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2021.04.29
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​​​​​​​​​ ​​  南伸坊「おじいさんになったね」(海竜社)
​​  部屋でごろごろしていて、 「無聊をかこつ」 という古いいい方がありますが、こういうのを言うのでしょうかね。
チッチキ夫人 もお出かけで、外のお天気はやたらによくて、でも、動く気がしない。パジャマから服だけは着替えてはみたのだけれど、畳の上に寝転んでしまって・・・、ふと棚を見ると、 高野文子 「ドミートリ―ともきんす」(中央公論社) というマンガがはみ出ていて 「ちょっと読んでみません?」 と声をかけるので、引っ張り出してパラパラやっていると、なんだか偉い人がいっぱい出てきて、ちょっと、本格的に座り直そうかと姿勢を変えると、そこに、隣にあった本が落ちてきて、開いてみると、こっちが字ばっかりなのに、なんだか引き込まれてしまった次第で、こうして 「案内」 しています。 ​​
 落ちてきた本が 南伸坊 「おじいさんになったね」(海竜社) でした。装丁もイラストも文章も、みんな 伸坊さん の仕事です。​​で、​こんな 「はじめに」 から始まっています。​
「ゲンぺーさん、おじいさんになったネ」とクマさんは言った。
「え?」と赤瀬川さんはケゲンな顔だ。
そうかな、赤瀬川さんは、年齢(トシ)より若く見える方だけど・・・・・と私も思って聞いていたのだ。
クマさんの言い方は、なんだか「日本昔ばなし」みたいな、のんびりした様子なのだが、正直な感想がふと洩れたという感じだ。
この時、 赤瀬川(原平)さん 六十二歳 ゲージツ家のクマ(篠原勝之)さん 五十七歳 私は五十二歳 だった。 ​​
​​ 先程、最初に手に取った 「ドミートリ―ともきんす」 というマンガには、 湯川秀樹、朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎 というビッグネームが登場するのですが、 「おじいさんになったね」 に登場するビッグネーム(?)は、 「老人力」 赤瀬川原平 、通称 「クマさん」 篠原勝之 です。マア、 南伸坊 も加えて三人ですね。​
 「うん?!こっちの方が面白そう。」
 この気分は、本当は変ですね。両方とも、ただ並んでいたわけじゃなくて、一度は読んだことがあるはずなんですから。
 で、まあ、そんなことは忘れていて、初めて読む気分でパラパラと読み始めて、笑うに笑えないことなのですが、なぜか笑ってしまったのがこの話です
​​ 「メガネに注文がある」
​​
 老眼になったので、デザインをするのに必ず、メガネが必要である。ものさじの目盛がよく見えないうえに、目印に打った点がどこにいったかわからなくなる。
まァ、しょうがないかと思っていたら今度は文庫本のルビが読めなくなった。
そうこうするうちに週刊誌のルビも読めないばかりか、そろそろ文庫本の大きい字が、落ちついて読めない。
 なんだか、字がそわそわしているのだ。小便でもしたいのだろうか。
〈中略〉
 仕事場で使っているメガネはつるが黒いので、こないだは、ソファ(黒)の上に置いたらどこかへ行ってしまった。
 メガネがどこかへ行ったって、独自に何ができるというものでもあるまいに、一体どういうつもりかと思うけれども、しばらくすると元へ戻っているのである。
 戻っているなら、私が
「あれ?メガネどこ行ったかな」
 とか言ったときに、
「ここにおります」
 と日本語で言えとまでは言わないが、
「ココ、ココ」くらいのことは言えるだろう。
 ちかごろ、機械のたぐいが頼みもしないのにやけに何かを言いたがるのだ。
家にある電子レンジが、意味もなく「ピピ、ピピ」と言うので、ツマが、
「なに、なんなのアナタ」と叱ったりしている。
 コードを抜いておいても「ピッ」というそうだ。
「やだね、付喪神にでもなったかね」と言っていたら、 こないだから、ウンともスンともピッと言わなくなっただけでなく、何にもしなくなったそうだ。
 話がズレたが、メガネは「ココ」「ココ、ココ」くらい言ってもいいと私は思う。
​ この辺りで、 「案内」のまとめ にすすもうかと思っていたのですが、ここまでお読みいただいて、あとは本をお探しくださいでは、ちょっとなあ、というわけで、とりあえず最後まで引用しますね。​
​​ 〈​引用つづき〉
 ところで、ホームドラマなんかで、ハゲ頭のオヤジが、
「おーい、メガネどうしたかなあ?メガネ・・・・」
 とか騒いでいて
「いやですねおとうさん、ヒタイ、ヒタイにかけてますよ」
 というギャグにもなってないようなシーンがあるけれども、私はこないだ、こういうわざとらしいつまんないギャグみたいなことを、実際にしてしまって忸怩たる思いだ。
 カバンというのは、さがしているものが即座に出てきたためしがないけれども、私はそのカバンの中にあるメガネをさがしていたのである。さがしてもさがしても出てこない。
駅で、ちょっと本が読みたくなったのでベンチにカバンを置いてメガネをさがしていたのだが、出てこないのだ。
 夜店の万年筆屋みたいに、カバンの中のものを、すっかり出してベンチにならべてみたのにそこにメガネがない。
 あきらめて、しかたがない裸眼で、無理やり読んでしまえ、と思って読むと、案に相違してスラスラ読める。
 私はメガネをどうしたわけか、すでにかけていたのであった。
 これは、おじいさんがぼけて、何度も朝飯を要求する、という定番の事態よりも、さらにひどくはないか?
「よしこさん、朝ごはんまだですかねえ」
「いやですねえ、おじいさん、いま食べてるじゃありませんか」
というような、状況である。
「さっき」食べたばっかりなのだったら、忘れたとかわかるけれども、むしゃむしゃ「朝めし」を食べながら「朝めしはまだですか」と言っているとというのでは、まるで不条理劇である。おそるべきことである。 (「月刊日本橋」2013・12月)
​  2015年 に出版された、このエッセイ集は 「月刊日本橋」 という雑誌に 「日々是好日」 と題して、2021年の今も連載が続いているエッセイをまとめた本です。
南伸坊さん は当時 67歳 、今のぼくと同い年で、エッセイで話題になっている 「メガネの逃亡譚」 はリアルな実感で理解できます。「 おそるべき不条理」 の世界も、笑いごとではありません。
 そういえば、最近、 後期高齢者 の仲間入りをした知人が 「毎日、新しいことばかりで、楽しいよ!」 とおっしゃっているのを聞いて、 「勇気づけられ(笑)」 ましたが、まあ、 「うれしい」 ような、 「かなしい」 ような、恐るべき不条理の「大冒険」が、待っているのかもしれませんね。

​​​​​​ 残念ながら 「はじめに」 で登場した 「クマさん」 「ゲンぺーさん」 のエッセイ中での出番はありません。特に 赤瀬川原平さん 、別名、芥川賞作家 尾辻克彦さん は、この本が出される前年、 2014年 に亡くなっておられて、まあ、残念ですが、思い出以外では登場しようがないということなのですね。​​​​​​
 というわけで、このエッセイ集は 「南伸坊とその家族」 「日常」 の物語です。無聊をかこっていらっしゃる前期高齢者の方に最適かと思うのですが、いかがでしょう? ​ こちらが 「ドミトリ―ともきんす」 です。お暇ならどうぞ。

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最終更新日  2022.02.27 17:23:52
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