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昨夜久しぶりに2インチの雪が積もりました。東京はが真っ盛りだというのに・・・・・しんしんと降りしきる雪道を、は時速20マイルでのろのろ運転・・・・・今朝は早朝から雪かきをしました昨年の日記を読み返してみると・・・・、去年は4月6日と11日にに気温が華氏20度まで下がり雪が降りました。春はま~だま~だ遠~いです
2008.03.28
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昨夜、午後10時15分、定刻どおりNW機はTampa空港に到着モノレールを降り、BaggageClaimへ・・・・・ベルトコンベアの周りは、燦燦と輝く太陽を求めて来ているらしい旅行客や、雪のミッドウエストから出張帰りのビジネスマン春休み休暇の学生などでごったがえしていました。ようやく荷物を取り出し、出迎えに来てくれたMさんの愛車レクサスで、空港を後に・・・深夜過ぎ、ようやくMさん邸へ到着・・・玄関を入ると・・グランドピアノのあるリビングルーム・・・・タイル張りの床にプールを見渡すダイニングルーム・・・・まさに映画に出てくるシーンそのもの翌朝、目覚めると、やはりピクチャレスクな、シーンが目に飛び込んでくる・・サンドヒルクレーンのつがいが邸宅の裏を歩いている・・・・裏庭の向こうはゴルフコースのグリーンでした・・・夢のような生活です・・・今回はMさんの豪邸でリラックスしたバケーションが過ごせそうです・・!!軽く朝食を終え、今日は近場のアウトレットへショッピングに途中海岸沿いの豪邸の立ち並ぶ一角を案内してくれましたが、上には上があるものだなーと出るのはため息ばかり・・・アウトレットの駐車場は車でごったがえしていました。Mさんの話では普段は、このアウトレットも老人コミュニティの様相を呈しているとの話でしたが今日は若い人や子供連れが目立ちます。私とは違い、Mさんと妻はハンターのように目が血走り・・・気合が入って・・私とは意気込みが違います・・・『リラックスした』バケーションはいったいどこにいってしまったのでしょうか?でもそのうち、ジャケットやTシャツの掘り出し物が見つかり、気がつくと、目は店内の商品をくまなく吟味していました雰囲気に飲まれるというのは恐ろしいのもです・・・植え込みに一風変わった花があったので写真を撮りましたMさんに花の名前を教えてもらいました・・・正式には「Strelitzia」という名前だそうですが、一般的には 「Bird of Paradise Flower」と呼ばれているそうです。日本語では、そのまま訳して「極楽鳥花」 、もしくは「ストレリチア」です。ショッピングの後はMさんお勧めの最近オープンしたすしレストランへ向かいました・・VIZEN(美膳)という名のレストランですが、内装は黒を基調にした、モダンなつくりですが、オーナーシェフは日本仕込の本格派で、 出てくる一皿一皿に工夫が込められた創作すし風で、非常においしく、日本でもなかなかお目にかかれない絶品です。おいてある吟醸酒や濁り酒もこれまた美味で、お酒もすすみました。あまりのおいしさに、日曜にもまた来てしまうことになったのですが・・・味覚のみならず、視覚も楽しませてもらえたひと時でした。
2008.03.20
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3月14日はゲオルグ・フィリップ・テレマンの誕生日です。ゲオルグ・フィリップ・テレマンは、後期バロック音楽を代表するドイツの作曲家。 生前は同時代の作曲家であったバッハやヘンデルより、人気と名声のあった作曲家でした。 1722年、ライプツィヒの聖トマス教会の楽長が亡くなった時、ライプツィヒ市はまずテレマンを招聘しようとしたが断られたため、仕方なく知名度の低かったバッハを招聘したというエピソードがあります。テレマンの天才ぶりを簡単にまとめてみると・・・・12歳でオペラを作曲し始めた神童ライプツィヒ大学で法学を学ぶと同時に、学内では楽団コレギウム・ムジクムを組織23歳でプロムニッツ伯爵の宮廷楽長にになると、伯爵が好むフランス風管弦楽組曲を作曲27歳で、アイゼナハ宮廷楽長に赴任、宮廷礼拝堂楽団を組織31歳で、自由都市フランクフルト・アム・マインの教会の楽長に就任・・・・・・・・そして40歳となった1721年より その後46年間、ハンザ自由都市ハンブルクの都市音楽監督兼ヨハネスカントールとして、オペラ、コンサート、教会音楽や出版を行い、高い名声を得ました。 テレマンは、裕福な市民層を相手に作品の予約販売という方法で成功を収めたほか、隔週の音楽雑誌「忠実な音楽の師」を刊行、毎号、新作楽譜を掲載するという新手の商法を生み出すという商売上手でもありました。 テレマンは、オペラ20曲、室内楽200曲、協奏曲100曲、管弦楽130曲、受難曲46曲、教会カンタータ1000曲という膨大な作品を残しましたが、その中心は器楽作品です。楽器の多くを演奏することができ、木管楽器については高い技術を有していたといわれており、フルートのためにも多くの作品を残しています。テレマンは フルートのための12の無伴奏ソロ曲集 を作曲しました。昨年演奏した 『無伴奏フルートの為のファンタジー 第2番 イ短調』 をお聴きください。音楽を聴く場合は上の写真またはここをクリックしてください
2008.03.14
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まだ雪の残る今日この頃ですが気温は華氏32度(摂氏0度)位まであがってきています。昨日のアナーバーコンサートバンドの定期演奏会テーマはアメリカの音楽特集まず最初はヴィンセント・パーシケッティ(1915-1987)が1951年に作曲した6曲からなる 「ディヴェルティメント」-プロローグ(Prologue ) ソング(Song ) ダンス(Dance ) パロディ(Burlesque ) 独白(Soliloquy )マーチ(March )-です。初演はニューヨークのセントラル・パークにある野外音楽堂「ザ・モール」で、ゴールドマン指揮のゴールドマン・バンドによって行われました。続いてリヒアルト・ワーグナーの楽劇トリスタンとイゾルデ』より有名な 「愛の死」です。3曲目はロジャー・ニクソン(1921ー)の作曲した「太平洋の祭り(Fiesta del Pacifico)」: ちなみにこの曲は今回一番の難曲です。続いて、サミュエル・バーバー (1910-1981) の「ファースト・エッセイ」 バーバー作品は豊かで華麗な旋律が特徴的で、新ロマン主義音楽の作曲家に分類されています。ファースト・エッセイの原曲はオーケストラの為のもので、1938年にトスカニーニ指揮NBC交響楽団によって初演されました。 続いて、アーロン・コープランド作曲によるバレエ作品『アパラチアの春』から、「シェーカー派の楽曲による変奏曲」原曲は振付師でダンサーのマーサ・グラハムの依頼と、エリザベス・クーリッジ夫人の委嘱により13人編成の室内楽オーケストラのための作品として作曲されました(14楽章)1944年10月に初演されました。8楽章形式のオーケストラ組曲として編曲されたものが広く知られていますが、今回はコープラン自ら、吹奏楽のために編曲したヴァージョンです。この曲はこのバレエ作品の中で最も良く知られている楽章であり、多くのTVコマーシャルにも用いられてきています。つづいて、エリック・イヴァーゼン作曲の「死者と生存者の為の賛美歌」。 この曲はナインイレブンテロの犠牲者・家族の為の聖歌で美しいメロディラインが印象的です。最後は「行進曲の王」スーザの 「美中の美」行進曲としては、メロディラインの際立った曲です。この曲は1908年のボストンのフェアーで見た美少女をモデルにした曲らしいです。コンサートの後、今夜はJさんの引っ越し祝いでOレストランでおいしいお寿司と・・・・お酒・・・・をいただきました
2008.03.03
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