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捻…ネン壬生寺 眉村卓はショートショートでデビューしたSF作家です。TVドラマになった「謎の転校生」も面白かったですが、「名残の雪」は、ドラマになった「幕末未来人」の原作です。守衛の伊藤さんが亡くなった。 三十七,八歳のがっしりした守衛の伊藤さんは、僕と同期で入ったことから、言葉を交わし、本を貸してあげるような仲でした。編集長に殴り込みに来た男たちに立ちはだかって、殉職したのです。 ぼくは、伊藤さんの持ち物を届けたついでに、未亡人から伊藤さんの手記を見せられます。日記?創作? 伊藤さんは、友人と二人、江戸時代に飛ばされ、新撰組に出会ったという記述をしていました。 単純なタイムトラベル譚ではなく一捻りきいた話になっています。僕と伊藤さんの日本に対する思いの違いも面白いと思いました。生きてきた世界の違いでしょう。雪は後から降ってくる…三月に降る名残の雪にしては、ひどく賑やかな感じだった。 1月に逝去された眉村氏のご冥福をお祈りいたします。氏の残された心は、私たちに名残の雪のように積もります。 引用および参照元:日本SF作家クラブ・編『日本SF短編50 Ⅱ』早川書房 から 眉村卓『名残の雪』
February 29, 2020
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沈丁の葉ごもる花も濡れし雨 水原秋櫻子沈丁にはげしく降りて降りたりぬ 中村汀女沈丁花夢につゞきのなかりけり 鈴木真砂女 沈丁花は中国原産で、室町時代頃には日本でも栽培されていたようです。雌株・雄株の別がありますが、日本にあるのはほとんど雄株だそうです。従って実を目にすることもありませんが、実は有毒です。花の煎じ汁は、歯痛や口内炎の民間薬として用いられてきました。 匂いにはっとして見ると、深い緑の葉に囲まれた十字形の花群が印象的です。
February 28, 2020
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功…コウ、いさお 恒例の6年生の卒業研究発表会で一組の生徒たちは「サボテンの超能力」を研究したいと言い出しました。担任は激怒しますが、権藤教頭は生徒たちのやりたいことをやらせてあげたいと考え、反対する教員・父母と攻防戦を繰り広げます。 研究発表会の日、一組の実験は大成功を収めました。しかし、生徒たちの本当の目的は…。 さすが、宮部みゆき、うまいなあ、読ませるなあ、という作品です。「僕たちはサボテンです。誰にも剪定されないから」と言う生徒に呼応して「私だってサボテンだ」と宣言する教頭先生に敬服。 引用および参照元:『明日からは殺人者 ミステリー傑作集26』 日本推理作家協会・編 講談社文庫から 宮部みゆき『サボテンの花』
February 27, 2020
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慌…コウ、あわ(てる)「心慌意乱」は、慌ててパニックになること。漢字を見れば意味は一目瞭然です。「狼狽」も、慌てふためき、うろたえることの意味ですが、これは文字からは想像できません。「狼」はもちろんオオカミです。「狽」は想像上の動物で、オオカミの一種だそうです。 唐代の書によると、「狽」は前肢が短く、単独では歩けないため、常に狼の上に乗って行動するといいます。狼がいなくなると動けなくなって慌てることから「狼狽」が、慌てふためくという意味になりました。 時代が下って明代の書によると、狼は後ろ肢が短く、狽は前肢が短いので、常に一緒にいることで動いていたそうです。二者が離れると動けなくなって慌てることから「狼狽」が慌てふためくの意味になりました。 「狼煙」にもオオカミが登場します。狼の糞が燃料として使われ、特にのろしを上げるときの燃料にぴったりだったため、「狼」の字が使われたものです。 参照元:阿辻哲次『故事成語 目からウロコの85話』東京青春出版社
February 26, 2020
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スーパーマーケット・スイーツの、桃のケーキです。200円台で手軽に買えるスイーツ。缶詰の白桃・黄桃をのせたクリームケーキといったところ。スポンジの量が少ないので、ペロリと食べられてしまいます。お茶はダージリンです。
February 25, 2020
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連城三紀彦の『ぼくを見つけて』は、「ぼく、今ユーカイされているみたいなので電話しました」という子供からの電話から始まります。 刑事が少年が告げた住所と電話番号を確かめると、確かに「ケンイチ」という少年がいましたが、自宅で友人と遊んでいるところでした。いたずら? 悲しいクライムの話です。大人の犯罪の犠牲になった「ケンイチ」も、「ケンイチ」を愛していた親たちも、悲しい。 参照元:日本推理作家協会・編『明日からは殺人者 ミステリー傑作集26』講談社文庫 から 連城三紀彦『ぼくを見つけて』
February 25, 2020
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ルピシアの「マロングラッセ」は、バニラの香りがする、マロングラッセをイメージした紅茶です。 マロンの粒が見えます。緑茶入りのためか、甘いだけではなく渋みも効いてバランスのいいお茶です。薄焼きクッキーは、「もえぎの」薄焼きクッキーにメレンゲを盛り、4種のナッツ味がついています。「ココナッツストロベリー」「カカオアーモンド」「グリーンティーミルク」「ピーナッツセサミ」とちょっと凝った仕上がりの味です。
February 24, 2020
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郊…コウ 「郊外」は市街地に隣接した地域で、都市圏には入るが、中心都市に含まれない場所ということです。どこまでが市街地で、どこから郊外になるのかは、基準や時代によって判断が分かれそうです。 例えばマンションの価格を基準に見ると、立川から先が「郊外」といえるそうです。以前は、武蔵小金井あたりは緑が多い「郊外」でしたが。 中国古代、城壁に囲まれた「邑(ゆう)」の中側で人々は生活していました。昼は門を出て、城外の田畑で農作業をしますが、日没までには城内に帰りました。門は日没と共に閉じられました。 従って、夜になると邑の外側は無人でした。邑から50里(約20㎞)離れたところが「近郊」百里離れたところが「遠郊」と呼ばれました。「郊外」はさらにその外側でした。 昔の「郊外」はベッドタウンではなかったんですね。 参照元:阿辻哲次『故事成語 目からウロコの85話』東京青春出版社
February 24, 2020
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抄…ショウ 旅券の取得のため必要になった戸籍抄本から、小桃は、死んだと聞かされていた父が生きていることを知ります。シングルマザーとして育ててくれた母親にかけ合って、小桃は一回だけ父に会うことになりました。 三浦哲郎の『じねんじょ』は、さりげない親子の心の交流が、やさしく温かい作品です。 記憶もない父に、いつのまにか普段着の心で接している小桃。気取らない父が持たせてくれたのが自然薯でした。 参照元:『短編集モザイク みちづれ』三浦哲郎 新潮社
February 23, 2020
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2月22日と23日は、横浜市港北区大倉山の観梅会です。今年で32回になるそうです。人出が多くなりそうなので、昨日一足先に梅を見てきました。去年も同じくらいの時期に見に来ましたが、今年の方が咲いている梅が多かったです。みごとな白梅の「玉牡丹」。「月影」。「古今集」。紅梅の方が少ないのですが、「紅千鳥」の色が鮮やかです。ほかに、「鹿児島紅」、「唐梅」(とうばい)、「玉簾」といった種がありました。三吉野は、薄紅色がやさしげ。白梅に紅梅も混じった「春日野」。「見驚」(けんきょう)。「宝鶏」(ほうけい)。一本の枝に薄紅・紅・白の花をつける「思いのまま」まだ咲きかけでわかりにくいのですが。「緑萼梅」は緑の萼が特徴です。上海市から贈られたそうです。「無類絞り」は一つの花に桃色と白が交じっています。 今日もお天気がよく、見頃です。風があって花粉やウィルスが心配ですが。高校生による野点や子ども中心の和太鼓・ソーラン節などのステージ企画もあります。イベントが無事終わりますように。 *写真は2月21日の撮影です。
February 22, 2020
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謁…エツ 名刺の始まりは古代中国に遡ります。「刺」または「謁」と言われました。 紙が発明される以前は、木の札に自分の氏名や用向きを書き付け、面会の案内を請う物でした。面会を求めることを「刺を通ず」と言います。 東晋時代の墓からは、25.3㎝×3㎝の巨大な名刺が発見されています。この大きさだと名刺交換も保存も大変そうです。 参照元:阿辻哲次『故事成語 目からウロコの85話』東京青春出版社
February 22, 2020
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ビジターセンター入り口のヒメシャラ。紅梅がきれいに咲いていました。サンシュユ。やや地味な黄色い花です。出会いの広場の水仙。けやき広場付近の白梅もきれいです。湿性植物圓奥の梅園。残念ながら花はまばらです。白梅は元気でした。花期の長い椿と山茶花は長く楽しめます。 *写真は2月20日撮影です。
February 21, 2020
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軍…グン千軍万馬…経験豊かで、したたか。飽経風霜…世の中の苦労(風霜)を味わい尽くして、世渡りがうまいこと。海千山千…長い年月経験を積んで一筋縄ではいかないこと。また、そういう人。 ←海に千年、山に千年住んだ蛇は竜になるという言い伝えから。百戦錬磨…実践を積んで技術、経験を積んで、技術・才能を持っていること。 四字熟語もいろいろ。成立のもとは違っても、意味が似た言葉があるのも面白いところです。
February 21, 2020
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お花見にはまだ間がありますが、お菓子の世界では、早くも桜がちらほら咲き始めました。ばかうけの「桜と塩」チロルチョコ・さくらもち。お茶は、ルピシアの「アールグレイ・ヴェール」紅茶のアールグレイと同じく、ベルガモットの香りがついた緑茶です。和のポッキー、桜。大人の味です。かすかな塩味に、あるかないかの桜味。お茶はルイボスレモン。ルイボスティーにレモンの香りがついた、爽やかなお茶です。
February 21, 2020
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2月20日はアレルギーの日だそうです。 抗…コウ、あらが(う)ブタクサ(セイタカアワダチソウ) 昭和41年のこの日、免疫学者の石坂公成・照子夫妻が、ブタクサによる花粉症の研究から、アレルギーの原因となる免疫グロブリンEを発見し、発表しました。 抗原(外部から入ってくる異物)と排除する免疫反応は、生存に不可欠な機能ですが、それが過剰に働くのがアレルギーです。語源はギリシア語の「変わる」+「反応」。有益なはずの免疫反応が有害な反応に変わることを意味します。 私はスギ花粉くらいですんでいますが、重症になると命に関わる大変な病気です。アレルゲンの種類もどんどん増えていて、最近は洗剤や柔軟仕上げ剤の匂いや、レジンも重篤な症状に至ると聞きます。 「こんなもので?」「気のせいじゃない?」「慣れれば大丈夫」など、人を殺しかねない言葉は慎みたいものです。
February 20, 2020
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昨年亡くなられた和田誠氏は、イラストレーター、グラフィック・デザイナー、映画監督と多彩な分野で活躍されました。本の装丁も手がけられました。ご自身もショートショートを実作されています。 パーサーのお父さんからぼくがもらった小さな猿のもんきち。その成長をつづった日記風のショートショートは文句なく面白い作品です。最後の一言のパンチが強烈です。これぞショートショートという作品。 参照元:江坂遊・選『ショートショート傑作集 30の神品』扶桑社 から 和田誠『おさる日記』
February 19, 2020
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二か領用水沿いの河津桜が満開でした。満開を過ぎて、散りかけくらいでした。散った花の絨毯です。早咲きの桜も、ちらほらと咲いていました。木瓜と連翹もこれからです。 インフルエンザとコロナウィルスが怖くて、遠出を避けて近場の花を訪ねています。流行が早く収まることを願って。ニカッパ君は雛祭りバージョンですが、一人でちょっと寂しそう。 *写真は2月17日撮影です。
February 18, 2020
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裸…ラ、はだか落つる葉はみな落ち尽きぬ裸木をひようひようと渡る小夜更けの風その枝々寒芽をふふみ二月(きさらぎ)の風に揺れゐる木々重げなり 岡本かの子の歌集『歌日記』と『わが最終歌集』から。2月18日は岡本かの子忌です。 冬。そぎ落とすべき物はみな落とした裸木の姿は、凜として清々しく感じられます。ですが、一見殺伐とした冬の景にも、再生へ向かう生命力が内包されています。 引用元:『岡本かの子全集 第9巻』ちくま文庫
February 18, 2020
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幾…キ、いく 畿…キ 深水黎一郎の『完全犯罪あるいは善人の見えない牙』は、「はたして完全犯罪は可能か?」という問いから始まり、私は「幾つかの条件を完全に満たすことに成功すれば可能である。」という結論に達します。 熟考の上、私は理論を実行に移そうとしますが…。 人生、計画通りにはいかないものです。殺人なぞに努力するくらいなら、自分の新しい生活を切り開くのに力を尽くした方がいいということでしょう。 参照元:本格ミステリ作家クラブ・編『ミステリ☆オールスターズ』角川書店 から 深水黎一郎『完全犯罪あるいは善人の見えない牙』
February 17, 2020
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妹からもらったアレンジメント。菜の花にチューリップ、桜の組み合わせが、どこから見ても春のアレンジメントです。桜はまだ3分咲きくらいから徐々に満開になりました。さらに、最後はしっかり葉が出て、葉桜。その生命力に圧倒される二週間でした。一足も二足も早い花見をさせてもらいました。ありがとう!
February 16, 2020
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臼…うす 中国の魏の時代、楊修と曹娥の石碑に「黄絹幼婦 外孫セイ臼」とありました。「黄絹」=色糸で、いとへん+色→絶「幼婦」=少女で、おんなへん+少→妙「外孫」=女子で、おんなへん+子→好「セイ臼」=香辛料を挽く臼→香辛料は舌に辛い→舌+辛→辞四字を並べると「絶妙好辞」になります。「絶妙好辞」は、すばらしい文章や言葉の意味。二人が別々に碑の言葉を解釈して、答を合わせると同じになったという故事に因んで、「黄絹幼辞」は、判断の見事さ、または「絶妙」または、二人の判断が一致すること、という意味で使われます。
February 16, 2020
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秒…ビョウ 交差点で、乗用車同士の衝突事故が起こりました。どちらかの信号無視が疑われる事故でした。 一方の車の運転手は信号は青だったと証言し、もう一方の運転手が亡くなった車に同乗していた妹、奈緒も、兄が青信号を確認する発言をしてから車を進めたと証言します。 しかし、彼女は視覚障害者であり、信号を見ていないため、圧倒的に不利な状況でした。 奈緒はラジオでユーミンの「リフレインが叫んでる」の「照らしながら」の歌詞のところで事故に遭ったと証言します。 警察で実験したところ、歌詞のどこで何が起こっても後から答えられる奈緒の天才的な耳の力が証明され、証言は俄然信憑性を帯びてきます。 ここで終わらないのが、東野ミステリー。最後は、ちょっと背筋がぞわっとする物語です。 参照元:『明日からは殺人者 ミステリー傑作集26』日本推理作家協会・編 講談社文庫 から 東野圭吾『天使の耳』
February 15, 2020
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行きつけぬわが掌の野辺のはるかなる生命線の流域かすむ 2月14日は齋藤史の誕生日です。若山牧水と家族ぐるみのつき合いがあり、牧水の勧めで史氏は短歌を始めました。ちなみに父、齋藤瀏も佐佐木信綱門下の歌人でした。 東京生まれ。1945年以降は長野県松本市を拠点として活躍しました。 ダク、にご(る)、にご(す)安曇野濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土か夜明けか知らぬ暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた二・二六事件の時代の歌。齋藤史の父も反乱幇助の罪に問われ、禁錮5年の刑を受けました。青年将校たちと史氏も近しい関係でした。 「暴力」は将校たちを力で弾圧する政府、権力者の側の暴力なのでしょうか。暴力を「うつくし」と言い切る歌は鮮烈です。アイロニーとかなしみ。その世に生きる史氏は、子守歌を歌い続けます。子守歌は、次世代の人たちに平和を伝える言葉です。歴史とてわれらが読みしおほかたもつねに勝者の側の文字か肯けます。歴史は常に勝者の視点から書かれます。おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生はさりげなく交わす挨拶「またいつか」何時と知れざる時の彼方に晩年の「人生」の歌。身にしみます。 引用および参照元:『齋藤史歌文集』講談社文芸文庫
February 14, 2020
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日本で一番有名な俳句の筆頭に上げられるのが古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉でしょう。 今の私たちは、「古色蒼然とした池に蛙の飛び込む音が聞こえて、のどかな風情だ」くらいの感覚で、特に新鮮という感覚はありませんが、この句の発表当時は斬新な句でした。 蛙と言えば「鳴き声」を聞くもので、飛び込む水の音に耳を傾けることはありませんでした。あえて、取り上げたところが新鮮な句でした。 もっとも、実際に聞いたのではなく、創作であろうと言われます。柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 子規同様に子供でも知っている句の一つです。 明治28年、子規は松山の漱石の下宿に居候し、病後の日々を過ごした後、東京へ帰る途中でした。奈良に寄ったとき、この俳句の構想が浮かんだと言います。 それまで、柿は俗な果物で詩歌に取り上げられることもありませんでした。その俗な「柿」と、雅な古都、奈良の取り合わせが新鮮だったと、子規は言っています。 宿で出された柿を食べていると、東大寺の鐘の音が聞こえた、その時の経験が元になったそうです。法隆寺の茶店でひと休みして柿を食べていると…というのはフィクションで、法隆寺を訪れた日は雨だったそうです。
February 13, 2020
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呪…ジュ、のろ(う)「人を呪わば穴二つ」と言います。人の不幸を願えば、自分の身にも同じことが返ってくるという意味です。「呪いは自分に返ってくる」ということは、世界中で言われます。 「穴二つ」は、呪った相手と自分の墓穴のこと。相手を呪い殺そうとすれば、自分の命も落とすことになります。呪いとは、自分の命を削って相手を不幸にしようとすることです。 命をかけるくらいなら、ほかに道が開かれそうです。
February 12, 2020
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誇…コ、ほこ(る) 「意気揚々」といえば、自信に満ちて誇らしげな様子。例えば、初めてのおつかいが成功した子供の表情。「カレー用の肉」が「松阪牛」だったとしても、褒めてあげなければいけません。 意気込みが盛んな様子を表す言葉には「意気衝天」「意気軒昂」もあります。テンションが上がります。 対して、くじけて元気がない時の様子は「意気消沈」「意気阻喪」。「萎靡沈滞」などどいう語も。「失望落胆」 テンションが下がりっぱなしになるので、ここまでにします。
February 11, 2020
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仁…ジン、ニ 「仁義」は、元は儒教で道徳の基本となる「仁」と「義」のことでした。「仁義」で「人の行うべき道」です。 それが転じて「義理」の意味になり、香具師やヤクザ仲間の特殊な挨拶を「仁義を切る」と言うようになりました。「大道廃れて仁義あり」と言います。世の中の道理がすたれ、乱れた世の中になったからこそ「仁義」ということがクローズアップされるのだという意味です。「安宅正路」も、仁と義のこと。「安宅」は「身を置くのに安全な住居」で、「仁」のたとえです。「正路」は人の進むべき正しい道で、「義」のたとえです。
February 10, 2020
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「一心不乱」は、一つのことに集中する様子ですが、同じような意味の言葉に「衣帯不解」(=着替えもせず一つのことに集中する)「一意専心」(=ひたすら一つのことに打ち込む)があります。「無二無三」(=ひたすらに)「一意攻苦」(=苦心して勉強すること)←「功苦」は苦境と戦うことから転じて。「昼夜兼行」(=昼夜の別なく道を急ぐ→仕事を急ぐ) 集中力は大切ですが、「遮二無二」(=後先考えずがむしゃらに)になると、少し考えものです。「遮二」は「二つを遮る」で「一つのことに集中する」、「無二」は「二がない」で、「後も先もなく」の意味です。 ゆとりは大事ですね。
February 9, 2020
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千葉土産のスイートポテトタルトと、ポルボローネを冬の紅茶「ヤフー」と。スイートポテトタルトは、沖縄の紫芋タルトのようなお菓子。甘さは控えめでした。「リリエンベルグ」のポルボローネ。ポルボローネは、口の中でほろっと融けてしまうクッキー。スペインのお菓子です。ポルボローネ(ポルボロン)は、スペインのアンダルシア地方に伝わる「幸せを呼ぶ」お菓子です。「ポルボ」は「塵」の意味。口の中でほろほろっと融けて、塵のようになくなってしまうことから、この名になりました。二子玉川の「マヨルカ」のポルボロン。口の中で融けるまでに三回「ポルボロン」と唱えれば幸せになれるとか…。
February 9, 2020
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杯…ハイ、さかずき 盤…バン 杯を重ねると、つい気持ちが緩みがちですが、礼節は守って「杯盤狼藉」にならないようにしたいものです。水杯…二度と会えない別れに交わす杯。出陣前など。苦杯…苦い、辛い経験。「苦杯をなめる」と使う。賜杯…天皇・皇族が競技の優勝者に与える優勝杯。大相撲の千秋楽の大きな杯がそれ。 「杯中蛇影」という故事成語があります。友人の楽広の家でお酒を飲んだ杜宣は、盃の中に蛇が見えたことを気に病んで病気になってしまいました。ですが、後から楽広に、あれは壁に掛けた弓が盃の酒に映っただけだと聞き、病気は治ってしまいました。 このことから、「杯中蛇影」は「ひとたび疑うと、何でもないことまで疑われ、苦しむことになる」=「疑心暗鬼」の意味になりました。また、「病は気から」の意味にも使われます。
February 8, 2020
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花海棠…借金に対して弱いところを除けば、相当に頑丈にできている「頸(くび)」のことです。幸田文の『雀の手帖』から。丈夫には出来ているけれど、年齢が現れやすいところ、と耳の痛い言葉が続きます。 現代でもエイジング・ケアとやらでよく言われます。 次は「花のくび」です。安定感がある猪首の椿・桃・梅に対して、細長いがしっかりした「頸」を持つ桜。 海棠の花首のなまめかしさは類を見ない、と幸田氏の言葉です。鮮やかな色の花にひかれますが、花の首までしっかり観察したことはありませんでした。 今度じっくり見てみます。 引用および参照元:幸田文『雀の手帖』新潮文庫
February 7, 2020
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ゴティバクラブの誕生日プレゼントは、キューブチョコ5個入りでした。 ルピシアの「ヤウー」と。「ヤウー」は北海道限定茶。ミルクとヨーグルトの甘い香りがして、純白の金平糖とキラッと光るアラザン入りです。イメージは雪の結晶。 ストレートでも甘い味と香りのお茶です。
February 7, 2020
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「啖呵を切る」の「啖呵」は「痰火」で、激しい咳と共に出る痰のことです。喉の奥に絡まった痰が切れるとすっきりします。そのように、歯切れよくポンポンとまくしたてることを、「啖呵を切る」と言うようになりました。「切る」=「治る」の意味です。 「身銭を切る」は「自腹を切る」ことで、公や会社で払うべき、または共同で出すべきお金を、自分で払うことになります。この「切る」=「気前よくお金を払う」です。「札びらを切る」という言い方もあります。 「切る」には「磨く」の意味もあって「切磋琢磨」(=石や玉をみがくように、周囲と競いながら人格や学問の感性を目指すこと)の四字熟語もよく使われます。「切」は骨を、「磋」は象牙を、「琢」は玉を、「磨」は石を、それぞれみがく意味だそうです。 参照元:柴田武『知っているようで知らない日本語』PHP文庫
February 6, 2020
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慾ふかきわが眼のまへに紅梅は紅梅として咲きてあるかな紅梅は紅梅として咲きてありわれやいかなるわれなるらしも岡本かの子の歌です。花のように土の上に留まったら、自分の命の色に咲けるのだろうかと歌った歌もあります。 自分とは、どんな姿が本来の自分なのか、私たちもまた存在の根を問われます。白梅花(しらうめ)のひとつひとつに澄み透るわがこころかも眼(まなこ)をつむる 引用元:『岡本かの子全集 第9巻』ちくま文庫
February 5, 2020
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ある朝、夫の幸夫は離婚届と手紙を残していなくなりました。一流会社に勤め、エリートコースを走ってきた夫は、黄河文明の研究をすると言って中国に旅立ったのです。 先に自分の店を持ちたいという希望を叶えていた秋子は、小さなバー「昔屋」のカウンターに立ちます。 夫がいなくなって二年目、店には80になろうかという老女が、きれいにお化粧をして、帽子を被り、優雅なワンピースを着て毎晩現れます。 立春の日まで、老女が通ってきたら、夫とやり直そうと思う秋子でしたが…。マンサク 内館牧子の短編『夢はにほへと』。 秋子と、近所に住む常連客と老女の、それぞれの輝いていた頃の夢が、「昔屋」で絡んで、一つの物語が織り上げられていきます。それはとても大切な時間。秋子も、常連客の悟郎も、立春の日に変わろうとしています。 立春の今日から、暦上の春になりますが、実際は一番寒い時期です。秋子も悟郎もまだ冷たい風の中ですが、やがて春が来るという予感、来てほしいという願いに満ちた物語です。「浅き夢見し 酔ひもせす」 参照元:『別れの手紙』角川文庫 から内館牧子『夢はにほへと』
February 4, 2020
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遣…ケン、つか(う)、つか(わす)、や(る)人の世の禍福へ豆を打ちにけり鬼そこにゐるごとく豆打ちにけり 鈴木真砂女鬼は見え福は見えざる節分会 江川由紀子 鬼のお面をつけた人に向かって豆をまく光景は、施設・学校や家庭でよく見られます。対して、福の神が節分に登場することはありません。 目の前の敵や嫌なこと、やっつけたいものは具現化しやすいのです。不幸は意識しやすいけれど、幸福は当たり前すぎて意識に上らないもの。「鬼は見え、福は見えない」は、深い言葉です。 引用および参照元:工藤力男『季語の博物誌』和泉書院 『鈴木全句集角川書店』
February 3, 2020
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目ざめゆく梅、はじめての純白の花咲かせたり驚きのごとく佐佐木幸綱梅は2月の花です。春の先触れの花として昔から愛されてきました。 正岡子規も、故郷を思わせる梅とつくしを愛しました。くれなゐの梅散るなへに故郷につくしつみにし春し思ほゆ 明治35年、伊藤左千夫が紅梅の下につくしを植えた盆栽を贈りました。病床にあって動けない子規は、朝に夕にその盆栽を眺めては歌を作ったといいます。わか病める枕辺近く咲く梅に鶯鳴かばうれしけむかも家の内に風は吹かねとことわりに争ひかねて梅の散るかも梅の花見るにし飽かず病めりとも手震はすは画にかかましを盆栽の梅に鶯が来たり、風で散ったりするわけはないのですが、想像の翼は心を飛び立たせます。ホーキング博士の「体は自由にならなくても心は宇宙を駆け巡る」という言葉を思い出しました。 引用および参照元:正岡子規『仰臥漫禄』岩波文庫 『現代歌人文庫 佐佐木幸綱歌集』国土社
February 2, 2020
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2月1日はテレビ放送記念日です。昭和28年のこの日にNHK東京放送局がテレビ放送を開始しました。 黒柳徹子さんは、草創期のNHKからTVに関わってきました。「徹子の部屋」は、放送11000回を超える長寿番組です。40周年の記念に書かれた『あの日の「徹子の部屋」』は、放送当初のゲストとの会話が採録され、なつかしい「あの人」の人柄がしのばれます。 中でも「さよなら、さよなら」の声が聞こえてきそうで懐かしかったのが、淀川長治(ながはる)さんの回です。小学校入学前から週に9本もの映画を見ていたという淀川さん、お母さんが産気づいたのも映画館の中だったとか。映画の申し子のような淀川さんの映画以外のエピソードが語られました。 淀川さんはバスに乗ると必ず運転手さんに「こんにちは」と挨拶をします。初めは返事が返ってこなくても(ばかにしているのかと思って怒る人が多い)何回も繰り返して言うと、にやっと笑って「いやあ、ご苦労さん」なんて返事を返してくれるそうです。 ですが、先だって何回挨拶しても返してくれない運転手さんに会って、がっかりして家に帰りました。 次の日の午前に、若い男の子が、色紙を持って訪ねてきました。よく家がわかったね、と言うと「昨日のバスの運転手です。車庫に帰って先輩たちに聞いたら、本物の淀川さんだと。あの淀川さんが挨拶をしてくれるのだと。」若者は非礼をわびて花を差し出しました。「安い花ですが」「かわいかったねえ。だから、人間というものはひと目見て、「柄の悪い。しょうがないな。」と思っちゃいけない。その奥を見てあげなくちゃと思いました。」徹子「だから、嫌いな人には会ったことがないって、いつもおっしゃる」 TVの「洋画劇場」の解説で、最後に「さよなら、さよなら」と言うのが常でしたが、「さよなら」の言葉の中に「いずれまたお会いしましょう」という含みを感じるので、淀川さんは、この言葉が好きなのだそうです。 淀川さんは、どんなに駄作だと思っても、必ずいいところをみつけて映画を褒めました。それは、作り手への尊敬があってのことです。だから、映画解説も、心地よく聞けました。 「さよなら、さよなら」またお会いするときまで。 引用および参照元:黒柳徹子『あの日の「徹子の部屋」』朝日文庫 『NHKあの人に会いたい』刊行委員会・編『あの人に会いたい』新潮文庫
February 1, 2020
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