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『Bluesette』(ブルーゼット)この曲は、1936年にハーモニカの名手、トゥーツ・シールマンスが作曲し、「やさしく歌って(Killing Me Softly With His Song )」を作ったことで知られているノーマン・ギンベルが、1964年に歌詞をつけたものです。作曲者のクレジットはJean Thielemans(ジャン・シールマンス)になっていますが、これはトゥーツ・シールマンスの本名です。私は、クインシー・ジョーンズの1975年のアルバム、『メロー・マッドネス(Mellow Madness)』の中に収録されているこの曲を聴いて、「何と美しい曲なんだ」と思って、すぐに大好きな曲になりました。トゥーツ・シールマンスは、もう何作も前のクインシーのアルバムからハーモニカとしてフューチャーされていたので、私は、もうすっかり彼のファンになっていたのですが、このアルバムの中ではハーモニカではなく、もう一つの彼の独特のスタイルである、ギターと口笛をユニゾンでプレイするというものでレコーディングされています。これは「ホイッスル・ギター」と呼ばれていて、彼の得意技で、トレードマークとも言えるものです。ジョージ・ベンソンはギターとスキャットをユニゾンでプレイするスタイルで一躍有名になりましたが、トゥーツ・シールマンスは、ギターと口笛をユニゾンでプレイすると言うスタイルを、あみ出していたのでした。さかのぼること、1962年に、トゥーツ・シールマンスのギターと口笛による「ブルーゼット」が大ヒットして一気に名を上げたのでしたが、実はもっとずっと以前の1936年に作られていたものでした。この曲は、ギターのチューニングをしながらハミングしている時に、同じ楽屋にいたステファン・グラッペリが「ぜひ楽譜に書き取りなさい」と言ったのでこうして残ったそうです。はじめはベルギーの小さな青い花ということで「ブルーエット」と呼んでいたそうですが、スエーデンのあるプロデューサーが、「これはブルースの曲だろう、ブルーゼットにしよう」と言ったので「ブルーゼット」になったといいます。現在では、ジャズのスタンダード曲集の楽譜にも載るような大スタンダード・ナンバーになっています。シールマンス自身でも、何回もこの曲を録音しています。それにしても、このトゥーツ・シールマンスという人は、ハーモニカといい口笛といい、ジャズ・プレイヤーとしてはだれも見向きもしないものを使って、深く感動する演奏を聴かせてくれるのには、まったくもって恐れ入ります。この人のハーモニカを聴いて、自分もこんなふうにハーモニカがふけたらすばらしいと、あこがれたものです。2000年11月、この「ブルーゼット」に母国ベルギーのラジオ局が「最優秀作曲賞」を与えたほか、トゥーツ・シールマンスが80歳を迎えた2002年には、特別な名誉博士号を授与しました。*****●ブルーゼットBluesette作詞:ノーマン・ギンベル((Norman Gimbel)作曲:ジャン・シールマンス(Jean Thielemans)1936年(曲のみ)1964年(歌詞付き)かわいそうに、小さな可愛いブルーゼット泣かないで、心配しないでいつか幸運な日がやってくるからその悲しみも、きっと忘れてしまう幸運な日が、喜びの日がきっと来るよきみの心に愛があふれている限り可愛いブルーゼット、落ち込んではいけないよきみと同じように寂しい若者はどここかにいる真実の愛を、抱きしめられる誰かを探して・・・だから気を取り直してブルーゼット本物の愛にめぐり逢えるよ打ちひしがれた心も、すぐに軽やかに歌うようになるさ小さな可愛いブルーゼット、泣かないでもう知らせを聞いたよね新しい恋がもうすぐそこまで来てるってその恋は虹に包まれ、ピンクのリボンで飾られているきみに新しい春の季節をあげるために金の結婚指輪をつけさせるためにだから涙をふいてそっぽを向いたり心配したりしないでもうすぐ幸福がやってくるよ ブルーゼットきみの心に愛があふれている限り可愛いブルーゼット、落ち込んではいけないよきみと同じように寂しい若者はどこかにいるそして真心を捧げられる相手を求めて・・・幸運な日が、喜びの日がきっと来るよそんな魔法の日は今日かもしれない可愛い可愛いブルーゼット可愛い可愛いブルーゼット今日はそんなに落ち込まないで・・・
April 30, 2006
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トゥーツ・シールマンス(Toots Thielemans)今日は、私の大好きなハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンスの誕生日です。トゥーツ・シールマンスは、ジャズ・ハーモニカの創始者にして第一人者です。本名をジャン・パブティスト・シールマンス(Jean Baptiste Thielemans)といい、1922年4月29日にベルギーの首都ブリュッセルで生まれました。日本の年号では大正11年生まれで、今年で84歳になったということになりますが、去年2005年1月にも来日していますし、今月4月12日には最新アルバム「ワン・モア・フォー・ザ・ロード」がリリースされ、今なお音楽活動を続けています。“トゥーツ”(Toots)というのはハーモニカを「トゥーッ」と吹き鳴らすとこからきた愛称ということです。アルバムによっては、Jean ThielemansとかJean "Toots" Thielemans という名前になっています。 「Jean」というのはジャズにふさわしくないので変えたとも言われています。子供のころからアコーディオンを弾き始め16歳の時にハーモニカを吹くようになり、さらにジャンゴ・ラインハルトの影響を受け、19歳でギターを始めたと言います。第二次世界大戦後、ギタリストとして地元のクラブで活動。1950年にベニー・グッドマンのグループに参加し、ヨーロッパを回り、1951年にアメリカに移住しジョージ・シアリングのグループに参加します。1962年に、彼のギターと口笛のユニゾン・ソロ(ホイッスル・ギターと呼ばれている)をフューチャーした、彼の作曲による「ブルーゼット」がヒットし、一躍注目を集めます。1963年以降、ABCテレビのスタッフ・ミュージシャンとして活動する一方で、セッション・ミュージシャンとしても数多くのレコーディングに参加しています。1969年の映画「真夜中のカウボーイ」のサントラでは、彼のハーモニカ・プレイが話題になりました。1970年以降は、ソロ・アーティストとして数多くのアルバムをリリースしたり、ライヴ・ツアーなどを精力的に行う一方、クインシー・ジョーンズやジャコ・パストリアスなどのアルバムでフューチャーされたり、ポール・サイモン、ビリー・ジューエル、レイ・チャールズなどといった、ポップアーティストたちのアルバムにも積極的に参加している他、テレビ番組の「セサミストリート」のテーマ曲の作曲により、作曲家としても認められました。母国ベルギーでは記念切手にもなり、国民的な人気アーティストになっています。ハーモニカというとブルースやロックではなじみの深い楽器ですが、彼のハーモニカはそれらに使われるダイアトニック・ハーモニカ(商標名:ブルースハープ)いうものとは全く別物の、クロマティック・ハーモニカを使うため、半音を自在に操るための高度なテクニックを必要とするものです。ですから、ハーモニカといってあなどってはいけません。彼のプレイするハーモニカは、とてもジャジーでヒューマンでロマンティックな表現豊かなものです。クインシー・ジョーンズのアルバムにはシールマンスのハーモニカは欠かせないものになっていて、クインシーは、「作品に何か足りないと感じたらトゥーツを呼ぶことにしている」と言い、さらに、「トゥーツはわれわれの時代が誇れる最高のミュージシャンの一人だ、と声を大にして言いたいね。彼のプレイにはハートがある。心ゆくまで泣かせてくれるんだ。彼とは数え切れないほど何回も仕事をしているけれど、そのたびに教えられた。トゥーツは永遠なり!」と大絶賛しています。私も、トゥーツ・シールマンスの名前を知ったのはクインシー・ジョーンズのアルバムでのことです。彼のプレイを聴いたおかげで、ハーモニカという楽器がこんなにも素晴らしい楽器だったのだということを感じさせられました。トゥーツ・シールマンスのハーモニカは、とても素敵です。
April 29, 2006
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『フューチャー・2・フューチャー / ハービー・ハンコック』Future 2 Future / Herbie Hancock発売日:2001年Transparent MusicElenni Davis-Knight :voice (1)Herbie Hancock :keyboardsCarl Craig :programming & beats (2,11)Bill Laswell :electric bass (2,3,4,5,6,7,8,9,10,11)GiGi :vocals (2,11)Chaka Khan :vocals (3)Charnett Moffett :acoustic bass (3,9,10)Karsh Kale :drums (3,7), program beats (7)Grandmixer DXT :turntable (3)Jack DeJohnette :drums (4,8,9,10)Rob Swift :turntables & programming (4)A Guy Called Gerald :programming & beats (5)Dana Bryant :vocals & words (6)Tony Williams :drums (6)Wayne Shorter :tenor sax (6,10), soprano sax (9)Imani Uzuri :vocals (9).[収録曲]1.Wisdom (ウィズダム)2.Kebero Part I (ケベーロ・パート1)3.The Essence (ジ・エッセンス)4.This Is Rob Swift (ディス・イズ・ロブ・スウィフト)5.Black Gravity (ブラック・グラヴィティ)6.Tony Williams (トニー・ウィリアムス)7.Ionosphere (アイオノスフィア)8.Alphabeta (アルファベータ)9.Be Still (ビー・スティル)10.Virtual Hornets (ヴァーチャル・ホーネッツ)11.Kebero Part II (ケベーロ・パート2)12.The Essence (DJ Krush Remix) (ジ・エッセンス(DJ KRUSH リミックス))----------ハービー・ハンコック、2001年のアルバム。アルバムタイトル通り、フューチャーサウンドです。このころはヒップホップ、テクノ、クラブミュージックといったものは、すっかり定着したものですが、私は、そのような音楽には特に聴きたいと思えるものがありません。しかし、このアルバム3曲目の「ジ・エッセンス」がラジオで流れた時、「何だこのヒップホップなのにカッコイイ音楽は!」と思ってしまいました。それがハービー・ハンコックの新しいアルバムの曲だと知ると、すぐに買ってきて夢中で聴きました。「ジ・エッセンス」のヴォーカルはチャカ・カーンでした。全曲、とにかくカッコイイ!ハンコック61歳のときですから、すごいヒップホップ・テクノ爺さんだ!ヒップホップとジャズを完全に融合してしまっているものです。ガキが適当に作ったヒップホップや、軽薄なフュージョンとは全く次元の違う、本当にゴキゲンなヒップホップなジャズです。 何回も言いますが、ハンコックは本当にスゴイ!
April 28, 2006
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『ガーシュウィンズ・ワールド / ハービー・ハンコック』Gershwin's World / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1998年10月20日VerveHerbie Hancock :piano, organ (5)Madou Dembelle :djemb (1,2)Massamba Diop :talking drum (1,2)Cyro Baptista :percussion (1,4,8,11,12)Bireyma Guiye & Cheik Mbaye :percussion (1)Eddie Henderson :trumpet (2,4,8)Kenny Garrett :alto saxophone (2,4,8)James Carter :tenor saxophone (2), soprano saxophone (4)Ira Coleman :bass (2,3,4,8,9,10,12)Terri Lyne Carrington :drums (2,3,5,9)Joni Mitchell :vocal (3,10)Wayne Shorter :tenor saxophone (3,9), soprano saxophone (10)Marlon Graves :guitar (4), percussion (11)Robert Sadin :percussion programming (4,11)Stevie Wonder :vocal (5),harmonica (5,10)Alex Al :bass (5)Chick Corea :piano (7)Bakithi Kumalo :bass (11), guitar (12)Kathleen Battle :soprano (12)Charles Curtis :cello (12).[収録曲]1.Overture (Fascinating Rhythm) (オーヴァーチュア(ファシネイティング・リズム))2.It Ain't Necessarily So (イット・エイント・ネセサリリー・ソー)3.TheMan I Love (ザ・マン・アイ・ラヴ)4.Here Come de Honey Man (ハニー・マン)5.St. Louis Blues (セント・ルイス・ブルース)6.Lullaby (ララバイ)7.Blueberry Rhyme (ブルーベリー・ライム)8.It Ain't Necessarily So (Interlude) (イット・エイント・ネセサリリー・ソー(インタールード))9.Cotton Tail (コットン・テイル)10.Summertime (サマータイム)11.My Man's Gone Now (マイ・マンズ・ゴーン・ナウ)12.Prelude in C Sharp Minor (プレリュード・イン C#マイナー)13.Concerto for Piano and Orchestra in G, 2nd Movement (ピアノ協奏曲ト長調 第2楽章)14.Embraceable You (エンブレイサブル・ユー)※15.Someone To Watch Over Me (Bonus Track) (サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー(ボーナス・トラック))(※2004/11/09のものには収録されていない)----------1998年にハービー・ハンコックが制作した、ジョージ・ガーシュウィン生誕100周年記念アルバム。1898年生まれのジョージ・ガーシュウィン。この偉大なアメリカの作曲家の生誕百年を祝うにあたって、ハービー・ハンコックは『ガーシュウィン・ワールド』というこのアルバムを作りました。ハンコックのジョージ・ガーシュウィン作品集はガーシュウィンと親しかったとされる作曲家たちの曲も加えながら、さまざまなジャンルから多彩なミュージシャンを集め、いろいろな編成・アレンジで「ガーシュウィン・ソング・ブック」を作り上げました。スティーヴィー・ワンダー、ジョニ・ミッチェル、ウェイン・ショーター、チック・コリア、ロン・カーターなども参加しています。9曲目の「コットン・テイル」はデューク・エリントンの曲ですが、これはガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム」という曲のコード進行をもとにしています。「アイ・ガット・リズム」のコード進行に魅せられたのはエリントンだけではなく、チャーリー・パーカーの「アンソロポロジー」や、セロニアス・モンクの「リズマニング」、ソニー・ロリンズの「オレオ」など、数多くのジャズの偉人たちがこれをもとに曲を書いています。ジョージ・ガーシュウィンの音楽は、ジャズの、いやアメリカ音楽のもとを作ったもので、このアルバムはそんなガーシュウィンの音楽のメロディーの美しさやリズムの多様性を、ハンコックなりに引き出しているものになっています。やはり、ここでもハンコックの音楽は素晴らしい。1998年度、スイングジャーナル・ジャズ・ディスク大賞・金賞受賞。●ジョージ・ガーシュウィン↓こちら【June 12, 2005】の日記
April 27, 2006
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『ニュー・スタンダード / ハービー・ハンコック』The New Standard / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1996年VerveHerbie Hancock :pianoMichael Brecker :tenor and soprano saxophonesJohn Scofield :acoustic and electric guitars, electric sitarDave Holland :acoustic bassJack DeJohnette :drums, electric percussionDon Alias :percussion.[収録曲]1.New York Minute (ニューヨーク・ミニット )2.Mercy Street (マーシー・ストリート)3.Norwegian Wood (This Bird Has Flown) (ノルウェーの森)4.When Can I See You (ホェン・キャン・アイ・シー・ユー)5.You've Got It Bad Girl (バッド・ガール)6.Love Is Stronger Than Pride (ストロンガー・ザン・プライド)7.Scarborough Fair (スカボロ・フェア)8.Thieves in the Temple (シーヴス・イン・ザ・テンプル)9.All Apologies (オール・アポロジーズ)10.Manhattan (Island of Lights and Love) (マンハッタン)----------ハービーハンコックが1996年に制作したアコースティック・ジャズ・アルバム。古くからのスタンダード・ナンバーではなく、ニルヴァーナ、プリンス、ビートルズ、サイモン&ガーファンクルの曲など、比較的新しい時代の曲をとりあげ、それらをスタンダード・ナンバーとしての題材にし、ジャズとして仕上げたもので、とにかく、それらのポピュラー・ソングが鮮烈なシャズ・ナンバーになっているところがすごい!いい意味で原曲を変容させたものです。
April 26, 2006
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『フューチャー・ショック / ハービー・八ンコック』Future Shock / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1983年ColumbiaHerbie Hancock :Fairlight CMI (1,4,6), Rhodes Chroma (1,3,5), Sennheiser vocoder (1),clavitar (1), Dr. Click rhythm controller (1,3,4), E-mu 4060 digital keyboard (1), Mini-Moog (1,5), clavinet (2), Memory Moog (2), piano (3,5), emulator (3,6), Yamaha GS-1 (4,5), Yamaha CE-20 (4), alphaSyntauri (6) Bill Laswell :bassMichael Beinhorn :DMX (1,3,4,5), synare (1,3,4,5), Mini-Moog programming (1,5), Prophet-5 (2,3,6), Prophet Pro I (2), Memory Moog programming (2,3,4), shortwave (5) Grand Mixer D.ST. :turntables (1,4,6), voice (6), background vocals (6)Daniel Ponce :bata (1,4)Dwight Jackson, Jr. :lead vocal (2)Bernard Fowler :background vocals (2,6) Pete Cosey :guitar (2) Sly Dunbar :drums (2,6), bongos (2)Lamar Wright :lead vocal (6)Roger Trilling & Nicky Skopelitis :background vocals (6).[収録曲] 1.Rockit (ロックイット)2.Future Shock (フューチャー・ショック)3.T. F. S. (ティー・エフ・エス)4.Earth Beat (アース・ビート)5.Autodrive (オートドライヴ)6.Rough (ラフ)7.Rockit (Mega Mix) (ロックイット(メガ・ミックス))----------エレクトリック・サウンド路線のハービー・ハンコック、1983年のアルバム。23年前、当時これを初めて聴いたときは一体何が起こったのかと思ったくらいに衝撃的なサウンドでした。これは、ジャズファンには全く理解の限界をこえたもので、それこそアルバムタイトル通りの「フューチャー・ショック=未来の衝撃」そのものの「未来音楽」でした。だいぶあとになってから、これがヒップホップというものだと知る、最先端の音楽を作り出していたものでした。今になってすれば、やっと普通に聴けるサウンドですが、これを1983年にやって大成功したというのは、やはりハービー・ハンコックでなくてはできなかったことでしょう。1曲目「ロックイット(Rockit)」はグラミー賞を受賞。当時、ジャズのジャの字も知らなかった若者たちが絶賛し、大ヒットしました。言うなれば、大ヒットしたヒップホップの最初の歴史的なものでしょう。しかも、そこはやはりハービー・ハンコックの作品だけあって、そこらへんのヒップホップとはまったく違うものです。とにかくサウンドがカッコイイ。ハービー・ハンコックはすごい。ただし、ハンコックのアドリヴを期待すると思惑がはずれるので注意!キーボードにマルチなだけではなく、人間的にもマルチ人間だと思わせる、全く別人のハンコックがここにいますが、これは紛れもなくハンコックです。彼は、初めからそれこそいろいろなミュージシャンのアルバムに参加していますが、そこにはいつも恐ろしいほど別人のハンコックがいるのです。まさにミスター・カメレオン・ハービー・ハンコック。
April 25, 2006
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ジャズは、クラシック音楽と同様に芸術音楽と言われています。しかし、ジャズは、もともとは売春宿の酒場の音楽から発生し、長い間、ダンスの伴奏音楽であり、それはアメリカの唯一の大衆音楽(ポピュラー・ミュージック)で、そのころはまだ鑑賞するという芸術音楽の域に踏み込めずにいたものです。それを、チャーリー・パーカーや、ディジー・ガレスピーといった人たちがジャズを芸術の域にもっていきました。だからといって、私は「ジャズ以外の音楽は低俗で聴く気がしない」と思ったことは一度もありません。デューク・エリントンも言っているように、私は、世の中にはいい音楽とよくない音楽(但し自分の好みにすぎない)しかなく、それは結局、自分が好きな音楽か嫌いな音楽かというものでしかないと思っていますから、音楽のジャンルというものは聴く上でも演奏する上でも全く関係のないことです。マイルス・デイヴィスが、ロックの要素やエレクトリック・サウンドを取り入れ、それらはジャズ・ロックとか、エレクトリック・ジャズとか、クロスオーヴァーとか呼ばれ、のちにフュージョンと言われるようになって、そういうサウンドが一種のブームになっていきますが、そうなってくると、これは芸術音楽としてのジャズとは言えないのではないかという意見がでるようなものが多くなってきました。フュージョンがブームになった1980年頃、ジャズ評論家の油井正一さんが来日公演をした秋吉敏子、ルー・タバキン夫妻と対談したときの話で、油井さんが「フュージョンはジャズの一部かどうか」ということを尋ねると、それに対して次のような見解を示したと言います。「ジャズは芸術音楽、フュージョンはポップス、だから当然分類は違ってくる。最近アメリカのレコードショップでは、ジャズとフュージョンは別に区分けしてディスプレイしている。」すると、そこに同席していたジャズ評論家の岩波洋三さんが、「ウェザー・リポートはどっちの分類に入るんですか?」と聞くと、ポップス(フュージョン)の分類に入るのだそうです。「では、チック・コリアは?」と油井さんが聞いたら、「グループ(リターン・トゥ・フォーエヴァーなど)のものはポップスで、ソロのものはジャズだ」と言ったそうですが、そうなってくると何か、ややこしい話になってきます。彼らはどうもエレクトリックサウンドが聴こえるものはみんなフュージョンでポップスということになると言っているようです。ハービー・ハンコックになると、もっとややこしく入り組んでいて、一枚のアルバムの中でモダンジャズとフュージョンをやっていることになり、本当にわけがわからなくなってしまいます。ジャズ評論家やモダンジャズ・ファンは「フュージョンはジャズと呼ぶな」と言っていますが、どれがフュージョンで、どれがジャズとするかという定義がどうもはっきりしません。リズムの面でもロックやファンクのエイト(8)ビートやシックスティーン(16)ビートを取り入れたものはフュージョンとするといった考えもありますが、それでは、ラテンリズムやジャズのルーツ、アフリカのリズムだって、シックスティーンビートではないですか。マイルス・デイヴィスは、そのアフリカのリズムに帰ったサウンドを取り入れ、大名盤、『ビッチェズ・ブリュー』を作り上げましたが、これがフュージョンの最初のアルバムとされています。でも、私はこれはジャズだと思うのですが・・・。マイルス・デイヴィスはジャズ・トランペッターということではなく、ジャズ、及びフュージョン・トランペッターということになり、チック・コリアやハービー・ハンコックもジャズ・ピアニストではなく、ジャズ、及びフュージョン・ピアニストで、ジャコ・パストリアスに至っては、ジャズ・ベーシストではなく、フュージョン・ベーシストと呼ばなくてならないということですね。そんなことを言っていると、ジャズ・ギタリストが使っているエレキギターだって、ジャズ・オルガンのハモンド・オルガンだって、ヴブラフォンだって、ビッグバンドがエレキベースを使っていたらフュージョンになるってことでしょ。もっとも、マイルス・デイヴィスは「俺の音楽をジャズと呼ぶな、マイルスの音楽と呼べ!」と言ってましたが・・・。アメリカのビルボードでは、フュージョンをコンテンポラリー・ジャズと分類しています。まあ、私にとってはジャンルが何であろうと、どーでもいい話でした。
April 24, 2006
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『MR.ハンズ / ハービー・ハンコック』Mr. Hands / Herbie Hancockオリジナル盤発売日:1980年Leon "Ndugu" Chancler :drums (1)Byron Miller :bass (1)Bill Summers :percussion (1,4,5) Tony Williams :drums (2)Ron Carter :bass (2)Sheila Escovedo :percussion (2,3)Alphonse Mouzon :drums (3) Freddie Washington :bass (3)Wah Wah Watson :guitar (3)Harvey Mason :drums (4,5)Jaco Pastorius :bass (4)Paul Jackson :bass (5)Bennie Maupin :tenor saxophone (5)Herbie Hancock :EMu Polyphonic keyboard, clavitar, Waves Minimoog, Minimoog, Prophet 5, Oberheim 8 Voice, Yamaha CS-80, ARP 2600, Hohner clavinet, Rhodes 88 Suitcase piano, Sennheiser vocoder, Linn-Moffett drum synthesizer, modified Apple II Plus Microcomputer, piano.[収録曲]1.Spiraling Prism (スパイラリング・プリズム)2.Calypso (カリプソ)3.Just Around the Corner (ジャスト・アラウンド・ザ・コーナー)4.4 Am (フォー・エー・エム)5.Shiftless Shuffle (シフトレス・シャッフル)6.Textures (テクスチャーズ)----------このアルバムは、ハービー・ハンコックのこれまでのエレクトリック期のアルバムの未発表テイクに、ハンコック自身があとからシンセサイザーなどをオーヴァー・ダビングして、1980年にリリースされたものです。ハンコックによると、アルバムを作るときにはいつも曲を多めにレコーディングして、その中からアルバム・コンセプトに合った曲を選ぶので、いい演奏なのにアルバム・コンセプトが合わずにオクラ入りになってしまう曲があると言います。そこで、そういう曲にシンセサイザーをダビングして統一感をもたせ、一枚のアルバムに仕上げたのがこのアルバムだということです。それまでのレコーディング・セッションでお蔵入りになっていたテイクの中から、5曲を選曲し、そこに、ハンコック自身のワン・マン・レコーディングによる新たな1曲をアルバム最後に加えたもので、 掘り出した5曲のうち1曲目から4曲目には、ハンコックがシンセサイザーなどをダビングしています。5曲目は「ヘッド・ハンターズ」の未発表テイクで、この一曲だけはオーヴァー・ダビングを全くしていないということです。メンバーはセッションごとに違いますが、トニー・ウィリアムス(ドラムス)、ハービー・メイスン(ドラムス)、ジャコ・パストリアス(エレクトリック・ベース)、ロン・カーター(ベース)ら、豪華な顔ぶれです。 特にジャコ・パストリアスが参加している4曲目の「フォー・エー・エム(4 Am)」は、やはり聴きものです。一般的にジャズ評論家が選ぶハンコックの代表的な名盤としては、『処女航海(Maiden Voyage)』や『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters)』を挙げるでしょうが、ハンコックのファンになると好きなアルバムとしては、これらのアルバムの名前は一番目には出てこないでしょう。要するに、ファンにとっては世に言う大名盤と好きなアルバムとは違うものだということです。たとえば、『スピーク・ライク・ア・チャイルド(Speak Like A Child) 』や『洪水(Flood )』といったアルバムが一番好きだという人は、そうとうのハンコック・ファンであり、ハンコック“通”であると言えるでしょう。そして、このアルバム『MR.ハンズ』というと、ジャズ評論家からすればほとんど無視されているようなものですが、これをバイブルのように愛聴しているという人は、われわれミュージシャン仲間では数多くいて、それらの人々はもう“通”をとおり越してほとんど“オタク”に近いものです。しかし、そんなわれわれは、このアルバムを聴きながら興奮し、思わずニンマリしてしまうという、ちょっとアブナイ人になっている自分を発見するほど、ハンコックの魅力に満ちあふれている、いいアルバムなのです。このアルバムは、そんなハンコック“オタク”の愛聴盤になっているものです。
April 23, 2006
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『V.S.O.P. ニューポートの追想 / ハービー・ハンコック』V.S.O.P. / Herbie Hancock録音:1976年6月29日 ニューヨーク・シティー・センター・ホールでの実況録音Columbia Herbie Hancock :Yamaha Electric Grand Piano, Rhodes Electric Piano (5-7, 8/9), Hohner D6 Clavinet (5-7, 8/9), Arp Odyssey (8/9), Arp String Ensemble (8/9), Micro-Moog (8/9), Oberheim Polyphonic Synthesizer (8/9), Echoplex (8/9), Countryman Phase Shifter (8/9), Cry Baby Wah Wah (8/9) Ron Carter (1,2,3,4) : BassTony Williams (1,2,3,4) :Drums Freddie Hubbard (1,2,3,4) :Trumpet Wayne Shorter (1,2,3,4) :Tenor and Soprano Sax Bennie Maupin :Alto Flute (5,6,7), Soprano Sax (8/9), Tenor Sax (8/9), Lyricon (8/9)Jabali Billy Hart (5,6,7 ):Drums Mganga Eddie Henderson (5,6,7) :Trumpet, Flugelhorn & Effects Pepo Julian Priester (5,6,7) :Tenor & Bass TromboneMchezaji Buster Williams (5,6,7) :Bass Paul Jackson (8,9) :Electric Bass James Levi (8,9):Drums Kenneth Nash (8,9):Percussion Ray Parker, Jr. (8,9) :Guitar Wah Wah Watson (8,9) :Guitar, Maestro Universal Synthesizer System, Maestro Sample & Hold, Voice Bag.[収録曲]1.Piano Introduction (ピアノ・イントロダクション) 2.Maiden Voyage (処女航海) 3.Nefertiti (ネフェルティティ) 4.Introduction Of Players / Eye Of The Hurricane (イントロダクション / アイ・オブ・ザ・ハリケーン)5.Toys (トーイズ) 6.Introductions (イントロダクションズ) 7.You'll Know When You Get There (ユール・ノウ・ホエン・ユー・ゲット・ゼア)8.Hang Up Your Hang Ups (ハング・アップ・ユア・ハング・アップス) 9.Spider (スパイダー) ----------「V.S.O.P.」とはブランデーのことではありません、アルバム・タイトルのことです。これは、1976年に行われたニューポート・ジャズ・フェスティヴァルにおいてのハービー・ハンコックのパフォーマンス、「ハービー・ハンコックの追想」を「V.S.O.P.」と題したイヴェント企画で行われた、ハービー・ハンコックの1960年代以降のキャリアを一夜で再現しようという内容の演奏を収めたライヴ盤です。新主流派的モダン・ジャズから、当時の最先端のクロスオーヴァー・ジャズまでを、パノラマ式に展開したもので、ジャズ史においても伝説的なアルバムと言えるでしょう。そして、これは、一時期センセイションを巻き起こした「V.S.O.P.クインテット」を生み出す発端となったものです。この中で最初のセットは、かつてのマイルス・デイヴィス・クインテットの完全再現になるはずでしたが、マイルスは不参加で、フレディー・ハバードが代わりに参加しました。当時はクロスオーヴァー(フュージョン)全盛期で、ハンコック自身はもちろんのこと、他メンバーもエレクトリックを全面的に導入した音楽をやっていたので、この、かつてのマイルス・デイヴィス・クインテットを思わせるモダン・ジャズの再現企画が実に新鮮であり、しかもクインテット全員が各々バンドを率いるジャズ・ジャイアンツとなっていたので、壮観なほどのオールスターセッションとなり、その強烈なインパクトのおかげで、一回限りで終わるはずのものが数年活動することになりました。もともと「V.S.O.P.」とは「Very Special Onetime Performance(ヴェリー・スペシャル・ワンタイム・パフォーマンス」のことですから。これにより、ハンコックはエレクトリック・ジャズ路線と、V.S.O.P.クインテットによるモダン・ジャズ路線を平行して行うことになります。1979年に、田園コロシアムで行われた「ライブ・アンダー・ザ・スカイ’79」でV.S.O.P.クインテットとして来日公演をしました。
April 22, 2006
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『洪水 / ハービー・ハンコック』Flood (Live In Japan) / Herbie Hancock【ライヴ・イン・ジャパン】録音:1975年6月29日 東京、渋谷公会堂1975年7月1日 東京、中野サン・プラザCBS/SONY (Japan)Herbie Hancock :acoustic piano, Fender Rhodes electric piano, Hohner D-6 clavinet, Arp Odyssey synthesizer, Arp Soloist synthesizer, Arp String synthesizerBennie Maupin :soprano and tenor saxophone, saxello, bass clarinet, flute, percussionPaul Jackson :Fender bassMike Clark :drumsBill Summers :congas, percussionBlackbird McKnight :guitar[収録曲]1.Introduction & Maiden Voyage (処女航海)2.Actual Proof (アクチュアル・プルーフ)3.Spank-A-Lee (スパンク・ア・リー)4.Watermelon Man (ウォーターメロン・マン)5.Butterfly (バタフライ)6.Chameleon (カメレオン)7.Hang Up Your Hang Ups (ハング・アップ・ユア・ハング・アップス)----------1975年にハービー・ハンコックの日本公演の模様を収録し、日本のみで発売されたライヴ盤。エレクトリックとアコースティックを自在に操るハンコックのマルチ・キーボード・プレイが存分に聴けるものです。特に1曲目と2曲目では、ハンコックのアコースティック・ピアノがエレクトリック・サウンドの中で圧倒的な光彩を放っています。サポートメンバーも素晴らしく、サックスのベニー・モウピン、ベースのポール・ジャクソン、ドラムのマイク・クラークたちの、ライヴらしいグルーヴがものすごくて、ごきげんです。収録曲は1曲目と2曲目のアコースティックセット、3曲目以降のエレクトリックセットからなっていますが、嬉しいのは、1曲目の「処女航海」、4曲目の「ウォーターメロン・マン」、6曲目の「カメレオン」の大ヒット有名曲が、いずれもスタジオ盤とはまた違う、ライヴならではのグルーブ感があるものになっているということです。そして圧巻は2曲目の「アクチュアル・プルーフ」で、強力なリズムセクションのサポートにより、ハイテンションのものすごい演奏になっています。プロデューサーのデヴィット・ルービンソンは、このライヴ録音を終えた後、「このライヴは、ハービー・ハンコックの演奏の中でも、アメリカで考えても、数少ないベスト演奏の一つであろう。」と語っていました。この時期のハービー・ハンコックを聴くのなら、これが絶対のおすすめです。当時の私の愛聴盤でした。
April 21, 2006
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『マン・チャイルド / ハービー・ハンコック』Man-Child / Herbie Hancock録音:1975年7月Columbia Herbie Hancock :Acoustic Piano, Fender-Rhodes Electric Piano, Arp Odyssey, Pro Soloist,2600 and String Ensemble Synthesizers, Hohner D6 Clavinet, Oberheim Polyphonic SynthesizerMike Clark, Harvey Mason, James Gadson :Drums Paul Jackson, Louis Johnson, Henry Davis :Bass Wayne Shorter :Soprano Sax Bennie Maupin:Soprano and Tenor Sax, Saxello, Bass Clarinet, Bass and Alto Flute Blackbird McKnight, David T. Walker:Guitars Bill Summers :Percussion Bud Brisbois, Jay DaVersa :Trumpets Ernie Watts, Jim Horn :Saxes and Flutes Garnett Brown :Trombone Dick Hyde :Tuba and Bass Trombone Stevie Wonder :Harmonica Wah Wah Watson :Guitar, Voice Bag, Maestro Universal Synthesizer System, Maestro Sample and Hold Unit.[収録曲]1.Hang Up Your Hang Ups2.Sun Touch3.Traitor4.Bubbles5.Steppin' in It6.Heartbeat----------1975年にリリースされたもの。1974年にリリースされた名盤『ヘッドハンターズ(Headhunters)』を、より推し進め、この時期の最高の完成度になったものだと思います。アルバム『ヘッドハンターズ(Headhunters)』の世界を、その次のアルバム『スラスト(Thrust)』によってさらに想像的なものにし、このアルバム『マン・チャイルド (Man-Child )』でオーケストレーションのファンキー・ポップ・ジャズを作りだしました。このアルバムには『ヘッドハンターズ(Headhunters)』には使われなかったアコースティック・ピアノが使われていて、エレクトリック・サウンドの中にアコーステイック・ピアノが美しく溶け込んでいるのが実に素晴らしいです。これは、ハービー・ハンコックのアルバムの中でも、私のかなりのお気に入りだったもので、ファンク色溢れるこのアルバムの中で特に必聴が、冒頭の曲「ハング・アップ・ユア・ハング・アップス(Hang Up Your Hang Ups)」。イントロ部のギター・カッティングからして、まったくもってかっこいい。ヒップホップネタとしても大人気だそうです。また、このアルバムには、スティーヴィー・ワンダーのハーモニカや、ギターのデヴィット・T・ウォーカー、ワー・ワー・ワトソン、サックスのウェイン・ショーターなどのほか、多くのトップミュージシャンが参加しています。
April 20, 2006
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ここ一年、少し太ってしまったが、体重がもとにもどってきた。55kg以下に保ちたいと思っているのだが。《2006年4月20日現在》体重:55.1kg基礎代謝:1402kcal体脂肪率:9.9%筋肉率:34.9%BMI:22.1内臓脂肪レベル:7体年齢:35歳(オムロン体重計)
April 20, 2006
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『ヘッド・ハンターズ / ハービー・ハンコック』Head Hunters / Herbie Hancock録音:1974年ColumbiaHerbie Hancock :electric piano, clavinet, synthesizerBennie Maupin :saxophone, saxello, bass clarinet, alto flutePaul Jackson :electric bass Hervey Mason :drumsBill Summers :percussion[収録曲]1.Chameleon2.Watermelon Man3.Sly4.Vein Melter----------これは、1974年リリースのアルバム。私が初めてハービー・ハンコックを聴いたのは、ここからです。当時ハードロック少年だった私が出会った衝撃サウンド。えっ?これもジャズ?このアルバムの音楽は、ジャズというより、ごきげんで、かっこいいファンキー・ミュージックというものです。そういう意味で、今までのジャズのイメージを塗り替えた一枚でした。これを聴いてからジャズは非常に身近に感じられるようになったわけです。そして、世の中のクロスオーヴァー時代の幕開けとなった一枚です。1969年にマイルス・デイヴィスがアルバム「ビッチェズ・ブリュー(Bitches Brew)」を発表することによって、ジャズは新しい時代に突入します。1968年までマイルス・バンドにいて、マイルスの影響を受けた天才、ハービー・ハンコックも、またその新しい境地へ向かい、一つの結果の出た記念すべきアルバムです。その当時、スライ&ファミリー・ストーンがスターとなり、多くのファンクやソウル・グループが注目され、ディスコブームがそれを盛り上げていたところでした。そんな中でこのアルバムは作られ、ジャズにファンクやR&Bなどのリズムの要素、ファンクのビート、16ビートを取り入れたものになり、フュージョンの中でもジャズ・ファンクというものです。ハーモニー的にはシンプルで、そのため、ハンコックのエレクトリック・ピアノによるソロが浮き上がっています。さらに、ファンキー集団、ヘッド・ハンターズのバンドが一体となって決まるキメも心地よいものです。リズムはところどころでベースがわざとモタったり、ドラムもビート感の強弱などで独特のグルーヴ感がでていて、ただのディスコサウンドのような単調なものとは全く違う、すばらしいビートを作り雰囲気を盛り上げています。このアルバムを聴いた当時のジャズファンは、ハービーも堕落したと非難しました。しかし、ジャズファン以外の音楽シーンでは、広く圧倒的な支持を受けました。そのことについて、ハンコックはこう語っています。「勇気づけられたよね。とくに自分で言うのも変だけど、世界中ですごい評判になったよ。それまでのジャズの世界とはまったく違う状況が生まれたと言えばいいかな。」このアルバムはハンコックがジャズの世界を超えて一躍ポピュラー音楽シーンで注目を浴びるきっかけとなったものですが、それだけではなく、ジャズの歴史の中においてもジャズの流れを変えた極めて重要な意義をもつもので、1970年代の、いわゆるクロスオーヴァー・ブームを代表する記念碑的名盤です。 しだいにフュージョンという言葉が使われるようになりましたが、これは正直嫌いな言葉で、それ以前の、まさにクロスオーヴァー的な作品。ハンコックはしばらくこのエレクトリック・ファンキー路線を続けますが、ジャズをやめたわけでなく、結局、カメレオン的に多彩な活動を平行して行なっていきます。アルバム1曲目の「カメレオン(Chameleon)」が大人気曲になり、ハンコックのフュージョン・ミュージックを代表する曲になりました。また、ハンコックがモダン・ジャズ期にやっていた「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man)」が、このアルバムで全く違うサウンドにリメイクされていますので、聴き比べてみるのも面白いです。
April 19, 2006
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こんな本があるらしい。『私の嫌いな10の人びと』著者:中島義道 出版社:新潮社 発行年月:2006年01月1.笑顔の絶えない人 2.常に感謝の気持ちを忘れない人3.みんなの喜ぶ顔が見たい人4.いつも前向きに生きている人5.自分の仕事に「誇り」をもっている人6.「けじめ」を大切にする人7.喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人8.物事をはっきり言わない人9.「おれ、バカだから」と言う人10.「わが人生に悔いはない」と思っている人 こういう「“いい人”の鈍感さが、我慢できない!」と言っています。著者は哲学者だということです。「好きな人」というのは「自分にとって都合のいい人」でしょうか。
April 18, 2006
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人は見かけより中身だとよく言う。しかし、『人は見かけが9割』という本がベストセラーになっているようだが、ラジオでもこんなことを言っていた。ある研究報告によると、人を最終的に判断する事柄の情報量について分析した結果、話の内容による情報量はわずか5パーセントしかないと言う。1.見かけ(ルックスということではなく服装などを含めた印象のこと)・・・55パーセント2.声から受けるもの・・・40パーセント3.話などをした内容から得るもの・・・5パーセント人にとって一番大切なことは、第一印象だということで、これはわずか7秒ほどで決まるということです。それは、必ずしも美人とかイケメンとかいうものではなく(多少は関係あるかも)、外見から目で見た感覚ということのようです。人はやっぱり見かけだそうです。----------●人は見かけ? ↓【February 12, 2006】の日記
April 17, 2006
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チョコレートは甘いというのは常識ではありません。ばんびけえこさんの「チョコ部通信」を見て、「Meiji」の『チョコレート効果 CACAO 99%』 というチョコレートを食べてみました。【チョコ部通信】このチョコレートのパッケージには、確かに、「非常に苦いチョコレートです。お口で少しずつ溶かしながら、又は甘い飲み物と一緒に召し上がることをお勧め致します。」という注意書きがあって、「チョコ部通信」によると、「とにかく、口に入れたことを瞬時に後悔するような苦味があるのです。口の奥で、何かが詰め寄ってくるような?とにかくいきなりSHOCK!!なのです。」ということなので、覚悟して食べてみました。う~苦いそう、甘みはいっさいありません。そして、なんとも言えないくらい激しい衝撃の苦さです。チョコレートは甘いものだという常識はくつがえさせられました。甘いのは砂糖が入っているからで、これには砂糖は何も入っていないからです。でも、後味はすっきりで、また食べたくなると思ってしまうから不思議なものです。カカオポリフェノールは普通のミルクチョコレートの約4倍だとか。食べ方を工夫するとおいしく食べられそうです。練乳をかけてみました。うん、まあまあ苦味はおさえられます。今度は僕が好きな、生クリームと、まるごとバナナをクレープでまいてある、「しあわせバナナクレープ」と一緒に食べてみました。うん、これはおいしい、いいかも。この味のハーモニーは、ちょっとくせになりそうです。生クリームのケーキなどと一緒に食べるとおいしいと思います。
April 16, 2006
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『スピーク・ライク・ア・チャイルド / ハービー・ハンコック』 Speak Like A Child / Herbie HancockHerbie Hancock :pianoRon Carter :bassMickey Roker :drumsThad Jones :fluegelhornPeter Phillips :bass tromboneJerry Dodgion :alto flute1968年3月5、6日:録音Blue Note [収録曲]1.Riot2.Speak Like A Child3.First Trip4.Toys5.Goodbye To Childhood6.Sorcerer----------このアルバムは、ハービー・ハンコックがモダン・ジャズの「新主流派(New Mainstream)」としてのサウンドを確立した、1968年の作品。ピアノ・トリオを中心に、フリューゲルホーン、ベース・トロンボーン、アルト・フルートの3管のアンサンブルを加えたものです。ピアノ・トリオをより美しく引き立たせるということを考え、しかも最小の編成で最大の効果を出すことを試みたアルバムです。その意味で、ハンコックがピアニストとしてだけではなく、アレンジャーとしての能力も発揮した作品と言えます。 ホーンはアンサンブルのみで、ソロをとるのはあくまでもハンコックだけです。ストリングスやサックスのようなリード楽器は使っていない、この管のアンサンブルの音色が実に暖かく、それが、ハンコックの輝くようなピアノの音色と絶妙にマッチングして、素晴らしいサウンドを作っています。このアルバムのジャケットは、キスをしている男女のシルエットの写真で、ハービー・ハンコックと当時はまだ婚約者だったジジ・メイグスナーを映したものです。そして、このアルバムは、その写真のイメージから広がる愛から出発し、ハンコックが子供や少年、少年時代をテーマに作曲、レコーディングしたものです。このアルバムのタイトル曲である「スピーク・ライク・ア・チャイルド(Speak Like A Child)」という曲について、ハンコックはつぎのように語っています。「この曲では子供のような感性を示したかった。それは子供っぽいということではなく、私たちが大人になったことで失ってしまった子供時代のものとか、その時代を取り戻したいと願っているもの、純粋さとか奔放(ほんぽう)さといったものを、この作品は表現したものなんだ。そういった気持ちを取り戻せたなら、私たちは最良の状態になるんじゃないのかな?だから、この世の中に言いたいのは “子供のように話そうよ(スピーク・ライク・ア・チャイルド)。不純な考えは捨てて、自分たちの希望と可能性を見い出すように考え、感じようよ” っていうことなんだ。」「スピーク・ライク・ア・チャイルド(speak like a child)」、「子供のように話そうよ」。この曲は組曲の一部のようなものであって、これが、このアルバム全体のコンセプトになってるということです。このアルバムは、やさしく、美しく、暖かく、ハートフルで、ロマンチックな世界を感じさせるものです。私は、このアルバムはある意味、ハンコックの最高傑作の一つであると思います。
April 16, 2006
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今日は、もうひとつバーゲン品を買ってしまった。ジャズのコンピレーションCD。『グレイテスト・ジャズ101』CD4枚組、全101曲、5時間収録!税込1890円まあ、こういったコンピレーションものは曲が7~8割はダブるので、できるだけ避けた方がいいのですが、中には一曲だけ聴きたいというものがあったりする。特に古い録音の歌ものは、廃盤になっていて、こういうところにしか入っていないものもある。この中のメル・トーメが歌っている「捧ぐるは愛のみ(I Can't Give You Anything But Love)」が聴きたくて買った。ほかにもケイ・スターが歌っている「スターダスト(Stardust)」、リナ・ホーンが歌っている「恋におちた時(When I Fall In Love)」、キャロル・スローンが歌っている「アズ・タイム・ゴーズ・バイ(As Time Goes By)」、「ミスティー(Misty)」、ファッツ・ウォーラーがやっている「嘘は罪(It's A Sin To Tell A Lie)」、ベン・ウェブスターがやっている「ブルー・スカイ(Blue Skies)」、グレン・ミラーがやっている「ラプソディ・イン・ブルー(Rhapsody In Blue)」ザ・ケイレス・ジャズ・バンドがやっている「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man)」など、聴いたことがなくて、いいものがけっこうあって面白い。デイヴ・ブルーベックの「テイク・ファイヴ」はライヴ録音で、初めて聴くヴァージョンのものだったり、デューク・エリントンの「ソフィスティケイテッド・レディー」も、自分が持っているものとは違うヴァージョンのものが入っていた。
April 15, 2006
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メル・トーメのCDがバカ安だったので買ってしまった。これもバーゲン用のバスケットの中をあさっていたら見つけたもの。メル・トーメの1944年~1950年の録音のもののコンピレーションCD。メル・トーメは1945年~1946年はアーティー・ショウ楽団に在籍していて、そのときコール・ポーターの名曲「恋とは何でしょう(What Is This Thing Called Love)」がヒットして有名になった。このCDには、その曲が入っているので、それを聴きたいために買った。ほかにも、「夜も昼も(Night And Day)」、「デイ・バイ・デイ(Day By Day)」、「ハウ・ハイ・ザ・ムーン(How High The Moon )」、「ブルー・ムーン(Blue Moon)」、「魅惑されて(Bewitched)」など、大スタンダード・ナンバーが入っていて感激もの。これで、税込み777円とはお買い得。----------Mel Torme / Again1.Day By Day2.Where Or When 3.A Stranger In Town4.What Is This Thing Called Love5.Get Out Of Town6.For You, For Me, Forevermore7.Willow Load8.Born To Be Blue9.It's Dreamtime10.Gone With The Wind11.A Cottage For Sale12.Night And Day13.Makin' Whoopee14.County Fair15.How High The Moon 16.Careless Hands17.Blue Moon18.Again19.The Four Winds And The Seven Seas20.Gut The Gate On The Golden Gate21.Cross Your Heart22.Bewitched録音:1944年~1950年
April 15, 2006
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今日、家の近くのCDショップで、変なジャズのCDを買った。Relaxin' Jazz CinematicPian Trio Vol.8 これは、普通の棚のところではなく、ジャンル関係なしの安売りのバーゲンバスケットに放り込まれていたもの。このCDの説明文には、「あの名曲がジャズ・アレンジで軽やかによみがえる。大人のためのイージー・リスニング。」と書いてあった。ジャズ・ファンならこんなものは見向きもしないだろう。 このシリーズにはアルバムごとにいろいろなテーマがあって、僕は、シネマ・ミュージックを取り上げたものが気になって手にとってみた。1.エデンの東2.ある愛の詩3.追憶4.旅情5.虹の彼方に6.雨にぬれても7.サンライズ・サンセット8.大いなる西部9.ハイ・ヌーン10.サウンド・オブ・ミュージック11・ゴッドファーザー~愛のテーマ12.風と共に去りぬ~タラのテーマ普通なら買わないが、このピアノ・トリオの名前を見てびっくり!オスカー・ピーターソン、カウント・ベイシー、、デューク・エリントンなどとやっていたドラムの、ボビー・ダーハムのトリオではないですか!ピアノはマッシモ・ファラオという人で、この人のソロ・ピアノのアルバムは何枚か持っているので、いいピアニストだということも知っていた。このマッシモ・ファラオという人は、日本ではあまり知られていなくて、普通のCDの棚には載せてもらえないようだが、どうもヨーロッパでは人気があるらしい。それにしてもボービー・ダーハムがどんな顔をしてたたいているのか(顔は見れないけど)と思うと、聴いてみた~い。それに、ジャズではあまり取り上げない、どちらかというとポピュラー音楽の曲を、この一級のジャズ・ミュージシャンたちはどのようにやっているのだろう。定価は2000円のところが、980円になっていたので、つい買ってしまった。う~ん、これはただのイージー・リスニングじゃありません。ちゃんとしたご機嫌なジャズですよ。こんないい意味で、変なCDもあるものなんですね。「エデンの東」はもともとが3拍子の曲で、ここではノリのいいジャズ・ワルツでやってます。「虹の彼方」はジャズでもよくやる曲で、ケニー・ドリューの雰囲気です。似てるといえば似ているといえますが、それだけクオリティーは高いものでした。ほかの曲も、フォー・ビートはもちろん、ボサノヴァありサンバありで楽しめます。内容的にはいいものなのに、名前が出ないと普通には売れないんですね。
April 15, 2006
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『メイドゥン・ヴォイージ / ハービー・ハンコック』Maiden Voyage / Herbie Hancock1965年3月17日:録音Blue NoteHerbie Hancock :pianoFreddie Hubbard :trumpet George Coleman :tenor saxRon Carter :bassAnthony Williams(Tony Williams) :drums[収録曲]1.Maiden Voyage(処女航海)2.The Eye Of The Hurricane3.Little One4.Survival Of The Fittest5.Dolphin Dance ----------これは、ハービー・ハンコックの代表的なアルバムであるとともに、ジャズ史上に残る名盤とされているもので、1965年3月17日の録音で、ブルーノートからリリースされました。このアルバムは、ハービー・ハンコックが、マイルス・バンド加入2年目に録音されたもので、1960年代のジャズの主流となっていったモード・ジャズを代表する作品になりました 。このアルバムのタイトル「メイドゥン・ヴォイージ(Maiden Voyage)」は「処女航海」ということで、国内盤のアルバム名は『処女航海』になっています。このテーマに挙げられる、冒頭に収められたタイトル曲「処女航海(Maiden Voyage)」は、彼の代表曲になりました。この「処女航海」は、もともと男性化粧品のCM用に書かれた曲だったと言います。この曲を筆頭に、全ての曲はハンコックのオリジナルで、いずれも新しい音楽に向けて船出をしていくというものです。ハービー・ハンコックは、1963年から1968年の間のマイルス・バンドでの活動において、「ウォーターメロン・マン」に代表されるジャズ・ロックの流れから、マイルスの影響を受け、モード・ジャズへと傾倒していきました。「コード進行からの開放」をテーマにしたモード・ジャズは、奏者の表現を最大限に生かすことが出来るようになりました。しかし逆を言うと、その演奏には、それなりの技量が要求されるわけで、当時の主流のスタイルといえども、それに携わることの出来る人材はそう多くいなかったわけですが、このアルバムの共演者は、フレディー・ハバード(tp)、ジョージ・コールマン(sax)、 ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)という面々。 これは、ウェイン・ショーターがマイルス・バンドOBのジョージ・コールマンになった以外、まさに当時のマイルス・デイヴィス・バンドのメンバーです。 要するに、マイルス・バンドとほぼ同じメンバーで、クインテットという同じ楽器編成でモード・ジャズが録音されています。そういう意味で、このアルバムはマイルス・バンドのリーダーがハンコックになったものとして作られた音楽であり、マイルスが生み出したスタイルを、ハンコックの解釈で推し進めたものだと考えられます。そしてこのアルバムは、マイルスがいかに才能のある人材を見出すことに長けていたかということを感じさせると同時に、ハンコックを初め、このメンバーが、マイルス・バンドにどれだけ大きな貢献を果たしたかを証明しているものです。 その後、ハンコックの音楽はジャズの中では「新主流派(New Mainstream)」と呼ばれるスタイルを作ることになります。それは、一言で言えば伝統的なジャズと前衛的なジャズを掛け合わせて作られた、先進的なのに聴きやすいジャズのことを言います。このアルバムはその新主流派の最先端となるアルバムで、デリケートで美しいのに力強いパワーを持っているという素晴らしいもので、確かに、ハンコックの才能が光る、ジャズ史上に残る記念碑的名盤と言えます。
April 15, 2006
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『エンピリアン・アイルズ / ハービー・ハンコック』Empyrean Isles / Herbie Hancock1964年6月17日:録音Blue NoteHerboe Hancock (p)Freddie Hubbard (cor, flh)Ron Carter (b)Anthony Williams(Tony Williams) (ds)[収録曲]1.One Finger Snap2.Ololoqui Valley3.Cantaloupe Island4.The Egg5.One Finger Snap [Alternate Take]6.Oliloqui Valley [Alternate Take]----------このアルバムは、ハービー・ハンコックの有名なアルバム『処女航海(Maiden Voyage)』の1年前の、1964年6月17日に録音されたものです。名盤『処女航海(Maiden Voyage)』の陰にかくれたような形になっていますが、このアルバムは、その『処女航海』にも勝るとも劣らないもので、時代の先端を行くハンコックの音楽がよく表れているものと言えます。当時のマイルスバンドの同期のメンバーであるトニー・ウィリアムスとロン・カーターが参加しており、その、すばらしいリズムセクションの上でフレディー・ハバードが、輝くようなアドリヴを展開していて、それはアヴァンギャルドでありながらも、全体的に洗練されたサウンドにまとまっているというのは、ハンコックの凄さがよくわかるものです。3曲目の「カンタロープ・アイランド(Cantaloupe Island)」は、人気曲で、イギリスのヒップホップ・ユニットのUs3が、この「カンタロープ・アイランド」をサンプリングして、「カンタループ(Canteloop)」という曲名で出したものが、1993年に全米チャートの9位になりました。この曲名の由来は、カンタロープをループしたので、「カンタループ」にしたということです。このアルバムタイトルの「エンピリアン・アイルズ(Empyrean Isles)」を日本語にすると、「天空の島々」といういようなことになります。
April 14, 2006
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『テイキン・オフ / ハービー・ハンコック』Takin' Off / Herbie Hancock1962年5月28日:録音Blue NoteHerbie Hancock (p)Freddie Hubbard (tp)Dexter Gordon (ts)Billy Higgins (ds)Butch Warren (b)[収録曲] 1.Watermelon Man2.Three Bags Full3.Empty Pockets4.Maze5.Driftin'6.Alone And I7.Watermelon Man [Alternate Take]8.Three Bags Full [Alternate Take]9.Empty Pockets [Alternate Take]----------「Takin' Off =離陸せよ」の冒頭の「スイカ男」ハービー・ハンコックのソロ・デビュー・アルバム。1962年5月28日の録音、ハンコック22歳と1カ月のとき。このアルバムの1曲目の「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man)」は、ラジオでも大ヒットし、一般大衆にもよく知られることになり、彼の数多い代表曲の一つになるとともに、ジャズの曲としてもスタンダードなナンバーになりました。この曲のカヴァーは200以上あるという人気曲です。当時としては新しい、ジャズロック的ビートのファンキーなブルース調の曲です。(1コーラスが12小節構成ではないので、完全なブルースの曲ではない。)この「ウォーターメロン・マン」という曲名は「スイカ男」ではなくて、「スイカ売り」のことで、スイカ売りが言う「スイカはいらんかね~」という掛け声などから発想して書かれたと言います。このアルバムは、デビュー作にして、すべての曲を彼のオリジナルで埋め尽くしたもので、それはまさに、アルバムタイトルの「Takin' Off=離陸せよ」というものにふさわしいものと言えるでしょう。
April 13, 2006
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ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)アメリカのジャズ・ピアニスト、及び作曲家。1940年4月12日、アメリカ、イリノイ州シカゴ生まれ。----------7歳でピアノを初め、11歳で地元の交響楽団と共演。高校時代にジャズを演奏し始め、オスカー・ピーターソンやビル・エヴァンスに影響を受けたと言う。グリネル大学では音楽と電気技師を専攻、音楽と電子工学の両分野で博士号を取得。プロとしてのスタートは1960年、20歳のときドナルド・バード クインテットに参加したことから。1962年5月、22歳で初リーダー・アルバム『テイキン・オフ(Takin' Off )』をブルーノートからリリース。 その中に収録された「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man)」は大ヒットとなった。翌年の1963年、マイルス・デイヴィスのグループに抜擢され、1968年頃まで在籍する。1965年にブルーノートからリリースされた自己のアルバム『処女航海(Maiden Voyage )』は、彼のモダン・ジャズの代表作となった。その後もマイルス・デイヴィスのセッションに随時参加し、マイルスのいくつかのアルバムにその足跡を残している。1973年に自己のバンド、ヘッド・ハンターズを結成し、エレクトリック・ジャズのジャズ・ファンクの分野を開拓。1973年リリースのアルバム『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters) 』の中の「カメレオン(Chameleon)」が有名曲になる。その後も、エレクトリック路線の活動をする一方で、1976年に、元マイルスグループのメンバーを集めて、モダン・ジャズのグループ、VSOPクインテットを結成。その後、エレクトリック、アコースティックの両分野のジャズでの音楽活動は多岐に渡り、ソロ、トリオ活動、スタンダード・ナンバーへの取り組み、ヒップ・ホップを取り入れるなど、幅広い分野での活動を継続している。ハービー・ハンコックはマイルス門下から出た多くの「チルドレン・オブ・マイルス」の中の優等生であり、今後も「フューチャー・ミュージック」と「メインストリーム・ジャズ」の両方の分野で新しい音楽を作り出していくだろう。彼の音楽はジャズというカテゴリーを逸脱し、ジャズとエレクトリックの融合を行い、ジャズとファンク、ソウルの狭間を埋めるミュージシャンとして音楽シーンにおいて大きな存在となっている。ハービー・ハンコックは1960年代のマイルス・デイヴィス・クインテットを支えたピアニストとして有名ですが、1970年代以降の彼の音楽活動の範囲は実に広く、どんどん自らのジャズの分野を大きく広げていきました。そういうところを、ある意味でジャズファンの期待を裏切りつつ進化していったという言われ方をすることもありますが、期待されすぎるというのもこまったものですね。----------●ディスコグラフィー(リーダー・アルバム)Takin' Off (1962) - Blue Note Inventions and Dimensions (1963) - Blue Note My Point of View (1963) - Blue Note Empyrean Isles (1964) - Blue Note Maiden Voyage (1965) - Blue Note Blow Up (1966) - MGM Speak Like A Child (1968) - Blue Note The Prisoner (1969) - Blue Note Fat Albert Rotunda (1969) - Warner Brothers Mwandishi (1970) - Warner Brothers Crossings (1971) - Warner Brothers Sextant (1972) - Columbia Head Hunters (1974) - Columbia Thrust (1974) - Columbia Death Wish (Soundtrack) (1974) - Columbia Dedication (1974) - Columbia Man-Child (1975) - Columbia Flood (1975) - Columbia Secrets (1976) - Columbia VSOP (1976) - Columbia VSOP: The Quintet (1977) - Columbia VSOP: Tempest at the Colosseum (1977) - Columbia Sunlight (1978) - Columbia Direct Step (1978) - Columbia The Piano (1979) Columbia An Evening With Herbie Hancock & Chick Corea: In Concert (1978) Columbia Feets, Don't Fail Me Now (1979) - Columbia VSOP: Live Under the Sky (1979) - Columbia Monster (1980) - Columbia Mr. Hands (1980) - Columbia Herbie Hancock Trio (1981) - Columbia Magic Windows (1981) - Columbia Lite Me Up (1982) - Columbia Quartet (1982) - Columbia Future Shock (1983) - Columbia Sound-System (1984) - Columbia Perfect Machine (1988) - Columbia A Tribute to Miles Davis (1994) - Qwest/Warner Brothers Dis Is Da Drum (1994) - Verve/Mercury The New Standard (1996) - Verve 1 & 1 (with Wayne Shorter) (1997) - Verve Gershwin's World (1998) - Verve Future 2 Future (2001) - Transparent Directions in Music: Live at Massey Hall (2002) - Verve Jazz Masters: Herbie Hancock (2004) - Digital Musicworks International Possibilities (2005) - Concord/Hear Music
April 12, 2006
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ウィントン・ケリー(Winton Kelly)アメリカのジャズ・ピアニスト。1931年12月2日、イギリス領、西インド諸島のジャマイカ生まれ。1971年4月12日、カナダのトロントで死去。----------4歳のとき、両親とともにアメリカに移住し、ニューヨークのブルックリンで育つ。1943年、12歳のときプロ・デビュー。1946年、15歳のとき、R&Bバンドのレイ・アダムスとカリブ諸国ツアーをするなど、数年間はR&B界で活動。1948年、ソニー・ロリンズやアート・ペッパーと共演。1951年、19歳でブルーノートに初リーダーアルバムを録音。1951年から1952年にかけて、ダイナ・ワシントン、ディジー・ガレスピー、レスター・ヤングと共演。除隊後の1955年にダイナ・ワシントンの歌伴に復帰。1957年にディジー・ガレスピー楽団に参加。チャールス・ミンガス・グループにも参加。1959年、マイルス・デイビスのグループに入り、1963年まで、マイルス・デイビスの多くのアルバムに参加。その後マイルスの元を離れ、このリズム・セクションでトリオを結成。ポール・チェンバース、ジミー・コブからなるこのトリオは、ウエス・モンゴメリーなどと数年間活動。この間、フリーランスでも演奏し、数多くのセッションに参加したので、録音は数多い。1964年に来日している。ウイントン・ケリーのピアノは、軽快にスウィングするのが特徴。----------『ケリー・ブルー / ウィントン・ケリー』Kelly Blue / Wynton Kellyオリジナル盤発売日:1959/02/19[収録曲] 1.Kelly Blue2.Softly, As In A Morning Sunshine3.Do Nothin' Till You Hear from Me 4.On Green Dolphin Street5.Willow Weep For Me6.Keep It Moving (Take 4)7.Keep It Moving (Take 3) 8.Old Clothes
April 12, 2006
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スタンリー・クラーク (Stanley Clarke) 私はベースが好きで、スタンリー・クラークという人は、リターン・トゥ・フォーエヴァーを聴いてから、すっかり虜になってしまって、彼のリーダー・アルバムが出るたびに夢中で聴いた。ドラムのレニー・ホワイト、トニー・ウイリアムス、シンセのヤン・ハマー、ヴォーカルのディー・ディー・ブリッジ・ウォーターといった、私の大好きなミュージシャンが参加している。スタンリー・クラークは1951年7月21日、フィラデルフィア生まれのベーシスト。エレクトリック・ベースとアコースティック・ベースの両方で超絶プレイをする稀少なプレイヤー。フィラデルフィア音楽院で学び、当初はファンク・ミュージックを好んで演奏していたが、70年に約半年間、ホレス・シルヴァーと共演したのをきっかけに、ジャズに傾倒することとなる。その後、ジョー・ヘンダーソン(ts)とファロア・サンダース(p)がいた後期ブラック・ユニティーに参加。1970年初頭より、チック・コリアの第1期リターン・トゥ・フォーエヴァーのメンバーとなり、グループのサウンドに大きく貢献。それと同時に、エレクトリック・ベースの名手としての才能を一気に開花させ、その超絶技巧により一気に人気ジャズ・ベーシストになった。リターン・トゥ・フォーエヴァー脱退後は、ジェフ・ベックと共演したり、ジャズ・ピアノ/キーボード・プレイヤーのジョージ・デュークとのユニット、クラーク・デューク・プロジェクトでも活躍し、ジャズ/クロスオーヴァー界の担い手として、精力的な活動を行っている。 ----------『チルドレン・オブ・フォーエヴァー / スタンリー・クラーク』Children Of Forever / Stanley Clarkeオリジナル盤発売日:1972/12/26ソロ1作目Stanley Clarke (bass)Andy Bey (vocal)Dee Dee Brigewater (vocal)Chick Corea (piano) Lenny White (drums)Arthur Webb (flute)Pat Martino (guitar)[収録曲]1.Children of Forever2.Unexpected Days3.Bass Folk Song4.Butterfly Dreams5.Sea Journey----------『スタンリー・クラーク / スタンリー・クラーク』Stanley Clarke / Stanley Clarkeオリジナル盤発売日:1974ソロ2作目Stanley Clarke (bass)Jan Hammer (keyboard) Tony Williams (drums)Bill Connors (guitar)[収録曲] 1.Vulcan Princess2.Yesterday Princess3.Lopsy Lu4.Power5.Spanish Phases for Strings & Bass6.Life Suite/Pt. 1, Pt. 2, Pt. 3, Pt. 4
April 11, 2006
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『ライト・アズ・ア・フェザー /チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァー』Light As A Feather / Chick Corea And Return To Forever録音:1972年9月~10月Polydor[収録曲]1.You're Everything2.Light as a Feather3.Captain Marvel4.500 Miles High5.Children's Song6.Spain---------チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァーの1作目は、カメモのジャケットの「Return To Forever」で、チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァーのもので一番よく知られているであろう人気盤になった。そして、このアルバムは、それと同じ1972年にリリースされた2作目。ただし、レコード会社はECMからポリドールに変わっている。このアルバムは、大きな話題を呼んだ1作目の陰に隠れ、やや地味な印象を受けるかもしれないが、内容的には見劣りしないすばらしいもので、私としては1作目と、このアルバムとはどちらも同じくらいに好きだ。フローラ・プリムのヴォーカルを大々的にフィーチャーしていることもあって、こちらのほうがよりポップだとも言える。ジョー・ファレル、スタンリー・クラーク、アイアート・モレイラ、フローラ・プリムのオリジナル・メンバーによる録音は、1作目とこのアルバムの2枚だけで、この2枚で1組の2枚組のアルバムと考えた方がいいと思う。リターン・トゥ・フォーエヴァーはその後、ギターを加えたロック寄りのエレクトリック路線へと進むことになるが、これら初期の2作は、チック・コリアはエレクトリック・ピアノのみで、まだシンセサイザーは使われてなく、その後のものよりも独特の神秘的な世界をもった、アコースティックな透明感のあるサウンドが特徴。特に「アランフェス協奏曲」をイントロに用いた6曲目の「スペイン(Spain)」は、チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァーの最高傑作だと思う。
April 10, 2006
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『リターン・トゥ・フォーエヴァー / チック・コリア』Return To Forever / Chick Chorea録音:1972年2月2、3日ECM [収録曲]1.Return To Forever2.Crystal Silence3.What Games Shall We Play Today?4.Sometime Ago/La Fiesta----------言わずとも知れた、チック・コリアの名盤。これが、おそらく私が自分で買った初めてのジャズのレコード(当時)だったと思う。そしてそれは、1973年の今ぐらいの時期だったと思う。このアルバムがリリースされたのは1972年だから、出てからまだ、まもないときだったということになる。当時、たぶんチック・コリアのレコードを何か買おうと思ってレコード・ショップで見ていたら、目に飛び込んできたのが、このアルバムで、カモメが飛んでいるジャケットが美しくて、ほとんどジャケ買いというやつでこれに決めた覚えがある。そのとき、国内盤はなくて、ECMの輸入盤のものしかなかったが、迷わず、これに決めた。家に帰ってさっそく聴いたら、今まで自分が思っていたジャズのイメージとは全くかけはなれたもので、大きなショックを受けた、印象深いアルバム。当時、私は高校生で、そのとき組んでいたバンドではディープ・パープルやELPなどのロックをやっていたが、このアルバムは全く違和感がなかった。それどころか、自分にとってはロックよりも、むしろしっくりきた。すぐにロックバンドとは別にリターン・トゥ・フォーエヴァーをやるトリオを組んで、その年の夏、ライトミュージックなどのステージで、このアルバムの曲を演奏したのが今となってはなつかしい、私にとって思い出深いアルバム。このところ「クロスオーヴァー=フュージョンはジャズとは言ってはならん」という人が多いらしいが、これもジャズとは言ってはならんのか?これはジャズとロック、ラテンなどの要素を融合している点では「フュージョン」という音楽になるのだろうが、それもジャズのスタイルの一つだと思うのだが?それにしても「フュージョン」という言葉は何か軽い感じがしてしまっていやだな。なんかな、これは「フュージョン」とは言いたくない一枚。このアルバムは、ECM盤レコードと国内盤レコードと、CDの計3枚持っている。
April 9, 2006
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[明治時代]1868年【明治1年(元年)】1897年【明治30年】ラグタイム⇒ニューオリンズ音楽(まだジャズという言葉はない)アメリカのニューオリンズにストーリーヴィルという歓楽街(売春娼街)がオープンし、ジャズのもとになる音楽が、このストーリーヴィルの黒人たちによって生まれた。1911年【明治44年】■アメリカン・スタンダード・ナンバーの誕生。アメリカン・ポピュラー音楽第1号とされる「アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド」誕生。ソングライターのアーヴィング・バーリンがこの曲を書き、空前の大ヒット。-----[大正時代]1912年【明治45年、大正1年(元年)】1914年【大正3年】第一次世界大戦勃発。1917年【大正6年】ニューオリンズのストーリーヴィルが閉鎖したため、ジャズのもとになる音楽の中心はシカゴへ移る。(シカゴ・ジャズ)シカゴの「オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド(ODJB)」がニューヨークに進出し、史上初のジャズを録音。■この頃、「Jazz」という言葉が生まれる。カンザスシティーにも歓楽街があり、ジャズが盛んになる。(カンザスシティー・ジャズ)1920年【大正9年】アメリカ全州で禁酒法発令。1933年まで続く。-----[昭和時代]1926年【大正15年、昭和1年(元年)】1927年【昭和2年】■アメリカの最初のミュージカルとされる「ショー・ボート」誕生。エドナ・ファーバーのベストセラー小説をもとに、オスカー・ハマースタイン二世が台本を書き作詞をし、ジェローム・カーンが作曲したミュージカル「ショー・ボート」開演。1929年【昭和4年】■世界恐慌が起こる。1935年頃~【昭和10年頃~】■「スウィング」誕生。(=スウィング・スタイル)(=スウィング・ジャズ)1930年代中頃になると、不況回復により急速に白人がリーダーのビッグバンドが台頭。そのビッグバンドとヴォーカルを迎えたジャズの演奏スタイルは「スウィング」と呼ばれ、1940年代中頃(1946年)までの間、全盛期となった。このころから、ジャズはニューヨークが中心になる。1940年【昭和15年】■「ビバップ」誕生。(=バップ)ジャズではビバップ革命が起こる。ニューヨークのハーレムのクラブで連日ジャム・セッションが行われるようになり、新しいジャズのスタイルの「ビバップ」が誕生、「モダン・ジャズ時代」の幕開けとなる。1941年【昭和16年】12月8日■日本がハワイ真珠湾を攻撃。(太平洋戦争開戦)■「ビバップ」の最初の録音がされる。1941年5月、チャーリー・クリスチャンの「ミントンズ・プレイ・ハウス」での演奏を、1人のファンがテープレコーダーで私的に録音した。これは、ビバップを録音した最初のものとされている。1942年【昭和17年】アメリカ音楽家協会(AFM)がミュージシャン保護のためレコーディング・ストライキ突入。1944年まで、レコーディングが中止される。1945年【昭和20年】8月15日■日本がポツダム宣言を受諾。(太平洋戦争終戦)1948年【昭和23年】1月~12月、AFMによる第二次レコーディング・ストライキ。1949年【昭和24年】マイルス・デイヴィス「クールの誕生」録音。1950年頃~【昭和25年頃~】■「ウエストコースト・ジャズ」誕生。若手白人ミュージシャンにより、アメリカ西海岸を中心に新しいジャズが広まった。1954年【昭和29年】■「ハードバップ」誕生。2月、アート・ブレーキーの「バードランドの夜Vol.1,2」が録音され、「ハードバップ」の幕開けを告げるものとなる。1955年【昭和30年】■ロックンロール時代到来。ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が、ロックンロールとして、初めて全米チャートの1位になり、ロックンロールがアメリカ全土に知れ渡る。1956年【昭和31年】1月27日にエルヴィス・プレスリーの「ハート・ブレイク・ホテル」がリリースされ、4月に全米チャートの1位を記録。本格的にロックンロールの時代になる。1958年【昭和33年】■「ボサノヴァ」誕生。ブラジルで、ボザノヴァ誕生の曲「シェガ・ジ・サウダージ」がリリースされる。1959年【昭和34年】■「モード・ジャズ」の誕生。マイルス・デイヴィスが「モード・ジャズ」とされる「カインド・オブ・ブルー」を録音。モータウン・レコード設立。1960年【昭和35年】■「フリー・ジャズ」誕生。オーネット・コールマンが「フリー・ジャズ」を録音。1960年頃~【昭和35年頃~】■ロックンロール全盛。エルヴィス・プレスリーの台頭により、ロックンロールが音楽シーンのメインとなる。スタンダード・ナンバーのもとである、職業ソングライターにより作られるポピュラー音楽はかげをひそめる。ロックンロールはニューロックへと変化し、ジャズもロックに押される。1969年【昭和44年】■「エレクトリック・ジャズ」誕生。マイルス・デイヴィスが「エレクトリック・ジャズ」(=電化ジャズ)を打ち出した、「ビッチェズ・ブリュー」を録音。その後、「ジャズ・ロック」や「クロスオーヴァー」という言葉ができる。1971年【昭和46年】ウェザー・リポート結成。1972年【昭和47年】リターン・トゥー・フォーエヴァー結成。1873年【昭和48年】ヘッド・ハンターズ結成。1975年頃【昭和50年頃】■クロスオーヴァー全盛期。1970年代終わりごろから「クロスオーヴァー」は、徐々に「フュージョン」という言葉に変わるようになる。-----[平成時代]1989年【昭和64年、平成1年】「スムース・ジャズ」という言葉が使われ出してくる。2001年【平成13年】21世紀を迎える。2006年【平成18年】今年。*****●現在では、フュージョン(クロスオーヴァー)は「ジャズ」ではないという見解がある。
April 8, 2006
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今日は、アメリカのジャズ・トランペット奏者、フレディ・ハバードが生まれた日。---------●フレディ・ハバード (Freddie Hubbard) (Frederick Dewayne Hubbard)1938年4月7日、アメリカ、インディアナ州インディアナポリス生まれ。フレディー・ハバードは、1958年にニューヨークに進出してから、彼のジャズのキャリアが本格的に始まる。ニューヨークで彼は、オーネット・コールマン、エリック・ドルフィー、スライド・ハンプトン、J・J・ジョンソン、フィリー・ジョー・ジョーンズ、クインシー・ジョーンズ、オリバー・ネルソンそしてソニー・ロリンズ等と共演している。彼は、ハードバップ演奏集団であったアート・ブレイキー・アンド・ザ・ジャズ・メッセンジャーズにおける演奏によって有名になった。その演奏は『Mosaic』、『Buhaina's Delight』、『Free For All』等のアルバムに収録されている。1960年代初頭、ハバードはブルーノート・レコードに数多くの録音を残している。オーネット・コールマン、エリック・ドルフィー、ジョン・コルトレーンの、初期のフリージャズのアルバムにも参加している。しかし彼は、それらのフリージャズの影響を受けながらも、完全に傾倒してしまうことは無かった。1960年代のハービー・ハンコックのリーダー・アルバムにも参加していて『Maiden Voyage(処女航海)』は有名。1970年代に入ると、ハービー・ハンコック率いるVSOPのメンバーとなった。このバンドは、1940年代のバップ、1950年代のモード・ジャズ、1960年代のフリー・ジャズを統合した、フリーバップというスタイルを開拓した。ハバードの多くの優れた録音が、VSOPのユニットから生まれている。商業的なスムース・ジャズのアルバムがジャズ・ファンから批判を浴びたとはいえ、彼は、優れた才能のハードバップ・トランペッターとしての功績を残している。
April 7, 2006
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今日は、アメリカの女性ジャズ・シンガーのビリー・ホリデイが生まれた日。●Billie Holiday ビリー・ホリデイ↓こちら【December 29, 2005】の日記
April 7, 2006
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『Where Is The Love』(ホエアー・イズ・ザ・ラヴ)【恋人は何処に】この曲は、パーカッショニストのラルフ・マクドナルド(Rolph MacDonald)と、ウイリアム・ソルター(William Salter)の共作です。1972年4月ににリリースされたロバータ・フラックのアルバム、『ロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイ(Roberta Flack & Donny Hathaway)』の中に収められました。このアルバムには、作者のラルフ・マクドナルドもミュージシャンとして参加しています。そのほか、アコースティック・ピアノ、エレクトリック・ピアノはもちろんダニー・ハサウェイとロバータ・フラックで、ベースがチャック・レイニー、ドラムがビリー・コブハム、ギターがエリック・ゲイル、デイビッド・スピノザなど、そうそうたるミュージシャンが参加しているものです。ロバータ・フラックとダニー・ハサウェイのシングル盤は、1972年8月12日に、全米ポップ・チャートの5位になりました。R&B部門のほうでは1位を記録しています。曲名の「Where Is The Love」は「愛はどこなの?」という意味。*****●ホエアー・イズ・ザ・ラヴ Where Is The Love【恋人は何処に】作詞・作曲:ラルフ・マクドナルド(Rolph MacDonald)、ウイリアム・ソルター(William Salter)1972年愛はどこなの?愛はどこなの?愛はどこなの?愛はどこなの?あなたが自由になったらすぐにくれると言った愛はどこなの?そうなるの?愛はどこなの?彼女を愛していないってサヨナラをするって言ったけれど本当の気持ちじゃないのならなぜウソをついたの?永遠に私だけのものだって言ったあの愛はどこなの?たたの偽りだったってこと?愛はどこなの?もし急に気持ちが変わったのならそうだって言ってほしいわ約束だけで縛り付けないで教えてくれなくてはダメよあなたと出会わなければよかったこれも運命なのかもしれないわほかの人の恋人と恋に落ちるなんて待つことしかできない・・・、それしか方法はないんだわ愛はどこなの?愛はどこなの?愛はどこなの?愛はどこなの?
April 7, 2006
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『The Closer I Get To You』(ザ・クローサー・アイ・ゲット・トゥー・ユー)【私の気持ち】この曲は、ジェームス・エムトゥーメイ(James Mtume)とレジー・ルーカス(Reggie Lucas)の共作で、1977年に作られました。レジー・ルーカスは、後にマドンナのプロデューサーとして有名になります。ロバータ・フラックの1977年12月リリースのアルバム、「愛の世界(Blue Lights In The Basement)」に収められた曲で、ダニー・ハサウェイとのデュエット・チューンです。シングル盤は、1978年5月13日から2週間、全米ポップ・チャートで2位になり、R&B部門では1位になりました。そして、ミリオン・セラーを記録しました。曲名の「The Closer I Get To You」は、「あなたに近づいていくごとに」という意味。*****●ザ・クローサー・アイ・ゲット・トゥー・ユー The Closer I Get To You【私の気持ち】作詞・作曲:ジェームス・エムトゥーメイ(James Mtume)、レジー・ルーカス(Reggie Lucas)1977年あなたに近づいていくごとに私の目を開かせてくれるのあなたが全てをくれるからあなたの愛の虜になってしまったわ何度も何度も自分に言い聞かせようとしているの二人は友だち以上にはなれないってなのに心の中ではずっと本当だってわかっていたのあなたが感じさせるこの気持ちがあなたのそばで寝ていると時の経つのも忘れてしまうあなたがもっともっと必要になっているの愛を試してみましょう愛はもっともっと甘く育まれているそして天国がそこにある時間のトリックをごまかす者に愛の心で彼らは本当の愛を見つける特別な方法であなたに近づいていくごとに・・・
April 6, 2006
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『Jesse』(ジェシー)【我が心のジェシー】私の好きな曲に「ジェシー(Jesse)」という曲があります。この曲は、シンガー・ソング・ライターのジャニス・イアンが1971年に書き上げたもので、ロバータ・フラックがカヴァーしたものが、1973年10月27日に全米チャートの30位になりました。ローバー・フラックのものは、1973年8月にリリースされたアルバム『やさしく歌って(Killing Me Softly)』の中に収められました。ジャニス・イアン自身のアルバムでは、1974年2月にリリースされた『スターズ~ジャニスの私小説(Stars)』の中に収められました。ジャニスのアルバム・タイトルの「スターズ(Stars)」という曲は、1971年のある日、ドン・マクリーンの「ヴィンセント」という曲を始めて聴いたジャニスが、その夜のうちに一晩で書き上げたと言いますが、「ジェシー」は、ジャニスが1964年に、あるベトナムの退役軍人の哀歌として書き始めた曲で、完成までに7年もの歳月がかかったものだそうです。ジャニス・イアンは、1951年5月7日に、ジャニス・エディ・フィンクとして、アメリカ、ニューヨーク・シティーに生まれますが、育ったのはニュージャージー州南部の農場地帯でした。父親は養鶏業者で、母親は音楽教師で、二人とも音楽に対して造詣(ぞうけい)が深かったため、ジャニスは幼い頃からクラシック、フォーク、ジャズといったあらゆる音楽に囲まれて育ちました。2歳からピアノを弾き始め、10歳になるとギターもマスターし、12歳で曲を書き始めたと言います。日本でよく知られている彼女の曲は、1976年の「恋は盲目(Love Is Blind)」で、TBS系のテレビドラマ「グッドバイ・ママ」のテーマ曲に使われ、ヒット・チャートのトップに半年間もとどまり続けるという、とんでもない記録を作りました。彼女が幼い頃に影響を受けたアーティストとして、エディット・ピアフ、ビリー・ホリデイなどの名前を挙げています。この曲は、三拍子のしっとりした、心にしみ入るような、いい曲です。*****●ジェシーJesse【我が心のジェシー】作詞・作曲:ジャニス・イアン(Janis Ian)1971年ジェシー、帰ってきてあなたと眠ったベッドにはぽっかりと穴があいている寒さが厳しくなっていくわねえ、ジェシー二人をあたためた暖炉にかかるあなたの顔が私の心から消えないの階段の灯りは消さないでいるわ怖いからではないの、あなたを待っているのよジェシー、寂しいの、どうか帰ってきてちょうだいジェシー、この床も食卓もあなたの足音を覚えているそして、私も忘れられない写真はすっかり色あせてしまったけれど今もお昼になればあなたのお皿を用意してしまうの階段の灯りは消さないでいるわ怖いからではないの、あなたを待っているのよジェシー、寂しいの、どうか帰ってきてちょうだいジェシー、ベッドカバーもあなたが行ってしまったあの日のままよあなたのために、そのままにしてあるの憂うつも、青い木の葉もすっかり消えてしまったわ何もかも新鮮に見えるのねえ、ジェシー、あなたと私もよいつかきっと二人で階段の灯りを消すのこの髪を結い知らないあいだに眠りに落ちるわジェシー、寂しいの、どうか帰ってきてちょうだい
April 5, 2006
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『Killing Me Softly With His Song』(キリング・ミー・ソフトリー・ウイズ・ヒズ・ソング)【やさしく歌って】この曲は、ノーマン・ギンベル(Norman Gimbel)とチャールズ・フォックス(Chales Fox)の作品で、1972年に発表されました。この曲のオリジナルは、ロリ・リーバーマンという女性シンガーが歌ったもので、当時、ロバータ・フラックはロリの雑誌インタビューを読み、原題の「Killing me softly with his song」という曲名を見てすぐに気に入り、実際に曲を聴いたことがないまま、この曲をカヴァーすることを決意したそうです。この曲名を見ただけで、この曲に対するインスピレーションを何か感じたということでしょう。ロバータ・フラックが歌ったシングル盤は、1973年の2月22日に100万枚以上の売り上げを記録したものに送られる *ゴールド・ディスクを受賞し、ミリオン・セラーなりました。そして、2月24日から4週間、全米チャート1位を記録しました。ロバータ・フラックの1973年8月リリースのアルバム『やさしく歌って(Killing Me Softly)』に収録され、このアルバムのほうは、チャートの3位まで記録しました。ロバータ・フラックのものは、同年1973年度のグラミー賞で、ベスト・レコード(最優秀レコード)賞、ベスト・ソング(最優秀楽曲)賞、ベスト・ポップ・ヴォーカル(最優秀ヴォーカル)賞を受賞しました。この曲は、ロバータ・フラックの歌で大ヒットし、日本ではコーヒーのCMソングとしてもあまりにも有名で、その後、数多くの人に歌われている、現代のスタンダード・ナンバーと言えるでしょう。原題名は「Killing me softly with his song」で、直訳すると「彼の歌で、私を、やさしく殺している」となります。----------*ゴールド・ディスク[gold disc] アメリカでは、シングル、アルバムともに50万枚以上の売上を記録したレコードやCDに対して贈られる賞のこと。1988年までは100万枚以上をゴールド・ディスクと認定していた。ゴールドディスクの起源は売り上げに貢献した作品を生んだアーティストに対して各レコード会社が与えるもので、120万枚を売り上げたグレン・ミラー「チャタヌーガ・チュー・チュー(Chattanooga Choo Choo)」に対して、RCAレコードが1942年2月に授与したのが始まり。ちなみに、日本ではシングル10万枚、アルバム20万枚、イギリスではシングル50万枚、アルバム20万枚。 *****キリング・ミー・ソフトリー・ウイズ・ヒズ・ソングKilling Me Softly With His Song【やさしく歌って】作詞・作曲:ノーマン・ギンベル(Norman Gimbel)、チャールズ・フォックス(Chales Fox) 1972年彼の指は私の痛みをつま弾くように(ギターを弾いている)彼の言葉が私の人生を歌い彼の歌で私をやさしく殺すかのよう彼の歌で私をやさしく殺している彼の言葉が私の人生の全てを語り彼の歌で私をやさしく殺しているわ彼は素敵な歌を歌うって聞いたわ彼は独特のスタイルを持っていると聞いたわだから私は彼を一目見にきたのしばらくの間、その歌を聴きたいと思ってそして彼に合ってみたら、若い男の子だった私の見知らぬ人だった彼の指は私の痛みをつま弾くように(ギターを弾いている)彼の言葉が私の人生を歌い彼の歌で私をやさしく殺すかのよう彼の歌で私をやさしく殺している彼の言葉が私の人生の全てを語り彼の歌で私をやさしく殺しているわ熱で顔中が真っ赤になってしまったわ大勢の人の中ではずかしかったまるで、彼が私の手紙を見つけてひとつひとつ大声で読み上げているかと思ったわ私は彼がそれを早く終ってほしいと祈るような気持ちだったけれどそれなのに彼は、ずっと続けたわ彼の指は私の痛みをつま弾くように(ギターを弾いている)彼の言葉が私の人生を歌い彼の歌で私をやさしく殺すかのよう彼の歌で私をやさしく殺している彼の言葉が私の人生の全てを語り彼の歌で私をやさしく殺しているわ彼はまるで私を知っているかのように歌ったわ私の絶望の全てを知っているかのようにそして彼は私を見透かして、どこか遠くを見ているまるで、私がそこにいないかのようにそして彼は歌い続けたわはっきりと、そして力強く歌っているわ彼の指は私の痛みをつま弾くように(ギターを弾いている)彼の言葉が私の人生を歌い彼の歌で私をやさしく殺すかのよう彼の歌で私をやさしく殺している彼の言葉が私の人生の全てを語り彼の歌で私をやさしく殺しているわ
April 4, 2006
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アメリカのジャズ・サックス奏者のジャッキー・マクリーン(Jackie McLean)が亡くなったそうです。2006年3月31日、コネティカット州ハートフォードの自宅で、73歳で息をひきとったということです。彼の演奏でよく知られているものは、ピアノのマル・ウォルドロンのビリー・ホリデイ追悼アルバム『レフト・アローン(Left Alone)』でのものでしょう。このアルバムに収録されている同名のタイトル曲「レフト・アローン(Left Alone)」は、ビリー・ホリデイが作った詩にマルが作曲したのですが、彼女はこれを歌わずして亡くなってしまいました。マクリーンは彼女の代わりに彼女の人生を切々と吹き上げ、哀愁のあるメロディーと、彼の見事な泣きが絶妙にマッチした名演奏です。ご冥福をお祈りします。
April 4, 2006
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『The First Time Ever I Saw Your Face』(ザ・ファースト・タイム・エヴァー・アイ・ソウ・ユア・フェイス)【愛は面影の中に】この曲は、ロバータ・フラックが最初にミリオン・セラーを記録し、グラミー賞を受賞した歴史的な曲です。ロバータ・フラックは、「やさしく歌って(Killing Me Softly With His Song)」という曲が最もよく知られていて、日本での、この曲の知名度は、それほど高いものではないようですが、私は、ロバータ・フラックの歌った曲の中で、この曲が何よりも一番好きな曲です。ある評論家は、「ロバータ・フラックが歌ったこの曲は、ポップスの最も忘れがたく重要な作品であり、真に卓越した大傑作である。」と語っていますが、私もその通りだと思います。この曲は、イワン・マッコール(Ewan MacCOLL)の作詞、作曲で、1962年に登録されている曲です。1969年1月リリースのロバータ・フラックのデヴュー・アルバム、『ファースト・テイク(First Take)』の中に収められました。このアルバムは、チャートの1位になりますが、この曲自体はさほど話題になりませんでした。しかし、1972年にクリント・イーストウッドが彼の主演監督映画『恐怖のメロディー(Play Misty For Me)』の中で、この曲を起用し、その後、大ブレイクを果たすことになりました。発表から3年経ってからの、1972年4月15日から6週間にわたって全米チャート1位になり、ミリオン・セラーを記録。そして、同年の1972年度のグラミー賞で、ベスト・レコード(最優秀レコード)賞、ベスト・ソング(最優秀楽曲)賞を受賞しました。初めてあなたの顔を見たときから、素敵なときが始まるというラヴソングです。ジャズ・ミュージシャンにも取り上げられつつあり、多くの人に歌い、演奏してもらいたい、ニュー・スタンダード・ナンバーです。*****●ザ・ファースト・タイム・エヴァー・アイ・ソウ・ユア・フェイスThe First Time Ever I Saw Your Face【愛は面影の中に】作詞・作曲:イワン・マッコール(Ewan MacCOLL)1962年 初めてあなたの顔を見たときあなたの瞳の中で太陽が昇ったように思えたわそして、月と星たちはあなたからの贈り物暗く広がる果てしない空に、私のいとしい人暗く広がる果てしない空に初めてあなたの唇にキスをしたとき私は手の中に世界が動くのを感じたわ捕らわれた小鳥が震える心のようにそれは私の思うがままにそこにあった、私の愛する人それは私の思うがままにそこにあった、私のいとしい人初めてあなたと横になったとき私は、あなたの心が私のものにとても近づいているように感じたわ私たちの喜びが世界中に満ち溢れるのがわかるわそして、それはこの世が終るまで続くのよ、私の愛する人初めてあなたの顔を見たときあなたの顔をあなたの顔をあなたの顔を・・・
April 3, 2006
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【ロバータ・フラック Roberta Flack】
April 2, 2006
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ロバータ・フラック(Roberta Flack)は、アメリカの女性シンガーです。この人は一つのカテゴリーに入れられるような人ではありませんが、私としてはあえて「Jazz」に入れてしまいたいと思います。女性ジャズ・シンガーとしては、ビリー・ホリデイが別格でいて、有名な御三家、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレエが挙げられますが、そのほかにも、無数に素晴らしい女性シンガーがいます。私が好きな女性シンガーは、ジャズ・シンガーに限らず、それこそ数多くいますが、その中でも、古くからのお気に入りの女性シンガーは、ジャニス・ジョプリンであり、キャロル・キングであり、チャカ・カーンであり、そしてロバータ・フラックです。ロバータ・フラックは、一般的にはジャズ・シンガーと呼ばれず、R&B、ソウル、ゴスペル・シンガーというジャンルに入れられていますが、それも本当は当てはまりません。彼女の音楽は、ジャズでもあり、R&B、ソウル、ゴスペルの要素も含んだ、クロスオーヴァーな広い意味でのポピュラー音楽です。私は彼女の大ファンで、1998年(?)に東京、六本木の「スイートベイジル」がオープンしたときの最初のアーティストとして出演したときに、生のステージを見ることができました。バック・ミュージシャンもよく、もう素晴らしくて感激でしたが、実際にそのステージを見ると、彼女はR&B、ソウル、ゴスペル・シンガーというよりはジャズ・シンガーであるように思えました。本人も、インプロヴァイザーであると語っているそうです。----------●ロバータ・フラック(Roberta Flack)1939年2月10日、アメリカ、ノースカロライナ州ブラックマウンテン、アッシュビルに生まれます。 父親はジャズ・ピアニストで、母親も教会のオルガン奏者でした。音楽一家に生まれたロバータは幼い頃から音楽に囲まれて育ち、4才でピアノを弾き始め、9歳でワシントンD.C.に引越し、ここで正式にクラシック・ピアノを習います。クラッシックにとても興味のあったロバータは、黒人学生のためのクラッシク・ピアノ・コンクールで、1952年、彼女が13歳のとき2位になり、学業の成績も優秀だったことから、ハイスクールをスキップアップして15歳で卒業。特待生として、奨学金でハワード大学の音楽科へ進みます。18歳で音楽の学士号をとりますが、その6カ月後に、父親が急死したので、ロバータは学校をやめ、英語と音楽の教師として働きます。7年あまり教職につきましたが、教師としての自分に限界を感じたロバータは、レストランで演奏活動を始めます。そのころから、ブルース、ジャズ、ゴスペル、フォーク、クラシック音楽などを融合させた独自のスタイルで歌っていました。1965年にジャズ・ベーシストのスティーヴ・ノヴァセルと結婚しました。そして、1968年にワシントンD.C.で行われた慈善コンサートで演奏していたところを、ピアニストで、シンガーとして有名なレス・マッキャンに認められて、アトランティック・レコードと契約します。1969年1月にアルバム『ファースト・テイク(First Take)』をリリース。ロバータ・フラック30歳の年という遅いデヴューです。1970年にアルバム『チャプター・トゥー(Chapter Two)』を発表。そして、ダニー・ハサウェイと知り合い、1971年にデュエットで歌った「きみの友だち(You've Got A Friennd)」が、同年、1971年にシングルの全米チャート29位に入り、シングルの初ヒットになりました。その後、1972年にクリント・イーストウッドが、彼の主演監督映画「恐怖のメロディー(Play Misty For Me)」の中で、アルバム『ファースト・テイク』の中から「愛は面影の中に(The First Time Ever I Saw Your Face)」を使ったため、この曲は1972年4月15日から6週間、全米チャート1位になるという大ヒットでミリオン・セラーを記録しました。そして、この曲「愛は面影の中に」は、1972年度グラミー賞のベスト・レコード、ベスト・ソングを受賞。さらに、翌年の1973年、「やさしく歌って(Killing Me Soflry With His Song)」が、2月24日から4週間、全米チャート1位になり、ミリオン・セラーを記録。1973年度グラミー賞のベスト・レコード、ベスト・ソング、ベスト・ポップ・ヴォーカルを受賞。そして1974年には、「愛のためいき(Feel Like Makin' Love)」が8月10日にヒット・チャート1位になり、ミリオン・セラーを記録。彼女の名前はソウル、ブラック・ミュージック界にとどまらない、スケールの大きな女性シンガーとして、世界的に知られるようになりました。ロバータ・フラックは、これまで、黒人は白人よりも能力的に劣っているものとして、とかく性的な魅力や体力だけで評価され、デューク・エリントンのように知性も品格もある人が出てきても、「あれは親がホワイトハウスの執事だから特別だ」と言われてしまう、アメリカの人種差別の激しい社会において、下層階級出身の黒人であろうとも、その才能は同等、あるいはそれ以上にも花開くものなのだということを証明したひとりであり、「若い才能豊かな黒人」の象徴として、それまでの黒人音楽とは違う、黒人としての自意識、アメリカの社会意識に影響を与え、その後のアメリカのポピュラー音楽シーンに大きな影響を与えてきたスケールの大きな人であると言えます。----------■代表曲愛は面影の中に The First Time Ever I Saw Your Face (1969)きみの友だち You've Got A Friennd (1971)恋人は何処に Where Is The Love (1971) やさしく歌って Killing Me Softly With His Song (1973)我が心のジェシー Jesse (1973)愛のためいき Feel Like Makin' Love (1974)私の気持ち The Closer I Get To You (1977)いつかあなたと If Ever I See You Again (1978)[私的に追加]バック・トゥゲザー・アゲイン Back Together Again (1979)ユー・アー・マイ・へヴン You Are My Heaven (1979)ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ Will You Still Love Me Tomorrow (1971)
April 2, 2006
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4月1日なので、心機一転?の話。●日本の借金状況2006年3月31日現在日本の借金は830兆1895億円一世帯あたりの負担額は1884万円国民一人あたりにすると655万円日本の収入は、税収で約40兆円ちょっと、公共事業等の収入が2兆円くらいで合計約45兆円。借金の方は800兆円を超えたらしい。それで国家予算は80兆円ですって?(実際は230兆円だとも言われている。)これを普通の家庭に置き換えたとして考えてみると、年収450万円の人が、8000万円のローンがあるのに、実際には800万円の生活をしているということになる。毎年、足りない分(支出の約40パーセント)は借金をして暮らしている。こっれってどうよ。これでは、普通なら借金返すのに、サラ金地獄になっているはず。利子だけで1時間に約20億円ずつ増えているってどういうこと?、もう自己破産するに決まっている。これでも日本は大丈夫なのか?お金のある人は、日本からどんどん逃げ出すだろう。
April 1, 2006
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『Feel Like Makin' Love』(フィール・ライク・メイキン・ラヴ)【愛のためいき】 この曲も、私の大好きな名曲で、バンド関係者の間では、ほとんどスタンダード・ナンバーになっているものです。しかし、まあそれにしてもエッチな曲です。英語だと、日本人にとってはストレートでなくていいですね。「feel like doing」で「…したい気がする」、「make love」は「セックスする、 抱き合う、 キスする、 愛撫する、 言い寄る」といった意味になります。要するに、「セックスしたくなっちゃったわ・・・」という意味の歌です。「恋のためいき」という邦題がついていますが、直訳すると「セックスしたい」という邦題になっちゃいますね。この曲は、ユージーン・B・マクダニエルス(Eugene B. McDaniels )が作詞・作曲し、1974年に、ロバータ・フラックが歌いました。上品でメロウな味わいに溢れるこのヴァージョンは、1974年8月に全米チャート1位になり、ミリオン・セラーを記録しました。ジャズとソウルの両方のジャンルで活躍する人気ヴェテラン・シンガーのマリーナ・ショウによる、1975年のヴァージョンは、ファンキーな、ジャズ・テイストのもので、大人の魅力に溢れていて、これも高い人気を誇っています。また、1983年のジョージ・ベンソンのヴァージョンは、リズムがグッとタイトで爽やかな仕上がりになっていて、また別の魅力に溢れています。インストゥルメンタル・ナンバーでは、キーボードのボブ・ジェームスのものをよく聴きました。この曲は、そのほかにも、多くの人によって歌われています。*****●フィール・ライク・メイキン・ラヴ Feel Like Makin' Love【愛のためいき】 作詞・作曲:ユージーン・B・マクダニエルス(Eugene B. McDaniels )1974年公園を散歩していると冬から春へと移り変わろうとしているのを感じる暗闇を歩きながらラヴラヴで寄り添う恋人たちを見ているとそんなとき、あなたとセックスしたくなっちゃうのそんなとき、私の願いを叶えたくなってしまうのああん~あなた~あなたが私に囁きかけるときその声は甘く、そして低くあなたの指先が私に触れるともう私は感情を隠しきれずにどうにかなっちゃいそうよああ~そんなとき、あなたとセックスしたくなっちゃうのそんなとき、私の願いを叶えたくなってしまうのああん~あなた~レストランでキャンドルに明かりを灯し、手を握り合っているあなたに触れていると私は心の全てから、あなたをほしいと思ってしまうの・・・そんなとき、あなたとセックスしたくなっちゃうのそんなとき、私の願いを叶えたくなってしまうのああん~あなた~セックスしたい~*****次に、私と一緒にやっているシンガーの「かおりん・うさこ」さんが自分のサイトに載せている、この曲の歌詞の訳詞とコメントがおもしろいので持ってきてみました。●「かおりん」のサイトも行ってみてください。↓【かおりん・うさこ】のサイト*****ねぇ・・・ねぇ・・・あなた。公園を散歩していて、「もう、春なのかしら~」なんて、ふっと感じたり、暗がりで、イチャついてる恋人達を見ると・・・。そんな、ふとした瞬間に・・・あなたが、欲しいなって・・・愛しあいたくなっちゃうの・・・。そして、そんな時・・・わたしの願いが、叶うような気がしちゃうのよ・・・。うふふ・・・。ねぇ・・・ねぇ・・・あなた。こうして、肩を並べて歩く時も・・・ぼんやりしている甘ったるい朝も、何気なくわたしに触れた指先に・・・わたしのこんな感情を見透かされそうで・・・何だかワクワクしてきちゃうの・・そんな、ふとした瞬間に・・・あなたが、欲しいなって・・・愛しあいたくなっちゃうの・・・。そして、そんな時・・・わたしの願いが、叶うような気がしちゃうのよ・・・。ねぇ・・・ねぇ・・・あなた。レストランでね・・・、キャンドルにかざす手は・・・。実は、あなたに触れたがっているのよ・・・。心も、身体も、わたしの全てで・・・。あなたを求めているの。そんな、ふとした瞬間に・・・あなたが、欲しいなって・・・愛しあいたくなっちゃうの・・・。そして、そんな時・・・わたしの願いが、叶うような気がしちゃうのよ・・・。*****いわずと知れた・・・(このフレーズばかりだねぇ)ローバータ・フラックの名曲でございます。。。重ね重ねではございますが、、訳詞は、ほんとーにテキトーです。この曲、若い頃から、歌ってはおりますが、最初にこの曲に出会った時、「こんなスケベな歌は、よー歌わんわ」などと、思っておりました。時の流れとは、悲しいもので、、今じゃ全然平気です。。。。。(2004年8月 シンガー「かおりん・うさこ」 記)
April 1, 2006
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まあ、いろいろな“症候群”っていうのがありますね。アメリカでは「9.11」以降、自分の意見の発表の場としてブログが大流行したそうですが、2、3年ほど前から、その中の人気ブログで閉鎖するものが出てくるようになったといいます。初めは自分の意見を聞いてもらえて、すぐにコメントなどが返ってくるので面白くてたまらなかったのが、だんだん記事を書くことが重荷になり、仕事と同様のストレスを感じ始めるようになっていくそうです。特に人気ブログは毎日コメントが山のように届くので、それを読むだけでも膨大な時間が取られるということもあり、ほとんどが本業をもっているビジネスマンばかりなので、本業に支障が出ないよう、ブログの閉鎖や休止をする人が出てきているのだそうです。日本でも、今、ブログがブームになっているようなので、こういう現象が出てきているようです。確かに「書かなければならない」と思ってしまうと、強迫観念にかられてしまって、よけいに書けなくなってしまうということにもなるようです。完璧主義者に起こりそうですね。完璧主義者は、とかく精神障害を起こしやすいとか。何にでも言えることだと思いますが、マイペースで、気ままにやっていくことがいいのでしょう。そして、とにかく続けること、これが一番大事なことなのではないかと思います。 燃え尽きるてしまうのなら 下手でもいいし見栄など捨てて、華やかに燃えなくても、小さくちょろちょろでも、燃えているほうがいいのではないでしょうか。「いいかげん」が「良い加減」
April 1, 2006
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