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■Celebrate Me Home / Kenny Loggins(1977)こんヴぁんわ。どうも仕事でバタバタしてるのとかで、楽天の日記更新は疎かに。その割にはまめにミクシィは更新してるが。こっちはレビューベースにしてるので、なかなか書く時間がないのもある(いいわけ)まあ、オープンな場所とクローズされた場所と使い分けてゆこう。こちらには書きにくいこともある。この間見たニュースで、日本IBMが営業部門の個人用デスクを廃止しだしたということがのっていた。(asahi.com、9月9日)自分専用の机はありません――。日本IBMは、営業部門の職場をそんな環境に転換し始めた。つい長居しがちな自分の「城」を廃止することで、顧客と社外で接する時間を増やしてもらうのが狙いだが、不必要な紙資料を減らす効果もあるという。 今年1月から試行し、9月から本格移行したのは箱崎事業所(東京都中央区)のメーカー担当の営業部門約900人が入る14階の1室。空間を区切る壁のない室内には4~6人掛けのテーブルが並ぶが、全部で300~400人分しかない。 ここで仕事をする場合は、どの机を使ってもよい。各テーブルに設置された電源とLANケーブルに、自分のノートパソコンを接続する。仕事を終えたら、広げた資料は必ず片づけ、保存する資料は各個人のロッカーに収納する。 試行期間の社員の反応は「顧客への訪問時間が約4割増」「社員間の会話が活発になった」などが多く、同社は05年末までに、箱崎事業所内にいる全営業担当者約5000人にこの仕組みを広げる。 「やはり、自分だけの空間があった方が……」という声もある。だが同社幹部は「仕事がないのに意味もなくパソコンに向かって座る時間が減るはずだ」と話している。 AS/400とかIBMの機器を仕事で使用している関係から、このことは聞いていたんだけど、自分ならちょと違和感あるなと。「落ち着かない」というようなことを、担当の方は言っていたが、まあ、そうだなあと。"自分(専用)の居場所がない"まあ、営業職で外に出てることが多いからといえば、それもそうだが。でも、自分の帰る場所が決まってないというのはどうも…帰る家に明かりがともっているのと、真っ暗な中に変えるのではやはり気持ち的に前者の方がいい。疲れ果てたときなど、その明かりに暖かさを感じることもある。我が家からこぼれる明かりを目指して家路をたどる、美しい景色じゃないか。そこは精神的、物理的に自分が落ち着ける場所だ。いかにも日本的な考えなのかもしれないが、出張から帰ってきて自分の机で誰かが仕事をしてたら、「どいてくれよ」と思ってしまう。自分の居場所があると安心する。いかに自分の仕事が会社の利益をかせぐメインであり、そこに存在の必要性を見出していても、身を置く場所がないとやはり安息はない。”グローバルスタンダード”というアメリカの基準が日本にも当てはめられるかといわれると否だと思う。日本人はウェットな生き物だし。生態として体を置く場所は必要だ。ドライな関係ばかりでは、高温多湿な国に生まれ、それを受け入れてきた人々には苦しいのではないだろうか。携帯メールが流行ったのは、そういうところも関係してると思う。近すぎず、遠すぎず。そういうしっとりとした関係が日本人には必要だ。この秋雨のように。今日は一日の最後にケニー・ロギンスを久しぶりに。アル・クーパーやニール・ヤング等この年代のものを最近よく聴く。これも自分の中のウェットな部分か。華やかさは少し足りないけど、いい音楽を聴かせてくれたケニー。今は家族を中心とした悠々自適な生活で、自分のやりたい音楽だけをやっている。華やかな表舞台に現れることはもうないだろうが、充足した生活だろう。比較的最近だが、「ティガームービー プーさんの贈りもの」という映画のエンディングの歌も暖かくてよかったな。ケニーの名をあげるとすぐにトップガンやフットルースを言われる方も多いが、70年代の作品こそケニーらしい。って、以前にケニーの作品のレビューを書いたときにも言ったか。ロギンス&メッシーナの頃のインプロビゼーションとは違ったスマートな魅力がこの頃の作品にはある。プロデューサー、ボブ・ジェイムスの影響か。深夜2時過ぎに一人聴く、「Celebrate Me Home」爽やかで、優しさに満ちたこの曲、これがケニーの魅力だな。もう帰って来ない、過去の”自分の日々”を思い出す。音楽には記憶と密接に結びつく作用があるが、この曲では特にそう思う。 1.Lady Luck 2.If You Be Wise 3.I Believe in Love 4.Set It Free 5.Why Do People Lie 6.Enter My Dream 7.I've Got the Melody (Deep in My Heart) 8.Celebrate Me Home 9.Daddy's Back10.You Don't Know Meさて、明日は日帰り出張か…
2004/09/26
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■Live In Paris Vol.1/ Bill Evans Trio(Feb.6.1972)こんヴぁんわ。エイベックスとソニーがCCCD運用の方針を変更との事。エイベックス・プレスリリース もう一丁ソニーミュージックも追従の方向音楽ファンを泥棒扱いするCCCDがなくなるのはいいことだと思う。だが、逆の見方をすると、『だから輸入盤ではなく国内盤を買いなさい』という流れがさらに加速することになるのか。なんら明確な形での動きはないが、徐々に外堀から埋められているような。iーTuneが国内に参入して暴れまわったら、この障壁はどう変化するだろうか。自分の力でできることからやっていこう。日本の知財推進計画とは”産業界の都合を知的弱者である国民に押し付けていこう”ということに他ならないのでは。馬鹿にするなと怒鳴ってやりたい。文化庁のパブコメ募集私も提出するつもりで、書いてます。感情的になりすぎずに、自分の言葉で書いてみてください。自分の意見を。さて、ここのところラストトリオの音源ばかり聴いていたが、ゴメス、モレルのトリオでも。このトリオは世間的な評価が一番低いトリオかも。最終的にモレルがカナダ人女性と結婚し、ツアーに出れなくなったことでこのトリオは終わりを告げる。もともとエヴァンスは自らが共演者に求めることというのがあまり無く、演奏について相談を受けても『それでいい』としか答えなかったそうで。JAZZはこだわりのある演奏者が多いが、彼はそうではなかったらしい。だから、結婚という機会が無ければこのトリオはまだ後まで続いていたかも。はっきりいうとモレルの評価は私の中では高くは無い。ゴメスも。ジョンソンと同質なエレクトリックな音だが、似て非なるもの。想像性豊かなジョンソンのベースと比べると、ゴメスは劣る。この音源、私が持っているのは日本のNORMAが出したもの。ノーマは"24bit”とうたっているが、これは怪しい。他にもNormaのCDを持っているが、CDDBに接続してディスク情報を取得したら、West Windという別レーベルの曲情報があがってきた。このアルバムも元のCDを単純にコピーしたものではないだろうか。このときエヴァンスは肝臓障害からくる手の腫れに悩まされていたらしい。この腫れは、その後もずっと亡くなるまで彼を悩ますことになる。先ずはフランス語でのメンバー紹介。エヴァンスのゆったりとしたイントロから始まる『Re: Person I Knew』どうもゴメスの電気的な音が合わないように感じる。エヴァンスはひたすら自己表現の世界に入っている。それを引き出すという意味では、ゴメスは最良か。『Turn Out The Stars』はいつものフレーズで。音の洪水のようなイントロから、最後の瞬間的なブレイクまで。ラストトリオの壮絶な演奏ばかりを聴いてきた数日の後に聴くには、丁度いいかも。悪く言うと手クセのオンパレードかも。イマジネーションが一番衰退していた頃の演奏だとも言える。『Gloria's Step』のようなアップテンポな演奏ではモレルの遅れが目立つように感じる。これも、ラバーバラの推進力と比較してだが。『Two Lonely People』は、もう少し緊張感が欲しい。もう少しそれがあれば、曲の終わり部分も感動的になったものを。綺麗なモルデントから始まる『Waltz For Debby』この装飾はいい。モレルも充分にドライブする。『What Are You Doing The Rest Of Your Life』残された人生に何をするか…70年代に何度も取り上げたナンバーだ。Bill Evans(p)Eddie Gomez(b)Marty Morrell(dr)1.Introduction2.Re: Person I Knew3.Turn Out The Stars4.Gloria's Step5.Two Lonely People6.Waltz For Debby7.What Are You Doing書いてる間にウチのHPの足跡をたどって他にも行ってみたが、『ホームページ500アクセスに挑戦しています』って???なんかワケわかんない人多いな…まあ、私の目に見えないところで頑張っていてください。
2004/09/18
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連日の神戸行きもおわり。来週の出張まで少し余裕ができた。今週末は休めるか。9月15日、毎年この日の前後には現存する最後のエヴァンスの演奏をリピートして聴く。バートヘンニンゲンでの彼の誕生日のものや、ロニースコッツでのものも。Consecration(VICJ-61001~8)The Last Waltz(VICJ-60656~63)Bill Evans(p)Marc Johnson(b)Joe LaBarbera(dr)Recorded at Keystone Korner ,San Francisco ,August31-September7 1980ここにいたる流れとしては5月下旬から6月上旬にかけてのヴィレッジヴァンガード、7月下旬から8月にかけてのロンドン、ロニースコッツの2週間公演の、ベルギー、ノルウェー、イタリア、スペイン、ドイツのヨーロッパツアーがある。今日は2枚からランダムに聴いてみた。muse cafeさんのおっしゃってた、最終日の34Skidooとか。この曲は難しい。ポリフォニックに変化していて、それがコントロール力の低下から来るものだと感じる部分もある。ラバーバラがエヴァンスの持つスピード感を引き出している。ラバーバラの音の当て方がいい。両極端を強調し、その間の鍵盤を激しく行き来する。テーマをリハーモナイズする手法は変わらない。この最後の音源は今までもう何度も聴いているが、いまだに新しい発見がある。そしてここから始まる、来るべき彼の姿を見たかったとも思う…今日という日の最後に『Danny Boy』を。ひとりぼっちのエヴァンス。盟友ラファロを失い、涙をこらえてひとりたたずむかのような演奏”充分を超える孤独な演奏”と評したのは誰だったか。その孤独の中にも彼の優しさが見える気がする。指先に集中して、想いの全てをそこから放つかのような…それは愛であり、悲しみであり、人間としての複雑な感情が入り混じっている。彼にはマイルスのような帝王としてのカリスマ性やパーカーのような人間的なエピソードはほとんどない。 だが、それは彼が人間的につまらないということの証ではない。 彼の個性は音楽の中にある。 明確な形で。 『 どんな感情の呟きでも鍵盤に移せる 』 - Bill Evans 彼を知りたいと思う。 だから彼の音を求め、これからも聴いてゆく。なりたい自分になれるように。彼が信ずる音楽に忠実であろうとしたように、自分もそうありたい。 1980年9月15日、ルイジアナ州バトン・ルージュにて永眠享年51歳精神論をぶつのは好きじゃないんだが、やはり彼の音に対しては冷静になれないなあ。
2004/09/15
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すっかりなくなったと思っていたんだけど、自動巡回してる人ってまだいるのかな。ご苦労様。カウンターの数ばかり気にしてても仕方がなかろうに…今週は土日とも出勤で神戸まで通いに。遅くなりそうなので泊まった方が楽なのだが。1日くらい、泊まるかな。先週末は久しぶりにLPを引っ張り出して、何枚か聴いてみた。さらにヤフオクで何枚も買っているので棚にはどんどんLPが。週末に聞いた音源エヴァンスのリーダー作でMPSサンプラー盤Portrait In JazzHomewoodThe Canadian Concert Of Bill Evansあとはトニースコットのリーダー作で、ラファロ、モチアンのものSung Herosなんかも。それと平行して、キーストンコーナーの音源を順番に。ディスコード、ミスタッチ…『駄作なし』といわれたエヴァンスらしくないかもしれないが、その彼が見せる”死への情熱”が心を捉えて離してくれない。オーデュエンスのためでなく、ひたすら自分のために弾くエヴァンス。その姿はあの輝かしいファーストトリオの頃から変わらない。1961年の6月のビレッジヴァンガードでもオーディエンスは必ずしも彼の音に集中してはいない。皿の音をガチャガチャいわせるウエイター。馬鹿笑いするオヤジ・・・そんな中でも自分たちの音に集中して、すばらしい演奏を繰り広げた3人。そのスタイルは支えあう2人が違えども変わらない。聴衆の存在は彼らの中ではあってないものだったのではないだろうか。晩年のグールトが好んだスタイルを、ライブハウスにいながらにして身につけていたのか。あの独特な、ピアノの中に消え入りそうなスタイルで自らの音を聴きながら。音楽は彼にとって、自己を成立させるための唯一の手段だったのだろうか。だからこそあそこまで壮絶だったのではないだろうか。それは破滅といえるのか融合といえるのか私には未だわからない。ただ、この感情的に無防備な音が好きだ。この音源についてはどうも冷静に聴けないなあ。
2004/09/07
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高校時代、いっしょにインターハイを目指して戦った戦友から、約10年ぶりの電話。会わなかった時間を感じさせずに昔のような会話がすぐに始まる。最後まで果たせなかった夢。あと少し、足りなかった力。ほんの2,3会話を交わすだけでお互いのすごして来た時間がわかる。年内の再会を約束して、電話を終わる。9月…心をやさしく包んでくれる毛布が欲しくなる季節までもうすぐ。毎年9月になるとエヴァンスの命日を思い出す。習っていたピアノの先生が悲しんでたことや、いろいろと…なんの役にも立たないセンチメンタリズムを。今夜は最後の記録、キーストンコーナーでの音源を。短くも一瞬のうちに昇華したラストトリオのドキュメント。壮絶なる彼の最後の記録。8枚組BOXSET2つから、1980年8月31日の演奏から順番に並び替えて聴く。死を覚悟し、医者の診察を拒否してものめりこんだ、ラストトリオとの演奏。生々しい情感にあふれたピアノ…楽器をコントロールする力は落ちているとも感じるが、その生々しさが心を捉えて離さない。各声部間のコントロールがすばらしい。ウォーキングしているかのようなパートもある。きれいなスケールでプレイして、瞬間的な判断でブレイクさせる。どこでブレイクさせても成立できるように考えて弾いているのだろうか。衝動的なアプローチから瞬間的にそこまでもっていけるものか…そこに絡むクリエイティブなベースに、ぐいぐいとドライブさせてゆくドラム。彼を崇拝する二人のプレイヤーが彼に与える力も聞き逃せない。マーク・ジョンソンにとってこのトリオから得たものは大きかっただろう。完全な手放しで評価するわけではなく、その複雑な展開性から演奏のクオリティはあがったけど、音楽の質的に言うと下がったものもある。徐々にイマジネーションはきらめきの度合いが薄れ、最終日にはもう何もなくなってしまう。途中、もがき苦しむようなそれでも演奏を止めなかった。その末にあるものは彼なりの敗北宣言であったのだろうか。燃え尽きて、テクニックもとうに失せ、精神力だけで最後の一滴まで搾り出そうとするかのような演奏。彼のピアノは私の心を豊かにしてくれる。そして、ほんの少し優しくなれるような気がする。
2004/09/02
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