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エジプトで大規模な反乱が起きている。30年も続いて、アラブの大義を忘却したムバラク政権に民衆の怒りが爆発したのだ。かつてナセルを出して中東の民族革命に火をつけ、中東戦争の立役者であったエジプトがナセルがイスラエルとの第4次戦争で大敗して失脚し、1976年にサダトが大統領になると、あっという間に旧ソ連の軍事顧問団を追い出し、アメリカ側に鞍替えし、イスラエルと仲良くなった。これになっとくしないムスリム兄弟団や元軍人などはアフガンに行って旧ソ連軍と戦い、今でもアフガンでタリバンを援助して戦っている。アルカイーダに最も多く参加しているのはサウジアラビア人とともに正規の軍事技術を知っているエジプト人である。親米的なヨルダンでさえ暴動が始まっている。アルカイーダにたくさん献金しているサウジアラビア国民からもやがてマグマが噴出するであろう。 このすべての淵源はパレスティナ問題である。パレスティナで不法占領を続け、いまでは壁さえつくってパレスティナ人を苦しめているイスラエルの極右政権はやはり正義ではない。アラブ人の怒りはもっともであろう。穏健なトルコでさえ、最近、国民はイスラム主義にもどりつつある。いずれにしてもハマスのガザとの間の地下トンネルで食糧などが細々と運ばれているのにそれさえ禁止しようとするムバラクが退陣するということはよいことである。
2011/01/30
昨夜は久恒啓一氏の100册出版記念、「遅咲き偉人伝」の出版記念会で盛り上がった。久恒さんが日本全国に散らばる人物記念館300館以上をまわって、その中から19人の偉人を選んで書いた本である。どうしてこの本を書いたかの経緯や動機、書く間の苦労などの話が印象的だった。この中で彼はこれら偉人に共通する共通項として7つの要素を挙げた。その一つは怒濤の仕事量、中途半端な仕事量ではなく何百册もの書物を何十年とかにわたっておどろくほどの精力的な仕事を残したことを指摘した。よく作曲家などが何万曲つくったとかいうのと同じである。それほどにしないと世の中に認められないということである。実際にこういう話を聞くとどうも気が萎える。あまりそういわないでほしいと思うのだが、「偉い人」というのはどういう存在なのかというと、広く空間的に時間的に影響を与えた人というのが彼の結論だった。しかし、普通の人でも偉い人になれる、家庭とか地域とか、組織などの共同体の中で狭い範囲でもいいから影響を残すことで子孫や周囲に、後世に影響を与えられるというのが結論だった。よく偉人伝の中で書かれているのは偉人の父や母、恩師、友人などが大きな影響を与えたことで偉人が生まれたとあるが、偉人を生み出す培養器のようなものが何時の世にも保たれていることが必要であろう。 日本で一番影響を与えた人は福沢諭吉だという。それは慶應義塾をつくったことで、その学校は今もたくさんの有為な若者を日々育成しているインフラであるからである。その影響力の総合計が福沢の影響力の総合計だという。今日はカメラマンになって動画をとった。すこし動画撮影のコツがわかってきた。いいぞいいぞ。
2011/01/26
神戸で大地震が起こってからもう16年、その1年前に神戸のホテルで息子の結婚式を挙げたのに、わずか1年で光景が全く変わってしまった。地震2ヶ月後に私は現地に行ったが、あのときは盛り上がっていた。大阪方面から続々と人々がリュックにおにぎりを詰めてアリの行列のように運んでいた。あちこちの小中学校の講堂に避難民が寝起きし、校庭にはテントが張られてボランティアが詰めかけていた。神戸の一部はまるで終戦直後の焼跡同然。悲惨のきわみだった。しかし、あちこちとで助け合う美しい光景を見た。若い人たちがおおぜい全国から集まって盛り上がっていた。市民団体と役所が一体になって救護に全力を尽くしていた。あの事件が起こってから、村山内閣はNPO法をつくって、今ではNPOが3万もできた。しかし、自民党政府はNPOには徹底的に無理解だった。税制優遇するといって認定NPOをつくろうとしたが、ケチな制約のため、いまだに認定NPOは300くらいしかない。これを民主党はもっとゆるめて増やす方針らしい。 私は市民団体みたいなことを40年もやってきたが、1回も政府や自治体のありがたみを感じた事はなかった。NPOになってもせいぜい市民税の免除だが、収入がないから当たり前の話だ。あちこちからやたらにくるアンケート調査。補助金が出るという募集に1センチくらいの資料をつくって提出しても、ザンネンデシタ、の一行で終わり。なにやってもこの国はダメなのだな、と思ってあきらめてきた。 しかし、流れというものは次第に変わってきて、政権交代が成った。今民主党の政権をメディアはさんざんけなしているが、今日の新聞でもB型肝炎訴訟は和解するし、懸案の解決が続いている。住民投票に法的な拘束力をつける法案も提出されるらしい。こういうのは自民党時代には全くなかったことだ。メディアはこういうことをもっと評価する記事を書きなさい。もたもたしている菅さんは速く消費税を上げて財政問題解決に邁進する道に進みなさい。それがあなたの支持率を上げる唯一の道なのだ。
2011/01/23
昨年末に構想日本のフォーラムで聞いたパネラーの一人清水洋氏のサービサー法の話が印象に残った。清水さんは全国の税理士、会計士などトップレベルの人材を集めたネットワーク組織、事業再生研究会をつくってその会長をしている。清水さんは窮地に陥った中小企業を救わないと日本の中小企業は総倒れになるという危機感からこの仕事を始めた。今全国を駆け回って講演と相談で忙しい。サービサー法とは聞き慣れない言葉だが、正式名は債権管理回収業に関する特別措置法といい、サービサーとは債権回収業者のことをいう言葉らしい。2009年6月に民主党が提出して可決された。要するに不景気で売り上げが伸びず借金が積み重なってどうにもならなくなった企業が不動産を売ろうとしても売れず、倒産寸前の会社を救おうとする趣旨の法律で、これで借金をチャラにできるという。 清水氏は当然この法律は個人にも適用できるという。彼が実例としてあげた話では、千葉県木更津に4200万円で5LDKの家を建てたサラリーマンA氏がここのところ収入が激減してローン残額2700万円を払えなくなって清水さんのところに相談に来た。清水さんが調べたところ、この家は時価430万円、10分の1になっていた。そこで銀行と強引に交渉してAさんの娘さんに430万円で買ってもらい、残額2300万円をチャラにできた。使った経費は60万だけ。今もそこに親子で住んでいる。つまり残額2700万の家を430万で買ったことになる。これまでは個人破産救済の法律があったが、これは後ろめたい感じがしていろいろ制約が課せられたが、いまではこの法律でそれがなくなった。 こういう話を例として話すとあちこちの中小企業の経営者はそんなうまい話があるのか、借金は借金として無理してでも払うのがモラルではないかと考える人が非常に多いと言う。税理士や会計士でもそういう法律があるのを知らない人が多いという。それは日本人の美徳だが、清水さんは危急存続の時は企業を存続させることが正義であるから常識を入れ替えないといけないと言う。 さきほどの話にもどると、サラリーマンAさんが木更津に4300万円で家を建てたのはバブルの頃、湾岸道路ができて木更津の土地がこれから上がるぞという時だった。バブルの寸前、時価1500万円くらいだったマンションや家がバブルになったとたんにみるみる3倍4倍になり、4300万円になった。この間に莫大なもうけを手にしたゼネコンや不動産業者がいたのである。サラリーマンAさんはようやくこいつらに一矢を報いたと考えたらよかろう。それにしてもこういう法律があるということをもっと新聞が親切に解説したらいいのに、なぜしないのか。
2011/01/21
菅総理が与謝野馨氏を経済財政相に引き入れ、藤井裕久元大臣を財税官房副長官に起用したのはいよいよ消費税アップに向けての動き、菅さんもいよいよ消費税の引き上げに動き出す事になった。 国のためにはやむを得ないことである。一方、首をすげ替えられた海江田万里経済産業相は18日の会見で、デフレを解決しないで消費税を引き上げるのは順序が逆であるとか、消費税引き上げは解散が前提となるなどと言っているが、どうして総理の言うことにいちいち背くのだろう。菅さんにしてみれば元の敵方だった与謝野氏を入れたのは海江田のような馬鹿なことをいってグズグズ言うことを聞かない閣僚がいたらやりにくいからで今度の改造は正解だった。単純な高校生レベルのマスコミは昨日まで民主党の悪口を言っていた与謝野を裏切り者だとかさんざん悪態をついているが、政治の世界ではこういうことは日常茶飯事、使える者は使ったらよかろう。消費税の値上げには官僚は反対しないからまずそれをやってから、その次が公務員の削減と無駄な冗費のきりすて、道州制が順序で、海江田のようなのと順序がちがうわけである。郵政会社は郵便事業が赤字で来年度は採用ゼロにするという。今家に来る郵便物はほとんどクロネコに変わってしまった。我が会も第3種をやめてクロネコにしてからずいぶん安くなったし、労力もずいぶん軽くなった。厚さセンチまでのA4は重量に関係なく76円であるからずいぶん安い。郵政事業が赤字になるのは当然だろう。
2011/01/19
経済同友会の提言によれば2020年までに廃藩置州を実施、東京特別州以外に全国を11から12州に分け、地域主権型道州制にする。国会議員も衆院400,参院120~130人に縮小し、消費税は段階的に17%とする。政府に重要政策の企画・立案を行う国家戦略本部を置き、内閣主導とする。つまり10年前から言われてきたことで、ここまでやらないと財政再建はできないという点では誰もみとめるのではないか。国民の3分の1が年金をもらう時代がやがてくる上、医療費はますますふえるというときに、いまのような支出の半分しか収入がないという財政を何時までも続けているわけにはいかない。国民の合意を何とかして得なければならない。しかし、これほどの歴史的な大仕事は1内閣ではできっこない。かつて自民党と社会党とさきがけの連立内閣で省庁改革をやったが、このときは公務員の首切りは一切しなかった。これがダメのもとだった。今度はこれよりもっと根本的なことをやらねばならないから民自の連立が必要である。民主、自由の支持率を合わせて40%、これほどの財政の大赤字をつくったのは自民党であるから、反対は許されない。民自と同じくらいの率の無党派層がいるから、若い人を含んだ無党派層の理解を得なければならない。それには雇用を増やし、年金を約束し、年収200万以下の人たちの年収アップを実現する。逆に言えば年収200万以上、だいたい800万以上の人たちから奪うということになる。またたくさん物と資産を持っていても消費しない高齢者からは逆消費税みたいな資産税というようなものをとらないと不公平である。齢80を越して死後遺産相続しようとしたら子供も結構資産を持っていたという人がたくさんいる。大昔だったらこういう人たちの財産は公に没収された。内需を増やす方法は年収の低い人の年収を上げてあげてその分を消費してもらう。そのためには国際競争力に影響しない国内業界では安売り競争を禁止して最低賃金を上げねばならないだろう。 こういう大仕事をやるには、反対者とじっくり話し合って、反対するあなたはどういう解決策をおもちなのですか、と言って、それを公に示して責任をもってもらう。マスコミの責任者が無責任な反対言論をしないように、大マスコミとは話し合いが必要だろう。しかし最大の反対者は官僚になるから、どうして官僚と対決するか。官僚はあの手この手の反対論、実行を断念させ、先送りさせ、鈍らせる反対論をマスコミと連携して渦巻かせるだろう。 歴史的な改革者は国民から嫌われるが、歴史的にはその名を残す。反対者もはっきりその名を歴史に残して後世の資とすべきである。
2011/01/13
日本の経済は内需不足でもはや長期的にも外需依存型でいくしかない。しかしありがたいことにアメリカの需要が下降するにつれて、中国、アジアなどの市場が勃興して旺盛な外需となるであろう。 日本には中国ぎらいな人がいて、中国依存になるにつれてきびしい顔をする人がいるが、(これについてはなぜ中国蔑視感のシッポがのこっているかを別に論じる)日本のアジア依存は動かしがたい事実になってきている。地図を見ても日本は韓国、中国、ロシアと向き合っていて、イギリスがヨーロッパと向き合っているのと似ている。つまり日本はアメリカとの関係でイギリス的な運命にある。イギリスは歴史的にフランス、ドイツと対決したり、フランスと連携したりしてきた。しかし今では仏独の不和がEUという枠のなかでおさまり、イギリスとヨーロッパとの関係は安定し、しかもイギリスは英連邦という遺産によって安泰である。日本という国はどうかというと、英連邦というような遺産はなく、アジアでは孤立している。それだけにつらい立場である。 日本はアメリカにとってまたとない格好の国となっている。というのは潜在敵国である中国、ロシアの真ん前に防波堤のようになって位置しているからアメリカの国防のための最前線になっている。ロシア、中国にとっては目の上のタンコブのようなものである。したがって北朝鮮のようなけしかけるときの猟犬はとっておいている。アメリカにとっては日本と中国を戦略的に分断しておくことが絶対的外交条件になっているから、日本はこのようなからめから抜け出すことは難しいが、しかし逆に言えばアメリカの弱みを握っている。巧妙な外交家が現れれば、このことを大いに利用するであろう。幸いに中国は侵略的な国家ではない。常に侵略から自己を守る防衛的な国家である。自国の安定が最大の国家目的になっている。日本のとなりにこれほどの大国が存在すると言うことほど日本にとって恵まれたことはない。結論は当面の10年20年は中国との安定的な国家関係を築くということである。中国をもっとよい国にしてあげることが日本のためにもよくなるということである。日本人の85%が中国をうとましい国とみているという新聞のアンケート調査が出たが、こういう世論調査などを尖閣列島事件直後に一新聞社が行うと言うことはきわめて余計なことである。これのリアクションがまたおこるであろう。日本人のDNAとなっている対ロ恐怖症、これからつくられようとしている対中恐怖症、こういう病気にかかりやすい根源は何なのかということを検討する時期に来ている。
2011/01/10
ケーズ電機に行ってパン焼き器を買う。ホームクッキングといって家でパンを作る機械である。これほどいい機械はなく毎朝ふっくらとした焼きたてのおいしいパンが食べられる。しかしとうとう20年ももった機械が壊れたので買い換えたのである。この時にパソコンン売場でソニーのリーダー(電子書籍)を見た。私が買うとすればいちばん適切なリーダーであるが、老眼がすすんでいるので字が大きく出るほうがいい。拡大すればいいが、そうすると画面からはみ出してしまうのでいちいちスクロールしないといけないがそれがやはり面倒になる。それで今日は買うのを保留した。さて電子書籍の時代が来るかというと、まだ疑問である。一部の先進的な人たちは自分の蔵書を全部ウエブ化してしまうことをもくろんでいる。専門の業者に頼むと予想以上に安い費用でそれができる。それをリーダーに移せば自宅の本棚にある膨大な本はなくなる。いつでもどこでもリーダーに引き出してよむことができる。たしかにものすごく便利になる。新聞や雑誌などはこういうリーダーで読めば複数紙誌を同時的に読めればすごくいいと思う。しかし、本の読書熱が盛り上がるかというと、まだ疑問である。実際には電子書籍で売れている本はまだすくない。しかし、こういう新しいツールでよむ以上、これまで読めなかったものが読めるようにならないと真の読書革命は起こらない。きわめて専門的であるとか、内容が難しいとか、著者の一般知名度が低いという本は読者が限られるので、本が売れない。価格をつけても高いものになってしまうので手がでない。こういうコンテンツのよい本がいっぱいあるが、電子書籍で安く読めるようになるとこういう新しい書き手がどっと出てくる。従来の情報市場の制約のために発言できなかった人たちのものが出てくる。こうして既存の常識を塗り替えてくれると、新しい世の中が開けてくる。
2011/01/10
年収200万円以下の人たちが2000万人に近づいているという。この人たちの待遇がさらに落ち込んで、失業者が増えると確実に世の中は悪くなる。業界によっては事業収入増加が困難なため、今以上の人件費アップが難しいところが多々あるであろう。中小企業などではそうだ。介護分野なども月給17万円でがんばっている。だからといってこれらの事業をなくすと社会全体がおかしくなる。立派に存続の意義があり、そういうところに人が働いていないと社会が動かない。ところが給料が安いためにこういうところには人が応募しない。他に転職の当てが見つかると直ぐにやめる。できるだけ給与の多いところに移動したいのは人間の欲求だからだ。したがってこういう業界で腰を落ち着けて一生懸命やっている人たちの待遇改善をなんとかはかることが必要であるとともに、安い給料ですが、ガマンしてやってくださいね、というお願いや励ましが必要である。それが国全体の責務である。しかし、それがあまりにも少ない。意識の高い人はいいが、自分の能力が低いから、学歴が低いからそういうところでしか働けないと思いこんでいる人たちは腰を落ち着けて働く意欲がなく、業界そのもの、会社そのものへの忠誠心はなく、自分中心の能力アップ、それによる転職願望にのみ専心する。したがって業界そのものの悪循環がつづくことになる。低い給与にもかかわらず一生懸命働いている人たちに対する世の中の表彰、敬意、感謝の気持ちをもつべきであろう。自他の意識を変えるための名誉を与えるための報道とか工夫があってしかるべきである。
2011/01/08
これからどういう世の中になるかは、誰も予測はつかない。菅総理にビジョンを示せというが、菅さんは最小不幸社会というのがビジョンでそれ以上を要求してもむりというものだ。マスコミ、大新聞の論説委員や編集委員やテレビのコメンテーターたちが、日本は希望がない、閉塞感だ、と二言目にはいうが、すくなくとも広報宣伝力を有している彼らがそういうことを言ったらダメダと思う。そうでなく我が新聞社は、我がテレビ局はこういう希望あるビジョンでいくというのをそれぞれ出し合ったらよいと思う。私は毎日、これからどういう世界になるだろうかということを考えている。人はすぐ景気が回復すればまた日本は活性化するというが、もうそういう経済の繁栄を夢見ても幻想であると思う。高度成長、バブルは一回かぎりで起こったことだ。それ以前の時代は経済の時代、ビジネスの時代、とは言わなかった。私の高校、大学時代は、世の中をリードする立場にいた人は文化人、学者、作家、芸術家などであった。人々はそういう文化的な欲求を満足させることで暮らしていた。それが60年代から70年代に入ると、ビジネスの時代、経済の時代ともてはやされるようになり、文化は趣味の枠内に縮小されてしまった。 これからの時代は再びそういう文化の時代にもどると思われる。しかし以前と違う点は、一般の人たちの参加である。たとえば私の甥は焼き物をしているが、親戚であるので皿を注文した。市販より高いお金で買わねばならないが、しかし互いに満足できればいいわけである。それ以外に裁縫したもの、書いたもの、制作した絵、人形、あるいは野菜を作って互いに送ったり、料理の腕を競ったりする。そういう大衆が参加した文化の時代になるだろうと思う。その中からかなりのセミプロが生まれてくる。
2011/01/06
1日、新宿の武蔵野館に「冬の小鳥」を見に行った。昨秋、小野恒さんから勧められていたが見るチャンスを逸していた。それが武蔵野館で午前1回だけ上映を聞いて見に行ったのである。韓国映画、監督はウニー・ルコントという韓国出身の1966年生まれの女性監督である。見ていてフランス映画を見ているような静かで美しい映画だった。この映画には9才の女の子ジニが父親が再婚したため、捨てられて、明日は旅行に行こうねとだまされて、キリスト教プロテスタント系の女の子ばかりの孤児院に預けられる。しかしジニは捨てられたとはつゆ思わず、父親がもうすぐに引き取りに来ると思って待ち続ける。孤児ではないから孤児扱いするなと反発し、食事も団体作法も拒否する荒れ方をする。こういう子をちゃんと理解して包みこむようにしている孤児院の職員たちがいい。感動する場面は、里親が決まって引き取りにきたときに。孤児たちが全員で蛍の光を歌って見送るシーンである。ジニの姉さん役として気心の合っていた12才のイッツはアメリカの里親に引き取られていく。18才か19才の足の不自由な年のいった孤児が失恋して自殺未遂をはかる。この子が命を取り戻してもう二度と迷惑をかけませんと子供たちの前で誓いを立てる場面。あまりにもしゃちほこばってあやまるこの大姉の態度を小さな子供たちがやがてクスクス笑い出す。笑いが広がって大姉も自分から笑い出してしまう。いい場面だなあと思った。ジニは父が引き取る意思がなく、住所が変わって音信不通になったことを聞かされて絶望し、自分を生き埋めにしようと自殺を試みるが、死にきれず、孤児院にいつづける決心をする。やがてジニの里親が現れる。パリに住む老夫婦である。かわいいよそ行きの洋服を着せられて子供たちの蛍の光の合唱に見送られて一人ハイヤーに乗せられて去ってゆく。パリ空港。首から身分証明書のようなものをぶらさげたジニがスチュワーデスに伴われて群衆の間を行く。老夫婦が待っていて目で探しているシーンが写る。そのとたんに幕が下りた。この老夫婦に引き取られたジニがその後どのような人生行路を歩むかは観客に全く予想もつかせないうちに監督はジ・エンドにしたのである。この映画で感心したのはバックミュージックがほとんどなく、日本映画のようにエンタメ的なシーンもないことである。 でもジニのその後がわかった。なんとこの女性監督自身がジニと同じ年齢のとき、韓国の孤児院からパリで牧師をしている里親のところに引き取られたのである。だから自伝である。ルコント監督は才能を発揮し、服装学院を卒業して女優として活躍し、そしてたまたま韓国を舞台とした映画の企画をたてに帰国したとき、往年の人たちを再会し、自分のルーツをさぐる映画を作ったのである。だからこそこの映画から流れてきたものは真実の迫力であった。映画を見てから牛丼屋に入った。テキパキとほがらかに働いている中国人店員がいて、アチラ様とかコチラ様とかカタコトで言っているうちに「目の前様」と言ったのには苦笑した。帰ったら年賀状がコチラで出したのより多く来たので恐縮。夜分になってなんと訃報が入った。正月元旦の未明に従妹の夫が筋萎縮症で亡くなった。今年はつつがなくおわるといいなあ。
2011/01/01
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