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「励ましのお言葉に感謝いたします」 無事に右目の手術は終り、部屋でなるべく目を使わないように休んでおります。 手術自体は簡単なもので、手術室に入り20分ほどで終了しました。 2泊3日の入院後、自宅に戻りまずパソコンを開き、皆様からの温かい励ましのコメントに心が和みましたが、全部を詳細に眼を通すことが出来ませんでした。 お許しの程。 手術から二週間、二四時間、片時も水泳選手が付けるような保護メガネが離せません。これが苦痛です。メガネの内側が曇り、辺りが見えなくなります。 更に三種類の点眼薬を一日、四回注がねば成りません。 それに今は手術の所為で目が充血し、何かを長時間、見ることが叶いません。 病院から指示された期間は、洗顔、洗髪、お風呂など一切。出来ません。 御湯で濡らしたタオルで、顔と頭、身体を拭うだけです。 それも眼鏡を装着してです、この暑さの季節にそれは苦痛そのものです。 またその間に、2回、病院に行き術後の経過観察があります。 その際は瞳孔を開く点眼薬が使われ、タクシを使わざるを得ません。 そんな訳で皆様のブログを訪問し、御礼の言葉を残すことが出来ません。 また26日から左目の手術で今回と同様に入院いたします。 勝手を申しますが、復帰は7月の中旬くらいかと推測しております。 まだまだ1ヶ月、先の長い話ですがご理解を賜りたく思います。 そんな事で復帰が出来ましたら、皆様のブログを訪問いたします。 その節は、これまで通りのお付き合いをお願い申し上げます。「ごくり飲む 冷えたビールの 美味しさよ」 この間は禁酒です。
Jun 19, 2014
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「謀略と合戦の日々」 (32章)にほんブログ村 晴信は戸石城に攻め寄せ本陣を構えた九月九日に、総攻撃を行っていた。 併し、わずか千名に満たない村上勢の抵抗は頑強で、有能で知られた武将の横田備中守高松を討死させ、多くの将兵の命と怪我人を出した。 その間、真田幸隆の活躍で義清方の清野、須田両家を寝返らせることに成功しが、攻撃開始より二十日が経過しても城はびくともしなかった。 その最中に勘助から村上義清が、信濃、高井郡の豪族、高梨政頼と和睦し、この地に馳せ向かって来るとの、情報を得たのだ。「無念じゃ」 晴信が熊の毛皮の羽織を纏い、小声で呟いた。 何としても目前に聳え立つ戸石城が欲しかった。この城が手に入れば、村上の東信濃における防衛線が大きく後退する、戦略上、戦術上からも重要な城であった。 山々の中腹に布陣した我が軍の各陣から、朝の炊飯の煙が立ち昇っている。「ご覧下され、我等はあのように兵が散らばっております。一刻も早いご決断をお願いいたします」 勘助が隻眼を光らせ各陣地に指を差し、晴信に決断を迫った。「分かった、残念じゃが軍を引こう。途中で村上勢と遭遇し合戦と成ることを想定せねばなるまい、それに戸石城からの追撃に備えねばならぬ」「承知にございます。ここは馬場勢と山県勢の二千名に任せましょう」「両名を殿軍にするには勿体ないが、仕方があるまいな」 晴信が魁偉な風貌を引き締め、無念そうに山頂を仰ぎ見た。「さらば戦闘態勢で引きあげます。板垣勢、甘利勢を先鋒として下山いたします」「勘助、村上勢と遭遇したら戦うか?」 「戦いまする。我等は中腹、彼等は下から攻め上って参ります。当然、我等が有利にございます」 「残る二隊は難戦となろうな」「御意に、しかし凌(しの)いでくれましょう」 伝令が各陣営に駆け陣触れが秘かに行われた、馬場信春と山県三郎兵衛の両名が本陣に現れた。勘助が手短に現状を説明し、晴信が跡を補足した。「役目大儀、我等はこれより下山いたす。山頂からの攻撃は侮れぬ、本隊と 村上勢が合戦に及ぶまで、決して破らては成らぬ」 「はっ」 二人の猛将が不敵な面魂をみせ、晴信に拝跪(はいき)をした。「我等が下山いたしたら知らせる、かまえて無駄死になどするな」 「はっ、御屋形さまもご健吾で」 二人が草摺りの音を響かせ本陣を辞していった。「伝令ー」 百足衆が細い山道を器用に馬をあやつり本陣に辿り着いた。「村上勢およそ五千、一刻半(三時間)ほどで山裾に現われます」「来たか」 晴信の巨眼が輝いた。「御屋形さま我等は八千、敵は五千、互角の勝負となりましたな」 勘助が隻眼を輝かせ、自信ある口調で晴信に言葉を懸けた。 村上義清、陣形なんぞ無視し、遮二無二襲いかかって参ろう。「百足衆、板垣、甘利の二隊は直ちに陣払いをいたすように申し伝えよ。それに鉄砲隊は、火縄に点火し行軍するように申し聞かせよ」 晴信が直接に下知した。「御屋形さま、勘助も先陣に参ります。いずれにせよ村上勢とは山裾で一戦せねばなりませぬ。二陣は飯富殿、原虎胤殿、三陣は典厩信繁さまと御屋形さまの軍勢にてお願いつかまつる」 「勘助、後詰はないの」「ございませぬ、これで手一杯」 「分かった、勘助死ぬなよ」「下山速度が問題、村上勢の現われる前に陣形を整えれば勝ちにござる」 武田家の総勢が山裾に陣形を整えたのは、下山開始から一刻後の事であった。 晴信の本陣は静まり返っている。「各隊の鉄砲隊を全て先陣に集めよ。敵勢は騎馬武者で襲って参ろう。合図と同時に撃ち放っのじゃ」 勘助が仁王立ちとなって下知を下している。微かに地鳴りが始まった。 「来たな」 各勢の武将連に緊張が奔った。 付近の紅葉した樹木がさわさわと葉音をたて始めた。「御屋形さま騎馬武者も各隊より引き抜きます。それで一千騎となります、纏めねば戦力となりませぬ」 「臨機応変の策か?」 晴信の頬に微かな笑みが浮かんだ。 武田家はじまって以来の変則的な陣形である。 村上勢の騎馬が視野に入ってきた、騎馬武者が一団となって中央を狙っている。 勘助の異相に笑みが刷かれた。 「勝てるー」 声が風にのって各隊の将兵に届いた。 「おうー」 一斉に雄叫びが沸きあがった。「鉄砲隊は合図と同時に射ち放て、ついで長柄槍隊が突撃するのじゃ」 馬蹄の音と雄叫びの声が雑じり、敵の騎馬武者が突撃してくる。刀槍が煌き、丸に上の字の村上勢の旗指物が、はっきりと見えてきた。「撃つなよ、まだじゃ」 勘助が呪文のように呟いている。 敵勢の騎馬武者の顔がまじかに見えてきた。 「構えよ」 足軽が銃口を向け構えたが、まだ射撃の合図がない、全員に恐怖感が奔った。 歴戦の将兵でも、この瞬間が一番、恐怖を覚えるのだ。「かかれー」 敵兵の声が目前に聞こえた。 「放てー」 勘助の声が轟き、武田勢の全ての火縄銃が火を噴いた、兵馬の悲鳴と共に先頭の百騎以上の騎馬が射抜かれ、前脚を折るようにして倒れた。まだ死にきれぬ馬がもがいている。敵の指物が散乱し、騎馬武者が朱に染まって倒れている。「槍隊ー、突っ込め」 「おうー」 長柄槍隊が猛然と槍を腰だめとし、敵勢に突入し混戦となった。 「鉄砲隊っ前進」 勘助の下知が飛んだ。 弾込めを終えた鉄砲隊が粛然と前進を開始した。武田勢の持つ三百挺の鉄砲である。敵も態勢を建て直し騎馬武者と足軽が、怒声をあげ攻勢に出てきた。 「放てー」 銃音が轟き戦場が白煙に覆われた。「鉄砲隊、下がれ。・・-槍隊前へ」 勘助の声が合戦を楽しんでいるように聞こえてくる。 「奴め、一人で戦をしておるは」 本陣の晴信が苦笑を浮かべた。「法螺貝を吹き鳴らせ」 晴信の下知で本陣から炯々と法螺貝が吹き鳴らされた。「騎馬隊、出番じゃ。用意をいたせ」 晴信の下知で武田家の誇る騎馬隊が一斉に押し出した。「板垣勢、仕掛けます」 「甘利勢、仕掛けます」 先鋒を受け持つ武田の騎馬武者が雄叫びをあげ、村上勢に突撃を開始した。「本陣を進めよ」 晴信の下知で武田勢が態勢を保ち粛々と前進をはじめた。「御屋形さま、我等の勝ち戦ですな」 何時の間にか勘助が戻り、晴信の傍らに寄り添っていた。 背後の山頂から喚声と銃声が轟いた。「正念場でござる。村上の援軍は引きましょうが、山腹は混戦となりましょう」 勘助が彼我の陣形を確かめ、戸石城を見上げ戦況を窺っている。 村上義清は残った軍勢を率い、戦場から去って行くが、戦況によっては何時でも反転し、攻撃可能な陣形を保ってみえた。 血腥い風が両軍の将兵に襲いかかっている。「何時もじゃが、合戦の終えた戦場は嫌なものじゃの」 晴信の若々しい顔に、形容の出来ない翳が浮いていた。 改訂・武田源氏の野望(1)へ
Jun 8, 2014
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「謀略と合戦の日々」 (31章)にほんブログ村 そんな彼のまわりを将兵が、おめき声をあげて駆けぬけて行く。 勘助が草叢から身を起こした。「お頭、前衛に向われますか」 樹木の翳から平蔵の抑揚のない声が流れた。「物見をいたす」 勘助が愛馬に跨り、闇夜のなかを林城の大手門へと馬を駆けさせた。 前方から兵の喊声と怒号が飛び交え、馬の嘶きが聞こえた。 林城に着くや勘助と平蔵が、暗闇で戦う合戦の様子に眼を凝らした。 赤備の板垣勢と黒備の甘利勢が、左右から猛烈な攻撃を仕掛けている。 これは簡単にけりがつくな、そう思った矢先に城門が十文字に開かれ、どっと騎馬武者の一団が突出した、黒雲が湧きだすような凄まじさである。 そのまま板垣勢と交戦に入り、鋼の打ちあう音が響き火花が散った。 敵味方が混戦となり、兵等の血潮が飛沫、凄まじい肉弾戦となった。 後のない小笠原勢は必死の勢いで猛烈な抵抗を示し、板垣勢がおされ、陣形が乱れた。見逃さず小笠原勢が、一塊となって攻勢に転じた。 その小笠原勢の将兵のなかに、豪華な甲冑姿の武者を見た。「あれは小笠原長時じゃ、逃すな」 勘助が見逃さずに叫び声を張りあげた。 小笠原勢は旗本が主人の長時を庇って集団で逃走に移っている。 「逃すでない」 再び叫んだが声がかすれた、勘助が朱槍を構え単騎で敵勢に駆け込んだ。 敵兵の肉を絶つ感触が覚え、悲鳴も顧みずに追い討ちをかけた。「山本さま、我等にお任せ下され」 甘利昌忠の若々しい声がした。 「逃してはなりませぬぞ」 声を振り絞って叱咤した。小笠原勢は一団となって逃走している。 流石は彼等の支配地である、迷うことなく闇の中を疾走して行く。「平蔵、跡を追うのじゃ」 勘助の下知に平蔵が、身軽に闇の中に姿を消した。 それを隻眼で追った勘助が、はずみで鐙(あぶみ)から足をすべらし落馬した。 むっとする草の臭いに包まれた。 (勝ったが逃したか・・・) あとは馬場勢に任せるまでじゃ。 そう思いつつ草叢で太い息を吐き出した。わしも老いた、勘助はこの合戦で己の年を知らされた。 彼は仰向けとなって夜空を見上げた、星の輝きが鈍く見える。夜明けが近いのだ。将兵のどよめきが彼方に移動し、付近に静寂が戻ってきた。 小笠原長時め、奴は信濃国主の器ではない。勘助は長時の器量を罵った。 この林城は松本平の東北に位置する山の端に建てられていた。小笠原の領地全体を支配する拠点としては、適さない偏(かたよ)った場所にあった。 また山城である林城は、籠城を考えての守りの城であった。 領内支配をするなら政事の中心を、城の麓に置くべきである。それにしてもここは地形が悪い。わしやお屋形さまなら、深志城を信濃支配の拠点にする。 勘助の脳裡に深志城一帯の地形が過った。 これまでの文化や経済力を取り込むためには、小笠原の根拠地に近い場所を押さえることが望ましい。そこは奈良井川と田川の合流点に近く、後の善光寺街道につながる道路の拠点にもなる、深志の地が絶好の場所と確信した。 あの地ならば道や川を利用し、物資輸送にも都合が良いし、松本平の北部の中心地とし繁栄もするだろう。 ここ深志城が松本平統治の根拠地として打って付けの地形なのだ。 勘助は戦場で仰向けとなって、一時の静寂の中で将来構想を描いていた。 そうしている間にも、夜が明け染めてきた。「山本さまでは御座いませぬか、お怪我でも為されましたか」 見あげると山県三郎兵衛が見事な甲冑姿で心配そうに見つめていた。 「いや、年でござるよ」 勘助は槍を杖として立ち上がった、少し眩暈(めまい)を感じたが素知らぬふりで愛馬に騎乗した。 「小笠原長時、逃れましたか?」「まだ判らぬがしぶとい、だが林城は我等が占拠いたした。城内の探索は充分に願いますぞ」 山県三郎兵衛に後事を託し本陣に戻った。「奴め、逃れおったか?」 晴信が真っ先に訊ねた。「まだ判りませぬ、御屋形さまこのまま軍勢を進めて下され、奴には深志城しか御座いませぬ。籠城したとて援軍のない合戦、長くは保ちませぬ」「使い番を二名だせ、一人は馬場信春にじゃ。万一、長時を逃したならば、 小笠原に加勢いたした、豪族共を攻め滅ぼせと命じよ。いま一人は真田幸隆じゃ、村上義清の動きを封じろと命じよ。我等は暫く様子を見るために滞陣いたす」 晴信が落ち着いた口調で下知した。 「直ぐに手配いたします」 勘助が隻眼をほころばし肯いた。 小笠原勢は勘助の危惧した通り、巧に馬場勢の裏をかき深志城に逃げ戻った。 この一帯の地形を熟知した結果である。 馬場信春は、この雪辱を晴らさんと軍勢を率い。小笠原勢に加担した各地の豪族の城を陥し、盛んに調略の手を伸ばしていた。 晴信は林城に留まり盛んに軍勢を動かしている、深志城の包囲網もほぼ完璧に終えた。この一帯の豪族たちは武田家に恭順し、深志城は完全に孤立した。 形勢不利と悟った小笠原長時は、夜半に逃走を図った。彼は数十騎の股肱の家臣を従い、村上義清を頼り葛尾城に落ち延びて行った。 ここに信濃の名門、小笠原家は衰亡の一途を辿ったのであるが、彼はまだ虎視眈々と失地回復の機会を窺がっていた。 晴信は一万の軍勢で小県郡に進攻し、村上義清の支城である戸石城を包囲した。時は九月となっていた。戸石城は要害堅固で知られた山城で村上勢の戦意は旺盛で、武田勢は攻めあぐんだ。 晴信がこの挙にでたのは、義清が信濃北方を支配する豪族高梨勢と合戦を始めた事を知った所為であった。 村上義清が軍勢を返す間に、戸石城を落とす積りであったのだ。 だが村上義清は高梨勢と和睦をし、五千名の軍勢を引き連れ、援軍として戸石城に出兵したのだ。 この知らせは真っ先に勘助にもたらされた、これを知らせた者は信虎の忍び の小十郎であった。 すでに九月末となり山岳地帯の戸石城には秋風が吹き、朝晩の冷え込みが激しさをましていた。勘助は厚い綿入れの陣羽織をまとい本陣を訪れた。「おう、勘助かいかがいたした」 若い晴信も甲冑を脱ぎ、熊の毛皮の陣羽織を纏い寒そうな顔つきをしている。「御屋形さま五千の援軍が発ったと、昨夜知らせが参りました」「村上義清か?」 晴信の問いに勘助は無言で肯いた。「このような小城、この大軍で陥せぬのか」 晴信が無念そうに呟いた。 目前の山頂に戸石城が武田勢を見下ろすように、紅葉の間に聳え立っている。「なんせ攻め口が一本、大軍で揉み潰すには難事にござる。ここは一旦、兵を引き、来春に陥すべきかと進言つかまつります」「策はないのか、余は父上と約束した。・・・-そうじゃの勘助」「はい、大殿の忍びとも拙者も約束いたしました。だが、このまま滞陣いたしては、腹背から挟撃をうけ大怪我を被ります」「・・・-」 晴信が太い腕を組んで考え込んだ。 改訂・武田源氏の野望(1)へ
Jun 6, 2014
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「謀略と合戦の日々」 (30章)にほんブログ村 軍議が終了するや、各武将は己の配下と酒を酌み交わしているが、足軽や軽輩の騎馬武者には、激務が待ち受けていた。 彼等は篝火の傍らに座り込み、藁で靴を作りだした。 これは明日の出陣に、馬蹄の音を消すため、馬に履かせる藁靴である。 この度の合戦に引き連れた騎馬の数は二千頭はいる。その藁靴を彼等は明日までに、作らねばならないのだ。 翌日、陽が落ちると武田勢が一斉に動きだした。先鋒は赤備の板垣勢と黒備の甘利勢二隊である、彼等の馬の足には藁靴が厳重に装着されている。 更に嘶きを防ぐ為に、馬の口には枚(ばい)を含ませてある。「夜襲とは面倒な戦じゃな」 本陣の晴信が床几に腰をおとし、出陣の様子を見つめている。「昼攻めならば小笠原長時、戦を避け逃走いたすでありましょう」「そうじゃな、この大軍じゃ。奴は腰を抜かすであろうな」 主従二人が、ひそひそ声で語り合っている。 第二陣が通過して行く、武田典厩信繁、小山田信茂、山県三郎兵衛の三将に率いられた七千名が後続し、二流の御旗を先頭に本陣も動きだした。 紺地に金文字の孫子の御旗と、白地に赤の諏訪法性の御旗が靡いている。 晴信は伝来の諏訪法性の兜をかむり、緋縅の大鎧を纏い愛馬の黒雲に騎乗している。その傍らに勘助が従っていた。 彼は普段どおりの黒糸嚇しの鎧に、大角の前立て兜姿で騎馬に揺られている。 少し離れた場所に平蔵が、足軽姿で勘助の朱槍を肩に担いで従っていた。「勘助、その兜少し重そうじゃの、機敏には動けまいな」 晴信が可笑しそうに揶揄った。 「動けなくなった時は、三途の川を渡っておりましょう」 兜の眉庇より隻眼を光らせ、面白くもないという顔つきをしている。 後続する秋山信友が、主従の言葉を耳にし覚えず吹きだした。 「秋山殿、なにが可笑しい」 すかさず勘助が怒声を発し、剛毅な秋山信友が驚いて馬脚をゆるめた。 暗闇に覆われた樹木の山並みの小道を、延々と武田勢が進んでいる。 旗指物が風を受け、はたはたと音を響かせている。 武田勢の先頭には手練れの忍び者が、全軍を先導している。 各隊の先頭は斥候に長けた強者が先導しているのだ。「勘助、そろそろ敵の勢力圏に入るの」「心配はご無用にございます。馬場殿が先払いつかまっておられます」「馬場信春は二千名で林城を包囲しておるのではないのか?」 「いや昨晩、使いを差は向けました」 「余に相談もせずにか」「よう、お眠りのご様子で独断にて事を成しましてござる」 「・・-・」 晴信が不審そうに勘助をみつめ、兜を脱ぎひたいの汗を拭っている。「馬場殿は林城と深志城の中間地点で伏兵として潜んでおられます」「勘助、遣るのう」 晴信が勘助の意図を察し誉めあげた。 林城からの逃亡者を待ち伏せると同時に、深志城からの援軍を足止めさせる一石二鳥の謀である。 「お太鼓奉行、そろそろ用意をいたせ」 勘助の下知で大太鼓を背負った馬と、ばちを手にした太鼓係りの武者が本陣に数名現れた。「百足衆、各勢と板垣、甘利勢に休息いたせと伝えよ」「はっ」 勘助の下知で物凄い勢いで二騎が、闇の中を疾走し瞬く間に姿を没した。 暫くして全軍が小休止に入った。「御屋形さま、お先に参ります」 勘助が隻眼を細め、晴信に言葉を残し馬腹を蹴った。 闇夜に勘助は器用に騎馬を操り、軍勢の脇をすり抜け前衛に向かった。 目前に林城が樹海の中に黒々と埋まった様子が見えた。勘助はなおも進み先鋒の板垣勢の中に分け入った。「これは山本さま、如何成されました」 板垣信憲が騎馬を寄せてきた。「敵勢の様子はどうかの?」 「いまだ気づいてはおりませぬ」 微かな音が聞こえ、甘利昌忠が黒糸嚇しの具足をまとって姿を見せた。「板垣勢は右手から、甘利勢は左手から悟られずに城を包囲して下され」 赤備と黒備の両勢が音を忍ばせ、樹林の中に消えて行った。 「百足衆ー」 声で先駆けの二騎が寄ってきた。 「一人は直ぐに本陣に帰れ、喚声があがったら総攻撃にうつる大太鼓の乱れ打ちじゃ、そのようにお屋形さまに報告いたせ」 素早く蹄の音を消し後方に去った。「お主は二陣の信繁さまに同じ事をお伝えいたせ、ただし本陣の大太鼓に従うように念を押して申し上げよ」 「承知ー」 残った一人も巧に馬を操り後方に消え去った。「山本さま、包囲は終りました」 赤具足と黒具足の武者が現われ、包囲網の完了を告げた。 「拙者が鉄砲を放つ、それを合図に総攻めじゃと申し上げよ」 「はっ」 二人が左右に分かれて樹海に消えた。 勘助が鞍壷の横から火縄銃を取り出し、火皿を開け導火薬をそそいだ。 火縄からかすかな煙が漂っている。 今が潮時じゃ。勘助はそう感じ、銃口を空に向け引き金を引き絞った。 静まり返った山城に凄まじい銃声が木霊した。同時に城の周囲から喚声が沸きあがり、銃声が耳を聾するばかりに轟き、樹海の奥の本陣からも大太鼓の乱れ打ちが聞こえはじめた。 大地が音をたてて揺れ、騎馬武者の群れが勘助の脇を疾走して行く。「軍師殿、ご苦労に存ずる」 武田信繁が若やいだ声をかけ、騎馬武者に囲まれ突撃していった。 城内からは反撃の様子がない、小笠原長時め慌てふためいておるな。 勘助が隻眼を光らせ林城を眺めた、火矢が盛んに射ち込まれている。 兜を跳ねあげ上空を見上げた、雲ひとつない蒼天が広がっている。 このようにしみじみと夜空を愛でた事はなかった、勘助は初めて戦場でその事に気づいた。 双方の将兵の喊声も悲鳴も馬の嘶きも聞こえず、ただ一心に夜空の星の輝きを隻眼で追い求めていた。 改訂・武田源氏の野望(1)へ
Jun 4, 2014
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「謀略と合戦の日々」 (29章)にほんブログ村 賢明な晴信は父、信虎の怒りの本を瞬時に悟った。 併し、今は信濃侵攻への足掛かりともいうべき、小笠原長時の居城、林城と属城の深志城の攻略戦の前である。 いかに父上が怒られようとも、ものには順序というものがある。 漸く武田家は信濃守護の小笠原長時を葬る機会を得たのだ。 あとは北信の雄、村上義清と雌雄を決する合戦が残るのみである。 その合戦に勝利すれば完全に信濃は武田の支配地となり、信虎の言う駿河侵攻も夢ではなくなる。 晴信は憤りを抑え、円座に腰を据えている。 一方の勘助は晴信の心境を察し無言で、庭の芍薬の花を見つめている。 晴信が口を開いた。「・・・して、忍びはほかに何か申したか?」「大殿は太原雪斎殿の毒殺を謀っておられるとのことに御座います」「困ったものじゃ。父上も年を取られ焦っておられる、今川の軍師の毒殺を謀るなんぞ、以っての沙汰じゃ」 晴信の若々しい顔が曇った。「大殿のご性分なれば必ずやり遂げましょう、発覚が恐う御座います」「駿府に数名の忍びを入れよ、父上に万一の事あればお助けせずばなるまい」「はっ、早速、手配つかまつります」 (戸石崩れ) 五月二十三日、武田の主力部隊が諏訪の上原城に集結を終え。城内で戦評定が始まった。晴信の傍らに勘助が床几に座り、隻眼を一座の武将に注いでいる。 晴信が魁偉な風貌の中に智謀を潜ませ、若々しい声で口火をきった。「明日の宵を期し軍勢を発する、一気に林城を力攻めで落城に陥れる。余の存念は勘助に申し聞かせてある、者共励め」「おうー、久しぶりの夜襲じゃな」 一座の猛将連から力強い雄叫びの声があがった。 大机の上に林城の絵図が広げられてある、勘助が立ちあがり机の脇に近づ いた。手には青竹の小枝が握られている。 「部署わりをお伝え申す、先鋒右備は板垣信憲殿の二千名」 「はっ」「先鋒左備は甘利昌忠殿の二千にお願いつかまつる、赤備、黒備の二隊でご奮発あれ。総攻めの合図は常の如く大太鼓の乱れ打ちに御座る」 次々と勘助が指示を与えている、晴信は瞑目し聞き耳を凝らしている。「本陣は旗本衆と原昌胤(まさたね)殿の五百名と百足衆といたす」 勘助が口を閉じ廊下を見つめた。騒がしい音と共に一人の武将が現れた。「勝手に押しかけて申し訳御座いませぬ」「おう、秋山信友(のぶとも)か」 晴信がすかさず声をかけた。 秋山伯耆守(ほうきのかみ)信友は、この時、高遠城の城代を努め猛将で聞こえた若武者である。 武田家譜代の家老職の家柄で、諱を虎繁と云う。 彼は信虎が駿河に追放され、晴信が国主と成った時に元服し、諏訪頼重攻めで初陣を飾った。 彼は後年、信玄が織田信長と同盟を結ばんとした時、全ての武将が反対したが、敢えて同盟を進言した人物である。 信玄の亡き後は東美濃で織田勢と戦い、岩村城を陥れ信長の叔母を妻とした。そうした面ではなかなかの策士でもあった。「拙者、こたびの小笠原攻めは指を銜えて見ておる事が叶わず、勝手に参陣つかまつりました」 野太い声に相応しい体躯の武将である。 「何名お連れに成られた?」 勘助が厳しい声を発した。「一千名を引き連れ申した」 「ならば本陣を固められよ」「なにとぞ先陣をお願いつかまつる」 若さゆえ、血気に逸っている。「成りませぬな、貴殿は軍律違反を犯された。本来なら城にお帰り願うところじゃが、この度のみは許しましょう」 勘助が有無を言わせぬ口調で断じた。「信友、余を守れ」 「はっー」 晴信の一言で決した。 このような軍律違反は許せん。 勘助は胸の裡で怒りを押さえている。「最後の後備にござる。飯富兵部殿ならびに原虎胤殿の四千でお願いいたす」「これは異な事を申される、わしは常に先陣か二陣でござった」 原虎胤がしわがれ声で抗議をした。「原殿、お怒りは重々判り申すが堪えて下され、これからは若い武将達の時代となります。戦働きも場数が必要でござる、武田家の為にございます」「虎胤、余の背後に隠れる事が不服か?」 「滅相な」 虎胤が禿げ頭を撫で剽軽な態度を見せ、一座の者から哄笑が湧いた。「勘助の申すとおり以後の合戦からは、若い者に任せようと考えておる、これからの武田を強くするには、経験が物を言う。これは余の存念じゃ」 晴信の言葉が終るを待って勘助が声を張りあげた。「戦評定はこれにて終ります。明朝はこの陣形にてご出陣願います」「皆共、夜襲故に物音には気をつけよ」 晴信が最後の下知を口にし、勘助がゆっくりと己の座に据わった。 「勘助、ご苦労」 晴信が労(いた)わりの言葉をかけた。 「何の拙者の生き甲斐にございます」 何時になく勘助の声が荒れて聞こえる。 「軍師殿」 秋山信友が声を懸けて寄ってきた。「今後は軍律を乱すような事は致しませぬ、本日の勝手をお赦し下され」 それを聞き、勘助の異相が妙にひきった。こうした率直な詫びが苦手なのだ。「勘助、信友も悪いと承知いたしておる、許してつかわせ」「こたびの合戦には貴殿の軍律違反は問題御座らんが、その軍律違反が致命傷に成ります、そうなれば武田が滅びます。御屋形さまの口添えもあり、今は何も申しませぬがご注意を」 勘助が肩を左右にゆすり、広間から去って行った。 改訂・武田源氏の野望(1)へ
Jun 2, 2014
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