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火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
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黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
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薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
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黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
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火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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神父の息がかかった警官達によって身柄を拘束された蓮華とアベルは、薄暗い地下牢に閉じ込められた。格子窓の外には、先ほど降りだした雨によって増水しはじめ、茶褐色に濁りだした運河が見えた。「あの神父、手を出してこないと思っていたら裏で何か企んでいたんだわ!」蓮華はそう言うと、唇を噛み締めた。「ここから出る事はできますか?」「無理よ、牢番が絶えず目を光らせているし、入口には鍵が掛かっているわ。力を使えば抜け出せるけど・・」蓮華は呪文を唱えると、南京錠の前に手を翳した。すると南京錠は見る見ると溶け始めた。「これでいいかしら?」「ええ。」アベルがそっと牢の入り口を押すと、それは軋んだ音を立てながら開いた。蓮華は外を見たが、牢番は居眠りをしていた。「逃げるなら今のうちよ、早くしないと・・」「貴様ら、そこで何をしている!」アベルと蓮華が地下牢へと逃げようとした時、間の悪いところに牢番が目敏く2人を見つけた。「動くな、少しでも動くと撃つぞ!」牢番は腰に帯びていた拳銃を抜き、その引き金を蓮華に向かって引こうとした時、突如彼の全身が炎に包まれた。「ぎゃぁぁ~!」牢番は獣のような声を出しながら炎を消そうとのたうち回ったが、炎は消えるどころかますます勢いを増してゆき、彼の身体は炭化した。「今のは、一体・・」アベルは額に痛みを感じて、顔を顰めた。「アベルさん、もしかしてあなたは・・」蓮華の方を向くと、彼女は信じられないような顔をしてアベルを見ていた。「どうしたんですか、レンゲさん?」「アベルさん、あなたはもしかして・・」蓮華が次の言葉を継ごうとした時、警官達が地下牢へと向かってくる足音が聞こえた。「早くここから逃げないと・・」「ええ、そうですね・・」アベルがゆっくりと立ち上がろうとした時、撃鉄が起こされる音が聞こえた。「動くな!」蓮華とアベルがゆっくりと振り向くと、彼らは拳銃を構えた警官達に囲まれてしまっていた。「大人しく牢に戻れ、そうすれば何もしない。」「何もしないですって!? どうせ何か口実をつけてわたしたちを修道院送りにするんでしょう? そうはいかないわ!」「煩い、黙れ! 貴様達は悪そのものだ! この村に災いをもたらす黒髪め!」「悪はあの神父でしょう!? 聖職者の癖に罪のない者達を虐殺して悦に浸っているような人間を、あなた達は信じているというの!?」「黙れと言ったのが聞こえなかったのか!」苛立った警官がそう叫んで蓮華に向かって引き金を引こうとした時、運河の濁った水が格子窓に雪崩れこみ、警官達を呑みこんだ。激しい水圧と流れに巻き込まれぬよう、蓮華とアベルは壁に張り付いたまま暫く立っていた。警官達の悲鳴が遥か彼方に聞こえて来た時、アベルは牢の中に何かがいるのを見つけた。「お父さま!」アベルがそっと牢の中を覗くと、そこには腰から爪先まで淡いエメラルドの尾鰭をぱたぱたと振り、鱗を光らせた璃音の姿があった。「璃音・・どうしてここに?」「湖から来たの。お父さま達を悪い人から救おうと思って。」「そうか、ありがとう璃音、助かったよ。」「良かった。」璃音はアベルの言葉を聞くとにっこりと笑った。「ねぇお父さま、わたし・・」「人魚だ、人魚が居たぞ!」璃音が次の言葉を継ごうとした時、地下牢の外から野太い男の声が聞こえた。アベル達の前で、璃音は網にあっという間に捕えられた。「璃音!」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月13日
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璃音は水色のワンピースの裾を揺らしながら、湖畔へと辿り着いた。背中まである金髪が、春風を受けてそよそよとなびいた。璃音は太い木の幹にワンピースを引っかけると、歓声を上げて湖へと飛び込んだ。ばしゃんという水音とともに、彼女は淡いエメラルドの尾鰭を見て笑いながら湖の底へと潜った。そこにはニジマスが悠々と泳いでおり、藻が水中でゆらゆらと揺れていた。そんな様子を、璃音は好奇心を剥き出しにして眺めていた。 そろそろ家に帰ろうかと思った時、何やら湖の近くで人の話し声がしたので、璃音はそっと水面から顔を覗かせた。すると森へと続く道の前で2人の男が何かを話していた。「おい、もう準備は出来たんだろうな?」「勿論さ。サイアスの家に居る2人の黒髪をひっ捕えてそいつらを血祭りに上げてやる。」「神父様や領主様には報酬をちゃんと頂いているんだからな、へまはするなよ。」「わかってるよ。」彼らは森へと入っていった。(お父さま達が危ない・・)湖で彼らの会話を聞いていた璃音は、素早く湖から上がると身体を拭かずにワンピースを着て家へと戻っていった。「璃音ちゃん、遅いわね。また湖で水浴びしているのかしら?」蓮華はキッチンでじゃがいもの皮を剥きながら、そう言って時折ちらちらと窓の外を見ていた。「もうじき帰ってくるでしょう。」「ええ、そうだけど・・」サイアスとその妻は遠くの街で開かれる市へと行っており、リンダは夜勤があって帰りは遅くなる。この家には蓮華とアベル、そして璃音の3人しかいなかった。「それにしても最近、あの神父様の態度が少しおかしくありませんか? 数ヶ月前までは蓮華さんを目の敵にしていたというのに、今では全く無関心な様子ですね。」「無関心になってくれた方が良いわ。何かにつけて色々と言って来る方が疲れてしまうし。」「そうですね・・」アベルがそう言って切ったジャガイモを鍋で煮ろうとした時、表から激しい音が聞こえた。「もうサイアスさん達が帰ってきたのかしら?」「彼らは向こうで一泊すると言ってましたし・・もしかしたら予定を切り上げて帰ってきたのかもしれませんね。」アベルはそう言うと、表のドアへと向かった。彼がドアの鍵を開けた瞬間、家の中を制服姿の警官が数人雪崩れこんで来た。「何ですか、あなた方は!?」「お前達には異端の疑いがある! よって署で詳しく話を聞こう!」警官の1人がそう言うと、アベルを羽交い絞めにして、彼の両手に手錠を掛けた。「レンゲさん、逃げて!」キッチンへと入って来た警官に向かって、蓮華は鍋を引っ掴んで中身を彼めがけてぶちまけると、裏口から出て行った。「逃がすな、捕えろ!」草叢に足を取られ、転びそうになりながらも蓮華は必死に警官達から逃げようとした。だが、後少しで彼らから逃げられそうな時、警官の1人が猟銃を取り出して蓮華に狙いを定めた。乾いた音がして、蓮華の胸に紅い華が散った。「香・・様・・」蓮華は夫から贈られた懐剣を握り締め、草叢に倒れると意識を失った。「お父さま、蓮華さん!」璃音が息を切らしながら家の中へと入ると、アベルと蓮華の姿は何処にもなく、キッチンには鍋が転がっていた。もう2人は捕えられてしまったのだ、あの悪い人達に。(わたしがお父さまを助けなきゃ!)悪い人達に見つからないように、璃音はそっと裏口から出て行き、再び湖へと向かった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月13日
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「璃音、しっかりしろ!」アベルは熱に浮かされている娘の手を握った。「たすけて・・父さま・・」荒い呼吸を繰り返しながら、璃音はそう言って真紅の瞳でアベルを見た。その額に浮かぶ模様が徐々に明らかになってきた。「これは・・」「どうして、この子に人魚の証が?」リンダがアベルの部屋に入るなり、璃音の額に浮かんでいる模様を見て叫んだ。「人魚の証、ですか?」「ええ。あなたはこれまで各地を放浪してきたのだから、リュキュア皇国のことはご存知よね?」「リュキュア皇国・・」何処かで聞いた事がある国名だ。確かかの国では300年前に滅ぼされた人魚の末裔が今も尚生き続けているという伝説がある。「人魚の末裔伝説で有名な国でしたね?」「ええ。この村に伝わる迷信・・黒髪の魔女伝説と同じ頃に言い伝えられているものです。リュキュアの人魚は今もなお海に生きているという伝説があって、その人魚の王族は金髪紅眼の容姿をしていて、ある模様が額に出るとか。」アベルはちらりと璃音の額に浮かぶ模様を見た。それは真珠の鎖に絡まった十字のようなものだった。「これが、人魚の王族であるという証なのですか?」「ええ。ねぇアベルさん、あなたは村の女からこの子を託されたって言ってたわよね? この子の母親は、どんな顔をしていたの?」「金髪紅眼でした。それと、額には何かを焼いた痕がありました。」アベルは5年前、璃音を自分に託した母親の顔を思い出した。彼女は娘と同じ、金髪紅眼で、額には何かを消したかのような醜いケロイドが残っていた。もしかしたら彼女は・・「璃音は、彼女の母親が既婚者との間に出来た子だと言ってましたが、もしかしたら彼女は・・」「人魚だったのかもしれないわね。人魚が尾鰭の代わりに足を得る方法は唯一つよ。それは、人間の生き血を飲むこと。」「人間の生き血を飲む・・じゃぁ璃音も・・」アベルは熱に浮かされている娘を見た。「まだこの子は大丈夫よ。それよりも彼女をお風呂に入れないと。人間の子どもと同じ身体だとはいえ、長時間も陸にいたら衰弱してしまうのよ。」「そうですか・・」リンダはそう言うと、璃音の身体をゆっくりと抱き上げ、浴室へと向かった。湯を張った浴槽に裸になった璃音を浸すと、彼女はみるみる血色が良くなった。「父さま?」璃音は円らな瞳を輝かせながらアベルを見た。「もう苦しくないかい、璃音?」「うん・・お風呂入ったら急に熱が下がったの。」「そう、良かった。」アベルはそう言うと、風呂から上がろうとした璃音の身体を拭こうとして、浴槽の中を見た。するとそこには、淡いエメラルドの尾鰭があった。「お父さま、見て! わたし人魚になっちゃった!」「凄いねぇ、とても可愛いよ。」初めて見る人魚に動揺しながらも、無邪気にはしゃぐ娘に向かってアベルは彼女に優しく微笑んだ。「あの子が人魚? それは本当ですか?」キッチンで夕食の支度を手伝っている間、アベルが蓮華に昼間の事を話すと、彼女は目を丸くした。「ええ、どうやらあの子の母親も人魚だったようです。璃音を風呂に入れたら、浴槽の中には淡いエメラルドの尾鰭が見えました。リンダさんによると、長い間陸にいると衰弱してしまうそうです。」「璃音ちゃんが人魚だなんて、まだ信じられないけれど・・わたし達が彼女を守るしかないわね。人魚の血肉は不老長寿に、涙は不治の妙薬として需要が高いから、神父様に知られたら・・」「ええ、そうですね。」 翌朝、熱が下がった璃音は村の近くにある湖へと水浴びに行った。まだ夏が遠いとはいえ、冬と違って刺すような寒さはもう消え失せ、春特有のぽかぽかとした陽気が璃音を包んだ。 にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月11日
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「おやおや、誰かと思えば。」そう言うと、村の神父はちらりと蓮華を見た。「神父様、何かわたしにご用でしょうか?」薄紅色の瞳を冷ややかに光らせながら、蓮華は神父を睨みつけた。「いえ、別に用はありませんが、まだ修道院には行かないおつもりですか?」「ええ。死ぬまで重労働させられたり、拷問を受けたりするような所なんかには絶対に行きたくはありませんから!」蓮華の言葉に、市場に集まっていた村人達が一斉にどよめいた。「拷問だの重労働だの人聞きの悪い。修道院では皆神に仕えているのですよ。そんなことは・・」「断じてないとでもおっしゃりたいのですか?」神父の言葉を遮るかのように、蓮華の背後に立っていたアベルがそう言って神父を睨んだ。「あなたは教会本部の幹部という立場を利用して、横暴の限りを尽くしていたようですね。」アベルはおもむろに、コートの内ポケットから1枚の封筒を取り出した。「これが何だかわかりますか?」「そ、それは焼却処分にした筈・・」封筒を見た瞬間、今まで何処か得意げな笑みを浮かべていた神父の顔が強張った。「あなたが行った悪行の数々が、この手紙に綴られております。何なら今ここでお読みいたしましょう。」アベルは封筒から便箋を取り出し、手紙を読み始めた。そこには神父が黒髪の者や疑いを持った者を修道院に連行し、換気の悪く落盤のおそれがある炭鉱で長時間働かせたり、全身の皮が剥がれるまで何度も熱湯を浴びせたりしていたことや、年端もゆかぬ幼い子どもに対しても重労働をさせていたことが書かれてあった。「この手紙にはあなたの悪行の数々が記されております。これを見て教会本部があなたを庇おうとするでしょうか? 神に仕える身でありながら、悪魔のような心を持ったあなたが。」そう言って神父を睨み付けるアベルの瞳は、冷ややかな光を湛えていた。「これで、済むと思うな・・」神父はそう低く呻くような声で言うと、アベルに背を向けて歩き出した。「アベルさん、助かりました・・」「いいえ。わたしはこれまで各地を放浪していたのは、教会本部に蔓延っている腐った聖職者の悪行を暴く為です。神に仕えながら暴虐の限りを尽くす者は残念ながら彼だけではありませんからね。」「そうですか。昔わたしの夫も地位や権力に固執する陰陽師が居るとこぼしておりましたわ。」「何時の世も、嫌な輩が居るものです。」アベルはそう言って溜息を吐いた。 市場から蓮華とアベルが戻ると、サイアスが溜息を吐いていた。「どうしたんですか、サイアスさん?」「それがなぁ、最近結婚指輪を予約した客がのう、急に取り消しに来たんだ。」「え、もう出来あがっているというのにですか?」「ああ。何でも新婦の親戚に黒髪の者が居たらしく、結婚話が流れたそうだ。本人同士は愛し合っておるというに、たかが迷信で親族が2人の結婚に口を話さんでくるとは、呆れたものじゃ。」サイアスは額の汗を拭いながら、キッチンへと向かった。「本当ですね。今や文明が発達したというのに、未だ迷信に捉われ、妄信している者達が多いこと。嘆かわしい限りですね。」「ああ、本当にのう。」サイアスはコーヒーを一口飲んだ。その夜、アベルは浴室でシャワー浴びながら、部屋で熱を出して苦しんでいる璃音の母親のことを思った。5年前、実の娘をアベルに託した彼女は今何処で何をしているのだろうか。璃音が母親の存在を知った時、アベルはどうすればよいのだろうか。(母親、か・・)アベルは母親の顔を知らぬまま育ち、血が繋がっていない璃音を育ててきたが、璃音はアベルの事を父と慕っている。自分を捨てた母親とは会いたくないとアベルは思いながら、浴室から出て璃音が寝ている部屋へと入った。「璃音?」ベッドに横たわる璃音に呼びかけると、彼女は荒い呼吸をしながら熱に浮かされていた。その額には、変な模様が浮き出ていた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月11日
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「そうですか、あんな遠いところまで・・」「ええ。この子と一緒に旅をしていたら、もう疲れてしまって・・」アベルは蓮華に、この5年間各地を放浪した末にこの村に辿り着いたことを話した。「ユーリ様は? つわりがおつらそうでしたけど・・」「無事に男の子をお産みになられました。それにあなた方のお子さん達も元気に育っておりましたよ。」「そう、ですか。」蓮華はそう言って溜息を吐いた。「香様は、わたしのことをまだ待ってくださっているでしょうか? もうわたしがいなくなって5年も経ちますし、再婚話のひとつやふたつ・・」「たとえあったとしても、彼の心はあなただけのものです。それよりも、この村には少々厄介な神父がいるそうですね・・」アベルはそう言うと、窓の外から村を見た。一見すると長閑な村だが、実際は偏見に満ち満ちた村だった。鬼族の里から少し離れた村の女・静歌から預かった彼女の娘・璃音(りね)と長い間放浪した末にこの村に辿り着いた時、村人達は自分の黒髪をジロジロと見ている事に気づいた。「ええ。何でも、黒髪の者は修道院に連れて行かれ、そこで死ぬまで重労働をさせられるか、拷問を受けるとか。なんでも昔、国王を誑かした魔女が黒髪だったとかで・・」「馬鹿らしいですね、何百年前の話を未だ信じて黒髪の者を邪険にするとは。この村よりも鬼族の里の方が居心地いいですよ。」「本当に。この村では何だか息が詰まってしまいそうです。この家にお世話になっているけど、ここの方達はとても良い方ばかりだから・・」蓮華がそう言葉を切った時、ベッドの上で眠っていた幼女が目を覚ました。「父さま・・ここどこ?」「璃音、ここは安全な所だよ。熱があるからもう少し寝ていようね。」「うん・・」幼女はそう言うと、再び目を閉じた。「アベルさん、これからどうします? わたしはここで暮らしますけど・・」「余り出歩かない方が賢明なので、こちらでお世話になります。この家のご主人はどちらに?」「今案内致します。」蓮華はアベルとともに、サイアスの工房へと向かった。「サイアスさん、こんにちは。」「レンゲさん、こんにちは。そちらの神父様は?」「わたしの友人で、アベルさんです。あの、厚かましいお願で申し訳ないんですけれど、彼をここに置いていただけないでしょうか?」「ああ、いいよ。儂の仕事を少し手伝って貰えば。」「仕事、ですか?」「サイアスさんは彫金の仕事をなさっているんです。」「仕事といっても、出来あがった指輪やネックレスを磨いたりといった下仕事だけだ。彫金の仕事は儂と弟子達がやるから。」「そうですか、わかりました。」その日から、アベルはサイアスの工房で働き始めた。指輪やネックレスを布でひたすら磨くという単純作業だったが、ここに居るだけで放浪しなくて済むとアベルは思った。「レンゲさん、ちょっとおつかいに行って来てくれないかしら?」「はい、わかりました。」リンダから買い物かごとリストを受け取ると、蓮華は家の裏口から出て行った。「アベルさん、念の為にレンゲさんと一緒に行ってくれないかしら? あの神父様が彼女の事を付け狙っているから安心できないのよ・・」「わかりました。」装身具を磨く手を止めたアベルは、家の裏口から出て行った。「レンゲさん。」「アベルさん、あなたも一緒に行けとリンダさんから言われたんですか?」「ええ。」アベルと蓮華が市場へと向かうと、そこは人でごった返していた。「これで全部ですね。」「ええ。」パンパンになった買い物かごをアベルが持って蓮華と市場を後にしようとすると、向こうから神父がやって来るのが見えた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただければ嬉しいです。
2010年12月11日
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「ただいま帰りました。」裏口から家の中へと入った蓮華は、そう言ってキッチンに立っているリンダに声を掛けた。「お帰りなさい、レンゲさん。もうこんな時間ね、お昼にしましょう。」「はい。」リンダと蓮華は市場から買ってきた野菜を挟んだサンドイッチを作り、椅子に腰を下ろしてそれを一口齧った。「何だかこうしてゆっくりとお昼を食べるのも久しぶりね。いつも工房の手伝いや仕事で忙しいから。」「リンダさん、確か今日夜勤ですよね? 大丈夫ですか?」蓮華がそう言ってちらりとリンダを見ると、彼女の顔には疲れが滲み出ていた。「それにしても、神父様からまた何か言われなかった?」「いいえ。さっき市場で会いましたけど、何も言ってきませんでした。あの、リンダさん、ひとつお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」「いいわよ。」「あの・・修道院ってどんな所なんですか? 神父様はわたしをそこに入れたがっていますけど・・」リンダは修道院の事を聞くと、顔を顰めた。「修道院はね、黒髪の女達を集めて拷問する所なのよ。」「拷問、ですか? でも修道院って・・」「表向きは神に仕える場所だと言われているけど、実際は違うわ。黒髪の女達を周辺の村から集めて使い物にならなくなるまで重労働させたり、拷問したりするのよ。そこに入れられた女達は誰も戻って来ないという噂よ。」リンダから修道院の話を聞いた蓮華は、何故神父があれほどまでに自分に修道院に行くよう勧めていた理由が解り、鳥肌が立った。「神父様は、その事を知っているんですか?」「知ってるも何も、神父様は教会本部の幹部なのよ。この村には密偵として来ていて、疑わしき者を修道院送りにしてきたわ。」「そんな・・」表では柔和な笑みを浮かべているあの穏やかそうな神父が、裏では恐ろしい大量殺戮に加わっているのかと思うと、蓮華は吐き気がした。同じ聖職者であっても、何の偏見もなく人々を受け入れ他人の子を育てているアベルと、この村の神父とは全く違う。ただ異質な者を排除する為にこの村に密偵として来ている神父に、蓮華は殺意を抱き始めていた。「リンダさん、村人達から神父様の評判は何か聞いてませんか?」「この狭い村では、神父様の教えは絶対なのよ。わたし達くらいよ、神父様に面と向かって歯向かうのは。みんなあの人の表の顔に騙されているだけなのよ。」リンダは吐き捨てるようにそう言うと、紅茶を一口飲んだ。(これからあの神父には今まで以上に用心しなければ・・)蓮華がサンドイッチを頬張っていると、裏口のドアが叩かれた。「どなたですか?」もしかしてあの神父だろうかと蓮華が身体を強張らせていると、ドア越しに聞こえてきたのは若い男の声だった。「すいません、子どもが熱を出してしまいまして、厚かましいお願いなのですが、どうか一夜の宿を与えていただけないでしょうか?」「はい、わかりました。」リンダがドアを開けると、そこには幼女を抱いたアベルが立っていた。「アベルさん・・」「レンゲさん、どうしてここに?」アベルと蓮華は暫く互いの顔を見つめ合ったまま、動かなかった。「あら、お知り合いなの?」「ええ。アベルさん、その子は・・」「わたしの娘です。旅をしていたら、急に熱を出してしまって・・」「そう。リンダさん、お部屋空いてますか?」「ええ、お客様用の寝室がひとつ。」「アベルさん、案内します。」蓮華はそう言うと、アベルに微笑んだ。「助かります。」思わぬ知人との再会に、アベルはあの天使の笑みを蓮華に浮かべた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月11日
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「レンゲさん、もう休んでいいわよ。」「ありがとうございます。」この閉鎖的な村に来てから数週間が経ち、蓮華はすっかりサイアス家の一員として工房に馴染んでいた。洗い終わった皿を流しに置き、蓮華は溜息を吐いて部屋へと休んだ。あれから、あの神父は工房に訪れる事はなかった。一体彼は何を企んでいるのかまだ解らないが、余り良い事ではないのは確かだ。それに、彼が言っていた修道院に何かありそうだ。「レンゲさん、いいかしら?」「は、はい・・」リンダは滑るように部屋から入って来た。「今朝、橋の近くで人が死んだ事、知ってる?」「橋の近くで?」今朝買い物をした帰りに蓮華が橋の近くで通りかかると、人だかりが出来ていたので何だろうと覗いたら、そこには女の遺体が河原に転がっていた。「ええ。それよりも昨夜、あなた橋の近くにいなかった?」「いいえ。」「そう。神父様があなたを見たって言ってたわよ。まぁ、あの人の言う事を気にしない方がいいわよ。」「はい・・」リンダが部屋から出て行くと、蓮華は溜息を吐いてベッドに横になった。 その夜、蓮華はドアが激しく叩かれる音に目を覚ました。(こんな遅くに、一体誰だろう?)蓮華がランプ片手にドアの方へと手を伸ばすと、外から話し声が聞こえた。「本当にあの黒髪の女を見たんですか?」「ええ。彼女が殺したに違いありませんよ。徹底的に痛めつけてください。」「ですが、他にも犯人を見たという目撃証言が・・」「神に仕えるわたしを疑うとでも?」嫌な予感は的中した。神父は蓮華に無実の罪を着せようとしている。「レンゲさん、どうしたの?」息をひそめながら外の話し声を聞いていた蓮華の隣に、リンダが怪訝そうな表情を浮かべながら彼女の肩を叩いた。「リンダさん、神父様がわたしを殺人犯に仕立てようとしているんです。」「そう。じゃぁわたしに任せて。」「リンダさん・・」蓮華は部屋へと戻ると、リンダと警官達、そして神父の声が暫く聞こえたが、彼らが去っていく気配がした。「リンダさん、大丈夫ですか?」「ええ。レンゲさん、今度神父様が何か言って来たら直ぐにわたしに伝えて頂戴。」リンダはそう言って蓮華に微笑んだ。「ありがとうございます。」蓮華が頭を下げると、リンダは彼女に微笑むと部屋から戻った。 同じ頃、神父は村の若者達と酒を飲んでいた。「あの女、いつ村から追い出すんですか?」「あれこれ策を尽くしてみましたが、結局失敗に終わりましたね。ですがまだ策はありますよ、とっておきの策がね。」神父はそう言って口端を歪めて笑った。「策というと、あの女を修道院送りにするのですか?」「それはまだ早い。明日所長と会う約束を取り付けておきました。その時にまた、考えますよ。」「それにしても橋の近くで死んだ女、かなりの美人だったのに残念だったなぁ。」「彼女はこの村から消えた方が良かったのですよ。自分の身を売るような卑しい女でしたからね。」 翌朝、リンダから買い物を頼まれた蓮華は、市場を歩いていた。「おや、誰かと思ったらレンゲさんじゃないですか?」背後から声を掛けられて彼女が振り向くと、そこにはあの神父が立っていた。「どうも、神父様。」蓮華は素っ気なく彼に挨拶すると、神父に背を向けて市場をあとにした。「気に入らない女だ。」神父はそう言って舌打ちした。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーからクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月11日
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「盛大なパーティーですね。」鴾和家のパーティーに招待された匡惟は、会場を埋め尽くす客達を見ながら溜息を吐いた。「なんていったって本家の孫達の誕生日ですもの。この場にレンゲさんが居ない事が残念だけど。」ユーリはそう言うと、周囲から祝福を受けている鴾和家の双子を見た。その隣には、彼らの父親である香が立っていたが、蓮華の姿はなかった。今日のこの日を何よりも楽しみにしていた彼女の姿がないことが、時の流れとともに悲しみをユーリは実感した。「香様は再婚話を断ったとか。まだ彼はレンゲさんのことを想っておられるのですね・・」「そうね・・わたしも時々、故郷にいる腹違いの妹と、実の姉を思い出すのよ。」ダブリス王国から妖狐界に渡って5年の歳月が経ち、今やユーリの中ではダブリスに居た頃の記憶が薄れつつあった。「それにしても、アベルは何処へ消えてしまったのかしら? あの日以来彼の消息を聞いた者はいないって、本当かしら?」ユーリはシャンパンを一口啜りながら言うと、匡惟は渋い顔をした。「彼は居たたまれずにわたし達の前から姿を消したのでしょう。彼は優しすぎたのです。」「優しすぎた?」「ええ。あなたとわたしの幸せを何よりも考えていたからこそ、姿を消したのですよ。」本当にそうなのだろうかとユーリが考えていると、香達が彼女達の元にやって来た。「お誕生日おめでとう、羅姫、香欖。」「ありがとうございます。」ユーリの言葉に、双子達はそう言って揃って頭を下げた。「可愛らしいこと。聞きわけがなくてわがままな麗欖(れいらん)と大違いね。」「そんな事ありませんよ、お宅の麗欖君は賢くてとてもいい子ですよ。親の関心が余所の子に移ったから気に食わないだけでしょう。」香はそう言うと、ユーリを見た。「そうかもしれないわね。いつの間にかあの子達と麗欖を比べては麗欖に小言を言っていたもの。子どもって良く親の事を見ているのね。」「ええ。それよりも摩於様はどちらに?」「気分が優れないからと言って部屋で休んでいるわ。」「そうですか。それにしてもこちらにいらした時はまだ幼かった摩於様が、今や成人を迎え明日には麗真国へと発つのですから、時の流れは早いものですね。」「ええ、本当に・・」 大広間で華やかなパーティーが開かれているなか、ホテルの部屋では摩於と槙野が明日の帰国準備に追われていた。「ねぇ槙野、これも要るかな?」「麗羅様のお気に入りのおもちゃですね? わたくしが預かっておきましょう。」槙野はそう言うと自分の旅行鞄に麗羅のおもちゃを入れた。「父上や姉上は元気かな?」「お元気でいらっしゃいますよ、きっと。麗羅様は?」「奥の部屋で寝てる。それにしてもこの5年間があっという間だったな。槙野、これからも僕を支えてね。」「わかりました。」槙野はそう言うと、摩於に微笑んだ。 翌朝、麗真国へと向けて旅立つ摩於と槙野、麗羅を、香達とユーリ達は港へと見送りに来た。「本当に、これでお別れね。元気でね、マオ様。」ユーリはそう言って、摩於を抱き締めた。「ユーリ様、あなたと会えて良かった。いつかまた、お会いしましょう。」「ええ。」摩於達は船に乗り込み、デッキから港が見えなくなるまでユーリ達に向かって手を振った。「摩於様、国に帰ってから色々と忙しくなりますぞ。」「うん、わかってるよ・・」 船が紺碧の海を進む中、摩於は一国の王としての決意をその瞳に宿らせながら、水平線を見つめた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月08日
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「再婚、ですか?」「ああ、そうだ。蓮華が失踪してもう5年も経つ。お前1人で双子を育てるのは限界があろう。いくら乳母や女房達に手伝って貰っていても・・」「父上、俺は蓮華は何処かで生きていると信じておりますし、何よりも彼女以外に俺は誰も正妻に迎えるつもりはございません。」「だがなぁ・・」「それに、正妻の証が未だ見つからないのは、蓮華が持っている可能性が高いではありませんか? 父上が俺に再婚を勧めたのは、何か理由がおありなのですか?」香が蒼い瞳で父を睨むと、彼は溜息を吐いた。「お前は麗華の父親を知っておるだろう?」「ああ、強欲で嫌な男ですか。麗華の妹を俺の元に嫁がせたいと思っているんですか?」「その通りだ。麗華の死は表向きは事故死とはなっているが、蓮華が彼女に拷問を加えた末、生きたまま焼き殺したことは皆知っておる。蓮華の気持ちがわからぬでもないがな。」父はそう言うと目を閉じた。「それで、麗華の妹というのは、姉と同じで愚かで意地悪な女なのですか? それとも脳みそに何も詰まっておらぬ愚か者なのですか?」「厳しいな、お前は。麗華達は姉妹揃ってお前に熱を上げてはしつこく付纏い、お前に可愛がられている蓮華をいじめておったからな。安心致せ、この家に愚か者を入れるつもりはない。」「ありがとうございます。」香はそう言って父に向かって頭を下げた。「ねぇ、聞いた? 大殿様が香様に再婚話を・・」「聞いたわよ! しかも相手があの麗華の妹でしょう?」「あんな女、この家には相応しくないわ。大殿様は先方に断りを入れていたけれどね。」「そうでしょうよ。」女房達は針仕事をしながら、手と同じように口を動かした。「とうさま、さいこんするの?」彼女達の会話を渡殿で聞いていた羅姫が、そう言って香の部屋を訪ねて来た。「お父様は再婚するつもりはないよ。羅姫は、新しいお母様が欲しいかい?」「いらない。かあさまきっと戻って来るもん。だからあたしいかあさまは要らない。」長い金髪を揺らしながら、羅姫は首を大きく横に振った。「そうか。」「でもれいらはとうさまとかあさま、両方そろった方がいいって言ってるの。なんでも、せけんていが悪いからって。」(世間体、か・・)両親が揃った家庭と、片親の家庭。子に愛情を注ぐという意味では変わらないのに、何故片親というだけで白い目で視られたりするのだろう。「れいらのかあさまはおやさしいかただし、とうさまもやさしいかただけれど、わたしのとうさまはかあさまの分までがんばってるもの。だからあたらしいかあさまは要らないもん!」「羅姫・・」蓮華が失踪してからの5年間、脇目もふらずに仕事に打ち込み、双子の子育てに奮闘していた自分の背中を、幼いながらも娘は見ていた。まだ母が恋しい年頃だというのに、父親の気持ちを慮ってそういう娘が、香は心から愛おしいと思った。「ありがとう、羅姫。もう遅いからお休み。明日はお前達の誕生日だろ? 早く寝ないとプレゼントやらないぞ。」羅姫の脇腹を香がくすぐると、彼女は嬉しそうな笑い声を上げた。「とうさま、おやすみなさい。」「お休み、羅姫。」羅姫が部屋から出て行くのを、香は彼女の姿が見えなくなるまで見送った。 翌日、羅姫と香欖の満五歳の誕生日パーティーが、某高級ホテルの大広間で行われた。「お誕生日おめでとうございます、羅姫様、香欖様。」晴れの日ということで、羅姫は金髪が映える青地に牡丹の振袖を着ており、香欖は紺色の紋付羽織に白袴姿だった。「ありがとう。」「さぁ、参りましょう。皆さま、お待ちですよ。」2人は女房達の手にひかれて、大広間へと向かった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月08日
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「おや、レンゲさん、おはようございます。」「おはよう・・ございます。」蓮華が挨拶すると、神父はにっこりと彼女に微笑んだ。何故か神父の事が、蓮華は苦手だった。彼は数日前病室で初めて会った時も、今も自分に微笑んでいるが、その笑顔がどうも何かひっかかった。「あの、キッチンに居ますので・・」蓮華はさっと神父に背を向けると、キッチンへと向かった。「何のご用です、神父様?」「実はですね、彼女を修道院で預かろうと思いまして。」「修道院、ですか?」「ええ。黒髪の女性を匿っているとなると、あなたのご両親もあなたの立場もお悪くなるのでは?」そう言った神父は、今度はリンダに向かって微笑んだ。その目は笑っていない。「神父様、またそんな事をおっしゃるの? 今はもう呪いだの何だのと馬鹿げた事を信じる時代はもう終わりましたわ。うちはあなたの話を聞いていられるほど暇じゃありませんから、お引き取りくださいな。」「わかりました、それでは・・」神父はカソックの裾を翻して工房へと出て行くと、若者とともに工房から出て行った。「どうします、神父様? あの女を早く村から追い出さないと・・」「焦らない、焦らない。」 キッチンで蓮華は朝食を作りながら、溜息を吐いた。鬼族の里にいた頃、羅姫とともに花嫁修業の一環として料理を習ったことがあったが、食材の下ごしらえや後片付けなどは全て女房達がやっていたので、一から料理をするのは初めてで、出来あがった料理を皿に載せた時はすっかり汗だくになっていた。「ありがとう、レンゲ。これみんなあなたが作ったの?」「はい・・お口に合うといいんですけど・・」蓮華は料理を載せた皿をテーブルの上に並べると、サイアス達は歓声を上げた。「あら、美味しそうね。」「どうぞ召し上がってください。」蓮華の料理に、リンダ達は舌鼓を打った。「慣れない事で疲れてしまいました。」「そう。それよりもリンダ、神父様はさっき何をしにここに訪ねて来たの?」「レンゲさんを修道院にやった方がいいっておっしゃったから、追い返したわ。 あの神父様、何を考えているんだかわからない人よねぇ。」「そうだなぁ。いつも笑顔だが、裏で何を考えているのかわからん。」サイアスはそう言うとコーヒーを飲んだ。「そろそろ弟子達が来るわね。レンゲ、済まないけれど弟子達が食べる軽食、作ってくれないかしら? わたしとリンダも手伝うから。」「わかりました。」休む暇もなく、蓮華はリンダ達とキッチンに立って、サイアスの弟子達の軽食を作った。 一方鬼族の里では、香が部屋で溜息を吐いていた。彼の手には、蓮華の簪が握られていた。(蓮華は本当に死んだのか?)あそこには蓮華の遺体もなかったし、蓮華の簪が落ちていたことで香は気が動転していた。だが冷静に考えてみれば、蓮華の“気”を微かに感じるということは、彼女は何処かで生きている証拠だ。(蓮華の居場所が判れば・・)香が再び溜息を吐くと、外から賑やかな子ども達の笑い声が聞こえた。彼が御簾を捲って外を見ると、庭では香と蓮華との間に生まれた双子、羅姫(らひ)と香欖(こうらん)、麗真国皇子・摩於が産んだ姫・麗羅(れいら)、ユーリと匡惟の息子・麗欖(れいらん)が遊んでいた。蓮華が“死んで”から5年が経ち、子ども達はすくすくと育っていた。だがそこには、アベルが村の女・静歌から預かった彼女の娘は居なかった。「あ、とうさま!」香に気づいた羅姫が、金髪をなびかせながら彼に抱きついて来た。「羅姫、何をして遊んでいたんだい?」「鬼ごっこ。麗羅ったら、すぐにみんなを捕まえるのよ。」「そう。」自分に似た娘に香が微笑んでいると、渡殿にいた女房が彼を呼んだ。「香様、大殿がお呼びでございます。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月07日
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「ここよ。」村を暫く歩いて数分後、リンダはそう言って工房の前に立った。中からは何かを叩いたり、削ったりしている音が聞こえた。「ここは?」「わたしの実家よ。うちの両親は彫金師なの。村で指輪やペンダントを作っているわ。」「へぇ・・」リンダの後に続いて工房に入った蓮華は、そこで数人の青年達が彫金の作業をしているのが珍しく、思わず立ち止まって彼らの作業を見てしまった。「珍しい?」「ええ。わたしの故郷では余り見ないので・・」「そう。」鬼族の里では見られない光景に、蓮華は好奇心を剥き出しにしながら作業を見た。「リンダ、お帰り。その人は?」工房の奥には、エプロンを腰に巻いた銀髪の老人が立っていた。「パパ、ただいま。こちらはレンゲさん。何処にも行くあてがないから、わたし達と暮らそうと思って。いいかしら?」「いいとも。あんたは悪い奴ではないことは瞳を見れば判る。さぁ、中でお茶にしよう。儂はサイアスだ。」「宜しく。」蓮華は皺だらけだが逞しい老人の手を握った。「サイアス、その人は?」ギンガムチェックのテーブルクロスの上には焼き立てのビスケットと淹れたての紅茶が置いており、椅子には菫色のドレスを着た金髪の女性が座っていた。「あなたがレンゲね? わたしはリンダの母、エリナよ。仲良くしましょうね。」そう言って優しく自分を見つめる女性の瞳は、美しかった。「こちらこそ。」蓮華は女性に微笑み返した。それからリンダとその両親と4人でテーブルを囲みながら、蓮華は彼らと楽しいお茶を飲んだ。「あの、どうして黒髪は災いをもたらすと言い伝えられているんですか?」蓮華がそう言うと、サイアスは深い溜息を吐いた。「今から300年前の事だが、国王が黒髪の魔女にそそのかされて国を滅ぼしたという逸話があってな。その日から黒髪の者は男女問わず火刑に処されたんだ。」「そんな・・」国王を騙した女がたまたま黒髪だというだけで、黒髪の者がその所為で処刑されるなんて、考えるだけでもおぞましい。「あんたも余り出歩かない方がいい。ここでは黒髪の者は目の敵にされる。」「はい・・」お茶の後、蓮華が食器を洗っていると、外から視線を感じた彼女はふと窓の方を見た。するとそこには、リンダが病院で話していた村の厄介者と呼ばれている若者が数人、じろじろと蓮華を見ながら何かを話していた。蓮華がさっと視線を逸らすと、彼らはどこかへ行ってしまった。「大丈夫?」「え、ええ・・」「お風呂沸いたから入ったら?」「ありがとうございます。」蓮華はキッチンを出ると、家の奥にある浴室へと向かい、脱衣場でリンダがくれた白のワンピースを脱ぎ、バスタブの中に浸かった。温かい湯が、今まで強張っていた蓮華の心と身体を優しく解した。耳を澄ませてみると、工房はもう閉めたのか、何も音はしない。「レンゲさん、着替え脱衣場に置いておくわね。」「はい、ありがとうございます。」リンダ達と楽しく夕食を囲んだ後、蓮華は彼女の部屋でソファに横たわり、眠りに就いた。「失礼、サイアスさんはいらっしゃいますか?」翌朝、リンダと蓮華が朝食の準備をしていると、工房の方から声が聞こえた。「主人ならまだ寝ておりますけど。」「そうですか。」蓮華がちらりと工房を見ると、そこには神父とあの若者達が居た。一体彼らが何の用だろうと思いながら様子を見ていると、神父と目が合った。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月07日
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(一体何!?)蓮華がベッドから起き上がり窓の外を見ると、硝子越しに何かが燃えているのが見えた。「全く、嫌な連中ね。」病室に入って来た看護師―リンダがそう言って溜息を吐いた。「あの、どうなさったんですか?」「村の厄介者達が騒ぎを起こしたんですよ。あいつらは定職につかずに酒ばかり飲んでは暴れて・・困ったものだわ。」「そうですか・・」鬼族の世界でも、一族から追放された「逸れ鬼」が夜な夜な酒を飲んでは暴れていたが、ここでは厄介者でも村からは追放しないらしい。「わたしの故郷では、そういった者達は一族から追放され、騒ぎを起こすと皆鞭打たれておりました。」「そうですか。それは羨ましいわ。うちの領主様はお人好しな方でね、どんな人間でも更生できると信じていらっしゃるのよ。でも彼らは更生の余地は全くないわ。」リンダの言葉の端々から、厄介者達に対する棘が含まれていた。「あの、ここにはいつまで居られるんですか?」「そうね。傷はもう塞がりつつあるから、あと数日かしら? あなた、ご家族は?」一瞬香の顔が浮かんだが、蓮華は首を横に振った。「そう・・もしよければわたしの家に来ない?」「お言葉に甘えさせていただきます。」蓮華はそう言ってリンダに頭を下げた。「じゃぁね。あの馬鹿共のことは無視していいから。」リンダは蓮華に微笑むと、病室から出て行った。ちらちらと、炎が徐々に小さくなってゆくのを窓越しに見つめながら、蓮華はゆっくりと眠りに就いた。 翌朝彼女は、誰かが言い争う声で目を覚ました。「本当にあの者を村に置くというのですか?」「仕方ないでしょう。彼女には家族も、帰る家もないんですよ。家族が迎えに来るまで、彼女をこの村に置くのが当り前ではありませんか?」「ですが俺は反対です! 何でも彼女は黒髪とか。」「この際そういった馬鹿げた考えはお捨てなさい。」口論している声は、丁度蓮華の病室の前で止まった。「おはようございます。」ドアが開き、あの神父が病室に入って来た。「おはよう・・ございます・・」「怪我の具合はどうですか?」「リンダさんのお話では、数日後には退院できるとか。退院後は彼女の家で暮らすつもりです。」蓮華の言葉に、神父は浮かない顔をした。「そうですか。それよりもこれは、あなたのですか?」神父は蓮華に懐剣を見せた。「ええ、わたしのです。」蓮華は懐剣を神父から受け取り、それを握り締めた。建物が崩壊する衝撃で瓦礫の下に埋まってしまったのかと思ったが、懐剣はどこにも傷はなかった。鬼族の次期頭領である妻の証が自分の手元に戻ってきたことが嬉しく、蓮華は安堵の表情を浮かべた。「余程大切なものなのですね。」「ええ。」神父は一瞬、蓮華を探るような目で彼女を見たが、何も言わずに病室から出て行った。 数日後、退院した蓮華はリンダとともに、リンダとその家族が暮らす家へと向かった。「うちには両親とわたしの3人暮らしよ。狭い家だから余り期待しないでね。」「いいえ。見ず知らずのわたしを泊めてくださるだけでも有り難いです。」2人が村の中を歩くと、村人達が布越しに見える蓮華の黒髪を見ながらひそひそと何かを話していた。「気にしないで。」「え、ええ・・」鬼族の里にいた頃、人間との混血故にいじめられたが、次第に和解してからは同じ一族の仲間として暮らすようになった。村人達の刺すような視線に、蓮華は思わず俯いてしまった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月07日
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「ん・・」蓮華がゆっくりと薄紅色の瞳を開くと、そこには白衣の医師と看護師、そしてカソックを着た神父が立っていた。「良かった、目を覚まされて。」「あの、ここは?」蓮華がそう言ってベッドから起き上がろうとした時、腹部に激痛が走った。「無理をなさってはいけませんよ。あなたは瀕死の重傷を負ったのですから。暫くは安静にしていてくださいね。」医師は蓮華に微笑むと、看護師とともに病室から出て行った。「あの、ここは?」「悩める子羊達が休息する村ですよ。あなたが助かったのは主の恩恵です。」中年の神父はそう言って蓮華ににっこりと笑うと、胸の前で十字を切った。(香様・・)脳裡に、夫の姿が浮かんだ。彼は今何処に居るのだろうか?そして、自分は何処にいるのだろうか?「本当に大丈夫なのですか?」「何がです?」病室を出た医師は、そう言って神父を見た。「あの者から微かに魔物の気配がしました。何か災いを起こすかもしれません。」「神父様、あの者は道端で血を流して倒れていたのですよ? 患者の命を救うのが、医師の仕事です。」「ですが・・」「あなたの相手をしているほど、暇ではありません。」「失礼。」神父が医師に背を向けて病院から出て行くと、医師は溜息を吐いた。「全く、あの神父様には困るね、科学が発達している時代に魔物だのなんだのと。」「ええ。でもこの村には信心深い方が多いですし。彼女が誰なのか判ればいいんですが。」看護師はそう言うと、医局へと向かった。 正午を告げる鐘の音が村に鳴り響き、村人達は作業の手を止めて祈りをささげた。「なぁ、聞いたかい?」「領主さまの息子が・・」「ええ・・何でも黒髪の女を拾ったとか・・」「黒髪の女だって? 魔女かもしれないじゃないか!」「この村に災いが起きないといいんだけどねぇ・・」村人達は口々にそう言うと、それぞれ作業へと戻っていった。「お食事ですよ。」「ありがとうございます。」蓮華は看護師が持ってきた食事を見ると、そこには焼き立てのパンや湯気が立っているスープがトレイに載っていた。「あの、ここは何処なんですか?」「リゼルット村ですよ。わたしはリンダ。」「蓮華です。さっき病室に居た神父様は一体誰なのですか?」「ああ、あの神父様には余り深く関わらない方がいいわ。ちょっと変わっているから。」「そう・・ですか・・」「ここの村には信心深い人達が多いの。あなたの事を怖がるかもしれないわ。」「わたしを、怖がる? 別にわたしは村の人達にも会ってもいないし、彼らには何もしていませんよ?」「いいえ、そういう意味じゃないの。あなたの髪の色についてよ。」「わたしの、髪の色?」蓮華はそっと自分の黒髪を一房摘んだ。「ここでは黒髪の者は災いをもたらすと恐れられているのよ。何の科学的根拠もない迷信だけれど、それが村人達の中では信じられているの。」いつの間にか迷い込んだ世界は、厄介な場所らしい―蓮華はそう思いながらパンを一口大に齧り、香と再会できる日を待った。 その日の夜、蓮華が眠っていると病院の外から何か大きな音がした。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月05日
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「姉さん、落ち着いて!」羅姫が全身から凄まじい妖気を出しながら、泣き叫んだ。彼女の妖気にあてられた客達がばたばたと倒れてゆく。「不知火、どうして? わたし達一緒に暮らせるといったじゃない! ねぇ、どうして嘘吐いたりしたの?」「嘘なんか吐いてないよ、姉さ・・」不知火がそう言って羅姫の肩に手を置こうとした時、羅姫の白い腕が彼の腹部を突きぬけた。「姉・・さ・・ん・・」「嘘吐き。」紅い瞳に酷薄な光で輝かせながら、羅姫は吐血する弟を冷たく見下ろした。不知火はぐらりと身体を揺らし、大理石の床に力無く倒れた。「みんな、みんな大嫌いよ!」羅姫がそう叫ぶと、地底から轟くような音が部屋中を包み、壁や柱に亀裂が走り始めた。「ここは崩れるぞ、蓮華!」「香様!」蓮華が香の元へと駆けようとした時、羅姫の手が彼女の手を掴んだ。「あなただけは許さないわ、蓮華。殺してやるんだから!」羅姫はそう言うと、蓮華の腹にナイフを突き立てた。「蓮華~!」香が蓮華の元へと行こうとした時、彼の前に柱の残骸が落ちて来た。「姉様・・」痛みに呻きながら蓮華が羅姫を見ると、彼女は笑っていた。「みんな大嫌い。みんな殺してやるわ。」「くそっ!」何とかして邸の外へと逃げ出した香は、炎を上げる邸を睨み付けると舌打ちした。「熱い、姉様・・」「怖がらなくてもいいのよ、蓮華。わたし達はここで死ぬんだから。」羅姫は蓮華の腹からナイフを抜くと、そこからはどっと血が溢れ出て来た。「蓮華、あなただけは憶えていてね、反魂された哀れな姉の末路を。」「姉様?」蓮華は羅姫が何をしようとしているのか悟ったが、もう遅かった。「やめて、姉様!」「さようなら、蓮華・・わたしの可愛い妹。」羅姫はそう言うと、ナイフで頸動脈を切った。「姉様ぁ~!」邸が炎に包まれ、何もかもが崩れる音が路地に響いた。「蓮華・・」香は邸の焼け跡から蓮華の簪を見つけた。(どうしてこんなことに・・どうして・・)香の胸に溢れてくるのは、蓮華を失った喪失感を、彼女をこの戦いに巻き込んでしまったという激しい後悔だった。「お帰りなさいませ、香様。蓮華様は?」「あいつは・・死んだ。」「そんな、嘘でしょう!?」鴾和邸へと戻った香が蓮華の死を告げると、彼女の簪を女房達に見せた。「蓮華様・・どうして・・」「何ということでしょう・・」女房達は涙を流した。「蓮華さんが死んだって・・それ本当なの?」「ええ。なんでも戦いのさなか、焼死したとかで・・」槙野はそう言うと、摩於を見た。「蓮華さんが死ぬはずない。何処かで生きているよ、きっと。」「そう、信じたいですね・・」 鬼族の中で蓮華の死が知らされ、一族中が嘆き悲しむ中、彼らの世界から遥か遠く離れた場所で、蓮華は倒れていた。「おい、あそこに人が倒れているぞ!」「怪我をしている、医者を呼べ!」艶やかな黒髪にかかった蓮華の顔は蒼褪め、死人のようだった。やがて蹄の音が聞こえたかと思うと、彼女は誰かに抱き上げられた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月05日
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「ここは?」蓮華がそう言って辺りを見渡すと、そこは地下室のような場所だった。「ここは、家の車庫よ。それよりも蓮華、こんな所にあなたを転がしてしまってごめんなさいね。」羅姫は蓮華に謝ると、彼女の身体を縛めていたロープを解いた。「これから上でシャワーを浴びてドレスに着替えてパーティーよ。」「パーティー?」何が何だか解らぬまま、蓮華は姉に連れられて地下室から出て行った。 一方、鴾和グループ本社ビルの会長室では、香と男が死闘を繰り広げていた。「鬼族を狩るだと? お前も不知火の回しものか!?」「あんな奴と手を組むとでも? 俺が一匹狼なのは知っているだろう、香?」男はそう言うと、香の胸めがけてサーベルの切っ先を向けた。「では何故このような真似をした、鴾!」「これは俺自身の意志でしていることだ。やがてお前達の邸を軍が包囲するだろう。俺の命令次第で軍は動く。」「お前達に一族の者を殺されて堪るか!」香は全身から蒼い妖気を出すと、男へと突進した。彼が振るった刃が、男の胸へと深く沈み、彼は壁に串刺しにされた状態となって血を吐いた。男は悲鳴を上げる間もなく息絶え、香は血に濡れた刀を懐紙で拭った。「香、不知火の居所を知っているのか?」「ああ。ひとつ心当たりがある。きっとそこに、蓮華も居る。」そう言って部屋から出て行った香の瞳は、冷たい光を湛えていた。 その頃不知火に拉致された蓮華は、着慣れた衣を脱がされ、メイドによって真紅のドレスへと着替えさせられた。「良く似合うわ、蓮華。」鏡の前で胸元が大きく開いたドレスを着た蓮華が戸惑っているのを見ながら、羅姫が嬉しそうにそう言うと笑った。彼女は、金髪が映える深緑のマーメイドラインのドレスを着ていた。「さてと、お客様を待たせてはいけないわ。行きましょう。」「待って下さい。」蓮華はそう言うと、香から贈られた柘榴石の簪を髪に挿すと、姉とともに化粧室から出て行った。「蓮華、良く似合っているよ。やはり羅姫の見立てには狂いがないね。」タキシード姿の不知火は着飾った蓮華を見ながら笑った。「不知火お兄様、ここは一体・・」目の前に広がる華やかなパーティーに、蓮華は驚きで目を見開いていた。「ここはこれから僕達が暮らす世界だよ、蓮華。」「僕達?」「漸くわたし達家族が揃ったのよ。一緒にここで暮らすのよ。」「嫌です。わたしは香様と子ども達の所へ帰ります!」蓮華がそう叫び羅姫に背を向けると、羅姫は彼女の華奢な手首を掴んだ。「駄目よ、行かせないわ。」羅姫は蓮華ににっこりと微笑んだが、紅い瞳には禍々しい光に満ちていた。「その手を離せ。」「あら、香。久しぶりね。」羅姫は蓮華の手首を掴んでいた手をそっと離すと、くるりと香りの方へと向き直った。「羅姫・・」死んだと思った筈の婚約者がにっこりと自分に微笑んでいる。これは夢なのだろうか?香は目を擦り、再び自分の前に立っている羅姫を見た。「会いたかったわ、香。あなたもこっちで一緒に暮らしましょう。」羅姫は両手を大きく広げると、香に駆け寄った。香は腰に帯びていた日本刀を抜くと、その刃を羅姫の喉元に突きつけた。「どうして、香? わたしに会えて嬉しくないの?」「黙れ。お前は羅姫じゃない。」「そんな、酷いわ・・わたしは・・やっと不知火と蓮華と、あなたと一緒に暮らせると思ったのに・・」羅姫の結い上げていた金髪を纏めていた真珠の髪留めがバラバラと飛び散り、紫の妖気が彼女の全身から噴き出した。「嫌ぁ、こんな筈じゃなかったのに!」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月03日
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(羅姫姉様・・どうして・・?) 千年前に死んだ筈の姉が、自分の前に立っているという現実を、蓮華は未だに信じられないでいた。「どうしたの? まるで幽霊を見るかのような顔をして。」羅姫はそう言うと、ぎゅっと蓮華を抱き締めた。「姉様、どうしてここに?」「どうしてって、あなたに会いに来たんじゃないの。いけない?」「いいえ、わたしはちっとも構わないけど・・」「そう、なら良かった。」蓮華がちらりと不知火を見ると、彼は笑顔を浮かべていた。(一体どうなっているんだ・・羅姫様が・・)安曇野は驚愕の表情を浮かべながら蓮華に抱きつく羅姫を見た。微かだが、禍々しい妖気を彼女から感じた。(もしかして、不知火様は・・)安曇野が羅姫の事で一つの結論に至った時、羅姫の身体がゆらりと揺れた。「姉様?」「ごめんなさい・・少し気分が悪くて・・」そう言って顔を上げた羅姫の瞳が、禍々しい光を放った。「蓮華様、羅姫様から離れて下さい!」安曇野が蓮華達の方へと一歩近づこうとした時、不知火が彼の背中に拳銃を押し当てた。「動かないでくれるかな?」「貴様、一体何を企んで・・」「何も企んでいないよ。」不知火はそう言うと、にっこりと安曇野に微笑んだ。 同じ頃、鴾和グループ本社の最上階では、香と父親がソファに向かい合わせに座っていた。「琥欖の件はどうする、香よ?」「彼女は一族から追放いたします。わざわざ会議で彼女の事を議題に上げるまでもないでしょう。彼女にはじっくりと塀の中で反省していただきましょう。」「そうだな。それよりも不知火が気になるな。奴が何を企んでいるのか判らん。」「あいつの目的が判らぬ今、下手に動かない方がいいでしょう。祝言の夜以来、奴が何処に居るのかわかりませんし・・」香がそう言葉を切った時、窓ガラスを鷹がこつこつと嘴で突いていた。香が窓を開けると、鷹は滑らかにデスクに着地した。“香様、安曇野です。蓮華様が人質に取られました。”「何だと、それは本当か!?」“蓮華様は不知火と羅姫様によってあちらの世界に連れ去られました。いかがなさいますか?”(くそ、油断した!)不知火が鳴りを潜めていることに安心していた香は、まさか彼が蓮華を攫うなどとは考えもしなかった。早く彼女を救い出さなければ。「父上、蓮華が・・」「不知火め、とうとう動き出したな。いずれ戦いになると思っていたが・・」香が舌打ちした時、廊下が急に騒がしくなった。「どうした?」「それが・・」会長室に入って来た社員が次の言葉を継ごうとした時、彼は力なく床に崩れ落ちた。「久しぶりだな、香。」血に濡れた刀を握った男がそう言って香を睨みつけた。「お前は・・」「お前達鬼族を、漸く狩ることが出来るな。」男はにやりと笑うと、香を見た。「積年の戦いに、決着をつけるとするか。」(待っていろ蓮華・・お前は必ず俺が助けてやる!)香は呪を唱え、壁に掛けてあった日本刀の鯉口を切ると、男に刃を向けて構えた。空気が揺らいだかと思うと、剣戟の音が部屋に響いた。同じ頃、蓮華は冷たいコンクリートの床の上で目を開けた。「う・・」「目が覚めた、蓮華?」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月03日
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「それにしても、安曇野様が何故ここに?」安曇野の手作りのサンドイッチを食べながら、女房の1人がそう言って安曇野を見た。「実は、琥欖様のことで・・」「あの女がどうかしましたの? また厄介を起こしたとか?」蓮華の言葉に、安曇野は静かに頷いた。「何でも琥欖様が縁談相手に会う為に彼の職場に行ったら、別の女と仲良くしていたのが気に食わずにその女に暴力を振るったとか。」「まぁ、やはり乱暴者は一生乱暴者のままですわね。それで、相手の女性は?」「鼻の骨が折れ、顔面を陥没骨折したとか。琥欖様は暴行容疑で逮捕されました。彼女の暴力を目撃した縁談相手は琥欖様との縁談を白紙に戻すとおっしゃったそうです。」「やはりねぇ。あの方はもう矯正のしようがないですもの。わたくし達の同僚を殴ったりしていましたし。」「そうそう! 未だあちら側から謝罪がないなんて、信じられませんわ!」女房達は安曇野の話を聞くと、一斉にそう言って溜息を吐いた。「琥欖様がこちらで何かなさったのですか?」「ええ。あの女香様が不在だと知っても、しつこく香様を出せとおっしゃって、終いには女房達に暴力を振るったんですのよ! いつかあの女が刑務所に入る事になるかもしれないと思っていたけれど。」蓮華はサンドイッチを少し齧ると、安曇野を見た。「警察に逮捕された琥欖様の事を知ると奥方様達は彼女と親子の縁をお切りになったそうです。」「当然でしょう? この前うちで起こした暴力事件のことだけでも嘉津美様は憤慨なさっておいででしたのに、その上また娘が事件を起こしたとなれば、絶縁なさるでしょう。」蓮華はそう言って笑顔を浮かべた。「そうですね。琥欖様の事よりも、これからお話しすること・・不知火様の事が・・」「詳しくお話しなさい。」蓮華は険しい表情を浮かべると、安曇野を見た。「ふふふ・・これでやっと・・」不知火は、机の引き出しから小さい瓶を取り出した。「あら、それなぁに?」「姉さん、これを飲めばいつまでも一緒に居られるよ。」「そう。」羅姫は不知火の手から瓶を受け取ると、中の液体を飲んだ。彼女が液体を嚥下し、喉を鳴らした後、彼女の長い金髪が妖しく波打った。「何か変な感じ・・」「大丈夫だよ、姉さん。」不知火はそう言うと、羅姫を抱き締めた。「そう。ねぇ不知火、これから何処行くの?」「君が愛する家族の元に行こう。彼らとは決着をつけなくてはね。」紫紺の瞳を妖しく光らせながら、不知火は呪を唱えた。「不知火お兄様が、こちらに来ると?」「ええ。彼の“気”をますます強く感じます。これから香様にその事をご報告しようかと。」「そうして頂戴。不知火お兄様はわたしが討ちますから。」「蓮華様、それは本気で・・」「ええ、わたしはもう決めたのです。たとえ実の兄と刺し違えても彼を・・不知火お兄様をこの手で討つと決めたのです。」蓮華がそう言葉を切った時、ゆらりと周囲の空気が淀み始めた。「れ、蓮華様・・」「お前達はさがっていなさい。」蓮華はそう言うと、淀んだ空気の中から不知火が姿を現したのを見た。「来ましたわね、お兄様。」「また会えたね、蓮華。」不知火は冷たい瞳で蓮華を見ると、笑った。「お兄様、わたしは・・」「久しぶりね、蓮華。」不知火の背後から現れた少女の顔を見て、蓮華は驚愕の余り床に崩れそうになった。「羅姫姉様・・」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月03日
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そのページには「反魂」と書かれていた。死者の魂を甦らせ、それを他人の身体に定着させる。法律で禁じられている行為ではあるが、地方の一部の村では未だに呪術師によって行われている。 反魂の対象は、幼くして不慮の事故や病死した男児で、家の嫡子の魂を他人の身体に定着させようとしてまでも家を守ろうとする女達が考えた末の、禁忌の術だったと伝承されている。だが、不知火は肉親の反魂に成功し、何かを企んでいるような気がする。(あの若造、解せぬな。暫く監視するとしようかの。)鶯蘭は呪符を取り出すと、鷹の式神を作りだした。「あの鬼族の若造―不知火の動きを、逐一妾に伝えておくれ。」―御意。鶯蘭の肩に止まっていた式神は、書庫の窓から元気良く飛び立っていった。 鴾和家では、蓮華が女房達とともに娘・羅姫の初節句に向けての準備をしていた。「羅姫様は日に日にお美しく成長なされて、将来は美人に育つことでしょうね。」「ええ。でも性格は香様に似てキツくなりそうね。」羅姫は母親と女房達の話を聞いているのか、父親譲りの蒼い瞳を輝かせながら嬉しそうな声で笑っていた。「羅姫様がもし生きてらしたら、母親になっておられたかもしれませんね。」「ええ。でもそうなる前に姉様は命を奪われてしまったわ。」蓮華はそう言うと、溜息を吐いた。「蓮華様、不知火様と刺し違えるおつもりなのですか?」「ええ。肉親間での殺人は禁忌とされているけれど、不知火兄様は父様と姉様を殺しただけではなく、常盤の家を滅ぼしたわ。」香から贈られた鴾和家の正妻の証である懐剣を握り締めた。この懐剣には、鴾和家の女達の歴史がある。人間達との絶えぬ争いの中、女達はその身を盾にし、夫や子ども達、そして一族を守ってきたのだ。たとえ敵が肉親であっても、一族を守るのが次期頭領の妻としての役目だ。「わたしはね、この子達を・・これから来るであろう新しい時代を作る子ども達を守りたいの。だから覚悟を決めたわ。」「蓮華様・・」「さてと、これでいいわね。朝から準備ばかりしていたからお前達も疲れたでしょう。」「はい。」蓮華は女房達に笑顔を浮かべると、部屋から出て行った。「蓮華様、お久しゅうございます。」寝殿に入ると、鴾和家の秘書である安曇野(あずみの)がそう言って蓮華に頭を下げた。「安曇野、久しぶりね。」「この度は香様とのご結婚とご出産、おめでとうございます。お祝いと言ってはなんですが、サンドイッチを持って参りました。」「まぁ、ありがとう。丁度お腹が空いていたところなの。有り難く頂くわね。」安曇野の手から藤製のバスケットを受け取った蓮華は、そう言って彼に微笑んだ。バスケットの中を開けると、そこには卵や野菜が入った色とりどりのサンドイッチが入っていた。「香様はお義父上と会社におられるの。ごめんなさいね、折角来ていただいたのに・・」「いいえ、滅相もございません。それよりもこちらで少しお話しでもしようと思い、伺いました。」「ではわたしと共に北の対屋へいらして。可愛い子ども達を紹介するわ。」蓮華が安曇野とともに北の対屋に戻ると、女房の1人が彼らの元へとやって来た。「安曇野様、お久しぶりでございます。」「みんな、お昼にいたしましょう。安曇野がわざわざわたし達の為に作ってくださったサンドイッチよ。」蓮華がそう言ってバスケットを掲げると、女房達は歓声を上げた。和気藹藹とした空気が、北の対屋に流れ始め、その間蓮華は不知火との戦いを忘れられた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月03日
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「香様、蓮華様、厚かましいお願いございますが、我が娘を半年間、ここで仕込んでいただけないでしょうか?」「というと?」香は美しい眦を上げると、下座に座っている嘉津美を見た。「実は、琥欖に縁談がありまして・・ですが我が娘は乱暴でがさつで、嫁に出すには至らない所が多く・・」「多すぎどころか、女性以前に人間としての品格がないじゃありませんか? そのような子に縁談が来るとは、余程相手は物好きなのでしょうね?」蓮華の辛辣な物言いに香はじろりと隣で睨んだが、彼女はそれに臆することもなく檜扇を開いて扇いだ。「で、お前はどうしたいんだ、琥欖?」「あ、あたしは・・」琥欖はもじもじとしながら香を見た。「香様、半年間で余所に出しても恥ずかしくないような姫君に成長できると思いまして? 何せ数日前、わたくしの女房達に暴力を振るった女なのですよ。甘やかされて育ってしまったからだわ。ねぇ、嘉津美様?」「ええ、本当に。教育の仕方が悪かったのですわ。もう手遅れなのかもしれませんわね。」嘉津美がそう言って溜息を吐くと、琥欖はぶすっとした顔をした。「いいじゃありませんか、嘉津美様。こういう子は婚家で舅や姑から多少“可愛がられた”方が良いのですわ。そうすれば性格も変わるでしょうよ。」蓮華は琥欖に向けて馬鹿にしたような笑みを浮かべた。「ふん、あんな女家に入れなくて良かったですわね、香様。」 夕餉の前、北の対屋で蓮華はそう言うと、碁石を摘んで碁盤に置いた。「さっきは失礼な物言いをしていたな、蓮華。お前が彼女を気に入っていないことはわかるが、あんな態度を取るとこの先厄介な事になるぞ?」「厄介な事になるのは解っておりますわ。ですが数日前の騒ぎを謝罪するどころか、わたくし達に向かって頭を下げる嘉津美様の隣であの女は終始仏頂面でしたわ。嫁ぎ先で散々いびられた挙句に出戻ってくるのが関の山でしょう。」蓮華は笑いながら、パチンと小気味よい音を立てながら、碁盤に碁石を置いた。「また、わたくしの勝ちですわね。」「強くなったな、お前は。今でも尻に敷かれているが・・」「あら、何かおっしゃいました?」 一方、“向こう側”の世界では、不知火が着々と計画の下準備を整えていた。「これだ、これさえあれば・・」パソコンの前で、不知火は何度もそう呟きながら、必死にキーボードを叩いていた。「どうしたの、そんなに怖い顔をして?」そっとドアが開き、白いワンピース姿の羅姫が入ってきた。「別に、何でもないよ。それよりも姉さん、もう寝たら? 夜更かしは美容に良くないよ?」「いつからそんな生意気な口を利くようになったのかしら。」羅姫はそう言うと、不知火の額を小突いた後そこにキスをして、部屋から出て行った。「姉さん、絶対に僕は・・」不知火はふっと笑いながら、パソコンの電源を落とした。 同じ頃、鶯蘭は宮城の書庫で探していた本を見つけた。「これか・・あの鬼族の若造が企んでおることは。」鶯蘭が本を開こうとした時、ぱたぱたと軽やかな足音が聞こえた。「母様、こんな所に居たの!?」鶯蘭が振り向くと、そこには銀髪を結いあげ、緑の領巾を振り回しながら1人の少女が彼女の方へと駆け寄って来た。「おや、誰かと思ったら璃欖(りらん)ではないかえ。母恋しさゆえに妾に会いに来たのか?」「まさか、そんな事ありませんわ。それよりも母様が書庫にいらっしゃるなんてお珍しい。本を開いた途端偏頭痛に襲われるお方が。」「ほほ、たまには良いではないか。全くそなたはいつも嫌な事ばかり言うのう。」鶯蘭は顔を顰めると、さっと本を持って書庫から出て行った。「偏頭痛を起こさない程度に読書に励んで下さいませね、母様。」「わかっておるわ。」自分の若いころに瓜二つの容貌を持った娘の背中を見送りながら、鶯蘭はそっと本を開き、目的のページを読み始めた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月01日
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「香様に会いに来たのよ、彼は何処にいるの!?」「香様でしたらお仕事ですと、何度も申し上げているでしょう!?」「嘘を吐くんじゃないよ!」蓮華が寝殿に行くと、そこには1人の女が唐紅の衣を乱しながら女房達を殴っていた。「どうしたのです、何やら騒がしい事。」蓮華がそう言って寝殿に入ると、暴れていた女が彼女を睨みつけた。「蓮華、何であんたがここにいるのよ!」「香様の北の方だからです。久しぶりに会ってどんな風にあなたが変わっているのかしらと思っていたのだけれど、相変わらず無礼者の上に乱暴者だこと、琥欖(こらん)。」蓮華は冷ややかに女を睨み付けた。彼女は昔、麗華とともに自分をいじめていた琥欖という女で、両親から甘やかされて育った所為か、自分に歯向かう者には暴力を振るい、子分達を顎でこき使っていた。「お黙り、蓮華! 半妖のお前が香様の奥方ですって? そんな事、信じられる訳ないだろう!」「あら、これでも?」蓮華は得意げに懐剣を取り出すと、それを琥欖に見せた。「これくらいあなたも御存じでしょうね、琥欖? 香様はわたくしを妻として娶ってくださったのよ。昨日は香様と祝言を挙げ、一族には次期頭領の嫁として認められましたわ。」「ふん、どうせ羅姫の代わりでしょうよ、あんたなんか! どうせ飽きられて捨てられるのがおちよ!」「飽きられて捨てられたのは、あなたの方でしょう?」蓮華がそう言って言葉を切った時、双子を抱いた女房達が寝殿に入って来た。「お話の途中、申し訳ありませぬ、蓮華様。羅姫様と香欖(こうらん)様が泣き止まなくて・・」「多分お腹が空いているのでしょう。2人をわたくしの所へ。」顔を赤くして手足をバタつかせながら泣き叫んでいる双子を女房達から受け取ると、蓮華は身頃を肌蹴けさせ、彼らに母乳を与えた。「蓮華様、羅姫様はわたくしが。」「いいえ、2人一緒にあげたいのよ。双子は色々と大変だけど、可愛いから罪はないわ。」蓮華はそう言いながら勝ち誇ったような笑みを琥欖に浮かべた。「これでおわかりかしら、琥欖? わたくしの女房達に暴力を振るったことについては、お義父上様にご報告いたしますわ。」琥欖は舌打ちし、寝殿から出て行った。「御機嫌よう、琥欖・・もう2度とあなたにお会いする事はないけれど。」 帰宅した香は、蓮華から琥欖が来て女房達に暴力を振るったことを聞き、目を丸くした。「琥欖がうちに来たのか?」「ええ。それにしてもあの人は相変わらず乱暴者でしたわ。羅姫と香欖が寝殿にいたら、彼女はあの子達を容赦なくぶっていたでしょうね。」「全く、諦めの悪い女だ。強欲で乱暴者なところは、父親にそっくりだな。昨日の祝言にあの一家を呼ばなかったのは正解だったな。」「ええ。」 琥欖が鴾和家へと乗り込み、女房達に無体を働いた事は、瞬く間に鬼族中に広がり、彼女は母親から叱責を受けた。「本家に勝手に上がり込み、女房達に暴力を振るうとは何事ですか! 恥を知りなさい、恥を!」いつも温和な性格の母親が烈火の如く怒り、琥欖はその前で委縮していた。「だって、母様・・」「だってではありません! どうやらあなたの育て方を間違ってしまったようね。今から支度をなさい!」「嫌です、行きたくありません!」「お黙り!」母親に連れられて渋々と琥欖が再び鴾和家の門を潜ったのは、暴力事件が起きた数日後の事だった。「一体何のつもりですの? よくもこの家の敷居が跨げたこと。」香の隣で蓮華はそう言って母親の横で縮こまっている琥欖を睨み付けた。「申し訳ありませぬ、香様。どうか平らにお許しを。」琥欖の母・嘉津美(かずみ)はそう言って額を床に擦りつけると、次の言葉を継いだ。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月01日
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「そんな事があったんですか。」「ええ。」香と蓮華が祝言を挙げた翌日、蓮華がそう言ってアベルを見た。「何故、カオル様とシラヌイ様は仲が悪いのでしょうか?」「多分、羅姫姉様のことがあるからよ。姉様は香様の許婚だったの。でも不知火兄様が香様と姉様との結婚に反対してね。お父様と姉様を殺してしまったの。」蓮華の口から衝撃的な事実を聞き、アベルの顔が強張った。「肉親を殺すなんて・・」「不知火お兄様は千年前の事件から一族を追放されたわ。その事でお兄様は香様を憎んでいるのよ。」娘を抱いてあやしながら、蓮華は溜息を吐いた。「何とか、2人を仲直りさせることはできないのですか?」「仲直り以前に、不知火お兄様と香様は水と油の関係なのよ。香様は一族の御曹司で、不知火お兄様は分家の息子。勉強も狩りも武術も香様の方が上。長い間恋慕っていた羅姫姉様は親同士の間で決められたとはいえ、香様の婚約者となった。何もかも香様に奪われて、不知火お兄様は良い気持ちにはならないでしょう。」「そうですね。神学校時代に、優秀で誰からも慕われていた学生が居ましたが、彼に嫉妬を抱く者が多かったです。それがやがて残酷で陰湿ないじめへと発展しました。」「1人が悪感情を持っていると、それがあっという間に伝染してしまうのよね。わたしは半妖というだけでいじめられたわ。」蓮華はそう言って俯き、溜息を吐いた。「わたしの母は貴族の姫君でね、許婚がいたのだけれどそれを破談にしてまでお父様と夫婦になり、わたし達を産んでくれたの。でも鬼族側からして見れば、自分達を迫害してきた人間の女を妻にすることなんて許されない事でしょう?わたし達一家は村八分にされ、子ども達はわたし達をいつも口汚く罵っては殴ったり蹴ったりしてきたわ。肉体的な暴力は耐えられたけど、無視されたりした時は、お母様の胸に顔を埋めて泣いたわ。」「そんなことがあったのですか。」鬼族の頭領の御曹司の元に嫁ぎ、彼との間に子宝を授かり幸せそうに暮らしている蓮華がそんな壮絶な過去があったとは。「自殺しようと何度も思ったことがあったけど、その度に香様と姉様が支えてくれたわ。2人が居たから、わたしはここに居るのよ。アベルさん、あなたはどうしてここに居るの?」「そ、それは・・」「ユーリ様がいらっしゃるからでしょう? 彼女が別の人と一緒になっていても、あなたはまだユーリ様の事を諦めきれないのよね?」「レンゲさん・・」己の気持ちに蓋を閉じようとしていても、周りにはバレているようだ。あの日―ダブリス宮廷に初めて上がり、ユーリと出逢った時から、アベルは彼に惹かれていった。いつか自分の想いが、ユーリに届くのではないかと思った。だが、ユーリは同族の男と結ばれた。「諦めるしかないんです。人間と妖狐では、一生結ばれません。ユーリ様は最高の伴侶に出逢い、彼の子を宿しています。わたしなら、無条件にユーリ様と産まれてくる子を愛せるだろうかと、何度自分に問うたか解りません。」「そう・・」ロザリオを握り締めているアベルの手に、蓮華はそっと握った。「大変ね。わたしはいつも傍に支えてくれる人が居たけど、あなたには居なかったのね。」「神学校時代には数人くらいいましたが、卒業と同時に彼らとは連絡がつかなくなりました。彼らとは表面上の関係でしたから。腹を割って話し合える養父は、もう他界してしまいましたし。」「そう。あなたも色々と大変だったのね。」蓮華がそう言ってアベルに微笑んだ時、寝殿の方が何やら騒がしくなった。「一体何事です?」「れ、蓮華様、大変でございます!」「何が大変なのです? わたしに解るようにおっしゃい!」女房は蓮華の耳元に何かを囁いた。「わかりました。わたしが行きましょう。アベルさん、娘達をお願いできます?」「え、ええ・・」先程の優しげな表情とは違い、どこか険しい表情を浮かべた蓮華は、衣擦れの音を立てながら西の対屋から出て行った。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月01日
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「不知火兄様・・」 先ほどまで香と蓮華の結婚を祝う和やかな雰囲気が不知火の登場により一転し、辺りには刺々しく冷たい空気が流れ始めていた。「そう怯えるな、蓮華。僕はお前とその男の結婚を祝福しに来ただけだ。」「そんな嘘を言って、蓮華を人質に取るつもりだろう?」香は蒼い瞳を剣呑に光らせながら、不知火を睨んだ。「そんな事しませんよ。妹が人生最高の場にいるというのに。」不知火の全身から、紫の妖気が漂い始めた。「信用できないな。何せお前は、その笑顔で今まで何人もの人間を騙してきたからな。そう・・たとえば、お前の父・雷道。」香の口からその名が出ると、鬼族達がざわめいた。―雷道だと?―蓮華の父親が・・「父上が僕に騙され、自ら毒を呷ったとおっしゃりたいんですか、香様?」不知火の紫紺の瞳が、冷酷な光を湛えた。「親殺しをしたお前は鬼族の道から外れた。今更この場に顔を出すなど恥を知れ!」香はそう言うと、狼の式神を呼び出した。狼は唸り声を上げながら、不知火を威嚇した。「そうですか・・なら仕方ないですね。こんな手は、使いたくなかったのですが。」不知火は怒りで顔を醜く歪ませながら、己の妖気を高めた。「やめてください、香様!」険悪な雰囲気になりつつある中、蓮華が夫と兄の間に割って入った。「過去の事はもう水に流してください! これ以上同族間で血を流さないで!」「退け、蓮華! お前は父と姉を殺した兄を憎くはないのか?」香はそう言うと、蓮華を睨みつけた。「いいえ、退きません。わたしを斬ってください。それであなた様の気が済むのなら。」「蓮華・・」強い意志を宿した薄紅色の双眸に見つめられ、香はたじろいだ。いつからこの娘は、強くなったのだろうか。幼い頃いつも羅姫や自分に守られてばかりいた蓮華が、今は自分と対峙している。「解った。今回は見逃そう。命拾いしたな、不知火。」「あなたも、ね。」不知火はそう言うと、現れた時と同じように風を起こしながら消えた。「皆、済まないな。仕切り直しでまた盛りあがろう。」香の言葉で、事の成り行きを息を詰めて見守っていた鬼族達が再び酒を飲み始め、和気藹藹とした空気が流れだした。「凄いわね、蓮華さんって。」ユーリは遠巻きに蓮華の笑顔を見ながら、溜息を吐いた。さきほどの香と不知火が一触即発の状態になろうとした時、蓮華が間に割って入らなかったらここは血の海となっていただろう。「香さんが見込んだ女(ひと)です。次期頭領の妻としての覚悟が出来ているのでしょう。」匡惟はユーリの手を優しく握った。「ねぇ、寝殿の方騒がしくなかった?」「ええ・・何だか怖い“気”を感じたわ。」西の対屋では、女房達が香と蓮華の双子の世話をアベルとしながら、ひそひそと話をしていた。アベルは腕に抱いていた静歌から託された赤ん坊を見た。風邪が治った赤ん坊は、きゃっきゃっと笑いながら真紅の瞳でアベルを見ていた。(静歌さん、今どうしているのかな?)「くそ、後少しであいつを殺せたのに・・」不知火は舌打ちしながら、ベッドに横たわっている羅姫を見た。「姉さん、待っていてね・・あいつらを全員皆殺しにして、姉さんと僕だけの世界を作るまで、待っていて・・」羅姫の金髪を優しく梳くと、不知火はゆっくりと目を閉じた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年12月01日
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数日後、鬼族の頭領を務める鴾和家の御曹司・香と、その分家である常磐家の末娘・蓮華の結婚式が、神社で行われた。巫女や宮司の後に続き、白無垢に身を包んだ蓮華がしゃなりしゃなりと境内を歩く姿は、この日の為に集まった鬼族達の目を惹きつけ、皆その美しさに溜息を吐いた。その手をひく黒紋付の羽織と袴姿の香も凛々しくも艶やかな妖気を纏っていた。巫女舞が終わり、神殿の前で香と蓮華は三三九度の酌を酌み交わし、夫婦となった。「香様、この度はおめでとうございます!」「ありがとう。」邸に戻り、2人の結婚を祝う酒宴の中、香は一族の者達から祝福の言葉を受けると頬を弛めて笑った。その隣に座る白無垢姿の蓮華も、恥ずかしそうにしていた。「蓮華さん、この度はおめでとう。」「ありがとう、ユーリさん。あなたも、ご懐妊おめでとう。」蓮華はそう言うと、ユーリと匡惟を見た。「まだ実感が湧かなくて・・それに、わたしは親から愛された記憶がないものだから、いい母親になれるかどうか不安で・・」「わたしも同じです。でもあなたはもうお独りではないでしょう?」蓮華はユーリの手を握ると、優しく彼女に微笑んだ。寝殿で酒宴が行われている中、西の対屋ではアベルが香と蓮華の双子の世話を鴾和家の女房達としていた。「アベルさん、ここはもう良いですから寝殿へお行きになってくださいませ。」「いいんです。わたしがあそこに居ても邪魔になるだけですし、こうして子ども達と触れ合う方がいいですし。」「そうですか・・」寝殿には行きたくなかったし、行ってもみじめで暗澹とした思いを抱くだけだとアベルは思っていた。香と蓮華は突然この邸を訪ねに来た自分に良くしてくれているが、アベルは仲睦まじいユーリと匡惟の様子を見るたびに、心が痛んだ。 ユーリと初めて出逢った時からユーリに惹かれ、恋心を抱くようになったが、その心は永遠に相手には届かない。届かぬ思いをいつまでも抱いていては、自分自身が幸せになる事ができない。今自分に出来る事を全力でするのみだ。「アベル、久しぶりだね。」不意に御簾が少し捲られたかと思うと、産後の肥立ちが悪く長らく床に臥せっている筈の摩於が部屋に入って来た。「マオ様、体調の方はもうよろしいのですか?」「うん。槙野が世話をしてくれたお蔭だよ。それよりもごめんね、迷惑をかけちゃって。」「何をおっしゃいます、わたしは自分の意志でここにいるのですから。」「ねぇアベル、無理してない?」摩於はそう言うと、黒真珠のような瞳でアベルを見つめた。「わたしが、無理を?」「なんだか、必死に本心を隠して笑顔を作っているような気がする。ユーリ様のことを表面上は祝福しながらも、心では泣いているように見えるよ。」核心を突いた摩於の言葉に、アベルは心を揺さ振られた。「そうでしょうか?」「大人って、素直になれないんだね。槙野が昔よく言っていたんだ、“純粋な心は子どもだけが持っている”って。」摩於はそう言って溜息を吐くと、アベルの隣に腰を下ろした。初めて摩於と出逢った時、まだ穢れを知らぬ子どもだとアベルは思っていたが、様々な経験を経て彼は徐々に大人へと近づいてゆく。彼が麗真国の王となる日は、そう遠くはないだろう。「アベル、僕ね、一つ叶えたいことがあるんだ。」「叶えたいこと、ですか?」摩於はそっと、アベルの耳元で何かを囁いた。 寝殿では、酒宴の主役である香と蓮華が笑顔で上座に座っていた。宴が終わろうとしていた頃、突然突風が部屋を襲い、2人の背後に掛けられていた金屏風ががたがたと揺れ出した。「一体何事だ!?」ごうっという音とともに、黒い影が揺らめいたかと思うと、不知火が2人の前に姿を現した。「不知火兄様・・」「久しぶりだね、蓮華。我が妹よ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月29日
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「ユーリ様、薬師が来ましたよ。」匡惟の声を聞き、ユーリはゆっくりと御帳台から起き上がった。「あら、早かったのね。」ユーリは蒼褪めた顔で夫を見た。「すぐに済みますからね。」「そう・・」匡惟は几帳の陰に隠れ、ユーリの診察が終わるのをじっと待った。「どうですか?」「おめでたです、おめでとうございます。」匡惟がユーリの元へと行くと、ユーリは何故か浮かない顔をしていた。「どうなさったのですか?」「どうしてかしら? ここに、新しい命が居るのに嬉しくないの。」ユーリはそう言うと、そっと下腹を撫でた。「妊娠に戸惑うのはあなただけではありませんよ。それよりも寒さが厳しくなりますから、なるべく腰を冷やさないようにしませんと。」「ええ、そうね・・」ユーリは溜息を吐きながら、自分に衣を掛ける匡惟を見た。 一方、香と蓮華は、蜜妃の事を話し合っていた。「近い内に不知火がこちらに来るぞ。その時は刺し違えても奴を殺す。蓮華、お前はどうする?」「わたしは香様と運命を共にいたします。」蓮華はそう言うと、内袴を捌いて香の隣に座った。「これを、憶えておいでですか?」蓮華は髪に挿している柘榴石の簪を外し、香に見せた。「蜜妃の形見か。彼女の亡き骸を埋めた時、お前に渡したものだな。」「ええ。あなたが姉に贈った最初で最後の贈り物でしたわね。許婚としての。」蓮華の言葉に、香は昔の事を思い出していた。羅姫(らひ)と香は親同士で決められた許婚だった。金髪紅眼の美貌の持ち主で、気立ての良い羅姫は、里の者達から慕われ、愛されていた。香も、羅姫の人柄に惹かれていった。蓮華も香を幼い頃から憧憬の目で見ており、彼と家族になる日を心待ちにしていた。だが、2人の結婚を快く思わなかったのは、蓮華の兄であり、羅姫の弟である不知火であった。肉親でありながらも、不知火は密かに羅姫のことを想っていた。だが、彼女はそんな弟の気持ちに気づかず、香との婚礼を控えた数日前の夜、不知火を自分の部屋へと呼んだ。「お話とはなんでしょう、姉上?」「不知火、わたしと香様が祝言を明日挙げることは知っているわよね? そこにあなたの席を設けるから、必ず来て頂戴。」「嫌です、僕は・・」不知火は姉が誰かのものに―あの男のものになってしまうのが嫌だった。だから彼は暴走し、姉諸共自分の一族を滅ぼした。やがてその姉への強過ぎる想いゆえに、精神を壊していった。「不知火兄様はどうして、あんな風になってしまったのでしょう? 昔はよく3人で仲良く遊んでいたのに・・」「純真無垢な子ども時代は、何も考えずにいても良かった。だが異性を意識し始める頃、純真な心は世間を知ることによって、徐々に穢れてゆく。」香はそう言うと、螺鈿細工を施した箱の中から、懐剣を取り出した。「これは?」「婚礼の夜にお前の姉に渡そうと思っていたものだ。鴾和家の正妻の証だ。」「本当に、良いのですか? そのような大切なものを、わたくしに?」「俺の子を産んだのなら、誰も文句は言えまい。」蓮華はそっと、香の手から鴾和家の懐剣を受け取った。正妻の証は、ずしりと重たかった。それは代々この地と家を守って来た女達の歴史をあらわしているかのようだった。「いずれ戦いの場に出る前に、祝言を挙げよう。」「ええ・・」(この方の、妻となる・・)蓮華は香に笑顔を浮かべると、そっと彼の肩に自分の身体を預けた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月29日
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アベルに助けを求めた村人・静歌は、ゆっくりと自分の“罪”を語り始めた。 1年前の夏、静歌は村の領主が住む館で給仕女として働き、そこで領主の息子と恋に落ちた。だが彼には妻子がおり、彼の子を身籠った静歌が彼に妊娠を告げると、領主の息子は静歌をふしだらな女と決め付け、村から追放した。両親を亡くし、金の蓄えが尽いた彼女は中絶する金もなく、病院へ行く金も子を育てる金もないままに、崩れ落ちた家の中でただ1人、子を産んだ。静歌を取りあげ、何かと彼女に親切にしてくれた産婆も、彼女に背を向けた。彼女は陣痛に呻きながら、妻帯者に恋をしたからこんなに苦しむのだと思い、自分の運命を受け入れた。「子どもは可愛いのですが、育てる自信がありません。それに、わたしのような母親に育てられた子は差別を受けるに違いありません。どうか、この子を助けてくださいませんか、司祭様?」静歌はそう言うと、アベルを見た。「あなたがそうしたいのなら、わたしは何も言いません。子は母親の元で育てられるべきですが、あなたの抱えていらっしゃる複雑な事情に理解を示しましょう。」「ありがとうございます。」泣き叫ぶ赤ん坊を抱き、アベルは静歌の家から出て行った。「司祭様、それはあの女の子ですか?」村を歩いていると、1人の村人がアベルに話しかけてきた。「ええ。それが何か?」「悪い事は言わねぇ、その子は井戸へ投げ落とした方がいい。でないと呪われちまいますよ。」村人はそう言って赤ん坊に唾を吐くと、家の中へと入っていった。アベルは赤ん坊の濡れた頬をそっとハンカチで拭うと、鬼族の邸へと戻った。「アベルさん、お帰りなさいませ。あら、その子は?」蓮華はアベルが腕に抱いている赤ん坊を見た。「村の女が自分では育てられないからといって、わたしにこの子を託したのです。」「そう・・この子、酷い熱があるわね。薬師を呼んで点滴を打たせましょう。」アベルから赤ん坊を受け取った蓮華は、そう言うと廊下を歩いた。「お前が、アベルか。」アベルが香の部屋に入ると、香はアベルを見て咳き込んだ。「俺が不在の間、息子達の世話をしてくれてありがとう。」「いいえ、礼など要りません。それよりも突然こちらに押し掛けてきてしまって申し訳ありません。お顔の色が優れないようですが・・」「ああ、少しトラブルに巻き込まれてな。お前はユーリに会いに来たのだろう? 彼女なら東の対屋にいる。」「ありがとうございます。」アベルがユーリと匡惟が滞在している東の対屋では、ユーリが突然の吐き気に襲われて衣の袖口で口元を覆っていた。「ユーリ様、どうなされましたか!?」「いいえ・・突然気分が悪くなって・・」「ユーリ様、もしかして・・」ユーリが妊娠していると匡惟が思った時、アベルが部屋に入って来た。「お久しぶりです、ユーリ様。」「あら、アベル。久しぶりね。」ユーリはちらりとアベルを見ると、御帳台の中へと入っていった。「ユーリ様は御気分が優れないのですか?」「ええ。どうやら子が出来たみたいで、先ほどの吐き気はつわりではないかと。」匡惟はそう言うと、薬師を呼ぶ為部屋から出て行った。「ユーリ様、匡惟さんの子を妊娠されているって本当ですか?」「さぁね。“向こう側”の世界で慣れないことばかりだったから、ストレスで胃炎を起こしているんじゃないのかしら?」「そうですか・・」もしユーリが匡惟の子を妊娠していると判ったら、静かに身を引こうとアベルは思った。もうユーリは匡惟という人を見つけたのだ。2人の間に割り込むことは、誰にも出来ない。「では、わたしは失礼致します。」涙を堪えながら、アベルはユーリに背を向けると、部屋から出て行った。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月27日
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不知火から式神返しを受けた香は、ゆっくりと目を開いた。「香様、やっと気がつかれましたか!」周囲を見渡すと、隣には自分の手を握り締めている蓮華がそう言って涙を流した。「蓮華、済まないな・・心配を掛けてしまって。」香がゆっくりと上半身を起こした時、彼は激しく咳き込んだ。「香様、大丈夫ですか!?」「ああ、大丈夫だ。それよりも蓮華、お前に話したい事がある・・羅姫の事で。」「羅姫姉様の事で?」香はゆっくりと、蓮華に残酷な事実を告げた。 一方、鬼族の邸から少し離れた村の教会で、アベルは祭壇に向かって静かに祈りを捧げていた。(主よ、どうか我らをお守りください・・)ロザリオを握り締めながら、アベルは目を閉じた。ステンドグラスが冬の陽光を受け、美しい極彩色の煌めきを教会内に放った。アベルが祈りを終えてゆっくりと立ち上がろうとすると、教会の扉が軋みながら開いた。長い金髪が太陽の光を受けて美しく輝き、紅い瞳が清らかな光を放ちながらアベルを見つめた。「あなたは、どなたですか?」「やっと、見つけたわ。」長い金髪を揺らしながら、白いドレスを纏った少女はそう言ってアベルを抱き締めた。アベルの耳元で、少女は何かを呟くと全身から白い光を発しながら消えていった。(今のは一体・・)額に甘い疼きが走り、アベルは少しよろめきながら教会を出た。「司祭様、お助け下さい!」鬼族の邸へと戻ろうとした時、彼は1人の村人に声を掛けられた。彼女は腕に、赤ん坊を抱いていた。「どうしました?」「この子が突然吐くようになって・・どうか、お助けを!」アベルは村人の話を詳しく聞く為に、彼女の家へと向かった。「こちらです。」村人とともにアベルが村を歩いていると、ひそひそと女達が彼らの方を見ながら何かを話していた。「またあの子、男を誑し込んで・・」「ふしだらな女・・」「一体何人の男に股開いてんだか・・」女達に罵声を浴びせられ、アベルの隣を歩いていた村人の顔が強張った。彼女には何か深い事情を抱えているようだが、アベルはそれを知るつもりはなかった。 彼女が住んでいる家は、今にも崩れ落ちそうな小さな家だった。「どうぞ。」赤ん坊をあやしながら、彼女はゆっくりと家の中へと入り、アベルも後に続いた。「どうしてこのような所に住んでいらっしゃるのですか?」「わたしは、咎人なのです。妻帯者と不貞を働いたふしだらな女・・その罰として、わたしはこの家に住んでいるのです。」彼女がそう言った時、赤ん坊が激しく泣き出した。彼女が椅子に座り、赤ん坊に乳を飲ませようとすると、赤ん坊は首を反らして泣き続けた。「ちょっと失礼。」アベルが赤ん坊の額を掌で触ると、そこは焼けるように熱かった。「熱がありますね。医者には見せましたか?」「ええ。ですが薬は出して貰えませんでした。“忌み子には出す薬はない”と。」「そんな・・」「仕方ないのです。わたしがこの村の秩序を乱したのですから。」憂いを帯びた紅い瞳で我が子を見ながら、彼女はゆっくりと話し始めた。何故、自分が村八分に遭ったのかを。「羅姫姉様が、復活した?」「ああ。不知火が反魂をした。不穏な“気”がこちらにも伝わってくる。」「不知火兄様は一体何を考えていらっしゃるのでしょう?」薄紅色の瞳を不安で曇らせながら、蓮華はそう言って夫を見た。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月27日
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「くそ・・」ウチダはゆらりと立ち上がると、匡惟を睨んだ。「あなたは妖以下です。己の欲の為に人を平気で傷つけるとは。」匡惟はウチダを睨み返すと、彼の首を絞め始めた。「う・・」「どうです、苦しいでしょう? じわじわと真綿で首を絞められるような苦しみを、あなたが愛した女性達に与えていたのですよ。」匡惟がそっとウチダから離れると、彼は激しく咳き込んだ。「大丈夫ですか、ユーリ様?」「うん・・」ブラウスが引き裂かれ、豊満な胸が露わになっているのを見た匡惟は、咄嗟に妖狐界から持ってきた衣をユーリに掛けた。「ここから離れましょう。」「ええ。」匡惟とユーリはウチダの部屋から出て行った。「ねぇ、どうしてここに来たの?」「あなたがわたしを呼んだからです。それよりもユーリ様、アベルさんがあなたを追って鬼族の邸に来ました。」「そう・・あの子が・・」「このまま妖狐界に一旦戻った方が良さそうです。」ユーリは香の携帯にかけた。「もしもし、香? 今匡惟と居るんだけど、一旦妖狐界に戻った方がいいって・・」“そうか。不知火の動きが読めない以上、長居は無用だな。”「そうね。それよりも・・」ユーリが次の言葉を継ごうとした時、裏の路地から凄まじい悲鳴が聞こえた。「今のは、一体!?」「ユーリ様、こちらです!」匡惟とともに悲鳴が聞こえた路地へと向かったユーリは、そこで腸を引き裂かれた女の遺体が転がっているのを見た。「何、これ・・」ユーリが後ずさりすると、遺体の傍には臍の緒が付いた胎児の遺体が転がっていた。「一体何が・・」ユーリと匡惟が呆然としていると、風に乗ってサイレンの音が徐々にこちらの方へと近づいてくるのが聞こえた。「もうここを離れた方がいいですね。」「ええ。」匡惟は次元通路を開き、ユーリを連れて妖狐界へと戻った。「ユーリ、無事だったか?」鬼族の邸前でユーリ達と合流した香は、全身傷だらけだった。「その傷はどうした?」「不知火にやられた。あいつは羅姫を反魂させ、それを蜜妃の身体に定着させた。」香はそう言うと、ぐらりと地面に倒れた。 バタバタと慌ただしい足音が聞こえて、アベルはゆっくりと目を開けた。「アベルさん、起きて頂戴!」そう言ってアベルを見た蓮華の顔は、強張っていた。「どうしました、蓮華さん?」「香様が、式神返しを受けたのよ!」蓮華とともに香が寝かされている部屋へと行くと、彼は御帳台に寝かされており、時折苦しそうに呻いていた。「何だか苦しそうですが・・」「式神返しを受けると、術者達は命を奪われるか、廃人になったりするのよ。香様は辛うじて一命を取り留めたけど、まだ予断が許さないわ。」夫の手を握りながら、蓮華は溜息を吐いた。 一方、“向こう”の世界では、数人の少年達が1人の少女を取り囲んで暴行しようとしていた。その時、長い金髪をなびかせながら、1人の少女が彼らの前に現れた。「ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよ。」「あなた達、邪魔!」少女はそう叫ぶと、少年の腹に風穴を開けた。仲間が逃げようとした時、不知火が彼らの身体を日本刀で真っ二つに裂いた。「行きなさい。もう悪い人に捕まっては駄目よ。」少女は真紅の瞳を煌めかせながら、草むらにへたり込んでいる少女に微笑んだ。「もう行こうか、羅姫姉さん。」「ええ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月25日
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不知火は、蜜妃の葬儀に参列していた。彼女の葬儀は、カトリック教会で行われ、学校の同級生達などは参列していなかった。親族席には年老いた祖母が1人、居るだけだった。「あら、佐藤君。」「この度はお悔やみ申し上げます。」不知火がそう言って頭を下げると、蜜妃の祖母は目元を潤ませた。「なんであの子がこんな目に遭わないといけないのかねぇ・・しかも、妊娠してたなんて・・」「蜜妃さんのご両親は?」「少し事情があってね。」蜜妃の祖母は口を噤むと、親族席へと戻っていった。 蜜妃の遺体は棺に入れられ、墓地に埋葬された。その夜、不知火はこっそりと墓地に忍び込むと、蜜妃の墓を暴いて彼女の遺体を盗んだ足で廃屋へと向かった。その中には反魂の儀式に使う道具が並び、中央には印が血で描かれていた。「これでやっと、姉さんに会える・・」そっと蜜妃の遺体を印の上に横たえると、不知火は呪を唱え始めた。(姉さん・・僕は・・)蜜妃の遺体が紅い光に包まれたかと思うと、蒼褪めていた彼女の頬に血液が通い、薔薇色へと戻った。そしてゆっくりと、彼女の目が開いた。「姉さん、やっと会えた。」不知火がそう言って蜜妃を抱き締めると、彼女は掠れた声でこう言った。「しら・・ぬい・・?」反魂の儀式は成功した。後は彼女に自分の子を産ませるだけだ。「愛してるよ、姉さん。この世の誰よりも。」紫紺の瞳を妖しく煌めかせながら、不知火はそう言って笑った。「そうですか・・あなたが蜜妃の・・」「ええ。それにしても、明るかった彼女が突然自殺だなんて。信じられません。」ウチダの元を訪ねたユーリは、こたつに座りながらコーヒーを飲むと、溜息を吐いた。「僕だって信じられませんよ。でも何故かホッとしています。彼女は僕の子を妊娠してましたし。」「え・・?」何故自分の子を宿した女が死んで安心するのだろうか。「実はね、蜜妃とは不毛な関係を続けていたんですよ。妻との関係が冷え切っていて、心が乾いている時に蜜妃と会いました。互いに惹かれあい、男女の関係になりました。ですが、もう疲れてしまったんです。」ウチダはそう言うと、ユーリを見た。「もしかして、あなたが蜜妃さんを・・」ざわりと、ユーリは鳥肌が立つのを感じた。「ええ。人を雇って彼女を殺し、自殺に見せかけるように頼みました。妻は僕達のことを知っていますし、彼女は僕の子を妊娠してますが、離婚しました。」「身勝手な方ですね。自分可愛さ故に2人の女性を犠牲にして!」ユーリの罵声に、ウチダは寂しげな笑みを浮かべた。「結局人間なんてものは自分が可愛いだけです。そうでしょう?」ユーリは玄関へと向かおうとしたが、ウチダにそれを阻まれた。ウチダはあっという間にユーリを畳の上に押し倒すと、制服のスカートを胸の位置まで捲り上げ、パンティを脱がした。「いや、やめて! いやぁ!」ウチダの手がユーリのブラウスを引き裂き、豊満な胸を露わにし、ベルトを外した。(匡惟、助けて!)次元の向こうに居る夫に助けを呼んだ途端、部屋に翠の光が満ちた。「ユーリ様、大丈夫ですか!」自分を圧迫していたウチダの重みがなくなったかと思うと、匡惟が自分の前に現れた。「匡惟・・どうしてここに?」「あなたを守る為に決まっているじゃありませんか。」匡惟の腕の中で、ユーリは涙を流した。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月25日
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「ねぇ、知ってる?」「橘さんが・・」「●●さんが殺されたっていうのに、うちのクラスの子ばかりじゃない、殺されるのって・・」名門お嬢様学校と巷では呼ばれているS女学院高等部の教室で、生徒達はひそひそと蜜妃の事件を話しながら、ちらちらと後ろの席を見ていた。そこには半年前、通り魔事件の被害者から執拗かつ陰湿ないじめを受け、不登校になってしまった生徒の席だった。「ねぇ、あの子が呪ってるんじゃないの? 橘さん、●●さんとよくつるんでたし。」「きっとあの子が呪ったのよ、きっと。」 一方、その生徒は部屋でパソコンの画面をじっと見つめていた。そこに映し出されていたのは、自分をいじめていた主犯格の女が書いていたブログだった。“お前なんか死んで当然だ。”“死んでも人をいじめんなよ!”“お前がいなくなって良かった。”コメント欄には女への罵倒コメントが幾つか並んでいた。あの女が死んだ時、ざまぁみろと思った。自分に対してある事ない事をネット上で言いふらし、恐喝し、精神崩壊寸前まで追い詰めたあの女に天誅が下ったのだ。“煉獄通信”にアクセスして良かった―少女は満足気に画面に向かって微笑みながら、女のブログを閉じた。「あの子が死んだって、本当?」『ああ。 不知火が手を下したのかどうかは知らないが・・ウチダって奴に会ってみようかと思う。』「そう、気を付けてね。」ユーリはそう言うと、携帯を閉じた。(匡惟、どうしてるかな・・あの子も・・)「君のお兄さんが“向こう側”に居るって? それは、本当なのかい?」一方鬼族の邸では、ユーリ達を追ってきたアベルが不在の香に変わって蓮華の双子の片割れにミルクをやっていた。「ええ。香様によると、どうやらお兄様は何か目的があるみたい。それよりもごめんなさいねアベルさん、長旅でお疲れなのに双子の世話までしていただいて。」蓮華は娘に母乳をやりながらアベルの腕に抱かれている息子を見た。「いいえ、孤児院で暮らしていたので、こういうの慣れているんです。マオ様も出産なされていたと聞いて驚きました。」「あの子はわたくしの代わりに香様との子を産んでくれたのです。感謝してもしきれませんわ。産後の肥立ちが悪くてなかなか床上げできないようですけれど・・」息子の隣で摩於が産んだ姫君が乳を吸っているのを見ながら、蓮華はそう言って溜息を吐いた。「双子を育てるのは大変でしょう? 余り無理なさらないでくださいね。」「ありがとう。」香に似た蓮華の娘にげっぷさせる為に彼女の小さな背中を叩くと、彼女はぎゅっとアベルの服を掴んだ。「可愛い娘さんですね、もう名前は決められたんですか?」「ええ。姉の名を付けました。羅姫という名を。美しい娘に育って欲しいと思って。」「そうですか。」隣の部屋では、女児を出産した摩於が未だに床に臥せっていた。男子でありながら十ヶ月間も腹で子を育て、出産という大仕事を成し遂げた未成熟な彼の身体は相当なダメージを受けていた。「摩於様、大丈夫ですか?」「うん・・寝たきりで汗をかいて気持ち悪いから、身体を拭いてくれる?」「わかりました。」女房達に湯を持ってくるように命じた槙野は、そっと摩於の手を握った。隣からは蓮華とアベルの楽しそうな話し声が聞こえた。「蓮華さんに迷惑かけてばかりだね、僕。」「何をおっしゃいます、摩於様。あなたは大仕事を成し遂げたのですから、ゆっくりと休んでくださいませ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月25日
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「どうしたの?」蜜妃はそう言って、怪訝そうに香を見た。「いや・・何でもない。それよりも、彼とはいつ知り合ったんだ?」「半年前に、ネカフェで財布忘れちゃって、彼が届けてくれたんだ。」それから蜜妃は一方的に、ウチダさんとの思い出を語った。蜜妃の言葉に、ウチダさんは笑っていた。その笑顔を見ながら、香は何処かうすら寒いものを感じていた。彼が浮かべている笑顔は偽物なのかどうか。ただ一つだけわかるのは、ウチダさんに関わっていたら碌な事がないというだけだ。「じゃぁ、またね!」蜜妃はそう言うと、ウチダさんと腕を組みながら香に手を振って階段を降りていった。 昼食を済ませ、暇潰しに読書をしていると、あっという間に約束の時間になった。「お待たせしました。」そう言って香の前に座ったのは、不知火だった。「やはり貴様だったか、不知火。“煉獄通信”の管理人は?」「やっぱりバレたか。君には全てお見通しだね。」不知火は紫の瞳を煌めかせながら香を見た。「お前の目的は何だ? 彼女をどうするつもりだ?」「僕は羅姫姉さんをこの世に甦らせたいんだよ。その為には魂を入れる器が必要だ。」不知火はコーヒーを飲みながらのんびりとした口調で言った。「羅姫の魂はもうない。だから反魂なんて馬鹿な事を止めろ!」「馬鹿な事? 僕は羅姫姉さんを愛しているからこそするんだ。それに彼女はもうじき死ぬよ、愛する男の手にかかってね。」「なんだって・・」やはりあの男から感じたウチダの邪悪な“気”は、嘘ではなかったのだ。立ち上がろうとした香の手首を、不知火は掴んだ。「邪魔をしないでね。僕の計画は彼女の死によって始まるんだ。」 一方、蜜妃はウチダさんが住むマンションの部屋で夕食を作っていた。今日は彼の好きなハンバーグだ。ウチダさんはさっき急な用事があると言って出かけていった。(ウチダさん、喜んでくれるかなぁ・・)ハンバーグをコネながら、蜜妃は美味しそうにそれを頬張るウチダさんの顔を思い浮かべていた。その時、ドアが開いて人が入って来る気配がした。「ウチダさん、お帰りなさい・・」くるりと振り向いた蜜妃の顔が、恐怖に凍りついた。そこに立っていたのは、見知らぬ男だった。「ごめんよ、蜜妃。僕の為に死んでくれないか?」男の背後には、怖い顔をしたウチダさんが立っていた。「ウチダさん・・どうして・・?」「もう君とのままごとは疲れたんだよ。永遠にさよならだ、蜜妃。」ウチダさんはそう言うと、蜜妃に背を向けて部屋から出て行った。「待って、ウチダさん、待って!」彼の後を追おうとする蜜妃は、男が持っているナイフで首を刺された。頸動脈から血が噴き出し、白い壁を汚しながら、蜜妃は床にあおむけに倒れた。恐怖に見開いた赤い瞳は、ただ虚ろな光を放っていた。男はそっとナイフを蜜妃に握らせると、部屋から出て行った。 その数時間後、警察のパトカーがマンションの前に到着し、刑事達が部屋の中で蜜妃の遺体を発見した。テーブルの上にはパソコンで書かれた遺書がプリントアウトされて置かれてあった。“わたしは大罪を犯しました。命をもって償います。”「これからだ、やっと・・やっと会えるね、羅姫姉さん。」野次馬の中から、不知火はマンションの中から運び出される蜜妃の遺体を見てほくそ笑んだ。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月23日
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(かかったか。)香は“煉獄通信”の管理人からメールの返事が来たのを知り、にやりと画面の向こうでほくそ笑んだ。ちょっと嘘話を書いて送っただけなのに、数時間も経たぬうちに返事が来るとは、この管理人はよほど暇を持て余しているらしい。“わたしもあなたに会ってちゃんとお話しがしたいです。明日●●駅のファストフード店に3時はどうですか?”香がそう返事を書くと、管理人からOKの返事が返ってきた。どんな人物なのか楽しみだ―香はパソコンの電源を切るとベッドに入って眠った。 翌日、学校が休みだったので香は約束の時間まで家でごろごろと過ごしていた。テレビのワイドショーはどれもあの事件の事ばかり報道していたので、暇潰しに本棚にあった文庫本を読みながらコーヒーを飲んでいた。壁時計が正午を指す頃、香は急いで身支度をして家を出た。約束の時間までに腹ごしらえをしておこうと、通い慣れたバス亭までの道を歩き、香はバスを待つ間文庫本を読んだ。バスが向こうからやってくるのが見えた時、バッグの中に入れていた携帯が鳴った。「もしもし?」『カオル、今何処?』「サイトの管理人に会いに、駅前に向かってる。お前は?」『被害者の友達に会ってきた。彼女の話によると、あの子相当酷い事してたみたい。 ネット上に悪い噂流してたり、ある事ない事自分のブログで書いてたみたい。今そのブログが炎上してる。』「そうか。わざわざありがとう。俺は管理人に会ってくる。」『気をつけてね。』「ああ。」携帯を閉じ、バッグにしまった香は、自分達が住んでいる世界よりも文明利器が発達しているこの世界に住んでいる人間の方が、妖よりも恐ろしいと思い始めていた。千年以上前から、妖狐族や鬼族をはじめとする妖達と人間達との間には争いが絶えず、人間によって滅ぼされた妖達も少なくはないが、人間達は己の正義の為に妖を討っていた。謂わば、正当な理由の下妖達を虐殺しているのだ。だが、こちらの世界では同じ人間同士が単なる鬱憤晴らしの為だけに1人の者を自殺に追いやるまで精神的・肉体的に迫害し、逃げ場をなくさせるまで徹底的に叩きのめす。それは大人でも子どもでも同じことであるし、彼らには罪悪感や良心の阿責といったものなど微塵も感じない。己の不満への捌け口を他人にぶつけることでしかできない。妖達から見れば、そんな人間は格好の餌食であり、最も軽蔑する存在であった。 バスに揺られて45分くらいして、香は駅前のファストフード店へと入り、カウンターで並ぶ長蛇の列に加わった。カウンターでは揃いの制服を着た店員達が慌ただしく客の注文を捌いている。やっと自分の順番が来た香は、この前頼んで美味しかった甘辛チキンバーガーセットを頼むと、トレイを持って二階席へと向かった。彼がポテトを摘んでいると、再びバッグに中にある携帯が鳴った。液晶を見ると、そこにはメール着信のマークが表示されていた。メールを見ると、送り主は数日前この店のトイレで知り合った蜜妃からだった。“今後ろの席にいる。”香が振り向くと、そこには蜜妃が笑顔で彼に向かって手を振っていた。「今日学校休みだろ、どうしてこんなところに?」「うん、ちょっと人と会う約束があるんだ。あ、来た。」蜜妃が椅子から立ち上がると、そう言って二階席へとやって来た青年に抱きついた。「紹介するね、香。これあたしの彼氏で、ウチダさんっていうんだ。」「初めまして。」どこからどう見ても好青年に見えるウチダから、香は邪悪な“気”を感じて思わず身構えた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただければ嬉しいです。
2010年11月23日
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翌日、香が教室に入ると、クラスメイト達が何やら週刊誌を広げながら話をしていた。「何かあったのか?」ユーリに話しかけると、彼女はちらりとクラスメイト達の方を見た。「何でも昨夜、通り魔事件があったらしいよ。塾帰りの子が誰かに喉笛を掻き切られて殺されたって。」「そうか。」やがて担任教師が入って来て、同級生達が慌ててそれぞれの席に戻った。「それ、見せてくれない?」週刊誌を持っていた生徒は、じっと香を見た。「いいよ。あたしもう全部読んじゃったから。はい。」「ありがとう。」生徒から週刊誌を受け取った香は、先ほど彼女達が熱心に読んでいたページを見た。そこには「いじめへの制裁か!? 通り魔事件から見える名門お嬢様学校の闇!」という見出しの下に、被害者と思われる少女の写真が映っていた。担任がHRを進めているのを傍で聞きながら香が記事を読み進めてゆくと、被害者の少女は同じクラスの女子生徒をいじめていたらしい。いじめの加害者が何者かに殺されたこの事件に、香は不知火の影がちらついて見えた。「ユーリ、これを見ろ。」昼休み、香はユーリの前に週刊誌の記事を見せた。「昨夜起きた事件ね。この事件がどうかした?」「この事件の陰に、不知火が居るような気がしてならない。調べる価値がありそうだ。」昼食を終えた2人はPC室へと向かい、事件の事を調べたが、どれも事件の感想を述べているサイトやブログばかりで、めぼしいものは見当たらなかった。「そっちはどうだった? 何か見つかった?」「いいや。」香は凝り固まった首の筋肉をほぐす為に首を回しながら、マウスで画面をスクロールさせた。その時、彼の目に“煉獄通信”の文字が飛び込んで来た。その文字をクリックすると、何やら不気味な壁紙に飾られたサイトが画面上に映った。「それ、何?」「さっき見つけたサイトだ。“煉獄通信”っていう名前だ。どうやら復讐請負人サイトのようだな。」「今朝テレビでやってたわ。確か自分に代わって復讐をしてくれる人のサイトよね?」香がサイトの案内を見ると、サイトの左下に「連絡板」と書かれているページを見つけ、素早くクリックしてそのページを開いた。するとそこには、事件当夜に書かれた依頼内容が表示されていた。「被害者は、このサイトの管理人に殺されたようだな。ここに被害者の名前が書かれてある。」「そう・・」(このサイトの管理人って、もしかして不知火さんだったりして・・)「連絡用のメールアドレスに今夜、連絡して管理人に接触してみる。」「そう、気をつけてね。」「ああ。」 その夜、香は自分の部屋にあるノートパソコンを開いて“煉獄通信”の管理人にメールを書いた。“わたしは元恋人に暴力を振るわれた挙句、彼との子を流産してしまいました。赤ちゃんの命を殺した癖にのうのうと生きている元恋人に復讐してください、お願いいたします。”「これでよし、と・・」香はそう呟くと、「送信」ボタンをクリックした。「ふぅん・・面白い内容だね。」画面の向こうで、不知火はそう言って笑った。彼はキーボードを叩き始め、メールの返事を書いた。“あなたのお話を詳しく聞きたいです。”にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月23日
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香が個室から出ると、洗面台には女子高生が立っていた。彼女は先ほどの話を聞いたのだろうかと香は思いながら、トイレから出ようとした。「ちょっとあんた。」女子高生が鏡越しに香に向かって手招きした。「なんだ?」「あのさぁ、何であんたはあたしの事見てたわけ?」「ちょっと知り合いに似ててね。気を悪くしたのなら謝る。」「別にいいけどね。もう慣れっこだからさ。あたし蜜妃(みつき)、あんたは?」「香だ。宜しく。」女子高生―蜜妃は香が差し出した手を握った。「ねぇ、どうしたの? 随分長かったわね?」店内に戻ると、ユーリがバッグの中から長方形の箱を弄っていた。「それは?」「こっちの世界で使われてる通信機器みたいよ。小さくて便利だわ。」ユーリはまるでそれの使い方を知っていたかのように、指先を器用に動かした。「何をしている?」「ちょっと、情報収集をね。そしたらこんなページを見つけたわ。」ユーリは香に画面を見せた。そこには黒い壁紙に赤字で“煉獄通信”と書かれてあった。「このページは?」「何でもこの世で殺したい奴を始末しますっていう闇のページよ。わたし達の世界では妖術や魔術が使えるけど、こっちではどうなのかしらねぇ。」「闇のページ、か・・」香はじっと、そのページを見た。 同じ頃、住宅街の一角に立っている民家の一室で、1人の少女がパソコンの前で必死にキーボードを叩いていた。彼女の前には、“煉獄通信 請負板”という文字が画面に映し出されていた。少女は「送信」ボタンをクリックすると、口端を歪めて笑った。「また新しい依頼か・・“わたしをいじめた●●に地獄の苦しみを”か・・面白そうだね。」同じページを見ていた不知火は、ニヤリと笑いながら、パソコンの電源を切った。 放課後、ユーリと香はそれぞれの“家”に戻った。「ただいま。」「お帰りなさい、香。お風呂まだでしょう?」“家”に香が入ると、そこには母親らしい女性が立って香に微笑んだ。「う、うん・・」香は脱衣所に入ると、制服を脱いで浴室へと入った。シャワーを浴びていると、ふと鏡に映る自分の姿を見た。そこには、丸みを帯びた身体と、くびれた腰と豊満な胸が映っていた。「え・・」香はそっと、股間にある筈のものを見たが、そこには何もなかった。「父上、居ますか!?」柘榴石のペンダントが赤く光り、自室で寛いでいる父の姿が浴室の鏡に映った。“どうした、香。いい身体をしておるな。”「父上、何を考えているんですか!? ちゃんと妖狐界に戻った時は身体を戻してくださるんですよね?」“ああ。それにしてもお前の双子達は可愛いのう、わしがミルクをやる度にじっとわしを見てくる。”「父上、不知火が誰を探しているのかが判りました。奴が探しているのは羅姫です。」“羅姫じゃと? あやつは死んだ筈じゃ。何故不知火は・・”「それが判り次第、また連絡いたします。」 塾を出た1人の少女は、携帯を弄りながら夜道を歩いていた。「これであいつ、もう学校来なくなるね。」彼女は画面に映っているメールを見ながらほくそ笑んだ。その時、彼女の背後に迫る黒い影が電灯の下で揺らめいたかと思うと、それは少年の形となって彼女の前に現れた。「●●さん、だね?」「そうだけどぉ?」「君には、消えて貰うよ。」少年はそう言うと、少女の前に呪文を唱えた。彼女は悲鳴を上げ、地面に倒れた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月21日
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「これからどうするの? 無理に蓮華のお兄さんを連れて行く訳にはいかないし。」「そうだな、まずは・・」そう言って香がふと階段の方を見ると、ちょうど1人の女子高生がトレイを持って上がってきた所だった。長い金髪をポニーテールにし、疲労の色を滲ませた真紅の瞳を持った彼女を見た香は絶句した。「どうしたの?」「羅姫(らひ)・・」香はじっとその女子高生を見つめていた。ユーリはちらりと香の視線の先を追った。そこには、金髪の女子高生がコーヒーを飲んでいた。「ねぇ、あの子知ってるの?」「いいや・・だが少し、知り合いに似ていた。」香は溜息を吐くと、コーヒーを飲んだ。「知り合い?」「ああ。彼女の名は羅姫。今は亡き蓮華の姉だ。」香がそう言った時、柘榴石のペンダントが赤く光り始めた。“香様・・”ペンダントの中から苦しげな声が聞こえた。「蓮華と話をしてくる。」香は席を立ち、トイレの個室に籠った。彼がペンダントを取り出すと、個室の壁に蓮華が陣痛に苦しんでいる様子が映し出されていた。「どうした、蓮華? 予定日はまだ先じゃないのか?」“ええ・・でも急にお腹が張ったかと思うと破水して・・うう!”蓮華の美しい顔が苦痛に歪むと、彼女の股間から赤ん坊の頭が覗いた。「しっかりしろ、蓮華! 今から帰るから!」香は呪文を唱え次元通路を開こうとしたが、反応しなかった。“痛い、痛ぁい!”目の前で妻が白目を剥き、陣痛に呻いているというのに何もできない自分が歯痒くて仕方なかった。(蓮華が一番傍に居て欲しい時に戻れないなんて・・)“オギャァ、オギャァ!”蓮華の股間から出て来た赤ん坊が板張りの床に落ちると同時に、産声を上げた。赤ん坊の股間には立派なモノがついていた。“香様、あなたの息子ですよ。”蓮華がそう言って香に微笑むと、また痛みに顔を歪めた。「どうした、蓮華!?」“もう1人、頑張って産みますから・・”この時蓮華から初めて腹の子が双子であることを知った香は、為す術もなく蓮華が2人目の赤ん坊を出産するところを見ていた。 2人目の赤ん坊は女だった。“香様、こんな時に先に産んでしまって、申し訳ありません・・”「何を言う、蓮華。お前が大変な時に傍に居られなくて済まない。こんな時にお前に聞くのはなんだが・・羅姫は本当に死んだのか?」香の問いに、蓮華は静かに頷いた。“わたしは姉様が目の前で死んでゆくのを見ました。もしかしてそちらに姉様とそっくりなお方を見つけたのですか?”「ああ。恐らくお前の兄が探していた者というのは、羅姫の生まれ変わりだろう。心配するな、蓮華。お前の兄の事が済んだらお前と子どもの元に戻るからな。」“お待ちしております、香様。”蓮華はそう言うと、香ににっこりと微笑んで消えた。「香様とお話をされていたのですか、蓮華様?」赤ん坊の産声を聞いた女房達が慌てて蓮華の部屋に駆けつけて来た。「ええ。それよりもこの子達をお願い。何だか2度も出産して疲れてしまったの。」「まぁ、元気なお子達ですこと。わたくし達にお任せ下さいませ。」女房達は泣きわめく男女の双子を布にくるんで抱くと、部屋から出て行った。2人分の胎盤を胎内から排出した蓮華は、安産でありながらも2人分の陣痛に苦しんでいたのですっかり疲れ果ててしまい、横になるとすぐに昏々と眠ってしまった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただくと嬉しいです。
2010年11月21日
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蓮華は暫く横になって休んでいたら、部屋に薬師が入って来た。「大丈夫ですか、蓮華様?」「ええ・・少し胎動が激しくて。ちゃんと育っていることは判るんだけど、こんなにも動いていると辛くて・・」「少し診察いたしますので、じっとしておいてくださいね。」薬師は蓮華の脈を取った後、下腹にそっと触れた。すると、さっきまで大人しくしていた腹の子が再び動き始めた。「どうやらお腹に居るのは、1人ではないようですね?」「というと?」「双子のようです。詳しくは病院で診察を受けないと判りませんが・・」「そうですか・・」初めての妊娠の上に、双子の出産に育児と、蓮華は夫が不在の時に心配事が多くなった。「先生、初産で双子を産めるんでしょうか? なるべくお腹を切らないで産みたいんです・・」「大丈夫ですよ。ご主人は今何処に?」「仕事で出張しております。」「そうですか。病院にいらっしゃるときはご主人もご一緒にいらしてくださいね。」薬師が去った後、蓮華は溜息を吐いた。「どうなさったのですか、蓮華様?」つい先ほどまで嬉しそうに産着を縫っていた蓮華が深刻そうな表情を浮かべているのを見て、女房が彼女に話しかけた。「さっきお医者様がいらしてね・・お腹の赤ちゃんが双子だって言われたの。初めての妊娠・出産なのに今度は双子だなんて・・育てる自信がないわ。」「何をおっしゃられますか、蓮華様。あれほど望んでいた香様とのお子ではございませぬか。今から落ち込んでしまわれてはどうします?」「でも・・」女房は蓮華が不安がる気持ちがよくわかった。彼女は頼みの綱である夫が仕事で不在な上に、双子を出産し育てた者が周囲におらず、相談できない状況に置かれている。「蓮華様、余り気に病まずとも、ちゃんと健康に産まれて来ますわ。それに、香様だってお仕事が済みましたら帰ってくるのでしょう?」「ええ。それまで頑張らなくちゃ・・」女房に励まされた蓮華は、そう言うと針仕事を再開した。 一方、ユーリと香は駅前のファストフード店で今後の事を話していた。「まさかこっちの世界に迷い込んで来たのが蓮華さんのお兄さんだったとはね。 しかもわたし達と一緒に戻らないって言うんじゃ、長引くわね、これ。」「ああ。何だってこんな時期にあいつがこっちに来たのか判らん。蓮華が向こうで俺の帰りを待っているというのに・・」香はコーヒーを飲みながら溜息を吐いた。「奥さん妊娠中だもんね。でもさぁ、あいつを連れ戻さないと向こうにも帰れないしねぇ・・」「奴が誰かを探しているのかが判ったらな。式神を使って調べるとするか。」香は呪文を唱えると通学用のバッグから紙人形を取り出した。するとそれは小鳥に姿を変えた。「不知火を監視しろ。」“わかりました。”小鳥は鳴くと空へと向かって飛び立っていった。 同じ頃、蓮華の兄・不知火は駅前のコーヒーショップに座り、交差点を渡ってゆく人々を眺めていた。彼はいつもこの時間にこの交差点を渡る“誰か”を待っていた。不知火はコーヒーをゆっくりと飲みながら、その“瞬間”をじっと待っていた。 やがて交差点の向こう側に1人の少女が歩いてくるのが見えた。白いセーラー服に、蒼いリボンを揺らしながら交差点を渡って来る少女の長い金髪が、太陽に照らされて美しく輝いた。彼女はじっと不知火が自分を見ている事に全く気付かない。「やっと見つけたよ、姉さん・・」紫紺の瞳を煌めかせながら、不知火はすっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲むと、店内から出て行った。少女は真紅の瞳を疲労で滲ませながら、ファストフード店の中へと入った。コーヒーを注文して2階席に上がると、2人の女子高生がじっと自分を見ていた。(何あれ、カンジ悪ぃ。)にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月20日
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少年―不知火はそう言うと、紫紺の瞳を輝かせながら香を見た。「弟・・いや、妹の蓮華がお世話になっております。」少年は香に優雅に礼をすると、腰に帯びていた洋剣を鞘から抜いて香に斬りかかった。「何故、こちら側に来た?」「わたしはある者を探しに、こちらにやって参りました。詳しくは言えませんがね。」不知火は香の攻撃をかわすと、身体を反転させて彼の肩を刺した。「痛っ・・」ひりひりと右肩に焼けつくような痛みが走り、香は顔を顰めた。「良くも僕の可愛い妹の処女を奪い、傷物にさせた上に妊娠させましたね。妹の処女は僕が頂く予定でしたのに・・」「何を言っている、貴様頭がおかしいのか?」香はそう言って不知火を睨み付けると、彼も睨み返してきた。「僕は真っ当なことを言っているだけですよ。可愛い妹の処女を何処の馬の骨とも知れぬ男になぞやれますか? それに妖の世界では親子間でも兄妹間でも子を作るのは当たり前です。自然の摂理に眉をしかめるあなたの方がおかしいのでは?」「俺はこれでも常識のある人間社会の中で育ってきたのでな。お前のようなシスコンには解らんだろうが。」「何とでも言いなさい、香様。僕はこの世界に暫く留まるつもりです。あなたと共にあちらへ戻るつもりはありませんから。」不知火はにやりと笑うと、香の前から姿を消した。(頭は間違った報告をしたようだな・・)鬼族の頭である父はこちらの世界に妖が“迷い込んだ”と香に言ったが、正確には“自ら乗り込んで来た”の方が正しい。連絡事項のミスはせぬようにと常日頃煩く部下に命令している癖に、肝心な事を息子に伝えないまま人間界へ来させ、息子に女装させる父を香は心底怒りを通して呆れかえっていた。(あの馬鹿親父、帰ったら締めてやろうか・・)日本刀を掌に納めると、香は提げている柘榴石のペンダントを取り出して呪を唱えた。その瞬間、ポウっと赤い光が周囲を包み、見慣れた自分の部屋に文机で蓮華が何かしている姿が映し出された。「蓮華、聞こえるか?」香の声に反応した蓮華が、さっと顔を上げた。“香様、そちらのご様子はいかがですか?”「余り変わりないな。それよりもこちらに迷い込んだ奴が判ったぞ。」“どなたですの?”「お前の兄だ。」香の言葉を聞いた途端、蓮華の顔が強張った。“不知火兄様が、そちらの世界に? 一体どうして・・”「ある者を探すと言っていた。それよりもお前、身体の方は大丈夫か?」香が話題を変えると、蓮華の顔に笑顔が戻った。“つわりはもう治まりました。安定期を過ぎた頃ですし。”蓮華の下腹に目をやると、そこはぽっこりと膨らみ始めていた。「成長が早いな。ついこの間妊娠が判ったというのに。」“義父君様がおっしゃるには、子宿し薬の効果によるものなのですって。それと、わたしが香様のお子を望む心が強かったので、腹の子の成長が早いと。”「そうか。出産までには戻るからな。」“ええ。お待ちしておりますわ。”もう少し蓮華と話したかったが、屋上に誰かが上がって来る気配がしたので、香はペンダントを服の中にしまった。「こんなところに居たの。あちこち探したわよ。」ユーリはそう言うと、香の右肩に血が滲んでいるのを見た。「これは・・」「さっき同族にやられた。どうやらこの件、長引きそうだぞ。」 一方、鬼族の邸では蓮華が生まれてくる子どもの産着を縫っていた。時折針の手を休めては、下腹を優しく撫ぜると、母親が判るのか、腹の赤子が蹴ってきた。「元気な子だこと。」蓮華がそう言って笑みを浮かべた時、赤子が腹の中を動き回る感触がした。激しい胎動に、蓮華は暫く横になって休んだ。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月20日
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「幼馴染だと? あいにくだが、俺とお前は初対面の筈だが?」香がそう言ってじろりと少年を睨むと、彼はボリボリと金メッシュを入れた茶髪を掻いた。「あれぇ、そうだったけ?」「まぁそんなことはどうでもいい。今はお前に構っている暇はない。」香は少年を廊下に置き去りにすると、妖を探し始めた。先ほど感じていた気配は完全に消えてしまい、今は何処に居るのかさえわからなくなってしまった。この世界に迷い込んだのは低級(レベル)のものかと思っていたが、自分から意識的に妖気を消すことが出来るとなると、自分と同じくらいの者だ。早くその妖を自分達の世界に戻さなければ―香がそう思いながら階段を上っていると、風もないのに背後の窓硝子がガタガタと鳴り始めたかと思うと、派手な音を立てて割れた。“消えろ、消え失せろ!” 悪意ある声が香の脳内に響いたかと思うと、鋭い刃が一斉に香に向かって飛んできた。香は素早く呪を唱えると、掌から日本刀を取り出して鯉口を切り、風圧で硝子の破片を薙ぎ払った。割れた窓の向こうから彼が外を見ると、屋上に1人の少年が立っていた。その瞳はまっすぐに香を見つめていた。(逃がすか!) 一方教室では、ユーリが香の帰りを待っていた。(遅いなぁ・・やっぱりわたしも行った方がいいわね。)ユーリがそう思いながら椅子から立ち上がろうとした時、肩を誰かに叩かれた。「ねぇ、ちょっと話があるんだけど。」振り向くと、そこには厚化粧をした数人の女子生徒が立っていた。厄介な事に巻き込まれそうだ―ユーリは溜息を吐きながらも、彼女達の後をついて教室から出て行った。彼女達に連れられた先は女子トイレだった。「話ってなに?」「あんたさぁ、三組の吉沢と仲良いんだって?」「それ、誰? ていうか、知らないんだけど。」「はぁ、とぼけてんじゃねぇし!」女子生徒の1人がそう言ってユーリに詰め寄ったかと思うと、彼女の身体を突き飛ばした。ユーリはリノリウムの床に尻餅をついた。「何すんの!」「あたしらの吉沢に手ぇ出すんじゃねぇよ!」女子生徒の仲間がトイレの倉庫からモップを取り出すと、その先端でユーリを突いた。「何言ってんのか良くわかんないけど、丸腰相手に武器は卑怯じゃないの!」ユーリはそう叫ぶなり女子生徒の手からモップを奪い取ると、彼女に鳩尾に強烈な膝蹴りを喰らわした。「てめぇ、ムカつくんだよ!」仲間が床に叩きつけられる様子を見た女子生徒がバタフライナイフを取り出し、ユーリに襲い掛かった。だがその刃がユーリの顔に届く前に、彼女が持っていたモップの柄が女子生徒の腹に当たった。「あんたとあたしとではレベルが違うの。判ったら金輪際あたしに喧嘩売らないでくれる?」「畜生、覚えてろよ!」女子生徒達はバタバタと女子トイレから出て行った。「一体どうなってんのよ、この世界は。」 同じ頃屋上では、香が1人の少年と対峙していた。「誰かと思ったら、鬼族の御曹司が女装してわざわざこちらにおいでいただくとは嬉しいですね。」少年は落ち着いた口調でそう言うと口元に笑みを浮かべるが、その目は笑っていなかった。「お前の目的は何だ、不知火。」香は長い間口にすることを避けていた名を、少年にぶつけた。「やっと、僕の名を呼んでくれましたね。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月20日
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「ねぇ、ここがお頭様がおっしゃっていた、“向こう側”の世界なの?」「ああ。」ユーリは香の通力を使い、“向こう側”の世界へとやって来た。今彼らが居るのは、『白鳳高等学校』と書かれた校門の前である。「こんな所に、妖が迷い込んでいるのかしら?」「さぁな。お頭様の言う事には間違いがなかったが・・取り敢えず、この学校に潜入調査した方がいい。」香はそう言って校門の中へと入った。「ちょ、ちょっと待ってよ!」ユーリも慌てて香の後を追った。香は途中で下足箱辺りに映っている鏡で己の姿を見た。今彼が纏っているのはホストのような男物のスーツではなく、胸にリボンがついたブレザーとチェック柄のスカートという女物の制服だった。いくら潜入調査とはいえ、女装してこの学校の生徒としてやるとは頭は一言も言わなかった。まぁ、長くはかからないからいいだろう。「ちょっと、足早いわよ!」「済まん。それにしてもユーリ、良く似合ってるぞ。」「何か変な感じなのよねぇ。足がスースーして気持ち悪いったらないわよ。こっちの女達はよくこんな短い丈のスカート穿いてて平気ねぇ。」ぶつぶつと言いながら、ユーリは香とともに校舎内へと入った。授業中なのだろうか、廊下には2人以外誰もいなかった。暫く2人が廊下を歩いていると、向こうから人の気配がした。「あなた達、もう授業始まってるわよ。」女性教師がそう言って香とユーリを見た。「あの、教室が何処か解らなくて・・」「2階の廊下の突き当たりにあるわよ。」教師に礼を言った香とユーリは、教室へと向かった。「ねぇ、あっちの世界とは繋がっているんでしょうね?」「ああ。蓮華がこれを渡してくれたからな。」香は首に提げていたペンダントをユーリに見せた。それは2匹のイルカが柘榴石の周りを泳いでいるモチーフのものだった。「このペンダントは向こうで蓮華が持っている簪と繋がっている。」「そう。わたしも匡惟にあんたと同じようなものを貰ったのよ。」ユーリは長方形の中央にエメラルドが嵌めこまれたネックレスを香に見せた。「立ち話はこれくらいにして入るか。」香は教室の扉をがらがらと引いて中へと入った。するとそこには、教壇の前で板書をしている男性教師と、数十人の少年少女達がポカンとした表情を浮かべながら香とユーリを見ていた。「すいません、遅くなりました。」「お前ら、今度からは遅刻するなよ。」「はぁ~い!」2人は空いている席へと向かい、さっさとそれに腰を下ろした。 授業が終わり、休み時間を告げるチャイムが鳴った瞬間、香は溜息を吐いた。「頭は一体ここで俺達に何をさせようとしてんだよ。こんなピラピラしたもん着せられて堪るかっての。」「仕方ないじゃん、仕事なんだからさ。これからどうするの?」「授業受けてから何もやる気が起きん。」香がそう言って机の上でぐったりとしていると、彼は不意に視線を感じて顔を上げた。「どうしたの?」「いや、今誰かに見られているような気がしてな。ちょっと外に出てくる。」さっと椅子から立ち上がり、香は教室を出て廊下を歩き始めた。先ほど確かに何者かの視線を感じた。頭が言っていた妖のものなら、早く見つけ出さなければ―そう香が思って歩いていると、不意に背後から何者かに抱きつかれた。「曲者!」香はそう叫ぶと、不審者の鳩尾に強烈な肘鉄を食らわせ肩ごとそいつを投げ飛ばした。「痛てて、挨拶代りのハグに何怒ってんだよ!」香によって地面にねじ伏せられた男は、そう言って痛そうに呻いた。「煩い、黙れ。お前は一体何者だ?」「俺は吉人。ったく、自分の幼馴染の顔も忘れちまったの?」男はじろりと香を見た。(頭・・一体こっちの世界で何をやらせようと言うんですか!?)にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月18日
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「あぁ、香様ぁ・・」香は自分の上で喘いで腰を振っている恋人の姿を見ていた。彼女が腰を振る度に、乳房が激しく上下に揺れ、香の性欲を煽りたててゆく。「あ~、あ~!」香が下から突き上げると、蓮華は白目を剥いて失神した。彼女が失神するのは何度目だろう。あの薬を飲んで女になってから、蓮華は積極的に自分を求めてくるようになった。香も彼女に流されるがままに、激しく彼女と毎晩のように交わっていた。「香様、宜しいですか?」摩於君が姫君を産んで数ヶ月後、香が彼の元を訪れようとした時、伽藍から呼び止められた。「どうした?」「蓮華様のことで、お話しがあります。」そう言った伽藍の表情はどこか深刻そうで、香は彼と共に人気のない厩へと向かった。「蓮華がどうかしたのか?」「はい。蓮華様に子宿し薬を飲ませたのは香様ですか?」「ああ。蓮華は薬を飲んでから積極的に俺を誘ってくる。以前は俺が誘うと恥ずかしげに俯いていたのに、大した変わりようだ。」「あの薬を飲んだ者は気分が高揚する作用が起きるのです。余り薬を服用すると命の危険に晒されることがあります。」「そうか。」鬼族達が開発した子宿し薬は、子を望んでいる者にとっては救いの光となったが、その副作用は大きい。「蓮華様は、まだ香様の子を宿しておられませんか?」「それは解らない。ただ、最近あいつの体調が優れなくてな。今朝は突然わたしの前で吐いたよ。」「薬師を呼んだ方がいいかもしれません。」「頼む。」香が部屋に戻った時、蓮華が蒼褪めていた。「どうした、蓮華?」「香様・・さっきから気分が悪くて・・」「心配するな、伽藍がさっき医者を呼びに行ったから。」「そう・・ですか。」 数分後、伽藍が連れて来た医者の診察を受けた蓮華は、香の子を宿していることが判った。「当分夜はお預けですね、香様。」蓮華はそう言いながら、香にしなだれかかった。「余り無理をするなよ、蓮華。安定期を迎えるまでは。」「わかっております。」蓮華は愛おしそうに下腹を撫でた。「香様、大殿様がお呼びです。」御簾の向こうから、女房の声がした。「お呼びでしょうか、父上?」「香、そこへ座れ。」父の前に敷かれている茵の上に腰を下ろした香は、蓮華の妊娠を伝えた。「蓮華がお前の子を宿したか。早い内に祝言を上げねばな。」「はい。」「マオ様はどうだ?」「大丈夫のようです。それよりも最近、人間界で不穏な動きがあると聞きました。」「麗真国とダブリス王国は今のところ情勢が安定しておるが、不穏な動きがあるのは“向こう側”の方だ。」「“向こう側”といいますと・・」「これを見よ。」そう言って鬼族の頭が水晶玉を香に見せた。香がその中を覗き込むと、そこには見慣れぬ建物が並んだ街が映し出されていた。「どうもあちらの世界に、こちらの世界の者が迷い込んだらしい。あの妖狐とともに向かってくれまいか?」「わかりました。」自分の子を身籠った蓮華を置いてユーリとともに人間界へと向かうのは気がひけるが、父の命令は絶対である。「お気をつけて行ってらっしゃいまし。後のことはこのわたくしにお任せを。」蓮華はそう言うと、人間界へと向かう夫を快く送り出した。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックいただけると嬉しいです。
2010年11月18日
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「産まれたか?」「はい。元気な女の子が生まれました。今度はわたしが香様のお子を産んでさしあげます。」蓮華はそう言うと、そっと下腹を撫でた。「もしかして、お前・・」「まだ妊娠しておりません。ですが、お頭様がわたしの子宮が身体に入ったと。」「そうか・・」香は自分にしなだれかかる蓮華の髪を梳いた。「これでやっと香様のお子が産めます。長年の夢がやっと実現できますわ。」「蓮華、そんなにお前は俺のことを・・」蓮華の言葉の端々に、自分への深い想いを感じた香は、彼女を抱き締めた。土蔵の方から火の手があがったのは、その時だった。「火事だ、土蔵が燃えているぞ!」「水だ、水を持て!」香が部屋から出て御簾を捲ると、邸の外れにある土蔵が黒い煙と赤い炎を噴き出しながら燃えていた。「蓮華、お前は何を・・」「何もしておりませんわ。」蓮華はそう言って、香とともに燃える土蔵を見た。 土蔵の中では、蓮華に半月間拷問され発狂した麗華が、燃え広がる炎から逃げようと走り回っていたが、やがて炎は彼女が纏っていたワンピースの裾に燃え移った。「ぎゃぁぁ、熱い!」上等なシフォンで作られたワンピースは瞬く間に原形を留めずに炎で溶け、その下にある麗華の両足の皮膚を焼いた。炎は麗華の長い金髪にも燃え移り、麗華は火を消そうと頭を振ったが、火は消えるどころかますます燃え広がった。家人達が土蔵を消火しようと井戸から水を汲んできては土蔵にかけたが、炎の勢いが凄まじくもはや消火は無理だった。中から柱や梁が崩れ落ちる派手な音がしたかと思うと、頑丈な土蔵はぐしゃりと歪み、巨人に踏みつけられたようにぐしゃぐしゃに崩れ落ちた。家人達は土蔵の瓦礫と焼けた木片を集め、それらを木桶の中へと入れた。やがて彼らは、黒焦げになった麗華の遺体を発見した。生前の美しい姿はそこにはなく、全身を生きながら炎に焼かれた彼女は泥人形のように瓦礫の中に転がっていた。「うげぇぇ~!」遺体を最初に発見した青年は地面に盛大に嘔吐した。「殿にご報告申し上げろ。」頭の腹心である伽藍(がらん)は、そう言うと家人に命じると、麗華の遺体を見た。「哀れな女よ・・強欲と傲慢の炎に焼かれたか・・」薄紫の瞳を細めながら、伽藍は頑強な長身を揺らしながら土蔵を後にした。「伽藍、あの女は?」「土蔵の中で死んでおりました。蓮華様、これで本当に良かったのですか?」欄干へと伽藍が向かうと、そこには蓮華が彼を待ち伏せていた。「良いに決まっているではありませんか。あの女は我が一族の恥曝しだったのですから。今ごろあの男は、麗華の死を嘆いておられるでしょうねぇ。」蓮華は薄紅色の瞳を光らせると、笑った。「蓮華様、あの妖狐はいかがいたしましょう?」「放っておきなさい。ユーリ様は香様には興味はないようですから。さてと、赤子が生まれたからこれから色々と忙しくなるわねぇ。」蓮華は伽藍に背を向けると、香が待つ部屋の中へと入っていった。「香様、麗華が死にましたわ。」「そうか。」蓮華は香の下腹をまさぐり始めた。香は蓮華の大胆な行動に驚いたが、蓮華の小ぶりだが豊満な乳房を揉むと、彼女の唇を塞いだ。蓮華は香の上に跨ると、激しく腰を振った。「ああ、いい~!」「蓮華、もう駄目だ。」「出してくださいませ、早うわたしの中に出してくださいませ!」蓮華は自分の子宮内にどくどくと香のものが熱く迸り、注ぎ込まれるのを感じて失神した。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月17日
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摩於は破水し、全身を襲う激痛に髪を振り乱しながら叫んでいた。「余り息まないでください、摩於様。息むと腹の子が窒息してしまいますぞ。」隣で槙野がそう言って摩於に出産時の呼吸法を教えたが、当の本人はそれどころではなかった。「痛い、痛いぃ!」破水はしたが、胎児が出てくるまでには後数十時間かかる。発育途上であり、本来出産の為に股関節や骨盤が柔らかくなっている女子とは違い、男子の摩於にとってそれは苦痛以外のなにものではなかった。だが、ここで痛みに摩於が負けてしまったら、腹の子もろとも死んでしまう。その為に、槙野は必死に摩於の額に滲む汗を拭い、手を握り、腰を擦りながら彼を励ました。(お松の方様、どうか摩於様をお救いくださいませ!)槙野は空いた手でロザリオを握り締めながら、黄泉の国に住まうお松の方へと呼びかけた。「まだ時間がかかるようですね、香様。」「ああ。あの者は初産である上に男子だからな。」隣の部屋に控えていた蓮華と香は、聞こえてくる悲鳴にちらちらと隣の方を見ながら囲碁を打っていた。「わたしは香様のお子を産みたいと何度も思っておりましたが、あんなにも出産が痛いものだとは解りませんでした。」「新しい命を生みだすのは、いつも苦痛と危険が伴うものだ。それは腹を子に宿した時からその危険に晒されるのだから。」「そうですか・・香様、わたくし隣の様子を少し見てきます。」蓮華はそう言って内袴の裾を捌くと、隣の部屋へと向かった。彼女が部屋に入ると、そこには必死で命を産みだそうとしている摩於の姿があった。(わたしの所為で、この子は苦しんでいる。)蓮華はそっと、摩於の腰を擦ると、摩於が苦痛に歪んだ顔で蓮華を見た。「助けて・・」「わたしの所為で、あなたはこんなに苦しんでしまって・・わたしを許してね・・」摩於の苦痛が和らぐようにと、蓮華は自分の“気”を少し彼に分けた。「あぁぁぁ!」摩於の叫び声が高くなり、メリメリと胎児が産道から降りてくる気配がした。「後少しでございますよ、摩於様!」槙野は摩於の産道を見ると、その入り口からは赤子の頭が覗いていた。「今です、思い切り息んでください!」摩於は獣が唸るような声を上げ、全身を強張らせた。 槙野は赤子が羊水と血とともにズルリと肩まで産道から出てくるのを受け止め、胎盤に繋がっている臍の緒を脇差で斬ると、女房達が湧かした湯で赤子の身体を洗った。湯に浸けられた瞬間、赤子は酸素を吸い込むと大きな声で泣き始めた。「産まれましたぞ、摩於様。元気な姫君様であらせられますぞ。」槙野は赤子を白い布でくるむと、摩於の元へと向かった。「可愛い・・」摩於は荒い息を吐きながらも、産まれたての娘に向かって微笑んだ。「良かったこと。良く頑張りましたね、マオさん。」槙野から赤子を受け取った蓮華は、腕全体に伝わる赤子の体温と重みを感じ、感激の涙を流した。「ううっ!」「摩於様!」突然摩於が苦しみだし、彼の股間から大量に出血し始めた。「一体何が・・」「その者が子を産み落とし、そなたの子宮が外へ出て行ったのじゃ、蓮華よ。」御簾が捲られ、鬼族の頭が入って来た。「ではお頭様、わたしは・・」「そなたは香の子を宿せる。その者から出た子宮はそなたの体内にある。」蓮華は下腹部に急激な痛みが走って顔をしかめたが、やがてその痛みがなくなった。「香様に報告せねば。」蓮華は嬉々とした様子で部屋を出て行った。「摩於様は、これからどうなるのだ?」「安心いたせ、この者は無事じゃ。」頭は槙野の腕の中で泣きじゃくっている赤子を見つめた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月17日
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ユーリ達が鬼族の邸に滞在してからあっという間に半月が経ち、摩於の下腹はぱんぱんに膨れていた。「摩於様、お身体は大丈夫ですか?」「うん。最近お腹の張りが強くて眠れないことがあるけど・・ねぇ槙野、触ってみて。」摩於はそう言うと、槙野の手を掴んで自分の下腹へと導いた。そこには、新しい命が早く出たいと言うように、腹に手足の形を浮き上がらせながら力強く蹴っていた。「本当に、他人の子を産むのですか?」「うん。」摩於は、半月前のことを思い出していた。半月前、摩於は妊娠を知ると、出産するとユーリ達に伝えた。「いけません、そんな事をなさったら、摩於様のお命が・・」摩於の決断に猛反対したのは父親として彼に接してきた槙野だった。彼はまだ幼い摩於に出産は無理だと考えていた。だが摩於が出産を決意したのは、香と蓮華のことを女房から聞いていた。「ねぇ、聞いた?」「ええ。何でも蓮華様が麗華様を・・」悪阻が酷くてやっと粥を食べた摩於が部屋でうとうとしていると、屏風で仕切られた隣の部屋から縫い物をしていた女房達が世間話をしながら手を動かしていた。「蓮華様は麗華様にいじめられていたからねぇ、積年の恨みが積りに積もったんでしょうね。」「土蔵の天井に麗華様を吊るして何度も腹を棒で殴ったり蹴ったりして流産させた挙句に、死んだ子の肉を無理矢理食べさせたんだから・・」女房の1人が発した言葉に、摩於は必死に吐き気を堪えた。「その所為で麗華様は発狂なされて、蓮華様がお世話をなさっておられるとか。」「蓮華様がなさった事には共感できないけど、麗華様も麗華様よね。子どもの頃から香様と親しい所為で、蓮華様は麗華様を目の敵にされていたものね。」「まぁ、そのツケが全て返ってきたのよね。」彼女達の会話を聞いて、摩於は蓮華と少し話をしてみたいと思った。「蓮華さん、少しお話いいですか?」数日後、摩於は蓮華と話す機会を得た。「麗華様のことですけど・・」「わたしはあの人を一生許しません。マオさん、あなたはいいわねぇ、優しい人達に囲まれて。わたしには香様しかいないの。あなたにもきっと解るわよ、愛する人が出来たら。」蓮華はそう言って摩於に微笑んだが、その笑みはどこかぞっとするようなものだった。自分は蓮華が抱えている孤独の深さを一生理解することはできないだろう。彼女の言う通り、摩於は今まで深い孤独を抱えたことがない。いつも自分の傍には母や姉達、そして槙野が居た。深い愛情に包まれて育った自分は、今まで人を心から憎んだことはなかった。(愛する人かぁ・・)摩於が色々と考えていると、不意に尿意を感じて彼は厠へと向かおうと立ち上がった。その時、下腹に激痛が走り、摩於は低く呻いて床に蹲った。「痛い・・」ふと衣を見ると、股の部分が赤黒い血で染まっており、太腿には赤い血が滴り落ちていた。「うぐぅ・・痛い!」「摩於様、どうなさいました!」槙野が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。「お腹・・痛い・・助けて・・」「しっかりなさってください、わたくしがついておりますから!」摩於は余りの激痛に、握り締めた槙野の手に爪を立ててしまった。「摩於様!」脂汗を額に浮かべながら、摩於は自分の内部から何かが出てくるのを感じた。「そう、あの子が・・わかったわ。」摩於の陣痛を知らせた式神にそう言うと、蓮華は土蔵から出た。そこには、虚ろな目をした麗華の姿があった。「一生其処で苦しみなさい。」蓮華は鼻歌を歌いながら、土蔵に錠をかけた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月16日
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「槙野・・」「目を覚まされましたか、摩於様。」摩於がうっすらと目を開けると、そこには槙野が自分の手を握り締めながら座っていた。「ねぇ、あの人は? あの香って人の後ろにいた・・」「ああ、その方でしたら・・」槙野がそう言って御簾の向こう側を見ようとした時、女房の悲鳴が聞こえた。「今のはなんだ?」「邸の外からだ!」男達が慌ただしく邸の外から出て行く気配がした。「摩於様、わたくしも様子を見て参ります。すぐに戻りますから。」「わかった・・」摩於はそう言うと、再び目を閉じた。 香は家人達とともに邸の外へと向かうと、そこは吐瀉物の酸っぱい臭いと血の臭いがあわさり、凄まじい悪臭が漂っていた。「香様。」にっこりと自分に微笑んだ香の顔は、返り血を浴びて緋に染まっていた。「お前、一体何を・・」「あぁぁ、れ、麗華様ぁ!」青年が上げた叫び声に気づき、香がふと蓮華が踏みつけているものを見ると、それはぴくぴくと痙攣し、苦しそうに呼吸をしていた。長い金色の髪は血に汚れ、いつも自信満々な顔は自らが吐いた汚物に塗れており、香の婚約者候補である麗華は白目を剥いていた。「蓮華、お前彼女に何をした?」「何も。この女が余りにも無礼なことを言ったものだから、制裁を加えてやっただけですわ。ほら、このようにしてね。」蓮華は笑顔を浮かべたまま、すっと左足をひいて麗華の腹部を勢いよく蹴った。「ぐぁぁ!」苦しげな呻き声が麗華から上がり、蓮華はそれを見てほくそ笑んだ。「この女、わたしを半端者と罵り、お前は薬を飲んでも子が出来ぬと嘲ったのです。そしてこの女は得意気に香様のお子を宿していると自慢して・・」蓮華の美しい顔が、麗華の憎悪で醜く歪んでゆく。幼い頃から人と鬼の混血として生まれ、麗華達純血の鬼達からは半端者と罵られいじめられてきた蓮華にとって、他の誰よりも麗華に妊娠できないことを馬鹿にされた事が許せなかったのだ。「何故、わたしが香様のお子を産めない! 半妖に生まれたから何が悪い! 口惜しや、口惜しや!」蓮華はそう叫びながら狂ったように麗華の腹を蹴り続けた。「いやぁ・・赤ちゃんがぁ・・」麗華は必死に腹の子を守ろうとしたが、怒り狂った蓮華を止めることはできなかった。やがて彼女は獣のような声を上げ、全身を強張らせて口端から泡を吹いた。蓮華は狂ったように笑いながら、呆然と突っ立っている青年が腰に帯びている剣を奪った。「止めろ、蓮華!」「この女の肩を持つのですか、香様?」怒り狂った蓮華の全身から、蒼い妖気が溢れ出た。「お前の気持ちはわかった。だからもうこれ以上は・・」「香様・・」蓮華はにっこりと香に笑うと、彼に抱きついた。「香様、もう浮気はしないでくださいませ。わたしだけのものになってくださいませ。」「解った、解ったから・・」「そこのあなた、麗華を土蔵に閉じ込めておいて下さいな。後でわたしが彼女に仕置きをしますから。」「ですが麗華様は・・」青年が反論しようとした時、蓮華がじろりと彼を睨んで黙らせた。(恐ろしい女子だ。女は恋をすれば鬼でも蛇にもなるというが、まさに言葉通りだな・・)狂気によって蓮華の妖気がますます強くなり、香はその“気”に圧倒されそうになった。 一方、ユーリと匡惟は、用意された部屋で今後の事を話し合っていた。「子どもは無理ね。匡惟、わたしはこれから女として生きていくことになるのね・・」「ええ。でもわたしはユーリ様を愛しております。」「ありがとう、その言葉だけで嬉しいわ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月16日
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意識不明に陥った摩於を御簾越しに見つめながら、槙野は鬼族の頭の方へと向き直った。「これは一体どういう・・」「恐らく、摩於君の中には子が宿っており、その子が流産しかけたのじゃ。」「流産だと!? 馬鹿を申すでない、摩於様はれっきとした男子であらせられる!」槙野がそう吼えると、頭はちらりと香の背後に控えている蓮華を見た。「蓮華よ、あの者が宿しているのはそなたの子じゃ。」「わたくしの子・・?」蓮華は驚愕の表情を浮かべながら御簾の奥を見つめた。「お前が薬によって性別を捻じ曲げた故に、子はそなたの子宮には宿らず、あの者に子宮ごと宿ったのじゃ。」「そんな・・どうして・・」失望の色を滲ませた蓮華の美しい顔が歪んだ。「蓮華よ、そなたが香に対して抱いている強い想いには気づいていた。じゃが、そなたは何度香と交わっても子は出来ぬ。」「何故です、何故子が出来ぬのです!? あの薬さえ飲めば子を宿し、産んでいる妖が山ほどいるではないですか? なのにわたくしだけが、何故!」蓮華はそう叫ぶなり、頭の首を細い両手で万力のように締めあげた。たちまち頭は口端から泡を吹き、酸素を求めて喘いだ。「やめろ、蓮華! やめぬか!」頭の傍に控えていた男が蓮華から頭を引き離した。「何故じゃ、何故わたくしだけ子が産めぬのじゃ!」優しい光を湛えていた薄紅色の瞳は失望に滲み、長い黒髪を振り乱しながら蓮華はそう絶叫すると気絶した。「蓮華・・」香は蓮華の身体を抱きあげると、女房達とともに用意された部屋へと向かった。「大殿様、しっかりなされませ!」男が頭の頬を数回たたくと、彼はうっすらと目を開けた。「一体どういうことなのですか? あの人は何故・・」「あやつは・・蓮華は半妖なのじゃ。そなたと同じように。」頭の蒼い瞳が、ひたとユーリを捉えた。「子宿し薬を飲んだ者は性別を変え、伴侶との間に子を為せることができる。それはあくまでも純血・・完全なる妖のみに出来る事。人との混血である半妖には、出来ぬのじゃ。」「それでは、わたしは・・」「酷な事を言うようじゃが、子は諦めた方がよかろう。」ユーリは目の前に突き付けられた残酷な真実を前に、絶句した。「匡惟・・」ふと隣に座っている匡惟を見てみると、彼は溜息を吐いていた。「半妖でも子を為せることはできるのですか?」「ある。じゃが禁忌とされている方法じゃ・・同族の生き血を飲むというのは。」ユーリと匡惟は、頭の言葉に驚愕の表情を浮かべた。「少しでも人間の血を薄め、妖の血を濃くする為には、それしかあるまい。しかしのう、摩於君が蓮華の子を宿してしまったなど、予想外の事じゃ。」「これから、どうなさるおつもりですか? マオはまだ幼く、出産に耐えられる身体では・・」ユーリの問いに、鬼族の頭は更に驚くべき言葉を発した。 一方、頭をくびり殺そうとして気絶した蓮華は部屋を抜け出し、邸の外を歩いていた。(何故じゃ、何故わたくしだけが・・)男として生まれ、時折姉が語ってくれた彼女の許婚に、いつの間にか恋をしてしまっていた。どんなに素敵な方なのだろうかと期待を胸に膨らませていた矢先に、姉を目の前で殺され、その許婚と出逢った蓮華は、もう彼なしでは生きていけぬようになった。だからこそ、許婚の、香の子を欲しているというのに。「誰かと思えば、出来そこないの蓮華じゃない。」石をぶつけられ、蓮華が振り向くと、そこには迎賓館の夜会で香の婚約者と称していた金髪の少女が立っていた。「あんた、薬飲んで香様の子を産もうとしたけど、出来なかったんだってね? あんたみたいな半端者が出来る訳ないじゃない、馬鹿よねぇ。」少女の言葉は、蓮華の逆鱗に触れた。蓮華は近くに転がっていた太い丸太を握り締めると、それを少女の頭に振り下ろした。頬を濡らす彼女の鮮血を、蓮華は美味そうに舐めた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月15日
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鴉はぎゃぁぎゃぁと姦しく鳴きながら、香と蓮華の方へと一直線に飛んできたかと思うと、香の前で羽根を羽ばたかせた。その足には、文のようなものが括りつけられていた。香が文を取ると、鴉は空へと戻って行った。「父上の呼び出しだ。どうやら何か不味いことが起きたらしい。」「不味いこと、ですか?」香はそっと蓮華を抱き締めた。「大丈夫だ、お前は俺が絶対に守ってやる。」 一方迎賓館では、ユーリと匡惟の元に一通の文が届いていた。「これは・・」文には血文字で“今宵戌の刻にて下記の場所に来られたし”と書かれていた。「そこ、知っているの?」「ええ。鬼族の一族が住まう地域です。ユーリ様は行かれない方が・・」「一緒に行くわ。」その文は、摩於と槙野の元にも届いた。「鬼族の人が、一体僕達に何の用だろう?」「さぁ、わかりませんね。取り敢えず、行くしかないでしょう。」こうしてユーリと摩於達は、鬼族達が住まう地域―北東へと向かった。 迎賓館の周囲には賑やかな歓楽街が広がり、不夜城と化したそこは光が絶えぬところであったが、北東へと近づくにつれ、周囲からは光のネオンと、人々のざわめきが消え、後には荒涼とした風景が広がるばかりだった。「もうすぐ着きますから、降りる準備を。」匡惟の肩にもたれかかり、うたたねをしていたユーリは、低く呻いてゆっくりと目を開けた。「わかったわ。」華奢な身体を揺すると、ユーリはそっと上の網棚から荷物を下ろした。「摩於様、大丈夫ですか? 顔色が余り良くないようですが?」「大丈夫・・」北東行きの汽車へと乗ってから、摩於の顔が蒼褪めていることに気づいた槙野は、懐から薬を取り出し、それを彼に飲ませた。「何かここ、嫌な感じがする・・」汽車の中からでも、外の凄まじい妖気が感じられた。ユーリ達と香達は、ゆっくりと汽車からプラットホームへと降りた。辺りには濃い霧がたちこめていた。「香様・・」蓮華が恐怖で顔をひきつらせながら香を不安そうに見た。「ようこそ鬼族の里へ。こちらにお車をご用意しておりますので、どうぞ。」駅から出ると、黒い着物に袴姿の数人の男達が彼らに向かって頭を下げた。ユーリ達は鬼族達と用意した車に乗り込むと、それはゆっくりと駅から離れ、里の中へと入っていた。 濃い霧の中、ユーリがちらりと窓の外を見ると、民家の軒先には車を見つめる村人たちと思われる女や子ども達が立っていた。数分後、彼らを乗せた車は寝殿造りの邸の前で止まった。「お帰りなさいませ、香様。」邸の中へと入ると、数十人の女房達がずらりと並び、ユーリ達と香達を出迎えた。「大殿が寝殿にてお待ちです。こちらへどうぞ。」寝殿へと通された香、蓮華、ユーリ、匡惟、そして摩於と槙野の前には、朽葉色の直衣を纏った老人が脇息にもたれかかっていた。「父上、香と蓮華が参りました。」「そうか。香よ、後ろに控えておるのが摩於君か?」「はい。」香はそう言って、ちらりと今にも吐きそうにしている摩於を見た。「摩於君よ、こちらへ来い。」「はい・・」摩於はゆっくりと立ち上がろうとした時、激しく咳き込んで板張りの床に蹲った。「摩於様、しっかりなさってください!」槙野が摩於に駆け寄り、彼を仰向けに寝かせると、蒼褪めた摩於が纏っている水干が血で汚れていることに気づいた。「一体何が・・」「誰か薬師をここへ!」女房達の悲鳴と、男達の怒号を聞きながら、槙野はただ蒼褪めている幼き主の手を握ることしかできなかった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしてくださると嬉しいです。
2010年11月15日
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「何やら隣の部屋が賑やかじゃな。」アベルが部屋に入ると、鶯蘭が紅茶を飲みながらそう言って彼を見た。「ええ・・」「おや、暗い顔をしておるな。もしやユーリにでも振られたかえ?」図星だったので、アベルは鶯蘭の問いには沈黙を返した。「可哀想に。妾がおるから安心いたせ。」「申し訳ありませんが、お年の差が・・」「何を言う、熟女もいいぞ。年の差など気にするでない。最近人間界では親子ほど年の差が違わぬ者同士が夫婦となったということが話題になったではないか。」からかっているのか本気で言っているのかどうかわからないが、鶯蘭はそう言うと鈴の音を転がすような声で笑った。「昨夜、ユーリ様に童貞と言われ、今朝は役立たずと罵られました。」ベッドの端に腰を下ろすと、アベルは溜息を吐いた。「目の前に女の裸があるというのに、それに食いつかぬ男などそなたくらいじゃ。そなたは童貞なのか?」「修道院附属の孤児院で暮らし、神学校で聖職者としての修行や勉学に励んで来たのです。男ばかりの閉ざされた世界で異性と知り合うなど、余りありませんでした。」「男同士は男同士でよいぞ? まぁそなたは男には興味はないのは分かっておるがの。」「今まで異性と知り合う機会がない所為か、何を話せばいいのかどうかと言う前に、話しかける勇気すらありません。」アベルは溜息を吐くと、俯いた。「まぁそう気を落とすでない。妾はユーリの顔を見てくるかのう。」鶯蘭はそう言って部屋から出て行った。 一方、隣の部屋では蓮華の爆弾発言によって香が顔を赤く染めながら蓮華を怒鳴っていた。「蓮華、お願いだから昨夜の事を余り言いふらさないでくれ!」「いいではありませぬか、隠す程の事ではないでしょう?」「それはそうだけどなぁ・・男と女の事を公に話すのはマナー違反だぞ?」「あら、そうでしたの。わたくし長い間外の世界と接触していなかったので、そういったことが解りませんでしたわ。」朗らかな笑い声を上げながら、蓮華はそう言って香を見た。「あなた、彼の事好きなのねぇ。」「ええ、誰にも渡しませんわ!」蓮華は香の腕にしがみついた。「ユーリ、母が会いに来たぞ。」「あら、お母様。」鶯蘭は女性化したユーリを見て目を丸くした。「アベルから聞いたが、そなたが本当に女になるとはのう。胸があって良かった。」「胸が大きくても垂れちゃ元も子もないわ。」「ほほ、そうじゃのう。」鶯蘭とユーリの会話を香と匡惟は隣で黙って聞いていた。「ユーリ様、以前は余り饒舌ではなかったのですが・・あの変わり様は薬の副作用かなにかですか?」「さぁね・・でももう尻に敷かれてそうだね。」香はそう言いながら、溜息を吐いた。「お幸せそうでしたね、あの方達。もうすぐややこが出来そうな予感が致します。」香の腕を組みながら―正確にはしがみ付きながら、蓮華はそう言って彼を見た。「お前、何か性格変わったか?」物静かで控えめだった蓮華は、薬で女になってから大胆でわがままで、饒舌になっていた。「ええ。愛の力ですわ。」笑顔でそう自信満々に言い切った蓮華を、香は溜息を吐きながら見た。「全く、困ったものだな・・」香が溜息を吐いた時、彼の耳元で羽音が聞こえた。振り向くと、一羽の黒い鴉がこちらに向かって飛んでくるところだった。「あ、あれは・・」先ほどまで浮かれていた蓮華の顔が、突然強張った。あの鴉が飛んできた意味を、彼女も知っていた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月15日
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「もう、行かれるのですか?」蓮華と激しい情交を何度も交わし、腰の疼痛に耐えながら香が散らばったスーツのズボンを穿こうとした時、蓮華の白い腕が彼の上半身に絡みついた。「ああ。また来るから・・」「いやです、まだあれでは足りませぬ。もっともっと、あなた様の種が欲しいのです。」蓮華はそう言うと、ゆっくりと香の下腹をまさぐった。「お前の気持ちは判るが、俺は暇じゃないんだ。お願いだから、我慢してくれないか?」蓮華は香の言葉に失望しながらも、破瓜血と香の体液で汚れた箇所をそっと懐紙で拭った。「今から何処へ行かれるのです?」「迎賓館にね。そこにはちょっと興味深い人達が泊まっているから、改めて挨拶しにね。」「わたくしも、参ります。」蓮華の頼みは昔から嫌だと、香は言った事がなかったし、今回もそれは変わらなかった。それに何よりも、自分を見つめてくる薄紅色の瞳から逃れられないことが判っていたからだった。「ユーリ様、お身体の方は辛くはないですか?」「ええ。少し腰が痛くなったけど。」ユーリはそう言うと、浴室に入ってシャワーを浴びた。ベッドの中で匡惟は酷使した腰を擦りながら、昨夜の余韻に浸っていた。気つけ薬と称し、子宿し薬をユーリに飲ませ、彼が女性化してしまったことは予想外の出来事だったが、ユーリを心から愛していたし、子どもも欲しかった。だからあの鬼族の御曹司・香から罵られても何も言い返せなかったのだ。(皮肉なものだな・・同族とは交わらぬと決めていたのに、よりによって・・)匡惟がそう思いながら口元に冷笑を浮かべていた時、ドアが躊躇いがちにノックされた。「誰だ?」「あの・・アベルです・・」「少し待っていてください。」いくらなんでも、全裸のままアベルの前に出る訳にはいかないので、匡惟は素早く床に散らばっている服を拾い集めながらそれに着替えた。「どうぞ。」「し、失礼します・・」ドアを開けて、アベルが入って来たが、彼はドアを閉めなかった。「どうしました? 他に誰か・・」「また会ったね、色男さん。」神経を逆撫でするような声がしたかと思うと、黒髪の少女を従えたあの鬼族が部屋に入って来た。「お前、何か用か?」「別にぃ。それよりも奥さんとは昨夜、燃えた? 」香はそう言って口端を歪めて笑った。「あら、お客さん?」浴室から声がしたかと思うと、胸に白いタオルを巻いたユーリが匡惟の隣に立っていた。「ユーリ様、服を・・」「その様子じゃぁ、昨夜楽しんだようだね。」香の言葉を聞いたアベルが、困惑した表情を浮かべた。「ユーリ様・・」「あら、誰かと思ったら昨夜の役立たず君じゃないの。用がないなら出て行ってよ。」ユーリが放つ言葉の刃が、ひとつひとつアベルの胸に深く突き刺さる。「ユーリ様、そのようなおっしゃり方は・・」「失礼します。」アベルはくるりとユーリに背を向けると、部屋から出て行った。「香様、そちらの方は?」黒髪の少女が嫉妬を隠さずにユーリの方を見た。「この方はダブリス王国皇太子・・いや、正確には皇女と言ったほうがいいかもね。ユーリ様だよ。」「初めましてユーリ様、わたくしは蓮華と申します。香様とは昨夜同衾した仲ですの。」蓮華の爆弾発言に、香は顔を赤く染めた。「蓮華、そんな事を言うことないだろう!」「あら、どうしてですの?」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月15日
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一部性描写が含まれております。 苦手な方は閲覧をご遠慮ください。 その日は、一週間も降り続けていた雪が突然止み、紅い月が空に浮かんでいた。「姉様、鎧姿の武士がこっちに向かってるよ。」まだ幼かった蓮華が御簾越しに外を見ると、紅い月光に反射して人間達が纏う鎧が異様な輝きを放っていた。「蓮華、父様を呼んできて。」「わかった・・」姉の美しい顔が恐怖にひきつっていたのを、蓮華は未だに憶えている。「鬼族狩りだ、逃げろ!」誰かが邸の外から叫んだのと同時に、村の方から獣のような咆哮が風に乗って聞こえた。姉は幼い弟を連れ、馬に跨り村を出ようとした。「蓮華、しっかりつかまっているのよ!」「はい、姉様!」蓮華はこれから自分達が何処へと向かうのかが判らぬまま、姉の腰に手を回してそれにしがみついていた。「もうすぐよ、もうすぐだからね・・」姉の声がしたかと思うと、不意に彼女の身体が大きく揺れた。「姉様・・?」バランスを失った彼女は落馬し、地面に力無く落ちた。その時、蓮華は美しい姉の顔に血が飛び散っていることに初めて気づいた。彼女の胸が、深く抉られていることにも。「こんな所に、餓鬼が一匹残ってたぜ。」「さっさと始末してしまえ。あの女鬼はまだ使えたのに、勿体ねぇな。」鎧を纏った人間達は、恐怖に震える蓮華を見下ろしながらにやにやと笑っていた。彼らは蓮華を馬から降ろすと、小さい身体を地面に押し倒した。「今から仕込めば売り物にでもなるだろ。」がちゃがちゃと騒がしい音が耳元で響き、蓮華は姉の血に滲んだ金髪が広がっているのを見て、この場で辱しめを受けずに死ねたらいいのにと思い始めていた。 その時、風を切ったような音がして、人間達が次々と地面に倒れていった。「下衆共が。」紅い月に照らされ、熱風になびくのは、姉と同じ長い金髪だった。紺色の着物に白袴姿の少年は、じっと蒼い瞳で蓮華を見た。「お前、名は?」「れんげ、と申します。」「れんげ? どんな字を書くんだ?」「蓮の華、と書きます。」「そうか。俺は香。」少年はそう言ってにっこりと笑った。「あれはお前の姉さんか?」少年は地面に横たわっている姉の遺体を指した。蓮華は静かに頷いた。少年と共に、蓮華は姉の遺体を一族の墓地に葬った。「これはお前が持っていろ。」少年は姉が髪に挿していた簪を抜くと、それを蓮華の黒髪に挿した。それが、蓮華と香の出逢いだった。「あれからもう千年・・あなた様のお蔭で、あなた様を愛せます。」蓮華はそう言うと、香に抱きついた。香は蓮華の唇を塞ぐと、蓮華の秘所をまさぐった。「ああん・・」そこは香の愛撫によって熱を持ち、卑猥な水音が室内に響いた。「蓮華、挿れるぞ。」香はそっと、己の欲望を突き入れた。「はぁっ・・」ゆっくりと奥まで腰を進めると、香はそれを動かし始めた。蓮華の中が、香を締め付けてきて、それと比例して秘所からは大量の愛液が溢れだしていた。「もっと突いてくださいませ・・」長い黒髪を振り乱しながら、蓮華はそう言って香の短い金髪を撫でた。香はふっと笑うと、腰の動きを速めた。「ひぃぃ、ああ~!」蓮華の喘ぎが高くなるにつれて、蓮華の内部が香を一層締め付けた。香の先端が子宮口に当たった時、そこから己が待ち望んでいたものがゆっくりと自分の胎内に注ぎ込まれるのを感じながら、蓮華は気を失った。「愛しい・・」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月13日
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「そうよ、お前が悪いのよ、匡惟。だから責任をお取りなさい。」ユーリはそう言うと、ベッドに寝転がった。「ユーリ様?」「わたしを抱きなさい。こんな薬を飲ませたのは、わたしにあなたの子を産ませたいからでしょう?」匡惟はユーリの蓮っ葉な口調に戸惑いながらも、彼女の豊満な乳房を揉み始めた。「ああんっ!」豊満な乳房を上下左右に揉まれ、指先で両乳首を弾かれたユーリは思わず喘いでしまった。「ユーリ様・・」「もう我慢できないわ!」ユーリはそう叫ぶと、おもむろに匡惟の上に跨り腰を激しく振った。「うう・・ユーリ様!」「匡惟ぁ!」匡惟とユーリは同時に果てた。「ん・・」ユーリがゆっくりと身体を動かすと、匡惟がユーリの腰を抱いた。「どうしたの?」「ユーリ様、どうして裸になっていたのですか?」「解らないわ、自分でも。それよりも、隣の部屋に泊まっている子が来たわ。あの子、わたしを見て顔を赤くしてた。迫ったら、何もしないから腹が立って部屋から追い出しちゃった。」「そう・・ですか・・」アベルがこの部屋に来た事を知った匡惟は、少し複雑な気持ちになった。「ねぇ匡惟、お前はわたしが女になって嬉しいの?」「あの薬が性転換の為の薬だとは全く知りませんでしたので・・正直言って今は嬉しいのかどうかさえ解りません。」「そう・・でもお前がわたしを愛している、という事実は変わらないのね?」ユーリの言葉に、匡惟は静かに頷いた。 一方香は、鬼族のとある村へと来ていた。そこはかつて人間達によって“退治”され、一度は消滅した村だった。「ここはいつも閑散としているね・・」「香様。」背後から声がして、香がゆっくりと振り向くと、そこには黒い着物と袴を纏った少年が立っていた。「誰かと思ったら、蓮華じゃないか?」香はそう言うと、少年に向かって微笑んだ。「お久しぶりです、香様。」「元気そうだね、蓮華。逢いたかった・・」香は少年を抱き締めると、彼の唇を塞いだ。冬空の下、クチュクチュという卑猥な水音が響いた。「か・・お・・る・・様・・」「続きはお前の家でしよう。いいね?」「はい・・」少年は薄紅色の瞳を潤ませながら、香を上目遣いで見た。 彼の家は、村はずれにある寝殿造りの邸であった。千年以上前に建てられたというのに、内装も外観も何も変わっていない。変わったのは、人と時の流れだけだ。「香様、例の薬を。」少年は香の前で服を脱ぐと、そう言って彼を見た。「薬は使わない。俺は、お前を・・」「何故です? そんなあなた様の優しい想いが、わたしを傷つけていることはご存知の筈でしょう?」「蓮華・・」思い詰めた表情を浮かべている少年を前に、香は溜息を吐いた。「本当に、いいのか? 薬を飲んだからもう後戻りはできないぞ?」「覚悟しておりました、この時を・・あなた様とお逢いした時から。」「そうか・・」香はそっと目を閉じ、蓮華と初めて出逢った時の事を思い出した。あの日―千年以上前、人間達がこの村に住む鬼族達を“退治”しに来た冬の日のことを。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月11日
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「ユーリ様、何をおっしゃられておられるのですか?」アベルはそう言うと、全裸で自分の前に立っているユーリを見た。「抱いてって言ってるの。」ユーリはアベルの方に行くと、豊満な胸を彼に押し付けた。「いけません、ユーリ様。早く服を・・」アベルは必死に意識を他のことから逸らそうとしたが、下半身が反応してしまっていることに気づいてしまった。「こっちの方は抱く気満々じゃない。」ユーリは布地を張り裂けんばかりに飛び出ているアベルの分身を見ると、そう言って笑みを浮かべた。「ねぇ、抱きたくないの?」「わたしは・・」「じれったいな。」ユーリは舌打ちすると、アベルをベッドに押し倒し、服を乱暴に剥ぎ取った。「ユーリ様、おやめください!」「ねぇあなた、こんな状況でまだそんな事言ってるの? 空気読めないわねぇ。」(これはユーリ様じゃない・・こんな蓮っ葉な女は、ユーリ様じゃない!)「さぁ早く、わたしを壊してよ。」「出来ません。お願いだから離れて下さい。」アベルはベッドから起き上がろうとしたが、ユーリがそれを阻んだ。「駄目よ、行かせないわ。」 一方、匡惟は迎賓館を出て香を歓楽街近くの飲食店で見かけ、挨拶もせずに彼を拳で殴り飛ばした。「痛いなぁ。」口端から血が滲み、香はぺっと折れた歯を地面に吐きだすと匡惟を見た。「貴様、ユーリ様を元に戻せ!」「薬、飲ませたんだ? 元には戻せないよ。」香はそう言ってにやりと笑った。「よくもわたしを騙したな!」「騙すぅ? 馬鹿言ってんじゃないよ、薬受け取ったのはあんただろ。あんたの奥さんに何て言って薬飲ませたの?」「気つけ薬だと言って飲ませたんだ、あれをユーリ様に! そしたら突然ユーリ様の身体が男から女へと変わって・・」匡惟の脳裡に、女となったユーリの裸が浮かんだ。「俺は子宿しの薬って言ったけど、男のまま子作りできる薬だってことは言ってないよ? 人間の女はあれを飲んだらすぐに妊娠できる身体になるんだけどね。」「妖はあれを飲んだらどうなる?」香は茶で口を濯ぐと、匡惟を見た。「最近俺達妖―鬼とか妖狐とかは、雄ばかりで雌が全然居ないのね。男女の比率がえらく偏ってて、童貞ばっか居るんだよ。薬の力借りないと子孫繁栄できないんだよ。」「ユーリ様は男だ、女には・・」「同性同士で結婚して仲睦まじく暮らすうちに、子どもが欲しいって思ったことがある“夫婦”が俺達に薬を貰って子作りするんだよ。あんた奥さんを愛してるから、奥さんに薬飲ませたんだろう、違う?」的を得た香の言葉に、匡惟は返す言葉もなかった。「お前は、何を企んでいる?」「別にぃ、俺は絶滅寸前の妖達を救いたいだけ。親父、勘定お願いね。」香はそう言うと、カウンターにお札を1枚置いて店から颯爽と出て行った。 同じ頃、ユーリは溜息を吐いてベッドに寝転がったまま何もしてこないアベルに苛立っていた。「ねぇ、女の裸を前にしてどうして何もしないの? 普通なら押し倒すわよ?」「わたしはそんな事はしたくないんです、ユーリ様。」「ったく、つまんない男ね。もういいわ、服を着て出てってちょうだい。」アベルはそそくさと服を着ると、部屋から出て行った。ドアが閉まると同時に、ユーリは鏡に映る己の裸を見た。(こんなの、わたしじゃない。)「ユーリ様?」匡惟が部屋に入ると、全裸のユーリが鏡に向かって椅子を投げつけようとしていた。「おやめください!」「離して、離してよ!」「全てわたしが悪いのです、ユーリ様!」匡惟はそう言うと、ユーリを抱き締めた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月11日
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