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昨日は、電子出版の打ち合わせをした。「ライター、やぎ飼いになる」というタイトルで原稿を仕上げた。これをアップするのに、その方法を、Mさんという有能な女性にアドバイスしてもらっている。彼女は50冊の電子書籍をプロデュースしている。長女にも同席してもらって、作業を覚えてもらうことにした。原稿を書くのがぼくの仕事。そのあと、編集とアップを長女にやってもらうつもりだ。電子書籍は、だれでも出版ができるわけで、ブログみたいなものだと思われ、紙の本よりも格下に見られている。もちろん、そういう部分があるのは間違いないが、逆に、だれでも出せるハードルの低さこそ、電子書籍の良さなのではないか。そして、名もない人が書いた電子小説が、マンガ化、アニメ化されることはよくあることで、必ずしも作品のレベルが低いというわけではない。思わぬ才能が見いだされることだってあるのだ。つたない文章で書いた個人的な体験であっても、それを読んで救われる人もいる。売れるとか売れない、お金になるとかならないを超えて、意味のあるツールだと思う。「ヤギーず出版」というブランドを立ち上げる。出版したい人がだれでも出版できるということではなく、あくまでも小原田泰久目線の作品を基本とする。たとえば、今度の出版予定(以下タイトルは仮)は、「教えて裁判長 どうして原発はすぐに止めないといけないのですか?」ぼくが裁判長に質問するというスタイルだ。「シン・イルカみたいに生きてみよう~不登校で悩む親と子どもたちに」これは不登校だった長女と親であるぼくの体験をもとにまとめる。もっと気楽に生きようよという内容だ。選択肢はいっぱいあるよ。学校って絶対に行かないといけないの。長女は不登校で悩んでいたとき、イルカと泳いで癒されたという体験がある。「イルカみたいに生きてみよう」はシリーズ化できそうだ。「帯津良一からぼくが学んだ生き方」「真氣光からぼくが学んだ生き方」帯津先生や真氣光の中川会長に書いてもらうのではなく、あくまでもぼく目線の、帯津良一論であり真氣光論だ。「キッチンカービジネスの始め方」次女がやっているキッチンカー。お店を出すよりも気楽に始められる。しかし、軌道に乗せるのはとても難しい。次女の体験にプラスして、ぼくの見たキッチンカービジネスについてまとめる。といった感じで進めていきたい。いろいろ考えていると、ヤギーず出版が事業になるかどうかはわからないけれども、ぼくにとっては、とてもやりやすく、やっているうちに、何かが生まれてくる予感がする。うまくいくいかないは二の次で、心がときめくことをやっていこうと思う。
2024年04月29日
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鈴鹿の実家に帰っている。次女夫婦が1年ほど暮らしている。犬が4匹、ネコが1匹、ヤギが2頭、烏骨鶏が3羽。ずいぶんとにぎやかになった。すぐ横に竹藪があって、今年はタケノコがたくさん出ている。昨日はタケノコ掘り。そして、夜は知り合いが集まって、タケノコ料理で一杯やった。子どものころから、この時期はタケノコづくしだった。タケノコご飯、鶏肉との煮物。ほとんど毎日食べていたが、おいしくて不思議と飽きない。タケノコにはエネルギーがあふれている。一日一日ぐいぐい伸びる。あのものすごい成長力にはびっくりだ。春にたくさん食べることで、一年を乗り切るパワーが得られる。竹には、春のタケノコだけでなく、いろいろな使い道がある。竹パウダーは肥料になる。竹チップを庭に敷くと雑草を抑えることができる。竹炭は消臭や水質浄化など、快適な生活を演出する。竹酢液も入浴剤、虫よけなどに使える。とにかく、一年で山ほどできる竹。これを使わない手はない。邪魔者扱いの竹が、これからのヒーローになる。↓炭窯に火を入れたところ
2024年04月27日
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遅まきながら、U-NEXTでドラマ「不適切にもほどがある」を見た。面白かった。タイムトラベル、タイムスリップ、タイムトリップ、タイムリープ・・・。いろいろな言い方があって、違いはわからないが、とにかく、未来へ行ったり過去へ行ったりというドラマ。こういう類のドラマはあまり見ないようにしてきた。簡単に未来や過去に行ってしまうのは設定が安易すぎるし、いっぱいあるので手あかがついている気がするから。だから、「不適切~」にも興味がなかったのだが、ネットニュースで毎日のように、このドラマに関する話題が流れてくるし、娘も「面白いよ」というので、「ちょっと見てみようかな」という気になったわけだ。流れが軽快で、人間関係がわかりやすくて、笑えて泣けて、現代社会をチクリと皮肉っているのが良かった。昭和61年と令和6年行するする主人公は昭和10年生まれだから、ぼくよりも21歳年上。父親世代だ。戦争を体験し、食糧難を乗り越え、高度成長でうかれまくった。底辺から頂上までを知っている。近代日本人としてはもっともたくましい人たちかもしれない。彼が今をどう感じたのか。ちょっと適応力があり過ぎる気もするが、コンプライアンスという言葉がいつの間にか定着して、行動や発言がどんどん制約されてしまって、窮屈極まりないと感じるのは、ぼくも同じ。多様性を声高に叫ぶことで、多様性が阻害されてしまっている部分があるのではないか。昭和61年というと、ぼくは30歳だった。東京へ出て2年目。東京はあこがれだったし、文章を書く仕事にも慣れてきたし、楽しい毎日を過ごしていたんじゃないかな。ヨーロッパにふらりと出かけて行ったのもこのころだった。暇つぶしに習っていたドイツ語がどれくらい通用するかと、1ヶ月ほど、ドイツを中心に気ままに歩き回った。この先、どうやって生きて行こうかなどまったく考えてなかった。今日が良ければそれでいい。なんでフリーライターという不安定な仕事をしていながら、将来のことも考えず、平気でいられたのだろうか。多様性って言葉もなかったのではないか。大学を出たら、就職するのが当たり前。終身雇用なんてあって、会社を辞めることは完全に人生のドロップアウト。ぼくは、2つも会社を辞めが落ちこぼれ人間だったのに、不思議と堂々としていた。サラリーマンはとても窮屈で、ぼくには夢ももてなかったし、希望も感じられなかった。そこから逃れられただけで喜びだったのだと思う。籠から逃げ出した小鳥が、ウキウキしながら飛び回っているって感じだ。カラスにつつかれたり、トンビに食べられたりするなんて、考えもしないわけで、まったく能天気なものだった。そんなことを考えながらドラマを見ていた。昭和61年と今とどちらを選ぶかと言われたら・・・。あのころのぼくは、将来のことは考えてないと言っても、お金がほしい、有名になりたい、女にもてたい・・・目先のことにギラギラしていた。今のぼくは、成功したいとか、有名になりたいとか、そんなことは考えてない。だけど、これまで培ったものが、今にすごく生きているように感じているし、今やっていることが、社会的にもすごく意味があるのではと思えて仕方ない。だから、今の自分がすごくいいし、これから、「こんなことやろう」と思ったことを、どんどんやっていきたいと思っている。そういう意味で、30歳の自分よりもはるかにダイナミックに生きている。ぼくは「今」がいいな。ドラマを見ての感想として、多様性のこともっと書きたいと思ったけれども、うまく書けない。ゆっくり考えることにする。今は窮屈な世の中だけれども、ぼくは、上手に「いち抜けた」ができたのかもしれない。多様に生きている一人になれたのかもしれない。
2024年04月24日
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車で10分ほどのはやぶさ温泉日帰り入浴に行ってきた。昨日の昼間のこと。妻が買った回数券が3枚残っていたから。地味な温泉だが、「源泉かけ流し・美肌の湯」ということで、知る人ぞ知るところのようだ。1時間くらいゆっくり入った。休憩室ではご飯が食べられる。車の運転があるのでビールは飲めない。ジャージャー麺を頼んだ。冷やし中華のようなもので、ひき肉を豆味噌で炒めたたれが乗っているのが特徴かな。ピリッと辛みがある。ぼくはあまり食には興味がない。風呂上がりだから冷たいものがいいかなと思って注文しただけで、ジャージャー麺が好きだということではない。味はそこそこだったと思う。帰り際、代金を支払っていたら、厨房の方から丸い顔のおばさんが出てきた。「すいませんね」と謝るではないか。「え、え」何を誤っているのか意味がわからない。「キュウリがなかったので」そうか、冷やし中華にもキュウリは入っているし、ジャージャー麺もキュウリがつきものなのかもしれない。「大丈夫ですよ。まだ、キュウリの季節じゃないですからね。自家製のキュウリを使っているんですね」そんなふうに返したらえらく喜ばれた。「そうなんですよ。自家製の野菜を使っているんです」ひとしきり、野菜作りの話になった。道路を挟んだ向こう側に畑があって、できるだけ、野菜は自分たちで作ったのを出しているのだそうだ。ぼくはこういう話は好きで、けっこういい質問ができたりして、生産者の人には喜ばれる。丸顔のおばさん、厨房に戻ろうとしない。腰を据えて野菜談義をする気まんまんだ。盛り上がっても良かったのだけれども、ぼくにはヤギたちの世話があって、そろそろ帰らないといけないわけだ。ここで野菜の話をして、「ぼくはスモモと桃を作っているんです。スモモができたらもってきますよ」とか、「ヤギを飼っていて、あいつら野菜が好きで、捨てる野菜があったらください」なんて話をしたら、きっと仲良くなれたと思う。ぼくは人見知りで、あまり知らない人と話すのは得意ではないが、こんなひょんなことから、友だちができることがよくある。その人が面白かったり、ユニークな知り合い、たとえば自然栽培をやっている人、ヤギを飼っている人を紹介してくれたりと、ちょっとしたきっかけが、いい人とのつながりを作ることもある。もったいないことをした。あと回数券は2枚あるので、近いうちに行って、ジャージャー麺を頼んで、キュウリが入っていなかったら、「まだキュウリとれないんですね」と声をかければいい。キュウリが入っていたら、「キュウリとれたんですね」と話しかけよう。ジャージャー麺とキュウリがつないでくれた縁は、果たして広がるのか。楽しみにしておこう。
2024年04月23日
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大豆に豚の遺伝子を組み込んで代替肉を作る技術がアメリカでは承認されたそうだ。そんなネットニュースが流れてきた。すごいなと思う。AIもそうだし、遺伝子の技術も、とてもついていけない。ぼくが疑問に思うのは、これが本当に人間の幸せにつながっていくのかということ。最近の科学技術からは、温かみが感じられない。ぼくたちが何かを食べないと生きていけないのは、生命を維持するためであると同時に、命の循環を知ることができるからだ。他の命を自分に移し替えて生きる。そこには、命を捧げてくれる相手に対する感謝の気持ちもないといけない。自分の命もまた、だれかのために存在しているということを学んでいく。すべての命はつながっている。そのことを少しでも実感するために、ぼくたちは生きているのではないか。そのベースを崩してはいけない。今の科学技術の発展は、人間の都合ばかりを優先しているようにしか感じられない。それも一部の人たちの利益のために、世の中は動かされている気もする。自分のことだけを考え、今をごまかして生きる。そんな社会になってしまうのではないか。それを良しとする人はいっぱいいる。ぼくの中にも利己的な思いはたくさんある。ただ、大きな流れに流されながらも、これじゃいけないという反骨の気持ちをもち続ける。ちっちゃな抵抗しかできないし、一人や二人が何を言っても、社会は変わらないかもしれない。それでも、自分にできることをやる。そう思っている。ぼくは、遺伝子をいじることにはどうしても抵抗があるな。品種改良も遺伝子をいじることだと言われればそうなんだけれども、今の遺伝子操作は、あまりにも人間本位で暴力的な感じがする。
2024年04月22日
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桃畑の横にしゃれた家がある。持ち主は東京の人。2週間に1度くらいは来ているみたいだ。畑へ行ったら、ご主人が庭の草取りをしていた。「お久しぶりです」声をかけた。何度か話をしていて、お互い顔も知っているし、ぼくがヤギを飼っていることも、彼は知っている。もともと、奥さんがヤギ好きだということから話が盛り上がった。彼は四国の高校から東京の大学へ入り、そのまま東京で就職して、たぶん50代半ばだと思う。奥さんが山梨県の出身ということで、退職後の住処として、ここに家を買ったのだろう。「早くこっちへ来たいですよ」彼は言う。あと5~6年、会社を勤め上げ、こちらでのんびりと暮らすのが彼の人生設計か。夫婦ともに畑仕事が大好きなようだ。東京でも市民農園を借りて野菜を作っていると言う。彼の話を聞きながら思った。ひょっとしたら、田舎というのは、中高年の居場所になるのではないか。これから高齢者が増えて、都会での暮らしはもういいやという人も多くなるだろう。そうした人たちが、ゆっくり暮らす場所として田舎を提供する。野菜や果樹を栽培したりするのは楽しいものだ。健康にもいいだろう。ポツンポツンと家があるようなところなら、人間関係もそんなに煩わしくない。車の運転ができなくなっても生活が困らないような仕組みを作れば、成長産業になるだろう。都会は若者に明け渡そう。思う存分、ギンギンギラギラ生きればいい。年寄りは田舎でスローライフを楽しむ。そんなすみ分けがあってもいいかもしれない。
2024年04月21日
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ものごとがうまく進むポイントは、エネルギーを高めと方向性をしっかりと定めること。日々、こつこつとエネルギーを蓄えるのがまずひとつ。エネルギーにはプラスとマイナスがある。マイナスのエネルギーを集めてしまうと、迷走してしまう。プラスのエネルギーは、だれに対しても誠意をもって接すること。自分の損得で動くのではなく、少しでも人の役に立つような行動をすることで増えていく。感謝の気持ちをもてばもつほどプラスのエネルギーは集まってくる。小さなことに感謝し、喜ぶことだ。マイナスのエネルギーを集める行為としてよくありがちなのが、ウソと言い訳、ごまかし。小さなウソ、ちょっとした言い訳は、だれでもあるけれども、小さなことでも積み重なると、マイナスに足を引っ張られて、トラブルに巻き込まれたりする。ぼくも聖人君子ではないので、まわりにずいぶんと迷惑をかけてきた。偉そうなことは言えないが、できるだけ正直に生きようと心がけている。だますよりもだまされる方を選ぶ。今の世の中、多くの政治家はマイナスのエネルギーを原動力にしているような気がする。世の中が良くなるはずがない。次は方向性。何をやろうとしているかが重要。いくらエネルギーを高めても、たとえば、お金さえ儲かればいいという方向に進んでしまえば、一時的にはいいことがあっても、結果的に、崖から落ちてしまうことになる。社会のためになっていることか。人が喜ぶことか。自分が楽しくて、成長できることか。経済がきちんと回ることも大切なことだ。そんなことが方向性の基準になるのではないか。先を読むことに敏感な人が言うのは、5月から急速に世の中が変化していくということ。エネルギーの量と方向性によって、人が二分されていく。これまでの価値観(今だけ、金だけ、自分だけ)を引きずっていると、どんどん落ちこぼれていく。20世紀というのは、甘いお菓子を目の前にぶら下げられて、ひたすら物欲を満たすために突っ走る時代だった。物欲というのは、何にも増して強力な力をもっている。油断すると、すぐにやられてしまう。がんじがらめになってしまう。自分は大丈夫と思っている人ほど危ない。そのごう慢さがマイナスのエネルギーと共鳴してしまうから。これまでは、ある程度口先だけでごまかせたが、これからはそうはいかなくなるというのが、多くの能力者の見立てだ。ぼくもそう思う。慎重に考え、これと決めたら大胆に動く。心して生きていきたいと思う。
2024年04月20日
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愛媛、高知で大きな地震があった。インドネシアでは火山の大規模噴火。さらに、ドバイでは大雨だったというニュースも流れてきた。被災した方には心からお見舞い申し上げます。これだけ天変地異が連続して起こると、怖くなってくる。しかし、怖がっていても仕方がないわけで、日々、淡々粛々と生きるしかない。気になるのは、能登も四国も、大きな地震が原発(志賀原発と伊方原発)のそばで起こっているということ。地球が生き物で、意志があるとしたら、意図的に、「本気で考えろよ」という危険信号を送っているというではないか。たぶん、原発が作られたときには、大きな地震がこんなにも頻発することはなかった。原発を地震が襲うことはないだろうと楽観視していたのではないか。福島の津波だって想定外だったわけだから。ぼくも阪神大震災まで、地震というものに実感がなかった。その後も、どんなに大きな地震がきても、原発はそれに耐えられるように作られていると信じていた。それが、実際には原発はとても地震に弱くて、一般の民家よりも耐震性がないというではないか。さらに、構造的にも配管がたくさんあって、それが破損したら重大な事故にもなりかねない。この間の能登も、今回の四国も、紙一重で救われている。福島と同じことが起こったら、日本は壊滅だ。そんなギャンブルを、どうして続けようとするのだろうか。地球が警告を与えてくれているうちに、方向を転換しないといけないのでは。今自分たちが置かれている状況を、しっかりと真剣に考えないと。
2024年04月18日
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「願いは叶う」自信満々に言う人がいる。実際、自分で願いが叶う体験をしたからこそ言えることだろう。昨日思った。なぜ願いが叶ったのか?それは、叶う願いだったからだ。ぼくも、ひとつ願いが叶った。別に強く願ったわけではない。何となく思っていたことが、思わぬ流れで思った以上の形で叶った。見たい映画があった。Facebookで、ぼくの知り合いが「すばらしい映画だった」と紹介していた。心が動いた。大地を癒し場の環境を整える環境再生医と呼ばれる方の活動を記録したもので、「杜人(もりびと)」という映画だ。ただ、劇場での上映が終わって、自主上映で広がっている映画なので、なかなか見ることができない。仕方ないなとあきらめて、忘れてしまったころに、またFacebookで投稿を見たりして、気にかけるということの繰り返しだった。昨日のこと。妻と一緒に、いつも通っている甲府の七沢歯科へ出かけた。院長の七沢久子先生とは親しくさせてもらっている。彼女は、不思議な歯医者さんで、彼女が直観で「ここだ」と思った部分をほんのわずか削ると、たちまち痛みが消えたり、かみ合わせが良くなったりするのだ。2時半からの予約だった。15分くらい前に到着した。いつもはだれもいないのだが、診察室から久子先生が顔を出した。「あら、いいところへいらしたわね」来客があって、その人を紹介してくれた。何と、彼が「杜人」の主人公の矢野智徳さんだったのだ。最初はわからなかった。名刺をもらって、スマホで検索したら、この人が「杜人」だとわかりびっくり。「矢野先生はもっと早くにお越しになるはずだったけれども、仕事が長引いて、この時間になったの。小原田さんと会うために遅れたみたいね」久子先生は笑っていたが、本当にそうかもしれない。会うべくして会った気がする。素朴でやさしそうで、それでいて意思は強い。そんな感じだ。ぼくの大好きなタイプだ。映画を見るという願いは叶ってないが、本人に会えてしまった。願いというのは願ったとおりに叶うわけではなく、もっとすごいことが起こってくる可能性がある。ただ、願ったから会えたわけではなく、会うべき人だから会えた。そう思う。「この映画を見たいな」という願いは、ぼくと矢野さんの関係性にエネルギーを注入してくれた。もともと叶う願いだったわけだ。たぶん、矢野さんとお会いしてなくても、近いうちに、またFacebookで「杜人」のことを読んで、それも割合近くで上映されることがわかって、映画を見ただろうと思う。それだったら、「いい映画だった」で終わっていただろう。しかし、実際にお会いして、お互いに気の合う部分を感じて、近いうちに再会して、一緒に楽しいことができる可能性も出てきたわけだ。「三重県もよく行くんですよ」そんな話もあったくらいだ。ぼくの実家へ寄ってもらって、場の環境を整えてもらうこともできるじゃないか。彼の本拠地は上野原市で、ぼくの住んでいる甲州市からそんなに遠くない。こういうのを、用意された関係と言う。ぼくはそう思う。小さな願いをいっぱいもつといい。でも、叶うとか叶わないとか、あまり気にしない。必要な願いは、必ず叶うし、願った何百倍もの結果がもたらされることもある。さらりと願うことだ。強く念じすぎると、やっかいなものを引っ張り込むことがあるので、注意が必要だと、ぼくは思っている。
2024年04月17日
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昨日、おばが亡くなった。90歳を過ぎた大往生だった。昨年、転んで大腿骨を骨折し入院した。車いすでの移動になったので、施設に入った。何度かお見舞いに行った。元気でよくしゃべっていたので、不自由な生活だけれども、まわりとお話をして楽しく暮らしているようだと安心した。ところが、先月末に2ヶ月ぶりに顔を見に行った。げっそりやせて、寝たきりの状態だった。そして昨日の訃報。ぼくのことをいろいろ気にかけてくれた。心配してくれた。感謝の気持ちでいっぱいだ。うちの父親は8人兄弟だった。長男が戦死、次男が生後すぐに亡くなり、長女が20代のころ、娘を出産してすぐに結核で亡くなった。次女は90歳くらいまで長生きした。三男は小さいころ親戚に養子に行き、70歳くらいで亡くなった。四男が父親で88歳まで元気だった。三女が昨日亡くなったおばさん。五男が小学校のころに高圧線に上って感電して亡くなった。8人中4人は平均寿命かそれ以上は生きていた。残りの4人は若くして亡くなった。あの時代は、それが普通だったかもしれない。おばさんが最後までがんばってくれた。「お前たちはよくやっていると、私がみんなに伝えるから。それが私の役割やからな」そんな話をして笑っていたこともあった。あの世へ行けば、親や兄弟と会えるのだろうか?会えたら、みなさんによろしく言っておいてください。本当にありがとうございました。
2024年04月16日
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長女にすすめられてアニメ「進撃の巨人」を見ている。人類は高さ50メートルの壁の中で暮らしていた。天敵の巨人から身を守るためだ。巨人は、小さくて4メートル、15メートルくらいのがたくさんいて、中には60メートルというやつもいる。人間をむしゃむしゃ食べてしまって、一度は、人類も絶滅しそうになった。人類は、防御のために高い壁を築いて、その中で平和を保っていた。100年ほど平和な時代が続いたが、ついに再度巨人が襲ってくる。身長60メートルの大巨人が壁を壊して、巨人たちがどんどん人間の世界に侵入し、たくさんの人類が食べられてしまう。そんな凶暴な巨人に勇敢な若者たちが立ち向かうという物語。すごい設定だ。津波対策で海沿いに高い壁が作られている、今の日本を連想してしまう。とにかく、人間が食べられるというのが強烈だ。ちょうど、このアニメを見る前、ぼくは、ミミズをとってきて、チャボにあげていた。ミミズを投げ入れると、チャボは一瞬のうちに、くちばしでつかまえて飲み込んでしまう。そのときに、「食べられるってどういう気持ちなんだろう?」と思いながらながめていた。捕食しようとする生き物が近づいてくる。恐怖で腰が立たなくなる。大きな口が近づく。ガブリ。体が引き裂かれる。想像するだけでも恐ろしいではないか。巨人というのは非現実的だが、大自然と人間との関係と考えるとわかる気がする。災害や疫病でたくさんの人が亡くなった。たくさんの人間が巨人に食べられているようなものだ。「巨人が憎い!」人間は自然を支配しようと自然に立ち向かう。しかし、自然は容赦ない。何十年かの平穏な時期があったかと思うと、いきなり暴れ出す。闘うしかないのか?このあとの展開が楽しみだ。
2024年04月14日
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ぼくは、28歳のときにフリーライターになって、この5月でまるまる40年になる。それまで、愛知県の小さな会社で、鉄の塊を販売していた。毎日、1トン車を運転して、大手自動車会社関連の会社を回っていたのだ。「世の中ってこういう仕組みなんだ」大学を出てからの2年間、大企業に勤めていたときにはわからなかった、社会の現実を身をもって知ることになった。3年間で人生観は大きく変わった。ひょんな縁で東京へ出た。ほとんど文章を書いたことなどなかったのに、フリーライターになった。文章を書いて生きていくというのはあこがれだった。だから、うれしかったけれども、やったこともない仕事だし、文章の才もあるかどうかわからない。何度も何度も書き直しさせられて、さんざん悩んだ。「東京なんか来なければ良かった。ぼくに文章は書けないよ」弱音ばかりを吐いていた。しかし、続けているうちに、文章も徐々に書けるようになり、人脈も広がって、仕事の依頼も増えてきた。フリーというのは、ぼくには向いている形態だった。やった分だけ収入になる。仕事をしなければく食いっぱぐれてしまう。100パーセント歩合の仕事だ。とは言うものの、緊張感をもって日々を生きていたわけではなかった。仕事は切れずにあった。4ヵ月も中国に旅をしたあとも、気功の先生との出会いから、思わぬ方向に人生が転換したのだ。そういう体験を通して、独特の嗅覚が育ってきた。「今はこれをやればいい」ひらめきがやってくる。たぶん、決まった給料がきちんともらえる仕事をしてきた人には、わからない感覚かもしれない。イルカもそう、代替療法(西洋医学以外の治療法)によるがん治療もそう、自然栽培もそう、ソーラーシェアリングもそう、竹炭もそう、電子書籍もそう。山梨へ来てから3年強。のんびりした空気の中で、ぼんやり生きてきたが、「動け!」という指令がきているのを感じている。またまた面白く、いろいろなことが動きそうだ。
2024年04月13日
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「ヤギーず出版」を立ち上げることにした。OfficeOharadaの出版部門。電子書籍を作る。基本的には自分の著書を出す出版社。ぼくは人とのコミュニケーションがあまり上手ではない。編集者と意見を交わしながら作る方がいい本ができるのはわかる。でも、苦手だ。一人であれこれ考えを巡らせながら文章を綴っていくスタイルが心地いい。いい本ができるに越したことはないが、売れる本とか、できのいい本ではなくても、自分が「これでいいや」と思えるもので十分なのだ。ただ、一人だけ忌憚のない意見を言い合える編集者はいるから、彼も定年間近なので、あと数年のうちに、彼と一緒に一冊は作ってみたいと思っている。そういうタイプだから、電子出版はありがたい。自分でいいと思ったらそれでいいのだ。第一作は、ぼくの山梨移住体験、ヤギとの暮らしをまとめた、『ライター、ヤギ飼いになる~田舎生活で元気もりもり六八歳』(仮)。東京から山梨へ移住した経緯と、山梨での3年間の生活の一部をまとめた。やっとのこと、原稿を仕上げて、電子出版のノウハウを教えてくれる方に送った。5月か6月には発売できると思う。この原稿をもとに、レクチャーを受けて、自分でも作れるようにする。頭の中には、いろいろな企画がある。どんどん出していこうと思う。もっともやぎ飼いの話は半年もかかっているので、簡単に「どんどん」というわけにはいかないだろうが、できるだけスピードアップしていかないと。10年間、原稿を書き続けるとして、年5冊だと50冊か。貝原益軒は、70歳から著述業に専念するようになって、84歳で亡くなるまでに200冊以上の本を書いたそうだ。その中に、有名な「養生訓」もある。そんな大層な人を目標にするつもりはないし、歴史に残るような名著は望めないけれども、とにかく、電子出版というありがたい手段があるのだから、できる限り、自分の思いを書き続けたいと思っている。題材はいっぱいあるのだから、上手に料理しないと。
2024年04月12日
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あちこちで地震が発生しているけれども、「自分の住んでいるところは大丈夫だろう」と何の根拠もないのに思っている人は多いだろう。ぼくもその一人だが、人間とは何とも能天気な生き物だと思う。しかし、そこがいいところでもある。近いうちに南海トラフ大地震がくるのだから、努力なんかしても仕方ない。目先の楽しさを追いかけて、面白おかしく生きればいいさ。そんなふうに思ってしまったら、生きている価値はなくなる。いつか死ぬことはだれもがわかっている。それでも、希望をもって生きられるのが人間の良さ。明日、巨大な隕石が地球に激突して、地球上の生命体がほとんど絶滅するということになっても、今日を一所懸命に生きられるたくましさが人間にはある。能天気さとは違うかもしれないが、能天気な部分も作用しているのではないか。今、自分の住んでいるところで大地震が起こるかもしれない。しかし、それはどうしようもないことだ。防災準備は必要だろうが、恐怖におののいているばかりではなく、不測の事態が起これば、そのときに対応を考えれば良くて、今は、やるべきことをやるしかない。一瞬先のことは、だれにもわからない。それを踏まえて今を生きる。難しいことだが、「難しいですね」で終わらせずに、その境地に一歩でも近づく。激動の時代からこそ、とても大切なことだと思う。
2024年04月10日
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だれしも不安を感じることがあるはずだ。プラス思考の考え方では、不安や心配はいけないとされている。しかし、本当にそうだろうか?ぼくが思うに、本当のプラス思考は、不安や心配をなくすのではなく、不安や心配にも意味があると考えることじゃないか。車にはアクセルとブレーキがあるわけだが、アクセルを踏んで、どんどんスピードを上げるばかりがいいわけではない。目的地に早く着きたいのはよくわかるが、早さだけではなく、安全性もとても大切だ。そのためにブレーキがある。不安や心配は、ブレーキの役割を果たしている。不安を感じたときには、少しスピードを落とそうと考える。いくらいい流れに乗っていても、まわりを見回す余裕をもつ。あまりにも不安が強いときには、サービスエリアに入って休憩する。人体というのは、自分を守るシステムがしっかりと装備されている。安全に安心して生きられるように作られているのだ。不安や心配を、「そんなのじゃだめだ」と振り切って、どんどん突っ走ろうとすると、必ず問題が起こってくる。動けなくさせられてしまう。病気だったり、事故だったり。自分の心が発する信号を大切にすることだ。単純に、「ポジティブが良くて、ネガティブが悪い」と考えるのではなく、ポジの意味、ネガの意味をくみ取りながら、そのときそのときに、いい判断をしたいものだ。心が不安定なときには、あまり急がないこと。しばらく休めば、一気にアクセルを踏み込む時期がくる。
2024年04月09日
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今年の春は遅かった。今ごろになって、桜や桃の花が咲いている。いつもなら桃、桜の順番なのに、今年は桜の方が早く咲いた。占い師である妻の見立てによると、5月いっぱいは世の中がなかなか落ち着かないそうだ。しかし、遅い遅いと言いながら、きちんと花が咲いて、きっと夏には実がつくように、自然は流れてくれている。どんなものにも時期がある。事業もそう。事業というにはおこがましいが、ぼくと妻と2人だけの会社、オフィスオハラダも、長女や次女夫婦も加わって、少しは会社らしい活動をしようと動いている。社会に少しでも貢献し、かかわる人が精神性を高められ、経済的にも成り立たせるということ。今、いい動きをしているのが、次女のキッチンカー。次女夫婦が鈴鹿へ引っ越してからもうすぐ一年。出店場所がどんどん増えている。大変だけど、喜ばれて、お金になって、いろんな人とつながれて、自分も成長していく。いい流れだ。次に動かせたいのが竹事業。次女の夫が竹炭作り、がんばってくれている。まずは、本格的な窯を借りることができたこと。アドバイスをくれる人もいる。何よりも、材料である竹はいくらでもある。竹はやっかい者。それが商品に変わるのだからすごいことだ。藪がきれいになってみんなが喜ぶ。こんなすてきな事業はないと思う。そして、ぼくは電子出版の事業をやる。世の中の役に立つ活動をしている人をたくさん知っている。そういう人を表に出していく。ぼく自身の活動も発信していく。まだ、準備段階だが、今年の後半から本格始動だ。長女や妻も、自分たちのペースで動いている。みんなの活動の歯車がぴたっと合えば、思わぬことがたくさん起こってくるはずだ。大きなことは考えてない。結果的に大きくなるのは大歓迎だ。とにかく、おもしろおかしく、楽しく、ワクワクしながら生きたいよね。自由に使えるお金が増えるのも、喜びのひとつだ。いい感じでつぼみが膨らみ始めている気がする。
2024年04月08日
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たとえば甲子園球場。ただの建物でしかない。ところが、高校野球が始まれば、そこで球児たちが厳しい試合に臨み、観客が、彼らのプレーに熱狂する。甲子園が生き物になる。コンサートホールも、無機的な建物が、アーティストが演奏し歌い、聴衆が盛り上がることで、命が吹き込まれる。 家も人が住まなくなると早く老朽化する。人が生活することで、家が活性化する。 パソコンもスマホもただの箱だが、アプリが入ると、そこに生命が宿る。 人間も、体だけを見れば、肉や骨の集まり。生命体となるには、何かプラスアルファが必要になる。 それが「魂」と呼ばれるものだが、魂にもいろいろあって、いくら甲子園球場だって、つまらない試合をわずかな観客が見ているだけでは躍動しない。 人間の体は、考えられないくらい精密に精巧に高度に作られている。ダイナミックな魂があってこそ、十分に生かすことができるのだ。どうしたら、自分の体を熱狂の甲子園にできるか。あくなき好奇心だったり、これをやりたいという意欲だったり、チャレンジ精神だったり、感謝の気持ちだったり、感動だったり、好きな人と一緒に何かを成し遂げる喜び、なのではないか。体を揺さぶるエネルギー。細胞の一つひとつが大歓声を発する。そんなシーンをたくさん作り出すことだ。暇つぶしの日々なんてまっぴらだ。
2024年04月05日
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昨日の朝は、沖縄に津波警報というのでびっくりした。台湾で大きな地震があったらしい。地球が大きく動いている。そもそも、地球は一日に一回自転し、一年で太陽のまわりを一周する。とんでもない速さで動いているわけだ。なのに、ぼくたちは静止空間の中で生きているような錯覚をしている。あり得ない現実の中にいるのに、当たり前だと思って暮らしているぼくたちの鈍感さ。宇宙に、地球に守られて生きているという謙虚さをもてば、静かな地球をぼくたちは享受できるはずだ。日本沈没という小説が話題になったのは、1973年だそうだ。すぐに映画になり、テレビドラマ化された。田所博士というと小林桂樹さんが思い浮かぶから、ぼくはテレビで見たのだと思う。テレビで放送された映画版も見たかもしれない。あのころは空想の世界だった。1994年に中川雅仁先生、帯津良一先生とホピ族の長老にお会いした。『ホピの予言』という映画を作った宮田さんが案内してくださった。長老は、「そのうち日本は沈むからこちらへ移ってきなさい。ここで潮のにおいがするから、アメリカ西海岸も沈むかもしれない」とスイカを食べながら話してくれた。ぼくは冗談半分に聞いていた。ただ、当時、中川先生も「日本は沈むかもしれない」と話していたので、あのときの長老の表情や声が、強烈に頭にインプットされたのを覚えている。そして1995年。阪神淡路大震災が起こった。ぼくは、鈴鹿の実家にいた。ものすごい揺れに飛び起きた。古い離れに寝ていたので、慌てて飛び出した。そう言えば、前の夜はきれいな満月だったはずだ。テレビでの光景は衝撃的だった。神戸の街が燃えていた。ビルが破壊され、高速道路が落ち、たくさんの人が亡くなった。「こんなことがあるんだ」日本沈没が現実化し始めた。しかし、また忘れていく。そして、2011年があった。その後、衝撃を忘れる間もなく、大きな地震が各地で起こっている。2024年の元旦は能登で。3ヵ月後の昨日は台湾。もうだれにとっても他人事ではなくなってきた。そして、日本沈没では触れられていない原発の事故。大地震がくれば、沈没しなくても日本に住めなくなることも十分に考えられる。すごい局面にぼくたちは立たされてる。さてどうすればいい?自分の頭で考えて、自分で判断するしかない。ぼくは、明日がくることを信じて、いや、明日人類が滅びるとしても、今日できること、できたらまわりの人、さらには地球が、少しでも喜んでくれることを一所懸命にやりたいな。頭でっかち、口先だけの人生から脱却して、行動する高齢者になる!
2024年04月04日
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28日から4泊5日で鈴鹿へ帰っていた。次女のやっているキッチンカーが少しずつ動き始めている。定期的に出している場所もあれば、年に一度のイベントに呼ばれることもある。30日31日は、四日市のシックイや土を使った、日本の伝統的な建築に取り組んでいる蒼築舎という会社がマルシェを開くということで、お呼びがかかった。小さなマルシェだったが、そこに氣恵のキッチンカーと、氣子のくじ引きのお店(ヤギーず商店)が出店することになった。ヤギも連れてきてほしいということで、ぼくもお手伝いに行くことになったのだ。会場の裏を流れる海蔵川(かいぞうがわ)の両岸にはたくさんの桜の木があって、ちょうど桜祭りの日と重なって、人がたくさん来るとのことで、大いに期待した。ところが、桜の開花が遅れていて、まだちらほらしか咲いてなくて、花見にはほど遠い状態。対岸には出店が出ていて、そこには人はいるが、マルシェまでは足を伸ばしてくれそうもない。だいたい、ここでマルシェをやっているなんて気づかない。期待できるのは、まわりの住宅の人たちか、蒼築舎の知り合いくらいだろう。初日はそこそこの人手だった。慌ただしいこともなく、それなりの売り上げもあった。子どもたちもたくさんいて、ヤギたちを見て喜んでくれた。お越しになった方たちとの交流もできたし、アットホームな感じで、ぼくはこれくらいの会が好きだ。2日目は、集まりが悪かった。午前中、売り上げも伸びない。その分、朝から来ていた子どもたちとワイワイ遊んだが、このまま終わるのではちょっと寂しい。午後になってスタッフが、「桜祭りの会場にチラシを配りに行こう」と言い出した。グッドアイデアだ。「それならヤギを連れて行こう」ぼくの提案。注目度が違うはずだ。これが当たった。桜祭りに飽きていた人たちが、何組も流れて来てくれた。子どもたちもたくさんいた。氣恵のキッチンカーも、氣子のくじ引きも、土曜日以上の売り上げがあった。ずっと外にいるのは疲れたけれども、天気も良かったし、楽しい2日間だった。こんな感じで仕事ができるのはいいな。仕事は、大変でつらいものだという思い込みが多い。ぼくたちのようなことをやっていると、「そんな甘いことで」と非難されそうだが、仕事が楽しくできたら、人生はハッピーになるはずだ。
2024年04月03日
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