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1試合で1セット分くらいサーブ・ミスをするチームに成り下がった男子全日本バレーボールチーム。怒り心頭の夜が続いている。特に昨晩、3試合連続フルセット負けを喫した。この敗戦には呆れている。来る日も来る日も「サーブで崩すのが日本の特徴」という監督の言葉そのまま、攻撃的な、もとい状況を考えない見境ないサーブをうち続け、それによって自滅している。負けた試合から学習というものをしないのだろうか、監督は?????? おまけに敗れるたびに「私の采配ミス」を繰り返す。それだけならまだしも(まだしも、とも言えないレベルであるのは明白だが)、昨晩は「ヤマモトに勝ち試合を経験させたくて交代のタイミングを間違った」と言った。更に「選手達になんと声をかけていいのかわからない」とも。もうううううううう! こういう将についている選手達が気の毒になる。 とはいえ、選手達は監督の言っていることが、どうにもオカシイということに気づかないのだろうか? 交代させられてふてくされる某スーパーエース、そのスーパーエースからベテランK君が交代で入ってきたので「混乱してしまった」と言った某セッター、君らはバレーを真剣にやっているのか、と疑わざるを得ない。少しで考える脳味噌があれば、多少の修正をしてくるでしょうが…………。毎晩同じ事を繰り返して成長が見られないように見えるのは、私だけなのかしらん。 とにかく、真剣さが足りない。どこの国に、ミスして薄ら笑いをする選手がいるのだろうか。まじめにやっている選手もいるのに…。ベテランのK君やH君をもっと使えばいいのに。コート外での確執も取りざたされているようだけれど、そんなの言い訳にならない。監督も選手も私情をコートに持ち込むなと言いたいl。 といいつつ、また応援しちゃうかも。
2004年05月27日
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・「東京検死官」山崎光夫(新潮社) 「検死の神様」と異名を取った一検死官へのインタビューをまとめたもの。・「メタモルフォーゼ」手塚治虫(講談社)・「やけっぱちのマリア」同上(同上)「やけっぱちの~」のほうは、性教育を目的に書かれたものでもあるようだ。とはいえ、書いたご本人のお気持ちもタイトルに現れているとか。結婚とは相手と自分の血をわけた子どもを作っても良い、という意思の表明である、というくだりには、大事なことを思い出させてくれたような気がした。書いた当時よりライフスタイルはだいぶ変化しているけれども、ただ「好きだホレタ」ではすまないのも結婚。含蓄あるかも。・「レスボスの女王」ジャン・シャロン(国書刊行会) 20世紀フランスの四大作家の一人と言われたナタリー・クリフォード・バーネイの生涯を描いたもの。彼女はレズビアンであり、狙った女性は逃さなかったというから凄い。だがそれも彼女の才能や美貌・才知ゆえ。さて、どんな女性なのか、読むのが楽しみ。・「シャーロック・ホームズ 大陸の冒険」水野雅士(青弓社) かつては自称シャーロッキアンの私。久々に評伝ものを読みたくなった。実はホームズはヨーロッパだけでなく、アフリカ大陸やアメリカ大陸でも活躍していたのだ。正典では採り上げられていないことが殆どだが、その事実は、ホームズの言葉のはしばしに現れている。それをまとめたのが本書。・「仮面舞踏会」横溝正史(角川文庫)
2004年05月26日
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刑務所での虐待(「虐待」というよりは、「拷問」だと思うのだが)が発覚して久しいイラクでの米国。今日の大統領演説では「アブグレイブ」とちゃんと虐待があった刑務所の名前を何度も言い間違えたそうな。結局ブッシュ大統領は正しく言うことが出来なかったというのだから、開いた口がふさがらない。 米軍ヘリのアパッチで、負傷したイラク人をミンチ状態になるまで射撃するなど、もはや「イラクの復興に貢献」しているどころか「イラク情勢悪化に荷担」しているとしか言えない。この数ヶ月は、米軍の悲惨な行為のニュースは日々途絶えることがない。どうしてしまったのだろう。京都議定書を一方的に無視した行動をとって以来の米国に不安と憤りをこれまで感じてきたし、それをこのページでも再三表明してきた。だが、この数ヶ月はそういう意思を表明する気もなくなった。駐留米軍は「そういうことをする軍隊」という認識が当たり前になってしまったからだ。 しかし、一昨日報道された刑務所内で「虐待コンテスト」があったということ、そして上記の大統領発言間違いニュースを入手し、気が変わった。やはり、どう考えても間違っている。 過去に日本軍がしたとされていることなど、そういう例は沢山ある。戦争にはつきものだ、という意見もある。だが文明の発達した今、そして高度に発達した文化を誇りにしている米国が、先陣を切って虐待に手を染めている。もう、世の中終わっているのかもしれない。ブッシュ大統領の顔を見るのもイヤだ。小泉総理は、イラクの刑務所で起こったことについて、なんと釈明するのだろうか? 「嬉々として虐待・拷問を繰り返している軍隊に協力している自衛隊」とはなんなんだろ?
2004年05月25日
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両国国技館の枡席で、大相撲観戦。もちろん本場泥大島を着て!
2004年05月24日
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またこの季節がやってきた。テニス・ファンには嬉しいローラン=ギャロスとウィンブルドン。ローラン=ギャロスのほうは、ドローも発表になり、週明けにはいよいよ開幕である。昨年はまだ仕事をしていたのでネットでの観戦(といってもスコアボードだけだ)にも限りがあったが、今は仕事してないので、たっぷり時間はある。エナンが優勝できれば、年間グランドスラムへまた一歩近づくことになる。日々応援だ!!! ああ、これからどきどきの日々。
2004年05月22日
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ピカタ、ステーキ、カルパッチョ、ボルシチ、ピラフ、ローストチキン、フリッター、カレー…と、カタカナの名前がつく料理を思いつくままに挙げてみた。これらの料理が家庭の食卓に並べば、洋風ご飯の出来上がりだ。まだ結婚してから一年経っていない我が家の食卓でもこれらが並んでいるか…というと、全くそうではない。何故か私は、カタカナ料理が作れないのである。 作れない、というと語弊がある(一応専業主婦のプライドというものがあるので、笑)。作らない、のだ。いや、もっと正確に言うと、気が付くと日本語料理ばかりになっているのである。 ちなみに今日の夕飯。親子丼、高野豆腐と蓮根・人参の葛煮、わらびのお浸し、茗荷と若布の酢の物。これを書いている現時点では、高野豆腐の煮物を火にかけている最中。昨日は張り切って料理する元気がなかったので、ハタハタの一夜干しがメインだった(他は忘れた)。ほぼ毎日、こんな感じの和食メニューである。 専業主婦といっても、まだまだ新米の域を超えられない。だからときどき料理本を参照するが、たいてい「和食」の本だ。ベターホームで、おしゃれな料理が満載されている「おいしいおもてなし」という本はただ眺めるだけで、作ったためしがない。 では和食でないものを全く作らないかというと、そうでもない。なんたってパスタは気力がないときの頼みの綱だ。これとトマトの水煮缶さえあれば、お手軽に本格イタリアンのマルゲリータパスタの出来上がり。中国料理もたまにする。お手製春巻きは自慢の一品だ(自分だけ?)。餃子も作るし、酸辛湯もレパートリーのうち。カレーも市販のカレールーを使わないで作るし、野菜が沢山食べたいときは、ポトフを大鍋でこしらえる。友達が来るときはオーブンで中華風ローストポークも。 しかし、毎日夕方になって「今晩何にしようかな」と冷蔵庫の中を覗くとき(私は献立を決めてから買い物することは稀で、たいてい適当に食材を買っておいて、ある材料の中で適当に組み合わせて作る)、頭に浮かぶのはやはり和食メニューばかり。スーパーに買い物に行っても、豆腐だの厚揚げだの刺身用の魚のサクだの、こんにゃくだのに目を奪われてしまう。今晩の親子丼でも、目の前にある鶏肉を大根おろし煮にしようと、思っていた。何故に自分がこれほど和食好きなのかは、わからない。ただ言えることは、昔から美味しい煮物を作れるようになりたいと思っていたし、ほぼ日課になっている鰹や昆布、しいたけから出汁を取る作業が好きだということ。 明日は何にしようかなぁ。ダンナの弁当には親子丼で余った鶏肉でローストチキン(お、カタカナだ!)。でも明日の晩ご飯は…やっぱり和食だなぁ。まったく、オシャレでない。うううう。
2004年05月20日
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高畑淳子という女優の名を知らなくとも、ドラマ「白い巨塔」で石坂浩二扮する東教授のご夫人を演じていた人、といえばわかるかもしれない。このドラマをときどき観ていた私は、初めてこの教授夫人の演技を観たときに、びっくり仰天した。役作りがうまいからだ。「東教授夫人」という登場人物が「どのような人物」なのか、手にとるようにわかったからだ。くどくどど夫を詰り、小言を言い…その小言が、彼女の体内から出てくるような、自然な言葉の流れとなって、石坂浩二を直撃している。すごい。 最近テレビドラマに出てくる若い女優の演技はなっていないと私は思っている。まず、登場するたびに、その女優本人の個性しか見えない。これでは役者とはいえないのではないだろうか。その点、東教授夫人は、すごい。どこまでも東教授夫人なのだ。この女優の名すら私は確認しなかったが、放送が終わってもずっと心のどこかにひっかかっていた。何者だったのだろう。 昨晩、バラエティ番組で彼女の姿を発見! 名前も高畑淳子さんだとわかった。バラエティというものは、その人の素顔をちらちらと映し出すものだが、ここでの高畑さんは、50歳目前にして驚くほどフレッシュでかわいらしい。TVずれしていない。それに、綺麗だ。殆ど天然ボケとも言えるキャラクターは、観るものをひきつける何かがあるような気がする。よく話を聞いてみると、やはり最近TVでブレイクしてきたらしい。トーク番組やバラエティには、彼女の飾らない素朴なボケぶりが必要なのだろう。なにより、なぜかほっとする。 それにしても、あの東教授夫人との落差といったら。早速高畑さんの公式ホームページを探し出したところ、予想通り舞台俳優だった。役を自分に引き寄せるのではなくて、役に自分をはめていく演技の方法は、なまなかで出来ることではない。実生活でも、きっとよき母親なのだろう。今後、注目したい女優さんである。
2004年05月19日
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先週末から調子が悪く、温泉浴場に行ったり、灸を家でしたりして過ごしていた。今日は元気になったので、また図書館へ。・「皇帝ニコライ処刑-ロシア革命の全真相」エドワード・ラジンスキー 前からロマノフ王朝の最後には興味を持っていた。あの広大な国ロシアの歴史は、その気候と同様、辛く冷たい。これはNHK出版から出されている上下組の単行本である。歴史小説風ではなく、ドキュメンタリーに近いのが気に入った。まだ最初の数ページであるが今後が楽しみ。・「ヴァイオリン体操」神原泰三 弦楽器雑誌「レッスンの友」に連載されていたものを纏めたもの。弦楽器、特にヴィオラやヴァイオリンは身体に無理な力をかけやすく、非常に不健康だと思う。それを改善するために考えられた画期的な書だ。私は身体が固く運動神経も悪いので、参考になりそう。私の水戸の後輩で、非常に上手にヴァイオリンを演奏する女性がいるが、彼女は高校時代は陸上部の選手だった。やはり運動神経がよいこと、鍛えていることは、ヴァイオリンの技術と密接な関わりがあるのかもしれないなぁ。・「すぐわかる染め・織りの見わけ方」 日本全国、様々な染め織りの技巧がある。有名どころでいえば、加賀友禅、大島紬、西陣や博多の織り…であろうか。この本はそれらを一同に会し特徴をわかりやすく解説してくれている。見ているだけでも楽しい本。知らないもののほうが多いという事実も発見。・「悪霊島」横溝正史 おなじみ金田一耕助シリーズ。私のもっとも好きな「悪霊島」は映画化されてもいる。改めて読んでみると、まあよくこんなこと考えるなあ、と思う。以上。
2004年05月18日
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数日前に新たに借りてきた本。・「ブッシュの戦争」ボブ・ウッドワード あの米国に対するテロの後、どのようにブッシュ大統領とホワイトハウスが動いていったのか。それを教えてくれる好著だと思う。著者はピュリツアー賞を獲ったこともあるジャーナリストである。ラムズフェルドと父ブッシュは同じ共和党内でも敵対していた、など、それぞれの側近についても説明されている。ニュースで毎日見ているあの人々が、身近に感じられるのだから、不思議なものだ。 これはまだ途中までしか読んでいないけれど、あの超大国の意思決定の過程がわかるだけでも、非常に面白い。私は現在の米国政権の中で、唯一コリン・パウエル氏だけに好感を持っているので、今度は彼の半生記を読もうと思っている。・「病院坂の首縊りの家」横溝正史 またもや横溝作品。好きなものは仕方がない。これは金田一耕助最後の事件である。最後だけに、すべてが明るみに出るまでの時間もかかっている。かなりの力作であろう。これを読み終わって、寂しくなってしまったのは、愛読者ならおわかりのこと。・「切り裂きジャック」パトリシア・コーンウェル 例の「検屍官」シリーズ著者、コーンウェル女史が、同シリーズで使えるかもしれないと考えて、調査に手を染めたところ、とんでもない事実を探り当ててしまった。その事実とは、切り裂きジャックの正体、である。私費7億円を投じて精密な調査を行った結果とある。世界的ヒット作を次々ととばした人でなくては、このようなことは不可能であろう。作品自体は、物語風にもなっている。初めから犯人を名指ししており、そこからいかにその犯人が犯行を重ねたか、犯人の生い立ちなども含め紹介されている。ファンの方なら一読を。・「魂の叫び-11歳の殺人者、メアリー・ベルの告白」ジッタ・セレーニ イギリスで11歳の少女が男子二人を殺害した…センセーショナルな売り文句。でもこの書は、幼い少女が殺人を犯した事実を、扇情的に書き連ねたものではない。彼女が「なぜ」この犯罪を犯したのかについて、つぶさに検証している。この少女は、非常に聡明であったがために、裁判で不利な扱いを受けた。裁判では彼女の生い立ちについてスポットライトが当たることがなく、「恐るべき」少女として裁かれた。だが実際、彼女は年端もいかぬ頃から、口にするのもおぞましい虐待を親から受けていた。 日本でも、未成年者による殺人や犯罪が頻発するようになってきた。由々しきことであると、きっと多くの大人達が感じているだろう。起こった事実について取りざたすることはあっても、「なぜ」起こったのか、それについて一般人が知ることは稀だ。それを一般の大人が知らねば、同様な事件が相次ぐことは必定であるのに。未成年者の犯罪だけでなく、自分の子どもへの虐待が相次ぐ今、この書は何かを教えてくれている。 以上。どうも、犯罪関係の本ばかりになってしまった。ま、興味があるのだから、仕方がない。5分くらいで手当たり次第に選ぶと、こうなってしまう。
2004年05月13日
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昨日、地元の球場で広島-横浜戦があったので、夫婦で見に行った。主人は宝塚市出身なので、昔から阪急(今はオリックス)を応援し、夜家にいるときは必ずスポーツニュースでオリックス戦の戦果をチェックしているほどの、野球好き。昨晩の試合も、1ヶ月前から購入していた。千葉にいたころは、千葉のマリンスタジアムに一度行こうと言っていたのに、結局行けずに転勤になってしまったから、今度こそ逃してなるものか、と意気込んでいたのだろう。 私たちの席は丁度一塁ぐらいの場所、前から3列目。ピッチャーの球もよく見え、面白かった。ただ高低しかわからないので、実際に内角か外角かまではわからない。TVだとネット裏から放映するので、それとは全く違う感覚だけれど、どれだけの速度が出ているのか、つぶさに観察することができて、改めて野球選手を尊敬した。 試合のほうは、エキサイティングな試合運びとはとうてい言えず、見せ場もなく盛り上がりにも欠け、単発ホームランで点が入るという感じ。試合自体は余り面白くなかった。 私も野球観戦はすきだが、主人は私の倍以上も好きなので、球場に来ているだけで楽しかったようだ。寒くないかどうか、飽きたかどうかしきりに気遣ってくれたが、普段私のやりたいように生活させてくれるのだから、それくらいは主人の楽しみのためにつきあわなくてはならない。5月とはいえ冷え込む山形の夜を堪能?しつつ、淡々と試合は終わった。 子どものような顔をして野球を見ていたダンナへ。「来年の今頃、またプロ野球の試合があったら、又来る?」と訊かれて、言葉を失ったけれど、7月から9月の上旬の間だったら、また来てもいいです。今度はビール飲みたいもんね。
2004年05月12日
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F.P.ツィンマーマン。もしかしたら過去にこの日記で採り上げたことがあるかもしれない、このドイツのヴァイオリニスト。若杉弘率いるケルン放送交響楽団の来日演奏会のソリストとして同行したのは、彼が18歳くらいのころだったか(ちなみに、このときケルンのオーボエ首席は、あの宮本さんだった)。今39歳というから、すでに20年がすぎている。 私はこの演奏会を聴きにいき、すぐさまファンになった。まだ子どもだから理由はよくわからなかったが、何故かとても気に入った。大学生になり上京してからは、彼のリサイタルには足を運び、CDを買い…と着実に、ツィンマーマンの成長を楽しみにしていた。好きなヴァイオリニストと人に問われれば、すぐさま「オイストラフとツィンマーマン」と答えていたし、今でも、そう答える。 昨晩、N響アワーでツィンマーマンのベートーヴェンだということに気づき(夫が教えてくれた)、すぐさまテレビを点けたところ、もう演奏が始まろうというとき。このベートーヴェンの協奏曲は、私が大学2年か3年のとき、弟のような友達のヴァイオリン弾きと二人で聴きに行ったものだった。こうやって改めて聴いてみると、ツィンマーマンの素晴しさが、まずその音色の素直さと美しさにあることが、よくわかる。現在世界的に名を知られているヴァイオリニストの中でも、この点で彼の右に出るものはいないと、私は断言する。まるでヴァイオリンという楽器が、摩擦弦楽器であることを、忘れてしまうような、弓のあたりから立ち上るような美しいピアノやピアニシモ、大きくてもそのまろやかさが壊れない弓遣い。思わずため息が出てくる。どうしてこのような音が出てくるのか。不思議でならない。あえて言うならば、「引き」の美しさ、というのだろうか。「押す」ことも十分に理解し使いこなせる者が、あえて「引く」美しさ。まるで酸いも甘いもかみ分けた、人生経験豊かな人格者のような(???)余裕を感じさせてくれるのだ。この演奏のときはまだ20代というところが、またすごい。 続いて放映されたブラームスでは(これは指揮サヴァリッシュ、こちらも凄かった)、勿論テクニックも十分に堪能できたが、そのテクニックを嫌味なく披露できるところに、また彼の特徴がある。アゴーギグも自然で、表現そのものにケレン味が少ない。正当派ヴァイオリンとは、まさにこのことだろうか。 彼のCDの中には、イザイのソナタ全曲というものもあるが、私が一番気に入っているのは、かなり若い頃にレコーディングした、モーツァルトの協奏曲全集だ。これを聴いていただければ、ツィンマーマンが、ヴァイオリン奏者として真ん中の、まっすぐな道を歩むべく生まれた人間であることがおわかりいただけると思う。まず最初、10代でモーツァルトとベートーヴェンの協奏曲を録音した彼は、その後チャイコフスキー、ブラームス、プロコフィエフ、シベリウスと録音して、イザイのソナタ、プロコフィエフのソナタ、サヴァリッシュをピアノ伴奏としての録音など、着実にキャリアを伸ばしてきている。しかし、日本では彼が地味にうつるのだろうか(日本人は見栄えがよくてハッタリが効くタイプが受け入れられる傾向が少々あるようだが、ちょっと嘆かわしい)、この数年音沙汰がなかったけれど、今秋、漸く来日するようだ。N響+サヴァリッシュのサポートで、なんと、ブリテン。流石に私のツィンマーマン様は、やることが違うのである。これは、山形から飛んでいくしかないか…と目論んでいる。
2004年05月10日
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昨日図書館に行き、本を借りてきた。久しぶりだ。ちょこちょこと購入して読んではいたが、資金にも限界がある。やはり、図書館で借りるに限る。 借りてきたのは次の本。「本陣殺人事件」横溝正史:もう一度横溝を読み直そうと思って。中編が3編収録されている。なかなか面白かった。「きもの・しきたり事典」木村孝:これは著者に興味があってのこと。「美しいキモノ」などでよく目にする方である。わかりやすい。きもののTPO確認に役立った。「着付師一代 きもの語り」根津昌平:初代水谷八重子の専属着付師だった方の語り口調エッセイ。舞台衣裳付けの裏話が面白い。「帯結び100選」清水とき:結び方が写真でなくイラストで書いてある。ほとんどオリジナル。「アラバスター」手塚治虫:読んでないと思って借りてきたら、読んでいた。手塚先生ご本人はこの作品がお嫌いだったようだけれど、私は結構好きだ。「夜這いの性愛論」赤松啓介:マチやムラ社会があったかつての性社会を体験に基づいて紹介している。日本も大昔(狩猟・農耕民族のころ)は一対婚でなく、集団婚だったと何かで読んだことがある。昔の性はおおらかだったのだと実感。柳田民俗学はこの性の部分を落としている、と批判しているだけのことはある。「大ヴァイオリニストがあなたに伝えたいこと 100+1のレッスン」千蔵八郎:これ、面白かった。コレッリに始まり、最近ではムターまで、それぞれの著書やインタビューから、ヴァイオリンを拾得する上で有益になりそうな文章を集め、それに解説をつけたもの。通して読んでみると、だいたい「テクニックだけではだめ」「右手が大事」ということらしい。是非ヴァイオリンを専門的に学んでいる人にも読んでもらいたい本かもしれない。「FBI殺人教室」ラッセル・ヴォーパゲル:一世を風靡した「羊たちの沈黙」で有名になった、一つの犯罪捜査手法であるプロファイリングの先駆者の授業風景をまとめたもの。プロファイラーといえば、「FBI心理分析官」を著したロバート・レスラーを思い浮かべるが、ヴォーパゲルはレスラーと同僚ということだ。「チェロを弾く少女アニタ」アニタ・ラスカー=ウォルフィッシュ:チェロを演奏することができたためにアウシュビッツを生き抜いた女性、アニタの手記。収容所生活の回顧録(実際にはそんな生やさしいものではなかろうが)のようだ。未読。今晩でも読もう。こんなわけで、だいたいに目を通してしまったので、また明日にでも、別な本を借りてくる予定。活字は、やっぱり、面白いのである。
2004年05月07日
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なにやら、小学生の作文のようなタイトルである。自分で苦笑してしまった。それはさておき、昨年の夏に出かけたベルギー、オランダ、ルクセンブルク、いわゆるベネルクス三国ではなかなか良い体験をした。今でもよく思い出すのが、このマウリッツハイス美術館だ。 マウリッツハイスは、アムステルダムから電車で1時間弱のハーグという町にある。国際司法裁判所がある場所なので、ご存じの方も多いだろう。フェルメールやレンブラントがひっそりと展示されている美術館の存在は、もう十年以上の憧れだったけれど、ようやく訪れる機会が巡ってきたのだ。日本に帰る最終日、ベルギーからアムステルダムまで鉄道で戻り、それからまた鉄道を乗り換え、デン・ハーグ駅に降り立ったときの期待感といったら、まるで初恋の人に久しぶりに再会するかのような。 かつて貴族の邸宅だった美術館は、想像よりこじんまりしていた。でも手入れが行き届き、その歴史の重みを感じさせて美しい。一歩踏み入れると、そこはもう絵画の世界だ。来場者もほとんどいないようだ。展示されている作品を一応丁寧に見てまわったが、心はもうフェルメールへと飛んでいる。まだ出てこない。その間、レンブラントの作品も多くあった。やはりレンブラント、小品であろうと大作であろうと、その精密度は変わらないのがすばらしい。 そういえば、前にオーストリアのインスブルックで王宮にある美術館を訪れた際、レンブラントの小さな小さな老婆の肖像が、これでもか、というくらいに厳重にガラスの中に展示されていたのを思い出した。だが、このマウリッツハイスでは、作品と観る物を隔てるガラスなど、ないのだ。素晴らしい。 そうこうしているうちに、別な小部屋に入り込む。そこには、丸いクッションソファが置いてあった。なぜここに、と思うまもなく、ふと目をやると、そこにはフェルメールが!!! 大阪で炎天下三時間半も並んだ挙げ句すし詰め状態で観たあの少女が、そこにいた。そこには、彼女と私を隔てるものなどなにもない。十分に近寄り、心ゆくまで眺めた。初めてフェルメールの実物を観た夫も、その素晴らしさに心打たれたようだった。フェルメールのものは、他にも「デルフトの眺望」があり、これも素晴らしい。やはり絵画は、写真で見るのと実物を見るのとでは、大違いである。 十分に堪能したのち、後ろ髪を引かれる思いで美術館を後にした。珠玉のような、美術館。誰にも見せず、いつまでも手の中で大切にあたためておきたいような、小さいけれどとても素敵な、美術館。大きく広いだけが素晴らしいわけではなのだ。一年近く経つ今でも、あのときの高揚感を忘れられない。また訪れたいものだ。
2004年05月06日
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ようやく休みらしい休みとなった、このGW。夫は外出好きなので、この間、様々な場所に出かけていったが、私は少々疲れてしまった。遊び疲れ。行った場所。1:新高湯温泉 日本秘湯の会会員のお宿。山形と福島の県境にある、山の一軒宿である。当然お湯は源泉掛け流し。お料理は山・川のものを中心にした素朴な料理。部屋も狭く布団はセルフ・サービスという素朴なサービスが、非常に心地良い。お値段も良心的なので、また行こうと言っている。2:鶴岡の「金太郎寿司」 職場のご同僚大推薦の回転寿司。高速を使わず、片道二時間半かけてたどりついたところ、行列が。食べ物屋に並んで入ることが極度にきらいな我々だが、片道二時間半を思い、我慢して30分並ぶ。でも並んだ甲斐があった。ネタが良い。シャリが小さめなので気分よく食べられる。あっというまに、120円皿25枚、240円皿3枚。ここで打ち止め。3:水沢&盛岡 主人が以前赴任していた盛岡県での先輩方&友人を泊まりがけで巡る。結婚式に来ていただいた方もおられ、久しぶりの再会。夕食は盛岡の有名店「食道園」で冷麺を食べる筈が、夕方に食べたじゃじゃ麺の量が多く、結局冷麺は夜食べられなかった。残念。だが、翌日の昼に、先輩方につれられて食べることが出来た。 その他ちょこちょことあるが、まあ、こんな感じですぎたGW。私は流石に疲労が出てしまい、部屋の片づけをやっている主人を横に、こたつで昼寝。悪妻も良いところである。
2004年05月05日
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