2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全3件 (3件中 1-3件目)
1

7月20日のイアン・スミスイアン・スミスとの演奏曲目から3曲をウエブにアップロードしました。彼はデトロイトやウインザーでのイアン・スミス・ジャズトリオの演奏活動、DVDのバックグラウンドミュージックの作曲・演奏・録音、教会の音楽ディレクター、高校の音楽の先生と忙しいスケジュールです。 『海の見える街』(魔女の宅急便)音楽を聴く場合は上の写真またはここをクリックしてください 『世界の約束』(ハウルの動く城)音楽を聴く場合は上の写真またはここをクリックしてくださいアニメの成功はこれらのすばらしい音楽抜きではありえなかったでしょう。あわせて昨年好評だったクラウディオ・ボーリングの『フルートとジャズトリオのための組曲』から・・・・ 「アイルランド風」音楽を聴く場合は上の写真またはここをクリックしてください
2008.08.28
コメント(0)

8月7日から10日までカンザス・シティのハイアット・リージェンシー・ホテルで開催された全米フルート協会コンベンションに参加しました6日から5日間にわたり演奏会、講義、マスタークラス等々が目ぎっしりつまったプログラムロビー・コンサートもあったりして、にぎやいだ雰囲気です朝のストレッチ、ウォームアップクラスから夜のガラコンサートまで、ホテル内を動き回り、その間に楽器のエキシビション、楽譜を見て周り、夜には部屋でバタンキュー・・・!金曜の夜は師匠アービン・モンローの指揮で彼がフルート・アンサンブル用に編曲したベートーベンのセレナーデの中から2曲をコンサートで披露土曜の夜はパーティで、半年振りに再会した村松フルートのかたがたや、久しぶりに再会したフルーティストたちと歓談・・・少々飲みすぎました。
2008.08.14
コメント(0)

ボフスラフ・マルティヌー (1890 - 1959)はスメタナ、ヤナーチェックほど知られていませんが、チェコを代表する偉大な作曲家の一人です。マルティヌーは、その音楽、伝記を通して想像するに、かなりユニークな人物だったようです。チェコスロバキアのポリチカという村で生まれた彼の父親は靴の修繕屋で教会の鐘桜守 (火の見やぐらの番人) もしていました。6歳からヴァイオリンを始め才能を認められたマルティヌーは、支援を得て、プラハに出ます。プラハ音楽院で作曲、オルガンに転じますが、堅苦しいアカデミックな教育に反発して退学になってしまいます。故郷の小学校教師になった後、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の第2ヴァイオリン奏者として出発しました。1923年、この楽団が取り上げたルーセルの作品に強い感動を覚え、パリへ作曲で留学、ルーセルに師事しました。以降1940年までの17年間、マルティヌーはパリに住み、ルーセルを通じて秩序、明晰さ、節度、趣味のよさ、直接的で明確な表現といったフランス音楽の長所を自分のものにします。彼の作品には、チェコの民族音楽の影響とともに、師ルーセルの影響が見られます。マルティヌーはその後、ドイツ軍のフランス侵攻を逃れてアメリカへ渡り、遂に故国に戻ることはありませんでしたが、晩年まで一貫して精力的に創作活動を続けました。このフルートソナタはアメリカ滞在中の1945年に書かれ、全楽章を通じ、マルティヌー独特の自発的な動的リズムが見られ、はつらつとした健康な生命力を内蔵する音楽となっています。 この時期マルティヌーは5つの交響曲を中心に器楽作品を集中的に生み出していますが、初期の作品の特徴である、リズミックな動きに加えハーモニーの豊かさを前面に押し出した立体的な音作りを展開しています。ユーチューブにアップロードした第1楽章の録画をお聴きください。音楽を聴く場合は上の写真またはここをクリックしてください
2008.08.04
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

![]()
