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タイタニック号の唯一の日本人乗客、細野正文氏は九死に一生を得ました。細野正文氏は、ミュージシャンの細野晴臣氏の祖父。その正文氏によって、事故から救助までの様子が、タイタニック号の便箋を使って残されています。長い手記ですので、抜粋で救助までの一部をご紹介します。・・・・・・4月14日10時、船が何かに突き当たる感じがあり、間もなく停船した。11時、知人がドアを叩き、甲板に行けと言う。甲板に行くと、知人は救命胴衣を渡して立ち去った。説明が何もなかったが、船員は3等デッキより下に降りろと言う。2等船客であると言って許されたが、荷物を取りに部屋に帰ると、甲板に来るなと船員に再び言われた。船員の指示を無視して甲板に上ると、救命ボートが降ろされていた。ここに至って、非常事態と分かったが、静かにボートの順番を待った。婦人が優先され、右舷から4隻のボートが降ろされた。ボートに乗ろうとする男もいたが、船員に銃で制された。船は45度傾き、最後のボートも降り始めた。「あと2人」の船員の声に、2人の男が飛び乗った。もはやこれまでと覚悟したが、もうひとり、男が飛び込んだ。船員に銃で撃たれるのを覚悟で、自身もボートに飛び乗った。幸い、船員は他に気を取られ、撃たれることはなかった。ボート内は、婦人や子供の泣き声に満ちていた。その後、他のボートとも合流したが、あることに気がついた。ボートには船員の割合が多く、乗客より船員を助けようとしているように見えた。タイタニック号からは、逃げるすべのない乗客の叫び声がすさまじかった。1時ごろ、爆発音が聞こえ、船は沈没した。海面からは、おぼれつつある者の叫び声が聞こえた。ボート内では、夫を気遣う婦人の声が響いた。しかし、4時ごろには、おぼれる者の声も聞こえなくなった。8時ごろ、カルパチア号という船に、ようやく救助された。聞けば、100マイルほど離れた場所から、無線を聞いて来たという。カルパチア号に700人、カルフォルニア号に70人が救助された。乗船していたのは3000人というから、約2000人が亡くなったことになるのだろう。・・・・・・1912年4月14日、今から100年以上前の事故でした。
2014.04.30
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かわいい! - 心霊写真 -象山地下壕などでは、心霊写真もどきはよく写るものです。しかし、フラッシュを使うと、下の写真の様になります。よく「オーブ」と呼ばれる光球が写っていますが、単にフラッシュに照らされたほこりです。それでは、なるべくフラッシュを使わないで撮影を。ちょっと、ぶれ気味。ISO800にしていましたが、もっと感度を上げるべきでした。おや、こちらの写真には、何か写っています。「おわかりだろうか?」リプレイ、いや、ズームで。「もう、おわかりだろうか?」さらに、ズームで。かっ、かわいい!では、素敵なゴールデンウィークを!
2014.04.27
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長野は、善光寺のお話を期待されているでしょうか。しかし、ここは私らしく、別の場所のお話を。長野の朱子学者、佐久間象山。その象山を祀る、桜の綺麗な象山神社があります。そして、象山神社の傍にあるのが、今日、ご紹介する象山地下壕です。私は知らなかった、象山地下壕。これは、太平洋戦争末期に造られました。日本の中枢機能を、この地下の要塞に移転しようとしたのです。皇居、大本営、重要政府機関の移転のため、長さ10kmの地下壕が掘られました。まさに、長野松代に首都を移転しようとしていたのです。延べ61万600人が工事に携わりましたが、終戦により未完成。10トン爆弾に耐えるこの地下要塞は、終戦までに約75%が完成していました。公開部分は、片道519m。無料で見学、ヘルメットをかぶって。往復約1kmの地下壕を、歩いているのは私一人。私の足音だけが大きく響く、薄暗い地下壕。戦争の怨念も染み付いたこの地下壕で、何か写らないかと期待して撮影したのが、これらの写真。なにか、写っていませんか?
2014.04.24
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長野は花が美しい、素敵な街でした。長野のすばらしさは、また後日日記にします。今日は、この旅で気付いたことをお話します。この旅では、名古屋まで新幹線で行きました。名古屋からは、さらに特急ワイドビューしなのに3時間乗り、長野に行きます。新幹線は、JR東海推奨の「EX-ICカード」を使います。以前はEX-ICカードでは「在来線乗り換え改札口を通れない」欠点がありました。今では、EX-ICカードとIC乗車カード(Suica,ICOCA)などを重ねると、在来線に乗り換えできます。名古屋駅の在来線乗り換え口をICOCAで通過後、しなのの特急券は車内で購入します。名古屋駅の乗換え口でも、この方法でよいかを駅員に確認して通過しました。しかし、結果として、長野駅では改札口から出ることができませんでした。その理由は、長野駅が「IC乗車カード不対応」だったためです。新幹線や長距離特急が到着する、大きな長野駅。そこでIC乗車カードが使えないのは驚きでした。しかし、それは私の不勉強。全国には、IC乗車カードが使えない都市は多くあると知りました。2013年現在、IC乗車カードを利用できる駅がゼロの県は11あります。青森、岩手、秋田、山形、長野、福井、鳥取、島根、徳島、宮崎、沖縄が、その県に該当します。これらの地域では、JRのIC乗車カードが使えませんので、皆様もご注意ください。ただ、IC乗車カードが使えないと、新幹線も切符でしか乗車できません。せめて、新幹線停車駅、長距離特急停車駅は、IC乗車カードの対応を期待したいと思います。今日は、失敗の体験談から。盛りだくさんの長野の良い点は、次回お話します。
2014.04.23
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明日は、長野へ行きます。善光寺には行く予定。天気が良いと、助かりますが。眼の出血は、風呂あがりでした。血圧は低すぎるぐらいですが、その血圧で体がバランスしています。入浴によって、一時的に血圧が上がったのが良くなかったのでしょう。とりあえず、アルコールも控えているのが、ちょっと残念。長野の良い空気で、体調もさらに良くなることでしょう。
2014.04.19
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台湾高雄の観光地、寿山公園。観光客の多い場所ですが、あまり見所がありません。高台ですので、良い景色ですが。高雄には、他にも観光地は多くあります。高台までの移動時間もかかりますので、他がお勧めでしょう。・・・・・・ご心配いただき、ありがとうございます。視力は回復しています。ただ、まだ無理はしないようにしています。復帰まで、しばらくお待ちください。
2014.04.18
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14日の夜に、また眼底出血がありました。今回は軽症でしたが、それでも昨日は検査などで視力が0.04程度となっていました。ご存知のとおり、私は片目が弱視でよく見えません。そのためもう一方の目の負担が大きく、眼底出血などを起こしやすくなります。今日は視力もほぼ回復しましたが、1週間ほどはあるべく安静に努めます。皆様へのご訪問も、読み逃げになってしまいそう。また更新も、簡易な更新か、ややお休みとなると思います。眼を休ませたいので、少々ご容赦ください。
2014.04.16
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1923年、ノーベル物理学賞を受賞した、ロバート・ミリカン。彼は、アメリカを代表する、物理学者のひとりです。彼の電気素量の実験は、ミリカンの油的実験として有名。精度の高い測定法としても評価を受けました。しかし近年、彼の実験に、大きな疑惑が。170個の測定データから、都合の良い58個を選んでまとめたというのです。データを選別した結果、実験精度は飛躍的に向上しました。本来、恣意的なデータの選抜は許されません。ただ、測定結果は誤りではない。問題はあるけれど、ノーベル賞には値する。その様に、私も理解していました。しかし、2010年、その疑惑が晴らされました。ミリカンは、60日間の測定データに限定して整理したと論文に明記。そして、使わなかったデータは、60日間以外のデータと確認されたのです。実験精度は、実験者や測定環境で変わります。期間などの条件を明記すれば、それは恣意的なデータ操作ではありません。ノーベル賞受賞の栄光。誤解による悪評。そして、再評価。ミリカンですら、酷評を受けました。有名になれば、悪い評価も生まれます。しかし、その誤解を解けば、真の栄光が得られます。そこに、真理の光が、あるならば。
2014.04.14
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今は、清明。つばめきたる(玄鳥至)時も過ぎ、こうがんかえる(鴻雁北)頃となりました。週が明ければ、すでに、にじはじめてあらわる(虹始見)頃。あしはじめてしょうず(葭始生)のも間もなくです。かみなりすなわちこえをはっす(雷乃発声)時はすでに遠く、やがて、かいこおきてくわをはむ(蚕起食桑)でしょう。5日毎に、季節の変化を語る「七十二候」。その表現には、気象や動植物の変化が織り込まれています。季節を語る、美しい言葉。手紙や挨拶文に、織り込まれてはいかがでしょうか。*私は「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」という表現が好きです。みなさまは、七十二候のどの季節がお好みでしょうか。【個人HP】 「七十二候」
2014.04.12
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ほんと、しつれいよね。わたしらを、なんだと思っているのでしょ。なにが、わたしらの40倍の価値よ!40倍、くいしんぼうの、まちがいじゃないの?だいたい、あのなまえは、なき声からなのよ。チ・チジュクジュク、ってなくの。へんな声よね。それに、むりに漢字をつけて。チジュクジュクって、名前でいいじゃない。でも、しってる?わたしらの、50倍って子もいるそうよ。ほんとっ、なまいき!・・・・・・シジュウカラ(四十雀)のうわさをして、ゴジュウカラ(五十雀)におこっている、スズメたちの会話でした。
2014.04.10
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地下鉄の駅、反響がありましたので、ネット検索しました。「世界で最も美しい地下鉄駅」の写真をまとめたサイトがありましたので、ご紹介します。こちらは各駅の写真が、1枚ずつあります。【Rocket News 24】 「世界の美しい地下鉄の駅15選」次は個人のブログですが、1つの駅で複数の写真があります。ブログなので、ご参考まで。【世界の憂鬱】 「最も美しい地下鉄駅・画像36枚」スウェーデンなど、すごいですね。カナダのベイビュー駅は、なんでしょう??上海の駅は暗すぎて、安全が心配になります。実は、美麗島駅もかなり暗い駅です。日本の地下鉄ほど、人が多くないので安心ですが。台湾は、基本はバイク通勤です。ですので、地下鉄は驚くほど空いているのです。皆様も、旅行では駅もチェックを。【過去の日記1】 「無駄ではないでしょう - 台湾 美麗島駅 -」
2014.04.09
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台湾 高雄にある、ステンドグラスで有名な美麗島駅をご紹介します。「美麗島駅」アメリカの旅行会社が選んだ「世界で最も美しい地下鉄の駅」で、美麗島駅は2位に選ばれています。台湾高雄からは、2駅も選出。「世界で最も美しい地下鉄の駅」(1位)カナダ・モントリオール 「シャン・デ・マルス駅」(2位)台湾・高雄 「美麗島駅」(3位)スウェーデン・ストックホルム 「T-セントラル駅」(4位)台湾・高雄 「中山公園駅」(5位)カナダ・トロント 「ベイビュー駅」(6位)ドイツ・フランクフルト 「ボッケンハイマー ヴァルテ駅」(7位)中国・上海 「バンド観光トンネル」(8位)ロシア・モスクワ 「スラブ大通り駅」(9位)イギリス・ロンドン 「ケニントン駅」(10位)シンガポール 「チャンギ空港MRT駅」(11位)ウクライナ・キエフ 「ゾロティボロタ駅」(12位)ポルトガル・リスボン 「オライアス駅」(13位)北朝鮮・ピョンヤン 「復興駅」(14位)アメリカ・ ワシントンDC 「フェデラルトライアングル駅」(15位)ロシア・サンクトペテルブルグ 「キーロフ工場駅」「天井」天井には、ちょっと怖い絵があります。日本の地下鉄は、美しい駅に選ばれていません。観光客の誘致につながれば、無駄な飾りではないでしょう。【過去の日記1】 「故宮博物院はとても混雑 - 台北1 -」【過去の日記2】 「地下鉄が便利 - 台北2 -」【過去の日記3】 「とてもやさしい街 - 台北3 - 」【過去の日記4】 「衛兵さんは、テケテケ歩く - 台北4 -」【過去の日記5】 「薄味の台湾ビール - 台北5 -」【過去の日記6】 「『千と千尋の神隠し』の街 - 九フン(ジォウフェン) -」【過去の日記7】 「台湾の大阪は暑い街 - 台湾 高雄(たかお,カオシュン) - 」【過去の日記8】 「夜市を楽しむ - 台湾 高雄 六合夜市 -」【過去の日記9】 「六合夜市にて - 魚皮 -」
2014.04.07
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昨日、今日、ひさしぶりに冷えました。でも、今日の部屋の温度を確認した方は、どれほどいらっしゃることでしょう?江戸時代、部屋の温度への関心が高まりました。技術者も、寒暖計を熱心に開発しました。異種の金属を貼り合わせた、新技術のバイメタル式寒暖計も作られました。江戸時代は、高精度の温度計測技術の発展期でもありました。寒暖計が必要だった理由。それは、蚕の飼育のためです。室温を上げると、蚕は早く成長します。しかし、暖めすぎると、蚕は死んでしまいます。室温管理のためには、高精度な寒暖計が必要でした。寒暖計のおかげで、日本の養蚕業は発展しました。明治になっても、日本の産業を牽引したのは養蚕業。部屋がほどよく暖まれば、景気も良くなります。春の冷え込み、増税の冷え込み。暖めてくれる、やさしい春風は吹くでしょうか。
2014.04.05
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よく見かける夫婦茶碗は、男女で大きさが違います。湯呑や箸にも、男女差があります。意外に夫婦湯呑の歴史は浅く、江戸時代に始まります。茶碗、湯呑、箸などの寸法が、体の大きさを基に決められました。体を基準に定めた寸法を「決まり寸法」と言います。その結果、男用は大きく、女用は小さくなりました。体の大きさで決まるなら、現代は江戸時代より大きくなるかもしれません。男女差も、かならずしも必要ないかもしれません。それでも今も、夫婦茶碗があり続けます。古い因習、理想の姿。大きさの違う茶碗を見て、あなたはどちらと感じますか。 久しぶりに、陶器,陶磁器の日記です。残念ながら、西洋陶器ではありませんでしたが。
2014.04.03
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鍵には、古い歴史があります。古代エジプトに始まり、古代ローマでは私物にまで付けられていた鍵。いつの世も、鍵は個人の財産を守るものでした。ポケットがない時代、人は鍵を首から紐でつるしました。さらに時が経ち、指輪と一体化した鍵付き指輪もできました。鍵付き指輪は、生活と財産を守るもの。いつしか、婚約の証として鍵付き指輪を贈る習慣も生まれました。これが、婚約指輪の由来。婚約指輪は、生活と財産の共有の証でした。しかし、鍵付き指輪は、やがて姿を消しました。そして、装飾のための指輪が、発展を遂げました。装飾の指輪の前では、鍵付き指輪は無骨な道具に見えました。宝石や貴金属で飾られ、指輪は豪華になりました。ただ、飾られるほど、かつての意味を忘れていきます。華やかに飾ること、真の役割を果たすこと。その両立の難しさを、指輪は静かに語ります。 ・・・・69万アクセスになりました。みなさん、いつもありがとうございます。楽天ブログも変わりました。キリ番を祝う人も減り、寂しさを感じます。限られた時間ですが、これからも皆様との交流が続けばと思います。これからも、よろしくお願いします。
2014.04.01
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