全36件 (36件中 1-36件目)
1

2026年4月26日(日)2007年12月19日(水) ホデイダでの食事 実は、バハレーン空港を出発する時、お店を覘いていて、サウジでは買えない物を買ってしまいました。「イエメンへ持ち込めるのか?」、と聞いたところ、「マーフィ・ムシケラ」、と言ってました。で、買ってしまいました。イエメンもモスリム国ですからアルコールの持ち込みは厳しいと思っていました。別に赤ラベルではなくて、黒ラベルでも良かったのですが、黒だと小銭のお釣りがくるので、安い方にしたのです。これで、夕食前に、チビっとやって、出かけます。ちょい酔いの方が、食欲がわくのですねー。夕食は、ホテルの近すぐそば、市民公園のレストランで食べました。BROAST CHICKEN と言うのを頼みました。これで250円位です。BROAST って単語知らないのですが、どう言う意味でしょう?単なる、ROASTの間違いですかねー?メニューにちゃんと書いてあるのです。ここの店員さん、TOYOTAの社名、マーク入りのシャツを着ていました。何となく、嬉しいもんです。それで、写真を撮らせて貰いました。日本でも着ている人いるのでしょうか?そう言えば、イエメンでは、(まだ、サナアとホデイダだけですが)、TOYOTAの車が多いですねー! 走っている車の内、7~8割がTOYOTAのような気がする位多いです。翌朝も、市民公園脇のレストランです。別のお店に行きました。マトン(230円)と、豆と卵(110円)、二皿も頼みました。コーヒーは、ネスカフェです。60円也。============================昨夜は、体調も良くなり、ブログの下書きも早く終える事が出来たので、漫画を見ました。狸の醬油つくりです。狸の恩返しですね。そう言う物語が田舎に残っているのでしょうか?まだ時間があったので、久しぶりに新・俺は用心棒を見ました。1週間に1回ほどで、どなたかがアップしてくれます。刺客のひそむ夜、でした。峠の甘酒屋の娘と藩の仲間は密かに想いを寄せていたが、藩の争いにより殺されてしまった。浪人達は活躍して藩を政道に戻したが、娘の悲しみは深い。朝食です。あまり食欲はないですが、無理して食べました。体力を付けねばなりません。本日も点滴です。水分補給と抗生物質の点滴です。昼食です。焼うどんでした。これはご飯より食べ易かったです。夕食の写真を撮るのを忘れました。惚けてきていますなー。ずっとベッドにいますから、身体だけでなく思考能力も落ちているようです。困ったものですなー。どこかの写真を借りて来ました。車椅子に乗る練習をしたかったので、見守り補助をして貰ってベッドから乗り換えました。ベッドから起きて座れません、靴が履けません。ベッドから車椅子への移動は辛うじて一人で出来ました。何とも頼りないですなー。大きな後退です。歯磨きはコップを持って来て貰って洗っていましたが、流水で洗いたいので車椅子に乗りたかったのです。そして明日は遠方から面会に来て頂く方がおられます。それで車椅子へ乗る練習もして置きたかったのです。本日の看護師さんは若い男性ですが、気の利く優しい方です。車椅子の見守りとかずっと行ってくれました。それで話が弾み、世界の話になりました。金髪美女が好きらしいです。それなら西欧ですねー、と言う事になり、ウクライナには美女が沢山いますよ、とか、彼の友人がマルタに語学留学していたとか、どんどん話が膨らんで、長話をしてしましました。仲々、良い青年です。彼に世話して貰うのは嬉しいですね。熱も下がり、食欲はないですが、出来るだけ食べ、体調も良くなっています。しかし車いすに5日ぶりに乗って見て、身体の動きが極端に悪くなっている事に気付きました。思考能力も落ちて来ているようなので、点滴が終わったらリハビリが再開されるでしょうから、一から出直しのつもりで、じっくりと頑張りましょう。
2026.04.30
コメント(0)

これは、中国、杭州市の肖山にて働いている、とある日本人が、中国語も話せないのに、無謀にも、現地ツアーに参加した記録である。行先は、世界遺産であり、中国人の心の故郷的な名山である、黄山。美松あり、奇岩が多い黄山に、どんな出来事が待っているのでしょうか?凍え死にそうな寒いオンボロバスに乗って杭州から黄山の麓の宿に意識朦朧となりながら到着。エアコンは効かないわ、トイレの水は出ないわ、従業員が何人も来て大騒ぎ。ようやくエアコンも治った。そしてこれまた寒いレストランで食べて帰りにマッサージの部屋に入ったマッサージは1時間たっぷり足を揉んでくれた。しかしここはマッサージ兼置屋のようで誘われたが早々に立ち去った。写真はネットより借用================================第5回 2026年4月29日(水)第三章 黄山の頂上へ3月18日(火) 二日目朝、18歳の娘が直接、部屋にやって来てくれるモーニングコール。その前、5時半前位から、隣の部屋はバタバタしていたので、当然起きてはいたが、良いねー、娘さんが直接起こしに来てくれるホテルは。早く寝たので、熟睡。寝起きの気持ちの良さを、生きている喜びを感じる。これは、ラップトップパソコンを持参しなかったお陰か?どこへ行くにも、ラップトップを持って、どこでもメールを送受信出来るようにして、移動している。しかし、今回は迷った末に、持ってくるのを止めた。如何に豪華等ホテルとは言え、山の上のホテルに、インターネット接続可能な設備があるかどうか、疑問があったからだ。パソコンがあれば、きっと仕事をするか、何かを行っていて、寝るのが遅くなってしまうのである。従って、本日の所、正解であった。この最下等ホテルには、当然ながらインターネットなど繋げないからであった。しかし、正解どころか、大正解であったことを、この日、別の事柄で痛切に感じたのである。朝食の時に、昨日のガイドが来たので、ツアーの予定通り、黄山の頂上へ泊まりたいと、要望。ガイドさん、雨だから、絶対に帰ってきた方が良いとしきりに進めるが、黄山の頂上に泊まりたいのだと、それでも要望。ガイドさん、ここに泊まれば夕食も朝食も無料にする、とも言う。それでも、黄山頂上に泊まりたいと要望。すると、今夜、帰って来ないなら、昨夜の夕食代も支払って貰う、とも言う。でも、でも、それでも、僕は、黄山の頂上に泊まりたかった。結構、一途な自分をここで、発見した。外を見れば、雨ではない。霧 程度である。食事のお金は払うから、予定を変更して欲しいと、しつこく、要望した結果、貫禄のあるガイドのお姉さん、「しょうがないなー、ホテルからのキックバックが無くなっちゃうじゃないか!」、と言ったように思えたが、全くの推定。それで、携帯を取り出して、どこやらへ電話を、何度か行った。そして、その結果、昨夜の夕食代と、朝食代を支払って、何とか、黄山へ宿泊可能となったのであります。さて、休みが取れて、何故、黄山へ行こうと思ったのか? 中国に住んでいたら、中国の歌の一つや二つ、歌えないといけないと思い、同居していた20歳の通訳、春ちゃんへ、代表的な中国の唄が入っているCDを買って来てくれと、頼みました。中国は、あの何と言うか、胡弓を使う中国的な歌しかないのかと思っていたが、なんの、なんの、メロディも歌詞も、日本と同様な、最新曲が結構多いのであります。そう言う新しい唄ばかり入っているCDを買って来てきくれたのです。僕は、中国的な歌を覚えたいのであって、日本の歌を、中国語に変えたような歌を覚えたいのではなかったのです。春ちゃんに、その旨、伝えて、又、CDを買って来て貰いました。そのCDの中に、「我的中国心」、と言うのがありました。聞いて見ると、まさしく、こう言うのを覚えたかったのだ、と言うものでありました。この、「我的中国心」と言う曲は、日本で言えば、大晦日恒例の紅白歌合戦のような、中国の番組で歌われて、大ヒットした曲のようです。日本で言えば、「北国の春」みたいなもので、中国大衆歌謡曲なのであります。ですが、中国の若い人は、この歌、今はもう、あまり歌わないようです。日本で言えば、古い演歌なんて好きじゃない! って、言う事か?その「我的中国心」と言う歌詞に、「万里の長城」、「長江」、「黄河」、そして、この「黄山」が、出て来るのです。要するに中国人の心の中に、残る地名の中に、万里の長城や、揚子江と並んで「黄山」があるのです。この4箇所の内、万里の長城へは行きました。ここには、全く持って感動しました。勿論、有名なこの長城は写真でもテレビでも見てはいました。しかしながら、その長城へ行き、登って見て、ハァハァと、疲れたなーなどと言いながら、そしてもう東京から有楽町、いや新橋まで歩いた位だな、などと思いながら、意外と急な坂道を歩いて、気持ちの良い、強めの風を受けながら、立ち止まります。そして振り返って見て、何だ、これしか歩いていないのかと思う。そして、前方を見れば、曲りくねりながらも、さらにさらに延々と続くその長城があるのです。それを見ていると、もうそれは、何物かは分からないものの、何物かに圧倒される感動を受けるのであります。==================================
2026.04.29
コメント(0)

2026年4月25日(土)2007年12月19日(水) サナアからホデイダへダッバーブ(乗合バス)乗り場へ向かいました。エジプトのアレキサンドリアと同じで、どこが乗り場か分かりません。しかしながら、場所も広くなく、台数もそれほど多くないので、すぐにホデイダ行きの車が見つかりました。しかし、代金がなんと、1500YRと、相場の倍以上です。しつっこく交渉するも、全く下がりません。「しゃーねーなー!」、と、取り合えず、車に乗り込みました。普通車です。その後、乗客もあつまり、最終的に、驚きました! 運転手1名と乗客で、全部で、10名も乗り込みました。僕の列は、4人です。どう考えても、定員は3名です。運転手席の横も1名しか乗れないのに、2名乗っています。僕の後ろは、荷物席を改造して椅子があり、3名が乗っています。この車です。これに10人も乗るのです。参ったなー! これで、5時間も行くのかよー!これで、チェックポイントで、降ろされたら、どうしたら良いのか?などと、頭を掠めます。出発前、運転手と乗客が、何やらワイワイガヤガヤやっています。どうも料金交渉をしているようです。アラブ語で分かりませんが、現金片手に何やら、しゃべっていますので、料金交渉なのです。1300YR渡しました。どうも、「これでええやろ!」ってな調子でしたが、運転手、頑として聞き入れず、やはり1500YRでした。あとで、知りましたが、本日は、イード祝日、特別価格のようです。日本で言えば、正月元旦、ご祝儀見たいなものでしょうか?地元民が交渉しても、安くならないのですから、僕では無理でした。さて出発です。こんな風景です。石を利用して、石垣を作っているのが良く分かります。ここで2千数百mの高地なのですねー! そう言えば、サナアで高山病にならないか心配したものですが、動き回っても何ともなかったです。サナアから、さらに登りましたので、高度はもっと高いです。辺りは3000mを超えると言う山、また、山であります。その間を、縫うように走ります。運ちゃん、ビュンビュン飛ばすので、谷底へ落ちはしないか心配で居眠りも出来ません。その内に、下りとなり、畑が現れて来ました。ほ~ら、畑でしょう?例の石垣が、精密に積み上げられております。この畑を見ると、イエメン人って、几帳面なのかなー、とも思いました。この畑、今は何にもありませんが、5月から9月の雨季には、雨が降り、一面が、緑になるそうです。その頃に来て見たいものです。完璧に山の上です。ここで、パンクしている車があり、修理を手伝いました。同乗者に中国人らしき人がいたので、中国語で話しかけて見ました。北京から来ている人で、仕事のようです。家族は北京にいると言ってましたから。最近、こう言う中国人が多くなっているのですよねー。今年、日本から一流企業の社長さんが見えて、会食に誘ってくれた時、「最近、中国人のビジネスマンが中東やアフリカにも来ている」、と言ったら、「昔から、華僑と言って、世界中どこにでも行っているんだよ。」、などと、物知り顔で説明してくれました。面倒臭いので、「あぁ、そおうですかー。」、と聞き流しましたが、僕も華僑の話程度はしっています。彼らは、母国で食い詰め、他の国へ新天地を求めて移住した人たちじゃーないですか? しかも福建とか潮州とか、南の方の人たちが大半ですよね?僕が言いたいのは、最近はそうではなく、家族を中国に置き、自分も永住でなく、中国と外国を行ったり来たりする中国人が増えたと言いたいのです。これは、同じ中国人でも、華僑とは明らかに違うと思いませんか?中国経済の発展によって、こう言う、世界的なビジネスマンが増えて来たのだと思うのであります。華僑と最近の中国ビジネスマンとは全く異なりますよ。さて、こんな山の上にも、家があり、畑もあるんです。そして、ここから、ガンガン下りです。チェックポイントも、既に2回通過しました。特に問題なし。パスポートの提示さえ求められません。走ること、4時間。居眠りから覚めたら、景色が一変してました。ホデイダの街に着きました。やれやれ、です。チェックポイントは、居眠り中にあったのかどうか分かりませんが、知る限り4回ありました。検問官から、ヤーパニーとか言うような単語も聞こえたので、ドキッとしましたが、どこもパスポートの提示指示すらなく、問題なしです。一発勝負は、本日のところ、勝ちました。しかし、まだ、心配解消した訳ではありません。むしろこれからが問題です。本日、検査に引っ掛かれば、サナアに戻るのは簡単です。これからの移動途中でで引っ掛かれば、どうやって帰れば良いのか?全く、無茶するもんですなー! と我ながら、驚きます。==============================朝食です。頑張って少しだけ残して食べました。お粥にして貰ったので食べ易くなりました。点滴は続いています。手を動かすのに多少面倒ですが、どうって事はないです。水と抗生物質を入れています。昼食です。あまり腹は減っていませんが、出来るだけ食べるようにしています。半分以上は食べましたぞ。もう何日も風呂に入ってないので、全身を温水タオルで拭いて貰いました。気持ち良いですが、風呂に比べると勿論風呂が良いですね、だって頭が洗えませんから。でも気持ち良かったです。夕食です。昼食との時間が短いのであまり腹が減りません。まだ、17時まで15分近くあります。これでは夜中に腹減ります。と思うでしょうが、腹は減りませんな。スマホで撮った写真のサイズがおかしくなりました。縦幅が狭くなってしまったのです。何の操作もしていないと思うのですが、手が震えてどこかを触ってしまっているようです。あちこち不具合が出て困っています。しかしAIに聞きながら何とか直す事が出来ました。良かった、よかった。ブログの日程が分からなくなってしまいましたが、本日は4月25日(土)。この日は、まだ意識朦朧として、指関節も痛く指も震えてスマホも打てず、ブログも書くどころではないと言う状況でした。写真のみ撮って、本日28日に記載しております。熱も高く酷い状況でした。このような経験は初めてであります。Hakuに来てから全てが順調に進んできて、リハビリも理学療法士さんから。記念日にしましょうと言う位で、介助なしで平行棒を何往復も歩けたのです。それが、4月22日でした。その翌日、23日から急転直下、熱が上がり、血尿が出て、意識朦朧となってしまったのであります。原因は、尿路感染と言う事で、水と抗生物質の点滴で、血尿は1日で止まりました。しかし熱は高く継続しました。
2026.04.29
コメント(0)

2026年4月26日(日)2007年12月19日(水) サナア旧市街の散策チェックアウトして、歩いてダッバーブ(乗合バス)乗り場へ向かいました。ホデイダへ向かう為です。しかし、何ともアホな事に、本当の乗り場は、あの有名なイエメン門と、別名を持っている、バーバルヤマンなのでした。旧市街の北側に、「バーバルヤマン行きダッバーブ乗り場」って言うのが書いてあって、てっきりそっちだと思ってしまったのです。ホテルから、バーバルヤマンまで1キロちょっと。旧市街の北側まで、2.5キロほど。ずいぶん遠くまで余分な距離を歩いてしまいました。ま、急ぐ旅でもないので、このまま旧市街を見て廻ることにしました。もし時間がかかったならば、パーミットもない事であるし、予定をさらに変更して、ホテルへ戻ればいいのです。気楽な旅です。廻ったコースと逆になりますが、ここがイエメン門(バーバルヤマン)です。何でも、門は5つあったらしいですが、今は、この門のみだそうです。そして、門をくぐった旧市街の中です。昨夜は、この門の外から、中まで夜店が、ドォォォォっと並び、歩くのが大変なほどでした。しかし、本日の昼は、落ちついています。モスクと、一般の建物です。1986年に、この街全体が、世界遺産に指定されたと言うだけあって、雰囲気があります。建物自体の作りも違うし、色も、全く違うのですが、何故か、トルコのサフランボルを思い出させるものがあります。狭い路地が多いのです。ここはメインの通りで広い方です。このような路地が多いのです。そして真っ直ぐな道でないので、分かり難いこと、この上ないです。これでは、この街を攻めようとしても、迷子になってしまいます。この辺りは、水もすくないので水攻めは無理だし、石と干乾し煉瓦で建物は出来ているので、火責めも難しそう。難攻不落の街って印象です。サナアの皆さん、噂通り、結構気さくです。彼ら、まだ青年の部、と言った感じですが、写真撮ってくれと言うので、撮ってあげました。一人前に、ジャンビーア(半月刀)を、腹に差してします。そして、可愛らしい無邪気な子供達です。ちゃんと、ポーズをとって、写真撮ったあと、皆で、見に来ます。そんなことで、道を間違えたお陰で、旧市街は、ほとんど見ることが出来ました。そして、いよいよ、ダッバーブ乗り場から、ホデイダ行きを探します。==============================朝食です。お粥にして貰いました。ゆっくりゆっくり食べました。食事の後の歯磨きです。まだ車椅子に乗せてくれません。ですので、洗面所まで行けません。毎回食事後、持って来てくれます。昼食です。お粥にして貰ったので食べ易いです。全部は食べ切れないですが、かなり食べました。夕食です。何とか食べました。熱は下がって来ましたが、まだ本調子ではありません。点滴は、29日まで続けるそうです。ブログの日にちが分からなくなってしまって、動揺しています。この日程で良いですよね。スマホで撮った写真の高さの幅が狭くなってしまうし、ChatGPTも有料になっていまうし、パソコンも、スマホも病気と共に問題だらけです。
2026.04.28
コメント(0)

あらすじ悠介は、長野県安曇野の隣、池田町に産まれ、長野高校に進学した。大学は東京のM大学である。その間、小平由樹枝と良いお付き合いをした。大学2年になりとあるコンパで飲み過ぎて矢代美恵子と深い関係となる。小平由樹枝を愛していたが、愛想をつかされ振られてしまった。その後、美恵子とは変則的な付き合いを行い、1年先輩の美恵子は就職して大学もアパートも去った。悠介は大学4年になり就職活動も終わり、希望の会社に就職も決まった。そして友人高橋の結婚披露宴も無事終了。その後新婦の友人の唐橋由美子と親しくなったが、別れたいが別れさせてくれない。一方、美枝子は玉の輿と言える結婚する事になった。3月末、悠介は就職したが、実習中に由美子が自殺未遂をしたと言う連絡を受けて真っ青になった。由美子の父親に会い、慰謝料も支払い問題は解決した。悠介は希望の鹿沼工場に配属され社会人生活が始まったが、女性問題がありタイのシラチャへの出張が決まった。シラチャーでの仕事、恋愛も順調である。2年強のシラチャ生活を終え、鹿沼に帰り2年が経過した。そして2年振りに心がときめく女性を会う。橋本千恵子と言う女性である。写真はネットより借用================================第200回 2026年4月27日(月)朝方、もう一度、交わった。まだ3回目であるが、行為は大変スムースである。終わった後、ゆったりと横たわった。「温泉に入って来る?」「うん、せっかく来た温泉だから入りましょう。」その日、伊香保の空はよく晴れていた。「いい天気。」千恵子が窓を開けながら言った。山の空気が部屋に流れ込む。朝食のあと、二人は再び石段街へ向かった。「昨日の続き、上まで行こう。」悠介が言う。石段は朝の光の中で静かだった。観光客はまだ少ない。一段一段ゆっくり登る。途中で振り返ると、温泉街がよく見えた。「昨日より綺麗。」千恵子が言う。朝の光が屋根を照らしている。やがて石段のいちばん上に着いた。そこには小さな神社があった。静かな森の中に建っている。鳥居をくぐると、空気が少し変わる。観光地の賑わいとは違う、落ち着いた空気。二人は手水で手を清め、拝殿の前に立った。鈴を鳴らし、静かに手を合わせる。何を願ったのか、二人とも言葉にはしなかった。参拝を終え、境内の木陰のベンチに座る。風が葉を揺らしている。「静かだね。」千恵子がそう言って、さらに続けて言った。「この旅、終わってほしくない気もする。」悠介は少し笑った。「じゃあまた来ればいい。」「また?」「60時間の旅、第二回。」千恵子は嬉しそうに笑った。「いいね、それ。」二人は境内を後にして、手を繋いで石段を下りて行く。この日は、鹿沼に帰るだけである。ホテルをチェックアウトして帰ったら、昼過ぎに鹿沼に着いてしまう。「今日はどうするかなー? このまま帰ったら、鹿沼に早く着き過ぎる。」「どうしましょう?」「鹿沼に早く帰ってモーテルでも行くかい?」「やだー、そんな事ばかり言って。」「そうだなー? 宿をチェックアウトして帰ると、丁度佐野辺りでお昼時になるんだ。佐野ラーメンでも食べようか? それとも前橋辺りで公園でも散歩する? 前橋公園とか。敷島公園とかあるらしい。」「佐野ラーメンって、鹿沼から近いでしょう? 又、行けるよね? せっかく群馬県まで来たのだから、公園でも散歩したい。」「そうか、それでは、敷島公園と言う所へ行こう。広大な敷地に松林があるらしい。佐野ラーメンは、機会を見つけて食べに行こう。鹿沼から1時間位で行けるから。」「敷島公園って良く知っているね?」千恵子が聞いた。「あぁ、昔、学生の頃読んだ本で、萩原朔太郎の詩集があったんだ。彼は、良く敷島公園を散歩したらしい。それで朔太郎の詩碑も公園内にあると言う事だよ。」「悠介さん、物知りね。私、あまり本を読んでいない。」千恵子は感心したように悠介を見た。悠介は、少し照れたように視線を外した。千恵子はその横顔を見つめ、ふっと柔らかく微笑んだ。「じゃあ、その詩人さんの歩いた道を、私たちも歩くのね。」「まあ、そんな大げさなものじゃないけどな。」二人は笑いながら、宿へと戻っていった。チェックアウトの準備を済ませ、鍵をフロントに預ける。名残惜しさが胸に残るが、不思議と寂しさばかりではなかった。次に続く時間がある、そんな予感があった。車に乗り込むと、伊香保の坂道をゆっくりと下っていく。温泉街の屋根が遠ざかり、やがて山の景色が開けた。空は高く、春の光がやわらかい。「本当にいい天気だな。」「うん、こんな日に公園なんて、きっと気持ちいいよ。」車は前橋へ向かって走る。途中、道の両側に広がる畑や住宅地を眺めながら、二人はときどき言葉を交わし、ときどき黙った。沈黙もまた、心地よかった。やがて市街地に入り、案内標識に従って敷島公園へと向かう。駐車場に車を停める。駐車場から公園まで歩くらしい。10分ほど歩くと、池が見えて来た。そこが公園の入り口のようである。池の辺を通り、広大な松林の中に入っていった。「わぁ、広い。松ばっかり。」千恵子が小さく声を上げる。松林の中の小道と言える道はないが歩いていく。木漏れ日が地面に揺れていた。木の根もあるので注意しながら歩く。風に揺れる枝の音だけが、静かに響いている。「こういう所、久しぶりだな。」悠介が言う。「私も。なんか、落ち着くね。」千恵子が答える。
2026.04.27
コメント(0)

2026年4月23日(木)丸3日間日ほぼ寝ていました。その間に色々とパソコントラブルがありました。一番大きいのは、ChatGPTが無料で使えなくなってしまったことです。これには困りました。今はChatGPTを使わないでやろうとしていますが。それでは不足でしょうね。 いずれ1ヶ月2500円程度支払わねばならないでしょう。その他は、色々とありましたが、本日1日で何とか使えるようになりました。具体的には何が問題だったのか、病気明けの頭が惚けてしまって、忘れてしまいました。話は変わりますが、アップできなかった日々、1日2回ほどアップして日程に合わせます。寝ていた日は、何もないですが・・・。============================2007年12月19日(水) イード祝日 パーミット取得不可 どうする?寒い夜であったが、気が付けば、8時間半も寝ていました。旅に出るって、それだけで、疲れるってことなのでしょうか?いつもは、7時間、眠れて、7時間半が限度です。さて、イエメン独特の、ツーリストパーミットと言う奴の取得手続きに行かねばなりません。宿泊中の、アジア・ツーリスト・ホテルのフロントで聞いて見ました。「ツーリスト・ポリスへは、どう行けば良いの?」、と。そしたら、「今日は、祝日、休み! 休み!」、と、ソファーに寝たまま言いおる。夕べも聞いたのですが、バスで行けば良い、と言っていたのです。「えー! 昨日、バスで行けば良いと、言ったじゃん!」、と叫ぶと、「あぁ、じゃー行って見れば・・・」、と誠意のない回答。「こりゃー、ダメじゃ!」 と、行って見ることにしました。外に出ると、ひえひえ~っと、すごく寒いです。暫く歩きましたが、そのツーリスト・ポリスって、歩いては行けない距離がありそう。諦めて、引き返して来たら、IHIと書かれた、ミニバスがりっぱなホテルの前に止まってました。日本人らしき人も乗っています。IHIって、たぶん、石川島播磨重工って、日本のりっぱな会社では、ないでしょうか?で、そのホテル、タージ・シェバ・ホテルと言って、最高級インド系ホテルのようです。1泊180ドルとか書いてありました。結構なお値段ですな。あっしには頑張っても泊まれません。そこの受付へ行って、ツーリスト・ポリスは、本日開いているか、確認して貰いました。どこやらへ電話してくれて、今日も、明日も、その次も休みだと言うことであります。困ったぞー! 困った!サナアに、3日間も、足止めされたら、何のために、イエメンに来たのか!「そのパーミットって、ないと本当にチェックポイントで、引き返さねばならないのですか?」すがるような気持ちで、フロントに聞いて見ました。そしたら、又、どこかへ電話して聞いています。話の内容より、ダメかも知れないし、大丈夫かも知れない。そんな会話です。電話を切って説明してくれました。やはり、電話の会話と同じです。「観光ではなく、ホデイダに行くと言えば、大丈夫のはず。」、と言うのが答えです。何とも、心もとない確認結果です。それで、パスポートと、ビザの部分のコピーを5部頼みました。コピーすぐしてくれて、いくらか? と聞いても、タダで良いといいます。「あのー、あっしはですねー、宿泊客と違いますねん!」、正直が生きているようなこの僕は、口の先まで、この言葉が出掛かりましたが、「サンキュー!」と、堀内孝雄みたいに、言ってしまいました。図々しい人ですねー!宿泊客でもないのに、パーミットについて確認して貰い、コピーまでして貰って、全く、ありがたいことでございます。さて、どうすっぺ?と、ホテルへの帰り道、数十秒考えましたが、3日も待つ訳には行きません。ここは一発勝負に出ようと、決心したのであります。パーミットなしで移動するのです。ダメだったら、帰って来れば良いじゃないか! ってことです。アジア・ツーリスト・ホテルに帰り、理由を説明し、フロントにチェックアウトする旨伝えます。すると、「明日、ツーリストポリスは正常勤務となる。」「俺は、2年ガイドしていた。パーミットなしでは、絶対に移動出来ない。」と、引き止めようとしています。僕は、ここのフロントより、超高級ホテル、タージ・シェバ・ホテルのフロントを信用したい気持ちでした。で、やっぱりチェックアウトです。2泊分支払いましたが、返金はしないと言います。仕方なく、1泊分は貸しておく、戻って来た時に、1泊フリーと言う事で妥協し、その旨、文書に書かせて、チェックアウトしました。さて、ホデイダに移動出来るのか、否か?結果を、乞う、ご期待!==============================今夜はどうした事か、睡眠は悪かったです。両足が痛くて目が覚めてしまうのです。ベッドの中に横たわっていたのは、7時期間です。ここの所の睡眠状況からすれば、快適な睡眠のはずです。スマートウォッチのデータによれば、夜中に3回起きていて、睡眠時間は、5時間25分です。夜中に1時間35分起きていました。これでは睡眠不足ですなー。起きましたが、今も足が重いです。昨日は体調も悪く負かったので、シャの製本化作業を行ないました北島が終了しました。アテネから、テッサロニキ行きましてそれから、崖の上にお寺があるカランバカへ行き、デルフィへ行気アテネに戻りました。地図表示しました。北ギリシャです。02そしてずっと寝てました、昼食です。腹減っているので全部食べられました。おかず3種です。部屋に持って来てくれました。ベッドから降りようとして仲々、降りられません。朝の三時半頃から3時間以上かかりました、全くオンボロな体になってしまいました。03おやつをもって来てくれました。昼食と一緒です ずっと寝ていたので、食欲がありません。間違えて朝の朝食と一緒に貼り付けてしまいた。朝食ですが、納豆を食べたようです。食べた事も忘れていました。ずっと寝ています。何を食べたかも覚えていません。写真だけ撮っておきました。昼食です。食べたくないですが、無理に食べました。体力温存の為です。魚に、豆などです。07混ぜご飯にお茶です、これも無理やり食べました。点滴をするので、看護師さんがやって来ました。ですが、2回試したものの、上手く行かず。もう一回やって駄目だったら止めましょうと言ったら、それでは、明日の看護師さんに任せましょうと、言う事になりました、腕が悪い看護師さんですね。午後のおやつを持って来てくれました。頭が朦朧として食べたくありません。これは何時に食べたのかなー? 記憶にありません。夕食です。これは半分くらい食べられました。遺憾、どうも食べたか分からなくなりました。夕食ではないですが、間違いなく食べました。これがこれが本物の夕食です。夕食ですが、日曜日17時、前に出されます、早いですね。本日のぶログは大変時間がかかりましたが、日付の確認や、時間の確認でずいぶん時間がかかりました。多少間違っているかも知れませんが、食事だけだから良いでしょう。
2026.04.27
コメント(0)

4月22日より熱が出て、血尿もでて完全にダウン。ずっと寝っぱなしでした。朝か夜かも分からず、意識朦朧で寝たり起きたりです。何故か、手も震えてパソコンのタッチパネルを触って別に文字を打ったりで、ブログを書くことが出来ませんでした。点滴もして貰って、本日4月26日ようやく、熱も下がり、パソコンを打つことが出来るようになりまそた。まだ、新しいブログを書くのは出来ませんので、下書きに書いて置いた4月22日分をアップ致します。==================================2026年4月22日(水)2007年12月18日(火) イエメンのネットカフェ安いです。サナア、旧市街、新市街とも、ネットカフェがあるか、キョロキョロしながら、夜歩きをしていました。インタナショナル電話屋さんは、沢山あるのですが、ネットカフェは見当たりません。諦めて、ホテルの戻る途中、1軒見つけました。値段を聞くと、1時間60YR。まだ、イエメンに着いたばかりで、換算がすんなり行きません。(え? 生まれつきだろ? って? えー、はい、そ、その傾向はありますが。)うー、うー、と唸りながら、ない知恵絞って、計算していると、「高すぎるか?」、と店員さんが言いました。調度、その頃、計算が終わって、1時間35円であると分かりました。「いやいや、それで結構。」、と何だか、金持ちになったような気分で、パソコンに向ったのです。高いって言ったら、マケてくれたのかなー? と後で考えましたが、1時間35円では、マケようがないでしょう。日本語入力も、簡単に設定できて、早いし、環境も問題ありません。イエメンのランク、又上がりました。==============================先日、チェンマイ仲間の友人が、ベトナムのハノイでアジアの星一番と間違えたと言う写真を送ってくれました。確かに似ています。あっしも、こんな爺さんになってしまったか、とがっくりしておりました。見れば見るほど似ていますぞ。髭の生え方も同じです、少し猫背も似ていますな~。かなりがっくりして、もっと良い写真はないか、パソコンの中を調べました。若い時の写真がありましたぞ。これは26歳頃でしょうか? どうですか? 結構イケメンだったじゃー、ないですか。そう思いません?思いませんか? え? ハンサムじゃーない、あっちゃー、これまた、失礼致しました。え? 隣の女性は誰か? ですと? う~ん、誰でしょうねー?可愛くも美しい方ですなー。こんな彼女がいたら最高ですよね。今朝は、4時半に起きてしまいました。朝食は7時50分頃です。時間があります。そして小腹が空いて来ます。世話になっている姪から貰った煎餅がありました。これを頂きました。煎餅美味しいですね。朝食です。おかず3種です。ご飯に味噌汁、お茶です。納豆かけご飯です。これが好きなんですねー。隣の91歳のお婆ちゃん、いつも元気に挨拶をしてくれます。それで雑談しますが、前向きで良い考えの方なんですね。悪い方の考えはしません。例えば面会時間が15分は短すぎますよね? そうすると、施設も大変だから仕方ないですよ。15分でも会えるだけで幸せです。とこう要った考えなんです。見習わねばなりません。ディサービスに来ている方が、大きな美しい牡丹を持って来てくれました。庭で育てたそうです。女性の方は花の好きな人が多いですね。9時20分からリハビリです。まずは集団体操を行いました。30分以上おこないました。結構疲れます。次に立ち上がり訓練です。午前は26回ですが、立ち上がった時に出来るだけ、足に重力をかけて立つようにしています。腕で体重を支えたのでは、訓練になりませんからね。ストレッチを行ってくれました。風呂の時間が迫っていたので、筋トレはお休みです。風呂の時間です。介護士の皆さん、手慣れたもので簡単に車椅子から風呂用の介護椅子に移してくれます。老健の千の風は担当者によってスキルがことなっていました。風呂は気持ち良いですねー!少し休んで、2mの平行棒で歩行訓練です。始めの2往復は、介助で歩きましたが、その後の2往復は、介助なしで歩きました。長下肢装具を付けていますが、Hakuに来てから、初めて介助なしで一人で歩けました。大きな進歩でしょうか?Tktさん(女性)療法士さんに、今日は記念日ですねー、と言われました。一人で歩けた記念日と言う事らしいです。4月22日、覚えておきましょう。昼食です。おかず3種、デザート1種です。ご飯、味噌汁、お茶です。本日のご飯は不味かったです、日によって違いますねー。14時から午後のリハビリです。立ち上がり訓練を45回行い、その後集団体操、そして平行棒で歩行訓練です。2mの平行棒を使って、補助なしで歩きました。2往復2回、3往復1回、その後、2往復を3回か4回歩きました。ですので、12往復はしたでしょうか?長下肢装具を付けていますが、補助なしで、これだけ一人で歩いたのは初めてです。進歩ですねー。多分、暫くはこれで自主トレを行うのでしょう。その後、長下肢装具から短下肢装具にして歩ければ本物です。リハビリ後のおやつです。コーヒーにお菓子です。夕食です。おかず4種です。ご飯、お吸い物、お茶です。PGF生命から介護保険の申請書が届きました。ここも医者の診断書が必要です。面倒ですねー。止む無く蒲田リハビリテーション病院へ診断書を送り、必要事項を記載し医者のサインをして貰って返送して貰います。又、7,700円取られます。本日のハイライトは、平行棒を補助なく自分で歩けた事でしょうか。まだ、両足とも長下肢装具を付けていますので、あんまり威張れた進歩ではないですが、理学療法士さんの補助なしで歩けなかったのですから、進歩は進歩です。Hakuへ移ってから、体調も良いし、良く眠れるので、それらも良い方向に向けてくれていると思われます。医者の薬の処方や、理学療法士のTktさんが、色々と試して、リハビリを行ってくれているので、それも大きいのでしょう。老健・千の風では、かなり焦っていました。2ヶ月間、後退していたでしょう。Hakuに来て良かったです。このまま少しづつでも良いので回復して欲しいです。そして、時間がかかっても、最終目標の、自力で歩けるようになりたいです。
2026.04.26
コメント(2)

2026年4月21日(火)2007年12月18日(火) サナアの夜 寒いー!ホテルも決まり、旧市街、新市街の夜の散歩も楽しみ、そしてホテルに帰りました。夜は冷えます。ベッドに毛布1枚だったので、受付で、もう1枚毛布を貰いました。2枚の毛布で、寒さも大丈夫じゃろ、と安心して、持参のパジャマに着替えて、ベッドに潜り込みます。しかし、仲々、暖まりません。上にかけた毛布を半割りにして、かけ直し、これで毛布3枚分。少し温くなり、うとうととし始めたのです。しかしながら、半暖かい、半寒いって感じで、熟睡まで行かず、夜中までこれまた、半眠り状態です。2時頃、起き出して、ベストにセーターを着こんで、又、ベッドへ。これで、完璧、気がついたら、朝の6時半でした。良く眠れましたです。でも、今夜は、もう一枚、毛布追加で貸して貰わねば・・・。==============================昨夜、下記の資料を中国へメールの添付で送付しました。我が友人で、四川外国語大学で長年教鞭をとっておられる熱血教師さん宛です。中国工商銀行に預金してある私の口座から、日本の私の口座へ送金する為の資料です。中国にある元を、日本の口座に円で入金したい為です。下半身麻痺になって中国へ行けない為、私自身が中国へ行って預金を降ろせません。代理人にお願いして、手続きを行って貰わねばなりません。上手く行けば良いのですが・・・。資料は、日本語と中国語を併記して作りました。① パスポートの写真② キャッシュカードの写真③ 委任状④ 個人所得の証明書⑤ みずほ銀行 口座情報昨夜も熟睡出来ました。22時前に寝て3時まで熟睡、体勢を変えて貰ってまた熟睡、合計7時間眠れました。良く眠れると気分が良いです。夜中に足も痛くありません。昨夜は久しぶりにドラマを見ました。時間があったのですね。どなたかがアップしてくれる、新・俺は用心棒です。第12話となりました。主演の栗塚旭です。ある農村で水不足、水争いに巻き込まれた用心棒達が活躍します。娯楽映画ですな。朝食です。おかず3種です。ご飯に味噌汁、お茶です。今朝はこれだけではないんですよ。日曜日にTkeさんから頂いた、納豆があるのです。たれを入れて掻き混ぜて、辛子も入れて掻き混ぜて、ご飯にかけました。食べました。う~ん、旨い! 9ヶ月ぶり位ですよ。納豆は毎日、食べていましたからね。久しぶりです。まだ8個ありますから、8日間食べられます。9時20分から、リハビリです。以下の通り行いました。1. 集団体操2. 立ち上がり訓練 26回3. ストレッチ4. 筋トレ5. 平行棒での歩行訓練 2m×10往復いつもと同じですが、平行棒は、一人介助で行ってくれました。2mの短い平行棒ですが、10往復したので、結構腕がつかれました。昼食です。おかず4種でした。ご飯、お吸い物、お茶です。午後のリハビリです。1. 立ち上がり訓練 30回2. 集団体操3. 平行棒で歩行訓練 6m×6往復集団体操は、立居を半分位行われました。アジアの星一番は立てないので座ったまま、介助して貰って足の運動を行いました。手間のかかる患者ですな。その後、平行棒で歩行訓練です。今までは、1往復毎に休憩していました。ですが、本日は、2往復して休憩にしました。足が上手く出ないと手と腕に負担がかかるので疲れます。しかしながら、足に体重がかけられて、上手く歩ければ疲れは少ないです。足への体重移動が重要ですね。リハビリの後のおやつです。この時間になると、1日が終わったなー、とホッとします。リハビリも充実していますし、療法士の皆さん、親切なので、気分良く1日が過ごせます。夕食です。おかず3品、デザート1品です。ご飯、味噌汁、お茶です。Facebookを見ていたら、ChatGPTの広告があり、写真の人物を削除出来ると出ていました。AIは色んな事が出来ると聞いていましたが、試しにやって見ました。これが、元の写真です。アジアの星一番以外は消して貰いました。「菅笠を被っている人物以外は削除して下さい。」とお願いしました。そしたら、この通り、全く一人で撮った写真です。驚きますねー。さらに、この人物にパンダを抱かせて下さい、とお願いしたら、この写真になりました。全く本物のようですよね。AI恐るべしです。試しに、もう1枚、子パンダを肩に乗せて下さいと、言いました。その写真がこれです。驚きを越して脅威です。元の写真があればどんな合成写真も出来ます。どうして顔写真をブログやfacebookに載せたらいけないのかが、分かりました。ぼやかして載せている人が多いですよね。そのまま載せたら、どんな合成写真を作られるか分かりません。私のような爺さんはどのように加工されても構いませんが、子供や若い女性は気を付けた方が良いですね。私も顔写真は了解を得た写真以外は載せないようにしています。しかしこんな風に加工出来るとは知りませんでした。ほんと、驚きました。本日は、たぶん、9カ月ぶりに納豆を食べました。Tkeさんに持って来て頂いたものです。美味しかったです。まだ8個あるので、8日間食べられます。食べたい物と言ったら、刺身に寿司です。刺身にをつまみにビールが飲めたら最高ですが、それは歩けるようにならないとダメですね。寿司は差し入れして貰って、部屋で食べれば良いと聞きました。リハビリホームHakuの近くに住む中学の同級生がいるので、持って来て貰うよう頼むかなー? 食べたいです。
2026.04.23
コメント(0)

2026年4月20日(月)2007年12月 イエメン サナアに到着 早いですねー! 朝は、サウジにいたのに、バハレーン経由、もうイエメンの首都サナアに到着しました。空港で、5500YR(約3500円)支払って、簡単にビザ取得。パスポートコントロールも、すんなり。タクシー乗り場が、どこか分からなかったのですが、駐車場をウロウロしていたら、運ちゃんに声をかけられ、2000YRと言うのを、1000YRに値切って、これもすんなり新市街へ着きました。歩き方には、空港から、1000~1200YRと記載あり、ガソリンの値上げ激しい昨今、1000YRなら充分、真っ当な価格でしょう。(1000YRは、およそ600円位。)アル・ナスル・ホテルがお奨めとどなたかのブログで見たので、タハリール広場へ行って部屋を見ました。値段1500YRの割りに、部屋も清潔でなく、断念しました。数件見ましたが、似たりよったり。そして、アジア・ツーリスト・ホテルにやって来ました。部屋も広く、清潔。大通りに面しているのに、部屋を選べば静か。で、ここに決めました。僕の部屋の前にも、応接セットなどがあります。2泊すると決めたら、調度、お祈りが終わった夕食時で、カプサをご馳走になりました。親切ですねー!イエメンの1日目の印象は、かなり上にランクされます。エジプトに比べると、大違いです。このままの印象で、旅できれば、言う事なし、良いですねー!その後、旧市街を、夜の散歩と洒落こみました。ウォー! 大混雑。露天商の多さ! 人の大波!旧市街に入っていったら、迷路みたいで、どっちに向いて歩いているやらわからなくなってしまいました。こんなこと、どっかであったなー?どこだったっけなー? 仲々、思い出せないなー!で、思い出しました。スペインのトレドって言う街です。丘の上にある、小さい街なのに、迷路なんです。ガキの案内で、ようやく新市街方面へ出てくることが出来ました。10YRあげたら、不満そうでした。6円位だから、チップとしては十分と思うのですが・・・。また、明日、ゆっくり散策します。===========================今朝は3時に目が覚めてしまいその後眠れなくなりました。それで3時半には起きて作業を行いました。ここの所、睡眠はとっても良かったのに、珍しいです。しかし5時から2度寝で6時半まで寝て、合計睡眠時間は、7時間近くになりました。昨日は楽天ブログのアクセス数が激増しました。普段は1500から1700位ですが、それが、な、なんと、4500に増えたのです。どうした事でしょう? 3000人も急に読者が増えるなんて事は、あり得ません。AIに聞いて見ました。検索エンジンの巡回や楽天ブログ側の集計の変動である可能性が高いです。と言う事です。AIも急に読者が3倍になる事はないだろうとの事でした。朝食です。おかず3種です。失敗しました。昨日、持って来て頂いた納豆を持って行くのを忘れました。遺憾なー、毎日食べないと。ご飯に味噌汁とお茶です。昨日の夕食のご飯は美味しかったですが、今朝は、元に戻りました。不味くはないですが、昨夜のご飯に比べると味は落ちますね。9時20分から、リハビリです。前説で、東海道を江戸時代は2週間で歩いたと説明してくれました。そうすると1日20Kmも歩かねばならない。とてもそんな距離は歩けない、と言います。しかし、現代でも1日20Kmは普通ですよ。私が四国お遍路や、中山道を歩いた時も、概ね1日20Km近いです。リハビリさん、計算を間違っているので、滅多に発言はしませんが、1日40Km位歩かねば、2週間では、京都に着かないですよ、と発言しました。リハビリさん、「40Km?」 と言って、何やら考えていましたが、「30Km位かな?」、と発言を撤回しました。正確にはもっと多い距離ですが、もう黙っていました。東海道53次は492Kmですから、2週間で歩いたら、1日、35Km歩かねばなりません。江戸時代の人たちは健脚ですね。その後、集団体操を20分行って、立ち上がり訓練でした。26回行いました。次は、お風呂の時間です。本日は早いです。担当はHgwさんです。ようやくマスクをしていても、分かるようになりました。Hgwさんは、元バスケットの選手だったそうで、今でもBリーグの試合を見に行くそうです。シャワーで身体を洗って、その後ゆったりと湯船に浸ります。気持ち良いですねー! 最高です。湯上りにスポーツドリンクを出してくれます。少し休んで、ベッドに移動、ストレッチと、筋トレを行ってくれました。これが結構、重要な運動になってるようです。これで昼食か、と思いましたが、平行棒で歩くと言います。望むところです。2mを1往復、4mにして2往復歩きました。昼食です。本日は、ちらし寿司です。やった! 良いなー! ちらし寿司大好きです。ほら刺身が乗っているでしょう? 海老も見えますね。 いやー、とっても美味しかったです。もっと頻繁に出して欲しいですねー。午後のリハビリが14時から始まりました。立ち上がり訓練は、通常50回ですが、この後の集団体操が、立居で行うので、30回との事でした。アジアの星一番も30回連続で行いました。その次は、立居で色んな運動を行います。アジアの星一番は立てないので、座ったまま理学療法士さんの手助けにより足を動かしました。その後、平行棒での歩行訓練です。女性の療法士さんが3名で補助してくれて歩きました。1回毎に休み、6mを6往復しました。合計で72m歩きました。3名がかりで1時間ほどかかって歩きましたが、これでは理学療法士さんに迷惑をかけます。早く一人で平行棒で歩けるようになり、立ち上がりのみ補助して貰い、後は見守りで歩けるようになりたいですね。そうすれば、理学療法士さん一人で済みます。リハビリ後のおやつです。コーヒーの量が少ないですね。夕食がすぐですから、量を減らしているのでしょう。おかず4種です。一口大に切ってくれるように頼んでありますが、切ってありません。歯が頑丈でないので、このまま食べるには難があります。切って貰いました。ご飯に味噌汁にお茶です。悪い情報が届きました。直腸癌が見つかり、CT検査なども行った結果、肝臓と肺にも転移があり、ステージ4,手術は不可で、抗癌剤治療しかないと言う連絡です。この方は、Akbさんと言い、チェンマイ仲間で長年のお付き合いです。ゴルフ仲間でもありチェンマイに来られた時は、週に2回は一緒にプレーしていました。美食家で、美味しくて高級なレストランにも連れて行って貰いました。チェンマイだけでなく、日本へ帰国時は、人形町や、秋葉原などで美味しい寿司屋さんや、歴史ある焼き鳥屋などで、ご馳走して頂いた方です。5月の連休には、面会に行くよ、と言うラインを貰っていたのです。急転直下、状況が変わりました。何と言う事でしょう。ステージ4と言えば、昨年は元気に活動していた緑さんと言う方ですが、お会いした事はありません。ですが、facebookで繋がっていて、いつも励ましてくれていたのです。それが、今年の始めでしたか、肺癌のステージ4で入院したと言う連絡を受けました。しかしながら、絶対に治ると言う信念を持ち、お互いに頑張ろうと、と言ってくれていたのです。それが、3月ですが、体調が急変し、逝去されてしまったのです。病室から小説を書くのだ、と言うメッセージも貰っていました。呆然としました。残念でなりません。ですが、ステージ4でも、治療で治って元気に活動している方々も沢山おられます。Facebookでそう言う記事を沢山見ています。Akbさんも、治療で何とか癌を克服して、復帰して欲しいです。チェンマイで会おう、と言うラインも受信しています。私も頑張ります。是非、チェンマイで、一緒にビールを飲みたいです。もう一人の方からの連絡は、下記です。「自宅の庭で倒れ起きることが出来ないことと、言葉は大丈夫でしたが手の痺れのため、入院しました。CT検査結果、頚椎が狭まったためとのこと。」この方ともチェンマイ仲間で長年のお付き合いです。ウラジオストクからシベリア鉄道に乗ってモスクワへ行き、フィンランド、ベラルーシ、今は戦争中のウクライナ、モルドバ、ルーマニア、ブルガリアなどを一緒に旅した方です。T萩さんと言います。頚椎が狭まったとの事ですから、安静にして必要ならば手術を行えば、正常に戻るでしょう。T萩さんからもお互いに頑張ろうと言うメッセージを頂いています。Akbさんも、T萩さんも、病に負けず頑張って下さい。私も頑張ります。
2026.04.22
コメント(0)

2026年4月19日(日)本日より、アフリカ縦断の旅の掲載が完了したので、今、戦争で話題の中東の国々を載せて行きたいと思います。まずは、あまり日本人は旅しないであろうイエメンにします。アラビア半島の先っぽ、紅海の反対側はアフリカであります。この国の成人男子は必ずジャンビーヤと言う刀を挿しています。そんな国は、世界広しと言えども、イエメンだけではないでしょうか?10日間だけですので、すぐ掲載は終了します。その後は、ヨルダン、シリア、レバノン、オマーン、クェート、カタールドバイ、アブダビなど、アラビア半島の国々を掲載したいと思います。=============================2007年12月イエメン10日間一人旅 スケジュール作成 気が付いてみたら、イエメンへ出発まで、1週間となってしまいました。行き当たりばったりの旅とはいえ、ある程度、スケジュールを考えて置かねばなりません。2ヶ月も3ヶ月も滞在するならば、適当でいいのですが、限られた期間で、出来るだけ見たいと思いますので。本当は、16日間行きたかったのですが、何せ、有給休暇ゼロ。来年分の前借で、何とか2日の休暇を貰って行くのです。10日間で、ブーたれて、文句言っていられません。たった10日でも贅沢なのであります。さて、ざっと立ててみた、予定です。12月18日(火) サウジ→ バハレーン→ イエメン(サナア) サナア泊12月19日(水) サナア市内見物 サナア泊 翌日移動のバスなど確認 パーミットの取得と、コピーの準備など12月20日(木) サナア→ ホデイダ ホデイダ泊 マナハ、ハジャラに寄ってからホデイダへ行きたい。12月21日(金) ホデイダ→ タイズ タイズ泊 コーハ、モカに寄って、タイズへ行きたい。12月22日(土) タイズ市内見物 タイズ泊12月23日(日) タイズ→ アデン アデン泊12月24日(月) アデン→ サナア サナア泊 ジブラ、イッブに寄って、サナアへ移動したい。12月25日(火) サナア→ マーリブ→ サナア サナア泊 シバ王国の首都、マーリブへ日帰りで見学12月26日(水) サナア→ ハッジャ→ サナア サナア泊 ハッジャへ日帰りで見学12月27日(木) 午前中、ゆったり市内を歩き、午後移動 サナア→ バハレーン→ サウジイエメンの地図ですが、このように廻る予定です。これで、もう日程は、一杯です。アデン湾の、ムカッラや、アル・ガイダ、内陸のサユーンや、シバームへ行く余裕はありません。このルートの、逆廻りでもよさそうですが、どっちが良いのでしょうねー?途中の町へ寄って移動したいので、そのような移動手段があるのかないのか、それも心配です。「歩き方」には、そこまで載っていません。まぁ、行けば何とかなるでしょう。==============================チェンマイ仲間の友人が、ベトナムを旅していました、ハノイです。散歩していたら、アジアの星一番に偶然出会ったと言います。それで撮ったのが下記の写真と言うのですねー。私、ホーチミンに似ていると言われたことは何度かありますが、病気入院中でハノイには行っていません。全くの別人ですが、似ていると言われれば似ていますか? こんな爺さんになっているとは思いませんでした。まぁ後期高齢者ですから、且つ、半身不随者ですから、よれよれの爺さんでも仕方ありませんね。本日も良く眠れました。22時前に寝て気が付いたら4時です。全く起きもせず6時間熟睡です。体勢を変えて貰ってまた寝て、5時まで寝ました。7時間10分です。本日も良い日になりそうです。朝食です。おかず3種です。ご飯に味噌汁、お茶です。今朝は味噌汁でした。さて、10時です。日曜日ですから、お茶などの準備はありません。食堂に行って自動販売機でコーヒーを買いました。温かいのが好きですが、冷えたコーヒーしかありません。おやつは、先日義姉がお見舞いに持って来てくれた上毛三山と言うバームクーヘンです。冷蔵庫に保管して置いたものです。一人でテレビを見ながらゆっくりと飲みました。11時に世界一周船の旅で知り合った、Tkeご夫妻が面会に来てくれました。大変世話になっている方で、蒲田リハビリテーション病院にも、群馬県から、お見舞いに来てくれたのです。船を降りてからも1年に1回は温泉に一緒に行っていました。連載中の寺本悠介は彼女と一緒に伊香保温泉に行きましたが、皆さんと一緒に伊香保温泉にも行き、小説の下見にもなっています。昨年は、中山道歩きの時、ご自宅に泊めて頂き、美味しい料理で歓待して頂きました。お世話になりっぱなしなんですよ。奥様は、最近、スペインへ一週間ほど行って来たようです。そしてご主人は韓国に嵌っており、頻繁に行っているとの事、お二人とも、人生を楽しんでおられます。納豆を買って来て貰いました。隣のお婆さんが食べていたので、持ち込みOKと言うのを知りました。病気の前は毎日食べていましたからね。たまには食べたいです。9個あるので暫く食べられます。有難いです。お菓子も買って来てくれました。ほんと申し訳ないほど、気を使って頂いています。ありがとうございます。こんなに頂いた上に、見舞金まで頂きました。蒲田でも頂いているのです。そのお礼もしていないのに、本当に申し訳ありません。このお返しは、足が治ってからになります。お待ち下さい。昼食です。おかず4種です。ご飯にお吸い物、お茶です。午後は時間があるので、中国工商銀行から日本へ送金して貰う為に必要な資料を作成しました。これらを見て貰って、問題がなければ、提出用の本資料を作成します。以下を作成しました。① パスポート (取り合えず写真)② キャッシュカード (取り合えず写真)③ 委任状 (中国から送って貰った資料)④ 個人所得の証明書④ みずほ銀行 口座情報添付の資料は、中国語で書いた委任状です。これで問題なければ、パスポートも含めて、中国へ国際郵便で送付します。まだ、中国側が元で送った場合、日本側で元を受領し円に換えてくれるのか分かりません。みずほ銀行へ問合せ中です。これがOkとなれば、重慶の友人にメールで送付し、中国工商銀行に聞いて貰います。今パスポート原本は、チェンマイにあります。チェンマイからの送金が完了すれば、日本へ送り返して貰わねばなりません。おやつの時間です。希望としては、15時頃にして欲しいのですが、何故か16時です。これだともう夕食に近いのですよね。お茶を出して貰いました。もう16時を過ぎました。ゆったり出来て、心身共に休める日曜日ももうわずかで終わります。中国の資料を作成していたので、小説を書く時間が無くなってしましました。ですが、黄山紀行は第4回を投稿しましたぞ。段々と面白くなって行くと思います。上海ラーメン男や、へらへら男、1番美人や、2番美人も出て来ますからね。おやつです。一番下の茎わかめは、Tkeさんから頂いたものです。夕食です。量も多くて美味しいです。ご飯に味噌汁、お茶です。今夜のご飯は美味しかったです。これで3度目の美味しいご飯です。その旨、看護主任に話したら、同じように炊いている、どうしてかなー? と言っていました。しかし、確かに味が違うのですよ。今夜のご飯、味噌汁、おかずならば、最高なんですけどね。本日は、日曜日、ゆったりしました。1週間に1度は完全休養も良いですね。完全休養と言いながら、パソコンに向かって作業はしていますよ。1. ブログを書く2. 中国からお金の送金に係わる資料の作成3. 黄山紀行の作成と投稿これらを行いました。小説・寺本悠介、ギリシャの本の編集には、手が出ませんでした。まだ、19時前なので、これから、少しやろうかな?まぁ、良い日でした。
2026.04.21
コメント(0)

2026年4月18日(土)アフリカ縦断の旅 総括アフリカ縦断の旅、思わぬ展開で旅を中止し日本へ帰国しましたが、予定した国々は、マダガスカルを除き。ほぼ廻りました。忘れないうちに、アフリカ縦断の旅を纏めておきたいと思います。A.期間 94日間 出発 2012年6月27日(水) 帰着 2012年9月28日(金)B.訪ねた国・都市 12か国、31都市・地域 1.トルコ :イスタンブール 2.エチオピア : アディスアベバ、アワサ 3.ケニア :ナイロビ、マサイマラ 4.ウガンダ :カンパラ、ジンジャ 5.ルワンダ :キガリ、キブ湖 6.タンザニア :ムワンザ、モシ、ダルエスサラーム、 ザンジバル島(ストーンタウン、パジェ) 7.ザンビア :ルサカ、リビングストン 8.ジンバブエ : ビクトリアフォールズ 9.ボツワナ :チョベ国立公園10.ナミビア :ヴィントフック、ナミブ砂漠11.南アフリカ :ケープタウン、ジョージ、オーツホーン、ナイズナ、ストームスリバー、 ポートエリザベス、ブルームフォンテン、キンバリー、ヨハネスブルグ12.レソト :マセル、マレアレアC.費用 約60万円 飛行機 20万円 宿、食費、その他 40万円(1日当り: 4,255円)心残りは、エチオピア 雨季であった事と、ブラックアフリカ最初の国の為、極度に緊張して、慎重に なっていました。それで、南部の少数民族に会いに行かなかったこと。 さらに北部の、遺跡などを見に行かなかったこと、心残りです。心残りは、タンザン鉄道、マラウィ タンザニアのダルエスサラームからタンザン鉄道に乗って、途中下車、そして マラウィを通って、ジンバブエ、そして、ナミビアへ行く予定でした。 しかしながら、熱を出して弱気になり、交通機関の発達していない、このルートを 回避し、飛行機で、ダルエスサラームからザンビアのルサカへ行ってしまいました。心残りは、マダガスカル 日本からの緊急帰国要請により、マダガスカル目前で、予定変更の帰国。 バオバブの木々は是非見たかった。いつか、行きたい。意外と、お金がかかった 飛行機代を除いて、1日当りの使用金額が、4255円です。 節約したつもりですが、かなり大きな出費です。インドは、1700円程度でした。 3ヶ月、12か国訪問の費用が、総額60万円。これが高いと思うか、安いと 思うかは、日ごろ、どんな旅をしているかによって、変わるでしょうね。 実は、今回の旅は、「安全と健康は、お金で買う。」と決めて出発しましたので、 もっと、かかると思っていたのです。予算よりも、安く旅が出来ました。心に残った、ルワンダ ルワンダが意外と良い国でした。バックパッカーには最適と言われている ウガンダが、あまりにインド的で雑然としていた為、小奇麗なルワンダが 印象に残っています。心に残った、ビクトリアの滝 世界三大瀑布の一つビクトリアの滝。南米のイグアスの滝には、敵わない ものの、やはり大きく、心に残っています。 ビクトリア近辺の散策や、近くのボツワナのチョベ国立公園、リビングストンも 含めて、居心地も良かったです。心に残った、ザンジバル パジェにある日本人女性が経営している、パラダイス・ビーチ・バンガロー。 ここでは、静かな海、美しい浜辺、日本語の小説が沢山ある図書館(無料)、 美味しい日本食、病の後だけに、体力回復、その後の旅に、大きな良い影響を 与えてくれました。心に残った、ラフティング ウガンダ、白ナイル川での、初めてのラフティング。 これは、結構きついですが、楽しかったです。思わぬ激流で、ナイル川に 放り出され、危うく、溺れそうになったのも、今では、楽しい思い出です。 しかし、この後、だるくなり、熱も長引いたので、ラフティングは、思ったより、 体力的に厳しいのでしょう。心に残った、ナミブ砂漠 世界の砂漠、サハラ砂漠や、ヨルダンのワディラムに比べると、ワンランク 落ちるとアジアの星一番は査定しましたが、それでも、一度は行くべき、 そして歩くべき、砂漠であると思います。心に残った、マサイマラサファリ 2泊3日、沢山の動物に出会えます。しかも動物園でなく、自然の中の草原。 動物に出会えなくても、草原を走る風は、気持ち良いです。 チータがガゼルを狩って食べるシーンは、自然の厳しさを目の当たりに見ました。心に残った、ケープタウン 他のアフリカ各国と、全く趣の異なる南アフリカ。中でもケープタウンは、大きな 都市でありますが、西欧の都市のように整備されております。 旅人が楽しめるツアーも沢山用意されており、ついつい長居してしまいました。 ケープタウンは、南アフリカの首都(立法府)なのですね。ヨハネスブルグが首都と 思い込んでいましたが、プレトリア(行政府)、ブルームフォンテーン(司法府)と、 3つの都市に首都を分散してあります。心に残った、レソト レソトなどと言う国、「アフリカ縦断の旅」を計画するまで知りませんでした。 南アフリカに周囲を全て囲まれているにも関わらず、独立国でいられたのが、 不思議です。同じ黒人でも、南アフリカの黒人とは、陽気さが違います。 やはり、白人に蹂躙されたか、されなかったか、で変わるのでしょう。 それに、電気も、水道もない、マレアレア。故に、空一面の星空。 さらに、くっきりと美しい南十字星も、満喫。心に残ります。まだまだ、数え上げれば、切がありません。行く先々での体験は、脳裏に、身体に刻み込まれています。その体験も、時が過ぎ去るに従って、褪せて、薄くなって行く事でしょう。されど、毎日、書き続けたブログのお陰で、読み返して見れば、その新鮮な気持ちも、蘇るはずです。そして、ブログは日記なれど、読んでくれる方、コメントを書いて下さる方々がおられる故、書き続ける気持ちも強くなります。その点、皆様に、心より、感謝申し上げる次第でございます。来年の半ばまで、中国の重慶に滞在します。その後は、どこへ行くか、今の所、決まっていませんが、日本には帰らず、物価が安く住み易い国に移動し、「世界への旅」を夢見て、実現して行きたいと思っております。==============================長らく「アフリカ縦断の旅」、を掲載して来ました。リハビリのブログだけでは面白くないかと、ちょっと古いですが、旅ブログも載せた次第です。次はどこが良いかとブログを読んで下さる方々に質問しましたら、イエメンとヨルダンとの声がありました。それで、ちょっと古いですが、その順で掲載いたします。思うに彼の地辺りは、急激な変化と言うか、進歩はないと思いますので旅に出るなら多少の参考になろうかと思います。2000年頃からの中国は急激な進歩がありましたので、その頃以前の中国とその後、例えば、2010年頃の中国は別の国か? と感じるほど変わりました。ですが、中東の国々は、そう変わってないと思います。===============================本日は土曜日、本日が終わると明日は完全休養日の日曜日です。特に何をするでもないですが、日曜日は嬉しいですね。ギリシャの本の編集を行い、小説・寺本悠介の場合、を書く、これが日曜日の作業でしょうか? それに良い映画やドラマがあれば、見たいですね。そうそう、明日は、前橋市に住む親しくさせて頂いているご夫妻が面会に来てくれます。世界一周船の旅で知り合いました。寄港地では大体一緒に行動しました。帰国後も、温泉旅行にも1年に1回は行っていました。昨年の中山道歩きでは、ご自宅に泊めて頂き、美味しい料理で歓待して頂いたのです。良いご夫妻で、世話になっているのです。ですからお会いするのが楽しみです。蒲田リハビリテーション病院に居る時もわざわざ、群馬県から面会に来て頂いたのですよ。朝食です。熱いお茶が出されました。ご飯に味噌汁です。今朝は味噌汁でした。おかず3種です。隣のお婆さんから、海苔を頂きました。納豆も持っているし、色々と買って来て貰っているようです。美味しかったです。有難いですね。おばあさん、明日、曾孫が来ると楽しそうに話していました。よくよく話を聞くと来るのは29日とのこと。おばあちゃん、明日は19日だよ。と教えると、ええー、と言い、がっくりしていました。2年半家に帰ってないとの事ですが、面会は楽しみなんでしょうね。待ち遠しいのですよ。可哀そうにまだ10日も待たねばなりません。午前のリハビリです。話をした事ない大きな声の理学療法士さんが10分位、今日は何日だ、とか聞いたりしながら話をします。私は、居眠りをしてしまいました。遺憾なー。まずは、集団体操です。20分行いました。その後、アジアの星一番は、ストレッチ、筋トレを行いました。本日は、責任者のTktさんでなく、女性のMrtさんです。Tktさんに教えて貰いながら行ってくれました。少しお茶を飲んで休み、平行棒で歩行訓練です。同じくMrtさんが補助してくれました。2mですが、9往復しました。足の調子はまぁまぁです。良くもなってもなく、悪くもなっていません。Mrtさん、あまり補助したことないと言っていますが、上手です。歩き易かったです。昼食です。とうもろこしご飯が出されました。美味しいです。おかずも多いです。おかず3種にデザートです。壁の上を見たら、私の名前がありました。入所したばかりなので、出発地の日本橋です。1ヶ月に1宿進むので、来月は品川宿に進みます。面白いですね。楽しみです。どこまで行ったら、退所出来るでしょうか?午後のリハビリです。本日は土曜日なので集団体操はなく、療法士さんからお話があるとの事です。立ち上がり訓練は行うが、その為にわざわざ、降りてくるのも大変なので、不参加でも構わないと言ってくれました。ですが、明日は完全休養日だし、立ち上がり訓練は、重要だと思うので、参加しました。45回行いましたが、立ち上がってから座るまでの時間がいつもより長かったので、きつかったです。部屋で少し休んでから、又、リハビリに参加しました。平行棒の歩行訓練です。責任者のTktさん始め、Mrtさん、Murさんの3名の方がつきっきりで行ってくれました。平行棒を3台繋げて6mとし、過去最高の6往復歩きました。72m歩いた事になりますが、足は疲れたと言う感じはないです。しかし、Tktさんに、手を使っているから足が疲れない。足が疲れたと言う歩き方になればさらに良いと言われました。言われてみれば、確かに手、腕を使っています。足に体重をかけるように歩かないと意味ないですね。それから、足が内側に入ってしまうので、歩き難くなると、指導がありました。それも気を付けて歩きましょう。毎日、具体的な指導があるので、有難いです。リハビリ後のおやつです。美味しく頂きました。これで今週のイベントは全て完了です。明日は完全休養日です。何となく、気分がホッとします。コーヒーも旨いです。夕食です。17時ちょっと過ぎに食堂へ行ったらもう食べて部屋へ帰る人もいます。早いですねー。おかず4種です。量も多いでしょう? そして美味しいです。ご飯にお吸い物、お茶です。お茶は熱かったですが、お吸い物は残念ながらぬるかったです。ご飯は美味しくなりました。土曜の夜はゆったりですねー! 明日が完全休養日ですから。何もなく、やりたい事が出来ると思うと心が浮き浮きします。ですが、やる事があるのです。中国工商銀行に預金してあるお金を日本に送金せねばなりません。友人の熱血教師さんに依頼し銀行に聴取して貰いました。回答を頂きましたが、さらに質問があります。その質問書を作成せねばなりません。最終的な提出準備は4項目あります。それらも準備して、その4項目で、送金してくれるか確認をして貰わねばなりません。それらの資料を明日、作成します。日本で受領する口座データも作成し、熱血教師さんに送付します。そうそう、体調は悪くないです。今まで悪く辛かった項目が全て良い方向に向かっています。1. 尻が痛い → 良くなっている。2. 足の痺れ → 良くなっている。しかし、右足がピクピク頻繁に 動くのは良くなっておらず、むしろ悪くなっている。3. 足の痙縮 → 突っ張る頻度が減っている。4. 足の甲の浮腫み → 良くなっている。5. 睡眠 → ここの所、良く眠れる。このように老健の時、Hakuへ入居当時に比べると、全てが良い方向になっています。薬(芍薬甘草湯とタリージェ)と、リハビリのお陰かと思います。リハビリは、立ち上がり訓練、平行棒での歩行訓練、さらに、ストレッチ、及び、筋トレを各種やって貰っています。それらが効いているのではないかと思います。筋トレも7~8項目あり、今までの施設ではやってくれないリハビリです。これも有効ですよね。薬の副作用があると聞いていましたが、多少眠くなる程度で、腕の力や足の力は変わってないと思います。とにかく、良くなってくれれば嬉しいです。
2026.04.20
コメント(2)

これは、中国、杭州市の肖山にて働いている、とある日本人が、中国語も話せないのに、無謀にも、現地ツアーに参加した記録である。行先は、世界遺産であり、中国人の心の故郷的な名山である、黄山。美松あり、奇岩が多い黄山に、どんな出来事が待っているのでしょうか?凍え死にそうに寒いオンボロバスに乗って杭州から黄山の麓の宿に意識朦朧となりながら到着。エアコンは効かないわ、トイレの水は出ないわ、従業員が何人も来て大騒ぎ。ようやくエアコンも治った。そしてこれまた寒いレストランで食べて帰りにマッサージの部屋に入った。 写真はネットより借用================================第3回 2026年4月20日(月)気持ちよさの二乗となった。一緒のたらいに足を入れて、見つめ合っていると、この3人が3人、それぞれが、ほどほどの美人なのです。世間話をしながら様子を見た。と言っても、分かるのは、出身地と、年齢を聞く程度であるが。一人は、肉感的、本格派美人。ちょっと澄ました感じがする。一人は、ほっそり型の美人。この娘が一番しゃべる。一人は、可愛い娘系だが、ちょっと太め。愛嬌がある。さぁ、皆さんなら、どの娘を選ぶでしょうか?僕は、考えました。目的は、マッサージです。この目的を間違えると、選ぶ人を間違えてしまいます。あくまで健康足マッサージです。ちょっと澄ました本格派美人は、手抜きされる可能性がある。「あんた、あたしにマッサージして貰って嬉しいでしょう?」、ってな自信過剰的、感覚がありそう。よくしゃべるほっそり型美人。この娘を選ぶと、おしゃべりばかりしてマッサージの方への集中が出来ない可能性がある。目的から外れる。結局、ちょっと太めの愛嬌のある可愛い娘系にした。力もありそうだし、愛嬌もあり、優しそうな所に負けた。ん? 負けた訳ではない、単に、足のマッサージをして貰う相手に選んだだけだ。正解であった。丁寧に、強く、弱く、足の壺を押す。手抜きもない。おしゃべりも少ない。あのオンボロバスの地獄的時間が、わずか、5時間前にあったのが、信じがたい程である。1時間、たっぷり足裏マッサージを行う間、どこからか、男達が入れ替わり立ち代り、どうかな、4~5名やって来た。そして帰って行った。マッサージ屋に来て、何もしないで帰って行くのです。何もない所だから、井戸端会議的場所の、役割も兼ねているのかも知れない。足のマッサージが済むと、全身マッサージはどうか? と進められる。足裏マッサージが、あまりに気持ち良かったので、頼もうかと思った。しかし、マッサージ台がない。マッサージは、どこでするのか、と確認すると、部屋へ行く、と言いおる。「ん? これは、何やら、怪しいぞ?」、と、僕の自己危険信号が鳴り出した。一度、そのような危険な目にあって見たい気がしないでもないが、やはり、ずっと続けてきた清純な生き方を簡単に変える訳にはいかない。よって、全身マッサージは、断念する。どうもここはマッサージ兼置屋のようである。だから男達が入れ替わりやって来るのである。早々に、マッサージ部屋を、退散して、自分の部屋へ戻る。部屋のエアコンは効き目十分。暑いほどである。娘さんが、30度に温度設定して、何故かリモコンを持って帰ってしまったので、温度調整不能なのだ。いくらなんでも、暑すぎるぞ! と娘さんの部屋へ行こうとしたが、勘違いされても、説明能力がないし、大問題に発展しても困るので、30度の設定で我慢する事にした。暑すぎるが、凍死よりはずっと増しだ。シャワーを浴びようとした。直っているはずであった。確かに、ホースは接続されているし、水は出る。しかし、いくら待っても、お湯とは言いがたい水に近いぬるま湯しか出ない。よって、シャワーも断念した。豪華等クラスホテルにしては、我慢すべきことが多い。ここは標準等クラス以下のホテルに違いない。支払いのみ豪華等なのだ。ま、最下等オンボロバスに比べれば、標準等クラス以下でも、我慢できる。明日、昇る黄山であるが、黄山風景区と呼ばれ、中国の10大風景名勝区のただ一つの山岳風景区である。僕が言っているのではなく、案内書に書いてあるのであるからして、本当だ。世界遺産にも登録されているそうである。因みに、中国で世界遺産に登録されている所は、37箇所もあるそうです。万里の長城や、故宮、蘇州古典園林、秦の始皇帝陵、ラサのボタラ宮、などなど。そして日本はと言えば、14箇所です。中国の半分以下ですが、歴史や広さから比べれば、日本だって相当、頑張っているなーと、感心しています。因みに、日本で世界遺産に登録されている箇所と、中国で、登録されている世界遺産は、次の通りです。(2008年現在)日本の世界遺産文化遺産・ 法隆寺地域の仏教建造物 ・ 姫路城・ 古都京都の文化財・ 白川郷・五箇山の合掌造り集落 ・ 原爆ドーム ・ 厳島神社 ・ 古都奈良の文化財 ・ 日光の社寺 ・ 琉球王国のグスク及び関連遺産群・ 紀伊山地の霊場と参詣道 ・ 石見銀山遺跡とその文化的景観 自然遺産・ 屋久島・ 白神山地・ 知床中国の世界遺産文化遺産・ 万里の長城 ・ 明、清朝の皇宮群・ 敦煌・莫高窟 ・ 秦の始皇帝陵 兵馬俑・ 周口店の北京原人遺跡 ・ 承徳の避暑山荘と外八廟・ 曲阜の孔廟・孔林・孔府産 ・ 武当山の古建築物群・ ポタラ宮・ 蘇州古典園林 ・ 古都平遥 ・ 麗江古城・ 北京頤和園・ 北京天壇公園 ・ 大足石刻・ 龍門石窟産 ・ 安徽省南部古民居 ・ 都江堰と青城山 ・ 明清朝の皇帝陵墓群 ・ 雲崗石窟 ・ 高句麗の首都と古墳群 ・ マカオ歴史城区・ 河南省安陽市殷墟・ 開平望楼(碉楼)群・ 福建土楼自然遺産・ 泰山・ 九塞溝の自然景観・ 黄龍の自然景観・ 武陵原の自然景観・ 廬山国立公園・ 雲南三江併流群・ 四川省パンダ生息地・ 中国南方カルスト・ 江西三清山複合遺産・ 黄山・ 峨眉山と楽山大仏・ 武夷山明日、日帰りでこのホテルに帰ってくると、何となく頷いてしまったが、黄山の頂上に泊まりたいなー、雨でも良いから、黄山の頂上に泊まりたいなー、とウトウトしながら、そして美しい景色を想像しながら眠りの中へ・・・。==================================
2026.04.19
コメント(0)

2026年4月17日(金)2012年9月28日(金) アフリカ縦断の旅 94日目香港から成田へ 「アフリカ縦断の旅」最終日ヨハネスブルグから13時間かかって、11時40分に香港に着きました。そして、15時10分に、成田に向かって飛び立ちます。香港時間15時10分だと、南ア時間では、朝の9時10分です。本来ならば、ヨハネスブルクの黒人居住区の見学に出かける時間なのに香港から日本に向けて、出発するのが、何とも不思議です。予定通り、キャセイ航空の機体は、香港上空へ浮かび上がりました。およそ4時間半、丁度3ヶ月振りに成田到着。思い起こせば、6月27日、蕁麻疹に悩まされ、欝病にも襲われ、見知らぬ、ブラックアフリカへの旅立ちの不安もあり、不安だらけの出発でした。途中、ケニアのナイロビでは、欝病が特別に悪化したり、ルワンダからタンザニアでは、10日間ほど熱が出て、丸4日間も寝込み、どうなる事かと思った旅でありました。思わぬ経過により、旅の途中で帰国となりましたが、銘打った「アフリカ縦断の旅」、一応、予定通り、アフリカは縦断しました。本来の予定は、ヨハネスブルグ以降、以下の通りだったのですが・・・。 9月29日(土) ヨハネスブルグ → アンタナナリボ10月11日(木) アンタナナリボ → ナイロビ10月12日(金) ナイロビ → イスタンブール10月19日(金) イスタンブール →ソウル仁川10月20日(土) ソウル仁川 → 成田キャンセルの効かない、エアーチケットの為、 * ヨハネスブルグ → アンタナナリボ * アンタナナリボ → ナイロビ → イスタンブール * イスタンブール → ソウル仁川 → 成田の飛行機は、無駄になりました。大よそ、15万円ほど、損をしました。まぁ、仕方ありません。金は天下の廻りもの、無事で健康に帰国出来たのですから、感謝です。健康でさえあれば、又、いつでも、出かけられます。香港から成田、4時間半のフライトで、成田には、 20時半着。リムジンバスに乗って、東京駅には、22時半頃着きました。夜遅くなのに、人がいつもより、多いなー? 写真を撮っている人もいるぞ?と思っていたら、東京駅が新装、お披露目となっていたのです。以前と比べて、どうでしょうか?=================================目が覚めたら、4時でした。本日も熟睡出来ました。足が痛くならないので良く眠れるのでしょう。薬とリハビリのお陰かと思います。体勢を変えて貰って、又寝て5時起床。7時間20分寝ました。熟睡して、気持ち良い朝です。ここの所、ずっと痛かった尻の痛さが減っています。車椅子でもベッドでも座っているので、尻が痛いのですね。ひどくなると褥瘡になるので、予防に気を使っています。ひとつは、軟膏です。看護師さんにアズノールを塗って貰っています。もうひとつは、除圧です。ベッドで作業する時は、30分に1回、横向きになり尻への圧力を減らす除圧です。タイマーをセットして、必ず30分に1回行います。何が功を奏したのか、ここの所、尻の痛さが減じています。まぁ、有難い事ですな。腹減って来たので、お菓子を食べます。ここHakuは体重を計ってくれないので、分かりませんが、ここに来てから、体重が減っているのではないかと思います。今まで、他の施設で腹減ったなー、と感じる事はなかったですから。おかしいなー? 朝食の写真を撮ったはずなのにないです。撮ったつもりが撮ってなかったのでしょうか?やばい、惚けたかなー?まぁ、いつもと同じです。ご飯は、少し柔らかくなり美味しくなりました。味噌汁ではなく、お吸い物でした。さて、9時20分からリハビリです。1. 集団体操2. 立ち上がり訓練 23回3. ストレッチ、筋トレ筋トレは色々と行ってくれますが、尻上げは全く上がりません。それでも療法士さんは、1mmでも良いから上げるようにして下さい、と続けます。AIも出来なくても良いからやれ、脳からの指令が大切だと言っています。チェンマイへEMSで資料を送りました。バンコク銀行にある保険解約の返却金、それを日本へ送金する為の資料です。一応、手書きですが、レターも同封しました。これがチェンマイに届けば、弁護士さんが日本への送金手続きを行ってくれます。チェンマイのお金を日本に送金する件、聞き取りを初めてから半年以上かかりましたが、ようやく全て解決となります。良かったー。本日は金曜日、お風呂の日です。リハビリの平行棒の歩行訓練がありますが、中止してお風呂優先です。身体を洗って、お風呂に浸る。気持ち良いですねー。至福の時間です。これが週に3回ありますので有難いです。老健は週に2回でしたから。風呂からあがると、スポーツドリンクを準備してくれます。昼食です。わぉー、麺です。うどんのようです。嬉しいなー!天ぷらうどんです。てんぷらはなくても良いですが、うどんは美味しいです。もっと頻度を増やして欲しいです。が、昼食時に隣に座って女性は、うどんが嫌いなそうです。う~む、難しいですなー。午後のリハビリです。1. 立ち上がり訓練 45回 10分2. 集団体操 35分3. 平行棒での歩行訓練 6mを5往復1往復毎に休憩しますが、責任者のTktさんも、Mrtさんも、旅好きで旅の話をします。Mrtさんは、旅本を読みたいと言うので、日本一周の本を9冊無料進呈しました。これには日本二周目も含まれています。午後3時から、皆さんはリクレーションを行います。その間、理学療法士、作業療法士の皆さんが多い時は3人で、私だけの為に、平行棒の歩行訓練を行ってくれます。もし外部リハビリを1時間頼んだら、一人1万数千円です。3人ですと、4万円支払わねばなりません。それを安い費用で行って貰っています。ですので、ほんと感謝です。安い旅本など何冊でも無料進呈します。これを読んでくださっている皆様で欲しい方には、無料で送りますので連絡下さい。PDFが読める方でないと送っても読めませんが。リハビリの後の、おやつタイムです。コーヒーとお菓子、そして羊羹もあります。夕食です。おかず4種です。多いですねー。美味しいです。ご飯、お吸い物、お茶です。味噌汁が出て来ないですねー。朗報です。中国のお金が、日本へ送金出来そうなニュースです。チェンマイの預金は全て解決します。添付のレターを添えて、本日必要資料を添えて、チェンマイへ送り返しました。それで弁護士さんが銀行で手続きを取り、日本の私の口座へ送金してくれます。残っているのは、中国に預金してあるお金です。教え子に預かって貰っているお金と、自分の口座に預金してあるお金があります。教え子に預かって貰っているお金は、教え子にどのように送金するのが好ましいか調べて欲しいと依頼してあります。まだ返事がありません。自分の口座のお金は、自分が中国へ行かない限り、降ろせないであろうとほぼ諦めておりました、しかし、ダメもとで、四川外国語大学の友人、熱血教師さんに、銀行へ聞いて貰うよう依頼しました。その回答が、送金可能である、と言う事なのです。勿論、色んな資料を送らねばなりませんが、そんな作業は、何ら問題ありません。お金が送金して日本で受領出来るならば、何でも行います。まだ諸手を上げて大喜びと言う段階ではないですが、送金出来る可能性が大きいと言うことなので、嬉しいです。23万元くらいありますので、円換算で、460万円以上あります。大きい金額ですよね、これが戻ってくれば、もう少し長生きしても暮らしていけます。何とか送金出来るよう、資料作りに頑張ります。
2026.04.19
コメント(0)

2026年4月16日(木)2012年9月27日(木) アフリカ縦断の旅 93日目緊急帰国 ヨハネスブルグから香港へ昨夜、部屋でネットをしていたら、家族からメールが入りました。滅多に家族から、メールなど、受信しないので、悪い予感がしました。案の定、1日も早く帰国して下さい、との内容。(理由は控えますが)それで、その時間は、既に、航空会社は空いてない時間なので、ネットで、航空券を急いで探しました。以前は、エクスペディアで探した事が多かったですが、入力が面倒なのと時間もかかるので、最近は、スカイキャスナーで探す事が多いです。翌日のヨハネスブルグから香港経由成田で、見つかりました。最安値は7万7千円。ヨハネスブルグの見学も出来ず緊急帰国です。9月27日(木) 南ア航空 SAー286便ヨハネスブルグ発 16時40分宿のチェックアウト時間もあるので、早めに空港へ行きました。アジアの星一番の乗る、香港行き飛行機の待合室は、中国人だらけです。多くの中国人がアフリカに来ていると、何度も聞いたし、実際にツアー団体もこの目で見ましたが、これだけ多くの中国人を、一度に見るのは初めてです。中国の勢いを感じると共に、日本の衰えも感じ、寂しさを覚えます。尖閣問題との理由で、デモがあり日系企業が襲われたあとだっただけに中国人の日本人に対する態度がどうか、心配しました。しかしながら、待合室の隣に座ったスーツ姿の二人連れは、親しく話かけて来て、デモは良いが、襲撃や盗みには困ったものだ。中国人として恥ずかしい、と言うような内容の話をしていました。領土問題は政府同士でやれば良い、国民同士は仲良くしなければならない、などと分かったような事を言っていました。それが本心なのか、外交辞令なのかまでは分かりませんでしたが、多くの中国人が、そう思って、そのように行動してくれれば、本来の大国になれるのになー、と感じた次第です。飛行機に乗り込み、機内を見回すと、9割ほどは、中国人です。餓鬼が騒ぐわ、トイレは汚くするわ、で、中国人の嫌な面を見ます。機内映画は沢山ありましたが、大半が英語でスペイン語もありました。中国語も吹き替えとか、字幕は多かったです。しかし、日本語は、たった1本しかありません。しかも、全く有名でなく、且つ面白くない映画でした。今の時代、簡単に映画は入手可能だろうから、南ア航空、しっかり準備してよ、と言いたい所ですが、ここにも日本の地盤沈下が現れているのかなーと、寂しい気分です。まぁ、でも、映画はなくとも、一応、夜の時間になれば、寝れば良いので、それほど、退屈さは、感じません。13時間かかって、翌日、28日、香港時間の11時40分に、香港に到着しました。まだまだ、「アフリカ縦断の旅」、は続くはずでした。明日は、マダガスカルに飛ぶ予定だったのに、香港に居ます。不思議な気分です。=============================昨夜は、熟睡は出来ませんでしたが、7時間15分は眠れました。スマートウォッチによれば、夜中に目が覚めていると言う表示になっています。自分では分かりませんが、それが熟睡でなかった要因かも知れません。朝食です。おかず3種です。ご飯に味噌汁、お茶です。9時20分からリハビリです。1. 集団体操2. 立ち上がり訓練 26回3. ストレッチ4. 筋力トレーニング5. 平行棒で歩行訓練 2mを8往復ストレッチは15分位、その後、足の筋力トレーニングを各種、行います。足を真っすぐにして持ち上げる、両足を開く、膝を曲げて下に押す、足を曲げて押す、などなど沢山行います。夜寝ている時に、痙縮(突っ張り)がなく、良く眠れるようになった、薬のお陰でしょうか? と聞いたら、このストレッチと筋力トレーニングも効いているのではないか、と言われました。痙縮(突っ張り)は、突っ張りと言うより、引っ張りと言った方が良いと思うような動きで、足が伸びるのでなく、曲がるのです。今の訓練は全て足が曲がるのでなく、伸びる事を行っている、と言う事です。色々と考えて訓練を行ってくれているようです。昼食です。早く行ったので、お茶が出されました。昼食です。煮魚を含み、おかずは4種です。ご飯にお吸い物、お茶です。ご飯の硬さは丁度良くなって来ました。午後のリハビリです。14時から始まります。1. 立ち上がり訓練 50回 アジアの星一番は45回2. 集団体操3. リクリエーション アジアの星一番以外の方々4. 平行棒で歩行訓練平行棒を3台並べて歩きます。6mあります。本日は1回毎に休みを入れて、5往復しました。ですので、60m歩きました。これは最高新記録ですね。特に足が疲れたとは感じませんが、往復の帰りは足が動き難いので、疲れているのかも知れません。手と腕は痛いです。この調子で頑張りたいです。リハビリの後のおやつです。コーヒーとお菓子です。夕食です。おかずは4種です。ご飯、お吸い物、お茶です。朝食、夕食の時、隣りに座っているのは、91歳のお婆さんです。私の従弟が住む家の隣保班です。叔父さんや叔母さんは良く知っています。それで、時々話をするのですが、もう2年半、ここに滞在し、一度も家に帰っていないとの事です。足が悪いようです。それで、足が治ったら何をしたいですか? と聞いた所、家に帰って花を育て、野菜も作りたいと言っていました。良いですねー、そう言うやりたいことがあって。私は、そのような趣味がないので、その楽しみは分かりませんが、草取りとか大変でしょうが、花が咲いた時の楽しみはあるのでしょうね。小学校5年の時に終戦。戦争中は、食べる物も不足していて大変だったと話していました。息子さんはキノコ会社の社長で、従業員が30人いるそうです。自慢の息子さんなのでしょう。頭はしっかりしており、耳も聞こえるので、雑談するには良いお相手です。
2026.04.18
コメント(0)

あらすじ悠介は、長野県安曇野の隣、池田町に産まれ、長野高校に進学した。大学は東京のM大学である。その間、小平由樹枝と良いお付き合いをした。大学2年になりとあるコンパで飲み過ぎて矢代美恵子と深い関係となる。小平由樹枝を愛していたが、愛想をつかされ振られてしまった。その後、美恵子とは変則的な付き合いを行い、1年先輩の美恵子は就職して大学もアパートも去った。悠介は大学4年になり就職活動も終わり、希望の会社に就職も決まった。そして友人高橋の結婚披露宴も無事終了。その後新婦の友人の唐橋由美子と親しくなったが、別れたいが別れさせてくれない。一方、美枝子は玉の輿と言える結婚する事になった。3月末、悠介は就職したが、実習中に由美子が自殺未遂をしたと言う連絡を受けて真っ青になった。由美子の父親に会い、慰謝料も支払い問題は解決した。悠介は希望の鹿沼工場に配属され社会人生活が始まったが、女性問題がありタイのシラチャへの出張が決まった。シラチャーでの仕事、恋愛も順調である。2年強のシラチャ生活を終え、鹿沼に帰り2年が経過した。そして2年振りに心がときめく女性を会う。橋本千恵子と言う女性である。写真はネットより借用================================第199回 2026年4月17日(金)夕食は広い食事処だった。テーブルの上には、群馬の食材を使った料理が並んでいる。「すごいな。」悠介が言う。「旅館の料理って感じだね。」千恵子が嬉しそうに言った。上州牛の陶板焼き、川魚の塩焼き、こんにゃく料理、地元野菜の天ぷら。「群馬名物ばかりだ。」二人はゆっくり食べ始めた。「今日は長い一日だったね。」千恵子が言った。「黒檜山登ったしね。」「でも意外と早く登れた。」悠介は頷いた。「3時間かからなかったな。」千恵子は少し黙ってから言った。「ねぇ。」「ん?」「この旅って、本当に60時間なの?」悠介は笑った。「だいたい60時間。細かくは計算してないけど、初日に朝8時出発、2日目、3日目の朝8時で48時間、夜8時に鹿沼に着くとすれば60時間だよ。」「そうか、ちゃんと計算してるじゃない? でも不思議だね。」「何が?」「まだ2日目なのに、すごく長い旅をしている感じがする。」悠介も少し考えた。「確かに。」昨日の赤城。黒檜山。大沼。そして伊香保。まだ二日目だが、思い出はすでにたくさんある。「時間って、不思議だね。」千恵子が言った。「同じ一日でも、長く感じる日もある。」悠介は静かに頷いた。「この旅は、きっと長く感じる旅になるだろうな。」千恵子は微笑んだ。「それなら嬉しい。」食事が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。温泉街の灯りが、山の斜面に点々と光っている。二人はゆっくり部屋へ戻った。「せっかく温泉にきているんだ。もう1回入って来る?」「ええ、入って来ましょう。」二人は連れだって温泉へ向かった。浴衣の千恵子を見ていると色っぽい。悠介は興奮して来た。しかし今から温泉である。静まれ、静まれ、と息子に暗示をかけた。ゆったりと温泉に浸って部屋に戻った。テーブルに座って温かいお茶を飲む。「こっちへ来いよ。」悠介は千恵子を誘った。その言葉に誘われて千恵子が悠介の隣に座る。悠介はそっと肩を抱き寄せる。千恵子は悠介に凭れ掛かって来た。自然と唇を合わす。悠介が舌を差し入れると千恵子は静かに吸った。悠介は浴衣の合わせ目から手を差し入れた。直接小ぶりな乳房が掌に触れた。風呂上がりでブラジャーは付けていなかった。口づけをしながら悠介は千恵子の身体を手で堪能した。そして布団に移動した。布団に千恵子を寝かせて浴衣を取り去った。そして下着も脱がせた。千恵子も協力したので簡単に取り去る事が出来た。眩い裸体が横たわっている。悠介は興奮した。そして自分も全てを脱ぎ去り千恵子の隣に横たわった悠介は手を下半身に伸ばした。昨夜はぴったりと太腿は閉じられていたが今は力が抜けている。一度交わるとこれほど違うのかと驚きが大きい。秘部はもうしっとりと濡れている。悠介は千恵子の足を大きく開き上に覆いかぶさった。体重がかからないように注意しながら、悠介は自慢の逸物を千恵子の秘部に押し当てた。先端に温もりが感じられる。千恵子に身体の硬さは感じられない。ゆっくりと押し入れた。きつく締め付けられる感覚が強い。そして熱い。奥まで挿入し千恵子を抱きしめた。逸物がすっぽりと納められた感覚がある。千恵子の耳に口元を当てて聞いた。「痛いか?」千恵子は無言であるが、痛さを堪えているような表情である。初めての交わりは後背位であった。今夜初めて正常位で繋がった。後背位も最高に良かったが正常位の方が愛し合っている感覚がある。正面で抱き合えるからであろう。悠介はゆっくりと抽送を開始した。スムースである。奥深く差し込み、そして戻す。これほど気持ち良い事が世の中にあるのだろうかと思う。シラチャの彼女、ハンサを残して帰国してから2年、彼女はいなかった。なので久しぶりのセックスである。興奮が絶頂に近くなった。悠介は千恵子の尻を抱え込み、大きく早く抽送を繰り返した。そして、「うぅ」っと呻きながら白い液体を千恵子の下腹の上に吐き出した。悠介は素早くテッシュで後処理を行い、千恵子の隣に横たわった。「素晴らしく良かったよ。ありがとう。」千恵子は黙って顔を悠介の胸に押し当てた。二人は全裸のまま抱き合って眠りに落ちた==================================
2026.04.17
コメント(0)

2026年4月15日(水)世界で最も危険な都市、ヨハネスブルグへキンバリーの町は、昔のダイヤの発掘跡以外は、何もない小さな町です。従って、1泊すれば、充分な町でもあります。観光客も宿泊しないで、次の町へ行くのか、連泊可能な安宿もありません。それで、本日は、世界で最も危険な町、と言われるヨハネスブルグへ向かいます。まぁ、大丈夫だとは思うのですが、危ないと言われる場所へ、わざわざ、行って、実際に危険な目にあったら、言い訳も出来ません。まして、今回の「アフリカ縦断の旅」の、モットーは、「安全と健康は金で買う」、だったのです。そして、ほぼ縦断完了間近になって、それを変更する必要は、全くないのであります。その考えに基づき、既に、ヨハネスブルグのバス停にタクシーの迎えは手配しております。ですから、安心して、キンバリーを出発します。8時15分バスは出発です。その30分前に宿を出て、重い荷物を背負い、歩きました。そうすると、ここでも、超どでかい、お尻の女性が目につきます。どうですか? 異常、異様なほど、でかいですね?このでかさは、必要なのでしょうか? 無用のでか物のような気がします。歩くにも重たいでしょう。バスは、予定通り、8時15分に出発しました。これが、グレイハウンドのバスです。途中で、給油休憩した時の1枚。2列通路2列なので、狭いとは感じませんでした。途中、見難いですが、フラミンゴのような鳥の群れが、湖の水面を飛んでいました。バスの中からなので、決定的な写真が撮れません。8時間後、ヨハネスブルグの町に入りました。大都市ですね。長距離バス停は、「歩き方」には、絶対に行くなと言う地域の中にあります。そのバス停にさえ、行かないようにと記載されております。ですから、着いたら、バスの乗務員と一緒に、オフィスへ行こうと考えていましたが、運転手が、バス到着場所で待っていました。本当に宿から来たタクシーなのか、信頼出来ません。そうしたら、彼の携帯電話に宿からメールが入っており、それを見せて貰って安心して乗り込みました。28歳の黒人の若者です。ヨハネスブルグは、危ないと聞いているが? と聞くと、全然、問題ない、と言います。彼は黒人なので、観光客とは違います。ですから、その言葉を鵜呑みにする訳には行きません。バス停から、空港近くの宿まで、30分位だったでしょうか?ずっと、運転手の彼と雑談をしていましたが、彼が質問します。「あなたは、いつ、どこで、英語を勉強したか?」、と。僕は、「日本人は、中学校から、全ての人が英語を勉強する。中学卒なら3年、高校卒なら6年、大学卒なら10年と勉強するので、誰でも英語を話す。」と回答。彼は、「いや、そんなはずはない。あなたは英語が上手だ。日本人で、そんなに上手く話す人は初めてだ。」、と言います。僕は、英語が上手いと思った事はありませんが、褒められると悪い気持ちはしません。しかし、英語が話せない日本人も、ヨハネスブルグに来るのだなー、と自身の英語能力から考察すると、そう考えられます。ここが、空港に近い、宿の通りです。バス・トイレ付の個室を予約したはずなのに、2部屋続きの部屋でした。入口側に、中国人が泊まっています。受付に文句を言うと、今夜だけだから我慢してくれと言います。1泊、2800円もの大金を出して宿泊するのに困ったものです。が、仕方ありません。ネットは、部屋で繋がるので、便利ではありますが、トイレへ行くのに。中国人の部屋を通らねばならないので、気分的に疲れます。明日は、ヨハネスブルグの市内見学、明後日は、かなり高額なツアーですが、滅多に行けない、黒人居住区へ行こうと予定しています。その為に、ここに3泊もします。そして、その後は、マダガスカルです。あのバオバブに、ご対面できるはず。楽しみです。宿でも食事は作ってくれますが、かないの高額なので弱りましたが、歩いて行ける所に、スーパーがあり、弁当も売っているし、自炊の材料も揃います。今夜は、チキンカレーを買って来ました。================================昨日、テレビ台が低すぎてテレビが見難いと、責任者のTktさんに言いました。そしたらすぐに、高さのある台に替えてくれました。抽斗もあるし、ベッドからテレビも良く見えます。すぐアクションを取ってくれる所が嬉しいですね。大きな台になったのでスペースがあります。それで頂いた御守りを台の上に並べました。しかし肖ちゃんに頂いた絵が見えません。もう一枚、絵があるのです。両方ともチェンマイのお寺をお参りし、私の回復をお願いし、そして描いてくれた絵なのです。御守り同様ご利益があるはずです。飾らねばなりません。もう一工夫しましょう。看護主任の、Hskさんが、使ってないから無料で冷蔵庫を貸すよ、と言ってくれました。有難いですね。お願いしたら、早速、部屋に運んでくれました。そして今まで使っていた低いテレビ台の上に置いてくれました。とっても居心地のいい部屋になりました。皆さん、本当に親切です。早く良くなって退所したいですが、居心地が良いので、長居しても良いかな、なんぞと言う目標にそぐわない考えも浮かんで来てしまします。拙いですな。蒲田リハビリテーション病院から、医者の診断書が届いたので、介護保険の請求書を、保険会社に送ります。介護保険金請求書は、記載し準備済です。第一フロンティア生命の介護保険は、既に申請して、保険金は入金済です。今回は、ニッセイウェルネス生命の介護保険です。もう一社、PGF生命は、請求資料を要請し、発送して貰いました、届いたら、又、医者の診断書を書いて貰わねばなりません。ですので、時間がかかります・ニッセイウェルネス生命は、返送用の封筒も準備してくれて切手も不要です。年金を扱う日本年金機構とは大違いです。あそこは勝手に資料を送ってよこし、切手を貼って返送せぃ、と言う態度です。もう必要書類は入れたので本日発送して貰います。Facebookのグループ、「70歳から若返る会グループ」のメンバーになったら、物凄い数の投稿があり、読むのも苦労しています。中には良い投稿もあるのですが、大半は不要だなと思う記事です。困るのは、あまりに投稿が多いので、読みたい方々にfacebook友の記事が仲々、出て来ない事です。6万人もメンバーがいるグループです。「70歳から若返る会グループ」、このグループから退会するかなー?朝食です。おかず3品です。ご飯、お吸い物、お茶です。テレビ台が広くなったので、省ちゃんより貰ったもう1枚の絵もだして御守りと共に飾りました。全部見られるようになりました。毎日、手を合わせてお祈りすれば、ご利益も増すでしょう。頂いた方々には、感謝です。ありがとうございました。大切にします。午前のリハビリです。1. 集団体操(全員)2. 立ち上がり訓練 26回(全員)3. ストレッチ、筋力トレーニング、体幹訓練(個人)4. 平行棒での歩行訓練 2mの平行棒を7往復(個人)平行棒は、たった2mしかないので、何歩か歩いて方向転換と言う歩きかたです。30名位の患者さんがリハビリで歩いたりしているので、平行棒を繋ぐ事が出来ません。仕方ないですね。次は、シャワーに入浴です。じっくり湯船に浸りました。風呂は気持ち良いですねー。今までの施設で風呂は、ここHakuが最高です。昼食はカレーでした。良いですねー! カレー、食べやすいです。おかずもあります。カレーには福神漬けですね。豆とフルーツも付いていました。午後のリハビリです。1. 立ち上がり訓練 50回 アジアの星一番は45回2. 集団体操3. 平行棒で歩行訓練 6mの平行棒を3往復長下肢装具を付けて歩きますが、だいぶ慣れて来ました。体重移動も出来て来たので、足がスムースに出ます。慌てずに、もう少ししっかり足に体重が乗れば、介助なしで歩けるようになると思います。リハビリ後のおやつコーヒーとお菓子です。夕食です。おかず4種ですが、多すぎる位です。ご飯、お吸い物、お茶です。ご飯は柔らかくなりました。食べやすいです。要望すると聞いてくれるのが、ここHakuの良いところですね。手形の鯉のぼりです。介護士さんが、入居者全員の手形を取り、このように飾ってくれました。アジアの星一番の手形は緑色です。右端の一番上ですね。Hakuでの1日のスケジュールが分かり慣れて来ましたリハビリもほぼ同じで、慣れて来ました。ここでの現在のリハビリは、立ち上がり訓練と、平行棒の歩行訓練ですね。これは午前、午後と2回行います。介助なしで歩けるようになるまでこれを続けるのではないかと推測致します。その他の、集団体操は時間をかけていますが、歩きへの貢献度は低いのではないかと思います。ま、でも、やらないよりは、ずっと良いはずなので続けています。ここの所、良く眠れます。芍薬甘草湯とタリージェが効いて来ているような気がします。足の痺れも痙縮少なくなっています。ですが、右足のピクピクする痙攣のような症状が多くなっています。全体的に体調は良いです。有難いですね。良い体調を保って、リハビリが続けられれば、良い方向に動くでしょう。
2026.04.17
コメント(2)

2026年4月14日(火)キンバリー 有名なダイヤモンド南アフリカのキンバリーに来ています。博物館に入りました。有名なダイヤモンドが沢山陳列されております。美しく有名なダイヤモンド、買うことなど有り得ませんが、写真に収めましたので、それらを、掲載致しますが、写真ではその美しさが分かりませんねー。1個幾らなのか想像もつきません。物凄く高い事は明らかです。まぁ、私のような貧乏人には一生かかってお金を貯めても買えないでしょう。CentenaryCullinan ITiffanyDresden Greenそしてこれが、世界最大の原石、「616」です。この写真は、撮らせてくれません。それで、絵葉書から転載しました。隣の小さいのは、南アフリカで最初に見つかった、伝説のダイヤモンド、「ユーレカ」でしょう。拾い集めた、ダイヤです。嘘です。これも、絵葉書の転載です。ダイヤモンドを見た後、日本人が、良く泊まる宿、Stay a Day へ歩いて向かいました。45分歩いて、ようやく着きました。キンバリーの北から南へ、端から端まで、歩いたようです。300ランド(3000円)の、高額だけあって、清潔で綺麗です。朝食もなしの値段です。近くにレストランもないし、長居はしたくないですね。シャワールームも、綺麗です。ショップライトと言う、スーパーへ出かけて、買った弁当です。同じですね、どこでも、チキンです。20ランド(200円)程度の、お値段なので、いつも、これです。=============================いやー、完全熟睡しました。4日前、久しぶりの熟睡を得られましたが、今夜の熟睡はそれどころではありません。全く目が覚めませんでした。いや、3時頃、ナースコールを押さないのに、看護師さんが来てくれて体勢を変えてくれました。それはうつらうつら覚えています。こんなに良く眠れたのは、今まであったでしょうか? 覚えていない程良い眠りを得られました。ほんと気分の良い寝覚めです。浮き浮きしています。何か良い事が起こるのでしょうか?何故、こんなに良く眠れたのか、理由が分かりません。変わった事は、痺れ、痙縮を治す為に漢方薬と錠剤をのみ始めた事だけです。それって、眠りに関係してますでしょうか? 若しかしたら関係しているかも知れません。夜中に目が覚めるのは足が痛くなるからです。足が痛くならなかったのでしょう。薬が効いているかなー?それともリハビリが厳しいので、疲れているのでしょうか? 分かりません。しかしながら、良く眠れるのは有難いです。嬉しい事であります。神様がいるなら感謝の気持ちを伝えたいです。まだ朝の6時、朝食の7時45分まで、2時間近くあります。ですが、少し腹減って来ました。ご飯が前の施設より少ないのですね。ただそんなに腹減ったと言う感じはしていなかったので、ご飯の量を増やして欲しいと言う要望はしていませせん。義姉から頂いたカステラを食べます。朝食です。おかずは3種あります。ご飯とお吸い物、お茶です。9時20分から、午前のリハビリです。大体のスケジュールが分かって来ました。以下の通りです。アジアの星一番の場合です。1. 集団体操2. 立ち上がり運動 26回3. ストレッチ4. 筋肉運動(脚)5. 歩行訓練(平行棒)こんな感じで、12時まで行います。2時間半、みっちり行います。歩行訓練はほんの短い平行棒で行いました。右足にサポーターを巻いて歩いて見ましたが、あまり好ましくはありません。長下肢装具であるきました。昼食です。おかずは、4種類です。隣に座る2年半ここいると言う女性は、ここはご飯、味噌汁以外は冷凍なので評判が悪い、と言っていました。不味くはないと思いますけどね。人によって違いますね。ご飯に味噌汁、お茶です。ご飯が硬いので柔らかく出来ないか、生活相談員の方に言いました。調理の人に聞いて見ると言う事でした。チェンマイの日本人組織、CLL(チェンマイロングステイライフクラブ)のメンバーで日本へ一時帰国中の方が集まって、熱海の温泉に行っています。温泉同好会の方々です。温泉に入り、飲んで食べて歌って楽しい1泊の旅だったようです。アジアの星一番も元気ならば参加したのに、残念です。チェンマイでの生活は、CLLのメンバーであるから、温泉に行ったり、カラオケを楽しんだり、コーラスで歌ったり、はたまた美味しい料理を食べに行ったり、生活を楽しめます。チェンマイへ行き、ある程度の期間、滞在する方は、CLLのメンバーになる事をお薦め致します。年会費は安いですよ。CLLの皆さんです。ラインで送ってくれました。ラインで温泉同好会の方とやり取りしていたら、ベトナムのニアチャンにいっているCLLの長老(87歳)の方から動画が送られて来ました。こんな美しい海が見えるホテルに泊まっているとの事、ベランダから撮った動画です。良いですねー! 羨ましいですよ。1泊二人で7000円、お一人3500円と言う事です。貧乏人の私でも少し頑張れば泊まれます。どなたか若くて美しい方が望めば、無料ご招待でお連れ致しますよ。ま、歩けるようになったら、と言う条件付きですが。午後のリハビリです。午後のリハビリもスケジュールが分かって来ました。1. 立ち上がり運動 50回 (アジアの星一番は45回)2. 集団体操3. リクレーション(皆さん全員)4. アジアの星一番だけ別メニューでリハビリ。 本日は、平行棒での歩行訓練でした。2mの平行棒を3本 並べて4往復しました。ですんで、6m×8=48m歩いた事に なります。かなりな運動量です。蒲田でリハビリン病院では、3m位を2往復位でした。多くても3往復ですね。老健・千の風では、やはり3m位で1~2往復です。6mの4往復は、歩行訓練になりますよ。補助なく歩けるようになれば、自主トレで歩けます。それはまだまだ先の事でしょうが、毎日訓練して、自主トレで歩けるようになりたいです。リハビリ後のおやつタイムです。コーヒーとお菓子です。夕食です。おやつが16時20分過ぎ、そして夕食が17時ですから、この間隔が短いのですね。しかし、リハビリやリクレーションの都合上、そうなってしまうそうです。机とか椅子を移動せねばならないのです。ご飯に味噌汁、お茶です。昼食時、ご飯が硬すぎると看護主任さんに伝えていましたが、早速、水を増して炊いてくれたそうです。昼食より柔らかくなりました。しかし、もう少しですね。主任さん、明日はさらにもう少し水を増やして見るとの事です。介護保険申請用の診断書が、蒲田リハビリテーション病院から届きました。4月8日に発送したと言うのに、本日14日、1週間経っても届かないので蒲田リハビリテーション病院へ電話して本当に8日に発送したのか確認しました。間違いなく送った、と言う事でした。届いてないか確認してくれと主任さんに頼んだところ、ポストに入っていました。郵便が1週間もかかるとは、思わなかったです。前掲のA41枚書くだけで、7,700円です。ボッタくりですな。こんなに貰えるなら、医者になれば良かったです。本日の寝覚めは過去10年以上で最高でした。あまりに気持ち良くて、心が浮き浮きしました。何か良い事がありそうな気持になりましたな。芍薬甘草湯とタリージェが効いているのかも知れません。最近変えたのは、この薬を飲み始めただけですから。尻の痛みも少なくなり、足の甲の浮腫みも少なくなり、足の痺れや痙縮(突っ張り)も幾分少なくなったような気がします。しかしリハビリ自体は、そう変わりませんでした。まぁそんなに早く状態が良くなるとは思っていませんから、問題ありません。リハビリは一喜一憂しないで、じっくり取り組む所存です。しかし熟睡出来ると気分が良いですなー! 今夜も熟睡したいです。
2026.04.16
コメント(0)

これは、中国、杭州市の肖山にて働いている、とある日本人が、中国語も話せないのに、無謀にも、現地ツアーに参加した記録である。行先は、世界遺産であり、中国人の心の故郷的な名山である、黄山。美松あり、奇岩が多い黄山に、どんな出来事が待っているのでしょうか?凍え死にそうな寒いオンボロバスに乗って杭州から黄山の麓の宿に意識朦朧となりながらホテルに到着。エアコンは効かないわ、トイレの水は出ないわ、従業員が何人も来て大騒ぎ。ようやくエアコンも治って、ほっと一息しています。写真はネットより借用================================黄山紀行 第3回 2026年4月15日(水)第二章 黄山 麓の宿とてもうまいご馳走を、ムシャムシャ食べていた。一番好きなおいしいお皿の料理を食べようとしたら、お皿が下に落ちてしまった。クソッと思ったら、はっと目が覚めた。とろとろのビスケットと唾液で、シーツがべとべとになっている。夢を見ていたのだ。もう一度、シーツを見る。ベトベト。 汚ねー!腹が減って、腹が減って、夕食は一番乗りで、レストランへ出かけた。まだ18時であったが、開いていた。レストランは広い。一応立派だ。だが誰もいない。一番乗りだからだろう、と理解した。しかし、外界との遮断がされてない。平たく言えば、ドアがない。雨は吹き込まないが、風は通る。寒い。寒すぎる。これでは、夕食どころでないので、防寒着を部屋に取りに帰る。完全防寒着姿で、テーブルに着くと、頬っぺが赤く、明らかに田舎のお嬢さんと分かる娘さんが、注文を取りに来る。日本には少なくなったなー! 見かけないよ、頬っぺの赤い、可愛い少女は。しかし、その変わりなのか、子供の癖に妙に、なまめかしい、色っぽい娘が増えたな、日本は。ビールを頼むと、冷えたのが良いか、冷えてないのが良いか、と聞くではないか! 日本人への対応を知っていると言うことである。何と気が利く事かと、一瞬、喜ばしく思ったが、このレストランの部屋自体が、外気温とほぼ同じであり、と言うことは、零下に近いと言う事であり、冷えたのを頼んだら、冷蔵庫に入ってないのを持って来て、冷えてないのをと頼んだら、冷蔵庫の中から持ってくるのかなー、といらぬ心配をしながらビールを頼んだ。(因みに中国人は冷えたビールを飲む人は少ない。ビールと頼んだだけでは、生暖かいビールが出てくるので、冷えたビールと頼まねばならない)ま、取り敢えず、手をポケットに入れて温めたり、フーと息を吹きかけて手を温めながら、夕食にありつけたのであります。夕食の途中、子供をおぶったおばさんがやって来て、地図は要らないか? と言う。黄山の地図だったから購入。すると、今度は、雨合羽を持って来て、明日は雨だから、合羽が必要である、としつっこく進められる。気の弱い僕は、これも購入。もうこれで終わりだろうと思ったら、良い鴨だと思ったのか、軍手を持って来て、明日は寒いから必要だと進められる。要らないよな、と思ったが、気の弱い僕は、それも購入。もう来ないだろうと思ったら、次には、何か分からない食べ物を、箱一杯持って来て、買えと言う。これには、いかに気の弱い僕でも、要らないと断った。そんなことで、一人での夕食にも退屈もせず、腹一杯になった。購入品は、雨合羽5元、地図2元、軍手2元。〆てたったの9元(130円)でした。だだっ広く、超寒い、このレストラン、1時間半程度いたか? でも客は、この僕と、中年のご夫婦らしくお二人の、たった二組だけだった。後の客はどうしたのか? バスで一緒に来た人達がいたはずだ。この謎は、翌日の昼過ぎに、分かった。夕食後、マッサージの部屋があるので寄って見た。この部屋も暖かくはない。防寒着を脱ぐ訳には行かないのである。若い娘さん、3人と、何をしている人か、年は30歳半ばに見える男性の4名が部屋にいた。この娘さん達は、頬も赤くなく、もっと熟した娘さんのような印象である。マッサージ料金は、肖山に比べると、高い。肖山30元に対して、ここは60元である。何と2倍である。いつもはケチなわれであるが、本日は、豪華等客員である故、その程度の小さなことは、気にしない。鷹揚に、足のマッサージを頼む。3人の娘のうち、一人を指名しろ、と言う。誰でもいいと思うが、時間はたっぷりあるし、観察することにした。彼女達は、大きなたらい、そうですね? 直径1m、高さは、60cmはあろうかと言う大きなたらいに、足を入れて待っています。時々、お尻までそのたらいに入れてしまう娘さんもいました。好奇心旺盛である故、一緒に足を入れさせて貰う。すると、その大きなたらいの、真ん中には、真っ赤に燃えた炭が入っていた。そしてその周囲には、足の置き場があるのだ。しばらくすると、足がぽかぽかして気持ちよくなって来る。それでなくたって、若い娘さん3人に囲まれているのである訳だからして、気持ちが良いのである。これは何故だか分からないが、とにかく気持ち良いのである。==================================
2026.04.15
コメント(2)

2026年4月13日(月)ダイヤの町、キンバリーへ昨夜の夕食同様、朝食も誰も作っていません。本日は、早めに朝食を食べ、キンバリーへ移動しようと考えていたので、焦ります。時間なので、キッチンにあった食パンを焼いて、バターを付けて、コーヒーだけで、朝食を済ませようと、食べていました。その時、黒人のお手伝いさんが、来たので、「朝食は?」、と聞くと、何語か分かりませんが、ブツブツ言っているだけです。これ又、丁度、その時、品の良いおバアさんが、入ってきて、20ランドを出し、これで、朝食を食べてくれ、とアジアの星一番に渡してくれました。前回、泊まった時は、とても良い宿なので、お奨めです、と電話番号を書きましたが、下宿人の人間関係が複雑そうで、長居する人には、奨められませんね。さて、キンバリーへ移動です。ミニバスタクシーを捕まえようと、宿の前で待っていると、70歳の嫉妬男性が、送ると言います。(この人以外は、外出して誰もいませんでした。)この人も、英語が得意でありません。皆さん、普段は、アフリカーンスを話しているようです。アフリカーンスとは、一番初めに、アフリカに入植して来たオランダ人達が、後発のイギリス人などに奥地に追いやられましたが、そのオランダ語を元にした言葉のようです。彼は、アジアの星一番を、レストランに連れて行くと言います。どうもおバアさんにそのように、言い付けられているようです。ミニバス停に行きたいと、何とか説明して、行き先を替えて貰いました。おバアさんは、外見通り、とっても、良い人ですね。ミニバス停に着きました。マンデラさんの絵が大きく描いてあります。ミニバスは、満席になるまで、出発しません。一番後ろの席で、若者と話します。彼は、ワレン21歳、18歳の彼女がいます。しかし、2020年に結婚すると言っております。8年後ですよ。そんなに待たせたら、彼女は、他の人の恋人になってしまうぞ、と忠告したら、心配そうな顔になりました。彼は、後から来た、ジョン、23歳です。彼らと、諸々、雑談をしていたので、あっと言う間に、1時間半が経ち、満席となり、出発しました。途中も牧草地ですね。ミニバスが走っている時も、ワレンとジョンが、話しかけて来ます。いつの間にか、アジアの星一番の名前が、「マダーラ」になっています。なんじゃ? その「マダーラ」とは? と聞けば、オールドの意味だと言います。アジアの星一番、いつの間にか、老人にされてしまいました。南アのどこかで、学生か? と問われた事もあるのに、参ります。彼らは、色んな話をします。どこの町にも売春があると言います。50ランドだと、言います。500円です。絶対に行きませんが、何と安いのでしょう。人類最古の商売と言われますが、どこの国にもあるものです。日本では、3000ランドだ、と言ったら、目を丸くして、驚いていました。ワレンの給料が、3200ランドですから、まぁ、驚くでしょうね。(日本の値段、知りませんが、適当に、3000ランドだと言ってしまいました。)そんな事で、2時間のミニバス、退屈せずに、キンバリーへ着きました。ビッグホールは、ミニバス停の近くにあると言うので、重い荷物を背負って歩いて行きます。電車が見えますが、町の駅から、ビッグホールまで運転されているものです。この左手が、ビッグホールです。ミニバス停から、歩いて20分で、ビッグホールの入口に着きました。何と、75ランド(750円)も、入場料が取られます。まず、映画を見せられます。ダイヤモンド発掘の歴史です。そして、入場します。歩いて数十秒、すぐに見えます。これが全景です。確かにでかいです。これを全て手掘りで掘ったと言うのですから、驚きます。ダイヤの亡者が、沢山集まったのですね。1860年代の話です。下に見える切り立った所から掘ったのではなく、この写真の上の方から掘ったのです。深さ393m、周囲1.6Kmになったそうです。今は、もう少し浅いのでしょうか?最盛期には、1万人もの鉱夫がテントに住んで働いたそうです。手掘りと言うのが、すごいですね。ここは、博物館になっておりまして、当時の機械も置いてあります。これは、選別機でしょうか?エレベーターで降りて、当時の坑道を再現してあります。ダイヤモンドです。9種類のカットのダイヤが飾られていました。その内の一つです。次回は、有名なダイヤの数々の写真を掲載する予定です。==============================昨夜は背中が痒くて往生しました。寝る前です。背中だけでなく、身体の側面や腕なども痒いです。孫の手が役にたちますね。蒲田リハビリテーション病院では、一時期、背中が痒くて仕方のない時がありました。しかし1~2ヶ月後、位かなー? 痒みは少なくなったのです。それが、ここの所、又、痒いです。風呂に入った時、ニベアは塗って貰っているのですが、あんまり効いていません。朝は5時前に起きます。朝食は7時半過ぎです。ですので2時間半も時間があります。ブログをアップしても、まだまだ時間があります。その時間は、小説を書くか、ブログを本にする編集を行います。今朝は、ギリシャ・イタリア・マルタ・チュニジアの旅の、ギリシャを編集しています。日本から、韓国の仁川経由、カタールも経由してアテネに着きました。そして早速アテネ見学をしている所です。旅の3回目を懐かしみ、楽しみながら編集しています。このページはパルテノン神殿です。まだこの旅は始まったばかりです。朝食です。今朝は早めに食堂に行ったら、熱々のお茶が出されました。おかずは、豆とウィンナー、他2種です。ご飯に味噌汁です。9時20分から午前のリハビリです。まずは集団体操です。20分位行いますが、結構なトレーニングになります。次は立ち上がり運動です。26回立ち上がり、座ります。理学療法士さんが二人手伝ってくれますが、一人は膝が回らないように膝を押さえてくれます。もう一人は、後ろで尻を持ち上げてくれます。途中から、尻上げの手伝いは止めました。次はベッドでストレッチなのですが、風呂に呼ばれました。シャワーを浴びながら、身体を洗います。そして、湯船に浸ります。気持ち良いですねー! 風呂の時間は最高です。担当はHgwさんかと思ったら、Askさんでした。マスクをしているので仲々、名前を覚えられません。風呂上りは少し休んで、リハビリに復帰です。長下肢装具を付けて平行棒を歩きました。今までの補助は、後ろから抱えて貰って歩いていましたが、本日は、平行棒の外から、補助して貰うだけで、ほとんど自分で歩きました。まだ左足に体重が完全に乗っている感じはしませんが、一応、歩く事が出来ましたので、少し進歩です。回数は数えてなかったので、覚えていませんが、何往復もしました。老健では信じられない、ハードな練習です。昼食です。シュウマイと野菜炒め、他1種。デザートもありました。ご飯とお茶です。本日は、味噌汁がなかったです。頂いた御守りをバックパックから出して、テレビの前に飾りました。省ちゃんに書いて貰ったチェンマイのお寺の絵が見えませんね。御守りは5個あります。これだけあったら、ご利益が必ずあるでしょう。毎日、手を合わせて快復を祈っています。午後のリハビリは14時からです。立ち上がり訓練を行います。分厚いクッションは2枚使って立ち上がります。膝も抑えて貰っています。皆さんは、連続50回行いますが、アジアの星一番は、25回やって5回休み、その後20回の、合計45回でした。連続50回は難しいです。次は、集団体操です。30分以上行います。良い訓練になります。15時から、皆さんはリクレーションですが、アジアの星一番は、別メニューで、理学療法士さん3名かかりっきりで、歩行訓練を行ってくれました。正味50分は行ったと思います。蒲田リハビリテーション病院では、1回1時間ですが、移動や準備など含めると正味30分から40分です。それに比べると、Hakuは、充実したリハビリです。平行棒での歩行訓練も良くなって来ました。しかし一喜一憂しないでじっくり行って行こうと思います。リハビリ後のおやつです。煎餅とマシュマロです。コーヒーもコップ半分位持ってきてくれました。夕食です。煮魚、他3種です。ご飯、味噌汁、お茶です。バンコク銀行の保険の解約が完了し、解約金が、バンコク銀行の私の口座に入金されたことは、チェンマイの弁護士さんから既に連絡がありました。そのタイバーツを、日本円に換金し、日本の私の口座へ送金して貰わねばなりません。その資料が送られて来ました。サインすれば良いだけにしてくれた資料ですので、早速、サインしました。EMSで送りますが、私自身は郵便局へ行けないので、姪に送って貰う事にしました。4月17日に来てくれる事になりました。普通預金、定期預金は全て日本の口座に振り込み済み。保険も手続き中。これで、懸案のバンコク銀行にあったお金は全て解決であります。昨日は日曜日で完全休養にしたせいか、本日のリハビリは順調でした。平行棒でかなり歩きましたが、理学療法士さんの補助はほんの少しです。しかし、左足の長下肢装具を外して短下肢装具で試して見たら、まだ膝が緩み、上手く歩けません。蒲田リハビリテーション病院では、短下肢で、歩いていたので、まだそこまで戻っていないと言う事ですね。老健での2ヶ月が、足を弱くしているようです。その他、尻が痛い件、少し良くなっています。以前は赤くなっていると看護師さんが言っていましたが、今はとても綺麗です、と言います。車椅子の座布団を替えたのが良かったのかも知れません。足の甲の浮腫みもここ数日、良くなっています。これは、足枕だけでなく、足の部分のベッドを上げたせいかと思います。足の痺れ、痙縮(突っ張り)は、芍薬甘草湯の服用を開始し、タリージェの服用も開始しました。まだ顕著な改善は見られませんが、痺れは少し良くなったような感じはします。そんな事で、まぁ悪くない状況であります。
2026.04.15
コメント(2)

2026年4月12日(日)ブルームフォンテン 例の民宿で、ブログの下書き朝、品のあるおバアさんが、6時半頃、部屋をノックして来ました。食事の用意が出来たとの、知らせです。おいしく頂きました。WiFiが24時間無料で使えるので、レソトで、書けなかった、ブログの下書きを朝から早起きして、ずっと、アップしていました。昼前には、疲れてしまったし、昼食も食べなければいけないので、出かける事にしました。キンバリー行きのバスチケットも買わねばなりませんし。これは、バス停の隣の、ラグビー場です。門も開いていたので、中を見させて貰おうと、のこのこと入っていったら、セキュリティガードに捕まってしまいました。見せてくれないそうです。外から、少し見えていたので、写真に納めました。僕も、田舎チームでしたが、元ラガーなので、興味があったのです。バス停には、5社のバス会社がありましたが、キンバリー行きのバスは、グレイハウンドしか走っていません。そして、1日1本、朝6時発のみ。早すぎるので、大型バスで行くのは諦めです。時間はかかりますが、ミニバスで行く事にしました。バス停にある、観光案内所が、本日は開いていません。どうしてかなー?とバス会社に聞いてみると、本日は、祝日とのこと、道理で、宿の黒人のお手伝いさんが、来なかったはずだ、と納得しました。ここは、ウォーターフロントと呼ばれる、ショッピングセンターです。前回来た時も、ここで両替屋を探し、ネットが出来るお店を探しました。結局、両替屋もレートが悪く、ネットがつながるお店も見つかりませんでしたが。ここで、懐中電気を買いました。1週間前、民宿の枕の下に、小型の懐中電気を置き忘れてしまったのです。必ずあるだろうと思って戻ったら、ないと言います。たぶん、黒人のお手伝いさんが、持って帰ってしまったのでしょう。仕込み杖と言い、懐中電気と言い、南アでは、置き忘れると戻って来ませんね。忘れないようにしましょう。そして、何故か、最近、唇が乾き、手もガサガサになっているので、リップクリームと、ハンドクリームも、購入しました。南アフリカに来て思う事ですが、お尻と太ももが、異常に大きい女性がいて驚きます。どうして、そんなに大きいの? と言うお尻なのです。日本人には、まず居ません。そう言う人を、見かけても、写真を撮らせて下さいとは、頼めません。遠くから、隠し撮りしました。この人は、こちらでは、そんなに大きいとは言えませんが、日本人に比べれば、異常に大きいですよね?ある人が言っていましたが、男性の好みで、長い年月かかって、そうなった、と。それが正しいとすれば、アフリカの男性は、どでかい尻が好きという事になります。それが、デブのようなでかい尻でも。そして、日本人は、でかい尻の女性が好きでない、と言う事になりますね?そうなのでしょうか?宿に帰って、意外な事実を知り、驚きました。品の良いおバアさんのご主人は、誰なのだろうと、思って、おしゃべりな男、マイケルに聞いて見ました。すると、彼女は独身だ、と言います。え? では、数人いる男性は? と聞けば、全員、下宿人だと言うのです。そう言うことだったのです。初めに、迎えに来た男性が、ご主人だと思いましたが、おバアさんとの関係を見ていると、どうも、旦那さんには見えなかったのですね。マイケル、52歳、彼が、WiFiを設置しました。彼も下宿人です。世話好きなのですが、とにかく、おしゃべりです。相手をするのが、面倒臭くなって来ます。おバアさんは、62歳。ずいぶん前に、離婚して、空いた部屋を、貸しているようです。そして、事件が勃発。夕方5時、いきなりWiFiが切れました。早速、マイケルに聞きに行くと、彼が調べた結果、ネットの線が、切れている事が判明。マイケルが、アジアの星一番を、他の部屋へ連れ出して、小さい声で言いました。あのジジイが嫉妬して、ネットの線を切ったのだ、と。昼前、おバアさんと、マイケルは、二人で連れ立って、どこかへ出かけました。いつ帰って来たのかは、部屋にいたので知りませんが、5時には帰っていました。それを、70歳のお爺さん、バス停まで迎えに来た人ですが、嫉妬していると言うのです。一つ屋根の下に暮らしていると、色んな事があるのですね。そして、夕食が、仲々、準備出来ません。祝日なので、お手伝いさんがいません。誰が作るのでしょう?腹が減って、時々、部屋から出て、キッチンを覗きますが、誰も作っていません。何度目かの時、マイケルが、腹が減ったろう、何か作ってやるか? とか調子に良い事を言います。もうワインを飲み、コークハイを飲み、かなりいい気持ちのようです。しかしその後も、諸々とありましたが、午後9時過ぎ、ようやく夕食にありつけました。マイケルが作りました。他の下宿人の分も作ったのですが、おバアさんだけで、他の人は、食べません。どうも、おかしな関係です。=============================本日は日曜日です。リハビリも風呂も何もありません。毎日リハビリも行っているので、本日は完全休養日にしたいと思います。そう考えたら、凄く気楽です。朝の4時頃目が覚めてしまい、その後は仲々眠れません。面倒くさいので4時半頃起きました。完全休養日なので眠くなれば昼寝すればいいや、と思いましてな。昨夜から、薬が一つ増えました。タリージェと言う痺れや痙縮の薬です。担当医の方が、試しても見ましょうと、処方してくれたものです。AIにタリージェの効用を聞いて見ました。以下の通りです。タリージェ(ミロガバリン) 神経の異常な興奮を抑える薬 ジンジンするしびれ・神経痛に強い 効果が出るまで:数日〜1〜2週間飲み始めた、芍薬甘草湯の効用も聞いて見ました。芍薬甘草湯 筋肉の急な収縮(けいれん)を抑える 痙縮・こわばりに即効性があることも多いまだ、具体的な効果は出ていないように思えますが、副作用も含めて、症状の変化をしっかり見たいと思います。昨夜は、正義のミカタを見ました。アメリカとイランの戦争、イスラエルのレバノン攻撃などを行っていました。朝食です。お茶が仲々、出てこなかったです。ご飯にお吸い物です。味噌汁でないのですねー。おかず3種です。これで充分ですよ。日曜日はお茶も出ないので、缶コーヒーを買いました。100円です。ホットが欲しいのですが、冷えたのしかありません。ディサービスの壁の上に、浮世絵が並べて飾ってあります。昨年、中山道を歩いて、浮世絵を集めたので気になっていました。理学療法士の方に聞いたら、東海道五十三次との事です。日本橋から京都三条までの絵です。名前も書いてありますが、1ヶ月、休まずに、ディサービスに来たら、1宿進むそうです。完走するまでに、53ヶ月かかる訳ですから、4年と5ヶ月かかります。長いですねー。しかし、もう京都三条まで来て、今、日本橋に向かって帰りを進んでいる人もいるそうです。ここの責任者のTktさんのアイデアと言う事ですが、出来るだけ休まずに来て欲しいとの事で始めたそうです。完走すると、何か記念品が貰えるようです。昼食です。お茶を飲みます。本日は麺です。嬉しいですねー。麺は大好きです。うどんです。腰があって麺も美味しいです。どこのうどんでしょうか?群馬県は、星野物産が有名なのですよ。1902年創業と言いますから、100年以上の実績があるのですね。義姉と姪が面会に来てくれました。義姉とは、何年振りでしょう?冠婚葬祭しか会いません。私が独身の頃は、家に泊めて貰ってお世話になったものです。前橋に入所しなければ、会えなかったでしょうねー。コーヒーを買って来てくれました。しばし私の病気と前橋に来た経緯などを話しましたが、その後、子供さんやお孫さんの近況もお聞きしました。まだお孫さんは、独身のようです。皆さん元気でお暮しのようで、近況を聞けて良かったです。姪からお菓子を貰いました。姪は群馬に住んでいるので、色々とお世話にならねばなりません。彼女が居なかったら、ここHakuには入所出来なかったです。恩人です。義姉からもこんなに沢山のお菓子を貰いました。食べ切るかなー?賞味期限は長いので、少しづつ頂きましょう。お見舞いまで頂いてしまいました。全く申し訳ないですね。このお礼は、歩けるようになったら、せねばなりません。ありがとうございました。Hakuからは、おやつを頂きました。本日の担当はGtoさんです。若いと思っていたら、もう20歳の子供さんがいるそうです。夕食です。17時からだと思ってエレベーターに乗ろうとしたら、もう食堂から帰ってくる人がいました。「早いですねー!」と挨拶をすると、日曜日は16時半から夕食ですよ、と言われました。16時半って、早すぎですよね。17時でも早いのに。コロッケと、茄子と、野菜煮と、ゴボウです。ご飯に味噌汁です。ご飯はまぁまぁでした。味噌汁は量が少ないです。お茶がなかったので、食べ終わってから貰いました。本日はゆったりしました。心も身体もゆったりした休日でした。こう言う日も良いですねー。足の浮腫みも減ったし、尻の痛いのも減ったし、気のせいか、足の痺れも少し良いような感じです。漢方薬の芍薬甘草湯と、痺れの薬、タリージェを飲み始めましたからね。副作用のふらつきとか、眩暈はありません。上半身の力が抜ける事もありません。眠気はあって昼寝は30分ほどしました。これが薬の副作用かどうかは分かりませんけどね。リハビリもそうですが、薬に関しても、色々と試してくれているので、しっかり病状を確認したいと思っています。いやー、ほんと、ゆっくりした日曜日でした。1週間に1度の休日は必要ですね。休養した明日、足の調子が良ければ、それが証明出来ます。
2026.04.14
コメント(2)

2026年4月11日(土)レソト王国よサラバ、ブルームフォンテンへたった1週間の滞在でしたが、南アフリカの街に慣れてしまったアジアの星一番に、アフリカの国を思い出させてくれた、レソトでした。2泊した、IFO B&Bですが、昨日、アジアの星一番の部屋と、キッチンが、昼から停電となり、プリペイドの電気代が切れたのが原因でした。担当の女性がいい加減で、午後3時には、カードを買って来ると言ったものの、夜の7時になっても、帰って来ません。どうも、家に帰ってしまったようなのです。他の部屋は、電気が来ていますが、全部鍵がかかっています。アジアの星一番の他に、もう一人泊まっていたので、彼に頼み、オーナーへ電話して貰いました。そして、オーナーが来て、電気のある部屋へ移動し、事なきを得ました。全く、いい加減な従業員もいたものです。その女性は、始めから、おかしな態度でした。チップを要求したり、朝の食事の準備が大幅に遅れたり・・・。レソト人の印象が良かっただけに、残念な女性従業員でした。さて、レソトを出国です。1週間前に来た橋を戻ります。国境の橋からの景色、来た時も、撮りました。もう、2度と来る事は、ないだろうなー、と眺めながら渡りました。9時20分に、南アフリカ側のボーダーから、ミニバスで出発し、ブルームフォンテンのミニバス乗り場に着いたのが、11時40分。2時間と20分の、短いバスの旅でした。この日、ヨハネスブルグ行きのバスチケットを買ったら、キンバリーへ移動しようと考えていました。(キンバリーへ往復しようと考えていたのです。)しかしながら、ブルームフォンテンから、ヨハネスブルクへ行くより、キンバリーからヨハネスブルクへ行った方が、朝の出発時間が遅い事が分かりました。ブルームフォンテンからは、朝7時20分出発、それ以外は、もっと早いとか、非常に便が悪いのです。キンバリーからは、朝8時15分発がありました。ダイヤの発掘穴を見てから、ブルームフォンテンへ戻る事なく、ヨハネスへ行くことが出来ます。ヨハネスブルクの宿に電話し、バス停までの迎えも依頼済。これで、南アフリカのスケジュール、予約も全て完了であります。さて、そこで、本日、キンバリーへ行くつもりでしたが、多分、退屈であろうキンバリー、安宿がないと言うキンバリーに、3泊するのも、無駄だな、と思い返し、前回宿泊した、品のあるおばあさんの民宿へ行く事に変更しました。1泊90ランド、夕食、朝食も付けて貰って、150ランド(1500円)ですから、南アでは、格安でしょう。部屋も清潔でしたし、夕食もうまかったし、言う事なしでした。残念なのは、WiFiがなく、近くにもネットカフェがないことだけであります。ミニバスタクシーに乗って、部屋が空いてますように、と祈りながら辿り着きました。空いています。しかも、この1週間、レソトへ行っている間に、WiFiが繋がるようになっていたのです。もう、すぐに、1泊でなく、2泊する、と決めてしまいました。夕食も、おいしかったです。=============================昨日、アマゾンに注文していた壁時計が届きました。この時計、乾電池が付いていないのです。日曜日に姪が来てくれるので、持って来て貰うように頼んでいます。しかしながら、看護師さん、乾電池を準備してくれました。さらには、壁に取り付けてくれたのです。親切ですねー! ほんと、Hakuは、住み易いです。ベッドに寝ながら時間が分かります。便利になりました。この壁時計、3500円です。寝起きの飲み物は、AIのリコメンド通り、お茶でなく水にしました。水もお茶も24本買いましたから、当分、間に合います。朝食です。厚揚げ豆腐、あさり、野菜です。ご飯に味噌汁、お茶です。味噌汁は美味しいですねー!お吸い物より味噌汁が良いです。チェンマイでも日本でも、朝食か昼食に必ず1杯飲んでいました。チェンマイでは、野菜の具沢山味噌汁でしたね。野菜不足を補い、美味しい味噌汁を飲んでいました。9時20分からリハビリです。リハビリさんが10分位、本日は何の日だとか説明します。眠くなりますね。講釈は不要だと思うのですが、ディサービスに来た方々はそれも楽しみなのでしょうか?説明の後、集団体操です。20分位行いました。その後が立ち上がり運動です。午前は、26回行います。26回は、2人の介助で行いましたが終わった後、介助なしで立ち上がって見ました。立ち上がれます。リハビリ病院でも老健でも行っていましたからね。少し調子の良かった頃に戻って来たでしょうか?次にベッドへ移動して、ストレッチを15分ほど行ってくれました。そして各種足の筋トレです。6~7種目行いました。リハビリを行ったなー、という感じがします。下記のイラストのような、尻を上げる筋トレは、尻が上がりません。背筋とか足りないようです。一旦、お茶を飲んで休憩を行いました。そして、皆さんが昼食を食べ始める頃、平行棒を使って歩行訓練を行いました。両足とも長下肢装具を付けましたが、歩行は順調です。勿論、介助して貰っていますが、足裏に体重を感じます。この施設の責任者で理学療法士のTktさんは、本日の歩行を行って見て、今後のリハビリの見通しがたった、と言っておられました。当面、この歩行訓練を行うのでしょう。昼食です。コロッケでした。サツマイモもありましたぞ。ご飯にお吸い物、お茶です。午後のリハビリです。いきなり、立ち上がり運動を50回です。アジアの星一番は、50回連続は厳しいので、25回で休んで、33回から再開。ですので、合計で42回でしょうか? それでも、きついです。そして集団体操です。首、肩、腕、腰、脚、足、と満遍なく行います。35分位行ったでしょうか? かなりの運動量です。皆さんは、その後はリクレーションです。アジアの星一番のみ、別メニューで、リハビリを行います。平行棒で歩きました。まずは、長下肢装具を付けて歩き、次は、左足を短下肢装具にして歩き、さらにサポーターを巻いて、歩きました。理学療法士のTktさんは、色々と試して、今後のリハビリをどうしようか、決めたいようです。本日の歩行訓練の結果、平行棒での歩行訓練が良いのではないか、と思ったようです。歩行器でも、同様に歩いて見ましたが、平行棒より安定しません。本来は、歩行器の方が、どこでも歩いていけるし、平行棒より良いのですが、もう少し、足がしっかりして来ないと、平行棒の方が良いでしょうか。責任者のTktさん、私が歩けるようになったら、ビールでも飲みながら、話を聞きたいと言いました。世界の国々の話を聞きたいのでしょうか?私としては望むところです。歩けるようになったならば、最高の結果です。理学療法士さん、全員を招待して美味しいもの食べながら、ビールを飲みましょう、と答えておきました。そんな場面がいつ来るのでしょう? そうなったら、ほんと嬉しいです。皆さんに心より感謝です。大散財しても何ら問題ありません。何しろ、今の夢は自立して歩けるようになる事ですから。その為ならば何でも致します。リハビリの後のおやつです。コーヒーとゼリーでした。夕食です。サンマとジャガと、マカロニと青菜です。ご飯にお吸い物、お茶です。皆さん、17時には食べています。そして17時半には、食堂には誰も残っていません。全員部屋に戻ります。蒲田リハビリテーション病院も、川崎千の風も、20時頃は、まだ皆さん食堂にいてぼぉーっとしていたり、テレビを見ていました。ここHakuは、夕食も早いし、自室へ戻るのも早いです。本日は土曜日、世間では週末、ウィークエンドです。しかし施設にいたら、曜日は関係ないですね。週末と言えば、私が青春時代は、週休1日でした。土曜日も出勤で、日曜日しか休みがなかったです。その頃、私は会社のラグビー班に所属しており、毎週日曜日は試合でした。ですので、休みがない状況でしたね。何故、ラグビーを始めたかと言うと、スピードスケートの国体に出場したかったのです。しかし、会社にスケート班はありません。自分一人で練習するしかありません。それはそれで良いのですが、何か練習する方法はないだろうかと考えた末、ラグビーならば、練習で走るし良いだろうと思って参加した次第です。試合ではウィングで結構活躍しましたな。そして、毎日の自主トレも行って、念願叶い国体選手に選ばれました。盛岡国体でした。しかし国体では、散々でした。後輩の大学生が、インカレで全種目制覇とか、国体で入賞とか大活躍をしていたのです。それで、俺もまだやれるだろうと思ったのですね。しかし個人の自主トレや、ラグビーの練習ではたかが知れています。そして大きいのは、氷上での練習が出来なかった事です。茨城県の南部に住んでいましたからね。国体選手に選ばれて強化合宿が、伊香保温泉スケート場で行われましたが、わずか1週間弱では、強化とまで行きませんでした。盛岡国体で、散々な成績となり、スピードスケートは止めました。今、考えると、ラグビーやスケートなどやらずに、テニスでもやっていれば良かったなー、と思います。その方が一生、やれましたものね。その頃は、テニスなんぞは、女の子とちゃらちゃらやるスポーツと思っていたのです。週休二日制になったのは、1980年頃だったと思います。しかし、仕事が忙しく、実態としては、月に休みが取れるのは、2日か3日程度でした。そんな生活が20年位続きましたよ。良く働きましたねー。今から考えると信じられません。仕事が好きだったのでしょう。きっと。良く会社にも泊まりこんで仕事していました。懐かしい思い出ですな。働き続けて53歳で急に体調を崩し、その後は、残業も休日出勤も出来なくなりました。上海で体調を崩し、緊急入院、血圧が急上昇でした。その後、血圧を下げて貰って日本へ戻り、あらゆる病院を回り、原因究明して貰いましたが、ふらつく原因が不明でした。病院を替え、針治療も試し、漢方薬も飲む、などなど、あらゆる治療を試みましたが、やはり原因不明です。大病院に入院し精密検査も行いましたが、異常なしで、ふらつく症状のみあります。最終的には、鬱病と診断されて、その治療を続けたのであります。3年、ビールも飲めなかったです。辛い日々でしたな。週末、ウィークエンドから、話が飛んで長くなりました。指が勝手に文章を書いてしまうのです。
2026.04.13
コメント(2)

2026年4月10日(金)スワジランド行き中止本日は、レソトの首都マセルに滞在します。スケジュールを練り直していますが、結論として、スワジランドへ行くのを止めます。理由は、 1.スワジランドへ行くには、あの世界一危ない都市と言われるヨハネスブルグの ミニバス乗り場へ、2度も行かねばならない事であります。 従って、危ない場所には、行かない方が良いとの判断です。 2.スワジランドは、エイズ感染者が、世界一高い国です。 5年前のデータで、国民の26%の感染者がおり、最近の一説では、国民の 半数がエイズ患者だと言うのです。 エイズは空気感染はしませんから、旅をする分には、全く問題ない、と 言われますが、ちょっと怖いですねー。どこかに傷があり、その上、エイズ患者と 接触して、感染したら・・・、で、行くのを、止める訳です。スワジランドは、女性の地位が低いようです。一夫多妻制も認められており、現国王は、13人の妻を持っているそうです。(羨ましくないです。)女性のエイズ感染率が、男性の4倍近いのも特徴で、これも女性の地位の低さからそんな結果になっているとの事です。母子感染の被害も増大しており、エイズとの関係もあるのでしょうが、平均寿命が、40歳以下と言いますから、大変な国です。南アのケープタウンからゆっくりし過ぎて、日程的にも、ちょっと厳しくなっているので、スワジランド行きを止めた、一つの理由です。その代わりに、ダイヤの町、キンバリーへ行き、予定になかった、ヨハネスブルグの市内観光をする事にしました。さて、これが、今朝の朝食です。宿代300ランド(3000円)の内、30ランドが朝食代と聞きました。いつものアジアの星一番の朝食の方が、豪華です。と、思ったら、後で、こちらも出て来ました。30ランド(300円)ですから、この位は、出して欲しいです。本日、マセルに何もしないで、滞在する目的は、ヨハネスブルグの宿の予約です。ブルームフォンテンにて、ネットカフェが見つかりませんでした。止むなく、宿に、電話をかけて見ましたが、これ又、繋がりません。世界一危険な都市、バックパック担いでの、宿探しは、危な過ぎます。「安全と健康は金で買う。」が、今回の旅の、基本方針です。バス停まで、宿から迎えに来て貰わねばなりません。それで、ネットに繋がる、ここマセルから、昨日、2軒の宿にメールを発信しました。その返事を待たねばならないのです。あ、そうそう、そんなにヨハネスブルグが危険なら、行かなければいいじゃないか!と言う、ご指摘を受けそうであります。実は、ヨハネスブルグから、マダガスカル行きのエアーチケットを購入して持っているのです。それで、ヨハネスブルグへ行かねばならないのですねー。(近くの都市(プレトリア)に泊まって、ヨハネスブルグに泊まらない人もいるようです。)ネットカフェへ行った帰り道、露天商のおっさん達が、何かで遊んでいます。これです。日本で言えば、何でしょう? 囲碁? 五目並べ? 見たいなものでしょうか?ダンボールに、下手くそな線を書いて、ビンの蓋と、石ころを、敵味方で持ち、交互に置いていきます。ルールが分かりませんが、わいわいがやがや、楽しそうにやっていました。何もなくても、工夫して、遊ぶのですね。この方が良いのかなー?さらに、歩いている途中、ニーハオ!ニーハオ!と、うるさいですが、こちらは何しろやることがなく、暇ですから、少し相手をしてやりました。そしたら、そこは、レストランでした。中華料理と書いてあります。メニューです。カレーと言うのがありました。カレーがいつの間に、中華料理の一品になったのか、知りませんが、ここの所、ずっと、同じものばかり食べていたので、カレーなるものを、食べて見ました。小盛り、中盛り、大盛りとありますが、これは、中盛り、20ランド(200円)です。メニューには、ビーフカレーとありましたが、実際は、チキンカレーです。日本のカレーとは、似ても似つかないカレーでしたが、不味くはなく、又、食べたい味です。隣の店に、コンセントを買いに行ったら、オバさんが、中国人の顔なのです。で、得意の中国語?で話したら、そのオバさん、喜んで話始めました。河北省出身ですが、単身で、ここに来て、7年が経つそうです。ご主人と子供は、中国にいると言う事ですから、住み着いているのでもなさそうです。が、商売が、どんどんと軌道に乗ったら、家族を呼び寄せるのかも知れません。電気品の販売、レストラン(カレーを買った店)、その他、材木なども扱っているようです。そう言えば、本日、ネットカフェに行ったら、そこも中国人の経営でした。コピーや、プリントも商売の中に入っているようで、同じ中国人の客にインビテーションレターを、プリントしていました。又、中国人を呼び寄せるのですね。恐ろしや、中国人。人懐っこい、レソトの人々、バソト族、中国人に牛耳られる国にならなければ良いなー、と願うものです。=============================今夜は熟睡出来ました。最近ではこんな熟睡感は初めてです。昨夜、夜勤担当の介護士さん(Gtoさん)に、寝る時の体勢について相談しました。足枕を使っていますが、夜中に外れてしまう。と、そして、相談した結果、ベッドの真ん中より足側が持ち上がりますが、そこを少し持ち上げてその上に足枕を置く事にしたのです。それが大正解だったようです。夜中に一度、足が外れて、直して貰いましたが、それ以外は、ほんと良く眠れました。朝の水分補給ですが、お茶と水を買ったので、どちらが良いかなー、と迷います。今朝は、お茶を飲みました。麦茶です。AIに聞いて見たら、どちらでも良いが、出来れば水の方が良いと言う答えです。以下が、その答えです。どちらでも良いですが「まずは水」が無難でおすすめです。* 水がお薦めな理由 寝ている間に失った水分をシンプルに補給できる 胃腸にやさしく、負担が少ない カフェインや刺激がないので、体をゆっくり目覚めさせる特に起きてすぐは体が軽い脱水状態なので、コップ1杯(150〜250ml程度)の水が理想です。* お茶でもOKな場合 お茶も悪くありませんが、種類によって少し違います。緑茶・ほうじ茶 軽いカフェイン → 目覚めには良い ただし胃が弱い人は空腹時に少し刺激になることも麦茶 ノンカフェイン → 水に近い感覚でOK ミネラルも少し補給できる明日から、水にしましょう。朝食です。おかず3種です。タクアンが多いですね。ご飯に味噌汁です。お茶を持って来てくれません。忘れているのです。後で、持って来て貰いました。9時20分からリハビリです。まずは集団体操です。腕、上半身、足と20分ほど行いました。次は平行棒で立ち上がりです。午前は26回です。26回って中途半端な数だなー、とリハビリさんに聞いたら、昨年まで25回だったそうです。それで、今は2026年になったので、26回にしたそうです。それから、皆さんはリクレーションを行いますが、アジアの星一番は、個別リハビリです。ベッドに移動して、ストレッチを行ってくれます。それから、足を伸ばして上に持ち上げたり、両足を広げたり、膝を曲げて下に押したり、足で押したり、色々な動作を行ってくれました。それから、両足を広げて固定し10分間保持、その後壁に寄りかかって、足を真っすぐに伸ばして身体を倒す運動を50回行いました。これらの運動は、かなりリハビリになるなー、と感じます。リハビリの後は、シャワーです。月水金と週に3回入れます。担当の方は、Hgwさんと言う女性で、ほっそりしていますが、力持ちと言うか、介助技能が優れていると言うか、簡単に私を持ち上げて、椅子の交換などを行ってくれます。シャワーで身体を洗った後は、ゆったりと湯船に浸ります。気持ち良いですねー。尚、Hgwさんは、私の母の実家の近くに住んでいるとの事でした。本日は、採血を行いました。どの位の頻度で採血を行うのか聞き忘れました。昼食です。ご飯に味噌汁、そしてお茶です。ご飯は少し固かったです。あの美味しいご飯はどこへ行ってしまったのでしょう。2回美味しいご飯が出されました。おかず3種にデザートです。煮魚は美味しかったです。14時から午後のリハビリです。まずは立ち上がり訓練です。皆さんは50回行いましたが、アジアの星一番は、途中休みを入れて40回です。クッションは、2枚敷いています。1枚だと立ち上がりが難しいです。その後、集団体操です。荒川区が作ったと言う、36種類の体操を行いました。足の運動も多く、右足は自分で動かせないので、理学療法士のMrtさんが、介助してくれました。私が一番手間のかかる患者です。本日は、担当医さんが来てくれて診察です。患者の話を良く聞いてくれます。痺れ、痙縮の件、 今飲んでいるノイロトロピンは、そのまま服用し、新しい薬を飲んで見ましょう、と言う事になりました。蒲田リハビリテーション病院でも、川崎老健・千の風でも、何度も症状を説明し何とかして欲しいと要望しましたが、何もしてくれませんでした。しかしながら、Hakuの担当医さんは、即刻、対策を試みてくれます。有難いですね。副作用があるから、何か変わった事があれば、言って下さいと言われました。バルーンの交換も、全く痛くなかったです。良いお医者さんで本当に良かったです。今までは、ロクな医者ばかりでガッカリさせられていましたから。おやつの時間ですが、食堂に降りて行くのは大変だろうと、特別にTktさんが部屋に運んでくれました。本当に親切ですよね。脊髄梗塞でも、どこが梗塞したかによって、症状や治り方が異なって来ると言うのは聞いていました。ですが、池上総合病院からの説明はなかったです。Hakuの責任者で、理学療法士のTktさんから、どこの部位が梗塞したのか聞かれましたが、分かりません。それで、池上総合病院へ電話して聞きました。カルテはあるので、直接施設へ電話して伝えるとの事です。それが分かれば、リハビリの仕方も変わって来るのでしょうか? いずれにしても情報は多い方が良いですね。夕食です。チキンにガンモドキ、トウモロコシにもう一品です。ご飯に味噌汁、お茶です。本日は、風呂に、お医者さんの定期健診、バルーン交換、採血、など忙しくて、午後のリハビリでも歩きは出来ませんでした。お医者さんは、痺れ、痙縮の薬を処方してくれるそうです。今までの施設ではない対応であります。蒲田リハビリテーション病院の、信頼のおけないろくでもない医者、老健・千の風では、医者は一度も病室に来ず、診察もなしでした。ずいぶん、対応が異なります。バルーンの交換も、全く痛くもなく、いつ替えたの? と言うような感じでした。リハビリホームHakuは、居心地が良いです。これで、リハビリの成果が出てくれれば、もう言う事ないです。そう願いたいです。
2026.04.12
コメント(2)

2026年4月9日(木)2012年9月21日(金) アフリカ縦断の旅 87日目レソトの首都マセルに戻る昨夜は、ビールの小缶では、物足りず、追加で小瓶も飲んでしまいました。一昨日、昨日、と歩いて汗をかいたので、水分を欲していたのでしょう。ビールがおいしかったです。夕食は、相も変わらず、バーパでは、飽きるので、ライスを作って貰いました。それに、トマトを炒めたものに、サービス満点のどでかいチキン。チキンだけで、満腹になるような、でかさです。ちょっと塩が効きすぎですが、腹一杯になりました。やはりライスの方が良いですね。さて、本日は、首都のマセルに戻ります。昨夜から、風が強く、そして、朝から、雲行きが怪しく、雨が降りだしました。昨日、一昨日と、良い天気でしたからアジアの星一番は幸運に恵まれています。マセル行きのミニバスは、ロッジの前で待っていました。満席になるまで、待つ事なく出発です。と言うのも、このマレアレアから、満席になるほど、村人が移動しませんし、途中で乗り降りする人がいるので、満席では困るのです。しかしながら、途中で客を乗せたい為、ゆっくり走るので、時間がかかります。わずか、84キロの道のりですが、8時40分に出発、11時30分到着。約、3時間かかりました。宿探しです。前回泊まった、マセルバックパッカーズは、市内から何キロも離れており、非常に不便です。140ランドとまぁまぁ、安いのは良いのですが。それで、ネットカフェのある近くに探そうと、ネットカフェで教えて貰った宿に向かいます。IFO B&Bです。値段が、300ランド(3100円)と、今までで一番高い、価格ですが、他に見つかりそうもないので、ここにしました。これはレソトを離れてから知りましたが、ネットカフェのすぐ傍の教会で安く泊めてくれたらしいです。もっと、良く事前に調べておけば良かったです。ソファも室内についています。部屋は広くはないですが、テレビ、冷蔵庫も付いて、湯沸かしポットも、コーヒー、紅茶もあり、悪くはないです。この宿のオーナーなのか、従業員なのか分かりませんでしたが、応対した、女性が、何と言いましょうか、気に食わぬ、と言ったら良いのでしょうか、いい加減な女で、弱りました。朝食は、7時から10時と、気張って言っていた割に、7時になっても、7時半になっても、準備が出来ずでした。ひどいのは、遮断機とメーターが、いくつかに別れており、昼頃、アジアの星一番の部屋の電気が止まりました。支払ったお金が切れたのです。午後3時までに、カードを買って、電気を入れると約束したのに、午後5時になっても、6時になっても、帰って来ません。午後7時、辺りは真っ暗。部屋も真っ暗、オーナーも従業員も誰もいません。これで、一晩、生活は無理と他の客に、電話して貰い、オーナーに来て貰いました。オーナーから、電気の点く部屋に変わって欲しいと言われ、面倒ですが、一件落着です。すると、あの女は、従業員だったのですね。腹立つ、女です。バス、トイレも広くて、使いやすいです。お湯がチョボチョボとしか出ない時もあるので、それが、困ります。市内に出て、昼食です。マセルでも、マレアレアと同様の食べ物です。チキンとライス、レソトには、これしかないのでしょうか?ここが、メインストリートの、キングスウェイです。首都ですが、田舎の町のようですね。これは、バソト・ハットの形をした建物で、レソトの民芸品を売っています。「歩き方」には、この隣に、観光案内所があると書いてありますが、ここにはなく、ボーダーに移動したようです。入国するときに、寄って、宿の資料を貰った所です。この民芸品のお店の前では、バソト・ハットを、実際に編みながら売っている、オバさん達がいますが、写真を撮らせてくれません。これは、遠くから、撮った写真です。バソトとは、ソト族と言う意味で、レソトと言う国の意味は、「バソトの国」だそうです。このソト族が被ると言う、バソト・ハット、首都マセルだけでなく、マレアレアでも、被っている人を見たことがありません。毛糸の帽子を被っている人が多いです。この伝統的と言われる、バソト・ハットも日常的には、置き去られ、土産品に成り下がっているのでしょうか?他の地域に行っていないので、早計に結論付けるのは、まずいですが・・・。==============================昨夜は、若い男性の介護士さんが夜勤でした。夜勤は一人で、22人の患者さんの面倒を見ます。この方、歳は聞いていませんが、若いですが、言葉遣いも丁寧で、仕事もテキパキとこなします。老健の千の風では、介護士さんの言葉遣いが、ため口で、あまり良い気分ではない人が多かったです。しかしここHakuは、リハビリさんも看護師さんも、介護士さんも、礼儀正しく親切で気分の良い対応をしてくれます。ここへ入所したくて、2月中旬から、不在ですが、入所金を支払い、4月から住めるように予約しました。1ヶ月半分、余分に支払いましたが、今のところ、正解であったと感じます。脊髄梗塞発症後8ヶ月経ちますので、急速な回復は望めないでしょう。しかし、気持ち良い施設で、じっくり腰を落ち着けて、理学療法士さんの指導を仰ぎ、頑張って行きたいと思います。昨夜は、新・俺は用心棒を見ました。第10話です。噂の中の女と言うタイトルです。豪商の後妻に入りましたが、番頭と良い仲になり豪商の旦那の不正を訴え、番頭と夜逃げすると言うストーリーです。旦那と番頭は死に、後妻は、宿場で、逞しく生きて行くのです。朝食です。食堂へ行きます。お茶が準備されています。ご飯と味噌汁です。おかず3種です。9時20分集合、9時半頃からリハビリで、まず集団体操を行います。アジアの星一番は、足が動かないので、リハビリさんが、足の時は補助してくれます。30分ほど行いました。足は、右足も少し動きました。次は、立ち上がり訓練です。午前は26回です。何故26回なのか分かりません。今度聞いて見ます。その後ベッドに移動して、足のストレッチと、足の運動です。伸ばしたり押したり、色々な運動を取り入れて行ってくれます。大体、各20回ずつ行います。足の膝を押さえて身体を倒すのは50回です。自主トレをで取り入れていた項目も行います。これらはリハビリ専門病院でも、老健でも行わなかったです。足に効くなー、と思います。最後は、足を広げて、15分その体制を保持しました。そして、平行棒での歩行訓練です。始めは両足とも長下肢装具を付けて歩きます。2往復して、左足の長下肢を短下肢に変えて、クッションを巻いて歩きました。この方が歩きやすいです。理学療法士さん、色々と工夫して試して見てくれます。昼食です。ご飯に酢の物にお茶です。味噌汁がないですねー。と思ったら、シチューがありました。味は良いのに冷えています。そこが残念でした。チェンマイの弁護士さんから、保険金の払い戻しが口座に入金されたので、そのお金を日本へ送金する為の、資料を発送したとラインがありました。届いたら、必要事項を記載し、チェンマイへ送り返さねばなりません。14時からリハビリです。まずは平行棒につかまって立ち上がりの訓練です。分厚い座布団を2枚敷いて、腰の高さを上げて行っていました。しかし、本日は、それを1枚にしました。これが大きいですねー。立ち上がりに苦労します。15回、そして15回と合計30回立ち上がりましたが、最期の方は、やっとと言う感じでした。皆さんは、平気で50回行っています。まだまだ時間がかかりますね。次は集団体操です。体操と言っても馬鹿に出来ないです。結構、きつい運動です。30分以上行ったでしょうか? 上半身も鍛えられます。そして歩行器での歩行訓練です。長下肢装具の角度を調整して試してくれました。しかし長下肢装具をロックするよりも、サポーターを付けた短下肢の方が歩きやすいですね。短下肢にする為には、膝が緩まないようにならねばなりません。蒲田リハビリテーション病院では、左足は短下肢のみで、長下肢は使っていなかったのです。それで、ウェルウォークも、歩行器も歩いていました。それからすると、進歩どころか後退していますね。立ち上がり訓練、集団体操、歩行器での歩行訓練で、2時間たっぷり行いました。気持ち的には疲れていませんが、足は疲れていると思います。リハビリを終えておやつの時間です。コーヒーとお菓子です。リハビリの途中でも、お茶を少し出してくれます。夕食です。ご飯にお吸い物、お茶です。おかずは、シュウマイに厚揚げのそぼろ煮、青菜に、デザートもあります。料理は、今まででHakuが一番いいかなー?惜しむらくはご飯が熱々でなく、おかずも冷えている事かな。アメリカとイラン、2週間の停戦に合意とニュースが流れましたが、イスラエルが、レバノンを攻撃したとかで、停戦合意は混沌としていますね。はてさて、どうなる事やら。リハビリは、理学療法士さんが3名で付きっ切りで行ってくれました。30名程のディサービスに来ている方々がいますので、このまま、このように私に構って貰う事はないでしょう。今は、私の症状を見極め、今後のリハビリをどうするか方向を定める時期なのだと思っています。自主トレが出来るようになれば、理学療法士さん達の手間も少なくなるでしょうから、早く良くなりたいです。しかし、時間がかかりそうだなー。
2026.04.11
コメント(2)

これは、中国、杭州市の肖山にて働いている、とある日本人が、中国語も話せないのに、無謀にも、現地ツアーに参加した記録である。行先は、世界遺産であり、中国人の心の故郷的な名山である、黄山。美松あり、奇岩が多い黄山に、どんな出来事が待っているのでしょうか?杭州からオンボロバスに乗って、一路、黄山へ向かっている。写真はネットより借用================================黄山紀行 第2回 2026年4月10日(金)完全防御の我はと言えば、その寒さに耐え切れない。窓が開くたびに、閉めて廻る。忙しい。寝不足故、眠気が襲う。寒い故、尿意をもようす。窓が開く故、閉めて廻る。忙しい。寒い。トイレに行きたい。外は雨。雨の飛沫も、窓から侵入。最悪だ。居眠りの暇なし。時々、バスは止まるも、何の目的か不明。説明はあるが分からず。腹へったなー、と思う。 朝は早いし、朝食も抜きだった。寒くても腹は減るもんだ、と感心する。食堂的な、ドライブインらしき所にも止まるも、置いてきぼりにあったら、凍死する。よって、食事は我慢。ふと売店を見ると、北海道なら、「白い恋人」、群馬ならば、「旅がらす」、名古屋なら「金鯱物語」のようなビスケットの間に白くて少し甘いのが入っている絵の菓子を売っていた。喜んで購入。しかし、白くて甘いのは? 入ってない。単なるビスケットのみ。騙された。しかし、飢えは凌げた。寒さに耐え、飢えに耐え、トイレは耐えず、およそ7時間。7時20分に、杭州を出発して、黄山の麓に、14時半着。意識朦朧。もう天国かと思う。早く暖かい部屋へ行きたい。切にそう思った次第です。松竹梅の、松、大々奮発の松、豪華等の部屋へである。ガイドから説明あり。明日は雨だから、山頂に泊まらないで、日帰りで帰るように、と。当初の予定では、明日は山頂のホテルに泊まり、朝日も拝む予定であった。しかしガイドは、雨を理由に、このホテルに、もう一泊するようにと要望。たぶんそんな事を言っていると思うのであるが、良く分らないし、寒いし、腹も減っているし、温かい豪華等の部屋へ早く行きたいので、曖昧にうなづく。宿の部屋、エアコンあり。トイレは水洗。シャワーあるも、豪華等とは言えない。が、オンボロバス、7時間の身には、ほぼ納得。しかし、エアコンはOKなるも、水洗トイレの鎖切れて水出ず。シャワーのホースも外れている。係りを呼ぶと、18歳の可愛らしい田舎の娘さんが担当としてすぐ来てくれた。聞けば、泊り込みで、働いていると言う。誤解する人はいないと思いますが、僕とは別の部屋です。泊まり込みって言うその部屋は。手まねで、壊れているので、別の部屋へ移動したい旨、説明。すぐに隣の部屋へ移動。内装チェック。トイレは問題なし、シャワーのホースもきちんと付いているし、水も出る。しかし、電球が、3つ切れている。言うと、その担当の娘さん、すぐに電球を取りに行き、自分で取替えてくれた。OK。OK。これでOK。と思いきやエアコンがいつまで経っても、稼動しない。それを言うと、同じ年位の、娘さんが、さらに二人来る。都合、3名で、なにやら、相談している。なにやらリモコンなどをいじっている。僕は黙って、娘さんを見つめている。しかし、直らず。 さらに相談している。が直らず。この寒いのに、エアコンなしでは、凍死の可能性あり。エアコンありと、エアコンなしの部屋を、瞬時に比較。そして、元の部屋に戻ることにした。シャワーは諦め、トイレは何とかしてくれ、と必死で説明。今度は、55歳くらいのおっちゃんが、来室。トイレも、そして、シャワーも直してくれた。エアコンのスイッチを入れて、しばし待つと、ようやく、人心地がついた。寒さはこれで凌げる。暖かいだけで、幸せ感が押し寄せる。豪華等だの、松竹梅だの、どうでもいいや、と思えてきた。宿の周りには、何もなし。おまけに雨であるから、出かける所はどこもなし。時間のみありあまるほどある。暖かくなり凍死の心配がなくなったら、急に空腹である事に気付く。午後3時を過ぎるのに、朝から、ビスケット5~6枚しか食べていないのだ。まだそのビスケットが3分の2ほど袋に入っていた。何冊か持ってきた、小説を読みながら、ビスケットを、もったいぶりながら、一味、一味、噛み締め、そして食べる。飲み込む。うまいぜ、これが! コリッと齧って、ゆっくりゆっくり噛んで、舌の上でとろとろになるまで、呑みこまない。とろとろになって、もう噛む必要を感じなくなるまで噛んで、それからおもむろに喉の奥に流し込む。うむ! うまいぜ! 腹の足しになる。ベッドに横になり、小説を読みながら、ビスケットをとろとろになるまで、食べ、残り少ないなーなどと思っていたら、暖房は効いて暖かくなるし、ほんの少しは腹の足しになるし、目もとろとろして来て、いつの間にか、すやすやと、天使(?)のような眠りについていた。
2026.04.10
コメント(0)

2026年4月8日(水)中国の11月11日は何の日? 2012年11月まだ、「アフリカ縦断の旅」のブログが、続いていますが、実際は、1週間前から、中国の重慶に来ています。本日は、学生達が、何とかの祝いの日だ、と騒いでおります。何の日? と確認すると、「光棍の日」と言います。中国語では、光棍節(guang gun jie) と書き、独身者のための記念日との事。中国では、独身者(特に男性)のことを「光棍」(つるつるの棒の意味)と言うそうで、11月11日は棒が4本並んでいるように見えることから、20年ほど前から学生の間で祝われるようになった、と言う事です。僕も、何故か、チョコレートを貰いました。日本でも、11月11日が、そう言う日なのかどうか、調べて見ましたが、独身者の祝いの日にはなっていないようです。ですが、沢山の色々な日になっています。驚くほど、多いです。ネットで調べて見ましたが、例えば、「いい出会いの日」11月11日に出会った独身の男女が、翌年の11月22日に結婚をして「いい夫婦」になることを祈って、11月22日の「いい夫婦の日」をすすめる会が制定。日付は11月11日を1111として、中の1を1本横にすると1+1(=2)となり、独身の2人が「いい出会い」をして「いい夫婦」になることを意味していることから。「立ち飲みの日」立ち飲みをこよなく愛し「東京居酒屋名店三昧」(東京書籍)の著者である作家の藤原法仁氏と浜田信郎氏が制定。日付は11と11の形が、人が集って立ち飲みをしている様に似ていることから。「いただきますの日」「いただきますの日」普及推進委員会が2011年に制定。「1111」が並んだ箸に見えることからとのこと。「麺の日」全国製麺協同組合連合会が1999年に制定。「1111」が麺の細長いイメージにつながることから。「ポッキー&プリッツの日」江崎グリコが1999年(平成11年)11月11日に制定。「1111」が4本のポッキーあるいはプリッツに見えることに由来。以後、毎年キャンペーンを実施している。「きりたんぽの日」秋田県鹿角市の「かづのきりたんぽ倶楽部」が制定。「1111」が、囲炉裏で焼いている4本のきりたんぽに見えることに由来。「もやしの日」「1111」がもやしを4本並べたように見えることに由来。その他にも、「鮭の日」、「鮭」という漢字が魚偏に「十一十一」と書くことに由来。「ピーナッツの日」、ピーナッツは1つの殻に2粒の豆が双子のように同居している 特徴があるので、ぞろ目の11に由来。「配線器具の日」、コンセントの差込口の形状が「1111」に見えることに由来。「靴下の日」、靴下を2足並べた時の形が11 11に見えることに由来。「下駄の日」、下駄の足跡が「11 11」に見えることに由来。「ライターの日」、一般的な細長いライターを並べると「11 11」に見えることに由来。「鏡の日」、「11 11」や縦書きにした「十一 十一」が左右対称であることから。「電池の日」、数字の部分を漢字で書いた「十一十一」が「プラス・マイナス・プラス・ マイナス」に見えることに由来。「サッカーの日」、サッカーが11人対11人で行うスポーツであることに由来。「折り紙の日」、1を4つ組み合わせると折紙の形である正方形になることに由来。「煙突の日」、「1111」が、煙突が4本立っているように見えることに由来。「コピーライターの日」、1111が鉛筆が並んだように見えることに由来。「磁気の日」、磁石のN極 (+) とS極 (-) を「十一」に見立てたことに由来。「チーズの日」「介護の日」、「いい日、いい日」にかけた語呂合わせ。「宝石の日(ジュエリーデー)」「西陣の日」日本人は、記念日が好きですねー! 調べて見て、本日が、こんなに沢山の記念日になっているとは、知りませんでした。最も、大半は、業者団体が、売り上げを伸ばすために制定したのが多いです。============================お早うございます。皆さん、良く眠れたでしょうか? 昨夜は何度も目が覚めてしまって熟睡感がないです。ずっと足が痺れて痛いのですね。漢方薬の芍薬甘草湯を一昨夜から飲み始めましたが、まだ効いてないようです。漢方薬は速攻で効く薬ではないので、じっくり待たねばなりませんね。昨日、ベッド横のテーブルが届きました。アマゾンで、3314円で買いました。もう少し大きいと思って買いましたが、イメージより小さかったです。しかし、リモコンとか小物を置いて、ベッドから取れれば良いので、目的は達成です。便利になりました。朝食です。まずはお茶を飲みます。ご飯、味噌汁、お茶です。ご飯は不味くはないです。良いのですが、ほかほかではないですね。レンジで温めてくれると良いのですが・・・。おかず3種です。これで充分です。隣に座っているお婆ちゃんから話しかけられました。91歳だそうで、2年半、ここにいると言っていました。家に帰りたいけどねー、とも言っていました。曾孫もいるらしいです。その方、Ykbさんと言いますが、何と、私の従弟と隣保班らしいです。名前も良く知っていました。やはりここは産まれ故郷ですねー。親戚の知り合いがいるのですから。午前のリハビリです。事情があって、集団体操には間に合いませんでした。いきなり、平行棒で立ち上がりです。皆さんと同じで、26回行いました。その後、ベッドに移り、ストレッチと筋肉運動を何種類も行いました。足を開き膝を伸ばして10分間、膝を伸ばして足を上げる20回、足を押す20回、足を横に動かす20回、ヒップアップ20回、その他何種類か行いました。立ち上がりを含めて、ほぼ1時間行いました。結構きついです。次はシャワーです。そして湯船に浸ります。湯音は、41~42℃位です。ゆったり入りました。湯上りのスポーツドリンクです。美味しいです。昼食です。ご飯にお吸い物、お茶です。おかず、3種とゼリーです。初めてのゼリーです。午後のリハビリは、14時からです。昼食後部屋に戻ったら眠くなって30分ほど、昼寝してしまいました。立ち上がり訓練です。皆さんは、50回行いました。アジアの星一番は、途中休んで、40回です。皆さん元気ですよ。その後、集団体操です。首から肩、腕、上半身、足とまんべんなく動かします。40分ほど、行ったでしょうか? 良い運動です。その後、ディサービスの皆さん方は、リクレーションを行っていました。アジアの星一番は、別メニューで、理学療法士さん3名がつきっきりで歩行訓練を行ってくれました。平行棒を2列組み合わせて、3往復歩きましたぞ。次は、歩行器を使っての歩行訓練です。ディサービスの部屋から、食堂まで、少し長い距離を往復しました。蒲田リハビリテーション病院の歩行器と違うものを使っています。左足も長下肢装具を付けていますが、補助なしで動かせます。ほんの少しですが、動きが戻って来た感じです。足裏に体重を感じます。このまま良くなって欲しいですが、じっくり焦らず行いましょう。おやつの時間です。コーヒーを頼みました。お菓子は共通です。夕食です。その前にお茶を飲みます。おかずです。煮魚にパンプキン、モズクにオクラです。ご飯に味噌汁です。今夜のご飯はとても美味しかったです。一度美味しい時がありましたが、それ以来です。どうしてなんでしょう?炊き方が違うのかなー?いつもは、ご飯が炊きたてのように温かくないのですね。今夜のご飯は温かったです。味噌汁も美味しかったです。おかずも、美味しくて、今夜は最高のお食事でした。食事が美味しいと嬉しいですね。本日のリハビリは、午前中は、ほぼ1時間、ストレッチと足の筋力トレーニング、午後は、集団体操に、平行棒と歩行器でも歩く訓練で、約2時間行いました。リハビリホームHakuのホームページに記載の3時間半に、ほぼ近いです。この位行えば、リハビリとしては十分ですね。老健とは大違いです。このまま続けて、是非、快復に向かいたいです。リハビリが充実しているので、自主トレは止めています。やり過ぎは良くないと、AIからも言われていますので。そうそう、さらに、午前と午後、立ち上がり訓練も、合計66回行いました。今は、車椅子の分厚いクッションを2枚敷いて、腰が上がる状態にしています。これは立ち上がり易くする為です。それから、膝が緩まないように、両膝を抑えて貰っています。もっと回復してくれば、クッションを減らして、両膝を抑えて貰わず、立ち上がりを行いたいですね。1~2ヶ月後でしょうか?もっと時間がかかるかなー?
2026.04.10
コメント(4)

2026年4月7日(火)2012年9月20日(木) アフリカ縦断の旅 86日目レソト マレアレア ブッシュマンの壁画昨夜の夕食です。マレアレアロッジでは、夕食も準備してくれますが、110ランド(1100円)と、貧乏旅人にとっては、非常に高額です。ロッジの外に、掘立小屋の食堂や、お店があります。食堂、と言っても、弁当屋のようなお店ですが、2軒あります。その2軒とも、同じ料理です。しかも、一昨日も、昨日も、本日も、全く同じ、一種類しかありません。20ランド(200円)なので、2泊しかしませんから、毎夜、同じ物を食べる事にしました。白いのは、バーパとか言います。原料は、トウモロコシでした。水を買いに行った帰り、ロッジの前で待つミニバスの乗務員を撮りました陽気ですよ。踊ってみたり、カンフーの真似をしてみたり、写真も撮れと、ポーズをとりました。マレアレア地区に、ブッシュマンの壁画があると言うので、行く事にしました。ガイドを雇って行くか、どうか迷いましたが、宿に準備されているパンフによれば、単独で行っても、ほぼ100%壁画は見つからない、と言うので、ガイドを雇いました。彼の名前は、マイケルです。レソト人にしては、大人しく、無口な人です。馬は、普通にいます。小さな部落が見えて来ました。ほんの4~5軒しかありません。谷の下に川が見えて来ました。35分程、歩いた所です。一体、どこまで行くのでしょうか?谷を降り、川を越え、又、谷を登り始めます。ひぇー、どこまで、登るの? と思ったら、ガイドは、ここに座りました。ここが、3箇所ある壁画の内の、第一ポイントでした。何をしている所でしょうか? 黒の顔料ですね。これは、褐色の顔料で描かれています。ブッシュマンは、サン族の蔑称のようです。サン族は、かつて、東アフリカ、中央アフリカ、南アフリカの広い地域に暮らしていた、狩猟民族です。しかしながら、南からは白人入植者、北からは他部族に追いやられ、現在は、半砂漠地帯に、8万人ほど住んでいるだけらしいです。これは、黄色の顔料を使っています。何を描いてあるのか、分かりませんが、狩猟図を主に描いたようですので、これらも、狩猟の絵なのでしょう。登って来た谷を降ります。かなりの急斜面です。足を滑らせたら、命を落としそうなので、慎重に降ります。川を渡り、又、反対側の谷を登り、第2ポイントに着きました。狩猟の絵でしょう。先ほどと似たような絵が描かれております。因みに、この壁画は、400年前に描かれたものだそうです。ちょっと見にくいですが、上側にあるのが、魚です。下側に描かれているのが、イランドです。イランドとは、偶蹄目ウシ科に属する動物です。ブッシュマンにとって、生きるために、重要な動物であったそうな。第3ポイントに移動しました。ここは、太陽が当たって、壁画が見にくいです。ここにも、多くの絵が描かれていました。3ポイントを、約30分見て、帰ります。レソトの国は、国土が狭く資源も乏しいので、農耕と牧畜で成り立っているとの事。帰り道でも、牛や羊の群れを、何度も見ました。牛や羊が多い割には、掘立小屋で売っている弁当は、チキンばかりでした。商売用で高価なのでしょうか? 牛や羊は。丁度、2時間半、宿の近くまで戻って来ました。畑には、今、何も栽培されていません。ガイドのマイケルに、どうして何も植えないのだ? と訪ねたら、雨が降らないから、との答えです。一昨日も、昨日も、今日も、快晴です。で、いつになったら、植えるのだ? 何月? と聞いたら、今月辺り、と言います。すると、もう、そろそろ、雨が降る時期なのですね。昨日は、3万歩、歩いて疲れが残っているかと気にしていました。が、22時には電気の電源が切れてしまい、朝も電気が来ないので、普段では考えられない、9時間の睡眠をとったせいか、疲れは残っていません。本日は、1万6千歩、歩きましたが、それほど疲れません。歩ける喜びを、切に感じております。今回の旅の途中、10日間も、熱と体調不良で、苦労しました。そのせいで、もう健康で歩けるだけで、幸せを感じます。昼頃、帰って来て、やることもないので、持っているものを全部、洗濯しました。2時間程度で、乾いてしまいます。気持ち良いですねー。==============================昨夜は、TVerで、正義のミカタを見始めました。しかし、ここの所、あまり面白くないのですよ。途中で見るのを止めました。Hakuに来た初日、お医者さんの簡単な診察がありました。その時、痺れ、痙縮があり、それを何とか少しでも良くしたい。今までの施設では何もしてくれなかった、と伝えたところ、漢方薬を服用して見ましょうと言ってくれました。その漢方薬ですが、昨夜から服用を開始しました。AIにその効用を聞いて見ました。以下の通りです。処方された 芍薬甘草湯(ツムラ) は、主に「筋肉の異常な緊張やけいれん」を抑える目的で使われる漢方薬です。■ 主な効き目特に次のような症状に使われます:足のつり(こむら返り)筋肉のけいれん・ひきつり筋肉のこわばり(=痙縮)痛みを伴う筋緊張芍薬甘草湯はシンプルな2つの生薬からできています:芍薬(しゃくやく)→ 筋肉の緊張をゆるめる甘草(かんぞう)→ 痛みやけいれんを抑えるこの組み合わせで、「急にギュッと縮む筋肉をゆるめる」働きがあります。と言う事であります。これが効いてくれる有難いです。24時間ずっと痺れて、且つ痙縮があるのですから。朝食前のお茶です。食堂に行くと既にお茶が準備されています。千の風のように早朝のゼリーはないので、お茶も美味しいです。ご飯とお吸い物、そしてお茶です。おかず3種です。食事後、一旦部屋に戻り、休んでから、9時20分にディサービスに行きます。又、お茶が準備されていました。集団体操が始まりました。30分位行います。その後、立ち上がり訓練です。午前は、26回行います。良い運動ですね。足の裏に体重がかかるのが分かります。次はベッドに寝てストレッチを行ってくれました。その他、膝をベッドに押し付けるのを50回とか、膝を伸ばして足を上げるのを20回とか、足を広げて15分とか、足を押すのを10回とか、色々な運動を行ってくれました。これだけで、千の風の1週間分のリハビリ以上ですよ。そして、長下肢装具を付けて平行棒で歩きました。介助は必要ですが、だいぶ、感が戻って来ました。さらに歩行器を使って歩きました。2時間たっぷりリハビリを行いました。これだけ行えば、そして継続してじっくり行えば、快復も期待出来ますね。焦らないで、何とか、杖をついて歩けるようになりたいです。昼食です。梅ご飯、味噌汁、お茶です。おかず4種です。多すぎる位ですね。アマゾンで頼んだ、麦茶が届きました。24本あります。水も24本届きました。お茶と水、これで2ヶ月は持つでしょう。介護士さんが運んでくれて、箱の蓋も取ってくれました。親切です。ベッド脇のテーブルも届きましたが、自分で組み立てられません。夜勤の主任さんがくれば、組み立ててくれるそうです。午後のリハビリです。通常は2時からなのですが、本日はスケジュールを変えたようで、2時からリクレーションです。アジアの星一番は、それには参加せず、パソコンで作業です。そして、3時から参加しました。本日は、立ち上がり訓練を200回行うそうです。凄いですねー! 健常者でも200回はきついですよ。千の風では、たったの5回でしたからね。私に200回は厳しいので、休み休み、20回ずつ4回、合計80回立ち上がりました。これだけで結構、筋肉が強くなるでしょう。立ち上がり訓練の後は、おやつです。コーヒーとお菓子ですね。ほんのちょっと部屋で休んで夕食です。5時10分に行ったら、もう皆さん、食べていて帰る人もいました。早いですねー。ポークとおかず3種。美味しかったです。おかずは多いですね。ご飯にお吸い物、そしてお茶です。お吸い物より味噌汁の方が好きですが、お吸い物が多いです。リハビリホームHakuでの生活ですが、朝から夕方まで食事やリハビリで小説や本の編集をする時間もないかなー、と思っていました。しかしながら、数日過ごして見て、意外と時間が取れます。まず朝ですが、5時頃起きると、食事の7時半まで時間があります。食事後リハビリの始まる9時20分まで少し時間があります。昼食後、14時の午後のリハビリまで、時間があります。夕食後は、寝るまで時間があります。そんな事で、ブログを書く以外、本の編集を行う時間も、小説を書く時間も、十分あります。リハビリを行いながら、余暇も楽しめます。Hakuで長期リハビリ生活の目途が立ちました。黄山紀行の連載も始めたし、チェンマイに佇む男達、寺本悠介の場合も198回投稿で、引き続き連載します。本にする編集も行っています。結構忙しく生活を楽しんでいます。リハビリの後、隣にいた人と少し話をしました。患者さんでは初めて話しました。シェフをしていたそうで、和食、イタリアンを作っていたそうです。ペルーに行ったか? と聞かれました。行ったと答えると、マチュピチュは?と聞かれました。行きましたよ、と少し説明しました。その方は行きたかった、と言っていました。患者さんと話をするのは珍しいですね。
2026.04.09
コメント(2)

2026年4月6日(月)レソトのマレアレア 滝までハイキング川沿いの小道を歩きます。小道があれば、分かりやすいのですが、このような岩場は、どこを歩いて良いのか、分り難いです。さて、この黒いのは、何でしょうか? 川に沢山います。オタマジャクシです。ここは、春ですね。水溜りの中にも、オタマジャクシがいました。干上がったら死んでしまいます。もう30分から40分歩いています。滝が見えて来ていいはずなのですが?これが滝? ちょっと小さ過ぎは、しませんか?まさか、これを滝とは言わないでしょう。さらに上流へ進みます。道が無くなり、行きつ戻りつしながら、さらに歩きました。川を見つけてから、歩くこと、45分、ついに滝にたどり着きました。如何ですか? 川の水量が少ないので、期待はしていませんでした。でも、仲々のものですよ。逆光なので、うまく滝を撮れません。反対側に移動して撮って見ました。滝が、二つあるのが、見えますか? 向こう側に小さい滝があるのです。これです。水が少ないので、風にも吹き飛ばされ、滝が下まで届いていません。これって、エンジェルフォールに似ていますね。規模は全く違いますが。面白いなー、と思って見ていました。滝を眺めながら、昼食を食べたら、元気が戻りました。このまま帰るのも、面白くないな、と、ビューポイントなる場所へ行こうと、滝から山へ登り始めました。滝の上流側が見えましたね。こんな山中に畑を作り、住んでいる人がいます。道に迷い、帰りに、この家に寄って、帰り道を教えて貰いましたが、若いのに英語が話せない人でした。レソトでは、英語も必修ですから、誰でも話せるはずです。近所付き合いをしない家族なのでしょうか?道がなくなりました。どこへ行けば、ビューポイントに行けるか分かりません。おまけに、山を降りて帰る道も分かりません。歩きやすい岩場を歩いて、何とか、道を探そうと、試みました。この一番向こうに、豆粒より小さく見えるか見えない家が、宿泊している宿です。でも、どのように、山を降りたら良いのか、分かりません。川に行ければ良いのですが、崖で、とても降りられるような場所ではありません。仕方なく、先ほどの、民家まで戻り、どのように帰るか聞きましたが、要領を得ません。元来た道に帰ることにして、その道を手真似で教えて貰いました。ほぼ2時間、無駄歩きをしましたが、元の川に出ました。戻って来ました。こんもりした緑の林が見えます。水があれば、あのように、緑の木々が大きくなるのでしょう。あそこにしか、木々がないと言うことは、やはり雨が少ないのですね。マレアレア村(実際は違う村)に戻って来ました。電気もなければ、水道も家にひいてないようで、共同の水道が、このようにあります。この水道の向こう側に、水汲みに来た子供が、3人隠れています。写真が嫌なのか、カメラを出すと隠れます。面白いので、何度も、何度も、繰り返して、彼らが隠れるのを楽しみました。道を間違え、全部で、6時間、3万歩のハイキングでした。疲れましたが、良い景色も見られて、満足です。快い疲れです。===============================本日より、黄山紀行を連載する事にしました。杭州の肖山と言う所に住んで仕事をしている時に、名山と言われる黄山へ行ったのです。その頃は、まだ全くと言ってほど中国語は話せなかったのです。なのに現地人のツアーに参加して行きました。色々とあって、大変、面白いと言うか、記憶に残る小さな旅だったのです。それを紀行文として残してあったのを掲載する事にしました。たぶん、30回位になろうかと思います。小説:寺本悠介の場合も、継続するつもりなので、2作が同時並行します。朝食前のお茶です。食堂で飲みます。朝食です。ご飯にお吸い物、お茶です。おかず3種です。9時半頃から、ディサービスの体操が始まります。結構な運動になるので毎回参加する事にしています。30分位行います。その後、平行棒に掴まって立ち上がる練習です。理学療法士さんに膝を抑えて貰い、もう一人の方が尻を持ち上げてくれます。26回行いました。他の方々は、リハビリを続けていますが、アジアの星一番は、風呂に行きます。まずはシャワーで身体を洗います。その後、湯船に浸ってゆったりします。Hakuは、風呂は個室です。ですので、ゆったり出来ますね。蒲田リハビリテーション病院には、湯船はなかったですし、千の風は、湯船はありましたが、共同の部屋の隅にありました。風呂から上がると、スポーツドリンクを準備してくれました。気が利きますねー。昼食です。おぉ? 麺じゃーないかい? 麺も出して欲しいなー、と思っていた所だったのです。蕎麦です。味はまぁまぁですが、麺が柔らかすぎでした。年寄り用に作っているのかなー? まぁでも、蕎麦は美味しいです。昼食後、部屋で一休みして、14時から午後のリハビリです。まずは平行棒につかまって立ち上がりの練習です。ディサービスですので、30名以上いるでしょうか? 普通に立ち上がれる人は椅子に座って立ち上がります。アジアの星一番は,理学療法士さん3人に介助して貰って、立ち上がります。35回行いました。両膝は押して貰っていて、もう一人がお尻を持ち上げてくれます。次は集団体操です。40分以上行ったでしょうか? 上半身の運動は皆さんと一緒に行いましたが、足の時、足は動かないので、居眠りしていました。15時から、皆さんはリクレーションです。アジアの星一番は、別メニューで理学療法士さん全員(4名)に介助して貰って、歩行器で歩きました。その前に、平行棒でも歩きました。ほぼ1時間、行いましたので、老健とは大違いです。これを続ければ、筋肉も付き、体幹も鍛えられるでしょう。16時から、おやつの時間です。このおやつの時間から夕食までの時間が短いのですよね。ですので、リクレーションの前におやつにしてくれると良いのですが、ディサービスの人たちは、おやつの後、家に帰りますのでそう言う時間配分になっているのでしょう。夕食です。煮魚に豆、オクラに、人参など、4種、多いです。ご飯に味噌汁、そしてお茶です。ご飯は今までの施設より少ないです。しかしこの位で良いですね。特に腹減りません。人生は、産まれて、生きて、死ぬ。たった、それだけです。どれだけ成功し、財を成し、名声を得ても、たったそれだけなんですよね。ま、だからどうでも良い日々を送れと言う訳ではありませんが。産まれて、生きて、死ぬ、その間に色々とありますな。恋愛も人生の中では大きな要素でしょうか? 結ばれる人も多いと思いますが、別れて、一生独身と言う方も多いと思います。熱愛の末、結ばれても、離婚する人たちも多いです。人それぞれです。恋愛以外は仕事でしょうか? 仕事の時間も人生の中で長いですから、それが充実していないと人生も充実していない事になります。ですから仕事も重要ですね。そしてそれから趣味でしょうね。人それぞれ、異なる趣味でしょうが、一生懸命になれる趣味がある方が、良い人生でしょう。特に老後は長いですから、趣味は重要です。それらの為には、最低限のお金も必要です。若い時から、生涯資金計画を立てて必要資金を貯めねばならないでしょうなー。つらつらと、そんな事を考えました。
2026.04.08
コメント(0)

あらすじ悠介は、長野県安曇野の隣、池田町に産まれ、長野高校に進学した。大学は東京のM大学である。その間、小平由樹枝と良いお付き合いをした。大学2年になりとあるコンパで飲み過ぎて矢代美恵子と深い関係となる。小平由樹枝を愛していたが、愛想をつかされ振られてしまった。その後、美恵子とは変則的な付き合いを行い、1年先輩の美恵子は就職して大学もアパートも去った。悠介は大学4年になり就職活動も終わり、希望の会社に就職も決まった。そして友人高橋の結婚披露宴も無事終了。その後新婦の友人の唐橋由美子と親しくなったが、別れたいが別れさせてくれない。一方、美枝子は玉の輿と言える結婚する事になった。3月末、悠介は就職したが、実習中に由美子が自殺未遂をしたと言う連絡を受けて真っ青になった。由美子の父親に会い、慰謝料も支払い問題は解決した。悠介は希望の鹿沼工場に配属され社会人生活が始まったが、女性問題がありタイのシラチャへの出張が決まった。シラチャーでの仕事、恋愛も順調である。2年強のシラチャ生活を終え、鹿沼に帰り2年が経過した。そして2年振りに心がときめく女性を会う。橋本千恵子と言う女性である。伊香保温泉、写真はネットより借用================================第198回 2026年4月7日(火)途中には射的の店や、ガラス細工の店、小さな足湯などもある。人の笑い声が絶えない。「旅っていいね。」千恵子が言った。「うん。」「こうして知らない場所を歩くのって、なんだか自由な感じがする。」「日常から離れるからかな。」石段の途中に、落ち着いたカフェがあった。木の看板が揺れている。「少し休む?」悠介が言った。「うん、ちょっと足が疲れた。」二人は店に入った。窓際の席に座ると、石段街が下まで見える。人々がゆっくり登ったり降りたりしている。悠介はコーヒーを、千恵子はカフェオレを頼んだ。カップが運ばれてくると、ふたりはほっと息をついた。「なんだか今日一日、長かったね。」千恵子が言った。「まだ夕方にもなってないけどね。」「でも黒檜山も登ったし。」悠介は頷いた。「確かに、内容は濃い。」千恵子は窓の外を眺めた。「赤城の湖も綺麗だったし、山も気持ち良かったし……。」少し間を置いて、静かに続けた。「それに……。」悠介は何も言わず、コーヒーを飲んだ。千恵子は小さく笑った。「ううん、やっぱり言わない。」「言ってもいいよ。」「秘密。」二人はまた笑った。窓の外では、石段の上に夕方の光が少しずつ傾き始めていた。「そろそろ上まで行く?」悠介が言った。「うん。」千恵子はカップを置き、ゆっくり立ち上がった。二人の六十時間の旅は、まだ半分も終わっていなかった。そしてその時間は、静かに、しかし確かに二人の距離を縮め続けていた。カフェを出た頃には、石段街の上から夕方の光がゆっくり降りてきていた。「少し登ってから戻ろうか。」悠介が言った。「うん。でも全部登ると帰りが大変そう。」千恵子が笑う。二人は石段をゆっくり登り続けた。夕方の空気は少し涼しく、観光客の数も昼より減ってきている。石段の途中で振り返ると、温泉街の屋根が重なり、その向こうに山並みが広がっていた。「こういう景色、いいね。」千恵子が言う。「昼より落ち着いて見える。」石段の上の方では、浴衣姿の宿泊客も歩いていた。温泉街らしい光景である。やがて二人は引き返し、ホテルへ戻った。部屋に戻ると、夕食までまだ時間があった。「先に温泉入ろうか?」悠介が言う。「うん、そうしよう。」二人は浴衣に着替え、大浴場へ向かった。温泉は広く、湯気がゆっくりと立ち上っている。伊香保の湯は鉄分を含んだ茶色い湯で、独特の匂いがする。悠介はゆっくりと湯に浸かった。「ふぅ・・・。」思わず声が出た。黒檜山を登った疲れが、身体の奥からほどけていくようだった。赤城大沼の宿の風呂とは、また違う。山の静かな湯も良かったが、温泉街の湯にはどこか賑わいの気配がある。湯船に身を預けながら、悠介はふと昨日の夜のことを思い出していた。千恵子と初めて結ばれた夜。湖畔の静かな部屋。窓の外の月明かり。思い出すと、少し胸が温かくなる。一方、千恵子も女湯で湯に浸かっていた。「気持ちいい・・・。」身体の力が抜けていく。山を登った疲れはあるが、それ以上に心が満たされている。千恵子はそっと湯面を見つめた。昨日の夜のことを思い出すと、顔が少し熱くなる。「変な感じ・・・。」でも、不思議と後悔はなかった。むしろ安心感のようなものがある。悠介と一緒にいると、自然に笑える。それが何より嬉しかった。==================================
2026.04.07
コメント(0)

2026年4月5日(日)レソト マレアレア村散歩 2012年9月部屋では、24時間、お湯が出ます。しかし、電気は、午後5時から10時までしか、使えません。この村に電気が来ていないのです。宿は、ジェネレーターで電気を作っているのです。お湯は、ガス給湯器を使っていますので、24時間使用可能なのです。嬉しいですね。有難いです。朝食は、いつもの通りですが、ここで食べました。気温は低いのですが、まだ昇ったばかりの、太陽の光が降り注ぎ、とても気持ち良いです。食べていたら、孔雀が歩いて来ました。パンをあげましたが、食べなかったです。贅沢な孔雀ですな。滝があると言うので、ハイキングに出かけました。マレアレア村を通って行きます。のどかに羊を追っています。すいません。ここは、マレアレア村ではなかったです。もっと小さな村です。マレアレア村は、宿の裏手にあり、500人ほど住んでいるとの事でした。小学校が見えて来ました。のこのこと、小学校へ入って行くと、休み時間で、先生も二人、外に出ています。生徒に挨拶したら、写真を撮ってくれと、言います。それで、教室に入りました。生徒は、男も女も、丸刈り坊主なので、どの子が女の子か、男の子か分かりません。初めは、全員が、男かと思いました。それで、手を挙げて貰いましたら、半々位の割合でした。普通です。小学校を後に、さらに歩きます。これが、普通の民家です。咲いている花は、これです。こんな道を歩いて来ました。村と言っても、家がかたまってある訳ではありません。ポツポツとあるだけです。ここは、ちょっと家が多い地域でしょうか?牛飼いの人も、村の畦を歩いていました。花と民家。村の家も、もうありません。滝を見に、先を急ぎます。急いでもいないですね。ゆっくり歩きます。この岩場の先に、川が流れています。川に着きました。宿を出て、丁度、1時間です。これから、さらに、川沿いを歩いて、滝を目指します。宿の人に、ガイドがいないと、迷うから、ガイドを雇うように、と勧められましたが、断って一人で来ました。さて、滝に行き着けるでしょうか?============================本日は日曜日、リハビリも風呂も何もありません。1日中フリーです。そう思ったら、5時前ですか目が覚めて眠れません。眠くなったら昼寝すればいいや、と夜勤の看護師さんに起こして貰いました。足枕や、体位維持の為の背中の枕、布団など、自分で片付けられないのです。全く情けないですなー。5時前に起床ですが、7時間弱、ぐっすり眠れました。ここHakuは、衣服のリースはありません。それで、ネットで色々と購入し、大きなボストンバッグも購入して持って来ました。車椅子に乗って、それらを洋服ダンスに入れるのは大変だなー、と思っていました。そしたら、昨日のリハビリの最中に、スタッフの方が大きなバッグから、全てを出して、タンスに入れてくれました。親切ですねー。着替えも洗濯も、お願いすれば、風呂に入る日に、衣服を持って行ってスタッフさんが行ってくれるとの事です。衣服のリースがないので、その着替えや洗濯が大変だなーと思っていましたが、それは杞憂に終わりました。行き届いたサービスです。このタンスの中に衣類は全て入っています。昨日の朝食時、食堂でお茶を飲んでいたら、突然、爺さんが「マスクせぇ!」と怒ってきた件、夜勤の看護師さんに、マスクしたらお茶が飲めないのに文句言われたと話しました。そしたら、その人はここでは問題爺で、他の人ともトラブルを起こしているらしいです。あんまり関わりたくない爺さんですね。施設では出来るだけ、揉め事に関わりたくないし、皆さんと仲良く、気持ち良く暮らしたいです。又、文句言われても、すいません、と謝って済ましたいと思っています。朝食です。7時に食堂に来いと言われていましたが、配膳の出されるのが7時40分位でした。早く行く必要はないですね。煮魚におかず2種です。ご飯にお吸い物、そしてお茶です。お茶はお替り自由です。Hakuに来た初日、契約関係の話も聞き、サインもしました。しかし、リース関係の方は簡単な説明が済むと、用事があるので帰るが、資料は良く読んで、必要事項を記載しておいてくださいと言って帰って行きました。その資料を読んで必要事項を記載しい印鑑を押さねばなりません。それで、食堂へ行って作業しました。蒲田リハビリテーション病院でも、川崎千の風でも、食堂には必ず誰か(患者さん)がいました。しかし、ここHakuは誰もいません。皆さん部屋へ戻っています。ここはコーヒーは準備してくれないので、缶コーヒーを買いました。自販機があり買えます。110円です。昼食です。おかずは4種類です。多いですね。ご飯にお吸い物、お茶です。昨夜の夕飯のご飯は美味しかったですが、この昼食のご飯の味は落ちましたな。どうしてかなー?午後パソコンをやっていたら、珍しく電話がありました。誰かと思ったら大胡町に住む甥からです。今から面会に行くのでよろしく、との事です。Hakuは面会出来ますが、一応、事務所への予約が必要です。面会は自由ですが、1ヶ月に最大2回、1回15分との事です。甥は年老いた姉を連れて来てくれました。昨年から急激に認知症が進んで、弟の私が誰かも分かりません。しかし、一緒に昨年行った、伊香保温泉などは覚えており、10年ほど前に、軽バンで日本一周した際、北海道に姉が来たこと、南九州にも来たことは覚えていました。もう昔話も出来ません。残念ですが、歳を取ると仕方ありません。親戚関係の方が準備してくれたお土産を渡しました。そしたら、甥よりお見舞いを頂いてしまいました。こちらがお世話になるんで、必要経費を渡さねばならないのに、申し訳ない事であります。姉の認知症は進んでいますが、身体は元気と言う事ですから、出来る事を行って楽しく毎日を過ごして欲しいです。1週間に4日は、ディサービスに通っているとの事です。15時半、おやつの時間です。コーヒーゼリーとお茶が出ました。夕食です。おかずは4種、ポーク、スパゲッティ、青菜、卵焼きです。ご飯に味噌汁、お茶です。ご飯が少ないなー、と思いますが、今までが多すぎたのかも知れません。リハビリブログだけでは面白くないでしょう、と過去のブログを再掲しています。今は、アフリカ縦断の旅ですが、あと2週間ほどで掲載は完了致します。引き続き、ブログの再掲を行おうと思いますが、どこが良いでしょうか?候補は、下記です。1. インド、ネパール、バングラデシュ:3ヶ月の旅2. ヨルダン9日間の旅3. トルコ16日間の旅4. エジプト16日間の旅5. モロッコ16日間の旅6. シリア・レバノン9日間の旅7. イエメン10日間の旅8. シルクロードの旅9. 新疆ウイグル・タクラマカン砂漠一周の旅10. フィヨルドを見に北欧の旅11. 東欧南下の旅(フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、ポーランド、チェコスロべキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、マケドニア、アルバニア)12.幸せの国:ブータンの旅13.アドリア海の国々の旅 (コソボォ、モンテネグロ、セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、 クロアチア、スロヴェニア)14.マダガスカルの旅15.ポルトガル一周に旅16.中央アジアの旅 (台北、ベトナム、カザフスタン、キリギス、ウズベキスタン、アゼルバイジャン ジョージア、アルメニア)17.南太平洋の旅 (フィージー、バヌアツ、サモア、トンガ)18.チベットの旅19.シベリア鉄道の旅20.ニュージーランド一周の旅21.モンゴルの旅さぁ、どれから再掲しましょうか? 見たいなー、と思う国を教えて下さい。希望がなければ、今、問題となっている中東のイエメンから始めますね。それから、シリア・レバノンなどを掲載します。本日は日曜日で何の予定もなし。完全休養日にしました。自主トレは今日を含めて3日間行っていません。理学療法士さんによると、休養も筋肉増強につながると言う事らしいです。しかし、左足も押す力が無くなっています。蒲田リハビリテーション病院にいた頃は、かなり強く押せたのです。う~ん、困ったなー。
2026.04.07
コメント(3)

これは、中国、杭州市の肖山にて働いている、とある日本人が、中国語も話せないのに、無謀にも、現地ツアーに参加した記録である。行先は、世界遺産であり、中国人の心の故郷的な名山である、黄山。美松あり、奇岩が多い黄山に、どんな出来事が待っているのでしょうか?写真はネットより借用================================第1回 2026年4月6日(月)第一章 凍える旅立ちこれは、中国、杭州市の肖山にて働いている、とある日本人が、中国語も話せないのに、無謀にも、現地ツアーに参加した記録である。行先は、世界遺産であり、中国人の心の故郷的な名山である、黄山。美松あり、奇岩が多い黄山に、どんな出来事が待っているのでしょうか?3月15日。土曜日。正月以降、休まず働き続けて来た。それも毎日、夜の10時過ぎだ。我ながら偉いと思う。しかし、たまたま、仕事も一区切りつき、下請けからの見積が出て来るまで、無理をすれば休める状況となった。思い立って、旅行へ行く事にする。ふらんすへ行きたしと思へども、ふらんすはあまりに遠しせめて新しき背広でもきて きままなる旅にいでてみん「ふむふむ」と、朔太郎の真似をして、あごに手を当て、詩人ぶる。新しき背広もないから、古きジーパンで行こうと決める。仕事を早めに切り上げ、われ肖山の旅行社へ行く。「黄山」、それのみ言って後は、何を言われても無言。それしか話せない。事務員は、あきらめて何やら資料を持ってくる。その資料は、明らかに、黄山のツアーであった。言葉が通じている。嬉しい。550元、800元、1150元の、松竹梅があった。奮発した。ケチの我にしては奮発どころか、大々奮発である。松にしたのだ。梅は550元。松は1150元。何と梅の2.1倍。計算機で正確に計算して見たら、2.09090909倍。あまり意味ないな? この計算は。とに角、梅より2.1倍のサービスが良いこと間違いなし、と思った。2泊3日。因みに、旅行社の案内には、標準等、標A等、豪華等、と記載されていた。松は、豪華等である。すぐにキャッシュで、1150元を支払う。金持ちになった気がする。そして手続き完了。集合場所と、集合時間のみ、きっちり確認した。3月16日。日曜日明日より3連休。やらねばならぬこと多数。よって就寝1時半。久しぶりの休みと、見知らぬ土地を訪ねる喜びで、眠れず。3月17日。月曜日朝、4時半起床。外は雨。がっくり。肖山6時集合。5時半アパート出発。出かけに、ふと山の上は寒いのではないかと途中まで出かけたのにも係わらず引き返し、中国製股引的タイツと長袖シャツをバッグに詰める。これが凍死(ちとオーバーであるが)を免れたのであるからして、我ながら危険予知能力は優れていると、自負するものである。(普通かな?)旅行社の準備したマイクロバスにて、肖山から銭塘江を渡って、杭州へ移動。杭州の長距離バス西駅へ。ここで、別のバスに乗り換える。これがひどいオンボロバス。「おいおい、これが、松か? 大々奮発した、豪華等か?」と自問自答したが、無論、誰も答えてくれず、諦めるしかない。40数人乗りに、20数名程度の乗客。ずっと続いた寝不足をバスの中で、解消する予定。 であった。なるも、寒い。寒い。非常に寒いバスの中。吐く息は白く、零下に近い気温である事、判明。どこからか風が車内を吹き抜ける。寒くて凍えそう。耐え切れず、誰もいない後部座席で、ジーパンを脱いで、股引的タイツを穿く。パンツで直接座るシートの冷たさ。瞬間ながら、説明しがたい冷たさ。そしてジーパンを再び穿く。ジャンパーに、セーターも取り敢えず、慌てて脱いで、長袖シャツを着る。そして、再び慌ててセーター着て、ジャンパーも着る。靴下の上に、厚手の靴下を履く。完全防御。良かった、良かった、と思ったのも一瞬の間のみ。 うー、それでも寒い。 のである。寒い故、トイレも近い。「洗手間! 洗手間!」と叫ぶ。洗手間とは、中国語で上品に言う、お手洗い。下品に言うと、日本語と同じく、小便と書く。我は上品故、小便とは言わず、洗手間と叫び、1時間おきに停まって貰う。オンボロバスは、窓に鍵がかからない。おまけに、黄山への道は、デコボコ道。揺れに合わせて、窓が、自動的に開く。これが豪華等の自動ウインドウ?違うでしょ! って、言いたい。よく見れば、ゴム紐のようなもので、窓が開かないようになっているのであるものの、そのゴム紐さえない窓が、5箇所ほどあるのである。それが、自動的に開くのである。更に良く見れば、元は、留め金があった模様。ゴム的紐を引っ掛ける所さえ取れてしまった窓が、自動ウインドウになっているのである。中国の人は、我慢強い。きっとそうだ。窓が開いても全く関知せず。==================================
2026.04.06
コメント(0)

2026年4月4日(土)レソト マレアレアへ7キロ乗務員と向かい合わせで密着して乗っていた、若い女性が降りた地点が、モツェクオアと言う所です。歩き方には、マフェテン行きに乗って、ここで降り、別のミニバスで、マレアレアへ行け、と書いてあります。ネットカフェのレソト人女性も、そのように教えてくれました。しかしながら、このミニバスは、直通で、マレアレアまで行きます。変わったのですね、路線が。この情報は、最新情報でしょう。「地球の歩き方」にも、教えてあげねばなりません。さて、マレアレアへ7キロ地点です。牧場や、荒地(?)ばかりであった道路の周囲に、畑が見えて来ました。土の色が、全て、一色でなく、黒い土、茶色い土、と色々あります。どうしてでしょうねー?後で知ったのですが、この7キロ地点にある壁に小さなレリーフがあり、「Gateway of Paradise」 と書かれているらしいです。「楽園の入口」でしょう。マレアレアは、このレリーフの言葉のように、楽園だと言うのです。期待を膨らませる、言葉ですね。ここが7キロ地点です。別のミニバスからの乗客を乗せるため、ここで、15分ほど待ちました。子供達が遊んでいます。サッカーボールは、ポリ袋を丸めて球にして縛ったものです。貧乏で本物のボールは、買えないのでしょう。見えて来ました! 楽園です。楽園は、明日から、じっくり見る事にして、宿にチェックインです。これが、アジアの星一番が、泊まるHuts(ハット)です。小屋ですね。バンガローより、粗末なのでしょうか?Basothe Huts と言う名称で、1泊、155ランド(1600円)です。部屋です。ベッドが二つあります。しかしながら、アジアの星一番、一人で泊まります。ドミでなく個室なんですよ。そして、シャワー、トイレ付きです。これで、155ランドは、格安ですね。ブルームフォンテンの、世界最悪の宿に、比べたら、雲泥の差です。ベッドの布団も、毛布2枚に、布団ですから、寒くないです。夕食前に、ビールを飲みました。この国レソトのビールです。宿でも夕食は頼めますが、110ランド(1100円)と、超高いです。それで、宿のすぐ前にある、掘立小屋へ買いに行きました。そこの奥さんと赤ちゃんです。4ヶ月と言っていましたが、フラッシュに驚いたのでしょうか? 目をまん丸に開いています。白いのは、バーパと言う、こちらの主食で、野菜の漬物のような物と、チキンの唐揚げが二つ入っています。これで、20ランド(200円)、バーパに味がほとんどありませんが、おかずと一緒に食べれば、問題ないです。お腹も膨れて、満足でした。============================リハビリホームHakuでの1泊目の夜が明けました。昨日は移動と午後の会議で大変疲れました。それでか、ゆっくり眠れました。足は相変わらず痺れて、痙縮(突っ張り)もありますけどね。そうそう、昨日は到着早々で契約医師の診断がありました。足の痺れと突っ張りを何とかして欲しい、前の施設では何の対策もしてくれなかったと説明しました。そうしたら、それらの薬を服用すると、筋肉も弱くなるので、使わないようにしているのでしょう、と言う説明です。確かにAIでもそんな説明がありました。それで、漢方薬を飲んでみましょう、と言う事になりました。効くかは飲んで見ないと分かりませんと言う、説明付きですが、対策を取ってくれる事が有難いです。少しでも良くなると良いですね。Hakuは、朝のお茶もゼリーも何もありません。それで昨日、買った水を150cc位飲みました。水は毎日飲むので、昨夜ネットで注文しました。500cc×24本です。1299円です。同じくお茶も注文しました。これも500cc×24本です。1268円です。水もお茶も数日後にHakuに届きます。それから、ベッドの横に置くテーブルも買いました。リモコンが沢山あるのですよ。テレビ、エアコン、照明、スタッフの呼び出しと4個もあります。その他、テッシュだの、孫の手だとか、手の届く範囲に置かねばなりません。テーブルはレンタルでないとの事で、止む無く購入しました。3314円です。これも数日後に届きます。実際に購入したものと写真は異なりますが、こんな感じのテーブルです。朝食です。7時からと言う事で、介護士さんが迎えに来てくれました。食堂へ行ってお茶を貰い、マスクを外して飲んでいたら、一人の爺さんがやって来て、「マスクせぇ!」、と怒って来ました。お茶を飲んでいる、と言っても聞きもせず、マスクせぇ! と怒鳴り声。あほな爺に付き合いをしても仕方ないので、マスクしました。おかしな奴がいたものですね。朝食が出されたのは、7時半をずっと廻っていました。後で担当の方に聞いたら、いつも配膳が出されるのは、7時半過ぎと言う事です。7時に行く必要はないですね。ご飯に味噌汁、おかず3種です。食事後、部屋へ戻り、リハビリ時間までゆったりしようとしていたら、ディサービスの責任者の方が来られました。この方は理学療法士でずっとメールでやり取りした方です。メールの内容からして、しっかりした人だと思っていました。ホワイトボードを使って、私の症状や、リハビリ、自主トレの内容などを説明してくれました。難しい言葉もありましたが、分かり易い説明です。麻痺は治りそうもないので、筋力を鍛える、痙縮を抑えるリハビリを行うと言うものです。詳しい内容は忘れましたが、自主トレ内容も症状をチェックしながら、教えてくれるそうです。このような詳しい説明は、今までの施設ではなかったです。9時20分から、全員で体操です。これは千の風でも行っていましたが、同じような内容です。千の風では、私は参加はしなかったです。Hakuでは、参加します。まず、平行棒での立ち上がり、いきなり26回も行いました。驚きました。千の風では、多くて5回でしたから、ここは多いです。そして1階のベッドに寝て、色々と試してくれました。 1. 両足を広げて、15分2. 膝を伸ばしてベッドに押し付けて片足50回づつ3. 膝の屈伸を10回づつなどなどを行い、足の状態を調べてくれました。そして今後のリハビリをどうするか、自主トレをどうするか、決めてくれるようです。今までの施設では、こんなチェックはなかったですね。その後、昼食前に、装具を付けて平行棒で立つ練習、そして、歩く練習も行いました。これだけ行うと、今まで行っていた、11種目の自主トレは必要ないですね。昼食です。ご飯に味噌汁ですが、ご飯は今までに比べると硬いです。別にそれで問題はありません。チキンにその他おかず3種です。これで充分ですね。部屋です。個室です。ここHakuは、全ての部屋が個室です。ベッドもテーブルもレンタルです。テレビ、テレビ台、洋服入れも借りました。1ヶ月3300円です。午後のリハビリが始まりました。まずは全員で、体操です。私も参加しました。上半身が主ですが、結構、運動になります。写真はリハビリホームHakuのホームページより。その後、全員で、立ち上がる練習です。皆さんは、50回行いました。アジアの星一番は、午前中は26回、午後は31回でした。千の風ではマックス5回でしたから、1日57回は、物凄く多いです。写真はネットより借用。その後、皆さんはリクレーションを行いましたが、アジアの星一番のみ平行棒で歩く練習をしました。右足を短下肢装具にすると、膝が緩みます。蒲田リハビリテーション病院では、ずっと短下肢で長下肢は使っていなかったのです。そう言う意味からすると、後退しています。リハビリも終了し、16時20分のおやつです。コーヒーとお菓子です。おやつ代は、180円/回です。安くはないですね。夕食です。17時ですから早いです。ご飯に味噌汁、そしてお茶です。ご飯は美味しいですね。昨日から本日の昼まで、美味しいと思わなかったですが。今夜のご飯は美味しいです。これが続くなら嬉しいです。おかずも4種類です。これで充分ですね。出来れば麺とかの日もあると嬉しいですね。食事は今までの施設より美味しいと感じます。本日は、リハビリホームHakuの初日でした。理学療法士さんは、3名しかいませんが、初日なので、私の動作を確認するなどで、つきっきりで、行ってくれました。麻痺は治らないであろうとの事です。もう手術に失敗してから、8カ月が経ちます。治るならば、その期間に治るはずと言います。確かに最初の半年が勝負であると聞いた事もあります。しかしながら、筋力を鍛えたり、痙縮(突っ張り)を治したりすれば、歩ける可能性はあるようです。老健に比べて、リハビリは確かに充実しています。スタッフさんも言葉遣いも丁寧であるし、皆さん親切です。ここで最低1年は頑張って見ようと思います。リハビリホームHakuは、老健と違って頑張る価値はありそうです。AIにも聞いて見ました。理学療法士さんの言う通りであるが、確かに病後6ヶ月位で回復のピークが来ることが多い、しかしながらその後、1年、 2年で、ゆっくりと回復するケースもあるので、諦めるな、と言う意見でした。対策に関しては、以下のように理学療法士さんと同じ意見で下記です。膝折れ対策(最優先)大腿四頭筋トレーニング(膝を伸ばす筋肉)体幹トレーニング(これが非常に重要)立位での荷重練習(左右均等)
2026.04.06
コメント(4)

2026年4月3日(金)レソト マセルからマレアレアへ移動昨日、レソトへ入国し、レソトは、雑然としており、アフリカっぽい印象だと記載しました。それは、その通りなのですが、その他、感じる事は、妙に皆さん、明るいのです。バックパック背負って、宿を求めて彷徨い歩いていた時、5人の若い女性が歌を歌いながら、歩いて来ました。こう言う光景は、今まで見ていません。今朝も早起きして、生姜紅茶を飲んでいたら、学生達が、起きだして、大声で歌いだしました。歌好きなのでしょうか? 皆さん、明るいです。それから、皆さん、親切です。昨日の、宿探しの時、だれでも、とても親切に教えてくれました。暫く一緒に歩いて教えてくれる人もおり、お金を要求されるかな、と心配もしましたが、そんな事は全くなかったです。そして、危険な臭いも全くしません。この国は、「天空の王国」、「アフリカのスイス」、「山の王国」、などと呼ばれいるそうで、その呼称に誘われて、レソトにやって来たのです。しかしながら、今の所、呼称に相応しい、景色、雰囲気に出会っていません。これが、宿の、Darham Link、Maseru Backpackers、です。昨日とは、別の角度から、撮って見ました。この宿の数十メートル、離れた所に、泉があります。池と書こうか、沼と書こうか、迷いましたが、泉にしました。これは、パソトハットと言う、こちらの帽子だそうです。しかし、実際に、これを被った人に、今の所、会っていません。学生さんの合宿ですね。陽気な皆さんですが、夜は遅くまで、騒いでいません。朝は、6時頃、早くから、起きだしていました。規律正しいです。これは、朝食後、スピーチを聞いたり、踊ったりしていました。宿泊した宿、Maseru Backpackersの、周囲には、何にもありません。町から、数キロ離れております。本日は、マレアレアへ移動します。ガイドブックによれば、レソトは、首都のマセル以外、都市はない、と記載されています。従って、もっと田舎の、マレアレアで、ネットがあるとも思えません。ミニバスに乗る前に、是非とも、ネットカフェを見つけたいと、タクシーで町へ行き探し歩きました。聞きながら探しましたが、知らない人もいますので、ネットがさほど普及されていないのかも知れませんね。何とか探した1軒は、持ち込みのラップトップに接続禁止と言います。日本のウイルスチェックのソフトが入っているから安全だ、と言ってもボスの命令だからダメとの事で、接続できず。さらに探した1件は、ラップトップ用の有線が準備されていました。1時間30ランド、300円です。異常に高いです。30分接続させてくれと頼んでも、最低が1時間、であると譲ってくれません。しかしながら、この有線も何故か、接続できず。それで、デスクトップの有線を外して、使わせて貰いました。ようやく、メールの送受信が出来て、ブログもアップ出来たのであります。この席には、電源がなく、バッテリーが30分しか持たないと説明して、特別に30分を許可して貰い、15ランド(150円)支払いで済みました。バナナ1本が、0.5から1ランドですから、どれだけ、ネットが高いかお分かりでしょう。又、雑然とした、露天商の横を歩き、ミニバス停に向かいます。ここが、ミニバス停。ここも、物売りが多いです。何でも売りに来ます。10時45分にミニバスに乗り、満席になるまで、1時間50分待ち、12時35分出発。待つのにも慣れました。町を抜けるとこんな風景。まだ家があります。不思議なのが、この写真です。これを見てどう思うでしょうか?女性は席に座っています。男性は、女性に向き、進路に対して後ろ向きに通路、う~ん、狭すぎて通路と言えません、座席と座席の間に座っています。恋人同士には、見えませんよね?女性は、顔に手を当て、嫌がっているようにも見えます。道路の周囲は、やはり牧場が多いです。木もありますが、多くはありません。日本のように四季があると聞いていますが、森も林もないので、雨は少ないのでしょう。さて、気になる二人です。男性は足を開いて座り、女性は、その開いた足の間に両足を入れて座っています。男性は、女性の太腿に手を置き、ミニバスの揺れに対応しています。この男性は、乗務員なのです。女性は、客です。日本だったら、ありえませんね。満席にして出発しますから、乗務員の席がないのです。この乗務員が、バラバラにやってくる、客の席を決めて、あんたはここ、あんたはそちら、と采配していました。とすると、この体勢をイメージして、この若い女性をここに座らせたのでしょうか?1時間ほどして、客がおりましたので、乗客の娘さんは、空いた席に移動しました。===============================本日は、川崎から前橋へ移動の日です。朝も早いので、寝坊しないよう緊張しました。しかしながら、5時に起きて、何ら問題ありません。早朝のゼリーです。千の風、最後の朝食です。軟飯、味噌汁、ソーセージ野菜、お茶です。牛乳です。食事の後、近くのテーブルの品の良いお婆さん、102歳のお婆さん、そしてアメリカ人のクレイクにお別れの挨拶を行いまいした。この介護タクシーで、前橋に向かいます。8時45分出発と言う事でしたが、ほぼ定刻に出発出来ました。首都高が混んでいるとの事で、下道を走りました。高速はどこを通ったのでしょう? どこからか高速に乗りました。東北自動車道かなー?もうここは群馬県でしょうか? 田舎の風景になりました。写真には撮れませんでしたが、桜が満開でした。川の辺や、土手の上などに美しく咲いていました。赤城山が見えて来ました。もうすぐ着くでしょう。着きました。リハビリホームHakuです。そしてディサービスこはくです。同じ建屋に、入っています。11時20分に着きましたので、2時間半で着きました。費用は、安くて24,000円ちょっとでした。始めの見積もりは、6.5万円位でしたからずいぶん安くなりました。身体障害者手帳があると高速代も安くなるようです。千の風のケアマネ、斎藤さんが手配してくれました。ありがとうございました。Hakuでの初めての昼食です。混ぜご飯に、3種類のおかず、そしてデザートです。悪くないですね。そして、午後1時半から、入所の説明や、契約書、レンタル屋さん、ケアマネ契約、その他諸々の説明とサインやらで、会議は3時間もかかりました。午前は、車椅子で移動、午後は、会議と座りっぱなしで疲れました。会議の終り頃は、足が痺れて痛くて我慢出来なくなりました。それで、家族への挨拶もそこそこに、部屋に戻り、横になりました。本日は東京から、親戚関係の方、長男夫婦、次男夫婦、そして群馬に住んでいる姪の、6名が来てくれました。遠い所、お疲れさまでした。夕食です。ご飯にポーク、さらにおかず2種、味噌汁、お茶です。ポークの量も多く、千の風より、食事は少し良いですね。リハビリホームHakuの責任者の方からも、説明を受けました。理学療法士の方です。1日の説明も受けましたが、リハビリの時間が実際、どのようになるのか、本日の説明では良く分かりません。まぁでも、千の風よりは、リハビリは充実していると思います。まずはここの生活に慣れる事が先決ですね。慣れてから、リハビリに専念しましょう。本日は、大変疲れました。
2026.04.05
コメント(6)

2026年4月2日(木)レソト入国 78ヵ国目朝、起きて、いつもの如く、生姜紅茶を飲みながら、スケジュールなどを検討します。そして、茶碗を洗いに、キッチンへ行きました。ついでに覗いた、裏庭です。洒落ているでしょう?宿の朝食です。昨夜の夕食が35ランド、朝食が25ランドです。昨夜の夕食が値段の割には、最高でした。今朝の朝食も、バックパッカー宿の朝食に比べれば、かなり良いです。アジアの星一番のいつもの朝食に比べ、ソーセージと、卵焼きが多いです。さて、レソトへ行きますが、レソトは、南アのお金、ランドがそのまま使えます。しかし、レソトのお金は、南アでは使えません。それで、両替をしてから、バス停に行く事にしました。ブルームフォンテンは、観光客の数が少ないのか、ネットカフェも少ないし、両替商も少ないです。観光案内所で教えて貰った両替屋は、レートが、物凄く悪く(1US$=6.72)、諦めて、又々、彷徨い歩きます。ようやく両替をしてくれる銀行を見つけ、1US$=7.96で替えました。これだけ、レートが違うと、1時間以上歩きましたが、歩き甲斐もあったと言う結果です。ミニバスタクシーに乗り、レソト行き長距離バス停へ行きます。丁度、12時に乗りましたが、全席が満席になるまで、出発しません。その間、沢山の物売りがやって来ます。この人も、その一人ですが、現地語なので、意味は分かりませんが、乗客を笑わせ続けて、結局、何かを買って貰っている、商売上手な人です。彼は、乗客の、荷物運びも無料で手伝っていました。13時40分、1時間40分待って、ようやく満席。出発しました。道路の周りは、牧場です。牛ですね。2時間弱経った頃、こんな山も出て来ました。丁度、2時間で、南ア出国のイミグレに着きました。出国は、極めて簡単です。何も書く必要はありません。パスポートを渡すだけ。良いですね、簡単です。南アのイミグレの手前で、ミニバスを降り、ボーダーを歩きます。橋です。どこの国境も川が多いですね。しょぼい川です。ほんの少し水が、流れています。雨が降る季節には、この川も水量が増すのでしょう。レソトの入国も簡単です。記載用紙もありましたが、書かない人もいますし、きちんと書く人もいました。アジアの星一番は、滞在期間を1週間と書いたら、その通り、1週間とパスポートに書かれてしまいました。普通、1ヶ月とかくれるので、実滞在日数を書いたのです。慌てて、2週間と、言ったら、パスポートに記載した日にちを修正してくれました。融通も聞きますね。もう、ここは、レソトです。相乗りタクシーに乗って、市内へ向かいます。イミグレーションの所に、観光案内所があったので、地図を貰い、宿を紹介して貰いました。地図にも、位置を書いて貰ったので、それに基づいて歩きます。懐かしい、アフリカっぽさです。南アには、こんな光景に出会いません。道路脇に、お店が並び、歩く人の数も、おびただしいです。どうでしょうか? 暫く、南アの都市のブログが続きましたので、別の国に来たなー、と感じさせますね? 車が通ると、埃も舞い上がります。教えて貰った地図の上に印を付けましたが、それらしき宿はありません。何人に聞いても、ずっと遠くで、歩ける距離でないと言います。観光案内所で、聞いたものですから、間違いはないだろうと、確認もせず、歩いて来たのです。いやー、遠いです。16時10分に、レソトに入国し、タクシーに乗ってバス停に着き、歩き始めたのが、たぶん、16時半ですが、もう夕日も沈みます。バックパック12キロ、ショルダーバッグ5キロ、食料などのバッグが2キロ。合計19キロを背負い、持ち、歩いています。疲れますねー。まぁでも、これが本来のバックパッカーなのです。タクシーなんぞには、乗らず、あくまで歩きます。金をけちります。南アの、バズバスに乗っての、ガーデンルートは、楽すぎました。夕日は、どこで見ても、きれいですね。18時20分。1時間50分も歩いて、ようやく到着しました。観光案内所で、印を付けてくれた場所と全く違います。始めて来る土地で、間違った場所を教えて貰うのは、困りますねー。部屋は、普通のドミです。布団に毛布もあるので、寒さには耐えられるでしょう。周囲には、レストランは疎か、スーパーも何もありません。一応、一食分の食料は持っていますが、本日の夕食のみで、明日の朝食分は持っていません。止むなく、宿に頼み込み、夕食を分けて貰いました。この食事は、数十人の現地の学生が、泊まり込んでおり、その為に作られた夕食です。分けて貰ったので、無料かと思いました。考えが甘かったです。な、なんと、70ランド(700円)も、要求されました。昨夜の民宿の夕食、35ランドに比べれば、ぼったくりの価格です。お金を取られるなら、もっと堂々と、食べるのでした、飲み物もないし・・・。しかし、量も味も良かったので、良しとしましょう。<注>後日、分かりましたが、「歩き方」には、観光案内所が、市内のメインストリートにあると、記載されております。しかし、今は、そこにありません。たまたま、イミグレーションを通る時に寄って、地図を貰い、宿を教えて貰いましたが、ここを通り越して、市内の観光案内所へ行ったとしたら、面倒になる所でした。「歩き方」に載っている宿は、全て高級な宿で、安宿が記載されていません。このブログを見て、レソトへ行く方は、イミグレにある観光案内所へ寄る事をお薦め致します。因みに、「歩き方」は、'12~'13の最新版です。本日は、2012年9月17日です。==============================昨夜は、ポツンと一軒家を見ました。大分県の山奥です。漁師や、米作り、諸々の仕事をしながら、カメラマンも行っている方が住んでいます。この人は大きな暗室も持っており、自分で現像、焼付けも行っています。ポツンと一軒家のスタッフの写真を撮って、実際に現像していました。それで思い出しましたが、アジアの星一番も若い時、一眼レフカメラを持って、写真を撮り、自分で現像、焼付を行っていたのです。あの頃としては高かったですが、買いましたね。この写真はネットより借用。ポツンと一軒家の家主さんも、現像、焼付を行っています。暗室で真っ暗な中、作業を行うのです。一眼レフで写真を撮っていた頃、アジアの星一番は、独身寮に住んでいました。管理人と仲良くなり、会社には内緒で、部屋をもう一室借りて、その部屋を暗室にして使っていました。こんなモデル撮影にも行って、一人、暗室で作業していましたな。何とも、孤独で寂しい青春時代でした。早朝のゼリーです。朝食前の自主トレです。TVerで、映像を見ながら行いましたので、1時間近くかかりました。足上げは、上手く上がりました。しかし、足は細くなりましたよ。これでは歩くのに筋力不足です。朝食です。タイ味噌軟飯、お吸い物、揚げ豆腐、お茶です。お吸い物より味噌汁の方が好きですが、お吸い物も多いですね。牛乳です。10時のコーヒーです。前橋のリハビリホームHakuから写真が届きました。部屋にベッドを設置しました、と言う事です。気の利かないケァマネで、2度もクレームを付けた方ですが、メールの返信も早くなったし対応も良くなりました。ベッドのどちら側から降りるかも千の風から聞いて配置してくれたようです。昼食です。軟飯、お吸い物、チキン、お茶です。ポテトにデザートです。3時のおやつです。紅茶とドーナツです。千の風、最後のリハビリです。せっかく長下肢装具を着けましたが明日、移動で疲れるといけないと。たった1往復しかしません。写真はネットより借用。同じ理由で、立ち上がりもたった1回です。その代わりに、ストレッチを少ししてくれました。ここのリハビリさんのOoiさんは、理屈も実地も良いし感謝していますが、如何せん、時間が短く回数も少な過ぎます。ですので、ここでの2ヶ月では何の進歩もなかったです。むしろ退化した感じです。予想はしていましたが、予想通りでしたね。自主トレを毎日行いましたが、あまり役立っていなかったようです。夕食です。軟飯、味噌汁、卵焼き、お茶です。ブロッコリーにミカンです。いよいよ、明日、前橋へ引越しです。リハビリ重視をうたっているので、それに期待して、この施設を無理して選びました。ですので、何とか、良いスタッフに恵まれて、リハビリも工夫して頑張り、自力で歩けるようになりたいです。千の風のスタッフの皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。介護士さんには、不満も多少ありましたが、言えば直してくれました。概ね、気持ちよく過ごさせて頂きました。
2026.04.04
コメント(0)

2026年4月1日(水)珍しい民宿の宿 ブルームフォンテン世界最悪の宿、Naval Hill Backpackers を、出て、宿を探しながら歩き、最後の頼みと、長距離バス停にあるツーリストインフォーメーションに戻りましたが、本日は、日曜日、開いておらず、ガックリと、首を垂れました。どうすんべ、と、泣き顔で、インターケープの事務所に相談したら、安宿を紹介してくれました。天の助けです。しかし、90ランドで、個室と言います。安過ぎます。又、先ほどの宿のような監獄ではないだろうな、と、念には念を入れて、何度も確認しましたが、インターケープの職員、遅くなったとき、自分で泊まって確認しているから、間違いなく清潔、キレイ、問題ないと言います。それで、そこを頼みました。迎えに来るから待て、と職員は言います。外で待っていたら、寒いから、オフィスの中に入って待って良いよ、と言ってくれます。親切が心に染みます。あの、パンツの白人大男とは、人種が違うかと感じます。あー、そうだ、白人と黒人ですから、人種が違いますね。黒人の方が、好きですね。概して、親切な人が多いです。30分ほど待ったでしょうか? にこやかな、優しそうな白人のおばあさんが来ました。車の運転は、白人のおじいさんです。宿です。こんもりした木の所の家がそうです。あれ? ここは宿? 普通の家でしょう?普通の家ですね。ホテルでもないし、安宿でもないし、普通の家です。優しそうな、おばあさんですが、夜中に、変身して、牙をむき出しにして血を吸いにくる吸血鬼の家ではないだろうな? と、心配になって来ます。しかし、インターケープの職員が、何度も泊まっていると言うし、小さな子供も、庭で遊んでいるし、周囲の家も、普通の家なので、その心配は打ち消しました。部屋です。キレイに整頓されており、布団もフカフカ。世界最悪の宿とは、大違いです。浴室も、普通の家の、浴室です。生活感があります。家族の用品が置いてあるからでしょう。でも、キレイにしてあります。キッチンです。自由に使ってくれとは、言われませんでしたが、自由に使いました。黒人のお手伝いさんもいるのです。車が、庭に、4台も、5台も置いてあって、誰が家族で、誰が客なのか良く分かりません。分かっているのは、品の良いおばあさんが、ここの主人という事だけです。庭も、花を植え、芝生を張り、手入れしてあります。この宿にたどり着いたのは、午前11時を廻っていました。一通りの説明を受けましたが、夜行バスで疲れ、宿探しで疲れ、疲れ通しです。幸い、宿の近くに、スーパーがあったので、昼食弁当を買って来て食べ、ほっと一息しました。世界最悪の宿に遭遇したと思ったら、この宿も、全く始めてのタイプの宿です。個人の家の、部屋に泊まるのです。日本の民宿も本来の民宿からずれて、旅館と民宿の差が分からなくなっています。しかし、ここは、本来の民宿です。こう言う宿もあるのですねー。困ったのは、ネットがない事です。近所にもネットカフェなど全く見当たらないので、ショッピングモールへ出かける事にしました。歩いて行くと、1時間以上かかると言われましたが、疲れたら、引き返そうと、出発しました。そしたら、タクシー(ミニバス)が来て、しかも、そちら方面です。天の助けです。7ランド(70円)で、目的地の近くまで行けました。しかしながら、WiFiのある店が、2軒ありましたが、電波は非常に強いのに、ネットに繋げません。お店の人が、ルーターの電源切って、再度、電源を入れてくれましたが、やはりダメです。お店の彼の持っている、スマホはネットに接続できます。ナイズナのバックパッカー宿と、同じ状況です。無駄足となりました。3時間の外出でした。宿の近くには、全く、レストランなどないので、夕食も、朝食も頼みました。夕食35ランド(350円)、朝食25ランド(240円)、宿泊料を含めても、全て込みで、150ランド(1500円)です。どんな夕食か、楽しみですが、値段が値段ですから、大した事はないでしょう。ここが、リビングで、その向こう側が、ダイニングです。夕食です。大した事はないと思って、期待はしていなかったですが、逆です。期待していなかったその思いは、裏切られました。POTJIEKOS、と言う南アフリカ料理だそうです。鉄鍋で、外で煮るそうですが、作り方は、シチューに似ていると説明を受けました。肉にジャガイモに、その他、野菜をじっくり煮込んである味です。おいしいですねー! バックパッカーの卑しさと言いましょうか、食べられる時に食べておこうと、食パンも3枚食べました。そしたら、お替りは、どうだ? と優しいおばあさんが、声をかけてくれました。「もう十分です。」、と答えました。そしたら、お皿を持って行き、又、同量程度の料理を盛って帰って来ました。腹一杯以上です。満腹です。この写真は、上の物と同じですが、フラッシュを焚いて撮りました。世界最悪の宿の御陰で、南アフリカの家庭料理が食べられました。いやー、本日は、最悪と、最良の二つを味わえました。良かった、と言った方が良いのでしょうね。世界最悪の宿代120ランドとタクシー代、40ランド、合計160ランド(1600円)は、損しましたが、おいしい家庭料理を食べられたので、この方が、良かったです。いずれにしても、世界最悪の宿に、泊まらなくて正解でした。ここの宿の連絡先ですが、電話番号しかありません。ブルームフォンテンに来る人は、希でしょうが、この宿は、お薦めです。電話番号を記載しておきます。長距離バス停から電話すれば、迎えに来てくれます。HEILA 051-522 6035 ←この人が奥さん 082ー726 9959 ←同じく奥さんですが、上の電話が通じない時。GLEN 079ー604 9099 ←奥さんと連絡が取れない時。HEILAさんは、あまり英語が得意でないですが、ゆっくりと、泊まりたいと話せば、通じます。追記1.昼間、沢山居た人達は、親戚の人で、ここに泊まってはいませんでした。 ここの家には、黒人のお手伝いさんが二人と、老夫婦、もう一人、おじいさんの 5人が泊まっています。 夕食の前に、日本人は、「頂きます。」、と言うのだ、と教えたら、南アもやる、と 言う事です。夕食時は、お手伝いさんを除き、3名プラスアジアの星一番の4名。 それぞれが、手を繋ぎ、ご主人が、何かを祈ります。アジアの星一番は、 優しいおばあさんの隣りだったので、おばあさんと手をつなぎました。 そして、最後にサンキュー! と言います。 何を言ったのか分かりませんが、神に感謝の言葉を捧げたのでしょう。 日本より、長いですね。================================昨夜は、初めてベッドの足の部分を少し上げて寝て見ました。足枕と両方なのでいつもより、足は高いです。しかし寝心地は良いとは、言えません。ぐっすり眠れたかと言うと、若干疑問ですね。早朝のゼリーです。朝食前の自主トレです。やはり11種目です。時間がかかりますねー。今朝は、ほぼ1時間かかりました。身体を前に倒し起こす運動、今朝は結構、きつかったです。30回行いました。朝食です。ふりかけ軟飯、味噌汁、つみれのような揚げ物と根菜、お茶です。牛乳です。10時のコーヒーです。シャワーの時間です。千の風では最終のシャワー、風呂です。湯船にゆったりと浸りました。湯上りにニベアを塗って貰うのですが、本日は忘れてしまいました。風呂上がりなのに、背中が痒いです。昼食です。何故か本日は赤飯です。味噌汁、煮魚、お茶です。ヒジキにゼリーです。突然、親戚関係の方からラインがあり、面会に来るとの事。特に予定はなかったのですが、来て貰いました。川崎駅まで、買い物があり来たので寄って見たと言う事でした。前橋に引っ越したら、面会にも来られないから、施設での面会はこれが最後ですかね、アパートで生活出来るようになったら、帰って来ましょう。明後日、引っ越すリハビリホームHakuですが、ホームページに1日のスケジュールや、リハビリのスケジュールが載っていました。まず、1日のスケジュールですが、以下です。*平日7:00 朝食8:30 デイサービスへ移動します。16:30 デイサービスから戻ります 17:00 夕食*日曜日デイサービスがお休みのため、自室や食堂などでお過ごしいただきますこのようなスケジュールのようです。日中はほとんどディサービスルームに滞在し部屋に戻れません。従って、パソコンに向かうのは、早朝と夜しかありませんな。時間的にブログを書くのが精一杯かも知れません。ディサービス中のスケジュールは下記です。9:20頃 こはくに到着。手洗いの後、バイタルサイン測定を行います9:20~9:50 朝の挨拶。 朝の集団リハビリテーション。座った状態で行います9:50~10:00 朝の起立着座練習(立ち上がり練習)。25回10:00~12:00 午前中のリハビリテーション。集団ではなくそれぞれ別々のことを 行います。入浴される方はリハビリを中断して入浴します12:00~14:00 昼食。歯磨き。休憩。余力のある場合、休憩時間にリハビリを される方もいます14:00~14:50 午後の集団リハビリテーション。座った状態や立った状態で行います14:50~15:00 午後の起立着座練習(立ち上がり練習)。25~50回15:00~16:00 レクリエーション16:00~16:20 お茶、おやつ16:20~16:30 帰りの挨拶リハビリは、1日3時間半であると言うのが売りですが、集団リハビリを含めているのですね。2時間は、個別のリハビリ時間になっていますが、個別に理学療法士さんが付いてくれるかどうか分かりません。ここ千の風より、リハビリは良いと推測されますが、理学療法士さんとよく相談して、快復するリハビリを行いたいですね。集団リハビリの写真です。リハビリと言うより、老人体操ですな。3時のおやつです。本日はコーヒーとケーキです。夕食です。軟飯、お吸い物、ポーク、お茶です。青菜、デザートです。明後日、引っ越しをする、前橋市のリハビリホームHakuでの生活について、調べて見ました。Hakuのホームページにありました。朝食は7時からです。そして、8時半から16時半まで、併設する、ディサービスへ移動します。ですからその間は、パソコンの前に座る事が出来ません。これは厳しいですなー。早朝か夜しか、パソコンが使えません。その時間では、ブログを書くのが精一杯でしょうか? 小説を書いたり、本にする編集作業は出来ないかも知れません。それに1日3時間半と言うリハビリも、集団リハビリを含んでいるようです。集団リハビリって、体操見たいなものでしょうなー。実体としてのリハビリがどんなものか分かりません。行って見ないと分かりませんね。
2026.04.03
コメント(0)

2026年3月31日(火)世界最悪の宿 ブルームフォンテン長距離バス停から、本物のタクシーに乗って、予約してあった宿へ、行きます。ここブルームフォンテンの宿の情報が少なく、宿に問い合せても、タクシーで来いというばかりで、止むなくタクシーに乗ったのです。早朝の7時です。着いたら、宿の名前の通り、丘を少し登った所にあり、周囲には何もありません。外観は、どでかい工場のようです。監獄か? と思わせるような建物です。タクシーを降りて、入口のこれ又、どでかいドアをノックしますが、誰も出て来ません。困ったなー、どうしようと、タクシー代を損したなー、と困っていると、ようやくドアが開いて、パンツしか穿いてない白人の男が出て来ました。「俺は、眠たい、すぐに外出するか、それともベッドに行くか?」 と妙な事を聞いてきます。この男の対応に、この宿は、おかしい、と思い、別の宿を探しに出れば良かったのです。しかしながら、ここしか、宿は調べていないので、中へ入りました。キッチンは、汚いけど、まぁ、それなりの備品は揃っていました。リビングは、雑然として、汚いし、これは、嫌だなーと感じましたが、昨夜の掃除が出来ていないのだろうと、思うことにしました。しかし、天井が、工場のようで、とてつもなく高いのです。それで、寒いです。ベッドルームを見せて貰おうと、白人の大男に付いて行って驚きました。何ですか? これは、アパルトヘイト時代の黒人の棲家、若しくは、車で通る時に見た、今でも住んでいる黒人の棲家ではないですか? 壁がトタンです。ベッドルームの扉を開けて、さらに驚きました。外見は惨めでも、中はキレイにされて、暖かいのかと想像しましたが、隣の部屋との仕切りもトタンです。天井は、透けて見える程度の、細い竹のような物を乗せただけ。毛布は、汚いのが、各ベッドに1枚だけ。これでは、凍え死にます。眠れません。ケープタウンから東海岸は、寒くて、結構、厚い布団と、さらに毛布をかけて寝ていました。こりゃー、困ったなー、と考え込みます。おまけに、宿の主人(一人しかいない)が、朝の7時過ぎに着いたのに、12時まで、寝るから、それまで、外出出来ないと言います。鍵がかかっていて、中からも出られないし、外からも入れません。それでも、他の宿を知らないので、渋々、了承して、120ランド(1200円)を支払いました。そいつは、又、部屋へ帰り、寝込んでしまします。僕は、買い置きの朝食を食べ、歯を磨きましたが、トイレや、シャワー室も、他の設備同様、とてもキレイで清潔とは思えません。白人の大男の弁によれば、他の手伝いの人もいない模様で、掃除をしに来る人もいないようです。とても、この宿には、泊まれない。風邪でもひいたら、大変だ。「安全と健康は金で買う。」、この今回の旅の基本方針を思い出しました。もう、大男は、イビキをかいて寝ています。120ランドは、返して貰えないだろうなー、と諦めていましたが、何度も何度も呼んで、ようやく起こした、そいつは、やはり、返却しないと言い、又、ベッドに帰りました。最悪の宿です。世界最悪の宿でしょうねー。Naval Hill Backpackers と言います。お金は返して貰えなかったですが、外に出ました。バス停からタクシーで来たので、今、ブルームフォンテンのどこにいるかも分かりません。その付近を探しましたが、800ランド位の高級ホテルばかりです。安くても、395ランドで、WiFiもなし。宿を探しながら、歩いて歩いて、結局、ツーリストインフォーメーションのある、長距離バス停に戻りました。すると、事務所は開いていません。そうです、日曜日です。泣きっ面に蜂、とはこの事でしょうか? 今までの南アの東海岸は、バズバスが宿から宿へ連れて行ってくれました。多少の不満はありましたが、それなりの宿で、なんにしても、宿を探す手間がなく、楽チンでした。今、本来のバックパッカーに戻って、宿探し。大変です。既に、時間は、10時半です。タクシーに乗って、長距離バス停を出たのが、7時。2時間半も歩いたのです。さて、宿は、探せたのでしょうか?===============================昨夜もぐっすり眠れました。気が付いたら5時です。7時間半寝たので、少し早いですが起きました。早朝のゼリーです。自主トレです。11種目行いました。昨日、一昨日と、早朝のみで、午後の自主トレは中止しました。少し心が軟弱になっていますね。本日も午後面会の方が来られるので、中止になりそうです。右足のつま先の動きは相変わらずよろしくないです。懸案であった、バンコク銀行の保険の解約ですが、3月26日に、解約金が入金されていました。弁護士さんから入金を確認して欲しいと言われて、みずほ銀行の口座を何度も確認しましたが、入金されていなかったのです。それで、何度かラインで確認したところ、バンコク銀行への入金と言う事であります。バンコク銀行はネットで見られるようになっていません。それで早速、我が友テラに連絡し、通帳を記帳して貰いました。そして入金が確認された次第です。87万バーツが入金されています。だいぶ時間はかかりましたが、皆さんの協力のお陰で私が現地へ行かずとも、解約出来ました。あとは、そのお金を日本へ送金するのみです。有難いことであります。第一フロンティア生命の介護保険も、3月30日に、入金が確認されました。入金手続きは順調です。朝食です。柚子みそ軟飯、味噌汁、肉豆腐、お茶です。牛乳です。10時のコーヒーです。昼食です。軟飯、お吸い物、ハンバーグ、お茶です。ブロッコリーとヨーグルトです。リハビリです。明後日が最終日ですので、本日はラス前です。ストレッチを行って貰いました。あんまり効いた感じはしません。歩行器でプッシュアップを5回行いました。少しだけ左足に乗る感じは持てました。やはり歩行器で歩く練習をしたいですね。チェンマイ仲間の、Fjmさんが、面会に来てくれました。Fjmさんのママさんには、チェンマイで大変お世話になりました。家に招待して頂いてご馳走になったり、ダンスの纏め役をやって下さっていたので、そこでもお世話になりました。数年前でしょうか、長年住まわれたチェンマイを離れ日本に帰国されたのです。今は施設に入っておられるそうです。Fjmさんは、新しい情報に詳しくて、AIに関して色々と教えて貰いました。Geminiとか言うAIが良いそうです。私は、ChatGPT専門ですが、今度、Geminiも使って見ましょう。Googleの中に入っていました。Fjmさん、わざわざ面会ありがとうございました。遅くなりましたが、午後のおやつです。夕食です。軟飯、お吸い物、煮魚、お茶です。豆とデザートです。Fjmさんのお話で、AIでも、Geminiが良いと言う事です。それで、GeminiとChatGPTの違い、良し悪しが何なのか調べて、見ました。概ね以下のようです。アジアの星一番の場合、大量の資料は使わないし、創作的なる利用も多く、自然な会話のノリも欲しいので、ChatGPTの方が好ましいようです。まぁ、両方、使って見れば良いですね。以下が比較です。特徴 Geminiがおすすめの方 ChatGPTがおすすめの方主な用途: Google製品(Gmail/Docs)を 創作、複雑なプログラミング、 よく使う 深い議論得意な資料:大量のPDF、長い動画の解析 短〜中規模の文章の精緻な校正強み: 検索連携、最新トレンドの把握 指示への忠実さ、自然な会話のノリ
2026.04.02
コメント(7)

2026年3月30日(月)夜行バスにて、ブルームフォンテンへナミビアのヴィントフックから、南アのケープタウン、この長距離バスが、今回の「アフリカ縦断の旅」では、最終の長距離バスと思っていました。しかしながら、ここポートエリザベスから、ブルームフォンテンは、そんなに遠くないのに、夜行バスです。しかも、夕方5時出発、翌朝の3時着と言う変な時間です。そんなら、朝6時過ぎに着くように、夕方7時頃出発にしてくれれば良いのですがどうしてなのでしょうねー?本日の朝食です。卵も買って来ましたので、スクランブルエッグが付いています。ついでに、夜行バスの食事用に、ゆで卵も作りました。昼食は、スパゲッティです。野菜、ソーセージも入って、栄養OKですね。余しても、持ち歩けないので、全部作り、同宿の人にもあげました。14時45分に、宿を出発。そしたら、物凄い風です。風速30mはあろうか、と言う程の風で、歩くのも苦労します。強風で物が飛んで来ないか、それも心配ですね。これだけ、強い風ですよ。ここポートエリザベスは、「風の町」としても、有名らしいです。これだけ、強い風が、吹くと怖いです。台風のようですから。写真では、木の揺れ、葉の大揺れが、分からないですね。長距離バス停のグリーンエイカーまで、タクシー(ミニバス)で移動しました。宿から、直接行く大型バスがあると聞いたので、バス停で待っていたら、タクシーの補助員が、土曜日だから、来ない、これに乗っていけ、と言います。本当かなー? と、疑いましたが、昨日も乗ったので、問題はないだろう、と乗り込みました。大きなバックパックがあるので、3人掛けの椅子に4人座るような混雑ですから、乗り換え時に困るなー、まぁ、2倍払って、乗せて貰おうと考えていました。しかしながら、優先的に助手席に乗せてくれました。とても親切です。このバスが、タクシーと呼ばれている、ミニバスです。乗り換えた後の運転手さん、助手席に乗った、アジアの星一番に頻りに話しかけてきます。ジュードーとか、背負い投げとか、イッポンとか、柔道に詳しいようです。日本に行きたい、と言っていましたが、タクシー運転手の稼ぎでは、無理でしょうね。さて、グレイハウンドのバスです。インターケープと並んで、グレイハウンドは、大きな長距離バス会社らしいですが、今回、始めて乗ります。乗って見て、驚きました。何が驚いたかと言うと座席です。アジアの星一番の席は、17Dと言う、後ろから2番目の席です。乗ったときは、前が、ガラガラに空いているのに、何故、こんな後ろ? と疑問に思いました。これが、普通の座席です。これが、アジアの星一番の座席です。明らかに、座席の前のスペースが、広いですよね? 驚きませんか?アジアの星一番の座席が、ファーストクラス、普通の座席が、エコノミー、と言ったような違いがあります。あんまり愛想が良くなかったですが、チケット売のお姉さん、良い席を準備してくれました。感謝です。出発して間もなくすると、窓の外は、もう森でなく、低木地になりました。そして、さらに進むと、牧草地、牧場であります。ズームで撮りましたが、牧場の中の家です。牧場主の家でしょうか?出発した時は、ガラガラの車内でしたが、途中で客が乗り降りします。直通でないのですね。外は、夜。もう途中で乗ってくる人はいないだろう、と言う時間になっても、アジアの星一番の隣の席は空いています。前が広いのに、さらに隣の座席も専有。こりゃー良いわい、やった! チケット売のお姉さん、ありがとう! と感謝です。しかしながら、バスが走っている途中、バス補助員のお姉さんが、おじさんを連れてやって来ました。なんじゃ? と思ったら、一番後ろの空いている席に案内しました。隣じゃなかった、やれやれ、と安心したら、その後、太ったお姉さんを連れて来ました。嫌な予感がしました。そして、嫌な予感は当たり、隣に座ったのです。尻の肉が、こちら側まで、はみ出して来ます。デブのおじさんより、マシですが、デブのお姉さんも嫌ですね。暖房が効きすぎて暑かったり、暖房を止めて寒くなったり、映画をガンガンかけて、うるさかったりしましたが、まぁまぁ、眠れました。予定より、1時間遅れて、午前4時に、ブルームフォンテンに到着しました。宿の人も寝ているでしょうし、グレイハウンドのオフィスで待たせて貰います。24時間、開いているので、こんな時は、便利です。外は、明るくなって来ました。それでも、さらに待って、7時にタクシーにのり、予約してあった、バックパッカー宿に向かいます。この時は、WiFiのある、宿なら良いなー、などと、のんびり、していたのです。==============================昨夜は、編集した本の整理を行いました、68冊目は、2023年に作成したものです。しかし、販売はしていません。ベトナム・マレー鉄道の旅。中国へ出張したり赴任したりしていた時、旬な中国事情を書いて、関係者の皆様へ発信していました。それを纏めた、中国事情上巻です。これも販売はしていません。69冊目です。最近の中国事情中巻です。70冊目です。人民大会堂から見た天安門です。最近の中国事情下巻です。これが71冊目です。2010年に編集を完了しています。面白い日本語の看板でしょう?マッサージ屋さんです。昨日編集が完了した、モンゴル19日間の旅、72冊目です。そして、73冊目は、ミャンマー・カンボジャ編です。編集作業に入りました。昨夜は、1回寝返りを介護士さんに頼みましたが、それ以外は全く起きず、熟睡出来ました。有難いですね。早朝のゼリーです。朝食前の自主トレです。今回も11種類です。やはり45分ほどかかりました。昨日は午後の自主トレを中止したせいか、腿上げもいつもより調子が良かったです。自主トレの最中、部屋がノックされました。介護士さんが来て、挨拶に来ましたと言います。私は4月3日に引っ越しをするのを知っていて、勤務の都合上、もう会えないので、挨拶に来たとの事です。礼儀正しいですね。言葉遣いも丁寧な方でした。食事の時の介護士さん達は、雑談しながら作業します。それも大きな声で話しているのです。患者さん達は静かに食べています。煩いのですよ。静かに作業して欲しいですね。朝食です。ふりかけ軟飯、味噌汁、ゆで卵と野菜、お茶です。牛乳です。10時のコーヒーです。昼食です。軟飯、お吸い物、煮魚、お茶です。野菜にみかんです。午後はリハビリです。長下肢装具を着けますが、最初の頃は30分かかりました。それが、20分で着けられるようになり慣れたなー、と思っていました。しかし本日は。10分で着けられました。効率良くなりました。長下肢装具を着けて、平行棒で歩きます。2往復だけです。両足ともに膝をロックしているので、実際にどの位立てているのか分かりません。立ち上がりはたった1回行います。1分間立ちます。そして最後は、歩行器に掴まって立ちます。立ってから5秒間保ち、座り5回行いました。もっと足で立てれば良いのですが、あまり足に負担をかけられません。3時のおやつです。羊羹は美味しかったです。今、桜があちこちで満開、見ごろですね。病気にならなかったら、桜を見に散歩に出かけたはずですが、残念ながら行けません。軽バンで日本一周に出かけた時、弘前城の桜を見ました。岩手県北上市で一冬過ごしたことがあります。仕事で滞在しました。北上川沿いに桜が沢山植えられていて、とっても綺麗でした。仕事も無事成功して完了し、この桜並木を歩きましたな。ここは我が町池上。呑川が流れていますが、ここにも桜があります。良く散歩しましたなー。今頃、美しく咲いているでしょう。昨年、目黒川の桜を見に行きました。この辺に昔、友人が住んでおり泊めて貰いに行きました。かなり昔ですが、その頃から桜は咲いていて美しかったです。桜の季節になるとアルゼンチンのブエノスアイレスを思い出します。1年間、彼の地に滞在しましたが、ジャカランダが満開の頃、行きました。そして、満開の頃、パリ経由、チェンマイへ戻ったのです。ジャカランダは、色は濃いですが、桜を思い起させる花です。ブエノスアイレスの街路樹は、ほぼ全てジャカランダなんですよ。見事な景色です。夕食です。軟飯、味噌汁、ポーク、お茶です。大根煮と漬物です。イラン戦争、先が見えませんねー。あのトランプさんも言う事がコロコロ変わるしおかしいですね。アメリカ国内でも、反トランプの大規模なデモがあるようで、彼のやり方に不満を持っている国民も多いのでしょう。イスラエルとイランの、過去の歴史的問題は良く分かりませんが、この戦争の意味が分かりません。世界に悪い影響のみ与えているような気がします。早く停戦して欲しいですね。
2026.04.01
コメント(2)
全36件 (36件中 1-36件目)
1

![]()
