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オープンから大分たったけれど、初めて難波パークスに行く。予想以上に良かったというのが感想。外見も素敵だった。上の方がガーデンになっている。私はお酒が好きなので、全国の焼酎を集めたお店が気に入った。知っているお酒も、知らないものも。素敵なセレクト・ショップ郡。何よりも男性・女性とフロワーがわけられていないのが良かった。これならば家族でも、カップルでも一緒に買い物が楽しめる。私の好きな『生活の木』や『ロクシタン』も入っていた。一日では回りきれない。館内は葉加瀬太郎の音楽が流れていた。丸ビルを設計した人が設計したらしいのだけれど、難波パークスの動員数は六本木ヒルズや丸ビルをはるかに越えているらしい。難波がどんどん素敵に変わっていくのはうれしい。
2003/11/30
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『旅について』 岡本喜秋著 (講談社新書)という本を読んでいます。図書館で借りた本で、黄色く変色するほど古い本なのだけれど驚くほど私の感性にぴったりだった。『旅』という雑誌の編集長(今は知らないけれど)で、旅行について色々な考察が書き綴られている。例えば、旅は出会い 人や植物や自然との出会い。であるということとか到着地に急ぐと言う事はおろかなことで、寄り道が大切であること。人生は旅である、と言う事も書かれている。そうなると、この本は人生について書かれていることになる。個性的な旅行が求められているのだけれど、大切なのは旅をする心情であるということ。旅行先ではついおみやげ物など物質的なもので、満たして満足しがちである。(カメラで写真を撮ることも結局は同じ)物でも建造物でも、歴史的な背景やそれらについて知ることが大切であること。何も知らないで、ただ鵜呑みでそれらを観ても、観たことにはならない。イマジネーションが大切ということなど。例えば山登りをするということをTV番組で特集する場合、山についての取材よりも何故その人が山登りに行こうと思い立ったのかと言う事のほうが大事。旅行は思想であるとか。私は現実逃避の癖があり、日常で生活をしながらもつねに旅行のことを考えている。きっと生活をしていくうちに心の中に溜まっていく何かが、旅行へと気持ちを掻き立てるのだと思う。本当に心に残る旅行というのは少ない。お手軽ではなく、自分が目指す何かがある旅行をしてみたいと思う。*時々、自分は不良だと思う。というか多分もともと精神的に不良なのだと思う。外見は大人しいように思われるけれど、内面は複雑。けっこう変わっているみたい。N君にそういう所も見せている。自分の色々な面を見せると気恥ずかしい反面、新たな自分を発見したりする。昨日は電話で長話をした。たくさん喋って、たくさん笑った。N君は結婚願望が強いみたい。つきあうということは、最終的にはそういうつもりだろうけれど。でも私は全くその気がないので、時々いきぐるしくなる。結婚なんて。*休憩時間に蒟蒻畑のモモ味を食べた。冷やしていないのでぬるいのだけれど、質感と弾力性がありほっとした。余りにも平和な味なので、幸せになる。
2003/11/28
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今月から私の部署に30代後半の男性が入社した。他の部署の人から「良かったね。若い人が入って、活気が出るんじゃない」と言われたりする。確かに若い人が入ったので、部の雰囲気がガラリと変わった。部の人員構成を若年化する計画があり、ちょっとづつ若い人を入れていくらしい。けれど私にとってはその人が入ることが余り良いことではなかった。先週、彼の歓迎会があった。帰る方向が同じだったので一緒に帰ることになる。私はちょっと酔っていた。妙になれなれしく話をされてとりあえず、うなづく。電車が揺れるから?なのか何気に背中に手があたったりして変だった。嫌だったので、そっけなくあしらう。今までは自分の部署でそういう心配がなかった。年輩の方々は、私のことを娘のように見てくれていて余計な心配をする必要がなかった。その人と今日は一日、部屋で二人きりだったりする。年輩の人たちだけだと何も思わなかったけれど、実は本当に幸せなことだと思う。上司は年輩でいいのに。と切実に思うのだった。
2003/11/27
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昨日は久しぶりの書道のお稽古だった。「ここの点が、隣のはらいよりも少し上でしょう。そういうことに気付いていくことが大切なんですよ。」やけに先生はご機嫌だった。お孫さんがいらっしゃるとかで、6年ぶりに会うのだとか。字の細かい所まで教えてくれた。先生は基本的に明るい人だ。悲しい時はきちんと落ち込んでいて、わかりやすい人である。字を書くとき。きちんと目的の場所を目ではかり、そこに到達するように筆を運ぶ。要所要所、ポイントを抑えていくこと。書道をしているうちに、自分が無になっていくのがわかる。何枚か書くと随分と違う字になった。気付いていくこと。細心の注意を払うこと。余り力を入れすぎると筆先がつぶれて太くなる。細すぎると頼りなくて、ゴツゴツした字になる。私は2年も書道をしているのに、いつもいつも新しい気分になる。自分の至らなさを気付いて、無知であることは幸福だと思う。書道のあと、部の人たちと会社の近くでたこ焼きを食べた。たこ焼きとビール、すごく合う。色々と注文したけれど、結局たこ焼きだけでおなかが一杯になった。書道のあとのたこ焼きもいいものである。** どっちみち 百年たったらだれもいない わたしもあなたも、あのひとも江國香織さんの詩集の『すみれの花の砂糖づけ』の中にこういう詩がある。せつないけれど、読むと明るい気持ちになる。諦めがつくというか。何と言うか。私が何度か思い出す言葉。違う視点に立つと何もかもが違って見える。今にこだわることもなく。*机の中には味覚糖のE-MAののどあめが入っている。昨日から食べはじめたのにもう残りわずか。風邪をひきそうな時、かならず食べている。
2003/11/26
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寝る前、姉が部屋に来て話をしに来た。神戸の元町の栄町通りに、手作りのものを置いているお店があるのだという。そこには、作家とか一般の人が売り込みで商品を置いているのだという。私は以前雑貨とかアクセサリーを作っていたのだけれどそれもやめていた。忙しいことを理由にして。姉は私の置いてけぼりになっている感覚がもったいないと言う。働きながらでも、副業までとはいわずとも何かしたらいいのでは?とのこと。人生は一度きり。したいことはしたらいいのかもしれない、と思う。いつかしようと思っていると中々出来ないので、又雑貨作ってみようかな?姉のことは余り楽天の日記には書いていない。もしかすると私は姉のことをよくわかっていないのかもしれない。姉と言う存在は近すぎるから?かえって一緒に行動するわけではないし。ひとついえる事は、私にとって彼女は家の中で両親以上の権限をもっていることである。姉が右を向けといえば向くだろうし。姉が死ねといえば死ぬかもしれない。*彼から『マトリックス』を借りて、家で観た。驚かれるかもしれないけれど実は『マトリックス』を観るのは初めてである。よくわからない。…というのが率直な感想。現実なのか何なのか、よくわからなかったりする。”肉体と心はつながっている。”とかそういうセリフをつなぎ合わせて、頑張って解釈している。『レボリューション』が公開予定なので、それを観るために『マトリックス』と『リローデット』を宿題にと渡された。ビデオを渡された時、”どうでもいい”ように思えたけれど(私は流行りの映画は余りすきではない)意外と面白いのではまりそう。
2003/11/25
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N君と京都に行きました。*その前の日の電話では彼とさんざん、意味不明な電話をしてしまい自分も彼も困ってしまった。独りになりたい。距離をおきたい。明日は会いたくない。N君は私がいなくても大丈夫だよ。と言ってみたり・・・半分精神病(笑)のような私に対して、「それは困る。本当にこのままではいやだ」と言われて会う事になる。電話を切ると、私自身本当に意味不明にN君から離れていきそうな気分でさえあった。意味不明に完全に独りの世界に浸っていた。。*そんな電話をしておきながら、会うと二人ともかなりテンションはいつもどおりだった。私も彼も前の日の電話のことには触れなかった。京都駅からバスで移動することにする。一日周遊チケットが500円で売っていて、それを使うことにする。京都の洛南エリアにあたる、『東福寺』とその近くにある『光明院』というお寺に行く。『東福寺』の通天橋は有名で、橋の下に広がる紅葉はとても見事だった。人が多くて、なかなか前に進まなかった。それでも写真をなんとか必死で撮る。ここ数日のうちに見ごろになったようで、紅葉の赤色がかっかっと燃えているようだった。おばちゃんが後ろから怒声をあげている。立ち止まると怒られたりして。N君が私の後ろにいて、人ごみから守ってくれたのが嬉しかった。そのあと『光明院』というお寺の庭園に行った。観光の本に余りのっていないけれど、本当に素晴らしい眺めで感動した。「波心の庭」と呼ばれていて、石の並び方がシャープで素敵だった。石って、人みたい・・と思ったりした。静かで、訪れた人は畳の上でぼんやりと庭を眺めていた。砂と石だけのすっきりとした部分と、苔むした地面と、そして所々に赤い紅葉。綺麗な日本画が3Dに広がっている。じっくりゆっくりの一日の終わりは麩料理のお店で御飯を食べに行く。個室だったので、話が出来るような雰囲気だった。前の日の話題が出てきて二人で話し合いになった。N君は京都に行く事がすごく楽しみだったのに、私が急にこんな風に自分勝手になっていたのに対して怒りを感じたといわれた。一ヶ月ぶりの一日一緒に過ごせる日だったから。私はやっぱり。と思って素直に謝りつつも自分の中で心が乱れていたことを言った。ゆっくり考えたいと思っていたこととか。話をしていたら、自分の中にあったことに気付かされたりして驚いた。N君は私に甘すぎるので、もっと男らしくなって欲しいとかも言ったし、心配するのではなく怒って欲しいとか。最近、わざわざ心配させるようなことを言っていたので何でだろう?私は自分がおかしくなったのではないのか?と思っていた。それは、もしかしてN君に怒ってもらいたいのかもしれない。心配なんかより怒ってもらいたいときもあるのだと知る。N君よりも自分の方が男らしくなってしまうことが多々あったので、アンバランスでいやだったのだと感じた。やはり精神的には彼にリードしてもらいたい。彼は人に対して怒りの感情を出すのが苦手なのだと言っていた。それでもやはり、男なんだからいざというときには男らしくしてもらいたい。精神的に不安定になりやすい私と付き合うのは大変でしょう?と彼に言ったらそれでも一緒にいるとそれ以上に楽しいから。と言われた。時々、つきあうことは難しいと感じる。でも独りでいるよりも、きっと多くの事を知ることが出来るのだと思った。彼に「諦めるのはまだ早い」と言われた。*月曜日は独りで家で過ごす。去年までは休日はこんな過ごし方だけだったので物足りないと思うだけだったけれど。毎日外出しているので、何も無い一日は贅沢そのものかもしれないと思う。
2003/11/23
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一昨日の夜、私は寝言で大きな声を出したらしくて隣に寝ていた姉を起こしてしまったらしい。恐い夢を見ていた。のは覚えている。とにかく叫んで叫んで、夢の中だとわかっているのに叫んだ。「大丈夫?何があったの?」夜の1時頃。真っ暗の部屋。ドアがばたんと開いて、姉が入ってきて私の側に寄ってきた。*思う以上にもしかすると溜め込んでいるのかもしれない。私は寝言が多いのだけれど、本当に叫んでしまうのはいいことだとは思えない。自分を抱きしめてあげないといけないかもしれない。結局自分でしか自分は救えないのだから。ちょっと休憩しよう。そんな気分。*今日は髪を切に行った。担当の人はいつもと同じ笑顔で迎えてくれた。髪型に関して、余りこだわりがないので担当の人にお任せにしている。今日もかわいくしてもらえた。レジを終えると、私は「次の予約をしていっていいですか?」と言う。受付の人が驚いて私の顔を見る。1月に予約を入れた。予約をして帰る人なんて、少ないのかもしれない。けれど私はそれが合理的のように思える。美容室も病院に似て、自分のメンテナンスだと思う。だからきちんと定期的に心がけて行かないといけないと思う。身だしなみを整えると、気持ちがすっと軽くなる。美容室の後はお決まりの一人でお茶。今日は元町の近くのカフェに入る。私は自分と一緒に紅茶を飲む。そうしていると、”自分”に追いつけそうな気がする。考えることが多い日々を過ごしていると私は私とはぐれてしまうから。ミルクティが普段よりも甘く感じた。*ちょっとテンションが低い日記ですみません。明日は京都に行きます。紅葉を見たら、きっと元気になれると思います。
2003/11/22
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「本、送るから。」とS君に言われてからもうすぐ1週間がたつ。部署に届くメールボックスを、一日に何度も確認をしてしまう日々が続いた。でも来ないかもしれない。何となく思った。待つこと。本当にそれが全く意味をなさないもののように思える。私は何を待っているのか、わからなくなったりもする。口約束なんて、絶対じゃない。日が経つと彼が言った言葉さえ曖昧なものであったのではないかと思う。腑に落ちない。とかそういうことを言っている場合ではなくて腑に落とす。という気持ちになるべきなのだろう。あの日帰りの電車の中で彼に「眠くない?」と聞くと「何で?」と言われるので「私は眠い」と言い返すと「そっか」 と言われて、その会話は終った。何故かそういうことを思い出したりする。小さな会話。言わなくてもいいような会話。でもそれがいとおしい。私には大事だと思える会話が、S君はどうでもいい会話だったのだと思う。普通の会話ができるかどうかそれは本当に大事なことだとおもう。別にすごく難しい話をしなくても、いい。会話には二種類あって、『情報の交換』と『心の交流』である。あまり親しいわけでなければ、『心の交流』は難しい。いや別に、シンプルな話でいい。「おいしいね」「おいしいなぁ」とかそういうのでいいのだ。ただそれだけで、心が通じ合う。ただそれだけで、相手との距離が近づく。*金曜日の昼下がり週末前の開放感が染み込み始める。今日は部署に来た新しい人の歓迎会。お魚がおいしいお店に行くので、楽しみだ。
2003/11/21
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昨日はバンドをしている友達の最後のライブを観に行きました。*9時~難波のライブハウスで。そのバンドは4年間活動をしてきたけれど、プロになる夢をあきらめて解散することになった。その過程、色々と葛藤があったのだと思う。ボーカルが、私の友達。渡辺真理奈似の可愛い人で、普段の声も高くて透き通るよう。ライブのある日の1週間前、彼女は毎日泣いていたみたい。けれど、そんな風には見えない。笑顔、笑顔、笑顔。開演前に、友達や家族と話をしていた。前髪をパツンと切っていて、髪の毛が金髪に近い茶色になっていた。気合をいれていたのかな?首からは私の姉が作ったお守り(紙製のものに糸を通したもの。)がぶら下がっていた。ライブ会場の中に入ると入り口でスタンプを押された。ブルーのインクが手の甲に押される。会場にいる人、みんなお揃いの印がついている。中は薄暗く、もやがかかったように見えた。歌い手にとって、特別な場所なのだと思う。彼女はライブ中ずっと笑顔だった。歌手は夢を与える人だから、歌の最中は演じつづけるのだと思う。会場がひとつの生命体みたいに、ひとつになって歌を聴いていた。ライトの光がまぶしくて、彼女の顔が見えにくいのだけれどそれでも精一杯歌っているのが伝わってきた。最後の曲ではやはり、ちょっと声に涙声が混じったりしてドキドキしたけれど、しっかりと歌いきった。グループで一緒に続けてきたものを終える時って、辛いと思う。歌い終えてホッとして、彼女は泣いていた。それにつられて泣いてしまう人もいた。最後ということで、バンドのメンバーの知り合いが一杯きていた。殆どの知り合いを呼び集めたくらい。ちょっとした同窓会みたいになった。最後にみんなで写真を撮ったりして、11時になってしまった。たくさんの花束にうもれた彼女、悲しそうだけれど でも新しい場所を又見つけていくのだと思う。ひとつのバンドが終るときと、みんなで見守った。あたたかい涙の匂いがする夜だった。*今日もまだスタンプが手の甲に残っている。昨日のことが夢ではなかったという証拠みたい。ライブの名残り。会場に来ていた人たちの手の甲に、恐らく今日はまだ手の甲にスタンプの跡が残っているのだろうと思った。けっして消えないスタンプもあるのかもしれない。
2003/11/20
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会社の近くにあるお蕎麦屋で、お見合いみたいなことをした。TちゃんとYさんと3人でお蕎麦を食べたのだけれど、Tちゃんは私の同期で、YさんとTちゃんは同じ部署である。私とYさんは初対面である。Yさんが私に会いたいということだったので、こういう会が開かれることになった。事の次第はこうだった。私の元上司のHさんが、Yさんにこう言ったらしい。「いい子がいるんだよ。○○さんと言ってね、お前に合いそうなんだよ。」私が知らない間に私の話がされていたようだった。上司のHさん、東京で私のことを宣伝してくれているらしい。知らない間に、東京では有名な人になっているのかも?Hさんは将来、お見合い業をしたいと言っていた。そういうことをするのが好きなのかもしれない。Yさん、以前Hさんの部課だったこともありHさんに信頼をおいている。そういうわけで私について、興味をもったようだ。お蕎麦屋で、初対面同士。話はぎこちなくてお見合い見たいな感じだった。Tちゃんは私のことを「見つめられると吸い込まれそうな人」と言っていたらしい。「野にさく花のような人」とも言っていたらしい。そんな前情報のせいか、Yさんはやたらに私の顔をジロジロと見て、「なるほどね」と言った。私は「なんですか?」と何度も赤面した。*しかしながら、社内で周りの目も気にせずにこういうセッティングをするYさんは不思議な人だと思った。今日こういうことをするのだと、他数人が知っていたりする。私の情報を、周りから聞いていたというのも不思議である。私よりも4歳年上。横も縦も大きくて、又することも大きい人だった。*『シアトルズベスト』でキャラメルラテをお土産に買って帰る。キャラメルラテ、かなり甘いのだけれど私はいつも迷った時はカフェオレかキャラメルラテにする。特に雨が降る日は、甘い飲み物が欲しくなる。
2003/11/19
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久しぶりにボディショップに行ったら、とても楽しかった。新しいオーデコロンが出ていて、どれもいい匂いがした。私はアロマオイルが好き。自然な香りがするからやすらぐ。通勤前に、アロマオイルで腕をマッサージすることもある。市販されている香水ではオレンジの匂いなど柑橘系か、もしくはローズ系が好き。ボディショップで売られているものでは、『バニラ』の匂いのものがとてもよかった。ふわぁっとお菓子の匂い。香水、あまり高価なものよりも安価でも気持ちがいいものの方が好き。ベビー用の香水なんかも、好き。クリスマス限定で、リップグロスのパレット(6色)が2800円で販売されている。どれもこれも赤色系統だけれど、つけると透明感がありラメが入っているので唇にぽっと灯がともったようにみえる。保湿効果もあり、すぐれもの。私はこの間、同期のお祝いの日に使った。冬は服装、暗い色になりやすいのでメイクで補う工夫もしたい。*昨日は寝る前にN君の声が聞きたくなって短い電話をした。週末に京都に紅葉を観に行く予定で、そのための打合せと称して電話をした。電話越しに彼と違うガイドブックを見ているのに、同じ店や同じ場所が乗っていて 話題が同じになるのが嬉しかった。京都の祇園の近くの『高台寺』に行きたいという結論に至る。彼の笑い声を聞いて安心して、納得して電話を切る。静かになってから暗闇の中で涙が出てきて、とまらなかった。いや、別にN君のことで泣いているわけではない。自分の中で色々と渦巻いていた。涙は私の一部で一滴に私の感情が凝縮されている。よろこびも悲しみも全てが込められている。涙など、日常では流すことも無い。流れでない涙が内側に溜まる。涙が出る日は、幸せなのことだと思いながら流しておいた。気が付いたら寝ていて、起きたら涙の跡が目尻に残っていた。
2003/11/18
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今日は仕事をバリバリとした。資料の束をひとつひとつ整理をして、きれいに分類する。私は自分の中のもやもやを晴らそうとしたのだろうか。困ったことに。土曜日にS君に会ってから、心配になることがあった。心配というかなんというか。久しぶりに会った時に、私はやっぱり嬉しかった。だからニコニコして、話をした。彼の服装とか、鞄とかもほめていた。普通のことだろうけれど・・始終彼に何かを感じて、それを感じながら知らないふりをした。*さっき彼からメールが入った。私の心臓がひとつドクンと鳴った。土曜日のお疲れ様のメール。社内なので、メールなんて何気なく打つことができる。これが始まりでなければいいと思った。もしいい同期として、仲良くしていこうという始まりならばいい。私は彼に彼氏が出来たことを言わなかった。もしかすると・・・期待させたのだろうか。男と女の関係は難しい。でも友達として成り立つ関係もあってもいいと信じたい。心からそう思った。自分で自分に『しっかりしなきゃ』といいきかせた。窓の外にビルの明かりがつめたく光っているのが見えた。私のいる部屋も、他のビルから見たらちいさな光に違いない。
2003/11/17
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今日の夜は同期の結婚をお祝いする会でした。お店に行く前に30分程の自由な時間があったので、N君に電話をする。今日はN君と付き合って2ヶ月記念日。昨日のお昼御飯も夜御飯も一緒にしたのにどうしても会いたかった。記念日だから。それに彼の顔をみていなければ『今日』とたたかえない気がした。今日はS君に会う。たたかう?というのはおかしい表現かもしれないけれど、私には大きなイベントだった。私が電話をすると、彼も「俺もそのつもりだったよ。」と言われて、心斎橋で待ち合わせる。彼は髪を切って、格好よくなっていた。お互いに時間がなくて10分だけしかお茶が出来なかった。それでも顔を見て一緒に美味しいお茶を飲むことが、とてもいいことのように思えた。彼はホット・オーレを頼んでいた。すこし珍しい選択だと思った。一ヶ月目を過ぎてから、ちょっとした言い争いみたいになったこともあった。色々あるから楽しいのかもしれない。時計とにらめっこをして、「そろそろ行かなくちゃ」と切り出す。私は戎橋の方へ、彼は心斎橋の三角公園の方へそれぞれの場所に向かう。*同期の結婚のお祝い会。地方からお祝いに駆けつけてくれる人もたくさんいた。S君も例外ではなかった。ゲーム中も私は彼の方に目がいってしまう。様々なゲームはとても面白くて、私は始終笑っていた。面白いと思ったのはふたりに関する質問の答えをみんなで当てるというもので、プロポーズの言葉は『いつ結婚する?』だったそう。3ヶ月のスピード婚らしいなぁと思った。一次会の後はカラオケに行った。カラオケでは歌を歌わずに、ずっと二人を取り囲んで質問攻め。S君はその後ろで2、3人で話をしていた。そしてしばらくするとS君が一人になっていた。同期のK君が、「あの子に話し掛けてあげて。松山から来ているねん。」と言われた。S君と私が仲良かったことを何も知らないK君。私は勇気を出して彼の隣に座る。「久しぶり」「あ、久しぶりやなぁ」 私はすごく笑顔だった。なんだかいい顔が出来た気がする。私の顔を見て次のセリフが「何かいい事あった?」だった。私は一瞬どきっとする。『いいこと』って多分彼氏が出来た?とかそういうニュアンスかもしれないと、じわりと伝わった。でもとりあえず仕事の事をする。こんなことがあったとか、上司が変わったとか。。S君も今頑張っている事を教えてくれる。私は静かにうなずく。そしてもう一度、「変わった事あった?いいこととかあった?」と言われた。私は何度も首をひねって、「えー、特にないよ。本まにぃ。」と言う。私、何か変わったのだろうか。S君に何か感づかれたのかもしれないと感じた。男の第六感ってあるのだろうか。私は結局彼氏が出来た事を言わなかった。S君とのことがあってから、間もないうちに他の人と付き合っていたなんて、言えなかった。帰りも一緒に帰ることになる。一緒の方面で、しかも家がご近所さんなのである。だからギリギリまで一緒にいた。これは”つなわたり”だ。と思う。私は感じた。彼と一緒にいるときはいつも”つなわたり”をしているように想う。頭がいい人なのだと想うのだけれど、会話がむずかしい。そして彼はまだ私のことを想っているのだと肌で感じた。帰りの地下鉄で一緒に並んで座っていると、以前仲がよかったころの続きみたいで、本当に錯覚をおこしそうになる。あやうく手をつなぎそうになるような。いいえ、そんなことは決してありえない。深夜の地下鉄、窓の外はまっくらでなにも見えない。別れ際、私はにこっと笑う。「じゃぁ。またね。バイバイ。」「おー またな。」私は振り返らなかった。背中に視線を感じた気がしたけれど、それを振り払うようにして目をつぶって、そして残りの階段を降りた。タイミングよくタクシーに乗って、シートに座ったとたん全身の力がぬけた。タクシーの白いシートが、熱くほてった身体を冷やしてくれた。足と腰と肩に力が入っていたみたいで、筋肉がいたかった。3ヶ月ぶりに彼と話をするということが、これほどのことだったのだと想った。家に着くと安心して、無事に家に帰り着いてよかったと思った。*S君の夢を立て続けに2日間も見ていた。S君と抱き合う夢。私はよく異性と抱き合う夢をみる。でもよりによってS君だったので本当に問題である。目が覚めたときに、夢でよかったと思った。
2003/11/16
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「あなたは自分で何かを手に入れようと頑張ったことがありますか?」半年前くらいだったか。書道の先生が私に言ったことがあって、時々考えることがあります。言われたシチュエーションはこんな風だった。先生とお話をしていると、私が帰る方面の電車だった。急げば間に合うけれど、「まぁいいか」と思って「いいですよ。次に乗りますから」と言った。先生は「行っていいですよ」と言ってくれたけれど私は急がなかった。その後に言われた言葉である。ふだんの何気ない動作に、私の生き方が反映されている気がして少し恥かしかった。今日は何となくその言葉が思い出された。今日はいつもよりもバスが一台遅かったので、いつもの電車に乗るのはギリギリだった。その電車に乗ろうと心に誓って、思い切り急いだ。すると乗ることが出来た。地下鉄も、急いだら来た電車に乗れた。些細なことだけれど、いざという時に諦めないようにする練習になるかな?と自分なりに思ったりしている。瞬発力?いつものんびりな私だけれど、歩調を速めようと思うときがある。*昨日は大学時代の美術部の先輩に会った。先輩に1ヶ月ほど前に、コンサートの表紙の挿絵を頼まれていたのだった。キツネの絵である。キツネを描くにあたり、動物園にまで足を運んだけれど結局キツネはいなかったりした。図書館で写真集を見ながら描いたのだけれど、意外と上手に描けたので嬉しかった。先輩に「絵は描いているの?」と言われて、一瞬戸惑って「いえ、描いていないんです。」と答えた。机の上にはいつでも絵を描けるように、水彩絵の具と絵筆とパステルを置いているのに。忙しいわけではなくても、きっと絵を描く気持ちになっていなかったのだと思う。今回依頼を受けた時、一瞬 自分が描けるか?迷ったのだけれどひとつ返事でO.Kした。多分必要に迫られた方が描くことが出来る気がしたから。小学生の時の将来の夢は絵描きだった。そのことを忘れてしまうことがある。子供の頃に夢見たことは、純粋に自分がしたいことだと思う。やっぱり又絵を描きたくなった。昨日は先輩と色々とお話をして、励まされた気がした。美術に関わることが少なくなったけれど、やはり原点に戻ろう。
2003/11/14
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心の天気予報があればいいね、とこの間姉と話をしていた。例えば、友達や彼氏が次に曇って雨が降るってわかっていたら用心するのにね。もちろん自分の天気予報も欲しい。*ついに同期の結婚を祝う会が明後日に迫ってきた。その日はS君が来るのでちょっと嵐が来そう。私にとってS君は、きっと危険人物なのだと思う。過去の日記を読むといつも彼と過ごしていた時間を、『嵐のような日々』と表現していた。すべてのエネルギーを使い果たしてぺたんこになってしまう。きっと歯車が合わないから、合わせようとするとエネルギーがいるのだろう。一生懸命力を生み出そうとすることが、やりがいに感じてしまうこともある。それはきっとbetterではない。明後日。久しぶりに会うと多分、彼を目で追ってしまうだろうから本当は行きたくない。もしかすると又彼に惹かれてしまいそうになるのが恐いのだろう。いや、そんなことはないと思うけど。S君は自分とはまったく異質な人なので、考え方が違いすぎて時々ぞっとするような感覚に陥る。そのぞっとする感じが、恋愛感情に似ていたりする。似ているというだけ。泣き顔と笑い顔の間の表情になってもきっとその場に居合わせた人は誰も私の天気に気付かないだろう。ゲームと歌で夢中になっているだろうから。でもきっと、私はひとりごとが始終続くだろう。*昨日私は彼氏との電話で、彼に「土曜日は、無事会が終るのを祈るねん。」と言った。彼はゲームの進行のことだと思って、「でも同期でする会でしょう?大丈夫だよ。」と言った。*N君にはこんな心の状態になっていることを言わない。悟られないようにしている。表面的に晴れているように見えても、内側ではそうではないこともあるのだ。彼氏であっても言ってはいけないことがあるのだと思う。私はS君と一緒にいないということを選択してN君と一緒にいるときの安らぎを選んだ。彼には明後日、S君と会うことを知らせないほうがいいのだと思った。N君には余計なことを考えさせたくないから。
2003/11/13
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最近時々思うのだけれど 愛して愛されて、別れた人とは 結局のところ別れてからも ずっと心の中に生きつづけるのではないだろうか。厳密にいえば、その人から教えてもらったこと。私の中にある、それはその人が忘れられずにいるという”未練”というのとはまったく違うもの。良かったことのみが、上手い具合に残っている。きっと年月がたって、自分なりに消化したのだと思う。かつて年上の男性とつきあっていた。ほんの数ヶ月だけ。その人はとてもえらそうな人だった。自動販売機でジュースを買うとき、ボタンを押すのはその人で、ジュースを取り出すのは私だった。大学生だった私はその人から、「おまえはいい女になる素質があるから、色々と教えたい」と言われた。それで、何かにしろよく注意されたりして彼の言うとおりにしたりした。本当にどうしようもない人だったけれど、言う事は正しかったりした。そうか、こうしたら男性は嬉しいのだと知ったりする。その”講座”は4年たった今、ひそかに生かされている。例えば、N君にジュースのかんを渡す時に、タブを立てて渡すとか。その時のなごりである。年上の男は、いつも久しぶりに会うと「本当にどうしようもなく会いたかった」と言う。それもプライドとか何もかも捨てて。プライドを捨てるということも大事なのだと知った。非常に誉めるということも。例えば、体の一部を誉められると嬉しいこととか。私は手を誉めてもらったのが嬉しかった。過去にあったことが現在、教訓として生かされている。データベースというか。きっとみんなみんなそんな風にして、大人になっていくのだと思う。前の彼氏に教えてもらったこと。前の彼女に教えてもらったこと。それらが現在の彼らをつくっている。
2003/11/12
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今日は会社で研修があり いいアイディアの人がいたので驚いた。例えば、仕事の変化など生活が変わったとしても(帰りが遅くなったりしても)そのこと事態が重要なのではなくてそれを自分の中でどう切り替えていくのかが大事なのだという。前向きというか、斜め上というか 何だか観点が違う人だった。どんなことがあっても、それを対応していくことが大事。一般職は総合職に転換することがキャリアアップだと考えがちだけれど、それは違うのかもしれないとも。自分なりの目標、キャリアアップもあるのかもしれない。何よりも自分が満足して、楽しんで働くことが大事なのだと。講師の先生が言っていた。地球上で生き残るのは、優秀な種ではなくて変化に対応できる種であるのだと。*今日は自分の仕事とか・将来について考えました。彼が時々結婚をにおわせることを会話のどこかに出したりする。私はそれに対して、はっきりとした返答をしない。結婚により環境が変わる。自分が変わる。それは当然のことだろう。講師の先生は、女性が仕事をつづける社会はちかぢかなるのだという。結婚をしても仕事を続けるのが当然とされるようになる。辞めたくなったらいつでも辞められるのだから…そんな話を聞いて仕事、ずっと続けていきたいと思った。
2003/11/11
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私の上司Iさんはいつも美味しいお店に連れて行ってくれる。その情報は新聞だという。確かに、雑誌とかテレビで紹介されたものもいいかもしれないけれど?でも、どこか商売くさい気もする。記者が気に入ったお店ならば、利益は関係ない。おいしいお店を探す時は、確かに新聞の投書とか記者のおすすめなどを参考にしてもいいかもしれない。今日文房具の補充の為に上司Iさんの机の引出しを開けると、たくさんの新聞の切り抜きが出てきた。几帳面に、きれいに切り抜かれた記事たち。彼は役員であるけれど、よく人を接待する。年齢関係なく、招待した人にビールをつがさないで、つごうとする。私は上司にビールをつがせるのが、最初気が引けていたのだけれどそれもやがて慣れた。その人のやり方なのだ。とびきり美味しいお寿司屋も、焼き鳥屋も焼肉屋も、それらは彼が心を込めて人をもてなそうという心意気で選ばれたものだった。机の引出しに入っていた何気ない切り抜きがとても光って見えた。*今日は家に姉のお友達が遊びに来る。姉は昨日の夜からずっと仕度をしていて、まるで大晦日みたいになっていた。疲れていたらしく、包丁で指を切って出血していた。おもてなしって?例えばきれいな食器を使うこと。ネームプレートを机の上に置くこととか。玄関にお香をたくとか。丁度母が真っ白で四角いお皿を人からもらったので、それを使うことにする。白いお皿って、お料理を引き立たせるのだなぁと思う。まるで画用紙のページにお料理の絵を描いたみたいになる。指にバンソウコウが張られていて、痛々しいけれど一生懸命さに心を打たれた。朝、私は朝食を食べ終わったお皿を洗っておいた。父の分と私の分。いつもは出勤前にそんな心の余裕などないのだけれど…少しでも楽になればいいなと思ったのだった。お友達はお昼にいらっしゃる。上手におもてなし、出来ているといいな。*私は携帯電話をJフォンを使用していて、明日からJフォンがボーダーフォンに変わる。昨日はずっと新しいメールアドレスを考えていた。結局、誕生日をローマ字読みさせたものに、言葉をくっつけた。(例えば、8月3日なら、hachimarusanというように。)色々と考えると難しくなる。友達に教えて、自分も友達もはずかしくなるようなものは嫌だった。センスがいいメールアドレスを変える人はすごいなぁと思う。
2003/11/10
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生まれて初めてすることって、本当にドキドキする。初めて、ビリヤードをした。N君と会ったものの、目的だったお店が閉まっていたのですることがなくなってしまった。ふつうの道を歩いていると突然「ビリヤードしてみる?」と言われた。「ビリヤード?」 声を大きくして、繰り返して聞き直す。ビリヤードは大人の人がするものだと思って、手の届かない世界だと思っていた。自分がもうすっかり大人になったというのにね。たぶん自分の作り出したイメージだろう。ビリヤード場では上手そうな人達が、なれた手つきで玉をついていた。真剣に。時々、舌打ちをしたりしている。その人達の隣で、N君にビリヤードのゲームの説明、玉のつき方を丁寧に教えてもらう。N君は教え方がとても上手で、すぐにコツがわかった。ただ、真っ直ぐに玉をつくということが出来ない。はがゆい。お手本を見せてくれるN君が格好よく見えた。私は先生に弱い。昔から。よく学校や塾の先生を好きになった。丁寧に教えてくれるN君がいつもとは違って見えた。惚れ直した。他の女の子にもこんな風に丁寧に教えたらヤバイなぁと思った。そのくらい、いつもよりも素敵に見えたのだった。人それぞれフェロモンがあると思うのだけれど、彼のフェロモンは、包容力かもしれない。それと、相反して子供っぽさ。左手の位置とか、足の位置を注意されて生徒になりきる。なんだか楽しかった。N君はビリヤード、結構昔から行っているみたい。彼の意外な一面を見た気がした。私は昔アーチェリー(洋弓)をしていて、ビリヤードがとても似ている気がした。ビリヤードも身体と玉と棒が一直線につながるようなイメージにするから。もうアーチェリーは出来ないと思っていた(体力的・金銭的な問題)ので、それに似たスポーツに出会えて本当に嬉しかった。「懐かしい!」と心の底から感情が止めどとなく溢れてきた。ビリヤードを教えてくれたN君にこころから感謝した。*夜台所で、洗物をする途中手を止めて携帯電話を見ていたら姉に、「あんた 又はまってるでしょう?」と言われた。そうなのだ。私は恋愛中毒のようになってしまう。ふだん人とべったりといることがないので、恋人が出来ると本当にはまってしまったりする。「自分のしんどくないようにしなさいね」と姉が心配そうに言う。「・・・といっても。無理かぁ。それがあんただもんね。」とあきらめたように言われた。「そうだよ。」私は微笑んで、洗い終わったピカピカのお皿を食器棚に片付けた。
2003/11/08
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どうしてなのだろう?最近トイレに行くのを忘れる。今いる部署の場所がトイレから微妙に遠い場所にあるというのもあるし、仕事が忙しいと 何度も『mamikoroさん』コールがかかるので、はっと気が付くとおトイレを忘れていたということになる。危険である。今まであんまりそんなことがなかったので、自分でも驚き。もっと敏感にならないと・・?忙しいと自分のことが後回しになってしまう。*今週が終っていく。金曜日の夕方は本当にうれしい。私はいつも物事が終っていくのが好きである。 ・・そう言ったら、彼は「恐いことを言うね」と言ったけれど。別に恐いことをいったつもりではない。大晦日も、誕生日の前の日も、卒業式も。そして一週間が終る金曜日も好きである。私はもしかすると「せつなさ」と「はかなさ」みたいなものがすきなのかもしれない。時間はとどめておくことができない。今もしずかに過ぎていく。だからこそ、何かの区切りになる『終わり』が記念日的な感じがしてホッとするのかもしれない。終っていくこと。どこか潔い感じがして、背筋がのびる。潔いことが好き。人生を潔く決断したい。極めてシンプルなこと。シンプルに生きること。優先順位が決まっていて、それに向かって生きたい。ふとそんなことを考えていました。ああそんなことを思っているからトイレに行くのを忘れるのかな。
2003/11/07
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仕事の後、N君からメールが入り、急に会うことになりました。N君は私が色々と考えすぎていることなど余り重要視していなかった。それに私が思うほどに全然状況が悪いわけではなかった。ひとりで考えている時間に自分で悪いイメージを作っていたのだと思う。会うペースについてとか(体調が悪い時は家で休みたい日もあるということ)密かに考えていたことなど。本当に些細だけれど気になることを話す。話してみると相手は”へー”で終ることだったりする。話し終えると、重たかった口調が大分軽やかになっていた。言葉にしようと思えばできるんだなぁと納得する。さすがに実は、恋愛にストレスを感じていたということは言わない。それらの考えは、頭の中で削除した。家で御飯を食べることにしていたので、早めにお店を出る。人通りが多い道から、地下にもぐったところで、一秒だけキスをした。二人とも同じ気持ちだったので、何だかおかしかった。*昨日会った時、私には笑顔がなかった。彼が『無理して笑わないでいいよ』と電話で言っていたのを覚えていた。笑えない時は、取り繕うこともないのかもしれないと思った。無理して笑えない時もあるのだから。彼に「作り笑いがすきではないということ?それとも笑顔が好きではないと言う事?」と聞いた。「そんなに深読みをしていたの?」と驚かれた。「でも、笑えない気持ちでも笑いたいと思うときならば、笑っていいんじゃないの」と言ったりした。…それもそうだなぁ。家に帰ってからのメールで「一緒に笑っていようよ。」とメールをした。彼から、その表現いいなぁと返事がきた。何だか”ゆず”の歌の歌詞みたいだと自分でメールしながら、笑ってしまった。(ちなみに彼は”ゆず”好きである。)*楽天の日記の話題だけれど、去年などは恋愛の日記が続くことがなかった。今年はずっとこの話題になってしまう。きっと読んでいて、気持ちよく読んでいる人とそうではない人がいるのだと思う。恋愛が自分の生活に染み込んでしまっていかに自分が、恋愛に没頭する性格なのだと改めて実感する。私は何でも一生懸命になるくせがある。もしも子供を育てていると、同じように子供に没頭するのかもしれない。そういう性格なのかもしれない。目の前にあることを一生懸命するのは大事だけれど、他の大切なことを見失わないようにしなければと思う。
2003/11/06
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金沢旅行から昨日、戻りました。ゆったりとした二泊三日の旅になりました。充実していて、心に栄養補給ができた気がします。*しばらく日記をお休みしていて空けるときって、ドキドキしますね。旅行から帰ってきて、湿気がこもった部屋のドアを空けるのに似ている。ただいま戻りました。*そうそう旅行前にN君と喧嘩をしていて、初めての喧嘩だったのだけれど…にこやかに和解したつもりになっていてもふたりともわだかまりが出来てしまったみたい。付き合って2ヶ月。私はいつもこの時期を乗り切るのが苦手である。二人の価値観、時間の感じ方とか、会いたいペースの違いが出てくる。というか、私が勝手に恋愛のストレスを感じ始めてしまうから。最初の頃に、彼を第一で優先して休日を使っていたけれど私にも会いたい人がいるから、友達を優先するようになる。彼と約束していても、変更することが続いて、ついに彼の方から言ってきた。けれど、私はその友達との約束は 一度N君との約束をしたために断っていた。自分では精一杯彼を優先してきたつもりだった。それと、ずっと前から決まっていた同期の旅行。会うたびに話題に出て、ついに『行かないで』と言われて行かないことにされてしまった。行くなと言われると、行きたくなる。確かに同期の中で、私が随分前に仲良くしていた男の子がいたけれど別に今は本当に友達なのに。恋愛におけるストレス。表面的には、彼に会った時に ニコニコすると思う。でも心の中に出来物が出来ているのだ。彼からのメールは最近とげがある。私もそれを敏感に感じる。彼との時間を持つことが義務に感じてきている。上手くいかせようとすると上手くいかなくなる。表面的に取り繕ろうとする自分と、全てを放棄してしまいたくなる自分とが混乱をしている。ひとりで静かに休日を過ごすことが好きなのに、ずっとその時間を持てない。持とうとしなかった。押えてきた・溜まってきた感情があるのかもしれない。誰かとずっと一緒にいるということ自体も実はストレスだったりする。それが大体付き合って2ヶ月目くらいに感じてしまう。そんなことって、あるのかな?私は自分の世界をあまりにも持ちすぎなのかもしれない。でもそれが、どうしようもない 自分自身だったりする。
2003/11/05
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金曜日の夜にN君と昔の話をしたのだけれど、余り話すべき話ではなかったのだと思う。何かが崩れる音がする。口から出た言葉は戻ってこない。私は自分で話をしておきながら、昔のことが蘇り 昔の映像と感情で自分を見失う。N君がどう思うのかという考えが心をえぐる。午後からお茶のお稽古があり、お昼にひとりご飯を食べることにする。私はいつも本当に落ち込んだ時に行くカフェがある。そのカフェの名前は『アリアンス・グラフィック』。JR元町駅から、中華街を抜けて海側におりた場所にある。レンガ作りの外観と高い天井。白い壁に囲まれていて、傾いた椅子。奥にはお酒のビンが並んでいる。切なくなるほどに渋いお店。随分と昔からあるのだ。私が高校生くらいのころから通っている。古いビルディングの1階にある。メニューはすべて手が込んだもので、いつも驚きと感動を感じる。お店のマスターはいつもと同じ顔で迎えてくれた。アルバイトの女の子が雑誌と新聞を持って来てくれた。私は泣く一歩手前だったけれど、カレーライスのセットを食べると少し落ち着く。泣いている子供が、おいしいご飯を食べると泣き止むのと同じ。ああ良かったと思う。ぺしゃんこになっていた気持ちがが少しましになる。やっと姿勢が伸ばせる。ああ良かった。お店があいていて。誰にも説明が出来ない気持ちになるとき、私はこんな風にしてやり過ごす。やりきれない想いを捨てる場所。このお店には私が捨ててきた想いが染み込んでいる。何度訪れても、行った時とは違う気持ちになれる。そんなお店である。
2003/11/01
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