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日本では、ノーベル経済学賞を貰った人はいない。なぜ、経済力があって、一応先進国なのにと思う人は多いと思う。大学の経済学部出身者なら、日本人はなぜか、”近代経済学”と”マルクス経済学”と分けてしまう。これらは、アメリカでは、理論経済学の一分野で、もうひとつの制度経済学というものが歴然とある。われわれ以降の若い世代はどうゆう勉強をしたかわからないが、この経済学の数式なるものが厄介である。例えば、ゼネコンに公共事業で役所が、予算を使う。経済波及効果がある。(一旦、お金を使うと受け取った人がまた使い、それを受け取った人がまた使う、かくして経済取引が増える)では、過去において、どれだけその方策に効果があり、どれだけ駄目だった。という分析はいくらでも材料があるはずである。特に消極財政の人(竹中平蔵君等)と積極財政の人のバトルを純粋に経済効果だけの話で、どんなメディアでもいいからやって欲しい。ただ、既得権益や役人の方便で理論経済学を捏ね繰り回して、本気で景気を回復するつもりがあるのであろうか。また、構造改革というが、制度経済学をないがしろにしてきた日本人(特に役所の人)に、いくら実業界が騒いでも、まともに経済の構造改革をできるとも思えない。つまり、言いたいのは、日本の大学の経済学部て何教えてんの?数字のことだったら、理数系の人がやればいいじゃん。実務に近い事だったら専門学校でやればいいじゃん。ばっかじゃないの、もっと社会科学的発想できんのか思うよね。もともと、文系の学生なんて就職につぶしが利くから、という発想しかないのかもしれないし。もうちょっと真のジェネラリストを育てようよ。クリントンの時代のロバート・ライシュ(労働局長)と言う学者が、サービスの提供で対価を貰う商売には、単純労働と対人接客の労働とシンボリック・アナリシス・サービス(物事を抽象化して分析する)があり、この3番目の業種をこれから盛り上げていかなければ、言ってのけた。1990年以前である。それ以来日本の金融業・証券業の沈下が始まった。ロバート・ライシュの言っている事が正しいとは思わない。(この3つはすべてのサービス業で付加価値を生み出す要素であり、必ずしも特定業種に当てはまるものだとは思わない)ただ、思想的なのもでも、観念的なものでも、そのご時世に受け入れやすいのであれば、経済の指揮を高める役割を担ってもいいではないか。そういう学問ってありなんじゃないの。うーん、今日、理系のhiasadaさんの日記を読んで、理系の人間が酒を飲みながらも学術的に盛り上がること知った。文系の私としては、興奮して、解らんことを書いてしまいました。
July 31, 2003
きょうも、梅雨明け宣言はなかった。あさ、二日酔いを消すために風呂に入り、パソコンを立ち上げて昨日の日記を書いた。午後ようやく、仕事もひと段落。数人に昨晩のお礼のメールを打った。そのうちの一人から、昨日はかなりお疲れモードだったと返信が返ってきていた。夕方、またパソコンの前に座り、久しぶりに前から知ってる人のHPに遊びに行ったが、しばらくお休みしていて、「真夏の果実」が寂しげに鳴り響いていた。そういえば、休みがあるようで、ないような気がしてきた。おもいっきり、体を動かしていない・・・・勤めていた頃は、休日がなく、3週間ぐらい出ずっぱりの頃はストレスがたまってしょうがなかった。ところが、それが自営になってしまうと気にならなくなる。(といいながら、月曜は勝手に休暇を取ってしまったのだが。)その分、メリハリがなく、体も麻痺してくるのかもしれない。とにかく、お盆休みまでの辛抱である。飲み友達が四国の長期出張から、帰ってくる。久しぶりに一杯やろうという運びになった。メンツを集めておかなければ・・・・結局、飲む話になって日記を締め括ってしまうのでした。
July 30, 2003
君子豹変ス、という言葉がある。意味は、間違った時には、自分がどんなに地位が高くとも改めることをはばからない、ということみたいである。通常は、誇りが高い人ほど傷つけられると逆ギレすると解釈する人が多い。と蟹瀬誠一がラジオで言っていた。若い人と一緒に仕事をする事があるが、自分の間違いを認めたがらない。そういう時は、私はあなたの敵ではない、一緒に仕事を進める仲間であるということから説明していく。そうするとこちらが下手に出ていると思って、益々増長する奴もいるが・・。仕事上、相手との駆け引きに於いて、ここで謝ったり、折れたりすると負けになり、不利な条件を飲まなければいけない事がある。そういう時、わざと怒ったり、話をぶち壊したり、ペースを変えて自分の考えていた落しどころに近づけようとする。こともある。アメリカンスタイルのディベート術がいいものなのか悪いものなのか解らないが、少なからず若者には悪い影響を与えているようである。特にアメリカの若者が傲慢なのは、自分を主張すること、自分を曲げないことが美化されるからなのかもしれない。日本でも子供たちは褒めて育てようとする風潮があり、スポットライトを浴びせることが自信につながり、自発性がでると勘違いしている大人が多いのではないか。わがままになるだけの様に思える。スポットライトなど、他人に対してはよっぽど偉業を成し遂げたか、冠婚葬祭のときだけでいいはずである。褒めると逆に育たない場合の方が多いような気がする。そんな、世の中意識しなくとも頑張ってれば、認めてくれる人は認めてくれるし、気がつかない人は気がつかないのである。別に何か世の中のためになっていれば、いいではないか。要は、褒めようが怒られようが、受け側の問題で、いろんなシグナルを感じ取れるかである。きょう、行きつけの飲み屋で、私の誕生日会を開いてくれた。スポットライトを浴びて、素直にうれしかった。(前段の言ってることと矛盾しとるやないか!)ワインも、5人で4本、つまみも店のものの他に、手作り餃子やチキンの香草焼きを作ってきてくれたり、新作の洋菓子を頂いたり、カラオケを歌うのさえ、みんなが気を使ってくれていたように思えた。帰宅は夜一時半、皆さん、ありがとうございました。
July 29, 2003
今日は、高崎観音の近くのカッパピアという遊園地のプールサイドで一日過ごした。薄日が時々差すぐらいで、寒いから辞めろと言ったが、結局娘のRとKに抗し切られてしまった。案の定、彼女たちは流れるプールを一周しては、ブルブル震えながら休み、またプールへ入ることを繰り返した。私だけは、服を着て一人プールサイドにいた。理由は、プール監視員の様にマッチョな小麦色の肌の逆を行く自分をさらけ出せなかったのである。そういえば、私は自分のオヤジとプールに言った記憶が一回しかなかった。多分、物心ついたばかりの時で、オヤジも44位であった。結構泳ぎはうまかった様に記憶している。なぜか、それ以来今年オヤジが亡くなるまで、一緒に泳いだ記憶がなかった。あまりにエスカレートして、老いを黒さでカバーしても意味がないではないか(松崎しげるみたいに)。今さら体を鍛えて、それが何になる!年相応でいいのだ。周りをみると、空いてはいたが、若いカップルや若いお父さん(年は不明だが、浅黒く日に焼けている)ばかりである。娘たちも、例年は一緒に泳ぐのに、今年はプールサイドにいた私に不満を持っていた。しかも、ビールを飲まずに、ひたすらストイックにしていた私を不気味に思っていた事だろう。えーい、お日様カモン。来年こそは、ヒサロに通い、筋トレに励み、南海の黒豹と・・・・・・わけのわからん事を言うオヤジに娘は一言、”わけワカメ!”と言った。
July 28, 2003
今日は、北軽井沢の牧場まで遠征し、午後6時、松井田(碓氷峠の群馬側)のホテルに帰ってきた。ここでは、晩飯はホテルの食堂を利用しても、しなくてもいいことになっている。ひと風呂浴びて、二人の娘とさあ、食堂にでもいって飯でも食うか、という運びになった。7時であった。上の娘R子は(性格が粗雑で私に似ているが)、帰ってきて早々、”笑う犬の・・・”というフジテレビの番組が見たいらしく、8時には飯を食い終わりたいと言い出した。そこで、ホテルの食堂に下りていくと、すでに満員、入れない状態だった。日曜の夜にこんな混んでいるのは、初めてだった。おバカのR子は”ありえない!ありえない!“と堀内健の真似をし始めた。下のK子のほうも、何時も姉ちゃん追従で主体性がなく、親父に何とかしろと目で訴えていた。よし、これから松井田の街のコンビニまで行って、食料を買い込んで部屋でテレビを見ながら食うぞ!と私もつい宣言してしまった。7時10分、ホテルのフロントにキーを預け、山の中腹のホテルから松井田の街に向けて、車で出発。松井田の街は初めてだったが、作戦開始から15分後ひなびたスーパーを発見、閉店五分前で既に蛍の光が鳴り始め、我々は兎に角、残り物の割引シールの張ったお惣菜を籠に詰め込み、ついでに主食がないので食パンを入れて、レジで精算。電光石火のごとく、7時50分ホテルへ戻った。そこまでのチームワークは抜群であった。ホテルに入る時、買物袋をくれぐれも上着などで覆い、ホテルの人間には気づかれない様にと、私は彼女たちに言い含めた。ところが、フロントでキーを受け取ったその瞬間、私の背後でケンカが始まった。それは、“この荷物は私が持つ!” “いや、私よ!”という類のものだったのであろう。荷物の奪い合いから、お惣菜のトレーが一つ、二つと落ち始めた。その時、娘の話によると(奴らはなぜか冷静であった)、ホテルのフロント係の女性は、なぜか下を向き事務仕事を始め、もう一人のマネージャーらしき男は、急に目を逸らし、あさっての方向を向いていた。私は、顔を高潮させ、お惣菜を急いで袋に詰め、娘たちに早くエレベーターに乗る様急き立てていたという。8時、部屋に戻ってきて、フジテレビにチャンネルを合わせると、ナイター中継をやっていた。
July 27, 2003
今日で、日記も一ヶ月目。まあ、日記というより雑文であるが、よく続いたほうだと思う。ちょっと、土日月と家を空ける関係上、月曜か火曜までおやすみする。どうも、気が多いせいか、日記を書いても話が脱線して、脱線したまま題名をつけたものが多かったような気がする。また、最初、朝、日記を書いていた。自分でも憶えていないのだが、友達の蝉丸さんのHPの日記には、私が、夜は飲む時間で、日記をつける時間ではないと酒場で暴言を吐いていたそうである。(今は夜書いている。)特に、毎日スリリングでエキサイティングな出来事があるわけでもなく。強引に過去の回想と結びつける経験談の方が多かった。この点からも、40代悲しさで、若さが感じられない。また、日記と言えども公開しているので、身の回りの登場は極力(蝉丸君を除いては)控えた。従業員も反町君(男)と藤原君(女)の登場とし深くいじるのは避けている。これは、自分の性格的なもので、”いじるよりいじられろ”という座右の銘があるかどうか知らないが、慣れていないので他人を載せて論評してしまうと妙に私の場合は生臭くなる。その点、顔文字や活字の大きさで、行間のニュアンスやアクセントを付けられる人が羨ましかった。さて、総括はそれくらいにして。(これくらい日記にくだらない事を書いておけば、誰も読まないと期待して。)朝の忙しい時に、別れた女房から電話があって、なぜか彼女の進路相談に乗っている自分に腹が立った。こちとら、裁判所で決められた以上に仕送りをし、まだ向うの弁護士とやいのやいの言ってる最中に、真面目に彼女の職業相談に乗ってしまう自分に腹が立った。手もとに置いて手塩にかけてやれない悲しさか、娘たちの素行や言動のこととなると、元相方の情報にたよざらるを得ないに自分に腹が立った。朝から、腹が立った。今日は、疲れた一日だった。今月2度目の保育園の監査。前回とは違う園であった。こういう日は、丸一日、役人と面をつき合わせて問答を繰り返す。相手だって、同じ人間と6時間も7時間も話をするのは疲れるだろう。とにかく、タフな一日だった。家に帰ってきて、ようやくひと息。きょうは、ボルドーのとなり、ドルトーニュ川上流岸ベルジュラックのワインを飲みながら一息。このワインが空気と触れ合い、味が開いてくるように。わたしも空気には触れているのだが、味が変わっていくのは何時になることであろう。どうやら長熟型である。ナンチャってね。
July 25, 2003
客先から、帰ってくるとすでに9時、食欲がないが無理やりビールでコンビニで買ったローストビーフサンドを流し込む。今日は、一日ハードであったことから、ふぅ~とため息が出た。このため息! ため息、ビール、ローストビーフサンド。この3点セット確か昔どこかで・・・・・木曜日、私は成田空港にいた。土日の休暇にあわせ木曜、金曜と有休を取り、LAに向おうとして空港の検問のところで車をとめた。”何便の出発ですか、身分証を見せてください”ガチョーン、この時初めてパスポート忘れた事に気がついた。・・・・・・・・・・・・・日本を出発できず。金曜日、気を取り直して、空港へ。夕方成田発。飛行機の中ではそわそわ寝れず、8時間後、同じ日の昼12時LA空港到着。”ヨッシャ、何とか1時のロングビーチ、ぎりぎりセーフやな”ところが、どっこいイミグレーションは長蛇の列。”なんじゃいこりゃー”どうやら空港職員ストライキ。”おんどりゃーなにしてけつかるねん!”結局、空港出たのが午後3時。”ヌハハハハ、慌てるでない。午後4時まではやっておるはずじゃ””運ちゃん、ロングビーチのクイーンエリザベス一世号まで。はよしてや。いま、わいのねーちゃんがそこで結婚式と披露宴やってマンネン。”トルコ人のタクシーの運ちゃん、ハイウェーをぶっ飛ばし、3時40分目的地へ。やった、間に合った。と思っていざパーティールームへ。部屋にいたのは、掃除のおばさん。紙ふぶきをハキハキしていた。瞬間、どういう状況か頭が真っ白で判らなかった。みんな(親類縁者親兄弟)何処へ?これって、もしかして、迷子・・・・・・・・・電話を掛けても、姉貴の家は留守電だった。どっぷり、夕日が沈む頃。みんなは、どこ?私はどうしたらいいの?泊まるとこ聞いてないようぉ~!そうだ、一応空港に戻ろう。行きは、タクシー高かった。帰りは路線バスで行こう。バスに乗って、最初は見知らぬ街の中いつもと違う風景を楽しむ余裕もあったとさところが、どっこいぎっちょんちょん気がつくと周りは、みんなメキシカンしかも、ラリッタメキシカン迷子のことなどぶっ飛んだ平静装いポーカーフェース恐怖恐怖の3時間インフォメーションでホテルを探し、夜9時、ホテルの食堂のカウンター。ミラービールでローストビーフサンドを強引に流し込み、ため息をついた。そうであった。長い一日であった。翌朝、LA空港から日本へ。
July 24, 2003
マラソン、モータースポーツ、競馬などによくゼッケンという言葉が登場する。西洋人はどう使うのか知らないが、当然番号のついた布切れだという事は、日本人なら子供でも知っている。今日、インターネットで調べたところ、外来語で、ドイツ語のdecken(覆う)がなまって、ゼッケンになったという説が有力のようであるが、なぜ訛ったのか定かでない。つまり、覆うと言う行為と布切れをかぶせる行為をダブらせて考えているのかも知れない。ところが、私は今まで数字の方に意味があるのではないかと考えていた。もっと、端的にいうとイタリア語のゼッキーノと関係があると勝手に思っていた。ゼッキーノは昔のベネチアの金貨の名前である。イタリアといっても現在のイタリアになる前は、ベネチアは都市国家として栄えたルネッサンスの雄であり、ヨーロッパの人間が集まった場所である。オペラとか小説や戯曲にはゼッキーノというお金の単位が出てくる。また、中世以来、複式簿記の発祥の地でもあり、帳簿の本にも欠かせない度量単位であったろう。ところが、音が似ているというだけで、いくらネットで検索してもそれ以上の進展はなかった。ただ、気になるのは競馬である。競馬はいろいろ重量を計測するし、度量単位のゼッキーノが紛れ込んだとしても不思議ではない。そこまで、考えた時に、私は何をムキになってやっているのだろうと思いネット検索を断念した。どうやって暇をつぶしていたかを日記に書いている私は、相当な暇人!
July 23, 2003
子供達が、夏休みに入り、梅雨が明けると夏本番である。大人も何となく、仕事の効率が悪くなってくる。お盆休みや夏期休暇で頭がいっぱいになり、そわそわしてくる。その休みの分仕事のしわ寄せがある。前倒し出来ればいいが、相手がある仕事はそうは行かない。うちの事務所の藤原君(仮名)も、もう気分は夏休みに入っているかもしれない。・・・落雷や夕立があったり、不謹慎だが自然災害や台風などあると夏休みの小さい頃の記憶が甦ったりする。今のように下水等が発達していなかったので、長雨や台風がくると床上、床下浸水が日常茶飯事であった。雨や台風が過ぎると10センチぐらい水が溜まった道路を自転車で走り回ったり・・・・・この時期ぐらいから、クヌギや小ナラの雑木林や里山にいるクワガタやカブトムシへと気持ちが移っていく。里山を昼間歩きながら、昆虫がいるポイントをチェックしていく。場合によっては木を傷つけてわざと樹液を出したり、蜜をぬったりする。翌朝、朝3時には起き、夜が白々明ける頃には、ポイントに到着している。明け方から朝にかけて、昆虫がねぐらに帰って来る時が、一番の採取できる時間帯である。一シーズン(夏休み)中に、林檎の木箱で作った虫入れは、クワガタとカブトムシでいっぱいになる。今では、ゴルフの時でも、朝起きるのが億劫な時がある。あの眠れないウキウキ感は何処へ行ってしまったのだろう。いろんな意味で大人はソワソワ感だけが残ってしまう。
July 22, 2003
今日、最近流行っている本で、養老孟司の「バカの壁」をよんだ。まえから、読みたかったのだがあまり面白くなかった。部分部分は面白く、うなずけるところもあったが、総括として言っている事に飛躍がありすぎるのではないだろうか。それにもまして、机上の頭の中でこねくり回すような話が多かったので疲れた。この新潮新書のシリーズでは「アメリカの論理」(吉崎達彦)のほうが面白かった。(7/9の日記でもちょっとふれた)実は、本なんてあまり読むほうではないのだが、休みの日の長風呂と本は妙にあっている。本も、酒と同じで読み疲れしないのもがいい。10分ぐらい読んでて飽きてしまうのは、この本で言う壁を作っているのかもしれない。自分の酒の趣向は良く考えるが、本の趣向はどんなものを好んでいるのか考えさせられた。最近では、「ワインをつくる人々」マルセル・ラシヴェール 著 幸田礼雅 訳 2001/3新評論発行が秀逸だった。内容は、主にフランスの農業の歴史であり。宗教、革命、戦争の中でいかにフランス農民が葡萄栽培に苦労したか、そしてどのようにワインが普及したかが主にテーマとなっていた。いつも、偉そうなことを日記に書いているが、ワインに興味を持ったのはこの本と出合って今年に入ってからである。(俄かタイガースファンと一緒である。)叙述的な記述が延々とかかれる中で、主観や自分の考えをなるべく排除し、細かいトピックの配列だけでの全体のストーリーを組み立てていくのが、トピックスを羅列してもまとまりが無い「バカの壁」と対照的であった。結局、自分の好きなもの、解りやすいものにしか目を向けない、バカに成りつつある自分を反省してしまうのでした。 追記友人の蝉丸から、お前の日記は漢字が多すぎる。おれのHPは顔文字だらけだぞ!たしかにこのHPに遊びに来る人はみな閉口しているかも知れん。余りにも武骨すぎるかもしれん。ヨッシャ、小学生の娘に拝み倒して、顔文字の使い方をマスターしよう。
July 21, 2003
午前中、顧問先に行ったら、社長も出てきていたので、2時間ぐらい駄弁っていた。折りしもテレビでは前埼玉県知事のスキャンダルを追求していた。多分これは、辞めたけれども逮捕まで行くのではと、2人で話していた。社長も、私も直接は関係ないが、意外と身の回りに政治銘柄で仕事をしている企業や人が多い事がわかった。わりあいと東京に近いさいたまあたりでも、主要産業が役所の差配の上に成り立っているのが情けなかった。さいたまでも、と言うと語弊があるが、元来社会的な人口増がある地域で、民間経済が活況を呈さない訳ないのでそれに役所がのっかている場合が多かった。だから、逆にさいたまに於いては、知事なんてお飾りで良かった。贈収賄なんて、言語道断であるが、本来行政や役所が介入しなくていいものまで介入し、逆にそれが利権構造になっているのではと思うと、役人の半分は要らないのではと思うことさえある。行政サービスなんて、もうちょっときめ細かくなくていいから、役所の経費減らしたら。今回は知事が悪いけど。
July 20, 2003
このまえ、イタリアワインでモンテプルチアーノダブロッツォ(アブロッツォ州)を飲んで、比較的うまかったので、今日は、隣の州マルケのロッソ コ-ネロを飲んでいる。同じようにうまい!両方ともお手軽に飲める価格のワインであるし、モンテプルチアーノ(葡萄の種類)のワインである。ラベルの裏側にもう一つラベルがあり、イタリア語で能書きが書いてあった。わたしは、無知で、訳のわからないにもかかわらず、こういう物が読みたくなる。辞書は手元にないのだが、こういう時はネットで単語を拾っていくと面白い。ロッソ コーネロは、モンテプルチアーノをベースとし、サンジョベーゼを少し混ぜていると書いてあり。そして、濃厚で果実味がって、バリク(小さめの樽)で熟成させている。期間は8から10ヶ月で、このねかせる工程が商品価値の上で重要だ。と書いてあった。(ほんとかよ。)多分、こんなことだろうと思う。辞書が無いので、これをまた後で辞書で確認すると、自分の推測した内容がどれくらい当たっているか確認できるので、おもしろい。別に、ただ闇雲にやっているわけではなく、ワインの本の製造工程の箇所を一応調べながら、判断しているので、自分の興味ない内容だとちんぷんかんぷんもいいとこだろう。なぜ、ネットかというと単語の使われ方が、商品や事象に直結して、絵入りで載っている中で使われているからである。また、ストレートに意味が解るのではなく、寄り道が楽しい。きょうも、赤面するようなイタリア語のページもあった。肝心のワインであるが、ルベリアーノというメーカーの1997のロッソコーネロで、マルケのdocワイン。味は色が濃厚のわりにサラッとしていて、程よい酸味の中に、ほのかに甘い香りと若干の渋みあり、飲みやすくできている。タダ、飲み終わった後に唇にべとつき感が少し残る。割合とモンテプルチアーノにしては長熟のほうであるが、味が開いてくるという感覚は少なかった。きょうは、ネットサーフィンをしながら、ボトルも半分は空いてきたのでこれで日記もおしまいにします。さて、ビールでも飲むか!
July 19, 2003
昨日、大岡越前守さんの所に行って、なんとなく落語家的人なので、思わずニンマリしてしまった。そういえば、最近寄席に行っていないのを思い出した。20年以上前は、月2回池袋演芸場に通っていたのを思い出した。テレビで演芸番組を見るのも好きであったが、なぜか学校の友達と授業をサボって(昔から、サボリ癖があったんかい!)見に行っていた。ちょうど、漫才ブームに圧されたかどうか分からないが、円楽一門が落語協会を脱退し、談志も弟子を引き連れて脱退するころだったと思う。もともと、定席(何時も落語をやっている演芸場)のいいところは、テレビの人気者がいつ行っても間近にみれるところであったが、落語協会や芸術協会から、人気者が出て行くと急に定席がつまらなくなってしまった感じがしたかもしれない。ちょうど、談志が辞める直前で新宿末広亭に見に行った時も、彼は大とりのくせにすっぽかし、代役で師匠の柳家小さんが出ていた事を思い出した。マニアックな話になってしまったので、話を戻すが、お笑いのライブほどその場の空気が面白いものはない。テレビで、面白くなくとも、同じネタをライブでやられると腹筋が痛くて、立ち上がれなくなることもあった。とくに、演者の目の前に座ると、目をそらすことも出来ないので、当然イジリの対象になる。演者もこの目の前の奴をどう、いじろうか、考えながら落語を展開する。それがまた、楽しさを倍増させた。元来、無口で引っ込み思案な性格であったが、いじられキャラでもあった。それが、今では、近所のスナックでいじられ、酒の肴に自らなっている立場を結構気に入っている。
July 18, 2003
たった今、ラジオ局文化放送(新宿区四谷)の白井静雄のダジャレニュースを同局のネットサイト(www.joqr.co.jp/bbqr)でチェキラッ。(若者ぶってるじゃん。とは言え、古いフレーズ。)この白井静雄アナ、ニュースにダジャレをいつも織り込むので首になりかけたという話を聞いた事がある。今では、あきらめて局側も多分B級ニュースに限って、ダジャレを織り込む事も許しているのかもしれない。最近は「吉田照美もやる気まんまん」でダジャレニュースをOA。そもそも、関東では、ニッポン放送は、番組にもお金を掛けるし、豪華なゲストをブッキングするメジャーラジオ局。文化放送はマイナーな芽をいち早くキャッチし、オンエアするというイメージが強い。(TBSラジオ局は置いといて・・・)たとえば、ニッポン放送で「タモリの週刊ダイナマイク」という番組があったが、キー局なので地方の放送局には、配信してOAしても、自局ではOAしない事があった。(タモリのギャラなんてすごいだろうに・・・)方や、文化放送。ゲストやタレントを呼ばなくても平然と自局のアナウンサーだけで、番組作りをする。(安く、上げている。)。その使いべりのなかで、みのもんた、梶原しげる、吉田照美などが生き残って、独立している。はっきり言って、全国でどれくらい、キー局として番組を配信しているか知らないが、B級ラジオ局である。なぜか、B級なものへ魅力を感じる。混沌として、見えない状態に興奮する。世の中に受け入れられると、違うものへと目が移っていく。そうか、オイラはあまのじゃくだったんだ。桜さん名古屋地区ではツボイノリオ応援してます。
July 17, 2003
お気に入りのファミレス、サイゼリア(イタリアン)で、カントナッチ(アーモンドクッキー)とカプチーノでひと息。両方で3百円であった。(安い!)大体、いつも昼飯が2時か3時、ただ、今日は昨夜の深酒が効いて、食べるきにならなかった。この時間、回りの客は話の好きな奥様方が多いけど、割合空いているのでゆっくり昼休みが取れる。いつもはスパゲッティーともう一品たのみ、更にグラスワイン(90円)を付けて、900円~千円ぐらいであげている。いつも、カンツォーネが流れていてゆったりでき、しかもかなりの低料金。その前にブックオフで買った250円の文庫本(世界遺産35の謎の収集)を持ち込んで、ついつい読みふけり一時間位粘ってしまった。急いで帰らなければ。テーブルワインも13~14種類ぐらいあり、低価格(一番高いのもで1800円位)ではあるが、自社でネゴシアンとなり、自社のエチケットをはっている。いつも、1ぱいだけ(いっぱいではない)、一番安いワインを飲むが、それから計っても、他のものもいけるかもしれない。イタ飯屋もいろいろあるが、そんなお洒落じゃなくても、そこそこ旨く、それに合うワインをそろえていればいいではないか。気取った馬鹿高い店なら、一生に一度行けばよいが、ここならいつでも来られる。と思いながらいつもここのワインリストを見てしまうのでした。ただし、まだ夜きたこと無いけど・・・・帰りに、同じクッキー400g入り、780円(なぜか高い)を買い、事務所の仲間のお土産にした。
July 16, 2003
よく、プラス思考、マイナス思考という言葉があるが、私が好きなのはゼロ思考。まっさらな状態である。これが、なかなか難しいが、かくありたいと何時も思っている。子供の思考がそうである。昔、長女に大きくなったら何になりたいと尋ねたら、お父さんは小さくなったら何になりたいの?と反問が帰ってきた。なるほど、おバカではあるが、そう捉えたのねと感心した。子供は良く発想が柔軟だとか、妙に頭の回転が速いときがあったりする。それは、ある意味情報量が少ない中で思考するからかもしれない。と言う事は、大人は余分な情報がいっぱい入っているので必要なものでも何でも全部捨ててしまう事が大事だと思う。空っぽの中から、その都度必要なものを拾っていけばいいでわないか。と、勝手に思っている。朝は特にそうであるが、リフレッシュし頭を空っぽにしなければならない。また、空っぽにするスイッチを持たなければならない。但し、宗教的なことは苦手なのでやる気がしない。そこで、つい、夜のうちに頭の中までアルコール消毒してしまうのでした。(なんか、酒飲みの言い訳にしか聞こえん)
July 15, 2003
ここ数日間の日記を見ると今日もがんばるぞと連呼し、自分を鼓舞したが、かえって空回りしている。13日の朝に書いた日記は最悪だ。何が言いたいのか、もしくは書きたいのか、自分でもよくわかっていない。日曜の朝なんて一番好きな時間なのに。別に枯れた味が出るほど経験もないし、何となく自分を作ろうとして息ができなかったかもしれない。私がこの楽天でよく行くhiasadaさんも桜さんもこおさんもみんな自然体でライフワークをこなしてるではないか。こういう時は、何となく寝れない。本でも読んで眠くなるのを待とう。早く、梅雨が明けるといいんだけどね。今週は、うまい酒を飲もう。
July 14, 2003
たまには、ウィスキーの話をしましょう。今から、30年以上前、ジョニー黒(ジョニーウォーカー黒ラベル)といえば贈答品のチャンピオンで、応接間のキャビネットの飾るのが一種のステータスでした。1ドル360円の時代で、確か一本8千円以上したのではないでしょうか。それが、今では量販店で2千円で売られています。デン少年には、舶来品=ジョニ黒というイメージがありました。(舶来品なんて死語だ)ところが、何年か前に酒税法の改正があり、ウィスキーは焼酎より安くなってしまったような気がします。皆さんは、ジョニ金やジョニ青を知っているでしょうか。ゴールドラベルは多分7千円台、ブルーラベルは1万2千円台でいまでは売っています。ウィスキーは樽熟成といって樽の中で何年も寝かせます。したがって、販売計画も長期戦であり、寝かせる期間が長ければ長いほど値段が高くなります。資本力と長期的な経営戦略がないとウィスキー業者は成り立ちません。マッカランというモルトウィスキーは60年ものが出荷された事があります。ワインは、瓶熟成といって、その年のありのままがビンテージとして、自然とともに瓶に詰められます。瓶でコルクを通じて細い部分で外気とつながり、熟成されていきます。ところが、樽熟成は樽全体で外気と呼吸するわけですから、長期間時間が経てば経つほど樽に残ったウィスキーはほんのわずかになるという話です。その管理たるや相当なものがあります。(もっとも、ワインは苗木作りから、いい葡萄が収穫されるまで何年もかかるみたいです。)ワインを農業製品とするとウィスキーは工業製品に近いものがあります。ウィスキーはその寝かせる間にオーク樽を通じ、その醸造所の周辺の気候や息吹が酒の中に溶け込んでいきます。私は、その熟成される姿を想像しながら、ウィスキーを飲むのが好きです。(意外とロマンチストじゃん。だれも、いってくれないので自分で言っておこう。)昨晩、hiasadaさんがニッカの工場で生のウィスキーを楽しまれた書き込みがあり、羨ましい限りです。今晩は、私もニッカのシングルモルト余市を飲みながら、北海道に行った時のことを思い出したいと思います。(ついでにニッカといえばシードル(サイダー)も旨いデス。)
July 13, 2003
久しぶりに、前後不覚、起きたらこの時間。(5時半)腕には、南米のインデオの刺青の様に、シーツの模様がびっしりとついている。多分、寝返りも打たずにそのまま倒れこむように寝たのだろう。昨夜、行きつけの飲み屋で、ワインを3本ぐらい空けたのを憶えているが、それ以降の記憶がなく現在に至っている。その間、チェイサーとして焼酎の水割りを飲んでいたと思うが。今日は11時に東京で仕事であるが、その前に一応日記を書いておこう。せっかく、ウィスキーガロアの映画のポスターを昨夜発見し、HPに貼り付け、気をよくして飲みに出かけたのに・・・気がついたら、寝汗と刺青で朝を迎えていた。なぜか、ワインの銘柄だけは覚えている。一本目コルヴォのロゼ、二本目ヴォジョレービラージュ、3本目ボルドー、クラーブのシャトーパプ。勿論、一人で飲んだわけではないし、2本持ち込みで、1本は店で用意したワインを店の人も含めて4人で飲んでいたような気がする。先ずは、水を一杯飲んで平静を取り戻そう、後で飲み屋のママに確認し、飛んだ記憶も取り戻そう。(一応、失言、失態がなかったか、どうかをチェック。ついでに財布の中身もチェック。)そして青春も取り戻そう(無理か!)。
July 12, 2003
昨日、客先でゴディバのチョコレートが出てきて、平井新先生のことをを思い出した。もう、20年ぐらい前に某学校で生徒4人ぐらいで授業を受けた覚えがある。当時もう80を越えられていたから(残念ながら今はご存命かどうか分からないが)、授業といっても、研究室で紅茶を飲みながら、先生の独白を聞くスタイルだった。そのとき、お茶うけによく出されたのがゴディバである。明治生まれの洒落者で、いつも、ダンディーにいろんな裳のを着こなしていた。洋酒や洋物の菓子や洋服等のグッズに明るく、その製品の出典や周辺知識にめっぽう強かったのをおぼえている。当時、日本ではゴディバが一番高いチョコレートだったように記憶している。もちろん男の私はそれまでゴディバなんて知らないし、食べたこともなかった。雑談で、ゴダイバ(英語読み)は、中世のイギリスコベントリーの領主の奥さんで・・・・と、話はピーピングトムへと展開していく。他にもイタリアのコモのネクタイを頂いたり、シェリー酒をご馳走になったり、見るもの聞くもの若造にはすべてが新鮮でうれしかった。今回、平井新と、インターネットで検索してみて、戦後の日本で早慶戦を復興させた功労者であることが解った。(先生は、戦前から慶応の教鞭をとられていたからである。)そういえば、ヨーロッパ留学中、ムッソリーニに呼ばれてイタリアに行かれた話しもされていた。まさに歴史の生き証人とお茶を飲めたことを光栄に思い、感慨深いものがあった。
July 11, 2003
朝、雨が降っている。今日は緊張の監査の日、早めに目が覚める。昨晩のウィスキーがまだ、何処かに残っている。ヤバイ、酒ッ気を抜かなければ。一応、風呂に入って、ウンチョス君の顔を見れば、90%抜けるだろう。後は、ミントキャンディーでごまかそう。きょうは、タフな一日になりそうである。ヨッシャ!
July 10, 2003
最近ではテレビのゴールデンタイムにもに良く出ているおすぎとピーコのおすぎは、オカマにしては、史観がはっきりしていて、時事問題に適切なコメントをする。この間も”スミレ修道院”という関東ローカルのラジオ番組(彼らが最も生き生きと暴言を吐いている番組)で、集英社の新書版でアメリカのネオコンの本を取上げていた。イラク戦争以来、アメリカの傍若無人ぶりは目にあまるものがあるが、日本は前から慣れっこになっていて感じないのかもしれない。偶然か、仕組まれたか分からないが、田中角栄にしろ、細川護煕にしろ何れも、アメリカにたてを突いた内閣はスキャンダルによって短命である。方や中曽根康弘のようにアメリカにご機嫌を取る内閣は長命である。そういうことを多分意識しているのが小泉首相であるように思える。そんな、元来日本にとってきたアメリカの態度(お節介で自分のやることを絶対とする)が、世界に対しても顕著になってきている。日本は、資源もないし、国自体で自給自足はできない貿易立国である。したがって、ブロック経済やマンドクトリンなどアメリカに孤立するぞ、もしくはクリントンみたいにお付き合い控えようね他に付き合う人いるんだからと言われると、内心びびってしまう。勿論、ただ気に食わないから何でも反対とか、逆に小泉君みたいになんでも賛成というほうが、頭使わなくて楽なのかもしれないし、日本人自身が頭使うことを嫌って、分かりやすいものしか目を向けないのかもしれない。別に評論家みたいに将来のビジョンがないから駄目だとか言うつもりもないし、将来が正確に見えることなんて何もないのだから、その都度、良識にしたがって、人間として行動して欲しいと小泉君には思うのでした。その都度、前のことを引きずらないで、意思決定することは相当頭がタフじゃないとできないが、世の中時々刻々と変わっているのだからガンバレよ小泉~~~~。ウィッ。おまえも、おれもやること一杯あってたいへんだよなぁ~。ヒィック。zzzzzzzz~~~~~~~~~
July 9, 2003
今日のスケジュールを確認。自分が、今日やる仕事を頭の中で反芻する。同時に、今日の息抜きの場所も確認。目にあまる息抜きの場合、別名サボリともいうが、ばれると藤原君(仮名)が怖い。もうすぐ、このパソコンは、反町君(仮名)が独占する。また、夜まで待たなければ。昨日、HPに蝉丸さんが来た。はじめましてと、とぼけていたが、あるキーワードがあり、飲み仲間の蝉丸さんではないかと思い、確認のメールまで送ってしまった。実際、顔なじみであった。なぜ、蝉丸なのか、百人一首の坊主めくりマニアなのか、桂歌丸一門に入ったのだろうか、なぞは深まるばかりである。ヨッシャ、今日も一日がんばるぞい。
July 8, 2003
ここの処涼しい毎日が続き、良く眠れる日が多い。今日の朝も目覚めが良かった。月曜日は、目一杯遊んだ人間にとってはつらいものがあり、ぐうたらノンビリした人間の方が返ってリフレッシュしている。世の奥様方、というわけなのであまり粗大ごみ扱いしないで欲しい。そういえば、この間、近所の医者が、月曜日が看護士さんの勤務に喝を入れないと効率が悪いといっていた。よし、今日は先ず、前日ぐうたらしすぎた私に喝を入れよう。そして、内の従業員、反町くんと藤原くん(仮名)にも喝をあげよう。きょうも、元気にがんばるぞ!
July 7, 2003
友達の自転車屋から、ママチャリを買って最近乗りまわしていま~す。一応3段変則になっているので、結構スピードも出ます。なんか、体が躍動する感じとスピード感が妙にうれしくて、つい童心に返ってしまう単細胞の自分がいました。それと、車では見逃していたいろんなものに出会えます。 最近気に入っているのが、どこの看板屋か知れませんが面白いコピーを書くステ看業者がいて、一番笑ったのは”巨乳美女軍団襲来、集え地球防衛軍”としか書いてなくあとは店の地図と電話番号が書いてあるだけの風俗店のステ看板でした。残念ながら、地球防衛軍ではないので、自転車で遠征できませんでした。 ただ、ちょっと銀行や郵便局に行ってくると言っては、帰ってこない私をみて、従業員は良くは思ってないでしょう。皆さんまじめに仕事しようね、チャリ~~ン。
July 5, 2003
今日も今日とて、飲んできた帰りで~~~す。同業者の会合で偉い人も多かったので疲れました。酒席で悪酔いおじさんも如才なく交通整理し、大先輩の奥さんが家の近くまで車で送ってくれるというので、先輩の車に便乗して帰ってきてホッとしたところです。 日記に書くといっても、私は飲んだくれ。今日はどんな酔い方をしたか、どんな酒を飲んだかしか書くことが無いことに気がつきました。 なにか、気の利いたトピックを書きたいと思っても、パソコンに向かう時はそうとうヨッパです。 といいながらも、ウィスキーソーダを片手にパソコンに向かう自分に、午前様になる前に帰ったことを褒めてあげる人は自分しかいないと勝手に思っているのでした。 今日も、一応日記が続いて良かった。
July 4, 2003
今日たまたま、保育士さんと話をする機会がありその中でムーミンの話をしました。ムーミンの一連の話はご存知の通り日本でも二回テレビアニメ化されていて、作者はトーベヤンソンというスウェーデン人女性です。 私も、娘に一連のムーミンの話を読んでやるまでは、カバだと思ってましたが、本にはムーミントロールと書かれています。トロールといえば、フィンランド民話の「三匹のヤギのがらがらどん」や最近では「ハリーポッター」にも登場するでかくて力が強い妖怪です。 ところが、保育士さんは子供たちに妖精であると説明しているみたいです。妖精の方がイメージがいいらしいのです。 例えば、妖精が悪いことをしてもちょっとしたいたずら済むが、妖怪は完全に人から疎外され危険な対象となってしまいます。つまり、彼女たちだって、子供にムーミンやがらがらどんやハリーポッターを読んでやる機会だってあるでしょう。そのときヒール(悪玉)かベビーフェイス(善玉)を意識するということなのだそうです。 ムーミン族のトロールは体も妖精と妖怪の中間位ですが、ベビーフェイスと位置づけられているようです。そもそも、妖怪と妖精の違いが、勉強不足で私には解らなかったので、今後勉強したいと思います。事実童話で出てくる良い魔法使いの女性は、仙女(例えばシンデレラ)と言い、悪いほうは魔女といいますからね。 但し、トーベヤンソンが最初に世の中にムーミントロールを送り出した時は、新聞の風刺漫画欄だったようで大衆のなかに埋没する衆愚な市民をトロールに置き換えて登場させていました。したがって、はじめは脳みその少ない昔からのトロールを意識していたと思います。 しかし、キャラ立ちし有名になってくると、行いもよくなるもかも知れません。 なんか、今日はシニカルな日記になりました。北欧に行けば、ムーミンの気持ちが少しは解るかも知れません。
July 3, 2003
今日は、もっともオヤジっぽい話をします。今、昔の同じ会社の同僚と飲んで、今帰ってきました。かなり、密な話でしたが、私今ヨッパですから、都合よく話します。 もともとその同僚は、年齢はわたしより、20歳年上の人ですが、10年前私が会社を辞めた後も、仕事を貰う等支援してもらった恩義があります。彼も5年前にはその同じ会社を辞めています。 その上、この5月には彼が役員をやっている現在の会社で、私の事務所のクライアントにもなってもらいました。 私は、頭が上がりません。だけど、彼にお返しできることも何もありません。 そこで、今年4月から彼の息子を私の事務所で従業員として雇用することにしました。 ちゃんと、育ってキャリアを積ませたいと思っていますが、なかなか前途多難です。でも、若い人の可能性や瞬発力は羨ましい限りで、すっかりおじさんになったことを実感したことを酒を飲みながら報告してきたところです。
July 2, 2003
この間、テレビで柳沢真吾が出ていて初出演は銀座ナウだったといっていた。昔、どれくらいか忘れたが、公開テレビ番組で銀座ナウというのがあったように記憶している。その中で前川宏次(漢字?)の素人コメディアン道場と言うのがあった。 前川宏次自体はコメディーの放送作家で、てんぷくトリオの脚本を書いていた様に記憶している。 そのコメディアン道場出身のそうそうたるメンバーは、今でも活躍している人が多い。関根勉、清水アキラ、小堺一樹(漢字?)、桜金蔵、竹中直人、柳沢真吾等々で、特に竹中直人は松田優作が太陽にほえろで殉職するシーンのパロディーで一世を風靡していたように記憶している。ありがとうの小林君は今どうしているのだろう?うん、という話を今度飲み屋でしよう。年を感じてしまうのでした。
July 1, 2003
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