2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全30件 (30件中 1-30件目)
1

折り紙会議:折り紙徒然 私は、区内の2ヵ所で、地域の御婦人方を対象に、折り紙の講習会を開いている。と言っても、いわゆるカルチャー教室のようなものではなく、そんなに多くない人数で、ユニット折り紙の作品作りを一緒に楽しんでいるといったものだ。 初めに、ユニットの一通りの折り方を教えた後、各自で必要数のユニットを折るのだが、このユニットを全部折り上げるには、1時間以上はかかるので、手は使っているが、口は空いているので、いつも話の花が咲く。井戸端会議ではなく「折り紙会議」が始まるのだ。 講習会にご参加のみなさんはご高齢の方が中心で、出る話は多岐にわたっている。子育てや教育、世相や政治、などなどだ。考えれば、折り紙、それも同じユニットを、必要枚数だけ折る作業は、単純作業だ。だから、活発におしゃべりすることが可能となる。これが、絵画や細工物なら、話どころではないかも知れない。 ユニットを折ることで手を使い、空いている口を使って会話を交わす。これで、脳が活性化しないはずはない。しかも、ユニットを組み上げる時は、おしゃべりどころではなく、急速に頭脳をフル回転させなければならない。さらに、脳は活性化するのだ。 折り紙を一人で折ることも楽しいが、このように何人かが集まって、「折り紙会議」で、話の花を咲かせながら楽しんで、結果として、世界で唯一の作品を完成させる。ユニット折り紙を題材とした、おとなの集団あそびも、高齢化の日本にはお奨めかも・・・・・ 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2014-06-08)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.30
コメント(0)

続『折り鶴』に願いを! 【広島市の平和記念公園にある「原爆の子の像」に寄せられた千羽鶴が、再生繊維のレーヨン素材となってポロシャツなどに生まれ変わった。(中略)広島市が2012年、たまった折り鶴を有効利用する活動を開始。(中略)折り鶴をパルプに加工した後、オーミケンシが化学処理を担当。再生繊維の一種であるレーヨン素材に変え、製品化することに成功した。(中略)「広島で完結していた平和の折り鶴のストーリーを日本中、更には世界中に伝えたい」と語る。また、オーミケンシは「手作業で手間もかかるが、平和への思いを広げられることはうれしい」としている。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/毎日新聞:2014/05/01) 引用した記事の別の部分にも書かれていたが、千羽鶴のこれまでのリサイクルは、紙製品が主だったが、繊維製品としての活用が始まったわけで、本当に喜ばしいことだ。広島や長崎に寄せられた平和の願いのこもった折り鶴で作られた繊維製品は、クールジャパンとしても、優れた製品となるだろう。 しかし、その肝心の日本の政府は、こうした平和を願う国民の願いとは裏腹に、「集団的自衛権」と称して、日本の国民を再び戦争に駆り立てようとしている。「積極的平和主義」の定義さえ変えてまで、戦争への道を突っ走る首相がいる。 本当の積極的な平和主義は、全世界の人たちを平和へと導く、クールジャパンと表現できる憲法9条を断固堅持して、それを全世界に広めることなのだ。この平和主義こそ、病床で折り鶴を折り続けた佐々木禎子さんの願いに報いることであり、あらたな禎子さんを出さない唯一の道なのだ。 ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ、ノーモアサダコ、その願いを託せるクールジャパンの折り鶴、今年も全世界向けて大きく羽ばたいてほしいものだ。憲法9条と折り鶴を誇りに思う一庶民の、一日遅れの憲法記念日への思いとする。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2014-05-04)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.29
コメント(0)

『折り鶴』に願いを! 【軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)第8回外相会合に出席する12カ国の外相らが12日午前、広島市中区の平和記念公園を訪れて原爆慰霊碑に献花した。(中略)慰霊碑前では、市内の中学生が平和メッセージを読み上げ、小学生らが核廃絶の願いを込めた折り鶴を外相らに手渡した。(中略)被爆証言した小倉さんは「被爆者の力は一滴の水のように小さいが、いずれは海になって核廃絶の思いが世界に届くはず」と話した。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/毎日新聞:2014/04/12) 日本で大きく発展した「折り紙」、昔に比べて格段にあそぶことが少なくなったと言われているが、「折り鶴」だけは例外だ。毎年の原爆忌を典型に、卒業式、お見舞いなど、折り鶴に願いや祈りを込めて、贈ったり飾ったりする。 折り鶴が、こうした目的を持って折られる謂れは、定かではないが、原爆で被爆し、白血病により、その短い生涯を閉じた佐々木禎子さんのエピソードは有名だ。病床で恢復を願って折り続けたそうだ。 しかし、その願いは通じないばかりか、いまだ彼女の命を奪った原爆をはじめとした核兵器は無くなっていない。それどころか、彼女の生まれた国である日本の、一部の政治家は、その原爆の保持を企んでいる。上記記事の外相会議のホスト役である外務大臣が所属する政党に、その考えの政治家が多い。 軍縮も核不拡散も、一つの選択肢ではあるが、それだけに頼っていては、新たな禎子さんが生まれかねない。軍縮は、軍備保持を前提とし、核不拡散は核保有を肯定する。 折り鶴に込められた平和への願いを実現するには、まずその目標を明確にする必要がある。核兵器を含むすべての軍備の撤廃こそ、その目標となる。全ての国がその目標に向かって、絶対に軍備の増加も補充もさせないことが、平和への唯一の道だ。 もちろん、現在政権を握っている多くの政治家は、口実を見つけたり、時には口実をねつ造したりして、軍備撤廃をサボタージュする。軍備を持つ全ての国の国民が、グローバルに団結してのみ、軍備撤廃と世界の平和は実現可能となる。 軍備の撤廃は、必要が無くなった軍事費を、貧困と飢餓の混雑に振り向ければ、軍備を必要とする紛争も戦争も、絶対確実に減少することを意味する。もちろん、戦争の口実となるテロさえも無くしていくだろう。 昨日は、メーデーだった。今は懐かしい響きさえ感じる「万国の労働者よ団結せよ!」だが、今日的には、軍備撤廃のために、「万国の弱者よ団結せよ!」、「万国の貧困者よ団結せよ!」、「万国の庶民よ団結せよ!」、「労働者は、その中核として団結せよ!」でなないだろうか。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2014-05-02)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.28
コメント(0)

『長方形折り紙』:学童保育メモリーズ(68) 日常の保育において折り紙を取り組んでいる学童(学童保育所)も多いが、その多くが市販の正方形の紙(いろ紙)を使ったものがほとんどだ。しかし、こどもたちや私たちが日常生活の中で、最も接する機会の多いのは、正方形ではなく長方形の紙だ。 例えば、新聞紙そのものもそうだが、その新聞紙に折り込まれているチラシ、学校で使うノートや用紙類、コピー用紙やメモ用紙などなど、日常生活には長方形の紙が溢れている。 だから、昔のこどもたち、少なくともそうした長方形の紙が、安く簡単に手に入るようになってから以降のこどもたちは、手軽に手に入る長方形の紙を使って折り紙を楽しんだ。 最もポピュラーなのは、折り紙飛行機だ。昔のこどもたちなら最低2・3種類くらいの折り紙飛行機を折ることができた。その折り紙飛行機ですら、知らない子もいるのが、今の現状で、私が学童の保育師(指導員)を始めた頃(1970年代末)でも大差はなかった。 そこで、この長方形の紙を使った折り紙をこどもたちに教えることにした。もちろん使う紙は、チラシ・ビラ・ポスターや使用済みのコピー用紙などだ。私が学童で取り組んだものは、遊邑舎HPの「長方形折り紙」に幾つか掲載しているので、参考にしていただきたい。 ともかく、市販の折り紙(いろ紙)を使わないので、大量に紙を使って、ある意味で好きなだけ使っても、ほとんど経費が掛からず、ほぼいつでもどこでもあそべるのが「長方形折り紙」なので、折り紙が楽しく好きになる、貴重なあそびとなっている。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-08-29)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.27
コメント(0)

折り紙徒然(26):『紙の目(め)』 先日、ユニット折り紙を教えていた時の話だが、「みなさん、紙には目があることをごぞんじですか?」と聞いたら、ほとんどの方がご存知ではなかった。「紙の目」とは、「紙の流れ目」とも呼ばれる、製紙段階で紙に出来る繊維の方向性を指す。この繊維の方向性に沿った折り目は折り易く、繊維の方向に直角では、折り曲げにくくなるのだ。 多くの折り紙作品を折る時は、折り目は同じ方向ばかり折るわけではないので、あまり問題にはならないが、ユニット折り紙、特に空間の開いた「穴あきユニット」などでは、この「紙の目」が問題となってくる。「紙の目」の方向、すなわち繊維の方向に沿うことは折り易い反面、曲がり易くなるのだ。 だから、細長いユニットは、「紙の目」がその長い方向に沿っていれば丈夫になるが、反対に「紙の目」がユニットの長軸方向と直行すれば曲がり易くなり、ユニットを組み合わせた作品も、時間とともに重力の影響を受け、変形しやすくなるのだ。 この「紙の目」は、紙を少し曲げて見れば、曲がり易い方向と曲がり難い方向が簡単にわかるので、多くの方がご存知だと思っていたのだが、冒頭に記したように、意外とご存知でない方も多いのだ。ユニット折り紙を教え始めた時に、言っておけば良かったので、これは私の教え方のまずさでもある。 なお、ユニット折り紙の作品を作る時は、「穴あきユニット」に限らず、「紙の目」を揃えてユニットを折るのが最善だ。何故なら、「紙の目」を揃えると、ユニット同士の組み合わせ部分にかかる力が、均一になるので、組み上がり作品は、より美しい形状を保つことができる。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-06-03)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.26
コメント(0)

『折り紙ヒコーキ』 【唐津商工会議所青年部が、環境に優しい間伐材の活用を知ってもらおうと、今年で2回目の開催。日本折り紙ヒコーキ協会九州支部のスタッフが、よく飛ぶ紙飛行機の作り方を伝授。参加者は滞空時間を少しでも延ばそうと、思い切り高く飛ばしたり、ふんわり飛ぶように優しく投げたり工夫していた。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/佐賀新聞:2012/10/18) 「環境に優しい間伐材の活用」自体は、大変意義のあることで、日本折り紙ヒコーキ協会の活動や取り組みには、大いに敬意を表するものだが、こうした取り組みが増えている割には、こどもたちの日常の「あそび」からは、「折り紙飛行機あそび」は、年々減ってきている感は否めない。 同様のことは、ドッジボールや鬼ごっこなどがスポーツ化される一方で、日ごろの「あそび」において、それらのあそびが、減少傾向からは脱して切れていないことにも現れている。これらのことから、スポーツや競技は、「あそび」とは異質な活動であることがわかる。 本ブログでは、スポーツも芸術なども広義の「遊び」と定義し、こどもたちの遊びを、平仮名表記の「あそび」と定義しているが、その「あそび」は、同じ「遊び」でありながらスポーツとは一線を画しているのだ。その違いについて考察していく。 「あそび」とスポーツの最大の違いは、自由の違いにある。「あそび」にもスポーツにもルールは存在するが、スポーツは対戦する場合においては、厳格なルールが適応され、少なくとも同一大会中のルールの変更は無いが、「あそび」においてはルールは臨機応変に変更される場合が多い。 例えば、公式のドジボール大会と違って、「あそび」としてのドッジボールは、同じ地域同じこども集団の「あそび」においても、人数や場所や時間によって、ルールは様々に変化する。ようするに、「あそび」は楽しくするために、どんどんルールを変えるし、その自由さが「あそび」には許されているのだ。 また、スポーツの試合においては、公平な立場の審判が必須で、用具さえも規格が決まっているなど、スポーツには様々な制約が存在するが、「あそび」にはそのような制約さえ全くない場合がほとんどだ。 このようなことから、「折り紙飛行機」やドッジボールが、スポーツ化(競技化)されても、簡単にはこどもたちの「あそび」としては、広がっていかないことがわかる。この、「あそび」として広がらない理由に、今のこどもたちの抱えている問題があるのだ。 その問題については、このブログで、今のこどもたちのあそびの条件変化として度々指摘・考察してきているので、ここでは省略しておくが、この問題の解決無しには、折り紙飛行機は昔のように、日常の「あそび」として、日本の空を飛び回ることはないだろう。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-05-30)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.25
コメント(0)

折り紙徒然(25):一人で折るよりも 私は、お知り合いの方の家で、そのご近所の方々にユニット折り紙を教えているが、一人で折る時よりも違った意味で楽しい一時をすごしている。それは、ユニットを折りながら、雑談をすることだ。ユニット折り紙は、何枚かのユニットを折る必要がある。複雑なユニットなら、ユニットが折り上がるまで、かなりの時間を要する。その時間を使って雑談をする。 話題は、日常生活のことから政治談議まで、幅広い。ともかく、手はユニットを折ることでふさがってはいるが、口はあいているので、話題さえあれば何でもいい。ただ、あまり深刻な話題や込み入った話題は、ユニットを折る手が止まってしまうので、どちらかと言えば軽い話題が中心となる。 折り紙は、認知症予防や脳の活性化に効果があると言われているが、手だけではなく、口も適度に動かせば、その効果も倍増するかもしれない。また、ユニット折り紙は、ユニットを組むときには、脳そのものをかなり使わなければならないので、さらに効果が増すだろう。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-05-25)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.24
コメント(0)

折り紙徒然(24):再び『折る』とは? ユニット折り紙の試作をしていると、「折る」と言う本質を痛感させられることがある。ユニットの試作の度ごとに、大量の未完成のユニット片が出るが、エコを考えて、それらのユニット片を再び試作ユニットの用紙として使う。しかし、何度も折っていく内に、紙の状態がどうしてもユニットとして不都合な状態になってしまう。特に、一旦作品として組んだものを、分解して再利用する時は、紙の状態は極めて悪くなる。 これは、「折る」と言う作業は、まさに木の枝を折るように、元の状態に戻らせない作業だからだ。だからこそ、折り目が付いて、折りの通りに畳み込むことで作品が出来上がるのだ。また、一旦折った状態のままでは、折り目が新鮮なのだが、それを開けるとその折り目の部分が、元の紙の状態より弱くなる。 こうした「折り」の本質は、ユニット片を組み合わせる作業においても、大きく影響を及ぼす。間違えずに組んでいる場合は問題はさほどないが、組み間違えて、一部分を分解して組み直す段階では、折り目の部分が弱くなっており、組む作業が新鮮な時より難しくなるのだ。 ようするに、「折り」は元の状態に戻らせなくする作業なので、少なくとも綺麗な折り紙作品を作る時は、一回も間違えずに最後まで折り上げること、ユニット折り紙なら、さらに一回も間違えずに最後まで組み上げることが必要となる。その意味では、折り紙は真剣勝負でもあると言える。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-05-15)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.23
コメント(0)

折り紙徒然(23):空箱で折る 「折り」は、普通の紙を使ったいわゆる「折り紙」だけに留まらない。キャラメルやたばこの空き箱を使った「折り」もある。広義の意味で「折り紙」としてもいいだろう。 そんな、紙製の空箱を使った「折り紙」で、昔のこどもたちがよくあそんだものに、このブログでも紹介したことがある、空箱で違う形状の箱をつくる、名付けて「はこでハコ」がある。簡単なので、キャラメルの紙箱や同様の構造の紙箱が手に入れば、ためしてみるのもいいだろう。 その他にも、ハンドバックやメンコなどが、その応用としてつくることができる。ただ、今では、こどもたちが食べる菓子類の中で、紙箱に入ったキャラメルを食べる頻度は少なくなったり、紙箱に入ったたばこそのものが少なくなったりで、それらの空き箱を手に入れる機会が、減っているので、普段のあそびとしての復活は難しいかも知れない。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-05-12)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.22
コメント(0)

折り紙徒然(22):『折り』の変化(へんげ) 「折り紙」は、単純に「折り」を積み重ねていくだけでなく、次の工程の補助線的役割の折り目を付けるための「折り」もある。そんな時は、せっかく折った折り目を開くこととなる。ごく単純な作品を除いて、この「折り」と「開き」の作業が入り混じる。 しかし、少なくはない作品において、その途中の過程を、「折り」と「開き」の順番を変えたり、違った「折り」と「開き」を採用したりしても、結果として同じ作品に折り上がることがある。 その典型を、日本の伝統作品の一つ、「折り鶴」でみると、一般的な折り方では、途中に三角形を正方形に開き折る工程や、正方形から長い菱形に開き折る工程が出てくるが、この工程を簡単にするために、幾つか補助的に「折り」を加えたりする方法も考案されている。 また、私が「折り鶴」を折る時に、しばしば用いる方法は、前記の二つの工程を略するために、あらかじめ必要な折り目だけを付けるという方法だ。これは、折り目を多く付ける必要があるものの、長い菱形の形まで一気に畳み折ることができる。この方法は、薄い紙なら数枚以上は一度に、折り目を付けることができる。千羽鶴などの大量の作品を速く作る時には役に立つ方法だ。 このように、一般に言って、「折り」の工程が多ければ多い作品ほど、途中の「折り」は変化する余地が大きくなるのだ。だから、同じ作品を何度も折っているうちに、より合理的な「折り」が見つかる時も多い。私が取り組んでいるユニット折り紙では、「折り」の工程も多く、折る数量も極めて多いので、その「折り」の変化(へんげ)は日常茶飯事のこととなっている。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-29)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.21
コメント(0)

折り紙徒然(21):『ユニット折り紙』と『幾何学』 動物や乗り物など、何か具体的な物に似せて折る「具象折り紙」に比べて、まだまだ愛好者の少ないのが、私が関わっているユニット折り紙などの、「抽象折り紙」だ。三角形や四角形などの、単独あるいはその集合体の形を楽しむ「折り紙」だと言うこともできる。さらに、色や模様のある折り紙を使うと、形だけでなく、それらの組み合わせの美しさを楽しむこともできる。 そんな「抽象折り紙」の一つであるユニット折り紙は、折ると言う作業だけでなく、組み合わせるという作業が必要で、それが魅力となっている反面、それがユニット折り紙が敬遠される原因ともなっている。だから、ユニット折り紙に魅せられても、自分で折ってみようとされる方が少ないのだ。 このユニット折り紙の難しさに、幾何学的な思考の問題がある。平面図形ならまだしも、立体的な形を的確に把握することは、この世の中が立体的な物で満ち溢れているにも拘わらず、立体作品へのハードルは高いのだ。 ただ、ユニット折り紙に限らず、「折り紙」は、折ると言う作業により、幾つかの図形を作りながら作品を仕上げていくものなので、普通の「折り紙」に慣れ親しんでいれば、そのハードルは下がってくる。折り鶴などの立体作品に慣れていれば、なおさらユニット折り紙へのハードルは低くなる。 ともかく、幾何学的認識は、「折り紙」に慣れ親しんでいれば育ち、そのことにより、ユニット折り紙の立体に組み上げるための幾何学的センスも身に付けやすくなるのだ。もちろん、ユニット折り紙に感じる魅力の度合いが強ければ、簡単な作品から挑戦してもいい。 初めは、手取り足取りで教えてもらってもいいので、ともかく折り始めると始めると、幾何学的認識は育っていくものだ。もちろん、伸び盛りのこどもだけでなく、もう伸びしろは無いと思われている、ご高齢の方でも同じだ。それは、この間、ご高齢の方にユニット折り紙を教えた経験が証明している。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-26)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.20
コメント(0)

折り紙徒然(20):『折り紙』と『見立て』 「折り紙」には、その芸術性で大きく分けて二つのジャンルがある、一つは「折り鶴」に代表されるように、ものの形を模す「具象折り紙」と、も一つはユニット折り紙に代表されるような、形の美しさを追求する「抽象折り紙」だ。 その「具象折り紙」は、最近では、「複雑系折り紙」に見られるように、より本物に似せて作品折り上げる「折り紙」が急速に発達してきており、「超複雑系折り紙」のようなジャンルまで生まれてきている。 それらの「折り紙」は、どちらかと言えば、おとなの芸術活動と言えるものだ。もちろん、果敢に挑戦するこどもたちもいるが、折り図が複雑なのと、使用する紙も限定され、少なくともこどもたちの日常のあそびには定着するのは不可能に近い。 それに比べて、「奴さん」や「紙飛行機」などは、「具象折り紙」の中でも、比較的簡単で、こどもたちの日常のあそびに適している。これらの、易しい部類の「具象折り紙」は、その簡易さ故に、出来上がりの作品は、模す対象となった本物には似てはいるが、どこか違った形となる。 だから、それであそぶには、程度の差はあれ、「見立て」が必要となる。「折り鶴」なら、本物の鶴には長い足があり、尾は跳ね上がっていないのに、鶴と見立ててあそぶのだ。しかも、折り上げる形がシンプルなほど、言い換えれば折り方が簡単なほど、この「見立て」には、より柔軟さが求められる。 「見立て」と言う行為は、物事をある意味で抽象化して、その特徴を掴む行為と考えられる。その意味で、物事の特質や本質をとらえる力を養うには、「見立て」は極めて意義のある活動となるのだ。 こうした、「見立て」が、こどもたちの諸能力の獲得、なかでも学力の大本(おおもと)を育む上では、大いに役立つのは間違いがないだろう。もちろん、何事も好きになってこそ身に付く、「折り紙」の無理強いでは、「見立て」の力が育つ前に破たんする可能性は大きい。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-25)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.19
コメント(0)

折り紙徒然(19):『折り紙』と『ゆらぎ』 ユニット折り紙は、一つ一つのユニットを正確に折る必要があるのだが、実は手で折る限り、厳密には全てのユニットを寸分の違いなく完全に同じに折ることは出来ないのだ。 同じ材質の紙を使って、同じ折り目を折る時も、その時の力の入れ加減は、全く同じだとは言い切れ無かったり、同じ基準線に合わせて折ったとしても、ほんの僅かなズレが生じることもあるのは、仕方がないことだ。 ただ、それらの違いやズレが、ユニットを組み上げる時に問題となるかと言うと、よほどのことでない限り、紙そのものが持つ、柔軟性や融通性から、作品は組み上がるものだ。だから、出来上がった作品の、一つ一つの辺が組み合わさって創り出す同じ形の面は、幾何学的に見て、正確に同じ形にならず、ある程度の「ゆらぎ」を持って違っているのだ。 このある意味で自然な「ゆらぎ」こそ、手作り作品の「味」であり、それは手作り作品が醸し出す、独特な美しさとなるのだ。もちろん、その「ゆらぎ」には、作り手の個性が反映する。それも「折り紙」作品の楽しみ方となっている。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-24)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.18
コメント(0)

折り紙徒然(18):『折り紙』と『正確さ』 「折り紙」の一つのジャンルに、ユニット折り紙があり、その魅力に取り付かれたのが私だ。このユニット折り紙は、ユニットと言う部品を折り、それを組み合わせて、さまざまな立体オブジェを作るものだが、ユニット同士を組み合わせるには、ユニットがある程度正確に折られている必要がある。 もちろん、折り線を正確に折るのだが、実際上は紙が持っている決定的な性質が、その「折り」の正確さの前に立ち塞がるのだ。それは、どんな薄い紙であっても、必ず「厚み」があり、その「厚み」が、「折り」の正確さにとって邪魔になる場合がしばしばあるのだ。 特に、紙を何重にも折り重ねる場合に、この紙の「厚み」が大きくものを言ってくる。もちろん、初めから厚い紙を使用すると、同じこととなる。こうした場合、折り図の折り線通りに折っても、折り線までの過不足ができてくる。 この過不足は、一枚の紙で折れる作品なら大した問題はないが、何枚ものユニットを組み合わせるユニット折り紙では、接合部の形状が同じでないと、組み合わせに難が出る。 だから、正確に折り線に沿って折るより、若干のゆとりを持たせて折る必要性が生まれる場合も少なくない。この時は、何枚かの全ての紙に、同じ「ゆとり分」を持たせると言う、別の意味での正確さが求められるのだ。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-19)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.17
コメント(0)

折り紙徒然(17):『折り紙』と集中力 「折り紙」をすると集中力が付くと言われるが、ある意味正解で、別の意味では不正解なのだ。人並みの集中力があると思える私自身で言えば、確かに「折り紙」好きなので、「折り紙」で集中力が付いたのかも知れない。 しかし、「折り紙」嫌いの子に、集中力を付けようと「折り紙」を無理やりやらせても、逆効果にもなるのは、多くの例が示している。人は嫌いなことに集中するのは、極めて難しいものなのだ。 ここまでのことで、気付かれたと思うが、「折り紙」を折るということは、その作業中は集中していると言うことで、全く「折り紙」に集中できなければ、「折り紙」の作業すら難しくなる。「あれ!これは変?」確かに、集中力を身に付けるために、集中しないとだめなのは「変」だ。 このことを正しく理解するには、集中力を考える上で、当たり前のことではあるが、有るか無いかではなく、どれだけ集中できるかどうか、すなわち「集中」の持続時間の長短で、考える必要があるのだ。 人は、おそらく生まれながらにして、「集中」を可能にするだけの能力は持っており、それを「集中」させる対象ごとに、「集中」する経験を積むことにより、その対象への集中力を増大させるのだろう。 この考えに沿って、もう一度「折り紙」で集中力が付くかどうかを考えてみると、「折り紙」に短時間だけでも集中できる程度の集中力が必要で、そうでなければ「折り紙」に対して魅力を感じたり、作業中の楽しさや喜びの効果で、集中を持続させるハードルを下げる必要がある。 「折り紙」に魅力を感じて、「折り紙」を実際にやってみて好きになれば、集中を持続させるハードルは、大幅に下がり、「折り紙」に対する集中力は身に付いていくのだ。だから、「折り紙」を無理やりやらせても、「折り紙」に対する集中力は、その「無理やり」ほどは身に付かないのだ。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-18)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.16
コメント(0)

折り紙徒然(16):『折り紙飛行機』 何気なく使っている「折り紙飛行機」と言う呼び方は、紙で折るものに限らず、紙でできた飛行機を「紙飛行機」と呼び、それと区別する意味で使われている。しかし、団塊の世代にとって、「紙飛行機」と言えば、紙で折る飛行機のことだった。 この紙飛行機を折って飛ばした経験のある方は、心当たりがあると思うが、折り方をほんの少しだけ変えると、その飛び方は大きく変化する。だから、良く飛ぶ飛行機を折ることは、簡単ではない。そこに、工夫が生まれるのだ。 さらに、一人で紙飛行機を折って楽しむのではなく、何人かの仲間とあそぶと、その工夫に熱が入る。滞空時間を競い合ったり、宙返りや背面飛行などの曲技飛行に凝ったりもすると、その工夫熱がますます上昇する。 航空力学や流体力学などを全く知らないのに、工夫した結果は、キチンとそれらの学問の法則に則っているのだ。この経験は、そうした学問に出会った時に、大いに役立つ可能性もある。少なくとも、私には役立った。 今、「良く飛ぶ」などのようなキャッチフレーズの、「折り紙飛行機」の本もあるようだが、折る工夫をおとながやってしまったのでは、折り紙飛行機の持つ、こどもたちへの教育効果を、無駄にするのではないだろうか。優秀な紙飛行機の小さな設計者たちを待ち望んでいる者の嘆きでもある。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-16)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.15
コメント(0)

折り紙徒然(15):空中で紙を折る 何人かで「折り紙」を折っていると、「折り方が違うんですね。」と不思議がられることがよくある。もちろん、他人と違う折り線で折っているわけではない。私は、机などの台を使わずに、紙を空中に浮かせて折っていたのだ。 何時の頃からこの折り方を始めたのかは定かではないが、少なくともユニット折り紙を熱心に折り続け始めた頃には、すでに「空中折り」は熟練の域に到達していた。 そのユニット折り紙、折る枚数と組み上がった作品の大きさから、市販の折り紙の一般的なサイズである、15cm四方の紙ではなく、そのちょうど4分の1にあたる、7.5cm四方のサイズの紙を使用することが多い。 そんな小さな紙使って折る場合、「空中折り」は、最も能率の高い折り方なのだ。少なくとも私はそう確信している。例えば、正方形の紙を横(縦)に真半分に折る場合、まず一つの角をすぐ隣りの角に、角同士がピッタリと重なるように合わせて、その角を動かないように指でつまんで、辺同士をピッタリと重ねるようにして折ると、簡単に折れる。 この横に真半分に折る場合、机の上で上で折る時、角と角をピッタリと重ねるのが意外と難しい。空中の場合、両手の指の腹をガイドにすれば、簡単に角同士や辺同士を合わせることができる。合わせる点同士を指で挟んで固定できるのも、折る作業を効率的に進めることができる。 そして、この「空中折り」は、机などの台が無い場所でできる点が優れている。ベンチに座って折る時はもちろんのこと、時には寝たままの姿勢でも折れないわけではない。とここまで綴っていると、思い出したことがある。 考えれば、紙を折って紙飛行機を作るのは、たいていの場合、屋外だ。そうなると、折り紙飛行機であそんでいた頃に、すでに「空中折り」は習得していたのかも知れない。 今の時代のように舗装された地面が多ければ、地面を台替わりに折れなくもないが、土の地面ではそうはいかない。自然と空中で折ることを覚えたのだろう。ともかく、「空中折り」は、私の折り方のスタンダードとなっている。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-15)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.14
コメント(0)

折り紙徒然(14):『折り方』と幾何学 数学で多くの頭を悩ましている一つが幾何学だろう。幸いにして、私は幾何学に比較的に苦労しなかった、そんな一人だ。それは、おそらく「折り紙」好きのこどもだったからかも知れない。もしそうなら、「折り紙」好きが役に立ったと言うことだ。 「折り紙」の折ると言う作業は、多くの場合、辺や角の二等分と言う工程が随所に出てくる。そのことから、垂直二等分線や直角二等辺三角形の性質も、実践的に会得するようにもなる。 作品を折った紙を元通りに開いてみると、紙の面は、様々な形状の図形で満たされる。そこには、合同図形や相似図形も顔をのぞかせる。時には、箱のような、立体の作品も折ることがあるが、ある意味での立体の展開図の理解へのヒントが隠されていることもある。 たとえ、「折り紙」を夢中に折っている時は、それらのことに気が付かない場合が多いとしても、その経験は学校などでの授業で、それらの幾何学的意味を理解する上では、確実に良い効果をもたらすだろう。少なくとも、図形には慣れ親しんでいると言う、けっして小さくはない優位性があるのは確かではある。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-14)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.13
コメント(0)

折り紙徒然(13):『折り方』を覚えると言うこと 一言に「折り紙」の折り方を覚えると言っても、簡単なことではないのは、誰もが経験していると言える。「折り紙」の本などが手元にあれば、一度折った作品は、簡単に折れるのだが、本が無いと折れない作品も少なくない。これは、折り方を覚えているとは言えない。 ある説によると、物事を覚えるには少なくとも30回以上は、同じことを繰り返さないとダメだと言われている。「折り紙」で言えば、同じ折り方を30回は繰り返さなければならない。それは、30もの同じ作品を作ることとなる。 一度に30もの作品を折ることは少ないので、何日・何ヶ月かして再び折ったとしても、その間に忘れてしまうことを含めると30回をはるかに超えて折らないと、折り方を覚えることが難しいかも知れない。そんなわけで、折り方を覚えている作品は多くはないのだ。 折る回数が多いと言えば、千羽鶴などを作る機会は、今でも多くある。だから、比較的に折り鶴の折り方を覚えている方は多い。そんな折る回数が多くなる作品の一つに、「重ね箱」がある。 ちょうど、ロシア玩具のマトリョーシカのように、入れ子のように箱を何個も重ねていく作品だ。一度、その魅力にはまり込むと、特にこどもは、はまり込みやすいのだが、10や20を超える箱を折ることもよくある。だから、「重ね箱」の折り方を覚えている方は少なくない。 また、考えればこどもの脳は、素晴らしい記憶能力があると言われているが、こどもの頃に覚えた折り方は、忘れ難いのだろう。さらに、言葉(文字)より動作(運動)の方が、一旦覚えると忘れ難いとも言う。ならば、こどもの頃にこそ「折り紙」の折り方を覚えるのが得策なのではないだろうか。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-13)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.12
コメント(0)

折り紙徒然(12):『折り紙』と長方形/その3 長方形の紙の規格化が、長方形折り紙の普及に大きく貢献したのだが、最近の「折り紙」事情は、おとなの間での趣味や芸術の分野はともかく、こどもたちのあそびにおいては、長方形の紙を使った「折り紙」は、衰退の一途を辿っている。 むしろ、こどもたちの間では正方形の紙を使った「折り紙」の方が優勢かも知れない。ただ、それは、学校や保育所での授業や保育の一環として見られるのが関の山だ。「折り紙」をする絶対量が減っていれば、長方形の紙、正方形の紙の比較も無意味なことかも知れない。 それでも、簡単に手に入る長方形の紙を使った「折り紙」は、あそびにはもってこいの「折り紙」で、日本の「折り紙」あそびを絶やさないためには、長方形折り紙の普及が大切だ。そのためにも、長方形の「折り紙」であそべるゆとりがこどもたちには必要だ。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-12)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.11
コメント(0)

折り紙徒然(11):『折り紙』と長方形/その2 長方形の紙の規格化と大量生産が進む中で、長方形の紙を使った「折り紙」が増加したが、そのことにより、日本において紙を使って折る「紙飛行機」、いわゆる「折り紙飛行機」が、こどもたちの間で急速に広がっていく。 団塊の世代の私は、その折り紙飛行機の絶頂期に、こども時代を過ごした。折り方を知っている飛行機の種類も、基本形だけでも5種類は超える。それらを変形した飛行機は、数えられないくらいある。 当時のこどもたちは、どうすれば高く上がるか、どうすれば滞空時間が長くなるか、どうすれば曲技飛行ができるか、様々な工夫を折り紙飛行機に凝らした。 このような、折り紙飛行機に限らず、長方形の紙を使った、折ってあそぶと言った「折り紙」作品が、数多く生み出された。これは、市販の「いろがみ」のように、綺麗な色が着いて高価な正方形の紙に比べて、チラシや新聞紙などのように、簡単に手に入る長方形の紙だからこそ、成し得たことなのだ。 長方形の紙だからあそびに使われたと言う一方通行ではなく、あそびに使われた始めたからこそ、長方形の安い紙を使った「折り紙」の折り方が急速に数を増やしていったとも言える。そんなこともあり、私のこどもの頃は、「折り紙」と言えば正方形の紙より、長方形の紙を使うことが多かったのだ。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-11)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.10
コメント(0)

折り紙徒然(11):『折り紙』と長方形/その1 「折り紙」に正方形の紙が偏って使用される一方で、長方形の「折り紙」も現在では大きく発展してきている。その条件となったのは、長方形の紙の規格化が大きく進んだことだ。規格化が進むと、誰もが同じ規格の紙を手に入れることができる。そうなることで、同じ形の「折り紙」作品が再現しやすくなるからだ。 その長方形の紙の規格化の中でも、最も特筆すべきことは、長方形の紙の規格に、縦の辺と横の辺の長さの比に、1対ルート2と言う白銀比が採用されたことだ。この白銀比の長方形の紙は、長い方の辺で真半分に折れば、また1対ルート2の白銀比を持った大きさとなるのだ。 だから、全く同じ「折り図」により、同じ作品を折ることが、容易になり、誰でも折り図を見たり折り方を教えてもらうだけで、長方形の紙でも同じ作品の折り方を覚えやすくなったのだ。 この長方形の紙の規格化は、世間に白銀比を持つ長方形の紙を急速に普及させ、流通する紙において、正方形の紙より白銀比の長方形の紙が、量的に圧倒するようになり、ますます長方形の紙を使った折り紙の普及を拡大させることとなった。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-10)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.09
コメント(0)

折り紙徒然(10):『折り紙』と正方形/その3 「折る」と言う作業から見た、「折り紙」に正方形の紙が偏って使用される理由には、「折る」過程での対称性以外にも、正方形が持つ形状の特徴である、4つの辺すべてが等しいと言う性質がある。 このことにより、同じ折り方(折り図)を用いて、サイズの異なった紙を使用しても、作品が折れるのだ。長方形の紙は、縦と横の辺の長さの比率は、紙ごとに異なっていることが多い。だから、正方形の紙のようにはいかない、たとえ折れたとしても形が異なるものとなる場合が少なくない。 今では、A4、B5など規格の揃った紙が簡単に手に入るが、昔は同一規格の紙は全く同じ製品を買わないと難しい。そんな、縦横のサイズの比が紙ごとに違っていても、そんな長方形の紙からは、簡単に正方形の紙が作れるのだ。短い片を長い辺に合わせるように折り、できた直角三角形からはみ出した部分を切り落として開けば、正方形の紙ができる。 長方形の紙のサイズの違いにより、できる正方形の紙のサイズは違っても、全く同じ折り方をして作品ができる。このような、特徴から、折り紙作品を折り図として伝えるには、正方形の紙が適しているのだ。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-09)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.08
コメント(0)

折り紙徒然(9):『折り紙』と正方形/その2 「折り紙」に使用する紙が、正方形の偏る理由を「折る」と言う作業から考えてみる。折り紙は、その折る過程を眺めると、線と線、点と点を頼りにして、言い換えれば辺と辺、角と角を重ねて、折り畳む作業が何度かくり返される。 その角と角を重ねる作業において、正方形は対角線上にある角と角を重ねると、辺と辺までピッタリと重なり、できた三角形もまたピッタリと重なるのだ。その三角形さえ、直角三角形となり、その底辺で真半分に折ると、またピッタリ重なった直角三角形ができる。 さらに、正方形を対角線で、二つ折りにしてできた直角三角形の、底辺の両端の角二つを、直角である残りの角にそれぞれ重ねると、正方形となる。このように、正方形の紙は、正方形と三角形の相互変換が簡単にできる特徴を持っているのだ。 これらの正方形の紙が持つ特徴は、紙を折ってさまざまな形状のものを作り上げる上では、非常に都合のいい特徴となっている。もちろん、折る過程でできる図形も対称性が保たれることも、折り紙の作業にとって好都合な条件となっている。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-07)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.07
コメント(0)

折り紙徒然(8):『折り紙』と正方形 一般的に、「折り紙」として市販されている紙は、正方形が多いし、折り紙作品も正方形の紙を使ったものが圧倒的だ。改めて考えてみると、日本において折り紙と言う文化が定着したのは、主として正方形の紙を使ったからと言えるのかも知れない。 今も昔も、世間に出回っている紙で見れば、正方形の紙より長方形の紙の方が断然多い。それは、和紙などを漉く場合、使用される道具が長方形の形をしているように、紙の製法と関わりがあると思われる。そのことの真偽はともかく、巷には長方形の紙が満ちあふれているのだ。 それにも拘らず、何故正方形の紙が折り紙において、偏って使用されるのだろうか。そのことについての考察は、私の勉強不足のためかと思うが、これまでに見聞きしたことが無い。そこで、そのことについて、思い付いたことを綴っていく。 折り紙が正方形に偏るのは、当然ながら長方形の紙と正方形の紙の違いにあると考えていい。正方形は、長方形の一種であり、ほとんどの幾何学的特徴は長方形と同じだ。その違いで最も特徴的なのは、隣り合う二辺(縦と横の辺)の長さが、長方形は違っており、正方形は同じだと言うことだ。 さらに、この違いは、長方形より正方形の方が対称軸が多いという性質の違いに結び付く。おそらく、この違いこそが、折り紙に正方形の紙が偏重して使用される理由となっていると考えることができる。 美しさを感じる幾何学性質の一つに対称性がある。対称軸の多い図形に美しさを感じるのだ。だから、造形物の美しさを追求すれば、対称性が重視されることも多くなる。ある種の芸術文化として折り紙をとらえれば、対称性が重視されても当然のことだろう。この点だけでも、折り紙が正方形に偏る理由の一端が伺える。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-06)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.06
コメント(0)

折り紙徒然(7):『折り紙』のルーツ 最近、折り紙のルーツを巡って、「韓国だ」否「中国だ」とかの議論もあるようだが、物事のルーツを考えることほど難しいことは無い。まず、多くの物事のルーツと考えられることは、文字と絵などの資料として、残っていない時代に遡ることがほとんどだからだ。当然ながら、確たる証拠の無いルーツにならざるを得ない。 また、そのルーツは、どんな状態・レベルに達していた時点をもって判断するのかが問題となる。例えば、折り紙も、紙を使った折り紙として、そのルーツを判断すると、それは紙と言うものが発明されて以降となる。 その紙さえ、古代エジプトのパピルスに遡っても、そのパピルス自体、紙に定義しない意見もあり、古代エジプトでパピルスを折った作品があったとしても、折り紙のルーツと断定し難い。 では、折り紙のルーツを、紙のような薄くて平たいものを、折り畳んで形状を大きく変化させて、全く別の用途に用い始めた時に遡れば、もはやそれは日本で言うなら縄文時代以前に遡れるほど、掴みどころが無くなってしまう。 紙が無い時代でも、布を折り畳むことは、日常生活においても有り得たし、布が発明される以前の時代でも、木の葉を折り畳んで利用したかも知れない。これを折り紙のルーツとすれば、その点においては、どこの国で折り紙が起こったかは、どうでもよくなるだろう。 ようするに、ルーツを考える場合、どこまでもルーツを求めて遡ることよりも、どの時代のどの国(地球規模での地域)において、広く普及していたかが重要で、少なくとも日本の折り紙で言えば、紙が庶民に広く普及し、折り紙が遊びと言う文化として成立していた江戸時代に遡らせれば十分だ。 また、おそらく世界的に見ても、江戸時代の日本ほど、広く折り紙と言う文化が定着していた地域は無いと考えていい。しかも、江戸時代以降、現在まで途切れず続いているのも日本だけだと断定できる。だからこそ、折り紙は、海外で日本的文化の代名詞的存在となっているのだ。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-05)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.05
コメント(0)

折り紙徒然(6):『折る』とは? 折り紙は、読んで字のごとく、紙を折って作品をつくることなのだが、この「折る」と言うことについて、いろいろ思いをめぐらせてみる。さて、「折る」と言う言葉で、真っ先に思い浮かぶのが、木の枝をポキリと折ることだ。辞書などで調べて考えると、「物を鋭角的に曲げる」ことを意味していることがわかる。 ここで大事なのは、線香を折った時のように、折った結果として、二つあるいはそれ以上に切り離されることもあるが、「折る」は必ずしも、「切り離し」を伴わないことにも使用される。正確には「折る」は鋭角的に曲げるが、その本質なのだ。折り紙は、この「折る」の本質を利用したものだと言える。 ただ、「折る」は鋭角的に曲げるだけでは成立しないこともわかる。せっかく曲げても直ぐに元の形に戻ってしまうのでは、「折る」は成立しない。一定程度の時間、鋭角的に曲げられた状態が継続しなければならないのだ。そして、その曲がった状態が、半永久的に継続して、初めて折り紙は作品として形を保てるのだ。 そして、究極の鋭角である角度ゼロで折り曲げて、その折り曲がった状態が、半永久的に継続させることを、表現した言葉に「折り畳む」があるが、折り紙の「折る」は、この「折り畳む」も決定的に重要な要素となっている。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-03)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.04
コメント(0)

折り紙徒然(5):『山折り』と『谷折り』 折り紙で戸惑うのは、表と裏ばかりではない。例えば、折り図にごく普通に見られる「山折り」と「谷折り」だ。これも、紙の一方の面から見た表現で、「山折り」した紙を裏返せば、「谷折り」となり、その反対も然りだ。 そして、折り紙初心者を悩ませるのは、「山折り」は、紙を裏返して「谷折り」しないと、折りづらいのだ。特に、机の上に紙を置いて折る場合、そのままでは「山折り」は折れないと考えていい。だから、本当は「山折り」は、紙を裏返して「谷折り」をすることを、省略して図示するための便宜的な方法と考えて差支えが無い。 かく言う私が手がけた本に掲載の折り図でも、紙面の都合上、「山折り」線を何個所か使用しているが、なるべく裏返して「谷折り」と言う二段階に分けて図示するように心掛けた。また、「山折り」線には、折る方向を示した矢印を極力付記するようにもした。 さらに、「山折り」「谷折り」と同様に、「中割り折り」「かぶせ折り」などの表現も、初心者を戸惑わせる要因となっているので、矢印や画像を添えるなどして、そのような言葉の使用を極力避けるのが望ましい。 折り図も、愛好家や専門家など、それなりの折り紙についての知識を持った人を対象として、描かれている場合が多い。それも、こども向けのものにも見受けられる。同じことは、パソコンやソフトの説明書でも見られるが、初心者向けには、「中割り折り」や「エクスポート」などの、いわゆる専門用語の乱発は、戒めるべきで、そうしないと「折り紙」や「IT化」の裾野は拡がらないだろう。もちろん、これは私自身への戒めでもある。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-04-01)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.03
コメント(0)

折り紙徒然(4):折り紙の表と裏 先日、朝のワイドショーを見ていて、驚いたことがあった。ある女性コメンテーターが、「生まれて50年の間、折り紙をした事が無い。」との発言だ。折り紙は、日本のあそびとして海外で紹介されることが多いのではなかったか。 もちろん、そのルーツはともかく、日本で伝統的に、あそびとして連綿と受け継がれてきたし、現在でも受け継がれつつある。しかし、記事のコメンテーターの言をまたず、こどもたちの日常のあそびにおいては、昔とは雲泥の差となっている。保育所や学校などで、特別の時間に、細々と折られているのが現状だ。 では、日本の折り紙がこのような状態になったのはなぜだろう。それは、お折り紙作品をつくるには、それなりの技術を習得しなければならないことだ。「食わず嫌い」と言う言葉があるが、折り紙も「折らず嫌い」がはびこっているのかも知れない。 そして、現代のこどもたちにとっての難関が、直ぐにはあそべないという関門だ。折り方を教えてもらって覚えたとしても、作品が完成するまでは、折る手数分の時間がかかる。もちろん、簡単なものは、そうは時間は、かからないのだが、それさえ面倒くさくなっているのかも知れない。 そのような哀れな、日本の折り紙の現状を何とかしようと、多くの折り紙の本が出版されている。その折り紙の本の多さは、昔をはるかに上回り、インターネット上には、無数の折り方が掲載されている。私も、そうした本を出版したり、HPを開設している一人だが、おとなは、少なくとも興味を持っていたり、元々好きな方なら、本でも見てと思うが、こどもたちは前記の事情もあり、いまいちなのだ。 こどもたちが折り紙をやりたいと思うのは、やはりあそびの中、すなわち友達などの誰かが、作品を作っているところを見た時だろう。特に、自分とはそう歳の変わらない他の子が、折っていれば、自分もできると感じ、やってみようと思うのだ。 そして、折り方を教えてもらって、実際にそれなりの苦労をして、作品が出来上がった時の感激は、次の作品に挑戦する糧となる。それは、難しそうに見えた折り方が、意外と簡単だと言うことにも気付くことでもある。 「折り紙」が日本のあそびとして、その真価を発揮するには、やはりこどもたちの普段のあそびの中に、適切に定着することが大切だ。今のこどもたちは、昔に比べて「あそぶ暇」さえ見つけ難いような忙しさだと言われるが、それを改善しなければ、折り紙はこどもたちのあそびには定着しないだろう。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-03-31)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.02
コメント(0)

折り紙徒然(3):折り線と折り図 折り紙を覚える一つの方法に、折り方を描いた、いわゆる「折り図」と言うものを見て覚える方法がある。その折り図に描かれているのが「折り線」だ。折り紙は、紙を折ることを有限回繰り返して作品を作る。だから、折り紙作品は、元は折り線だった折り目によって折り上がる。 その折り目は、作品を元通りに拡げてみると、様々な形に交差した線として紙の上に現れる。ただ、これらの線には、その線が出来上がった順番は記されていない。この線を一本ずつ折り線として(時には複数本)、折る順番に従って描いたものが折り図となるのだ。 しかし、折り図は折り線だけでは、折り方を再現するには、少し難がある。折り線が折り紙にあらかじめ印刷されていれば問題は少ないのだが、実際には折り線は折る者自らが、決めなければならない。そこでj必要となってくるのが、さまざまな補助線や支持線などの記号類、そして説明文だ。 ともかく、この折り図があることで、様々な折り方を多くの人に伝えていくことができるようになった。ただ、こどもたちがあそびで覚える場合は、初めから折り図を見て折ることはほとんどない。多くの場合、誰かに教えてもらうか、他の子の折り方を見て覚えるものだ。 そうするのではなく、初めてなのに折り図を見て折ると、折り紙そのものが嫌いになってしまいかねない。それほど、折り図は簡単に理解できないのが相場だ。やはり、最初は自分の身近にいるものから直に教えてもらう方が、折り紙を覚える早道と考えていい。 本記事は、このブログの過去記事の再掲載です。(2013-03-30)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト遊邑舎あそび館FC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2016.06.01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1
![]()
![]()
![]()