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表紙の写真は 植田正治
の 昭和 24
年( 1949
年)
の写真 「へのへのもへ」
です。ぼくの勝手な感想ですが、 植田正治
は 「超現実的」
、所謂、シュールな印象の写真を撮る人だと記憶に残っていて、この写真も、そういうイメージで覚えていたのですが、こうして、今、見返してみると、異様に現実的な印象に駆られます。
何をもって現実的だと感じているのか、われながら判然とはしないのですが、この少年は確かに、 「あの頃」
いた少年の一人だという確信のようなものを呼び起こしてくるのです。
もちろん、 昭和二十年代
の最後に生まれたぼくは、この少年自身ではありません。しかし、この写真に流れる 「空気」
は知っていると思いました。
もう一枚、この写真集にこんな写真がありました。
長野重一
という人の 《児童公園のこども 東京 市ヶ谷(曙橋下)》
という写真です。
「へのへのもへ」
の仮面が、 「ウルトラマン」
に変わるのに要した時間が 17
年だという事実には興味を惹かれますが、この少年は、明らかに 浦沢直樹
の傑作マンガ 「二十世紀少年」
のモデルだと思いました。
ウルトラマン
のお面をつけた彼は、ぼくより少し年下だと思います。
話しは変わりますが、神戸から明石あたりの町を、もう、二年以上も徘徊しながら、街の通りに小学生ぐらいの子供がいないことに、最近、ようやく気づきました。
バギーにのったり、おかーさんの自転車に乗せらたり、手をひかれたりして行きすぎる、もう少し小さな子供には時々会うことができます。
今日も、 垂水の商店街
を歩いていて、女性の話しかける声でふりむくと、おかーさんが荷台、いや、子供用に設置された後部座席でぐずっている女の子に、前を向いて歩きながら話しかけているのでした。
立ちどまって見ていると、女の子は、そばを通り過ぎながら、疑わしそうな目で、じっと、こちらを見ていましたが、老人の顔が見えなくなると、ご機嫌を直したようで、 「あのねえー、あのねえー」
と元気な声を上げていました。
もう少し、大きな子供たちはどこに行ってしまったんでしょう。
木村伊兵衛「紙芝居屋のいる光景」「東京(月島)
この写真集の編集者 飯沢耕太郎
は、 1995
年に出版されたこの本が編集された時点での 「路上の子供たち」
の行方について、語っていますが、たとえば 木村伊兵衛
の、あまりにも有名なこの写真のように、子供たちがいた時代があったことに、今となっては驚きます。
これは東京の 「月島」
らしいのですが、こんなふうに子どもというのはいたものだったと思うのです。が、半世紀たった今、彼らはどこに行ってしまったんでしょうね。
ブログを読んでくれているらしい知人が東京にいます。ついでですから、 昭和29年
の 東京駅八重洲口
の当時の写真も載せておきましょう。
木村伊兵衛「東京八重洲口」昭和29年
ぼくには、この写真に写っている工事中のビルが、一体何であるのかもわかりませんが、ひょっとしたら、 東京の人
は面白がってくれるかもしれません。
そういえば、架橋のコンクリートの下のジャングルジムは、1964年の2年後の光景でした。
写真集を眺めるようになって、街を歩きながら、何となく風景の見方が変わりつつあるかもしれません。不思議なものです。
追記2022・07・05
東京にあこがれていたころがありました。もう遠い昔のことです。最近、晶文社の 吉本隆明全集
をパラパラしていて、彼が戦前の東京の少年だったこと、都会の子どもだったことを改めて感じましたが、考えてみれば 昭和10年代に省線沿いに見えた風景
で、たぶん変わらないままあるのは皇居だけなのかもしれないと気づいて、ちょっと、ギョッとしました。
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