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バッド・ガール / クインシー・ジョーンズYou've Got It Bad Girl / Quincy Jonesオリジナル盤発売日:1973年4月A&M[収録曲] 1.サマー・イン・ザ・シティ Summer In The City2.アイズ・オブ・ラヴ Eyes Of Love 3.アレサ・フランクリン~ロバータ・フラックに捧ぐ Tribute To A.F.(A)デイドリーミング Daydreaming(B)愛は面影の中に First Time Ever I Saw Your Face4.ゲッタウェイ Love Theme From The Getaway 5.バッド・ガール You've Got It Bad Girl 6.迷信 Superstition7.マンテカ Manteca8.「サンフォードとサン」のテーマ Sanford And Son Theme9.チャンプ・チェンジ Chump Change(2、4)Toots Thielemans(harmonica,guitar)(8)Tom Morgan(harmonica)----------これは、クインシー・ジョーンズのA&Mでの4枚目のアルバムで、アメリカでは1973年4月にリリースされました。5曲目のタイトル曲「バッド・ガール」と、6曲目の「迷信」は、スティーヴィー・ワンダーの曲を取り上げています。この2曲のオリジナルは、ズティーヴィーのアルバム『トーキング・ブック』からシングル・カットされたもので、「迷信」が1972年12月に全米チャートの1位になりました。クインシーは、このアルバム以降、スティーヴィーの曲を多く取り上げるようになります。7曲目の「マンテカ」は、トランペットの巨人、ディジー・ガレスピーの代表曲で、クインシーにとっては今までのビッグ・バンド・スタイルの発展型で、胸のすくような切れのいい仕上がりは、トップ・アレンジャーの本領を発揮したものです。一方、1曲目の「サマー・イン・ザ・シティ」は、もともとは1960年代のトップ・ヴォーカル・グループのラヴィン・スプーンフルのヒット曲で、 クインシーは、このアレンジについて、「曲を上品にまとめて、黒人街の夏の雰囲気を盛り込みたかった」と語っています。クインシーの「サマー・イン・ザ・シティ」は、1973年度のグラミー賞で最優秀インストゥルメンタル・アレンジ(編曲)賞を受賞しました。エディ・ルイスのオルガンとヴァレリー・シンプソンのヴォーカルをフィーチャーしたこの曲は、リズム&ブルース・スタイルのメロウな仕上がりで、今までのビッグ・バンド・スタイルの「マンテカ」とは全く違ったアレンジになっています。3曲目の「デイドリーミング」とメドレーの形で収録されている「愛は面影の中に」のオリジナルは、前回、1972年度のグラミー賞でロバータ・フラックが最優秀レコード賞を、作者のイヴァン・マッコイが「最優秀ソング賞」を、それぞれ受賞した曲です。また、ロバータ・フラックはダニー・ハザウェイとのデュエット・シングル「恋人は何処に」で、最優秀ポップ・デュオ&コーラス賞も受賞しており、この時期、スティーヴィー・ワンダーなどの当時若手の、いわゆるニュー・ソウルと呼ばれるブラック・ニュージックの新しいサウンドの流れが目立ってきました。このアルバムは、そういったブラック・ミューシックに対するクインシーの敏感な反応が現れきていて、彼の音楽の新しい方向性を示しているものと言えるでしょう。また、クインシーは早くから、当時はまだあまり一般的ではなかったシンセサイザーを取り入れており、このアルバムではシンセサイザーが随所に効果的に使われていて、クインシーの素晴らしい世界の重要な部分を担っていると言えるでしょう。1981年のクインシーの来日の際に、クインシーは「このアルバムはあまり好きではない」と言っていたようで、そのためか、このアルバムは廃盤状態で、現在は手に入らないのが残念です。
September 30, 2006
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新しい言葉というものは、どんどんできてくる、というか、どんどんつくられている。「エロかっこいい」「エロかわいい」「エロかっこかわいい」といった言葉は、もともと倖田來未に対して呼ばれたもので、彼女は、この「エロかっこかわいい」をキャッチフレーズにして、大胆なステージ衣装を着用するようになってから急激に人気が出たので、今では多くの人に知られている言葉でしょう。しかし、最近「エロかなしい」という言葉があるらしい。これは、倖田來未の「エロかっこかわいい」を目指しているが、どこかはずしていたり、ずれていたり、空回りしているタレントのことを言い、『週刊女性』(主婦と生活社)が名づけたということだ。肌を露出しすぎていたり、ぶっちゃけトークのつもりが焦点がぼけていたりして、視聴者が「かっこいい」というよりは「かなしい」と感じてしまう芸能人・タレントをさすが、1位に選ばれたタレントは「年齢が顔に出ているのに、まだその路線で行くのか」と酷評され、決めポーズも「イタすぎる」と否定されてしまっているとのこと。 「エロかなしい」ランキング1位 青田典子(バブル青田)2位 杉本彩3位 梨花4位 叶姉妹5位 矢部美穂6位 華原朋美7位 ほしのあき8位 藤原紀香9位 熊田曜子10位 奥菜恵ちなみに「エロかっこいい」女性ランキング1位 杉本彩2位 倖田來未3位 篠原涼子4位 MEGUMI5位 米倉涼子6位 天海祐希7位 佐藤江梨子8位 小池栄子9位 梨花10位 眞鍋かをり「エロかなしい」のランキングとダブってランクインしている人もいるところが、なんともビミョーです。「かなしい」と言われてもランキングされるだけ売れているということは言えるでしょう。
September 29, 2006
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今日はジャズ界の帝王、マイルス・デイヴィスの命日です。●マイルス・デイヴィス(Miles Davis)本名:Miles Dewey Davis 3(マイルス・デューイ・デイヴィス三世)1926年(大正15年)5月26日、アメリカ、イリノイ州アントン生まれ。1991年(平成3年)9月28日、アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス、サンタモニカで死去。65歳。●マイルス・デイヴィス
September 28, 2006
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今日は、モダン・ジャズ・ピアノを確立した天才ジャズ・ピアニスト、バド・パウエルが生まれた日です。●バド・パウエル(Bud Powell)本名:Earl Rudolph “Bud” Powell(アール・パウエル)1924年9月27日、アメリカ、ニューヨーク州ニューヨーク生まれ。1966年7月31日、アメリカ、ニューヨークで死去。41歳。●バド・パウエル没
September 27, 2006
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ジュリー・ロンドン(Julie London)1926年9月26日、アメリカ、カリフォルニア州サンタローザ生まれ。2000年10月19日、心臓病のため、74歳で死去。----------ジュリー・ロンドンは1926年の9月26日生まれのアメリカの女優で、歌手。 1950年代から60年代に華々しく活躍しました。最大のヒット曲は「Cry Me A River(クライ・ミー・ア・リヴァー)」ですが、おもにスタンダード・ナンバーを歌い数多くのレコードが出されています。「You'd Be So Nice To Come Home To(ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ)」は、日本ではヘレン・メリルの歌でよく知られていますが、アメリカではジュリー・ロンドンのものもヒットしました。彼女の声はハスキーで、特にスモーキー・ヴォイスと呼ばれています。彼女のご主人は「Route 66!(ルート・シックス・ティ・シックス)」を書いた、Bobby Troup(ボビー・トゥループ)という有名なソングライターで、彼女のアルバムのプロデュースをしています。
September 26, 2006
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The Shadow Of Your Smile(ザ・シャドウ・オブ・ユア・スマイル)【邦題:いそしぎ】 この曲は、ジョニー・マンデルの作曲、ポール・フランシス・ウェブスターの作詞で、1965年の映画『The Sandpiper(ザ・サンドパイパー)(邦題:いそしぎ)』の主題歌として使われました。主演はエリザベス・テイラー、リチャード・バートンで、監督はヴィンセント・ミネリ。カリフォルニアの中部の海辺の美しい情景とともに、この曲のメロディーが流れました。ただし、映画のほうは、「美しい海辺の情景が最大の収穫」と、ひどい駄作と評されました。また、「砂上セックスのソープオペラ」という辛辣(しんらつ)な評もありました。「ソープオペラ」とは、主婦向けの昼のテレビ・ドラマのことで、石鹸会社がスポンサーだったことから、そう言われるようになったということです。それでも、曲のほうは素晴らしいものだということで、アカデミー賞の主題歌賞を獲得し、トニー・ベネットのレコードはグラミー賞の最優秀ソング賞を受賞しました。原題の「The Shadow Of Your Smile」は直訳すると「あなたの笑顔の面影」ということになりますが、邦題では映画のタイトルである「The Sandpiper」の日本語訳の「いそしぎ」という曲名として知られています。「いそしぎ」とはチドリ目(もく)の鳥のことで水辺に生息しているものです。曲のヴァース部分では「いそしぎ」という歌詞が出てきますが、本編では全く出てこないので、ヴァースを歌わない場合でも、ヴァース部分の歌詞を知らないと、この曲は本当には理解できないものでしょう。フランク・シナトラのアルバム、『シナトラ・アット・ザ・サンズ』に収録されているこの曲は、ヴァース部分は歌われていません。このアルバムのことについて、編曲・指揮を請け負ったクインシー・ジョーンズは、1999年に、次のように語っています。「1966年、サンズ・ホテルでカウント・ベイシー楽団と共演し、レコーディングする初日の前夜、フランク・シナトラと私は、彼の飛行機でラスヴェガスに飛びました。この飛行機には私たち二人しか乗っておらず、そのときの会話を覚えています。シナトラ:クインシー、ショーで「いそしぎ」をやるのは、ちょっと変わっているだろう。明日の夜までにアレンジを書けるかい?クインシー:問題ないよ、フランシス(シナトラのこと)。それより、それまでに歌詞を覚えられるかい?シナトラ:君はそれまでに音楽をやれ、僕は歌詞をやるから。するとフランクは潜在意識の記憶に働きかけるべく、黄色いリーガル・パッドに歌詞を18回書くことにとりかかったのです。おわかりですか?それがうまくいくんです。初日の夜は3カ月前からソールド・アウトで、予約客でギュウギュウでした。興奮はわかりきっていました。フランクはノリノリ、バンドはノリノリ、そして私も当然ノリノリでした。私のアイドルの3人、ゴードン・ジェンキンス、ビリー・メイ、ネルソン・リドルによるクラシック・アレンジを、ベイシー・バンドのストリングスなしのブラスとリードのセクションのために再オーケストラ化するのは、愛が成せる偉大なチャレンジでした。私たちは4曲目で「いそしぎ」をやり、歌い終えるとフランクは私の方を向いてウインクして微笑みました。私も微笑み返しました。我が友をとても恋しく思います。多くの人々が彼と仕事をし、多くの人々が彼と遊びました。私にはその両方の機会があり、それはまさに生涯に一度の経験になりました。この曲を書いたジョニー・マンデルは私の最も古い親友のひとり。彼が、カウント・ベイシー楽団でトローンボーンとアレンジを手がけていた頃からのつきあいで、私は、すぐお隣のライオネル・ハンプトン楽団でトランペットとアレンジを手がけていたのです。彼は私のお気に入りの作曲家、アレンジャー、ソングライター、そして愛する友人のリストの、一番上に来なくてはなりません。この曲は、もともと映画『いそしぎ』から取られたもので、マーキュリー・レコードの若き副社長である私がサウンド・トラック・アルバムをプロデュースしました。そしてジョニーはオスカーのベスト・ソング賞を獲得しました。今なお若々しいゴージャスで官能的なこの歌は、私のお気に入りの楽曲のひとつです。この曲「いそしぎ」は偉大な歌を作曲し、それを最高のレベルでオーケストラ化したソングライターの完璧な見本と言っていいでしょう。」*****●ザ・シャドウ・オブ・ユア・スマイルThe Shadow Of Your Smile【邦題:いそしぎ】作詞:ポール・フランシス・ウェブスター作曲:ジョニー・マンデル1965年《ヴァース》ある日、僕たちは砂浜を歩いていた初春のある日に傷めた羽根をなおしてやろうとしてあなたは一羽のいそしぎを手の中に抱いたねこれからの長い年月そして長くさみしい道のりを僕はいつまでも忘れないこだまするいそしぎのさえずりと笑顔の面影を《コーラス》あなたの笑顔の面影はあなたが去ったあとの僕の夢を彩り夜明けを照らしてくれるだろう愛する人よ、僕の目を見つめてあなたが僕にとってどれほど大切なのかわかっておくれ僕たちの願いをこめた小さな星ははるか彼方に去ってしまった涙の雫が君の唇にふれ、僕も君の唇にキスをしたこれからは春を恋のもたらす、ささやかな喜びを振り返るとき僕はあなたの笑顔の面影を思い浮かべることだろう
September 25, 2006
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シナトラ・アット・ザ・サンズ / フランク・シナトラ Sinatra At The Sands / Frank Sinatra オリジナル発売日:1966年10月18日Repriseフランク・シナトラ(ヴォーカル)カウント・ベイシー&ザ・カウント・ベイシー楽団(演奏) クインシー・ジョーンズ(アレンジ&コンダクト)ソニー・バーク(プロデュース)[収録曲]1.カム・フライ・ウィズ・ミー Come Fly With Me 2.アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー I've Got A Crush On You 3.アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン I've Got You Under My Skin 4.いそしぎ The Shadow Of Your Smile 5.ストリート・オブ・ドリームス Street Of Dreams 6.ワン・フォー・マイ・ベイビー One For My Baby (And One More For The Road) 7.フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン Fly Me To The Moon (In Other Words) 8.ワン・オクロック・ジャンプ One O'Clock Jump [Instrumental]9.(モノローグ) Tea Break [Monologue]10.ユー・メイク・ミー・フィール・ソー・ヤング You Make Me Feel So Young 11.オール・オブ・ミー All Of Me [Instrumental] 12.セプテンバー・オブ・マイ・イヤーズ September Of My Years 13.ラック・ビー・ア・レイディ Luck Be A Lady 14.時間通りに教会へ Get Me To the Church On Time 15.楽しかったあの頃 It Was A Very Good Year16.ドント・ウォーリー・アバウト・ミー Don't Worry 'Bout Me 17.メイキン・フーピー! Makin' Whoopee [Instrumental] 18.いつかどこかで Where Or When 19.エンジェル・アイズ Angel Eyes 20.わが町シカゴ My Kind Of Town21.(エンド・モノローグ) Few Last Words [Monologue]22.わが町シカゴ(フィナーレ) My Kind Of Town (Reprise) ----------フランク・シナトラの1966年の1月から2月に、ラスベガスのサンズ・ホテルで行われたショーを録音したライヴ盤です。クインシー・ジョーンズの編曲・指揮で、演奏はカウント・ベイシー楽団という豪華メンバーによるものです。クインシー自身がアレンジを行ない指揮をするということは滅多になく、しかも、他人が指揮する時は滅多に弾かないピアノを、ベイシー自身がプレイするという特別な作品です。フランク・シナトラの数多いアルバムの中でも、彼のパフォーマンスが遺憾なく発揮されたライヴ盤の傑作です。まさに理想的なシチュエーションが見事に実現した、奇跡的で貴重なアルバムと言えるでしょう。ステージはコンサートホールではなく、アルバムタイトルともなったサンズ・ホテルの一室で、リラックスした雰囲気が出ています。エンターテイナー、シナトラを楽しみに来ているお客さんとの親近感とプライベート感にみなぎっていて、シナトラの「Welcome to my room !」という第一声で始まります。そして、史上最強のビッグバンドと称されるカウント・ベイシー楽団をバックに、編曲と指揮がクインシー・ジョーンズときては、豪華絢爛としか言いようがありません。最高の組合せの、円熟したスウィングの貫禄溢れるエンターテインメントのステージングが満喫できるものですね。
September 24, 2006
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雨にも負けず風にも負けず雪にも 夏の暑さにも負けぬ丈夫な身体をもち慾は無く決して瞋(いか)らず(怒らず)いつも静かに笑っているそういうものに 私はなりたいそういうものに 私はなりたい
September 23, 2006
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よかった・・・牛乳もコーヒーもまだ終ってなかった。一日が終って音楽を聴きながらコーヒーを飲むときが一番ほっとするときかも。でもやっぱり、ダメダメ脱出できないダメダメ男 _| ̄|○ 9月は月のウサギさんとお友だちになれるかな。モチつき手伝うからさ。「ながむれば千々(ちぢ)に物思う月にまた わが身ひとつの嶺の松風」鴨長明(かものながあきら(-ちょうめい))
September 22, 2006
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「ホワイト・クリスマス」など、数多くのスタンダードナンバーを作曲した、アメリカン・ポピュラー・ミュージックの生みの親である、アメリカを代表する作詞・作曲家、アーヴィング・バーリン(Irving Berlin)が亡くなった日。●アーヴィング・バーリン
September 22, 2006
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ジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)1951年12月1日生まれ。1987年9月21日死去。1987年9月11日、ジャコの地元、フロリダに来ていたサンタナのライブに飛び入りしようとしたところ追い出されてしまい、やけくその状態で訪れたナイトクラブ「ミッドナイト・ボトルクラブ」に入ろうとしたところ、ガードマンと乱闘となり、意識不明の重体に陥った。 昏睡状態が続いていたが回復が望めず、9月21日に家族の同意のもとで人工呼吸器が外された。 享年35。
September 21, 2006
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終わり・・・
September 20, 2006
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スマックウォーター・ジャック / クインシー・ジョーンズ Smackwater Jack / Quincy Jones 1.スマックウォーター・ジャック Smackwater Jackシンガー・ソング・ライターの草分けの一人、キャロル・キングのヒット曲で、彼女のアルバム『つづれおり』に収録されているものです。クインシー・ジョーンズ自身が歌っており、ソウル・ミュージック・サウンドにアレンジされています。2.風にまかせて(キャスト・ユア・フェイント・トゥ・ザ・ウィンド) Cast Your Fate to the Wind エリック・ゲイルのギターがフィーチャーされています。3.アイアンサイド Ironside 何と言ってもよく知られているクインシーの作品が、この「アイアンサイド」で、これはテレビ・ドラマ『鬼警部アイアンサイド』のテーマ曲で、今もテレビなどで頻繁に聴かれます。フィーチャーされているソロイストは、ソプラノ・サックスがジェローム・リチャードソン、フリューゲルホーンがフレディー・ハバード、フルートがヒューバート・ローズです。4.愛のゆくえ(ホワッツ・ゴーイング・オン) What's Going Onマービン・ゲイの代表曲で、ソウル・ミュージックから曲の途中でジャズ的なアレンジがされています。ヒューバート・ロウズのフルート、ヴァレリー・シンプソンのささやくようなヴォイスに続いて、クインシー自身のヴォーカルが聴けます。そして再びヒューバート・ロウズのフルート、フレディー・ハバードのフリューゲルホーン、トゥーツ・シールマンスは口笛とギターのユニゾンのホイッスル・ギターというものとハーモニカと大忙しで、ミルト・ジャクソンのヴァイブにかぶせて再びクインシーのヴォーカル、そしてジム・ホールのギターへと続き、ラストはトゥーツ・シールマンスのハーモニカと、ハリー・ルツコフスキーのヴァイオリンがフィーチャーされます。この曲は、ソロの間を同じ形のリフでつないでいく進行で、かつてクインシーがグラミー賞をとった「ウォーキング・イン・スペース」と同じようなアレンジになっています。5.“アンダーソン・テープス”のテーマ Theme from the Anderson Tapesショーン・コネリー主演の映画「盗聴作戦」のテーマ曲で、クインシーの映画音楽の最高傑作のひとつに挙げられます。エド・カレホフのシンセサイザーに始まり、ミルト・ジャクソンのヴァイブとボビー・スコットのピアノのデュオ、フレディー・ハバードのフリューゲルホーンに、ブラス・アンサンブル、シンセサイザーのテーマから、トゥーツ・シールマンスのハーモニカがでてきます。6.ブラウン・バラッド Brown Ballad ベーシストのレイ・ブラウンの曲で、トゥーツ・シールマンスのハーモニカ・ソロが印象的なバラード・ナンバーです。7.ヒッキー・バール(ビル・コスビー・ショーのテーマ) Hikky-Burr黒人人気コメディアン=司会者のビル・コスビーのテレビ番組のテーマ曲で、クインシーの手による曲です。ビル・コスビー自身が歌っています。8.ギター・ブルース・オデッセイ:フロム・ルーツ・トゥ・フルーツ Guitar Blues Odyssey: From Roots to Fruits「フロム・ルーツ・トゥ・フルーツ(根元から果実)」という副題がつけられています。この曲は、伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンからチャーリー・クリスチャンを経て、ジミ・ヘンドリックスに至るギターの変歴が、エリック・ゲイル、ジム・ホール、トゥーツ・シールマンスという3人のギタリストによって次々と演じられているものです。
September 19, 2006
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スマックウォーター・ジャック / クインシー・ジョーンズ Smackwater Jack / Quincy Jones1971年A&M[収録曲] 1.スマックウォーター・ジャック Smackwater Jack2.風にまかせて(キャスト・ユア・フェイント・トゥ・ザ・ウィンド) Cast Your Fate To The Wind 3.アイアンサイド Ironside 4.愛のゆくえ(ホワッツ・ゴーイング・オン) What's Going On 5.“アンダーソン・テープス”のテーマ Theme From “The Anderson Tapes” 6.ブラウン・バラッド Brown Ballad 7.ヒッキー・バール(ビル・コスビー・ショーのテーマ) Hikky-Burr 8.ギター・ブルース・オデッセイ:フロム・ルーツ・トゥ・フルーツ Guitar Blues Odyssey: From Roots To Fruits ----------クインシー・ジョーンズのA&Mでの3枚目のアルバムで、1971年の作品です。テレビ・ドラマ『鬼警部アイアンサイド』のテーマ曲をはじめ、その後の音楽シーンの方向性を示した歴史的名盤です。1曲目のキャロル・キングのタイトル曲「スマックウォーター・ジャック」や、4曲目のマービン・ゲイの「愛のゆくえ」は、クインシーのアレンジが光ります。5曲目「“アンダーソン・テープス”のテーマ」は、ショーン・コネリー主演の映画「盗聴作戦」のテーマ曲で、クインシーの映画音楽の最高傑作のひとつに挙げられます。そして、何と言ってもよく知られているのは3曲目のクインシーの作品の「アイアンサイド」で、これはテレビ・ドラマ『鬼警部アイアンサイド』のテーマ曲で、今もテレビなどで頻繁に聴かれます。1972年度のグラミー賞で、最優秀ポップ・ロック・フォーク・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞に輝きました。
September 18, 2006
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グラ・マタリ / クインシー・ジョーンズGula Matari / Quincy Jones1970年 A&M [収録曲]1.明日に架ける橋 Bridge Over Troubled Water 2.グラ・マタリ Gula Matari 3.ウォーキン Walkin' 4.ハミン Hummin' ----------クインシー・ジョーンズのA&Mでの2枚目のアルバムで、1970年の作品です。2曲目のタイトル曲、グラ・マタリはクインシーの作品で、ヴァイブのミルト・ジャクソン、ハーモニカのトゥーツ・シールマンス、トランペット・ソロのフレディー・ハバードといったミュージシャンがフィーチャーされています。グラ・マタリとはスワヒリ語で「砕岩機(さいがんき)」のこと。1970年度のグラミー賞で、作曲賞とインストュルメンタル・アレンジ賞の2部門にノミネートされました。1作目の『ウォーキング・イン・スペース』と3作目の『スマックウォーター・ジャック』等は、現在でも容易に入手できるのですが、この作品は版権の問題なのか廃盤状態です。
September 17, 2006
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ウォーキング・イン・スペース / クインシー・ジョーンズ Walking In Space / Quincy Jones1969年A&M[収録曲] 1.デッド・エンド Dead End 2.ウォーキング・イン・スペース Walking In Space 3.キラー・ジョー Killer Joe 4.ラヴ・アンド・ピース Love And Peace 5.アイ・ネヴァー・トールド・ユー I Never Told You 6.オー・ハッピー・デイ Oh Happy Day ----------これは、クインシー・ジョーンズの1969年発表作品で、A&M(エー・アンド・エム)での最初のアルバムにあたります。このころ、クインシーはハリウッドの映画音楽の第一線のコンポーザーのひとりとして活躍していましたが、彼は、なかなか自分のアルバムをレコーディングする機会に恵まれませんでした。そこで、映画に利用できないとわかった音楽を形にする、ひとつの手段として、彼はA&Mレコードと契約しました。そして、映画音楽から開放された10日間で、ニューヨークに飛んでレコーディングをしてできたのがこのアルバムです。クインシー・ジョーンズは、常に新しい感覚を取り入れ変容していく点では、マイルス・デイヴィスに似たところがあり、素晴らしいミュージシャンを発掘、起用していく点でも、二人はよく比較されます。そんなクインシーが、今までのジャズのスタイルにとらわれず広い冒険心を持って、いち早くフュージョン指向を打ち出した、新しいビッグ・バンド・サウンドが聴けます。このアルバムは、大編成によるジャズ・パフォーマンス部門で、グラミー賞を受賞しました。この頃はまだクインシー自身のプロデュースではなく、クリード・テイラーがその任を請け負っています。2曲目のタイトル曲「ウォーキング・イン・スペース」は、タイトルどおりスペイシーにさまざまなムードで楽しませてくれるものです。レイ・ブラウンのメロウなベース・ソロから始まり、ヒューバート・ロウズ、フレディ・ハバード、ローランド・カーク、エリック・ゲイルなど、当代一のミュージシャンたちがソロを繰り広げていきます。ヴォーカルはヴァレリー・シンプソンですが、彼女がソロイストとしてレコーディングしたのは、これが初めてでした。3曲目の「キラー・ジョー」は、ジャズ・サックス奏者のベニー・ゴルソンが作曲したナンバーで、シングル・カットされて、当時、大々的にラジオから流れ、有名になりました。
September 16, 2006
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また、ガス欠で車が止まってしまった。ガソリン・スタンドまであと300メートル、とどかず_| ̄|○ ガクッ!!
September 15, 2006
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Big Band Bossa Nova / Quincy Jones ソウル・ボサノヴァ / クインシー・ジョーンズ1962年Mercury[収録曲]1.ソウル・ボサ・ノヴァ Soul Bossa Nova 2.ブギー・ボサ・ノヴァ(ブギー・ストップ・シャッフル) Boogie Stop Shuffle3.デサフィナード Desafinado4.カーニヴァルの朝 Manha de Carnaval (Morning of the Carnival) {from Black Orpheus} 5.フォーギブ・ミー・イフ・アイム・レイト Se E Tarde Me Pardoa 6.オン・ザ・ストリート・ホエア・ユー・リヴ On the Street Where You Live 7.ワン・ノート・サンバ One Note Samba 8.ラロ・ボサ・ノヴァ Lalo Bossa Nova 9.セレナータ Serenata 10ノー・モア・ブルース Chega de Saudade (No More Blues) ----------ブラジルで生まれた新しい音楽であるボサノヴァがアメリカでブームになるきっかけを作ったのは、ギタリストのチャーリー・バードが1962年2月にスタン・ゲッツとともに録音した『ジャズ・サンバ』で、そのアルバムはポップス並みのセールスを記録し大ヒットしました。そして翌年、1963年には、かの「イパネマの娘」が収録されたスタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト名義の『ゲッツ/ジルベルト』がリリースされ、アメリカにおけるボサノヴァ・ブームは一気に高まったのでした。この『ソウル・ボサノヴァ(Big Band Bossa Nova)』のジャケットには、“THE NEWEST LATIN AMERICAN RHYTHM”というキャッチ・コピーが記されています。これは“最新のラテン・アメリカのリズム”という意味で、当時の最先端の音楽であることを物語っています。原題の『ビッグ・バンド・ボサ・ノヴァ』というように、ビッグ・バンドによるボサノヴァのアルバムで、音楽に敏感な感覚を持っているクインシーが、いち早くボサノヴァを取り入れてサウンドを作ったものです。それは、チャーリー・バード&スタン・ゲッツがアメリカで初めてのボサノヴァのアルバム『ジャズ・サンバ』をリリースしたのとほとんど同時期に、クインシーは、誕生したてのボサノヴァをビッグ・バンド・サウンドに融合したのでした。ちなみに、クインシーは1956年にディジー・ガレスピー楽団のメンバーとしてリオ・デ・ジャネイロを訪れており、そのときにアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトなどと会っているということです。アルバム冒頭の「ソウル・ボサノヴァ」は、1997年のアメリカ映画『オースティン・パワーズ』のテーマ曲にも使われたことでも有名です。その後1999年の2作目、2002年の3作目と、シリーズ3作とも使われ、世界中がこの曲に歓喜したものです。今ではテレビやラジオ、デパートや商店街から運動会など、いたるところでBGMとしてもよく使われていますから、多くの人が、どこかで耳にしていることでしょう。ローランド・カークのフルートのメロディーが印象的なハッピーなナンバーです。
September 14, 2006
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ザ・クインテッセンス / クインシー・ジューンズ&ヒズ・オーケストラ The Quintessence / Quincy Jones & His Orchestra1961年Impulse[収録曲]1.クインテッセンス Quintessence 2.ロボット・ポートレイト Robert Portrait 3.リトル・カレン Little Karen 4.ストレート、ノー・チェイサー Straight, No Chaser 5.フォー・レナ・アンド・レニー For Lena and Lennie 6.ハード・ソック・ダンス Hard Sock Dance 7.インヴィテイション Invitation 8.ザ・トゥイッチ Twitch ----------1961年、28歳のクインシー・ジョーンズがコンポーザーおよびアレンジャー、サウンド・プロデューサーとして制作した、クインシー・ジョーンズ&ヒズ・オーケストラ名義のモダン・ビッグ・バンド・ジャズのアルバム。ビッグ・バンドによるモダン・ジャズ・サウンドでクインシーの魅力を現しているものです。1曲目のタイトル曲「クインテッセンス」はクインシー自身の作曲によるもので、フィル・ウッズのアルト・サックスを全面的にフィーチャーした美しいバラードです。繊細なオーケストレーションをバックに、すすり泣くような官能的なウッズのプレイが印象的です。4曲目の「ストレート、ノー・チェイサー」の冒頭のミュート・トランペットとベースの絡み、6曲目のアップテンポのスウィンギーなナンバー「ハード・ソック・ダンス」のサド・ジョーンズとフレディ・ハバードによるエキサイティングなトランペット・ソロの競演など、若きクインシーの秀逸なアレンジのもと、ニューヨークの豪華ミュージシャンたちの演奏が聴けるものです。
September 13, 2006
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ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン / ヘレン・メリルHelen Merrill With Clifford Brown / Helen Merrill[1][2][6][7]:1954年12月22日、ニューヨークにて録音[3][4][5]:1954年12月24日、ニューヨークにて録音EmArcy(エマーシー)[パーソネル]ヘレン・メリル(ヴォーカル)クリフォード・ブラウン(トランペット)ダニー・バンクス(ベース・サックス、ベース・クラリネット、フルート)ジミー・ジョーンズ(ピアノ)バリー・ガンブレイス(ギター)ミルトン・ヒントン(ベース)[1][2][6][7]オスカー・ベティフォード(ベース、チェロ)[3][4][5]オシー・ジョンソン(ドラムス)[1][2][6][7]ボビー・ドナルドソン(ドラムス)[3][4][5]クインシー・ジョーンズ(アレンジ・コンダクト)[収録曲]1.ドント・エクスプレイン Don't Explain 2.ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ You'd Be So Nice To Come Home To 3.ホワッツ・ニュー What's New? 4.恋に恋して Falling In Love With Love 5.イエスタデイズ Yesterdays 6.ボーン・トゥ・ビー・ブルー Born To Be Blue 7.スワンダフル 'S Wonderful ----------若きクインシー・ジョーンズがヘレン・メリルの才能を引き立てたジャズ・ヴォーカル・アルバムの傑作。このアルバムは1954年12月に録音され、ヘレン・メリルの代表作になりました。ジャズ・ヴォーカル・アルバムとしてまれに見るパーフェクトな仕上がりで、ジャズの名盤としてよく知られているものです。このアルバムを聴いてヘレンのファンになった人も多かったことでしょう。ヘレン・メリルのフレッシュで魅力的なハスキー・ヴォイスは「ニューヨークのため息」と呼ばれ、これ一発でジャズ・ヴォーカルのトップ集団に仲間入りすることになりましたが、このアルバムが傑作となったのは、クインシー・ジョーンズのオシャレでセンスのいいアレンジ、そして、天才トランペット奏者のクリフォード・ブラウンの素晴らしいプレイや、選曲のよさなどが見事に結晶したものだったからです。収録されているすべての曲の編曲はクインシー・ジョーンズが手がけたもので、しかも、ヘレン・メリルがミュージシャンの人選にあたったのはリズム・セクションのみで、クリフォード・ブラウンの起用を積極的に推したのはクインシー・ジョーンズであり、そういうことからも、このアルバムはクインシー・ジョーンズ編曲、指揮による、クインシー・ジョーンズのリーダー作だと言ってもいいでしょう。このときへレン・メリルは25歳、クリフォード・ブラウンは24歳でしたが、クインシー・ジョーンズは、なんと21歳という若さだったということに驚かされます。つまり、この不朽の傑作は、年下の無名の編曲家によってつくられたということです。これほどまでに歌とブラウンを生かしきって、全体的にバランスのいいアルバムに仕上げた無名のクインシー・ジョーンズは、やはり天才だとしか言いようがないでしょう。その最高傑作が2曲目に収録されている「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」で、クインシーの編曲が最高に光っていて、ジャズ史に残る名曲になりました。
September 12, 2006
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10月と11月の『アーティスト特集』は2カ月間に渡ってクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)
September 12, 2006
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ジュリー・ロンドン(Julie London) CD2枚組発売日:1992年7月29日 東芝EMI [曲目リスト]ディスク:1 1. 想い出のサンフランシスコ 2. センチメンタル・ジャーニー 3. ミスティ 4. クライ・ミー・ア・リヴァー 5. フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン 6. ベサメ・ムーチョ 7. 蜜の味 8. サマータイム 9. 貴方と夜と音楽と 10. 夏の日の恋 11. イパネマの少年 12. 時の過ぎるまま 13. 酒とバラの日々 14. デサフィナード 15. 恋とは何でしょう 16. ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ 17. ブルース・イン・ザ・ナイト 18. ベッドで煙草は良くないわ 19. ブラック・コーヒー 20. ラウンド・ミッドナイト ディスク:2 1. ラヴ・レターズ 2. 日曜はダメよ 3. 家へおいでよ 4. バット・ノット・フォー・ミー 5. 恋におちた時 6. この世の果てまで 7. キエン・セラ 8. 恋の気分で 9. 魅惑のワルツ 10. ホワッツ・ニュー 11. ラヴ・フォー・セイル 12. シャレード 13. ヴァイア・コン・ディオス 14. モア 15. ハロー・ドーリー 16. アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン 17. ドリーム 18. アモール 19. ス・ワンダフル 20. 私の心はパパのもの ----------ジュリー・ロンドンは、1950~60年代に「魅惑のハスキー・ヴォイス」として人気を得た。彼女は29歳で歌手デビューしたが、もともと女優だっただけに美人で艶っぽく、大ヒットとなった[1]4「クライ・ミー・ア・リヴァー」などは大人の女そのもので、その、あやしい魅力に、彼女の虜になった日本の殿方も多いことだろう。スタンダード・ナンバーをシンプルに歌ったものが多いが、アレンジは、おしゃれでジャズ的。このアルバムは、彼女の魅力的な代表曲のほとんどを網羅しているものだが、日本のみの発売だったと思う、現在は廃盤になっていて手に入らない。このCDの中古品が出ていた。ユーズド価格: ¥ 256,000 (定価: \ 4,600)にゃに~?にじゅうごまんろくせん円?!これってどうよ。かおりん!持っているよね!売ろう!!
September 11, 2006
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クラシカーン / チャカ・カーン Classikhan / Chaka Khan原盤発売日:2004年10月5日 国内盤発売日:2004年12月22日 ビクターエンタテインメント[パーソネル]チャカ(シャカ)・カーン(vo)ジョー・サンプル(p)[7][8][9]シーラ・E(perc)[4][6][10][11][12]ロンドン交響楽団ニューヨーク・オールスター・ミュージシャンズ(ジェイ・アンダーソン(b)、デニス・マックレル(ds)、マイケル・デイヴィス(tb)、アンディー・スニッツァー(as)他)[収録曲]1.ビッグ・スペンダー Hey Big Spender 2.ヘイゼルス・ヒップス Hazel's Hips 3.ザ・ベスト・イズ・イェット・トゥ・カム Best Is Yet to Come 4.クレイジー Crazy5.恋の気分で I'm in the Mood for Love 6.イズ・ザット・オール・ゼア・イズ? Is That All There Is? 7.ストーミー・ウェザー Stormy Weather 8.ラウンド・ミッドナイト 'Round Midnight 9.ティーチ・ミー・トゥナイト Teach Me Tonight 10.いつも心に太陽を To Sir With Love 11.ダイアモンドは永遠に Diamonds Are Forever 12.ゴールドフィンガー Goldfinger 13.アイ・ビリーヴ I Believe 14.いつも心に太陽を(リミックス) To Sir With Love(Remix) (日本盤ボーナス・トラック) ----------きのう、「谷島屋」に寄ったら、本屋なのにCDの半額セールのコーナーが設けられていた。どうせ、売れ残りで、ろくなものはないだろうと思ったが、なにげなく見てみると知らない演歌のアルバムに混じって、このアルバムがあったので驚いた。これはほしいと思っていてウィッシュリストに入れてあったものの、ずうっと買いそびれていたので、半額ならお買い得でしょ!というわけであわてて買ったが、どこに思わぬ掘り出し物があるかわからないものだ。まあ、売れ残りには違いないのだろうけれど・・・。これは、ソウル・R&Bの女王、チャカ(シャカ)・カーンの全曲ジャズのアルバム。 日本では2004年12月22日にリリースされたもの。彼女は1982年に、チック・コリアなどと共演した『エコーズ・オブ・アン・エラ ~あの頃のジャズ』というジャズ・アルバムを出している。また、2003年8月の「味の素スタジアム」で行われた「東京JAZZ」では、ダイアナ・クラールが来られなくなって急遽チャカが代役で登場したりした。このアルバムはスタンダード集といっていい選曲だが、バックにはロンドン交響楽団なども参加していて、どちらかというとショー・ビジネス的世界を熱唱しているというものになっている。しかし、そこはやはりチャカ・カーン、全曲、圧倒的パワーでシャウトしている。
September 10, 2006
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「反対語」とは、互いに反対、対称の意味を持つ言葉。天使⇔悪魔色気⇔食い気金槌(かなずち)(全く泳げない人)⇔河童(かっぱ)(比喩的な表現が共通のものだから)左折⇔右折爺(じじい)⇔婆(ばばあ)水車⇔風車正常⇔異常そよ風⇔疾風(はやて)本物⇔替え玉(人物である場合)脱毛⇔植毛全裸⇔半裸髪の毛⇔ひげ
September 9, 2006
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昨日の「クイズ・ミリオネア」よりのトリビア。「日本(ニッポン)」を意味する「ジャパン(JAPAN)」という言葉の、そもそもの由来となったのは「中国語」だったという。「ジャパン」の記述で一番古いものはマルコ・ポーロの「東方見聞録」。その中で、マルコ・ポーロは日本のことを「CHIPUNGU(ジーパング)」と表現している。実はこの「ジーパング」は中国語だった。「CHIPUNGU(ジーパング)」は、正確には「JIHPUN(ジーペン)」といい、「JHE(ジー)」は「太陽」、「PUN(ペン)」は「出るところ」という意味。つまり、聖徳太子が言った「日出(い)ずる国」が「ジャパン」という語のもとになっているということだ。
September 8, 2006
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バードランドの夜 Vol.1 / アート・ブレイキー A Night At Birdland Vol.1 / Art Blakey録音日:1954年2月21日Blue Note [personnel]クリフォード・ブラウン(tp)ルー・ドナルドソン(ts)ホレス・シルヴァー(p) カーリー・ラッセル(b)アート・ブレイキー(ds)[収録曲]1.イントロダクション・バイ・ピー・ウィー・マーケット Introduction By Pee Wee Marquette 2.スプリット・キック Split Kick 3.ワンス・イン・ア・ホワイル Once In A While 4.クイックシルヴァー Quicksilver 5.チュニジアの夜 Night In Tunisia 6.メイリー Mayreh ----------ビバップからハードバップへ。このアルバムは、50年以上も前の1954年のライヴ録音。モダン・ジャズの神様、チャーリー・パーカーの愛称「バード」から名付けられた、世界的に有名なジャズ・クラブ 『バードランド』で繰り広げられた、アート・ブレイキー・クインテットのクライマックス連続のエキサイティングなライヴを収録したもの。この演奏は、「ハードバップの誕生」は1954年とされるゆえんとなったもので、ハードバップ誕生のまさに歴史的な瞬間を劇的にとらえた、ジャズ史上最重要アルバムの一つ。この日、フロント・ラインのニュー・スターを全面的にフィーチュアしていて、若き天才トランペッター、クリフォード・ブラウンのニューヨーク・デビューの輝かしい演奏が聴ける。これは、「ジャズとはなにか?」というものを示しているアルバムだと言えるかもしれない。ジャズを知るのに理屈や知識は必要ない。ただ聴いて「すばらしい!」と感じるかどうかだけだ。そこにはマニアも初心者もない。初めてこのアルバムを聴いて、もし「何も感じない」というようだったら、その人の人生にジャズは必要ないと言ってもいいだろう。1曲目は「イントロダクション・バイ・ピー・ウィー・マーケット」となっているが、これはバードランドの専属司会者ピー・ウィー・マーケットのアナウンスになっている。 ピー・ウィー・マーケットは、身長120センチ、かん高い声でバンドの紹介をする名物司会者で、ミュージシャンの名前をわざと間違えってアナウンスして、正確に紹介してもらいたいミュージシャンからチップをせしめていたという。ちなみに、このアルバムでピー・ウィー・マーケットはクリフォード・ブラウンのみ「ニュー・トランペット・センセーション!」と大賛辞をそえて紹介しているが、チップがはずんでいたのかどうかは定かでない。このアルバムに収められている5曲のうち、3曲がピアニスト、ホレス・シルヴァーの作曲によるもの。最後にバードランドのテーマ曲である「バードランドの子守唄」が短く演奏され、『バードランドの夜』は終る。この『バードランドの夜』のことについて、アート・ブレイキーは、次のように語っている。「クリフォード・ブラウンを私に紹介してくれたのはチャーリー・パーカーだった。1953年の終わりごろ、フィラデルフィアで演奏する仕事があり、パーカーに向こうにはだれかいいミュージシャンはいるかい?と聞いたところ、クリフォード・ブラウンという素晴らしいミュージシャンがいるから、トランペット奏者はニューヨークから連れていく必要はないよ・・・と教えられたんだ。クリフォードと初めて出会ったのはフィラデルフィアのクラブ『ブルーノート』でだった。パーカーが言ったとおり、素晴らしいミュージシャンだった。まるで天才ファッツ・ナヴァロの再来!という感じだった。それで、私はそのままクリフォードをニューヨークに引っ張り出すことにした。『バードランド』に出演する予定があったからだ。そのころピアノのホレス・シルヴァーやアルト・サックスのルー・ドナルドソンたちとは家族のような親密な間柄だった。それにベースのカーリー・ラッセルを加えてクインテットを結成して、『バードランド』に出演することになった。ブルーノートが録音した『バードランド』の夜は超満員だった。客席にはディジー・ガレスピーも聴きに来てくれたし、昔から仲間だった歌手のビリー・エクスタインやドラマーのバディ・リッチも来てくれた。クリフォードはジャズ界の注目を集め始めていたから、みんな期待していたんだ。クリフォードの演奏はセンセイションを巻き起こした。食べ物を口に運んでいたお客がクリフォードがトランペットを吹き出したとたん、電気に打たれたようになって、口をあんぐりと開けたままの状態になったんだ。中にはフォークを床に落としてしまった客までいた。・・・ステージは白熱した。ホレスもルーもクリフォードも名演奏を繰り広げたからね。私にとっても生涯忘れられないステージになったんだ。クリフォードはその直後にマックス・ローチとクインテットを結成することになるんだが、彼が一緒にやってくれたことに、今は感謝しているんだ。『バードランドの夜』というアルバムは、それがきっかけでジャズ・メッセンジャーズの誕生につながったんだ。そのときはジャズ・メッセンジャーズとは言わなかったけれど、まさに発火点だったんだ。このときの「チュジニアの夜」の演奏パターンは歴代ジャズ・メッセンジャーズの演奏のモデルになったんだよ。」この熱い演奏は、黒人の生んだジャズを継承したもので、それはハードバップと呼ばれることになり、アートブレイキーが翌年1955年に結成するザ・ジャズ・メッセンジャーズの原点になった。ジャズという音楽のすべての本質、要素がここにつまっていて、ただただ感激するのみだ。そして、「ジャズってすばらしい!」と実感できるアルバムの一つであることは間違いない。
September 7, 2006
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ファンキー・ジャズ(Funky Jazz)1940年代初頭、ビバップはチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーといった黒人ミュージシャンにより、ニューヨークを中心に沸き起こり、それが洗練されていき、1950年代中ごろにハードバップという形になりますが、そんな黒人ミュージシャンたちの演奏の中でも、より黒人音楽が持っているルーツに根ざした、泥臭いサウンドを強く打ち出したジャズが、1950年代後半にはさかんに演奏されるようになりました。それは、もともとジャズがもっていたブルース、ゴスペル、ソウルといった黒人独特の要素をより強調したもので、黒人としての強い自覚にめざめ、黒人としての誇りと尊厳を高くかかげたこのジャズのスタイルをファンキー・ジャズと言って1950年代末に熱狂的なブームを巻き起こしました。スタイル的にはシンプルですが、パワフルでワイルドでエキサイティングなプレイは、黒人ジャズのエネルギーを感じさせるもので、多くの人々を興奮させたものでした。ワイルドな中にも、黒人ミュージシャンの美意識が見事に昇華されたファンキー・ジャズ。そんな意味からも、黒人ジャズの最も良き時代が「ファンキー・ブーム」の頃だったと言えるかもしれません。ファンキー・ジャズの代表的グループは「アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ」で、そこにいた初代ピアニスト、「ホレス・シルヴァー」は数々の名曲を書き、ファンクの伝道師とか教祖とまで呼ばれ、自己のグループを作り、ファンキー・ジャズを推し進めました。
September 6, 2006
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女の人とうまくいく三つの言葉。『ハイ』、『ごめんなさい』、『二度としません』とにかく、この言葉を素直に言えることが大事だということです。
September 5, 2006
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Doin' The Thing / Horace Silver ドゥーイン・ザ・シング / ホレス・シルヴァー録音日:1961年5月19日Blue Note [personnel]ブルー・ミッチェル(tp)ジュニア・クック(ts)ホレス・シルヴァー(p) ジーン・テイラー(b)ロイ・ブルックス(ds)[収録曲]1.フィルシー・マクナスティ Filthy Mcnasty 2.ドゥーイン・ザ・シング Doin' The Thing 3.キス・ミー・ライト Kiss Me Right 4.ザ・グリンゴ~ザ・テーマ:クール・アイズ The Gringo-The Theme:Cool Eyes ----------ホレス・シルヴァー・クインテットとして、ブルーノート唯一のライヴ・アルバム。バンドの一体感が最高潮の時期で、観客の熱い反応とともに名盤と言われている。アルバムはシルヴァー自身のアナウンスから始まる。「床を踏み鳴らし、指を鳴らし、手拍子しながら頭でも何でも、もう振れる物は何でも振って、まあ好きなように“グルーヴ”にノッってくれ」と言って、足で床をたたいてカウントをとる。1曲目から飛ばしに飛ばし、それは「ファンキー」とういよりシルヴァーいわく「グルーヴ」そのもの。全曲がシルヴァーのオリジナルで、このアルバムすべてがグルーヴのかたまりと言えるもの。だれがソロをとろうがおかまいなしで、最初から最後までシルヴァーのピアノはずっとソロを弾き続け、鍵盤を叩きつけ、バンドをあおる。シルヴァーの鳴り止むことがないピアノが強力なグルーヴを生み出している。ジャズのキーワードである「グルーヴ」を感じることができる「ファンキー・ハードバップ」ジャズの代表作。
September 4, 2006
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ラヴ・アンド・ピース~トリビュート・トゥ・ホレス・シルヴァー / ディー・ディー・ブリッジウォーターLove And Peace~A Tribute To Horace Silver / Dee Dee Bridgewater録音日:1994年12月録音場所:フランス、パリVerve[personnel]ティエリー・エリス(p)ハイン・ヴァン・ドゥ・ガイン(b)アンドレ・チェカレッリ(ds) ステファン・ベルモンド(tp)ライオネル・ベルモンド(ts)ホレス・シルヴァー(p)ジミー・スミス(org)[収録曲]1.パミット・ミー・トゥ・イントロデュース・ユー・トゥ・ユアセルフ Permit Me To Introduce You To Yourself 2.ニカの夢 Nica's Dream3.トーキョー・ブルース Tokyo Blues 4.プリティ・アイズ Pretty Eyes 5.聖ヴァイタスの踊り St. Vitus Dance 6.ユー・ハプンド・マイ・ウェイ You Happened My Way 7.ソウルヴィル Soulville8.フィルシー・マクナスティ Filthy McNasty 9.ソング・フォー・マイ・ファーザー Song For My Father 10.ドゥードリン Doodlin' 11.ロンリー・ウーマン Lonely Woman 12.ザ・ジョディ・グラインド Jody Grind 13.ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ Blowin' The Blues Away ----------このアルバム 『ラブ・アンド・ピース~トリビュート・トゥ・ホレス・シルヴァー』は、全曲ホレス・シルヴァーの作詞、作曲した作品をディー・ディー・ブリッジウォーターが歌ったもの。1994年12月に、ディー・ディーが居住するパリで録音された。このところ好んで取り上げていたホレス・シルヴァーの曲を集めて歌ったもので、ホレス・シルヴァーにささげられた作品になっている。ジャズ・ディスク大賞のヴォーカル賞を受賞。バック・ミュージシャンはディ・ディーのいつものメンバーである、ティエリー・エリスのピアノ、ハイン・ヴァン・ドゥ・ガインのベース、アンドレ・チェカレッリのドラムスのピアノ・トリオに、ステファン・ベルモンドのトランペットとライオネル・ベルモンドのテナー・サックスが加わり、曲によってはホレス・シルヴァー本人のピアノとジミー・スミスのオルガンという豪華なメンバーになっている。ホレス・シルヴァーは、1950年代中ごろ、ジャズ・メッセンジャーズの中心的なメンバーになるなど、ハードバップ、ファンキー・ジャズを推し進めてきたが、彼はピアニストとしてすぐれているだけなく、作曲にも才能を発揮し、彼の作曲した曲の数々は、モダン・ジャズのスタンダード・ナンバーになっている。ディー・ディー・ブリッジウォーターは1950年5月27日、アメリカ、テネシー州メンフィス生まれ。ジャズからソウルまでを歌い、ミュージカルの『ウィズ』、『ソフィスティケイティッド・レディース』に主演したり、幅の広い活動をみせてきたが、現在はジャズに徹しているようだ。このアルバムは、ディー・ディーが44歳のときのもので、実にエネルギッシュで、ファンキーな歌い方をしている。「フィルシー・マクナスティ」、「ソング・フォー・マイ・ファーザー」、「ドゥードリン」、「ザ・ジョディ・グラインド」など、この曲に実に良くマッチしたファンキーなフィーリングが聴きどころになっている。彼女はファンキーなホレス・ナンバーを、それこそファンキー!ワイルド!エキサイティング!に歌っている。ディー・ディーは、レコーディングにも参加してくれたホレス・シルヴァーについて、次のように語っている。「ホレスさん、このプロジェクトを信頼して下さってありがとう。あなたの、さまざまな音楽、あなたの心踊るピアノのタッチ、そして面白い歌詞をありがとう。あなたの精神的、物質的なさまざまなサポートに感謝します。そして、あなたがスタジオに来てくれたことは、ミュージシャンにとってもジャーナリストにとってもまさに夢の実現でした。私は、このアルバムが、ホレスの音楽が一層広く大きく大衆にアピールするようになることを願っています。私がアルバムにこのようなタイトルをつけたのは、ホレス・シルヴァーこそ、愛と平和“ラヴ・アンド・ピース”の化身だからです。」
September 3, 2006
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今日は、一世を風靡したファンキー・ジャズ・ピアノ・スタイルの伝道師、ホレス・シルヴァーの誕生日です。●ホレス・シルヴァー(Horace Silver)1928年9月2日、アメリカ、コネティカット州ノーウォーク生まれ。ホレス・シルヴァーは、1954年初め、アート・ブレイキーと第一期ジャズ・メッセンジャーズを結成し、ブレイキーと共にチャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーらが作ったビバップ・スタイルを発展させました。そのジャズのスタイルはハードバップと呼ばれ、隆盛をきわめるようになります。しかし、両雄並び立たず、結局シルヴァーは1956年にジャズ・メッセンジャーズをでて自己のクインテットを結成、黒人ならではのアーシー(土臭い)なブルース・フィーリングを強調し、『ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ』、『ドゥーイン・ザ・シング』といった、ファンキーなエッセンスにあふれた傑作アルバムを次々と発表し、そのスタイルはファンキー・ジャズと呼ばれ、1960年代初めにかけて一世を風靡します。そのため、ホレス・シルヴァーは、ファンキー・ジャズの立役者となり、「ファンキー・ジャズの“プリーチャー(伝道師)”」と呼ばれました。シルヴァーのピアノは実にホットで小気味よく、ソリストをあおる強烈なバッキングと、熱狂的なソロ、それでいてどことなく哀愁がただよう雰囲気は、やはり彼ならではの素晴らしさです。そんなシルヴァーが日本に初めてやってきたのは1962年のことです。その前年に、シルヴァーが初代ピアニストを務めていたグループで、やはりファンキー・ジャズで人気のアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズが来日していたこともあり、当時日本でも空前のファンキー・ブームになっていました。ファンキー・ルックと呼ばれるファッションに、ファンキー・ハットと呼ばれる帽子が大流行。現在、東京都知事の石原慎太郎氏がシルヴァーを主役のモデルにして、『ファンキー・ジャンプ』というジャズ小説を書いたのもこの頃です。そういうファンキー・ブームのまっただ中に来日したのですから、シルヴァーに対する歓迎ぶりはものすごいものでした。コンサートはもちろん連日満員、オフの日もパーティーの連続という熱狂的な歓迎を受けたので、日本がすっかり気に入ったのでしょう、帰国してすぐ『ザ・トーキョー・ブルース』という返礼アルバムを制作しました。このアルバムにはタイトル曲の「ザ・トーキョー・ブルース」をはじめ、「サヨナラ・ブルース」、「トゥ・マッチ・サケ」、「アー!ソー(ああ!そう)」といった曲が並び、ジャケットでは振り袖姿の二人の大和撫子が、シルヴァーをはさんでニッコリと微笑んでいます。また、シルヴァーはピアニストとしてすぐれていただけではなく、作曲家としても抜群の才能の持ち主で、親しみやすいリフのものが多くあり、彼の作曲した曲の数々は、モダン・ジャズのスタンダード・ナンバーになっています。黒人ならではの感覚にポルトガル系の血を引くこともあり、そのメロディーラインは独特の哀愁がただよっていて、そういうところが情感をくすぐり、親しみやすいものだと言えるでしょう。----------●ファンキー●アーシー
September 2, 2006
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オール・ザ・シングス・ユー・アー / ケニー・ドリュー・カルテットAll The Things You Are / Kenny Drew Quartet録音日:1981年1月23日録音場所:日本、東京、郵便貯金ホールでのライヴ録音TDK Records[personnel]ケニー・ドリュー(p)サム・ジョーンズ(b)ジミー・コブ(ds) ジュニア・クック(ts)[収録曲]1.君はわがすべて All The Things You Are 2.ムーンライト・イン・ヴァーモント Moonlight In Vermont 3.アローン・トゥゲザー Alone Together 4.ヤードバード組曲 Yardbird Suite 5.サンセット Sunset 6.イエスタデイズ Yesterdays7.イット・クド・ハプン・トゥ・ユー It Could Happen To You 8.ハッシャバイ Hush-a-bye9.ジョン・ポール・ジョーンズ John Paul Jones----------ケニー・ドリューが日本で人気が出る以前に来日した際の、ライヴ録音盤。ベースは、いつものニールス・ペデルセンではなく、ゲストにテナー・サックスのジュニア・クックを迎えての、めずらしいケニー・ドリュー・カルテットによるハードバップ・スタイル。
September 1, 2006
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