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>確かにこの警察官達はとほほですが、それで公務員をぜんぶひとくくりにして>馬鹿公務員というのはちょっと現実的ではないと思います。>そして、こういうことをするのは公務員だけではありません。企業の中でやばいこと隠蔽する人もいるでしょ?>じゃあ、会社員全員が馬鹿会社員かって事になっちゃうけど、そうじゃないでしょ?>>どんな立場の人でもよい人、悪い人はいます。>その辺は目の曇りを取ってみていきたいなと、いつも思っています。というコメントをいただきました。人それぞれの視点や観点の感じ方があります。彼女の人となりは「優しい」というのがぴったりの方だ。まあ、これを読まれる方で知らない方は、彼女のブログから判断すればいい。私は知り合いだが敢えて、摩擦を恐れず直球で書く!今後どういうことになろうとも!さて、彼女はブログで、2004年07月19日(月) 官僚批判への疑問 / 身の回りの政治・経済の内容に、「それでですね、世の中は官僚が好き勝手にやってる!という批判が基本路線なのですが、いや、仕組みとしては本当は官僚って好き勝手にできないようになっているんですよ。 そういうことなので、私はむやみやたらに官僚批判はしないことにします。国会議員も権力志向の方は本当に困りますが、まじめに政策を考えている人もいるはず。だからむやみやたらに国会議員批判もやらない事にします。ええ、むやみやたらにしないだけなので、もし、自分的になんかおかしいっっっていうことがあれば別ですよ。どっちのエリアの人に対しても。 私利私欲の人もいるかも知れないが、基本的に「世の中をよくしよう」と思って頑張っている人も政官財マスコミ各分野にいるので、そういう人たちを応援したいと思います。」彼女は、全て(日本男児など)「いい人もいるんだから、良い面をみてやりなさい」という、菩薩型のものの見方をするやさしい心根がある。それは、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)うち天上界しか知らないものの観点である。仏教には、凡そ一々の仏に三種の輪身あり。本地の佛を自性輪身と云い、菩薩の身を現ずるを正法輪身と云い、明王忿怒の相を現ずるを教令輪身と云う。例えば大日如来を自性輪身とし、般若菩薩を正法輪とし、不動明王を教令輪身とする(正法輪身:如来が衆生救済のために現じたもの、慈悲の実践)(教令輪身:如来の意を受け威をもって難化の衆生を救済する)世の中の多くの人は、善良であるが、悪鬼羅刹、修羅、のような人間も存在する、だからこそ、悪鬼や羅刹・修羅・夜叉のような魑魅魍魎どもを降伏させるため不動明王や、四天王、十二神将の概念が存在するのである。今回の見過ごし引きこもり警官事件は埼玉で起こった。埼玉県警は以前にも、大きな失態を起こしている。覚えていますか!桶川ストーカー殺人事件埼玉県桶川市で昨年10月に女子大生猪野詩織さん(当時21)が刺殺された事件にからみ、国家公安委員会と埼玉県警は6日、 上尾署の捜査に調書を改ざんするなど不正な行為 があったなどとして、上尾署長ら計10人を処分した。西村浩司・同県警本部長(54)と横内泉刑事部長(41)の処分も検討している。調書の改ざんに関与したとされる当時の上尾署刑事二課長ら3人は懲戒免職処分とし、有印公文書変造容疑で浦和地検に書類送検した。県警はこの日の記者会見で猪野さんと遺族らに謝罪した。この事件があったにもかかわらず、埼玉県警は、抜本的改革を行わなかった証明だよ家族の叫びをよむべきだ。>確かにこの警察官達はとほほですが、それで公務員をぜんぶひとくくりにしてというが、こういった奴らの意識を醸成したのは、組織、つまりシステムを創り、運用し、維持させている奴らに問題があるんだよ。ひきこもり野郎は、たまたまの氷山の一角にすぎないのだ。ハインリッヒの法則を知っていますか 注 爆笑問題が賞をとった言葉です米国のハインリッヒ氏が労働災害の発生確率の分析したもので、保険会社の経営に役立っている法則である。それによると1件の重大災害の裏には、29件のかすり傷程度の軽災害があり、その裏にはケガはないがひやっとした300件の体験がある。きっとニュースにならない不祥事は、かなりあるだろう。>そして、こういうことをするのは公務員だけではありません。>企業の中でやばいこと隠蔽する人もいるでしょ?じゃあ、会社員全員が馬鹿会社員かって事になっちゃうけど、そうじゃないでしょ?では、問い返そう!リコール隠しの三菱自動車はどうなりましたか?不正隠蔽した、雪印食品はどうなりました。不正を行う会社は淘汰されます。民間には自浄作用が市場からつきつけられます。民間には、株主代表訴訟があります。公務員を庇うのは自由だ、ただTPOをわきまえて行うべきだ。そうでなければ、「パンがなければお菓子を食べればいいのに」といった、マリーアントワネットなみの状況におちいります。信長は、比叡山を焼き払う前に、「良い僧達もおります」と諫言された。しかし信長は言った。「焼き払わなければならない奴らは、まさにその者どのよ。本来ならば、とうの昔に滅ぶべき奴らであるのに、良心的僧が売僧(まいす)どもをここまで存続させた。この件で、仏罰なぞうけようものなら、地獄の閻魔に申しひらこうぞ!」出典:松下幸之助の本にあったはず。ゾンビ企業にもいい人はいるさ、1人のいいひとが存在しても100人が不幸になるんじゃ意味がないのよ。最大多数の最大幸福(ベンサムだっけ)が重要じゃないのかなぁ。最後に、あんまり「いいひと」すぎると、情報操作されますのでよくお考えを。今週のニューズウィーク日本版 記者クラブ制度についてレポートしています。よくごらんになられてください。報道 おかしいぞ!日本のマスコミ 取材は受け身リスクは冒さない――外国人記者が見た不思議な日本メディア■多弁で寡黙な日本メディア■変革 ネット社会が生んだニュースの革命児 独立系のビデオニュースやネット新聞に注目アメリカ 砕け散る自由の国のメディア ネットの台頭で新聞やテレビの権威は失墜、ジャーナリズムの存在意義が問われる時代に特別寄稿 疑う目、それがジャーナリズム 戦争の旗振り役を務めたマスコミにはこの失態を説明する義務がある追伸 これを読んだ皆様へ僕はQCにて、「事実」よりすべてを判断する思考様式を確立していると信じていますが、自分なりの価値判断基準(拠り所)が固まっていなければ、洗脳されてしまい易い事実がある事は知識としてもっておいてください。ルネ・デカルトの言葉を贈ります。四つの規則こうしたことから私は、[論理学、解析、代数という]これら三つの学問の長所を兼ねながら、その欠陥を免れているような、何か他の方法を求めねばならぬと考えた。そして例えば、多くの法律があることがしばしば悪行に口実を与えるものであり、国家がわずかの法律しか持たず、しかもそれが極めて厳格に守られている場合の方が、はるかによく治まっているのであるから、私は、論理学を構成するあの多数の規則の代わりに、たとえ一度でもそれから外れないという固い不動の決心をさえするならば、次に述べる四つの規則で十分であると信じた。第一は、私が明証的に真であると認めたうえでなくてはいかなるものも真として受け入れないこと。言い換えれば、注意深く速断と偏見とを避けること。そして、私がそれを疑ういかなる理由も持たないほど、明晰にかつ判明に、私の精神に現れるもの以外の何ものをも、私の判断のうちに取り入れないこと。第二、私が吟味する問題の各々を、できる限り多くの、しかもその問題を最もよく解くために必要なだけの数の、小部分に分かつこと。第三、私の思想を順序に従って導くこと。もっとも単純で最も認識し易いものから始めて、少しずつ、いわば段階を踏んで、最も複雑なものの認識にまで登って行き、かつ自然のままでは前後の順序を持たぬものの間にさえも順序を想定して進むこと。最後に、何物をも見落とすことがなかったと確信しうるうほどに、完全な枚挙と、全体にわたる通覧を、あらゆる場合に行うこと。暫定的道徳さて最後に、自分の住む家の建て直しを始めるに先立っては、これを壊したり、建築材料や建築家の手配をしたり自分で建築術を学んだり、その上もう注意深く設計図が引いてあったりする、というだけでは十分ではない。建築にかかっている間も不自由なく住める他の家を用意しなければならない。これと同様に、理性が判断において非決定であれと私に対して命ずる間も、私の行動においても非決定の状態に留まるようなことをなくするため、そしてすでにその時からやはりできる限り幸福に生きるために、私は暫定的に幾つかの道徳の規則を自分のために定めた。それは三つ四つの格率からなるものにすぎないが、それを読者にもお伝えしておきたい。第一の格率は、私の国の法律と習慣とに服従し、神の恩寵により幼児から教えこまれた宗教をしっかりと持ち続け、他のすべてのことでは、私が共に生きてゆかなければならぬ人々のうちの最も分別ある人々が、普通に実生活においてとっているところの、最も穏健な、極端からは遠い意見に従って、自分を導く、ということであった。私の第二の格率は、私の行動において、できる限りしっかりした、またきっぱりした態度をとることであり、いかに疑わしい意見でも、一旦それをとると決心した場合は、それがきわめて確実なものである場合と同様に、変わらぬ態度で、それに従い続けること、であった。どこかの森に迷い込んだ旅人が、あちらへ向かったり、こちらへ向かったりして迷い歩くべきではなく、いわんやまた一つの場所に留まっているべきでもなく、常に同じ方向に、できる限り真っ直ぐに進むべきであって、その方向を彼らに選ばせたものが初めは単なる偶然にすぎなかったかもしれぬにしても、少々の理由ではその方向を変えるべきではないのである。というのは、こうすることによって、旅人たちは彼らの望むちょうどその場所には行きつけなくとも、すくなくとも最後にはどこかにたどり着き、それは恐らく森の真ん中よりは良い場所であろうからである。上の格率において私はこういう旅人に倣おうとしたのである。私の第三の格率は、常に運命よりもむしろ自己に打ち勝つことに努め、世界の秩序よりはむしろを自分の欲望を変えるように努めること、そして一般的に言って、我々が完全に支配しうるものとしては我々の思想しかなく、我々の外なるものについては、最善の努力を尽くしてなお成し遂げえぬ事柄はすべて、我々にとっては、絶対的に不可能である、と信ずる習慣をつけること、であった。最後に、このような道徳の結論として、私は人々がこの世で携わる様々な仕事をすべて吟味にかけ、その中から最も良いものを選ぼうとした。そして、他の人の仕事については何も言うつもりはないが、私自身は、今携わっている仕事を続けるのが最も良いと考えた。それは自らの全生涯を自らの理性の開発に用い、自ら課した方法により、真理の認識においてできる限り前進する、ということである。
2004年07月31日
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「Good Luck!」ネットエイジ社長 西川 潔氏Jeffは30歳のとき早くもD.E.Shaw というヘッジファンドのシニアバイスプレジデントでした。つまりニューヨークで羽振りのいい生活をエンジョイしていたのです。それなのにそのような生活を捨て、妻と犬とでシアトルをめざし、Amazonを創業。そして、現在の大成功に到っています。 そのJeffがある雑誌のインタビューに答えていた言葉はとても面白いものでした。第9回でも触れましたが、ここでもう一度ご紹介しましょう。彼の言葉を簡単にまとめるとこうです。(Q)「なぜ裕福なニューヨークの生活を捨て、ゼロからAmazonをやろうと決意されたのですか?」(A)「インターネットが急速な勢いで伸びているのを目の当たりにしたとき、僕はregret minimization frameworkという考え方を自分に信じ込ませたんだ。つまり、自分が80歳くらいになって死の床にあって自分の人生を振り返ったとき、後悔することがもっとも少なくなるように生きよう、と。投資銀行での業績や期末のボーナス がどうのこうの、とかそんなことは、いまは一喜一憂するけれど、80歳になったら全く覚えているわけないんだ。ところが、もしこのインターネット革命の波に乗れたにもかかわらず、乗らずに80歳を迎えたとしたら、悔やんでも悔やみきれないほど『自分はアホだった』と後悔するに違いないと確信したのさ。そうなったらぜんぜんリスキーなんて思わなくなった。すぐ行動したよ」 なるほど、と思いませんか。この考えは私も大好きです。そういえば、楽天の三木谷社長も、日本興業銀行のエリート銀行員をやめて楽天をつくるとき、「自分はリスクテイカーではなく、リスクアバーター(averter:回避者)だ」と言っていました。人生を後悔するリスクを徹底的に避けるという意味ですね。 ベンチャーは、冒険です。未知なるものとの遭遇です。冒険は人の心を躍らせます。結果がどうなるかわからない、だからがんばる。結果を出そうと必死になる。何かを成し遂げようという情熱的な時間に価値を見出す。そんな起業家にあなたもなりませんか。
2004年07月30日
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あほですな!死ぬまでやってろ!馬鹿公務員!公金横領はするは、市民まで守れない。ま、試験で決まるやつらなんてこんなもんです。自分の身は自分で守らねば、国や官は助けてくれません。なんとかしなきゃいかんので、なんとかするように行動しています。2004年07月22日(木) http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20040722/K0002121230073.html 交番勤務署員、口裏合わせしうその説明 埼玉の集団暴行 交番に助けを求めた男性(25)が警察官の目の前で集団暴行を受けた埼玉県草加市の事件で、交番勤務の草加署員らが責任逃れの口裏合わせをしていたことが21日、分かった。「交番に来た人が連れ去られたことが分かれば問題が大きくなると思った」と動機を説明しているという。当日の当直日誌には「けんか、立ち去り」とだけ記載されており、県警は当初から署員らがうその説明をしていた疑いが強いとみている。 県警監察官室などによると、事件が起きた14日夜、交番は6人態勢で、2人が交番内にいて騒動の途中で2人が戻った。初めから交番にいた警部補(39)と巡査(24)は男性が駆け込んだのを目撃し、別の巡査(26)を含む3人が暴行を見たという。暴行を止めなかったことについて署員らは「暴力団関係者同士の内輪もめだと思った」「暴力団員に対する気後れがあった」などと話している。 警部補は事件の当夜、ともに交番にいた巡査に「暴力団同士のけんかだから後々問題になるようなことはない」と話し、「助けを求めてなかったよね」と事実に反する念押しをした。同署幹部が署員らに事情を聴き始めた17日午前には、喫煙所で警部補と会った別の巡査が「(男は)けってましたねえ」と言うと、警部補は「まあ、それは」と言葉を濁した。これらの言動について巡査らは「内証にしよう、ということだと理解した」「見たことは黙っておこうという意味に取った」と話しているという。 県警の宮城直樹警務部長は「現場で逮捕などの対応を取る必要のある事案であり、虚偽の説明をしたことも含め、不適切な職務執行だった」と話している。
2004年07月29日
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『人間は結局,なりたいと思っている人間になるのである。 』(ニーチェ)平成15年7月29日(火)千葉県立千葉女子高等学校文化ホール世界最大の気象情報会社「ウェザーニューズ」代表取締役会長兼社長の石橋博良さんの講演<「変革の時代とリーダー」講演名言集> 組織のトップはお客様である。 一般的な組織図では,トップは社長であるが,弊社では,お客様がトップで社長は4番目位である。 社是「よく遊べ,たくさん遊べ」 学んでいることも遊びであり,遊んでいることも学んでいることである。 人は,遊びから自分の隠れた才能を見い出す。人は,遊びから天職を見い出す。 (会社も,仕事仕事というより「人間」が先行することが,これからの時代である。) 社員は,育つもの 育てるものではない。 人は育つもの,育てるものではない。リーダーがいるとすれば,「リードする人であってボスではない。」 ボスは,人を育てようとするが,リーダーは,人は育つことが分かっていて,それをリードする人である。 リーダーは,手の内を見せる。 手の内を隠して人をリードする方法は,近代リーダーの方法ではない。リーダーは,もっと手の内を見せるべきである。手の内を見せることは,透明性のあるフェアなシステムである。 一番先に基準を合わせる。 デモクラシーより,メリトクラシー(成果主義)が良い。 一番いいものをもっている人間に基準を合わせ,みんなが共有する。 自律分散連邦型企業経営を目指す。 自分と自分の仲間と一緒にやっていこう。自分だけがいい点を取ろうということではなく,仲間と一緒になってやっていこう。自律分散連邦型企業経営は,世界中の人々に通じる経営理念である。 有言実行達成が最高である。 無言実行未達成と有言実行未達成とどちらが良いか。 有言してがんばってやるが,あと少しができない。でも,他の人の助けを借りてできてしまう。 いい有言があれば,仲間が寄ってきて有言を実行してしまう。誰にも言わなければ分からない。全員精鋭主義が良い。最後に石橋氏は『人間は結局,なりたいと思っている人間になるのである。 』(ニーチェ)
2004年07月28日
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より良くなろうとしない人は、そのうち、良いこともやめる。(英語)He who stops being betterstops being good. (オリバー・クロムウェル)
2004年07月27日
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『我々アテネは、ミーロスの住人に対し、双方が実際に考えているところを十分考慮した上で、得られるものを得る努力するようにと勧める。というのも、経験を積んだ者に言わせると、両者が同等であるためには、相手を屈服させるための力が、お互いに同じでなければならない。現実には、強い者は自分に与えられた力だけのことをし、弱い者は受け入れなければならないだけを受けいれる。このことは、我々と同様、わかっていることと思う』強大な軍事力を誇るアテネ人が、自分たちより劣るミーロス島住民に送った、冷徹で論理的な助言『囚人のジレンマ』 ウィリアム・パウンドストーン 著『やむにやまれぬ人にとっての戦は正義であり、武力のほかに一切の望みが絶たれたとき、武力もまた神聖である』サムニウム族のカイウス・ポンティウムの兵士への演説の言葉『君主論』 マキアヴェリ 著
2004年07月26日
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私もかつて大手企業に勤めていた経験があるのですが新しく基準でなにかをおこそうとする器の人間では組織の基準の遵守の観点で、上司によって最適にプログラミングされうる者が最高の得点をあげるゲームルールの中でオミットされるだけです。中公文庫の「失敗の本質」の教訓を真摯に問い直す時期がきてるのではないでしょうか?02/06/15魯迅て何した人03/04/04 昔、中国は諸外国(ヨーロッパの国々など)に支配されてるような状態でした。 人々は、みんな奴隷のように無知蒙昧でした。 世の中には「いい加減さ」(馬馬虎虎(まーまーふーふー))があふれてます。 魯迅先生は思いました 「愚弱な国民は、何世代経っても支配され続けるだけだ!」 実際、革命は起きたものの、支配者が変わっただけで、世の中の不幸は少しも減りませんでした。 後は、革命に巻き込まれた不運な者が死んだだけでした。 魯迅先生は思いました 「国民の精神を変えなければ、不幸は無くならない! たとえ支配者が何度変わろうとも、中国人一人一人の中に染み込んだ奴隷根性がある限り、我々はずっと支配されつづける」 そして、魯迅先生は筆を取るのです。 しかし、彼に対する外圧は相当なものでした。時には暗殺などという言葉も耳にします。魯迅の民族思想中国には数千年の文化があります。それ自体大変すぐれたものなのですが、西洋は産業革命以来強い国(軍事的に、経済的に)を目指して努力を始めていました。なまじ優秀な文化があったために、中国はそれを守り伝えることに専心して、工業を発展させ、科学を普及させることを避けてきました。その結果、属国だとバカにしていた日本を含む列強諸国に攻め込まれます。近代的な兵器を使う外国の軍隊に対して、中国拳法で対抗しようとしたり、散々な状況でした。「俺たちの優れた文化が、外国のへなちょこ兵器に負けるわけがない」という根拠のない確信があったのです。確かに中国の文化は優れていたけれども、だからって大砲に素手で勝てるわけがありません。こういう根拠のない自信、魯迅は「中国人の自負」と言っていますが、これが「改造」すべき「民族精神」の1つ目。次に、儒教の問題があります。儒教は、中国の誇る優れた文化の一つですけど、「近代化しなくちゃ外国にどんどん攻め込まれて、このままだと中国は外国の奴隷になるんじゃないか」というような危機に見まわれた状況においては、非常によくない作用をするわけです。そもそも儒教は、一番上に皇帝がいて、その下に上級・下級の役人がいて、庶民がいるような「封建制」を守るようになっていました。王朝制度が近代化にとってよろしくないから、1911年に辛亥革命が起きて、皇帝はいなくなるんですけど、儒教が根強く残っている限り、社会は変わりようがないんですね。さらに儒教では、子は親に尽くし、女は男に尽くし、子孫は先祖に尽くすというような血縁関係が重視されて、これが絶対に守らなくちゃならないモラルになってましたから、「進歩」「近代化」は非常に難しいのです。1920年前後に、魯迅は進化論に傾倒しています。進化論といえばダーウィンが有名ですけど、「環境にうまく適応した種が生き残る」という生物学の法則は、社会進化論というものに行きつきます。つまり、競争に勝てない団体(国)は淘汰されて滅び、強い団体(国)、状況にうまく適応した団体(国)が生き残るというわけです。当時においては、中国はこの滅ぶ方に入っているように思われたわけです。じゃあ、滅ばないようにするにはどうするか。儒教的な考え方をやめて、「進化」する方に仲間入りしなくちゃなりません。親は子のために、今生きている人々は、先祖のためじゃなくて、これから生まれてくる人々のために生きるべきだ。世の中を良くするような種を「罰当たり!」といって踏みつぶすのじゃなくて、育て育まなくちゃならない。中国では、進化を促すべき天才の芽はいつもつぶされてしまう。猿から人間に進化したのに、われわれはもっと進化した人間(超人)になることを自らやめてしまっている。こんなこと、もうやめようぜ!、というわけです。骨の髄まで儒教に浸かった中国人、これが「民族精神」の2つ目。細かく考えれば、3つ目4つ目も挙げられますけど、まぁそれはご自分で考えてみてください。さて、魯迅たちは、この「改造」を文学でやろうとしました。当時はまだラジオも普及していませんし、テレビもありません。自分の考えを広く宣伝するには、活字に頼らなくちゃなりません。ただ、当時の中国で文字を読める人というのは、10%に満たないほんのわずかな存在でした。魯迅たちが一生懸命に「こうすべきだ」「このままじゃだめなんだ」と宣伝しても、90%以上の人は読めないわけです。それで、少しでも多くの人に読んでもらえるように、話し言葉(白話)を使った文章を提唱します。それまで、ほとんどの文章は、書き言葉、つまり僕らのいう漢文で書かれていました。これだと、文字はあるていど知っていても、特別の訓練を積んだ文化人じゃないと太刀打ちできなかったわけです。また、科学だとか、西洋哲学だとか、中国を改革する助けになるような新しい思潮を紹介することが必要とされました。さらに、海外の近代文学を翻訳して、文字の読める学生などに読ませて、彼らを中国の近代化を促進する原動力として育成しようともします。そんな中で、進化論をはじめ、女性解放、人道主義、社会主義、自由恋愛などなど、新思潮が若者の心をとらえ、彼らが中国の改革の実働部隊として成長していきます。そうした一方で、やはり「最近の若者はだめだ」とか「古き良き時代の文化がどんどん失われていく」といって嘆く保守派の人々も当然いて、進歩派と保守派は論争をつづけていくことになります。また、進歩派の中でもいろいろな考え方の違いがあって、実際の革命運動の進展とも連動しつつ、「文学はどうあるべきか」というテーマがずっと大命題として横たわるわけです。現代中国において、文学は社会改革の重要な道具だったのですね。これ以上お話しすると、どんどんややこしくなりそうですから、あとはご自分で調べてみてください。魯迅の作品を実際に読むこともお忘れなく。『吶喊』という第一小説集と同時に、同じ頃書かれたエッセイがまとめられた『熱風』という評論集を読んでみるのがいいと思います。どちらも学研の『魯迅全集』に入ってますし、図書館に行けばすぐ読めますから、取り組んでみましょう。文系の大学で大切なことは、絶対に他人の言うことを鵜呑みにしないことです。授業中に先生の言ったことでも、納得いかないことがあったら、頭の片隅に引っかけておいて、時間のあるときに調べてみて、自分で解決することが大事だと思います。鵜呑みにした知識はすぐに忘れちゃいますし、大して役に立ちませんが、自分なりに取り組んで解決した経験は、確実に財産になるはずです。少なくとも問題解決の方法論として、血となり肉となるでしょう。1年生だと、たくさん単位もとらなくちゃならないでしょうし、バイトやサークル活動もあって時間はあまりとれないかもしれませんが、是非やってみてください。僕の話も、たたき台にしていただければと思います。「人生は現在実に苦痛であるが、我々はどうしても光明を戦い取らねばならない。たとえ自分が生涯の内にそれに出会うことが出来なくても、後に続く人達に残してやることが出来る。我々はこのように生きて行こうではないか」彼は幼い頃、父親の病気のために質屋と薬屋にほとんど毎日通いました。彼は、質屋で金を受け取り、医者の処方するクスリの材料を探して奔走します。しかし、その処方はいいかげんなもので「つがいのままのコウロギ」や「三年霜にあたった甘藷」、「冬の蘆の根」などが必要だというのです。手に入りにくいものばかりの材料です。それでも魯迅は一生懸命探しましたが、父親の病気はだんだん重くなり、ついに亡くなってしまうのでした。彼は後になって悟りました、「今でも中国では私と私の父、そしてあの医者のような無知のために騙し騙され苦しんでいる人がいる。」と師直は後になって悟りました、「今でも日本では私と私の父、そしてあの農系公務員のような無知のために騙し騙され苦しんでいる人がる。」
2004年07月25日
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主体なき「農業経営論」の不毛さ 売れないセールスマンの弁解は決っている。彼はいつも「売れない」理由を数え上げる。いや、「売る」ことをしないための理由探しなのかもしれない。 「値段が高い」「競争が激しい」「お客が少ない」「お客が理解してくれない」「時期が悪い」「商品が悪い」等々、売れない理由は幾らでもあげられるものなのだ。 しかし、同じ条件の中で売る人がいる。その彼は売れない理由を数え上げるのではなく、その条件の中でどうしたら売れるかを考えるからだ。売れないセールスマンが売れないのは、売ろうとしていないだけなのだ。やればできるのだ。 このことを、本号の「女の目で見る農業経営」に紹介された三嶋八重子さんの話を聞いて思い当った。 三嶋さんは120頭の肉牛肥育経営。労働力は三嶋さん一人だけ。しかも三嶋さんの1日の労働時間は6時間である。昨年度の粗収益は950万円。これは肉牛と発酵おが屑堆肥の販売収入も含めた金額だ。所得では630万円だという。 所得630万円という金額だけで見るならもっと大きな数字を上げる経営はたくさんあるだろう。しかし、ご主人は公務員、初めは義父と二人、規模を拡大した後には二人の病身の老人を抱えながら女手一つでの収益なのである(こんな表現自体を三嶋さんは陳腐と思われるかもしれないが)。小さな規模ではあるが極めて効率の良い畜産経営だとはいえないか。 餌は粗飼料を含めて全て購入飼料である。しかも牛への給餌は3日に一度しかやらない。見回りは毎日している。それでも牛は穏やかで、臭いもしない。しかも家畜の共済はほとんど掛け捨て状態だという事故率の低さなのだ。糞尿はおが屑の敷料に踏ませて堆肥化し、全量外部へ販売している。5日に一度堆肥舎に運び、切り返し、袋詰めは手作業で近隣の主婦パートを頼んでやっている。機械化した方がコストは安いのかもしれないが地域のつながりを考えてあえて人手を頼んでいる。 三嶋さんのやり方は、飼養管理技術の「常識」や「標準」といわれるものからすれば、「非常識」なのかもしれない。でも、常識的なやり方をしていたら牛飼いは続けられなかった。病身の老人二人を世話しながらも、牛飼いを続けていきたいと考えた三嶋さんのギリギリの働き方工夫だったのである。 条件が整っているからではなく、三嶋さんの意思が現在の経営を実現させたのである。むしろ、そうせざるを得ない経営環境だったから、牛飼いの常識をくつがえし、現在の小さいながらも極めて経営効率の高い畜産経営を作り上げたのだ。もちろん三嶋さんの自由な発想力や決断力に加えて細心な気配りと試行錯誤もあったことはいうまでもなかろう。でも、牛飼いを続けたいという三嶋さんの思いが先にあり、そして、やったからできたのである。 行政官や農業を評論する立場の人たちは「絵に画いた餅」にすぎない経営類型や技術体系をいじくりまわしながら、経営の成立条件を云々する。 しかし、問題は「人」なのであり「経営者」の意思なのである。条件ではないのだ。条件などというものは腕組をしているだけでは、いつまで立っても整わないと考えるべきなのだ。むしろ、へたに条件が整っているために、自分の置かれた位置にある可能性が見えてこないことすらあるのだ。 当の農業経営者たちのなかにも「規模拡大をしようとしても地域の中で水田を集められない」とぼやく人、「自分の経営を発展させようとすると地域の和が崩れる」「農業は共同体として成立してきたものだから一人だけの発展は無理だ」等々と、自らの条件の悪さを経営発展の制約条件としてことさらに語る人がいる。 確かにその通りなのだろう。しかし、それは、売れないセールスマンの弁解と似ているのではないであろうか。こうした悪条件だからできないのではなく、どうしたらその条件を克服できるのかを本当に考えているのだろうか。自分の仕事を実現していくために地域や関係者への説得が足りないだけなのではないか。いってみれば本当の営業活動をしていないのかもしれない。自分が歩もうとしてる線路を行政や農協が敷いてくれるのを待っているとでもいうのだろうか。実は今のままでいることに満足しているからではないのか。 そうしたボヤキを吐く人は、先進的な経営者の話を聞く時、彼の事業者としてのセンスや覚悟こそを盗み見るべきなのである。ボヤキを吐いている今の自分よりもっと悪条件の中でその人の仕事が始っていることも少なくないはずだ。決して大規模水田だけでなくとも、遠隔地の田や畑であっても、やる人はやるのだ。成功は与えられるものでなく、自ら演出するものだからだ。 もちろん、経営の形は経営者の数だけ様々にあっておかしくはない。また、失敗を繰り返すこともあるだろう。しかし、自らこうあろうとする意思とチャレンジのないところには、願うべき未来はないことだけは確かだ。繰り返しになるが、やればできるのだ。そして、三嶋さんの場合にも支援してくれる人がいたようだ。チャレンジする人にはかならず協力者や支援者というものが出てきてくれるものなのだ人が自分の仕事や人生についての「泣き言」や「ぼやき」を語るようになったら、それは自分自身の心の持ち方を見つめ直すべき注意信号である。今の仕事が重荷であるのなら、自分の力を冷静に見つめ、見栄を張らずに担える荷物の重さを調整することも必要なことだ。 きっと誰にもそんなことはあるはずだ。正直に言えば、僕もなんでこんな仕事を続けているのだろうと思うことがある。そんな時、僕は「嫌なら辞めろ!」 と自分に向かって言ってみることにしている。励ましの言葉として。 痩せ我慢が必要な時もある。辞めるに辞められない事情や頼み込まれて後にひけぬということも。共感や同情に振り回されることもある。しかし、「嫌だ」と思いながら続けるのは間違いだ。嫌なら辞めるべきなのである。そうでなければ、続けていく理由を自分自身に向かって問い直してみる必要があるのだ。 もっとも、「家を継がねばならなかった」などとやむを得ず仕事をしている人も、実は、やむを得ずその仕事をすることを自ら選んでいるのである。むしろ、彼は辞めないことを自ら選びながら、その苦痛や葛藤を自分以外の何かの責任にして「被害者意識」という精神の安楽椅子で人生の時を無駄にやり過ごしているのだ。 そんな彼には、自分の心の居場所をもう一段上のステージに置こうとしない限り望むべき場所や仕事は与えられないのだ。そして、嫌だと思っている今の仕事に彼が本当に求めている物があるのかもしれないのだ。 肩書きや機能としての経営者ばかりでなく、誇りある職業人なら誰でも、当然のごとく家族、社員、顧客などに対する責任を持っている。そんなことは当たり前なのだ。そして口には出さずとも、社会や歴史そして未来に対して何らかの役割を果たしたいという思いがあるはずだ。 僕はこの雑誌の中で「経営者」とりわけ「農業経営者」という言葉に特別の思いを込めて使ってきた。敢えて言えばこの雑誌は、GHQの手で行われた農地解放によって農業の経営者としての地位から追放され、農林官僚と農協官僚たちにその地位を取って代わられてきた、かつての在村地主や自作農たちを現代の「農業経営者」として復権させ、その誇りと能力とを現代に取り戻すことを目的の一つとしていると言っても良い。 農業経営者とは、ただ農作業に労役の対価を求めるだけの農民ではない。未来に向かって投資をし、未来のために利益を得る経営を創造しようとする者である。しかし、単に経営規模や売り上げの大小が問題なのではない。それは手段に過ぎないというべきだ。無論、利益の上がらぬ経営は続かないだろう。また、機能としての経営者は利益を追求する存在である。自由な競争と健全な競争者の拮抗関係の中で生まれてくる社会の発展が資本主義の原理だからだ。しかし、それだけなのだろうか。むしろ利益とは目的ではなく結果なのであり、未来への手段なのだと考えるのは間違いだろうか。そして、自らの人生を含め未来に投資をする者が経営者であると僕は考えたい。 人は人生という舞台の上で、自ら台本を書き演出するドラマの中で自らが与えた役柄を演じつつ、それを見続けているのではないだろうか。自意識過剰と言われようとも、それが人なのではないか。 人に必要とされたいとは願っても、それは誰に頼まれるからでも命じられるからでもない。そうしたいからするのだ。義務の対価としての権利や経済的豊かさを求めるのではなく、自らの誇りや自負心において果たすべき責務を自覚できることを生きる甲斐と感じられる者。その目的のために利益を追求し、それに献身できる者を僕は経営者と呼びたい。 農業関係者が集まる場所での「ご挨拶」の定番は「農業危機」と決まっている。また、不平を言いながら我慢をし、外からのあるいは支配者からの指示を待ち続け、自ら変革の担い手として生きようとはしない農民たち。僕はそんな人々の間に身を置くのはもう御免だ。 我々は誰かに頼まれて生きているわけでもなく、何がきっかけであったにせよ自らこの仕事を選んだのである。農業に泣き言をいう人々よ、誰も貴方に農業を続けてくれとは頼んではいないのだ。「嫌なら辞めろ!」。そして、今こそ農業経営者の時代なのだ。
2004年07月24日
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ボイドには、妻と5人の子供がいた。ボイドは、カントのように厳正な人で、その生活は科学、哲学、人文学の研究に専念した。なかでも現実世界の理論モデルの創造-破壊と創造の終わることのないサイクルに関する新理論に没頭した。1973年から1976年にかけてはボイドは、16ページにわたる「破壊と創造」(Destruction and Creation) と題する論文を作成した。それは、分析と統合の弁証法的な相互作用がいかに外界の心理的イメージを破壊し、創造するかを記述した抽象的な学術学術論文であった。ボイドの生活態度は、ガンジーのように固いモラルを形成し、厳しく自らを律した。ボイドは「人生に置いても最も重要なことは物事から自由になることである。この自由を確保するには、二通りの方法がある。一つは金持ちになること、もう一つは欲望を零にすることである。私は金持ちではないので欲望を下げる選択をした。」と語った。ボイドは自分がしたいことをするためにこそ、ストイックなライフスタイルを選択した。 1975年ボイドは、退役し、国防総省計画分析評価局のコンサルタントとなった。EM理論では幾つかの点でYF-17が優れていたが、パイロットは一致してYF-16を希望した。理論と実飛行の差を解明するためボイドはパイロットに質問した。パイロットは、試行錯誤でエネルギーの急激な変化による戦術的利点を身につけていた。ボイドは、克己と完全性でEM理論がその急激な機動変化による戦術利点を予測できなかった理論的限界を発見した。この発見でボイドは、朝鮮戦争当時の経験に戻り、それを再解釈した。F-86の利点は、視界の良さと優れた操縦システムにあって、これでミグより容易に素早く機動できた。これにパイロットの意志決定の効果が加わってOODAの敵の心理空間の内側に入り込み累積的な利点を得た。ボイドは、この類推から1977年から1992年にかけて競争と紛争の一般理論に拡大することを始めた。それを13時間の「勝利と敗北に関する講義」(Discourse on Winning and Losing) にまとめた。 ボイドの講義は、160枚の図表説明つきで、ペロポネソス戦争から現代の通常戦およびゲリラ戦にまで及び、孫子からジョミニ、クラウゼヴィッツ、毛沢東、ザップに至る兵法理論にわたっていた。ボイドは、先ず数的に弱体な部隊が、最後に勝利する多くの状況の説明から始めた。これらの勝利からボイドは、 指揮官が欺瞞、奇襲、混乱といった無形の触知し難い要素を利用し、いつも敵の考えの一歩先を行き、敵が最も用意していない最も弱い点を突くことであって、力に力をぶっつけて真っ向から猛攻するようなことをしないという共通のパターン を導き出した。 これからボイドは、敵のOODAループの中に入るという主張となった。このループは、 敵の行動を監視し(Observe)、展開する状況を知り(Orient)、打つ手を決定し(Decide)、行動する(Act)周期からなっている。主要なことは、この周期をより迅速に完了して、敵の物の見方を通用させなくすることによって、終局的に勝つ ということにある。 ボイドは、F-86パイロットの実戦経験から40秒ボイドと呼ばれた空戦技術を理論化(空戦研究)し、それを今度は熱力学を応用したEM理論に発展させ、戦闘機設計に影響を与え、その理論的限界から原点に回帰して心理的な破壊と創造の重要性を認識したOODAループサイクルに現される機動戦理論を展開した。 ボイドの機動戦理論は、リデル・ハートの間接的アプローチと極めて類似したものとなっているが、指揮官の指揮管制(Command and Control) に重点を置き、奇襲・欺瞞を利用した摩擦でもって敵将兵の物の見方を通用させなくするところに新しい切り口があった。しかもOODAループサイクルは、敵の行動を認識させ、一方的な思い込みによる不健全な判断に陥ることを防ぐチェックリストの役目も持っている。ボイドの機動戦理論は、OODAループサイクルでもって戦術を説明できるという利点を有し、指揮官の指揮管制能力の重要性を指摘している。 ボイドの機動戦理論の核心は、敵を等質の量と見ないで、統一ある有機的なシステムと見て、それにまとまりを与えている主要な要素を攻撃することで、敵の規律と指揮の内部組織を崩壊させることにある。つまり敵の組織的神経系統を打撃することによって成り立つのである。 逆にいえば、敵が組織的ではなく無政府秩序状態になった場合、打つべき神経系統、指揮系統が存在しないため、手の打ちようがないという場面もあることを意味する。 通常戦争であれ、ゲリラ戦であれ、敵対勢力の組織は、厳然と成立している場合は、打つべき指揮系統が存在するが、組織のない無政府無秩序状態に対しては、巨大な軍事力をもってしても手の打ちようがない。この場合は、消耗戦の泥沼に巻きこまれることになる。これを避けるためには、極めて優れた情報活動が必要である。常日頃から、組織の重心点を含めた情報を収集、分析、評価して、どういった戦術理論が適用できるかを判断しなければならない。
2004年07月23日
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日本軍他より抜粋では、貧しい人達自身はどうすればよいのだろう?有効な治療法は自分達の中にある。歴史は教えてくれる。海外からの援助も有効だろう。だが、それは棚ぼた式に手に入れた富も同然で、かえって害を及ぼす恐れがある。努力しようとする気持ちを削ぎ、無力感を植え付けてしまうからだ。アフリカには次のことわざがある。「受け取る手はいつも与える手の下にある。」。いや、重要なのは、仕事や貯蓄、公正さ、忍耐、粘り強さだ。こういう態度を、貧困にあえぐ人々にとっては、自分勝手な無関心に終わる可能性もある。だが実際、外部からどんな力を与えられても、自分たちで勝ち取った力に勝るものはないのだ。こうした議論はお決まりの常套句を並べているようにした聞こえないかもしれない。-かつては家庭や学校で、子供たちを教育し高めることが自分の使命だと感じた親や教師が、こうした教えを使ったものだ。今日、我々はこうした教えを無視し、陳腐な言葉としてはねのける。だが、名言が廃れてよいはずがない。なるほどわれわれは、デザート時代に生きている。我々は何でもお菓子のように甘ければ良いと思っている。あまりに多くの人が、生きるために生き...---------------------------------------------------------------------------生きるために働くのでは無く働くために働くことが一番...この集団の中には国も人種も無く能力だけが評価される。「IBMの解説を読んだ時に同じような要素があったような...初期の日本のコンピューター関係を引っ張っている人達は日本IBM出身者が多かった...」この部分は重要、先進国の住民は性格的に働いて良くなろうとするように条件付けられていてこれは重要な要素のようです...ソ連に抑留されていた人々の話ですが先進国の住民の土地はいつのまにか田んぼや畑ができて開発されていくそうで元からの住民や後進国の住民の土地ではこのようなことは起こらない(゚-゚)...日本人には特徴的にこの要素が強いろくな賃金も貰わないのに朝から晩まで不思議に働く珍しい人種だそうです。感想雑感1あらすじ、展開、など「強国論」デビット・S・ランデス著を読んだ強大国、弱小国、の違いにはそうなる原因があり運命でも場所が良かったからでも無いたとえば産業革命当時スペインは必死になってその原因を探ったが自国を産業国家にすることに失敗している。(スペインは膨大な新大陸からの財宝で産業を興さず武器や必要物資を他国から調達した。)(結局、南ヨーロッパの遅れは偏狭なカトリックのせいで)(ポルトガル没落の主要な原因が商売に従事していたユダヤ人を宗教上の理由から大量排除したため...)ナチスのユダヤ人排斥で第二次大戦後、科学の中心がヨーロッパからアメリカに移ったのに似ている。後進国で上から無理に工場を作って働かせて産業化しようとした例が多数載っていましたが...住民の迷信深く偏狭なのにはおどろかされます。東アジアに限ると中国の国と国上下関係を重視したこの貢ぎ物貿易の影響が深いほど偏狭な後進的な国になった(日本も危なかった)変化や新しい考えを受け入れることのできる柔軟な国が栄え偏狭な国が没落する...日本の場合、明治維新から大正時代までが柔軟な時代で昭和の軍閥時期が偏狭な没落期にあたる...日本についての記述も多くて、維新前の江戸時代から江戸、大阪などは商業の発達した巨大都市だった...アフリカなどの未開の国と違って産業革命用の資本は十分にあった...明治維新後なにもかも始まったわけでは無い...元から文明国だったわけですね。偏狭な中国が発展しなかったのに比べて(自分達の国は最高であるとおごったので西洋のシステムを採り入れなかった。)日本は昔から文明は先進国からもらうものだったため中国をあっさり捨て西洋に走って近代化に成功した...しかし、近代国家の仲間入りをすると偏狭な中国文化のコピー文化(誰が上で誰が下かという...)(儒学朱子学の要素もあるか...)の悪影響が出てきて昭和の暗黒期を招き没落した...しかし、江戸の藩同士の見栄の張り合いから(小藩まであわせるとたいした数になります)高級商品経済ができたとか...参斤交代の落とす金とか贅沢するための金を作るための百姓を搾り採るシステムが後で安い給料で長時間文句も言わずに働く工女を作ったとか(日本は生産綿布の値段でイギリスに勝っています...)なかなかです...------------------------------------------------------------------ある仮説...(学力低下から最近の若者気質と消費行動を読み解く)正しい推論のためには知識の蓄積が必要なはずだが、知識の蓄積を重視しない思考形態が一般化すれば、学ぼうという意欲が減退し、学力も低下していく。集中力の低下多くの情報の中で気が散ってしまい、その場その場に浮遊する情報に合わせる若者が多い…売れ筋情報のランキングは上位の商品に安心感を与えメガヒットを生む土壌になる。最近の学生はそもそも、知的関心・意欲が無い(全国大学長アンケート調査によると)音楽業界、人気がでてもアーティストの過去の作品を聞こうとしない消費低迷の理由は...1.雇用賃金の伸び悩み(所得制約説)2.家計の将来不安が大きい(将来不安説)3.消費者が買いたいものが無いからだ(消費飽和説)1.が正解...「可処分所得が消費の動きを決めている」というのが消費の大原則景気が良くなる=>企業収益増大=>賃金雇用者が増える=>家計の可処分所得の伸び=>消費を増やす現状は、雇用者数が減少し、現金収益総額の伸びも僅か...消費が伸び悩むのは当たり前で増えるのを期待するほうが可笑しい..企業収益は改善しているが、財務体質の改善、過去の負債の清算を求められ...労働分配率の引き下げ企業のスリム化をしているため企業収益が改善しても雇用も賃金上昇も従来の景気回復期ほど増加しない...(米のようにレイオフができないため)(新規雇用を減らし雇用者数の自然減少させることにしたため)(就職できず「フリーター」が増えた...)2000.1.17...産業新聞の寄稿文「日本の技術力を疑う」を読んだ丁度、前日の分といっしょに見たので上下いっしょに読むことができた。。。最近の事故は個々ばらばらの現象ではなくて日本の技術水準の低下を現しているそうだ。。。原子炉設計ミス「もんじゅ」の事故は精油プラントなどで当然使われている応力を分散させる計算をまったく考慮せずに作られていた「製造業なら当然気がつく単純な問題」に過ぎなかった。これは、大企業の製造現場から経験とノウハウを蓄積しているマスター技術者が消え...大企業の技術力自体が低下している証拠だそうてす...これは、日本独特の問題ではなくてアメリカの70~80年代の再現だそうで。。。工場の海外移転、学生の理工系離れ(米70年代)それに押し流されるように製造業が衰退した。現在のアメリカの繁栄はMITの頭脳を結集し米国企業を分析して対策をたてて努力した結果で...日本はこの問題を楽観論から放置しておくと加速度的に悪化する高階師直が選ぶ『金言、名言』集「受け取る手はいつも与える手の下にある。」我々はこうした教えを無視し、陳腐な言葉としてはねのける。だが、名言が廃れてよいはずがない.生きるために働くのでは無く働くために働くことが一番...元からの住民や後進国の住民の土地ではこのようなことは起こらない(゚-゚)...変化や新しい考えを受け入れることのできる柔軟な国が栄え偏狭な国が没落する...しかし、近代国家の仲間入りをすると偏狭な中国文化のコピー文化の悪影響が出てきて昭和の暗黒期を招き没落した...知識の蓄積を重視しない思考形態が一般化すれば、学ぼうという意欲が減退し学力も低下していく。売れ筋情報のランキングは上位の商品に安心感を与えメガヒットを生む土壌になる。企業収益が改善しても雇用も賃金上昇も従来の景気回復期ほど増加しない.日本はこの問題を楽観論から放置しておくと加速度的に悪化する.高階さん、如何にも、私にとって現代的早判り歴史書です。財産を頂いたような気持ちです。有難う御座いました。
2004年07月22日
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小銭入れを亡くして、アチャーと思っていたが多分、すし屋と思い、いってみた。「ああ、これですよね」あったよ! よかった、お金も大事だが、スイカカードが会社の交通費清算すんでなかったので、それが気がかりだったのだ。 Lucky!それで、店員さんに深々とお礼して、すしを特上かって帰る。定員さんから、明るく「どうぞ」と20%割引券が・・・ Lucky!ついでにセブンイレブンで711円以上の夏のご愛顧感謝フェアで新グロモントゴールドあたる。「あたれ!」っていったら本当にあたった。 Lucky!うーん、シンクロニシティ。実は「07月18日 04:51にミクシィでこんなメールがきてた。おめでとうございます! アクセス888番目でした! すごい!末広がりの八並び!さすがキルゴアさん! さっき、数え間違えて、違う人に、888メール送ってしまったので、日記にはキルゴアさまの名前載せてなくて、スミマセン。 送った人は「なんだよー」って感じになっちゃうもんね。 なんか、アクセス数とのことろと順番が見るたびに違ってたきがする…。ま、それはともかく。 おめでとうございまっす! きっといいことありります! 間違いないっ!」間違いようです。そういえば、銀行で自由が丘時代に純正運命学会の平沼 佳恵さんにもそうとうかわいがってもらってたし、やはり運の強さは相当かもしれません。もう、9年くらい前になるのかな。懐かしいです。幸せを呼ぶ血液型九星占い 血液型+九星術=あなたのすべて平沼 佳恵さん苦しみ悩む人のために「 希望に輝く幸せ行きの切符 」を入手する開運コンサルタントとして活躍中。成功する人生をつかむための方位選び、金運を招くノウハウを懇切丁寧に指導します。気学 ( 方位・家相 ) 人相 手相 姓名判断〒151-0053東京都渋谷区代々木1-50-1-30703 ( 5358 ) 7758
2004年07月21日
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読んでもらいたい本「経済学と人間学 アダム・スミスとともに」 山崎怜 昭和堂「公共の利益のためにつくすといっているひとで多くの善がなされたというのはきいたことがない」名言です。おもしろい示唆を与えてくれます。この本をかいつまんで、自分なりに説明します。この本では、みんなが少しでもいい暮らしをしたいと考えれば、よく働くようになると考えます。そうすれば、深夜族になって暴走族的な行為などを慎むような思慮がはたらくような人間が増えるようになって警察・安全関係などの予算などが極小化してゆく。この少しいい暮らしをしたいと思うようなささやかな利己心が無思慮な行為を極小化させ、勤勉で誠実な人間が増えて国富が増やすとのスタンスをとります。キルゴア解釈しかし、デフレ化、価格の変動リスクを抱えるも農作業を勤勉に励む方が苦しみ、一方で議員や市長に袖の下を使って入ったコームインさんたち【人事委員会のない市町村に多い】のように、秘書課や市長室的部署は昼からお茶を飲んで時間を潰すだけ(高校の同期のコームインの話なので間違いない話)の方はリスクなく人生を謳歌する社会では、公的部門【勝ち組】、民間部門【負け組】となり、負け組は努力しても報われないと悟れば自暴自棄になりしらけた社会となり国富は増大せず、ますます収縮し滅亡へ向かう。まともな経営をして、バブルにも踊らされず堅実経営した企業Aがある。バブルに踊り、経営判断を誤り多額の負債を抱えた同業ライバル企業Bが潰れそうになったが、お上が公的資金注入や銀行が債務放棄を行った。この不況下、爪に火をともすように経営してきたAの経営者は努力が実りシェアを伸ばす機会を手にする予定だったのが、一気に覆されたのである。一生懸命努力する気失せませんか?
2004年07月20日
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ある決断をした。決断とは、断つこと決すると書く。断つことは難しいが、断たねばならない時期やタイミングがある。 與之更始~ともに新時代へ~BC205 曹操の布告のキルゴア意訳1.兵法の大家だった、呉起は母の葬儀にいかないとして非難された2.漢の名将 大元帥 韓信はつまらない男に股下をくぐれといわれて弱虫扱いされた。このような事は歴史をかえりみればいくらでもある。不遇の状況にあり、真の評価を待って死力を尽くそうという人材は、天下に無数いるはずだ。実力だけが私曹操の人材登用基準である。ゆこう!ともに新時代へ與は「ともに、くみする」という意味
2004年07月19日
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人生の成功の定義をかえよう起業家文化の先進国である米国では、さまざまな「起業グッズ」が販売されています。そのひとつにプラークというのがあります(Stanford大学の生協でも売っています)。これは起業家としての心構えを掘り込んだ石板で、机の上や棚などにかざって初心を思い出させるのです。そのひとつに「Success is a journey, not a destination」ということばがあり、私は気に入って買ってしまいました。直訳すれば「成功は旅だ、到着点ではない」となりますが、これは、もうすこしわかりやすくいえば、 「自分の人生を自分の意志で舵取りしながら生き抜いていく過程(=旅)、それ自体が成功であって、大金持ちになったとか株式公開したとか、あるいは逆に、倒産したとか、という結果(=到着点)をもって成功・失敗をはかるべきでない」 という意味です。つまり極論すれば、起業して破産に終わっても「成功」というわけです(これは極論ですよ。もちろん)。そういえば、ホイットニー・ヒューストンのヒット曲「The greatest love of all」 にもそんな歌詞がありましたね。「仮に私が成功しようと、あるいは失敗しようと、わたしはわたしの運命を試し、わたしの人生を精一杯生きているのだから、私はそのことを誇りに思うし、誰も私の威厳をうばうことはできない」と。上記のように、「成功」の定義をかえてしまうこと、それが起業家人生へ思い切って飛び込むひとつのジャンピングボードになるのではないでしょうか。人生航路のオプションとしての「起業」 起業とは、文字通り、ビジネスをゼロから起こすことです。よほどの大金持ちでもないかぎり、人は食うために職業をもつ必要がありますが、ふつうの日本人の人生航路では、まず20歳前後まで学校にいき、そのあと、どこかの会社(または役所など)に勤める人が大多数です。最近は、あえて自発的にフリーターや契約社員・派遣社員などの特定の企業に所属しない人も増えていますし、学生時代からいきなり起業家になる人もわずかながらいますが、一般的にはまだまだ卒業して、就職という路線が大多数です。おそらく読者の皆さんの9割がたがそうでしょう。 さて、会社員になったその後はどうなるのでしょう?実はこの先の部分が、1990年以来の低成長時代にはいり、大きく変わってきた、あるいは変わらざるをえなくなってきたのです。すなわち、65歳定年までつとめあげ、あとは関連会社の取締役かなんかで楽なポジションにうつり、そのうち引退、というコースが急速に見込めなくなってきたのです。また、仮にそのようなコースを選べたとしても、あえて、「そんなのつまんない」と思う人が増えています。 要するに、一度しかない人生をただ安全志向でいけばいいというものではない、もっと熱く燃えたい、というわけです。そのような人にとって「起業」は現実的なオプションです。世論調査によれば、親が子供になってほしい職業のトップは公務員だそうで、中高年の寄らば大樹の陰志向は根強いものがあります。事実、日本に起業意識が弱いのは親の安定志向の影響もあります。また、世間体などを必要以上に気にしてしまうのも日本人の悪いところです。しかし、人間、25歳、30歳にもなれば、誰のものでもない自分の人生を思うように選択して生きればいいのです。リスク感覚の再定義 よく、起業家はリスクテイカーといわれます。安定した大企業をやめる場合などはなおさらです。しかし、本当にそうでしょうか?むしろ時代にそぐわなくなった大企業のほうが、柔軟なベンチャーよりよほど危ない、という考えもあります。「そうはいっても少なくとも来年・再来年は大丈夫だ」と思っているあなた、そうしてずるずるいくうちに、起業適齢期は過ぎ去り、しがみつくしかなくなるのですよ。起業する自由を失うリスクを増大させているのですよ。 またリスクの定義を変えますが、安定してはいるが、意にそまない、充実感のない企業に属しているということは、「死の床について人生を振り返ったとき、自分の人生に納得することができないことを発見して絶望するリスク」をとりつづけているといえないでしょうか?これは、人生究極のリスクかもしれません。起業家人生はそういうリスクを徹底的に回避しているともいえます。
2004年07月18日
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第185回 「関白」対「源氏長者」 ~家康・秀吉 「姓」をめぐる知られざる攻防~平成16年7月16日(金) 00:40~01:23僕は、けっこう家系 家紋 姓 苗字 家相=風水について調査研究しています。以前、モットーの解説 1 Noblesse Oblige でのべたように、システム・アナリシス(systems analysis)やVA(Value Analysis 価値分析) の手法を、家系図調査に応用して調査した。その、結果 が、上記である。まあ、いってみれば家のブランディング研究であるそんな自分に、偶然にも第185回 「関白」対「源氏長者」 ~家康・秀吉 「姓」をめぐる知られざる攻防~を見れたことは本当にシンクロニシティーを感じる。テレビをつけてること自体稀なのに、その時間にNHKをつけてることはほぼないのにである僕はほとんど、アニマルプラネッツかディスカバリーチャンネル派なので。何をいいたいかというと、強いだけ(製品がいいだけ)ではダメで、ブランディング=ブランドの価値を高める活動が非常に重要であることを歴史的に証明しているのだ。 引両紋番組概要その時:慶長8(1603)年2月12日出来事:家康が「源氏長者」に任ぜられるどう動いたか:家康が武家と公家の頂点に立って徳川幕府を築いた名門貴族の養子となって「関白」の座を射止めた秀吉によって、家康は窮地に立たされた。国替え、出兵命令など秀吉の無理難題に忍従の日々を送る家康。彼が見つけた秀吉への対抗策は、「源氏」への改姓、そして官位を上げるという作戦だった。やがて家康は、「関白」に対抗する権威「源氏長者」へと近づいていく。「源氏長者」こそ、「征夷大将軍」と併せ持つことによって日本の国王としての地位を保証する伝統の権威だったのだ。家康はやがて、関白職を失った豊臣氏を滅ぼし、名実ともに武家としての天下を手中にする。一方で家康は「源氏長者」の権威によって、天皇家、朝廷を押さえ、江戸幕府の基盤を盤石なものにしてゆく。番組は、「源氏長者」という新しい視点から家康の天下取りを捉え直し、武力支配に代わる支配の正当性を「姓」に求めた家康の知られざる挑戦を描く。番組の内容について■ 「源氏長者」とは何か?・ 源氏長者とは有力貴族である源氏一門の中で朝廷から受ける官位が最も高い人物が天皇の任命によって就いた一門の長の役職。平安時代から続く。源氏の代表者として一門の官位昇進のカギを握った他、朝廷内で強い発言権を持った。・ 元来「源氏長者」の地位には公家の源氏が就任したが、室町時代に将軍・足利義満が武家から初めて就任。家康は足利幕府以来、武家としてこの職に就き、それ以後徳川幕府崩壊まで徳川将軍が代々「源氏長者」の地位も兼務した。■「源氏長者」は本当に家康を支えた権威と言えるのか?・ 今回の番組は、ゲストとしてもお呼びした皇學館大学助教授、岡野友彦氏の解釈に基づいて、武家の棟梁「征夷大将軍」と公家の権威「源氏長者」を同一人物が握ることによって、将軍職だけでは不完全な支配権を完全なものにしたという視点から構成しています。・ 「源氏長者」は元来名誉職的な役職。したがって「源氏長者」単体で政治的な実権を握れる訳ではありません。・ なお、「源氏長者」の研究は、まだ始まったばかりで定説はありません。詳しくお知りになりたい方は岡野友彦著「源氏と日本国王」(講談社現代新書)をご一読下さい。■「姓」と「苗字」はどう違うのか?・ 姓は天皇が上から与える形式をとる公的な名前。苗字はみずから私称する名前。・ 姓は父系制的な血縁原理によって継承されるため、父系に血縁関係をたどる氏人はみな同姓。苗字は家という社会組織自体の名であり、血族の名ではない。 (中央大学・坂田聡著「日本の中世」12『村の戦争と平和』 中央公論社より)■「源氏長者」の宣旨(朝廷からの命令書)は見られるのか? ・日光東照宮宝物館所蔵。公開はしていません。■「公卿補任(くぎょうぶにん)」(古来の朝廷の高官の名簿)は閲覧出来るのか?・ 今回の資料は京都府立総合資料館で撮影。申請すれば閲覧は可能。・ なお「国史大系」として刊行されており、図書館などで閲覧することも可能。■ 秀吉の官位について・ 「公卿補任」によれば、すでに秀吉は天正11年から従四位下として記録されていることになっていますが、近年の研究でこれは後年に偽造されたとされたもので、天正12年の小牧・長久手の戦いの段階では無位無官だったと解釈されています(池亨著・日本の時代史13「天下統一と朝鮮侵略」p.55 吉川弘文館)。今回の番組は、この最新の研究成果に則って秀吉を「無位無官」と表現しました。● 登場人物の言葉、エピソードなど・ 「われまた秀吉と矛盾に及ばば、東西また戦(いくさ)起きて、人民多くほろび失われん。しからば、天下の人民のためにわが一命をちらさんはなんぼうゆゆしきことならずや。」 (秀吉の上洛命令を受けて上洛を決意したときの言葉。「徳川実記」より)・ 「関東は年久しく北条に帰属せし土地なれば、新たに主を替えれば必ず一揆蜂起すべし。」(家康が国替えを命じられた頃の関東の様子。「徳川実記」より)・ 「国を治めるは魚を煮るようなもの。突いて形を崩さぬがよい。」 (領国経営の極意を説いた家康の言葉。「武功雑記」より)・ 「厭離穢土(おんりえど)、欣求浄土(ごんぐじょうど)」(争いの絶えない現世を離れ、慈悲の世界を求めるという意味の仏教用語。家康が元服の頃からの座右の銘)・ 「輝元に対していささかもって内府(ないふ)ご如才あるまじく候。」(家康方から吉川広家らにあてた密書の文言。家康は自らの官職である内大臣を意味する「内府」という表現で輝元より高い地位にある事を示して、寝返りを迫った)・ 「一戦に数万の凶徒を討ち滅ぼすこと、古今未曽有(みぞう)の武功といふべし。なんじ天下太平の政(まつりごと)を沙汰(さた)せらるべし。」(草津陣を訪ねた朝廷の使者の言葉。「徳川実記」より)・ 「天下が平和に治まるか乱れるかは、みな将軍の思いひとつである。将軍の心が正しければ世の人々の信頼は集まる。天下は天下のもの。先祖の道を守り治めれば、その繁栄は疑いもない。」(家康の言葉。「武野燭談」より)「源氏丸に三本の筋が入っている。中央の一本は、長子の印として義重に、両の二本は次子の印として義康に与える。これよりは両家の家紋とするがよい。」こうして二引両(ふたっぴきりょう)の家紋の足利家、大中黒(おおなかぐろ)の家紋の新田家が起きたのでした。太平記巻第十四新田足利確執奏状事より抜粋「加之義貞若宮の拝殿に坐して、頚共実検し、御池にて太刀・長刀を洗ひ、結句神殿を打破て、重宝共を被見し給に、錦の袋に入たる二引両の旗あり。「是は曩祖八幡殿、後三年の軍の時、願書を添て被篭し御旌也。奇特の重宝と云ながら、中黒の旌にあらざれば、当家の用に無詮。」と宣けるを、足利殿方の人是を聞て彼旌を奉乞。義貞此旌不出しかば、両家確執合戦に及ばんとしけるを、上聞を恐憚て黙止けり。加様の事共重畳有しかば、果して今、新田・足利一家の好みを忘れ怨讎の思をなし、互に亡さんと牙を砥の志顕れて、早天下の乱と成にけるこそ浅猿けれ。」訳:柳田 俊一さん鎌倉幕府滅亡後、新田義貞は鶴岡八幡(つるがおかはちまん:鎌倉市)の若宮の拝殿前で首実験を行った後、神社の池で太刀や長刀を洗い、あげくのはてに神殿に押し入ってその中の重宝を検分した。その中に、錦の袋に入った二引両(ふたつびきりょう:注1)マークの旗があった。(柳田注1)円い輪の中に二本の水平線を引いたマーク。新田義貞>おお、これはこれは! この旗はわが家のご先祖、八幡太郎・源義家(はちまんたろう・みなもとのよしいえ)様が、後三年の役(ごさんねんのえき:注2)の時に、戦勝祈願文をそえてここの神社に奉納された旗にちがいないぞ! ものすごい重宝じゃないか・・・ただなあ、中黒の旗(注3)じゃないから、わが新田家の役には立たん・・・惜しい事だよなあ、まったくう。(柳田注2)奥六郡(おくろくぐん:岩手県北上川流域一帯)を支配していた安倍(あべ)氏に対して、源頼義(みなもとのよりよし)が仕掛けた侵略戦争が「前九年の役(ぜんきねんのえき)」である。このとき義家は父親・頼義に従ってこの戦争に参加している。安倍氏敗北の後、奥羽一帯の支配者となったのは清原(きよはら)氏であった。やがて清原氏内に内紛が起こり、義家はその一方に荷担して内紛に介入していった。これが「後三年の役」である。JR奥羽本線には「後三年」という駅があるが、この近くで決戦が行われたらしい。(柳田注3)輪の中に一本の水平線を引いたもの(新田家の家紋)これを聞きつけた足利家の者が「ならばその旗、足利家に下さい」と申し出たのだが、義貞は旗を渡さなかったので、危うく両家は合戦に及ぼうかという所まで行ったのだ。しかしこんなことが朝廷に聞こえてはまずい、というので双方口をつぐんでいたのである。(注4)(柳田注4)足利家の紋所はまさにこの「二つ引き両」であったので、この旗をそのまま使える。新田家同様、足利家もまた源義家の子孫である。だから足利家としてはこの旗がノドから手が出るほど欲しい。「新田家で使わないのならば、こっちにくれたっていいじゃないか」と言いたいところであろう。このような対立が数多く起こった結果、新田と足利は同族としてのよしみも忘れ、互いに仇敵のごとくに怨みあうようになり、何とかして相手を亡ぼさんと牙を研ぎはじめた。このようなわけで、早くも天下に乱の兆しが見え始めた・・・実に嘆かわしいことである。このような背景があったので陛下の側近くにも足利家の事を様々に讒言する者も現れ、事の真相というものが陛下にも見えなくなってしまったのである
2004年07月16日
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今日は公的年金TFの会合日。一橋大・高山憲之教授、日本総研・西沢和彦主任研究員のお二方が参加されました。本プロジェクトのアウトプット・ゴールの確認開示資料を元にした、誰にも使える公的年金シミュレーション・プログラムの作成という点が確認。y=f(x)でいえば、f(=ファンクション)を造ろうということです。つまり、f(=機能、もしくはフォーミュラ:方程式)ががあれば、x(=つまり投入するデータ:年代別人口構成など)に投入して、y(=結果・アウトプット)がでてくるので、良い悪いの悪さ加減をあぶりだせます。ここでいうyとは、年金受給額になるのかな?(ここはまだ詰めていない)僕は1.QCで培った問題解決手法2.システム部とシステム営業で培った要件定義スキル3.上記のスキル向上のため勉強中の開米師範の「図解思考」を用いて一橋大・高山憲之教授、日本総研・西沢和彦主任研究員、および厚生労働省年金局数理課の本の図解化を図り、○一橋大・高山憲之教授の主張○日本総研・西沢和彦主任研究員の主張○厚生労働省年金局数理課の現状の考えをマトリックスで比較してみようと思います。数理パズルや推理問題を解く感覚で楽しんでやろうと思います。昔の和算塾は、みんな趣味で数学をやったらしいですしね。 ここもクリックしてね
2004年07月14日
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今日、夕食帰り小金井の細い商店路地を歩いていた。西友と自転車置き場の間で突然、アホな若い奴が道を塞いだ。関わるのもバカらしいので、よけようとしたらまた塞ぎやがる。目が俺に向けられていたのでじゃ、一発やるのを覚悟せなと思い、「後の先」がとれるように、片手送小手で相手を崩した後、関節をきめる戦術イメージを瞬時に判断した。(こんなとき龍華拳系は使えます。)言葉はなかったが、ついニヤリと眼をキッと見返し、相手の動きをさばける態勢をとった。相手は動かなくなった。その瞬間、敵のツレの女の子が腕をつかんで、僕に謝って連れ去っていった。きっと彼女は危険をセンシティブに感じ取ったのだろう。法的に正当防衛の大義名分があれば、とことん実践で試せるという、チャンスに実は心が躍っていたのだ。多分、その気が彼の行動を躊躇させ、その彼女が危険を察知して、場を収めたと感じている。もし、僕がびびった態度だったら、きっと相手に隙いる間を与えただろう。むなぐらつかまれて、ヤツの彼女の前で、咬ませ犬野郎になってたかもね。でも、「闘う」と覚悟を決めてかかれば、むこうも感じ取ることができるようだ。それが敵の出鼻を挫き、行動を鈍らせることができるのだ。やはり重要なのは、意識だ。もし、瞬時に戦闘モードに気を豹変させる心構えがついていなければ、敵を気圧(けお)すことはできない。精神と行動の鍛錬(ディシプリン)がこんなときに活かされるのだ。今日は本当にタイムリーすぎるので作り話をしていると思われるかもしれないが、本当にあったのだ。うーん、シンクロニシティーを感じる。今、俺のセキュリティディシプリンは本当に必要なものであるときづかせるための・・・。
2004年07月13日
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今日のりょうくんの日誌に。「不動明王の化身キルゴアさん」とかかれた。実は、この不動明王をメタファーとした自負はいずれ記入しようと考えていたんだ。シンクロニシティーだよ、本当に!渡辺照宏氏の「不動明王」(朝日選書35)のp35に自性輪身・・・大日如来正法輪身・・・般若菩薩教令輪身・・・不動明王教令輪身の特色は、自性輪身のように帝王の尊厳を持たない正法輪身の菩薩のように柔和で優しい姿ではないどんな悪でも容赦しない強い態度をとる憤怒の相を示すが、限りない慈愛を備えている不動明王は、まさに自分の思いのメタファーそのもの。実はある人に言われた事がある。「君は天地眼をもっている」今日、りょうに見せた学生の時の写真が典型(妻夫木聡似といってくれてたアレ)なのです。キルゴアが、何故何かと「ナパームで焼き尽くす」っていうゆびとまさんのブログでのjokeを多様するかには、実は深い意味があるのです。火生三昧:お不動様の背後において常に火焔光を背負っている状態。衆生の宗教的無知を焼き滅ぼす智慧の火光のメタファーののです。密教については、高階真人の一門として、必須の知識ですから、語りだせば熱く熱く語りだすでしょう。今日はとりあえずここまでで!中野不動尊明王についての資料不動明王は不動尊ともいいます。大日如来の教令輪身(きょうれいりんしん)であって、火焔を背にして右手に剣を取り、左手に縄を持って憤怒の姿をしていられます。中野不動尊のご本尊は両側に矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)の脇侍が立っています。 不動明王の前で盛んに祈祷が行われるのは、不動明王には大威力があって難を除き、魔を降伏し、すべての人にわけ隔てなく利益を与えてくださるからです。また、人の死後は必ず最初に(初七日に)不動明王の導きをうけることは一般にもよく知られています。 不動尊は何の神様ですか(どういうご利益があるのですか)というお訊ねをうけますが、不動尊のご誓願は広大無辺であって、しかも「無相法身(むそうほつしん)、虚空同体(こくうどうたい)」といわれますから、念ずる人の(祈願者の)願いによって、どんなご利益でもいただけるわけです。 不動明王が火焔の中に住まわれるのは ”火生三昧”といって、衆生の煩悩を大智慧の火で焼きつくして、お悟りに導くことを本誓(ねがい)としていられるからです。また、不動明王の前でお護摩を焚くのは宗教的儀式作法であって、大願を成就せしめるためです。中野山でのお護摩には「塩木(えんぼく)」という特別の薪が用いられます。
2004年07月12日
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昨日、参議院選で、候補は小川敏夫さんに投票、 5月24日に富永世田谷区議の講演会で、(維新塾の報告)お会いしていた関係。比例代表は、当然、ふじすえ健三さん に投票しました。市長は稲葉さんでした。以前、ふじすえさんを飲もう!に参加して、6月14日ふじすえさんのブログより オフ会の写真と動画にて、かなり暴れてます。三和銀行時代の友人から教わった長崎大学式応援団エールが結構うけて写真まで載せてもらってます。こんなつながりもブログから始まったのだ、おもしろい時代です。
2004年07月11日
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今日は、OさんとAさん2人と新宿でパッションスパイラルを行ってきました。実はあるプロジェクトを2つ暖めていていますこれをやって見せる(もう一つはまだ秘すれば花by世阿弥です)というプレゼンをまずやってみました。結果は、Oさんには、近日、公開予定の「仮題:実践!かよわいOLでもできる護身術」のケースメソッドモデルになっていただくようにお願いしました。コミットメントいただけました。以前の日誌での懸案事項、スタートしました。 ケースメソッドモデル募集です一緒に教義の創設にコミットメントされる方、連絡ください。キルゴアについては、SNSのGREEにて、キルゴア中佐にて検索して、人物評価してみてください。今、様々な人にコミットメントしていただくため奔走しています。さて、メインの新プロジェクトのキーコンセプトはカルタシスです。カルタシス:古代エジプト・インカ・マヤ・中国・チベット文明等の中でも、<音>と<ヒーリング>や<瞑想>との関係は、常に、密接なものでした。旧約聖書には3000年の昔、ダビデの奏でるハープの調べがユダヤの王サウルの鬱病を治したと書かれています。古代エジプトの<ヒーリング・テンプル(癒しの寺院)>では、<音楽>ヒーリングにハープが用いられ、司祭を兼ねたヒーラーたちは、婦人の受胎能力に効き目のある<音楽>を既に知っていたと言います。そして、ハープの弦の長さはきれいな黄金分割になっていて、古代エジプト新王国時代の壁画にはそのことが描かれていたと言われています。幻のインカの都と言われるマチュピチュにも、チャンティングをするための、共鳴を考えた洞窟が掘られていたと言われています。<音楽療法>はやがて古代ギリシャに伝わって、ピタゴラス・プラトン・アリストテレスといった賢人たちが論理的にこれを構築しました。彼らは、「<音楽>を運動現象として捉えて、それを聴く人の魂を動かすのだ」と考えたのです。特に、ピタゴラス学派の人々は、魂のカルタシス(浄め)を何よりも重視し、医術による身体の浄化と共に、<音楽>による感情の発散を説きました。 プラトンは人間形成に音楽が欠くべからざるものであることを強調しています。Oさんとは、彼女の持つ「香り」の「能」のナレッジにて協力して欲しい旨を伝えた。ちなみに「香り」は、鼻識(嗅覚):お香、アロマセラピーなどを駆使してカルタシスを知覚させる香りを調査・研究。「能」は世阿弥の『風姿花伝』(花伝書)の舞台や場の演出研究のためです。特に陰陽と場の演出理論の実践です「風姿花傳第三 問答條々 下」より問。そもそも、申樂を始むるに、當日に臨んで、先づ、座敷を見て、吉凶を豫て知る事は、いかなる事ぞや。答。この事、一大事なり。その道に得たらん人ならでは、心得べからず。 先づ、その日の庭を見るに、今日は、能、よく出で来べき、あしく出で来べき、瑞相あるべし。これ、申し難し。しかれども、およその了簡をもつて見るに、神事・貴人の御前などの申樂に、人群集して、座敷未だに静まらず。さるほどに、いかにも/\静めて、見物衆申樂を待ちかねて、数万人の心、一同に、遅しと樂屋を見る所に、時を得ち出でて、一聲をもあぐれば、やがて、座敷も時の調子に移りて、萬人の心、爲手の振舞に和合して、しみ/\となれば、何とするも、その日の申樂は早やよし。 さりながら、申樂は、貴人の御出を本とすれば、もし、はやく御出である時は、やがて始めずしては叶はず。さるほどに、見物衆の座敷未だ定まらず、あるいは、遅ればせなどにて、人の立居しどろにして、萬人の心、未だ能にならず。されば、左右なくしみじみとなる事なし。これ、座敷を静めんためなり。さやうならんに附けても、殊さら、その貴人の御心に合ひたらん風體をすべし。されば、かやうなる時の脇の能、十分によからん事、返す/\あるまじきなり。しかれども、貴人の御意に叶へるまでなれば、これ、肝要なり。何としても、座敷の早や静まりて、おのづからしみたるは、わろき事なし。されば、座敷の競ひ・後れを考えて見る事、その道に長ぜざらん人は、左右なく知るまじきなり。 また云はく。夜の申樂は、はたと變るなり。夜は遅く始まれば、定まりて湿るなり。されば、晝、二番目によき能の體を、夜の脇にすべし。脇の申樂湿り立つぬれば、そのまま能は直らず。いかにも/\、よき能を利かすべし。夜は、人音騒々なれども、一聲にてやがて静まるなり。しかれば、晝の申樂は後がよく、夜の申樂は、指寄よし。指寄湿り立ちぬれば、直る時分左右なくなし。ここが重要秘儀に云はく。そもそも、一切は、陰・陽の和する所の堺を、成就とは、知るべし。晝の氣は陽氣なり。されば、いかにも静めて能をせんと思ふ企みは、陰の氣なり。陽氣の時分に陰の氣を生ずる事、陰・陽・和する心なり。これ、能のよく出で來る成就の始めなり。これ、面白しと見る心なり。夜はまた陰なれば、いかにも浮き浮きと、やがてよき能をして、人の心花めくは陽なり。これ、夜の陰に、陽氣を和する成就なり。されば、陽の氣に陽とし、陰の氣に陰とせば、和する所あるまじければ、成就もあるまじ。成就なくば、何か面白からん。また、晝の内にても、時によりて、何とやらん、座敷も湿りて、淋しきやうならば、これ、陰の時と心得て、ことありとも、夜の氣の陽にならん事、左右なくあるまじきなり。座敷を豫て見るとは、これなるべし。問。能に、序破急をば何とか定むべきや。答。これ、やすき定めなり。一切の事に序破急あれば、申樂もこれ同じ。能の風情をもて定むべし。先づ、脇の申樂には、いかにも、本説正しき事の、しとやかなるが、さのみに細かになく、音曲・働きも大方の風體にて、する/\とやすくすべし。たとひ、能は少し次なりとも、祝言ならば、苦しかるまじ。これ、序なるがゆえなり。二番・三番になりては、得たる風體の、よき能をすべし。殊さら、挙句急なれば、揉み寄せて、手数をいれてすべし。また、後日の脇の申樂には、昨日の脇に變れる風體をすべし。泣き申樂をば、後日などの中ほどに、よき時分を考へてすべし。ビジネスではこれ
2004年07月10日
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りょうくんへのトラックバックコメント>ナイフを出された相手を前にして後ろを向いて逃げても、相>手の方が速いので2,3回は刺される。絶対に逃げては>駄目。前で出るしかない。俺もいままで生きてきて「前で出るしかない」は経験知として間違いない選択であると実感しています。危機の際は、「先に出でて、先手つまり主導権を確保することが非常に重要です。」場を制する=コントロールするには、先に仕掛けなければなりません。但し、敵が諸葛亮孔明なみの重厚な計略プログラムを算段していれば別ですが。諸葛孔明より面白い将軍がいます。その名も、東ローマ帝国の将軍ベリサリウス彼は東ローマ帝国の当時の皇帝 ユスティニアヌスを大帝と呼ばせるほどの活躍しました。敵に回したくない男で、最高度の計略家です。自軍の2倍のペルシア軍を撃ち破り、ユスチニアヌス帝に認められ西ローマを奪還(ゲルマン人に蹂躙され滅んでる)を命じられ常に敵よりも少ない兵にもかかわらず勝ち続け西ローマを復活させた将軍... 自身の名声が上がり敵が恐れて攻撃を仕掛けてこなくなるとその恐れを有効に作戦に活用した... しかし、皇帝に妬まれ援軍を出し惜しみされ、最後は職を解かれてしまった。 しかし、ベリサリウスの作った編成と戦法は東ローマ帝国軍全体に受け継がれ、長く異民族の圧迫を押し返すことができました。 「防御は攻撃よりも有効な戦闘方法」クラウゼヴィツ戦争論(注、戦術や作戦段階での話)(戦略レベルになると広い国境線を守備するより、集中して突破攻撃をかけることのできる攻撃側が有利とか出てくるのですがほとんどの場合防御側有利です。蛮族の場合「憤怒」に駆られて突撃攻撃してくる傾向が高くベリサリウスの作戦に掛かって壊滅しました。友人に何故優勢な敵に当たっても自信を持ち得るのか?と聞かれて...ベリサリウスはこう答えた。 「私はゴート軍との最初の交戦に際しては、1.ゴート軍の弱点を発見しようと勤めた。2.彼らが計画的にその兵数の実力を発揮させ得ないことを看破したゴート騎兵は近接戦闘以外では、非効率であり、その一方、槍及び剣の到達距離以外に停止して矢の雨を降らせるわが騎兵を防ぐ手段を持っていない。ゴートの徒歩弓手らは開墾地で敵の騎兵に補足されるような危険を決して冒さない。その結果、ゴート騎兵は常に近接戦闘に入ることに努めていて、 彼らを誘致してタイミングの悪い突撃をさせることが可能で、また歩兵を擁護する騎兵が歩兵から離れて前進してしまった場合ゴート歩兵は後退する傾向がある。 従ってこの歩兵と騎兵が離れた場合には、この間隙に側面から反撃するチャンスが生まれる。 」すごい計略家ですね。
2004年07月09日
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熱い!パッションは目には見えないが伝染(つた)わるんだ。人の熱さこそ、今の日本が失った最大のものだ。新橋では、パッションのシンパシーが交感していた。みんな、熱い何かに飢えている。熱い何かを求めている。そう感じた。次に、石井ターニャ さんの石井紘基刺殺事件の判決の真相・深層!! にいった。あの「さらば小泉純一郎!」の天木総合政策研究所 天木直人所長がいらっしゃっていた。徐々にではあるが、同じ思いの方々が集いつつある。自分もこの方向にむけてファシリテートしなければ。続いて、2次会でなかなか魅力的な方にあった。非常に眼に力のある方だった。ふと彼女に自分が話した言葉が気に入った。「パッションは眼にはみえない、しかし声のようにみえなくても理解すること感じることはできるんだ。思いというパッションは眼に宿る、眼に力のある人は人を揺さぶる。オードリー・ヘップバーンの目が典型なんだ。」たまたま新橋でいろんなパッションがシンクロした。おもしろい時代が来そうだ。
2004年07月08日
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ハンドルネームのキルゴア中佐というのが、濃すぎるという。まずは、キルゴアを選択したのは、ガキの頃、ロバート・デュバル演ずるキルゴア中佐を見た後遺症です。あまりの男らしさにただただ圧倒。やはり、ワレキューレとヘリボーン(ヘリコプター攻撃)という想像を絶するシナジーが人を狂わせるのです。それに、爆音が轟く中のロバート・デュバルの演技がすごい。マーティン・シーンが自然と体が爆音に反応しているのにロバート・デュバルは反応していない。よくみれば、本当にキルゴアになりきってなければ自然の反応が出てぶるってしまうはず。でも、反応していないのだ。ロバート・デュバルはすごい。さすが、海軍の提督の血筋だ。塩野七生さんが「人々のかたち」戦時のリーダーの章であるべきリーダーと絶賛したのが、キルゴア中佐のシーンです。塩野七生 人々のかたちより「死と向かい合っている戦士たちなのに、この男の周囲には常に笑いが漂う」「戦時のリーダーは、平時のリーダーよりもずっとパフォーマンスの名手であることが要求されるのではないかと思う」さて、階級も中佐というのが気に入っている。うちの屋号が「中」だし。最前線にでれる、最高位は中佐でしょう。あとは、司令部にいる階級でしょう。
2004年07月06日
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いよいよです。キルゴアのもっとも敬愛するお方、ロードプロテクター(護国卿)オリヴァー・クロムウェル卿です。彼こそ、戦士であり、神の選びたまいし道具であり 男の中の男 郷紳の中の郷紳です。あのニューモデルアーミーを編成し、自己の親衛騎兵隊「アイアンサイド:鉄騎兵隊」を率いて、悪政を打ち倒し、コモンウェルスを打ち立てました。軍事独裁政権との反論はあるものの、歴史の流れとして彼ほどの偉大さをもつ男はざらにいない。それでは、彼の作成した「兵士のための問答」を取り上げてみよう。1.私は闘う。国王をカトリックの手から救い出すために2.私は闘う。この国に恣意的で専制的な政府を実現しようと長い間努めてきた人たちによって、今や崩壊の危機に瀕している、わが国の法律と自由のために。3.私は闘う。われわれの議会を守り抜くために4.私は闘う。いまやこの国において激しく反対されまったく抑圧されようとしている、真実のプロテスタントの信仰を守るために
2004年07月05日
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1.楽しかったです( ^_^)/□☆□\(^_^ )2.熱く燃えました\(^o^)/ 3.邪気がぶっ飛びました \(^o\) (/o^)/操体プラクティショナーりょうくくんと、Oさんのパワーから良い気を注入して、さらに元気になりました。ありがとう。邪気やいやなムードをぶっ飛ばすパッションスパイラルコンパ全開だ。2キロは体重おとせたかな?その上でもパワーが漲ってきました2人のパワーのおかげです。感謝!感謝!やはり、ブラックビスケットのタイミングをデュエットして、オリジナルラブの夜をぶっ飛ばせ!これを歌えば、嫌なことも忘れてしまいます。追伸おかげさまで、僕は小金井行きの終電逃して、高円寺のマンガ喫茶にて時間を潰して睡眠不足のまま。公的年金タスクフォースにゆきました。
2004年07月02日
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まずいです小学校の人数が1学年、24名。俺らの頃は40名2クラスうーん・・・。間違いなく下降局面ですねぇ。では、どうするのか?答えは、自由 を獲得することだ。マキャベリ語録に、自由のある政体は、人々が未来を信じることができ、子供達が支配者層になれる可能性を信じられれば 人口は増加に向かうそうです。そうだね、今の日本は、おっさん達のパワハラに気をつけんとリストラされるもんね。家族持つと、守りに入らなならんしね。ますます、萎縮した男達が増えればおもろなくなるなぁ。昨日の、富山さんみたいに、パワーを与えてくれる40代が何人いるのだろう。(感動したって、メール送ったら送り返してくれました。ほんまに、すごい人です)それにくらべ「おっさん、目が死んでるぜっ」ていう同世代も多いし。上司と喧嘩もできない、圧搾された空気は重いよね!佐々木道誉みたいな、バサラなヤツがおらんかな。バサラカぶりを競うのに!京極家の末裔、でてこーい!博多弁 ばさらか「わあ、ばさらか人出やねえ」あるいは「ごっつおう(ごちそう)のばさらか」など、人や物が並外れて多大で豪勢なこと、また「あっち(あの人)、ばさらかもんね」など太っ腹だが細かな配慮に縁遠いタイプを指して言われる。 平安期、梵語に漢字を当てた「婆裟羅」は、仏道を極めた人が金剛石のように堅固な意思で煩悩を克服することを表した。 これが室町時代になると1遠慮なくふるまう、豪奢2派手な見栄張り3人柄に幅、ゆとりがあることの流行語となった。 当時、博多は周防山口の強勇・大内氏の治下にあり、その威光で博多商人たちが明国への貿易船を請け負った黄金時代。 京都で始まった松ばやし年賀行列もいち早く導入された。流行語もこのころ運ばれ、街は「ばさらか」にぎわいを見せたに違いない。
2004年07月01日
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