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「よい子に読み聞かせ隊」を結成して半年ほどの頃でしたから、 2000年の冬のことだったと思います。 東京都内の特別養護老人ホームを慰問で訪れました。 後に「よい子に読み聞かせ隊」に加わり、 6,7年、中心メンバーとして活躍してくれたK子さんが、 フルートの演奏を挿入してくれることになっていました。 当時、K子さんはまだ高校生でした。 職員の方も合わせて60人前後の人たちが待っていてくれました。 車椅子の人がかなりいました。 フルートの調べに乗せて語りだしました。 僕は絵本によって読むのではなく語りでやることがあります。 利用者の方の多くは初め固い表情でした。 1人2人のその固い表情がほぐれて笑顔になりました。 別の利用者が笑い声を上げました。 車椅子の方々の多くは笑顔になっていました。 僕は大変やりづらい思いになりました。 僕が語っている場面はその物語でいちばん悲しい場面だったからです。 子供たちがこの場面ではよく涙をこぼします。 笑顔になられるはずはない場面でした。 実際に利用者の何人かは涙ぐんでいました。 やりづらいといっても少しいつもと違うぞというぐらいで、 呼吸が乱れるほどではありませんでした。 終わって僕は職員の方に、 「悲しい場面で笑いだした人達がいましたが…」 と尋ねました。 「ああ、あの人たちは痴呆症なんですよ」 当時はまだ認知症という病名は使われていませんでした。 「感情を揺り動かされたんです。読み聞かせは声や色。絵や音楽など、 いろんなもので訴えかけてくれます。特に隊長のファッションは、 痴呆症の人たちの感受性を刺激するんです。笑いながら楽しい思い出や、 懐かしい人の顔などを蘇らせてとても良い気持ちになっているんです。 延命にもつながりますし、私たちきていただいて本当によかった と喜んでいるんです」 僕は目から鱗が落ちた心地になりました。 以来、特別養護老人ホームなどの施設はかなり訪れましたが、 認知症の人の表情をよく観察するようになりました。 その表情が変化を始めると、 読み聞かせのどこかの何かで心の回路が反応を起こし、 こっちが知らない世界に遊んで精神を豊かに広げているのだ、 と羨ましくなることもありました。
2015.10.29
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北海道でも杭データ偽装が明らかになった。 北海道は道発注の工事で旭化成建材が杭の工事データを流用したことを発表した。 その流用があったのは釧路市の道営住宅改善工事でのエレバーター設置工事のことであった。 道は独自の調査で杭を打つ際に記録する書類にデータを切り貼りした箇所を見つけたという。 何という杜撰さ、何という愚かしさか。 学生論文のコピペ以下の幼稚さで、 儲かる工事にしたいという利益主義が見え見えの行為というしかない。 高層、超高層の建造物の基礎工事でその根幹工事になるのは、 紛れもなく杭打ち工事である。 岩盤に挿し込まなければ大地震がきたら、 かなりの確率でピサの斜塔になる。 運が悪いものは倒壊するだろう。 つまり、杭工事は将来の人命を左右する最大事の工事なのである。 その杭工事の偽装は人命軽視もはなはだしいということになる。 報道では横浜のマンションの担当者とは別の担当者が偽装したという。 2,3日前、知人と飲んだときに、 「アレは会社ぐるみじゃないの」 「いや、業界の悪しき常識ってこともありうる」 などと、他人事的な無責任な軽口を叩きあったばかりである。 まさかそんなことはあるまいと思うが、 マンション入居者の疑心暗鬼は募る。 今回の偽装は道という独自の調査能力を有する自治体の調査で明らかになったが、 民間発注のマンションに住む人達は自分達の手で綿密な調査を行うわけにもいかず、 大地震に見舞われたらどうなるか、と不安に慄きながら暮らす人も多くなるだろう。 夜、レインボーブリッジから見る超高層の林立する夜景は、 一瞬気が遠くなるほど美しい。 偽装事件後、認識が変わった。 埋立地区も多いはずだが、杭打ちは岩盤にしっかり挿し入っているのだろうか。 マグニチュード9以上の直下型地震にはたして耐えられるだろうか。 そんな地震はこない、という想定はできない。 地獄絵図が浮かぶのだ。 そんなことにならないよう、 杭打ち工事の公的監視機関を設置し、 その監視員が杭打ち工事の始めから終わりまで立ち会い、 認定証を交付するような厳格な制度を作るべきではないか。 住民が枕を高くして眠れるために。
2015.10.29
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先日のことだ。 僕は京葉線の某駅前で人を待っていた。 「志茂田景樹さんですね」 と声をかけられた。 見ると年若い女性だった。 傍らにお母さんと思われる女性が立っていた。 2人とも人懐こそうな笑顔を浮かべている。 「小学校のとき、西宮で志茂田さんの読み聞かせを聞いたことがあるんです」 西宮には2,3回、講演や、読み聞かせで行っている。 でも、小学校となるとあそこしかない。 「15年前でしょう。体育館に全学年が集まり、PTAや、地域の人も大勢きてくれて」 「ええ、そうです」 年若い女性はとても嬉しそうにうなずいた。 2,3分、話をした。 今でもあのとき購入した絵本を大切にしている。 ツイッターのフォロワーであることなど… 「今日は◯◯◯◯◯に遊びに?」 と、著名な遊園地の名を出して訊いたら、 「今はこの街に住んでいます」 ということだった。 多分、1999年の12月のことである。 兵庫県の西宮市立瓦林小学校のPTAの役員の方から電話を頂いた。 概略、以下の内容だった。 「当校には4年前の阪神大震災で被災した兒童がいっぱいいます。 その子供たちのなかには今でも夜中に悲鳴を上げて飛び起きたり、 授業中の微かな地震にもパニックを起こす子がいます。 うちの学校の子供たちに読み聞かせをしてくれませんか?」 僕はすぐに承諾しました。 期日は来年、つまり、2000年3月の某日に決まる。 ただ年が明け期日が近づくに従い、 僕は何を読み聞かせるかで悩み始めた。 僕が読み聞かせる絵本は自作の物も含めて可哀相な場面があるものが多い。 他人の悲しみをよく理解できる人間に育って欲しいという思いがあるためだ。 でも、被災した子供たちには悲しいことをフラッシュバックさせて、 悲しませすぎるのではなかろうか、と。 悩んだ末、先入観は持たず、どこででもやってきたようにやろう、 と心に言い聞かせた。 当日、感受性の強い子供たちがよく涙ぐむ絵本からやった。 やっている最中に涙ぐむ子がいつになく多かった。 やはり、まずかったかな、と一瞬思った。 3つの絵本をやった後、多くの子供たちが僕や、 フルートの演奏で物語世界を広げたメンバーに纏わりついた。 なかには袖を掴んでなかなか離さない子もいた。 よい子に読み聞かせ帯を結成してまだ7ヶ月、 僕らは子供たちに何を強く伝えていくか…が決まった日になった。 【命は何よりも貴いこと】 【生きることがどんなに素晴らしいことか】 以上の2つをしっかり伝えていきたい、 と心に決めることができた。 読み聞かせ&講演の回数は間もなく1800回に届く。 1回平均200人以上が聞きにきてくれた。 200人として1800回で36万人になる。 このうちの3割強、10万人以上が小中学生、園児が占める。 稀に道や、駅のホームで年若い人たちに、 通園していたとき、読み聞かせにきました。 小学校のとき、学校へきてくれました。 …などと声をかけられる。 継続してきたせいだな、と思う。 これからも継続していくエネルギーの源泉になる。 幸せなことをやらせていただいている。
2015.10.26
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現存する世界最古の会社はどこにありますか? 日本と答えた人はちゃんと知っている。 金剛組という建設会社です。 創業は西暦578年で、奈良時代が始まる131年も前のことです。 出版不況にあえぐ書店で現存して最古はどこだろう。 これは日本じゃないでしょう。 日本最古は慶長年間【1596~1615】に創業された京都の永田文昌堂です。 1600年に関ヶ原の合戦が起きたが、まだ大坂に豊臣氏が健在で隠然とした勢力を秘めていました。 徳川対豊臣、勝者はいずれか…なんて本が出ればベストセラーになったでしょう。 徳川が負けるデータを挙げたら版元も書肆も打首もんでしょうね。 甲斐の甲府にも1783年(天明3年)に創業された老舗書店があります。 柳正堂書店です。 創業当初は伊勢屋という屋号で書物を販売していました。 232年の歴史を誇っています。 数百年続いている老舗書店は七転び八起きしたからこそ続いています。 柳正堂書店のいちばん近い転びは18年前のことでした。 山梨県一帯にチエーン展開をしていましたが、債務超過に陥り11店を閉鎖せざるを得なくなりました、 出版界のマイナス成長が始まり老舗書店が次々に消えていきました。 しかし、同書店は社長以下従業員が死にものぐるいで打開を図り、 7年連続増収を達成し無借金経営を実現しました。 見事に起きたのです。
2015.10.22
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絵本「ぼくの天国ポスト」原案 寺井博 作 志茂田景樹 絵 福田岩緒 の発売日が近づきました。 この絵本は福島県いわき市に実際に設置された天国ポストに材をとっています。 もう会えなくなった人への想いを天国ポストに託し、本当に届いたらどんなに素晴らしいでしょう。 絵本では大好きだったお祖母ちゃんと、その愛犬にもう会えなくなった少年がその想いを天国ポストに託しま す。その想いがある限りたとえ会えなくても少年と、お祖母ちゃん、そして、その愛犬との心の交流はずっと続くの ではないでしょうか。 シンガーソングライターの川嶋あいさんは「ぼくの天国ポスト」のテーマソングとして「Memorial Seasons」を リリースしました。 「Memorial Seasons」は聴いていると大切な人ともう会えなくなった人への想いが心に深くしみていきます。 絵本と違って主人公は若い人ですが,想いの貴さには変わりありません。 「Memorial Seasons」は今月21日発売のニューアルバム「Be Your Side」に収録されています。 また同月20日にカラオケDAMから全国配信になります。 絵本「ぼくの天国ポスト」は同月30日に全国一斉に発売になりますが、只今、アマゾン、全国書店で予約受付中で す。 Memorial Seasons 遠くに沈む夕陽を見ていた この河の灯りを背に 私の好きなものがここにはありすぎると気付いたんだよ あの人を突然なぜか思い出したの 春の日射しがそよぐ川沿いの道に寄り添いながら歩いていたね 夏は海までドライブをして 空高く光る花火を見ていた 寝起きの悪い私にいつも全てそ知らぬような顔で あなたはそっとささやいていた まるで子供をあやすみたいに あの人の優しいところ愛しかったの 秋の風 冷たく肩を撫でてゆく あなたの部屋で映画を観たのは冬の街角降りつもる雪 あなたの笑顔が温もりだった 今頃あなたはどうして毎日を過ごしていますか? 今年も2人で見上げた桜が咲き始めました わけもなく涙が流れてきたよ 思い出はまだあたたかすぎて 誰よりきっと私のことを想ってくれたのは あなたです 季節は巡る 何度も巡る 私のそばにあなたはいない ページをめくれば永遠の景色があざやかな調べを奏でています 心に ありがとう
2015.10.19
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僕には劣等感がいくつもあった、 今も2つ3つはある、 でも、小さな劣等感だから気にしない、 劣等感は感受性の正常細胞が、 がん細胞に転じたようなもの、 そんなのしょっちゅう生まれて、 しょっちゅう免疫細胞の餌食になっている、 劣等感も同じで、 小さなものはほっといていい、 消えたり表れたりしてね、 逆に負けん気を掻き立てられたりして、 プラスになることが多い、 だけど、 増殖させて手に負えなくさせちゃ駄目だ、 そういう劣等感をいくつも持っていたけどね、 負の幻想なんだから醒めりゃいいか、 そこに気づいてから正になっていった、 1つ、例をあげて説明しようか、 僕は5歳のときに耳を悪くし、 やや難聴になった、 音感を養えず音痴になった、 それが引け目で、 音楽の実技のある日は、 朝から体調が悪くなり、 学校を休んだ、 でも、次の音楽の授業のとき、 休んだものは歌わせられる、 声が出ないんだよ、 やっと振り絞っても蚊の鳴くような声で、 音程もない、 なんだありゃ、とみんなぽかんと見ている、 もういいよと先生に解放され、 自分の机に戻るときの惨めさったらなかった、 高校で音楽が選択科目になったときは、 ほんと嬉しかった、 社会に出てからね、 カラオケという天敵が出現し、 僕は戦々恐々の日々を味わった、 得意先の接待というと、 飲んだあとはカラオケだもの、 むろん僕はパスした、 でも、何度もパスすると上司に呼ばれ、 「大事なお得意を接待しているのに、 なぜ歌わない。座がしらけるじゃないか」 と、こっぴどく叱られた、 別のときに、 番が回ってきて、 獄門首になるつもりで、 ステージに上がって歌ったけど、 やはり、蚊の鳴くような声で、 かえって座をしらけさせた、 このあと、考えが変わったのかな、 音痴を引け目にしているのは、 歌はお手本のように、 ちゃんと歌わなきゃ、 と思い込んでいるからだ、 自分が歌いたいように、 自分流に歌えばいいじゃないか、 そうして、 「勝手にしやがれ」を自分流に、 精一杯の声で勝手に歌った、 みんな最初、唖然とした顔になった、 途中で凄いという表情になり、 歌い終えたら本物の拍手が起こった、 これだと思った、 引け目に思っていたから、 負の幻想は増殖していった、 さらけ出して開き直れば、 これは武器だと解った瞬間だった、 ひと頃、僕の歌は、 あちこちのカラオケで、 バイオレンス演歌とはやされた、 後年、 テレビのバラエティー番組に露出を始めたとき、 それは僕の特性の1つになった、 もう1度言う、 劣等感は負の幻想で、 それを払拭してしまえば、 ほかの人にはない特性に変貌する。 よい子に読み聞かせ劇場はこちら◆志茂田景樹のホームページ・ 本
2015.10.15
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今日の朝日朝刊に、IS,トヨタ車を多用か、という見出しの記事が載った。 トヨタ車が目立つ車列を組み黒い旗をなびかせシリア国内を走行中の写真つきだった。 記事を読むと米財務省がどうしてトヨタ車がISに渡るのかを調査するため、 トヨタに情報提供を求めた、とある。 ISに人気があるのはビックアップトラックや、スポーツ用多目的車。 米メディア筋によると、 「トヨタの車両は耐久性や、走行性能が高い」ため、 砂漠などの戦闘や、テロ活動に使われているという。 トヨタは「テロ活動に転用する恐れのある人物や、 団体には車両を販売しないことを明確に決めている」と言うが、 そんな人物や、団体がトヨタの販売店にのこのこ現れやしない。 意図的に転売を繰り返されたものがISに渡るのだろう。 無論、略奪品も多いに違いない。 フォルクスワーゲンは昨年度、トヨタを抜いて販売台数で世界の覇者になった。 その覇者が覇者らしからぬ浅知恵で排ガス不正の問題を起こし、 世界を仰天させ、フォルクスワーゲンの本丸は揺れに揺れている。 この激震から立ち直るには10年はかかるだろう。 販売台数を10年で500万台を1000万台にしたが、 信用を回復する道程はそれよりも難しいかもしれない。 そんな折りも折り、このニュースが世界に配信された。 作りもののCMと違って戦場で使われ、 戦闘員が実に優秀だと認めているのも同じである。 計り知れないほどのCM効果があるに違いない。 ネットでは「砂漠でも故障しないトヨタ車の凄さが証明された」 といった書き込みが拡散されている。 トヨタとしては痛し痒しだろう。 しかし、自動車業界は、 最大のライバルに塩を贈るようなヤワなところではない。 トヨタはゆうゆうフォルクスワーゲンを抜いて、 その天下は10年は続くのではないか。
2015.10.09
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母は1900年ちょうどの生まれだった。 1994年に94歳で他界した。 存命なら115歳になる。 父は母より1年早く1899年に生まれている。 81歳で1980年に亡くなった。 たまに死児の齢ではなく、 亡き両親の齢を数えることがある。 お読みいただいてお解りのように大変数えやすい。 父はガンで1年弱ほど闘病生活を送った後、 僕の直木賞受賞を喜んで、その2週間後に旅立った。 健康寿命という言い方がある。 どうも解釈しづらい言葉で嫌いな4字熟語である。 病気が発見されるまでを健康寿命というなら、 父の場合は80歳ということになる。 でも、父はそのしばらく前から痩せてきて、 トイレに入ると1時間は出てこなかった。 便通障害だと家族にはすぐ解る。 病院に行くようしつこく勧めたが、 父は頑なに断り続けた。 ようやく行く気になって1人で行った。 病院嫌い薬嫌いでとびきりの健康だっただけに、 自分の体に起こった異変に本当は慄いたのだろう。 10日ほど経って僕が呼ばれ検査の結果を知らされた。 直腸がんですでに肺と肝臓に転移しており、 余命3ヶ月と告げられた。 30数年前のことで当時は本人にはまず告知しなかった。 人工肛門をつけて経過は順調で、 好きな焼酎を飲み外へ外出もして、 かなりの小康を得て11ヶ月余生き延びた。 主治医が告げた余命だったら僕の直木賞受賞は知らずじまいだった。 というより、受賞作は父の余命を知って、 父に捧げる作品として書きだしたから、 父ががんにならなかったらその作品は生まれなかった。 ところで、主治医の見解によれば、 直腸がんの発病は判明した時点の2年ぐらい前だったろう、 ということである。 判明した時点から更に2年引いて78歳が父の健康寿命、 ということになる。 1980年発表の日本人男性の平均寿命が73・35歳だから、 父は当時としては長命のほうである。 父は歯が丈夫で母は嫌がったが、 50代の半ばまでビールの栓はガリッと歯で抜いた。 亡くなる頃には歯は汚く変色していたが、 欠けた歯は奥歯が1本だけだった。 歯磨きは朝1回だけだったのに。 なぜ父はもっと長生きできなかったのだろう。 そう今でも思うのは、 母が51歳で総入れ歯になったからである。 母はまめでよく動きよく外出し、 90歳を超えてからも近隣の茶飲み友達とよく行き来していた。 風邪はちょこちょこ引いていたが、 寝こむことは殆ど無かった。 子どものときから歯が悪いのが頭痛の種だった。 几帳面な性格だから歯磨きはちゃんとやっていたと思う。 94歳になった年の晩春に体調を崩し、 2ヶ月ほど寝たり起きたりの生活を続け、 僕ら家族に看取られてそれほど苦しまずに息を引き取った。 亡くなる数日前から外していた入れ歯を棺の隅に入れたとき、 歯が丈夫な人は長命だ、 というのは迷信に近いことだな、と僕は思った。 母が亡くなった年の日本人女性の平均寿命は82・98歳。 今だったら母は100歳も可能だったかもしれない。 食べ物を咀嚼する肝心要の歯の丈夫如何が、 長寿にあまり関係しないとすれば、 父と母の寿命の差は何からきているのだろう。 父は友達づきあいは殆どなかった。 伝書鳩のように帰ると晩酌して、 テレビで巨人戦を見てから寝るのがパターンだった。 酒のツマミになるものが好きで食べ物は偏っていたかもしれない。 それに酔うと愚痴っぽかった。 母には好き嫌いがなかった。 それに愚痴は一切言わなかった。 意思の強さは抜きん出ていた。 意思かなあ、長寿達成の根幹は意思の強さかなあ、と思う。 某誌で今の平均寿命算出には、 その時点では解るはずのない未来の寿命を予測する、 という大きな矛盾があることを知った。 例えば僕の生まれた年の日本人男性の平均寿命が50歳だったとする。 その年に生まれた日本人男性が全て死に絶えた時点で平均寿命を出したら、 50歳を遥かに超えているはずである。 平均寿命だとか、歯がまだ1本かけていないだとかにこだわらず、 生を楽しみ意思強く人生を紡げば結果として、 100歳という健康長寿を成就させることが可能なのではないか。 そんなふうに思うだけで健康長寿は延びそうな気がする。
2015.10.09
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今夏に竹富島、石垣島を訪れたが、 石垣島島内を車で移動し中心部に戻る途中、 ふと石垣港方面に目をやって驚嘆した。 下方は前方の建物群に隠れて定かでないが、 8階建て前後はあるだろう。 ただ横にやたら長いビルができていた。 これを縦にしたら、現在日本に建つ どんな超高層ビルもかなわないだろうと思われた。 よくよく見ると巨大な煙突がついていて、 中国の爆買い観光客を大挙乗せた大客船だと気づいた。 まさにガリバー船で、こんなのに1夜接岸されただけで、 石垣島にはぺんぺん草すら残っていなかろう、 と戦慄を覚える光景だった。 中国の株価がドカンと下がり、 中国経済悪化の実態が透けて見えてきた時期だったので、 違和感も覚える壮観な光景として印象に残った。 中国経済の深刻さは日中間の貿易額の推移を見ても歴然としている。 財務省の貿易統計によると、 日本から中国への9月の輸出額は前年同月比でマイナス4・6%、 6ヶ月ぶりにマイナスに転じた。 数量ベースではすでに7ヶ月連続でマイナスが続いている。 2014年の輸出額はプラス6・0%だったので、 2015年がマイナスに転じるとプラス6・0%分を合わせて 大きな落ち込みということになる。 中国経済の回復はそう簡単にはいかないだろう。 爆買いの観光客も激減してよさそうなものだが、 意外や激増している。 7月8月は前年同月比で共に倍増以上である。 これは何を物語っているのだろうか。 中国の国民が自国経済に当分の期間、見切りをつけて、 買い溜め意識を高ぶらせやけ買い的心理に陥っているのではないか、 と見ている。 中国政府が日本にカネを落とさないようストップをかけるか、 中国経済が復調の気配を見せるまで、 この偉大なるやけ買いは続くだろう。 そして、中国経済が復調すれば、 バブル期の浪費に懲りて学んだ中国国民の財布の紐は固くなる。 それまで偉大なるやけ買い観光客の日本詣では続く。 ハタと偉大なるやけ買いの日本詣でが途切れたとき、 パニックを起こすのは誰なのか。
2015.10.04
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