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若い人に人気のある古市氏はどういう系譜にある人か。例の小熊英二の「民主と愛国」という分厚い戦後の言説集をまとめた本を取り出して再読してみた。さすがに小熊英二はよく読み込んでいる。私の記憶通りに正確だ。この本では、それぞれの時期を代表する論者をとりだして論じているが、戦後の第1期が、丸山真男、第2期が三島由紀夫、石原慎太郎、江藤淳、吉本隆明、小田実などである。丸山真男は第1期のチャンピオンとして戦前戦中、戦争に協力していた知識人が戦後はクルッと反転して民主主義を唱え出した人たちの詐欺性を暴いて攻撃した。丸山の世代は実戦の経験のある人たちだった。第2期の論者は、終戦時20歳くらいで実戦には参加しなかったので、旧軍隊におけるいじめや戦争の残酷さを実感していなかった。この人たちは、皇国少年で純粋性そのもの、あの戦争は正しかったという信念に燃えていたから、逆に丸山の世代も戦争を批判しなかった意味では戦争責任があるではないかと攻撃した。私がいちばんわからなかったのは、吉本隆明だったが、小熊の説明で吉本がよくわかった。吉本は徹底的に戦争協力者の名をあげて攻撃し、要するに、国家とか、天皇とか、体制とかいうものが不当に個人をしばったために、こういう私人を圧迫し、義務を強いるようなものからは一切決別し、家族、私生活だけで十分だとひらきなおった。彼は今でも消費生活がよいのだと一切公的なものを認めない思想である。古市氏はどうやら吉本につながる思想であるといえよう。戦後期の言説はすべて戦争体験に関する態度の表出だった。しかし、終戦直後10代以下、戦後生まれは戦争をもう知らない。親や先輩が戦争体験を得意げに語るのをうさんくさげに聞いていた。自分たちには戦争責任なぞはないと思っている。現在尾を引いているのは、韓国、中国などから抗議を受けている加害者責任である。国が戦争責任を無責任にすませてきたために、この問題も無責任な対応になって摩擦を呼び起こしている。個人はそんなの俺責任ないよ、と言えるかも知れないが国となると国交にかかわって関わってくるから決着をしなければならない。ここで「国」と「個人」の使い分けという問題が出てくる。尖閣諸島、竹島というちっぽけな島のために、長年築いた国民どうしの交流経験が断たれている。これも国の面子があるからである。21世紀はこの「国」というやつをなんとか超える工夫をしなければならない。古市氏は、国なんかにしばられたくない、お世話にならなくたっていい、別に俺たちは今の生活に満足しているからだと言う。 ここから新しい生き方が出てくるだろう。
2013/03/21
古市憲寿を読む 2古市氏は「若者って何だろう」という問いから始めている。たしかにそれぞれの時代において、人間の年齢ピラミッドがあって、底辺に近い方が若者が多いのが普通だったが、いまは年寄りの方が多くなり逆ピラミッドになっている。上の方の世代はあらゆる時代において、「今の若い者はダメだ、おれたちの時代の若い者の方が質がよかった」と言い続けてきたのは紀元前のエジプト時代からあったとか。日本でも、大正生まれはダメだ、昭和生まれはダメだ、戦後生まれはダメだ、新人類はダメだ、と言い続けてきた。今から20年前に新人類だと厄介者扱いにされた人が今では50歳近くなっている。50歳になった元新人類がやはりあのときの新人類みたいかというと、いまではオジサン、オバサンではないか。これだけ考えても、若者論というものはいっときのもので、そのときどきの社会語りだというのは古市氏のいう通りだ。常に若者は上の世代から「異質な他者」か「都合のいい協力者」扱いになってきたと古市氏は言う。「異質な若者」というのは、バッシングするときの語りだ、アプレ、太陽族、みゆき族、おたく、指示待ち世代などといわれ、年長の世代からいったい何を考えているのかわからないと怪しまれ、嫌悪された。「都合のいい協力者」扱いされた最たる時代は、戦争中だ。お国のためにどうか若者さん戦地に行って死んでください、と年長世代は頭を下げた。戦後になると、若者がものすごく多いものだから、金のタマゴ、企業戦士として安い賃金でこき使われ、一方で、消費してください、と財界、商業界、広告業界などがこぞって若者を持ち上げた。仙波さんは、団塊の世代は所詮、それだけで引き回されたのではないかと言っている。しかし、ここにきて「若者」というイメージづけがしにくくなってきたと古市氏はいう。全世代の中に潜り込んだ形で、とくに若者などという特徴付けがしにくくなったという。古市氏は、統計資料を調べて、学者的に、先行世代が若者だったときとさして変わらないと結論している。鋭い古市氏の斬り込み江戸時代は、町人は町人で、百姓は百姓で、国のためとか社会貢献などということは考えなかった。自分の家族や一族のこと、村のこと、自分のことしか考えなかったがそれでよかった。年貢さえ、税金さえおさめればよかった。お上のことはすべて武士がしきり、それも藩の範囲だけだった。ところが明治になると、藩がなくなり国になった。町人とか農民とかの階級からでも、有能な者は登用され、軍人、官僚、高級サラリーマンに出世できた。これは近代の特色である。人間は全部「国民」になり、義務教育を受け、税金を納め、法律を守り、戦争になれば徴兵に応じる義務を負い、場合によっては死ななければならなかった。つまり国家によって教育され、義務を課されるようになった。古市氏はこのことを国民全部が「魔法にかけられた」と言う。普通の世なら、いくら犯罪が多くても、災害が起きても死者は数千か、数万どまりだが、第二次大戦によって日本人は10年くらいの間に300万も死んだ。これは想像も付かないほどの国の大犯罪だった。だから、古市氏はもう魔法から醒めて国のしばりから脱したっていいのではないかと問う。一生懸命社会のために働け、国のために働け、労働戦士になれ、国のきめごとを守れ、などなどということから相対的に離れて自分さえよいように、好きなことをやって生きていけばいいのではないかと問う。西洋人だってそのようになりつつある。これは江戸帰りである。国は若者の未来を保障しなくなった。いやできなくなった。若者は希望などもてない。江戸時代の町人が自分は一生親の家業をついで職人となり、百姓は田畑を耕す、ということにもどったのではないかと言う。共同幻想がなくなった若者は自分で考えて勝手に生きればいい。小さな会社を作って有能な仲間と起業して、会社などは大きくする必要はない、それで幸福である。そうかといってエゴイスト、利己主義者になったのかというと、今の若者は社会貢献意欲がどの先行世代より強いという。自発的にそう考えて居るという。ということはなにかというと「近代」というものは終わったのではないかということである。私は先行世代としてこの古市氏の考えを難じることはもはやできなくなったと思う。(続)
2013/03/13
古市憲寿を読む 1ここのところ、いろいろな原稿や中国関係本などを同時並行して読んでいるから、私の脳は春の嵐みたいである。発端は長年つきあっている仙波さんから、彼がここ20年以上も取り組んでいる団塊の世代の研究がそろそろまとまってきて、私にその前編を読めと言ってきたのだ。内容の複雑さと圧倒的な量に驚く。仙波さんは自分が属している団塊は堺屋太一によって、このものすごく大きい固まりは戦後経済の高度成長のための生産と消費においてのみ意味があり、彼らの従順さと勤勉さは戦後も続いた戦時中の国民学校教育の土壌がつくったとしている。全共闘の大卒インテリは全体の14%ていどであるから、大部分の者は金のタマゴだった。仙波さんは団塊のアイデンティティはいずこにありやを求めて、ポップカルチャーとかサブカルチャーとかの言葉がたくさん出てくるが、こっちの方はよくわからない。その仙波さんがもっていた古市憲寿という若い人の本をみてなんとなく面白いと思った。それで早速「絶望の国の幸福な若者たち」(講談社)という本を買って読み、それから「僕たちの前途」(講談社)も買った。本屋に聞くとよく売れているという。この人は1985年生まれだというからまだ28歳である。今東京大学大学院の博士課程に在籍している社会学者である。自分でも小規模な起業をしている。本を読んでみると、学者として実に立派な研究をしており、まるで50歳の知恵者のような透徹した立論をしている。実におどろきだ。いろいろと啓蒙された。さて、世の中では、若い人はかわいそう、就職もなかなかままならない、年金だってもらえるかどうかわからない、という同情論が多いが、なんとなんと、若い人はしあわせで現状に満足している、内閣府の2010年の「国民生活に関する世論調査」では、20代の70.5%が現状の生活に満足していると答えているのだ。若い人の車の購入が減っている、海外旅行にもいかない、海外留学希望者も減っている、どうして若い人たちの欲望が減ってしまったのか。古市氏は、統計を丹念に調べて、車の需要が減ったことも、海外留学生が減ったことも消費の変化や少子化を考えるとそれほど顕著な変化ではないという。若い人は、心隔てぬ仲間が3人集まって夕方ささやかなお酒をのめればそれが最高のしあわせなのだという。将来に希望がある人は、現状を耐えしのぐことができるが、将来に希望がない場合は、現状に満足するのが、どうやら人間のさがらしいのだ。(続く)
2013/03/10
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