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フナと仙道の関わりを研究し、それをベースに新しい仙道修行法を開拓する。と、言うのは簡単ですけどね。実際、仙道とフナの何がどう違うのか、同じ部分はどこなのか、余計なデータは何か、これらを解き明かさなくてはなりません。一番厄介なのは、仙道には他の宗教のエッセンスがてんこ盛りだと言うこと。ヨガも仏教も、ヒンドゥー教、ネストリウス派キリスト教も入っています。それ以外にもイスラム教も少し入り込んでいる部分もあったり。修行方法からそれらを抜き出して、本来の仙道だけを浮き彫りにするなんてできるわけありません。こういうときは、目的の部分だけに注目し、それ以外のものは放置します。仙道の究極の目的は不老不死です。”肉体を持ったまま永遠に生きる。そのために肉体を一度分解し、気で作り上げた体と合わせて、歳を取らない体を再構築する”こんなところでしょうか。ではフナの目的は?”ハイセルフに祈りを届けて、望む未来を作る”これですね。この二つを見比べてみても、全然違う物のように見えます。なので仙道の修行法と、フナの祈りのプロセスを比べてみます。フナの祈りのプロセス1:マナの発生と念体の作成2:アカコードをハイセルフに接続する3:祈りの念体をハイセルフに送る4:祈りの返答仙道の修行法1:後天の気の発生と制御(小周天)2:先天の気の制御(大周天)3:陽神を作成し、肉体と精神の分離を行う4:陽神を肉体へと戻し、同一化させる気の発生と制御、そして肉体に満たしていくところはフナで言うマナの発生と同じです。仙道では肉体の様々なポイントで気を練る作業がありますが、フナにはありません。これはなぜか?結論:仙道のやり方は宗教の影響を受けているからと言うことで、ほとんどの修行法は必要ないことになります。丹田に気を集めることも含めて、一切合切を捨てることにしました。じゃあ、最初はどうするんだと。簡単に、太陽神経叢に意識を集中するだけにします。細かい意識の作用は必要ですが、気を練らなくてもすぐにエネルギーが集まってきます。これで小周天と同じことができることが分かりました。と言うことは、もしかすると大周天までの修行方法と言うのは、ロウセルフの持つ、”道を塞ぐもの”を取り除く作業であって、それができると、ハイセルフとの道を接続することができるようになるのでは?そう考えると、陽神を作って意識を移動させる意味が、実は別の目的があることに気が付きます。フナでは、男女の意識の融合を目指しています。これは仙道にもありますが、いまひとつはっきりしていませんでした。もしかすると、陽神に意識を移動させることで男女の融合を行い、それから再び肉体へと戻してる可能性があります。肉体を持ったままで男女の意識の融合はできない仕組みになっていますからね。ここまで理解が進むと、今まで曖昧模糊としていた仙道の修行が、フナの裏返しになってることが分かります。あとは大周天法をもう少し詳しく調査し、ハイセルフとの接続を邪魔している、スタンブリングブロック(道を塞ぐもの)の除去をどのように行うのかを解明しなくてはなりません。これが今後の研究課題ですね。
2019.01.24
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"Huna code in religions"翻訳は最終章に入り、あと3ページほどで終わります。この章は中国の宗教とフナの関わりを考察していて、その多くが仙道や道教との比較になっています。ロング博士は、今から70年近く前にこの本を出版しました。その当時にアメリカで手に入る仙道の関係書と言うと、かなり限られてしまいます。彼は何を利用したのでしょうか。「太乙金華宗旨」ロング博士が70年前に手に入れた仙道の資料です。日本でも仙道を調べるなら、まず最初に見つかるものですね。西暦で言うと800年前後に著されたものですが、その多くは口伝でした。ごく限られた人々が伝え、それが木版印刷になったのです。実はこれ、高藤先生が書いた本の原点でして。中身はほとんど一緒です。これを中国でキリスト教の布教活動を行っていたドイツ人の宣教師、ウィルヘルムさんが翻訳したんですよ。それをなんと、心理学者のユングが解説していると言う。その英語版をロング博士は手に入れました。当時のアメリカやイギリスでも評判だったようで、第六版まで重版されています。まあ、中身はまんま仙道の教科書ですね。私にも見慣れた記述がいっぱい。ドイツ人のウィルヘルムには何の事かさっぱりだったでしょう。しかしそれを現地の中国人(仙道を修行してた人)が説明し、意訳しています。この本を日本人が訳したり、また中国語の分かる人が読むと、表面上の意味しか理解できないようになっています。隠された内面の意味があるんですよ。ウィルヘルムさんは、その内面の意味を教えてもらって書いています。つまり、ドイツ版(さらには英語版)は、この本の真髄を分かりやすく解説しているんです。おそらくこれ、私が日本語訳を読んでも誤解するでしょうね。で、今の翻訳が終わったらこちらの翻訳に取りかかることにしました。仙道の奥義を明かしたものがあるなら、それを利用して新しい仙道修行体系を作る方が簡単です。しかもフナによる裏の意味は分かっていますし。フナをここまで行って、最初に戻りましたね。
2019.01.21
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今までロング博士の著書を購入していたサイトが閉鎖になってしまいました。そろそろ次の本を買おうと思ってたんですが・・・。PDFでダウンロードしてたから、これをペーパーバックの既刊で買うのは面倒。海外サイトを探し回って、ようやくアメリカアマゾンの中で発見。しかし中古の本が30ドル以上、しかも送料を考えるとかなりの出費。一応、kindleバージョンもありまして。そちらなら1ドルです。なんだ、この落差は。とりあえず、USAバージョンのアマゾンのアカウントを作成。自分がいつも使っているタブレットに登録。何とかダウンロード完了。ですが、すべての書籍がそろっているわけではありません。足りないものもあるんですよね。さっさと買っておけばよかった。
2019.01.18
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急遽、講習会を行うことになりました。今回は新橋の会議室です。フナ講習会日時:1月19日(土)午後7時より二時間場所:新橋某所費用:三万円現段階で判明している内容についてお話しします。参加ご希望の方はご連絡ください。
2019.01.13
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ロング博士は地球上のあらゆる宗教に、フナの痕跡を求めていました。といってもメジャーなところだけですし、マイナーなところを追求しても得られるものはありません。なので、当然ですが仏教は調べています。これはヨガやヴェーダを調べる過程で必ず関わってくることが予想されていましたし、仏教を調べずして他の何とも比べようがありませんからね。キリスト教と仏教では教えが全く違うと言われています。キリスト教は愛を説きます。仏教は智恵です。大雑把な言い方ですけどね。しかしこれも解釈の方法がいくらでもありますし、受けとる側の問題もあります。さて。仏陀の生の言葉を多く含んでいる書は、スッタニパータ(パーリ語)だと言われています。それまでの経典はすべて口伝だったため、はじめて書き記されたのがこれなんですよね。他にもダンマパダなんかもあります。私は大学生の頃に仏教系の新興宗教に入っていたことがあり、その当時に日本の仏教についてかなり勉強しました。仏教はインドの北部で発生し、それが中国を経由して日本に輸入された外来宗教です。翻訳に翻訳を重ねているために、その真髄は完全に失われてしまっています。なので本当の意味を求めるなら原典を調べるしかないのですが。もし仏陀がフナの奥義を知っていて、それを選ばれた弟子たちだけに伝えていたとしたら?キリストと同じことをしてたなら?当然ですが、仏教の原典をそのまま調べても本当の意味はわからないはず。じゃあどうするんだと。ここでフナの暗号が登場!と言いたいところですが。残念ながらそうはいかないんですよ。理由は二つ。原典が書かれたのは、仏陀が無くなってから数百年も後の時代です。ずっと口伝で受け継がれて来た内容も、何かしらの変化があったはずです。それがなにかは分からない。そしてもっとも重要なことですが。仏陀は自力で真理にたどり着きました。ええ、フナの伝授を受けたわけではありません。自力です。バケモノかよ。ヨガやヴェーダには、フナと似た教義がありますし、仏陀はそれを受け入れて独自の宗教理念を作り上げています。しかし、それらとは根本的に違う部分があります。この世の輪廻から解き放たれ、涅槃(ニルバーナ)に至る道を説いているのです。八正道、中道と呼ばれる生活規範となる道徳を説いて、その通りに行動すれば涅槃に至ると言っています。しかしこれは衆生向けのパフォーマンスであるとロング博士は言います。なぜなら非常に厳しい道徳を説いているので、一般の人々にこれをすべて行えと言うのはほぼ無理だろうと言うんですよね。このあたり、キリストが一般市民に例え話をしていたのと似ています。ですが、仏陀がフナの奥義に到達していたと言う証拠は、彼の言動のあちこちに見られます。その中で一般的には完全に勘違いされていて、でも奥義を知ってる人には分かりやすい文章があります。スッタニパータの中にある次の一文を読みましょう。”152 邪見にとらわれず、戒を保ち、智慧を具えた人は、諸々の欲を取り除け、〔そうすれば〕再び母胎に宿ることがない。””35 一切の生き物に対し、暴力を捨て、たとえひとりでも害することのない、その者は、子を望まずにあれ。”どんぴしゃフナの奥義ですな。”母体に宿ることがない。”:輪廻から解き放たれ、ハイセルフの世界に入ることを意味しています”子を望まずにあれ” :卒業段階にあり、男女の融合を行う準備ができていることを表していますこの二つ以外にも多くの同様な文章が見られます。仏陀は輪廻からの解脱に関して様々な方法を述べていますが、子を成さないようになれと言う意味の文章が多いんですよね。ここを間違えると、出家して結婚しないって意味にとらえてしまいます。これはキリスト教でも同じ。フナを知っていれば、この文章を読み間違えるはずはありません。私が翻訳した文章の中で、十七章を読んでいただければ、ここの意味は明確に理解できます。
2019.01.10
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新年あけおめです。早々に風邪を引きまして。普段、休み無しで働いているためか、たまの休みになると身体が腑抜けになります。三日ばかし寝込んでおりました。インフルではなかったので由としましょう。さて。前回の記事で、融合のお話を少ししました。自分の魂の半分がどっかにいて、それとの融合が成されればハイセルフへと進化できると言うのです。その半分は自分と対局の性別。私なら女性の半分がどっかにいることになります。どこにいるのかは分かりません。同じ時代の同じ国にいるかもしれず、ご近所さんなのか、家族になっているのか、それとも遥か遠い異国にいるのか、検討もつきません。もしかしたらすでに誰かと結婚してるかもしれませんし、子供もいて幸せな家庭に恵まれているかもしれず。はたまたすでに他界して、魂だけの状態で次の輪廻を待ってるのかもしれません。このソウルメイトと偶然に出会い、恋に落ち、結婚しているなんてロマンチックな出来事があれば、安い三文芝居になってしまいますが、想像だけなら誰でもできますね。んで。このソウルメイトと融合すると、地上の物事や寿命や物質的な欲望なんかどうでも良くなって、次の段階へと強制的に進化します。この感覚はちょっと説明しにくいんですよね。どうしても私たちは肉体を持っているために、その欲に引っ張られてしまうんです。お金や異性や名誉、食事などの欲から離れることができません。これこそがイエスが失敗した根元でもあります。彼の場合は俺様スゲーってやつでしたが。例えて言うならば、おサルさんが望む欲求って、おそらくそんなに多くはないと思います。餌と安全な場所と、繁殖くらいでしょうか。階級社会なので、ボスになりたいってのもあるかもしれません。人間から見たら、彼らの欲って可愛いものですよね。でも彼らにはそれが全てです。ハイセルフから見ると、私たち人間の欲も同じです。非常に次元の低い欲求に見えているはずです。私たちが考えられる欲や知恵やイメージは限界があり、それは肉体と密接に結び付いています。しかしハイセルフは違います。彼らは人間のような寿命や肉体のわずわしさや、異性関係の嫉妬や恋愛の苦しみとは無縁です。それらすべてを超越し、遥か先にある超意識による精神的な欲求の極致を目指しています。それは人間には絶対に想像すらできない境地で、とてつもない幸福感を伴います。一種、精神的な麻薬漬け状態とも言えるかもしれません。下等生物が進化を飛び越えて、いきなり人間の思考を手に入れたらどうなるでしょうか。複雑な思考の楽しさに溺れると私は思います。それと同じですね。ソウルメイトとの融合とは、その境地へ至る第一歩になるのです。ですがこの融合は、相応しい時期にならない限り体験することはできません。お互いが準備完了となり、融合の準備が整ったとき、ハイセルフの導きで融合が開始されるのです。じゃあ、それまでは感じることもできないのかよと思うでしょう。確かにそうなんですよね。私たちにできるのは、他者を労り、他人を傷つけず、愛と優しさに溢れた日常を送るよう、努力することだけです。それによって進化が早まります。ですが。疑似的な体験だけなら可能性はあるんですよ。瞑想法を使い、自分と繋がっている半身を思い浮かべ、アカコードを通じて意識のやり取りを行うことはできます。融合に相応しい時期に近づいていれば、意識の接触が起こるだけで、とてつもない幸福感に包まれます。ただし肉体的には少々痛みを伴うかもしれません。無理矢理条件を整えようとするために、肉体が耐えきれず悲鳴をあげてしまうんです。短時間なら耐えられますが、長時間は無理ですね。試して見たい方はどうぞトライしてみてください。
2019.01.06
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