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年賀状を書くのはいつも年末のぎりぎりになってからだ。いつももっと早くからしておけば良かったと思うのだがどうも、色々とすることがあると後回しになってしまったりする。今年も例年にもれず、今日やっと必死で書き始めている。頑なに毛筆で書こうとするので、時間がかかる。本当に伝えたい事は何?短い文章の中で、ずっと連絡が途絶えている人へ気持ちを凝縮させる。その時間は楽しさとともにちょっとした苦悶である。今日は家族でお墓参りをした。お線香をあげて、4人でお経をあげると気持ちがすっきりする。お墓を順番に交代でふくときれいになった。夜は年賀状製作に取り掛かった。夕飯の時になぜか祖母の話が出てきた。祖母が亡くなってもなお祖父へお年賀を出しつづけたということ。自分の所の住所にしてあるので、戻ってくるのは当然のことである。祖母は身体を悪くするまでの10年間、ずっとずっと出しつづけた。母はそのエピソードと一緒に、祖母がどれほど祖父を尊敬して愛していたのかを言う。久しぶりにその話を聞いたので、改めて私は胸を熱くした。涙が出そうになる。母は私に祖母と同じように、死ぬほど尊敬する人と一緒になって欲しいと言いたいのだと思う。10年という歳月。どんな想いで書いていたのだろう。祖父が亡くなってからずっと独りで誰の手も借りずに暮らした。いつも凛としていた。弱音など吐かなかった。毎日朝早くに起きてせっせと働く。私たちが訪れると、あふれんばかりの愛情をもって迎えてくれた。お仏壇にお線香をあげることを欠かさなかった。仏壇がある部屋にベッドを敷いて寝ていた。だからお布団はお線香の匂いがしていた。祖母のおもかげを思い出す。後姿。手の甲。うつくしい額。ドキッとするような強い視線―。天国への年賀状は、きっと祖父に届いていたと思う。見えないルートがきっとあって、それできちんと祖父の目にとまっているのだと思う。祖母の想いは孫の私まで伝えられる。
2003/12/28
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仕事をしていると急に背後に気配を感じて、はっと振り返るとAさんが立っていた。私がいるフロアーはカーペットが敷いてあるので、音が吸収されて聞こえない。近づいてこられても気づかなかったりする。Aさんは書道部仲間なのだが、最近めっきり練習に来なくなった。忙しいのかなぁと言っていた。先日の社内イントラ人事発令を何気なく見たとき、Aさんの名前があったので私は思わず「えっ」と言った。今日はAさんの出社最後の日のようで、各部署に挨拶をして回っているよう。「最近書道もいらっしゃらないですしお忙しかったですか?」と聞くと「両立が出来なくて」と言う。「何か他にもされているのですか」と更に聞くと「実は私結婚したのです。」と言う。それも3ヶ月前に。実は結婚したことを殆どの人に知らせていないのだと言う。思い返せば、Aさんは去年一年間部活動を休んでいた。もしかすると結婚の準備で忙しかったのだろうか。その頃、同じフロアーで働いていたのでAさんとは話をする機会が多かった。その時に休部の理由を聞いたら、「他にすることがあるんです。」と言われた。「新しく何かするんですか」と聞くと「そうなんです。」と言っていた。Aさんは侮れないなぁと今度ばかりは思うのだった。こっそりと結婚する人、私の近くにもいる。もしくは密かにずっとつきあっている彼女・彼氏がいて、急に「結婚をすることになって」と言うこともあったりする。当事者は落ち着くまで、しばらく伏せていたりする。彼女の気持ちがわかる気もするし、水臭い気もするのだった。Aさんが持ってきてくれたクッキーはアフタヌーン・ティのものだった。色々と考えられたのだなぁと思う。*今日で仕事納めである。次に来ると、もう年が変わっているのだと思うとなんとも言えない気分になる。友達にEメールを送る。 今日で仕事納めかな? 一年間お疲れ様でした。何となく自分にも言いたくなる。今年は色々と忙しくしていた年だったので、自分にも「お疲れ様。良く頑張りました。」
2003/12/26
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朝 目が覚めると自分の部屋だった。自分が見ていた世界が実は夢だったのだと知る。携帯のアラームを止めてやっと起きるまで、20分かかる。会社に行かなくちゃ。今朝の夢に7年前につきあっていた彼氏が出てきた。別れてから随分たつというのに、私は彼をどうも忘れることができないよう。随分と昔なのに、そういう問題ではないのかな。彼は私の心の深い場所に存在している人。私とは性格は全然違う人だった。どちらかと言うとクラスで目立つようなタイプ。おっちょこちょいなところもあった。意地悪なところもあった。「付き合ったら、俺にとってメリットがある気がする」という妙な告白だったのを覚えている。付き合って、うまくいっていたけれど色々とあり好きだと思いながらも、簡単に別れてしまう。自分がどうなってしまうのか、イメージしないで「別れよう」と言ったのは私。別れてから、私はものを食べても味がしなかった。何を見ても感動しなかったと思う。彼と別れてから半年後彼の友達に言い寄られて、付き合ったものの気持ちがなかったので3ヶ月で別れる。以後3年くらい恋愛をしなかった。出会いはいくつもあったし、素敵な人はごまんといる。心がときめく人もいるし、私はいいなと思う人と付き合って、別れて又誰かに出会うだろう。結婚もすると思うし。けれどきっとこの彼だけは忘れられない気がする。何故なら、恐らく生まれてから初めてはまった人だったから。1年に何度か彼が夢に出てくる。そして何日間か、彼のことを思い出す。前回は今年の5月くらいだった。親友に「どうしよう。又、彼のことを思い出してしまった。しばらく気持ちが滅入るねん」と言って心配させる。彼が教えてくれてことは、人を失うことの辛さだと思う。彼との別れ(自分から言ったのだけれど)の後は、恋愛について本当に考えるようになったと思う。人生のターニングポイントみたいな存在だと思う。同じ空の下で、彼も何処かで仕事をしているのだと思う。元気かな?どんな顔をしているんだっけ。実はもう忘れかけてる。7年前に別れた女の子が、まだ1年に何度か思い出すことがあるなんて思いもしないのだろうけれどね。
2003/12/25
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昨日は南船場へお買い物とお食事に行きました。驚いたことがあった。それは『アレンゾ』のお店にはとてもかわいいぬいぐるみのような犬が飼われていたこと。『アレンゾ』はかわいい絵をモチーフとした、雑貨屋さんである。ウサギや河童の絵があり、かわいい。大人にも人気がある。『アレンゾ』の店内に(白い壁、フロアーは木製なのだけれど)白い犬が気持ち良さそうに地べたに寝そべっていた。もう少しで踏みそうになって、友達に止められた。「気づいていた?」「えっ。」空間に溶け込んでしまっていたので、全く気づかなかった。種類はテリアかな?白くてふわふわしていた。お店のグッズの絵にもそのワンコが使われていて、私はほれ込んでしまう。マグカップとハンカチを親友のプレゼントにする。お店の看板犬としてのお役目をしっかり果たしていて、お客さまにもしっぽを振っている。かわいい。私、犬を見に又お店にきてしまいそう。『アレンゾ』を出て、少し心斎橋の方に歩くと斜め前のお洋服屋の中にも同じ種類の、少し毛並みの違う犬がいた。赤い首輪がかわいかった。お店の中で飼われているワンコ、本当に癒される。街を歩いていると、犬を散歩している人に出会う。犬を散歩している、というか犬と散歩しているという感じかも。オシャレな街並みを行儀良く、黒いゴールデンレトリバーがゆったりと歩いている。南船場ってすごい所かも、となんとなく思う。こんなに犬好きな人が多いのならば、ドッグ・カフェがあればいいいなぁと思う。クリスマス・イブイブだったのに関わらず人が少なかった。新町の辺りまで行くと、良さそうなお店がちらほら。看板はあるのに、メニューがない。高そうである。オフィス街の外れにあるお店、とても興味深い。あまり歩いたことが無い道を歩くと新たな発見があり、楽しかった。*お昼は本町の『空ノ庭』でお豆腐のランチを食べる。生湯葉が上に乗っている丼は上品な味で、おいしかった。『空ノ庭』はお豆腐料理のお店で、とても人気がある。本町の南御堂の裏にあるお店である。夜は南船場の『GARB』で食べる。私は初めて行ったのだけれど、こ洒落たお店という感じである。お料理はとても美味しかった。(中でもリゾット、チーズが何気なく入っていて美味しかった。)二人で来ているのに、コースのお料理が同時に出てこなくてちょっと間抜けな間が出来てしまうので、残念だった。2階にはバルコニーがお洒落な雰囲気をだしていた。店員さんは髪型もお化粧もきれいにしている。流行のお店は店員さんも、気合いが入っているように思う。
2003/12/23
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朝のワイドショーで、芸能ニュースを見ていたら女優の○○さんがご婚約されるという。良かったね。幸せになってね、とつぶやく。とはいえ、本当に芸能人って大変だと思う。私はいつも芸能人ではなくて、有名でなくて良かったと思う。例えば、恋人が出来れば朝刊に『熱愛発覚!』という見出しが出たり、別れたら『破局!』とか言う風に出る。当たり前のことようにやりすごしているかも知れないけれど私が当事者だったら、心臓に毛を無理に生やさないとやっていけないだろうなと思う。特に、失恋した朝なんて朝日さえも憎らしく思えるのに。そんな私であるが、かつて芸能界に憧れていた。高校三年生。18歳くらいの頃である。雑誌を開くときれいなモデルさんが洋服を格好良く着こなしている。私はモデルになって、芸能界に入りたいと本気で思っていた。私は身長が161センチくらいなのだけれど、もう少し背が高くなったらいいのにと思って日々努力していた。例えば、ほうれん草とかイワシとか牛乳が背を伸ばすのにいいらしい。だから毎日でなくても飲んだりしていた。おまけに、『背伸ばし運動』なるものを毎日朝と夜寝る前にしていた。『出来れば屋外でしたほうがいい』ということだったので、ベランダで一生懸命にやっていた。何かの宗教みたいに見えたのかもしれない。。18歳の頃って、世界はすべて自分のもので自分の周りを回っているかのように思えるのですね。思い込みが激しくて、出来ないことはないと信じていた。そんなある日、美容室でカット・モデルをしないか?というお誘いをもらう。私は有頂天になって、即O.Kをする。私が行っていた美容室はよく雑誌で取り上げられていたので、きっと私の人生が変わるのだと信じたのね。その撮影の日は、今も忘れない。本当に朝からドキドキしていて、パンものどを通らなかった。きれいな衣装を着て、髪の毛を赤茶色に染められて(私は髪を染めたことがなかったので、それだけで刺激的だった)カメラの前に立つ。夢を見ていたような気分である。出来上がりの写真も自分で満足がいくものだった。その写真で担当の美容師さんが賞を取ったのだというから、私もとても嬉しかった。それからは、何か行動をするということもなかった。大学生になって何となく芸能界の表と裏を知ったりすると自分がモデルになりたいと思っていることさえ恥かしくなったりした。写真をしている友達の被写体になるのは楽しかった。無名で、『これ誰?』みたいな存在であるほうが心地よいと感じたのだと思う。社会人になってしまうと、完全に別の世界みたい。日常に馴染んでしまうと、昔のことが薄れてくる。何故か今日、ふと思い出して面白かったので日記に書きました。実はまたいつかモデルをしたいという野望はある。例えば着物の会社のモデルとか。誰にも言わずに密かにして、「あれー、mamikoroに似ているかも」と思われるくらいの感じが丁度いいかもしれない。
2003/12/22
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昨日は年内最後のお茶のお稽古でした。見学者が2人来ていて、とても若く見える人と少し年上に見える人が来ていた。その二人が、実は親子だということをお稽古の終わりごろに知る。高校生の娘さんと、その付き添いにきたお母さんだった。高校生が来るということも驚きだったし、(大人びた感じがして、その子が高校生に見えない気がしたし)又、高校生の母親にしては若く見えた。言われてみたらどことなく、似ている気もする。高校生のころからお茶をしていたら、人生大分違うだろうなぁと思う。お茶のお稽古、全然わからなくて途中で投げそうになった時もあった。でもそういう時期こそが踏ん張りどころだったのだと思う。一歩進むのが大変に思える時。実はその一歩進む事がとても大事で、その先はスムーズだったりする。半年と2ヶ月が過ぎて、今私はお茶の面白さが少しわかった気がする。お茶の先生は「お茶をしていたら言葉が足りるようになる」と言う。確かにとても細かい事に気付くようになるのだ。動作も言葉も。それがなければ次に進まないもの。例えば、全て道具を置く場所が決まっている。動作も手の動きも決まっている。ひしゃくを持つ手、お水を入れるときは上から握って入れるとか、お湯を入れる前に構えるとか。最初に置いていた位置にすべて戻していくというのも合理的。私が好きな動作は、お客様とのやりとり。お茶を飲み終わったお客様を見計らって、ふくさを腰につける。飲み終わったお茶碗をもらって、それにお湯を通す。「どうぞお終いください」とお客様が言ってから、しまう動作に入る。お茶のお稽古の後は「これで良かったんだな」という納得がある。何か学びがある。長年続けている人が、簡単な動作で間違えていた。その人は自分自身が間違えたことにショックだったよう。きっと油断もしていたのだと思う。「こんなものかなぁ」と自分の中でマンネリを感じたり、味わうことを止めてしまったらだめなのだと思う。お茶って、心が大事なのだと思う。頭で考えてすることじゃなくて、最終的には意識せずに自分のものにしていくことを目指す事なのだと思う。お茶の動作のひとつひとつの理由が知りたくなる。私は先生に質問をたくさんする。疑問が生まれたら、子供のように「この動作はどういう意味ですか」とつい聞いてしまう。人からは『花嫁修行』だと言われるけれど、自分の中ではそうではないのだと言いたくなる。何だかよくわからないけれど、人から言われてするという以上に私がお茶に入れ込んでいるのだと感じる。そんな気持ちになれたのは本当に嬉しい。*余談だけれど、先週観た『ラストサムライ』の茶道のシーンの中で「日本人は礼儀正しい。」「完璧を求める。」とかいうセリフがある。外国から見た日本人の真面目さはこっけいに感じられるみたい。完璧の美を追究する民族。昔からは日本人の本質は何一つ変わらないのだと思う。
2003/12/21
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昨日の夜は私が帰ってから、すこししてから父が帰ってきた。休日のご機嫌な顔の数百倍嬉しそうな顔で「ただいま」と言う。「いいことがあったんだ。」高潮した様子。私は背中を向けて話を聞く。新聞を読んでいた。後ろでガサゴソと紙袋の音。「あててみてよ。」と言われても後ろを向いていた。姉が何かを言って、「間違い」と言われる。私ははっとひらめいて、振り返って「もしかして、本に載ったんじゃない?」と聞いた。「当たり~!!」私は父が言いたいことが、言う前からわかる。父が悲しいのは何故悲しいのかもわかる。何故嬉しいのかもわかる。それも具体的に。一緒に住んでいるからなのかもしれないし、勘である。それ以前に、父とは通じ合うものがあるからだろう。父は無名俳人である。俳句を始めたのは5年前。ある投稿雑誌に送ると、その次の号で入賞した。それから独学で勉強して、現在ある俳句のグループに所属している。父の句が載っていたのは『愛と死の夜想曲』(河出書房新書)~二十世紀名句手帖~という本である。たまたま、本屋に立ち寄って「いい本があるじゃないか」と手に取ったら、一緒に俳句をしている人の名前が出てきた。(もしかして、俺の名前・・・あるわけないか)と思いながらそれでも気持ちが高ぶって、ページを走らせたらしい。すると後ろの索引に、なんと自分の名前が載っていたのだという。目が飛び出んばかりに驚いて、本屋の人に頼んで在庫も出してもらって5冊買い占めた。『二十世紀名句手帖』という本は全国の何万冊からもの俳句の雑誌から、筆者が選び出した句を載せたものだというものだそう。有名・無名問わず。しかし父には何の連絡もなかった。その句は去年のもので、先生に初めて誉めていただいたものだったそう。その先生の句はもちろん、たくさんその本に載せられていたようだ。無名俳人。でも娘としては、有名になって欲しいと欲がでる。父を見ていると、私も何か出来るのではないかと思う。その父には感性を誉められることがあり、私も時々その気になることもある。でも父のように実際に行動にしなければ芽も出てこない。興奮した父は一人でお酒を飲んでいた。焼酎を美味しそうに飲んでいた。私は9時半くらいまで一緒に話をした。母が帰ってきて、父が報告をしたが母は無反応だった。母は父のしていることをあまり理解していない。そんなズレがあっても上手くいっている夫婦。私は不思議に思う。姉が「『冬のソナタ』が始まる。」と言って、急ぎ足で家の中を歩き回る。私以外の家族がテレビの前に一列に並ぶ。私はメイクを落とそうと思って、洗面所へ向かう。ドラマに興味がないので観ないほう。『冬のソナタ』はそんなにいいのだろうか。それよりも。父はよく眠れるだろうか?と心配した。*父の祖母は俳人だった。もしかして、血かなと思う。昨日本屋に行こうとしたのは祖父母が教えてくれたのかもしれない。人生捨てたものじゃないですよ。
2003/12/19
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人間関係は色々とあるのだけれど、その中でも精神的な結びつきを感じる人とそうでない人がいたりします。精神的距離が近かったり遠かったり。精神的に似ている部分が多いと、意見がぶつかってしまったりする。それで口論みたいになったりする。恐らく、その場合上手にすれ違えないのだと思う。相性がいいのか悪いのか。出来れば凸凹でうまく相手の悪い部分をカバーできれば最高なのだと思う。似ていないからわかり合えず、すれ違う場合もいれば似すぎていて相手の気持ちがわかりすぎて、辛い場合がある。N君と私の場合は似たもの同士で、上手にすれ違ったり、やり過ごすのが難しかったりする。相手の気持ちがわかり過ぎる。日記に書かなかったけれど、しばらくN君とは距離をおいていた。そういう時間が大切のようだ。自分自身の中で答を出そうと彷徨っている感じである。これからの付き合いを左右するのは、彼の気持ちというよりも私の決断にかかっている。先週、彼と会っていた時は一緒にいるのが辛いように感じた。負のテンションが盛り上がっていたから。彼も私がそんな風に思っていたのは気づいていたようだ。キスをされても絶対に拒もうと思っていたけれど…結局、受け入れてキスをしながら、何だか涙が出てきて私は泣いていたのだった。彼は驚かなかった。「泣きたければ、一人で泣かないで」と言われてさらにしくしく泣いた。男性の前で泣くのは初めてだったので恥かしかった。どういう涙かわからないけれど、私の中に未だ何パーセントか気持ちが残っているのだと感じた。私は人と別れると決めると、躊躇しない。これと決めたらまっしぐらに進んでしまう。いつものテンポがスローだけれど、実際の性格は直進型である。決めたら、もう変えない。そのくせ、別れてからあれこれ考えるのだ。そんな自分はどうかな?と思う。後になって後悔がないようにしたいと思う。決断したことを再度考えてみる。ひとつの行動は自分の記憶にインプットされて、又同じ行動パターンになると聞いたことがある。そういえば、同じことを繰り返したりするなぁと思う。同じところでつまづくなぁと思う。きっと同じところにある障害物と相性が悪いのだと思う。例え終わるとしても、続けるにしてもひとつの恋愛への考え方、取り扱い方が後々の行動に影響を与えることになるのだと思う。今を大切に過ごさなければ将来の自分を誇れないのではないかと思う。*自分に対して少しだけ前向きになりそうだったのでN君のことを日記に書きました。実は最近N君のことを日記に書くのをやめていました。友達にも相談しなかった。きっと甘えてしまうから。自分で決めるということが大人になることなのかな?なんて思ったりします。
2003/12/18
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昨日、母とお風呂に入った。湯船につかっていた母が「28日あけといてね、お墓参りをするから。あんたが行ったら、おばあちゃん喜ぶわ。」と言う。「うん、空けとくね。」と答える。亡くなった祖母は私にそっくりだったのだと言う。外見とかではなく、中身や動作。「本当にあんたは、おばあちゃんとそっくり。丁寧なのよね。丁寧ではなくて、”ご丁寧”。”ご”が付くのよ。」と母は言う。母は38歳のときに、実の母(私の祖母)が亡くなった。祖母は40歳で母を産んだので、母は自分のことを『年寄りの子』と感じていて、両親との別れが他の人よりも早いことを知っていた。そのため子供の頃から、いつも自分の人生を自分で考えていたようだ。母はいつも何もかもが計画されていて、その計画に基づいて動作をしている。だから、私や姉の無計画さが歯痒いらしい。母は精神的に苦労をしているので、きっといくつもの壁を乗り越えているので強いのだと思う。38歳で、両親が死ぬなんて早すぎるなぁと思う。私がお風呂場から出てからしばらくして母も湯気を立ててお風呂場から出てきた。「おばあちゃん、この世に舞い戻ってきてくれへんかな。」と言う。「あの人のぬくもりは、独特だった。ちょっと、違うのよね。」とぽつり言う。母は母を求めるときがあるのだと思う。私がお風呂から上がってからさらに15分も湯船に浸かっていて、何を考えていたのだろう。湯上りの母は子供の顔をしていた。それでいて、諦めたような夢見がちのような表情だった。時々、私を見る目が違うと思うときがある。姉は「あんたはお母さんのお母さんやから。あんたには甘えられるみたいやで。」と言われる。そう言われると、何だか体の奥の方がきゅんと痛む。やはり私は祖母の代わりにはなれないと思う。母にいい言葉を返すことが出来ない時どうしようもないとわかっていながら、少し悲しくなる。
2003/12/17
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上司に連れられて、昨日とあるお寿司屋へ行きました。そのお寿司屋には以前も、行ったことがあるのだけれど本当にネタが新鮮で美味しい。値段が書いていないので、私はそのお勘定がいくらなのか知らない。恐ろしくて聞くに聞けない。客商売だなぁと思う。ドアをガラガラと開けるとご主人が私のことを覚えていた。サービス業って、お料理と同じくらいこういうことが大切なのねと思う。カウンターに並んで食べていると、大学生くらいに見える男の子が二人連れで入ってきた。どうも常連らしい。多分私よりも若いと感じた。メニューを見せられ、上司は好きなものを選べと言う。私はお寿司屋のメニューを見て、頼むのは苦手である。値段も書いていないし。。上司の好きなものはどれだろう?と思いながらもぞもぞと答えた。「かわはぎの薄作りってどんなですか?」「おー。うまいと思うよ。 …かわはぎの薄作りちょうだい!」すぐに頼んでくれた。かわはぎの薄作りは、ふぐよりも美味しいのだと言う。一緒に肝も出てきた。かわはぎの肝。生まれて初めて生で食べたのだけれど、驚くほど美味しかった。新鮮だからだと思う。濃厚で、鶏肉の刺身にも似ていた。私が興味を持ったので珍しいものを勧めてくれる。「きんきの肝もいいよ。」と言って、きんきの肝も頼んでくれた。赤魚のきんき、肝はかわはぎよりもあっさりしていた。色々と高そうなものを頂いて、すっかり舌が肥えてしまった。この上司、本当にお目が高くて美味しいお店を探し当てるのが上手である。このお寿司屋も本当に変わった場所にある。谷町線で恵比○町という駅が最寄なのだが、目印になる建物がないし、一人では行き着けない。毎回、一生分の美味しいお刺身を食べているのではないのかとドキドキする。ああ又、こんな味を知ってしまったと感動とともに後悔のような気持ちになる。ああ、もう私は昔に戻れない。普通のお寿司に満足できないのではないかと思う。帰り道に、上司が「カウンターにいた若い男の子、多分吉本興業のお笑いだよ。」と言う。「えーー。」と驚く私。「若いのに、こんなお店で食べられるわけないやんか。」と言われる。内心、『やっぱり。お高いのね。』と納得する。又一緒に飲みに連れて行ってもらいたいので、私は心掛けとして決してお酒に酔わないことにしている。もしくはどんなに酔っても、酔ったところを上司に見せない。お別れしたとたん、ふーーって力を抜く。「mamikoroさんは強いなぁ。」ということになっている。少々無理をすることもある。でも顔にでないのだ。それは幸せなのか不幸なのか。けれど、お酒の相手が出来るというのはかなり武器になる。*日記に書ききれないことを、『つぶやき』というページに書きました。
2003/12/16
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私の母はとても感覚がするどくて、先のことがわかるのだという。私の家は普通の家とは違ったところがあるのだと思う。母は「私の言うとおりにしていると間違いない」と言う。だから何かと母がいうとおりになっていくという流れがある。もし母が言うとおりにしなくて、失敗をした時は「ほら、私の言うとおりにしないから。」とあたり前のように言われる。母は占い師の資格をもっているわけではないが、占いが出来るみたい。資格もないのに、と思うのだけれど。散々色々言われて、それに対して私が何か言うと「私、わかるんだもの。」と言う。家に占い師がいるようなものだ。それでも私は外から見た意見が欲しくなるので、占いに行く。母に対抗するというわけでもないのだけれど、念のため。だけど、殆ど彼女と同じ回答なので驚く。好きな人が出来た時、彼女に紹介するのは賭けに似ていた。先日私の家について、ある人に占ってもらった。するとそれぞれがあちこちの方向を向いているということだった。しかも4人の共通点は、経済観念があり計算高いのだという。お互いに干渉をしたらダメだそうで、”遠くから微笑んで見守る”のがいいのだそうだ。何だか余りにもその通りなので笑ってしまう。個性がハッキリとしているので、バラバラになってしまうのではないかと思うことがあった。けれど、私の家は確かにバラバラなのにまとまっている。妙に納得した。どんな家であれ、そこで生まれてきたというからにはきっと意味があるのだと思う。きっと。生まれた川に戻ってくるサケのように、私はきっと同じような流れがある場所に自分の居場所を作っていくのかもしれない。もしくは自分と生まれた環境に似た相手を選ぶのかもしれない。*土曜日に『ラスト・サムライ』という邦画を観た。恐ろしくいい映画だった。トム・クルーズ、渡辺謙、真田広之、小雪。観終わってから、そのまま今日までその余韻に浸っている。渡辺謙が格好良すぎて、体中がしびれた。私は昔から、渡辺謙が素敵だと思っていた。特別に目の強さがあると思う。時代は、明治維新の頃。西洋の文化を取り入れ始めた頃の話。題名からして、イメージは湧くと思う。この映画の評判は半々らしく、私のように泣くほど感動する人もあれば寝てしまう人もいる。私の場合、もう一度観たいと思う。この映画の撮影に、兵庫県の姫路市にある書写山が使われた。この近くに私の親戚が住んでいるのだが、撮影の頃、地元は少し活気付いたらしい。山に美しい傾斜があり、合戦のシーンに取り入れられたようだ。
2003/12/15
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今日は与えられた休日だと思う。最近、土曜日も日曜日もいつもいつも外出をしていた。彼と会ったり、用事があったりして。今日は外出する事はなく、家にいてもいいんだよと神様に言われたようなもの。今日は与えられた休日。休息日。朝から、一昨日購入した綾戸智絵の音楽を聴いている。思った以上に、音のセンスも良くてしっとりと聴いている。ジャズなのだが、ラテン、レゲエやボサノバなどのジャンルの越えた音楽になっている。綾戸智絵は神戸の出身(三宮)の人で、私は地元なので特に身近に感じるということもある。綾戸智絵の音楽を聴いていると、すっと胸のうちの塊が溶けていくような感じがする。しわがれた声にぐっとくる。彼女は迫力があり、語る口調は男性的であるがあふれ出る雰囲気は女性的である。カバーの写真を見ていると、つくづく美人だなぁと思う。今回のアルバムは『Shine』という名前。英語の歌ばかりで、和訳が載っていないので自分で調べてみようと思う。そういう時間は結構好き。日本語にはない英語のニュアンスっていいなぁと思う。 O-o-h child things are gonna get easier O-o-h child things will get brighter O-o-h child things are gonna get easier O-o-h child things will get brighter Someday we’ll get it together and we’ll get it undone Someday when the world is much brighter Someday we’ll walk in the rays on the beautiful sun Someday when the world is much lighter Right now (綾戸智絵 アルバム『Shine』 ”Ooh Child ”より)アルバムの1曲目がこの曲である。なんだかこの曲を聴いて、買わなきゃ!と思った。レゲエのリズムにのってゆったりと流れる音楽である。・・・なるようになるのだ、と思う。そんな気分にさせてくれる曲。音楽って素晴らしい!*親友に彼氏が出来た。実ははじめての彼氏である。ずっとその彼とは友達で、彼女が想っていた。どういう流れでつきあうことになったのだろう?私の恋愛の話を聞いてくれていた彼女。今度は彼女の相談をいっぱいのろうと思う。いい流れが出来ていきますように。
2003/12/14
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楽天の日記を始めてから、あと3ヶ月で2年になります。そんなことを家族は(恐らく)知りません。家族が知らないところに自分の部屋があるのだと思う。何だかとても不思議な感じ。最近ふと気付いたことがあって、もしかして表現が上手になったのかもしれないということ。今日の朝、母が「昨日のクリスマス会で歌を上手に歌えたわぁ。あんなことってあるんだね。人生で一番上手に歌えた」と言うので、私は「歌の神様が舞い降りてきたんじゃないの?」と言った。すると「いいこと言うねぇ」とうっとりと言われた。昨日の夜も、母のお料理がとても美味しかった。母も「自分でもびっくりするほどやわ。何でやろ?」と言う。私は「きっと、今日は色々と頑張っていたから、体の中でいい気が流れていたからお料理にもいいエネルギーが注ぎ込まれたんだと思う。だから美味しいんだと思う。」と言った。すると、「そんなん言われたら嬉しい」と言われた。毎日日記を書きつづけていくうちに、やはり表現は工夫している。だから、もしかして表現が上達したのかもしれない。日々の喜怒哀楽を書きつづっていると、日常にも生かされるのかもしれないと思う。思わぬ副産物である。良いことを言いたいときに、良い表現が出てくると嬉しい。得をしたような気分になる。私は楽天で他の人の日記を読むのだけれど、本当に文章が上手な人には驚かされる。最初から文章が上手なのか、それとも日記を書いていくうちに上達していったのか。*『ニモ』という映画が先週の日曜日から、上映されている。友達が行ったのだけれど、かなり面白かったのだという。家族愛の話だとか。
2003/12/12
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姉から聞いた話なのですが、姉の友達が先日ひどい目にあったとのこと。身近でそんなことがあるなんて、信じられなかった。先週のこと。そのお友達Kちゃんは、新車を買ってうきうきで運転をしていたそう。すると後ろで、コツって音がしてまさか・・・と思った。後ろの車が、自分の車の後ろにぶつかったのだった。驚いてKちゃんはスピードを落とす。後ろにいた車の運転席に女性が見えた。彼女も降りてくれるものかと思ったら、手で『ごめんね!』というふうな手の格好をして、そのまま走り去ってしまった。Kちゃん、とにかく気が動転していて脇に車を止めて車道に出る。どこにキズが出来たのか気になったから。するとどこからか、男性が現れてKちゃんの車に乗り込んでそのまま運転して走りだしてしまったのだという。Kちゃんは車にカバンを入れたままだったので、それからが大変だったのだという。お財布も携帯電話も、もちろんキャッシュカードも取られたのだ。全ての手続きをするのに1週間かかったという。Kちゃんがお金持ちのお嬢さまで、車が家に何台かあったといっても、そんなこととは関係なく精神的にショックだったと思う。それでも自分の持ち物が全てなくなるというのは恐怖だったのだろうと思う。余談だけれど、車から放り出されたKちゃんはしばらく手を振って、走ってくる車に助けを求めた。けれど止まってくれる車はなかった。やっと止まってくれたのはタクシーだったのだと言う。『人って冷たいなと思った』と言っていたらしい。この事件、同じ場所で先週も起きたらしい。ちなみにその場所は、芦屋です。当然後ろから車を走らせる人と車を盗る人はグルなのだと思う。ひどい事件があるものだ。みなさん、気を付けましょう。
2003/12/11
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気が付いたら家で歌を歌っていることがある。朝、顔を洗い終えて口がひまになると、口づさんでいる。BoAとか、smapだったりする。熱唱するわけでもなく、フワフワ歌っている。歌詞が解らなかったら、歌詞は自分で作っていたりする。だからたまに側にいた人に訂正される。ご機嫌な日も、ご機嫌ではない日も口から出てくる歌。家族が私の歌を聞きつけて、「今日はご機嫌さんやなぁ」と言ってくるのだけれど「そうゆう訳じゃないねん」とごまかす。機嫌がいいね、と言われるといつも機嫌が悪いみたいじゃないかと思ってしまう。もちろん家族もそんなつもりで言ったのではないのだとわかっている。言葉はむずかしい。歌は素直な心にしてくれると思う。私は気難しいけれど、歌を歌っているとそれも和らぐ気がする。習い事として、いつか習えたらいいなぁと思うものの一つだ。歌を聴くのはとても気持ちがいい。けれど歌うのはもっと気持ちがいいと思う。今日はCDを買って帰ろうと思う。『綾戸智絵』(字合っていますか?)がアルバムを出していた。ジャズ・シンガーである。夜に聴けば、お酒を飲みたくなりそうな歌。この間、CD屋で試聴をした時に波長があってしまった。ジャズの気分だ。*昨日地下鉄のホームを歩いていて、ふと左耳を触るとイヤリングがなくなっていた。すごくお気に入りのイヤリングで、このイヤリングを着けていると気分が晴れるというものだった。「ない!」と叫びそうになるのを辛うじて抑えて、来た道を戻る。さっと顔色が変わった。少し戻るとホームの側の黄色い線の上にきらりと光るものがある。落ちていた。歩いてきた場所である。地下鉄の中は風が強かったので、落ちてしまったのだと思う。イヤリングって、片方をなくしてしまうことが多くてしかもなくしても見当たることがなかった。だから本当に嬉しかった。まさか見つかるとは・・・無くしたくない!と念じたのが良かったのかもしれない。不安で、縮こまった顔が一気に緩んだ。”気持ちを念じると叶う”と私の母はよく言う。きっと、本当にそういう心意気でいけばうまくいくのかもと思ったのだった
2003/12/10
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昨日よりも今日のほうが風邪がひどくなっていた。鼻水が湧き出てくる。上司のKさんがのど飴とティッシュをくれた。この人、本当にやさしい。私が気に入るやり方で気遣ってくれる。だからいつも、本当に安心する。気持ちと行動がともなっていて、驚かされる。「だいじょうぶ?」と言ったあとにすぐにのど飴を渡してくれたりするのだ。人の気持ちをわかると言う人は他にもいるかもしれない。けれど、人の領域に入り込み過ぎず毛布のようにそっと見守ってくれる人は少ない。私は毛布のようにそっと見守ってくれるKさんの存在が本当にありがたい。泣きそうになっていても、何だかだいじょうぶだと思える。気が付いたら、私はその人の前で子供になっている。一緒にいて、そう思える人の存在は大きい。ものすごく励ましてくれるとかそういうのではなくても、言っていることと行動が伴う。そういうのって、大事なことだと思う。*日に日に寒さが増している。昨日の日記で、満月だと書いてしまったのだけれど実は今日が満月なんです。。すみません。穏やかな気持ちで満月を迎えられそうです。気持ちが落ち込んでいる時は、満月を見ると余りよい効果が得られないのだとか。それぞれが持つ感情が過剰に働く。今日は気を付けて帰ります。
2003/12/09
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土曜日、N君と色々と話をしました。私は別れたいという理由を殆ど話さなかった。考えてみると、何故か彼も理由を聞いてこなかった。彼は私が気分屋であるから、その別れたいという気持ちも、ひとときの気の迷いだと受け取るつもりだと言う。「別れて」と言われても、2・3日考えようと言う。だんだん、私のほうも考えるのが疲れてくる。彼のほうが、うわてだということを感じた。私のほうには何の作戦もなく、又考えもまとまっていないのだと知る。別れたからといって、どうするつもりもなかった。恋愛というのは、あるいみ戦いではないのだろうかと思う。*今日は満月。さすがだなぁと思う。自分の気持ちのコンディションといい。満月の日は、色々なことが沸騰する。
2003/12/08
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朝起きた時から、のどに痛みが走った。最近のどが痛くなる風邪が流行しているとのこと。私は流行りにのったのではないかと、微笑んでしまう。ひとりで部屋で微笑むなんて、ちょっとまぬけだと思う。*会社の同期でアメフトをしている子の応援に行く。東京に転勤してしまうので、最後の試合だったのだけれど、負けてしまった。途中まで勝っていただけに、残念に思う。試合のタイムが秒読みの段階になり、5・4・3・2・1一瞬の間があって試合終了。敵側では歓声があがる。一緒に行ったTちゃんと、「信じられない」とつぶやく。観客席からは、同期のF君の表情がよく見えた。眉間にしわがより、唇がへの字だった。いままでで一番けわしい表情だった。アメフト人生最後の試合、勝たせてあげたかったなぁ。*Tちゃんと別れたあと、私は三ノ宮のマルイに寄る。最初、コートを見ていたけれど、決断するほどのものはなく。男性フロアーに寄る。ネクタイとかハンカチ、マフラーを見ていると不意に考えがうかんだ。「そうだ、上司にプレゼントを買おう」いつもおいしいお店に連れて行ってくれる人がいて、その人にお礼がしたかったのだ。お店の人と一緒に一時間ぐらい考えて、マフラーを購入する。ネクタイならば、人の好みがあるだろうしマフラーならばあまり怪しまれない?ように思えた。本当ならば、N君のプレゼントを選ぶべきだろうに。相手が違うでしょうに。と自分で自分につっこんだ。試験勉強のあいまに、枝毛を探してしまうのと同じで本線からずれてしまう。前日にN君と話をして、クリスマスは一緒に過ごすことになった。けれど、プレゼントをあげるのももらうのも何となくためらう。そんな気持ちでいたので、何故か関係のない上司に時間をかけてセンスの良いマフラーを選んでしまったのだろう。マフラーの包装紙を上司を思い浮かべて選ぶ。包装をされる待ち時間、レジの前でぼんやりとしていた。
2003/12/07
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2日間、社外で外部の講座を受けていました。会社には5時くらいに出社して、メールの確認をする。家に直帰してもいいと言われても、色々と気になるもの。会社に帰るとすぐに、社外の秘書から電話があったりして、戻ってきて良かったんだなぁと思いました。*N君から旅行に誘われていて、私はずっと悩んでいた。その旅行というのはN君の友達のカップルとN君と私というメンバー。スノボをして、N君の実家に泊まる予定になっている。ここのところ、しばらく考えていたけれど結論が出た。行かないことにしよう。結局のところ、自分の気持ちに葛藤があった。遊びで行くとはいえ、N君のご家族に自分を紹介してもらうことになると思う。当然のことである。私はそのことを考えると胃のあたりが重くなるのだった。結局、自分がそれ程彼のことが好きではないということを気付いてしまう。皮肉な話である。N君が、みんなで遊びに行くことを楽しみに計画した旅行だったから。母は知っていた。N君との旅行の話をした後、ゆったりと言われた。「自分の気持ちに嘘をついたからでしょう。結局S君とのことを紛らわせるために、N君とつきあったんでしょう。でも結局無理があったのね。だからといって、S君とはよりを戻してはいけない。人生にはどうしようもないことがあるのだから。」私は反論が出来なかった。あの日、同期の集まりでS君に会って、私は自分がしたことについて冷静に気付いてしまった。N君のことを好きではないということ。S君がまだ好きなのだということ。私が涙を流す時はいつもS君のことだった。気付いてしまった以上、自分の気持ちにけりをつけなければならない。私の気持ちに揺れがなかった。S君とのことを自分の中で消化できていなかったのだと思う。そのことが、あの日をさかいにしてどっと押し寄せてきた。自分の気持ちに嘘をついてはいけないということを本当に感じた。N君のことを好きになりそうだったけれど、無理かもしれない。もうすぐつきあって3ヶ月がたつ。クリスマス前に別れ話をするのは、きっと後々になって笑い話になるかもしれないけれど、彼の心の傷になるだろう。だからといって、クリスマスプレゼントをもらってから別れるというのも失礼だろうか。別れるのは1月とか、もっと先にするべきなのか。それともN君に猶予を与えるべきか。またひとりになろう。結局そうすればよかったのだ。0からはじめよう。全然、悲しくなかった。ざーっと雨が地面をぬらす音が聞こえる。N君と会うことになっている週末が、窓の外で私を待っている。終末はお天気が崩れるらしい。
2003/12/06
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母というのはどういう存在なのだろう。振りかえると、いつもそこにいた。みたいな感じだろうか。寝る前に、ひとことふたこと話をする。母は考え出すとそればかりが頭にあるので、話題がひとつになる。最近はもっぱらN君のことである。N君は子供っぽいところがあるので、だんだん私が疲れてくるのではないのかと言う。ひとことだけれど、毎日同じようなことを言う。夜 寝る前、洗面所なんかで背中を向けている状態で「あんた、疲れたでしょう。」目的語がなくても、何に対してなのか声でわかる。…そう言われるとそんな気にもなってしまうし「あんた、あの子のこと本当に好きなの」そう言われると不安になる。「寝る前に、そんなことを言わないでよ」とピシャリと返す。「ひとことで言えないの?それはおかしい。」と言われる。母は母なので、母らしく心配をする。母らしい助言をしてくれる。母だから。私は母に相談をすることが多い。友達に相談するよりも何だか的を得ていることがあるから。母に言われたとおりばかりにするわけではない。私にも意思があるから。私がしたいように、納得するようにすればいいと思う。ただ母の意見は、私の思考回路に影響を与えすぎる。ポツンと私の心の池に波紋をなげかける。一緒に暮らしていると、私が何も言わなくても母には伝わるらしい。高校生くらいの時は、母が私の考えをわかってくれないと思っていて、全然心を開かなかった。それが今では、親友みたいなかんじ。夜、周りの音がなくてしずかな状態で母の言葉を聞くとそれが次の日にもちこされて、思い出されてしまう。だから寝る前には、大事な話は避けることにしている。
2003/12/03
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時々、話すことがむずかしいと思うことがある。自分が思っていることと相手の受け取り方が違っている場合がある。もしくはつい口が滑ってしまうこともある。おしゃべりな自分に腹をたてて、言わなきゃ良かったと思い、しばらく無口になりそうになる。でも黙っていたら何を考えているのかわからないと思われる。言葉は生き物なので、大事に扱わないととんでもないことになる。本当にそう思う。自分の思いを上手に表現することはむずかしい。人の話に共感し、相手の話を聞き終えてから上手に自分の話を始める。いつも言葉をひとつひとつ吟味しながら、話せたらいいけれどそういうわけにもいかなくなる。聞き上手になるのは、努力したらなれるかもしれないと思う。相手が言いたいこと導くように、質問するのはテクニックがいるけれど。別に話が面白くなくてもいいと思う。何も滑舌になれというのではないと思う。それでも、自分を上手に表現し前に前にいくとうことが私には難しく感じる。話が上手で押し付けがましくない人に出会うと、私は学ぶ所が多いと感じる。*昨日は父の誕生日だった。仕事の帰り、父のプレゼントを買いに行く。お互いに気をつかうのでいつもそれ程高価なものをあげていない。彼は俳句をしているので、俳句に関するものを選ぶ。本屋に行き、『山頭火・四国巡行』というオール・カラーの本を見つける。直感で、良さそうだと思う。私が夏に行った、道後温泉のあたりの写真がのっていたりしてドキドキする。これに決まり。父にプレゼントを渡すと、予想以上に喜ばれた。驚かれて、喜ばれると照れてしまう。父が山頭火を尊敬をしていたことなんて知らなかった。ずっと山頭火に関する本を探していたことも知らなかった。それが、何気なく私が選んでいたというのは偶然の一致である。家族みんなに「センスいいねー。」と言われた。本をプレゼントするのもいいなぁと思う。ボジュレー・ヌーボーで乾杯をする。美味しかったので2杯くらい飲むと、眠くなった。今年のは、出来がいいという噂どおり。濃厚だけれど品よくサッパリとしたかんじ。父のお祝いにちょうどよかった。
2003/12/02
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