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アメリカのネオコンの日本人ラッパ手、スポークマン役である日高義樹氏は近著『米中石油戦争がはじまった』(PHP)で、中国がアメリカの裏庭であるベネズエラやブラジルから石油を買い、カナダからも引こうとし、アフリカから石油を買いあさっていると怒っているが、アメリカの要人自身が言っているように独立国であるならば当然のことであり、日本は逆にやらなさ過ぎる。せっかく手に入れたイランの石油開発権もアメリカの顔色を見てやらないでいる。元NHKアメリカ特派員の日高氏の取柄は、アメリカのネオコン要人とパイプがあり、直接取材できる数少ない日本人であることだ。この本は完全に自己撞着に陥っているが、この本で貴重なことが読めた。アメリカが米軍再編で韓国駐留軍の一部を引き揚げたことや南に下げたこと、沖縄の海兵隊の主力をグアムに持っていったこと、台湾にいる海兵隊を空母にのせて海上を遊弋させて待機させるようにしたことなどは、要するに北朝鮮や中国から核つきミサイルが飛んできて米兵が当たることを避けようとしているということだ。また何かあったとき、いちいち日本政府と協議するなどのまわりくどいことはごめんだということである。つまりアメリカは中国との戦争に巻き込まれたくない、戦争などする気がないということだ。アラスカ、ハワイ、グアムの三角形の布陣まで前方展開を下げるとこの本に書いてある。つまり彼らの本音は、日本でさえいつ敵性国家に変わるかもしれないと思ってホームランド・ディフェンスに徹するわけである。だから、日本のネオコン派が力むように日米軍事同盟、集団自衛権で中国と対決するというのは幻に過ぎない。アメリカによってはしごを外されることになる。その証拠にアメリカから使いが来て、日中が仲が悪くなるのは困る、日米中の歴史家が集まって現代史を研究しなおそうなどと言い出しているではないか。日本は外交力と自衛力を高めて、アメリカを当てにせず、独立自存し、国内で勝ち組とか負け組とか言っていないで同じ日本人同士、愛し合い、助け合って国を守っていかなければならないのだ。
2006/01/31
今週は映画の花盛りだ。すぐ観たい映画が4本もある。最初に観たのが「単騎千里を行く」。チャン・イ・モウ監督の中国映画。高倉健主演である。チャン監督が高倉健をなぜ起用したかがわかる。最初のシーンは漁夫らしい高倉が、海鳥が羽ばたく荒れる海を前に佇立している映像。海をあまりみたことがない中国人には珍しい光景である。寡黙、口下手、生き方下手、生一本、質朴といった伝統的な日本人の典型を高倉がよく体現しているからだ。チャン監督はこういうのがすきなのであろう。この高倉演じる父は息子と断絶している。息子がガンにかかり余命いくばくもなくなった。息子は雲南省にかつて行ったことがあり、そこで仮面劇に惹かれ、それを撮影したかったが、それができずに帰ってきた。父は息子の夢を果たすために雲南省に行く。着いたところは昆明だと思うが、仮面劇の俳優の李加民は何かの罪で服役している。だから外国人が刑務所に行って会うことを断られる。しかし高倉は断られても断られても何度もしつこく頼み、とうとう当局を動かして刑務所に行く許可を得る。李加民が扮装して出てくる。しかし、歌わない。涙を流して長らく会ったことがない息子に会いたいと言い出す。それで高倉は息子を連れてくるといい、これまた一本気な交渉をして雲南省の山奥、麗江というところまで行く。その村がよかった。人情豊かな村で、村中で高倉を歓迎し、総出で野外の宴席を張る。なんと長い道にテーブルを並べて何百人という村民が食事をするのである。高倉は息子を連れて刑務所に行くが、息子が逃げ出したので追いかけていき、とうとう山奥の道に迷い、息子を抱いて一夜を明かす。村民が総出でたいまつをかざして探す。高倉が息子がなぜ逃げたかを問いただすと「会ったこともない父親に会うのはいやだ」と言う。高倉は息子の言うとおりにして村を離れる。再び刑務所で李加民に会う。息子を連れてこられなかった理由を言ってわび、その時点で日本にいる息子が死んだことを知ってもはや李の仮面劇を撮影する理由はなくなったので、もう帰ると言い出す。しかし当局者は演者と観客がすでに揃っているからと言って仮面劇が始まる。日本の北海の漁夫と中国の山奥の村民という素朴な人間間の交流をチャン監督は大河が流れるように淡々と描いている。日本映画のように要所要所で音楽を入れて感情を盛り上げるというようなことをしない。なんといっても雲南省の山奥の峨峨たる光景が見物.
2006/01/30
若手の会が創った目標の協創国家とは、一言でいえば官とか民とかいうふうに区別せず、やるのにいちばん適したところが“分担して公”のことを共同でやるという考え。小強国家は小さくても強い国家、真豊国家とは豊かさのものさしをおカネだとか物量だとかでとらえず、国民の選択肢を広げてさまざまな生き方の機会を広げることが真の豊かさであるという考えに転換すること。各省庁のトップにいてリーダーシップを発揮する総合戦略本部すなわち指令塔は、各省から有能な官僚や外部から有能な即戦力のある人たち15人ぐらいで構成し、この人たちは政策を作るだけでなく、各省庁がそれを間違いなく実行することを監視・強制するため、一部11人のメンバーが戦略強制部門に移り、また省庁間で意見の対立や縄張り争いが起こったときにはそれを裁定する行政内対立裁定部門にのこりの4、5人が移って判定官になる。人事評価については、官僚の仕事能力の評価基準は、自分の帰属する省庁や局に予算や人員をぶんどってきて権限を広げることを評価基準にせず、国民全体に対する忠誠性、専門性、情報能力、マネジメント能力などを評価の基準にするとしている。業務評価については、つくった政策が果たして効果があったかを査定・評価する基準と部署を設け、効果の低い政策は予算と人員をつけない、やめさせるとしている。官僚の能力については補佐官レベルまでを専門性能力で評価し(カテゴリー2,3)、30歳後半くらいからマネジメント能力(カテゴリー4,5)のある人は国政の重要部門の行政に移行し、最高レベルのカテゴリー5の次官、局長レベル総合戦略本部要員にえらぶとしている。キャリアとかノンキャリアという、身分制を廃止し、天下りはやめさせ、定年まで専門性をいかして働けるようにするという。霞ヶ関で若い世代が立ち上がったということはすばらしい。みなでもっと応援したい。
2006/01/29
先月21日、新しい霞ヶ関を創る若手の会の代表である朝比奈氏と木村氏の講演会を行った。この会は30代前半の各省にわたる人たち13人が議論を始め、それが21人に増えて、外部の有識者や官僚OBなどの意見も聞いて、改革のプランをまとめたという。現在東洋経済新報社から『霞ヶ関改造計画プロジェクトK』として出ているが、読んでみると完全といっていいほど重要な問題点を指摘し、改造計画を明言している。この会の主張は役所内でも理解する人たちが増えており、とくにこの人たちが異端者扱いされていることはなく、議論することはいいことだと認められているという。霞ヶ関の2大問題点としてあげているのが、国民全体のために視点が欠如していること、政策の質が低いこと。このため、国民全体のためのゼロベースからの調査分析、議論を行わず、所掌する生産者の保護に傾き、声の大きい人や族議員などのいう方向に政策をつくってしまう。最大の問題は各省バラバラで、全省を統括する総合戦略統合本部となるべき司令塔がないこと。官邸や大臣官房はその機能を果たしておらず、重要な問題ほど上部で決断せず、下の役人がなんとなく決めているといった状態である。若手の会は、国全体が目指すべき方向の大枠として協創国家、小強国家、真豊国家の3つを上げているが、説得力のあるものである。このほか、官僚の能力基準がはっきりせず、自分のいつ省や局などの予算や人員、権限を増やすような働きをする役人ができる役人ということになっているが、これは国民全体からみてもおかしい、不要な仕事はやめるなどのことを提言している。(つづく)
2006/01/28
昨日のつづきを書く。すなわち異民族に占領されても人類はその統治に適応してしまう。戦後すぐは日本はマッカーサーの占領統治だったが、日本人は適応するどころか、マッカーサーが解任されて帰国するときは羽田空港に50万人もの々が詰め掛けてマッカーサーの徳をしのび、別れを惜しんだ。これは誰も占領統治、吉田内閣は傀儡政権だと思わないというのと同じであろう。 また、北朝鮮に占領された福岡の話にもどすと、ここに大人社会から疎外された少年たちがいる。村上氏は非行少年や犯罪を犯してしまった少年たちを限りなく理解していることが読み取れる。こういう疎外された少年は一生焼印をおされ、社会的な復帰はむずかしく、自分で立ち直ることも難しい。相手にする大人はいない。しかしこういう少年といえども素直で純粋な気持ちを持っている。北朝鮮軍の占領という異常不正行為は非常にわかりやすく、少年たちに訴えた。そして彼らをやっつけてやろうという正義感と冒険心が自然に沸きあがり、立ち上がる。別にそうしたからといって大人たちから褒めてもらえるとか罪を許してもらおうとかいう気はない。 それで必死の努力をして、ビルに爆薬を仕掛け、倒壊させて北朝鮮占領軍を下敷きにさせて全滅させるが、彼らの大部分も死に、生き残った者の存在は知られずに終わる。自分たちの行為を言い出したら、武器の不法所持、密輸入違反などで、大人社会から糾弾されるからひたすら黙っているわけである。村上氏が言いたかったことは、疎外された少年たちにもはっきりしてわかりやすい生きる目標が与える大人がいたら、素直にそれを理解し、愛国心や不正を糾す気持ちが燃え上がる、そういうものを持っているということであろうと思う。このことを彼はものすごい枚数とリアルな描写で示した。
2006/01/25
正月に読んだ本の感想をひとつ。村上龍氏の「半島を出でよ」。2冊の長編であまりにも綿密な描写ですこし読み疲れたが相当の力作。あらすじは朝鮮人民共和国から反乱軍という形で、まず15人くらいのテロ団が密入国し、福岡ドームを襲い、数万人の観客を人質にして立てこもる。彼らの条件は2時間だけ九州周辺の防空警戒システムを解除し、自衛隊の出動を禁じるというもの。日本政府は打つ手なく認める。この2時間の間に木製の複葉機で500人くらいの北朝鮮軍兵士が福岡に飛来し、占領する。人質は解放される。福岡完全占領のために後続の12万人の部隊が上陸するまでの間に、犯罪歴のある少年たちのグループがビルを爆破倒壊させて北朝鮮軍500人を下敷きにして殲滅する。後続12万人も来なくなるということで終わる。さて、村上氏がこういう無理な設定までして何を訴えようとしたか、私の感受したことを書こう。まず、島国で侵略されたことのない日本はまったくこういうことにたいして無防備だということである。それから大人社会というものは所与の条件に適応してしまうということ。北朝鮮占領軍は駐留経費と行政経費を出すために福岡の悪徳商人をどしどしつかまえてきて財産を没収して充てる。こういうことに市民は満足し、反対行動にでない。福岡の行政関係者も北朝鮮占領軍にしたがい、日本政府が強硬措置にでることを断る姿勢をとる。私は子供の頃、中国にいたが、同じ時代日本軍は中国の国民党軍、共産軍と戦争をしていた。それなのに私の居た天津や北京市内は日本軍占領地区として一見まったく平常な生活があった。日本人が中国人から襲われたり、反抗されたりした大きな事件は起きなかった。第二次大戦中ドイツに占領されたパリでも、同様な日常市民生活がみられたということを読んだ。したがって人間の大人社会というものは征服されたり、占領されたりしても、よほどのことがないかぎりそういう体制に大多数のマスは適応してしまうということである。
2006/01/24
久しぶりにベタぼめしたい日本映画が現れた。これで日本映画もフランス映画やハリウッド映画並みのレベルに達したと思う。三谷幸喜監督が劇作家であることから舞台を映画的に拡張した空間感覚を作り出した。三谷氏の才能はバルザックかゴーゴリを思わせるほどエスプリが効いている。まず感じたことは、この映画には街のロケというものがなく、まったくのホテル内だけの、しかも年末の数時間というリアルタイムで進行し、カット転換というものがほとんどない。ホテルのセットは壮大ですごく金がかかっているように見える。俳優はベテラン俳優はじめ総出という感じで、カメラがホテル内を進行し、観客はずっとホテルの奥行きのあちこちをカメラとともに見て回り、そこにいるさまざまな人間群のところに立ち止まり、多少ありきたりだが、人間模様の面白さを描いている。カウントダウンパーティのラストシーンのYOUが歌う場面は圧巻であった。さて、三谷監督が描こうとしたものはなんだろうかと考えた。やはり世代間バトルだろう。戦後60年で作り上げられた既成の秩序、既得権者の身勝手さに対する若手の反発といったところだ。また、団塊の世代だろうと思われるホテルの中間管理職のガチガチさにこきつかわれる若い世代のバトルでもあろう。しがない筆耕係、下のマネージャーや政治家の秘書、売れない芸人などが造反する。役所広司、松たか子が実によかった。何度もみたい映画である。
2006/01/20
この前は京都大学の教授ともあろう者が感情的な戦争をあおるような文章を書いたことを指摘したが、日本のマスコミはよく調べもせずに感情的な記事を書きたてる。そして国民はマスコミにたいする免疫性ができておらず、影響されすぎる恐れがある。たしかに国民の間には中韓に対してむしゃくしゃする気持ちがあるから、そういう記事を好むが、だからといって戦争にまでいってほしいとは誰も思っていない。去年の10月18日だったか、小泉首相が靖国神社をおまいりした同時期に、私は中国の天津で学生たちに講演したが、別に参加者は減らず、どうということは一切なかった。中国でテレビ報道されていたが、街の様子も変化はなかった。帰ってきたら「大丈夫でしたか」と何人もの人に心配そうに聞かれた。なにかおかしいのではないか。同じ頃に中国の宇宙飛行士が宇宙から帰還したが、その騒ぎ方も日本で野口さんを歓迎するほど騒がない。ひとつにはマスコミは日本ほど発達していないということと、あまりマスコミの記事を読まない、公式に発表することを信用しないという国民の性格があるが、日本では逆である。何かあるとマスコミがあおって国をあげて騒ぐ。こういうことに何か日本人の特殊なマスコミ的環境を感じる。中国の本屋に行けば反日的な内容の本がたくさん置いてある。シンガポールや香港でさして変わらない。が、同時に日本語のコーナーにはたくさん日本語の本が置いてある。伊勢丹とか三越の百貨店にいけばたくさんの中国人の買物客があふれている。私も学生時代は「イールズ帰れ」とか「アイク来るな」などの反米デモに参加して、実際に一国の大統領であるアイゼンハウアーが来なくなったことがあった。だからといってアメリカの国民が日本人はけしからぬと言って猛然と日本を攻撃したということは聞かない。物事はそんな程度のことではないのか。今日日中間の貿易量はたいしたもので、人事の交流も盛んである。おたがい海を隔てて数時間で行ける間柄で、国民同士の幅広いつながりがすでに牢固としてできている。こういうことをつまらないことで、騒ぎ立てて壊すことは避けたい。こういうことの震源地は靖国神社であるが、靖国神社がどういう神社であるかは、あそこの横に神社が運営している遊就館という戦争博物館があるからおまいりに行く人は同時にあれを見たらよい。あれをみた人は戦争と神社という不思議なとりあわせにまるで戦後60年がタイムスリップしたような感じを受けるだろう。国会議員はそれを承知の上で参拝しているのだろうか。NHKはあそこを放映したらどうか。戦争をあおりたてるのはいつも政府よりマスコミである。国民に中韓にたいする反発心がひろがってくれば、売れるからどんどんそういう記事を書く。それをおさえるような記事を書くと新聞が売れなくなるからあいあいまいな表現でお茶を濁す。無責任極まる。読売の御大の渡辺恒雄主筆が朝日と共闘を組んでそういう風潮に反対するそうだが、当たり前だ。まるで戦争前夜みたいになってきたからだ。
2006/01/13
正月は本や雑誌をみて過ごした。この中で「諸君」2月号は反中国特集をやっているが、この中の京大教授中西輝政氏の文章はいくらなんでもオソマツ極まるものであった。こんな戦争をあおりたてるような文章を許すわけには行かない。まず口を極めて感情的に中国をののしった後、幣原喜重郎こそA級戦犯だとしているが、その論理はこうである。中西氏が学び取った対中関係三原則としてあげているのは1.「善意」とか「友好」とか「アジアの連帯」とかの感傷的な次元に属する要素を政策にもちこんではならないこと。2.普遍的ルールや価値観、国際法の原則をつねに妥協の余地なく適用すること。3.欧米を始めとする第三国、国際社会との連携をたもちつつ中国と対すること。満州事変に先立つ10年間に外交の責任者であった幣原喜重郎氏はこの3つを行わず、「軟弱外交」行ったために中国をつけ上がらせ、断固たる処置をとらなかったために、日本の命運を狂わせのだという。 結論として幣原もダメ、松岡もダメ、リットン報告書(欧米並みの日本の権益は認めるが、満州国は全否定)のアプローチでいけばよかったと言っているが、言うは易いが、当時の軍国主義者がこういうことを受け入れたかどうか、歴史家ならわかりそうなものである。中西氏のような論理を1ページ飛ばしの論理という。次のページから始まるから、中国人の日本商品ボイコットは怪しからん、日本人殺害は許せぬ、と被害者になって怒り狂うが、中西氏がふれようとしない最初のページは対華二十一か条要求で中国国民を怒らせてしまったことにある。それにつづく山東出兵、満州の中国からの切り離しなどの侵略を受けつづければ、血の気のある国民なら暴発したり、泥沼化したり、以夷制夷などの外交手段を尽くして闘うようになるのはむしろ国家の自衛手段ではないか。中国大陸がアフリカや中東のように植民地分割されないですんだのは、中国文化というアイデンティティがあったことと、結果としてこうした攘夷の暴発によるものである。日本が植民地にならないですんだのもひところの攘夷の暴発がきいたことと、薩長がイギリスと組んで、フランスと組んだ幕府と対抗したのも以夷制夷のやり方ではないか。ところが、侵略する方の立場に立つと見方が一変してしまうのである。中西氏は日本が日米戦争に迷い込んだのは日独伊の三国同盟に起因すると言っているが、日米帝国主義戦争はそれより早くすでに日本の満州国建設、国際連盟脱退の時点ではじまったとみるのが今や定説である。中西氏がこの三国同盟は盧溝橋事件以後の日中戦争の泥沼から足を抜くためと言っているのは、要するに英米が蒋介石政権を援助しているからこの禍根を断つという意味であろうが、これは中国の巧妙な英米と日本を戦わせるためのわなにひっかかったいうわけである。その果てはなんとも大雑把な「シナ文明史の周期的現象」などというのを持ち出して中国を悪者に仕立て上げようとする。要するに感性の不足した学者の感情論、中西氏にとってあれだけの犠牲を出した太平洋戦争というものはいったい何だったのだろうか。ソ連とちがって中国大陸にいた300万の日本人を無事日本に帰し、賠償も請求しなかった中国のほうが、日本人より国家の品格、武士道精神をもっていたといえよう。
2006/01/05
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