2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
埼玉県は、8/31は知事選の日だった。当選は、民主党系の人だった。よく知らない人だったが、当選のインタビューは誠実そうな印象を受け好感は持てた。ただ、マニュフェストとして○○を×%カットします。とか、良いこと事を言っていたと思う。そこで、疑問に思ったのは、マニュフェストであった。一応、選挙公約、もしくは明確なる公約とか、マスコミや政治をかじっている人は訳しているが、ほんとにそれでいいのか?manifestと辞書で引っ張ると明示とか宣言とか、書かれているぞ。産業廃棄物業者の符丁でマニュフェストというと廃棄物管理の内容明示の書類のようである。なるほど、産廃業者は正しく使っているように思える。政治の世界では、イギリスで使っているようである。もしかしてこの言葉、公約とは全然関係ないんじゃないの?明確にすることは、意味があってるよう気がするけど、公民との約束はちょといただけないかも。それだったら、デキュラレーション(宣誓)の方がもっと約束っぽいじゃん。もっと忠実に和訳するのだったら、「政策のおしながき」とかのほうが、しっくりくるんじゃないの。話は違うけど、土曜日の夕方、近所のビックAの前に焼き鳥を屋台で売っている脱サラおじさんがいて、「あれ、この前まで、ヨークマートの前で売ってなかった?」と聞くと、「いやぁ~、やくざにショバ代払えって言われちゃって、こっちに来たんだよ。」との返答。日曜日の夜、この脱サラおじさん、またヨークマートのまえで焼き鳥を売っていた。やくざにマニュフェストだしたのかなぁ~?
August 31, 2003
若いときにいい先輩に恵まれ、良い店に連れてってもらったとき、自分の肥やしになる。酒、食いもの何でも一流のものに接した時に初めて価値の判断基準ができる。酒は身ぎれいに飲みたいものである。お店が込んできたら、さっと席を立ち勘定をすます。後から来た人にも感じが良いし、店の人も仕事がしやすいであろう。物にはそれほど執着しなくてよい。体験する事に金を使うべきである。思い出なんて、証拠の写真は要らない。ただただ、頭の中にあればよい。起こってしまった事は、分析こそすれ、固執して立ち止まってはいけない。自分で決めた事は、結果が出るまですすむべきである。女性に細かい事をくどくど言わない、細かい事を言われたら黙して聞き役に徹する。なにを池波正太郎みたいにキザなこといってやんでぇ~こちとら、がさつで結構。酒なんて長っ尻するから、飲んでるって実感できるんじゃねえか。物だって、サービスだって、夜が明けるまえに金なんか使っちまえばいいんだよ。明日は明日のかぜがふかぁい!と、今日は記しておこう。
August 30, 2003
夕方、ツ○ヤにビデオを返しに行く。すでに、2日超過で追加料金は2本で1200円ぐらいになっていた。どうも、仕事を終えるとすぐ酒を飲むせいか、返しに行くのが億劫になる。(9日間もかりて、見るのは1回なのに)それでも、せっかく来たので、またビデオを借りる。題名は、「ボッカチオ’70」イタリアの1962年の映画である。少年隊の歌に「デカメロン伝説」という歌があり、その冒頭で錦織が、「ボッカチオ、ボッカチオ」といっていたのを思い出した。デカメロンとは十日物語のことであり、男女10人がそれぞれ自分の持ちネタを一人一晩かけて披露する。作者はボッカチオである。この映画も、オムニバス形式の映画である。マリオ・モニチェッリの「レンツォとルチャーナ」、フェデリコ・フェリーニの「アントニオ博士の誘惑」、ヴィットリオ・デシーカ「くじ引き」、ルキノ・ヴィスコンティ「仕事中」が受け持ち四作品が収められている。なぜ、題名が「ボッカチオ70」なのか謎だが、多分オムニバスの元祖であるデカメロンを意識していると思われる。4本のうち、マリオ・モニチェッリとフェリーニの映画をとりあえず鑑賞。「レンツォとルチャーナ」は、40年前のイタリア人の生活が垣間見れて、面白かった。内容は、結婚すると退社させられるので、会社に内緒で結婚してしまうOLの話である。なぜか、近代的オフィース、ナイトクラブ等の情景が、東宝の植木等の映画を髣髴とさせた。「アントニオ博士の誘惑」は、フェリーニお得意の巨乳登場の映画である。女優は、甘い生活のアニタ・エクバーグ。主人公が猥褻だと叫びながら、ミルクの広告看板(アニタエクバーグが刺激的なポーズをいている)を撤去しようとする話であった。さて、二本見終わったところで、飲みに出かけてしまったのでした。
August 29, 2003
酒を飲んで、緊張がほぐれる時。楽しい時。旨い時。得した気分になる。満足感がある。うれしくなる。いい酒の飲み方は、人によって様々である。私は、月並みだが推理小説等で登場する洋酒に憧れた。形から酒を覚えていった。学生時代の飲み方は、むちゃくちゃである。強要はみんなしないのだが、毎日、毎日つるんで飲んでいるうちに、徐々に強くなっていく。酒を鍛えられる。(但し、宴会芸は強要されるのでこれには苦慮した。)嵐のような呑み方である。合宿と称して、泊りがけで飲んでいるのである。出入り禁止になった宿屋もあったが、そういうばかなことが勲章になった。今風のコンパでないが、合コンも流行り始めた頃だったと思う。社会人になると、今まで大人に憧れて飲んでいた酒が、本当の大人と飲まなくてはいけなくなる。安い店だろうが(時にはワンカップの自動販売機)、高い店だろうが、上のものには、奢られる。下のものには、奢る。誘われたら断らない。これがなぜか当たり前になっていた。同時に、ひとりで飲みに行く事も覚える。最初は憩いの場所が欲しいと言うより、自分の行きつけの店がひとつのステータスのように感じてくる。(一種の見得である)・・・・・・・更に酒暦は紆余曲折を向え、現在にいたっている。今は、コミュケーションの手段より、やっと嗜好性が強くなってきている。ただその嗜好のなかに、味覚、店の演出、良い女性、会話等すべて含まれる。(一応、気を使う?)同時に日常的な出費でなければ経済的にもたないので、自分の立場も認識させられる。と、カッコつけてはみたものの、何がいい酒の飲み方か未だに判っていない。人に迷惑を掛けない様に心がけ、そこに酒があるから飲むのでした。
August 28, 2003
今夜は、雲って火星は見えない。テレビで、いろいろ特集をやっているが、何が凄いのかよく判らなかった。たとえば、今回の接近で9ヵ月後にベビーブームが起こるとか、目に見えて判る事があれば、凄い。(なわけねぇだろ!)一般人は、いつになったら宇宙旅行ができるのであろうか?何年か前のしし座流星群は、エキサイティングだった。流星とは、宇宙の塵が大気圏に突入する時にできる閃光である。また、塵が動いているのではなく、地球の方からぶつかって、大気圏で燃えている事も教えてもらった。つまり、流れ星の速度は、地球の動いている速度でもある。その閃光が、しし座の方から、右へ、左へ、上へ流れていくさまは、まるでスターウォーズの宇宙船の一シーンを見るようであった。そうか、地球は速度の速い、乗り物酔いのない安全な宇宙船なんだと体感できた覚えがある。今回、何万年に一度の接近であれば、いっそのこと火星をだ捕して、宇宙船に改造する千載一遇のチャンスではないか。(それもねぇよ)ところで、アポロ11号は本当に月に降り立ったのであろうか。もし、月に人類の基地さえできれば、天体調査も人工衛星の打上ももっと安上がりにできるような気もする。あれから、何年たつのだろう。シロウトのいい加減な発言だが、国際的協力の下に宇宙開発を進めないと、今世紀中に人類は宇宙に旅立てまい。サンダーバードやキューブリックの映画を見たときは、21世紀初頭には・・・・。近未来は、想像不可能でどんどん別の方向にいくのかもしれない。SFはSFなのかなぁ。結局、自分が宇宙に一度行ってみたいだけなのかもしれない。雲って見れない欲求不満をぶつけているだけであった。
August 27, 2003
日記を書き始めて、2ヶ月がたった。意図がみえない、ずるずるした日記が多くなった。なぜか、よく振返る。反省する。最初のころの方が、簡潔で文章が練れている。別に書くことが生業ではないのでどうでもいいのだが、なにかの糧にならないかとすぐ考えてしまう。もっと具体的には、いろいろ整理した事が、客との雑談のなかで生きてくればとセコク考える。せっかく「テーマ」があるので、3ヶ月めはテーマを選択し、日記を書くことも始めよう。(ますます、日記ではないような気がするが・・・)夜半から、ようやく雨が降り始めている。京都、名古屋の方々は、26日朝、昼と雨が降っているとのご報告を受けたが、こちらは27日朝になっても降っている。もう止みそうだが、本格的な長雨の降り方である。もうすぐ、9月。
August 26, 2003
今日も、暑かった。夏に熱いのは当たり前だが、ここ数日はいままでの遅れを取り戻すかのようにあつくなっている。ただ、カレンダーは8月25日を過ぎている。朝、反町君に都内まで書類を提出しにいってもらい、私は、さいたま、戸田を回っていた。ラジオからはおすぎとピーコのスミレ修道院がOA。2時半ぐらいに、仕事がひと区切り、時間が空いたのでステーキのどんで遅めのランチ。今日はわさびステーキランチにランチビール税込み960円。最近、わさび味の肉にはまっている。もともと、ローストビーフの付けあわせで、××ラディッシュなるものがあった。西洋わさびである。ただ、今日食べたのは、完全なわさび醤油である。肉は闘争心を鼓舞する時、食べるのであるが、今日、読んでいた本が宮本輝の「錦繍」。不覚にも涙してしまい、闘争心の火は消えてしまった。肉を食いながら、文庫本を読み終わると午後4時を回っていた。事務所にもどると、反町、藤原両君がいた。たまには飲みにでも連れてくかと思ったが、突然誘うと彼らは行かない。夏の黄色い太陽が沈み、私は夜の街へこのあとは・・・・・・日記は、翌朝の今書いている。
August 25, 2003
きのう顧客先で、久しぶりにキャメロンディアス(仮名)とあった。彼女は、すっかり小麦色に変身、ノースリーブの服から出ている肩のラインに一瞬目が眩みそうになった。聞けば、ヒサロに行ったらしく、ムラなく焼けている。顔が一瞬ジュンサンダースのように見えたが、話が通じないだろうと思い言葉を飲み込む。(ちなみにジュンサンダースとは”サインはV”に出てくる役名。女優は確か去年なくなった国民の49%位から好かれていた人である。)そういえば、前から大胆な服装をしてくる子だった。4年前の夏は、背中のぱっくり開いた前掛けのような服を着てきた。当時、その場にいたおじいちゃんの事務員さんが、その座っている後姿をみて「デンさん、キャメロンが・・・・・服を着てない!」と倒れそうになったのを思い出した。そのときは、まだ、ション便臭いというか青臭さもあり、よく知らなかったのであまり意識していなかったが、年々魅力的な女性になっていく。この年頃の女性は恐ろしい。2年ぐらい前、私が一番落ち込んでいたときにも、平然と夜遅くまで残業に付き合ってくれた。その代わり「私、いままでデンさんみたいな仕事しようと思ってましたが、大変そうなのでやめました。」とあっさり言いながら、せっせと濃いインスタントコーヒーを入れてくれていた。その味は服装に似合わず、なぜか癒し系である。きょうは、明日の種類作成の準備で、一日PCの前で仕事をしていた(途中かなりサボった)が、自分で入れたインスタントコーヒーはあまり旨くなかった。
August 24, 2003
夜中に知り合いの保育園に寄付するため、以前、子供に読んでいた本を整理していた。ついつい、マザーグースなど読みふけってしまった。「誰が殺したクックロビン」は、なんで料理人の駒鳥がスズメに殺されなければいけないのだろうとか、「ロンドン橋落ちた、落ちた・・・・・マイフェアレディー」で、なんでマイフェアレディーと言いながら、人を捕まえてしまう遊戯があるのだろうとか、諸々くだらない事を考えていた。日本の童謡数多く作った北原白秋なども、マザーグースの翻訳をやり、影響を受けていたはずである。もちろん、童話童謡は子供向けの話であり、子供に興味を持ちやすいように作られている。ただ、グリム童話にしても、マザーグースにしても、そのときの世相や社会的事件を織り込んでいるものが多く、それがインパクトの強いフレーズとなり自然と子供たちの頭の中に刷り込まれていく。モチーフは何れも残忍な殺人事件、社会的飢饉、暴君の圧政等で、感情を一切排除する形で記されたり、伝承されているものが多い。風刺よりもっとシンプルである。英米の映画やミステリー小説でも、頻繁にマザーグースが登場する。私は教育者でもないし教育評論家でもないシロウトであるが、どんな社会的残忍な事件でも子供にいい影響があるかどうかは、大人の伝え方だと思う。ただ、その場で、教訓めいたものを子供に説こうなんて、あまり意味がないことかもしれない。かくして、遊戯や歌や物語にして自然に頭にインプットされるからこそ、何らかの形で情操や人間形成の上で役立っているのではないか。社会がデジタル化してくれば来るほど、間接的な表現が薄れていき、インパクトのあるのものが直接目に飛び込んでくる時代である。いまの子供達には、こんな絵本はうけないのかなぁ。と思いながら夜が更けていった。
August 23, 2003
よく分からないが、世の中にテンション芸人なるの者が存在する。ルー大柴、出川哲朗等である、そんなことはどうでもいい。テンション高いって、何?今日は、それまで、ブルーな話ばっかりで、夜10時帰宅。ちょうど、PCのメンテナンスをしようと思ったところで、飲み仲間からお誘いの電話、いそいそ出かけていった。昼間は、携帯電話会社と二重請求だと、支払でもめていた。夕方、たまたま、交差点から4.5mの処に10分停車していたら、違反切符を切られ、警官とがなりあっていた。(誰かにチクられたか。夢のゴールドは、何処へ)10時に帰ってきた時は、ヘロヘロだった。(なにより、仕事が結構ハードだったが、何より熱かった)そこに、酒場からのお誘い、いそいそと出かけていった。当然、面白くない気分を吹き飛ばそうと、こちらは意識的に笑う笑う笑う、喋る喋る喋る、何とかその場を盛り上げようと必死である。このHPに登場する蝉丸さんとだったら気が楽なのだが、今日は、状況が異なる。こういう時は、異常にテンションが高くなる 。テンションって緊張だよね。けっして、躁状態じゃないよね。だから、弛緩の問題であって、高低ではないよね。なぜ、高い低いになるのだろうと考えた。そういえば、テレビのバラエティー(お笑い番組)で中心に使われている。でも、自分でもその用法が自然と頭に刷り込まれている。・・・・一瞬頭で抵抗しながらも、意味通じりゃいいじゃんと思うのであった。(めでたし、めでたし!)追記(翌朝) めでたかねぇよ!酔っ払った勢いで書いてしまったが、消してしまいたい文章である。酔って帰ってきた勢いで、ほかの人にも掲示板に失礼なことを書いたのではないかと、チェックしてまわる自暴自棄な朝です。
August 22, 2003
仕事からあがって、先日来読んでいたマイケルJフォックスの自叙伝「ラッキーマン」を読み終えた。内容は、生い立ちから、俳優としての成功、パーキンソン病での転落、そしてその後と展開していく。ショービジネスの世界を彼の才能に裏打ちされた冷静な視点で、描かれていて面白かった。若くして頂点とどん底を経験した同年代の人間に、もう自叙伝を書いているのかと驚きさえ覚えた。ひがみ根性や歪んだ心が、ないのであろうか。妙に実直に、素直に物事を受け止めるやさしさが彼には備わっていた。また、ロサンジェルスの描写も、私にとってはうんうん頷けるものが多く、造詣が深かった。同時に、人間のプライムは短く、実は充実しているのはそれを過ぎてから本物になっていく心の豊かさを感じた。日常生活に勇気を持てる一冊の本であった。
August 21, 2003
昨日ひょんなことから、高校時代の映画研究会ことを思い出した。(ウォーターボーイズというテレビを見たせいかもしれない)あのころ、8ミリの映画を一所懸命作っていた。授業中は、文化祭の出品策のシナリオ作りに没頭していた。街中を歩くと、ロケハン気分で、画になるか成らないかを気にした。人を観察すれば、どういう役に適した人間かをかってに考えていた。ロードショウーだろうが名画座だろうがテレビだろうが製作の手がかりになれば、何でも見た。今日は、TUTAYAで古いコメディーを久しぶりに借りてきた。マルクスブラザースの「オペラは踊る」ともう一本。高校の時、マルクス兄弟(1930年代から50年代前半の映画)をパロディーにした映画を作った。かなり稚拙な出来であったが、あのフィルムは今どこにあるのだろう。・・・マルクス兄弟の映画は、今では、ビデオ屋に行けばあるが、多分我々は、8ミリの最後の世代では、なかったかと思う。当然映画も映画館で見た記憶を頼りに思いを馳せる。頭の中の記憶は、誇張されていたり、自分に都合よく解釈されていたりするかもしれない。でも、先ずは、頭の中にしまってある事が優先であり、チラシやパンフレットはその次。ましてや、今、ビデオでみるとだいぶ感覚がずれて、色あせてくる事が多い。今は、仕事に夢中だと一番幸せなのだが、(誰がじゃ!)いえ、わたしが、 (なぜじゃ!)まあ、立場上、 (何をじゃ!)そう、夢中なものは仕事だと。 (誰がじゃ!)いや、わてでんがなわて。 (なぜじゃ!)いや、人食わせてかな、あかんしやな・・(何をじゃ!)だから、いうてまんがな、仕事せにゃ・・(誰がじゃ!)しつこいやっちゃな、わしやがなわし。 (なぜじゃ!)若いもんに教えにゃあかんし (何をじゃ!)仕事せな、あかんゆうとるやろぼけぇ! (誰がじゃ!)おんどれがじゃい!・・・・・・なぜか、木村進と間寛平風に終わってしまうのであった。
August 20, 2003
今日も、はっきりしない天気だった。客先で仕事をしていたら、帰省土産に六花亭(北海道)のお菓子をお茶請に出してくれた。「マルセイバターサンド」である。先般は、グレーの追っかけをやっている知人から、北海道のコンサートの見上げに、六花亭のストロベリーチョコを頂いた。今年、二度目の六花亭である。どちらも旨かった。北海道のお土産ナンバーワンは、やはり六花亭なのだろうか。その北海道出身の子は、なんともおおらかである。年は、私とそれほど変わらないが、小さい頃のおやつは、するめや羅臼昆布で、かじりながら街中を歩いていたという。酒飲みで、血が酸性体質の私は蚊によく刺される。その事務所は3階にあるが、じめじめしていたので窓が空いていた。私が「ここ蚊がいねぇか。」というと、その子は(立派なキャリアガールであるが)空かさず、キンチョールを私の足元に散布してくれた。キンチョールは空気より軽いのであろうか、30秒ぐらいすると目がシパシパし始めた。(こいつ何すんねん)と思いながらも、「やったね、いなくなったぜ」というと、満足そうな笑みを私のほうに返したので、それ以上何も言えなくなった。もう、キンチョールの注意書きを見るのことはないだろう。今後は、免疫ができ、キンチョールに負けない体質になることを決意するのであった。
August 19, 2003
休みを終えて、反町君と藤原君が出勤してきた。通常モードに戻り、今日からやっと8月が始まるような気がする。彼らはうまく切り替わってくれたのだろうか。きょうは、外部との接触は午前一件、午後一件。車で90キロ位を走破。大したことのない数字に見えるが、都内の街中の道なので、トータル7時間ぐらい乗っていた勘定になる。合間に、1時間打合せ(事務所)、1時間打合せ(役所)、1時間打合せ(事務所)、1時間昼寝、1時間打合せ(顧客)というような調子で、振返ると運転している方が、時間が長かった。(朝一番で、デスクワークがあるが)今日は、移動の時間が長かったので、いろいろ考え事ができた。勿論、仕事中心に考えているのだが、この間に、おにぎりをかじったり、電話で連絡を取り合ったり(一応車を止めている)、自分だけの空間として時間を使っている。だが、AMラジオだけは、いつもつけている。原則的にFMは聞かないことにしている。内容が、音楽中心で、気持ちも、神経が緩むような気がして、運転に適さないような気がする。もっとも、仕事のことに考えを集中したい時は、必ずラジオは消している場合の方が多い。これが、電車の移動だといろんな誘惑がある。立っていれば、ニューズウィーク日本語版か夕刊フジか中刷り広告を読み、座れれば心地よすぎて寝てしまう事が多い。プライベートな空間ではないので、考え事もあまり浮かばない。好きな時に電話もできない。勿論、車の移動は、自分で運転している。その分神経も使う。だけど、この適度な緊張と独りの空間が、いろんな考えをまとめるのに適している。独り言もやたら多くなる。鼻歌を歌っている時もある。(ちなみに今日は、荒木一郎「いとしのマックス」)人格が変わっているかもしれない。乱暴な運転をする奴に必ず、眼を飛ばしている自分がいる。夜、8時に車を降りた時には、軽い乗り物酔い状態になる。 ランララッラン ランララッラン ランララッランラン ァゴー!
August 18, 2003
今日、ブッ○オフで買ってきた不確実性の時代(ジョンKガルブレイス)を買って読んでいた。1978年に出版されたこの本は、もともと、BBCのテレビ番組のために作成され、その監修をしていたガルブレイスが、本にまとめ上げたものである。経済活動等に於いて、以前は通用してきた決め事がその後波状してしまう実例を17世紀末ぐらいから、1960年代のアメリカまでを追って記述してる本である。ガルブレイス(経済学者)の凄いところは、現状分析の鋭さであり、状況は時々刻々と変わっていくことが前提で問題に取り組まなければならないという哲学を感じる。日本の官僚は、前と同じ事をやろうとする。同じ予算を付けようとする。当然、予算は硬直化し、既得権益を生み、新しい問題に対応できない。今日テレビに田中康雄長野県知事が出ていた。相変わらずキモイ。テレビの演出かどうか解らないが、管直人、小沢一郎の現状打破という一点だけで肩を持っていた(康雄ちゃんは官僚中央集権打破、オザカンは自民党打破、強引なような気もするが)。なんか、具体的な論点について、状況分析が甘く、一方通行の方策ばかりをお洒落にデフォルメしているところが、危ないとおもった。話は、この本自体のことについて。ブック○フで、100円で購入。この手の何時読んでも色あせない本は、従来の古本屋であれば、小汚くても700円からはするであろう。ところが、ブック○フは出版年限、自社での買い戻しの回数によって値段が決まる見たいで、専門的な古本は、たまにあれば買うようにしている。しかも、結構クリーニングがしっかりしている。100円でのコストパフォーマンスは大きいが、女性に言わせれば、小汚い本は御願いだから早く捨ててくれという事になる。
August 17, 2003
今週ずっと気がかりな事があった。一週間以上まえに、重たい相談があり、今日はなぜか、他人の家の家族会議に私も参加していた。詳しい内容は、P~~~~。多分、そこそこいい雰囲気で終わったので一安心。40代になると、親の世代の扶養問題、お子達の教育問題とまさにその中間、中年であることを嫌でも自覚させられる。若いとき、バリバリ活躍していた人が自然と老いていき、いつの間にか自分達が前に押し出されていることに気づかされる。最近は、少し上の団塊の世代と呼ばれる人たちも少しずつパワーを失いかけているような気もする。昔は解らなかったが、働き盛りとは、重い荷物を背負って先頭に立つこととはじめて理解できる。酒飲みながらおバカをやっている自分が、若いときのバカさ加減と意味合いがすこし違うのでは、と自覚し始める。このHPでも同世代の人が結構いて、だいぶ救われている自分に気がつく。(もっとも、若い人はこんなHP寄り付きもしないが)とにかく、今日は少し気が楽になって、酒の酔いが心地いい週末を迎えられた。明日は、四国より来客あり、これも亦、楽しみ。来週からは夏休みも終わり、何とか反町君や藤原君と面つき合わす前にリフレッシュできそうである。
August 16, 2003
どうも、鈍くさい私の性格上、このHPのメンテナンスだけでも、時間が掛かってしまう。(写真も、音も何もない活字だけのぱっとしないHPなのだが。)ネタや興味は尽きないのだが、書こうとすると陳腐になる。日記のオムニバスさが、主に、重荷になり(スランプじゃ)、ひとの日記を読むと益々書けなくなってしまう。今日、ラジオでタレントの清水国明が朝パソコンをいじっていると言っていたが、私の場合も朝が(5時6時)一番向いているかもしれない。ここは、先ず原点に返り、何のため日記を書いているのか立ち返るべきである。(なかなか、真面目なツッコミでよろしい。♪)きょうは、朝から雨で、午前中は客先の保育園で書類の作成。お盆で園児が一人しかいなく、いつもの喧騒からは程遠く、ノンビリした滑り出しであった。午後2時、オヤジの新盆で実家に線香を上げに立ち寄り、叔母や従姉妹に挨拶。すでに、坊さんは帰り、遅刻した私は叔母や従姉妹を送り出した後、兄貴に攻められる前に早々に実家を後にした。その後、都内の役所まで、書類を取りに行き、再び実家に戻り、お袋と雑談をして、7時前には帰宅した。日記を書くに当りいろんなパターンを試した。内輪ネタ、時事ネタ、回想ネタ、批評ネタ、詩を詠んでみたりもした(下手くそだった)。その内、あることに気がついた。自分をどんどん露出していく分、自分の成長の肥やしには、なっているのだろうか。まあ、継続していけば、そのうちスタイルが固まってくるかもしれない。目に焼き付けた事や頭の中で思ったことを表現してみて。ほかの人の反応を見て。修正すべきところを修正して。この繰り返しで何とか進歩があるのか、それともループのように同じところを行ったりきたりするのかわからない。と、わからないままに、今日も日記を閉じてしまうのでした。(これでいいのか?いいのだ!)
August 15, 2003
お盆休みに入って、初めての完全なオフの日だった。電話もなったのは、携帯のみで飲み会のお誘いだけだった。先日の飲み屋さんに午後4時から集まることになっていたみたいで、すっかり忘れていた。正確には、お誘いではなく、遅刻者に対する告知電話で、3,4回目ぐらいでやっと私も出たみたいである。(4時40分ぐらいである)そういえば、ここの掲示板で蝉丸さんに対して、14日真昼に決闘じゃと自ら書いているではないか。あれは、この飲み会のことを指していたんだと、自らのアホさ加減に先ず乾杯。(おいおい、乾杯するなよ)5時近く、店に顔を出す。今日は、看板を出さずに秘密結社の会合のようであった。メンバーは、蝉丸さん、ブラッドピッド、マスター、ママで、後からジュリアロバーツも参加していた。(いつもくだらない仮名で御免なさい)例によって私は酒の肴の対象になっていた。特に、この日記をマスターを除いては読んでるみたいで、「お前の休肝日は、信用できない。」とか冒頭からいじられていたいた。(確かに深酒をしなかった日も休肝日と言うのかもしれない)みんなは、一通り私というおもちゃに飽きると、次の話題を肴に今度は飲み始めた。私は、お役目を終えたので、席を一番端に移し、ウィスキーのロックを飲み始めた。(なぜか、お役目の後の一杯はうまい)そのうち、歌が始まり、後はカラオケタイムに突入していった。と、今日は日記に書いておこう。
August 14, 2003
たまたま、フランス革命のクイズをNHKでやっていた。クイズは、あまり面白くなかったが、フランス革命をモチーフにした映画で、前から気になっていた映画があったことを思い出し、ネットで検索してみた。もう20年以上前、テレビの深夜映画で1回見たことあるコメディーである。題名も忘れ、出演者もジーンワイルダー位しか思い出せなかったが、検索できた。(ネットは実に便利である)かなり凝った脚本とスピーディーなドタバタぶりは、多分、今見ても腹が痛くなるぐらい笑えると思う。冒頭のシーンが確か病院で、同日同時刻に貴族の家と農家の家に各々双子が誕生したのだが、医者がどのペアがどちらの家の双子かわからなくなってしまい、ごまかして双子を一人ずつシャッフルして親元に帰してしまうところから物語が始まる。やがて2組は成長し、一組は貴族側(ジーンワイルダーとドナルドサザーランド)、もう一組は革命派(ジーンワイルダーとドナルドサザーランド)でフランス革命に巻き込まれていく様をコメディーにしている。確か最後は、ナレーションで出演しているオーソンウェルズまで、鉄火面に・・・・・。シュールというか奇想天外な結末であったように記憶している。その医者がなんともインチキ臭く、確かマーティーフェルドマンのような気がしていたので、私は今まで、メルブルックスの映画だとばかり思っていた。(実際に配役にフェルドマンはいないので、勘違いかもしれない)ところが、監督はバッド・ヨーキンであった。(ナイスガイニューヨーク1963、クルーゾー警部1968、おかしなおかしな大泥棒1973等) ただ、20年以上探していたものが見つかって胸の支えが取れた。ビデオは出たことがあるみたいなのだが、レンタルビデオになさそうである。検索した、ネット資料では、製作年も1971、1970、1969とばらばらで、マイナーな忘れ去られた映画であることを物語っていた。題名は「Start the Revolution without me」なのか「Two Times Two」かもしれない(やはりまちまち)。邦題だけが「004/アタック作戦」と一致していた。今日は、休肝日。
August 13, 2003
今日も、今日とてお日様高く強い光でみんなを焦がす昨夜も昨夜でお酒を召して強いお酒で胃を焦がす朝は、朝でも世間は休みぼぉーとしてたら、トースト焦がす昼は昼とて、お昼のニュース陰湿事件に胸焦がす晩は、晩、バン暗くなり難しい仕事 脳みそ焦がす深夜は深夜で、お酒のお誘いいそいそ、御主人お出かけかAP通信ロンドン11日報より飲んべえに朗報をもたらしたのは、英スコットランドのスターリング大学の研究グループ。1958年生まれ(45歳)の英国人男女1万7000人を対象に調べたところ、酒を適度に飲む人の年収の平均は1万3780ポンド(約261万8200円)。全く飲まない人より約2000ポンド(約38万円)、17%多いことがわかった。 ヘビードリンカー(定義はビール大ジョッキ週当たり男性25杯、女性17・5杯以上)でも、全く飲まない人より収入が5%多かった。英PA通信などは「仕事の後で仲間と1杯やる人は飲まない人より昇進が早い」と、酒の“副作用”を挙げている。
August 12, 2003
昨日は、いつものごとく、良く行く店の常連と飲んでしまった。蝉丸さん、印刷屋の兄貴、お店のママ、マスター、私と飲んでいた。バカ騒ぎをしただろうが、実は何があったのか良く憶えていない。ウサギの耳を付けた恥ずかしい写真だけが、携帯のカメラに残っている。店を無理やり開けてもらい、適当に騒いで帰ってきたのだろう。店の人に、感謝である。とくに、ママは昼、メールで体調不良を訴えていたので申し訳ないことをした。本当は、うちの反町君(仮名)と藤原君(仮名)との暑気払いを予定していたが、なぜか藤原君は病欠、反町君もさすがに差しで飲むのは恐れをなしたのか、急用ができたという事で、定時に退社。もしかして、これって嫌われてるってこと・・・・・・・・起きたら、朝7時、きのうは日記を書く前に飲みに行ってしまったので、今書いている。どうも、昨日の夜、頭の中をアルコール消毒してしまったせいか、スコンとカラッポになってしまった。今日(12日)から、職場は夏休み。私は何時も適当にサボっているせいか、12,13,15,16と一件ずつ顧客周りをしなければならない。これって、9月に入って夏休みの宿題をやっているような感覚である。ただ、反町君と藤原君が、水難事故や山岳事故にあわずに無事に18日顔を出してくれる事を祈る。
August 11, 2003
昨日は、台風で家に籠もっていた。決して本の虫ではないが、時間が有り余るとハードなものに手を出したくなる。きのうは、「バリュエーション」という題名の企業価値の測定の本(マッキンゼーアンドカンパニー作成、ダイアモンド社刊)を読んでいた。内容は、企業財務を中心に、企業価値をいろんな観点から測定し、株主重視の企業指標を経営戦略に盛り込んでいこう。という主旨の基、テクニカルな経営分析の指標と実例を列挙した本であった。訳者は、マッキンゼーの日本の社員達であった。米国のMBAや東大を出た後、コンサルタント会社に入り、実務も泥臭い仕事も経験した事ないような鼻持ちならないお兄ちゃんやお姉ちゃん風の経歴であった。といっても、同じマッキンゼー社員だった斉藤嘉則著「問題解決のプロフェッショナル-思考と技術」は、いろんなインスピレーションが湧いて面白かった。今の世の中、情報が氾濫してHow to本がやたら多い。勿論目的意識を持たないとこんな類の本は、読むべきでないし、自分の感覚とずれていると単調で陳腐なものとなる。(多分この日記も陳腐であろう。)著者や訳者にだって責任がある、こいつらどこまで熱くなって仕事に取り組んでいるのかと。また、平易な言葉で書かれている、「解りやすい××」とか「一時間でわかる××」といような受験生の参考書のような本は、実務では屁の役にも立たないことが多い。20代のころは、何事も勉強と思うのだが、だんだん、頭が固くなってきた証拠かもしれない。仮にミスリード(誤誘導)されるなら、なるべく自分のイメージが広がったり、自分の考えが固まるものの方がおもしろいかも。単純につまらないと感じるのは、興味が薄いからである。前者の本は、4800円(税抜き)で購入し、半年ぐらいほったらかしていたので、義務感から読んでしまった。読むといってもスキミングに近い状態である。もともと、専門書に面白みを求めるのは、小説と違いイメージが膨らまないので、そこで想像力を豊かに読めるのは、よっぽどフェチかもしれない。いい例が、カタログマニアで、その商品を食い入るように見て、売れているのか、製品性能はどうか、オトク感はどうか、いろいろ想像してしまう。ということで、今日は台風一過の晴れ、酒屋と本屋のウィンドウショッピングをしてこよう。自転車でね。(午前十時)今日は、本屋はブックオフとtutaya、酒屋は橋本屋(埼玉県のマイナーなチェーン店)を徘徊。Book of ではチコシリーズの探偵ものを3冊(古い)。つたやでは、マイケルJフォックスの自伝ラッキーマン。橋本屋ではバルベーラ ダスティー(イタリアのアスティー村、葡萄はバルベーラ)と大好物の風見のしみせん(茨城県猿島郡のせんべい屋)を購入。炎天下で、熱く、途中、知り合いの自転車屋によって、ドリンク剤を差し入れしたり、スポーツドリンクを飲みながら、所々で休憩し、弁当屋ではプルコギ丼を買って、こじっかり木陰のベンチで昼食して帰ってきた。(午後2時)汗はボタボタ、タオルはぐっしょり、帽子は塩を吹いていた。でも気持ちがいい運動になった。普段、車で回るより、行動半径は小さいが、時間を贅沢に使い得した気分になった。一風呂浴び、ちょっと昼寝をし、ビールを片手にパソコンをチェック。(午後5時)夏休みモードを取り戻しつつある。
August 10, 2003
たまに、顧問先の事務の女の子と昼飯を食う事がある。そちらに11時半ぐらいに到着するねと電話を掛けると「お昼は、どうしますか、買っておきましょうか?」と返ってくる。 お弁当を買ってきてもらうと(勿論自分の分しか払わないが)なぜか、何時も一緒に食べる事になる。 まあ、私も半分そこの社員みたいに振舞っているのだが。まえは、もっと大勢女子事務職員がいて、その中に混じり私もワイワイ食べていたし、その社員さんたちとも、比較的年齢が近かったと思う。ところが、女性職員が若返り、男性職員入ってきて人が入れ替わっている。その名残で、今は20そこそこの女の子と飯を食っている。(男性職員は一緒に食べてないのだが)変わった光景である。一応、なんか話さなければと思い。但し、セクハラにならないようにと思い。実は、内心どきどきものである。話を生真面目に相手の顔をみて、良く聞いてくれる子なので、変な影響を与えてはいけないと必死である。一見、今風のメイクに結構大胆な服装、付け爪をしていることが多いその子は、容姿もそこそこ。多分、男性にはもてるだろう。まえは、そこの会社の女子を5,6人引き連れて夕方から飯を食いに行った事もあったが・・・・・。マメさがなくなり、じじ臭くなったのか、それとも年を重ねるごとにおくてになったのか、世間を気にするようになったのか、分をわきまえる様になったのか、解らない。こんな感覚で間違いが起こらないことは、間違いない。
August 9, 2003
普段、物事を解ったように達観する癖がある私にとって、人から相談を受けることが、度々ある。どう考えても、ちゃらんぽらんな人間に相談をする方が間違っているのだが・・・・。人が、良さそうに見えるのだろうか?勿論、相手は悩んでいるわけだし、少しでもよい解決方法を模索する。しかし、所詮、悲観しすぎるのも如何なものであるが、自分中心に都合よく考えている場合が結構多い。窮地に立ったときの自己中的な考えは、実に可能性が薄いことばかりとらわれていることが多い。もしくは、自分の嫌な部分や不利な部分を隠しているか、目を向けていない。だからといって、引っかかることがあったとしても、そこをこちらからほじると相談者との信頼関係は終わりである。先のことはわからない、やれる事だけやって、運を天に任せるしかない。そのやれる事は何かを、一緒に考えてあげることぐらいが私の役割である。本来、私のような若造は、力もなく経験則も少なく、意見を言う資格もないのだが、相談される。本音は、そんな疲れることやりたくない。お金にもならないし。相談を受けること自体、受身で偶発的で、私自身望んでいることではないし。でも、断らない自分が情けなく思うのである。今日は、朝から重たい相談を受けた。と、話は置いといて、今日は何を飲もうか考えるのであった。追伸、今日は、近くのセブンイレブンで買ってきたメルシャンのウィスキー、「軽井沢」を飲んでいる。日本のモルトウィスキーも今開発ブーム(一部の人間のマイブームかも)で、山崎、余市等各メーカー必死である。多分、一般的にはメルシャンがウィスキーを出しているのを知らない人が多いが、じつは、日本のシングルモルトでは先駆け的存在である。サントリーやニッカはかっこつけて、少っちでもスコッチを真似ようとウィスキー作りをしているが、メルシャンは実に素直にジャパニーズウィスキーを作っていると思う。モルトウィスキーの良さは、その土地の息吹が樽を通して酒に凍み込み、口に広げた時にその情景が浮かぶところにある。日本のウィスキーなんだから無理してピーティーに仕上げる必要もないし、変に香り付けをする必要もない。通ぶらない、素直に酒を造るイメージがメルシャンにはあると思う。テーブルワインもいいブレンドをしてると思うし、チュウハイも結構いいものを出してると思う。もうひとつ、オールラウンドプレーヤーのメーカーとして、欠かせないのが宝酒造である。昔からの定番は、赤いキャップの寶焼酎であるが。実は、日本酒では松竹梅を出しているし、スコットランドのウィスキー醸造所を日本のメーカーで初めて買い取ったのも宝酒造である。常に大衆に何が受けるかを模索しているメーカーである。この2メーカーに注目しているところなんか、今の日本人の感覚から取り残されている自分の感覚を感じてしまうのでした。
August 8, 2003
こういう題名の日記は、カミングアウト的で、公開日記には適さないかもしれない。だから、抑え目に書こう!夏本番になってきて、いよいよ台風の近づき、なぜか血が騒ぐ、今日この頃。滝のように、流れる汗をどうしようか、近年まれに悩んでいる今年である。きょうは、都内板橋区の某顧問先にいった。実は、この顧問先、池袋の駅から徒歩15分にある。(行きの歩きだけでかなり、頭の中の温度がヒートアップしている)今日の目的は、集金と委任状に判子をもらった後の書類の取得にある。都税事務所まで顧問先の自転車を借りて書類を取りに行くことになった。貸してもらった自転車、なんと20インチのタイヤ(かなり小さいタイヤ)、サドルがビヨーンと高く設定してあり、ハンドルもチョッパー!事務の女の子はニコッと微笑みながら、”社長愛用の自転車です”と貸してくれた。(いい年こいてこんな自転車のるんじゃねぇ、でも一応サスペンションいいじゃねぇか)黒い手持ち鞄に黄色いビニール紐を無理やり付けて肩からタスキがけにし、約10分登りの道を何とか板橋都税事務所まで到着。この時点から、汗が止まらない。11時ちょっと前であった。申請書類の紙に、汗がだらだら落ちてくる。申請紙が汗でふやけて、窓口の人間にいやな顔されながらも書類をゲット。帰りの下り道はなるべく漕がずに、炎天下を自転車を返しにいった。それからまた徒歩15分掛けて池袋の駅へ。今度は駅前の銀行に集金した小切手を預けに行った。(一応健康のため、歩きながら、ペットボトルのスポーツドリンクは飲んでいる)汗はますます止まらない。すでに、今日二本目のフェースタオルを使っている。この銀行の待合の時間、ここ数年いつも気になることがある。若い頃と汗の匂いが違う。なんとなく、納豆菌の臭いがする。(詳しい解説は避ける)これが、加齢臭、別名オヤジ臭であろうか?この臭いがし始めると、汗が引き、衣類が乾いても、臭いは何となく残る。昔は、汗が引き、衣類も乾くともっと無臭に近かった。しかし、汗は引かない。したがって、昼飯は抜いている。次の訪問先は恵比寿。結局、恵比寿の冷房の効いた顧問先で打ち合わせをしてから、一時間半後の午後2時半、ようやく汗は引いてきた。タオルはすでに3本目がぐっしょり濡れていた。感想は、何をか、いわんや。解決法は、色々あるかと思うが、マメさのない私にとって、面倒くさい。若い男女を始め、世間に迷惑をかけているかと思うと反省の夏である。デリカシーのない日記である。(^◇^;アセアセ
August 7, 2003
きのうは、ご酒を召しすぎてしまった。ここのHPにも良く来る蝉丸さんと2時過ぎまで飲んで帰ってきた。なんか、店のママも壊れていた。蝉丸も、ママも私と同い年なのだが、飲む飲む飲む、歌う歌う歌うを繰り返すうち、みんな頭のネジがボロボロとこぼれ落ちていった。マスターだけは冷静に、店の水槽の金魚が一匹いなくなったのをいぶかしげに眺めていた。普段は、5時ごろ目が覚めるのだが、さすがに寝たのが3時過ぎで、起きたら8時であった。何とか身支度し、仕事に就いた。ただ熟睡できたからか、爽快感がある。午前中は、仕事を指示し、ベンチウォーマーに徹していた。申し訳ないが、気分がいい。今日は、相変わらず、うす曇で蒸し暑い。ただ、今までと違い、きのうの雷雨で体が完全に夏モードに切り替わったような気がする。(別に、落雷の直撃を受けたわけではないのだが)急に体が軽くなったような気がする。きのうのバカ騒ぎも、完全な気分転換になっている。不思議と二日酔いもない。午後から、顧客先の社長と打ち合わせが一件入っているが、なんとなくうまくいきそうな気がする。では、いってきます。私の報告に対して、顧客もまずまずの反応、仕事も早々(4時半)に終了(暇じゃ!)。暇があると、酒屋に直行、酒屋の棚を見ながら、目に付いた酒の味を想像。今日は何を飲もうか、自分も胃と相談しながら考える。きのうは、飲みすぎ。反省しながらも、家で軽めのワインを飲むことに決定。そういえば、冷蔵庫にフランスワインのコート デュ ローヌの飲み残しがあったのを思い出した。2000円で3本のうちの一本で、他にオーストラリアのジェイコブズクリークの白、イタリアのバルポリチェッラのクラシコスペリオーレは、後から開けてすぐ空になった。古典的な葡萄を使う、いい赤ワインであるが、なぜか残ってしまった。もう今日飲まないと味が劣化する限界かもしれない。何にもまして、残したら作り手に失礼である。という事で、それを飲んだら、次はブルガリアの黒海沿岸の白ワイン(560円だったと思うが期待の一品)を空けよう、その次が定番のウィスキーソーダに移行しよう・・・・・何が軽めじゃい!
August 6, 2003
きのうのニュースの中で、新潟の女子高生2人がホテルの一室で、七輪で焼き鳥を焼こうとしてボヤ騒ぎがあったそうである。鳥の油で炎があがり、怖くなって水をかけたところ、炭から出た煙で騒然となり、50人が非難、幸いけが人はなかった。不謹慎ではあるが、なぜか思わずニヤリ。かく言う私も、高校時代、教会の礼拝堂にあるストーブの上でよくもちを焼いて食っていた。誰にもばれなかったが、恐らくチャプレン(牧師)は時々磯辺もちの醤油臭い礼拝堂を苦々しくおもっていた事であろう。この年頃、なぜか非常識なアイデアがいっぱい湧いてくる。憧れがあるなら別だが、人と同じことをすることがやけに陳腐に感じる。決して褒められた行為では、ないことに魅力を感じる。その中から出てくるとっぴな発想自体、わたしは意外と好きである。ニュースのコメントも、概ねこの子たちには好意的であったのは、みんな同じような感覚を持っているからだろう。面白いけど、良い子はマネしないようにね。それから、夏休みのお子の目に付くいけないからもう一言。人に迷惑掛けるのはよくないぞ!
August 5, 2003
きのうのテレビで、アメリカのキューバ危機をモチーフにした映画をやっていた。ホワイトハウスの13日間の葛藤が見事に描かれていた。若いジョンFケネディーを中心にしたスタッフと老獪な国防総省の軍幹部との駆け引きが旨く演出されていた。わたしは、いつも、この日記ではアメリカのことを良く言っていないが、この共和制なる大統領を中心としたシステムは、突発的な事物の対応には優れているし、そのシステムをうまく民主的に選挙で入れ替えているアメリカ国民の良識にも、大したものだと改めて感心した。日本人は、多分真似できない感覚がそこにあるのかもしれない。日本人が考える政治の民主主義は、全員一致か、多数決で判断する。一方、アメリカは、歴然とエリート主義(一部の優れた頭領が物事を判断し、政治を行う)が前面にでて、一定の期間に結果を出せなかったら、民衆が選挙で審判を下している。嫌な奴でも、意見を聞き、冷静に、且即座に判断を下していくJFKを中心としたスタッフが、実にかっこ良かった。日本人では、一部のエリートに国を全部任せるという感覚は到底ないだろう。(時代が変わるとわからないけど)ただ、いまはアメリカもブッシュ君が大統領だし、あまりエリート主義を求めてないのかも。
August 4, 2003
きのう“酒のやまや”で、ウィスキーを買ってきてた。ここでは、何時もバランタインファイネストを買ってくる。常時一本1000円で売っている。ちなみに他の店は安くて1300円、通常は1500円以上の店が当たり前である。ワインに関しては、入手経路、コンディション等取り扱う店の信用等大事な選択肢になると思うし、まさにオープン価格が成り立つ世界である。スコッチウィスキーに関しては、特にブレンドウィスキーは、殆ど工業製品感覚で、むしろパソコン等の家電製品以上にあたりはずれがない。ファイネストを常飲してるわたしにとって、この価格はありがたい限りである。何で、こんな価格差が出るのか、不思議であった。ちょっと前まで(10年ぐらい前、人によってはだいぶ昔!)は、アメリカの並行輸入ものが安かった。なぜか、アメリカで売っている製品は、欧州製品でも、日本製品でもアメリカで買う方が安かったように、記憶している。だから、アメリカのメーカーはダンピングだといい、他国は販売量が多いところに安くするのは、販売戦略上当然だと言っていた。しかし、今年初め、アメリカの”コスコ”というスーパーで、ドンペリの白を買ってきた。78ドルであった。(残念ながら、お土産用で飲んでいない)。しかし日本に帰ってきて驚いたのは、同じヴィンテージが近くの”酒市場やまだ”(量販店)でほぼ同じ値段の8800円で売られており、苦労して持って帰ってきた意味がないことに気がついた。それでも、5、6年前までは、コスコではドンペリの白が、勿論ヴィンテージは違うが60ドルだった時期もあった。(シャンパンのヴィンティージとなると私にはあまり解らないが・・・モエ・エ・シャンドンで十分旨いのに)日本の物流が発達し、物価が安くなったのか、アメリカに他国メーカーが安く売らなくなったのか解らない。ドル中心の物流経済が世界的に変わってきたのかもしれない。その分、バリエーションや選択肢もひろがって、いいものか、悪いものか値段で判断しづらくなっている。消費者の選ぶ労力も大変なものとなる。事、酒に限れば楽しいのだが。それにしても、バランタインファイネストの千円は、アメリカにお土産で持っていってやりたいくらいである。なぜ、やすいのかなぁ。ブレンドウウィスキー人気がないからなのかなぁ。人の手間をかけながら、均一化した味を仕上げる巧みの技がウィスキーには入っているのになぁ。バランタインファイネスト、ペリエ(なぜか、この炭酸水と合う)、ロックアイス(ニチレイのものをお勧め)。この3つがあれば、つまみは本で十分。ペリエ(750㍉)が1本空く頃、バランタインは3分の1が無くなっている。これがわたしの定番となっている。
August 3, 2003
きのう、銀行の待合の合間、週刊文春を読んでいた。小林信彦の“人生は51から”というコラムで、「アメリカの映画界はもうネタギレしたのではないか。プロット(筋書き)がもう考えられず、CG、○○2、もしくはリメイク版が多くなっているのは、その傾向の表れだ。映画は20世紀で終わった」とまで、言っていた。きのうの晩、飲み屋で、数学の先生と不動産屋さんとママと私で雑談している時に(酒飲みながらでの雑談は当たり前なのだが)、同じような映画の話が出た。話は更に展開し、この町には昔何処に映画館があったとか、中学校の時のスポ根話とか、お互いに自分の原風景の話をして盛り上がっていた。懐古趣味で単に話をしているのか、時代のスピードについていけないのか、解らない。ただ、よく若い人にも新鮮だとかいって、自分たちの原風景を無理やり押し付けるのはよくないことをわきまえている人達ばかりであった。逆に無理やり若者の心理分析をするような大人にもなりたくない。今の世の中は、大人も子供も余りに情報が多すぎるのかもしれない。だから、スローなものを求めるのかもしれない。人間万事塞翁が馬というようには、なかなか行かないようである。さて、これから、仕事いってこよう。(スローすぎるってか!)
August 2, 2003
明け方近くに雨が降ったが、今日は結構日差しがあり、蒸し暑かった。午前中は事務所での仕事を終え、昼休み、反町君も藤原君もいなかったので、飯も食わずに、このHPのプロフィールを密かに更新した。午後は、反町君の運転で、顧客を2軒ほどまわってきた。クーラーが利く場所で仕事をしているのをいいことに、水分をやたら、摂取したかのかも知れない。午後5時、反町君はこのまま直帰するという事で、私は顧客の事務所から車で10分ほどの最寄り駅で降ろしてもらった。そこで、今まで居た事務所に携帯電話を忘れた事に気がついた。タクシーを乗るには中途半端な距離、西日の差す中30分かけてトボトボ引き返していった。結構、書類の入った荷物は重く、湿気と汗でヨレヨレになりながら到着。携帯を貰いうけ、ここで妥協してタクシーを呼ぶのももったいないと思い、来た道をまた徒歩で最寄り駅に。梅雨は明けたのだろうか。電車を乗り継いで、今日3軒めの顧客の所へ書類を受取りに行った。迂闊にも、胸ポケットに差したペンにキャップがなく、ワイシャツにインクのシミで地図が描かれていた。いっそのこと、夕立でも来て欲しかった。なぜかストイックになっていた。そういえば、朝からなにも食べていない。8月に入ったらしく、夜7時にはあたりは暗くなっていた。繁華街では、床机を露天にだし、みなビールを旨そうに飲み、焼き鳥の煙が漂っている。もう我慢できなかった、バスを使わず、迷わずタクシーを使い帰宅。蒸し暑い一日だった。
August 1, 2003
全31件 (31件中 1-31件目)
1