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スポーツライター阿佐智氏は「夏の甲子園大会」の中止報道に関し、夏の甲子園大会が難しいのであれば、センバツ出場の切符を手にしていた高校が甲子園に出場する「夏のセンバツ大会」を開催してどうか? と提案をされている。 それはなかなかすごいではないか! ボクはこの案に大賛成です。 インターハイがないのになぜ野球だけ?と非難の声が上がるのは間違いないが、組織が大きいだけに早めに中止を決めた高体連の判断も良し。一方で、ギリギリ最後まで粘って「転んでもただでは起きない」姿勢を見高校生たちに見せるのも教育だろう。ぜひ高野連には、この案に耳を傾けていただきたい。 以下、阿佐智氏の私案。 すでに報じられているが、どうやら春のセンバツに続いて「夏の甲子園」もコロナの影響で中止になりそうだ。聞くところによると、早いところでは6月下旬から始まる各都道府県代表校を決める地方大会の足並みを揃えるのが難しいことがその要因だという。要するにいまだ「収束」とは言えない状況下で、地方大会から数えると2か月に及ぶ長丁場の大会を実施するのは困難だということだ。しかし、ひと月余りの国民挙げての自粛生活の甲斐あって、収束の方向性が見えてきたこの時期に、中止を決める必要はあるのだろうか。 一部の「高野連叩き」の論者の中には、この大会を管轄する高野連が収益に目がくらんで「甲子園」を何としても実施したがっているであるとか、高校野球だけが神聖視されるのはおかしいであるとか、それゆえインターハイの中止が決まっているにもかかわらず、夏の甲子園の中止決定が遅いなどと言う者があるが、それらは、「高校野球叩き」という結論ありきの根拠のない的外れな論にしか映らない。そもそもインターハイの主催団体は高体連であり、高野連はこれには属していない。 高野連が高体連に加入していないことについては、それはそれで問題がないことはないだろうが、主催団体が違う以上、高野連が高体連の決定に追随せなばならない道理はない。様々な競技を行うインターハイが早々に中止を決めたのは、その大会規模のゆえ、準備期間を考えると早い時期にその決定をせねばならなかったからであり、高野連がそれと判断時期を同じくしなかったことをもって、「高校野球だけが特別視されている」という結論には至らないだろう。 春の選抜に関しては、確かに中止の判断が遅かったように思う。というのは、中止決定の前にすでに、多くの地域で学校が休校となっていたからだ。学校の教育活動の一環として部活がある以上、その根幹たる学習活動が行われていない状況下で、本来的に生徒の余暇活動である部活の延長線上にある全国大会だけが行われることには明らかな矛盾がある。 しかし、コロナが収束の気配を見せ始めている中、8月に行われる「夏の甲子園」の中止決定を今行う必要はあるまい。これは各競技に言えることだが、できるかたちで何かをしていくべきではないだろうか。その熱の入れようには濃淡はあるだろうが、高校生たちはもう戻ってはこない青春を競技に捧げている。彼ら彼女らが3年間汗を流してきたのは、その先に、自分を試す「ガチンコ勝負」の場があるからに相違ない。 では、その「できるかたち」とはなにか。高校野球の場合を考えると、この夏に関しては、地方大会と全国大会、つまり「甲子園」を切り離してはどうか。どうやら地方大会の開催については、各都道府県連盟に任されるらしく、多くの都道府県で実施の方向のようである。 では、代表校をどうやって決めるのかという意見も出るだろうが、それはすでに決まっているではないか。そう、春のセンバツ出場校だ。少なくとも彼らには、全国大会の舞台に立つ資格はある。そうすれば、夏の地方大会は後ろにずらせ、日程にも余裕をもたせることができるだろう。長い休校もあり、おそらくは今年の8月は多くの学校で通常の授業が行われることが予想される。そう考えると、地方大会は、7月以降の週末を中心に開催して極力選手たちが授業を欠席することがないようにする。 そして、これと開幕を同じくして選抜出場予定校で夏の全国大会を行うのだ。大会方式や名称、主催新聞社の相違もあるが、それがネックになるなら両者主催とし、大会名を変えればいい。「球児のため」に各大会があるなら、それは不可能ではあるまい。センバツの出場校は32。5回のトーナメントで優勝校が決まる。当初予定では大会の日程は13日だったが、大会中学校で教育活動が行われていることを考えると、もう少し日程を短くする必要はあるかもしれない。また、6月中に開幕かとも言われているプロ野球も日程の変更もあり、甲子園を使いたいだろう。そう考えると、大会序盤に関しては、甲子園以外の関西圏の他球場を使い、例えば、甲子園の使用は2回戦(ベスト16)からとするなどすれば、大会日程も短縮でき、「持ち主」である阪神球団も、スケジュールのやりくりがしやすくなる。 地方大会との兼ね合いで言えば、この全国大会で敗退したチームは、その時点で順次地方大会に参加すればいい。「甲子園」で最後まで残ったチームは、地方大会に戻った時点で、トーナメントのかなり上位から参戦することになるが、それは全国大会で最後まで残ったことによるメリットを考えればいいのではなだろうか。 また、センバツ出場校はすべての都道府県を網羅していないではないかという批判意見もあるかもしれない。それについては、センバツから漏れた当該府県の夏の地方大会優勝校に国体出場権を与えることによって代替はできないだろうか。これによって国体の高校野球出場校は増加するだろうが、そこは前向きに考え、方策を練るべきである。 おそらくその時期までにコロナが「完全収束」していることはないだろう。それを考えると、無観客はいたしかたがないように思う。収束具合にもよるが、ベンチ外選手くらいは社会的距離をとる、マスク着用、応援無し(つらいだろうが)などの条件つきでスタンドに入れるべきだとは思う。 高野連が危惧する移動のリスクはもちろんゼロではないが、出発前の検査の義務付けなどの対策で極力ゼロに近づけることはできるのではなかろうか。 そして、あらかじめガイドラインを決めておき、その基準に触れてしまったときには、残念だが大会は中止、または、当該都道府県に所在する学校は出場見送りなどの措置をとらねばならないだろう。 現実には、高野連内で方針が決まった以上、中止の流れは変わることはないとは思われる。しかし、「令和2年生」たちが「空白の世代」とならないために、大人たちが知恵を絞って「できること」を実行することが今求められているのではなかろうか。無論これは野球だけの話ではない。 「コロナに打ち勝つ」とは、ウイルスの蔓延、発症を防ぐことだけではない。また、今後人類はコロナと共存していかねばならない。人が人として生きていることを実感できる文化・スポーツ活動を取り戻すことこそコロナとの共存の証なのではないだろうか。球児たちの「夏」の行く末は20日に発表される予定である。
2020.05.17
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東京六大学野球連盟は13日、オンラインで臨時理事会を行い、新型コロナウイルス感染拡大で5月下旬としていた春季リーグ戦開幕を8月12日前後に再延期することを決めた。1試合総当たり制で春季リーグ戦の8月開催は同連盟史上初。 伝統の誇りを胸に、“真夏の春季リーグ戦”を行う。同連盟の内藤雅之事務局長は「天皇杯をご下賜いただいてるリーグ。1試合総当たりでも開催したいというのが6校の総意だし、こういうやり方もあると全国の26連盟に示したかった」と説明。1925年創設という大学球界最古の歴史を強調した。 元ロッテ投手の早大・小宮山悟監督(54)も「リーグ戦が中断されていた戦時中も、練習を欠かさなかった。練習こそが尊いという、早稲田大学野球部の理念をもう一度考えるいいきっかけになる」。最大3人で2時間交代という制限の中でしか自主トレができない現状も、前向きに捉えている。観客の有無、控え選手のマスク着用などは今後の状況を踏まえて決める。また、秋季リーグ戦は予定通り、9月19日に開幕することも確認された。(スポーツ報知) いわゆる“最後の早慶戦”当時に早大のマネージャーだった相田暢一さんが、自著『あゝ安部球場 紺碧の空に消ゆ』(ベースボール・マガジン社)に当時のことを記している。それは初代監督だった飛田穂洲の言葉だ。「野球への弾圧は日に日に厳しくなり、野球をすることがほとんどできなくなった。飛田穂洲さんのお考えは、リーグが解散を命じられ、試合ができなくなっても早稲田は練習を続ける、ということだった。野球はアメリカからきたスポーツだというが、野球はたんに勝った負けたを争うスポーツではない。日本の学生野球は一つの道だ。野球道である。だから早稲田大学の野球部は一人になっても野球を続ける・・・」。 もちろん今は戦時中ではないけれども、小宮山悟監督は、早稲田の野球道精神が今も生きているとおっしゃりたいのだろう。 さてさて、朝ドラの『エール』は、いよいよ"紺碧の空”誕生秘話へ。この曲が初めて披露された昭和6年春の早慶戦では、あの「三原脩のホームスチール」が飛び出したのですね。(リンクなし)CD/TOKYO BIG6 Sounds of 神宮球場 〜東京六大学野球編〜/スポーツ曲/DQC-14
2020.05.16
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全日本大学野球連盟は12日、オンラインで臨時理事会を開き、当初の6月から8月12日開幕に延期されていた第69回全日本大学野球選手権の中止を決めた。中止は史上初。 会見した内藤雅之理事は「緊急事態宣言中でほとんどの加盟校が大学構内にも入れず、リモートの授業も始まっている。また、ほとんど全体練習が中止の状況。5月31日以降に緊急事態宣言が解除されても、選手の健康を考えると1カ月近くの全体練習が必要と考えられる。 そうなれば地方のリーグ戦は始められても6月下旬から7月。同時期に大学は試験期間でもあり、8月の全日本選手権があるゆえに代表校決めるための無理な運営が予想される」とし、「連盟としては全会一致で加盟校の選手や関係者の安全を最優先に考えて、各連盟の中止を待たずに先に決定した」と説明した。(スポーツニッポン) 「全日本選手権があるがゆえに代表校決めるための無理な運営が予想される」ことが中止を決定した"肝”のようだ。残念で仕方ないけれども、すでに東都、東京新大学の2連盟が通常リーグ戦を断念している。他の連盟も今後の対応策を協議するが、同様の結論になりそうな気配。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今から75年前、1945年(昭和20年)11月23日、終戦からたった3か月後、神宮球場でプロ野球東西対抗戦が復活しました。まだ、生きていくことや食べることさえままならない時であっても、やっと開幕した野球に触れたいと願う多くの人たちや、長期間におよぶ閉塞感から解放されたいと願う多くの人たちが神宮に集まりました。以下『真説・日本野球史』(大和球士著、ベースボール・マガジン社)より。 「この試合東西対抗戦は、終戦直後の大混乱期に開催されたにもかかわらず、4万5千人の大観衆が詰め掛けた。神宮球場で行われるのは1942年(昭和17年)以来5年ぶりではあったが、内野席を超満員にし、外野席も7割がたが埋まったという」。 「一体どこから4万5千人もが集まってきたのであろうか。(中略)単純な野球愛というよりは、敗戦から立ち上がろうとする日本人の活力の発露と見る。野球人に強靭な精神力があったことは頼母しく、日本人に祖国再建の活力がみなぎっていたことはいよいよ頼母しい限りである。野球人、野球ファンが『ニ位一体』となって野球復活は快速調に進むことになる」 今は新型コロナウイルス禍で野球をやることや見ることが出来ませんが、75年前と同様、いつか晴れ晴れとした表情で球場に足を運ぶ日が来るでしょう。その日を夢見て、今は辛抱ですね。
2020.05.12
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1943年(昭和18年)初め、日本野球連盟・鈴木龍二理事長が陸軍に呼ばれ、ボールやストライクを日本語に言い換えるよう要請された。連盟は賛否両論あったものの、野球存続のため要望を受け入れた。 当時、野球関係者たちは、「野球存続」が第一だった。どんな理不尽な軍部の要求であっても、それが「野球存続」につながるならば、それを受入れた。 2月13日、連盟は不本意ながらも各球団に通達を送った。「皇国二挺身シテ戦ウ野球戦士トシテ職域ノ誠ヲ尽スベシ」。 そして野球用語は、日本語に統一された。例えば、ストライクは「正球」、ボールは「悪球」、アウトは「無為」、セーフは「安全」、ファウルは「圏外」、フェアは「正打」。面白かったはファウルチップ、この言葉まで日本語にする必要があったのかと思うが、これを「擦打」と名付けたのは言い得て妙。 また、職業野球とは別に東京六大学野球連盟も日本語化を行っていて、ファウルチップは「即捕外圏打」(そくほがいけんだ?)と名付けたそう。日本語というよりもはや中国語に近い!(笑) ちなみにこの1943年(昭和18年)の最高殊勲選手は巨人中堅手の呉昌征だった。嘉義農林出身の「人間機関車」。(写真)呉昌征は中央、向かって右が白石敏男、左が須田博(スタルヒン)~『激動の昭和スポーツ史』(ベースボール・マガジン社)より。
2020.05.11
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1944年(昭和19年)、プロ野球の運営は困難になった。戦局は緊迫していた。B29が日本を襲い、一億総武装を閣議で申し合わされるなど野球を続けることが絶望的になり、11月13日、職業野球の一時休止が発表された。 この年1月、職業野球を統括する日本野球連盟が「日本野球報国会」に名称変更し、選手は軍需工場で働き試合を土日だけにするなどして行き残りを謀ったが、結局叶わなかった。こうした不安定な状況に不安を感じた選手には退団する者もいた。 そんなことがあり、同年8月30日、甲子園球場の阪急対朝日戦が終わった時、各球団の選手は10人ぐらいまで減り、単独球団の試合はできなくなっていた。そのため「巨人と朝日」「阪急と近畿」「阪神と産業」で混成軍を作り、「日本野球総進軍」大会を9月9日から開いた。そして秋になりいよいよ試合を行うことが不可能になると、甲子園、後楽園、西宮の3球場で行った3つの大会を最後に試合を打ち切った。最後の試合が行われたのは同年9月26日だった。 驚くのは、このような激しさ増す戦時下にあって、甲子園、後楽園、西宮球場の9日間18試合に3万2658人もの観客が集まっていたという事実。よくぞこれだけの人が野球を見に球場へ行ったものだ。たぶん戦後の野球復興を後押ししたのも彼らなのだろう。 ちなみにこの19年の最高殊勲選手賞は、阪神の若林忠志投手がなった。戦前から戦後にかけて頭脳的ピッチングの第一人者。絶妙のコントロールが際立ち、「七色の変化球」が一世を風靡した。(写真)法政大時代の若林忠志 ~ 『日本プロ野球偉人伝』(ベースボール・マガジン社)より。野球教室 若林忠志・山本一人・別当薫 [DVD]若林忠志が見た夢 プロフェッショナルとい (単行本・ムック) / 内田 雅也 著
2020.05.10
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東京新大学野球連盟は7日、今春のすべてのリーグ戦と入れ替え戦を中止すると発表した。春季全日程の中止は連盟史上初めて。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、全日本大学野球連盟に加盟する26連盟の中で最も早い決断となった。(日刊スポーツ) ただしスポーツ報知によれば、全日本大学野球選手権が開催される場合は、代表校を決めるため1部だけはトーナメント方式などで実施する可能性があるらしい。 8月12日に開幕予定の全日本大学野球選手権(神宮)への出場校については、状況が好転した場合に1部6校による代表校決定トーナメントの実施など、慎重な協議を行って決定するとしているが、同大会の開催も危ぶまれている。(スポーツ報知) だからリーグ戦と入れ替え戦は中止になるものの、1部に限りトーナメント戦などが行われる可能性はあるとのこと。注目の全日本大学選手権は現在のところ、8月12日に開幕、20日に決勝が行われる予定。すべて神宮球場。5月12日に緊急理事会が招集される。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 東京新大学リーグといえば、思い出すのは流通経済大の選手だった神戸拓光と、東京国際大の古葉監督。 2006年の秋季リーグ戦に見た、神戸の特大本塁打が衝撃的だった。両翼99mのフェンスを軽々と超え、ライトスタンド最深部に高く張られたネットの最上部に打球が当たった。飛距離150m⁉ と思えるほど。190cmを超える大きな体と、ピンポン玉のように飛んでいく打球にとてつもない魅力を感じた。 また、2008年には、古葉竹識さんが東京国際大監督に就任された。2011年春にリーグ戦の優勝を飾ると、同年6月の全日本大学野球選手権ではチームをベスト4に導いた。 準決勝では慶應義塾大に惜しくも敗れたものの、東京国際大・古葉と慶應義塾大・江藤省三監督の゛プロ出身監督同士の対決”と大いに話題になった。と同時に゛東京国際大に古葉監督あり!”と広く世間に知らしめた。 リーグ戦を県営大宮公園球場で、そして全日本選手権を神宮で観戦した。近鉄ファンだったボクにとって広島監督だった古葉さんは憎き敵将(笑)だったから、一挙手一投足に「江夏の21球」の記憶がついてまわったものだった。江夏の21球【電子書籍】[ 山際 淳司 ]NHK特集 江夏の21球 【DVD】【新品】【本】近鉄バファローズの時代 プロ野球史上最も熱かった球団の50年史 大阪バファローズ研究会/編
2020.05.09
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東京六大学春季リーグ戦の日程が4日、緊急事態宣言の延長を受けて再協議されることになった。開幕を今月下旬に延期し、1試合総当たり制に方式を変更して実施する方針だったが、13日の臨時理事会で再考する。(スポーツニッポン) 東京6大学は4月5日の臨時理事会で、今春は2戦先勝による勝ち点制に代え1試合総当たり方式にすることを決めた。短期間で消化できる方式とした上で、早くて5月30日の開幕を目指していた。だが、同日までに緊急事態宣言が解除されても、準備期間を考えれば再延期は必要だ。既に「リーグ戦の中止を含めたあらゆる可能性を視野にいれていきたい」としていたが、中止なら戦争による43~45年以来75年ぶりとなる。(日刊スポーツ) 1試合総当たり制であれば、6月を準備期間に充て、7月初旬に開幕できれば全試合の消化は問題ないでしょう。困るのはさらに宣言延長された場合。この場合は俄然、中止の可能性が高まりそう。なぜなら9月は秋季リーグ戦が始まりますから。あまり想像したくないけれども。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー リーグ戦の中止は、戦争による43~45年以来75年ぶりとなるーーー。 戦争により東京六大学リーグの中止が決定したのは1943年(昭和18年)春のことでした。3月29日、文部省は学徒の武道以外のスポーツを禁止する通達を出し、春のリーグ戦は不可能になり、4月29日、六大学野球連盟は文部省に連盟の解散を伝えました。その結果、戦前のリーグ戦は42年(昭和17年)秋が最後となりました。実はこのシーズンも1試合総当たり制、優勝は早大で5試合3勝1敗1分。2位はエース藤本英雄を擁した明大と、西本幸雄主将が率いる立大、いずれも5試合3勝2敗でした。 西本さんの1943年(昭和18年)春の頃の話を思い出しました。以下、『パ・リーグを生きた男 悲運の闘将 西本幸雄』(自著、ぴあ)より。「昭和16年に戦争が始まったけれども、東京六大学は17年秋までリーグ戦がやれたんだよ。その後の明治神宮大会で優勝したから、次のリーグ戦は優勝するぞと張り切ってた。でも翌春の入場式の時に、東京が攻撃されたんだよ。神宮外苑にある絵画館まで電車で行こうとしたら警戒警報が出た。まだ空襲警報ではなかったな。軍艦みたいな大きな飛行機が、手を伸ばしたら届きそうなところを飛んでいた。ズーンと腹の底に響くようなすごい轟音だったね。もう桜が咲き始めてたんだけど、飛行機の黒い影のところにきれいに咲いてた。あれが印象的で忘れられんねぇ。あの日東京が攻撃されて、神宮球場に行こうとしたけど、リーグ戦は中止になった」。「時代が戦争に向かっていく中で、勉学にも野球にも力を入れていたと言いたいところやけど、大学時代はやっぱり野球が一番前に進んどった。でも、在学中に徴兵検査があって、いずれ軍隊に行くことはわかっていたから」。 1943年9月、西本さんは立教大を繰り上げ卒業、11月に入隊し、中国にわたりました(46年6月復員)。 BBM2009 近鉄バファローズメモリアルカード1950-2004 プロモーションカード(Bookstore) No.P3 西本幸雄 在宅勤務など家で過ごすことの多い今だから、ゆっくりと靴でも磨いてみてはいかがでしょうか。 ストレスを解放して心を落ち着かせ、あらたな活力が湧く効果が期待できるそうです。『靴磨きの教科書』(毎日新聞出版)より。ビーズワックス ポリッシュ ブラック 50ml 【 シューケア 鏡面磨き用ツヤ出しワックス 防水 スムースレザー ワックス 】 サフィール ノワール ( Saphir Noir ) | 靴磨き 革靴 皮靴 お手入れ シューズ レザー シューズケア 本革 汚れ防止グッズ 光沢 メンテナンス用品YOUR STORY (初回限定盤 4CD+DVD) [ JUJU ]価格:4488円(税込、送料無料) (2020/5/8時点)
2020.05.06
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8月12日に開幕予定の全日本大学野球選手権(神宮)が、大会史上初の中止になる可能性が浮上した。安倍首相が4日、緊急事態宣言の31日までの延長を発表したことを受け、主催する全日本大学野球連盟が12日に緊急理事会を招集することが判明。ここで開催の可否を議論するが、関係者は悲観的な見解を示した。 今年で69回目を迎える伝統の大学日本一決定戦は例年、6月に開催。今年も当初は6月8日に開幕予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月2日に約2か月の延期を決めた。これにより、各連盟は春季リーグ戦の延期が可能になったが、緊急事態宣言の延長によって、取り巻く環境が一気に悪化した。例年は8月下旬から秋季リーグ戦が始まる連盟があるため、これ以上の延期は難しい。(スポーツ報知) 緊急事態宣言は5月31日までの延長が発表されました。練習再開から公式戦を戦うコンディション作りに要する期間は約1か月間と言われ、最も延長期間の長い首都圏や近畿圏の開幕は7月以降が見込まれます。しかし7月は大学生にとっては試験期間、さらに8月末は秋季リーグ戦が始まるため、各連盟の春季リーグ戦の実施自体が難しそう。全日本大学野球選手権開幕の可否を協議する臨時理事会の開催は12日。今年69回目を迎えるこの大会は、史上初の「中止」の窮地に立たされています。 最後に、全日本大学野球選手権大会のことを少しだけ。 今年69回目を迎えるこの大会、第1回は1952年(昭和27年)に開催され、優勝は慶應義塾大でした。山本治(明石高、のちに鐘淵化学)や、リーグ戦で通算20勝した河合貞雄(西京高)らが台頭してチームをけん引しました。 優勝回数は最も多いのが法政大で8回、次いで駒沢大と明治大が6回、そして早稲田大が5回と続きます。法政大の優勝で思い出すのは平成21年の富士大との決勝戦、劣勢だった法政が終盤にバスターで逆転した試合です。先発は三上朋也(県岐阜商、現横浜DeNA)、リリーフで登板したのはエース二神一人(高知高、元阪神)でした。富士大はエース守安玲緒(菊華高、現三菱重工神戸・高砂)がひとりでマウンドを守り抜きました。ちなみにこの時、惜しくも敗れた富士大監督は、現法政大監督の青木久典さんでした。(写真)1955年の都市対抗で久慈賞を獲得した山本治(右)。左は橋戸賞の松本豊、ふたりは慶應大時代からの親友でもあった。~『激動の昭和スポーツ史 社会人野球』(ベースボール・マガジン社)より全日本大学野球選手権大会 2007 [ (スポーツ) ]全日本大学野球選手権大会2010 [ (スポーツ) ]在宅勤務など家で過ごすことの多い今だから、ゆっくりと靴でも磨いてみてはいかがでしょうか。 ストレスを解放して心を落ち着かせ、あらたな活力が湧く効果が期待できるそうです。『靴磨きの教科書』(毎日新聞出版)より。靴磨き クリーム 鏡面仕上 防水 SaphirNoir サフィールノワール ミラーグロス 75ml(全4色) ポリッシュ シューケア 靴磨きクリーム 鏡面仕上 靴の艶出し 防水 光沢 (a7s)靴磨きの教科書 プロの技術はどこが違うのか / 静孝一郎 【本】脳がクリアになるマインドフルネス仕事術 Business Life / 川野泰周 【本】「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方【電子書籍】[ 川野泰周 ]会社では教えてもらえない集中力がある人のストレス管理のキホン[本/雑誌] / 川野泰周/著【新品】【本】人生がうまくいく人の自己肯定感 川野泰周/著
2020.05.05
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新型コロナウイルスの感染拡大で開幕を延期しているプロ野球が12日にオンラインで臨時のオーナー会議を開き、対応を協議することが4日、分かった。交流戦を中止し、今月中の開幕も断念している中で緊急事態宣言は31日まで延長。当初は11日のJリーグとの対策連絡会議と12球団代表者会議で開幕日について協議する予定だったが、同宣言中のチーム活動が難しいため、開幕日決定は先送りとなることが濃厚。開幕は7月にずれ込む可能性もあり、7月19、20日に予定されている球宴の実施も難しい情勢だ。先行きが見えない中で球団トップ同士でさまざまな問題について話し合う。(日刊スポーツ) そもそも無観客試合で6月19日を軸に開幕を模索していましたが、本日の緊急事態宣言延期でさらに開幕が延びそうです。-------------------------------------------------------------------------------------------------- 今から75年前、1945年(昭和20年)11月23日、終戦からたった3か月後、神宮球場でプロ野球東西対抗戦が復活しました。まだ、生きていくことや食べることさえままならない時であっても、やっと開幕した野球に触れたいと願う多くの人たちや、長期間におよぶ閉塞感から解放されたいと願う多くの人たちが神宮に集まりました。以下『真説・日本野球史』(大和球士著、ベースボール・マガジン社)より。 「この試合東西対抗戦は、終戦直後の大混乱期に開催されたにもかかわらず、4万5千人の大観衆が詰め掛けた。神宮球場で行われるのは1942年(昭和17年)以来5年ぶりではあったが、内野席を超満員にし、外野席も7割がたが埋まったという」 「一体どこから4万5千人もが集まってきたのであろうか。(中略)単純な野球愛というよりは、敗戦から立ち上がろうとする日本人の活力の発露と見る。野球人に強靭な精神力があったことは頼母しく、日本人に祖国再建の活力がみなぎっていたことはいよいよ頼母しい限りである。野球人、野球ファンが『ニ位一体』となって野球復活は快速調に進むことになる」 今は新型コロナウイルス禍で野球をやることや見ることが出来ませんが、75年前と同様、いつか晴れ晴れとした表情で球場に足を運ぶ日が来るでしょう。その日を夢見て、今は辛抱ですね。靴磨きの教科書(毎日新聞出版)プロの技術はどこが違うのか【電子書籍】[ 静孝一郎 ] 在宅勤務など家で過ごすことの多い今だから、ゆっくりと靴でも磨いてみてはいかがでしょうか。 ストレスを解放して心を落ち着かせ、あらたな活力が湧く効果が期待できるそうです。『靴磨きの教科書』(毎日新聞出版)より。 脳がクリアになるマインドフルネス仕事術 ビジネスパーソンのためのマインドフルネス入門講座 (Business Life) [ 川野泰周 ]「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方【電子書籍】[ 川野泰周 ]
2020.05.05
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新型コロナウイルスに対応するための緊急事態宣言の延長を受け、日本高野連の小倉好正事務局長は4日、今夏の第102回全国選手権大会(8月10日開幕、甲子園)に向けて「緊急事態宣言が延長された後の各都道府県の状況を確認するなど、引き続き情報収集に努めさせていただきます」と文書でコメントした。 現在、多くの学校で部活動ができておらず、全国選手権大会とその出場権を懸けた各地方大会の開催が危ぶまれている。 日本高野連は20日に全国選手権大会の運営委員会を開き、開催可否などを話し合う見込み。(サンケイスポーツ) 本日、安倍首相は、緊急事態宣言の5月末までの延長を正式に発表しました。この内容は事前に伝えられていたものと同様でしたが、なぜPCR検査数が増えないか説明する諮問委員会・尾身会長の発言は、言葉数こそ多いものの、いったい何を言っているのか分かりませんでした。真の答えは何なのでしょうか。------------------------------------ 今から75年前、1945年(昭和20年)11月23日、終戦からたった3か月後、神宮球場でプロ野球東西対抗戦が復活しました。まだ、生きていくことや食べることさえままならない時であっても、やっと開幕した野球に触れたいと願う多くの人たちや、長期間におよぶ閉塞感から解放されたいと願う多くの人たちが神宮に集まりました。以下『真説・日本野球史』(大和球士著、ベースボール・マガジン社)より。 「この試合東西対抗戦は、終戦直後の大混乱期に開催されたにもかかわらず、4万5千人の大観衆が詰め掛けた。神宮球場で行われるのは1942年(昭和17年)以来5年ぶりではあったが、内野席を超満員にし、外野席も7割がたが埋まったという」 「一体どこから4万5千人もが集まってきたのであろうか。(中略)単純な野球愛というよりは、敗戦から立ち上がろうとする日本人の活力の発露と見る。野球人に強靭な精神力があったことは頼母しく、日本人に祖国再建の活力がみなぎっていたことはいよいよ頼母しい限りである。野球人、野球ファンが『ニ位一体』となって野球復活は快速調に進むことになる」 今は新型コロナウイルス禍で野球をやることや見ることが出来ませんが、75年前と同様、いつか晴れ晴れとした表情で球場に足を運ぶ日が来るでしょう。その日を夢見て、今は辛抱ですね。高校野球甲子園全出場校大事典/森岡浩【合計3000円以上で送料無料】別冊野球太郎 2020春脳がクリアになるマインドフルネス仕事術 ビジネスパーソンのためのマインドフルネス入門講座 (Business Life) [ 川野泰周 ]「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方【電子書籍】[ 川野泰周 ]
2020.05.04
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夏の全国高校野球選手権をめぐり、最初のターニングポイントとなるのが、政府が全国に発令している5月6日までの緊急事態宣言だ。日本高野連が運営委員会の開催を4月22日から5月20日に延期したのは、新型コロナウイルスの感染状況を見極めたい意向があるからだ。 5月6日に宣言が解除されれば、次のステップに進むことができる。日本高野連は5月中に開催可否の方向性を出す方針を固めており、20日の運営委員会では無観客も含めて開催に向け、前向きに議論されるだろう。 しかし、緊急事態宣言が「継続」となった場合には、地方大会の開催に大きな支障が出てくる。地方大会の皮切りとなる沖縄大会の開幕は6月20日。ほとんどの高校は休校中で、大会に向けた準備に1カ月以上の時間が必要だ。いつまで継続されるかが焦点。高野連関係者は「5月いっぱいや、6月まで続くようだとかなり厳しい」と話しており、さらに1カ月続くなら中止の選択肢も視野に入れることになりそうだ。(スポーツニッポン) この記事は4月28日に書かれたものです。そして今日5月1日、安倍首相によって緊急事態宣言はあと1か月間ほど延期される方針が示されました。高校球界に及ぼす影響は甚大、沖縄県の開催が難しければ、それは全国の都道府県、ひいては甲子園大会への影響も必至です。なんとか中止せずに開催できる方法はないものでしょうか。
2020.05.02
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