらにS社長のこの言葉を、儲け続ける人(B/S発想で揺るぎない利益を追いかけて儲け続ける人)結局損をする人(P/L発想だけで目先の利益を追いかけて結局損をする人)と補足しておこう。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.14
「利益」に敏感な経営者は多い。ほとんどだろう。しかし「キャッシュフロー」というと、「そんなことはわかっている」と片づけて、流行語程度にしか理解していない経営者もまた残念ながら少なくない。正直に言わせていただくと、ほとんどの経営者がわかっていないと、私は思っている。「利益」は、「そのまま使えるかどうかわからないおカネ」である。「キャッシュフロー」は「使えるおカネの流れ」つまり「カネ回り」のことである。よく「勘定合って銭足らず」ということが言われる。「商売が当たって儲かっているはずなのに、会社の金庫にカネがない」とあわてるのは、「利益」と「キャッシュ」が違うことをわかっていないからである。いわゆる「黒字倒産」は、計算上の利益とキャッシュフローのズレが原因なのである。大事なことは「使えるおカネがいくらあるか=キャッシュフロー残」と「利益額」を明確に区別するということだ。このことが身に沁みてわかっていないと、過去の好況やインフレの時代ですら「黒字倒産」があったのだから、これからのデフレ時代の経営はますます難しくなる一方だろう。しかしこのような厳しい時代にも、いや厳しい時代だからこそ、皆さんのもとにも新たなビジネスチャンスが訪れることがある。その時に迷うことなく決断するためには、おカネの余裕が重要になってくる。「あの機械買えよ」「三億円つかっていいよ」と言えるのも、「実際に使えるおカネ」の余裕があってこそなのである。もし実際に使えるおカネが足りないと、「どこから資金を借りるか」だけで頭が一杯になり、「やっぱりムリか」ということになりかねない。また財務体質がしっかりしてくると、後戻りできるようにもなる。ビジネスの世界は、やってみなければわからないことも多い。なかなか思うような結果がでないときに「あの三億円は無かったことにしよう、深みにはまる前に撤退だ」と勇気ある決断ができる。ところがぎりぎりの資金でやっていると、とにかく売上をあげようと強引な手を打つしかなくなるものだ。そしてますます泥沼にはまって悲惨な結果を迎えることになる。よく経営者の立志伝に、「ギリギリの資金しかなく、退路を断って背水の陣で事を進めた結果、今日がある」というような話が述べられているが、その何十倍もの失敗例があることは表面には出てこないものである。当たり前だったらわざわざ紹介しない。めったに成功しないから立志伝として語られるのだ。世の中、どんなことが起こっても生き残っていける筋道がなんとか見えている会社と、まるで生き筋の見えてこない会社がある。その差は、社長が自社の業績を「利益額」で考えるか、「キャッシュフローの額」で考えるかにあるといってもいいだろう。利益は「損益計算書(P/L)」だけをみていれば把握できるが、キャッシュフローは「貸借対照表(B/S)」を読まないとわからない。私は商売柄、社長とお話ししていて、「この社長は損益計算書だけの人」か「貸借対照表も読める人」かスグにわかる。お話の中に「利益」「売上アップ」「コストダウン」「付加価値」に類する言葉だけを口に出される人と、「償却前利益」「在庫圧縮」「運転資金」「返済金額」などの言葉が口に出る人がいる。前者がP/Lだけの人であり、後者はB/S発想の人だ。S社長は、先代社長からB/S発想を徹底的に叩き込まれ、「不況であろうとデフレであろうと、いかなる状況でもおカネが回る」まれにみる財務体質を築かれた。口に出てくる言葉も「特別償却でどんどん償却を速める」「償却額と投資額のバランスをとる」など、典型的なB/S発想の経営者である。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.13
自社の本当の強さに気づいたS社長は、それからは新規で導入した機械や設備の償却をいかに早めるかに腐心するようになる。ちょうどその頃、画期的な織り機であるエアジェット機が普及しだしたが、特別償却制度をフルに活用して、初年度に思い切って購入価格の50%近くを償却してしまう。(特別償却制度とは、中小企業の設備近代化を促進したり、 公害防止設備や電子機器などのように、特定の設備や機械の導入を 促すために、通常の減価償却に加えてさらに償却できるように 法律で定めたもの。 大体が時限立法でさまざまな種類があり、目的によって 対象業種や規模が細かく規定されているが、損金計上できるから 設備投資の際には忘れてはならないポイントである。)S社では減価償却額をたとえば5億円と設定し、減価償却後の利益目標を5億円とすると、「償却前利益」を10億円と計画するのである。皆さんもご承知のとおり償却した5億円は現金で、社外流出するわけではない。帳簿上で利益から差し引かれるだけで、キャッシュフロー上は5億円のプラスとして残っている。しかも新規の設備をおこなうときは、稼働率が下がらないように必ず得意先の買い保証をとりつける周到さだ。だからS社では、ほとんど償却の終わった機械を大事に使い回してコストを下げ、納期の早さと品質の安定を考えれば、中国と比較しても十分互角の膀負ができるまでになっている。ところが多くの会社は、もっと儲かるものを造ろうと、こぞって新しい機械を導人する方に走るが、有利な融資制度に目がいっても、減価償却には目がいかない。「この設備がうまく稼働したらいくらいくら儲かる」ということばかりが頭にあって、慎重派の社長でも「もし6割の稼働であったとしても、借入金の金利を返してもまだいくらか利益が残る」程度のそろばんで終わってしまいがちだ。そして減価償却をすると利益が出ないどころか赤字になってしまうようなときは、減価償却を控えて利益が出たことにする。もちろん特別償却を使ってさらに償却額をふやすことなど考えにも及ばない。こういう会社が実に多いのである。その結果どういうことになるか?だいたいは使いもしない機械が減価償却もろくにしないままに資産として帳簿に残ってしまう。しかし資産といっても、中古機械を実際に処分したら二束三文になってしまうから、その差額の含み損をかかえている。要するに、会社のおカネが、利益を一切生まない、しかも含み損をかかえたモノに化けて寝ているのである。一方、バランスシートの右側には、その機械購入のための長期借入金が残っている。借金は返さなければならない。もしカネを稼がない資産をかかえ、借金があれば、総資本利益率を圧迫するし、自己資本比率も下がる。つまり「体力指数」が悪くなる。ところが「損益計算書(P/L)発想」しかできない経営者は、利益額に目が行って減価償却を軽視し、資産の水膨れに気づいていないことが多い。そのため高コスト体質になって、中国製に対抗できないと嘆くだけに終わっている。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.12
現在のS社長は、大学を出て大企業のサラリーマン生活を送っていたが、二代目の社長から突然S社に入るよう要請される。しかし有名企業ではりきって仕事をしていたS社長は、当初は戻る気がなかったという。しかし、たまたま親族の病気看護の必要資金もあって、結局いやいや入社することになる。入社当初のS社長にとって、先代社長の経営手法は時代遅れにしかみえなかった。構造不況業種であった繊維を諦めて「もっと陽の当たる業界に進出すべきだ」と主張しても、「だめ」と言うだけ、テンセルという新素材がブームになり、「うちも手掛けるべきだ」と提言しても、「カネがない」と言うだけ。頑固で堅実なだけでは将来の発展は望めないと、若きS社長は大いに不満であった。しかしあるとき「わが社もファブレス(工場をもたないメーカー)を目指すべきだ」と提言すると、「うちはとっくにファブレスだ」と先代は言った。「そんなことを言っても現実に織り機を何十台も設置した施設を持っている。あれは工場じゃないのか」と怪訝な顔のS社長に、先代は「確かにうちの工場には機械がずらっと並んでいる。しかしバランスシートをよーく見てみろ、どこにその機械があるんだ?」と。そのときS社長は、自分の会社のとんでもない強さに気づいたのだ。たしかに帳簿の上では、かなりの機械が減価償却を終えて資産としては計上されていない。機械が現実には「ある」のに帳簿上では「ない」ことになっている。これが大きな含み資産となって、無いはずのものが実は立派に稼働していて稼いでいる。バランスシートだけからみれば、機械設備という資産がほとんどないのだから、とっくに「ファブレス」といえなくはない。小さな元手をフル回転させ、自前のカネを貯めては機械を買う。またその機械をフル回転させ稼ぎながら、しかも減価償却を早めて機械設備の残存価格を下げる。さらに償却の終わった中古機械を簿価以上で下請けに売っているから、差益分がプラスのカネになっている。つまり資産としてはゼロに近い機械設備が、一方では加工高を稼ぎ、一方では下請けに売って現金化されている。こうしていつの間にか借金ゼロ、総資産の38%が現預金という超優良な財務体質を築いたのである。これが「自前の資金を回転させてがっちり稼ぐ」中身だったのだ。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.11
S社長は、創業家の分家から就任した三代目である。創業者も二代目も、頑固で超ワンマンであったが、本業に専念し堅実一本やり、かつてのガチャマン景気に浮かれることもなく、S社の土台を着実に築いていった。この頃とった戦略は、ガチャマン景気に乗ってあちこちに一斉に生まれた兼業農家の機織り業者との競争であった。当初借金して買った織り機を、償却が終わっても大事に大事に使い、コスト面で圧倒的な競争力をつけ地域の新興業者を制覇していったのだ。すでに述べたように、やがて飛ぶように売れた化繊も供給過剰になり、ガチャマン景気が終わり繊維不況が訪れる。化繊から合繊の技術革新の時代を迎え、政府は「新繊維法」をつくり繊維事業の構造改革のための資金融資をはじめる。多くの業者は、融資を受けて大きな設備をし、儲かりそうな新繊維に飛びついた。二代目である先代社長も、すぐに余裕資金で大型の機械を入れたかったが、手が出せなかった。商品を引き取ってもらっていた地元の産地問屋の経営がおかしくなったからだ。産地問屋はガチャマン景気が終わると傘下の業者が織った膨大な量をさばききる能力を失っていた。そこであらゆるつてを頼って、大手商社と取引をはじめ、さらには大手合繊メーカーとの直取引を目指した。生き残るための必死の策であったが、結果としては流通の中抜きとなり、力のある大手商社や合繊メーカーの注文通りの布地を注文分だけ織って納品し、加工高を確実に頂く体勢づくりに邁進した。一方、設備の更新は慎重であった。技術革新のスピードが速くなり、新しい機械が次から次に出てくる。他の業者は、新素材を織るために政府の構造改革資金で新たな機械や設備が開発されるとこぞって導入したが、S社の先代社長は、すぐには飛びつかず、導入した機械設備の償却が終わるまで使い続けた。そして5~6年で償却の終わった中古機械を下請けに払い下げていったのだ。当時は新しい機械設備が次々に開発されていたので、更新後にでてくる中古機械のマーケットもにぎわっていた。そこでS社では下請け業者に、その機械を使っていた時の詳細な技術情報をつけ、場合によっては生産した商品の買い取り条件までつけて、中古機械を簿価より高く売っていったのである。そして資金がたまると、ようやく新しい機械を導入していく。このような機械設備更新の慎重さは、創業社長ゆずりのものであった。創業社長は、自己資金の範囲でしか機械に投資をしない人であったという。しかし一方で事業欲も強く、やりたい仕事が次々に出てくる。そこで何としてもカネをためたかった。だから購入した機械を遊ばせるのが大嫌いで、社員が帰った後は、社長と奥さんで寝ずに夜通し機械を動かしていたという。平ったく言えば、人の倍働いて機械を動かし、資金を少しでも早くためて自前の機械を増やし、また夜通し動かしてさらに資金をつくって次の機械を入れる、ということで事業を大きくしていったのである。二代目社長にもその遺伝子が強く伝わって、カネが無ければまず蓄えて、「自前の資金で稼ぐ」ということがS社の企業風土になっていった。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.10
S社の現社長を知ったのは、私の著書『儲かるようにすべてを変える』にいたく感激され、社長が私のセミナーに参加された時のことである。私はそのとき、私独自の経営ノウハウとして「企業体力指数」の実習指導をしていた。「体力指数」とは、新規事業投資や設備投資の経営余力や、不況による売上低下、利益率の悪化など万一の時にも、どれだけ堪えることができるかを測る重要な指数である。言い換えれば「どんな不況のときにも、カネ回りが途切れない体カ」を示す指標だ。世の中では企業を評して「あそこは凄い会社」「優秀な経営」というが、情緒的にいくら「凄い」「優秀だ」といっても、所詮は無責任な噂話にしか過ぎないと私は思っている。そこでこれを何とか数値化しようと考え出したのが「企業体力指数」なのである。次章で改めて詳しく説明するが、企業体力指数は、「企業の収益性」×「企業の安定性」のことで、「総資本利益率」×「自己資本比率」で表す。ご承知のように、総資本利益率(ROA)は「いくらの元手を使ってこの利益を上げたか」を示す。自己資本比率は「その元手のうち自己資金はどれだけか」を示す指標である。そして私は、総資本利益率が10%以上、自己資本比率が30%以上を健康体とみなし、企業体力指数は、10×30、つまり300以上を合格ラインとしている。つまり世間でいう「優秀な会社」と「劣っている会社」の分岐点は、指数300ということになる。もし体力指数が300に達しなければ、経営体質のどこかに問題を抱えていると診断せざるを得ない。そしてセミナー参加者の多くは300に達することができないのが現状であり、自社が健康体でないことを数値で具体的に自覚してもらい、それぞれの会社に合わせた体質改善の道を探ることになる。さて、セミナー実習で参加各社の数字を電卓ではじいてもらっている間、私は参加者の机の周りを巡回していた。すると「先生、私の計算が間違っているのでしょうか、数字が大きすぎるんだが」と質問される人がいる。その人がS社長であった。みると「体力指数=1100」とある。いくら何でも1000を超えることはまれだ。そこで数字を検算してみたが、総資本利益率は13.75%、自己資本比率は80%、従って体力指数は1100となる。私は思わず「えっえーっ」と大声をだしてしまった。「あなたの会社は何をやっているの?」「繊維の下請け加工です」今どき繊維の下請け加工で、何でこんな体力があるのか。「どのくらいの売上規模なの? 何人使っているの?」「年間の加工賃が35億円、正社員は270人です」地方では立派な中堅企業である。ごくごく稀にだが年商1~2億円で、社員を少数の身内でかためた零細規模の会社の中には、小さいままに固まって現金商売を長く真面目にやっていると、親の代からの土地を売った現金をそのまま手をつけずに内部留保したりして、指数だけは400とか600と跳ね上がることがある。しかし売上35億円、社員270人の規模になるとそうはいかない。とかく利益を稼いでいない遊休資産を抱え、過剰な設備をもって、それらを銀行からの借金で賄っているから総資産は水膨れして、デフレ不況になると体力指数が300に遠くおよばない虚弱体質になってしまった会社が目につく。それなのに1100という驚くべき数字だ。S社がなぜこのような強靱な体力を身につけたのか、私でなくても知りたくなろうというものだ。S社長には幸いその後も何度か私のセミナーに参加して頂いたり、逆に私がS社にお邪魔して、さまざまな要因を話し合った。そしてそこから浮かびあがってきたことは、「自前の資金を速く回してがっちり稼ぐ」というS社の経営風土であった。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.09
■3つの不思議これまでに知り得た数多くの会社の中で、最も理想的経営をしている会社を次に紹介させていただく。それは、洋服の裏地や芯地などの織物メーカーS社である。ある大手繊維メーカーの下請けとして、従業員270人で約35億円弱の加工高を上げている地方企業だ。この会社の近年の業績をみると、世の中長引く不況で深刻なときに、経常利益を毎年2~4億円稼ぎ続け、同時に減価償却を毎年4億円ほど行っている。キャッシュフローは毎年5億円以上増え続け、カネ回りが実にいい。当然、無借金経営で、現預金は総資産の38%もあり、自己資本比率が80%を超えている。銀行の貸し渋りや貸し剥がしが社会問題になるような時代に、多くの銀行から「ぜひカネを借りてくれ」と担当者が毎日のようにやってくるが借りる理由がないとお断りする、うらやましいような内容の会社なのだ。このS社の好業績には、不思議が3つある。ひとつは、海外の安い商品におされて衰退産業の代表業種である繊維、しかも紳士服の裏地や芯地という付加価値のつけにくい地味な商品が中心なのに、なぜ今どき利益をコンスタントにあげることができるのかという不思議である。2つ目の不思議は、下請け業態なのに今の時期になぜ儲かるのかということである。親会社から原糸を受託され加工高をいただく商売だから、価格を抑えられ、値切られて本来儲からない事業のはずである。3つ目は、それだけのハンディをかかえていながら、日本全体を覆うデフレ不況の中で利益をあげ続けているという不思議である。つまり大変失礼だが、衰退業種・下請け加工・デフレ不況の三重苦をかかえ、青息吐息で喘いでいても不思議ではないような業種・業態・規模なのに、なぜコンスタントに好業績を維持できているのだろうか?その秘密を、繊維業界以外の皆さんにも正しく理解していただくために、背景にある繊維産業の盛衰ぶりについて予備知識を簡単に入れておこう。■ガチャマン景気も今は昔「ガチャマン景気」という言葉をご存知だろうか?若い方は聴いたことがないかもしれない。それもそのはず、今から50年前のことだ。昔太平洋戦争が終わった後の日本は、衣料不足の中で繊維を作ればその場で売れる時代が続いた。従来の絹や綿とは異なり、石油等から合成された新素材の化学繊維、スフやレーヨンの布地が飛ぶように売れ、輸出の花形産業となって、1950年に入ると機織り機を「ガチャンと一回動かすと一万円儲かる」、つまり「ガチャマン景気」とか「糸偏景気」と呼ばれる最盛期を迎える。郵便はがきが2円、森永のミルクキャラメルが1箱20円で爆発的に売れ、ミス日本に山本冨士子が選ばれた時代のことである。ところが日本の繊維産業は、1950年の朝鮮戦争をピークに、以後は衰退の一途を辿る。儲かるからと農家までがこぞって織り機を買って一斉に織りだしたが一転して供給過剰になってバタバタとつぶれていった。レーヨンなどの化繊はナイロンやポリエステルなどの合繊に替わり、新繊維法(繊維工業構造改善臨時措置法)によって、生き残った業者の設備の高度化・近代化が進められる。そうなると一度に大量の合繊が作られ、またも供給過剰となって不況を迎える。その間には福井の羽二重、丹波のちりめんなど全国の地場繊維産業がどんどん斜陽化し、80年代には特定不況産業に指定され事業転換が進む。70年代後半に画期的な織り機としてエアジェット機が導入され生産効率は一挙にあがるが、対米繊維輸出規制やオイルショックの中で、またも供給過剰になって不況を迎える。何度も大波に襲われている間に、急激な円高、中国製品などの台頭によって、日本の繊維業界は85年に輸出が輸入より多かったのを最後に、一転して大幅な輸入超になるほど弱体化してしまったのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.08
大幅な利益増をみても、B社長は気を緩めることはなかった。人は増やさない。むしろ高給をとっていた副社長がいない分だけ人作費は楽になっている。現地を訪れてわかったことだが、工場は小さな二階建てで、敷地も建物も借り物である。建物は中古を居抜きで借りたからお世辞にも立派とはいえない。もっともB社長がかつて再スタートを切るにあたり、格安の貸し物件しか選択する余地はなかったのも当然である。工場の中においてある機械も中古で、帳簿上の残存価格もごくわずかでしかない。しかし大きく儲かるようになると、粗末な工場や設備が気になってくるものである。ところが社長は工場を建て替えるつもりも、自社工場を所有する予定もないとおっしゃる。「だって、先生がそう本に書いているじゃないですか」社長はかつて借金で最新の設備をして倒産寸前までいき、眠れない夜が続いた経験をお持ちだから、私が年来主張し続けている「カタ太りの財務」の大事さを心から納得できたのだろう。B鉄工は利益が出てきた段階で、まず資本金を1000万円増額している。それを運転資金に回し、銀行借入を減らし、自己資本比率を改善している。また不良在庫を大幅に減らし、売上が倍増しているのに在庫商品はかつての半分となっている。これも資本負担を軽くしている。製造を外注に回し、新規の設備投資を抑えている。設備はもともとが中古機械ばかりだから、減価償却をすると、ほとんどないに等しい。短期間に財務をかなり引き締め、カタ太りにしている。B社長はしみじみと「先生、ようやくこの頃ぐっすり眠ることができるようになりました。以前ときたら、夜中や明け方に急にパッと目が覚めて、資金繰りを考えて寝つけなくなったものでしたが、お陰様で今は枕を高くして眠れます」と語ってくれた。私は直近6年間の財務諸表をみせてもらって、ここまでよくやった、社長ご立派ですよ、と思った。しかし仕事柄、「社長、まだまだ売掛金が多い。得意先に支払いの短縮をなんとか頼め」と言わざるを得なかった。「先生それはなかなか難しい」「難しいことはわかって言っている。だから社長のあなたがやらないと」と私は手厳しい。その後再びこの会社を訪れたとき、社長から質問があった。「全国のガソリンスタンドはバブル期には約7万軒あったものが、これから10年後には半分以下の3万軒になるだろうといわれてます。将来を考えると、わが社はどの方向に向かうべきか」と。社長は、自社の技術つながりで住宅関連の新商品をお考えのようだ。私は「それは勘違いの方向だ。ガソリンスタンドだけがおたくのグレーチングやバリカーを使うわけではない。郊外レストランや郊外パチンコ店など駐車場設備が必要な業界・業態は他にいくらでもある。まずは新しい商品を考えずに、主力のグレーチングとバリカーの新しい販路の開拓をやること」と注文をつけた。健闘をほめずにケチをつけるとは因果なことだが、この社長にはもっともっと立派な会社を築いて頂きたいからだ。余談だが、そのとき社長から非常によい話を伺った。B社長には人柄からか友人が多いが、その中に最初のピンチの時に立ち直るように応援してくれた建設業の社長がいた。B社長にとって恩人のような存在だ。ところがその建設会社が次第に業績を悪化させ、社員や幹部が次第に去っていって、ついには恩人の社長一人という状況に陥った。「こうなった以上はもう廃業するしかないよ」と寂しく語る恩人に、B社長はなんとか恩返しをしたいと考えた。「廃業した後どうされるのですか?」「何かやりたいが、何をやりたいのかも考えられない」「建設業を捨てることができるのですか」とB社長がきくと、「建設業を続けるしかない」と恩人は答えた。ここでB社長は私の本の受け売りで、こうアドバイスしたという。「それでは建設関連であなたができることで、建設の前と後の、人が嫌がる仕事を探されたらどうでしょう」と。それからしばらくして、その恩人から連絡があった。「Bさん、仕事が見つかったよ。建物の沈下防止工事だ。手間がかかる割にお金がもらえないと敬遠する業者が多くて、私に600万円の仕事がきた」という報告であった。B社長は、その恩人が仕事を立ち上げるための当座の資金を提供して、ようやく恩返しができたという。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.07
そんな時に『儲かるようにすべてを変える』というタイトルが社長の目に飛び込んできたというわけである。眠れない夜を過ごしてきた社長は拙著を手にして、一ヶ月に3回、無我夢中で繰り返し読んだとおっしゃる。本はたちまち付箋だらけになったと。著者としては嬉しい限りだ。特に「スクラップをしてからビルド」という言葉が社長の頭に強烈に入ってきた。「不採算事業をたため」「商品のラインを絞れ」「わが社の強みを知れ」「総資産を筋肉体質に」この本に書いてあることは間違いないと社長は確信された。そして今となっては道楽息子同然の生ゴミ処理機と家庭用浄水器部門を思い切ってたたむことを決意したのである。社長は社員を集めて、「当社は、ガソリンスタンドの小排水溝・グレーチング関連とバリカー一本でいく。売上が足りずに会社が潰れるかもしれないが、新部門を捨てないと生き残れない」と宣言した。副社長は、仕入れた浄水器の在庫を退職金がわりに渡して辞めてもらった。さらに取引銀行に行き、借入金の元本返済の繰り延べ交渉に動いた。「金利だけ払うことでなんとか」と頼み込む社長に、担当者は「じゃあこのくらいでどうか」と返済負担を減らしてくれた。同時に全社員で、全国の石油元売り会社にグレーチングとバリカーの直接売り込みをやり、特長のある商品が評価されて元売り会社に入り込むことができた。それも、これまで何の取引もなかったS社、I社、M社などの大手会社である。その結果は、冒頭の手紙にもあるように、前月の大赤字が翌月には大幅黒字に転換し、3年間続いた決算赤字が、黒字に転換してしまったのである。社長自身が「奇跡」とおっしやるように、劇的なV字回復を果たしたのだ。実際の売上推移はどうであったか。前年は2.3億円であったが、大手術をしたその年に鉄骨工事の売上を捨てても売上が減るどころか、2.6億円と増えている。翌年は3.3億円、今期は4.4億円を見込んでいる。要するに倍増である。B社長は「切り捨てるまでには迷い悩みました。しかし捨ててしまうと、もう後には戻れないと覚悟ができ、自分でも考えられないようなエネルギーが湧いてきました。今考えてみると、切り捨てていなければ石油元売りの本社へ、愛知の田舎から直接売り込むことなんて考えにも及ばなかったでしょうね」と語ってくれた。B社長は和議に追い込まれた時の苦しい経験をお持ちだ。だからこそ切り捨てる決断ができたのだと思う。「これ一本でいく」と思い切った以上、全国への売り込みに集中できて、これまでと違う迫力であっただろう。グレーチングとバリカーの売上はみるみる伸びて、切り捨てた部門の売上をカバーするどころか、同社の年商を倍に押し上げる高収益商品へと変身していったのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.06
■最初のピンチB鉄工は愛知県の某市に本社がある。たまたま近くの別の会社を指導する予定に合わせて、B鉄工にお邪魔した。社長にお目にかかると開口一番、「先生、ありがとうございました。わが社にとって今回の業績回復は奇跡です」と。お話を伺っているうちに、B鉄工は創業してこれまでに二度も、存続できるかどうかの大ピンチに陥っていたことがわかった。ここでB鉄工の創業からこれまでの歩みを簡単に紹介しておこう。B社長は、地元の建築建築から鉄骨工事を請け負う仕事からスタートした。真面目に注文通りの工事を丁寧にしてくれると好評で順調に受注を伸ばし、ほどなく年商一億円を越え、小さいが自前の工場を持つまでになった。しかし他の多くの同業者がそうであるように、小さな作業場で鋼材を切ったり溶接し組立てることは効率が悪い。創業して10年以上が過ぎた時、銀行から借金して鉄骨組立ラインの最新設備を行った。ところがこれが裏目に出てしまった。組立ラインが順調に稼働するほど注文がない。たちまち赤字転落である。悪いことは重なるもので、二社の得意先の工務店が倒産し不渡り手形をつかまされ、どうにも資金が行き詰まってしまった。そこで窮地に陥ったB社長は、倒産するよりはましと、和議の申請をして自宅も工場も売り払い、関係先に泣いてもらって債務を整理したが、個人保証をしていた銀行の借金を背負い込むことになった。事業を始めて15年目の大きな挫折であった。幸いB社長の人柄にガンバレと応援してくれる人も大勢いて事業は引き続き行うことができた。それから数年間は夜寝る時間も惜しんで、借金を返すために自分では肌が合わないと感じている鉄骨工事の仕事に励まざるをえなかった。奥さんも娘さんも借金返済のために働きに出なければならないほどの苦しい時代を過ごしたという。しかしやがて年商も再び1億円を越えるようになり、銀行の惜金も完済してようやく一息ついたら、社長は考え込んでしまった。「何とか人様にご迷惑をかけないようになってきたが、工務店の下請でいるうちは相変わらず儲からない。わが社にもっと儲かる事業をとり入れないと将来がない」と。そこで冒頭の手紙の文面にもあるように、工務店の無茶な注文も受けざるを得ない鉄骨工事から手を引き、業界ではグレーチングという排水のための格子網目の金属の蓋と排水用の小溝、またバリカーという駐車場に埋め込んでチェーンを渡して仕切るための円筒状の金属棒の加工販売に絞り込んだのである。一度倒産しかかった主力事業の鉄骨工事は、社長の肌にもともと合わなかった。和議で切り抜けた後は、借金を返すために鉄骨工事の仕事を続けていたが、やはり一生の仕事とは思えない。たまたま社長の興味を引く金属部品加工の仕事が増えてきた時に、建設不況となった。鉄骨工事の仕事はさらに儲からなくなり仕事も減りだし、つくづく嫌気のさした社長は他の事業への転換を決意したのである。これが創業以来の鉄骨工事を切り捨てた一番の理由であった。■自社商品の開発B社長が、グレーチング(排水溝の金属蓋)とバリカー(地面に差し込む金属ポール)という商品に出会ったのは、たまたまのことであった。B鉄工が再生に必死の時期に、あるガソリンスタンドから駐車場の金属部品の修理の仕事がきた。どこのスタンドでも、営業時間中は駐車場として出入り自由になっているコンクリート舗装のスペースを、営業時間外には封鎖するためにバリカーを地面に立てチェーンを通して交通止めにしている。営業中は当然バリカーを抜くのだが、抜いたあとの穴にゴミが入らないように金属製の蓋がついている。ところが車が鞘管を通過するとき蓋を引っかけて変形して閉まらなくなると、スタンドのアルバイト社員では直しようがない。この変形した蓋の修繕というなんとも半端な仕事だ。しかし仕事を選んでいられない社長は引き受けざるを得なかった。半端な修繕仕事を手がけているうちに、研究熱心なB社長は、蓋をどう修繕しても何度も変形する欠点を根本から解消するために、蓋のいらない鞘管の構造を考えついて特許をとった。早速施工してみると好評だ。またガソリンスタンドの排水溝の金属部分の修理も頼まれ、グレーチングが車の通過時にカタカタと音を立てることを防止するため、溝とグレーチングを簡単に固定する金具を自社で開発し特許を申請した。B鉄工の金属部品は石油元売り会社の地元支店からも高く評価され、近辺にある系列ガソリンスタンドの工事に指名で注文が来るようになった。この元売り会社の支店長は、他県の支店長にも引き会わせてくれ、商圏が次第に拡がっていった。鉄骨工事の売上は横這いなのに、グレーチングとバリカーの年商は1億円を越えるようになっていたのだ。しかしB社長にとって、これだけに特化するのでは不十分に思えた。鉄骨工事とは単価が違いすぎるからだ。小排水溝関連のグレーチングなどの金物は数千円からせいぜい数万円、バリカーにいたっては建築業者に一本6000円で納品している。鉄骨工事の受注単価とは比べものにならない安さだ。だから社長としては、鉄骨工事を切り捨てた場合の売上減をカバーできるようなもっと単価の高い商品はないかと探し回ったのである。■第二のピンチ環境問題が騒がれ出した頃のことである。バイオを利用した生ゴミ処理の機械が売り出され、業務用から家庭用まで全国で発売されていた。たまたま友人の会社が導入に興味を示してくれ、B鉄工でも業務用の生ゴミ処理機の研究を進め製造を始める。首尾良く売れると1台150万円から300万円になるはずだ。そのころB社長の高校の同級生が、家庭用の浄水器の仕入販売の仕事を持ち込んできた。実はB杜長は、最初のピンチを切り抜けるときに、さまざまな工事を請け負って、それらの中には業務用浄水器の設置足場の工事も経験していた。そのわずかな経験だけなのに、社長にとってはまるで無関係な商品には思えなかった。1台4~50万円もする器械だが、「これからの健康志向の時代にはヒット間違いない」と友人が強く主張し、社長も「これはものになりそう」と飛びついた。そしてその友人を副社長に迎え、浄水器の販売事業も同時にスタートさせる。ところが生ゴミ処理機と浄水器の新事業が、再びB鉄工のとんでもないお荷物になっていったのである。要するに一向に売れない。これまでの販売先は建設業者と石油スタンドである。ところが浄水器は一般家庭、生ゴミ処理機はレストランやホテルだ。これまでの販売ルートとはまるで違う。新事業展開のために人も増員したが、売るには時間もカネもかかりすぎて、いつまでも採算に乗らない。それどころか月を追う毎に赤字幅が大きくなっていた。商品開発にはやたら熱心だが、それをどう販売するかについてはおよそ関心がいかないという、製造業のアイデア社長タイプがよく陥る落とし穴に、B社長も見事にはまってしまっていたのである。おまけに浄水器販売の新事業を持ち込んできた副社長は、ちびちび仕入れていたのでは掛け率が悪いからと、反対する社長を強引に説得して、まだ1台も売ってもいないのに一挙に数十台仕入れてしまっている。しかし売れたのはほんの数台で、ほとんどが在庫になったままだ。生ゴミ処理機もプロトタイプを数台製造したが1台しか売れていない。そこに折からの不況の浸透だ。あっという間に業績が悪化し赤字が3期連続して、B社長は再び頭をかかえることになったのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.05
■一通の礼状ある社長から長文のお手紙を頂いた。ご本人の了解を得て、その一部を紹介させて頂く。 ※私は年齢65歳で鉄工所を営んでおります。社員は私を含めて22人です。(中略)私が先生の著書『儲かるようにすべてを変える』に巡り遭うまで、当社の業績は悪くなるばかりで、回復の兆しも見えず、暗いトンネルの中をただひたすら突き進んでいたように思います。(中略)早速この本を購入し夜な夜な読みました。私は頭が悪いせいか一度読んだだけでは少ししか理解できず、続けて2回、3回と読み返しました。この本で特に私の惹かれたところは「スクラップ&ビルドはスクラップが先」でした。(中略)私は鉄工所を営んでいながら、鉄骨工事が肌に合わず、不況の兆候が表れた9年前に、得意先の各工務店に鉄骨工事をやめ小排水溝などの建築金物に特化する旨通達、余った力で当時注目されていた生ゴミ処理機の製造販売と浄水器の仕入販売の新事業を始めました。ところが新事業がまるで軌道に乗らず、建築金物で稼いだ分を吐き出しても足りなくなり、この数年は赤字続きでお手上げの状況でした。先生がこの本でご指摘されている「たたむ・削る・変える」「最初にスクラップありき」ということに目が覚めた私は、足を引っ張っている新事業部門を思い切って全て切り捨て、会社の総力を小排水溝の金物(グレーチングなど)と単価は安いですが引き合いの多いバリカー(駐車場でチェーンをつないで仕切るポール)に絞ることを決意しすぐ実行に移しました。(中略)前月は560万円の赤字でしたが、驚いたことに翌月には737万円の営業黒字に転換しました。以降も赤字の月もありましたが圧倒的に黒字の月が続き、決算では不艮資産や不良債権を処理しても1600万円の黒字を計上できました。(中略)今期も業績は順調に推移しており、この分では7~8千万円の利益が見込める状況となりつつあります。井上先生の話されている「間口を狭く、奥深く深耕すること」の重大さを、全身で体感させて頂いております。(以下略) ※手紙を読んだ私は、「得意先に鉄骨工事をやめると通達した」、「足を引っ張っている新事業部門を思い切って全て切り捨てることを決意し、すぐ実行した」という社長の思い切った経営決断に驚かされた。確かに私は「たたむ・削る・変える」こそ業績回復の決め手であると、長年にわたって指導してきた。しかしこれは言うはやさしいが、実行がむずかしい。だいたい赤字会社の社長に限って、事業をたたんだり商品を削ったりすることに踏み切れないものである。たたむということは、その事業や部門の売上を捨てることだ。その分の売上不足をどうカバーするのか。ただでさえ売上不振に悩んでいる窮状にある。社長にとっては少しの売上でも、資金繰りを考えると貴重に思われる。たとえ赤字であっても、年々減り続けているとしても、モノを買っておカネを払ってくれる長年の得意先がいて、モノを納入してくれる仕入先もある。これらを切り捨てることでもある。社長にとって赤字部門のスクラップが必要なことは理屈でわかったとしても、実際には優柔不断、なかなか踏み切ることができないのが通常だ。社長をなだめ、すかし、時にはどなりつけ、「このままでは潰れてしまうぞ」と脅してもすぐには決断できない。これが世間で発生している多くの現実なのである。ところが、この社長は私の本を読んだだけで、「最初にスクラップありき」ということに目が覚めたとおっしゃっている。こんな社長は、私の経験の中ではじめてだ。文字どおりのV字回復をもたらした社長の「捨てる覚悟」について、実際のところをもっと知りたくなった。これも職業病のせいだろう。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.04
■11年で上場の夢を果たした原点東証一部に上場されているリンガーハットの1号店が長崎市にオープンしたのは、1974年6月のことである。それから11年で同社は上場を果たし、2003年には年商330億円・経常利益20億円をあげているが、記念すべきその1号店は、潰れたラーメン店を代替わりしてスタートしたのである。創業者の米濱豪さんは、鳥取から長崎にやってきて、20代で小さなスタンドバーを経営していたが、30歳にして「浜勝」という約7坪の小さなトンカツ屋を開業する。米濱さんは長崎ではよそ者である。資産も信用もなく開店したトンカツ屋はそこそこ流行ったのだが、故郷の親と弟たちを引き取っての生活は決して楽なものではなかった。開業資金の借金返済もあり、生活に回すおカネは僅かだ。少しでも売上を増やすために、肉まん、弁当などを他社の店頭で売ったり、県庁食堂を引き受けたり、立ち飲み串カツスタンドにまで手を広げていった。その頃には手許に引き取った二人の弟が頼もしい戦力となり、昼夜に及ぶ絶大な献身もあって、長崎郷土料理しっぽくを食べさせる「別館浜勝」をオープンさせる。米濱豪さんは、街の小さなトンカツ屋のおやじで満足せず、本格的な料理屋の経営を目指していたのだろう。県内から最高の素材を集めて、美味しい料理を豪華な雰囲気で提供する一流の名店を志向していた。そしてそれから4年後に、ロードサイドに敷地1000坪、店舗180坪の「喜々津浜勝」をオープンさせた。お店はお客でにぎわい彼の狙いは当たったかに見えた。しかし長期的な経営からみれば、バイパス沿いの広大な店舗用地取得や内外装に金をかけた店舗は、収益上からも資金繰りからも大きな負担であった。売上はあがるが、経費も増えていくので、銀行返済金など見えないところではおカネが苦しい。米濱豪さんは事業欲も旺盛で、トンカツ屋、寿司屋、しっぽく料理店、焼肉屋、串カツスタンドから結婚式場まで手を広げるのだが、バラバラな業態の寄せ集めだから、非効率この上ない。ところが思うようにカネが回らないと、「儲からないのはお前らのせいだ」と弟たちに文句を言う。豪さんは、創業者としてのカリスマ性でぐいぐい人を引っ張り、通らぬ理屈を腕力で通していったが、おカネの世界は別で、通らぬ理屈はなんとしても通らない。経営者一族が、24時間働きづめで帳尻を合わせているようなものである。とうとう二人の弟のうち、すぐ下の昭英さんは「ついていけない」と袂を分かち独立してしまう。もうひとりの弟、和英さんが毎月の売上数字をもって資金繰りに銀行を駆け回らなければならなかったのである。■24時間営業にしてみたら「浜勝」グループは年商8億円になっていたが、人口40万人の街で10億円以上売っていくには、今のような業態ではムリがあると商才のある米濱豪さんは気がついた。年商を10億、20億円と伸ばしていくには、今のマーケットを他の地域に拡げなければならない。まず長崎で基盤をつくり、大市場の福岡に進出し、さらには九州全域に出る。その大きな夢を現実にするためには、多店舗展開できる商品を持たなければならないと考えるようになっていた。その頃、アメリカにマクドナルドをはじめとする近代的なチェーンシステムが、日本に登場してきた。豪さんは弟の和英さんとチェーンの研究をし、勉強のためにどこかのフランチャイジーに参加することを検討していた。自分にシステム発想が欠けることを自覚していた豪さんは、チェーン展開を考えて、当時日立コンピュータのSEをしていた長兄の米濱鉦二さんも招聘した。そんなあるとき長崎の中心地である思案橋の近くに、全国チェーンを展開していた札幌ラーメン「どさんこ」の売り物がでた。ご存じの通り、長崎はチャンポンの土地柄である。ラーメンはよそ者扱いだから、最初はもの珍しさから飛びついたお客も長続きせず、開店わずか半年足らずで撤退した。「長崎でラーメンはムリ、やはりチャンポンだ。よしフランチャイジーになるのではなく、独自の商品で自分のチェーン展開を図ろう」と豪さんは考えた。そこでラーメンのスープにチャンポン麺を入れ「ちゃんめん」と名づけ、「長崎ちゃんめん」という屋号で1号店を開業することになる。小さな店だが、従来のチャンポンの店にはない、きれいな内装のレストラン感覚で食べさせるというので、たちまち話題を集めお客さんも入った。ところが、固定費(家賃・保証金・リース料等)を賄うだけの売上が十分にとれないのである。地方都市といっても、中心部の家賃は高い。店は狭いから満員になっても売上に限界がある。悩んだ豪さんは、何と夜の11時から明け方まで請負制で、店を他人に貸し出したのである。店舗を24時間稼働させることができれば、家賃負担が半分になると。すると驚いたことに、深夜時間帯の方が売上が多い。店を寝かせているから採算が難しいのであって、24時間営業にすればペイすると、豪さんは気づいたのである。これが中心部からやや離れた店舗なら、お客さえ入れば家賃も大幅に下がるから、もっと利益も出てくるはずだ。豪さんは翌年「長崎ちゃんめん」2号店を郊外にオープンさせ、わずか1年以内に、6号店までオープンする。当時は石油ショックで大不況のため、深夜でも働く人は十分確保できた。すると投下資本が少なく回収が早いから、カネ回りが急速によくなってきたのである。■リンガーハットの誕生しかしよいことばかりではなかった。新業態を無我夢中で造り上げたムリがたたったのか、豪さんは病に倒れて帰らぬ人になってしまったのだ。創業者を失い、システムに強い鉦二さんと資金繰りで苦労してきた和英さんが、豪さんの夢を継ぐことになった。そこで、二人は創業者が拡げるだけ拡げたビジネスをたたんで、浜勝とチャンポン店だけに経営力を集中し、ナショナルチェーンとして全国に進出しようという大きな夢へと書き換えたのである。本店の横に確保していた土地を売り、郊外に3ヶ所買うというように、採算のとれない店や遊休地はどんどん整理して、おカネと人材を集中させていった。そして主力商品として長崎ちゃんぽん、皿うどん、餃子に絞り込み、郊外の約40坪の店舗に正社員3名、営業時間朝の10時半から翌朝4時というモデルを設定し、①ドンブリ勘定からコンピュータによる予算管理②九州から全国制覇戦略③ナショナルチェーンを意識したCIと店舗の標準化④セントラルキッチンの導入⑤監査法人の早期導入という方針を打ち出し、1977年、長崎グラーバー邸の設計者であるリンガー氏の名前をとって店名を「リンガーハット」と改称、本格的なチェーン展開に踏み切ったのである。創業者が亡くなってからわずか1年後のことであった。それから同社は快進撃をつづけた。78年には福岡に20号店目を開き、79年には関東地区1号店を埼玉県与野市に開店、年商も倍増し16億円になっていた。同社はこの年に、先にあげた方針⑤である監査法人との契約を実行している。■財務を安定させカネ回りをよくするために九州のロイヤルが1978年に上場を果たし、創業者の江頭社長がベスト電器(当時)の北田社長と地元新聞で対談をした。そこで記者に「次はどこが上場しますか?」と聞かれたロイヤルの江頭さんが、「自分が見たところでは長崎のリンガーハットじゃないかと思う」と言ったと紹介された。そしてその記事を読んだ都市銀行の本店幹部が早速同社を表敬訪問したという。このことがきっかけとなってリンガーハットの経営陣は、上場を視野に監査法人と契約して、財務会計に本格的に取り組み出したのである。1981年ごろの同社の内部資料に、「計画判定表」がある。その項目には「税引後利益」「総資本」「自己資本」「総資本回転率」「総資本利益率」「自己資本比率」などのチェック項目が、「売上高」「売上利益率」「売上成長率」などとともに並んでいる。これらは「ドンブリ勘定」から脱出するための財務体質改善、つまりカネ回り強化の具体的な指標になるものである。そもそも監査法人は上場会社には必要だが、中小企業では上場の2年前でもなければ、契約する会社はほとんどない。しかし同社は上場する6年前から監査法人の指導を受けている。現在の米濱和英社長は、創業者の手当たり次第ともいえる事業拡大路線の中で、いつもカネ繰りの苦労の連続であった。そして初期投資の少ない郊外型の小型店舗で24時間営業するという、「少ない元手を効率的に回す」カネ回りのよいビジネスモデルにたどり着いて、全国チェーン展開を前提に財務体質の一層の強化を考えたのは当然のことだったかもしれない。そして同社は1985年に福岡証券取引所に上場、2003年には全国に491店舗を有する東証一部上場のナショナルチェーンとなったのである。実は、私が駆け出しコンサルタントの時代に、上場前の同社を担当していたことがある。創業者の豪さんは、長身のうえに苦味ばしった俳優にもなれるような男前であった。アイデアにも決断力にも優れ、創業者のカリスマ性を周囲に発揮しておられたが、長兄のシステム力と弟の現社長の管理力・組織運営調整力がなければ、今のリンガーハットは存在しなかったに違いない、と当時を知る者としてつくづく思うのである。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.03
「カネ回りがよい」とはどういう状況をさすのだろうか。たまたま新商品や新商法が当たって、売れに売れて大儲けでき、厚い札束が、会社の金庫にも銀行の口座にも、社長の財布にも溢れていることを言うのだろうか。確かにそれはそれで、カネ回りがよい状況には違いない。おカネが手許にどんどん集まってくる日々は、まさに至福の時であろう。しかしあれほど売れていた商品がぱったりと売れなくなり、ライバル会社が新たな商法で対抗してきて売上がみるみる減ると、途端におカネが回らず窮屈になってあわてふためく。これでは偶然の大儲け、神頼みの経営でしかない。たまたま商品がヒットしたからカネ回りがよくなり、売れなくなったからカネが回らなくなる、さらに言わせてもらえば好況だからカネ回りがよく、不況になると悪くなるというのでは、時の流れに任せているだけで経営不在だ。いついかなる時にも、例え、ものが売れない時代でも、カネ回りのよい経営を継続しなければならないのである。この頃「キャッシュフロー経営」ということがしきりに言われている。「キャッシュフロー」とは、何のことはない「カネ回り」のことである。1990年の冷戦の終結により、社会主義体制の25億人もの安い労働力と安い土地や設備から生まれた格安な製品やサービスが世界中に流れ出した。日本の土地担保主義の金融制度は一気に崩壊し、これまでの土地や設備などの固定資産に頼るストック経営のやり方、資金の使い方では、おカネが回らず詰まってしまうことになる。このような時代には、「キャッシュフロー」、つまりカネ回りをよくするための経営対策が注目されるのも当然なのである。カネ回りをよくする大原則は決して難しいことではない。古くはユダヤ商人や華僑がかたくなに守り続けた鉄則であり、身近では、朝市のおばさんが今も毎朝実行していることである。それは何かと言えば、「現金第一主義で、小さな元手をフル回転させて大きく稼ぐ」という「ゲンナマの高回転経営」に尽きる。現金をモノに変えたら、寝かせずに即座に売り現金にする。その現金でモノを仕入れたら、また即座に売り切って現金にする。この繰り返しによって稼ぐ。しかもすべての元手は、利益を稼ぎ出すものにしか使わない。利益を稼いでいないと判断したら、売却損がでようと即座に始末して現金に換える。理屈は実に単純である。トヨタ自動車は、売上約16兆円、経常利益1.5兆円(2003年度・連結)という、巨大企業にして同時に超高収益会社である。しかしこの巨大企業の経営原則が、朝市のおばさんの経営と同じだと言ったら、そんなバカなと納得されない方もいらっしゃるだろう。しかし、有名な「トヨタのカンバン方式」に代表されるジャストインタイムの経営は、高回転経営の見本のようなものだ。小さな元手を高速回転させ続けて強靭な財務体質を築き上げ、その強みが収益力をより増大させ、いつしか世界を代表する超優良企業が生まれたのである。「売れて儲かる商品・サービス」をお客さまに提供しつづけること、「いかなる状況でもおカネが回る仕組み」を自社に用意すること、この二つは、「カネ回りをよくする経営対策」の両輸である。このうち顧客が殺到するような「売れて儲かる商品・サービス」をいかに確実に提供していくかについては、すでに『稼ぐ商品・サービスづくり』で詳説した。本書は、残されたもうひとつの重要対策である「高回転経営」すなわち「いかなる状況でもカネ回りのよい経営」について、社長に必須の実務としてまとめたものである。たとえ不況の時でも、資金繰りの心配をせず、毎晩、枕を高くして寝ることができる。これもまた、経営者にとって至福のときではないだろうか。「カネ回りのよい経営」は、社長が決意すれば必ずや可能なのである。ところが社長にとってカネ儲けの話は好きでも、おカネにまつわる数字の話は理屈が多くて面白くない。しかもあまたの「カネ回り」関連書は、実に難しい。私は税務や財務などの管理畑出身ではないからか、専門家の書かれた資金や財務の本は、私とて難解、というよりほとんどわからないというのが実感である。なんとか経営者にわかりやすく、しかも実務にすぐ役に立つ本にしたい。そんな強い思いで本書を書かせて頂いた。本書によって、真実おカネに強い経営者がひとりでも多く増えることを念願しています。(「カネ回りのよい経営」井上和弘著より)
2004.01.02

年賀状の絵柄に合わせ、今年のテーマもコレにしました。(笑)
2004.01.01
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